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iPodも持っていないし自宅で何かをするときにBGMをかける習慣も(さほど)ないワタシにとって、音楽の「マイブーム」はアタマの中に同じ曲(同じ歌手の曲)が一日何度もかかっている状態をいいます。で、今ワタシの中でマイブームにあるのが、前川清の『花の時・愛の時』。数日前に関西ローカルの番組でその歌を聴いたのがきかっけでした。依頼、電車に乗っているとき、風呂に入っているとき、トイレで座っているときなど、その歌が必ずといっていいほど頭の中で流れています。ところで前川清ってワタシと同世代の人は好き嫌いに関係なくとりあえず知っている名前だと思うんですが、若い人はどうなんでしょう。レンタル店ではおそらく「演歌」の棚に押し込まれていると思うんですが、いわゆる「演歌」と一緒くたにされるとちょっと違うんですよね。じゃあ何と呼べばいいのかというとやはり「歌謡曲」でしょうか。今みたいにヒットチャートがラップやR&Bの真似事みたいなのに占領される前には、「歌謡曲」という大人の恋歌にもちゃんと居場所があったんです。その当時、前川清は個人名でなく「内山田洋とクールファイブ」の一員として『中ノ島ブルース』や『東京砂漠』をヒットさせたのでした。その後はソロになり、結構多彩なアーチストから曲を提供されているんですよ。中島みゆき作の『涙』なんかも名曲ですし、変わったところでは糸井重里作詞・坂本龍一作曲の『雪列車』なんてのもあります(テクノじゃないよ)。ワタシもベスト盤をちゃあんと持っています。それで、ブームの渦中にある(オーバーな)『花の時・愛の時』。曲の世界は恋愛の絶頂期にある男の心情、ですね。最初のフレーズからは、恋人に逃げられて男が呆然としているようにも感じられますが、「また逢えるのに」と続くのでそうでないことが分かります。まだ一緒に住んでいないので、恋人は自宅に帰らねばならない。逢っていない時間がもどかしくてたまらない、いっそ動けない貝ならいいのにと無茶なことを考える男。聴きようによっては結婚式の定番であるウルフルズの『バンザイ』に通じるある種の馬鹿ソングです。でもそういう時期が永遠に続かないことを知っている身には、じんわり切ない何かが胸の奥をチクチク刺激するのも事実。それは前川清の不器用そうで実は相当に豊かな表現力を借りて、肉屋のおばちゃんがコロッケを揚げながら涙を流してしまうほどに(比喩です)大人の琴線を連打するのであります。 花の時・愛の時 君が部屋を出たあと ぼくはじっと動かない あたりにただよう 君の残り香を 胸に吸い込み 酔いしれる 君の弾いたギターの 細い弦は切れたまま 読みかけの本は 投げ出されたまま そんなすべてがいとしい 時には花のやさしさで つつんでみたいと思う 時には愛のはげしさで 泣かせてみたいと思う また逢えるのに 今すぐに逢いたくて 切なくなる 海の底で二人 貝になりたい 君がもたれかかった 跡の残るクッションに 頬をうずめて 移り香をさがし 夢のつづきを 追いかける 胸にさわぐ想いを 口で言えぬもどかしさ 恋はため息か 恋はときめきか 恋は愚かな悩みか 時には花のやさしさで つつんでほしいと思う 時には愛のはげしさで 泣かせてほしいと思う この世のすべて 限りある命なら 君と行こう 青い空で二人 雲になりたい雲はいいですね。自由だし。自由であるかわりに風に吹き飛ばされて消えてしまうかも知れませんが、それも悪くありません。
2006年09月25日
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ごぶさたしています。出張が多く、なかなかブログを更新する環境、時間を確保できません。携帯から投稿するという手段も一度試みたんですが、あの小さな端末で文字を打つのはこのトシではかなりの苦行。10行も打たないうちに気分が悪くなってしまいました。とりあえず読むだけなら大丈夫なので、リンクしている皆さんのブログは毎日携帯からお邪魔しています。そんなわけで足跡はついていませんが、皆さんの管理画面の「最近の訪問者」に「iモード」とあったら、そのうちのひとつはワタシだと思ってください。って、いきなり何を言い訳しているのかワタシは。で、今日は久しぶりの更新です。久々なので何をどういうふうに書けばいいのか、ちょっとアタマが回らなくて、手がつけられずにいます。そういうわけで、いきなり結論から言いますと、もっと「ぬけぬけと」生きていけたらいいなあと、まあそういうことです。だってストレスがなさそうじゃないですか。たとえば、システム会社(とりわけ外資系)なんか「ぬけぬけ」人間の巣窟です。月に一度くらいシステムが不具合を起こして「ただいま原因を調査中です」みたいなメールが入るんですが、担当者に「いつ直りそう?」と連絡をとっても「ただいま対応中ですのでお待ちください」だけ。そりゃあ担当者レベルで「オレに言われても」な気持ちは分かりますが、「本社に問い合わせてみます」とか、そういう前向きな対応もあるだろうに。それとせめて「ご迷惑をおかけしています」の一言くらいあってもいいじゃん。あるいは、ある会社に仕事を発注して、その会社がその仕事を外注に出して外注先が何かヘマをしたとします。もしワタシが外注に出した立場にあったなら、まずクライアントにお詫びから入りますし、何がどうしてそうなったのかという原因は説明しますが、基本的に「自分の責任」というトーンで話します。それが、そうでもない人って結構いるんですよ。「外注先がバカで、分からないくせに勝手な判断をするんですわ。まったく」などと言うんです。ぬけぬけと。そのバカな外注先を選んだのはだれよ。腹が立って黙っていると「始末書を出させましょうか」ときました。はあ・・・。先日は、某社の新入社員が未熟さゆえにトラブルを起こしてしまい、なんとかしてよと責任者に訴えたことがありました。責任者はまっとうな対応をとってくれたんですが、やはり一言の詫びもなし。聞いてもいないのに「報告を聞いていないもので」は連発してくれましたが。「報告を聞いていない」ことが恥ずかしくないんですかねえ。アンタ、上司じゃん。会社ってもはや「個人の集まり」なんですね。お客に迷惑をかけても、自分がやったことでなければ申し訳ないと思わない。「私は関係ありません」とぬけぬけと言ってしまえる、そういうもののようです。すごいな。というわけで、ワタシも「ぬけぬけと」生きていけたらと思うわけです。責任を感じる神経に麻酔を打ってもらえないですかねえ。ただ「ぬけぬけ」な連中が、自分が迷惑をかけられる立場になると、その相手が所属している会社に腹を立てているので、それはそれで辻褄があわないだろうとも思うのですが。
2006年09月21日
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今日は仕事を早めに切り上げて(って言っても定時以後だけど)職場でワタシの隣に座っている女性社員Oさんの送別会。Oさんは最初は事務職で入社したんですが、たまたま人手不足でメルマガの原稿作りをやらされて、そうして文章書きの面白さに目覚めてしまい、次の職場ではライターとして雇ってもらえたそうです。社歴3年のうち原稿書きをやったのは最後の1年だけれども(しかも事務職と兼務だけど)、履歴書にはライター歴3年と書いたとか。かまへんかまへん。ワタシが許す。全国のライター志望者の皆さん、養成学校に通わなくてもメルマガやウェブサイトを持ってる「小さな」(ここ大事)会社に入れば原稿を書かせてもらえるチャンスなんていっくらでもあるんですよ。Oさんは退職の意思を早いうちに上にも話しており十分に時間をとって後任者にも仕事を引き継いだので、だれからも陰口を叩かれることがありません。まさに理想的な退職・・・、っていうのもヘンか。会社的には、憎まれながらでもいてほしいと思わせるほど今では大事な存在なんですから。まあでも、こうして後をキレイにしていけば次もきっと成功します。Oさんは27歳。希望通りライターの仕事を手に入れたものの、自分に勤まるかどうかはまったく自信がないそうです。「今の自分には何もないですから」と。よく言うよなあ。時間があるじゃないか。それがどれだけのアドバンテージか、分からないのが若いっていう証拠なんだけどもね。「食べますか?」とOさんにクッキーを差し出され、「ありがと」と包みを破って口の中に放り込むと何やら変な味。「キミ、コレもしかして机の奥から出てきたやつか・・・?」「ハイ、古かったですか?」バッカモーン!明らかに古いわ!ペッペッ。そういう粗忽な性格をなんとかしろよ。ああもう、お菓子食って涙がでそう。
2006年09月11日
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それが男と女の違いなんだそうですよ。ある人から聞いたんですが。(検索すると一青窈が最近そのような発言をしていたとか)別れた恋人を自分の中でどのようなカタチで処理するのか、その違いをパソコンの操作になぞらえたというわけです。女性は「上書き」。すっぱり消去して次に行く。男性は「名前をつけて保存」。もう使わないけどどこかのフォルダにしまっておく。人によっては外部メディアに大事に保管しておいたりとか(たとえですから)。パソコンのたとえは初めてでしたが、似たようなことを今までに何度か聞いたことがあるので、おそらく同じ感想を持っている人が多いのでしょう。自分はどうかな。比較的よく覚えているほうだと思いますが、忘れるほどのデータ量がないので当然というか。メモリまだまだ残量ありです。まあいいや。その話を聞いて、ワタシは映画『転校生』のラストシーンを思い出したんですよ。男の子と女の子の心と体が入れ替わる有名なお話です。もちろん最後に心と体は元通りになるわけですが、男の子が引越しすることになって、トラックに乗って去っていきます。女の子はトラックを追いかけて走りながら手を振るんですが、そのうち引き離されて見えなくなります。すると女の子は振り向き、スキップするような軽やかな足取りで来た方向に帰っていくんです。別れてせいせいしたってことはないんでしょうが、でも見事に彼女は「次」を見ているという。多分男の子のほうはトラックの中で涙ぐんでるんだろうなあ。まったく女ってやつはと思いつつ、男の観客はエンドロールを複雑な気持ちで眺めるというわけです。いやまあ、そういう話を聞いてそういうことを思い出したという、そういう日記。とりとめもなく。
2006年09月06日
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大崎善生『九月の四分の一』読了。ぶらぶらうだうだ生きている男(たいてい編集者)がなぜか女性のほうから迫られて、でも寸前で思いとどまるみたいな。お前都合よすぎるぞええかげんにせえよ的ないつもながらの大崎節。あとそれと、小説の中に曲のタイトルをやたら使うのもちょっと安易じゃないかと。「空港ではアバの『チキチータ』が流れていた」とか言われても知らない人には分からんでしょうが。ワタシはいいですけど。そういうのがひとつの作品に二、三箇所はあるんですよ。まったくもう、な作家です。そんなことを思いつつ、結構この作家の作品を読んでいるワタシはどこかで波長が合っているのかも知れません。やだなあ。まあ、いいですけど。それで、忘れるところでした。今日のタイトルにした「偶然」の話しです。この本は四つの短編からなるんですが、二つ目の作品の中に「冥王星を発見したアメリカ人が云々」というくだりがあるんです。冥王星を惑星から外すとかなんとかいうニュースが先日あってなんか計ったみたいなタイミングだなあと。まあそれだけならありがちな偶然です。読み進んで行くともうひとつ「おおっ」という箇所が。四つ目の短編、タイトルナンバー(とは言わないか)『九月の四分の一』。実はこれ、フランスの地下鉄の駅名である「Quatre Septembre」を主人公が「九月の四分の一」という意味だと思っていたら、実は「9月4日」という意味だったという、そういうオチの話なんです。9月4日、この本を読み終えた昨日でした。
2006年09月05日
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「アズナブールってだれですか?」と、職場でワカモノに聞かれました。「赤い彗星でしょ?」と、分かっていてボケると「ガンダムじゃないと思います」と、しっかり合わせる大阪人。ワタシのような古い人間には、いきなりアズナブールと言われたらシャアではなくてシャルルです。シャアといえばパーレビでしょ。って今頃そんなことを言うやつはいませんか。知らない人はホメイニとかイラン革命とかで検索してみてください。そのワカモノは通販の担当なんですが、CDの受注伝票を点検していて「ベスト・オブ・アズナブール」というタイトルを発見し、「だれだそれ」と思ったのだそうです。本当を言えば、アズナブールなんてワタシだってそんなに知りはしません。実家にレコードがあって、親がかけていたのを聴いたことがあるくらいです。まだ子供だったワタシにシャンソンは分かりませんでしたが、艶があって力強い歌声はなんとなく覚えています。ワカモノに「どんな歌ですか」と聞かれたので、「『ヒロシです』のBGMをフランス語にした感じ」と、答えておきました。いいですよね。ワタシがアズナブールという歌手の名前を知ったのは、実は彼の歌を聴いてではありません。小学生の頃に由紀さおりの『恋文』という歌が大ヒットしたんですがその歌詞に織り込まれていたんですよ。歌い出しが「アズナブール流しながら、この手紙を書いてます」という。そのときワタシは初めて「アズナブール」なる固有名詞に出会ったのですがもちろん何のことか分からず、あれこれと考えをめぐらせたものです。(自宅にその人のレコードがあるのを発見したのは後年)たしかに歌声は「あずなぶーる」と聞こえます。当時のワタシはそれを外国語と思わず、いろいろな漢字をあてはめたのでした。「アズナぶる」?「アズナ」という人がいてその人のふりをしてるのか?「明日嬲る」?いやそれでは「流しながら」につながらないし、だいいち『恋文』にふさわしくない。 もしかして意味のない枕詞みたいなものか?「ちはやぶる」みたいな。「アズナブール」の名前を聞いて、そんなことを思い出しました。たぶん今後もその名前を耳にするたび同じ記憶が再生されるのでしょう。ただしバックに流れる歌は由紀さおりですが。
2006年09月02日
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ワタシの会社はいくつかオンラインショッピングのウェブサイトを持っていまして、売上が上がるようにガチャガチャとテコ入れをするのが(も)ワタシの仕事です。いや、ワタシは技術屋ではありませんから、システムをどうこうしようというのではないんです。商品の説明文や、クリックして出てくる画像の仕掛けを考えて、実作業は技術屋さんにやってもらいます。まあ実に文系的な仕事なわけですよ。今日はペット用品の販売サイトをいじっているんですが、ウチのバイヤーが買い付けてきた商品が「ネコちゃん用おまる」。いやいや驚きました。たかがネコトイレと思ったら、猫砂が飛ばない工夫とか、ネコちゃんのトイレ姿勢にぴったりの曲面とか、「たかが」で済ませられない創意工夫の数々。こういうのを日夜研究している人もいるんだなあと感動すら覚えます。神は細部に宿ると言いますが、このおまるには5人くらい宿っていそうです。これをショッピングサイトで紹介して、愛猫家の皆さんの購買意欲をかきたてるのがワタシの担当というわけ。まずは敵情視察。ライバルの通販サイトが「ネコちゃん用おまる」をどのように売っているのかリサーチです。そしてまたしても口をあんぐり。よく売れていると評判の某サイトは、自分の飼っているネコにそれを使わせて、使い勝手やネコの満足度を事細かに観察してレポートしています。うーん、やはり通販で「お客様の声」は効果があるのか。ほかにはどんなのがあるかと別のサイトも見ていたら、うわうわうわわ、もっとすごいのがありました。なんとネコの「おまる使用中の映像」を動画で見せてくれるんです。しかも「おしっこ編」「ウンチ編」と区別して準備している周到さ。うっそー。たしかに使用中の映像を見せられるのはWEBショップの長所ですけれども、そこまでやるかね?お客さんも、数千円のおまるを買うのにそこまでの情報が必要ですか?それともただの趣味? ネコだからいいけど、人間だったら変態じゃん。だって人間用トイレの説明で「使用中の映像」を流したりしないでしょう?まあいいや。とにかくペットグッズをWEBで売るのは甘くなさそうです。ちょっと勉強しなければ。
2006年09月01日
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