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私の、おばあちゃま友達と話していた。 彼女の時代には周囲がほとんど見合い結婚をする中、とてもステキなご主人に見初められて恋愛結婚したことをとても誇りにして、幸せに大切にしている方である。 もうご主人は他界されたのだけれど、今もずっと「幸せな人生だった。本当に大好きな人と結婚して良かった」と少女の顔で話してくれる。 「今どきの若い夫婦は、恋愛結婚をしても、1年も経たないうちに離婚するカップルもあるんだよ」 私がそう言ったら、彼女は、 「へぇ~、そんな人たちがいるの? 信じられないわ」と、ホントに目を丸くした。 「そんなんは、本当に相手のことを好きなわけじゃないのよ。本当に好きな人と結婚したら、それはそれは幸せなものなんだよ」 彼女が結婚したのは、第2次世界大戦の数年前。初恋の人と結ばれたのだという。 戦争が終わり、物のない時代を過ごし「私らの時代は、本当につまらん時代だった。今みたいに遊ぶなんて余裕は、全然なかったのよ」と寂しそうに笑う。 それでも、結婚生活は幸せだった。 大好きな人と結婚した私の人生は、本当に幸せだった。 いつでもそう言い切る彼女を、私はうらやましく思い、また少し理解できないでいる。 「恋はいつかは冷めるモノ」「結婚したら、恋はいつか、家族愛に変わる」 そんなことをテレビドラマや恋愛映画で聴かされながら育った私たちの世代。結婚してもずっと夫に恋をしながら、彼女は添い遂げたというのだろうか? どんなふうに暮らしていけば、そんな夫婦でいられるのだろう。 亡くなったご主人もやっぱり、彼女をずっと大切にしていたんだろうなあ。お会いしてみたかった。
2005.09.30
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友達の彼氏が仕事を辞めた。もう3ヶ月くらい、働いていないという。 まだ20代だから、やりたい仕事をじっくりと探すらしい。 こういう時、親と同居していると楽だ。家賃や食費の心配をしなくていい。1人暮らしの場合は、すぐに自分の財政に困難を生じる。 だって家賃や光熱費が払えなかったら、もう1人暮らしは続けられない。食べる物だって、自分で買って来なければ何もない。そのへんにあるものを食べておけばってわけにはいかない。 今の社会ならフリーターも多いし、ニートなんてのもいるんだから、定職につかなかったり働いてなかったりしても、案外平気なものなのかな。 経済的に平気じゃなくても、世間体に悩まされるなんてことはなく、感覚としては平気なのかなあ。 私は仕事を辞めて、それでも1人暮らしを続けていた時、それまでの貯金をことごとく崩しながらしのいでいた。 別に誰かに援助してもらってるわけじゃないし、親にも助けてもらっていない。 だから私が働いていないこと、誰にも文句言われる筋合いはないわ!と思っていた。国民年金だってちゃんと払っていたし、家賃や光熱費を滞らせたこともない。 まあ、下ろせるお金をぜ~んぶ使い果たして、それでも全然収入がないなんて困るなあと思っていたけれど。 働かなかった理由は、闘病に専念しようと思ったから。 しばらく身体をいたわって、のんびりしようと考えたわけ。それで旅行にも行って、楽しいこといろいろやって、もちろんそのお金も今まで自分で稼いできたお金で払うんだからいいでしょって感じ。 だけどきっと、ボランティアの仕事を時々やったりしてる私を、周囲はおかしな人だと思ったんだろうな。 収入もないくせに、ボランティアして。ボランティアしてるくせに、定職にもつかない。 でもま、私には私なりの事情ってものがあって、病気のことは一々みんなに話してなかったから、余計に変わりモノだって思われてたとしても、それはそれでいいの。
2005.09.29
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多分私が日本で生まれたから、好きな花は、桜。 子供の頃はコスモスが大好きだった。あとは季節を感じる紫陽花やタンポポやヒマワリも大好き。そして春に生まれたからか、特別に思い入れのあるのがチューリップ。 長崎のハウステンボスには、もちろんチューリップの季節に行った。 有名な砺波のチューリップ祭りにももちろん行った。 そして今の憧れは、ホントのオランダ?にあるチューリップのたくさん咲く公園に行くこと。 その公園は「キューケンホフ公園」といって、1年のうちでたった2ヶ月ほどの期間だけ開園しているらしい。 いつの頃だったか、旅行のパンフレットで見て一目惚れをした。 「キューケンホフ」というこの名前は「台所の庭」という意味らしい。 でも私の受けた印象は、ちょっと違っていた。 静かな森のような公園の中に、ごく自然な感じでチューリップが咲いている。それは手入れされた庭という感じではなくて、まるで野生のチューリップであるかのように、周りの景色に溶け込んでいた。 いつか本物を見てたら、その名前の意味を感じるのかな。
2005.09.28
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頭痛にはいろんな原因があるらしい。 単純に「頭が痛い」といっても中身はいろいろで、それほど気にしなくてもいい場合と、別の病気が根幹にある場合とがあるのだという。だから、ちょっと怖い。 私もいつの間にか、頭痛持ちになった。 子供の頃は頭痛なんてほとんどなくて、たまに少し頭が痛くても、薬など飲んだことはない。私にとっての頭痛は「寝れば治る」ものだった。 ところが大人になって視力が落ちてきた頃。 見えないのに必死で何かを見ようとすると、頭痛を感じるようになった。 でもまあ、この段階ではそれほど深刻な頭痛ではなかった。 頭痛が「寝ても治らない。薬もきっと一時しのぎ」のものになったのは、貧血がひどくなってから。 つまり私の頭痛はまさに「別の病気が根幹にある」ケースなのだ。 貧血のひどい時の頭痛といったら、もう大変! 心臓の鼓動に合わせて、首筋あたりがズキンズキンと痛むのが繰り返される。 貧血が改善されるまでの間、1週間以上続いたりする。 わりに痛みには強い私だけれど、あれはちょっと辛い。 もう少し軽い時の頭痛は、偏頭痛。 これはどんな時に起こるのか、自分でもわからない。人ごみにでかけたり、天気が悪かったり、ずっと根を詰めてパソコン見たりしてると、偏頭痛が起こる。 だけど寝れば治るし、何かで気を紛らしている時には忘れていたりもする。 お腹がすくと頭痛がする場合もあるんだけど、それは私だけ? 貧血のせい?
2005.09.27
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以前からずっと思っていたことがある。 現代の日本では、子供の機嫌をとったり、子供を悪い意味で大事にしたりし過ぎるのではないか? そんな中で先日、ちょっと面白い記事を読んだ。 それは、南の島サモアの子供たちについて書かれていた。 サモアの子供たちと親との関係は、日本とは全然違う。 何をしている時でも、親に一言「サウ(来い)!」と呼ばれたら全てを中断、用事を聞きに走る。親の言いつけには絶対に服従するのが原則で、口答えなどしようものなら容赦なく張り倒されるらしい。 日本で育った私には、その状況が文句ナシに良いとは思えない。 でも・・・。 サモアでは、家族の中で「大人」がすべてに優先されるルールがあるという。調理は親の担当だが、配膳や後片付けはもちろん子供、「おかわり」と言うのは親で、食事を中断して給仕をするのは子供だったりする。 そしてすごく面白いなと思ったのが、パーティーの時。 ますます大人優先ルールが顕著になり、子供は同席しない。お客様の連れてきた子供でさえ特別扱いはせず、子供同士集まって遊びながらパーティーがひと段落するのを辛抱強く待つしかない。 そして大人たちが満足した後、ようやくテーブルの残り物に手をつけることができるらしい。それも子供のために取り分けてあるわけではなくて、食べ散らかされた残りをいただくという感じ。 つまり、パーティーは大人のために開かれるということ? 多分これを読んだ日本人、その状況を目の当たりにした日本人は「信じられない!」とか「ちょっとひどくない?」とか感じる人のほうが多い気がする。 だけど。 日本だってきっと、外国人の目から見たら不思議だったりすると思う。 電車の中で、小学生が親を立たせたまま座る。親もそれを当然のように見守る? 外食をするのだって、支払いは親なのに、子供の食べたいモノを優先して店を選ぶ。(大人の選択が嫌なら留守番してれば??) 子供が喜ぶ姿を見て親も嬉しいのだろうが、過度な子供優先は好ましくない。 親が働いたり世話をしてくれたりするおかげで、子供は物を買ってもらえたり食べたりできるのだということ。 そういうありがたみを教えないと、育っても家庭内暴力やニートも増えるんじゃないかな。
2005.09.26
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あの頃の彼は、とてもカッコ良かった。 見た目はう~ん、背も低くて、ちょっとアニメチック。もちろんヒーロー物なんかじゃない。もっと3枚目のアニメキャラだった。 彼女は、華やかな印象の美人タイプ。引く手あまたのモテ女だった。 彼ははやりのスポーツのインストラクターで、車もアウトドアの流行を先取りしていた。 デートもあちこち気の効いた場所に連れて行ってくれるし、誕生日やクリスマスも力の入ったプレゼント攻勢が続いた。 今は私も大人になって、あの頃の彼よりも年上になったから、もしかしたらマニュアル君だったのかな、なんて思える。 だけど当時その彼氏は、私たち女友達仲間にとって、皆の理想だった。彼女に尽くして、本当に大切にする。いい人に出会って良かったね、と皆きっと心から思っていた。 そして数年後。 そのまま彼らは結婚した。彼女は、本当に美しい花嫁姿だった。 今までの彼氏と彼女という関係から、今度は夫と妻になった。同じ屋根の下で暮らし、家族になった。 あれから何年経ったのだろう。 理想の彼氏は消えてしまった。結婚してからは、1度もプレゼントをもらったことがないという。 「釣った魚にエサはいらない」まさにそれを見せつけられた。私は魚になんてならないぞ! 女友達仲間は、それぞれ心に誓ったに違いない。
2005.09.25
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私は高校生で祖母が他界するまで、ずっとおばあちゃんっ子だった。 一緒に暮らしていたから、性格的にも祖母の影響をたくさん受けて育った。愛情もたっぷり注がれ、厳しく優しく育てられた。 核家族で育った友達に、何度か祖母の話をしたことがある。 「おばあちゃんっ子って、どんな感じなのかピンと来ない」そう言われたこともある。 「おばあちゃんの愛情だけが無償の愛じゃない。責任なく甘やかす祖父母の愛情と違って、責任を持って育てる母親の愛情だって無償の愛なんだ」と反論されたこともある。それは自身も核家族で育ち、今は母親として核家族で暮らす友人だった。 だけど。 母親の愛情と祖母の愛情は、全然形が違う。 母親には責任があるから、自分の言うことを聞かない娘を甘やかしてはくれない。叱られたり口論したりの関係の中で、娘は母の愛情を感じられずに育つ事もある。 それが娘を思うがゆえの母の行動であったとしても。 祖母というのは(現代のように若くて元気な祖母たちは違うかもしれない)、自分が孫よりずいぶん早く死んでしまうことを当然覚悟している。 だから孫に何も期待しない。 自分の面倒を見てもらおうとか、思いもしない。成績が良くても悪くても、可愛い顔をしていなくても、関係なく可愛がってくれる。そうではないのかな? よくはわからないけれど、私は祖母に叱られることがあっても、祖母を嫌いになったことは1度もない。祖母がちゃんと私を愛していることを、心でしっかりと受け止めながら生きていた。 何を期待されることもない。私は私のまま、のびのびとしていられた。 うちの場合、祖母がお小遣いをたくさんくれるわけでもなければ、どこかへ遊びに連れて行ってくれるわけでもなかった。 けれど祖母はいつも私の心を理解し、寄り添っていてくれた。書ききれない愛情がいっぱいあった。
2005.09.24
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宇宙に行くと、人生観が変わるんだって。地球を眺めたことのある宇宙飛行士がテレビで言っていた。 この広い宇宙で自分がどんなに小さな存在かがしみじみと感じられて、悩んでいるのがバカらしくなるんだって。 星空を眺めるのが好きな人たちにも、同じような話を聞いたことがある。 宇宙は壮大で、それに比べたら自分の悩みなんてどうってことないんだと思えるから、元気が出ると言っていた。 けれど私には、その感覚があまり分からない。 私も星を眺めるのは好きだけれど、どんなに空の果てまで星が限りなく広がっていても、私はやっぱり私でしかない。 小さな存在だというのはわかるけど、私はこの小さな身体で、星の命とは比べものにならないほど短い人生の中で、自分の思い描くとおりに生きていきたいと思うのだ。 だから私の悩みは、宇宙の中では本当にちっぽけでたいしたことがなくても、自分の人生の中では、しっかりと向き合って考えていかなければ前に進めないほど、深刻で大きなものだったりする。 宇宙と向き合って、悩みをう~んと小さく感じられる人の生き方は面白い。そんな幸せな生き方もいいなと思う。 もともとあまりくよくよしない私だけれど、自分の人生でぶつかる問題には、やっぱり全身全霊を傾けて対処するかも。そんな生き方も好きなのだ。
2005.09.23
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日本人の平均寿命は、世界の国々の中でもとても長い。 野菜や魚を中心にした和食の文化が良かったのか、そして医療の発達もそれをさらに応援してるのか。 私にはかなり年上のお友達も多いので、いろいろ考えさせられることがある。 夫婦そろって長生きしている最高齢は、2人合わせて207歳だとテレビでご夫婦が言っていた。そのご主人は奥様よりさらに年上だけれどお元気で、今でもピアノを弾いたりしていた。 だけど私の友人たちは、ほとんどが奥様のほうが長生き。ご主人だって世界の平均から見れば長生きされたほうなのに、夫に先立たれて15年以上になるという方々も珍しくない。 85歳を超えるご婦人方が「主人も長生きしてくれたと思うんだけど、私がこんなに長生きし過ぎちゃったからね。寂しいわ」と微笑む。 長生きされている方はたくさんいるのだけれど、皆それぞれ健康状態が違う。生活の環境も違う。 少しずつ身体も不自由になっていくのは仕方がない。ちょっと耳が遠くなったり、歯が入れ歯になったり。忘れっぽくなるのも、誰でも同じ。 でも目は大切にしなきゃ。 悪くなっていくのは仕方ないけど、まったく見えないと行動範囲も自由にできることもめっきり減ってしまう。 そしてとっても大事だと感じるのは、足が丈夫であること。 多少杖をついてでも、自分の足で動けることは必要だ。まずはトイレにいけるかどうか、それがその先の人生を左右すると言っても大袈裟じゃない。 そしてできれば1人で散歩に行ったり、友達を訪ねたりできること。 私なら、いくつになっても旅行に行けるくらいであれば幸せだなあ。 こんなふうに想像してみても、現実はどんなふうに年をとっていくのか、まだまだ今の私にはわからない。 だけど自分の身体を取り替えて生きていけるわけじゃないのだから、大事にしてあげなきゃ。この身体とも心とも、一生付き合っていくんだもん。
2005.09.22
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新しくオープンした香港のディズニーランド。良い評判がまったく聞こえてこない。 敷地面積が狭い。スタッフの対応が悪い。 暑いからと上半身裸になったり、冷房の効いたショップへ座り込んだり、禁煙の場所でタバコを吸ったり、子供を立ち小便させたり・・・。 面積なんて、でき上がってから文句を言ってみても仕方ない。 最初からわかってることじゃないのか? 狭くても、苦情が出るほどだとは思わなかった、ってことなのかなあ。 まあ、これから少しずつ広げていけるスペースがあるなら、最初はこれでもいいかって思えそうな気がする。 スタッフの対応が悪いのならば、香港の人の国民性とかじゃなくて、ディズニーのやり方で教育すればいい。ディズニーの夢の世界を守りたいのなら。 しかし客のマナーが悪いのは、ディズニー側の責任じゃない。 あちこちに書き込まれる感想のメッセージなどを読んでいると、日本人にはちょっと偏見があるような感じもする。「中国人は下品」という意味のことが、どんなにたくさん書き込まれていたか。 確かに、ニュースで報道された内容は下品だったけれど、日本人だってそんなに前から品の良い国民でもなかったかもしれない。階段に座り込むとか、電車の中で床に座ってるとか、そんなのを外国人が見たら驚くだろう。小さな子供を連れたお母さんがそのへんで立ちションさせてる姿は、私、日本でも何度か見たことあるけどな。 あんまり他の国の批判してると「何様のつもり」って言われそう。 香港ディズニー、私はそのうち出かけてみたいと思っている。
2005.09.21
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日本人は「愛してる」と言わない国民だといわれる。 アイシテル・・・。私が言ったことがあるのは「祖国を愛している」という遣い方、そして「おばあちゃんのことは、愛していたし、愛されていた」 I love you. そんな言葉を惜しげもなく交わし合う国の人たち。家族と電話をしていても、仲の良い友達と電話をしていても、必ず電話を切る時には「I love you.」「I love you, too.」という会話が、ごく普通の挨拶や習慣のように交わされる。 それでも離婚率が高いのは、私にはとても不思議だった。 その言葉に、どのくらいの意味があるのだろう。 日本では年配の方たちに「昔の男は好きだなんて言ってくれないものよ」と聞かされることが多かった。 私たちの世代の男性陣はそうでもない。好きだと言葉にする男性が必ずしも愛情深いとは思えないけれど、時々はそんな言葉を伝え合う関係がいいなと思う。 言葉にしてくれたら嬉しいし、安心できたりもする。 日本人の私には「love」と「like」のニュアンスの違いがよくは分からないけれど、「好き」と「愛してる」の違いは私なりにある。 「愛してる」の言葉は、その意味をちゃんと知っている人にだけ言われたい。ず~っとそう言い続けてると、誰も言ってくれなくなっちゃうかも。
2005.09.20
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40年以上も連れ添った夫婦。 その奥様が、私にこっそりとこう言った。 「私ね。結婚してから今まで、1度も夫に優しい言葉をかけられたことがないのよ。お見合い結婚でしょ。私はきょうだいが多くて、その1番上の長女だったから。決断するしかなかったの。早く結婚しないと、下が待っているから困るじゃないの。だから結婚しただけ。失敗だったと思っているわ」 今の時代なら多分、そんな理由で結婚する人は少ないだろう。 まず兄弟も少ないし、弟や妹のほうが先に結婚するケースなんていくらでもある。お見合い結婚だって、優しい言葉くらいかけてくれるものじゃないの? 何だか私は、それを聞いて動揺したのか、信じられない気持ちだったからか、何も言えなかった。 だってそんな状態なら、40年以上も結婚生活を続けることができるんだろうか? そして「どうかお願いだから、そんなことを娘や息子には言わないで下さいね」と心の中で思った。 私なら、自分の両親がそんな夫婦関係だったらショックだもん。 その先はともかく、せめて結婚した時から子供をみんな産み終えた頃までは、深い愛情の中で私たちの命を産み出したのだと思い込ませてほしい。 後から、ふと気づいた。 40年以上も連れ添って、1度も優しい言葉をかけられたことがないというのが事実なら、きっと相手にも優しい言葉をかけたことがないんじゃないのかな。 例えば10の優しい言葉をくれた相手に、照れくささがあったって、かけらも優しくできない男に、私は今まで出合ったことがない。それは時代の違い? 奥様は、どんな言葉が欲しいのだろう。聞いてみればよかったかな。
2005.09.19
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テレビで、万博に何度も通っている子供たちがインタビューされていた。 「終わっちゃうのが寂しいです」 「もう悔いはないです」 「万博、大好き~」などなど。 愛知の大イベントを子供たちも満喫したらしい。 でも、そのインタビューでは全然分からなかった。 彼らは万博で何を見て、何を感じたんだろう。 可愛いキャラクターと写真を撮って、マンモスを見て、ゴンドラに乗り、パビリオンのロボットやショーを見て、そして? たった1回だけ足を運んだのなら、万博の雰囲気を味わい、良い思い出ができればそれでいいのかもしれない。 だけど何度も通ったのなら・・・。 行ってみたい国が見つかったり、普段はなかなか話す機会のない遠い異国の人と言葉を交わしたり、食事を食べ残すのをやめたり、いつか宇宙は飛び立つ夢を見たり、少し地球に優しくなれたり。 そんな経験をした子供たちがたくさんいたらいいな。 たくさんの娯楽のある現代の万博は、多分、大阪万博とはちょっと意義が違うのかなと思うから。
2005.09.18
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あ~あ。 おしゃべりな私だけど、実は自分から電話をかけるのはちょっと苦手。 事務的な電話、例えば何かの申し込みとか苦情とか質問とか。そういうのは全然平気だし、仕事上に必要な電話をかけるのも、まあそれほど苦手じゃなかった。 ただ、友人に特に用事もないのに電話をするというのが苦手。こんなに携帯が普及して、本人が直接出るようになっても、それは直接関係ない。別に相手の家族に取り次がれるのが苦手なわけではないのだ。 それじゃあ、一体何が苦手かというと。 特に用事がないのに、何となく誰かと話したいとか、ずっとご無沙汰だから電話してみようとか、声が聞きたいとか。そんな理由で電話をしてみて、相手にそっけなくされたり、迷惑そうにされたりしたら、もうどうしていいのか、わからない。 この発言は絶対に私のイメージとはかけ離れてると言われちゃうんだろうな。 だけど、本当に苦手。 今夜もまた「あ~あ、電話なんてしなければよかった・・・」なんて、しょぼん。寂しいような、ちょっと腹が立つような、何だか嬉しくない気分で、とりあえずの用件だけ話して電話を切った。 な~んか、気まずい。 ずっと彼女と話してないから、心配だったんだ。 とはいえ、何だかよくわからないけど、迷惑だった? ま、いいけどさ。うつって、よく分からない。そっとしておく、というのは、放っておくっていうこと。そう教わったの、うつ病の経験者から。 でも、やっぱり心配だったんだ。もう半年くらい話してなかったから。 それでも電話なんて、しないほうが良かったなあ。ふ~。
2005.09.17
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旅行会社の広告を見ていたら、行き先不明の「ミステリーツアー」というものがあった。 集合場所と時間、そして旅行代金。あとは行き先のヒントなのか、いくつかの写真やイラストが載っていたりする。 日帰りのバスツアーの場合もあれば、飛行機で出かける2泊の旅もあったりする。 一度も参加したことのない私としては興味津々だ。 日帰りで行けるところとなると、だいたい限られている。と思っていたのだが、バスで行く場合は案外遠くまで行けたりする。提携する工場見学やレストランやお土産屋などをうまく行程に組み入れて、かなり遠くまで往復する。どうせ運転はお任せなのだから、移動時間は寝ていればいい、ということなのか。 飛行機に乗り、宿泊まで付いているとなると、日本中どこへでも行ける。 行き先は、まったくのミステリーだ。 でも季節によっては、北へ行くのか南へ行くのかで、持って行く着替えが違ってくるんだから、せめて前日には行き先が知りたい。しかし行き先を知らされるのは、当日の朝、空港で行程表を受け取る時らしい。 まあ、いろいろと不便もあるだろうが、ワクワクするのは楽しそう。 値段設定が手頃なものを見つけたら、1度は参加したいとチャンスをねらっている。
2005.09.16
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最近パソコンに向かっている時間が増えたので、少し目が悪くなったような気がする。 子供の頃はずっと視力が良かったので、メガネはただの憧れだった。 高校生くらいになるとだてメガネみたいに、サングラスをかけてみたり。 ところが大人になって、いつの間にか視力が落ちた。本当にメガネが必要なほど。 ところがメガネ、どうしてなのか分からないけど全然似合わない。 だから今でも運転時とか映画の字幕が見えない時とか、そんな差し迫った時にしかメガネは使っていない。 友達は私以上にもっと視力が悪くて、将来的に網膜はく離になる可能性があるかもしれない、と医者に言われたらしい。 また別の友達は、子供の頃からアトピー性皮膚炎がひどくて、その影響で高校を卒業した頃かに白内障になって手術をしたのだという。 視力が良いまま年を取ると、早く老眼になると聞くけれど本当かな。 それでも私は、せめてメガネがいらない程度の視力は保ちたかった。だって今は、裸眼で月や信号を見れば、とっても大きくぼやけてみえる。 まあ、それくらいは不自由ではないのだけれど、メガネをかけてみれば、本当のサイズを知って驚く。いつの間にか私の中では、月はあんなに大きくなっていたんだなって。信号は、消えている2色の色よりも点灯している色がかなり大きく見えるのだが、比較するものが並んでいるのでサイズはだいたい分かるんだけど。
2005.09.15
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世界のトヨタは、本当に世界中にたくさんの車を送り出している。 日本車は故障が少ないのが人気で、日産もホンダも三菱などもいろんな国で走っている。 それでもやっぱり、私にとって「車先進国」のイメージはドイツだ。 ポルシェやメルセデス・ベンツをはじめ、BMWやアウディ、フォルクスワーゲンなどなど、日本でも有名&人気のあるドイツ車はたくさんある。 私は車に詳しいわけじゃないので、車の中身のことはよくわからない。 けれどアウトバーンを走ったり、住宅街を走ったりしたことはあって、どこにいても運転マナーがいい。 日本中を走り回り、そこで感じたマナーレベルを基本にすると、ドイツやアメリカは、日本よりもマナーがいい印象を受けた。 合流の時のマナー、住宅街を走るときのスピードの落とし方。そして何より日本との違いは、夕暮れ時や曇りの日などのライト点灯の早さ。自分のためじゃなくて、対向車や後部から走ってくる他の運転者ののために、ライト点灯はとても有効だ。さすが車の国、カッコイイなと思った。 例えば中国などまだまだ車が庶民レベルに普及し始めて日が浅い国、あとは国民性もあるだろうイタリア、台湾、インドなどは、できれば車の運転はご遠慮させていただきたい。 歩いて道を横切る時、ぼやぼやしてたらひかれそう。それでも「ひかれるほうが悪い」って、簡単に片付けられてしまうんじゃないか。 タクシーに乗っていたって、割り込みの車がどんどん入ってくる。街はいつも渋滞で、やたらクラクションを鳴らす。 日本も、もっと運転マナーが良くてカッコイイ「車先進国」の仲間入りができるといい。
2005.09.14
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「すみません、タバコの煙が全部こっちに来るんですが」 「すみません、背負っているリュックが私のひざの上で重いので、おろしてもらえませんか?」 「すみません、それ、私のなんですが」 「すみません、もう少し静かにしてもらえませんか?」・・・などなど。 どう考えても相手に非があるかな、とか、これはちょっとひど過ぎて我慢できないなとか。そんな時に、迷い迷って、相手に声をかける。 名前も知らない相手だから、どうしてもつい「すみません」と呼びかけてしまうのだが、こういう相手に「あ、ごめんなさいね」とか「すみませんでした」とかって、謝られたことはあまりない。10人に1人いればいいくらいの割合だ。 たいていの場合はすごく嫌な顔をされたり、言うことは聞いてくれるものの、何も言わず逃げるように立ち去る。また時には、反論されたり、逆切れされたりする。 こっちだって、少し我慢して、それでも耐え切れなくて、「これは言ってもいいかなあ」とよく考えてから声をかけるのだ。 それなのにこっちだけが「すみません」と声をかけ、相手に嫌な態度を取られたり、何も言われなかったりすると、まるで自分が悪いことをして申し訳ないかのような気分になる。 それが毎回とても不愉快なので、これからは「すみません」と声をかけるのをやめて「あの~」と声をかけようと心に決めるのだが、見知らぬ相手に呼びかける時の習慣なのでつい繰り返してしまう。 そして嫌な思いをするたびに、また心に誓うのだった。
2005.09.13
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両親が嫌いで、子供の頃から叱られても右の耳から左の耳へと、ただ聞き流していたという子供。 前の晩に母娘ゲンカをして、翌日の運動会のお弁当を作ってもらえなかった小学生。 好き嫌いが激しくて食事を食べ残しても、必ず次の食事に残りが出された子供。 親の気持ちはなかなか子供に通じないが、子供の心も親には分かってもらえない事が多い。 私の場合、家族とケンカをして「もう絶対にしゃべりたくない!」と怒っているつもりでも、長続きしなかった。同じ家の中にいるとどうしても、無視し続けることは不便が多すぎる。 夫婦喧嘩で1週間ずっと口をきいてないとか、父親とはもう2年くらい話してないとか、そんなことを聞くとビックリだ。 めったに会わない友人となら、長いケンカもできるかもしれない。 ケンカしてるうちに、そのまま友達じゃなくなる場合もある。 だけど家族は身近にいすぎる。同じ屋根の下では、顔を合わさずにはいられないし。 でも厄介なことに、家族だからこそ、こじれると面倒なことになる。本当に仲の悪い兄弟もいるし、親子だったら余計に、複雑にもつれた感情は大人になっても簡単には和解できなかったりする。 思い切りケンカをしても、言葉を交わさないよりは私にはマシかな。でも疲れてしまうような会話が続いたら、無視したほうがマシって思うだろうなあ。
2005.09.12
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愛知万博がもうすぐ閉幕を迎えようとしている。 ここに来て、夏休みにも増して連日の大盛況。何回も入場できるチケットで、毎日通い続ける人もいるらしい。 午前9時の開場予定を前に、2時間前には行列がかなり伸びている。 テレビ画面を埋め尽くす人、人、人! だいたい平日にあんなにたくさん集まる人たちは、どんな職業の人たちなんだろう。学校を休ませて万博に連れて行く、小学生の親たちも少なくないらしい。 手羽先、味噌煮込み、ひつまぶし、味噌カツなどの名古屋めし。名古屋嬢、中部国際空港、求人の増加。 名古屋の勢いは、とどまる所を知らない。 名古屋は、お嫁入りが派手なことでも有名。 嫁をもらうなら名古屋から。トラックいっぱいの嫁入り道具を携えて、嫁いでくれるからということらしい。 現金好きでも有名で、全国を回っている業者から聞いたことがある。 「名古屋の人はしっかりお金を貯め込んでいるし、余分なお金も節約したいから、ローンを組まず、現金払いを好む傾向があるんです」 万博に集まる人たち。 あの入場者、どれくらいが他県、そして中部圏以外からの観光客なのだろう。 連日の大盛況は良いことなのだろうが、たまには他県の人を優先するような日があっても良いのではないかと、ずっと思ってきた。 「5回行けば、元がとれる」そんな声も聞いたけど、通い続ける人たちは、何を求めて何度も足を運んだんだろう。
2005.09.11
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「貴方とはもう、別れたいの。 これ以上、結婚生活を続けられない。 お願いだから、私と別れて下さい」・・・そう言ってるのに、夫は別れてくれない。 もう、こうなったら、法的手段に出るしかない! そんなふうにして、離婚調停に持ち込んだ妻がいる。 それでも別れないという夫。2人の間には、子供も1人いた。 「じゃあ、別れない代わりに、私を留学させて下さい。 子供は連れて行きますから」 その申し出で決着して、2人は離婚することなく、1年間の別居生活へ。とは言え、夫のお金で海外生活に旅立ってしまった妻は、普通の理解を超えている。 ひど過ぎる、と思うか、前向きでいいんじゃない?、と受け止めるか。周囲の反応もいろいろ? 口を揃えて「信じられない!!」かも? それにしても、そんな妻とでも別れたくないという夫の本心は、どこにあったのだろう? 子供のため? それとも世間体? それともまさか、惚れていたから? その後に待っている運命を知らなかった彼が、すごく不憫な気がする。
2005.09.10
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夜中のインドの列車の駅は、そこらじゅうを埋め尽くす人であふれていた。 翌日に大きな人気イベントがあるわけではない。ただ、住む場所を持たない人々が集まって来て、そこに寝ているだけらしい。 国を横断している長距離列車は、十数時間遅れることも珍しくないらしい。 ガンジス川に行けば、雨期が明けて濁った水の中、たくさんの人たちが「聖なる河」で沐浴をしている。近所の子供たちは増水した川の水に飛び込んで遊び、野菜を洗い、洗濯もする。 人生を終えた人たちの火葬場があり、最期は聖なる河に帰ることを最高の幸せとする。 日々の暮らしさえままならない人々がたくさんいる。 また、日本人の想像をはるかに超えた、とてつもない大金持ち層もいる。 富む物から施しを受けるのは恥ではなく、徳を積ませてあげることで役に立っていると信じる。 莫大なお金がかかるであろう核を保有し、隣国と核実験を競う。 そんな現状は変わらないまま、エリートが育ち、数学やコンピュータの扱いに優れ、経済的に躍進している。 成長を続ける中国もインドと似ているところがある。 そしてそれは、狭い日本で暮らす私たちにはとても不思議だ。 1つの国の中が、同じ法律で動くのは当たり前。 識字率は100%に近く、誰でも学校に行ける。(最近では、小中学校に行けない在日外国人の子供たちのことが問題にはなっているが) 地域的な経済格差も、個人の貧富の差も、インドや中国と比較してみればとても少ない。「とても」などという言葉では不十分なほど少ない。かつて日本人が信じていた「一億総中流」というのも、うなづけるほどだ。 だいたい「最近の日本は景気が悪い」とか「経済がダウンしている」などと外国人の友達と話していても「でもスーパーには物があるでしょ? 商品が棚にまったく並ばない状態にはなっていないでしょ?」と笑われる。 世界は広い。 世界中にいくつの国があるかさえ知らない私には、まだまだ不思議に思う国がたくさんある。
2005.09.09
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たくさんの友達がいることが自慢という人がいる。 どんな付き合いをする関係、つまり付き合いの深さによって、相手を「ただの知り合い」じゃなく「友達」と呼ぶのだろう。それは、人によって違う。 でもまあ、自分が「友達」だと思える相手がたくさんいる人は、それはそれなりに幸せなのだろうな。 誰かに心を許せること、自分が無防備になれることは、そんなに簡単じゃない。 「友達なんて、量より質だわ」という人もいる。 そんな人にとっての「友達」という条件は、きっとハードルが高いんだろうな。すごく大事な「親友」みたいなのが2、3人いて、後は遊び友達や話せる相手が数人いれば、もうそれで十分だのだという。 私は欲張りだから、その両方かな。 質の良い友達を、たくさん欲しい。 だけど自分が付き合いきれる数じゃないと、相手に対して失礼な付き合い方をしてしまう場合があるから。 アメリカにいた時、仲が良かった友達。 彼女はアフリカ生まれだけれど、世界のあちこちに友達がいる。だから仕事を終えて帰宅した後、本当に手紙や電話で忙しそうだった。 それでもまだ、時間が足りない。身体が1つじゃ足りないほど、たくさんの友達がいた。 明るくて魅力的な彼女で、すごく仲良くあれこれ話したけれど、やっぱり彼女の友達づきあいの仕方には何となく疑問を感じることもあった。 「貴女って、そのお友達のこと、大切に思ってないんでしょ?」と尋ねたこともあるほど。彼女はクールに否定していたけれど、私の目からはそう見えた。
2005.09.08
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友人の両親は、彼女が大学に進学することに反対らしい。 たいしたことを学べるわけでもなく、卒業したって良い就職口があるわけでもない。だいたいお金の無駄遣いじゃないか、という意見らしい。 それでは、両親は彼女にどうしてほしいのか? 両親は離婚しているのだが、2人とも彼女の進路については同意見だとのこと。 その意見というのは「日本に行きなさい」・・・。 日本に行けば、いい大学があるに違いない。日本語を勉強すればいいじゃない? な~んてことでもなく、日本の大学に通いながらアルバイトをすればかなり稼げるんじゃないか、ということらしいのだ。 アジアからの留学生の現実は、そんなに甘くない。 国費留学生ででもない限り、毎日学費と生活費のためにアルバイトに忙しい。本当に倒れそうなくらい、時間を惜しんでバイトしている。 勉強なんて2の次。だって、そんな暇もない。 そういう留学生を私は何人も知っている。 両親はきっと、そんな現実を知らない。彼女自身も知らないのだと思う。 まず、日本に来るにはお金がかかる。 航空チケットの代金だけじゃなくて、アルバイトが見つかるまでの当面の生活費がかかる。きっと彼らが予想しているよりも、ずっと多くかかるだろう。 日本語ができなければ、アルバイトだってなかなか見つからない。 留学なんて言っても、現実は出稼ぎ生活になる。それでも彼女は、幸せに暮らしていけるかなあ。
2005.09.07
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子供の頃は、風邪などはほとんど漢方薬を祖母が煎じてくれて、それで治っていた気がする。 でも眼科や耳鼻科、歯科、皮膚科などはひと通り行ったことがある。 それが高校生くらいからは、幸せなことに本当に病院と縁がなくなった。 ところが今の貧血になってからというもの、その時の体調にもよるのだけれど、1~3ヶ月に1度は血液検査のための通院が欠かせない。 それは自分でも納得しているので、いつもマジメに通院している。 でも大きな病院というのはやたら時間がかかる。 まずは駐車場に車を停めるために並び、それから血液検査、診察、支払い、薬などなど。そしていくつかの科を受診する時には、どこも予約時間がずれていくので、全部終わった頃には本当にクタクタになる。 病院なんてたくさんの病人が集まっているわけだから、免疫力の弱った者たちが風邪引き、皆に移していく。またずっと待たされていくうちに、体力のない私はとても疲れてしまうし、朝も早く起きなければならないから、睡眠不足にもなる。 あ~あ、病院に行くと、何だか体調が悪くなるんだ。 これはホント、通院後3日間くらいイマイチな日々を過ごさなければならないことが多い。 この間なんて、病院へ行く前日に熱が出たので診察をキャンセルしたら、夜にはすっかりよくなった。何だか複雑な感じ。
2005.09.06
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「女は、思われて結婚するほうが幸せになれる」 そんなことを、たくさんの人から言われた気がする。そして私も、今は何となく、そう思う。 でも、恋愛はどうかなあ。 私は「追いかける恋」ほどスリリングで楽しいものはない、なんて思ったりもする。かと言って、ず~っと片思いではつまらないけれど。 飛行機の中で隣り合った若い女性。 何となく言葉を交わすうちに、タイに彼氏がいるのだと打ち明けられた。 タイ人って、あまり英語や日本語を話す人がいないんじゃないかなあ。私は50人くらいのタイ人と日本国内で交流する機会があって、その時にそう感じた。 もちろん日系企業が進出してるから、その関係で日本語を勉強している人はいると思うけれど。 「どんな言葉でコミュニケーションをとっているの?」 とりあえず聞いてみた。 「あのね、彼は英語も日本語も上手じゃないから、私がタイ語を勉強して頑張っているの」 「いつも貴女がこうしてタイまで行くの?」 「そう、会いに行くのはいつも私のほうなの。だって彼は忙しいし、お金もないし」 ふ~ん。 確かにタイで仕事していたら、チケットなんて買えるお給料はなかなかもらえないんだろうなあ。 だけど彼女は、とても楽しそうだった。 「ホントは結婚したいと思ってるんだけど、私の親が大反対なの」 う~ん。ご両親の気持ち、そりゃあ想像はできる。 追いかける恋は楽しそうだけど、私はいろんな意味でフェアな結婚がいいかなあと思ったりする。
2005.09.05
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日本人はどこの国へ行っても、お土産やホテル代やレストランの料金まで、高額な値段請求に会うことが少なくない。 アメリカでも時にはそんなことがあるし、日本より経済水準が低い国ではなおさらだ。すごく一生懸命値切ったつもりでも、結果としてはまだまだ現地の人たちよりずいぶん高値の場合も多いのだろう。 それがとても気分が悪いので、ひと言も声を出さない作戦を試してみた。 道端で売っていたジュースを買う時のこと。前の人の払った金額を見ていて、同額に近いコインを手渡して、欲しいジュースを指差したら、同じ値段で買うことに成功した。 ちゃんとおつりを受け取って、思わず「Thank you」なんて言いそうになった。それじゃあ、すぐに外国人だとバレてしまう。 飛行機のチケットを現地で買った時には、ナンパしてきた現地の人に、購入を依頼した。 同行した友人が「そんなことを頼んだら、彼は何か見返りを要求するんじゃない?」と心配していたが、彼らの目的はそんな小さなことではないらしい。 日本人の女性と仲良くなり、結婚する。 そうすれば現地では、日本円で500万円くらいで自分のお店が持てる。そんな逆タマねらいなのだとか。 やっぱり現地で日本語を話したり、片言の現地語を話すと外国人だとバレる。「英語を話す時には、中国人だと言い張れ」と、マレーシア人の友人にアドバイスをもらった。
2005.09.04
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私は、日本人にしては喜怒哀楽の表現がはっきりしているほうだと思う。 「すぐに顔に出る」と言われることも少なくない。本当はそんなに単純ではなくて、顔に出すこととしっかり隠し通すこととは、本人なりに使い分けているつもりなのだけれど。 楽しいとか嬉しいとかを感じる時、多分、周囲から見ればそれはおおげさな表現に見えるかもしれない。 そして怒る時には「何もそんなことで怒らなくても」「貴女、ちょっと短気すぎるんじゃない?」と思われたりするのかも。 でも1番表現が難しいのは、悲しい時。誰にでも分かるほどの悲しみ方は、周囲まで暗くする。だから今でも、そんな悲しい気持ちだけは表現することが下手だなあと自分でも思う。 では「ブルーな気分」って時は。 分かりづらいのは「何となく気分が落ち込んでる」とか「な~んか気分が乗らない」つまり「ブルーなんだよね」って時。 そういう時は、まあ、あまり表現しないで、自分の中で解決する努力をする。重苦しい気分を振り払うには、どうするか? 私の場合、とことんブルーな気分の原因を探る。 小さなブルーが積み重なっている時もあれば、大きなブルーが1つって時もある。それを見極める。そしてその中で、1番嫌なことを見つけ出せば、案外気持ちの切り替えができるのだ。 解決できれば1番いいけれど、時にはあきらめ、時には気を紛らわす。すると何となくではあっても、ブルーだった気分がちょっと明るくなる。
2005.09.03
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彼女は「私、この先も誰とも結婚しないかもしれない」と、時々口にする。 「うちは姉が結婚して、もう孫もいるから。親だって、とりあえずは孫の顔を見られて満足してるんだ。だから、どうしても私が結婚しなきゃってわけでもないんじゃないかなあ」 結婚が早そうな人だった。長く付き合った彼氏もいたから、その人とさっさと結婚してしまうのかと思っていた。 でもその彼との別れが来て、彼はいつか別の人と結婚してしまった。 彼女はそれから、恋をしたのだろうか。何だかためらわれて、聞いてみたことすらない。 ただ、そんな彼女も、やっぱり迷うことがあるらしい。 「結婚しないと一人前じゃないなんて、そんなのおかしいと思ってた。でも最近は何となくわかるんだよね。結婚して、他人だった男性と家族になって、そして子供ができたら家族が増えて。そうやって自分で新しい家族を作ってみないと分からない人生の何かがきっと、あるんだよね」 もしもずっと独身でいたら、いつか同じ迷いを感じる頃があるのかもしれない。 新しい家族っていうのは不思議な感覚で、独身にはきっとわからないから。
2005.09.02
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アメリカに住んでいた時に、友人に尋ねられた。 「日本はアジアの一部だという認識はあるのか、ないのか?」 おかしな質問だなあと思いながら答えた。 「もちろん、アジアに決まってるじゃない?」 彼は以前、日本人に向かって「Asian」という言葉をつかったことがあるらしい。すると、その日本人男性は「オレはアジア人じゃない! 日本人だ!!」と、ひどく憤慨したそうだ。 その日本人はプライドが高く、アジアの他の地域と日本は別だと思っているのではないか、と友人は言った。 う~ん、アメリカ人の貴方に言われるのは複雑な気分。 自分たちだって皆「America is NO.1.」と思っている国民じゃないの? しかし。 私は確かに、自分はアジアの一員だと思っている。 けれど私の中にも「日本は、アジアの中では1番経済的に豊かで、生活水準が高い国」という気持ちがあるのだ。 経済的に豊かなことが、1番幸せなことだと思っているわけではない。 だけど、自分の中にも、もしかしたら他のアジアの国を見下すような気持ちがあったかもしれない。 そんなあれこれを考えさせられた「オレは日本人だ!」のひと言だった。
2005.09.01
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