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「風邪は万病のもと」というけれど、現代社会には「ストレスこそ万病のもと」というのがピッタリ。 私はあまりストレスをためない性格で、ストレスがたまらないような生活をしているつもりでもある。 それなのに、でもやっぱり、それなりのストレスはある。 くよくよ悩むような内容ではないのだけれど、誰かと関わるということは、やっぱりストレスもたまるのだ。 先日、証券会社の電話窓口の人と話をしていた。 彼女の口の聞き方はとても丁寧なのだが、対応の仕方が一方的で威圧的で、不愉快にさせられる。彼女に指示されたり、案内されたりする内容に納得できず、質問してもまったく融通がきかず、柔軟性がない。 相手はしょせん金融機関の一人のスタッフで、私はお客様。 私は余分なお金をかけたくなくて、あれこれ別の方法を探すのでストレスがたまる。例えば証明書類だって、なるべく手間がかからず、安いものを選ぼうとする。 でも、彼女はそれを許さない。 何かを依頼する場合でも、私の依頼は客の権利として当然の内容でも、彼女は自分たちの手間がかからないやり方を勧めて来る。私が断ると「多少手数料がかかりますが、こちらのほうが短時間でできるし、・・・・・・」と、延々と説得しようとする。 客が断っているんだから、いい加減にしてよ。もう、うるさい! そういう気分になる。 でもなあ。 彼女の言いなりに高い手数料とか払って、すべてのことを終わらせて、さっさとその証券会社と手を切ったほうがストレスは消える。 世の中には、こんな小さなことでもストレスに感じる私のような人もいる。そしてお金さえ払えばさっさと片付けられるストレスもあるのだ。 あ~あ、無駄なストレスためるほうが高くつくかなあ。健康のほうが大事。
2005.08.31
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彼女は、壊れてしまいそうなほど、もろいイメージのある女性だった。 片思いの人がいて、でも思いが通じなくて、何となく悲恋のヒロインのような、応援したくなるような。あの頃は、そう、確かにそんなイメージの人だった。 ほんの少し。 女のずるさは感じないでもなかった。 自分がその人を好きだと公表してしまえば、他の人はちょっと遠慮するかもしれない。後から「私も好きなの」なんて、言いにくくなるから。 どこかに出かける時には、必ず誰かの助手席に座る。 免許がなかった頃の彼女は、ふと助けてあげたくなるような、頼りなげな人だった。 笑顔もどこか寂しげで、どんなに明るくふるまっても、ちょっと根暗のイメージから抜け出しにくいのが気の毒ではあったけれど。 そんな彼女が運転免許を取った。そしてマイカーを手に入れた。 そこから彼女は変わった。 どこへでも1人で運転して出かけて行く。片思いのままではあったけれど、以前よりもずっと積極的に頑張っているのが分かる。 守ってあげたいとか、応援してあげたいとか。そういうイメージからは、どんどん遠ざかって行った。 それが彼女にとって良かったのか、悪かったのか。 でも、以前とは比べものにならないほどパワフルになり、たくましい女性になった。 ただなぜか、幸薄いイメージだけは消えなかったのが不思議。それはきっと、車のせいじゃなくて、彼女自身の生き方とか価値観とか人格とか、そういうものからくる印象なのかもしれない。
2005.08.30
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友達が、ロシアの航空会社を使ってヨーロッパへ旅行をした。 あれは確か春休みだったか、そこの航空会社が安かったから選んだのだと言っていた。 格安チケットというのは大抵は直行でなく、時間が余分にかかったり、遠回りをしたり、不便なことが多い。ま、それが理由で格安の料金設定になっているのだから仕方がない。 彼女の利用したチケットもモスクワ経由で、おまけにその日のうちに乗り継ぐことはフライトスケジュールの関係で無理だった。どうしてもロシアで1泊しなければならない。 どこの国でもそうだと思うけれど、空港から外に出る場合には、その国のビザがいる。日本人にビザ免除を認めている国はたくさんあるけれど、ロシアはそうではない。 だから空港の外にあるホテルに泊まる場合には、ただその1泊のためにビザを取得しなければならないというわけだ。 だが、それではあまりに不便。 (アメリカ経由で日本からブラジルへ帰国する人たちは、アメリカの空港で乗り継ぐためだけにビザがいると聞いたこともあるが。) で、ロシアでの1泊。 空港の中にあるのか、特別なルートで行くのか、よく聞かなかったけれど、そこのホテルだけはビザなしで1泊して翌日の便に備えることが許可されている宿があった。 選択の余地なく、乗り継ぎ客はそこへ泊まることになる。 ところが「ホテルの窓から外を見ないように」と言われて、もちろん外出など許されない。 軟禁のような1泊が付いた格安チケットでロシアに泊まった、そんな友人の話。 あれ? もしかしたら航空会社の手違いで、突然ホテルで1泊することになった旅だっけ?
2005.08.29
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日本人は温泉が大好き。 その例に漏れず、私も。特に露天風呂が大好きで、2時間くらい入っていることもある。 連れがいるときには、お湯につかるよりもおしゃべりに熱中し、1人のときはぼぉ~っと考えごとしながら、お湯から出たり入ったりの繰り返し。 あまりに長い時間いるものだから、周囲の人たちは何度か入れ替わる。 そして時々、貸切状態を楽しめることもある。 そこへちょっと年配の方が入ってきたりすると、世間話が始まることも少なくない。 いつだったか、50代くらいの女性が入って来て、どうしてなのか分からないけれど、身体の傷痕を見せてくれたことがあった。 それは、手術痕だった。 彼女は数年前、乳がんの手術で片方の乳房を取ってしまったのだという。 そこの温泉の湯は皮膚に良いと聞き、週に何度か通っていると言っていた。 50歳を過ぎるまで、ずっと健康に不安を感じたことがなかったという彼女。それが一転して、人生観が変わったのは当然だろう。 なぜ私にそんな打ち明け話をしてくれたのか、特にきっかけがあったわけでもないと思うけど。もしかしたら自分の体験が、誰かのこれからの人生に役立つかもしれないって、そんなふうに思ってくれたのかな。
2005.08.28
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あの映像が久しぶりにテレビで流されているのを見た。 4年前の9月11日、アメリカで起こった同時多発テロのツインタワーが崩れていく映像である。 あの日、私は日本にはいなかった。 だからテレビの番組が突然中断されて、リアルタイムで流されたニュースも映像も見ていない。数日後に英字新聞のトップに載っている写真を見て、少し前にレストランのテレビで遠目に見た映像が現実のモノであったことを知ったのだった。 帰国後に両親がビデオに録画してくれていた映像、そしてその後のワイドショーなどで何度も何度も流れた映像の衝撃は強かった。 あれからずいぶん長い間、ニューヨークが描かれたポストカード、ニューヨークが舞台となった映画などが辛くて見られなかった。描かれたツインタワーを見ると「ああ、もう今はこの姿が見られないんだなあ」と思い、ツインタワーのない光景は懐かしいニューヨークが壊されたことを思い出させた。 ほんの短い間だけれど、私はあの近くに住んでいたことがある。 地下鉄に乗る時には、いつもあのビルの地下にある駅を利用していた。もっと前に観光で訪れた時には、友達と一緒にタワーの上の展望ルームで記念写真を撮った。 確かに、そんな特別の思い入れがあるのは間違いない。 でも、あれから4年。 もちろん忘れたことなどない辛い出来事ではあるけれど、今またあの映像を見て、ただそれだけで、あんなに涙が出るとは思わなかった。 自分でも意外で、どうしてなのか、理由がわからない。 ただ悲しくて、ただそれだけで、少しも心が癒されていないのを知った。
2005.08.27
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連ドラおたく?と呼ばれてきた私。 でも最近はあまり見なくなった。 見たいと思う番組が減ったのだ。新しい番組がスタートすると、必ずひと通りは新聞か雑誌かネットのテレビ欄を見て、キャスティングやあらすじをチェックする。それは今でも変わっていない。 そして暇があれば、第1回目はとりあえず見てみる。 その後、どれを見るのか決める。 もしも同じ曜日の同じ時間帯で見たいものが重なれば、裏番組を録画してでも見る。旅行に出かけて見れない時には、誰かに頼んででも録画する。 それくらい、連ドラが好きだったのだ。 う~ん、しかし。 最近はめっきり見たい番組が減った。 3ヶ月のクールの中で、見つづけている番組でも、まあ、暇つぶしって感じで何となく見ているだけのものもある。 最終回で泣けるものも減った気がする。 私の場合、最終回だけでなく、番組の内容によってはしょっちゅう泣いていた。 それは私が普段から泣き虫だからではなくて、連ドラを見て泣くのが好きだったのかもしれない。 おまけに、多分ふつうの人は泣かないだろうな、という場面でも泣く。 例えば、老人と幼い子供が登場している場面。学生時代の切ない切ない恋の場面。 別にどうってこともないのに、何となくドラマの世界を自分の過去や経験に重ね合わせてしまい、すっかりハマり切って泣きたくなる。 でも最近はそんなことも少なくなった。 あ~あ、そういえば映画も観てないし。10月からの新番組に期待するしかない。
2005.08.26
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「お父さんが一生懸命働いてくれるから、私たちは暮らしていけるんだよ」 我が家はずっと、そんな父の存在感の中で子供たちが育てられたような気がする。 今になって思えば、母だってそれなりに稼いでいたはずなんだけど。 私の周りには、働く女も多い。 独身ならもちろんだけれど、結婚しても仕事を続けていたり、新しい条件に見合った仕事に就いていたりする。 「何年か真剣に離婚を考えたことがあるけど、自分の力だけでこれからの人生を生きて行けるとは思えなくて、今はもうあきらめたわ」なんて友人もいた。 経済的に夫と同じくらい稼いでいる女性は、その点が違う。 「2人の子供くらい、私が育てていけるわ。もちろん養育費はもらうつもりだけど」 経済面は、離婚のストッパーにはならないらしい。 また両親と姉妹だけの家族構成では、父親が亡くなった場合に、責任感のある長女に経済的な負担がかかったりもする。 親の事業の処理をしたり、家のローンを肩代わりしたり、女といえども頑張らなきゃってことになる。 家族の形はいろいろだけれど、女も自立してるとたくましくなる。 それでもあまり肩に力が入りすぎると、ストレスにつぶれそうになったりする。
2005.08.25
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1人暮らしをしていると、遅い時間に電話が鳴ることも少なくなかった。 とても懐かしい、酔っ払った声。仲の良い女友達でもなく、昔の彼氏でもない。けれど本当に懐かしい、忘れることのない声だった。 いつの頃からか、私はほとんど、1人では飲まなくなった。 そして「やけ酒」なんてことも、しなくなった。 切ない恋愛をしなくなったからなのか・・・。 その声は、かつて私がやっぱり同じように酔っ払って、駅からの帰り道にふと電話したくなる相手だった。 私から電話すると、なぜか切った後に少し自己嫌悪になる。 自分のテンションと相手の温度差を感じるからなのかもしれない。 相手からの電話は、嫌いではない。 酔っ払って、何となく物寂しい感じの時、上機嫌でもう少し飲みたいなと思う時、どっちの場合にしても、私を思い出してくれるなら悪くない。 友達とそんな話を何となくしていたら、ある日別の酔っ払いが電話をしてきた。 おいおい、違うってば。酔っ払いなら誰でも歓迎、なんてわけはない。かなり遅い時間でも歓迎される酔っ払いなんて、もちろん特別に決まっているじゃないの。
2005.08.24
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やっぱり地球温暖化の影響なのかな。 もう夏に30度を超える日々が続いても、それほど驚けないほど、毎日毎日とっても暑い。子供の頃って、30度といえば、もっともっとビックリで大変なことだったような気がするんだけど。 とはいっても、夏の暑さは、体力のない今の私にはとてもキツイ。 こんな病気になる前は、夏バテなんて全然したことがなかったし、食欲だって落ちたことがなかった。でも今は担当医が「涼しい部屋でおとなしく、体力を温存していて下さいね」と私に言う。 だけどなあ。1人で部屋にいてエアコンをつけてると、あっという間に身体が冷えまくる。私の身体には体温調節機能がついてないんじゃないって感じで、暑ければ身体もすご~く熱くほてったようで大変なんだけど、エアコンではすっかり冷たくなっちゃって、それもまた厄介なのだ。 新陳代謝も悪いのか、日頃からあまり汗をかかない。 だから夏の暑い日には、たまには少しだけエアコンで部屋の温度を下げて、後は少しは汗をかきながら扇風機で我慢する。氷でちょっと冷やしたり、体温測ったりしながら、食事で栄養をつける。 でも、お医者さまの言う通り、家でじっと涼んでいたら、私の身体は腐ってしまいそう! やっぱり旅に出て、森や川の自然な涼しさにふれると、元気になるような気がする。
2005.08.23
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出稼ぎのために日本に来ているアジア系の人たち。南米からの日系人もたくさんいる。 経済格差のある国からの出稼ぎ、というのは、目的もわかりやすい。 日本のサラリーマンと同じくらいか、または少し少なめの金額だとしても、日本の物価に見合った給料を受け取れば、それは自国では何倍もの価値がある使い方ができるらしいから。 でも実は私は、日本への留学生にちょっと疑問を持っている。 日本の大学に、彼らは魅力を感じてやって来るのだろうか? 欧米系の学生の場合、日本の文学に興味があったり、日本の文化に興味があったりする学生が多いように感じる。 またアジアの国からの学生は、日本語ができると母国での就職に有利だとか、日本の教育システムを学びたいとか、そんな声を聞く。 な~んてことを真剣に考えているのには理由がある。 アジアの国にいる友達が、高校を卒業したら日本へ来たいと相談を受けているのだ。国で大学を出てからのほうがいいのか、迷ってるという。 彼女が日本で勉強するのは、日本語? だとしたら、私はあまり賛成ではない。日本語を勉強した上で、自分が本当に勉強したい専門的な内容を大学で学ぶというほうが良いような気がする。 彼女は、私が旅の途中で彼女の家に偶然お邪魔することになった時からずっと、日本に憧れているようだった。だけど彼女の将来を思う時、やっぱり日本語だけを勉強するという目的は、何となく頼りないような物足りないような気がするのだ。 日本語が通じるのは、日本だけ。日本人相手の仕事も悪くないけど、もっと別の夢があってもいいんじゃないかなあ。 あれこれ考えながら、彼女へのメールを書きあぐねている。
2005.08.22
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貧血があまりにひどくなってからというもの、大きな荷物を持っての一人旅は難しくなった。 だから今では海外でも国内でも、1人で出かける時にはとにかく荷物を減らす。 着替えも最小限。本は重いので、ガイドブックだけ。辞書もあきらめる。CDなどは一切持っていかなくなった。お土産は、小さなスーツケースに入れて、預けられる範囲まで。 以前は、海外なら必ずと言っていいほど、大きなスーツケースをお土産を入れるために持っていった。多分もともと私は、女性にしては荷物が少ないほうだったと思う。なのでスーツケースも、行きは空に近いほど軽かった。 スーツケースを買う時には「大は小を兼ねる」という感じで、とにかく大きくて軽いものを購入する。まあ、1ヶ月を超える旅も多かったし、冬の旅行ではどうしても衣服がかさばるので、そうしていたわけだけれど。 でも今は、小さくて軽くて扱いやすいスーツケースが欲しいなと思うようになった。 国内旅行のお供といえば、何よりも愛車。 北へも南へも、可能な限り走ってみた。だから飛行機の国内線や新幹線は、私にとってはとても贅沢で遠い存在だったりする。 愛車のいいところは、家からそのまま出発できること。家を出た瞬間から、旅が始まる実感がある。 そして荷物を気にしなくていいこと。車で出かける時には、私の荷物はとっても多い。食料も積んで行くし、靴の替えだって用意する。 最近はカーナビも強い味方。それでも地図も欠かせない。 後は遠出をする時に、隣りに話し相手兼セカンドドライバーがいてくれれば最高だ。
2005.08.21
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子供の頃、母の脚を見て驚いたことがある。 すねの部分を押してみても、肌のへこみがなかなか元に戻らないのだ。あの頃、母はいくつだったんだろう? 「ずっと立ちっぱなしだから、脚がむくんでいるんだよ」 むくむ、という言葉さえ、子供の私にはピンとこなかった。 ひどい貧血になって、今では私も脚がむくむことなんてしょっちゅうある。それどころか、手も顔もむくんだりする。朝起きたばかりで鏡を見ると、目がはれぼったかったり、指を曲げるのに違和感があったり。 そんな調子だから、脚がむくむことはもっと多い。 パソコンに向かっている時間が長いと、イスの高さも私の背丈に合っていないのか、すぐにむくむ。 ところが年を取ると、私の脚なんか問題じゃないほど、脚ってむくむんだ。 私にはずっと年上の友人が多いので、それを知って驚いた。 すねがむくむ。そして、それだけじゃなくて、靴からはみ出た足の部分がぷっくりと膨らんだように見える。靴を脱いだ足をさわってみると、足全体がむくんでいる。 「ああ、こんなにむくんでいたら、靴を履くのも辛いだろうなあ」と、誰にでも察することができるくらい、むくんでいる。 すねをさすってみても、むくみは取れない。 介護の講習を受けたり、マッサージの仕事をする人に会ったりする機会があったので、聞いてみた。 「あしのむくみが取れるような、魔法のツボってないんですか? そこを押せばむくみが引いて、足が楽になるような、そんなツボが知りたいんです」 しかし残念ながら、足を少し高いところに上げて、血流を助けるくらいしかないらしい。あ~あ、魔法使いになりたかったなあ。
2005.08.20
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ふと聞こえてきた、テレビの電話相談の声。 相談者は35歳の女性で、再婚を考えているという。彼女のお腹の中には、再婚予定の相手の赤ちゃんがいる。相手はたしか彼女より10歳くらい年上だと言っていた。 家族に再婚を反対されている中での妊娠のようだ。 相談を受けている側が、あれこれと質問しながら話は進んで行く。 「だいたいね、順番が逆でしょう? 20歳そこそこの子供ならともかく。あなただって、相手の方だって、もうよく分かる大人なんだから。できちゃいました、はい、再婚しましょう、ってものではないはずじゃないの?」 ああ、そういえば。 私も同じこと、思ったことがある。 友人が結婚するという報告があった。おめでとう、ってメールしたら「できちゃった婚なんだ」と聞かされた。 共通の友人が「相手はいくつ? そんな互いに30歳を過ぎてるのに、できちゃった結婚だなんて、カッコ悪い」と突っ込む。 私だって、最初に報告を受けて、そう感じた。 そしてまた、その年齢になっていても、できちゃった結婚というのは戸惑いが大きいらしい。つまり、結婚しようと話を固めている途中の妊娠ではなかったというわけだ。 どんな時期の妊娠でも、赤ちゃんが望まれて生まれてくるのならそれでいいと思うけど、30歳を過ぎてのできちゃった婚は、若気の至りのできちゃった婚よりは、後悔が少ないのかなあ。
2005.08.19
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ちょっと嫌な気分になるコトがあった。 といっても、自分の気持ちの持ち方次第って程度のことなんだけど。だけどちょっと、思い出しちゃったので書いてみようと思う。 もう何年か前のこと。 大きな花火大会に職場のメンバー4人くらいで行った。 場所取りもせずに行ったので、会場はシートを広げる場所もない。花火はもうすぐ始まろうとしていた。 小さな隙間があったので、近くにシートを敷いているグループに声をかけた。「この隅にシート広げてもいいですか?」 すると、そのグループの人たちが口々に言ったのだ。「ああ、もうこれ以上は人数が増えない予定だから、その端のシートに座っちゃっていいですよ」「え? 本当にいいんですか?? わ~めちゃラッキー!」 時にはそんな幸運&親切もあるのだ。 花火大会に行くと、時々それを思い出していた。 そして今年の花火。私たちは15人くらいのグループで極上の席を陣取った。のに、その日は雷雨で警報まで出ちゃったので中止になってしまったのだ。 花火は翌日、月曜の夜に延期された。 おまけにその日も空模様は怪しくて、もう皆で集まろうなんて雰囲気は吹っ飛んでしまい、私は近所の知り合いを1人だけ誘って、シートの撤収も兼ねて花火を見に行った。 打ち上げが始まってみると、そこはやっぱり極上の場所。 目の前で打ち上げられる花火は大迫力で、皆を呼べなかったのがとても残念に思えた。 するとそこへ、手ぶらでやって来たカップル。ちょっと湿った芝生に直接座ろうとしていたので「ああ、その席はもう誰も来ないから、シートに座っていいですよ」と言ってみた。もちろん、親切の押し売りをするつもりはない。 ちょっと驚いた表情で、私たちの陣取っていたシートに座った2人。でも後は寝転がったりして、くつろいで花火を楽しんでいる様子だった。 ま、私なら他人のシートで寝転がったり、ベタベタしたりはできないけどね。 ちょっとだけ、そんな独り言を心の中に浮かべながら、私も花火を楽しんでいた。 正面に大きく広がる花火と音楽、向きを変えればもう1ヵ所から打ち上げられる花火も今年はよく見えた。う~ん、大満足。ご機嫌、ご機嫌。 すっかり堪能して、すべてが終わった時、カップルは逃げるようにその場を立ち去って行った。・・・・思わず、無言になる。・・・ お礼をいうわけでもなく、シートを片付けるわけでもなく、黙って目の前から遠ざかって行く姿も人込みに一瞬で見えなくなった。花火会場から出るシャトルバスにでも乗るのか、駐車場から車を出すのを急ぐのか、分からない。でも、私たちだって早く自分の車へ戻りたい。混雑を避けたくて、急いでいるのは同じなのだ。 私の心が狭いのかなあ、と思いつつも、嫌な気持ちになった。 というか、本当に、驚いた出来事だった。 親の育て方が悪い?のではないよね。だってカップルの2人は、きょうだいじゃないんだから。同じ価値観、それでいいと思える価値観の人が2人そろっているだけでも驚きだ。私なら、そんな彼氏とか彼女とはさっさと別れるなあ~。
2005.08.18
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男の人の身の回りの世話を焼くことが好きな女性がいる。 朝から栄養バランスのいい朝食とお弁当を作り、Yシャツに合わせたネクタイをセンス良く選ぶ。部屋はいつもキレイに片付けられて、毎日の掃除も欠かさない。 「私がいないと、彼は何もできないの」というのが、彼女の口癖。 でも最近、私の周囲では「何でも自分でできる男性がいいよね。1度くらい実家を出て、1人暮らしを経験してる人がお勧め」と、対照的なタイプが大人気である。 掃除や洗濯なんて、やろうと思えば誰でもできる。全自動洗濯機があれば、とっても楽チンだし。 要はやる気があるかどうか、なんじゃないかな。 料理はちょっと、才能があるか、好きかどうか、などが左右するかもしれない。だけど、女だってそれは同じこと。ある程度慣れてくれば、まあまあこなせるようになってくるのかも。 相手に尽くすのを幸せに思えるなら、それはそれでいいんだろうなあ。 尽くされる気分も悪くないとは思うけど。いや、悪くないなんてもんじゃない。尽くしてもらえるのは、やっぱり幸せ。 だから私は、一方的じゃないほうがいい。互いに相手に尽くす時間があってもいい。それがまったくなくなったら、寂しい2人になってしまいそう。 料理が上手な男性は素敵。でも料理を作ってあげるって言ってくれることが、何よりもっとステキ。
2005.08.17
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やっと万博へ行った。 行こうかどうかさえ迷っていたけれど、ついに行くことにした。 テレビでは連日の入場者数や気温、会場の混雑の様子などが報道されて、本当のところ、全然気分が乗らなかった。どうせ走って整理券を取りに行くなんて無理だし、かなり広いらしい会場を歩き回るのも大変。私の体力じゃ、すぐに疲れて帰ってくるのかと心配していた。 でも。 本当に楽しい1日だった。行ってみて良かった。 会場はやっぱり人が多くて、開門前に並び、手荷物検査で並び、トイレで並び、パビリオンでも並んだ。だけど2時間待ちなんてところを避ければ、自分のペースであちこち楽しむことはできる。 暑くて混んでいて、もううんざりするのかと思っていたけれど、たくさんの人がそれぞれの連れと楽しそうにしているのを見ていると、自分の気分も盛り上がってくる。 大阪の万博の頃、きっと世の中に今みたいな娯楽があれこれなかったから、皆が万博を楽しんだのだと聞いている。何だかそれが想像できるようだった。 あの万博の思い出を胸に訪れる年配の夫婦。海外旅行を手軽に楽しむような気分になれると言っていた年上の友人たち。遠足で来ているらしい、幼稚園児。 私はとりあえず雰囲気を楽しめればいいと思って出かけた。 万博会場には、そこでしか味わえない雰囲気がやっぱりあった。 いろんな不満もなかったわけじゃないけど、疲れ果てても楽しかったと言える雰囲気があったので、それで十分。
2005.08.16
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最近なんだか歯が痛いような気がする。 実際はどのへんが痛いのか、熱い物や冷たい物がしみるのか、自分でもよく分からないのだが。痛いのは間違いない。 右の奥歯あたり。でも上なのか、下なのか、本当に歯なのか、それとも歯茎なのか、わからないのだ。 大人になってから、虫歯に悩まされるってことがほとんどなかった。 だから大人の歯は、もう虫歯になることなんてないのだと過信していたところはあった。歯磨きは丁寧にしっかりしているほうだと思うし、今さら虫歯になんてならないだろう…って。 早く歯医者にいかないと! そうは思うものの、歯医者って子供の頃から好きじゃない。 あの匂い、音、雰囲気、痛み、麻酔。どれも嫌い。痛いのはもちろん嫌なんだけど、だからと言って、やたら麻酔を注射するのも嬉しくない。 だから憂鬱な気分なんだ~。 あ~あ、歯医者に行かなきゃ~。 そういえば、もうず~っと前なんだけど。 歯医者にカッコイイ若いさわやかなドクターがいて、ほんのちょっとだけど通院が憂鬱じゃなかった頃があったっけ。子供の頃の私は、とっても面食いだったのだ。
2005.08.15
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年上の友人の一周忌が過ぎて、初めてお宅に伺った。 突然倒れてからずっと意識がないまま、ずいぶん長く入院していたそうだ。だから、お見舞いに行く機会にも恵まれなかった。 遠くに住んでいた私は、倒れたことさえ知らされないまま、パッタリ来なくなったメールを心配していた。 亡くなったことを知らされたのは、倒れてから1年以上、亡くなってからも4ヶ月を過ぎていた。その間ずっと心配しながらも、友人は私の中で生きていた。 だから、初めて仏壇の前に座り、ご家族からあれこれと話を聞いていても、私には実感がない。 毎日一緒に暮らしていた家族とは違い、仕事が終わってから飲みに行ったり、休みの日に出かけたりといった付き合いだった私は、メールが途切れてからの1年以上の空白の中で、会わないことにも慣れてしまっていた。 それは逆に、今でも私の中では生きていると錯覚さえしてしまう、不思議な感覚だった。 一緒に観た映画、食事をしたお店。いろんな思い出のある場所は今でもそのまま変わることなく、家族なら思い出して涙するかもしれないけれど、私はまたいつか一緒に同じ場所で話せるような、何も変わってないような、本当に不思議な感じがする。 家の顔、職場の顔、プライベートの顔。 やっぱり人間はいろんな顔を持っているのか、家族の見ていた顔と私たち友人の知っている顔は、まったく違っていた。 1番近くにいる家族なのに、知らないことも多かった。 私たちの会話を「へ~、そんな顔は見たことがない」「そんなことは、聞いたこともない」そんなふうに聞いていた家族は、どんな気持ちだったんだろう。
2005.08.14
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1番好きな季節は? そう聞いたら「夏」と答えた友達。 私はやっぱり春かなあ。寒い冬が終わって、たくさんの花が咲き始める。大好きな桜の季節が終わると、チューリップ、かきつばた、あじさい、ヒマワリへと続く。 どうして暑い夏が好きなの? 誕生日がある季節だから? 「う~ん、そうかも。何といっても、生まれたとき最初に見た季節だから」 ああ、そうかあ。 生まれた時に見た季節の輝きや懐かしいにおいを、みんな覚えているのかなあ。 私が最初に見た季節は、春だった。 だからず~っと、春が大好き。まぶしい夏が好きだったり、さわやかな秋が好きだったり、いろいろ思うけど、やっぱり。 1番好きなのは、春。 妹に聞いたら「夏!」。 あら、貴女も1番最初に見た季節が好きなんだ~。 今度いつか機会があったら、父や母にも聞いてみよう。 生まれてから、もうずいぶん長い時間が経っているけれど、やっぱり1番最初に見た季節が好きって言うかなあ。
2005.08.13
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彼女は、男友達の妹だった。 アイドルの誰かに似た可愛らしい顔をして、ぽっちゃりして。性格だって明るくて、よくしゃべりよく笑う。 放っておいてもモテそうな、そんな女の子だった。 ところが彼女、好きな人ができると、すぐに自分から告白する。駆け引きなんて全然しなくて、さっさと自分から告白。そして、撃沈。いつも「当たって砕ける」タイプだった。 私は、自分から告白した経験が1度もなかった。 彼女の撃沈話を聞かされるたびに「どうして自分から告白なんてするんだろう。フラれる気配とか、わからないのかなあ。待っていれば、相手から告白してくれるんじゃないの?」と、全然分かち合えないことばかり。 だけどある日、彼女の告白話を聞きながら、ふと思った。 こんなふうに告白されたら、可愛いだろうなあ。 う~ん、それよりも、こんなふうに告白できたら、気持ちいいだろうなあ。こんなふうに告白する、真っ直ぐな彼女って可愛い。 そしてそれから。 私は「今度好きな人ができたら、自分から告白してみたい~!」と思うようになったのだった。
2005.08.12
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子供の頃、初めて原爆投下について学んだ時「いつか広島に行こう。日本人の私は、必ず自分の目で原爆の残された傷跡を見なければ」と思ったのを今でも覚えている。 それは大人になるまでずっと固い誓いとなって心の片隅にあり、広島にも、そして長崎にも、私は足を運んだ。 今年は戦後60年ということで、記念番組もたくさん放送されていた。 戦時中のたくさんの事実を教育されないまま大人になってしまったと思っているので、いろんな角度から描かれた戦争を知りたいと、そんな番組を努めて観るようになったのはいつ頃からだろう。 アメリカにある航空博物館で、B29が展示されているのを見る機会があった。 流されていたビデオ、周囲の人たちの反応。 ああ、ここはアメリカなんだなあ、と感じた。日本人の思いと彼らの思いとでは、とてもかけ離れたものがあることを感じたからだった。 戦争について知るには、まずは日本の事実を知ることが必要だと思う。 アメリカ人の思い、アジアの国々の人たちの思い。歴史的事実。そういうことをきちんと知り、受け止めてこそ、ちゃんと世界を見ることができるのかもしれない。
2005.08.11
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親に反対されたまま結婚したカップル。 もちろん、反対した理由にもよるだろう。子供ができたら、それをきっかけに仲直りするってこともあるらしい。 でも結婚式にも参列してもらえなかった花嫁は、実家にも帰れないままわだかまりを抱えてしまうかもしれない。 本当は両親だって、娘の花嫁姿を見たかったに違いない。 それなのに、娘も婚約者の男性も親を説得できず、親も意地を通してか、結婚式に出るのをやめる。それで結婚後に、急に仲良くやれるはずもない。 男性側の両親の場合だって、根強い問題は残るだろう。 花婿姿を見たかった、とは言わないかもしれないが、息子は自分の選んだ女性の晴れ姿を自分の両親にも見せたかっただろう。祝福されて結婚されることを望まないはずはない。 それに、花嫁の両親に顔向けができない。 自分の親さえ説得できず、花嫁はもちろんのこと相手の親までもを悲しませることになる。 そんな落胆した気持ちを息子や娘は抱えたまま、晴れの日を迎え、新しい家庭を作りながらもずっと暮らしていくのだ。 今まで私はそんな話を聞くと、年老いて行く親たちのほうが可哀相だと思った。何とか子供側のほうから仲直りしてあげればいいのに、と。 でも。 もしも自分だったら? 私は女だし、自分の親に花嫁姿を見せられなかったら寂しくて悲しい。一生独身ならともかく、結婚式を挙げるのに見せられないのは辛い。 やっぱり親に対して、わだかまりを持ってしまうかもしれない。
2005.08.10
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「自分を磨く」ためにエステに通い始めた友人がいる。カリスマ美容師のいるお店で流行の髪形をしたり、ダイエットをしたり。後はファッション誌によく目を通して、いつもはやりの服・靴・バッグを持っていたりする。 それはもちろん悪くない。 メイクだってちゃんと研究して、お肌にいいサプリも飲んでて。 私もそういうことに興味がないわけじゃない。 新しい彼氏ができればデートのたびに新しい服を買ってみたり、メイクだっていつもよりは念入りにしてみたり。食事のバランスにも気をつけてるし、睡眠不足がお肌の大敵だとも知っている。 そんな私のところに、女友達から電話があった。 彼女とは共通の友人がいて、美顔機の販売をしている。私も以前に何度かサロンに出かけたことがあるので、どんな場所で、どんな値段のモノを扱っているかも知っていた。私には必要ないと、数度の勧誘をはっきりと断っていた。 ところが今度は、扱ってる本人じゃなくて、別の友人からの電話。 何? 回し者?? 勧誘できたらマージンでももらえるの? 確かに彼女、その美顔機を使い始めてから肌がキレイになった。私は彼女がお客になったことも聞いていた。だから肌の変化にも気づいていた。 「最近、ずいぶん周囲からキレイになったと言われるんだよね」 そうかもね。 だってホント、前に比べたらすごくキレイになったもん。 ・・・彼女の肌はニキビ痕が多くて、出会った頃には肌の汚い人だという印象があったほどだった。 「ねえ、どうして美顔機を試さないの?」 う~ん。 興味ないんだよね。特に肌質に悩んでるわけじゃないし、彼女とは肌質も違い過ぎる。それとも? 私の肌って、今すぐ美顔機でも使わないと心配なほど、ひどい肌って思ってたりして。今度はっきりと本人に聞いてみよう。だって高いんだよ、40万円弱! どうしても必要じゃなきゃ、買わないでしょ。続ける自信ないんだ~。 はっきりと「貴女はこんなふうに肌が汚いから、ぜひ使ったほうがいいですよ」くらいに言って、それが私にも納得いく内容だったら考えてみるかもしれないけど。 私はもっと、自分の中身を磨きたい。もっと大事なことが、私にはある。
2005.08.09
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国際空港というのは、セキュリティもしっかりしていて信用できる。な~んて思い込んでいた。 だけど、案外そうでもないかなって最近は思う。 だって何も検査しないで中に入れてしまうことが時々あるし、あまりにもあっけなく外に出られることはしょっちゅうだから。 インドに行ったことがある。 空港の空港でトイレに行った。そこには女性がいて、手を出してお金を求める。インドの通貨なら10円程度の値段を口にしているが、両替していないから持っていないと断ると、1ドルでも100円でもいいという。 今度は、そんなの値段が全然違うから払いたくないと断った。 アメリカのデパートなどでトイレに入ると、トイレットペーパーや手を洗った後のハンドペーパーを手渡してくれる女性がいて、その人にチップをあげる習慣があるのは知っていた。 でもインドのその空港のトイレでは、彼女は何もしないで手を出すだけ。どう見ても勝手に空港に入ってきて商売してる?ような感じだった。 そういえばヨーロッパのガイドブックで、チェコやスロバキアのバスターミナルのトイレは使用料がかかると書いてあるのを見た。う~ん、でも空港のトイレが有料で、それもどこにも値段表示がなくて、女性が回収しているというのは怪しい。 空港から出る前に両替をしておこうと、空港内の両替所に行った。 日本の札を両替すると、すごくたくさんの枚数のインドの札をくれる。同行の友人は数えることもなく財布に入れたのだけれど、私は習慣なのでしっかりと数えた。1万円を替えたら、500円分くらい足りない。周囲を見渡すといろんな国からの旅行客がいて、何人もの人がちょっと様子がおかしい気がした。 「ねえ、さっきもらったお金、数えてみてよ」 すると彼女の受け取ったお金も、同じ金額が足りなかった。 それで周囲の旅行者たちにも声をかけると、やはり。皆、同じ金額を抜き取られていたのだった。 それで再度窓口に戻って抗議すると、あっさりと返してくれた。だが、ひと言の詫びもない。気づいた人には返すけど、気づかれなければラッキー。そういうことらしい。 空港の両替やトイレでこういうことが見逃されているというのが信じられなかった。でも、世界にはいろんな国があるんだなあ…なんて、しみじみ思ったりもしたのだった。
2005.08.08
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最近特に疲れているというわけでもないと思うのだけれど、先週は久々に口内炎ができた。このところ、できそうな気配があっても、イソジンでうがい&消毒をしておけば自然に消えていたのに。 寝不足とか、疲れてるとか、自分ではあまり実感してなかったんだけど。 でも夏の暑さで体力が落ちたのかなあ。 今度は久しぶりに、あごに痛みがある。 もう何年も前だけど、あごが痛くなって口を開けるのが辛いことがあった。 いつからか知らないけど、気づいたらあごの関節が鳴るようになっていた。大きく口を開こうとすると、あごが「ガクッ」と小さな、でも違和感のある音を立てるのに気がついた。 こういう人は「顎関節症」になりやすい、と知っていたので、痛みが出た時にも案外冷静に口腔外科に行った。やっぱり診断は「顎関節症」で、口が何センチまで開くか測られたり、鎮痛の塗り薬を処方されたりしただけで、そのうち痛みは取れていった。 完治はしなくて、時々疲れがたまってくると痛み出す。 今日なんかは軽い虫歯か何かのように、結構ズキズキする。痛む側を下にして眠るのは辛いし、ふと落とした物を拾おうと座ったまま下に手を伸ばしたりしようものなら、あごに力が入るのか痛みはひどくなる。 でもきっと疲れが取れたらそのうち治るだろうから、病院には行かないつもり。
2005.08.07
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秋田美人は色白できめ細かい肌をしている。 とはいうものの、白人の肌とは全然違う。 「白人」と言われる人たちの肌は、きめの細かさでは秋田美人に負けそうだが?色は本当に白い。黄色人種といわれる日本人とは、まったく違った白さの気がする。 私は貧血がひどいから、青白いような、黄色いような肌の色。 もともと色白じゃなかったのに、最近では「白いよね~」って言われることも多いのだけど、写真に写るとよく分かる。私は色が白いんじゃなくて、赤みがないから青白いだけなのだ。 よく似た顔をしている中国人や韓国人も、貧血になったら、こんな感じなのかなあ。 タイ人やカンボジア人、ベトナム人と話していると「ああ、でも彼らはもっと肌の色が濃いから」という答えを聞くことが何度もある。 顔だけじゃ私には区別がつかないから「どこの国の出身?」とか聞いてみる。ただの世間話だから、どこの国の出身という答えでも会話は続く。「タイとかカンボジアって、言葉が似てるの?」「料理も同じようなものがあるよね」などなど。 たったそれだけのことなのに「彼らは肌がもっと黒い」なんて答えを聞くと、すごく違和感を感じる。 日本人は、中国人や韓国人と、肌の色について区別することってあるのかなあ。ないような気がするんだけど。 そしてまた私自身は、色白の秋田美人をうらやましく思うことがあっても、白人の肌をうらやんだことはない。それには特に理由はなくて、スポーツで真っ黒に日焼けしていた頃から、別に肌色にコンプレックスを持ったことがなかったもんなあ。 だから黒人の肌にも、もちろん嫌悪感など持ったことがない。 真っ黒な肌の友人が夜ジョギングしてると聞いて「白い歯と蛍光色のジョギングパンツだけが暗闇に光りそう~」って冗談を飛ばして笑い合った。 肌の色で人種差別があるってこと。 それ自体が、私には長い間ずっと不思議だった。 例えば日本人みたいに、外国人に慣れていない、いろんな民族が共存することに慣れていない国民が「肌が黒くて背が高い人ってちょっと怖い感じがする」というとしたら、それは本当は肌の色への差別ではなくて、自分と違うものに慣れていないから怖いようなイメージが湧いてしまう。それだけのことだと思う。 別に根深い差別感を持ってるわけじゃなくて。 だって肌が黒くても白くても黄色くても、健康なら何の不自由もない。貧血で青白いのは、まあそれなりに大変なんだけど。
2005.08.06
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「だって俺、自分が1番大事なんだもん」 男友達が、そう言った。 私も、自分が1番大事。でも彼のニュアンスは、ちょっと違う。 「自分が1番大事だから、時間はまず自分のために使う。そして余った時間だけしか、誰かのために使えないんだ」 そしてまた、こんなふうにも言っていた。 「自分が1番大事だけど、1番嫌いなのも自分なんだ」 自分を大事にできないと、相手のことを大事にもできない。 私はず~っと、そう信じてきた。自分が大事。だから自分にとって大事だと思える相手のことも、すごく大事にしたい。 彼は、1番嫌いな自分のために、思い通りに自分の時間を使う。そして余裕のない日々の中で、空いた時間を少しだけ誰かのために使う。友達との約束は、遅れても、破っても、仕方がない。だって忙しいんだから、そういうこともあるだろう? そんな彼に、彼女なんて作れるはずもない。 自分で仕事をし、趣味も多い人なのに、どうして彼からはにじみ出る魅力ってものがないのか、ずっと疑問に思って来た。 でも、これでやっと分かった気がする。 彼は本当に、自分だけが大事な人だったんだ。彼が「いい人」に見えたのは、誰もみな彼と深く親しく付き合ってはいなかったから。 寂しい現状に気がついて、でも私自身さえ、彼とは今以上の親しいつき合いなどしないだろうなと思うと、虚しさがこみあげた。
2005.08.05
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彼は自営業の家で、大切に育てられた長男だった。 子供の頃からお金には不自由なく、ぜいたくに育ったんだろう。家業を継ぐのは二男、両親と暮らして家を継ぐのは長男の彼自身、それに疑問を抱くこともなく素直に成長したお坊ちゃま。1人暮らしなんて考えたこともなく、実家で大事にされていることが心地いいと公言していた。 そんな彼のために、新しい家が建てられた。 今までの家は二男が住み、家業を継ぐ。そして彼は新しい家でお嫁さんを迎え、両親と暮らす計画が着々と進んでいた。 ところが、彼には結婚相手の気配さえない。 30歳を目前にしても、結婚する気があるのか、ないのか、さっぱり女性の陰もないのだった。 新しい家を建てて、何年が経ったのだろう。 突然、彼から電話があった。結婚するから、2次会には来てほしいとのこと。 お相手との出会いは詳しく聞かなかったが、出会ってひと月もしないうちに結婚を決意したらしい。まもなく私は、可愛らしい彼女を紹介してもらえる機会にも恵まれた。 彼女は、彼の留守にさえ実家に遊びに来て、ご両親とはすっかり打ち解けているのだという。当然のことながら、仲良く同居することは出会う前からの運命で、両親とうまくやってくれることは彼にとって最大の願いだった。 結婚話は、順調に進んだ。幸せな結婚生活がスタートした。はずだった。 でも、それはほんの短い時間だった。 翌年、身体の弱かったお母さんを残して、彼のお父さんは他界した。そして3人暮らしになってバランスの崩れた家族は、新しい家族を迎えることもなく、崩壊していった。 私がずっと「連絡がないのは、幸せに暮らしている証拠。もう子供もできて、忙しい日々を送っているんじゃないのかな」と思い込んでいた頃、彼の生活は一変していたのだった。 次のお正月、久しぶりに年賀状が届いた。そこに書かれていた住所を見て、私は初めて彼が実家を出たことを知った。母親1人を残して、疲れ果てた彼は夫婦で暮らすことを選んだのだと書かれていた。 順応性があること。臨機応変に生きられること。 自分なりの幸せを見つけ、育てるためには、それが大切なんだろうな。彼はきっと、今はそれなりに幸せ。この間、偶然そして随分久しぶりに会った彼ら夫婦を見て、何となくそう感じた。
2005.08.04
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何年か前に、かなり年上の友人が入院した。 仕事中、何かを持った瞬間に、右半身に麻痺が起こった。気にはなったものの、たいして不便もないということで、病院に行くことはなかった。 1ヵ月ほど経って別件で通院した時に、あれは脳梗塞で部分的に血管が詰まったせいだと知ったけれど、もうリハビリするには手遅れで、右手の麻痺と軽い言語障害が残ったと言っていた。 もともと高血圧があって降圧剤を飲んでいたところに、脳梗塞の薬を飲んでしまったので肝臓の検査値が異常に上がり、即入院ということになった。 そんな流れを少しも知らないまま、私はアメリカからの一時期帰国中だった。実は私自身も貧血がひどくて、ドクターストップのため、飛行機で戻ることができずにいるところだった。 人づてに友人の入院を聞き、早速お見舞いに行きたいと思っていた。 そうしたら、本人が病院から電話をくれた。 もうすぐ退院の予定だし、お見舞いはいらないと言った。詳しく聞いてみると、どうもかなり免疫力が落ちているので、退院までにまずそれを回復しないといけないらしい。 同じ病院に入院していた高齢者が、見舞いに来た孫の風邪が感染したせいで亡くなったという身近な事例に触れて、外部との接触は怖いのだとのこと。 私も、自分のせいで誰かが亡くなるのは困るので?行くのをやめることにした。 ああ、そういえば。 私も毎月の通院のたびに、病気をもらっちゃいそうで不安になる。 病院って、本当に病気の菌が飛んでいそうで、弱っている体には辛いのだ。
2005.08.03
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「生まれた時にしっかりと握りしめた手をそっと開く時、赤ちゃんの手から幸せが逃げ出してしまう。ぎゅっと握りしめた手の中にあったはずの幸せを追いかけて、それをいつか取り戻すために人間は生きていくんだよ」 マンガの本で読んだんだっけ。 それがとっても気に入って、タイトルも内容も覚えていないのに、今でも私は信じている。赤ちゃんは、手の中に幸せを握りしめて生まれてくるのだと。 逃げ出した幸せのかけらを、少しずつ拾い集めながら生きていく。 それは、案外悪くない。 たった1つ手に入れれば「幸せ」だと思えるような、大きな幸せを私はきっとまだ知らない。思いつかない。大きな幸せはきっと、失うことが怖い。 結婚? それは、たった1つで満たされるような幸せじゃない。そこから始まる人生を、自分の足でしっかりと歩いていかなければならないから。 出産? そこから生まれた命を育てていけることは大きな幸せでも、その命を育てていくことは簡単でも単純でもないのだろう。 私は、小さな幸せを積み重ねながら生きていくのがいい。 大人になった私の、それでもそんなには大きくない手の中に、持ちきれないほどの小さな幸せのかけらをたくさん集めながら、その重さをかみしめて生きていくのがいい。
2005.08.02
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韓国人の友人がいた。 彼が「韓国の人は、ぶつかっても、いちいち謝ったりしないのが普通なんだ」といってたのを思い出す。 「Excuse me.」の文化を持つ国の人にはもちろん、日本人にだって、ちょっと馴染みづらい習慣かもしれない。 だいたい日本人は、友達や家族にでも「ありがとう」ということを良しとしている。家族はともかく、友達に何かをもらったり、何かしてもらったりした場合に、お礼を言わなければ友達をなくすんじゃないかとさえ思う。 パキスタンの友人の車に乗っていた時だった。 彼の買い物に付き合ってスーパーに行ったものの、駐車場が空いてない。それで助手席の私だけ降りて、代わりに買ってきてあげたことがあった。日本人なら多分、私がそれを申し出た時点で「ありがとう、じゃあ、頼んでいいかな?」とか言うだろうし、商品を手渡したら「ありがとう」と受け取るのは間違いない。 あの時、パキスタン人の彼が何も言わずに商品を受け取ったので、私は気分を害して「日本では、こういう時に何も言わないのは考えられない」と文句を言ったのを覚えている。そしてその時「ああ、僕の国では友達にいちいちお礼をいう習慣がないんだ。知らなかった、ごめんなさい」と言われて、カルチャーショックを受けた。 でも、今は少しずつ分かる。 あれ以来、もっと他の国の人からも「友達にいちいちお礼を言うのは、水臭いから」という考え方を聞いた。 例えば友達にレストランでごちそうになったとしても「ありがとう」とか「ごちそう様」なんて言わないらしい。私は、家族にでも彼氏にでも、必ず言うのに。 なかなか受け入れがたい習慣だし、日本で暮らすなら、日本の習慣に合わせてもらうことにはしているけれど。
2005.08.01
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