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子供の頃、自分の部屋はなかった。 厳密にいうと、部屋はあったのだけど、プライバシーはなかった。 うちは和室ばかりで、ドアできっちりと仕切られたスペースというのもがなかったのだ。 小学校入学と当時に、勉強机を買ってもらった。そこが私の個人スペースになった、はずだった。 だけど当時から片付け嫌いな私。机の上は本やおもちゃで散らかし放題。勉強に使うことがほとんどないのだから、特に不自由はない。 ではどこで宿題をするのかというと、家族がそろってテレビを見ている、隣りの和室のこたつ机の上だった。 小学生の頃なんて、宿題以外の勉強などしなかった。予習や復習をしたこともなければ、塾に通ったこともない。添削などの通信教育も受けていない私にとって、家での勉強というのは宿題を何とかこなすことくらいだった。 勉強机が置かれている部屋は、隣りの和室とふすまで仕切られているはず、なのに、それはいつも開けっ放しで「自分の部屋」という実感はゼロだった。 高校生くらいになって、2階の一部屋を勝手に自分の部屋にした。 だいたい我が家は部屋数があったのに、兄弟3人を一部屋に押し込んで「子供部屋」って扱いだったのだ。 それでも相変わらず、部屋は鍵のかからない和室。ちなみにそんな環境でも、別に成績にも支障はないのだから面白い。 こんなふうに育ったのに、我が家はみんな独立心が強い。 だから私は信じている。子供のプライバシーとか独立心を育てるために、と、個室を用意する必要なんて、あまりないんじゃないかな。そんなのなくたって、子供はちゃんと育つ。 親にいろいろ相談するって家庭じゃなかったけれど、その分、兄弟間の結束はとても強くて仲が良い。大人になってからも、しょっちゅう友達にうらやましがられる。 モンゴルのゲルに泊まったことがあるけれど、あそこで育った家族はとてもとても仲が良い。あんなプライバシーがゼロの生活だったら、いつまでもケンカは続かないのか。
2005.03.31
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エジプト関連の展示コーナーがある美術館や博物館に行くと、人間のミイラが展示されていることがある。私はそれを何度も見たことがある。 どういういきさつでミイラになったのか、歴史に疎い私はよくは知らない。 でも包帯のような布に巻かれて、程よい大きさの棺に入れられた姿は、あまり物悲しい感じはしなかった。きっと宗教性も強く、いつかよみがえると信じられたのか、自ら望んでミイラになった人もいるのだろう。 いくつかの教会を訪ねた中で、崇拝された人物のミイラ?が祭られているところもあった。それは本当にたくさんの信者に拝まれて、おごそかな雰囲気に包まれていた。 ところが、それとはまったく違った印象の「人間の残された形」に出会ったことがある。 前に広島を訪れ、原爆ドームへ足を運んだ時。 そこには一瞬にして消えてしまった人々の「影」のような姿が残されていた。遺体というのとは違う印象の、遺体とさえいえない形しか残らなかった、切ない姿があった。 けれどそれを今の時代に残し、たくさんの人の目にさらすことの裏にある気持ちは、決してその方たちへの冒涜ではない。残された私たち、これからの時代を生きていく者への警告のために必要なことなのである。 でも。 私はもっと別のモノを見たことがある。 あれはワシントンの自然史博物館だっただろうか。はっきり覚えてはいない。 けれどそこにあったのは、忘れることのできない、妊婦の輪切りにされた姿の展示。医学的な必要性に基づく展示とは、とうてい感じられないものだった。黒人女性のものだと書かれた「人間の、輪切り」が、ガラスの薄いケースにはさまれて展示されていた。 英語がよく分からなかった私には、その意図するところが理解できなかった。奴隷の歴史を思わせるような、物悲しい印象を受けたことが今でも忘れられない。
2005.03.30
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大学生の頃、中学生に見られたことがある。 妹も、私の目の前で同じ経験をしていた。母親譲りの童顔のせいだろうか? 若く見えるというよりは、幼く見える顔立ちだったのかもしれない。 大人っぽく見られることに、それほど憧れた気はしない。いつか大人にふさわしい年齢になれば、嫌でも大人に見られるのだから。 社会人になったある時、女友達と話した。「若く見られるって、自分で自分のことをいうのは、何だかカッコ悪い。年をとった証拠だよね」 どう見えるかは、自分が決めることじゃない。若作りが悪いとは思わないけど、内面からにじみ出る若さがないと物悲しい感じがする。 最近になって気づいたこと。 ある程度の年齢になって、若く見えるねって言われたら、理由を考えたほうがいい。 顔立ちのせい? 服装のせい? 気が若いから? それとも落ち着きがないから? そんなことに気づいたのは、2人の男友達を見てたから。 1人は、服装がとても若い。髪型も、若い。というか、30代には見えない色に染めて、長髪にしてたりする。しゃべり方も…。 もう1人は、30代にしては「大丈夫?」っていう行動パターン。そりゃあ、まさか30代だとは思わないよ、周囲も。 わ~、私も気をつけよう。 老けてるなんて言われたくないけど、若く見られればいいってものでもない。 年齢相応に、中身も成長させていきたい。若さだけでいつまでも勝負できるわけじゃないってこと、私も自覚してるんだ。
2005.03.29
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すご~く結婚したいっていう女友達がいる。 彼女の話を聞いていると、相手が誰かってことよりも、とにかく結婚したいって印象を受ける。 そういえば、このところ女性に縁が無い男友達もいる。 ああ、ちょっとだけ彼女のほうが年上だけれど、今どき2歳くらいの違いなら問題ないでしょ? 彼女は、痩せ型の男性が嫌いなのだという。彼はなかなかの体格だ。 私は太った人はパスって思っていたけれど、私の周囲には太目な男性が好きな女性も珍しくない。 男性が痩せていると、自分が太って見えるから嫌だとか。何となく頼りない感じがして嫌だとか。理由は人それぞれ。 そういえば、彼女は年下が好きだった。 若い夫との結婚を夢見ていた。だったらちょうどいいじゃない? 彼は、しっかりした女性がいいと言っていた。 自分がイマイチ優柔不断だから、しっかりと背中を押してくれるタイプの女性がいいということらしい。 もうずいぶん前だけど、年上の女性と付き合っていたこともあったっけ。 わ~、なんてお似合いな2人! きっと今の互いのニーズなら、2人の結婚はピッタリじゃない? そう思ったけれど、考えてみれば、2人にはどちらも経済力がない。稼ぎのない男性と、養ってほしい女性。う~ん、それでは無理。 こうして私の中の空想は、2人を結びつける前に幕を閉じたのだった。大きなお世話を焼かなくて良かった。
2005.03.28
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口内炎って、しょっちゅうできる人とできにくい人との差が大きいって聞いたことがあったけど、私は「できやすい人」のようだ。 ちょっと睡眠不足だと、どこかに小さな口内炎の気配がする。 口の中を噛んだり、傷がついたりした場合は、そこが化膿して口内炎になることもよくある。 でも頻度だけでなくて、どのくらいひどい炎症になるか、という個人差があるとは知らなかった。 あるとき友人が「口内炎がひどくなって辛い」というので見せてもらったら、ちょっと大き目の口内炎ができていた。「わ~可哀相。それが白くなって、周りが真っ赤になって、潰瘍みたいにちょっと固くなって、痛みがすごくひどくなってリンパ腺がはれて、それからやっと治るんだよね」って言ったら、彼女は「え? そんなふうになったことは1度もないよ。これはもうすぐ治ると思うよ」と答えたのだった。 私の場合、1度ひどくなってしまったら、必ずそういう経過をたどる。大きくなった口内炎が、すんなり治ることはあり得ない。 でも小さいうちに見つけたら、イソジンのうがい薬で殺菌すれば治ったりする。また口の中を噛んだ場合、疲れていると口内炎になる可能性が大きいので、やはりうがい薬を使う。または、できかけた口内炎には薬をつけてさっさと治す。 その作戦に成功すれば、ひどくなる前に治すことはできるのだ。 口内炎ができると、食べるのに不自由するからつまんない。 大好きなスパイシーフードも食べられないし、場所によっては汁物さえダメだったり、果物の果汁やしょうゆがしみたり。 それを我慢して食事を摂るのは辛くて、ついつい食べる量が減ってしまう。そして貧血は進むのだった…。 明日は友達とランチする約束だったけど、口内炎ができてるということで延期された。そういえば彼女もよく口内炎ができるよなあ。 もう少し根本的な理由がわかったら、口内炎もできにくくなる気がするんだけど。ふ~。
2005.03.27
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彼女はよく旅行をする。年に1度は海外旅行もする。 国内は1人で出かけることもあるけれど、海外へはたいてい誰か女友達と2人で出かける。 そして、帰って来ると必ず、悪口を言う。「彼女はブランドショッピング好きだから、私とは見たいものが違うの」「私はいつもいいアングルで写真を撮ってあげてるのに、彼女の撮ってくれた写真は毎回センスがない」「彼女は留学してたんだから英語が話せると思ったのに、旅の間ほとんど彼女は話さなかった」 それでも必ず「誰か」と旅をする。 1人で出かけない理由は「親が心配して、行かせてくれないから」とか「私は英語が話せないから」。 だったらもう少し、旅のパートナーを大切にできないものか? 英語なんて話せなくても、私は1人で旅に出た。そんな人は、たくさんいる。 悪口ばかり言うのなら、1人で旅に出てみたらいい。自分の力の限界を知るか、自分1人でも大丈夫って自信がつくか、どっちにしても大きな意味がある。 私は、中途半端な関係?の女友達とは、2人きりで旅行はしないと決めている。 それは、今までの経験から学んだことだ。 そう、この彼女とも2人きりで出かけて、とても嫌な思いをしたから。 価値観がある程度は似ていて、不満を溜めずに互いに口に出して解決していける関係じゃないと、一緒に旅なんてしたってつまんない。それがグループ旅行ならば、いろんな人がいるのは楽しいってことにもなるのだけれど。
2005.03.26
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私はやっぱり女に生まれたい。 私の生まれたこの時代は、特に女であるがために不自由したことがないから、そんなふうに思うのかな。もしももっと昔に生まれて、女だからという理由だけでたくさんのことをあきらめなければならなかったら、次は男に生まれたいと思ったかもしれない。 男はやっぱり大変だなって思う。 子供の頃から「男の子なんだから、泣いちゃダメ」って言われる。私は泣かない女の子だったけれど、最初から「泣いちゃダメ」って言われるのと、自分で泣かないことを選ぶのとでは、全然意味が違う。 どんくさい女より、どんくさい男のほうが、辛い扱いを受けるだろうなあ。 おとなしい女は可愛げがあると言われるかもしれないけど、おとなしい男は、男らしく?生きていくには、生きづらいことも多いかもしれない。 結婚しない男と、結婚しない女では、どっちのほうが大変なんだろう。それは私がもっと年をとってみて、周りに事例が増えてみないとわからない。 今度生まれ変わるなら、日本じゃない国に生まれてみたいかなあ。 いろんな民族が入り混じっている国や、いろんな言葉を話すのが普通っていう国に生まれたら、違う人生観を持つんだろうな。島国じゃないとこに生まれたら、車でふらりと海外に出かけてみたい。というか「海外」なんて言葉は使わないのかもしれないなあ。 でも、今度生まれる時にも、戦争をしない国に生まれたい。 日本でも、今の時代に生まれたことは、きっと戦争でいろんなことを我慢してきたり、いろんなモノを失ったりした時代に生まれたよりも、それだけでずっと幸福なのだと思う。 戦争が終わってボロボロだった日本という国を、今の状態まで復興させ、成長させてくれた世代の人たちに、私たちの世代はもっともっと感謝しなければならない。
2005.03.25
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女の子は、お父さんに似ると幸せになれるって聞いたことがある。 でも私は、母にそっくりだ。顔も体型も、年とともに母親に似てきた。 だけど子供というものは、本当は父親と母親の遺伝子を、きっちり半分ずつ受け継いで生まれてくるものだという。いつだったか、医学部の学生が言っていた。 本当なのだろうか? 誰か偉いお医者様にでも聞いてみたい。 例えば顔は母に似てるなあと思っていても、指や爪の形、しわのでき方、まつげの長さなど、気づかない目立たないところが、父親に似てたりするらしい。 お世辞が言えないとこ、朝が弱いとこ、お節介なとこなど、性格は父親譲りだなあと思っていても、ああそう言えば、好奇心の強さは母親譲りだなあって。 そして声や髪質や肌の色から、食べ物の好みや癖にいたるまで、すべてをトータルしてみれば、両親からちょうど半分ずつもらっているらしい。 すごく嫌いだった母の口うるささ。今ではふと気づくと、私も案外口うるさいほうなんだなって思ったりする。 だけどヒステリックに怒鳴るのは本当に大嫌いだったから、反面教師で、そういう怒鳴り方はしないでいられる。 子供の頃、本当の両親はどこか別のところにいるんじゃないかなあなんて、ちょっとだけ期待したこともあったけど、どう考えても両親に似ている、兄弟にも似ている自分は、あの両親の子供なのだろう。
2005.03.24
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今の教育では、私たちの頃と同じように「日本は単一民族の国」と教えているのだろうか? つまり「日本人」だけが暮らす国。 在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族を数えることなく、たくさん暮らしている出稼ぎの外国人や、増え続けてきた国際結婚。そういうすべてと向き合うことなく「単一民族の国」と信じ続けているのだろうか? 一度学校の先生たちに聞いてみたい。 私が初めてそれを意識したのは、社会人になって最初の年だった。 仕事で出会った、年配の方が「日本は単一民族の国だと信じられているけれど、それは正しい認識なのだろうか」という話をしてくれた。 それからずっと、私は考えている。 もちろん、今の私自身はそう思ってはいない。では、それはどこに問題があるのか。 在日の韓国・朝鮮人や中国系の方たちは、帰化しても、そのことを知られていれば、いつまでも「よそ者」扱いされる国。それが日本だと思う。 そしてアイヌ民族のことは、1つの少数民族という認識が薄いのか、それとも民族として認めながらも無視しているのか、「単一民族」だと言い張る。 留学生や出稼ぎの外国人たちは、いつか帰国して、日本を去る人たちだと思っているのだろう。国際結婚のパートナーたちのことは、ずっと日本の国民だとは認めないところがある。 国際化を叫んでも、根本が変わることのない島国的な発想。 そういう点は、自分の祖国としてかなり寂しいし、物足りない気がする。
2005.03.23
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悪い人って言われるよりは、いい人のほうがいいに決まってる。と、思っていた。 けれど、そうとは限らないのかもしれない。 友達の見合い話を聞いていると「いい人なんだけど、何か決め手ってものがないの」ってことがよくある。ああ、これは何となくわかるなあ、と感じる。 中学の頃だったかな。 私が大好きになった男の子は、第一印象が最悪だった。私に何かとちょっかいを出すような、鬱陶しい男の子だったっけ。何だか嫌な子→ちょっと気になる子→いつの間にか大好きになっちゃった子…。そんなふうに変わっていったのを思い出した。 印象に残らないくらいなら、悪い印象でもいいから、残せたほうがいい。 お見合いを重ねる友人が、そんなことを言っていたっけ。 「ああ、あの人ね。いい人だとは思うんだけどね」 そういう返事が返ってきたら、それは「男としては意識できない」「恋愛対象にはならない」ってことの場合も多い。「友達ならいい」「無難なタイプ」その程度にしか思われてないのかもしれない。 でも「ああ、あの人、いいよね」「いい人だよね」というのは、またちょっと違うニュアンス。やっぱり「いい人」の後ろに「けど」がつくかどうかは重要なのだ。 ま、他人が自分をどんなふうに表現しているかなんて、実際のところ私にはわからない。他人の評価も、気にならないってのはウソだけど、気にしてばかりもいられない。 敵はいないほうがいいけど、少しくらい敵がいても、その何倍かファンがいてくれるなら、私はそれでいいかなあと思ったりする。 ただの「いい人」として生きていくくらいなら「ちょっと癖があるけど、まあいいんじゃない」のほうがマシかなあ。 「ただのいい人じゃないけど、大好き」って思ってくれる人がいるほうが、熱い恋愛ができそうな気がする。
2005.03.22
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前を向いて、潔く生きていきたい。 そう思っている私にとって、過去のことを話すのはとても嫌なときがある。 健康で一年中真っ黒に日焼けしながらスポーツしていた頃のことなんて、あまり話したくない。だってそれは、もう今の私にはできないこと。つまり過去の栄光でしかないから。 過去からずっと続く、今でも私に残っている栄光の部分は、これからも磨き続けていけるから、時々誰かに話すのも嫌いじゃないんだけれど。 知り合いに、過去の栄光にしがみついて生きているんじゃないの?と感じる人がいる。 自分が痩せていた頃のことを時々話す。あれ? あの頃だって、普通の人よりずいぶん太っていたよね。でも、今の彼に比べたら、当時の写真はとても痩せて見えるから、本人的には自慢らしい。 子供の頃から太っていたらしい彼は、きっと運動もしていなかったのだろう。20代から運動を始めて「アスリート」を自負していた時代。それはほんの10年間もあるかどうかという短い時間だけれど、本人には自慢なのだ。 太っているアスリートって、私にはイメージわかない。彼とはずっと知り合いだけど、アスリートだった時代があるとは思ってなかった。趣味で自転車とか乗ってるんだなあってくらいにしか思わなかった。 今はもう身体を壊して、スポーツなどままならない状態。 だから余計に、過去の話ばかりするしかないのか。それは、みじめな寂しい気分にはならないのか。 彼の過去の栄光?を話す声が遠くから聞こえるたびに、私はとても嫌な気持ちになるのだ。カッコ悪いのが嫌いなのだ。こんな病気の身体でも、カッコ良く生きてる自分でいたい。 だけど、もっともっと年をとった、90代のおじいさんの話はなぜか好き。 90年以上も生きてきて、自慢話の1つくらい持っていられる人生がいいなと思って、いつも微笑ましい気持ちで聞かせてもらう。 自分の人生の終焉を見つめながら生きる頃には、いくつかは自慢話を持っているのもいいかもしれない。私にもそんなものが残るだろうか。 おじいさんの話、おばあさんの話、もっとたくさん聞いて、いつか自分がそんな年齢になったときの参考にさせてもらおう。
2005.03.21
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まあ確かに、このところ微熱が続いてちょっと辛い。 そういえば、張り切って走れるほど元気じゃない。 ああ、自然出血が頻繁で、時々口の中は人食い人種みたいになったりもするし、点状の赤い出血痕が足にできていたりもする。 久しぶりなんだけど、毎日のように偏頭痛が続いていたりするかも。 でも、1人で海外旅行だって行けた。荷物を1人で持って、階段上がって、旅をしてた。 今だって毎日ごくごく普通に、日常生活を送っている。ちょっと歯が痛いような気がするだけ。掃除するエネルギーがないだけで、洗濯はちゃんとしてる。 料理は時々面倒になるけど、後片付けもしっかりやってる。 友達と出かけたり、100Kmくらい平気で車の運転したり。仕事も休んでない。 なのにどうして、病院に行くと体調が悪くなるんだろう。 担当医は、物腰の優しい先生。しっかり私の話も聴いてくれるし、いい先生だと思う。 だけど。診察を受けながら、どんどん私の気分は盛り下がっていく。「最近どうも調子が良くないみたいだね。無理しないで、毎月1回は病院に来て」「そろそろ入院して治療することを考えてみれば?」 そして帰宅して、数日間は病人の気分で過ごす。 そのうち忘れてしまって、楽しくあちこち飛び回る。こんなに調子いいのに、入院なんてしていられない。薬飲んだら、もっともっと調子が悪くなっちゃうよ。病院に閉じ込められて、薬漬けの生活なんて考えられない。そんなことして、本当に治るの?? 調子が悪そうだから、来週か再来週にはもう1度診察に来るように。そう言う担当医を何とか説得して、1カ月半後に予約を入れる。 それまでに元気になって、入院を逃れられるように…。
2005.03.20
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子供の頃は、まだ外国に行ったことがなかった。 だから、すごく憧れていた。日本は小さな国だから、いつかもっと広い世界に飛び出してみたいと思っていた。 あれは、いくつの時だっただろう。 新聞で、子供の頃からず~っと日本に憧れて憧れて、やっと夢を果たして日本に留学したというアメリカ人だったかカナダ人だったかの連載を読んだ。 それは当時の私にとって、とても衝撃的なことだった。 私が憧れて止まない広い広い国に住んでいる人が、この私の住んでいる小さな日本のどこに憧れていたんだろう? 多分日本よりももっと自由で、みんな英語が話せて、世界中から外国人観光客や移民が来るような国の人が、どうしてこの日本に憧れたんだろう。 でもそれは、私にとってある種のショックとともに、とても嬉しいことだった。 自分の祖国である日本に、もう1度目を向けたのはあの時だったかもしれない。自分の国を大切に、誇りに思うようになるきっかけの1つだった気もする。 そして、日本が好きだという外国人が日本に来たなら、何とかその気持ちに応えたいと思うようになった。 せっかく訪れた日本を、ずっと好きでいてもらえるように。滞在の間に、1つでも多くの良い思い出や出会いを増やせるように。 今はすっかり、外国人に世話焼きな自分になった。 自分が旅先でたくさんの親切を受けたから、日本にいる時には、お節介なくらい外国人とも関わっている。 頼られれば、何とか応えたくて、周囲の皆を巻き込みながら暮らしている。 日本はまだまだ外国人には暮らしにくい国かもしれない。治安はいいほうだとしても、言葉も難しいし、保守的だったりするし。 でもせっかく日本に来て「日本が嫌いになった」と言われるのは寂しい。
2005.03.19
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女友達が、見合い結婚をすることになった。 相手は同年代の会社員で、間もなく海外赴任することが決まっているのだという。結婚後はすぐに彼は現地に赴任して、彼女は受け入れ準備ができ次第、追いかけて現地へ引っ越すらしい。 わ~、勇気があるなあ。 だって数ヶ月前までは会ったこともなかった相手と、あっという間に結婚を決めただけでもびっくり。なのに、その相手と2人だけで、見知らぬ国で暮らすって決意しちゃったわけだから。 わ~、そうやって家族になっていくのかなあ。 他に頼る相手もいないから、家族の絆が強くなっていくのかなあ。 そういえば、海外旅行に行った時、日本人の経営する宿に泊まったことがある。 夫婦と子供が3人。一番上は男の子で、あの時たしか17歳だった。そして妹が2人。 17歳の息子なんて、家族より友達っていうのが普通だと思ってた。日本の家族では、そういうもんじゃない? でもその息子さん、やけに素直で家族っ子で。私たち宿泊客と一緒に、家族でなごんでいたっけ。かと言ってマザコンってタイプの男の子じゃなくて、バリバリのスポーツマンだった。見た目は全然ごっつい感じじゃないけど、おたくっぽいとか女みたいとか、そんなイメージは全くなかった。 海外で、家族だけで暮らすってことは、絆を深めることになるのかなあ。 ああ、でも夫の転勤で海外赴任になった夫婦。忙しい夫は、仕事に追われてそれなりに現地にも適応していく。けれど働くビザもなく、現地の言葉も話せない妻は家にこもって孤独に陥り、結局は日本へと逃げ帰っていく。そんなパターンもいくつもあると聞いたことがある。 私ならどこの国へ行っても、現地の言葉を習って友達を作ってみたいなあ。料理を習ったり、日本語を教えたり、そんなことができたら楽しそうだけどなあ。
2005.03.18
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やっぱり時々、寂しいなあって感じた。 たくさんの旅人が自分たちの母国語で、旅の感動を分かち合っているのに、私は誰も分かち合える相手がいない。 旅先で知り合った人たちと話す時は、私の言葉じゃない英語か現地の言葉。それじゃあイマイチ盛り上がれない。 それに、食事のためにレストランに入ることすら、実は私にはできない。1人ぼっちじゃ、そんな普通のことすら、すっごい孤独みたいな気がする。 周囲の皆が知ったら、驚くだろうなあ。 旅慣れた、活動的な、怖いもの知らずな私が、実は1人旅では案外保守的だったりもするなんて。 だけど、どこでどんなふうに過ごしても誰も文句は言わないし、1人なんだなあって感じることは、時として心地よい。思い切り深呼吸をして、1人をかみしめる瞬間も悪くないのだ。 それに、1人旅の醍醐味は、新しい出会いがたくさんあること。 連れがあると、話し相手に不自由しない。だから新しい出会いを受け入れなくても、ほんの行きずりのまま通り過ぎても、気にならない。 でも1人だったら、もう少し積極的に現地の人や同じ旅人同士で交流するようになる。そうしないと、旅の間ずっと口を開く機会がなくなってしまうから。 こう考えてみると、私はずっと「1人旅も好き」って公言してきたけれど「1人」が好きなわけではないんだろうなあ。1人旅なら新しい出会いもある。それも含めて、たまには1人で旅をするのもいいって、それくらいの感覚だったのかもしれない。 1人でぼぉーっとするのも好きだけど、そんなに長い時間じゃなくていいし。 寂しがりやっていうよりは、人間好きかもしれないなと自分では思っている。 1人旅によく出かける男性たちがいて、彼に聞いてみたことがある。 ある男性は、自然は裏切らないし、傷つけられることもないから、人間よりも自然の中を1人歩くのが好きだと答えた。また別の男性は、ただひたすら、1人で時間を過ごすのが好きだと言った。寂しくないのだと言った。 旅好きな女性にも聞いてみたが、彼女は50歳まで独身できて、もう一緒に旅をする友人がいなくなってしまったのだと言っていた。 今度私が出かける旅は、きっと誰かと一緒だろうなあ。 だけど、本気で腹を割って話せない相手と2人きりの旅行は、悲惨だから出かけない。道連れはやっぱり、旅の楽しさを倍増させる相手がいい。
2005.03.17
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「おっとりしてるね」なんて、今までに1度も言われたことがない。 ず~っとしっかり者で通っている。どうなれば「おっとりした」性格になるのか、おっとりした人と自分との違いがよくわからないのだけれど、程遠いってことは分かる。 「守ってあげたい」ってのも、縁のない言葉かもしれない。 強くたくましく生きて来た私には、誰かに守ってもらうってことが想像できずにいた。それよりも、自分が誰かを守らなきゃいけないって場面のほうが多かった気がする。 それなのに、ある時「お前のことはオレが守るから」なんて言われた。 私のどこを見て、そんなことをのたまうのか? 現実的に考えて、アナタよりも私のほうがたくましいんじゃない? …と心の中で思ったのに、嬉しかったりもした。 「女らしい」って言われたことも、ないかも。 いや「意外と」を頭につけてなら、一度くらいはあったのかなあ。「男っぽい」とか「男らしい?」とか言われたことなら何度もあるのにな。 しかしこれでも、見た目はちゃんと女なのだ。 だいたい「女らしさ」の基準は何なのだ? 可愛らしいスカートをはいて、しおらしくしていること? それとも甲斐甲斐しく男性に尽くすこと? そういえば、優しくて可愛いピンクの服は大嫌いだっけ。ピンクを着るなら、ちょっとオレンジがかったサーモンピンクとか、もっとはっきりしたショッキングピンクを着ていた。 丈の長いスカート、ふわふわしたロングスカートも嫌いだった。 「女らしい」という言葉に憧れたことすら、あまり記憶にない。 でも「女っぽい」のはちょっと好き。 男らしくなりたいわけじゃなくて、カッコイイ女が好きなのだ。
2005.03.16
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ネットのニュースで「邦人が海賊に拉致」という見出しを見つけてビックリした。 海賊~?? マラッカ海峡で? マレーシアには友人がいて、マラッカに連れて行ってもらったことがある。でも「マラッカ海峡」も知らなければ、そこに海賊が出ることも聞いてない。 でも一緒にネットをのぞいていた友達が「あそこは、海賊がよく出るって有名なんだよ。前に会社の出張でマレーシアに数ヶ月行ってた時にも、そんなニュースを聞いたことがある」と言った。 私にとっても「海賊」がおとぎばなしの世界だったのは、数年前までだった。 それはもっと昔の話だと思っていた。今はもう、いないと思っていた。 数年前、ベトナム人の友人ができた。 彼女はベトナム戦争が終わり南が負けた時に、タイへ逃げた経験がある。数人しか乗れない手漕ぎボートで逃げる途中に、タイ人の海賊に襲われたそうだ。 そんな小さな船、襲撃の目的は何だったのだろう? 船に乗っていたのは、男性が4人と女性が2人。その時彼女は妊娠していて難を逃れたが、もう1人の女性は連れ去られてしまったという。 その後彼女とは1度も会う機会もなく、きっとどこかへ売り飛ばされたのだろうと皆が言っていたそうだ。 でも。 船乗りの夫を持つ妻が、ある日突然「海賊に拉致された」という知らせを受けたとしたら? やっぱり「まさか、信じられない」って思うんだろうなあ。 海賊はおとぎばなしの世界に閉じ込めて、どうか無事に戻れますように。
2005.03.15
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先日、初めての体験をした。 知り合いがカウンセラーのところに行くというので、一緒に着いて行ったのだ。 そこはビルの一室を借りた事務所だった。 内部にも個室があって、カウンセリングはその中で行われた。私はずっと外で待っていたのだけれど、最後に少しだけ、同席する時間があった。 料金は1時間半で1万円。2回目からは、1時間で8千円だそうだ。 保険の適用外なので、実費で払わなければならない。どのくらいの頻度で通うのか知らないが、決して安くはないと感じた。 それに、精神的に病んでしまって、完治までどのくらい通うことになるのかはわからない。見通しもつかない。いくら払い続けるのだろう…と不安になった。 カウンセラーは、50代くらいの女性。 彼女の口から「卑怯」という言葉が飛び出したのには驚いた。カウンセリングにはふさわしくない遣い方だったからだ。 そして、ちょっと脅迫じみた、モノの言い方。「このまま放っておくと、大変なことになる」と言われたら、ワラをもつかみたい患者のほうはどんな気持ちになるか、計算され尽くしている印象だった。 心療内科に通っている知り合いも何人か、いる。 話を聞くと、診察時間は数分。後は毎回同じような薬を処方してもらうのだという友人がいた。もう2年くらい通っているだろうか。 心療内科なら、保険が適用される。だから、1回あたりの診察料は安い。 でも、薬に依存し続けて、なかなか完治とはいかないのが辛そうだ。それに、ゆっくり話を聞いてもらえないのは、何より不満だという。 それなら、カウンセラーのところに行くのがいいの? でも高いし、お金が続かないでしょう。 どこの誰を選ぶのがいいのか、その決め手もわからない。口コミがいいかなと思うけど、相談するには相性も大事だし、カウンセラーによって得意分野ってものがある気がする。 それに、やっぱり商売っ気が強過ぎると、今回の体験では感じた。 そうじゃない所を見つけるには、どんな方法があるのだろう。
2005.03.14
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例えば、30歳を目前にした独身の女性がいて、既婚の男性が独身のふりをして、結婚を前提に付き合っていたりしたら、それは結婚詐欺と言うのかな。貯金をだまし取られたり、婚約を破棄されたりなどという、実質的な被害がなくても、仮に訴えられれば慰謝料くらいは払わなければならないだろう。違う? でも。 もしも相手が結婚しているのを知っていたとしたら、どうだろう。 既婚者を好きになって、相手も「君とやり直したい」なんて盛り上がったりしたら、それが計画通り遂行されない場合にはどうなる? ただの「不倫」とか「浮気」とかで片付けられてしまう話なのかなあ。 捨てられた独身の女性が可哀相って思うのが一般的かもしれないけど、私はそうは思わない。彼女には、新しい輝く未来がある。どんなふうにでも選んで進んでいける道がある。 でも不倫を経験した既婚男性は、妻のところに戻っても後ろめたい。浮気した事実は一生背負っていかなければならないし、浮気しなきゃならないくらい、夫婦の関係は破綻していたのかもしれないし。あまり幸せって感じがしない。 ところで。 もしも男女ともに既婚の場合はどうなるんだろう。 いわゆる「ダブル不倫」とかってやつ。お互いに家庭があって、それを知っている上でのお付き合い。互いに新しい結婚を夢見た頃もあるだろう。 それでもいつか別れの時が来て、その時にその男女はフェアなのだろうか? 私は、そんな関係の中で「男にだまされた」という立場を取り続ける女性に会ったことがある。 彼女は、相手が本気で自分と結婚してくれると信じていたのに、だまされた。自分は被害者だとでも言いた気だ。 でも彼女も離婚したわけじゃない。ならば、結婚なんてできやしない。 あの場合、裁判沙汰になったら、どんな判決が出るんだろう。彼女は、彼の妻に慰謝料を払う立場じゃないのか? そして彼は、彼女の夫に慰謝料を払う。でも、当事者2人の間では、どっちかが被害者でどっちかが加害者なんて、ありかなあ。 だいたい結婚詐欺って、微妙なんだ。 もっと自分の責任で不倫しろ(しないほうが、もちろんいいんだけど)! 思い出したら、ちょっと腹が立ってきた。
2005.03.13
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以前の職場の同僚には、とても仲の良い女友達がいた。そして、その夫が浮気をしたという。 ある日、ずっと家でパソコンに向かっている夫を後ろからのぞきこんだら、別の女性との結婚式の案内状を作っていたというから驚きだ。それからは、こっそり証拠としてその友達の夫の手帳のコピーを取るために、同僚も手伝ってコンビニに走ったりしたそうだ。 そして、その結末は…。 女友達は何とか解決しようとして、つまり夫に考え直してもらうために、夫の両親に相談した。そして両親を交えて話し合うことにしたのだった。 ところが、その夫は一人っ子。 一番怖かったのは、自分の浮気が両親にばれて、親に心配をかけることだった。それが妻によって、必然的に両親の知るところとなってしまったので、もうそれ以上怖いものはなくなってしまったというのだ。 夫は迷うことなくそのまま離婚話を進め、夫婦は離婚することになってしまった。 今でもその妻は「本当は離婚したくなかった。離婚するつもりじゃなかったのに」と悔やんでいるという。 妻と夫の思惑の違い。本当の家族になりきれなかった夫婦…。 もしも子供がいたら、2人は別れなかったのだろうか? 子はかすがい? 子供だけがかすがい? それでも、かすがいがあれば、つなぎとめておけるのか。つなぎとめさえすれば、幸せなのか。 いろいろ考えさせられた話だった。
2005.03.12
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雪が解け、寒い冬が終わって、花が咲き乱れる季節に向かう。 そんな心がわくわくするような、この「春」という季節だが「木の芽立ち」の季節には体調を崩すことも多いらしい。 私の貧血が一番辛いのは、夏。 暑さが体力を奪うのか、本当にキツイ。夏バテなど無縁だった頃が懐かしいよ、まったく。 桜が開く頃は、本当に心が躍る。 世界中の人々に、美しいこの国を自慢したくなる。 けれどそれとは裏腹に、私の骨髄?はあまり調子が良くない。頑張って血を造ろうって気分になれないのか。 精神的に調子を乱す人が多いのも、この季節らしい。 そういうえば、お花見に出かけてる間に下着を盗まれた経験もある。学校帰りに、露出狂に出くわしたのも、たしか春だった。 五月病なんて言葉もあるけれど、GW明けの不調はよく聞く話だ。そして「冬季うつ病」なんてものが終わるのは、春のはず。 それなのに、なぜか3月に入って不調になってる友人たち。 何が原因なのかなあ。 ところで、心療内科とカウンセリング。 これって、保険が適用されるかどうかの他に、どんな違いがあるんだろう?
2005.03.11
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周囲の友人たち、結構イタリア好きが多い。「イタリアは食べ物も安くて美味しいし、見るものもいろいろあって、もう大好き!」「絶対に一度は行ってみたほうがいいよ。お勧めだよ」……で、行ってみた。 街角のピザ屋でテイクアウトしたり、軽食レストランみたいなとこで食べたピザやパスタ、な~んか美味しくない。そんなに安くないし。っていうか、時々メチャ高い店もあった。 美術館で長い行列を作って入場を待ってた時、ちょうどすぐ前に年配の日本人夫婦がいた。「お勧めのレストランはありますか?」と聞いてみた。「小さいホテルなんかに泊まったら、そこの人に聞いてみるといいよ。地元の人が行くような、他の店に比べて安くて美味しい店を教えてくれるよ」「えっと、2人でいくらぐらいで食べられますか?」「小一万もあれば、十分おなかいっぱいになるよ」「それって、ランチですか?」……。 「安くて美味しかった」頃は、もしかしてユーロになる前のイタリアじゃないのかなあ? だって、物価高いよ~。もうな~んにも買いたくない気分。 ランチで1人5000円も払えば、世界一物価が高いと言われている東京でだって、美味しいモノが食べられるよ~~~。 それで、向こうで親しくなった若いイタリア人女性に聞いてみた。「イタリアのレストランって、高くない?」「ユーロになってから、私たちは月に一度しかレストランになんか行けないわ」え~? 食べることが大好きな、美食の国のイタリア人が??「リラからユーロになって、物価がすごく上がったの。でもお給料は、今までのリラの金額をそのままユーロに換算した額でしかもらえない。生活は本当に苦しくなったわ。レストランでの食事は、月に一度の贅沢なの」 日本人で、ユーロになった後に個人旅行でイタリアに行った方。 ぜひぜひ物価についての感想を聞かせて下さい。 ちなみに、有名なコロッセオやピサの斜塔、憧れの青の洞窟などはもちろん素敵だったし、行って良かった~~と思っていますが。
2005.03.10
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ヨーロッパ辺りの地図を眺めていた。 知らない国がたくさんある。世界地図は見慣れていなし、行ったことがない国がほとんどなので、距離感も全然わからない。 日本人は、海外に行くと言えば、飛行機か船に乗るのが当たり前。歩いて、自転車で、バスで、電車で、国境を越えるのなんて、考えたこともなかった。 でも大きな大陸に生まれ育ったら、海を越えないで国境が越えられる。 ほんのすぐ近くに、外国があるわけだ。 そりゃあ、国民性も違うよね。文化ももっともっと影響しあっているのが当然だろうな。 私もそんな大きな国に生まれていたら、どんな自分になっていたかなあって考えることが時々ある。考え方だって夢だって、今とはいろいろな面で違っていたんだと思う。 もっともっと、好奇心を刺激される出来事があったかもしれない。 言葉ももっといろいろ話せたかも。 さ~て、これからパーティーにお出かけ。 今日は、友人であるトルコ人の家族が1年間の日本での生活に別れを告げて、帰ってしまうから、皆でお別れパーティーをするのだ。 陸続きで外国に行ける国の人たちに、最後にいろいろ聞いてみようかな。 それじゃ、出かけま~す。
2005.03.09
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周りにいっぱいいた、学生同士のカップル。 最初は男の子が惚れて、告白する。そして晴れて両思いに…。だんだんと付き合っているうちに、尽くし過ぎる女の子。そのうち男の子のほうが冷めてしまって、あんなに惚れられていたはずの女の子がフラれてしまうっていうストーリー。 ホント、そんなカップルをいくつ見たことだろう。 でも、そんなふうに尽くしたくなるのは、好きだから仕方ないのかな。 私も多分、それなりに「尽くす女」だったかもしれない。 だけど、今はちょっと違うかな。誰とどんな人生を送るにしても、自分には自分の大切なものや、したい生き方があって、それは相手にも持っててほしいモノで、互いにそれを尊重しながら、2人の人生を見つけていく。そんなのがいいなあ。 私の友人。 彼女は、すごく想われて先輩と付き合っていた。 それなのに「尽くす女」って感じだから、周囲から見ると、彼女のほうがいっぱい彼を好きだという気がしたのかな。2人が別れた時、周囲は彼女に同情して、かなり気を遣ってあげてた。 けど、私は彼女から聞いてたから知ってるんだ。 本当は、彼女のほうからサヨナラを告げたこと。彼は結構な硬派だったから、他人の前ではいつもクールだったし、彼女も彼を立てていたからね。まさか彼女から別れるとは、想像もできなかったのかもしれない。 恋愛は駆け引きって言うけど、本当の自分で勝負してもいいくらい、中身を磨いておかないとね。駆け引きばかりじゃ、何かウソっぽい感じもするから。
2005.03.08
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自分のこととなると、かなりの楽天家である。 ふてぶてしく「どうにでもなるさ」とか投げやりに「どうにでもなれ」っていうのとは、ちょっと違う。 自分の力で切り拓いていこうとする気持ちが強く、たくましいのかもしれない。 普段は結構怠け者だし、だらだらした生活してたりもするのだけれど、追い込まれるとパワー100倍の集中力で解決したり、決断したりして、突き進む道を見つける。逆に言うなら、そうでないと、なかなか重い腰を上げられない性格なのかもしれないのだけれど。 ところが、である。 自分じゃなく、大切な誰かのことだと、ものすごい心配性になってしまう。 この性格は、子供の頃からずっとそうなのだ。 友達が扁桃腺や盲腸で入院し、手術を受けるとなると、もう命に関わる病ででもあるかのように、退院するまでずっと心配でたまらなかった。 時間に正確な友達が、夜の8時くらいの約束に遅れて来たことがある。 その頃は携帯も持ってなくて、1時間近く経つのに、来る気配もない。自宅に電話してしまおうかと思ったけど、もう少し、もう少しって自分をなだめながら待っていた。やっと現れた時には、涙が出そうになるくらい、長い長い時間だった。 待つのは平気。でも、心配しながら待つのはたまらなかった。 小さなことでくよくよしない。人前で話すのも平気。ホント、この度胸はどこから来たのかと思うほど。 なのに、この、どうしようもなく心配性な性格。 そんな二つが同居してる私の心って、どうなってるんだろう。
2005.03.07
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「旅は道連れ」なんていうけれど、本当は一人旅も嫌いじゃない。 国内にはたまに出かけるけれど、海外への一人旅はずいぶんしてないなあ。…ってことで、1人で旅に出る決心をした。 どうせなら、行ったことがない国がいい。 最後に1人で旅行したのは、アメリカかあ。な~んだ、もう3年半くらい前? 今はそんな気分じゃないなあ。 アフリカとか行ってみたいけど、1人じゃつまんないかな。「わ~、キリンだぁ!」とか「あれ、今ライオンが見えなかった?」とか。 そういうのを分かち合う相手がいてくれたほうがいい。それに私はタンザニアに行って、タンザナイトっていうキレイな薄い紫色の宝石を買いたいんだ。あれって、タンザニアにあるわけじゃないのかな? チケット探してたら、南半球がいいかなって気分になった。 だって、季節は秋? 観光には良さそうじゃない? ニュージーランドとかは、どうかなあ。もう少しして、紅葉の季節のほうがきれいかも。 それじゃ、南米がいい。スペイン語圏の国に行こうかな。しゃべれないけど、少しくらいは勉強してから行ってもいいし。 マチュピチュとか行ってみたかったんだ~。でも標高が高すぎるから、今はまだ無理? 一人旅で高山病になったんじゃ、辛いし。短い期間では、私の身体が標高に順応できないからやめておこう。いつか行くぞ! イースター島のモアイ像に会いに行くってのも憧れてるんだけど、誰かと一緒がいいかなあ。写真いっぱい撮りたいし。 アジアなら、ベトナムかカンボジア、ラオスなんていいな。 とりあえずは、ベトナムかな。最近はチケットも少しずつお手ごろ価格になってきたし。 でもやっぱり、女の一人旅はヨーロッパが似合う? いっぱい国があるわけだから、行ったことない国ばっかだよ。寒いとこや危ないとこはイヤだから、南フランスとかどうだろう。 いつか3月の終わりにオランダに行ったら、寒くて凍えそうだったもんなあ。そんな北の国には、寒がりの私は行きたくないんだ。 ってわけで、しばらく世界地図でも眺めながら、あれこれ空想の旅を楽しみます。 なかなか決められないんだけど、迷ってるのも楽しいから。
2005.03.06
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小さな弟にほんの少し意地悪したのを見つかった女の子が、お母さんに叱られていた。そして「お父さんからも言ってやって!」という母親の声。 今度は父親が抱き上げて、説教を始めた。 ず~っと泣き続けている子供。……見ていて、何だか居たたまれない気分になった。 子供を厳しくしつけて、いい子に育てたい。そんな気持ちだったのかもしれない。 でも、お母さんにもお父さんにも怒られて、女の子はどこにも逃げ場がなかった。 私が子供の頃は、いつも口うるさく叱る役は母だった。そして、大きくガツンと言う時に、父の出番があった気がする。 だけど、どっちにしたって私は、ひと通り叱られた後はおばあちゃんのところで優しく迎えられていた。 叱られて、家を飛び出してみたって、どうせ行くところなんてない。近所をフラフラしていると、必ず祖母が迎えに来てくれた。そんな「逃げ場」があった。 友達の家へ遊びに行った時のこと。その日はご主人も家にいて、子供と遊んでいた。 ささいなことから、夫婦がケンカを始めた。最初は彼女がちょっとむかついて、キツイ言葉を返した。そして、遠回しに責めていく。そのうちにしっかりと理詰めで説明を始めると、彼のほうは言葉が乱暴になり、怒鳴り始めた。わ~、逆切れだ! どんどん言葉で追い詰められていく彼。逃げ場を失って、黙り込む。 わ~、まるで自分と元彼のケンカを見てるみたい。 逆切れって、男の特権じゃあるまいし。でも女同士の会話では、よく話題になる。「どうしてオトコはすぐに逆切れするの?」って。 けど、客観的にケンカを見てたら分かったことがある。 女はいつまでも、どこまでも、言葉で男を追い詰めてしまうのだ。だから逃げ場を失った男は、逆切れするのかもしれない。 その結果はと言えば、う~ん、いつも気まずい結末しか待っていない。 納得できるまで話し合って、仲直りする? う~ん、無理無理。大抵は、心の片隅にしこりが残る。 やっぱり、ほんの少しの逃げ場は作っておかなきゃ、人間はやってられないんじゃないのかな。 親子だって、夫婦だって、多分それ以外の関係だって。 ケンカに勝つ?方法は、案外相手を追い詰めずに、自分のふところに逃げ場を作っておくことかもしれないなあ。
2005.03.05
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病気になってから、生活の中でも制限されることがあれこれある。 多分、私みたいな病気だったら、普通は入院とか辛い治療とか、もっといろいろ大変なんだろうなあ。 でも幸いにも、私はまだ入院したこともなければ、辛い治療も受けてはいない。 一応は「普通の日常生活が送れる」と言える。のだろう。 だけど本当はいろんな制限があって、我慢してることもたくさんあるのだ。 例えば、スポーツ。すごく好きだったテニスやスキーも、だんだんとできなくなってきた。ボードなんて、転んだら、派手~な青あざができてしまう。登山だって、軽いハイキングやトレッキングでさえ、時にはとても体がもたない。 病気になってから、実は富士山に登ってみた。 空気も薄いし、きっと誰でも苦しいんだろうな。私は、多分ずっと高齢の登山者よりももっともっと遅いスピードでゆっくりしか登れない。おかげでご来光を見逃した。8合目くらいで夜が明けてしまったのだ。 旅行だって、ホントはちょっと我慢している。 ネパールやチベット、マチュピチュやロッキー山脈の辺りに行ってみたいのだけれど、標高の高過ぎる場所に行くのが怖くて、行けずにいる。 暑すぎて体力が持たないような場所とか、長旅やすごく寒い地域で荷物が大きくて重くなるような期間や時期は避けるしかない。 免疫力が低くなってるかもしれないから、不衛生なとこも避ける。べき、らしい。 エアロビクスとかジョギングとかできないし、不調な時は、点滅する青信号を走り抜けることすら無理。 私の親友は言った。「私なんて病気じゃなくても、登山なんかどうせしないし、スキーだって行かない。別に大して不自由じゃないじゃん」 別れた彼氏も言ってた。「別にテニスなんかできなくったって、そんなに困らないじゃん」 あ~あ、わかってないなあ。 私が私らしく生きるためには、山に登ることもテニスをすることも、と~っても必要なことなんだけどな。そんな大好きなことをあきらめて、自分らしく生きていけるのかなあ。 でも、そんな心配は無用であり、無駄だった。心配したって、あきらめなければならないものは仕方がないのだから。そして何かをあきらめても、また新しい何かをいっぱい見つけられた。自分のできる範囲での楽しみ方みたいなものも見つけた。 だから今の人生、そんなに悪くはない。けど、いつかきっと、また登山とかスキーとかしてやるぞ~って、密かに思っている。本物の感動を!超厳選・活本たらばがに(朝ゆで可)1.0~1.2k前後期間限定!!バラおまかせミックス価格 110円 (税込116円)50本以上は送料無料低反発枕付きヌード6点安眠寝具セット全部で6点税込4,990円カラーオーダーストラップハイヒール永遠のセクシーライン21.0cmから26.0cm
2005.03.04
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高校で非常勤講師をしている、仲の良い女友達がいた。彼女はとても活発で、オシャレな人だった。 そんな彼女が恋をした。 同僚の理科の先生であるトムは、小柄だけれど、なかなかハンサムだった。う~ん、悪くない。頑張れ~~!! そこで同僚の女性の1人がホームパーティーをセッティング。彼女がトムと仲良くなるチャンスを作るために、気を利かせてくれたのだ。 いつもより、一段とおめかししてトムを待つ彼女と同僚たち。 そこへトムは、一緒に暮らしている友達を同行して現れた。「僕のボーイフレンドなんだ」「……。」 彼はつまりホモセクシャルだった。 私たちの暮らす地域はアメリカでも保守的なところだったので、彼は教師という職業柄もあるのか、学校ではカミングアウトしていなかったから、その事実を誰も知らなかった。 その日から彼女の苦悩は始まった。 来る日も来る日も、彼女は彼のことを嘆き、私はいつも聞き役になった。「どうしてあんなに優しくしてくれたのに、私に興味がないの?」 私は他にホモセクシャルの友人がいないので、男性の気持ちが分からない。女性には興味があるのか、まったく意識をしないのか。 それにトムの過去の恋愛歴も知らないから、アドバイスもできず、ただ聞いているしかない。「でももしかしたら、彼はバイセクシャルかもしれないから、もう少し頑張ってみる?」 そういえば、その数ヵ月後に彼は、日本に英語教師として呼ばれた。すご~くいい給料をもらっていたのを私は知っている。 理科の教師でも、語学教師になれるのかなあ。日本の英語教育、どうなってるんだろ。
2005.03.03
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ふと気がついたら、友達の命日を過ぎてしまっていた。 アメリカで一人で暮らす私の元へ、学生時代の友人からメールが届いた。それは、突然の友達の病死を知らせる内容だった。 さらっと目を通した。友人宅で、パソコンを見せてもらってる時のことだった。 活字はちゃんと目に入っているのに、内容が全然頭に入ってこない。 普通にメールを閉じて、またアメリカの友人に囲まれて、おしゃべりを続けていた。前日に見たアイスホッケーの試合の話、今度行こうというレストランの話、知り合いの噂話、おしゃべりは尽きない。 実感が湧いてきたのは、数時間後に自分の部屋に戻った時だった。 仲良しの友人が、私が戻ったのに気づいてノックする。そして彼女の顔を見た途端、なぜか急に涙があふれた。“My younger friend has gone... she had stomach cancer...” 一人で海まで歩いて、日本につながっているはずの海を眺めて泣いた。一人で遠い異国に暮らすということは、こういうことなんだな…。そうしみじみと思った。 すぐに帰りたくなった。でも知らされたのは葬儀の当日で、もう間に合わない。私は彼女が胃がんだということさえ、知らされてはいなかった。多分友達の間では、誰も知らされずにいたのだと思う。 私がここにいる間に、もし家族の誰かが亡くなったらどうしよう。 帰りたくて、帰りたくて、でもやっぱり帰れなかった。日本にいる親友へメールを書いてすぐに返事が届いたことで、私は少し救われた。
2005.03.02
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料理は得意じゃない。でも作るのは、楽しいと思う。 美味しいモノが出来上がった時、キレイにテーブルを飾れた時、ご機嫌になってワインを開けたりもする。 洗濯は、干すのが面倒。だけど、まあ嫌いではない。きれいになった洗濯物が、お日様のにおいいっぱいになってるとき、ちょっと気分がいい。 でもでも。 どうしても嫌いなことがある。掃除。 というか、片付けるのが苦手なのだ。整理整頓のセンスがないと思う。やる気も出なくて、すぐに疲れてしまう。 キレイ好きな人と結婚したら、ちょうどいいかなあ。そう考えてみたこともあるけど、きっとキレイ好きな人は、私と暮らしたら、あまりにも散らかすこの性格に嫌気がさすかもしれない。 こんなに片付けができないのは、もしかしたら病気なんじゃない? いつか雑誌で読んだことがある「仮面うつ病」だったっけ? そんなのの兆候?な~んて思ったりしても、それは言い訳かな。だって子供の頃から、私の勉強机の上は汚くて、全然勉強するために使うことができないくらいだったから。 おばあちゃんは、いつも小綺麗にしてて、身の回りもきちんとしてる人だったのになあ。お裁縫とかいろんなことを教わったけど、片付ける才能は受け継げなかった。母のことには触れないことにしよう。 だから、いつかお手伝いさんがいつもきれいに片付けてくれるっていう生活に憧れている。でも日本で暮らしていたら無理だろうなあ…。
2005.03.01
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