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子供の頃、家族でキャンプに行くのが好きだった。 緑の中でいつもと違う種類のチョウやトンボを追いかけるのも、底が透き通った川で遊ぶのも、狭いテントで眠るのも。 星空はプラネタリウムみたいにきれいで、夜でもちょっと涼しかったりして。 そんな楽しかったことしか、今になって思い出せることはない。 ところが。 大人になってキャンプに行った。 最近のキャンプ場は、トイレも水洗になっていたり、シャワーやお風呂が近くにあったりして、かなり便利で清潔になった。 テントだってすごく簡単に張れるものを購入したから、私1人だって張れそう。 オートキャンプ場なんてものもあちこちに増えて、そっちに泊まれば電源さえあるから、ごく普通にホットプレートを使って料理することだってできる。 それでもやっぱり、テントで眠るのは、いつものベッドの上ほども快適じゃない。トイレまで懐中電灯で足元を照らして、真っ暗な夜中に歩かなければならないこともある。トイレにはクモの巣があったり、蛾がいたりもする。 川で遊べば水はプールよりも冷たいし、足元は石についたコケで滑りやすいし歩きにくい。 それをあれこれと文句言ってる子供たちの声が聞こえる。 う~ん、今どきの子供たちは、何のためにキャンプに来るんだろう。親が連れて行きたくて、子供はただ嫌々ついて来るだけなのかなあ。ただ「不自由さ」を体験させるために連れて来るのかなあ。子供は楽しくないのかなあ。 私は子供の頃、ホントに楽しかったんだけどな。 そりゃ、子供にも向き不向きがあるから、私は普通よりワイルドな子供だったのかもしれないけど。
2005.07.31
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家を出て、遠くで大学生活を送る息子や娘に仕送りをしている家庭は、日本では少なくないだろう。 田舎を出て、都会へ出稼ぎに行った子供たちは、両親に仕送りをしているかもしれない。 私には、どちらの経験もない。 1人暮らしをして、自分で生活資金を稼いで暮らして来た。 日本に出稼ぎに来ている外国人は、大抵は祖国に残してきた家族に仕送りをしている。 留学生でも、日本でアルバイトをしたお金を家族に送っていることも珍しくない。国によっては、例えば1ヵ月に5万円のお金を送れば、10人を超える家族を養う事ができるそうだ。 学生なのに、祖国にアパートを建てることができたという話も聞いたことがある。そうすれば家賃収入で、祖国の家族は暮らしていく事ができる。 日本で切り詰めた生活をしながら、祖国へ仕送りをする。 その家は、かつては電気さえ通っていなかったのに、扇風機が使えるようになり、それがエアコンに変わり、1階建ての家が2階建てに増築された。 その家族は、もちろん感謝して暮らしていることだろう。 でも、日本で彼らがどのくらい贅沢しないで生活をし、必死で働いて貯めたお金を送っているのか、果たして知っているのだろうか。そのことを思うと、何だか複雑な気持ちになる。
2005.07.30
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あの人は、いくつだったんだろう。 10歳近く年下の、日系ブラジル人だったか、ペルー人だったかと結婚した女性がいた。 それほど親しかったわけでもない。 まあ、悪い人じゃないよねって程度にしか、彼女のことは知らない。 特に、性格なんてほとんど知らない。30代の女性だった。 外見上の印象はといえば、決して痩せてはいない。美人でもなく、ごく平凡な、黙っていたら男性には縁のなさそうなタイプの人だった。 ところがひょんなことから、私が彼女の家に遊びに行くことになった。 何がきっかけだったかは、全然思い出せない。でも、話せばそれなりに話題も豊富で、楽しい人だった。 それでも、もともと互いのことをそんなに知り合わない間柄。 そのうち会話は尽きる。 だから、ご主人とのなれ初めなど聞きながら、会話をつないだ。 そうしたら、彼女から「大丈夫だって。貴女だって、そのうち結婚できるって」というような内容の台詞が…。 あの時の私、なんて答えたんだっけ。 「そうかなあ。そうだといいんですけどね」などと、答えてみたんだったかなあ。 あの台詞には、本当にビックリした。 何でこの人に、そんなふうに慰められて?いるんだろう、私。まさにそんな感想だった。 悪いけど私、別に彼氏がいなかったわけじゃないし、結婚できないから独身だったわけでもない。 ああ、思い出した。「これだから、やっと結婚できた専業主婦って嫌だわ。結婚しさえすれば、それが幸せのすべてだと思っているの?」とかなんとか思ったんだっけ。
2005.07.29
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顔色が悪いとか、フラフラするとか。 貧血の影響って、そんなものだけではない。 血液が十分に健康じゃないんだから、血液から造られる髪の毛だって弱る。子供の頃からツヤツヤの長い黒髪を誉められることがよくあった。海外で暮らしても「そのシャイニーな髪がとても素敵」と男女を問わず言われていたし。 なのに今の私の髪は、白髪が混じったり、ツヤがなくなったりして、何だか気に入らない。もうロングヘアになんか、したくない。痛んでいるというより、弱っている感じなのが嫌。 お肌も老化する。 顔色は、白いというよりは、青白かったり黄色かったり。自分が黄色人種なのだということを思い知らされるほど、赤みのない肌は黄色いのだ。 爪だって、不健康な色になる。 歯茎も下まぶたの裏側も、手のひらだって、白くなる。 立ちくらみなんて、しょっちゅうだし。 息切れや動悸も、珍しいことじゃない。 そして、むくみ。朝起きると、顔はもちろんだけど、手がむくんで、にぎるのが辛いほどだったり。朝から足がむくんでるなんて、ひどすぎる。 微熱が続いたりもする。 ちょっと疲れると熱っぽくなるし、大体からして疲れやすくなる。だるい感じ、つまり倦怠感を感じる事も多い。 それでも健康そうな性格?だから、私がこんな病気だとみんな気付かない。 あ~あ、満員電車、誰か席を譲ってよね。立っているのはかなり辛いんだから。
2005.07.28
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いつだったか、あちこちの大使館がある辺りを1人ぶらぶらと散歩をしたことがある。海外でも、そんな界隈に迷い込んだりして。 でも。 中に入ってみたことは、1度もない。 中国人の友人が、外国へ行くと言った。 それで、日本にある、その国の大使館に電話をしたそうだ。でも電話に出た人はとても冷たく事務的で、何1つ質問にも答えてくれなかった。 それでHPをすみずみまで探し、FAXで情報を取り出し、それでも分からないことがあったので、私に泣きついてきた。 その大使館では、直接電話で話して質疑応答を希望する場合には、クレジットカードの番号が必要らしい。つまり、無料では質問1つ受け付けないというわけだ。そしてその支払いは、カード払いのみしか受け付けないらしい。 彼女はまずクレジットカードを作ることから始めなければならなかった。 でもカード審査が通らなくて、彼女はクレジットカードを持つ事ができなかった。それで急遽、私が自分のカード番号を伝えて、代わりに質問して返事をもらおうということになったのだった。 日本にはいくつの国の大使館があるのだろう。 その他の国の大使館が、どんな仕組みになっているのかは知らない。どんな対応をするのか、全然知らない。 でも今回の件はちょっと、大使館ってところの印象が悪くなるような、そんなできごとだった。
2005.07.27
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「春は別れの季節」 「出会いがあれば、必ず別れもやってくる」 別れにまつわる言葉はいろいろある。 でも、今は春ではない。夏、真っ盛り。 出会ったのは、まだほんの3年くらい前。もっと長い付き合いをするつもりだったのに。こんなふうに、突然別れを決めてしまってよかったのだろうか…。 私は多分、情の移りやすい性格なのだと思う。 人にもモノにも、すぐに情が湧く。 だから「別れ」は、とても辛い。 できることなら別れることなく、大切な出会いをずっと育てていきたいと思う。 ず~っと買い換えることなく使い続けている電化製品とか。新しいものを買っても捨てられないカバンとか、服とか。 引越しをする時には、部屋との別れが辛くて、鍵を返しに行く時には随分とセンチメンタルな気分になってしまったり。 思い出を重ねるごとに、モノはただの物ではなくなっていく。もう2度と訪れる事のない友人との思い出がある部屋とか、遠くなった友人を乗せた思い出深い車とか。小さかった妹がくれた誕生日プレゼントのカップとか。 もうすぐ新車が来る。 そうしたら、今の車とはお別れだ。ほとんど不満なんてなかったのに。随分役に立ってくれたのに。 本当に、いい車だった。 だからこそ、こんなふうに突然の別れを迎えることになったのが皮肉だけれど。
2005.07.26
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同じ市に住んでいる中国人の朴さんと、先日ショッピングの途中に偶然出くわした。入口の近くですれ違ったのに、最初は本人だと気づかなかった。 なぜだと思う? それは、彼がまるで別人のような笑顔だったから。 彼は40歳くらい?で、中国の社会主義について全然話をしたがらないような人だった。もう何年も前に1人で日本に来て、ずっと働いていた。 家族を中国に残してきているということは、何となく聞いていた。 口数の少ない、卓球の上手な人だった。別に暗いわけでもないのだけれど、大声で思い切り笑うなんてことには縁のなさそうな、そんなイメージの人だった。 おしゃべりの中国人の友人がいつも彼の隣りにいたから、余計にそんな印象を私が勝手に持ってしまったのかもしれないけれど。 久しぶりに会った彼。 あ!っと気づいて、私から声をかけた。「朴さん? もう国に帰ってしまったのかと思っていたわ」「また戻って来たんです」と、飛び切りの笑顔の朴さん。そして、その少し離れた後ろのほうに視線を向けた。 そこには40代くらいの女性と、小学生の男の子がいた。「あれ? もしかして、朴さんのご家族??」 嬉しそうな笑顔がそこにはあった。 家族が一緒に暮らすってことは、こんなに嬉しいことなのかなあ。何だかこっちまで嬉しい気分になった。嬉しくて、嬉しくて、誰かに話したい気分になった。
2005.07.25
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もうすぐ結婚する男友達。新婚旅行はハワイに行くという。 「わ~、何だか笑える。そういえば、あのときもハワイだったよね?」 彼の友人がハワイに行った話を聞いたのを思い出したのだ。 男だけでハワイへのツアーに参加したその男性。夜はナンパしたブロンドの女性を部屋に招いた。 英語はほとんどできないが、まあ、言葉はそれほど問題ではない。とりあえずシャワーを浴びた。 その間にブロンドちゃんは、仲間の男性を2人、部屋に入れた。ベッドの下に隠れて、準備はOK! タオルだけの姿で浴室から出てきた彼。貴重品は、着替えと一緒にベッドの脇に置かれた。 そしていよいよブロンドちゃんはベッドの上で、彼の気を引く。 その間に、ベッドの下の男たちが財布を手に入れることができたら、ベッドの下から出てきて、そのまま3人でサヨウナラ。 英語も話せず、盗難にあった状況も公言するにははばかられる彼は、結局泣き寝入りだったようだ。 そんな話を聞いたのは、もうどのくらい前のことだろう。 男友達に「結婚、本当におめでとう」と伝えた。そしてあの時の彼のその後を聞いてみた。 その彼は今も独身で、やっぱり相変わらず出会い系や不倫にハマって?いるらしい。
2005.07.24
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ヨーロッパを旅した時に、フランスを周って来たという日本人の男子学生と知り合った。 電車に乗ったらジプシーの子供たち数人に取り囲まれて、もう少しで財布を盗まれるとこだった。だから入口付近には乗らないほうがいい、と言う。 ジプシー。 その言葉は何度も聞いたことがあった。 音楽を愛し、定住をしない人たち。そんなふうに聞いていたので、放浪の旅人なのかと、かなり良いイメージを持っていた。「良いイメージ」というか、何となく憧れのような、さすらいの旅人ってカッコイイって感じにイメージしていた。 だから、そんな泥棒集団のような言い方を聞いて、少し反発を感じた。 だけど私は実際に会ったこともない人たちだし、彼が嘘をついているとは思えない。複雑な気持ちだったが、アドバイスは心に留めていた。 そして数年後。 イタリアで、たくさんのジプシーに出会うことになった。 いろんな街で、彼らは物乞いをしていた。近づいて来てはダンボールの小さな切れ端で目線を隠しながら、なんとポケットに手を入れてお金を盗もうとする。そんなシーンにも出くわした。 切符を買おうとしている若い男性旅行客に、若い娘を使ってお金を無心させている、ジプシーの母親も見かけた。 10日ほどの旅の間、ずっと考えていた。「この人たちの人生は、何なんだろう。何のために生まれ、何を喜びに生きているのだろう」
2005.07.23
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ず~っと前に好きだった人。 いろんな所に連れて行ってもらうのが好きだった。彼の言うことは、いつも心にしみた。素直に聞けた。たくさんのことを教えてくれた人だった。 彼は、そんな思い出の中の人になった。 ところが何年も経ってから、その頃やり取りしていた手紙が見つかった。 ああ、そうだったなあ。 彼の優柔不断なところが嫌いだったんだっけ。イマイチ誠意に欠けるところも。だから距離を置こうと思ったんだった。 でも、ずっとそんなことは忘れていた。 大好きだったこと。楽しかったこと。嬉しかったこと。そんなことだけが私の中で美化された思い出になって、嫌な思い出は遠くへ行ってしまっていた。 別れた彼氏っていうのは、たいていはそんな感じだ。 何年かが過ぎてしまえば、いい思い出だけが残る。許せないと思っていたはずのできごとすら、記憶から遠ざかる。だから皆「いい人」になる。 だけど、別れて間もない頃というのは、そうはいかない。 不思議なことに、嫌な思い出ばかりが頭の中をかけめぐる。あんなに好きだと思ったはずなのに、その気持ちはすっかり忘れて、相手の言葉に傷ついたり、嫌いになったりしたことばかりが浮かんでしまう。 そんな状態から、その人を「いい人」に変えてしまうのは、時間なのかなあ。過ぎ行く時が、そんなふうに変えてくれるのか。 理由は全然わからないけれど、それはとても幸せなこと。
2005.07.22
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平凡な人生を生きるくらいなら「変わり者」って言われるほうがいいと、ず~っと前、いくつくらいの頃か忘れたけれど、ずいぶん前から思っていた。 平凡な毎日なんて考えられない。同じコトの繰り返しや、ぬるま湯の日々にはすぐ飽き飽きして、自分の毎日をちょっと刺激してみたいという気持ちを行動に移す。そんな生き方をしてきたのかもしれない。 だけど、いつか気づいた。 私は平凡な星の下には生まれていないらしい。たとえ望んだとしても、それほど平凡な運命を背負って生きる事は難しいのかもしれない。 ささやかな幸せを感じる瞬間はたくさんある。 寒い冬の日、ガラス越しの太陽のやわらかい日差しを感じる時。1人で散歩しながら、たんぽぽがたくさん咲いてる田んぼの景色を見つけた時。期待して買った和菓子が、まさに想像どおりの自分の好みの味だった時。忙しいイベントが終わって、やっと自由な時間の中で何も気にせず1日を過ごせる時。 そういうささやかな幸せがあるから、私の人生は一生ずっと幸せでいられる気がする。 だけど平凡に、誰かと同じように生きることを、全然望んではいない。 ただ、穏やかな日々を暮らしていくことには、幸せを感じる。毎日がハプニングだらけの生活を望んでいるわけでもないのだ。 変わり者の私がそんなことを考えるなんて、きっと周囲が知ったらビックリだろうな。
2005.07.21
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子供の頃から、痛みには案外強いほうだったと思う。 保育園の予防接種などで泣いたことはないし、それほど憂鬱だったこともない。「わ~い、今日は注射の日だから、夜はお風呂に入らなくていいんだ~」なんて思ったりしてた。別にお風呂嫌いだったわけじゃない。ただ非日常的なできごとが好きだっただけである、念のため。 歯医者の麻酔は痛いと聞くけれど、私はもちろん全然平気。献血はちょっと長い時間、針を刺されたままでいるのが嫌だけど、痛みとしてはやっぱり平気。 ただ、病気になってから1度だけしたことがある「マルク」ってのは嫌だった。以前から体験談を読んだり、他の患者さんから聞いたりして、それが痛いらしいとは知っていた。 その上、当日のマルクの直前にも、看護士さんが「かなり痛いけど、これはどうしても必要な検査だから我慢してね」などと言った。それくらい先入観を植え付けられて、喜んでマルクを受けるのは無理というものだ。 しかしこの検査は、医師の腕前にも大きく左右されるらしい。 私の担当医は、それはそれは腕の良い先生だった。 最初に看護士が胸の上部辺りだったかに麻酔を打った。それは余裕でクリア。すぐに麻酔が効いてきた。 そしていよいよマルクなのだが、使用する針の太いこと! 少しだけひるんだ。 で、胸骨にそれがゴリゴリという感じで刺し込まれる音が聞こえるような感じ。多分ホントは音じゃなくて、骨から伝わる振動を感じてたんじゃないかと今さら想像してるんだけど。 だけど痛みのほうは、まったくというほど感じなかった。麻酔のせいもあると思うけど、やっぱり医師の腕が良かったのだろう。麻酔が切れてからは、ちょっとだけ痛い。そして数ヶ月は、胸を押しつぶされるような満員電車やうつ伏せのマッサージなどすると痛みを感じていた。 でも、予想していたよりもずっと、何てこともなく平気だった。 やっぱり1番痛かったと思う注射は、中学生くらいの頃だったか、足の裏に打ったモノ。あの時は運動のし過ぎで両足が痛くて、両足の裏に何かの薬を注射した。あれは痛み止めだったのか? よく分からない。 心臓から遠い場所に打つ注射ほど痛い、と、聞いたことがある。アレは本当だなあ。 病院からの帰り道、靴もまともにはけず、やっとの思いで自転車に乗りながら帰ったのだった。
2005.07.20
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「地平線が見てみたい」 「まっすぐにのびる道を走ってみたい」 北海道はとても広くて、自然がたくさん残っているイメージがある。「行ってみたいなあ」と思わせるのは、遠くまで広がるラベンダー畑、またはヒマワリの花。シバザクラのピンクのじゅうたんが広がる絵葉書も見たことがあるし、ジャガイモの白い花がパンフレットの表紙に使われていたりもする。 日本の中で地平線が見られるのは、北海道だけだと聞いた事もある。 水平線は何度も見たことがあるけれど、地平線は憧れ。だから行ってみたい。 私も北海道には行ったことがあるけれど、う~ん、やっぱり広い北の大地に憧れて、ツアーへの参加を決めたのだった。今度はいつかゆっくりと、車で北海道を周遊してみたいなと思っている。 北海道ツーリングの経験がある男友達は、まっすぐ続く道が本州では見られないから、それで広さを痛感したと言っていた。でもその後アメリカを車でドライブする機会があって、日本の狭さがよく分かったらしい。 アメリカを走っていれば、町を抜ければたくさんの直線道路がひたすら続く大地がいくらでもある。 草原からやってきた留学生と話す機会があった。 彼もまた「北海道へ行ってみたい」と言う。 本州に住んでいると、やっぱり窮屈な感じがするのかなあ。まさか地平線が見たいとは言わないよね。 「海に行きたい」というモンゴルの人たちには何度も会ったことがあるが「北海道に行きたい」とも数人が言っていたのを思い出した。 日本人にとっても憧れの北海道だから、あまり理由を聞いたことがなかったけれど、今回は聞いてみた。そして帰って来た返事に、なるほどと思ったのだ。 「牧畜技術に興味があるから。どんなふうに放牧し、どんな方法の飼育をしているか、見てみたい」 さすがに遊牧民の子供として育った彼らは、視点も全然違うんだなあ。思いつきもしなかった答えだったが、微笑ましい感じがした。
2005.07.19
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彼女のお母さんは「初めて手をつないだ相手」と結婚した。そして娘が20歳を過ぎた今まで「唯一手をつないだことのある相手」との結婚生活を続けている。 お母さんが結婚したのは、まさに今の彼女の年齢だった時だそうだ。 だから娘に新しい彼氏ができ、相手が社会人だと知ると、すっかり嫁ぐ娘を持つ気分になっているらしい。 ある時、そのお母さんが私に探りを入れてきた。 「彼氏に会ったことはあるの?」 私はまだ紹介してもらっていない。彼女から話だけはいろいろ聞いているけれど。 お母さんとしては、チラッと見かけた彼氏の姿が、かなり気に食わないらしかった。自分の娘のほうが、見栄えもいい。小柄でパッとしない(母親評)彼氏と付き合って、結婚なんかされちゃったら嫌だ。本気でそう思っている様子だ。 「彼女はまだ学生でしょう? こんな付き合って間もない時に結婚なんて、まだまだ考えてないと思いますよ」 「だいたい、自分もまだ学生なんだから、同じ大学の学生とでも付き合えばいいのに。どうして社会人となんか…」 お母さんは、彼氏の職業も気に入らないみたいだった。 「いくらなんでも今の時代、初めて手をつないだからといって、その人と結婚しなきゃとは思いませんよ」そんなふうに私が言ってみた。 しかし、それはそれで、彼女にはお気に召さなかったようだ。 あ~あ。 お願いだから、もう私にいろいろと聞くのはやめて~~。
2005.07.18
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中学生の時だった。 その日は学校が休みで、市内のお祭りに出かけたら、体育の先生の姿を人込みの中に見つけた。彼の隣りには、彼そっくりな女性がいる。 「あれ? 先生の妹かなあ?」第1印象はそんな感じ。だってホント、同じ顔をしてるんだもん。 「先生、こんにちは」 その場で聞くのも恥ずかしかったので、あいさつだけして遠ざかった。 後で学校で顔を合わせた時に、奥さんだと聞いてかなり驚いた。近親相姦とはいわないけど、従兄妹同士で結婚したんじゃない?って感じのそっくり具合。 何年か経ってから「仲の良い夫婦は、だんだんと顔も似てくる」ということを聞いて、あの時の夫婦の顔を思い出した。きっと仲良し夫婦なんだろうなと思って、納得した。 そういえば、後輩夫婦からの年賀状を見て笑ったことがある。 夫婦だけじゃなくて、娘1人と息子1人も。家族そろって、同じような顔をしてたっけ。うん、確かにあの夫婦は仲が良かった。 と考えてたら、弟夫婦のことが浮かんだ。息子が2人いるんだけど、どっちに似ているのか全然わからない。だって夫婦も何だかそっくりで、だからどっちに似てるとも言えるんだもん。 そして、友人夫婦の顔が浮かんだ。 夫婦とも彫りの深い顔立ちをしていた。同じ系の顔だねって、結婚式の時に思ったっけ。奥さんの弟は、全然違う顔をしてるのに。 その夫婦は、結婚4年目で残念ながら離婚してしまった。もしかしたら、もっともっとそっくりな人と、彼女は再婚したのかもしれない。
2005.07.17
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ひどい貧血の私には、とても辛いコトが2つある。1つは、重い荷物を持つコト。夏場の弱っている時は、それほど重くなくても、やっぱり辛いときもある。 そしてもう1つ。それは、坂道を登ること。だからもちろん登山なんてとんでもないし、階段もかなりキツイ。ゆる~い坂道、普通の人なら気づかないほどのゆるい坂道でさえ、私はため息をつきながら上るしかない。 ソウルの地下鉄に乗る機会が何度かあった。 深い所に掘られた感じの地下鉄なのに、エスカレータがない駅が多くて閉口した。車椅子を上げるために、階段のてすりに電動のレールがついている所は何箇所か見つけた。でもエレベータは、あまりない。 地下鉄のホームから地上に上がるまで、1度も階段を使わずに上がれることなんて珍しい。階段やエレベータ、エスカレータの見取り図を見ながら、ルートを考える。エレベータを利用しようとすると、普通に階段を上がるよりも、かなり移動距離が長かったりする。 ソウルには元気な老人しかいないのかなあ。 車椅子では、地下鉄なんか使えないだろうなあ。そういえば短い滞在中、1度も車椅子の乗客は見なかった。 立ち止まりながら階段を上るような、老人も病人もいなかったなあ。 でも。 元気な人しかいないってわけじゃない。元気な人しか、利用できないんだろう。 だって実際に私自身も使ってみて、本当にしんどかった。地下鉄に乗るのが憂鬱になった。
2005.07.16
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「あの人って、本当にいい人だよね」と、会話の中で相手が言う。 だけど、自分はその人のこと、全然いい人だなんて思っていないことってあるでしょ。 会話してる相手は、その人のことを表面的にしか知らないけれど、自分にとっては元カレだったり、同僚だったり、幼なじみだったりして。 「あの人、すごくいい人だから好きなんだ」って聞かされながら(うん、でもお金にはルーズなんだよね)とか(でも見栄っ張りで、他の人のことを誉めると、すぐにひがむんだ)とか(親しくなると、かなりキツイ言葉で相手を批判するんだよ)などと心の中で思う。 本当ははっきり口に出してしまいたいけれど、それではあまりにも人間の器が小さいと思うから言わない。我慢する。 だって相手がその人をどんなふうに評価するかは、自分で関わった経験の中から判断するべきで、それを悪いほうへ向けるような告げ口?みたいなことをするのってかなりカッコ悪いと思うから。 せっかく良い印象を持っているのに、わざわざ第3者の私が否定することもない。騙されそうになってて危ない場面ならばともかく、ごく普通の会話ならば、せっかくの好印象に文句をつけるのは気分も悪い。 だけど心の中で悪口言って、実際の会話では言葉だけ「そうだよ、ホントにいい人」と言うほど、私はうまく生きられない。そんな嘘は嫌いだし。 だから、さすがにおしゃべりの私でも、そんな場面に出くわす時には、ひたすらだんまりを決め込むことにしている。ストレスをためながら。
2005.07.15
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おしゃべりな友達が、のどのポリープの手術をした。 再発しないためには、なるべくしゃべらないこと、だそうだ。特に、大きな声で話したり歌ったりするのは、のどへの負担が大きいらしい。 そんなことを言われても、彼女には無理。私にも無理そうだから、よくわかる。 私たちからおしゃべりを奪ってしまったら、人生の楽しみが大きく減ってしまうんだろうな。 私にも、2ヶ月くらいずっとまともに声が出せないことがあった。あれは何年か前の春先のことで、めったにひかない風邪をひいたのがきっかけだった。 病気になってからも、私はほとんど風邪をひくこともなかった。というか、風邪をひくと体力を消耗するので、少しでも気配を感じるとうがいや睡眠や栄養補給で撃退していた。 それなのに。 ず~っと無治療で経過観察を続けていたのに、約1年くらいだが治療のためにホルモン剤を飲んでいたことがあった。 そうしたら半年を経過した辺りから、毎月なぜか風邪をひくようになってしまった。今から思えば、薬のせいで免疫力が低下したせいだろう。ひと月の半分くらい風邪で高熱を出し、体力が落ちる。そしてまた、半月ほどで再度風邪をひいてしまう。 あの時の風邪は、ずいぶんと長引いた。他の症状が全部治まっても、声だけが治らない。普通の声の大きさでは話せず、無理して声を出してみても聞き取りにくい。すっかり声変わりしたような感じの声しか出ない。そんな2ヶ月だった。 さすがに、本気でポリープを心配した。 友人の先例もあったし、次は私の番かと思った。 それで病院でのどの検査を受けたのだが、のどが荒れている程度でポリープは見つからなかった。 あんなに長い間、声が出なかったのに。ポリープじゃなくて安心した反面、理由がよくわからないのに、声が出なかった・声がかれていたことに不安を覚えた。それでもいつか忘れて、やっぱり今でもひたすらおしゃべりを続けているのだけれど。
2005.07.14
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近場の激安ツアー。 同じ日の出発メンバーに、女性の4人連れがいた。 う~ん。同性の私から見るに、皆40代前半くらいか? とりあえず私の連れに聞いてみたら「30代後半ってとこじゃない?」とのこと。 自由行動も含むツアー日程のうち、皆で行動したのは丸1日ほど。その間にバスの後部席から聞こえてくる彼女たちの声、話しかけられた時の感じから、やっぱり私は「中高生くらいの子供がいる感じ」の年齢だと確信した。連れも同意見だった。 どうも職場の仲良し独身メンバーらしい。 ガイドさんとの会話から、彼氏ナシの気楽な身だと知った。 40歳を過ぎても、一緒に旅行できる独身仲間が4人も集まるなんて、ある意味ではうらやましい。私の知り合いで50歳になった独身女性は「もう周囲に仲間がいないから、旅ももっぱら一人旅なのよ」といつも言っていた。 仲間がいれば、旅も楽しいだろうな。 買い物も、自分で稼いだお金を好きに使えるんだろうし。家族に気を遣って、やっと頼み込んで旅に出かけるなんてこともない。 だけどなあ。 結婚しなくても、彼氏は欲しいかも。 そして仲良しの女友達もいる、旅仲間もいる、というのなら。 独身貴族って言葉を聞いたことがあるけれど、現代ではどんな年齢の、どんな人のことを言うのだろう。
2005.07.13
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彼女はいわゆる「気位の高い」女性だった。「プライドが高い」というのとも、ちょっと違う。もっと感じの悪い、ちょっと鼻が上を向いてる性格、とでも言おうか。 実際、20代前半の彼女は、美人と可愛いの間って感じの外見。でもどこかとっつきにくいのは、その性格のせいかも。 車を運転していても「ちょっと、どいてよ!! 私が車線変更しようとしてるんだから、道を空けなさいよ」という調子。 あの気位の高さは、育ちによるものでもない。外見だって、そこまででもない。いったいどこからくるのか、不思議なだったりもした。 ああ、20歳で社会に出たばかりの頃に、職場でかなりチヤホヤされたことが影響してるのかもしれない。チヤホヤされ、そして後輩たちが入ってくるにつれ、嫌な思いをして、性格が曲がってしまったのか?? 久しぶりに会った彼女は、もう当分会いたくないと思うほど、気位の高い嫌な女になっていた。会話の内容も、他人の悪口ばかり。楽しい悪口ならともかく、聞いていても不快になるばかり。 ところが数年後。 また久々に彼女と会うことになった。 電話で話していて「ああ、そろそろ会ってもいいかな」と思える変化を感じたから。 彼女には、新しい彼氏ができていた。 聞けば、高校時代の同級生。それほどカッコイイわけでも、もてたわけでもないけれど、当時も「性格のいい子」という評判の男性だった。 彼と付き合いだした彼女は、ずいぶん丸くなった印象だった。優しく、ゆとりのある感じになった。 あ~あ。 付き合う相手で、こんなにも女は変わるのか。 もちろん、男だって変わるんだろうけど、女は相手の影響を受けやすい。というよりも、恋愛の影響を受けやすいのかも。
2005.07.12
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日本語には、3種類の文字がある。 意味を表す漢字・意味を持たないひらがな・外来語表記のためのカタカナ。これだけでも日本語ってすごい。 アメリカ人に聞くと、必ずと言っていいほど「世界で1番難しい言葉は中国語だ」と答える。それは彼らにとって、漢字があまりにも難しく見えるからだろうなと私は思っている。 私は、自分の知っている言語の中では、日本語が1番難しいんじゃないかと考えているんだけど。 英語やラテンの言語は、アルファベットで表記する。言語によって、多少は違った記号を使ったりもするけれど、基本的にはアルファベットで事足りる。 中国の漢字は、今では簡略化された簡体字を使っている。台湾は古い文字、いわゆる繁体字を使っている。どっちにしても、文章を書く時に漢字のみで表すのだから、見た目には難しそう。でも日本語みたいに、送り仮名を覚える必要もないし、それぞれの漢字に音読みや訓読みが何種類もあったりしないらしい。 日本語は、熟語になると特別な読み方をする場合もあり、外国人にはかなり難しい。 「私」という意味を表すのだって、英語のように「I」とシンプルにはいかない。「僕」「俺」「わたくし」「アタシ」「おいら」「俺様?」「わし」「拙者」などなど、ちょっと考えただけでもかなり思いつく。 助詞の使い分け、敬語の正しい使い方、擬態語・擬音語の種類の多さなど、日本語は本当に奥の深い言語だと思う。 もちろんアラビア文字やタイの文字などは、未知の世界で難しそう。でもハングルなら覚えられそうな気がするし、タイやアラビアの文字も、ルールを覚えたら日本語より簡単な気がするんだけど。 そりゃあ、母音が少なかったり、語順が英語と違ったりして、日本人は英語やその他の言語を学ぶ時にちょっと不利だったりはする。 それでも言葉にただひたすら、いつまでもコンプレックスを持つよりも、日本語を使いこなせることに誇りを持ちたい。
2005.07.11
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私の密かな楽しみ。 それは、ちょっと高価な、ちょっと珍しい宝石を眺めること。 いわゆる「稀少石」といわれる宝石だから、お値段だって安くはない。だから、そんなに簡単に買えるはずもない。 なので、もっぱらネット・ショッピングと、ジュエリー売り場での品定めである。 宝石店の店員だって、そんなに皆が稀少石に詳しいわけでもない。 こっちは好きで何店舗も見て回っているわけだから、次第に目も肥える。 「お客様、詳しいですね~」 「かなりお好きなんですね」…などは、まだいい。 何だかおかしな知識をひけらかす店員もたまにいる。そういう時は内心「そんなことくらい、とっくに知ってるわ。でもちょっと前までの知識よね」な~んて、ちょっと嫌な客になったりもする。 今の目標は、海外へ買い付けに行ってみること。 これはマジで憧れている。でも、あまり友人たちには話さない。 だって私、果物狩りが好きで、行こうかって友達誘うと「なんで~? どうせ食べ放題なんて言っても、そんなに食べられるわけもないし。その分のお金でお店で買えば、何倍もたくさん食べられるじゃん」なんていうような友達も少なくないんだもん。 まして宝石を安く買うためなんかに海外に行くっていうのは、なかなか理解してもらいがたい憧れでしょ? 交通費がかかってもいいの。 行くこと自体が楽しみなんだから。 な~んて言っても、誰も賛同してくれる気がしないんだ。 だからこれは、もうしばらく私だけの密かな楽しみに取っておくつもり。とりあえずネットなら、こっそり買い物してもいいし、見てるのも楽しいし。 でも実は、ちょっと足を運んでみたくなったネットショップもあるんだ。買えそうな、普通の値段のモノも見つかるし。 …と考えてるだけでも、私はかなり幸せな気分になれる。Pt『0.426ctパパラチアカラーサファイア/ダイヤモンド』ペンダント29,800 円ダイヤの輝き0.36ct デマントイドガーネット・ルース45,000 円Pt『0.84ctアクアマリン・サンタマリア・アフリカーナ/ダイヤモンド』ペンダント29,800 円イエロースファレライト0.40CT10,820 円 変色効果!Pt『アレキサンドライト/ダイヤモンド』リング69,800 円K18WGマンダリンガーネット3mmスタッドピアス 7,980 円 パライバトルマリンオーバルカットルース 10,000 円0.99ctレース模様の柄が優しい印象のペツォッタイト(ラズベリル)ボリュームリング90,000 円
2005.07.10
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浴衣を着てお祭りに行った。 夜のお祭りだったが、夕方には着いて場所を取った。初めてだったので、どこで見るのがいいのか、よく分からない。とりあえず他の観客が座っている辺りに陣取った。 ところがそこは、ちょっとした坂道の上。風の強い日で、舗装されていない傾斜の部分から、砂ぼこりが舞い上がる。露店はほこりっぽくて、食べ物を買う気にはなれない。 それでも私たちのいた場所は、何もしなければそんなに大した被害でもない。 時々特に強い風が吹くと、砂が気になる程度だった。 だけど。 私たちの前に座っていた家族連れ。両親は40代、息子は10代後半ってところだろうか。何だか知らないけど、土を掘って遊んでいる様子。 最初は急に飛んで来る大量の砂に驚いていたけれど、実は息子が掘っていた穴のせいだった。 「ちょっと、そこで砂を動かすと、後ろへ砂ぼこりが飛んで来るんだけど」 私がひと言、文句を言った。そしたら…。 「あのね~、こっちは2時からココで場所を取ってるんだよ。そっちが勝手に後から来たんじゃん」と、母親。 「お~、お前ら嫌だったら自分らが他へ行けばいい」と、父親。 そして父親は、しつこく私の連れにも絡みだした。 ああ、そういえば。 少し前に、その父親の後ろに車椅子のおばあさんがいて、父親と母親のタバコの煙に直撃されていたっけ。 そういう人たちなのだ。 周囲に気遣うような、そういうタイプの人たちじゃない。 でも。 私、間違ってないよ。砂ぼこりで、食べ物は台無し。他の客だって迷惑だ。 ああいう親の態度を見て、息子はどんなふうに感じているんだろう。 そして、私の連れも。「お前らがどこかに行け、な、そうだろ?」と言われて「はあ、そうですね…」だって。 大事にしたくなかったのかもしれないが、私にはとても気に入らなかった。彼のほうは心の中で私のことを「こんな奴らと関わるなよ~」と、思ってたかもしれないけど。 あ~あ、それでも、こんなに嫌な気分になるんだったら、関わらないほうが良かったのかな。周囲を危険に巻き込んでもいけないし。 だけどさ。私はそういうのって予想できなかったんだもん。当然「ああ、すみません」くらい言うと、思い込んでたから。あ~あ。
2005.07.09
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今の病気になってからというもの、大きな病院しか行ったことがなかった。 子供の頃は、近所の内科とか外科とか耳鼻科とか、そういう個人病院に行ってたのだけれど。そして大人になってからだって、眼科や歯科は、個人病院のほうが便利だから行っていた。 でも今は、ついでにいろんな診療科をはしごして済ませることができるのが便利だし、薬だって同じ薬局で全部を把握してくれていたほうが飲み合わせの心配も少ないので、まとめて大学病院にかかっている。 大学病院のとても大きな良い点が、もう1つある。 それは早くから「インフォームド・コンセント」が徹底されていたことだ。 以前は、医者というのは、とても威張った恐い存在だった。言われるがままに治療を受け、注射され、出された薬を黙って持ち帰って飲む。そうするしかない、そんな感じだった。 ところが大学病院に初めて行ってみたら、病気や治療や処方する薬について、とても丁寧に説明してくれる。そして私が質問をあれこれしても、嫌な顔せず、文句も言わず、きちんと応えてくれる。 本来はそれが当然だと思うけれど、そういう経験がなかったので、最初は驚いた。 ところが。 最近になって、個人でやっている皮膚科に行く機会があった。 大学病院は土曜日は救急外来しかやっていないので、専門の医師に診てもらうことができない。それに、うちからはちょっと遠い。 ま、これくらいの状態なら、近所の皮膚科に行ってみよう。本当は、薬局で薬を買うくらいで済ませようかと思うほどの、大したことなさそうな感じだったし。 でも、その決断は失敗だったようだ。 皮膚科はまあ空いていて、すぐに診察してもらえた。清潔だし、会計も早いし、悪くなかった。 だけど、肝心の診察が問題だった。医師はとても早口でしゃべり続け、私が質問する隙を見つけるのが本当に難しい。おまけに症状を訴えても、あまり聞いてくれない。 「原因はどっちでもいいんだけど」なんて簡単に言ってくれる。 患者としては、何だか適当に診察してるようで、ちょっと誠意を感じられない。だって私にとっては、原因が何だったのか、今後のために知っておきたいのに。 処方された薬も、帰宅後ネットで調べたら、血液に副作用がありそうな薬。私の本来の病気についても話したはずなのに、こんなの使っても大丈夫なの? あ~あ、やっぱりもう、近所の個人病院になんて行くもんか! もちろん良い病院、良い先生もいるとは思うけど、こんなハズレくじを引いてしまうと、何だか行く気がしなくなるんだ~。
2005.07.08
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今の日本では、結婚適齢期っていくつくらいなんだろう。 まあ、その人の置かれる環境にもよるだろうし、個人によって違いそうな気はする。 私は25歳で第1子を産みたいから、24歳には必ず結婚したいと思っていた。高校の保健体育の授業で「25歳で産んだ子供は、母子ともに1番良い時だから」などと習った、その部分だけを覚えていたためである。 けど現実的には、24歳なんて、まだまだ就職して仕事にも夢中、あちこち飛び回りたい頃だったし、結婚なんて考えられなかった。当時の彼氏が年上だったせいもあり、結婚話もあったのだけれど、ちっとも乗り気にはなれなかった。 私は20歳から家を出て、1人暮らしをしていた。だから、あまり被害?に遭ったことはない。 けれどいわゆる「結婚適齢期」と親が思うような、20代後半を過ぎた頃に、まだ実家で両親と同居していると「あんた、いつ結婚するの」「そろそろいい人はいないの」などの攻撃が始まるらしい。 30代になると「あ~あ、早く孫の顔が見たい」なんてパターンも加わったりして。女性だけじゃなく、独身男性も、親の攻撃に遭ったりするというから、最初は驚いた。 その家によって、攻撃パターンはいろいろ。 お見合い写真を次々持ってくる場合もあれば、ただひたすら休日の過ごし方をチェックされる場合もあるらしい。 それでもあまりにも恋愛の陰すら感じられないと、親は本当に心配する。そしてだんだんと年齢が上がると、特に娘に対しては気を遣って「結婚しないの?」なんて口にも出せなくなるらしい。で、ついにはあきらめて「ずっと家で暮らせば…」なんてことを言い始めるとか。 あ~あ、私は早くから家を出ておいてよかった。 たまに家に帰った時に、探りを入れられることはあっても、たいした攻撃じゃない。それをきっかけに親子ゲンカなんて経験は1度もない。
2005.07.07
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友「ねえ、万博行った?」 私「う~ん、行きたいんだけど、忙しくって」 友「え~、どうして? 何に忙しいの?」 私「だって、夏ってお祭りとか花火とか、いろんなイベントが毎週末あるじゃん。暑いから、避暑にも行きたいし」 友「そっか~、相変わらずだね。私はすっかり卒業って感じ。彼氏がいないと、そういう行事から遠ざかるんだよね~」 毎年、夏は必ず浴衣を着ることにしている。 花火にも行くし、お祭りも大好き。 私の場合は、彼氏がいなくても女友達や仲間と出かける。だけど彼女の言う通り、イベントにはカップルで行くのが1番かな。 ある日、シングルが4人、カップル2組でお祭りに出かけた。 そこへ遅れて来た1人が、新しい彼女を連れて現れた。まだ学生だという彼女は、とても可愛い。 付き合って数ヶ月の2人は、とても仲が良い。 あ~あ、独り者は皆きっと「良かったじゃん」って言いながら、心の中で指をくわえてたんじゃない? と、帰ってからメールが来た。メールの主も、同じ気持ちだったらしい。
2005.07.06
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青春18切符で2泊の旅に出たことがある。 帰りは最寄の駅まで、当時の彼氏に迎えに来てもらうことになっていた。 午後10時半くらいに駅に着いたのに、彼がいない。仕方がないので、もう1度電車に乗って、彼の家の近くの駅まで行ってみた。電話をしても、通じない。まだ彼も私も携帯を持ってなかった頃で、全然つかまらない。 あきらめて、また私の家の最寄の駅まで戻った。それは終電ではなかったけれど、もうすぐ日付も変わる。切符の有効期限は、スタンプを押した日付の間だけだった。 どうしても連絡が取れない彼に腹を立てていた私は、タクシーに乗らず、歩いて帰ることにした。「私に何かあったら、アンタのせいだからね!!」 40分くらいかかって、やっとアパートにたどり着いた。 その彼氏が迎えに来る約束を忘れたのは、その時だけじゃない。 私と友達が、約3週間の海外旅行を終えて帰って来た日。2人とも体調を崩し、特急が着いたら、そこからは車で家まで送ってもらえるのを支えに、何とか空港からタクシーと特急を乗り継いで帰って来た。 またローカル線に乗り換えるには、鉄道会社も違うし、駅構内も遠い。 あ~あ、でも、しかし。 彼はやっぱり忘れていた。 女友達の手前もあるし、すごくがっかりしたのを覚えている。 私はともかく、友人はとても不便なところに住んでいたので、電車を乗り継いで帰るのももう無理。彼の弟に電話して、何とか兄貴をつかまえてもらい、1時間半くらい遅れて彼が駅に迎えに来た。 何年ものつき合いの中で、たった2度。 でも、私にしてみれば、理解できない2度。どうしてそんな大事なことを忘れちゃうんだろうなあ。 他の面ではまあまあ誠実な人だったんだけど。
2005.07.05
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子供の頃からずっと太っていた友人がいる。 私と知り合ったのは大人になってからだけど、その頃も十分に太った印象だった。ところがいつの間にか、そこからまた10kgくらいは太ったんじゃないかな。過去の写真を見ると、まるで痩せてるかのように見えるから不思議。 おなかが弱いのに、太ってる友人もいる。 下痢気味の人って栄養の吸収が悪そうだから、痩せてるんじゃないかな。そんなイメージを持っていたけど、そうとは限らないらしい。 ゆで卵ダイエットやリンゴダイエットなど、いろいろ試してた友人がいる。 その時々には数キロダウンしたのかもしれないけれど、そういえば痩せてる彼女は想像できない。まあ、それは私も同じなんだけど。 ダイエット食品が発達しているアメリカには、ダイエットクッキーとかチョコレートとかがある。 ダイエット中ならば、そういうおやつ類は食べないほうがいい。特にダイエットコークなんて、不思議で仕方ない。 私にはもともとコーラを飲む習慣がないから、そう思っちゃうんだろうな。お茶かミネラルウォーターでも飲んでおけばって。でもいつもコーラ飲んで育ってきた人たちには、カロリーオフのコーラが必要なのか…。
2005.07.04
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彼女はいくつくらいだったかなあ。 多分、15歳か16歳くらい。ホームステイで2週間くらい日本に滞在している少女だった。もう間もなく帰国だという頃なのに、どうやらホームシックになってしまったらしい。 「ママに会いたい…」 ふ~ん。 そういう家族なんだなあ、きっと。 仲が良くて、互いに離れたこともあまりなかったのかな。 私が初めて1人でアメリカに行った時、ずいぶんたくさんの人に聞かれた。 「Do you miss your family?」 「Do you miss Japan?」などなど。 でも私は、1度もそんなふうに感じなかった。だってずっと行きたかったアメリカだったし、1ヵ月なんてあっという間だったし。 それに、当時の私には恋しくなるような家族もいなかった。とっくに親離れしていた私。もう兄弟とも一緒にくらさず、1人暮らしを楽しんでいた。 だから、その場所が日本であってもアメリカであっても、ほとんど私には変わりなかった。そこが外国であったほうが、エキサイティングで楽しくさえあった。 多分ね。 「ママに会いたい…」という感覚は、私には理解が難しいんだろうな。 もしも祖母が生きていたなら、私も初めてのホームステイで同じように「おばあちゃんに会いたい」なんて言ってたかもしれないけれど。 だけど1年くらい1人で海外生活をした時には「日本が恋しい」という感覚があったっけ。 日本にいる友達が亡くなったことを突然知らされたり、仲の良い妹からメールがきたり。そんな時に飛んで帰りたいくらい、ジャパンシックになったっけ。
2005.07.03
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ワニを食べたことがありますか? ダチョウは? カンガルーは? 蛙は? イルカは? 犬は? 他にはう~ん…。 私は上記の動物、ぜ~んぶ食べてみたことがある。 ワニやダチョウ、カンガルー、カエルなどは、日本の居酒屋で。イルカもある港の近くの町に行った時に、スーパーで売っていたので友達が珍しいからと買ってくれた。犬は中国に行った時、それとは知らずに食べてしまったのだけれど。 中国では犬を食べるらしい。 そう聞いたら、大半の外国人が「ペットにするような動物を食べるなんて、可哀相」などと反対する。中国人だって、広い広い国の国民みんなが食べるわけではないという。 オーストラリアでは、カンガルーが増え過ぎると「害獣」として食べるらしい。日本でもサルなどは、増え過ぎると食べる?と聞いている。 ところがそのオーストラリアは、日本のような捕鯨国を非難する。クジラを食べるなんて、可哀相だというのが理由なのか、本当は自国の牛肉を買わせるためなのか、よく知らないけれど。 日本人は「え~、カンガルーを食べちゃうなんて可哀相」というし。 どの動物なら食べてもよくて、どの動物はダメなのか? 宗教がらみなら却って理解しやすい気がするが、その他の理屈をつけて選ぼうとしても、何だか納得いかない。ましてや、それを理由に国同士がもめるのも、何だかおかしな感じ。 世界はとても広くて、たくさんの国々があり、さまざまな価値観も国の事情もあり、多様性を認めないのは難しい。
2005.07.02
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3ヵ月半くらい前のことだったかなあ。 口の中が化膿して、それがどんどんひどくなった。消毒しても治らないし、高熱も出るし、もう自力で治すのは無理だとあきらめて、病院に行った。 そうしたら「このまま放っておいたら、大変なことになるところでした」と言われた。命に関わるほど、やばかったらしい。 まあ、そもそも私の免疫力が低下し過ぎてるのが問題なんだけど。 しかしなあ。 いつ、どんなきっかけでどこかが化膿するか、さっぱり予想できないんだ。 例えば口の中をかんだりしたら、口内炎ができるから消毒する。睡眠不足にならないように気をつける。 でも前回は、口の中が急に化膿した。確かに過労気味だったかもしれない。けどそれ以外には何も思い当たることがなかった。 そして今回。 今度は指が化膿した。別に傷口があったわけでもない。 少しずつ腫れ上がって来たから、最初は虫にでも刺されたのかと思っていた。どんどん腫れがひどくなってくる。でもやっぱり、傷口もなければ虫に刺された覚えもない。 おかしい。とにかく腫れ上がって、何だか痛がゆい。 前みたいに抗生物質飲んでも、皮膚科に行ってもらった薬飲んでも、まだ治らないんだ~。 嫌な感じ。こんなんが原因で死んだりしたら、カッコ悪すぎるなあ。
2005.07.01
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