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英語は世界共通語。 それは、ある意味では正しいと思う。 だけど、外国人がみんな英語を話せると思うのは間違っている。日本人にも話せない人がたくさんいるように、南米の特にスペイン語圏の人たちは、英語をあまり話せない人も多い。またタイの人たちも、タイ語という自分たちだけの言語を話し、国内であまり英語を話す機会がないらしく、英語を話せない人が多い。 日本だって、若い世代は学校である程度は習うから少しはわかる。でも話す機会がなければ、話せるようにはならない。タイ人の置かれた環境も似たような感じらしい。 スペイン語圏の人たちは、世界中でスペイン語または似ているラテンの言葉、つまりポルトガル語やイタリア語などを話す人がたくさんいるから、あまり英語を話す必要がない。 だから大学の教育を受けた人たちには話せる人もたくさんいるけれど、それ以外は話せない人たちだって多い。 さて、本題。 日本で外国人に会った場合、どんな言葉で話しかけますか? 相手が中国人でも韓国人でも、スペイン語圏の人であっても、日本語がペラペラなアメリカ人やイギリス人であっても、日本人はつい英語で話しかけようとする人が多いと思う。 でも日本で暮らす外国人の場合は、日本語を勉強している場合も少なくない。まずは日本語で話しかけてみたらどうかなあ。 時には外国人が、片言の日本語で道を尋ねたり、はなしかけてきたりする機会に出くわすかもしれない。そんなとき英語が話せない日本人は、相手の言葉をしっかり聴こうともしないで、その場を離れることがある。 私はドイツやイタリアで道を尋ねたとき、母国語で丁寧に親切に道を教わったことが何度もある。 ドイツのおばさんは、英語しか話せない私に、ドイツ語で。イタリアでおじいさんは、イタリア語のわからない私に、ゆっくりと発音しながらやっぱりイタリア語で。みんな何とか教えようと、何度も繰り返したり、指をさしたり、紙に書いたりしながら教えてくれた。 日本人もそろそろ英語崇拝や英語コンプレックスを捨てられたらいいのに。
2005.04.30
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貧血がこんなにひどいんだから、いちいち「顔色が悪い」とかって言わないでくれるかなあ。そんなの自分でよ~くわかってるってば。 だから化粧をする時に濃い目のチークを入れてみたり、顔映りのいい明るい色の服を選んでみたりしてるんだから。 この顔色・この体力と、この性格のギャップを自分でも持て余しているんだからね。 小学校のときに、校長先生が朝礼で言っていたのをなぜか強烈に覚えている。「毎日、友達の顔を見るたびに『顔色が悪いね。どこか悪いんじゃないの?』って言い続けてごらんなさい。一週間もすれば、その子は病気になってしまうから」って。 その話の、一番言いたかった部分が何だったのかは思い出せない。聞いていなかったのかもしれない。 ただひたすら、誰かを言葉だけで病気にしてしまうときがあるってことが印象的な話だった。 自分がこんなひど~い貧血になって、あのときの話を思い出したのだ。 これからは私の顔を見たら「今日は調子が良さそうだね」って言ってくれないかなあ。どんなにフラフラで、立っているのさえ辛そうな様子で歩いていても。
2005.04.29
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演歌なんかじゃ、人生をよく旅にたとえる。 私は、人生はギャンブルだ~!なんて本気で思いながら、堅実じゃない人生を歩いていたりする。 でも、一生自分1人だけで歩き続けるには、さすがに長すぎる時間である。 やっぱりその長い旅には道連れがいたほうが、私はいいなぁ。 すごく気に入った景色を見つけたら、ぼ~っとしながら隣に座っていてくれたり。美味しいモノを一緒に探しながら、食べ歩いたり。 疲れた~って立ち止まったら、荷物を持ってくれる人がいいかな。 日記を書くよりももっと確かに、2人で歴史を刻んで行くような生き方をしたい。 何もかも自分の思い通りに進んで行っても、誰にも文句を言われない人生は、そりゃあ自由でいい。だけど、どきどき思い通りにならないことがあるとしても、いや、ほとんど思い通りにならないのだとしても、誰かと一緒に人生を歩くことにはそれなりの意義があるのだと思うから。 う~ん、それでもやっぱり私は、自分の思い通りの人生を生きたいなあ。 同じ方向を見ながら、一緒に考えながら生きていけるパートナーがいいな。いくつになっても、一緒に年を重ねていくことに喜びを感じるような、そんな人生を歩きたいと思う。長旅の疲れをさほど感じることなく、思い出が増えるのを楽しむことができるような人生がいい。
2005.04.28
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久しぶりにピアノを弾いた。 子供の頃に長い間習っていたのだけれど、もうず~っとさわっていなかった。 自分の内面を見せることは、あまりない子供だった気がする。 両親にも、多分友達にも。本当の気持ちを話す場所はどこにあったのか、思い出せない。なかったのかもしれない。 嬉しいとき、楽しい曲を弾きながらピアノに向かっていた。そして泣きたい気分のときも、思い切り悲しい曲を弾きながら、ピアノに向かって声を出さずに泣いていた。そんな子供だった。 大人の私しか知らない人には、想像もつかないだろう。 子供の私を知っている人も、きっと明るく元気な私しか知らないんだろうな。 私は、そんなに単純に純粋に、無邪気に素直に、子供らしく育ったような子供じゃなかった。 突然ピアノを弾いてみようと思ったのは、やっぱり気分が沈んでいたからなんだなあ。 大人の私は、冷静に、ちょっと客観的に、そんなことを考えながらピアノに向かっていた。
2005.04.27
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何歳で初恋を経験するか、にもよると思う。 でもよく聞く「初恋の人とは結婚できない」っていう言い伝え?は、まあ当然かもしれない。 ちなみに私の場合、初恋は4歳くらいかな。 当時から面食いだった私は、一目惚れをした。そして母に、彼と結婚したいって話していたそうだ。 その恋は実り、半年後に彼がとても幼いラブレターをくれた。それが私の初めてもらった男の子からの手紙だった。 でも1年半もして、私が遠くへ引っ越すことになった。それで、さよなら。 小学校6年生で偶然再会して、しばらくはまた復活?していたけれど、やっぱり遠距離は無理で自然消滅。 それから私はいくつの恋をしたのだろう。おませさんだった私は、小学生の時だって何人かを好きになった。中学から高校はずっと1人の人を好きで、その後はまたいろいろな出会いを経て現在に。 う~ん、初恋の人が今どこで何をしてるか、どんな日々を送っているかなんてぜ~んぜん知らない。 もしも初恋が10代後半くらいだったなら、それはもしかしたら、大人になって結婚するまで続いたかもしれないなあ。さすがに4歳からず~っと、ってのは無理みたい。 私の周りにはいないけど、世の中には初恋の人と結婚した人もいるんだろうな。 それが一番幸せなことなのかどうかはわからないけど、すごくロマンティックな感じはする。そんな人の話、聞いてみたいなあ。
2005.04.26
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誕生日のパーティーをした。 今回の主役は2人。1人は87歳、もう1人は93歳のお祝いだった。 自分が87歳になったことさえ、もう数えてないっていうキミさん。 息子の家に遊びに行ったことも、さっき注文したメニューでさえも、彼女はすぐに忘れてしまう。だから年をとるのが嫌だという理由で、自分の年齢を忘れているわけじゃないと思う。だって、生年月日はしっかり覚えているのだから。 「あらあ、私はもうそんな年になるの?」って自分で驚いてる。 ホントいろんなことをすぐに忘れちゃうくせに、素敵な恋の思い出は、何度も何度も話して聞かせてくれるキミさんが私は大好き。私もそんな素敵な恋をして、いつか可愛らしいおばあちゃんになって、誇らしげに語ってみたい。 20歳になる時、私はすごく嫌だった。ず~っと「少女A」のまま、責任のない子供でいたいと、なぜか強く思っていた。 もちろん実際に20歳を過ぎてみれば、そんなことはどうってことなかった。別に犯罪を起こすわけじゃないし、実名報道される年齢になったことが嫌というよりも、大人になったことのほうが自由になった気分で悪くなかった。 40代や50代の女性の友達と話していると、もう誕生日は嬉しくないという。30代くらいから徐々に嬉しくなくなると言っていた。 それじゃ、87歳や93歳の誕生日は、嬉しいものなのかなあ。 だってもうすぐ100歳!って思うと、毎年心待ちにしそう。 いくつになれば、再び誕生日が嬉しくなるものなのか、それを今、微妙な年齢の人たちにさりげなくリサーチしている。もちろん、女性限定で。 私自身はといえば、誕生日を覚えていて、祝ってくれる人が遠くにいてくれる限り嬉しいかな。身近な家族や彼氏や友達なんかは、覚えていてくれる。だけどめったに会わない、遠くにいる友達や久々の懐かしい友達が「今日って誕生日だよね、おめでとう!」とメールやカードくれたりすると、ああ、誕生日っていいなと嬉しくなる。
2005.04.25
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私たちの世代の日本人は、どれくらい中国のことを知っているのだろう。 3月に、知り合いが何人か上海へ観光旅行に出かけた。まだ反日デモがあちこちで起きる前のことである。 私も上海や北京などには、短い時間だけれど行ったことがある。料理は美味しかったし、買い物も楽しんだし、中国語を話してみたい私としては、1度暮らしてみたい国でもある。 漢方薬や東洋医学についても興味があるし、太極拳もやりたい。本場で中国野菜や調味料を買って、自分で料理するのも楽しそうだ。 そして私には、とても仲の良い中国人の友人も何人かいる。家族ぐるみのお付き合いである。 実は密かにCDやテレビの講座を聴きながら、言葉も勉強してみた。 ああ、それなのに。 考えてみれば、私はあまりにも中国のことを知らなすぎる。反日デモの様子をテレビで観ながら、それを痛感した。 中国の社会主義思想、戦争時の日本との関係、歴史の残した傷跡、今でも強い反日感情。そういったことに関しては、まったくというほど、何も知らない。 他のことはともかく、戦争については、私はもっと正確なことを詳しく知りたいと思う。 小学生の頃から、歴史の授業は全然好きじゃなかったし、興味も持てなかった。それは教えた教師にも、教わった私のほうにも問題があったのかもしれない。 けれどそういう次元ではなく、戦争というものについては、世界中の人がもっともっと平和に幸せに暮らすために、世界中の学校できちんと教えるべきことに違いない。 自分の国の受けた被害、自分の国が他国にもたらした深い傷、戦争時に受けていた思想教育、戦争を体験した人たちの気持ちや当時の生活の実状など、そういうすべてを正確に語り継いで行くことは、戦争を遠い過去に封じ込めることよりずっと平和に役立つんじゃないかなあ。 私には同居していた祖母がいて、いろんな話をたくさん聞いて育った。 大人になってからも、戦争を経験した同世代の外国人の友人たちから、体験談を聞く機会に恵まれた。 そういう機会がもっともっと多くの子供たち、戦争を知らない世代の私たちに与えられますように。
2005.04.24
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子供の頃からずっと、なぜか、どうしても原爆ドームに行かなければならないと思ってきた。多分理由は「日本人なんだから、自分の目で見なければならない」と感じたからなのだろう。小学生の頃から、ず~っとそんなふうに思ってきた気がする。 それでも実際に原爆ドームに初めて行ったのは、大人になってからだった。 女友達とのドライブ旅行で、広島にも立ち寄った。その時に初めて、とても複雑な気持ちでドームと対面した。 外国人観光客も、少しいた。「アメリカ人には、特に訪れてほしい」そう感じたのを覚えている。 どんなふうに感じるのだろう。 ちなみに私は、ワシントンに行って「航空博物館」を訪れた経験がある。そこにはB29の戦闘機が展示されていた。 そしてTVモニターで、当時の?様子が流れていたのだった。 その時に感じたのは「日本人とアメリカ人とでは、原爆投下という1つの出来事に関して、こんなにも受け止め方が違うんだなあ」ということだった。 原爆ドームに行ったことがないなら、日本人も外国人も、ぜひ行ってみて下さい。 今現在でも世界のあちこちの地域で戦争は続いている。それがどんなに悲惨なことなのか、真剣に考えるきっかけになるといいなと思います。
2005.04.23
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うちは、兄弟の結束が強い。 というか、親に何かを相談するということはあまりなく、自分で何とかしようと生きて来た。金銭的にも、精神的にも、あまり親に頼らないように、自分か兄弟間だけで助け合って生きて来た気がする。 どうしてかなあ。 とにかく「親に負担をかけてはいけない」「親に心配はかけない」という気持ちが強かった。それはうちが貧しかったということではなくて(決して裕福でもなかったけれど)、兄弟そろって独立心が強かったのだ。 だからその分「親になんか助けてもらわなくても、自分で何とかしたい」なんてとこまで、頑張り過ぎがエスカレートして生きて来たのかもしれない。あまり他人の家族と比べたことがないから、その辺はよくわからない。 ま、親にしてみれば、もっと親を頼ってほしい、なんて思ったかもしれない。 頼られないことを寂しいと感じたこともあったかもしれない。 だけど私は、やっぱり「自分で生きていける力」を持つように育ててもらって良かったと思っている。 私の友達には「自分のお金で車検なんて通したことがない」とか「家は親が建ててくれるもの」とか信じてる女性だっている。きっと私は、それが男性だったら、絶対に結婚相手に選ばないだろうけど。ああ、でもそれならそれで「ラッキー」とか思うのかな。う~ん、無理かも。そういう相手とたくましい私とでは、きっと価値観が合わないもんなあ。
2005.04.22
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「人前でも上手に話す方法」という内容の本や、話し方教室などというものを最近あちこちで見かける。みんな、話し上手になりたいのかなあ。 私は「口から生まれてきた」ような、おしゃべり好きだ。だから話すことに関して、あまり悩んだこともない。 話し上手になりたいって人の気持ちも、あまり理解できないのかもしれない。上手じゃなくても、思ったことをちゃんと言葉で表現する、誠意を持って話す、それが大事じゃない?なんて考えてしまう。 でも本気で口下手や無口を悩んでいる方にとっては、深刻な悩みなんだろうなあ。 それなら、私は別のことを勧める。 話し上手を目指すのもいいけど、まずは「聞き上手」になってみてはいかが? 無口な人が、必ずしも聞き上手とは限らない。 確かに会話してる時、どちらかがおしゃべりで、もう一方が無口な場合、話し手と聞き手は自然と決まってしまう。ような気がする。 でも本当は、無口だからといって、ただ黙って聞いている人が良い聞き役ではないのだ。 聞き上手な人は、相槌のバリエーションを持っている。「うん」「そっか」「へ~」「わかる、わかる」「そりゃ、大変だったね」「え~」「ほんとに?」「信じられない」などなど。そして、それを相手に返すタイミングも絶妙である。 だけど大事なことは、そういう受身の相槌だけでは、話し手は気分良く話せないのだ。 そこでポイントは「それで?」「それって、どういうこと?」「え~、それじゃ、だまされたってこと?」などと、話し手に答えさせるような質問をはさむことがコツなのだ。 そうすると話し手は、聞き手がちゃんと聞いてくれていると感じて、どんどん話す。それはもう、ノリノリで。 そんなに単純なことじゃない、なんて言う前に、まずはお試しあれ。 聞き上手になることは、おしゃべりな人にとっても時には必要。その一番基本の第一歩、私も教えたい人がいるなあ。
2005.04.21
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久しぶりに、子供の頃の友人に会った。 彼女と会うのは、もう10年ぶりくらいかもしれない。近くに住んでるわけじゃないので、偶然会うなんてこともなく、ごくごくたま~に電話で話すか、年賀状のやり取りをするか。そんなまま時間が過ぎていた。 久々の女友達と会うのは、緊張する。 だって互いの記憶に残っているのは、はるか遠い過去の姿。10年も経ったら、見た目だって変わってるに違いない。 私の場合、相手がどう変わっているかにはほとんど興味がなくて、それより自分がどんな印象を与えるのか、それを想像して緊張するのだ。 ま、実際に外見は互いに変わった。 けど、そんなことよりも懐かしくて、ただひたすらおしゃべりを続ける私たち。共通の友達の近況、仕事の話、恋愛の話、それから互いの家族の話。 そしたら知らないうちに、彼女のお父さんが病気になっていた。 名前だけは聞いたことがある「パーキンソン病」。脳からの指令と筋肉の動きのバランスが崩れてしまう病気だという。 私も会ったことがあるんだ。 背が高くて、立派な印象のお父さんだった。PTAの会長さんとかしてたからかなあ。 電話で話したこともあったっけ。 そんな病気では、自由に出歩くこともかなわなくなっているのだろう。何だか、他人事のような気がしない。 だって、もう一生幸せな人生が待ってるような家族だった。ホント、大袈裟じゃなくて、そんな感じがしたの。まさか自分が病気になるなんて、考えたこともないんじゃないかなって感じ。 ああ、そっか。考えてみれば、私も同じ。 一番タフにスポーツしてて、明るく元気な、悩みの1つもないようなヤツ。そんな印象で見られてたんだろうな。とっくに忘れていたけれど。
2005.04.20
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とても好きになって、同じ時間を過ごして、人生を一緒に歩く決心をする。 そんなふうに結婚する人たちばかりじゃないんだろうな、とは分かってる。 結婚って「夢」より「現実」の部分が多いから難しいかもしれないけど、せめて恋愛はもう少し余裕があってもいいんじゃないかな。 もっと優しく幸せに、みんなが楽しい時間を過ごせればいいのに。 恋は、いつかは冷めるっていうけど、それでも憎みあわなくてもいいじゃん。 一度は心から好きだと思った相手のこと、もう全然優しい気持ちで思いやることができなくなっちゃうものなのかなあ。そうしたら、自分が選んだ相手なのに、寂しいよね。自分が選んだ相手だからこそ、かな。 だから私は、嫌いになった彼氏や夫の悪口を、女友達に聞かされるのが大嫌い。 聞いていて、とても辛くなるから。 ごく普通に、まあまあうまくやってるカップルの場合は、どんな愚痴も悪口も可愛げがある。何を言っても、その奥には好きっていう優しい気持ちがあるから。せめて、嫌いじゃないっていう、救いがあるから。 優しい気持ちが持てなくなるくらいなら、遠く離れてしまいたい。私なら、そう思う。 切ない恋をしても、そこにはちゃんと、自分なりの幸せがあるといい。優しい気持ちをなくさずに、ちゃんと伝えられる恋がいい…。
2005.04.19
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温泉の湧く町で、足湯めぐりをした時のこと。 あちこちに数ヶ所ある足湯のひとつを見つけだのだけれど、先客が5人ほどいて、座れそうかどうか微妙な感じ。1人のおばちゃんが私たちを見つけて「こっち来て入りな」って声をかけてくれた。「は~い、どうもありがとう」「ほら、お兄さんも」 彼は恥ずかしがって、まだ迷ってるみたい。「もう私らみたいなおばちゃんたちに囲まれたって、何も恥ずかしがることはないわ」 結局は、彼も一緒に入ることになった。「あんたら、どこから来たん? 私らは、ここから30分ほどのとこから」 そんな会話を交わしながらも、すそが濡れそうとか、こっちに座ったほうが熱くないとか、板を濡らすと後で困るから気をつけてとか、あれこれ世話を焼いてくれる。 タオルさえ持たずにやってきた私たちに、最後にはティッシュまで差し出してくれる。「これ、使わないから、持っていき」 まったく。ホントにありがとう、おばちゃんたち。 彼女たちが「それじゃ、気をつけてお帰り」と、先に立ち去った後、彼がポツリと言った。「みんな、家にだんなさんを置いて来てるんだよね…」 ま、そんなん、いいやん。 私は元気なおばちゃんたちが大好きです。
2005.04.18
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結婚適齢期になって、兄弟もみんな独立して、自分と両親だけで暮らしている友達が何人かいる。 何かにつけて「まだ結婚しないの?」「誰かいい人はいないの?」「このままずっと結婚しないつもり?」などなど、男女問わず、両親に言われ続けているらしい。それが嫌で嫌で、しょっちゅう愚痴をこぼしている。 それならば。 さっさと家を出て、一人暮らしをしてみることをお勧めしたい。 ず~っと、じゃなくてもいい。でも一度くらいは、一人暮らしを経験してみたほうが絶対にいい!と私は思う。強く、思う。 まずは、親のありがたみが分かる。 食事の支度にしても、洗濯にしても、自然に出来上がるものではない。誰かが(まあ、たいていは母親が)自分のためにしてくれていたのだということが、本当にありがたく思える。 私は洗濯も料理も嫌いじゃないけれど、それでもやっぱり、誰かが無料でいつもしてくれるっていうならば、迷わずお願いしたい。気が向いた時だけ自分でやる、そんな程度が理想的だ。 一人暮らしだったら、自分でやるしかない。 それから、生活力がつく。 つまり、お金の価値というか、生活のどんなことにどれくらいのお金がかかるかが実感としてわかる。 一人暮らしは甘くない。 部屋を借りる時、礼金や敷金がかかる。毎月の家賃も、電気・ガス・水道・電話などの光熱費も全部自分で払わなければならない。もちろん食材だって、自分で買いに行って、自分で払わなければ。 ティッシュや洗剤やサランラップやゴミ袋、とにかく今まで自分で買ったことがなかった日用品のあれこれだって、なくなりそうになったら、自分で補充する必要がある。 親と暮らすのがうっとうしいとか、うるさく言われるのが嫌だとか、そんなことを言ってるなら、お試しあれ。 一人暮らしは、自由がいっぱい。 でもお金もかかるし、何でも自分でしなきゃいけないし、退屈でもだ~れも話し相手になってくれない。 だけど私は、結婚するなら絶対に、一人暮らしをしたことのある人を選ぶって決めてて。なぜなら、な~んにも自分でできないような男性は何だか一人前じゃないみたいだし、家事の大変さもわかる人のほうが、ありがたみを感じてくれそうでしょ。
2005.04.17
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露天風呂しかない温泉に行った。 そこは混浴ではなくて、ちゃんと男女別になっている。 食事をしたら、無料で乳青色の温泉に入れるっていうから行ってみた。 ずいぶん急な坂をどんどん上ったところに、駐車場がある。たくさん停められるんだけれど、客がもっともっと多いので、スペースが狭い。 食堂って感じの大きな和室があって「お風呂に入ってから、お食事をどうぞ」って言われたので、まずは外へ出る。少し急な階段を上がると、男女別の露天風呂を示す看板がある。そこから左右に分かれた道を進んで行くと、ずいぶん見晴らしの良い露天風呂が突然現れた。 服を着たまま、その横を通り過ぎる。 お風呂の周りにはシャワーも蛇口もない。ただ洗面器とイスだけは置いてあって、何人かがそこで髪や身体を洗っている。 そして、扉もない小さな小屋が脱衣場になっている。あとは同じような小屋がもう1つ、それはサウナみたい。 何だかどうも落ち着かないんだけど、とりあえず服を脱いで露天風呂へ。 え~、何だか遠くの夜景まで見えそうな眺望。夜ならいいけど、昼間に入るのはちょっと恥ずかしい感じ。もちろん町からこっちが見えるわけじゃないだろうけど。 あれ~、さっき歩いてきた道の向こうは、男女別を示した看板があったとこ。あの道をこっちに歩いてくる人たちには、露天風呂の様子が丸見えだから違和感があったんだ~。 そりゃ、確かに道がカーブしてるから、男性が通る看板までは見えないはず。 でも、見えそうって気がしちゃうんだよね。 お湯は悪くないし、景色もいいんだけど、完全な露天だから葉っぱや虫が浮いてることと見えそうなことが気になるなあ。 な~んて思いながら、温泉につかっていた。 そこへ3人の若い女性たち。それが、いつまでも脱衣場にいて、なかなか入って来ない。どうしたのかなあ。 やっと裸で現れた3人は、それでも戸惑っている。見かねたおばさんが、洗面器を渡す。別の親子が、石鹸とタオルを貸してあげる。彼女たちの話してた言葉が、日本語じゃなかったから。 あとで聞いたら、韓国からの留学生だった。 韓国にも温泉はあるし、ほんの少しは露天風呂もある。でもたいていは建物の中にある温泉で、こんなふうに自然に囲まれた(というか、ほとんど自然のまま、シャワーも何にもないなんて!)露天風呂は、ものすご~いカルチャーショックだったそうだ。 ま、あれは私にとっても、何だかドキドキしちゃうくらいの露天風呂だったから、無理もない。
2005.04.16
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いろんな決断をする時、私は見かけによらず、かなり迷う。 母は私のことを「行き当たりばったりで、進んで行く」と思ってるけど。 周囲からは「決断力があるタイプ」なんて見られがちだけど、それは、そこまでに自分自身の中ではじっくりと考えて結論を出しているのだと思う。確かに、瞬時の決断を迫られる時には、自分の直感を信じて決めたりもするけれど。 例えば、選択を迫られる時。 自分でじっくり考えて、納得の末に選んだのであれば、後になって後悔することもない。その選択がたとえ間違っていたとしても、その選択をした時点の自分の気持ちを大事にしたいと思うから。 瞬時に下した結論は、時として揺らぐこともある。だけど決断したら、それが良い結果につながるように、その先にあるものを方向修正していくことも時には必要じゃないかな。そうしていけば、後悔なんてそんなには感じずにいられる。 だから、自分の選択や決断を自分で後悔するってことは、めったにない。 それなのに。 最近、気がついてしまった。 誰かに、私と過ごした時間を後悔される、私と下した決断を後悔される、なんて場合もあるのだ。 私自身がどんなに潔く生きていきたいと思っていたとしても、誰かと関わって生きていくってことは、誰かに「後悔される」こともあるんだ。そんなこと、今まで全然経験もなかったし、知らなかったなあ。 わ~、それはキツイなあ。 だって他人の心の中までは、私には変えることができないんだし。人生って、キビシイ。
2005.04.15
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自分の人生は、自分らしく生きていきたい。 誰を人生のパートナーに選び、どんな人生を生きようと、私には私の人生がある。その中でも自分らしさを大事にできるような、そんな生き方をしたい、と、ずっと思ってきた。 でも…。 私の年上の友人、っていうか、大先輩?が言った。「私は主人と62年間連れ添って来たんですよ」 彼女のご主人は90歳、彼女は85歳くらいだったかな。私の生きて来た時間よりもずっと長く、彼女たちには「2人の人生」がある。そしてそれは、これからもまだ続いていく。 わ~、すごいことだなあ。 私はそんなふうに、長い長い「2人の人生」を歩き続けていけるのだろうか。 彼女は、その人生の中に「自分の人生」をどんなふうに重ねて来たんだろう。 彼女は私よりも少し背が高い。あの世代の人の中では、かなり高いほうなんじゃないかな。少し曲がった腰。足が悪いから、杖をついて歩く。 それでも今も現役で台所に立ち、毎日2人分の食事を作る。パンとコーヒーや牛乳だけの朝食を続けている私に「貴女、あと10分早く起きなさい。フライパンでソーセージを炒めて、玉子を割ったらふたをして火を止める。そしてパンをトーストしながら、レタスとキュウリとトマトのサラダを作っているうちに全部出来上がるわよ」と、アドバイスする。 ご主人は彼女より元気で、自分のことは自分でしているという。 幸せな「2人の人生」の話を聞くのは大好きだ。 私にはこの先どんな人生があるのかわかんないけど、誰かと歩く人生が、自分らしくもあり、でも自分ひとりで生きるより幸せだったと思えたら、素敵な80代を迎えられるんだろう。
2005.04.14
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もう何年前のことになるのだろう。 それは私にとって、初めて聞く病名だった。周囲に同じ病気の人はいなかったし、テレビドラマやニュースでも聞いたことがなかった「もやもや病」という病気。 その時から今までだって、他に同じ病名を聞いたのは、芸能人がその病気だと報道された時に1回だけ。だからず~っと忘れていた。 脳の血管がつまって、そのかわりに他の血管から細い血管が枝分かれして広がっていく病気、って聞いたけど。ネットで調べてみても、あまり理解できなかった。 彼は今頃どこで、どんなふうに生きているのだろう。 中学時代からずっと、サッカーをしていた人だった。若くしてその病気を発病して、就職してた会社はどうなったんだろう? あれから体調はどうなのかな。 もう結婚してもいい年齢になっているはずだけれど、元気にしているのだろうか。 彼の家族や兄弟がとても心配していた。結婚は、無理かもしれないって。 でも、ず~っと体調が悪いまま悪化する病気でもなさそうだから、元気で社会復帰していれば、今頃は家族を持っているかもしれない。子供だっていたりして。 急に思い出したのは、先日ドライブの帰りに偶然彼の家の近くを通ったから。 長男だったから、今も実家に住んでいるのかなあ。 久しぶりに、連絡とってみようかなあ。
2005.04.13
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「旅に出る前に、あれこれ計画を立てている時が一番楽しい」そんなことを言う友人が何人かいる。 きっとそう感じる人も世の中にはいっぱいいるんだろうな。 でも。 私はダメなんだ~。まだ旅行の計画を立てる前に、何となくガイドブックを眺めながら「あ~、こんなとこに行ってみたいなあ」って段階はまあいい。でも旅行を予約してから、中身をあれこれガイドブック見ながら計画するのって面倒くさい。 半分くらいは行き当たりばったりで、気に入った場所にはゆっくり滞在して楽しむ。その結果として、行けなくなる場所があるのは仕方ない。 ま、いいか。また次回。いつか行けばいいや。 私はそんな性格なのだ。 あまり計画を綿密に立てるのも、計画通り時間に追われて動くのも、どうも性に合わないのである。 だから私と一緒に旅行に行くのなら、勝手にガイドブック見て、好きな計画を立ててくれていいから、私にまでそれを強要しないでくれないかなあ。「もう!全然相談に乗ってくれないじゃん」とか言われるのって、冷めるんだよね。もう面倒だから行かない!って、思わず言いたくなる。
2005.04.12
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すっごいこと言うなあって思ったけど。 でもやっぱり、そういうものなのかなあ。 初めて結婚式に招待してくれた友人。つまり仲間の中で、一番乗りで結婚した彼女。自営業の家に嫁ぎ、相手は田舎の長男、おまけに同居の小姑が2人もついてきた。 頑張り屋の彼女は、家の仕事を手伝いながら頑張っていたけれど、家族がず~っと四六時中顔を突き合わせているのは、やっぱりキツイ。彼女は他人の中へ嫁いだのだから、当然息苦しい。でも他の家族だって、ず~っと一緒ってのはどんな感じなんだろう? ・・・などと想像しているうちに、彼女は離婚してしまった。 我慢強い彼女が離婚を決意したのだから、いろんな思いがあったのだろう。 再婚した相手とは、共働きの生活を始めた。もちろん互いに外に出て働く会社員として。 出産して、育児に専念するようになった彼女は「やっぱり、亭主元気で留守がいいわ」と言ってるけど、ふ~ん、そういうのは冷めてるってわけじゃなくて、世の中の奥様共通の意見なのかなあ。
2005.04.11
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降り始めたばかりの雨には、匂いがある。と、私はずっと思ってきた。 それは、湿ったアスファルトの匂い。例えば目が見えなかったとしても、その匂いをかげば、雨が降り出したことがわかる。 それと同じように、緑にも匂いがあると思う。 新緑の匂いとか、果てしなく広がる草原の匂いとか。そういうのではない。 生まれ変わる空気の匂い。森や林の中を通り過ぎる時、それが朝だったり、夜だったり、雨上がりだったりすると、緑の匂いがする。 杉やヒノキの匂いともちょっと違う。白樺の匂いでもない。 光合成で生まれ変わった、新しい空気の匂いなのである。 太陽の匂いは、キレイに干し上がった?布団や洗濯物の匂い。 だから私は、乾燥機で乾かした衣類は好きではない。 梅雨の季節や旅先や、急いでいる時には仕方がなくても、やっぱりお日様の匂いがする洗濯物が好き。
2005.04.10
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3月に入ったくらいからだったっけ。 日本の天気予報では、桜の開花予報が発表される。そして来る日も来る日も、桜の咲く日を天気と一緒に予想する。 私たちにとってはごく自然なことで、すっかり慣れ親しんだことなのだけれど、日本に住む外国人にしてみると、それはずいぶん不思議なことらしい。大学の授業でも留学生たちが、開花予報の話をした教授の話を、日本人は何ておかしいんだと言って大笑いしたというコラムを読んだことがある。 日本人にとって桜への特別な思いは、多分外国人には理解できないだろう、と私は思っている。理解されないことが、何だか日本人らしい特別なことのようで、悪くない気分だったりもする。 たくさん仲の良い外国人の友達がいるけれど、これだけは分かち合えない、正直言ってしまえば、分かち合いたくない、私の中の唯一の偏見かもしれない。 生まれた時から、春にはいつもいたる所に桜が咲き乱れ、老若男女すべての人が思う存分その桜を愛で、楽しむ。寒い冬には桜の季節を心待ちにし、春の行事には桜に見守られて、パッと咲き潔く散る花に心癒される春を繰り返す。 そうやって自然に培われた特別な気持ちを、そんなに簡単に理解されてたまるか?!な~んて思ってしまうのだった。
2005.04.09
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10代の頃「彼氏とのデートで食べないほうがいいもの」と友達の間で言われていたのが、カレーうどんだった。 麺を食べる時、黄色い汁が飛び散って、着ているシャツにシミができる。そのシミは洗っても落ちにくくて、カッコ悪い。 その上、口の回りが汚れたり、食べる姿が美しくなかったり、相手のほうにまで汁を飛ばしてしまったり。とてもデートで食べるにふさわしいとは思えない。 まあ、スパゲティ・ミートソースだって同じようなもんだけど。 それから、ケーキを食べる時には、ミルフィーユは避けること。 見た目にはイチゴが何層もはさんであるパイって可愛らしく見えるし、実際に味も結構好きなんだけど、食べようとすると一気に気分が沈む。というか、焦る。 だってあれを美しく食べるのは不可能に近い。 最初にフォークを入れた途端に、一番上のパイが割れる。切れることはあり得ない。そしてあっという間に、全体が崩れる。カスタードクリームとイチゴとパイ生地が、とても汚くお皿に広がっていく。 だからどんなにミルフィーユが好きでも、デートの時には食べられなかった。あれは、女友達と一緒にしか食べないと決めていた。 な~んてことを思っていた、ということすら、すっかり忘れていた。 それが最近になって、10代の友人が「彼氏とデートの時には、絶対にパフェなんて食べられないよ」って言ったのを聞いて、ふと思い出したのだった。 あ~あ、いつからかなあ。 平気でカレーうどんもミルフィーユも食べられるようになったのは。
2005.04.08
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どっちが辛いのかなあ。 命の宣告を受けるくらい深刻な病気になることと、精神的に追い詰められて心のどこかが壊れてしまうこと。 身体の病気が痛かったり苦しかったり、死ぬ時が近づいて怖かったり。そんな時は、心も参ってしまうこともあるみたい。それに、心がすご~く苦しくなり過ぎると、身体だけ健康ではいられなくなる。 やっぱり、心と身体はつながっているんだなあって。 私は、いつもはとても元気でいられる。 いくら「不治の病」とか言われても、私は入院もたいした治療もしたことがない。輸血だって未経験だし。だから、健康なふりをして暮らしてる。もしかしたら普通の人よりも、心はいっぱい元気かもしれない。 だけど少しでもどこかの調子が悪くなると、一気に弱気になる。 わ~、病気が悪化してるのかも。このまま死ぬかも。 そんなふうに不安になると、どんどん病人の気分になる。 今までそんな気分から、何度も何度も気力ではい上がったんだけれど。 心身ともに健康に。 またいつか、そんな日が来るのかなあ。不治ってことは、治らないってことなのか、やっぱり。ま、考えてみたところで仕方ないか。寝ようっと。
2005.04.07
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イタリアに留学した知り合いがいた。 彼女が出発する前日、お母さんは彼女の好きな物をたくさん食卓に並べてくれて、彼女もホロリとしながら翌朝を迎えたという。 いつもいつも「貴女はいくつになっても、何にも自分でしっかりとできないから」と言っている彼女のお母さんは、きっと心配でたまらなかったことだろう。家族でしんみりと空港で別れたらしい。 私が長期アメリカへ発つ前日。 うちの食卓は、ごくごく普通の食事だった。母は仕事もあったし。 そして私はといえば、食事の後は家族団欒する間もなく2階に上がって、一人でごそごそパッキング。ほとんどな~んにも準備してなかったから、いろんなことしてたら、あっという間に午前0時を回っていた。 1階で寝てる両親は、さぞうるさかったことだろう。 隣りの部屋の妹だって、本当は迷惑だったと思う。やっと終わったのは午前2時。 だけど出かける前日だし、まあ、いつものことだから、家族は誰も文句の1つも言わなかった。 私には、ごちそうを並べて送り出してくれる家族はいない。 でもその代わりに、子供にあれこれ干渉しないでそれなりに信用し、世間の荒波にもまれる姿を応援してくれる家族がいる。 私はごちそうを並べてくれる家族より、見守ってくれる家族でいい。うちの芝生も、まあそれなりに青いのだった。
2005.04.06
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20歳になれば、選挙権もあるし、堂々とお酒も飲める。少女Aでもなくなり、実名報道される。親の賛成がなくても結婚はできるし、成人式で大人として迎えられる。 だけど。 本当に「大人」になるということは、そんなことじゃない。 年齢だけで、簡単に大人になれるわけじゃないのだ。 大人になることは、もっと厳しい。 私は20歳になるのが、すごく嫌だったし怖かった。でもなってしまえば、なんてことはない。昨日までとあまり変わりない日々が待っていただけだった。 でも、それだけじゃ大人になったことにはならない。 少しずつ、そう思い知らされながら、今に至っていると感じている。 私にとって「大人になる」ということは「自分の人生に責任を持つ」ということ。 自分に起こる出来事を誰かのせいにしない。自分で選び取りながら進んで行く人生を、自分できちんと引き受けていく。 だからと言って、誰にも頼らずに1人でたくましく生きていくってことじゃない。 自分1人だけで生きていけるなんて、思っていない。たくましいのが大人ってわけじゃないし。 だけど人生の大事な選択を人任せにしないで、たくさんの人に相談したとしても、最後は自分で決める。そして、自分で決めたのだから、ちゃんと責任を持つ。それはたとえ後悔することがあったとしても、誰かを恨んだりしないってこと。 そうして私は、それなりに幸せに生きていると思う。他の人から見て、可哀相とか思われたって、自分が納得して生きていれば、たいして不幸でもないんじゃないかな。 ま、私の場合は、周囲は何にも知らずに「能天気な幸せ者」くらいに見てるだろうけど、内心で私自身は「これでも不治の病だったりして、不幸の1つくらいはあるんだけど」ってペロリと下を出してるって感じかもしれない。
2005.04.05
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海外旅行に行く人がとても増えている。例えば10年前や20年前に比べて、どれくらい増えたのか分からないけれど、外国が身近になったのは間違いない。 私自身も、とても旅行が好き。 自分が出かけるのももちろん大好きだし、誰かの旅行の話を聞いたり、写真を見せてもらったりするのも好きなので、そういう機会も多い。 そんな時に、いつも感じることがある。 ツアーで海外に行く。決められたスケジュールをこなして観光地を見て回り、美味しいモノを食べ、買い物をして帰国。現地の言葉なんてできなくても不自由はない。 または、仕事の短い休みを利用して10日間とか2週間とか、ふらっと自分で出かけてみる。片言の英語で滞在を楽しみ、ガイドブックを片手に自由にあちこち行ってみる。そして旅行を思い通りに満喫して帰国。たくさんの土産話を抱えて、あっというまの休暇が終わる。 そういう海外体験も、きっといろんなことを感じて、自分の中に新しい何かを残すのだろう。トラブルがあったり、思いがけない発見があったりして、誰かに話したいこともたくさん浮かぶ。 だけど…。 自分のささやかな体験、短い日々の中で、まるでその国の全て、その国民の全員を、理解したかのようなつもりになるのはどうだろう? 自分の見たほんの一部のその国、出会ったほんの一握りの人たち、それは自分の特別な思い出であり、個人的なものだということ。 それをいつも自分に言い聞かせている。 自分が何ヶ月、何年と旅行したことがあっても。自分が何十年と暮らした経験がある国でさえも。それは、長い歴史の中のほんの一時期の短い出来事。 だって狭い日本のことだって、全部知ってるわけじゃない。 地方によっていろんな習慣は違うし、時代によって価値観も変わり続けている。ずっと暮らして来た自分の国がそうなのに、ほんの短い時間で他の国のすべてを知ったかぶりするのは誤解を招く。 例えば、旅先で。 相手にとって、出会った唯一の日本人が私だったとしたら、ただそれだけで「ああ、日本人はよくしゃべるんだ」と理解されるかもしれない。でもそれでは、ちょっと困る。 だって現実の私は、旅先で現地の人たちに「あなたは日本人らしくない。日本人はもっとシャイじゃないのか?」と言われることも多いし。 それでも外国に出かける時には、まるで自分が日本の代表かと思われることもあるのだとういうことを、少しだけ自覚して振る舞わなければならないとも思っている。 私がもしすごく悪いことをしたら、相手にとって、日本という国の印象すら悪くなってしまうこともあるかもしれない。だから、日本の恥になってはいけないとは思う。 短い時間しかなくても、生きてるうちに行けるとこにはどんどん行ってみたい。短期の旅行でも、それなりの体験はできるはず。 でも、やっぱり世界はとても広いのだ。何でもわかったような顔をしないで、ちゃんと外を見ないとわかんないことだらけなのだ。
2005.04.04
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すごく痛い。 だいたいこんなふうに日記など書いている場合じゃない。 暴れまくりたいくらい、痛いのだ。熱も38度5分に上がっている。 そもそも、あの時に親知らずを抜いたのが間違いだったのだ。虫歯のチェックか何かで歯医者に行ったら「親知らずのせいで、歯並びが悪くなっていますね。抜いたほうがいいですよ」と言われた。 別にどうってことはなかったのだ。 私の4本の親知らずは、その時にはまだ歯茎の中にいて、痛くもかゆくもなかった。 だけど実際、何となく下の前歯あたりの歯並びが悪くなってきているような気がして、私は治療が終わった後も歯医者に通い、言われるがままに4本の親知らずをすべて抜いてしまった。(親知らずを抜いてから10年、あの親知らずが私の歯並びに影響したとは思えない。抜いてからも、歯並びは変わりもしない) あの時、痛み止めは飲まなかった。「我慢できなかったら飲んで下さい」と言われたので、我慢した。あの時は、今ほど痛くはなかったし、それほど辛い痛みを我慢したわけではなかった。 ただ、化膿止めはしっかり飲んだ。「こちらは化膿するといけないので、自己判断でやめないで、ちゃんと全部飲んで下さいね」って、歯医者は言ったから。 素直な患者だった私は、言われた通りに歯茎の中の親知らずまですべて抜いて、言われた通りに化膿止めをひたすら飲み続けた。4本も抜いたのだから、3日間くらいずつ、毎週飲んだ。 そして、私の親知らずを抜いた痕は、いつかきれいに普通の歯茎のようになった。 ちょっと歯茎があまっているので、時々歯が当たって痛いのを除けば不自由はなかった。 だけど私の人生は、あれをきっかけに大きく変わったのだった。 もう2度とは戻れない、それまでとは全く別の人生が、そこから先にはあった。
2005.04.03
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シンガポールに行った時、とてもバカなことを現地の人に尋ねてしまったことがある。それは今でも、思い出すととても恥ずかしい。 この小さな島国・日本で生まれ育った私だから、仕方がないかなあと思わないでもない。でも、カッコ悪い質問だったなあと、今でもずっと心にしみついて忘れられない。 もっと前にインドに行った時、ガイドブックに「日本人だとバレないようにと、よく旅先で中国人だと嘘をつく人がいるけれど、インドではそれは厳禁」と書かれていた。 インドでは、中国人に対して反感を持っている人が少なくないという。それは、チベット仏教のダライ・ラマ14世がインドに亡命したことが原因だと聞いている。 そういう経緯から私は、インド人と中国人は仲が悪いのだと思い込んでいた。というか、実際そうなのかもしれない。 だとしても…。 私が女友達とシンガポールに行った時のこと。 そこは、マレー系や中国系をはじめ、英国の植民地時代に労働者としてやって来たインド系やアラブ系など様々な民族が住んでいる国だった。そのことは滞在の中で、ちゃんと感じているつもりだった。 ある日、リトル・インディアというインド人街に行ってみた。インドの民族衣装であるサリーを見たくて訪ねたのだった。 そこには、中国系の人たちがサリーを売る姿が珍しくなかった。そしてそれは、私にとってとても意外な姿だった。 だから思わず、質問してしまった。「中国人とインド人は仲が悪いと思っていたけど、ここの人たちはそうではないの?」 返って来た答えは、あまりに当たり前だけれど、私には思いつかなかった答えだった。「私たちは、中国人でもなければ、インド人でもない。ただのシンガポール人なのです。だからもちろん、仲良くやっていますよ」 あ~あ。 ちょっと自己嫌悪だった。 そんなことも考えられないところが、やっぱり島国で多民族を感じることなく育った日本人なんだなあって思ったら、恥ずかしくて、寂しかった。
2005.04.02
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男性のことはよく知らないけれど、海外へ行くと日本人女性はとてもモテる。 多分、日本に20年以上暮らしていて、1度もモテたことのない女性でも。 例えば、ラテンの国へ行く。 ウソか本当か、ラテンの国の男性は「女性をくどかないのは失礼だ」という考えで、女と見れば誰でもくどくらしい。 そういえばアメリカで出会ったフランス人、美術館で出会ったイタリア人、日本で知り合ったブラジル人、あとはスペイン人にポルトガル人にペルー人、多分10人くらいにはくどかれたことがある。 東南アジアのビーチでは、どうも「日本人」という理由だけでモテるらしい。 ああ、女友達と2人でバリのビーチにいたときには、途切れることなく現地の男性が寄ってきた。断っても断っても、また次が来る。 彼らにとって日本人と結婚することは、まさに「玉の輿」ってことらしい。500万円もあれば、現地にお店の1つも持てるから、そんな暮らしを夢見て声をかけるのだとガイドブックで読んだことがある。 トルコでも、同じ理由で日本女性はモテまくる。 結構ハンサムな現地の男性にくどかれて、盛り上がって恋に落ちるのも悪くない。だけど私の遠い知り合いは、トルコの男性と結婚して東京で暮らし、生活が苦しいので子供を作れないと言っている。 金の切れ目が縁の切れ目。 そんな国際結婚をした人だって複数知っている。逆タマねらいの外国人男性の場合、豊かな生活がかなわなければ次をねらう。それは必ずしも女性だけでなく、男性が日本人って場合でもよくあることのようだ。 アメリカ人にモテる場合には「日本の女性はおしとやか」という大和なでしこ崇拝があるとも聞いた。アメリカだけじゃなくて、イギリスやその他女性がとても強い国では、そんな強い女性から逃れたい気の弱い男性は、自分の思い通りになるような、理想の女性像を描いて、日本女性に憧れる。 どこで誰と出会うかなんて神のみぞ知るところで、そんな運命の出会いはとても素敵だと思うけれど、ただモテればいいってものでもない。日本でも、海外でも、運命の出会いが幸せにつながりますように。 舞い上がって、わけわかんないうちにだまされて、幸せになるつもりが不幸へまっしぐらっていうのは避けたいから、日本人のプライドも、女のプライドも、大事にしていたい。
2005.04.01
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