全3件 (3件中 1-3件目)
1

暖簾をくぐって誰もいない土間に立った半次郎は、仏壇に目をやるとまっしぐらにその前に行き足を止めます。 おとくが二十数年間、新太郎の帰りを待ちつづけているかげ膳を見たとき、半次郎は堰をきったようにその思いを言葉に出します。 半次郎「おっかさん、あっしはこれで、本望にござんす」 そのとき、半次郎は、誰かがいる気配を感じます。 そう、中富とおこよが来ていて一部始終を見ていたのです。今自分がしていたことをみとられまいと、その場を急いで立ち去ろうとする半次郎に、中富が話しかけます。中富 「そうだったのかあ、何もかも俺には読めたよ」 半次郎「へっ、勝手な推量おきなせい。あっしは、凶状旅のしがねえ渡り鳥だ」と捨て台詞を言い行こうとしたところに、中富が半次郎に「相手ははっている、お主一人では危ない」といいます。 待ち伏せているところへ合羽を着て笠で顔を隠した中富が「浜津賀の権兵衛だ」と名乗り、伊之助の呼子で集まってきたのをひきつけている間に、半次郎はおとくとおけいを助けに安五郎の家を目指し走ります。安五郎一家に入った半次郎は、「誰だ」と問われ、半次郎「上州草間の生まれ、半次郎でござんす。推参のしでえは、こちらの親分さ んがご承知のはず、ご免なすって」そういって入って行こうとしたとき、「待ちやがれ」で立廻りとなります。 安五郎や源右衛門がいる部屋までやってきましたが、二人の姿が見えません。何処かと見回すと、おとくが牢に入れられているのが分かりました。 斬りながら半次郎は牢の方へ向かいます。思わず「おっかさん」と・・・いったんは土蔵の前まで行けたのですが、斬りかかって来る刃に遠ざかり近づくことができません。「おふくろさん、おけいさんは・・・」「源右衛門の家に」。 そのとき、駆けつけた中富に、土蔵に入れられているおふくろさんを頼み、おけいを助けに走るのです。中富は安五郎を斬り、おとくを無事に助け出します。半次郎のことが気にかかっているおとくに、「権兵衛はな、お主の供えたかげ膳を見ていった、”おっかさん”と」と、中富がいいます。源右衛門の家に向かっておけいを乗せた駕籠に、半次郎が追いつきます。 逃げる源右衛門と伊之助を斬り、半次郎は駕篭に近づき垂れをあげます。 そして、半次郎はおけいにいうのです。半次郎「もし、おけいさん、・・・仔細あってあっしは縄を解かねえ。猿ぐつわも そのままにしますが、これを・・・(半次郎は涙を流して)・・・これをご 覧なせえ・・・(といい、左二の腕にある三つのほくろを見せます)」 半次郎「・・・だがあっしは、平田屋の新太郎じゃねえ、・・・浜津賀から見た海 の眺め、・・・あの砂浜の砂の手触り、おぼろにそれと思いがあっても、 やっぱりあっしは、義理の父つぁんがいったように、上州草間の生まれの 半次郎だ。・・・二度とお目にはかかりやせん」涙を浮かべはげしく首を横にふるおけい。そのとき、遠くに「権兵衛」とよぶ中富の声がしたので、「それじゃ、これで」と行こうとしましたが、振り向き 半次郎「おふくろさん共々・・・幸せに暮らしなせいよ」といい、駆けていきました。おけいが、おとくに「あの方の左の腕には、三つのほくろが」というと、おとくは「それじゃあ、やっぱり・・・」と、呆然と半次郎が行ってしまった方を見つめます。おけいは「新太郎さーん」と必死に呼び追いかけます。「新太郎、新太郎~」と叫ぶおとくに、中富は「無駄なことだ。いくら追いかけて見たところで、所詮は帰らぬ渡り鳥だ」と言い聞かせます。必死に呼ぶ声を遠くに聞きながら、半次郎の姿は消えていきました。 翌朝、浜辺に立った半次郎は、浜津賀での思い出を胸に、渡世人の世界に生きていく覚悟で旅立っていきます。 (完)
2023年01月20日
コメント(0)

この浜津賀を守るんだ安五郎は、村の人達の米を買いに出かけた多吉と彦兵衛の帰りを待ち伏せして捕えます。多吉の帰りが遅いので、おとくは分家の彦兵衛は帰っているか確かめにおけいをやります。おけいは、彦兵衛も帰ってはいないことを確かめ帰ろうとしたとき、ひとりでいる半次郎を見て、どうしたのか?何かあったのか?と声をかけます。すると、半次郎は、涙顔で振り返ると、半次郎「おけいさん・・・」と涙声でいうと、しばらく何も言えずおけいの顔を見て、 半次郎「並の、並の人間だったら、一生に一度あるかねえかの身の幸せ、・・・思 うようにいかねえのが人の世の常だ。・・・けえったら、けえったら、お ふくろさんに言っておくんなせい・・・権兵衛は、所詮、堅気にゃなれね え男。・・・銚子陣屋の、陣屋の役人を・・・手にかけた凶状持ちでござ んすと」 おけいは驚きますが、そのあと半次郎の様子を覗きこむように見ると、泣いてその場を去っていきます。 安五郎は、伊之助半次郎を捕まえるために、彦兵衛をおとりにおとくを呼び出し、おけいも人質にしたのです。そのころ、彦兵衛と多吉は分家に急ぎます。二人のただ事ならぬ声に、半次郎と中富、そして若い衆達もやってきます。ご本家とおけいが安五郎達の手に・・・と聞き、長五郎の「支度をしろい」で血気にはやる若い衆達を、「ならねえ」と半次郎が押しとどめます。 半次郎「相手が狙っているのはこの俺だ。結んだ縁も今限り、おめえ達は堅気にけ えって末永く、この浜津賀を守るんだ」「ですが・・・」という長太郎に、半次郎「うるせえ、今の言葉にそむく奴はただおかねえから、そう思え」長太郎達が「へーい」と返事をすると、半次郎はさっと身をひるがえします。と、中富が長太郎に耳打ちするのです。 部屋に戻った半次郎は素早く身支度を整えます。 安五郎、源右衛門達は半次郎が今来るか今来るかと網を張っています。仕度が出来た半次郎は、長太郎をはじめ若い衆に、あとを追うようなことはするな、とくぎを刺し、「みんなが力を合わせて、この浜津賀を守るんだ」といい、おこよに「お達者で」と言って出ていきました。おこよは、権兵衛さんが出かけた、と慌てて中富にいうと、中富は「なあに、心配することはない」と。 その半次郎は、行く途中に本家の前を通り過ぎようとしたとき、何故か足が止まり、ふと引かれるように門をくぐり中に入っていきます。その様子を半次郎の後を追ってきた中富とおこよが見ていました。 続きます。
2023年01月14日
コメント(0)

そなたが堅気にさえなってくれれば浜津賀村の海神祭りの日がやってきました。村中に祭り太鼓が響き、みんなが楽しそうに盆踊りに興じています。おこよから面をつけて来ればご本家にも知られない、好きな方をかぶって祭りに来ればよいといわれ、「へえ、もし気が向きましたら・・・」といい、じっと面を見つめる半次郎です。 おこよが祭りに出かけようと外へ出たとき、中富十兵衛が水戸から戻ってきました。中富の顔を見るや、半次郎は中富の素性を、何故浪人なんかになったか、そして若い衆十人を半次郎のところへ送って来た理由を聞きます。・・・親分になれるし、またそのつもりなら、村づくりも出来ると見込んだからだと、中富が半次郎にいいますと、半次郎は神妙な顔になり、中富にいわれたことに動揺を隠せず廊下に出ます。 そのとき、賑やかだった祭り太鼓の音や歌が止んだことに、二人は様子を見に出かけます。 安五郎と平井の源左衛門達がこのときとばかりに、おとくとおけいの二人を襲ったのです。おけいを連れ去り、止めようとしたおとくは気を失います。助けを求め走って来たおこよと二人は出会い現場に着くと、逸る半次郎に中富は、「ここは俺が引き受けた、お主はおけいちゃんを追え」と半次郎にいいます。 おけいを追って行った半次郎が追いつきます。一人を捕まえて安五郎の一家のものかおけいに聞くと、「違う」という。どこの一家の者か口を割らないので半次郎「けえったら親分にいいな、浜津賀の権兵衛、こっちから楯突く気はさらさ らねえが、この上あこぎな真似をしやがると黙っちゃいねえからな、いい か」と啖呵をきると、やくざは逃げ帰っていきます。一部始終を見ていた中富は、おけいと半次郎が歩いてゆくのを見て、「さすがは親分、貫禄だなあ」と。そして、中富の「こんなことなら、本家の後家の介抱をすればよかった」というのを聞いて、半次郎「おふくろさんが・・・」と・・・。 本家に帰ってきたおけいを見て、臥せっていたおとくが誰に助けられたのか聞くと、おけいは入口の方に目をやります。「おふくろさん」とは呼べず心配そうな顔をした半次郎は、ただおとくに悲しい目を見せるのです。おとくもそんな半次郎を見て何故か気持ちが動きます。 子分から権兵衛という男の様子を聞いた源左衛門のところに、目明しの伊之助がやってきます。もしかしたら、権兵衛というのが半次郎では・・・と何とか誘きだす最後の手段にうってでます。平田屋のおとくは、おけいからすべて聞いた、とおこよにいい、「権兵衛殿にあって是非いいたいことがある」と案内を頼みます。分家でのんびりと村づくりの話をしているところへ、おこよが、おとくが来たことを知らせるとふたりは慌てるが、おとくに知られてしまったことを話しているところへ、おとくがやってきます。 中富十兵衛のことはおこよから道々聞いたというと、「権兵衛どの」とおとくが声かけてきたので、半次郎は下を向いたまま「えっ、へい」と返事をします。すると、おとく「そなた、生まれは何処です?」半次郎「上州で」おとく「親御は?」半次郎「とっくに・・・」おとく「亡くなられたのですね」半次郎「・・・へっ」 そう聞いたおとくは、半次郎に折入って頼みがあると切りだします。おとく「今日限り、きっぱりとやくざから足を洗ってください」 おとくは、五つのときに神隠しにあった子供のことを話しだします。陰膳据えて二十年、その子が帰ってくるまでは、それを望みに今日まで生きてきたが、所詮女だけでは村は守れないと知りました。そなたが堅気にさえなってくれれば、おけいの婿にして、平田屋の跡目を・・・、といってきました。 そこまでいってきたおとくに何もいうことが出来ない半次郎は、いてもたってもいられず庭へおります。 その様子をおとくはこのように理解してしまったのです。おとく「この私に、あれほど冷たく扱われては、そなたも腹がたつであろう・・・ 許してください、この通り詫びをいいます」深々と頭を下げるおとくに半次郎「もったいねえ、・・・願ってもねえお話で・・・思わずあっしは涙がでま したが、手前には手前の都合がございやす、・・・どうかしばらく・・・ しばらく考えさしてくだせいやし」そういう半次郎の様子に何かが気になるおとくの表情が印象深いものでした。 続きます。
2023年01月02日
コメント(4)
全3件 (3件中 1-3件目)
1
![]()

![]()