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「あの~、君は誰? 僕はどうしてここにいるのかな???」「ふふっ、何も憶えていらっしゃらないんですか?」からかうような瞳をしながら彼女は笑った。「・・・え~と、君と会ったあと急に具合が悪くなって・・・君に言われるままにタクシーに乗って・・・???憶えてないや???」「まぁ、ひどいのね。あんなに私を困らせたのに・・・」「えっ! 僕が君に何か変なことをしたの???」「ふふっ、それは、ひ・み・つ・・・かな?」あきらかに彼女は僕をからかっているようだった。・・・それにしても、なんて可愛らしく笑うんだろう・・・「・・・え~と(汗)、それじゃ名前は教えてくれるのかな?」「・・和泉・・麗花・・です。」「あっ・・僕は桜井公平と言います。いろいろとお世話になっちゃったようでありがとうございました。・・遅くなったけど・・・おはようございます。」「ふふっ、桜井さんって礼儀正しいのね・・・ふふっ・・・おかしいわ・・・」「そっ、そう・・・かな・・・???」「ふふっ・・・そうよ・・・ふふっ」そうやって彼女がくすくす笑うので、ボクは困ってしまった。「あっ、ごめんなさい。笑いすぎだわね・・・なんだか、可笑しくって・・・ごめんなさい。」「あっ、いや、お気になさらなくても・・・どうぞ、笑ってください。」「まぁ・・・ふふっ・・・父がお目にかかりたいと申しておりますので・・・どうぞこちらへ・・・ふふっ・・・」彼女は案内しながらもなかなか笑いが止まらないようだった。「いろいろとお世話になりまして、ありがとうございました。」僕はこの家の主に深々と頭を下げた。彼女に案内してもらって、僕は顔を洗ったあとに朝食の用意をしてある部屋で彼女の父親と対面した。どこかで会った事があるような気がしたが、とにかくお礼を言うのが真っ先にやらなきゃならないことだった。「具合はどうだね?」「はい、お蔭様で大丈夫です。本当にありがとうございました。」「それは良かった・・・ところで、伯父さんはご壮健かね?」「はい・・・?伯父を知っていらっしゃるんですか?」「はははっ、公平君。君は何も聞いてないのかね?」「はい・・・?」「君がここに来たのは偶然じゃない。私と桜井の間ですべては了解済みのことなんだ。」「!!!どういうこと・・・なんですか???」・・)続く。
2004年06月28日
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新しい仕事のために僕はある街にやってきた。その会社へ向かう途中に、桜の並木道があった。なんだか懐かしいようなこころが暖かくなるようなそんな不思議な感じがした。僕はこの場所を知っているんだろうか?こういうのをデジャブと言うのかな?それとも・・・・・・新しい職場では仕事の打ち合わせのためもあり、歓迎会を開いてくれることになった。日本では仕事の前にまず飲み会といったような不思議な習慣がある。酒の苦手なボクはいつも飲み過ぎないように周りに気を使わなくちゃいけないので、正直早く逃げ出したいと思っていた。トイレに立つフリをして一息入れようとした時だった。携帯の着メロが鳴ったので取ろうとしたら・・・「あれっ、合奏しているぞ・・・???」顔を上げると、女の子と眼が合った。「ふふっ、同時に鳴ったみたいですね。」そう言って、ニッコリと笑った。それが彼女との出会いだった。「君もこの曲、好きなの?」「えぇ、大好きなんです。」「そう・・・」自分のことを言われた訳でもないのに、なぜか僕は胸がドキドキした。彼女から甘い香りが流れて来て、頭がクラクラするようだった。そして何故か、僕をジッと見るので、慌てて着信を見ると伯父さんからのメールだった。???どういう訳なのか急に目の前が暗くなり、よろめいてしまった。「あっ、大丈夫ですか!?」なんだか急にアルコールが回ったみたいに身体に力が入らない。「・・・いや、大丈夫・・・じゃないかも・・・」彼女は心配そうに僕の顔を覗き込むと・・・大体の事情を察したらしく・・・きっぱりと言った。「私、父に連絡してすぐ戻りますから、ちょっと待っててくださいね。」「・・・いや、そんな迷惑を掛けるわけにはいかないよ・・・見ず知らずの人に・・・」「・・・大丈夫ですよ。あなたのことは父から聞いていますから・・・良いから、座っててください。」僕は頭がぐらぐらして彼女の言ったことを理解できずにいた。「・・・父から聞いているって・・・あの娘は?」タクシーに乗せられた所までは、何とか覚えているんだけど・・・なんでこんなに酔っ払っちゃったかなぁ~???それに・・・この出会いというのは・・・偶然なのか???それとも・・・・・・眼が覚めると、なんだか広い部屋に寝かされていた。「あいててててっ・・・どこだぁ~、ここ?」周りを見渡すと偉く立派な和室造りなのが分かった。「まいったなぁ~・・・どうしたらいいんだぁ~?」困っていると、都合よく誰かの足音が聞こえてきた。障子がスルスルと音もなくといった感じで開くと、着物姿の若い女の子がニッコリと笑いながらボクを見ていた。「お目覚めになりましたか?」「あっ、君は昨日の・・・?」ボクは予想外の出来事にビックリしておはようの挨拶が出来なかった。・・)続く。
2004年06月27日
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人と人を繋ぐものとは何だろう?親子だったら、DNA? 血のつながり?夫婦だったら、愛? 情? 縁?恋人だったら、恋愛? SEX? 好きという気持ち?友達だったら、気が合う? 価値観が似てる? 共感?伝わらないのが、もどかしい・・コミュニケーションが上手く出来ない子供たちがいる。その原因は様々だが、先天的には機能障害としての耳が聞こえない、言葉が喋れない、脳の障害、自閉症等がある。後天的には精神的なもの、事故や病気の後遺症等がある。要するに人と付き合うコトが上手く出来ない人をこういう風にひとくくりにすることも出来るかもしれない。思えば現代の日本は、ほとんどの人がコミュニケーションに障害を持っているように思えてならない。もちろんボクがそうだから、そう思うのかもしれないが・・他人とコミュニケーションを図る時、何か障害を感じてしまう。それは壁のようなものであったり、距離のようなものであったりするのだが、まるで水の中で会話をするような感じかも・・時々、もどかしさに癇癪を起こしそうになることもある。伝わらないとあきらめてしまえば、楽になれる気がして、無口になってしまうこともある。インターネットの登場によって、人間はまた新しいコミュニケーションの手段を持った。しかし、上手く利用できるかどうかはその人にかかっている。結局、どんな手段を用いても使う人次第なのは変わらない。変わりようがない。言葉に代わるものが発明されない限り、ボクたちは言葉に縛られる。何が障害になっているのだろう?恥ずかしい気持ち? 信じる心? 期待する心? 傷つく恐怖?様々な心の壁が障害になるの?まっすぐな正しい心で人を見つめることが出来るなら・・素直な視線で人の瞳を見つめることが出来るなら・・少しは伝わるのかな?・・自分の気持ちが少しでも伝われば良いな。私はそういう人間になりたい。
2004年06月26日
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梅雨らしい天気が2日ばかり続いた。その所為なのか?体調が狂った。頭が重く、身体が重い。なんだか頭の上に人間一人ぐらい乗っかっている感じだ。この前、3日で10時間ぐらいの睡眠時間だったけど、今度は3日で30時間は寝たなぁ~・・(御蔭様で寝ちがいしてしまった。)体調が悪くなる前は暗いことも考えなかったけど、体調が悪くなると途端に心の方も引きずられるように暗くなっていく。普段考えることのない、あの世のことまで考えてしまう。そして、なんと言うこともなく寂しさが胸に沁みてくる・・・寂しさの色が変わるのに、初めて気が付いた・・・憂鬱な気持ちを変えるために、今日はいつもの筋トレを多めにやることにした。すると、あら不思議?気分がスッキリしてきた。汗を流すのにシャワーを浴びたら、もう生まれ変わったみたい・・・(^-^)/身体につられて、心も元気が出てきたみたい?・・単純だなぁ~・・と笑ってしまった。あるいは「日常の中の戦い」と言うのは、こういうものなのかも・・幸せの方程式を探していこう。心の持ち方、気分の変え方、ストレスの晴らし方・・どんな時でも笑ってみる。そうすることで、新しい自分に逢えるのかも知れない。私はそういう人間になりたい。
2004年06月25日
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複数の視点を持つことは、とても大事である。そこには想像力が必要であるし、そのための学習が不可欠である。例えば、「支配者の視点」というものを持てる人はどのくらいいるのだろう?今の日本で支配者と呼べるものは誰だろう?過去の歴史で支配者・独裁者・絶対権力者・と思われる人間は誰だろう?あなたにそういう視点が持てるだろうか?支配するということは、どういうことなのか?結論から言えば、税金・裁判・治安ということになる。現在の政府もそのひとつのパターンであり、歴史の流れである。さて支配するに当たって、1番に来るのは力である。どういう力を持って支配するか?単純に言えば、軍事力であり警察力である。次に法律である。是によって治安の維持を謀る。最後に税金。ある意味、是が一番重要なのだ。歴史的に一番妥当なのが、半分ぐらいを上手に取る。上手く取るほど、支配者は歓迎される。簡単に支配者の視点について考えてみたが、色々と権術策謀を考えて見ると面白いと思う。例えば、是があれば老後も安心とか言って、みんなからお金を集めて、意味のない豪華な建物を作ってみるとか・・・単視眼的なものの見方ではなく、色々な視点を持つことで様々な考え方が出来る。マクロの視点とミクロな視点、バード視点とかアトム視点とか想像力で世界を見てみよう。私はそういう人間になりたい。
2004年06月24日
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人間には「おしゃべりのノルマ」というのがあるそうだ。人によって口数の多い少ないはあると思うが、1日中黙ったままではいられないという人が多いのでは?例えば、「無言の行」というのがある。そのまんまである。しゃべってはイケナイのである。こういうものがあるくらい、人間はおしゃべりなのだろう。実際、試しにやってみたら良い。ボクはやったことがある。・・ものすごい反響だった。「なんで、しゃべらないの?」「何とか言えよ!」「いわなきゃ、分からないだろう!」ボクはあらかじめ用意しておいた紙を取り出す。「ただいま、変人は無言の行に挑戦しております。御用の方は、後日返事を差し上げますのでよろしくお願いいたします。」みんな呆れた顔で行ってしまった。一人残されたボクは、寂しかった。まぁ、このくらい「無言の行」というのは、すさまじい荒行なのだ。実際、女性にとってはもっとキツイ修行かもしれない。もしかすると、円形脱毛症にぐらいなるかもしれない。(変人は3回もかかってしまった♪)ストレスというのは大変なものだ。精神的にも肉体的にも多大な影響を及ぼす。おしゃべりひとつでもオロソカニすると、たちまちどこかおかしくなるらしい。どうでもいいコトをくちばしったり、愚痴を言ったり、挙句の果てには悪口を言ったりする。お互い、気をつけたいものである。最後に、ドラえもんを思い出しながら・・「おしゃべりノルマ~~~!」私はそういう人間である。
2004年06月23日
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人を信じられなくなった少女がいた。そんな少女に一目ぼれした少年がいた。少年は少女の信頼を得るために頑張るのだった。(笑)そんな小説をネットで見つけて、久しぶりに徹夜してまで夢中になって読みふけった。今の時代は価値観が壊れてしまったような感じだ。よく言えば価値の多様化といえるのだろうが、途惑っている人が多いのではないだろうか?恋愛に関してもどれだけ相手のことを信頼しているだろう?信じることの重さをどれだけ感じていることだろう・・・何もかもが信じられない時代だからこそ、恋愛に盲目になることがあるような気もする。TVでも映画でも漫画でもゲームでも、恋愛が消費されていく。ちょっと安易すぎるのではないだろうか?もしかすると恋愛に信じられそうなものを求めているだけなのかもしれない。恋は盲目と言うけれども、なんとなく危うさを感じるのはボクが疑り深い人間だからだろうか?恋の持つ圧倒的なパワーは、盲目的に信じることの恐ろしさを連想させる。熱狂した人間たちは、何をしでかすか分からなくて恐ろしい。あなたは自分を信じているだろうか?自分がどういう人間であるか知っているだろうか?・・ボクはまだ分からない。自分がどういう人間なのか?信じることが出来るのか?信じることに値する人間なのか?少女の信頼を得るために頑張っている少年の姿は、ボクに信じることの重さを教えてくれるのだった。少女の信頼を得るには、焦ってはいけない。もつれた糸を解くように、少しずつ少女の気持ちに寄り添っていく。ジリジリするような緊迫感がちょっと気持ちいいかも・・・でも、何かの拍子に少女の気持ちは後戻りする。それは少年の言葉の中に過去を見るから・・・ふっとした瞬間に思い出が甦るから・・・それでも少年はあきらめない。あきらめることは出来ない。なぜなら、少女をこのままにしておけないから・・・信じる心を取り戻して欲しいから・・・それが少年の信じる心だから・・・二人が本当の信頼関係を築くまで、きっと長い時間と努力が必要だろう。でも、信じるということは簡単に出来るものではない。100%のコミュニケーションがありえないように、100%の信頼もありえない。盲目的に信じることは、もしも裏切られたならば、致命傷だ。それは恐ろしくてとても出来るものではない。もしも出来るなら、それは奇跡のようなことなんだ。・・・だから、夢に見るのかも・・・信じることの重さを知っている。信じられる奇跡を知っている。私はそういう人間になりたい。
2004年06月22日
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最近、散歩が好きになった。今日も2時間ばかり歩いてきた。ふくらはぎが少し痛いのは、運動不足の証拠であろう。TVでデューク更家のダイエットウォーキングというのを見たのがきっかけになった。歩くことは健康に良いし、何より人間の基本である。色々考えながら歩いていると気分転換になるし、迷曲が生まれたりする。例えばボクは、人から運転が上手いと言われる人間だが(何気に自慢♪)、買い物に行くときは歩いていく。両手に20kgぐらいの荷物を持つと手が痛い。でも我慢して歩く。これもきっと、修行なんだなと思う。(?)今日は台風6号が四国・近畿地方に上陸して、被害に遭われた方はお気の毒だが、ボクには全然関係なかった。ただ昨日は、台風によるフェーン現象でものすごく暑くて、とうとう我慢できずにクーラーをいれてしまった。修行不足である。宇多田ひかるの歌で「誰かの願いが叶うころ」というのがヒットしているが、台風がボクの住むところに来ないで欲しいという願いが叶うころ、誰かが泣いているのだろう。そう思うと切なくなった。「切ない」といえば「ときめきメモリアル」を思い出してしまう。切ない青春の恋の話だが、自分の高校時代を思い出してしまうのは、考えればなんと恵まれていることだろう。男子校や女子高だと共学の話なのでちょっと合わなくなってしまうだろう?また、高校時代に色々の都合で恋の話がなかった人はどうなんでしょう?そんなことを考えると我ながら恵まれていたなあ~と優越感がムクムクと湧いてくる。大好きな人がいて、一緒に時間や空間を共有出来ると言うのはなんて素敵なことだろう。まぁ、いつでもやろうと思えばできるんだろうけど、同じ高校で偶然に逢うというのは当然高校生しか出来ないわけで、しかもこっちもエネルギーが有り余っていたりするわけで・・・そんなこんなで高校時代は二度と帰らないと言いたいわけで・・・時間は本当に戻らないよねえ~。誰かの想いが叶うとき、きっと誰かが泣いている。でも、大好きな人が幸せになるのなら・・・きっとあなたも幸せになれるはず・・・あなたの人生はあなたが主役なのだから、泣きたい時は悲劇の主人公のように泣きなさい。そして幸せはきっとやってくる。あなたが望めば、何でも叶うだろう。あなたがあなたの人生の主役なのだから・・・私は私の人生のヒーローになりたい。(笑)私はそういう人間になりたい。
2004年06月21日
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「健全なる肉体は、不健全な肉体を知らない」よくある話だが、強者は弱者の心を知らない。恵まれた者は、恵まれない者の気持ちが分からない。マリー・アントワネットが「パンがなければ、お菓子を食べたらいい」と言ったという話が、いかにももっともらしく聞こえるのもそういうことである。人間のコミュニケーションに100%というものはありえない。せいぜい30%も伝われば良い方ではないだろうか。そのくらいに見ておいたほうが間違いがないように思われる。「優しい王様」と言うのも一種の幻想であろう。ありえないことはないだろうが、権力者は権力争いが忙しい。なかなか下々のことを見ているヒマがないと言う感じである。だから、健全なる肉体に健全なる魂が宿ると言うのは幻想である。健全なる魂が、必ずしも健全な肉体に宿るとは限らない。健全なる魂は、多くの苦しみと哀しみによって磨かれたものにしか存在しないように思う。出来れば健全な魂には、素敵な肉体を与えてあげたい。健全な肉体には、健全なる魂が宿って欲しいということである。あなたは人の痛みとか苦しみを感じることが出来るだろうか?食べたことのないものの味は分からないと言う・・・どうすれば思いやりと感謝の心を伝えていくことが出来るだろう?私はそういう人間になれるだろうか?
2004年06月20日
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戒ー仏語。戒め。自らの過ちを防止するため守らなければならない決まりごと。律ー仏語。僧尼の守らなければならない生活規範。戒については、世界中の誰でも持っていると信じたいが、どうなんだろう?別に特別なことでもないし、簡単なことだ。ただ守り抜くことが、時として難しくなることがある。例えば、明日から早起きしようと決意する。あなたは、守り抜くことが出来るだろうか?・・・?自分で自主的に決まりを作る。それが「戒」だと思う。それを守り抜こうと努力する。それが「修行」だと思う。例えば、ボクは「人を殺さない」と決めている。これはボクが自分で自主的に決めたことであって、法律で禁じられているから守っているわけではない。また、そういう教育を受けたからそのまま鵜呑みしたわけではない。例えば、法律によって人を殺せと命じられる。その時、ボクはどうするのだろう?「戒」を破るのか?「法律」を破るのか?天に試されるのかも知れない。初めて他人に殺意というものを憶えたのは、何時だっただろう?・・・思い出さないな?思い出すのは、激しい怒り・・・持続する憎しみ・・・感情の爆発・・・ドロドロとしたもの・・・人間には、理性と感情と本能と魂があると思う。本能にはものすごいパワーがあって、人は逆らえない。例えば、ボクが本能のすさまじいパワーを感じたのは性欲に関することだ。リピドーと言うらしいが、気が変になりそうなくらいイタタマレナイ感じだった。具体的には、人の家のお風呂場を「のぞき」に行った。どうしても、女の人の裸が見たくてたまらなくなって・・・どうしようかと思って・・・「のぞき」に行った。(笑うところかな?)思い出すと笑ってしまうのだけれど、その時は真剣だった。どうしても見たい!!!!!!と思ったのだ!!!(^_^;)人によって差があるのはなぜだろう?年齢とか経験とか重ねるうちに、性欲とかも落ち着いてきて、今では理性が勝つようになったけど(笑)、あの時の激しいパワーは恐ろしいものがあった。マイナスの感情とか本能とかは、理性で抑えられないのかなぁ~?人を殺すほどの激しい怒りとか憎しみとかは、理性で抑えられないというのは歴史が証明しているのかなぁ~?「律」では守られないよ。「戒」しか守りきれないよ。殺さなければ殺されると思ったとき、ボクは殺すだろう?敵を殺さなければお前を殺すと言われた時、正当防衛は成り立つのかな?まだまだ未熟で修行中の身です。まだまだ分からないことばかりです。みんな、そうだよね!?戒を持つことで、自分を信じることが出来る。戒を守り抜くことで、自分に誇りを持つことが出来るんだ。私はそういう人間になりたい。
2004年06月19日
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狼少女は教育を受けられなかったから、人間に成れなかったのか?ヘレン・ケラーは教育を受けられたから、人間に成れたのか?考えると、とても不思議だ。人間の本質とは、どこにあるのだろう?狼少女はただの障害児だったのだろうか?ヘレン・ケラーは生まれた時は普通と言うか、病気のために眼と耳が障害を負った。サリバン先生も目が悪かった。ふたりが出会わなければ、ヘレンに「奇跡」は起こらなかったのだろうか?ボクは誰から教育を受けたのだろう?誰から「人を殺しちゃいけない」と教わったのだろう?はっきり憶えていない。親からだった気もするし、本からだった気もするし、、、自分で考えた!わけはないな。勉強した!わけはないよな。幼稚園の時かな?お釈迦様の話を聞かされた記憶がある。そのとき、お友達と仲良く遊ぶとか人を傷つけてはいけないとか習った記憶がある。それでボクが言うことを聞いたはずがない。言われただけで人間が変わるはずがない。人を変えることが出来るのは、すごく大きな力だ。人間に内在する大きな力が働かない限り、変わる事は不可能だ。そういう気がする。人間を良い方向へ導くことが出来るような。人間を良い方向へ変えることが出来るような。私はそういう人間になりたい。
2004年06月18日
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「狼に育てられた子供」の話は世界的に有名な話ですが、教育の重要性を説くのによく引用されます。また子供たちもこの話が大好きで、ボクも「インドの狼少女」の話として記憶しています。「ガラスの仮面」の中でも、主人公の北島マヤが狼少女の役を演じますね。狼が人間の子供を本当に育てることが出来るのか?疑問ですが(まだゴリラの方が・・)「奇跡の人」で有名なヘレン・ケラーは間違いなく教育の重要性を知ることが出来るのではないでしょうか。(これも「ガラスの仮面」に出てくるなあ)サリバン先生が初めてヘレンに会った時、ヘレンは野生児のようだったと書いてありますからね。サリバン先生はヘレンに、まず言葉を教えようとします。人間にとって、まず言葉を覚えることが大切なんですね。言葉を覚えることで人間になるのかもしれません。ボクの一番古い記憶は、ハッキリしませんが、確かに言葉をしゃべっています。記憶と言うのは言葉があってできるものだそうです。だから、赤ちゃんの時の記憶というのはないんですね。赤ちゃんの脳というのは、主に音に対して優先的に取り入れていくそうです。多分、言葉を覚えようとしているんですね。ボクは学者じゃないので専門的なことは分かりませんが、母親の言葉かけというのは実に合理的に出来てると不思議な感じがします。植物や動物も音楽に反応するそうですから、赤ちゃんの音楽環境というのも、もっと考えられてもいいように思いますね。大人が聞いても不快な音や騒音などは悪い影響があるかも知れないですね。「三つ子の魂、百まで」と言うのは、どうなんでしょう?3歳ぐらいまではどんな言葉でも覚えるらしいですから、あながちウソでもないようですが・・・。多分、脳がまだあまり拒絶反応を起こさないんでしょうね。この後、反抗期が始まりますからね。「性善説と性悪説」というのがありますが、人間って両方持っているものじゃないでしょうか。それから無意識(潜在意識)と意識(顕在意識)がありますね。それらがレベルを変えて人間の中に存在しているように思えます。視点を変えていくと人間の様々な姿が見えてくるのではないでしょうか?先入観や偏見、誤解や勘違い、色々な落とし穴やわながあります。出来るだけ注意深く、慎重に見ていかないとものごとの本質と言うか真実は見えてこないとボクは思うんです。「狼少女」の話は、そんな教訓もあるような気がします。狼に育てられると人間として育たない。だから教育というのは大切なんだ、とよく言われますがどうなんでしょう?非人間的に育てられた子供は、人間の皮を被った動物になるのでしょうか?人間になるのは、意外と大変なことなのかも知れません。本当に大切なことは何だろう?人の言うことに振り回されず、自分の頭で考えていく。私はそういう人間になりたい。
2004年06月17日
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小学6年生の11歳の少女がクラスメートの友達を殺した事件は、ものすごくボクにとってショックな出来事でした。忘れてしまいたいと思いましたが、マスコミはそれを許しません。いえ、自分自身が無視することを許しませんでした。亡くなった少女の父親の手記を読みながら涙が出ました。どうしてこんなことになったんだろう?信じられない思いは、ボクも同じです。どんなに注意しても、学校が何をしても、この事件は防げなかったでしょう。このような事件を防ぐ方法は、このような事件を起こす人をなくすことだと思います。人を殺してはいけない。どうして人を殺してはいけないのか?そのことを本当に分かっているのだろうか?例えば、戦争は人を殺すコトを正当化します。ゲームの世界でも、TVでも、映画でも人を殺します。なぜ人を殺してはいけないのか?ボクは子供にきちんと説明できる大人でありたいと思います。誰に対してもそう言える人間でありたいと思います。私はそういう人間になりたい。
2004年06月16日
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目標 ageless(永遠の、常に若い、年を取らない)「年齢なんか関係ないよ」と言ってしまったら、十分意識していることになってしまうので、歳のことはブラックホールの彼方に放り投げる。早い話、忘れる。年齢のことは常に意識させられてきた。もうおにいちゃんなんだから・・・まだ子供なんだから・・・お前もいい年なんだから・・・まだ若いんだから・・・年下の癖に生意気だ。いい年こいて何をしているんだ。・・)もう良いでしょう。。)もう年齢のことを忘れてもいいですか?ある年齢に近くなると色々と考えさせられてしまう。進学はどうするのか?就職はどうするのか?結婚は?子供は?もう良いじゃないですか。年齢でボクを縛り付けるのはやめてくれませんか?10代の頃は早く歳を取りたかった。そして今は、歳を忘れたくなった。歳を忘れると言うことは、自分を忘れることに通じるような気がして、、、すると無我の境地になって悟りが開けるような気がして、、、年齢を超えると言うことは、自分を超えて世界が広がるのかも知れない。そうだ!変人は、超人になるのだ!永遠に若さと美しさを保っていくのだ!・・)ア・ホ・・)ア・ホ・・)ア・ホ・・)ア・ホ・・)ア・ホ・・)話がアホな方向に流れましたが、ボクは真剣です。世間が老け込んでいく一方で、ボクは若さとバカさを保っていくつもりです。高齢化社会とか少子化社会とか言われて世の中は暗くなっていくようですが、ボクは負けません。きっと年齢に勝ってみせます。それでは、、、これから、エステに行ってきます。(@_@)/
2004年06月15日
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ボクの敬愛する「美輪明宏」様は、年齢不詳である。時々マスコミが生年月日を公表しているが、きっとアレは間違いである。美輪さまには俗世間の年齢というものはありえないと思っている。こんな風に書くとバカだと思われる方もいらっしゃると思うが、そもそも年齢などというものにこだわる方がおかしいと思う。すぐに人の年齢・職業・住所など聞きたがる人がいるが、浅ましい習性だと思いませんか?特に年上だからどうとか、年下の癖にとか言う人は好きじゃないな。出来れば、先入観を持たないで人間を見たいと思う。偏見や嫉妬、余計な感情は持ちたくないんだ。まあ、夢の話だけど・・・ボク自身、頭の中では考えるよ。この人はどういう生き方をしてきたのかな?って。顔に書いてないかな?とか、身体に現れてないかな?とかさ。他人の日記を読んでいても、それを書いている人のことを想像しては面白がっている自分がいる。この人はこういう風に書いているけど、実は違うんじゃないだろうか?とか裏を読むのが好き。でも、一番すきなのは自分を解放する人。ボクには出来ないことができる人。逆に考えると、その人の考えが表れない日記は面白くないよね。もちろん節度がない文章はNGだけど、誰が見てるか分からない場所で自分の意見を書くと言うのは緊張します。そこをあえて書くわけだから、それだけでも偉いと言っていいと思う。なぜかボクの日記にもゲストさんが来るけど、書いてみたいと思ったらやってみて欲しい。人を見る眼が養われるかも知れません。ちなみにボクがどういう人間かは、きっと誰にも分からないでしょう。(笑)変人っていうのは、ダテじゃぁないんだよ。相当変わっているんだから・・・(^_^;)
2004年06月14日
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今日、将来に対する不安を覚えてしまいました。今は良いとしても、将来ひとりぼっちになってしまったら寂しいだろうな・・・ 「愛がなきゃ生きていけない?」他人の人生をTVなんかで見ていると、つい勘違いしてしまう。例えば、年を取った夫婦の愛情物語。一方で、ひとりぼっちの老人の物語。一人じゃ寂しいですよと脅かされているみたいだ。確かに、人間はひとりじゃ生きていけないだろう。でも、一人暮らしは出来るはず。愛がなくても生きることは出来るはず。ただ、その寂しさがどんな感じなのかは分からないが・・・別にムリして生きることはないはずで、愛はないよりあった方が良いに決まっている。でも、その愛を手に入れるために無理をするというのも矛盾する話である。愛は簡単に手に入る。例えば、自分を愛すれば良い。例えば、地球を愛すれば良い。女を愛するのは、大変なんだと思う。ペットを愛する方が簡単だと思う。でも、大変な方を選ぶのも個人の自由である。将来、ひとりぼっちになりたくなくて、明るく・元気で・素直な・若くて・可愛い女の子を手に入れようと思うのならば、きっと大変なんだろうな・・・改めて、思ってしまった。将来、不安だ(。。)ドヨ~ン↓冗談です。(^_^;)
2004年06月13日
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ボクが一番欲しいものは、世界を見通す眼だ。出来れば、色んなコトを知りたい。宇宙の果てや人の心、地球の誕生や人類の進化、見えないものや知らないこと、、、知ってどうする?とも思うけれど、単純な好奇心である。しかも、情けないことに単なる夢だと思っている。言ってみたいだけである。毎日、ボッーと暮らしていると、大事なこと・重大なことを見落としているような気分になる。なんだか自分がすごくバカ!と言うかマヌケ!と言うか、能天気と言うか、、、これでいいのか?と不安になる。だから、叡智の眼が欲しくなるのだ。単なる自己満足や人から認めてもらいたい欲望なのかも知れないが、見落としてしまう恐怖からかもしれない。人間を動かすものは、欲望と恐怖だ。人は愛を望み、失うことを恐れる。6月1日、火曜日。お昼にその事件は起こった。小学校の給食の時間に、まだ幼さの残る6年生の女の子がクラスメートの仲良しだった女の子を殺した。相手の女の子を椅子に座らせて、後ろから片手で眼をふさぎ、もう一方の手にはカッターナイフを持って、頚動脈を切断するように刃を入れた。痛みを感じた女の子は、ビックリして暴れたかもしれない。声を出したかもしれない。泣いたかもしれない。でも、何が起こったのか理解できただろうか?それから、何が起こったのか?頚動脈を切られたら、血が噴出す。体中の血が流れ出てしまうかもしれない。・・・考えたくないな・・・こんな想像が出来るだろうか?こんな事、想像したコトがなかった。ボクは、自分に想像できないことが起こったことに恐怖した。思い出すのは、阪神大災害の時、、、TVの画面に映る、赤い炎と黒い煙。この世の終わりが始まったのかと思った。想像もしなかった?したくなかった?コトが起きている。そう思った。見覚えのある風景が、その姿を変えていくのを呆然と見ていた。そのときの気持ちと今度の事件が、シンクロした。何を見落としていたのだろう?何を見過ごしていたのだろう?この世界では、ありえないことなんか何一つないんだ。自分の想像を超えることぐらい、いくらでも起こり得るんだ。でも、そのたびにボクはショックを受ける。昨日会った人が、今日は死んでる。さっき笑ってた人が、今はもう何も言えない。そんなことは、知っている。みんな、みんな、知っている。知ってるけど、知らないんだ。こんなこと、書いてどうする?と思うけど、とりあえず無視しないように、、、過剰にならないように、、、逃げないように、、、相対していかなくちゃいけないだろう。だって、いつ自分に降りかかって来るか分からないし、、、もし、自分が関った時、何が出来るか知りたいし、、、あの人が教えてくれた「勇気」と言うものを、無駄にならないように自分の中に刻み込んでおきたいと思うんだ。そして、誰かに伝えていきたいと思うんだ。私はそういう人間になりたい。
2004年06月10日
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君がボクに送ったサイン ボクは分からないフリをしたね自信がもてないボクは 君から逃げ出したどうしてだろう? 素直になれなくてどうしてだろう? 涙が零れた絶望の闇のなかで まだボクは笑えない・・・君がボクに示したサイン ボクは守りきれなかったね周りのことばかり気にして 君のことおろそかにしたどうしてだろう? 信じることが怖くてどうしてだろう? 胸が痛んだ希望のカケラを集めて またボクは笑えるかな?君がくれたあのサイン いつかまた 見れたらいいなほんとうに・・・
2004年06月08日
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この世のすべてが何かの意味があって存在していると言う。無駄なことは何ひとつないのだと言う。でも時々、意味の分からないことがある。それはボクには理解できないのだろう。凡人には分からない、大いなる意思と言うものがあるのかもしれない。例えば、子供の頃には分からなかった大人の世界。大人になっても分からない世界の本当の姿。死なないと分からないあの世の世界。分からないことが実は多いのだということを分かること。そんなことを考えると、結局何ひとつ自分は分かっていないのだということに気が付く。なんとなく分かった気になって、日々を送っているに過ぎないのだ。ボクたちは、いつでも試されているのかもしれない。自らが自らを救うことが出来るのかということを・・・救う人の側に立てるのかということを・・・誰かに、試されているのかもしれない・・・そんな気もする。
2004年06月03日
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ナイフを作った人は、それが人を傷つけることを考えただろうか?銃を作った人は、それが人に向けられることを考えただろうか?ダイナマイトを作った人は、それが戦争に使われることを考えただろうか?原子力を発見した人は、それが爆弾になることを考えただろうか?人はなぜ、人を傷つけるのだろう?ボクたちは、多くの命を食べて生きている。ボクたちは、多くの命を犠牲にして生きている。無意識に植物を殺したり、意識的に虫を殺したりしている。そんなボクたちが、なぜ同じ人間まで殺そうとするのか?自分さえ良ければいい、と言うのだろうか?自分を犠牲にはしない、と言うのだろうか?誰か教えてくれないか?
2004年06月02日
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