JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.04.21
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次





潤井川に架かる「富安橋」を渡る。
古くは三度橋という橋が架けられていた。江戸時代に江戸と上方を月に3往復する
”三度飛脚”を生業とする”三度屋”という問屋があり、青島・高島・蓼原村の3ヶ村の要請で
建設費用に42両もの大金を出したことから、三度橋と名付けられたという。



潤井川の上流側を見る。



旧東海道の左手にある石柱。刻まれた内容は判読不能。



『袂の塞神(たもとのさいのかみ)』。
大きな顔の石仏で笏を持って頭巾でも被って
この塞の神のお祭りも道祖神と同じで、1月14日に正月のお飾りなどを
燃やすドンドン焼きもあるようだ。笏(しゃく)を持つ像だが年号などの刻銘はなく、
江戸後期のものと思われる。



近くにあった立て札。『蓼原(たではら)の単体道祖神』と。
ここが川原宿と塔の木の境目。塔の木も川原宿と同じ旧蓼原村。



富士見大通りの塔の木交差点を渡る。
右手に富士山の姿も。



静岡県総合庁舎の敷地内にあった『間の宿 本市場』。
「この地は吉原宿と蒲原宿の間にあって、間の宿として東の柏原と共に多くの茶屋が
建ち並び旅人たちで賑わった。霊峰富士を讃えた鶴芝の碑が近くに建てられています。
本市場村の名物として、白酒、葱雑炊、肥後ずいきなどで知られ。広重は白酒売りの茶屋で
憩う旅人を描いています。」



『東海道五拾三次之内 吉原』


民家の一角に『鶴芝の碑』が。
ここから眺める雪の富士山は美しく、山腹の雪の形が一羽の鶴が舞っているように見えた
ことから、鶴芝と呼ばれていたと。



鶴の絵と詩文の刻まれた碑が。
画家『盧洲(ろしゅう)』の描いた絵に、江戸時代の学者『亀田鵬斉(かめだ ほうさい)』が
詩文を添え、文政3年(1820)、鶴の茶屋に碑が建てられたと。
このあたりは、旅人の休憩所(立場)で『中の茶屋』『鶴の茶屋』などと呼ぶ茶屋が
並んでいたと。



『間宿 本市場』周辺地図。



『旧東海道順路』の地図が丁寧に。
何故かピンク色に映っていましたが。



旧東海道を右手に外れて『浄土宗 米宮山  法源寺』を訪ねた。
山門。



『本堂』。
伝承によると、鎌倉光明寺第8世祐崇が開創。年月は資料によって差異があり、
応永元年(1394)、明応元年(1492)などさまざま。その後、無住時代を経て天正年間
(1573~91)、当地に移住した武田勝頼家臣の高田長門守2代目・高田六兵衛
(糸屋七郎右衛門詮利)が檀縁をむすび、現在地に移転再建。さらに同じく有力檀徒だった
小楠氏が、僧澄誉をまねいて寺観を整えた。
江戸期は除地3石7斗7升を有し、江戸後期の地誌『駿河記』『駿河国新風土記』には
「米宮山 覚寿院 法源寺」と載り、『駿河志料』には堂宇に弁天堂・観音堂、塔頭に
最勝院・壽光院がみえる。文政3年(1820)1月8日に火災、嘉永元年(1848)4月30日には
落雷で焼失したが、そのつど再建され、現在の本堂は明治37年、位牌堂は昭和2年に建造した。
本尊は阿弥陀如来。



六地蔵尊(左)とピラミッド状に積まれた無縁供養塔?



『和順観音菩薩像』。



『法源寺 墓地地図』。



『歴代上人墓地』。



枯山水の庭とその奥に庫裡が。



次に訪ねたのが『日蓮宗 蓮寿山 常諦寺(じょうたいじ)』。
山門。



常諦寺は、弘安4年(1281)日蓮の大檀那・高橋六郎入道が日蓮の還暦祝いに自邸を
寺に改めたのが始まりと伝わっている。



『本堂』。
開山は1281(弘安4)年、日興上人の弟子、日弁上人を開山の師として迎えた。
ご本尊は一塔両尊四士です。江戸期までは本行院、全了坊の塔頭2寺、末寺6寺という
大きなお寺であったが、現在の末寺は1寺のみに。



『昭和11年 旧本堂西側鬼瓦屋根』と。



境内には眼病に霊験があるという『日朝堂』が。



旧東海道に戻り、更に進む。



『間宿 本市場』。



『旧東海道本市場一里塚』
日本橋から35番目、花壇の奥に「旧東海道一里塚」と刻まれた石碑があった。



水路沿いを歩いて行くと『富士市立富士第一小学校』が右手に。



富士本町通りまで辿り着き、左折しJR富士駅に向かう。
このJR富士駅前の商店街も閑散としていた。時間は15:20。



そしてJR富士駅北口に到着。



富士駅北口ペデストリアンデッキにあるブロンズ像「飛躍」「黎明」。



そして熱海行き(15:59)の電車に乗り帰路についたのであった。

                   ・・・完・・・






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Last updated  2020.04.28 14:43:55コメント(0) | コメントを書く


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