JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.10.14
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次

ここからは、今回の「旧東海道を歩く」の9月25日のブログである。

続いて歩を進めたのが寺社巡り。
『寺道』を進むと新居宿の西端には、寺や神社が林立するエリアがあった。
最初に訪ねたのが瑞龍山『新福寺(しんふくじ)』。



この後訪ねた『 臨海院 』と共に 天台宗の寺として開山されたが、その後、曹洞宗へと

『新福寺』はもと天台宗の寺で、創設年代・由来は不詳ですが真達公の開創と伝えられている。
天正元年(1573)に三ヶ日金剛寺の直伝竜察和尚がこの地に至り、曹洞宗に改め、草創開山に。
慶長元年(1596)三ヶ日金剛寺吉山宗豚和尚を請待して開山と仰ぎ、慶長十八年(1613)
初代代官彦坂文右衛門の帰依により、諸堂の改修が行われた。
宝永四年(1707)の大地震で諸堂が半壊したが、翌年寺を現在地に移転再興したのだと。



『山門』。



山門の両側には、多くの石仏がズラッと安置されていた。



山門に向かって振り返る。



『百観音』石仏とのこと。



『鐘楼』。



『本堂』。

名 称■瑞龍山 新福寺(しんふくじ)

住 所■湖西市新居町新居1341

宗 派■曹洞宗

本 尊■釈迦如来




扁額には『 瑞龍山 』の文字が。



本堂前には『鬼瓦』が保存されていた。



『六地蔵』。
六地蔵とは、釈迦の入滅後から弥勒菩薩が出世するまでの無仏時代に出現し、六道の全てに
姿を現すことのできる唯一の菩薩であり、六道の全ての生き物を相手に教えを説き、
救いの手を差し伸べてくれると信じられている。
亡くなった肉親・知人たちが、六道のどこに生まれ変わっていよううと、その人を救って
頂けますようにと願って六地蔵が作られたのだ。







朱の鳥居には『瑞龍神社』と書かれた扁額。



『三界萬霊塔』。



稚児を抱く姿は慈母観音像、子安観音像であろうか?



そして槙の生け垣に囲まれた寺道を更に進む。



次に訪ねたのが『隣海院』。



・宗派  曹洞宗 新居山(しんきょさん)隣海院
・本尊  薬師如来
・創建  永享8年(1436)
・開山  進外能迪和尚
・沿革  
 永享8年(1436)真達将公和尚が日ケ崎村隣海院を開創し、

 日ケ崎山隣海院となる。
 宝永4年(1707)大地震の大津波により、諸堂が流出、翌年当地に移転、
 日ケ崎山を新居山と改める。文化7年(1810)の大火災により諸堂が焼失したため、
 各所の修理改築を行った。
 山門は火災を免れ、最も古い建物として残り、「ジキジキ像」が祭られている。

 三十三観音像がある。



『山門』。



山門は宝永年間建立の四脚門で、梁上に「ジキジキ様」と呼ぶ憤怒像の彫刻があった
梁を支える真っ赤な健気な姿は 参詣者の邪心を祓うと言われているのだと。
『ジキジキ様』の名前の由来等はネットで調べましたがよくわかりませんでした。
以前にここを訪ねた三宅裕司がテレビ放映された際に、明らかにしていなかったのだろうか?



ネット情報によると
座像の作者・年代等は不詳。鬼とも猿ともつかぬ異様な形相をしている。
元々のジキジキ像は傷みが激しいため、本堂に移され現在は代わりに同院出身の
彫刻家見崎泰中氏の複製になるジキジキ像が安置されている。
ヒノキの寄木造り、高さ52cm。平成11年町文化財に指定されている。
ふんどし姿の後ろ姿を。



こちらが本物のようだ。
平成11年 旧新居町有形文化財に指定されたと。


      【 http://sotozen-navi.com/detail/article_221173_1.html 】より


山門の見事な彫刻。



『鐘楼』。



『本堂』。
『本堂』前には巨大な蘇鉄が対で。



『本堂』内部。



『本堂』からの渡り廊はアーチ型。



『水子地蔵堂』



様々な石碑、石仏が。



寺道界隈の見事な石垣の上に白い塀が。
名前のごとく寺社が密集している地域で、新福寺、隣海院、本果寺、諏訪神社、普門寺…、など、
古刹が何軒かを訪ねることが出来た。
これも事前予習のお陰。



臨海院の南側に法華宗陣門流の『正興山本果寺(しょうこうざんほんかじ)』があった。
『本果寺』は、もとは真言宗の寺院であったが、元中7年(1390)本興寺の末寺となり、
法華宗に改宗した。
徳川家康をはじめ代々の将軍より朱印を下賜され、有栖川宮御祈願所を拝命し、
位牌を安置していると。
朝の清掃をされていた住職から、『法華宗』とは日蓮を開祖とする宗派のうち、
勝劣派の諸門流が形成した宗教法人の多くによって用いられる名称であると
教えて頂きました。
『南無妙法蓮華経』と刻まれた石碑。



脇門奥には人物像が。



『?藤慶三翁之像』、判読できません。



  ・本尊 十界互具 大曼荼羅
      一塔両尊四士高祖日蓮大聖人
  ・創建 元中7年(1390)
  ・開山 速誠院日才大徳(そくじょういんにっさいだいとく)
  ・沿革 
   もとは真言宗のお寺であったが、元中7年(1390)本興寺の末寺となり、
   法華宗に改宗した。宝永4年(1707)の大津波により大破、惣町移転となり、
   翌年現在地に移転した。
   徳川家康(1542~1616在職1603~05)をはじめ代々の将軍より朱印を賜り、
   有栖川宮御祈願所を拝命し、位牌を安置。松山新田の開拓者野口休可の墓や無縁供養の
   「めぐみ観音」を祀る。俳匠大野林火の句碑があり、「お経に化けた鯛」の伝説もある。
   平成12年(2000)「一字一石経」の経塚に、「あけぼののお鐘」が建立された。



『山門』。
山門は黒塗りの医王門で、乗馬のまま通行できることから武家用門ともいわれていると。



正興山 』と書かれた扁額。



参道の坂を上る。



坂の両側には『南無鬼子母神十羅刹女』と書かれた赤い幟が。



鐘楼堂。



「あけぼのの鐘」と呼ばれていると。



正面から。
平成十二年、一字一石経の経塚に建立されたと。
天に向かって突き出た見事な相輪がある鐘楼堂(宝珠・竜車・水煙は金色)。



あけぼの鐘の天井をズームで。
観世音菩薩、毘沙門天王、不動明王、帝釈天王、弥勒菩薩他20体の御絵像が配置されていると。



『本堂』。
宗派 法華宗 陣門流
   正興山 本果寺
本尊 十界互具 大曼荼羅
   一塔両尊四士高租日蓮大聖人
創建 元中七年(1390)
開山 日才大徳
徳川家康はじめ代々の将軍より朱印を賜り、有栖川宮御祈願所を拝命し、位牌を安置、
俳匠、大野林火の句碑があり、「お経に化けた鯛」の伝話もあるとのこと



『本堂』内部。



本堂の屋根の最頂部には越屋根が。『正興山 』の文字がここにも。



御朱印を頂きました。



                              ・・・​ もどる ​・・・

                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2020.05.01 15:00:37
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