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ランプの下にて(著者:岡本綺堂|出版社:岩波文庫) 歌舞伎作家でもある岡本綺堂の思い出話。 子供の時から歌舞伎に慣れ親しみ、役者との交流があったことがよくわかる。 こうでなくては歌舞伎は書けまい。 歌舞伎のことはさっぱり分からないのだが、何かに愛情を持ち、それに精通するというのはこういうことかと思わせる。 岡本綺堂の文章が読めるだけで楽しい。 半七捕物帖でもそうだが、時代小説で、着物の柄や素材の描写があってもよくわからなことが多い。しかし、それを着て生活していた人にとっては、特別なことではないのだ。 子供の時に、新富座見物に出かけたときの服装を、「鳶八丈《とびはちじょう》の綿入れに黒紋付の紬《つむぎ》の羽織を着せられて、地質はなんだか知らないが、鶯茶のような地に黒い太い竪縞《たてじま》のある袴《はかま》を穿《は》いていた。」(p25)という具合だ。 新知識も得られた。 「手をたたく者は一人もなかった。その頃には、劇場で拍手の習慣はなかったのである。」(p28) 「ハイカラという言葉はそれから九年の後、明治三十二年頃から流行《はや》り出したのであるから、念のために断っておく。その当時は専ら西洋かぶれといっていた」(p163) 言葉遣いでは、「見そぼらしくも感じられて」(p85)《『広辞苑』第四版には「ミスボラシイの転」とある》、「雁《かり》が飛べば蠅《はえ》が飛ぶ。昔からの諺《ことわざ》でやむをえなかも知れない。」(p125》などが目にとまった。 「劇場の運動場《うんどうば》」(p217)というのは、ロビーであろうか。 また、父親との会話で、父親が。「むむ。今度からここの相談役になったそうだ。」(p236)の「むむ」など、半七捕物帖そのままである。 三遊亭圓朝の落語にある「文七元結」は「ぶんしちもとゆい」だと思っていたが、この本では「ぶんしちもっとい」とルビがつけてある。(p299) 自分の人生については、新聞社に勤務したことでさらに歌舞伎との接点が増えたわけではあるが、自分ではそれでよかったとは思っていないようだ。「満十七歳二カ月にして新聞社に籍を置いたという事は、いろいろの意味においてわたしの不幸であった。今に至ってその感がいよいよ深い。」(p156)という。 どのように不幸だったのか、岡本綺堂自身の自伝を読みたいものだ。
2002.12.25
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岩の顔(著者:新田次郎|出版社:文春文庫) 主に1960年代後半に発表された短編集。 対等な仲間へのせりふの「一方的な見解ですわ」、夫への「あなたがおんぶして下さっても、私はこわいのよ」などの言葉遣いが時代を感じさせる。「風が死んだ山」 完全には解き明かされない謎が一つだけあるが、全体としては推理小説である。「岩の顔」 表題作なのだが、これが一番分からなかった。なぜこのような結末になるのか理解できない。「新婚山行」 ここまで読んでわかったことなのだが、山岳小説だという先入観があって違和感を感じたのだ。 心理小説なのである。ただ、山が舞台になっていて、著者が山について描写するのがうまいので山にとらわれてしまうのである。 重要なのは山ではなく、心理なのだ。「しごき」 いまなら「いじめ」というところ。「黒い雪洞」 「黒い」というところに登場人物の心理が象徴されている。 この後いったいどうなったのだろうか、という興味が残る。「虻と神様」 これは舞台が山であることがよく生きている。いや、山を舞台にしようとしなければ考えつかない話だろう。 山で道に迷った場合、谷におりることがもっとも危険であるとは知らなかった。なるほど、こういうことになるのか、と山の怖さを知らされた。
2002.12.17
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中世騎士物語改版(著者:トマス・ブルフィンチ/野上弥生子|出版社:岩波文庫) 名高い、アーサー王とその回りの騎士たちの物語。 一つのストーリーがあるのではなく、銘々伝である。 ガウェインの話、カラドクの話、ラーンスロットの話、と個別に語られる。 リア王の話がこのなかに含まれていると走らなかった。 最も印象に残るのは、やはり、ラーンスロットとアーサー王と王妃ギニヴィアの物語である。 ラーンスロットはギニヴィアを恋い求めながらもアーサー王に対しては忠誠を誓い、その危難を救いたいと思っている。 読むと、かつてのイギリスは小国割拠の状態であったこと、民族同士のせめぎ合いがあったらしいことがわかる。単純に「イギリス」などといるものはないのだ。 訳者の野上弥生子は1985年生まれ。この文庫の初版は1942年。 P197に「耳ざわりのよいことを言うな!」とあるが、「耳ざわりがいい」という用法はかなり昔からあったようだ。(「耳ざわり」は「耳障り」で聞いて不快に感じるという意味のはず)
2002.12.13
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会津藩最後の首席家老(著者:長谷川勉|出版社:中公文庫) 書名通り、会津藩最後の主席家老となった梶原平馬の半生記。 主に、京都守護職となった容保のしたがっての上洛から、会津での敗戦までを描く。 著者は、その梶原平馬の曾孫で、当然、会津に肩入れした書き方になる。「こうした出鱈目話は、何も敵からばかり出ていたわけではない。幕府軍艦奉行の勝海舟が無責任な放言をしたのである。この男の放言乃至虚言癖は、以前から有名だった。」(P115)「西郷吉之助という人物は、人並み外れて朴直な部分と人並み外れて狸の部分を併せ持った怪物である。」(p116)「患者の来ない村医者あがりでオランダ語の本で先方を学んだ大村(益次郎)」(P133)「岩倉(具視)も大久保(一蔵)も悪知恵は無尽蔵にあるが、文才も学才もまるでない。」(P166)「榎本(武揚)は大秀才であった。その頭脳にはヨーロッパの新知識が充満していたが、慶喜同様、エゴイストであったのだ。」(p214)という具合で、当然、慶喜は、「百才あって一誠なし」だの「ヒステリー秀才」だの、ことあるごとに悪く書かれている。慶喜に対しては、憎悪というよりも軽蔑を感じているらしい。 会津落城後は、作者の分身である時雄という平馬の子孫と平馬の会話で、その後のことが語られる。 京で出会ったテイという理想的な女性を妻とするのだが、その妻を理想的な女性として描いている。 しかし、作者は、もともとは平馬やテイに対して否定的な立場にあった。 テイの出現によって、一子をもうけながら平馬と離婚した二葉の曾孫なのである。 また、平馬は会津戦争の指導者・責任者であり、その後一世紀にわたる一族の冷飯食いっぱなしのもとを作った男だと思っていたという。 作者は後書きで、「平馬の子孫は彼の没後百二年目にしてやっと曾祖父との和解を果たしたのである。」(P269)と書いている。 「海ゼロ山ゼロ」(P77)という表現など、時代小説としてはどうか、と思うが、全体をみれば、熱い情念に包まれた小説である。 偽の詔勅やでっちあげの錦旗によって私怨のために会津を攻撃し、江戸時代を否定することで自分たちを正当化してきた、いわゆる「明治の元勲」のでたらめさにはあきれるばかりである。
2002.12.03
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ただの教師に何ができるか(著者:諏訪哲二|出版社:洋泉社) 著者は、「プロ教師の会」の理論的支柱。 観念の世界に閉じこもって現実を批判する新聞などの論調とは異なり、現実に根ざしている。 読めば分かるが、教師は生徒からすれば問答無用の存在であるのが当然であって、生徒を合理的に納得させる必要などないのだ。学校における、民主主義や合理主義の弊害について、気づかない人が多いのが不思議だ。しかし、現実には世の中の論調は困った方向へ流れている。 たとえば、 いま文部省が押し進めている教師の意識改革は、本来教育的意味合いを持っていた「近代前期」な要素を洗練させて「近代後期」的なものにすることである。そこでは「きたない」から掃除をする必要があるのであって、汚れていなければ手を抜いていいという「正しい」理屈がまかりとおることになろう。ついには、生徒の掃除そのものも消えることになるかもしれない。(p167-168)という文がある。 別に、生徒に掃除をさせることが必要だと言っているのではない。合理主義を進めていけば、「必要ない」ことはしなくてもいいことになり、自分が納得できないことはしなくていいことになる。 したがって、どんなルールでも、納得しなければ従わなくてよいことになるのである。 新聞記者などは、校則を取りあげて、生徒が納得できない校則はよくない、守らせるには納得させなくてはならない、などと言う。それを押し進めていけば、「人のものを盗んではいけない」というルールでも、自分が納得しなければ従わなくていいことになるのだが、なぜそのことに気がつかないのだろう。 自分のことに触れたところも多く、左翼思想に染まっていたこと、組合員である、英語教師であることなどはじめて知った。 意識的に教師としてふるまう自分と、一人の人間としての自分は別にしているらしい。 それはそうだ。一人の人間としての面をむき出しにして生徒に接したら、環状の赴くままに行動することになってしまう。 たとえば、ある教師が離任式で話したことに触れて、私は聞いていて何度か涙腺がゆるんだほどであったが、批評家としての私は彼の語りは「近代」でしかないこと、戦後的な啓蒙の域を出ていないと考えていた。(p189)という文章でわかる。 1941年生まれであるから、執筆同時五十代後半のはずだが、「意外と」(p158)という表記に驚いた。すでに「意外に」は消えてしまったのだろうか。 「夜郎事大」(p143)は、「夜郎自大」の誤植なのか、あるいは「事大主義」をそうも書くと思っているのか。
2002.12.02
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