全180件 (180件中 151-180件目)
みなさん、こんばんは。みなさんの所では雨が降りましたか?こちらはちょっとぱらつく程度でした。空は真っ黒で雲もいかにも雨雲らしかったのに。台風15号の影響でしょうか、涼しかったです。さて、こちらはルネサンス期のフランス王の評伝です。評伝らしからぬ対象への愛が感じられます。フランソワ一世 フランス・ルネサンスの王Francois Le roi dela Renaissanceルネ・ゲルダン 肖像画くらいは見た事があるかもしれないが、おそらく日本では知る人ぞ知る存在だ。赤毛のアンのヒロインが泣いて喜びそうな膨らんだ袖の男性は、フランス国王フランソワ一世。知名度があまりない彼の周辺は有名人で満ちている。 まず、彼の義父であるルイ12世の最後の奥様メアリーのおつきとしてイギリスからついてきたのが、後のイギリス女王アン・ブーリンの姉(妹説もある)メアリー・ブーリン。次いで、もう絵が描けなくなっていたレオナルド・ダ・ヴィンチが終の棲家として彼の招聘に応じる。さらに、彼の息子アンリの嫁としてやって来るのが、佐藤賢一『黒王妃』のヒロイン、カトリーヌ・ド・メディシス。悲劇の女王スコットランドのメアリの夫となるフランソワは、彼の孫にあたる。 この時代王族同志の結婚が当たり前であったため、親戚の親戚は皆家族。国同士の戦争もお家騒動のようなものだ。しかしその結婚によっても手に入れられなかったのがただ一つ、イタリアだ。祖母がイタリアの名家ヴィスコンティ家出身であったことやルネサンス文化への憧れから、彼はイタリアに執着する。執着といったって自分のものではないのだが、イタリアも教皇領だの何だのあって統一された国家ではなかった。そこで頑張っていたのが最近ドラマや漫画で人気のチェーザレ・ボルジアで、そのため彼が主人公であった場合、大抵フランソワは悪役にされている(とほほ)。 イタリア愛に燃えていた彼の前に神聖ローマ皇帝カール5世とイギリス国王ヘンリー8世が立ちはだかる。おっ、ここにも有名人。中世西ヨーロッパはこの3人が手を結んだり戦争したりと敵味方が激しく入れ替わる歴史がひたすら繰り返される。二人の君主に比べると、どうもフランソワ一世は強い軍隊を持ちたがった割には決定的な場面で判断を誤ったり、お友達内閣を作ったりして残念な君主の印象が否めない(おや、何だかデジャヴ感が…)。だがそんな彼に対して筆者は「世間一般の見方とは裏腹に、本当に強かったのはフランソワ一世」と主張し、冷静沈着な描写が求められる評伝にしては、かなりの数の「!(ビックリマーク)」を連発して影薄き王の波乱の人生を紹介する。妻を8人もかえた色好み君主のイメージが強いヘンリー8世の強かな面が垣間見られるのも一興。【楽天ブックスならいつでも送料無料】【【高額商品】【5倍】】フランソワ一世 [ ルネ・ゲルダン ]楽天ブックス
August 24, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。長崎の原爆投下の日も過ぎて、あとは終戦記念日です。あいかわらず暑いですね。今回は戦争にまつわる本を紹介しようと思います。ヒトラーの建築家東秀紀 実現はされなかったベルリンの再開発計画立案にも携わっていたアルベルトは、次第にヒトラーから信頼されるようになる。そして第二次大戦が始まると、自らの意思ではないが、軍需相に任命され兵器開発に携わることになってしまう。建築家としてヒトラーに気に入られ、ナチス党大会の会場設計を手がけたアルベルト・シュペーアの評伝。彼の人生を、同時期に生きた日本の建築家谷口吉郎の辿った人生と並行して描かれている。建築家もまた芸術家であり、彼等に仕事を依頼するパトロンが存在しなければ、成り立たない。そのため、えてして芸術家のパトロンはその時の権力者であることが多い。過去のルネサンスにおいてもしかり。だから、権力者が狂気に走ってしまった時、それを止めることはできないのか。いや、何ものかを作りだすのが芸術であるならば、何ものをも壊してゆく、つぶしてゆくのが戦争であるならば、この二つは決して相容れないのではないだろうか。実行にうつすことがいかに困難であったか、過去の歴史が証明しているとしても。読みやすい文体でした。【中古】 ヒトラーの建築家 /東秀紀(著者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
August 10, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。アイルランド紛争というとどうも戦争というイメージから男性だけが闘ったようなイメージが強くないでしょうか。こちらは女性ながら、そしてイギリス生まれながらアイルランド独立のために戦った女性の伝記です。モード・ゴン 一八六六-一九五三 アイルランドのジャンヌ・ダルク杉山寿美子/著 表紙の女性がモード・ゴンだ。本書には写真が多数収録されているが、あいにくモノクロばかり。もしカラー写真があれば、彼女の輝くような金髪が見られたはず。社交界デビューの時の写真もあるが、男達の褒め言葉が誇張ではないくらい美しい。その彼女が、晩年、毒りんごを持った白雪姫の義母かと見まごうばかりの姿を見せる。その皺を刻ませたのは何なのか。それを探ることは、アイルランドに何が起こったのかを探ることにもなる。 『マイケル・コリンズ』『麦の穂を揺らす風』など北アイルランド問題について言及する時、男達の活動は映像でも描かれてきたが、女性は常に男性を見送る立場だった。しかし女性たちもアイルランド独立を願い行動した。モード・ゴンもその一人だ。 アイルランド生まれかと思いきや、彼女は両親ともに生粋のイギリス人。身長がすらりと高い彼女は男性にモテモテで、結婚相手もよりどりみどり。しかし彼女は結婚よりアイルランド独立運動に身を投じた。貧しき人々、政治犯囚人たち、小作地から追い立てられる農夫たち、飢える子供たちなど、弱者に常に目を向けていた彼女は、テロの実行犯にはならなかった。彼女の武器はあくまで言葉であり、民衆の前でアイルランド独立と貧者救済を説いた。魅惑的な声で語られる主張に、聴衆は残らず彼女の虜になった。但し、イギリスを憎むあまりに「イギリスの敵は私達の友人」という考えに固執して親ナチスドイツに傾いたことは、様々な論議を呼ぶ。 「ジャンヌダルク」と讃えられた彼女のたった一つの泣きどころが私生活だった。彼女の虜になった後のノーベル賞作家・イエーツは、彼女をミューズとして数々の美しい詩を作った。断られても求婚を続けたが、結局は「霊的結婚」という都合のいい言葉で「いい人」のポジションを与えられただけだった。彼女の娘は既婚者との間に生まれており、息子の父親とは別居・死別した。後に祖国の要職に就く息子を慮って、自ら著した自伝『女王の僕』では多分に嘘が含まれた。国民の幸せに気を配る一方で、身近な者達を傷つけた、とも言えよう。 活動家であったために家を焼かれたり捜索されたりしたおりに焼失し、残されている資料は極めて少ない。本書は限られた資料を元に、客観的な視点で美談にすることなく書かれた公平な評伝と言える。【送料無料選択可!】モード・ゴン 一八六六-一九五三 アイルランドのジャンヌ・ダルク[本/雑誌] / 杉山寿美子/著
August 6, 2015
コメント(0)
みなさん、こんにちは。1年も半分以上が過ぎましたね。景気は良いようですが見せかけのようにも感じます。しっかり無駄遣いしないようにしなければ。それは国も同じはず。先ごろ話題になったあの建物騒動なんかも、金銭感覚が麻痺している人達によってどんどん費用が膨れ上がりましたね。本書はそんな事態が起こることを戒めてくれるような内容が沢山つまっています。帳簿の世界史The Reckoning Financial Accountability and the Rise and Fall of Nationsジェイコブ・ソール 大晦日にギリシャに行った。真夜中だというのに人々が通りに出て来て、知らない人にも酒を振る舞うわ花火をぱんぱん鳴らすわ、それはもう大騒ぎ。垣根のない大盤振る舞いは「さすがラテン気質♪」と思ったが、いやはや、とうとう借金国家に。 慰めになるかどうかはわからないが、国家破綻はギリシャが最初ではない。無敵艦隊を擁したスペイン、ヴェネツィアのメディチ家、太陽王統治下と革命直前のフランス…数多くの国や名家が破滅の一途を辿った。本書は国や名家、企業の興亡を、特に帳簿と帳簿に関わった会計士に着目して紹介している。また、会計士が世間でどのように見られていたかを視覚的にわかるように多くの絵画を紹介している点もわかりやすい。 国や名家は、最初は貸方と借方完全一致の複式簿記の知識を習得して権力を手にするが、安定してくると欲深くなり、明確な数字で赤字不安を持ち出す会計士が遠ざけられる。代わりに会計の何たるかを知らない素人がグダグダのバランスシートを提出して財政状態は悪化の一途を辿り、遂に息の根が止まる。 なぜうまくいっていた会計をないがしろにしたのかについては、宗教も絡んでいた。シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の例にもある通り、昔から金貸しや金に関わる商売をする人は一段下に見られており、佐藤賢一の『黒王妃』で、イタリアの豪商メディチ家の出身であるカトリーヌ・ド・メディシスが「おみせやさんの娘」と揶揄された所以もここにある。嘘をつかない数字とそれらを読み解く会計士を誰もが恐れた時代を経て、今度は人が帳簿に嘘をつく時代がやって来て、監査が登場。これでやっと健全財政が保たれるかと思いきや、監査法人がコンサルタントを兼ねるようになると、利益相反が起こって公正かつ透明な財政は崩れ去る。こうして帳簿は常に健全と不健全の間を行ったり来たりする。 つまりは理屈をどんなに理解していたとしても、運用する人間にその気がなかったら駄目だよ、という当たり前のことを、何度繰り返しても懲りないのもまた人間である。 ギリシャのニュースを眺めている日本にしても、決して健全とはいえない。税収の二十倍の借金を抱えながらも緊縮財政に舵を取らず、とある所で「巨大トイレ」と言われている建造物に巨額を投じる国家財政の会計責任を取れる人は、日本に誰かいるのか。優れた会計責任者なき国家と企業は没落するしかないというのに。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】帳簿の世界史 [ ジェイコブ・ソール ]楽天ブックス【のし・ラッピング無料対応】送料込【新型バリスタ 2014年モデル 10月1日発売】おまけ2個付【...価格:7,990円(税込、送料込)
August 2, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。日本って長いですね。今日は東京は蒸し暑いくらいだったのに関西では大雨だったとか。迷走している台風が原因でしょうか。さてこちらも人生に迷ってしまった男性のノンフィクションです。古地図に憑かれた男 史上最大の古地図盗難事件の真実The Map Thief:The Gripping Story of an Esteemed Rare-Map Dealer Who Made Millions Stealing Priceless Maps昔はほぼ年に一回、或いは二年に一回ぴあマップを購入していた。新しい店やホールや路線がどんどん作られていたし、出かける前には道を確認しておきたかった。しかしネット時代が到来し、今では地図どころか立体的な映像も携帯機器で見られるようになり、もはや地図を持ち歩かなくても生活に支障はない。 ところが、未だに紙の地図に関心を抱く人々もいる。世に言うコレクター達である。本書はそんなコレクター達に地図を売っていた、アメリカでも屈指の古地図ディーラー、エドワード・フォーブス・スマイリー三世の逮捕劇から始まる。なぜ彼が逮捕されたのかというと、海外の図書館や博物館から地図を切り取るなど、不法な手段で入手していたからだ。 本書の内容は各時代における地図作成者と作成の目的という【地図の歴史】パートと、スマイリーの幼少期から逮捕後までの【現在】パートが同じ章の中で紹介されている。 商品を不法入手して利益を上げていた点においては、最近読んだ本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂と被る所がある。しかし犯人の性格はだいぶ違うようだ。「本を~」は家族ぐるみで犯行を行っていたが、スマイリーは単独犯行であり妻子もいた。逮捕直前盗みに入る時の彼の様子が紹介されるが、「本を~」と異なり汗をかくなど非常に緊張した様子が窺える。つまり「罪を犯している」という意識があるということだ。また、逮捕後の対応についても刑の軽減のためとはいえ進んで協力し、盗んだ地図について図書館が認識しているより遥かに多くを挙げていた。まず再犯はないだろう。 両書を比較して、図書と地図の保管状況の違いにも驚いた。確かに初版、第ニ版と書籍本体に記されており、それ自体ずっしりと重量のある図書に比べて、切り取って畳んでしまえばポケットに入れて持ち出せる地図は、盗む側からすれば容易く、逮捕する側からすれば盗む瞬間を押さえるのも難しい。タイトルには「史上最大」と銘打たれているが、これは「あくまで明らかになった犯罪の中で」という意味に過ぎない。また、本から離れてしまえば、その地図自体に何年のもの、どの書籍のものと書かれているわけではないので「この地図は確かにこの資料の一部である」という証明が難しい。 望ましいのは地図が図書館や博物館に置かれた時点で資料に関する詳細なデータを作り写真を撮っておくことだが、それでも長年のシミや敗れによる劣化をその都度押さえておくことはかなりの時間と人員を要する。だが、そうしないとせっかく犯罪者が正直に犯罪を告白しても、「彼等が盗んだと申告した地図」よりも「図書館が盗まれたと申告した地図」の方が少なく、宙に浮いた地図が増え続けるという残念な事態が続く。かつては植民地開拓や戦争など実利的な目的のために重宝され、領土の変遷を写しとった地図には歴史がある。過去の地図を大切にする心がけが、未来の世界を描く上での助けとなろう。 【超ドドンパ祭で使える・500円クーポン配布中!】古地図に憑かれた男 史上最大の古地図盗難事件の真実/マイケル・ブランディング/森夏樹【後払いOK】【2500円以上送料無料】オンライン書店boox
July 23, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。昨日は本当に暑かったですね。久しぶりに洗濯をした方もいらっしゃったのではないでしょうか。私も久しぶりに御布団を干しました。気持ちがいいです。さて、こちらはあまり知られていない中国の内戦―国共内戦に着いて書かれたノンフィクションです。台湾海峡一九四九 龍應台白水社日本では歴史の教科書が毎回物議を醸しているが、実際の歴史の授業では、最後の方は殆ど駆け足で碌に内容も読まない。そのため第二次大戦後の中国の事なども、せいぜい「もとは一つの国なのに二つに分かれた」程度の認識しかなかった。 1949年はまさに台湾史上の大転換点で、蒋介石国民党政府が台湾へ撤退した年だった。しかし日本人にとっては、その翌年に始まった朝鮮戦争の方が印象深い。名前に台湾の「台」をつけた台湾出身の筆者は、兵役のある国の国籍を持つ息子に語るために、国民党軍、共産軍、日本人、先住民、アメリカ人に、1945年から1949年にかけて中国に何があったかを問いかけた。その本が中国では発禁処分だという。なぜ世界第二位の大国は、この本を恐れるのか。 現在の実力者が国家機密に関わる重大な秘密を暴露しているわけではない。長春包囲戦が問題なのか。5か月間に50万人だった市内の人口は17万人に減り、解放軍が見たのは餓死者の死体の山だった。「南京大虐殺よりも酷い」と言われる惨状が恥となるからか。「食べ物をくれる」と言われてついていったら兵士として訓練されてそのまま故郷を去ることになったという、世界のどこかで今も続く乱暴な徴兵を行ったことが知られると困るのか。それとも、日本軍の捕虜収容所で戦犯として裁かれた事が明らかになることを恐れているのか。いや、それよりも、軍備拡張を行う一方で、戦争となれば弱い者が真っ先に踏みつけにされてきた事実を、覆い隠したいのか。だが、これらは全て本当のことだ。国民一人一人が大変な思いをして生き延びた、その大切な歴史を語ろうとせずに、むしろ時間の経過に乗じて葬り去ろうというなら、戦争を知らない国民に不都合な真実が知られるのを恐れているのなら、おかしいのは国のほうだ。 語り手は詩人や作家、企業創業者もいるが、一般人もおり、時に筆者の前で涙ぐむ人もいる。筆者は新聞の社説のような舌鋒鋭く問い詰める口調で訴えるのではなく、平易で読み易い文章で個々の体験記を綴っている。そのためすらすらと読めるが、中身は重い。誰か一人が主人公となってもその生涯はドラマになる。そして彼等からの言葉はずしりとくる。 「かつて彼が持っていた、自分の命を捧げるに値する信念 それは国家とよばれていた。」という一節がある。隣国はかつて国民を裏切った。はて、我が国はどうだろうか。台湾海峡一九四九 [ 龍 應台 ]楽天で購入
July 12, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。「どうして山に登るのですか?」と問われて「そこに山があるから」と答えたとされる、イギリス人の登山家のジョージ・マロリー。彼の3度にわたるエヴェレストへの挑戦を綴ったノンフィクションが刊行されました。この台詞もどうやら本当は「そこにエヴェレストがあるから」だったそうです。沈黙の山嶺第一次世界大戦とマロリーのエヴェレストInto The Silenceウェイド・デイヴィス 一九二四年イギリスの二人の登山家ジョージ・マロリーとサンディ・アーウィンがエベレスト初登頂を目指したが遭難。一九五三年ニュージーランドの養蜂家エドマンド・ヒラリーとネパール出身のテンジン・ノルゲイによって初登頂は成し遂げられたが、それ以前にマロリーが初登頂を果たしていたかは、登山史上今世紀最大の謎とされていた。「謎はニ十世紀中にけりをつけなければならぬ」と誰かが考えていたわけではなかろうが、ジョージ・マロリーの遺体のみ一九九九年に発見された。 全十三章から成り、第一章から第九章までが第一回(1921年)、第九章から第十一章までが第二回(1922年)、第十一章から第十三章まで及び第一章の冒頭が第三回(1924年)の遠征について書かれている。上巻の表紙が第三回、下巻の表紙が第一回の遠征隊のメンバー写真と互い違いになっている。タイトルにマロリーの名が冠されているが、必ずしも彼にのみ焦点があてられているのではなく、他の参加者やプロジェクトを立ち上げた協力者についても詳細に述べられている。 なぜ山に登るのかと問われた時のマロリーの回答(キャッチコピー引用)は有名だが、イギリス自体はそう考えていなかった。第一次大戦は新興国アメリカを躍進させると共に、大英帝国を著しく衰退させた。イギリスは、戦争で傷ついた国が再びナンバーワンだと国内外に示せるような一大イベントが欲しかった。動機がそうだからといって、参加した登山家達の業績が損なわれるわけではない。しかし国を背負ったイベントになれば専門家以外も口を出す。「たられば」が歴史においてタブーなのは知っているが、もしプロフェッショナル主導で行われていれば、今回の遭難は避け得たのではないか。 私の見るところ、ポイントとなるのは、あまり頁を割かれていない第二回にあった。マロリーと同等の登山技術を持つジョージ・フィンチという登山家が初めて参加していたが、学歴の無い、しかもオーストラリア人の彼はパーティではよく思われていなかった。そもそもパーティの人選からして「プロの登山家で体力がある」という条件がクリアされたものではなく、偏見も混じっており、実際そうして選ばれた彼等は現場で弱さを露呈した。補給酸素を持って登山を行うというジョージ・フィンチを彼等は馬鹿にしていたが、もし第二回でジョージ・フィンチとジョージ・マロリーがコンビを組んでベストの状態で挑んでいれば、初登頂はこの時達成できていたかもしれない。もちろん不確定要素は山のようにある。それでも最低限、挑む者の体力と経験を完璧に近い状態に持っていくことがクリアされなければ、どんな挑戦も無謀であろう。100%完璧と見られる環境を作ったとしても、山という予測不可能な存在がそこにいるのだから。 …と全く山にはど素人の私が読んでも状況の分析が出来るくらいに詳しく書かれている。しかし本書の目的は過去の誰かのあれこれを責めることではないだろう。世界の頂に立とうとした人達が何を考えていたか、そして今後同じような悲劇が繰り返されないためには何が必要なのか。本書はあくまで未来に向けて書かれたものと理解している。 但し、校閲スケジュールが厳しかったのか、上下巻共に誤植が散見されるのが惜しまれた。再販がかかった場合には訂正されていることが望ましい。【楽天ブックスならいつでも送料無料】沈黙の山嶺 上 [ ウェイド・デイヴィス ]【楽天ブックスならいつでも送料無料】沈黙の山嶺 下 [ ウェイド・デイヴィス ]楽天ブックス
July 8, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。一年の半分が終わりましたね。早かった。本を好きな方はいらっしゃいますよね?でも好きだからってやっていいことと悪い事があります。こちらはやってはいけないことの典型例です。本を愛しすぎた男 本泥棒と古書店探偵と愛書狂The man who loved books too much アリソン・フーヴァー・バートレット 原題は『The man who loved books too much』で邦題のメインタイトルと同じだ。「複数人物が登場するにも関わらず、なぜ単数?」という疑問は残るが、それはさておき、いずれも本が好きな人達ばかりが登場する話ならば、読んでいて大変楽しい!…はずだ。しかし「そうとも言えない」と言い切る読者も少なからずいることだろう。 アリソン・フーヴァー・バートレットは、ある日、友人からドイツ語で書かれた古い本を預るが、実はこの本は知り合いの知り合いが図書館から借りたものだった。それなのに図書館には記録がないという。なぜこんな事が起こるのか? 素朴な疑問から始まった探索は、「本を愛し過ぎた男」との出会いに行き着く。アメリカのあらゆる古書店から、巧みな手口によって本を盗み続けた「本泥棒」ジョン・ギルキー、彼を独自のネットワークで追い詰めた古書店店主にして、結果的に探偵役を担うことになったサンダース。追う側、追われる側双方に取材することで、彼女は巧妙な手口やそれらを捕まえる手法、更には愛書狂と呼ばれる人達の実態を知る。 「本が好き」という言葉の解釈には「本を読むのが好き」「本を集めるのが好き」という二種類ある。読書体験から察するに、著者も前者である。「本を読むのが好き」な面々にとっては、書籍を持っていることをステータスとし、盗んだ本を読みもせずに高く売って儲けるギルキーと自分を同じ「本を愛する人」とは思いたくない。それなのに著者が敢えて異なる考えを持つ彼を取材する気になったのは、ジャーナリストとしての好奇心が勝ったせいか。ただ、その好奇心が勝ると、川本三郎さんが『マイ・バック・ページ』で陥ったように、ネタのために犯罪者を見逃す、という「道義的にみていかがなものか」というジレンマに陥る場合もある。くれぐれも、名声に追われて良心を全て売り渡すことがないように願う。 ところで、刑罰は犯罪を阻止、もしくは抑制するために行われるものであるのに対し、ギルキーに対しては全く効果がない。何度刑務所に入れられても盗む事を止めず、むしろ「何ヶ月後には収監されるからそれまでに…」などと、刑務所を含めたスケジュールまで組んでいるのだから、彼に完全になめられている。彼が本を盗むことへの抑止力たり得る刑罰はないのだ。規則的にただ与えればよいという形骸化した存在になった刑罰では役に立たない。単に‘盗難犯’に対しての刑罰を与えるよりも、‘彼’に対して有効な抑止力となり得る刑罰を与えることを検討してみてはどうか。 【送料無料】 本を愛しすぎた男 本泥棒と古書店探偵と愛書狂 / アリソン・フーヴァー・バートレット 【単行本】HMV ローソンホットステーション R
July 1, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。今日は不思議な縁で日本から出され、再び日本に戻ってきた根付の話をしたいと思います。琥珀の眼の兎The hare with amber eyes エドマンド・ドゥ・ヴァール ロシアのオデッサから始まったユダヤ系のエルフッシ家は穀物取引商で財を築き、やがて銀行を経営するまでになる。パリ、ウィーンの目抜き通りに豪華な屋敷を構えた一族の繁栄はこの先も続くと思われたが、第二次大戦が全てを変えていく。 「わたしには、今は失われた一世紀前の富や栄華を懐古する資格はない。それに、わたしははかないものには興味がない。わたしは指の間で弄んでいるこの木の物体―堅牢で巧緻な日本製の物―とその行方の間にどんな関係があったかを知りたいのだ。」 そうは言っても大叔父から譲られた264の根付の来歴を追ってパリ、ウィーン、東京を巡った旅は、すなわち、富や栄華を謳歌した一族の、そして、根付の代々の持ち主の儚い歴史を辿る旅にもなっている。根付の持ち主として3人の男性が挙げられている。一人目はシャルル・エフルッシ(著者の曾祖父の従兄)。三男坊のシャルルは、家業を継ぐ責任から逃れ、美術・文芸評論家としてルノワール、作家マネ、モロー、マルセル・プルーストなど錚々たる人々とも交遊があり、「失われた時を求めて」のシャルル・スワンのモデルの一人とも言われている。彼を通じて、文字通り華の都であったパリの喧騒が伝わってくるようだ。そしてこの頃は、一族は着々と財を築き、実力者との知己も得て、成長著しい幸せな時期であった。そんな中でドレフュス事件が影を差す。 二人目は、ヴィクトル・エルフッシ(著者の曾祖父)。彼も次男で、本来ならば家業を継ぐ立場になかったが、成り行きで当主となる。結あ婚祝いとしてシャルルから根付を贈られた彼の時代が最も苦難に満ちた日々であった。 『遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち 』でもつくづく思ったが、帰るべき国、頼るべき国をもたない民ほど不幸なことはない。ナチスドイツの侵攻により、ウィーンに拠点を置いていた同家の名は登記簿から抹消され家伝の美術品は略奪された。ヴィクトルは国籍も名前も変えられ住居も奪われたにも関わらず、戦後彼等の復権に力を貸す国はどこにもなかった。それなのに、奇跡的に根付が全て持ち主の手に渡った事実も、その経緯も「小説より奇」であり、悲しみに満ちたヴィクトルの時代の中で、唯一の喜びである。同じユダヤ系富豪として名高いロスチャイルド家は敵味方双方を支援する才覚があったが、エルフッシ家はオーストリア一辺倒であったため、ここで当家の栄華は途絶える。 この兎は三人目のエルフッシ―著者の大叔父イギ――によって生まれ故郷に戻った後、筆者のいるイギリスへとまた旅をする。明るく穏やかな琥珀の兎が、もし口を利けるとしたら、真っ先に語るのは何だろう?一族の悲哀か、自らの数奇な運命か、それとも…。【楽天ブックスならいつでも送料無料】琥珀の眼の兎 [ エドモンド・ドゥ・ヴァール ]楽天ブックス
June 24, 2015
コメント(0)
みなさん、おはようございます。サッカ―大荒れでしたね。なんか解説が苦しい言い訳をしていておまけに雨まで降ってきました。さて、こちらは第二次大戦の難民たちに焦点を当てたノンフィクションです。遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たちThe long road home ベン・シェファード/忠平美幸「I'll Be Back」言わずと知れた映画『ターミネーター』で、アーノルド・シュワルツネッガー演じる不死身のロボットが不敵に呟く台詞だ。彼は難なくどんな場所にも戻れたであろう。何せ、戻った場所がどのようになっていても、居心地が良いように破壊すればいいのだ。しかし一般市民は、そうはいかない。 第二次大戦を扱った映画やドラマは、最後には勝利を祝う国民のショットで終わる。しかし現実はそこからの生活がついてくる。本書は、第二次大戦で大量に発生した難民DP-Displaced Person-達がどのように帰還を果たしたか、或いは果たせずどうなったかを、彼等に関わった人々の証言を元に追ったノンフィクションである。我々がよく知る難民はユダヤ人のホロコーストであるが、土地も財産も奪われ、これまでの生活も根こそぎ変えさせられた被害者は彼等に限らない。ポーランド、ウクライナ、ユーゴスラビア、バルトと彼等の出身国は様々だ。ということは、特定の国民を想定した支援法では役に立たない。国民性も違えば、占領された時の被害状況も異なる彼等を支援する難しさに加え、更に、得意技の「どさくさに紛れて領地を分捕る」ソ連、健全で素直な労働力だけが欲しい西欧諸国、自分達の知らないところでなぜか自分達の領土の一部がユダヤ人に与えられると知って動揺するアラブ諸国など、人間として難民に同情はするものの、彼等を受け入れる事については逡巡する国の思惑も絡む。それを一方で戦争しながら一つの組織でまとめようという方が無理だ。プロジェクトは総括としては失敗になるのだろうが、逆にその状況でよくやった方だと思った。 難民が最も多く発生するのは戦争である。であるなら、当分日本には縁のない話だ。しかし最近のように天変地異が頻繁に起きたり、或いは原発事故のような人災が起これば、自分の故郷を離れる人々は少なからず発生する。現在はまだ日本の領土に留まっていられる範囲内だから良いが、全ての領土に住めなくなる事態が起こった時、我々もまたDisplaced Personになる。なってからでは遅い。起こらない方がいいのは当たり前だが、もしそのような事態が起こった時に、どのような問題が生じるのか。帰還に向けてどのような援助が必要なのか。全ての国民が領土から一度も強制退去させられた経験のない日本国民こそ、読んでおくべき書であろう。 遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち/ベン・シェファード/忠平美幸【後払いOK】【2500円以上送料無料】オンライン書店boox
June 17, 2015
コメント(0)
世界のどこかで戦争が起こっていますね。かつて酷い差別に苦しめられたこの人達の事も忘れてはなりません。ある奴隷少女に起こった出来事Incidents in the Life of a Slave Girlハリエット・アン・ジェイコブ邦題は原題とは少しニュアンスが異なっている。原題はIncidents In the Life of a Slave Girlである。 出来事を表す英語は、少しずつ意味が異なる。 Accidentは「思いがけなく起こった出来事」を指す。恐らく、邦題の「起こった」に最も適しているのがこの単語である。 Eventは「重要な出来事や行事」を指す。そして本作で使われているIncidentは「出来事」を指す最も一般的な単語である。つまり、この著者が語っていることは、特別なことではなく、奴隷制度があった当時には、ありふれた出来事ばかりだと伝えたいのだ。 さて、その「ありふれた」内容とやらを見てみよう。彼女の祖母は家族を買い戻すために300ドルを貯めていた。しかし女主人はその金を「すぐに返すから貸して欲しい」と証書も証人もない所で借りていき、燭台を買った。彼女の死後燭台は甥の所有となり、祖母への借金の返済は認められなかった。 所有者である医師から性的関係を迫られた主人公は、逃れるために彼とではない男性との間に子供を生む。その腹いせとして息子のプランテーションに送られた彼女は、彼女の逃亡を防ぐために子供達が送られてくると知り、密かに抜け出す。すぐさま懸賞広告が出され、その文言には「思い当たる理由も問題もなく、倅のプランテーションから失踪」と書かれた。 当初この作品は、ここに書かれていたことの実情があまりに惨かったことや文章が知的だったことから、白人著者によるフィクションだと思われていた。しかし彼女やその子供達が巧妙に悪辣な白人たちの裏をかいて生き延びた様を知れば「読み書きを知らない奴隷が書いたにしては知的すぎる」との指摘がいかに的外れであるかよくわかる。そして何よりも優れているのは、家族に辛く当たる個人ではなく、彼等を守る法律や奴隷制度そのものが諸悪の根源であることを、彼女がしっかりと見据えている点だ。 こうして彼女は、自分の半生を振り返る余裕も伝える術も獲得した。しかしそもそも、彼女の望んだ自由は、本来人間が当たり前に持っているべきものだ。にもかかわらず、いともたやすく一人の女性の自由を奪える力を持っている国家や法は、理不尽な状態を「ありふれた」事にしてしまった。彼女の前にも後にも大勢いた苦しむ女性達が、本当の「ありふれた」日常を送ることができる国家、それこそが本当の国家なのだ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ある奴隷少女に起こった出来事 [ ハリエット・アン・ジェイコブズ ]楽天ブックス
March 20, 2015
コメント(0)
今日はぽかぽかしていました。作家の評伝をいろいろ紹介してきましたが今回がラストです。まあ作家はいろいろいますが、皆少し変わっています。それが作家になれた秘訣なのかもしれません。フロベール伝Flaubertアンリ・トロアイヤ免疫がついたのだろうか。かっとなるとすぐ決闘したがるプーシキン、なんでそんなにいっつも自分の都合のいい方に考えられるんだよぅ(泣)と言いたくなるゴーゴリ、不幸で不毛な恋愛にばかり走るトゥルゲーネフ、あまりにも私生活乱調ぎみの作家達を見てきたせいか、フロベールがえらくまともに見える。 登場人物と自分とは分けて考えられているし、世情を見据えて出版時期を遅らせるという知恵もある。推敲は人一倍丁寧で、自分の編集権に関しても敏感だ。後輩作家に対しても面倒見が良く、外国の作家も偏見なく積極的に紹介する。余裕が感じられる。その理由は「母親の収入のおかげで、彼には生活費を稼ぐ必要がなかった」からだ。そうかといって暇人の楽しみとして小説に向かっていたわけではない。彼なりの「小説の理想」を持っていて、その形に近づけようと努力してきた。うん、こう書いてみると、やはりパーフェクト、という気がする。しかしそんなはずはない、何せ人間なのだからね。 「昼はナントカのように、夜はナントカのように」は男性が女性に対して抱く願望と言われるが、フロベールは一人にそれを求めるのではなく、別々の人間に求めた。少年時代の初恋の相手にはプラトニックな恋愛感情を抱き続ける一方で、性欲を満たす相手は別にキープしていた。その彼女が「お母さんに会わせて」だの「子供が欲しい」だのと言い出すと、そそくさと他の相手に走った。若い頃は相手に事欠かなかったらしい。しかし彼は、人間をある一面―つまりは自分の都合のいい方―しか見ないという事になる。小説では複数の人物からいろいろな要素を寄せ集めたキャラクターを作って、複雑な人物像を作り上げているといるのに、リアルでは複雑を嫌う。それは、人間と深くかかわらなかったということではないだろうか。作家や文筆業関係の友人は多くいたというのに。彼は、そんな生き方で果たして幸せだったのだろうか。 その答えはもう誰も知ることができない。彼の持論は「登場人物が生命を得るのは、作者がその背後に姿を消すことで可能になる」であり、あの『ボヴァリー夫人』で自らを投影した主人公を描いて以来、きっぱりと読者の前から姿を消してしまうのだから。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】フロベール伝 [ アンリ・トロアイヤ ]楽天ブックス
March 12, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。今日は会社でTVの黙祷にあわせて黙祷を行いました。また一年がやってきましたね。こちらはロシア作家の評伝です。ゴーゴリ伝Gogolアンリ・トロアイヤ 思いこみの激しい人は、往々にしているものだ。例えば、親から金を引き出すために架空の想い人をでっちあげているうちに、自分が本当に恋しているように思いこんで胸が苦しくなったり、有名作家をアポなしで訪ねて歓待を受けたら、まるで百年来の友人のように思いこんで「僕宛ての手紙は彼の家づけで送って!」と家族に頼んだり。ただ、そういう人達は、少なからず現実と思いこみのギャップに遭遇し「本当のところはこうなんだ」と修正する術を獲得する。そうしないと自分が辛いからだ。だが、いつまでも懲りない人はどうすればいいのだろう。さらにその人物が、他人と自分を客観視して描くことが出来るはずの作家だった場合は? 作家の名はニコライ・ゴーゴリ。そして彼がマブダチ宣言をした作家こそアレクサンドル・プーシキン。気難しさで知られたプーシキンが、彼よりも難しい性格のゴーゴリを引き立て、時には作品のネタも譲ったのだから、類は友を呼ぶというのは本当だ。 私はいくつかの職種につくことができます。仕立屋としての腕も仲々の腕です。壁画も書けます、料理人にだってなれます。料理の腕はちょっとしたものです。 と豪語したゴーゴリはなんと役者の試験まで受けて「ドラマティックな役柄が合っている」とアピール。これは「喜劇でもやれば?」といなされて不合格。作家として好評を得たのがラッキーとしか思えないほど、彼は自分で自分の事がわかっていない。プライドが高いにもかかわらず実力が伴っていない彼は、無理な仕事を受けるものだからすぐに馬脚を現し批判を受ける。すると途端に自信はぺしゃんこになり、旅行に行ったり自作を燃やしたりとジェットコースターのように感情が上下する。まあ、なんぎな人生だ。 自分の事は見えないのに、他人の事はよく見える。それがロシアリアリズム小説の祖と言われる彼を作り上げた。『アラベスキ』『ミールゴロド』で心理描写をこまこまとしなくても、その動作を描くだけで登場人物の心理を察する事が出来るというのは、優れた描写力、観察力の賜物だ。だが目は常に外に向けられ、内に向ける内省の目は遂に育まれなかった。 そう、結論を言えば、彼は懲りることなんかなかった。死ぬその直前まで、自己評価と他人の評価はすれ違い続けた。そして自分の価値を最も知らない人間が自分であった故に、作家である彼は常に苦しみ続けた。だが彼の死後、作品の評価は高まりその死は身分を越えたロシアの民から惜しまれた。なにが本当だったのか、彼等は知っていたのだ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ゴーゴリ伝 [ アンリ・トロアイヤ ]価格:3,024円(税込、送料込)
March 11, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。今日は雨ですね。作家はどこか風変わりなものですが、決闘までする作家はなかなかいませんね。プーシキン伝Poushkineアンリ・トロワイヤ国民詩人の記念像除幕式において、当代きっての文学者トゥルゲーネフとドストエフスキーが静かなるバトルを繰り広げるずっと以前、その国民詩人プーシキンは、文学者よりも食えない相手と闘っていた。ロシア皇帝である。その頃、ロシアには、ロシア文学と誇れるようなものがまだなかった。 彼は学生時代に『ツァールスコエ・セローの思い出』を発表し、一躍天才詩人としての名を欲しいままにする。しかし天才につきもののというべきか、彼はなかなかオトナになりきれなかった。まるでイタリア男性のように、美しい女性とみれば、未婚・既婚に関わりなく口説きにかかり、賭博が大好きで借金まみれ。カッとなりやすい彼は、決闘に及んだことも一度や二度ではなかった。しかし詩に関しては、誰よりも真剣だった。二人の兄弟皇帝からの追放や監視に苦しめられながらも、言葉を選び文を紡ぎ、自由な魂と愛を謳い続けた。皇帝が「粗野で下品」と愛さなかったロシアの民と土地を愛し、数々の名作を残した。 惜しまれるのは早すぎる死であり、ひいてはその原因ともなった結婚である。自分と他人を見ることにおいて、そして言葉においてプロフェッショナルであったはずの彼が、若く美しいが彼の作品に感想を言うこともできず、経済観念のない女性を妻に選んだのか。婚約したそばから彼女の元を離れようとしたふしさえ見えるのに。評伝の中にもその答えは見つからない、いや、納得できる答えが見つからないと言うべきか。強いて言うならば、どれだけ彼が優れた文章力や構築力を持っていたとしても、生涯軽率さを抑える術を知らなかったということであろうか。 表紙だけでは分かりづらいが、この評伝は全774ページだ。そして更に中が二段組になっており、八部構成となっている。トロワイヤが著してきた評伝の中でもかなり厚いが、更に言うならば、わずか三十七年と八カ月しか生きなかった人の評伝としては異例だ。トロワイヤは詩人の生涯においてのみでなく、その頃のロシアについてもだいぶ頁を割いており、同著者の『アレクサンドル一世』と内容的に被る所がある。また、実際この作品は伝記というより小説を読んでいるようであり、トロワイヤの彼への並々ならぬ思い入れが感じられる。さもあらん。一介の詩人としても、そしてその若さにしても、死してなお、時の皇帝を恐れさせ、激怒させるような文学者はそうはいまい。 《中公文庫》池田健太郎プーシキン伝 上下揃 【中古】afb古書 高原書店
March 9, 2015
コメント(0)
みなさん、こんにちは。今日は朝から雨ですね。さて、今回は評伝を紹介します。トゥルゲーネフ伝Tourgueniewアンリ・トロワイヤ私はあの女性のいいなりになっている。(中略)…一人の女が私の首に踵を置いて、泥の中に私の顔を突っ込まなければ、この私は幸せになれないんだよ あ、これ、SM小説の一節ではありません。手紙の一節です。書いたのは表紙の髭のおじさま。そして彼も、別にSM趣味があったわけではありません。いや、本当にそんなことして貰ってたら、いくら昔でも大スキャンダルでしょう。但し、彼は人生全般においてM体質であったようです。はい、そろそろ彼ではなく本名を呼びましょう。彼はトゥルゲーネフ。トゥルゲーネフといえば、ドストエフスキー、トルストイと並ぶロシアの国民作家として知られており、最も有名なのはやはり『はつ恋』でしょうか。 没落貴族の娘で自分の魅力を知りつくしているジナイーダは主人公も含めた取り巻き達を翻弄します。世に数多ある初恋の例に洩れず、主人公の恋も実ることなく終わってしまいます。その末路に若き日の初恋を重ね合わせ、涙を流した方もいらっしゃるでしょう。しかし、主人公がそもそも「実らない」ことを前提に恋していたら?トゥルゲーネフは、まさにそんな恋愛が好みだったのです。 ジナイーダのモデルは彼の本当の初恋の相手であり、冒頭の「かかとで踏む云々」の相手も出逢った時から人妻でした。土地持ちのロシア貴族で、結婚相手に事欠かなかったはずなのに、彼が恋する相手は皆、結ばれない事が前提の相手ばかり。人妻を家族から奪うなど考えたことがないのですが、責任を持ちたくないというのとは違うようです。まあ最終的には恋愛は個人の自由ですから、他人がどう思おうと本人が幸せならばいいんです。 ところで、そんな“どっちつかず体質”は、勿論作品の登場人物にも投影され、同国のロシア人男性作家がどのように見ていたか、想像はつきましょう?例えばドストエフスキ―とトルストイ。まあ、二人ともきっぱりしていましたからね。数々の伝記をものしてきたトロワイヤは、今回も作家達の間で飛び交う手紙や資料を駆使して、彼等の愛すべき赤裸々な姿を見せてくれます。 ドストエフスキーは自作『悪霊』の中にトゥルゲーネフをモデルにした人物を登場させ(出た!作家だけが出来るリベンジ)、『戦争と平和』を誉められたトルストイは、ちょうど自己嫌悪の真っ最中だったこともあって あなたには愛情を抱いておりますし、この私のためにしてくださろうとしていることは確信しておりますが、それでも私には、あなたまでがこの私を馬鹿になさっていると思えるのです。ですからもう、私の作品の話はやめにしましょう。人間は鼻をかむのにだってそれぞれのやり方があるものです。私は私にかなったやり方で、鼻をかむまでです とスネオくんな反応を示す(それにしても作家にしては鼻をかむという比喩がどうなんだろう)。いやぁ、有名人の手紙って怖いですね。どっちつかず=優柔不断と取るのではなく優しさと捉え、どこにもベースがない=自由であるとプラスに捉えることもできるのですが、はっきりしたものを好む向きには嫌われたようです。この同時代ロシア三作家の特色を対比して述べてくれるトロワイヤの伝記は本当にわかりやすく、トゥルゲーネフの特異性も際立ちます。 ところで現在日本では肉食系女子Vs草食系男子が流行しているようですが、案外、今の時代に受け身で流され系のトゥルゲーネフが現れたらモテモテだったかもしれませんね。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】トゥルゲーネフ伝 [ アンリ・トロアイヤ ]楽天ブックス
March 7, 2015
コメント(0)
いよいよ最後の日曜ですね。全然土曜って感じがしなかったな。雪が降った所もあったようですが皆さん寒くありませんか?さてこちらは美術館館長が綴った内幕ものです。いつも整えられた姿しか見ていない美術館、裏ではいろいろ起こっているようです!ミイラにダンスを踊らせてMaking the Mummies Danceトマス・ホ-ヴィング 問い「ヴァチカンとベルサイユとスルタンの宮廷とアリ・ババの洞窟を全部一緒にしたようなところとはどこでしょう?」答えはアメリカはNYの5番街に面している、メトロポリタン美術館-通称メット。 1967年までに六人の館長が就任し、うち一名は辞任した後間もなく死亡、二名は任期中に死亡。まるで呪われた美術館のようだが、それだけ館長が精神的にも肉体的にも激務だという事だ。そして1967年、36才の若さで第七代館長に就任し、1977年まで無事任期をつとめあげたのが、本書の著者であるトマス・ホーヴィングである。 タイトルは、ホーヴィングが館長就任を、当時の上司である市長に報告した際、市長から言われた言葉から取られている。「あの場所は死んだも同然という感じじゃないか。君ならミイラでも踊らせるからな。」 そしてホーヴィングはその言葉通り、ミイラも踊らんばかりの活気を美術館にもたらした。その当時、メトロポリタン美術館といえば、1870年に創設された歴史と権威はあったものの、一般の人にとっては、決して近寄りやすい場所ではなかった。だがホーヴィングは、現在では一般的になった美術館ショップの設立や、美術品の買いあさり、展示会の誘致、物議を醸す展覧会の企画などと次々と新機軸を打ち出し、美術館を一大イベントスペースへと変えてゆく。その様子が、バラエティに富んだエピソードを交えて、生き生きと描かれている。ツタンカーメン展にこぎつけるまでのゴマすり。ジャクリーン・ケネディ・オナシスのロシアでの歓迎ぶり。理事達との駆け引き、米原万里さんの著書でもお馴染みの、ロシア政府のアバウトさ、個性豊かなキュレーター達。盛りだくさんな内容は、なまじのフィクションより面白い。中でも、ギリシャのクラテール器を巡る騒動は、それだけでミステリーとして成立しそうな内容の濃さだ。毀誉褒貶が激しいが、うさん臭い人物や使えない部下への容赦ない切り捨てぶりは小気味良い。本書を読むと、名誉職と思われがちな館長が、イベントプランナ−、交渉人、ロビイスト、興行師と、企業経営者に匹敵する才能を必要とする職業だった事がよくわかる。TVシリーズでのドラマ化などすれば、もっと多くの人に知ってもらえるのではなかろうか。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】ミイラにダンスを踊らせて新装版 [ トマス・ホ-ヴィング ]楽天ブックス
January 4, 2015
コメント(0)
みなさん、こんばんは。いやー今日は寒かったですねぇ。『ダウントン・アビ―』が好きな方にお勧めのリアル奥様と私をお届けします。おだまり、ローズThe Lady’s Maid My Life in Serviceロジーナ・ハリソン ヴァージニアの煙草農園主の娘ナンシー・ラングホーンはバツイチで一人の子持ちとなった後に、アメリカの大富豪アスター一族出身でプリマス市長の夫と結婚し、子爵夫人レディ・アスターとなる。イギリス初の女性下院議員になり、内外の王族・文人・政治家と交流が深かった。そこに才色兼備で社交界の花形という要素が加われば、ドラマのヒロインにすぐにも取り上げられそうなキャラクターだ。だが、その奥様には知る人ぞ知る顔があったのだ。 その“知る人ぞ知る人の顔”を最もよく知っていた者の側から描いた作品が本書である。著者はロジーナ・ハリソンで、「お屋敷の女主人付きメイド」を目指して順調にキャリアアップして、レディ・アスターと出会い、ほぼ35年に亘って仕える。こちらもドラマのヒロインになれそうな人生だ。 だが、主役級が二人も揃うとどうもバランスが良くない。というわけで、ロジ―ナはレディ・アスターを含めたアスター家を語る「傍観者」のポジションに、代わって前面に出てくるのがレディ・アスターだ。とはいってもロジ―ナは邦題の如く「おだまり」を連発されていたのだから、傍観者として‘引っ込んで’いたわけではない。夫の諌めも世の中の常識もものともしない奥様の言動に何か思うところがあれば臆さず発言し、時には喧嘩もして奥様が謝ってくることも。P・G・ウッドハウスの人気シリーズ、出来る執事ジ―ヴス&ダメダメお坊ちゃまバ―ティが、リアルな世界で女性バージョンになって現れたような感じと言えなくもないが、へなちょこバ―ティに比べると、345ページの晩年の姿でさえ毅然としている奥様とのやりとりは、緊張感のある毎日であろうと想像できる。 仕えていた相手の事をあれこれと語るのを、いわゆる暴露記事のように感じて良しとしない人もいるだろう。本書も、もし内容の向こうに、ロジ―ナの得意満面の姿が透けて見えたら恐らく読後感は良くなかったはずだ。また、特に技巧を凝らしているわけではなく、素のまま、思うままを平易な文章で綴っているという印象で、時には読者の側から見れば「これは書かない方が良かったんじゃ…」と思う事まで書いてある。それらを編集段階で手を入れなかったのは、読者にローズの人柄を知ってもらうためだろう。殆ど艶めいたことが出てこない内容からも、彼女がとても真面目で賢く、キツイことを言いながらもギリギリのところで抑えるべきところは抑えられる優れた職業人であったことが窺える。『ダウントン・アビ―』や、ロバート・アルトマンの映画『ゴスフォード・パーク』においては、階下の人々=メイドや執事達が、階上の人々=仕えている貴族に対しては従順な表向きの顔を見せ、下に行って本性を見せるイギリスの伝統がカリカチュアされているが、ローズに限ってはセオリー通りの切り替えをやっていなかった。そしてその事が、常識破りの奥様のツンデレのツボにすっぽりはまってしまったのだ。決して憎しみ合いや罵り合いの記録ではないので、安心して読んでみて欲しい。 TVドラマ『ダウントン・アビ―』が放送され“ダウントニアン”なるファンが日本でも増えている中、タイムリーな出版と言える。もし、『ダウントン・アビ―』未見の方は、これを読んでからドラマを見ると、各使用人の役割分担などがよくわかるだろう。【楽天ブックスならいつでも送料無料】おだまり、ローズ [ ロジーナ・ハリソン ]楽天ブックス送料無料☆ スペルガ スニーカー キャンバス 2750 COTU クラシック SUPERGA 2750-COTU 50代 30...価格:5,490円(税込、送料込)
October 22, 2014
コメント(0)
みなさん、連休も終わりましたね。さて、ノーベル賞発表の季節ですが、世の中には成功もあれば失敗もあるわけで。そんな失敗をした人について書かれたノンフィクションを紹介しますね。バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人 / 原タイトル:BANVARD’S FOLLY[本/雑誌] / ポール・コリンズ/著 山田和子/訳アメリカ人ほどサクセスストーリーが好きな人種はいない。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『マネーボール』などその種の映画を探せば暇がない。そして成功者の栄光と挫折というテーマも同じようにお気に入りだ。失敗も成功もまんべんなく眺め、しかるのちに我が身を振り返り「自分にも出来るかもしれない」という希望を胸に抱いて毎日を過ごすことが好きなのだ。 さて、本書で取り上げられた13人―またこの13という不吉なナンバーがいい―もまた、いっときは人々の注目を浴び、挫折を体験するという、先に挙げた人達と同じルートを辿っている。にも関わらず、彼等の名前も山あり谷ありの人生も、これまで黙殺されていた。なんてもったいない! 例えば、表題となった『バンヴァードの阿房宮』のバンヴァード氏は、まだ映画が無かった頃、ミシシッピ河流域の風景を描いた巨大パノラマ画を回転ドラムでく~る、く~ると動かして見せる興行で一躍有名になり、アメリカ、ロンドン、パリを巡業した。ロイヤル・ファミリーも文豪チャールズ・ディケンズも絶賛し、アメリカのロングフェローはパノラマを「あらゆる叙事詩をしのぐ世界最大の詩」と述べている。バンヴァードはロンドンにウィンザー城を模した邸宅を建設するが、映画の登場と新事業の失敗によってあっという間に没落し、邸は解体の憂き目にあう。パノラマに至っては完全な形で残っているものは一つもない。興味深い点は、普通ならばバンヴァード氏がサクセスストーリーの主人公、彼を絶賛した人々が脇役というスタンスなのに、バンヴァード氏自身の名前は忘れられ、絶賛した文豪達の名前の方が知られている逆転現象が起こっている点である。なお、この逆転現象は他の人物に対しても生じており、学友が『アンクル・トムズ・ケビン』の作者であったり彼等の説に影響を受けて書いた作品が有名になったエドガ―・アラン・ポーなど、やたら脇役が派手である。 ちなみに、トロントに行った時にも財産家が城を模した邸宅カサロマを見に行ったことがある。経済的理由で手放すことになったらしいが、揃いもそろってなぜ財産家は成功すると中世のお城みたいな大邸宅を建てたがるのか?そして大抵その邸宅は手放す羽目になるのか?失敗から学ばないということか。誰か因果関係を研究してみませんか。 閑話休題。他にも、父親に気に入られたい一心で「シェークスピアの未だ発見されざる作品が見つかった」と贋作作りに精を出していたら、あまりに見事に騙された父親がそれをロンドンの大劇場に持ち込んでさあ大変!の『贋作は永遠に』、世界のニナガワから灰皿の波状攻撃を受けそうなロメオ役を熱演した役者の『ロミオに生涯をささげて』など、一話ごとにぷぷぷっと笑えるエピソードが詰まっている。 さて、笑って終わりではもったいない。「失敗は成功の母」という。この中の誰かの失敗が、いつか誰かの成功の元になる日が来るかもしれない。成功を夢見るそこのあなた、ぜひ手に取って読んでみませんか?ただし、13人の例を待たず、あくまでも個人の技量や複合要素によるところも多いので、結果の保証は致しかねます! 【送料無料選択可!】バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人 / 原タイトル:BANVARD’S FOLLY[本/雑誌] / ポール・コリンズ/著 山田和子/訳CD&DVD NEOWINGキャティーマン ウッディーダイニング キャット [猫用 食器台 テーブル] ◆4500円以上送料無料...価格:1,430円(税込、送料別)
October 15, 2014
コメント(0)
TVドラマや映画の成功でまたもや脚光をあびつつあるシャーロック・ホームズ。さてその生みの親の生涯といえば意外と知られていないものでありまして…。コナン・ドイル シャーロック・ホームズの代理人 Conan Doyleヘスキス・ピアソン/著 植村昌夫/訳 ル―シ―・モード・モンゴメリーと赤毛のアン。スカーレット・オハラとマーガレット・ミッチェル。いずれも、作家よりも物語の主人公の方が有名なコンビである。そしてもちろん、シャーロック・ホームズとアーサー・コナン・ドイルはそのコンビの最たるものだ。ないはずの221Bには博物館が立ち、ロンドンの地下鉄BakerStreet駅にはホームズのシルエットが描かれている。近年の映画やTVドラマ化によって、再び注目を集めている世界的に有名な名探偵シャーロック・ホームズは、その人気の高まりから一度は作者によって消されてしまうという憂き目をみる。しかし作者自身の懐事情とファンの嘆願により奇跡的な復活が実現。復活劇が挿入されたことで、かえってシリーズ全体がドラマティックになるという効果を挙げている。 作者を呪縛するまでになった作品を生み出したドイルとはどんな人だったのか。彼の生い立ちを探っていくと、意外な所にホームズとワトソンの源流を見ることができた。よく知られているのが、ホームズのモデル・ベル博士だが、本作ではもう一人ドイルを振り回す悪友が登場する。その名もバッドで、聞いてきたようなウソを平然とつき、年の離れた女性と駆け落ち(ここだけはホームズと異なるが)、果てはドイルを呼びつけて自分の借金の連帯保証人にしようとする。見るからにいい加減で傍若無人だが、なぜかドイルは彼の所へやって来て開業する。まさにホームズに振り回されるワトソンそのものといっていい。バッドは他にもホームズの宿敵として現れる数々の悪役の要素を持っており、ドイル自身が彼のことを人間の見掛けをしているが何か非人間的なもの 私の理解力の埒外にあってとうてい太刀打ちできないものを一瞥したような気がすると述べている。それでは、ドイルが極めて消極的なジェントルマンかと言えば、そうではない。彼もなかなかの熱血漢であり、タイタニックの事故については劇作家バーナード・ショウと論戦し、ホームズよろしく実際の事件で冤罪になった人を救おうと奮闘している。また冒険心に溢れており、死ぬ間際まで意思の力で体を動かし続けた。ドイルは自身をワトソンに重ねて見ていたようだが、鋭い洞察力や幅広い好奇心を持つ、もう一人のホームズとも言えるのではないか。【新品】【2500円以上購入で送料無料】【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】コナン・ドイル シャーロック・ホームズの代理人 ヘスキス・ピアソン/著 植村昌夫/訳ドラマ楽天市場店飲んでも美味しいお酢!ドレッシング サラダ 酢の物 お寿司 マリネ なますドリンク 等にオスス...価格:950円(税5%込、送料別)
April 19, 2014
コメント(0)
3月になりましたね。でも明日は東京方面は雪だとか。こちらはフィクションとノンフィクションの間のような作品です。 【2500円以上送料無料】HHhH プラハ、1942年/ローラン・ビネ/高橋啓【RCP】オンライン書店booxHHhH プラハ、1942年ローラン・ビネ/高橋啓 沢木耕太郎の『凍』はとても素晴らしい作品である。ある夫妻の登頂記を第三者の沢木耕太郎が三人称で書いているが、読者はあたかも夫妻の登頂の場に自分がいるかのような気分になる。存在を殺しているが、かえって著者の個性が浮かび上がってくる『凍』は、“自分”を出したいと悩んでいるライターへのよき手本だ。 さて、本作はその逆を行く。ナチスドイツ時代、ヒムラーの右腕にしてヒトラーのお気に入りであったべーメン・レーメン保護領副総督ラインハルト・ハインリヒ暗殺に至る顛末を書こうとする僕(=著者と同一視して読む)の懊悩や執筆に関する拘りが、断章として随所に挿入される。“著者の作品を読みながら、その作品が生み出される過程を同時に読むことが出来て面白い”と看做す向きもあるだろう。一方で、“やはり作品は作品として読みたい”と拘る読者もいるのではないか。作成過程については、別の項―後書き―に書いてくれても良い。過去の事がずっと描かれてきたのに、現在の事がぽん!と出されると、やはり今までのペースが崩れる、という風な。 ナチスドイツも我々も、そしてユダヤ人も同じ人間であるはずだ。“はずだ”とわざわざ断って言わなければそう信じられないほど、ナチスドイツのユダヤ人への感情、或いは感情の無さは想像を超えている。トラックにユダヤ人を押し込め、そこに排気ガスを送り込んで、一酸化炭素中毒死させる。これには二重の利点がある。まずはユダヤ人をより速やかに殺すことができるから、処刑者の神経に過度な負担を与えずにすむという利点がある。その一方で、死体がピンクに染まるという、処刑担当者の好奇心を刺激する現象もある。(p272)処刑担当者の神経を気遣える一方で、処刑される側の苦痛など考えもしない。いや、本当に処刑担当者を気遣ったわけではない。効率が悪くなるから、対処方法を変えただけだ。暗殺されたハインリヒは野獣呼ばわりされていたが、ナチスドイツの中で、彼が特別でも異常だったわけでもない。だから彼の暴走を誰も止めなかった。暴走は個人おのおのの更なる暴走を生み、彼等の為したことが恐るべき国家を作り上げる。そしてその国家が、個人の狂気を更に磨きあげ、後押しする。このような国家が出来あがると、例え正義感に駆られ、ハインリヒ個人に対するテロ行為が成功したとしても、更に大きな報復が国家の名によって為される悪循環を生む。 我々はそれぞれ国家を背負っている。普段はそういう意識はないが、海外に行くと十把一絡げの日本人として見做される。今、私たちが“ある個人の行き過ぎた行為”として見做していることが、不協和音もなく“日本国家の行為”として認められ、誰も止めることなく更にその個人の行為がエスカレートしたらどうなるか。第二のハインリヒは決して現れてはならない。そして第二のリディチェ村も。
March 1, 2014
コメント(0)
みなさん、こんばんは。作家ってカワリモノがおおいですよね。今回紹介する彼も相当の変わり者です。でも作品は素晴らしいのですよね…。バルザック伝アンリ・トロワイヤ「谷間の百合」「ゴリオ爺さん」「シャベール大佐」などを著し、近代写実主義を確立したと言われている、バルザック。池田理代子さんの漫画「女帝エカテリーナ」の原作者でもあり、他にも数々の評伝を著している著者が、天才文豪の生涯を、関係者や当人による手紙を中心に描く。 ナポレオンに心酔した若きバルザックは、早くから「自分の才は文学にあり」とばかり両親の嘆きをよそに作家への夢を追い求める。売れるようになったのに、先にしてしまった借金返済のために、ちっとも金が貯まらない。まさに自転車操業状態の作家活動で、原稿料は右から左。更に、ちょっと余裕ができると、自分を飾りたてる方にまわってしまう、しようのないおじさま。また、多くの恋をし、二股をかけるのも何とも思わない。このへんは、77才になっても愛人に子供を生ませ「77才の一本道を快調に走っておるぞ」などと子供に書いてくる父親&若い時にうんと年の離れた夫と結婚し、その夫にあきたらずに不倫をし、子供まで生んでしまう母親譲り(すごい両親だ…)。 さて、バルザックが二股状態だったある時。 二人の女性のうち、裕福な女性から「資金援助と引き替えにもう一人の女性と手を切れ」と言われると、いそいそとその通りにしてしまう。 別れを告げられた彼女からの手紙を一部抜粋。 「(中略)…ということで、貴殿には私が女であることを思い起こしていただかねばなりません。 男であればどんなくず女にも最低の礼儀は払いますでしょ。 私にもそれを払っていただきたい、ただそう申し上げているのでございます。貴殿は保身のために腰くだけになるほどヤワな男なのですね。情けない!見損なっておりました。」 よほど別れ方がまずかったのだろう(笑)。 そしてさらに付け加えられている文章。 彼女からの手紙抜粋続き 「ヴェルサイユの図書館司書から本の返却を求められております。 あの本、私にお返しになってください。私の名前で借りてさしあげたんですから。」 …うわ、嫌味たっぷり(爆笑)。 いやはや、こんな手紙が残っているだろうとは誰も思ってもいなかっただろう(笑)。 でもこの婦人とは、なんとちゃっかりよりを戻してしまう。表紙の写真を見ると、決して美男子ではない(が、自分の小説の主人公は美系だったりするのが何ともはや…)のだが、やはり口説きがうまい! そして、相手も負けてはいない。その婦人の手紙より抜粋。 「私の身体はどうして無数じゃないのかしら。もしそうだったら、したいことをしたいだけあなたにしてさしあげられるのに(なに?どれ?)。」 経験豊かな人は、言うことが違いますなぁ。 他には、自分を袖にした貴婦人(上流階級の人妻、それも資産つきがお好み)を小説の中でひどい目にあわせたり…(おいおい)。他人だから笑ってられるが、絶対身内には持ちたくない。でも、人間としてはサイテーでも、作品は、人間的洞察に優れていて、人々を感動させることができる。 ううむ、これぞ世界の七不思議!《白水社》アンリ・トロワイヤ 尾河直哉訳バルザック伝 【中古】afb古書 高原書店
January 21, 2014
コメント(0)
こんばんは。今日は会社で嫌なことがあったので帰り道においしそうなケーキを買ってきました。嫌な思いをして得たそのお金で癒されたい!と思ったのです。たまにはそんな時ってありますよね。さて、今日は評伝を紹介します。この相手もなかなか難しい人物のようです。【総額2500円以上送料無料】ヴェルレーヌ伝/アンリ・トロワイヤ/沓掛良彦/中島淑恵【RCP】オンライン書店booxヴェルレーヌ伝アンリ・トロワイヤ「作品と作家は別物」とはよく言うものの、読者は二つを同一視しがちだ。だがこの人物に関しては、著しくかけ離れているといって良い。ポール=ヴェルレーヌ。『巷に雨の降る如く わが心にも涙ふる』『秋の日のヴィオロンの 節長き すすり泣き』上田敏、堀口大学の名訳で日本でもよく知られるフランスの詩人は、私生活では四文字熟語で恋人・ランボォと罵りあっていた。 映画『太陽と月に背いて』でヴェルレーヌを演じたのは、英国俳優デビッド=シューリス。ディカプリオのランボオと比べれば髭面がむさ苦しかったが、それでも辛うじて嫌悪感を抱くには至らなかった。ところが本書の写真を見て、「えっ、この、オデコちゃんのオジサマはだれ!?」と、かなりショックを受けた。 彼は典型的なヨッパライだ。酒が入ると本来の気の弱さが吹っ飛び、誰彼構わず喧嘩をふっかける。だが酔いが醒めると途端に自己嫌悪に悩まされる。また、常に手に入らないものに執着しては、手に入れた途端に飽きる。飽きて手放すが、しばらくするとまた惜しくなって執着。執着と放逐。強気と弱気。相反する二つの感情の間を、激しい嵐が行き来するのが、彼だった。 彼にとっての悲劇は、ランボオもまた彼と同類だったことだ。そして彼の方がより人たらしの術に長けていた。結果的にはランボォを傷つけた事で決別したが、あの出来事がなければ、二人とももっと早く死を迎えていたかもしれない。妻と息子を放り出して若い少年に夢中だったヴェルレーヌだが、晩年はそのツケを払う羽目になる。言葉のプロでありながら、自分に有利な事しか言わない財産狙いの二人の愛人の嘘を見抜けず、稼いだ金をむしり取られる。その姿は、矛盾を抱えて生きてゆく人間の究極の姿なのかもしれない。
December 21, 2013
コメント(2)
今日から12月ですね。ドラマでずいぶんと取り上げられたロシアの作家ドストエフスキ―。彼の生涯もなかなか破天荒でした。《中央公論社中公文庫》アンリ・トロワイヤ 村上香住子訳ドストエフスキー伝 【中古】afb古書 高原書店『ドストエフスキー伝』 アンリ トロワイヤ,村上 香住子 / 中央公論社 ロシア人作家、フョードル=ドストエフスキーは、かつて死の一歩手前まで行った経験があった。空想的社会主義サークルで議論するようになったドストエフスキーは、危険思想者として逮捕され、死刑判決を受けたのだ。ところがこの処刑には裏があり、恩赦が前もってわかっていたのに、囚人を怖がらせるためだけに、直前で処刑を取りやめた。文字通り運命に弄ばれたドストエフスキーは、やがて運命の荒波に翻弄される人々を描いた『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』などの作品を発表する。盗人、聖職者、殺人犯、司法官。善と悪が一代ごとに入り交じった家系に生まれたドストエフスキーは、領主の父が領民達に殴り殺されたと知り、最初の癲癇の発作を起こす。彼は、作家になっていなかったら、とっくに死んでいただろうと思わせるくらい、危なっかしい人だ。速記者として雇われたアンナとは、一ヶ月でプロポーズ、四ヶ月で結婚というスピーディな展開。かなり年も離れており、彼にたかっていた家族からは悪感情しか向けられなかったアンナだが、彼への崇拝に近い愛で、何とか乗り切ったのだろう。だが、そんな妻に対する彼の仕打ちは酷かった。金がないのに賭博に打ち込み、ホテルを追い出され、果ては若い妻の装飾品まで質に入れて、またカジノへ向かう。自著『賭博者』に書かれているギャンブル狂の実態そのものだ。借金の申し込みと、持病の愚痴、そして賭博の反省ばかりの手紙を立て続けに送られたアンナは、よくうんざりしなかったものだ。続けざまに読んだ作家のうち、まともなのはチェーホフくらいで、「作家って皆生活破綻者か?」と頭を抱えたくなる。晩年の彼のクライマックスは、国民詩人プーシキン記念像の除幕式である。当時の文壇を二分していた西欧主義者ツルゲーネフとともに演説を行い、聴衆より熱狂的な支持を得る。しかし彼がここまでになったのは、ひとえに実務面を取り仕切り、献身的だった妻アンナの功績であろう。彼の作品に登場する人物や作品テーマが、どのようにして生み出されたかが、わかりやすく書かれている。ドストエフスキー研究にとって、有意義な一冊と言えよう。
December 1, 2013
コメント(0)
今日は伝記作家アンリ・トロワイヤの作品を紹介します。《中央公論社》アンリ・トロワイヤ 村上香住子訳 チェーホフ伝 【中古】afb古書 高原書店『チェーホフ伝』 アンリ トロワイヤ,村上 香住子 / 中央公論社『犬を連れた貴婦人』アンナに「きっと迎えに来るから」と誓ったイタリア人貴族ロマーノ。だが彼は、家の破産によってその約束を果たす事が出来なかった。映画化された『黒い瞳』で、妻とアンナの間でフラフラする優柔不断男を演じていたのがマルチェロ=マストロヤンニ。馬鹿なんだけど憎めない彼の好演が、とても印象に残った。この映画の原作を書いたのが、ロシアの劇作家にして小説家、アントン=チェーホフ。彼はロマーノ同様、恋愛に関してはとんでもない優柔不断男だった。「毎朝目が覚めてまず考えることといったら、『今日僕はぶたれるだろうか?』ということ(p8)」という、支配的な父のもとで過ごしたチェーホフ。だがこの絶対的権力者である父が、破産によって家出する。独立していた兄に代わって、アントンは家長として一家を支えなければならなくなる。自分一人だけ居候していた生活はとても辛かったが、彼はわざと面白可笑しく手紙を書く。ところが母から「あんたは物事をちゃかし過ぎる」と言われてしまうという皮肉な結果に。実は既にここでアントンには、「悲惨な中でのおかしさ」=ユーモア小説を書く素地が出来ていたようである。チェーホフは、最初から文学に専念していたわけではなかった。家長としての責任から、皆にちゃんとした生活をさせる事を最優先に考えていたためである。とはいえ、当初こそ「本妻は医学で文学が愛人」と言っていたが、次第に愛人の方が脚光を浴びるようになっていく。チェーホフには言いよる女性が少なからずいた。だがいつも女性が積極的になると、「私は結婚するなんて言った事はない」と逃げる。そして、女性が離れていこうとすると、「もう僕の事は嫌いになったんですか?」と手紙を書く。「ええい、いったいどっちやねん!?」と言いたくなるほど優柔不断。かなり遅くに、『かもめ』に出演していた女優オリガと結婚するが、その際にも「毎日同じ事が繰り返される結婚は堪えられない」とフザけた事を言っている。チェーホフの病気のために、結婚生活はわずか三年だったが、果たして公演で別居結婚状態でなければ、彼女とも保ったかどうか、定かではない。チェーホフは「芸術家は登場人物や、彼らのいった台詞の判事になるのではなく、公正な目をもった証人」たる事を是としている。フィクションよりも、リアルを重視した彼は、自らをも冷静に観察して、『犬を連れた奥さん』『かもめ』に登場する優柔不断男を生み出したのだろうか。
May 19, 2012
コメント(0)
みなさん、こんばんは。文筆業で生きてきた者には結構身につまされるノンフィクションです。これ、企画の勝利ですね『まことに残念ですが…―不朽の名作への「不採用通知」160選』 アンドレ バーナード中原 裕子 木原 武一 訳徳間書店今では「不朽の名作」といわれる文学作品も、最初は出版を断られた。本著は、それらの作品がどのようにして断られたかという不採用通知を160編掲載し、断られた時のエピソードを挿入してある。パール・バックの『大地』あり、『アンネの日記』あり、どれか一つは読んだ事のある作品ばかり。編者自身も原稿を断られた事があると前文に書かれているが、これは出版を反対した側が危惧したような、編集者の眼鏡違いを嘲笑しようという意地悪な意図から出版されたのではない。なぜならば、編集者、作者、そして本著の編者のコメントや、編集者と所属出版社の情報が一切排されているからだ。作品が『不朽の名作』と冠されてしまった時点で、断り状を書いた人達は大きなミスを犯してしまった事になるし、その事は誰よりも断り状を書いた本人が痛感しているはずである。それなのに評価が定まった後世に何らかのコメントを付け加える事は、傷口に塩をすりこむ事になる。自分の人格を否定されるようなものもあれば、「たまたまその日は何か別の事で不機嫌だったのではないか」と丸っきり八つ当たりのような内容のものもある。しかし、中には後にクリスティが編集者の助言を取り入れ、大幅に書き直したという例もある。かといって、あまり当てにならない助言を次から次へと取り入れていれば、自分らしさが無くなってしまう。取捨選択のお鉢は、結局は自分に戻ってくる。今や大家と呼ばれる作家達ですら、最初からとんとん拍子にいったわけでは決してなかった。物書き諸君、一度や二度の失敗で挫けずに、トライあるのみ。まことに残念ですが…—不朽の名作への「不採用通知」160選 (徳間文庫) アンドレ バーナード、 武一、 木原、 Bernard、Andr´e; 裕子、 中原9784198920104【中古】大安商店
April 24, 2012
コメント(0)
みなさん、こんばんは。映画にもなった実話を紹介します。『シービスケット』 ローラ ヒレンブランド,Laura Hillenbrand,奥田 祐士 / ソニーマガジンズ【中古】 シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説 / ローラ ヒレンブランド [文庫]【あす楽対応】もったいない本舗 楽天市場店読んでいる間中、「なんか、どっかで見た事あるような話なんだよなぁ。」と頭をかしげていた。で、途中で気づいた。「何だよ、これってガラスの仮面じゃん!」そう、本書は、ストーリーも、登場人物も、驚くほどあのドラマティック演劇漫画に似ていた。え、どんな風に似ているかって?まず、登場人物。東海岸から西部へやって来て、自分の力で成功した自動車王、チャールズ・ハワード。彼は、「勝つべくして勝つ馬でなく、自分がこうと決めた馬に勝たせたい」と思っていた。そういう馬主だからこそ、調教師の後押しもあったにせよ、ずんぐりむっくり馬・シービスケットを育ててみようという気になった。演技を離れれば冴えない女の子・北島マヤを支援する速水真澄と同じだ。さて、調教師のトム・スミス。偏屈でマスコミの受けもよくないけれど、才能があり、何度となく再起不能と言われた馬をカムバックさせてきた謎多き人物。ラーメンの出前をやっている冴えない女の子を、「千の仮面をもつ少女だ」と見抜いた月影千草のように、彼は、伝説の調教師に見放されたシービスケットを「ホンモノだ。もっとよくできる。」とハワードに強く勧める。彼は、『ガラかめ』後半に出てきてマヤに狼少女役を演じさせる監督と、伝説の名女優・月影千草をミックスしたキャラ。そして騎手のレッド・ポラード。彼とシービスケットが、北島マヤ的ポジションにいる。マヤにサラブレッドのライバル・姫川亜弓がいたように、ポラードにも親友にしてライバルのジョージ・ウルフがいた。破産してたった独りでアメリカにやってきたポラードとは対照的に、ウルフは恵まれたデビューを飾り、順風満帆の騎手人生を驀進する。喧嘩っ早いポラードと、紳士的なウルフは、ある時シービスケットの騎乗を巡って争う。マヤと亜弓が『紅天女』を争ったように。そして亜弓が後半、ある病に苦しんだのと同じように、ウルフも生涯ある病に苦しむ。シービスケットは西部のレースで名を挙げていくが、どんなに名声を勝ち得ても、東部の人々からは軽んじられる。そこで東部の名馬と一騎討ちをする事になる。この相手の馬が「トップを走るために生まれてきたような馬」で、その名もウォーアドミラルと、いかにも勇ましい。一方シービスケットは、後から追い上げるタイプの馬で、全く対照的。この対照的な馬のキャラも、亜弓とマヤのそれと似ている。ただ、性格は『ガラかめ』の北島マヤの方がよっぽど素直だ。シービスケットは、「へへん、抜きたい?でも抜かせてあ~げない!」って言いたげな顔をして、伴走馬をいたぶったフダつきの馬だから。シービスケットが一度栄光を得た後、思いがけないアクシデントに見舞われるのも、テレビに出始めたマヤを襲うスキャンダルを思い出す。登場順序は違うが、勝つためなら手段を選ばない騎手も登場し、『ガラかめ』の乙部のりえを彷佛とさせる。どん底からのカムバック、その先に越えなければならない大きなヤマがあるストーリーも、『ガラかめ』と非常によく似ている。でも、こっちは全て事実だ。だから、アメリカに持っていけば、『ガラかめ』はきっと、そこそこウケル部類の漫画になる。けれど、演劇は『権威の誰々が良いと言ったから』といっても、自分が納得できなければ、すっきりしない。一方、客観的な評価がしにくい演劇に対して、競馬は「少しでも早くゴールについた者が勝ち」という、非常に明快な結果が出る。だから白黒つけたがるアメリカ人には、余計にウケたのだ。
March 20, 2012
コメント(0)
みなさん、こんにちは。あっという間に2月も半分ですね。そうこうするうちに一年の6分の一が過ぎてしまいますね。今日はノンフィクションを紹介します。スターリンの子供たちStalin’s Children:Three Generations of Love and War『スターリンの子供たち』という邦題を見ると勘違いしそうですが、これはスターリンを父に持つ子供たちの話ではありません。原題がそうなっているから(Stalin’s Children:Three Generations of Love and War)直訳としてそのまま取られており、実際このタイトルの方が人目を惹くのだが、内容との齟齬が生じる点についてはどうかと思われます。 さて、それでは本作が誰の話かというと、著者の祖父から父、そして著者に至るまでの家族三代を主人公としたノンフィクションであり、惹句“ロシア版『ワイルド・スワン』”もここから来ています。ではなぜ“スターリンの子供たち”なのかというと、著者の祖父がスターリン粛清時代の最中の人であり、彼の娘であり、著者の母親となる女性もまた、ソ連の独裁者の影響を多大に受けているからです。 権力というものはまことに恐ろしい。それに寄り添っている間は何でも手に入り、何でも受け入れられるが、ひとたび背けばたちまち牙を剥いて襲いかかる。実はそれは、共産主義国であっても、赤狩りで荒れた資本主義国アメリカであっても同じこと。一家の大黒柱である父親(著者の祖父)を奪われ、一家散り散りになった母と姉妹は過酷な人生を歩む。その傷が心身ともにどのように刻まれたかが前半のクライマックスであり、中盤~後半では、妹娘のリュドミラ(著者の母)が成長し、ロシアに魅せられた英国人の父と出会い、艱難辛苦を乗り越えて共に暮らすまでが描かれる。鉄のカーテンありし頃の共産主義国の女性と結婚するまでの経緯は、その件だけで十分ドラマティックだ。各章とも著者が取材をした現代の部分が冒頭に現れ、それから過去へと遡ってゆく。全くの素人が描いたのではなく、『ニューズウィーク』モスクワ支局長でもある著者は、自身の歴史を極めて客観的に描いており、好感が持てる。引用される手紙も気恥かしいものはなく、中でもリュドミラの真摯な思いには心打たれるものがありました。 冷戦という時代自体を知らない世代が増えて行く中で、是非読み継いでゆきたい書のひとつです。【送料無料】スターリンの子供たち楽天ブックス
February 15, 2012
コメント(0)
みなさん、こんばんは。昨日はこの冬一番の寒さでしたね~。TVでつららの映像を見ました。寒い国ロシアの女帝の評伝『ペテルブルグの薔薇 ロマノフの血を継ぐ女帝エリザヴェータ 』を紹介します。ペテルブルクの薔薇 ロマノフの血を継ぐ女帝エリザヴェータ河島みどり草思社著者のロマノフ女帝史三部作の掉尾を飾るのは、ピョートル大帝の娘にして最後のロシア人女帝エリザヴェータ ・ペトローヴナ(在位1741-61)の生涯を描いた本書である。アンリ・トロワイヤの評伝やそれを元にした池田理代子さんの漫画によって、日本でよく知られているのは、彼女が後継者に指名した甥ピョートル三世(在位1761-62)の嫁である、後のエカテリーナ二世の方であろう。 ロシアの新興貴族に絶大な人気を誇っていたピョートル大帝の次女であるエリザヴェータは、両親が正式な結婚前の娘(庶出)という出自が響いて、フランス王家から縁談を断られてしまう。ちなみに縁談の相手はルイ15世、マリー・アントワネットの舅である。もしこの結婚が成立して彼女が長生きしていたら、賢い彼女によってマリー・アントワネットとルイ16世の結婚は認められただろうか?と歴史のIFを考えてしまう。 先に紹介した『ロマノフの徒花 ピョートル二世の妃エカチェリーナ』のヒロインとは異なり、エリザヴェータは母女帝から後継者と目されて早くから帝王教育を受けていた。更に両親を早くに亡くし、唯一の姉は結婚して他国に嫁いでしまい、周囲に信じられる人が誰もいないという過酷な環境で育ってゆく。『ロマノフの徒花~』と併せて読むと、両者の生涯がまるで異なってしまった理由がよくわかる。「環境が人をつくる」という言葉の意味を噛みしめて読んだ。 但し、本書は彼女を礼賛してばかりはいない。早々に政治に関心を失い、関心はおしゃれと若いツバメというダメダメぶりもきちんと描いている。「ロシアのポンパドゥール夫人」とまで言われた彼女は、「自分が一番でないと気が済まない」なんて白雪姫の継母を地でいくようなわがままぶりを発揮。次から次へと若い男をベッドに連れ込みとっかえひっかえ、老いの不安を忘れようと、母そっくりの行動を取るようになる。それでも次の啓蒙君主エカテリーナ二世に引き継ぐまで、20年の間ロシア帝国を保ち続けたのだから、そこは一人の人間の複雑怪奇なところというべきか。 時代が重なったためか『ロマノフの徒花~』とかなり重なる記述があった点が惜しまれた。【送料無料】 ペテルブルクの薔薇 ロマノフの血を継ぐ女帝エリザヴェータ / 河島みどり 【単行本】
January 13, 2012
コメント(0)
みなさん、こんばんは。ロマノフ王朝のエカチェリーナといえば、大帝国を築いたあの女帝が浮かびますが、実はもう一人いるのです。ロマノフの徒花 ピョートル二世の妃エカチェリーナ 河島みどりロシアの女性名でエカチェリーナといえば、すぐ名の挙がる有名人が二人いる。 ひとりは、ピョートル大帝の后で、ロシア帝国最初の女帝となったエカチェリーナ一世(在位1725-57)。もうひとりは、クーデターを起こして夫を皇帝の座から引きずり降ろし、啓蒙君主として広大なロシア帝国を治めたエカチェリーナニ世(在位1762-96)。 しかし、もうひとり、エカチェリーナという名を持ち、もう少しで皇后となり、さらにチャンスさえあれば女帝になれたかもしれない女性がいた。 その女性こそ、エカチェリーナ・ドルゴルーコワ。ロシア第6代皇帝ピョートルニ世の婚約者であり、本書の表紙絵の女性である。婚約者のままに終わったのは、ピョートル二世が結婚前に亡くなったからであり、その亡くなり方もエカチェリーナにエエトコ見せようとして、寒い中服の前をはだけて橇に乗って天然痘になっちゃったという「なんやそれ」的なものであった。まあ仕方がない。自覚がない行動を取った皇帝は、まだ14歳3カ月だったのだ。婚約者の無謀な行動を止めもせず「まあステキ!私のナイトだわ~」なんて喜んでいたエカチェリーナも彼より3つ年上のティーンだ。どうせ傀儡だろうけれど、彼女が女帝や皇后となったところで、ロシア帝国が良くなったとは思えない。 だが、彼女自身や家族の運命は、権力の脆さを象徴するようで同情を禁じえない。彼女の父・アレクセイは、ピョートル大帝と共に新都ペテルブルグを作り、エカチェリーナ一世を助けたメンシコフをシベリア送りにするが、わずかその三年後に自分も皇帝の死により同じ運命を辿る。モスクワから離れてゆく毎に従者が減り物が減り、扱いもぞんざいになってゆく過程が本当にメンシコフの時と瓜二つでびっくりした。人は得意の絶頂にある時は、その場所から落ちることなど思いもせず、落ちてゆく者に思いを馳せることもしないのだろう。アレクセイが、メンシコフが建てた教会に入ることができずひざまずいていた、という記述にかすかに彼の悔恨の情を読みとることができる。【送料無料】 ロマノフの徒花 ピョートル二世の妃エカチェリーナ / 河島みどり 【単行本】HMV ローソンホットステーション R
January 10, 2012
コメント(0)
12月初めの勤務日は、やることが沢山あって疲れました…。一日がとても速いです。休みの日には映画を見に行きたいな朝日新聞の書評に書かれていたのを目にとめて、図書館で借りました。絵の中にいろんな寓意が込められていることを紹介する中野京子さんの一連の本も好きなのですが、こういうドキュメンタリータッチの作品も面白いです。偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件レニー・ソールズベリー/著 アリー・スジョ/著 中山ゆかり/訳この本の原題は『Provenance How a con man and a forger rewrote the history of modern art』con man =詐欺師はジョン・ドゥリュー、forger=捏造者はジョン・マイアット。彼等が揃ってイギリスのテートギャラリーの階段を上って行くところからこの作品は始まります。ところが、ある絵を見せられた時の二人の反応が全く真逆なんです。ドゥリューは微笑み、ジョン・マイアットは驚きを隠せません。実はその絵は、マイアットが描いた贋作だったのです。マイアット自身には全く野心はないのです。ただその絵の才能をドゥリューに見出され、そうと知らない間に利用されてしまった、本当に善良な人。ただ気付いた時はもう遅く、贋作作りにどっぷりつかっていたんですね。どのようにして贋作が由緒ある美術館に送り込まれたのかが明らかになるのですが、この受け入れられる大きなポイントが絵の来歴なんです。つまり、「どのような美術館に置かれてきたのか」という絵の履歴書みたいなものですね。美術館関係者は絵の質よりも、経歴を重視したがために、贋作を見抜けなかったのです。そう考えるとこの作品は、権威主義的な美術の権威者を嗤っているような感じもあるんですね。ドキュメンタリーなので、著者は主張をしているわけではありませんが、騙した側も勿論悪いが、絵の本質を見極められなかった騙された側にも責任はあるんじゃないかな、と感じました。また、この人を食ったようなドゥリューのキャラクターがどうにも魅力的なんですね。映画化すると曲者役者がこぞって演じたがるような、多面性を持っています。他罰型で他人の人生を破滅に追いやることに、良心の呵責を何ら感じていない。【送料無料選択可!】偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件 / 原タイトル:PROVENANCE (単行本・ムック) / レニー・ソールズベリー/著 アリー・スジョ/著 中山ゆかり/訳CD&DVD NEOWING
December 2, 2011
コメント(0)
全180件 (180件中 151-180件目)