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ロシアの有力紙は、日本企業も出資する、ロシアのLNG=液化天然ガスの開発プロジェクトについて、日本など外国企業が参画の停止を表明したと伝えました。将来の日本へのLNGの供給にも影響が出る可能性があるとみられます。今日はあの芸術家の生涯を描いた作品を紹介します。ミケランジェロの焔Michelangelo Io Sono Fuoco新潮社クレスト・ブックス コスタンティーノ・ドラッツィオルネサンス期、イタリアは国としては分裂していたのに、天才画家が三人も出そろった。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエッロ、そしてミケランジェロ・ブオナッローティ。本編の主人公である。 映画『華麗なる激情』でも、権力者にも我が意を曲げない頑固なミケランジェロが描かれたが、本作もそのイメージを裏切らない。同時代人のダヴィンチに嫉妬し、若き天才ラファエッロの台頭に怯えながらも、外向けには微塵もそんな素振りは見せず、あくまで強気を貫く。本人は絵画よりも彫刻の方が好きそうだ。 前述の通りイタリアは、国家としては弱体である。有名なロレンツォ・イル・マニフィーコがミケランジェロに注目し、パトロンとなるが、あっという間に病死。その後も権力者が次々と入れ替わるため、金がかかる芸術は、なかなか居場所がない。それよりも、少しでも多くの領土を手に入れる方が大事なのだ。 イタリアの人気美術キュレーターが、ミケランジェロの書簡や同時代の伝記をベースに書いており、想像も加味されている。ピエタやシスティナ礼拝堂の天井絵の制作過程も登場。最終章以外全てミケランジェロの独白になるため、その人物像に異を唱える事が難しい。評伝というならもう少し客観性が欲しい。ミケランジェロの焔 (新潮クレスト・ブックス) [ コスタンティーノ・ドラッツィオ ]楽天ブックス
May 9, 2024
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みなさんこんばんは。史上最高のサッカー選手の一人として広く知られているドイツのフランツ・ベッケンバウアー氏が78歳で亡くなりましたね。女性の飛行機乗りが主役の小説を紹介します。グレート・サークルCreat Circleマギー・シプステッド北田絵里子訳早川書房 グレート・サークル(大円)とは、球を完全に二等分したとき、その切り口に現れる円のことを言う。本篇中では、幼い頃から空の世界に魅了されてきた命知らずの女性パイロットマリアンが、南北の極点を経由する大円に近いルートでの地球一周飛行に旅立つ。 50年後、2014年のハリウッドに生きる若手女優ハドリー・バクスターは、人気TVシリーズのヒロインを演じて一躍人気者に。ヒーロー役の共演俳優と交際していたが、パパラッチに日々追いまわされるなか、別の男性との浮気が疑われる写真を撮られてしまい、作品のイメージを壊したと熱狂的ファンに騒がれ、作者から役をおろされてしまう。スキャンダルでつまずいた彼女に、ハリウッド映画でマリアン役を演じるチャンスが舞い込む。幼少時に両親をセスナ機の墜落事故で亡くし、マリアンと同じく放任主義の叔父のもとで育ったハドリーは、その役に運命的なものを感じて、役を通じて彼女を知ろうとする。 本編は過去・現在の二大ヒロインが活躍する物語である。とはいっても、時代色から「女性パイロットなんてとんでもない!」と否定的な世間の壁にぶつかっては、悉く壊してきたマリアンの存在感の強さが圧倒的である。大戦を挟む時代なので、パイロットとして危険な任務にも就く。自分を抑圧しようとする存在にはとことん逆らい、ハドリーの物語もしっかり軸をとって展開されるが、どうしてもマリアンを“追う”側のハドリーが地味になる。ハドリーは若干読者に寄るポジションなので仕方ない。とはいえ、映画界・当時の社会と男性上位の中で苦闘する運命は二人とも共通しており、彼女たちの心情、置かれた状況が響き合うように描かれている。 マリアンが目立つとはいえ、脇役が決して地味でも埋没してもいない。マリアンの双子の弟ジェイミーは、メカ好きの姉とは正反対に優しい性格で、動物が好きな穏やかな子に育つ。伯父の影響で画家を志すようになったジェイミーとマリアンは、近所のやんちゃ坊主ケイレブとつかず離れずでたくましく育っていく。 過去編の冒頭はマリアンの両親のエピソードだ。企業家の友人の頼みで危険な貨物を聞かずに乗せてしまった父、虐待経験から家族とまともな関係を築けず、産後うつに陥った母のエピソードだけでも一作は作れそうなくらい濃い。ハドリーの物語も、彼女に絞れば濃い作品になる。合間にリンドバーグやアメリア・イアハートら航空史も挿入され、男性に比べ女性の活躍の機会が少ない事が史実でも示される。ケイレブがマリアンに語ったホントとも嘘ともつかぬ話も、掘ってみたらなかなか深そうだ。 本編は、パーツを組み立てて飛行機が飛び立つように、深い味わいの物語が組み合わさって、一つの大河物語を成している。舞台はモンタナ、シアトル、スコットランド、ヴァンクーヴァー、アラスカ、ニューヨーク、イングランド、ニュージーランド、ハワイ、北極/南極、ロサンゼルス、陸、海、空を網羅しており、グレート・サークルを描く。 1936年にイングランドからニュージーランドまで初めて単独飛行した女性飛行士の史実からインスパイアされ、調査と執筆に7年をかけ完成された本作は、800ページ越えで読み応えあり。ブッカー賞の2021年最終候補、2022年の女性小説賞最終候補に選出され、TIME/NPR/ワシントン・ポスト/LitHubなどで2021年のベストブックに選出。グレート・サークル [ マギー・シプステッド ]楽天ブックス
January 12, 2024
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みなさんこんばんは。今年のノーベル平和賞は収監中のイラン女性人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏に与えられましたね。今日は有名なギリシャ文学にちなんだ小説を紹介します。女たちの沈黙The Silence of the Girlsパット・バーカー早川書房 ミュネースの妻ブリセイスは、トロイア戦争でアキレウスがリュルネーソスを陥落させた際に夫を殺され、捕虜となり、戦地におけるアキレウスの妻となった。アガメムノーンはクリュセスの娘クリュセイスの返還を拒んだため、クリュセスはアポローンにギリシア軍に災いが降りかかるように願った。これを聞いたアポローンはギリシア軍の陣営に必殺の矢を雨のように放ち、多くのギリシア兵が倒れた。このためアキレウスはクリュセイスの返還を提案したが、アガメムノーンは返還に応じるかわりにアキレウスの捕虜ブリセイスをもらうと言い張った。女神アテーナーになだめられたアキレウスはアガメムノーンにブリセイスを引き渡したが、腹を立てて戦場に出て戦うことをやめてしまった。その後の戦闘でギリシア軍が不利になると、アガメムノーンはブリセイスをアキレウスに返還して和解しようとしたが、アキレウスはこの申し出を断った。このためギリシア軍は苦戦が続いたが、パトロクロスが戦死したときアキレウスはついにアガメムノーンと和解してブリセイスを受け取り、戦場に復帰した。 決して軽んじる意味で言うのではないが、“たかが”女の事で喧嘩し、また女の事で仲直りか。しかし、そもそもトロイア戦争がヘレネという女性の獲りあいから始まっている。但し、戦いが長引くにつれて、目的は女性ではなくギリシアとトロイア、英雄たちの意地の張り合い、国の威信を賭けた戦いへと変容していった。 ル・グウィンが『ラウィーニア』で『アエネーイス』にて一言も話さぬヒロインラウィーニアに語らせた如く、著者は『イーリアス』で語らなかった「戦利品」= a prize of battleブリセイスに言葉を与える。本人の意思は当然のように無視され、モノ扱いされながら、彼女が何も考えなかったはずがない。ましてや彼女だけでなく、敗者トロイアの女性達が共に戦利品として暮らしていたのだ。男たちには何も話せずとも、同じ境遇の女性達が何も語らなかったのはおかしい。むしろ共通体験をした彼女達だからこそ話せたことがあったはずだ。一方で、戦利品として伴われた男性との間に子供が生まれた女性もいれば、クリュセイスのように親元に返される女性もいるなど、女性達もそれぞれ立場が違ってくると、今度は話せない事が増えてくる。 本作では、ブリセイスに執着した理由として、彼女がアキレウスの母親に似ていた事が挙げられる。これはオリジナルの設定で、母親は海の女神テティスだ。不死身の体にするために河につけたが、その際かかとを持っていたために、かかとを射られると死ぬ。有名な神話上の設定であるこのかかとは、今回アキレウスの致命傷にはならない。アキレウスの運命を決するのはある人物だ。プリセイスの一件も遠因と言えるが、女神テティスがアキレウスにこのまま突き進めばどうなるかを明かしたにも関わらず突き進んだのは、別の人物が原因である。よく男は理性的、女は感情的と言うが、本編に登場するアキレウスとブリセイスの悲しみに対する態度は真逆だ。ブリセイスは、家族を殺したアキレウスに感じる所はあるものの、決して共倒れしない。運命に流されるように見えて、踏みとどまる杭は逃さない。かたやアキレウスは哀しみと怒りで、味方ですらどうかと思う行動を誇示する。それでも、世に英雄として、ブンガクとして書き残されるのは後者なのだ。ならばブンガクとは常に、不完全である。女たちの沈黙 [ パット・バーカー ]楽天ブックス
November 16, 2023
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みなさんこんばんは。ジャニー喜多川氏の性加害の問題を受けて、サントリーホールディングスがジャニーズ事務所に所属するタレントと新たに契約しないことを決めるなど、企業の間で関係を見直す動きが広がっています。今日もフローベール作品を紹介します。サラムボー (上下)Salammbo岩波文庫フローベール 大国ローマを相手に、三度戦った都市国家カルタゴ。ポエニ戦争の英雄と言えば、象のアルプス越えで知られるハンニバル・バルカが有名だが、その父ハミルカルも第一次ポエニ戦争でローマとの戦いに全て勝利したにも関わらず、本国の敗北によりローマとの講和を余儀なくされた。勝利すれば賞金が得られる。しかし講和の場合は相手側から得られない。すると何が起こるか。 カルタゴの兵は傭兵であり、彼らはカルタゴというより、ハミルカルに対する忠誠心で集まった者たちだった。国内の反ハミルカル陣営により約束された報酬が得られなかった傭兵は反乱を起こす。本編はポエニ戦争ではなく、結果起こった反乱がメインである。後に息子ハンニバルを苦しめ、戦闘では十分優位に立てたにも関わらず、ローマに勝ちきれず滅びてゆくカルタゴの弱点が既に露呈している。 カルタゴの統領ハミルカルの娘サラムボーは、女神タニットに仕えていた。ハミルカルの元で戦った傭兵隊長マトーは、彼女への許されざる情念を胸に、神殿から聖布ザインフを奪い、反乱軍の指導者となる。戦の責任を押し付けられたサラムボーは、聖布を取り返すよう命じられ、ひとり反乱軍の指導者マトーの天幕を訪れるが。 何かと物議を醸した『ボヴァリー夫人』の次作は、フローベールには珍しく、がちがちの戦記・軍記もの。皆大好きファランクスや、ハンニバル一族につきものの戦象、そしておぞましい、戦勝のため生贄を捧げる儀式など、残酷描写も多数。『ボヴァリー夫人』で叩かれた鬱憤を晴らしたかったかのようだ。 「聖布を取り戻すためなら何でもやってこい!」とサラムボーをたきつけてマトーの所へ行かせたにも関わらず、いざ戻ってくると嫉妬に狂い、信仰さえ捨て去る神官シャハバリム、オセローのイヤーゴーの如くマトーに毒を吹き込む元奴隷スペンディウス、一目でサラムボーに魅せられるヌミディアの若き族長ナルハヴァス、息子(ハンニバル)は替え玉を使ってでも守るのに、娘は戦勝の褒美にくれてやるくらいの軽い扱いにしか見ていないハミルカルなど、キャラクターが立っている。サラムボーが仕える女神タニットが誕生・豊穣を司る神ならば、生贄を要求するモロックは破壊を司る男性神で、敢えて対比的に登場させている。サラムボー (上) (岩波文庫) [ フローベール ]サラムボー (下) (岩波文庫) [ フローベール ]楽天ブックス
October 9, 2023
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みなさん、こんばんは。池袋の名画座「新文芸坐」が4月15日にリニューアルオープンすることが発表されましたね。今日も西太后の伝記を紹介します。西太后秘録 近代中国の創始者 下Empress Dowager Cixi The Concubine Who Launched Modern Chinaユン・チアン講談社日清戦争後半から清の滅亡までを描く。下巻では悪女イメージが全くの誹謗中傷によるものとは言えない事件が登場。浅田次郎さんの著作『珍妃の井戸』で描かれた珍妃殺害が西太后の命令で行われた事がいともあっさりと明かされる。また皇帝の死もあらかじめ計画されたものだった。 一度戦争に負けてしまうと、たとえ君主がいようと、好きなように、とことんむしられてしまう。日本も経験したが、かつて大国だった中国が日本に敗北した後、西欧列強の好きなように領土を蹂躙される様はすさまじいを通り越してえげつない。西欧は日本の侵略主義を批判するが、いやいやロシアもドイツも強欲さにおいては負けていない。「そちらが取るならこちらも」とさして戦争に参加したわけでもないのに、文句の言えない相手から根こそぎ奪っていく。だから戦争に負けてはいけない。負ける戦争はしてはいけない、とつくづく思う。 悪名高い纏足と、志こそ優れていても、今ではすっかり腐敗の巣と化した科挙を廃止するなど、なるほど本書に書いてあることが真実なら、女性ながら近代的な視点を持っていた西太后がいたからこそ、頼りない皇帝が続いても中国は命脈を保ったと言える。葬儀こそ荘厳かつ豪華であったが、中国建国にあたり、死後彼女の墓は暴かれてしまう。今の中国共産党が綺麗な行為ばかりしてきたわけではないのだ。西太后秘録 下 近代中国の創始者 (講談社+α文庫) [ ユン・チアン ]楽天ブックス
April 28, 2022
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みなさん、こんばんは。フランスでマクロン大統領が再選されましたね。今日から2日間西太后の伝記を紹介します。西太后秘録 近代中国の創始者 上Empress Dowager Cixi The Concubine Who Launched Modern Chinaユン・チアン講談社官僚の家に生まれ、父の失脚後は長女として一家を支えた慈禧。16歳で清朝第9代皇帝の咸豊帝の側室となり、やがて幼い息子が帝位を継ぐと後見として政治家の頭角を現していく。しかし、息子は若くして病のために崩御してしまう。妹の子供を養子に迎えた慈禧は、光緒帝となったその息子の後見として返り咲き、宮廷内の政治に手腕を発揮する。革新派の上級官僚の李鴻章や曾国藩らを重用し、ヨーロッパ技術を取り入れて近代化に邁進する慈禧を、やがて日清戦争での致命的な敗北が襲う! ライバルの側室の手足を切り取ったなど、すっかり世界三大悪女という評判が行き渡っている西太后。それでも日本では浅田次郎さんの『蒼穹の昴』の影響で少しは評価が高まっている方だ。中国は国を称えることは遠慮しないが、君臨した女性を称えることはしない。我が国と同じく未だ女性の為政者が誕生しておらず、根本的な男尊女卑思想を感じる。敵を排除していったというイメージとは裏腹に、正后とも関係は良好で、自分が不利と見ると敢えて争い事を起こさないように振る舞う理想の為政者である。 彼女は守旧派で、改革派の光緒帝と対立したというのが通説だが、本書ではむしろ外国との貿易を推進し、優れた技術を取り入れることを奨励した改革派に属している。夫は薬に逃げ、息子もまたまともではない。指名した甥は教師の影響で古い考えから抜け出せない。悲劇は光緒帝が成人して親政を行い、ちょうど西太后が政治に関われなくなった時に日清戦争が起こってしまったことだ。この戦争はいわば日本のジャイアント・キリングだが、中国の様子を見ると「いやこれはさすがに負けるだろう」という体たらく。トップに情報が行き届かず追従ばかりを並べ立てる家臣を周囲に置くので、本当の戦況がわからない。たまりかねた西太后が乗り出した所で上巻幕。西太后秘録 近代中国の創始者 上/ユン・チアン/川副智子【1000円以上送料無料】bookfan 2号店 楽天市場店
April 27, 2022
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みなさん、こんばんは。HIS子会社による給付金不正受給が最大6億8300万円余だそうです。今日もヒラリー・マンテルの小説を紹介します。鏡と光 下The Mirror and The Lightヒラリー・マンテル早川書房 下巻は1537年から1540年までを描く。ジェーン・シーモアが妊娠し、待望の嫡男を産むが亡くなってしまう。クロムウェルの分岐点があるとしたら、まずここだ。もし、ジェーン・シーモアがずっと生きていたならば、ヘンリーは慌てて次の妃を迎えることはなかった。史実では、クロムウェルが積極的に勧め次の妃となったアン・オブ・クレーヴスが、ハンス・ホルバインの肖像画とあまりにも違っていたことから王の不興を買い、クロムウェルはあっという間に転落するのだ。 読み進めていたが、下巻半分以上読んでもまだ寵愛と信頼は変わらない。一体どうやって急転直下の状態に持っていくのだろう?と思っていたが、何のことはない。きっかけなど何でも良かった。 ヘンリー8世の父リッチモンド伯ヘンリーから始まったチューダー朝は、“悪逆王”リチャード3世を倒して始まった。しかし、そもそも本当にリチャード3世が“悪逆”かはわからない。所詮は勝者側の言い分であり、“悪逆”をことさら強調せねばならぬほど、王権が脆弱だった証拠である。証明するには、できるだけ長く王統を繋げ、真実を覆い隠すことだ。そして繋げられるかどうかは、王一人にかかっていた。その前に彼はアン・ブーリンとの結婚を巡って教皇や旧教を信じる外国とも険悪になっており、味方は少ない。若さが失われれば、王の自信も揺らぐ。 それに、もともと王は気紛れだった。今までは、気紛れな王をクロムウェルがうまくあやしてきた。しかし元の性格は所詮変わらない。「なあ、クラム、余はときどきそのほうを非難することもある。貶すこともある。乱暴な口をきくこともある。それはみせかけなのだ。だから、連中はわれわれが仲違いをしていると考える。しかしよい点もある。国内外でそのほうがどんなことを耳にしようと、余の信頼はぐらつかない」と何度甘い言葉を囁いていても、一旦気が変われば、その人の全てが嫌いになり信じられなくなる。機を見るに敏な政敵がたきつければ、これ幸いと乗っかるだけだ。そして不幸な事に、甘い言葉に馴らされていたクロムウェルは、ちょうど不穏な兆候が次々と出てきても、見過ごしてしまうターンに入っていた。感覚が鈍くなっていくのか、それとも王の移り気も、自分だけは例外だと思っていたのか。 何度も刑場で後ろを振り返り抗弁するアン・ブーリンを見ていたクロムウェルが、身分を剥奪され、尋問を受け、財産を奪われ、たった一人で死んでゆく。しかし彼の刑死を見ていた貴族達の何人かもまた、数年後に同じ運命を辿る。我々はいつも、ダモクレスの剣の下にいる他人を見る。しかしその他人とは、鏡に映った自分かもしれないのだ。鏡と光 下 [ ヒラリー・マンテル ]楽天ブックス
January 9, 2022
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みなさん、こんばんは。5日に開催予定だった、第97回天皇杯全日本バスケットボール選手権大会の準々決勝、川崎ブレイブサンダースvs.アルバルク東京と琉球ゴールデンキングスvs.信州ブレイブウォリアーズの試合がアルバルク東京と琉球ゴールデンキングスに、新型コロナ感染症陽性と判定された選手が出たため中止となりました。広まってますね。今日から2日間ヒラリー・マンテルの小説を紹介します。鏡と光 上The Mirror and The Lightヒラリー・マンテル早川書房物語はアン・ブーリンが処刑された前作ラスト直後から始まる。前作より間を置かずに出版されたならともかく、八年後の刊行だ。「アンが亡くなってX年」という始まりでもよかったはずだ。しかし一つ考えられるのは、アンが処刑されてからクロムウェルが同じ断頭台の露と消えるまで、わずか四年しかない。スパンを置いてしまうと、それだけ彼の生涯が描けないのだ。 よって“彼”たるクロムウェルも含めて皆ざわざわしている。大使シャピュイはこれでヘンリー八世が教皇のもとへ戻ってきてくれるのかと期待。何よりも当の王が「余は正義をくだしたのか?」とクロムウェルに尋ねるほど落ち着かない。次の相手と結婚するためではなく、不貞を働いた女性を罰した正義と敢えて言うことで、アン・ブーリンの処刑を自分の中で綺麗事に収めてしまおうとする。これから何人も妻をとっかえひっかえする青髭の異名も持つ王なのにこの不安は何だと言いたくなるが、少なくともこの時点では前妻キャサリンは処刑したわけではなく病死であり、妻だった女性を処刑したのは初めてだ。聞かれたクロムウェルも正義だったという確証がない。「正義?その問いかけの大きさが、腕に置かれた手のように彼の思考を停止させる。」答えが出なかったクロムウェルは聞き方を変える。「国のために最善のことをしたか?した。」そして王に言う。「すんだことです」それでも王の気持ちは収まらない。「しかし、どうして“すんだこと”と言えるのだ?まるで罪などなかったかのように?悔悛などなかったかのように?」 ウルジー枢機卿、トマス・モア大法官、アン・ブーリン。“彼”の前に立ちはだかる壁は次々と消えていく。これでクロムウェルが“皆は失敗したが自分は轍を踏まない”と自信満々であれば、歴史を知る読者は「ほらみたことか」と言い放つことができる。ところが、そうではない。 王もかつての王ではなく“自分は(が)息子を作れないのでは”という不安と、双肩に担ったチューダー朝存続の責任のために「取り扱い注意」人物となっている。重々承知しているクロムウェルは、LINEのメモよろしく王についての覚書を書きまくっている。これほど細心の注意を払ったとしても、尚逃れ得ぬ運命に向かってゆくトマス・クロムウェルが、エモくてたまらない。鏡と光 上 [ ヒラリー・マンテル ]楽天ブックス
January 8, 2022
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みなさん、こんばんは。昨日の地震怖かったですね。初代ローマ皇帝を主役に戴いた小説を紹介します。アウグストゥスAugustusジョン・ウィリアムズ作品社アウグストゥスとは、実は本名ではない。本名はガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスという、えらく長いものだ。しかし歴史上でアウグストゥスといえば彼しかいない。アウグストゥスとは尊厳者という意味だ。となれば、アウグストゥスとは、オクタウィアヌスでもあり、オクタウィアヌスでもない、独り歩きした名称になる。だからこそ、本書のタイトルにふさわしい。ここに書かれるのは、今まで誰も知らなかった男だからだ。 とはいえ、少しは知っている。歴史は悉く勝者の記録であるから、負けることのなかった彼の生涯はローマの歴史そのものだ。養父カエサルを継いで地中海世界を統一し、ローマ帝国初代に皇帝となった。世界史に名を刻む英傑として散々語られた彼を主役に据えるのは、敗者に対してフェアではないとさえ思える。だが、どうやら彼は“勝者“ではなさそうだ。 本書は三章構成である。第一章は目立たない若者が先駆者の陥った罠をすり抜け第一人者になる過程を側面から追った成功の軌跡になる。本書のベースとなるものだ。そしてこのベースを揺るがしていくのが、次章からだ。公的には成功者だったが、私的にはただ一人の娘ユリアしかいなかったため、皇統を継ぐ使命を課せられた彼女は何度も結婚させられる。彼女の意思は介在しない。歴史的にはオクタヴィアヌスの定めた法によって裁かれる不肖の娘であるが、本書での彼女は、男に比べてあまりに不自由な生を生きる犠牲者であり、かつフェミニストの視点も持つ現代風味付けがなされている。 ここで揺らいだオクタヴィアヌス=“歴史の勝者”像は、満を持して登場した第三章によって突き崩される。語り手はオクタヴィアヌス本人だから、崩すのを阻む者はいない。かつての友が次々に亡くなり、時には友を葬り、唯一の肉親もまた遠く離れた島にいる。同じ地平に立ってくれる者は誰もいない。第一人者に与えられるのは、顔を一人一人見分けられない民衆からの尊崇の念と、果てしなく続く孤独である。この両方を引き受けても尚、何事かを成そうとする者だけが、時代を越えた存在になれる。さて、そのような存在になれた者は、歴史が始まって以来何人いるだろうか。アウグストゥス [ ジョン・ウィリアムズ ]楽天ブックス
March 21, 2021
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みなさん、こんばんは。菅総理長男との接待問題で総務省の秋本局長ら総務省幹部2人が異動へ 事実上の更迭だとか。やれやれ臭いものにふたですね。実在の首きり人の伝記を紹介します。サンソン回想録:フランス革命を生きた死刑執行人の物語Les Memoirs de Sanson:Memoires pour servir a l’histoire de la Revolution francaiseオノレ・ド・バルザック訳安達正勝国書刊行会『死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男』を著した安達正勝が訳を担当する本書は、文豪バルザックが著したサンソン家の四代目、シャルル・アンリ・サンソンの回想録。漫画『イノサン』で、日本での知名度を一気に上げた彼の別名は、ムッシュ―・ド・パリと言う。 冒頭のエピソードではマドレーヌ寺院を歩く“ちび伍長”ことナポレオンの後を尾けていたシャルルがマムルーク兵に誰何される。最初はナポレオンと部下に押され気味だったシャルルだが、素性を明かすが早いか彼等が驚きと恐怖に満ちた表情を浮かべる。“後に皇帝となるナポレオンにも恐れられていた男”としてシャルルを描く事で、当時の死刑執行人がどのように見られていたかを読者に知らしめる。 何度も述べられるのは、死刑執行人という立場の理不尽さだ。「普通の市民になることができず、町では敵対的扱いを受ける。立法者は彼らの社会的境遇を改善しようとするが、偏見が彼らを突き落とす。理性は一つの声しか持たないが、偏見は千の声を持っていて、こちらのほうが影響力が大きい。大多数の者は闇であり、少数の者だけが光である。」「私は裁判所によって下される犯罪判決の執行人であるが裁判所は十分かつ長い時間をかけて自分達の信条と照らし合わせた後にしか判決を下さないとされている。その私が汚辱に印づけられ、一方、拙速で軽率ないしは横暴なことも多い判決を遂行するために大勢の人間を殺めた兵士たちのほうは、軍隊のあらゆる階級に昇進し、一般のあらゆる役職に就き、君主や国家によって与えられるあらゆる名誉を受けるのが適切とされているのは、まったくもって奇妙なことではないだろうか?」死刑執行が法で定められた刑罰というならば、なぜ民衆はまるでスポーツ観戦でもするかのように処刑場に群がるのか。刑を決めた裁判官や、戦争で敵兵を倒した兵士には尊敬の眼差しを送られるのに、執行する者は忌み嫌われるのか。皆が嫌がる仕事であるが故に、高額の報酬が得られるが、しかし一たび職業を明かすと、自由な結婚もままならない。文字通り職業に縛られた一生となる。その悲劇的な人生は『アンリ・サンソンの手稿』で紹介される。 イタリアの死刑執行人を描いた三章に亘る物語もまた、職務を遂行しているだけなのに死刑執行人が恨まれる姿が描かれる。それほど忌避する思いがあるならば、いっそ死刑を止めれば良いのに、なぜ死刑はなくならないのか。「もし犯罪判決の執行人が忌み嫌われるならば、もし彼がすべての人間の中でだれにとってもいちばん忌まわしく嘆かわしい人間であるのならば、もし彼の同胞が身内の中にしか存在しないならば、もし世論が彼を社会関係の外に放逐するのならば、現今の刑罰制度はどうにも正当化され得ないということである。」 シャルルの言葉を借りたバルザックの主張は、現在でも十分頷ける内容である。サンソン回想録 フランス革命を生きた死刑執行人の物語 / 原タイトル:Les Memoires de Sanson[本/雑誌] / オノレ・ド・バルザック/著 安達正勝/訳ネオウィング 楽天市場店
February 21, 2021
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みなさん、こんばんは。Jリーガーにも感染者が出てしまいましたね。ケン・フォレット作品も今日が最後です。火の柱(下)A Column of Fireケン・フォレット扶桑社ミステリー文庫 上巻表紙のエリザベス王女(当時)と対をなす、下巻表紙はスコットランド女王メアリー。フランスで名高い聖バルテルミーの虐殺以降、カトリック勢力による支配を強めたフランスは、スペインと組んでイングランド侵攻の計画を練る。その鍵となるのは、幽閉されている前スコットランド女王メアリー・ステュアートの存在。ネッドは、女王エリザベスを守るため奔走するが、スペイン無敵艦隊の脅威は日々高まる。 スペインの無敵艦隊アルマダとの決戦には船乗り、メアリーの最期には付き従っていた親友、ガイ・フォークス・デイの元になった陰謀にはネッドの兄ロロなどこれまで配されてきた架空の人物視点で史実が描かれる。最も皆に知られていて、歴史の教科書に登場する出来事が多いので、「歴史ものはどうも」と思われる読者も馴染みやすいと思われる。 主役カップルのネッドとマージェリーも、苦難を乗り越えてようやく結ばれる。そのためにネッドの前妻シルヴィーがあんな事になるのは残念だが、王道を護るために仕方がないのか。善人が報われ、悪人がとことん報いを受ける大団円に、今まで不満を溜めていた読者も大満足だろう。海洋小説、陰謀飛び交う政治にメインの主役の恋愛と、複雑なストーリーをまとめ上げるケン・フォレットの剛腕。火の柱(下) (海外文庫(ミステリー)) [ ケン・フォレット ]楽天ブックス
August 4, 2020
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みなさん、こんばんは。療養ホテルが不足しているとか。GOTOトラベルをやるからですよ。今日も引き続きケン・フォレット作品を紹介します。火の柱(中)A Column of Fireケン・フォレット扶桑社ミステリー文庫原題火の柱=A Column of Fireは、エジプトで虐げられていた民がモーゼにより脱出した際に、夜は神が火の柱となって人々を見守った故事に基づく。宗教は人々の心の拠り所として、本来権力とは無縁のはずだった。しかし権力者が人々にとっての宗教の影響力に気づいた時、宗教界もまた一つの権力として無視できない存在になる。最大の権力者である国王が宗教のバックについたらどうなるかが本編で描かれる。 本作では善と悪の狭間で苦悩する人はあまり登場せず、悪役は最後まで悔い改めることはなく、わかりやすい。とことん極めた悪人を、善人(といっても揺らぎはする)が倒すカタルシスを楽しむ構造である。しかし簡単に悪を倒させてはくれない。というか、簡単に倒れると話が終わっちゃう! 中巻は悪役の一人、ピエールに父親を殺されたシルヴィの再起から始まる。ギーズ家を名乗るためにギーズ家の御曹司が妊娠させた女性と偽りの結婚をし、生まれた赤ん坊をすぐ修道院に捨てに行こうとするなど、悪役ぶり全開だ。彼の悪事はこれに留まらないので、たとえどんな酷い目にあっても良心の呵責を感じることがなさそうだ。もう一人の悪役は主人公カップルを引き裂いたヒロイン、ネリーの兄ロロだ。ネリーの恋人ネッドと幼い頃から反目し、ひょんな事からもう一人の悪役ピエールと結びつく。 良いイメージのないカトリーヌ・ド・メディシスは、プロテスタント排除に向って先鋭化するメアリーの伯父達を制止するなど、理性的なキャラクターとして描かれている。エリザベスも立場上プロテスタントを庇護しているが、だからといってカトリックを敵視しているわけではない。女性の為政者に、融和を望むキャラクターが多いのが特徴だ。 さて次は下巻。メアリーとエリザベスの対決は皆周知の事実だから別として、出会っては離れ離れになる(これもお約束!)主役カップルはどうなるのか。火の柱(中) (海外文庫(ミステリー)) [ ケン・フォレット ]楽天ブックス
August 3, 2020
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みなさん、こんばんは。8月になりましたね。またアベノマスク配るらしいですよ。何考えてるんでしょうね。今日から3日間ケン・フォレットの作品を紹介します。火の柱(上)A Column of Fireケン・フォレット扶桑社ミステリー文庫 冒頭は名乗らない人物の独白である。何者かは途中でわかるので、実際の所なぜこの独白を入れたのか不明だ。なくてもいいのでは。入れるのなら、できるならば最後まで語り手を謎にしておくべきだ。 ドラマにもなった『大聖堂』の続編。前作の主人公トム・ビルダーやジャックは名前だけ登場。本編の表紙は若きエリザベス。まだ巨大なレースの襟をクジャクみたいに首にまとわない。それはそうだろう。まだ彼女は、女王になれるかどうか定かでなかった。彼女の異母姉-ブラッディ・メアリーという恐ろしい綽名のヘンリー8世の娘メアリーが女王で、良人はスペイン国王。ばりばりのカソリックだ。同じ父の血を引くというだけで辛うじて生き延びてきたエリザベスだが、未だ子供がいない女王の後継者として常に危険視されており、カソリック以外を認めない女王の方針に反対する民衆の希望の星でもあった。最初の方は彼女のライバル、スコットランド女王メアリーの方が圧倒的優勢だ。それなのに立場が逆転していくのは、周りについた者の差か。エリザベスには既に能臣ウィリアム・セシルがついているのに、メアリーにはいいブレインがいない。生まれついての女王で、フランス王太子の妃、アンリ4世の急逝後王妃となる。背も高くて美人となれば、ちやほやする者達に事欠かない。カトリーヌ・ド・メディチや叔父のギーズ公のパワーゲームを近くで見ていたのに、学ぼうとする姿勢が見られないのは、決められた道がその通り進んでいくと信じて疑わないからだ。メアリーを責めるわけにはいかない。その頃の王族なんて大概がそんなものだ。死の恐怖に晒されていたエリザベスが特殊と言える。 将来的には二人がトップに立つイギリスとフランスを巡る宗教絡みの争いに巻き込まれるのが主役カップルだ。マージェリーの実家フィッツジェラルド家はばりばりの旧教で、一方のネッドは父亡き後母が商売をして稼いでいる進歩的な家柄で宗教にも寛容。マージェリーの兄ロロはネッドを敵視して何かと衝突する。この主役カップルだけではフランスの事情が書けないので、架空の人物としてメアリーの幼馴染アリソンと、フランスでギーズ家に取り入ろうとする若者ピエールが配されている。歴史上の人物と架空の人物が程よくブレンドされながら物語が展開する群像劇。 キングズブリッジという架空の街以外の前作との共通点は1.主人公とヒロインはなかなか結ばれない。すぐ結ばれてしまうと波乱の人生にならずドラマにならないから!?2.主役の周囲には歴史上の有名人が登場し、彼等を通じて有名人の心境や意外な面を浮き彫りにする。3.ヒロインは必ず望まぬ相手に乱暴される。などである。3はどうかと思うが、苦しみを乗り越える女性の逞しさを表現したいのか。上巻ではメアリー女王が亡くなりイギリスはエリザベス女王の時代へ。一方のフランスもアンリ4世が亡くなりメアリーの夫フランソワの時代へ。これから歴史的イベントが山と待っていてわくわく。火の柱(上) (海外文庫(ミステリー)) [ ケン・フォレット ]楽天ブックス
August 2, 2020
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みなさん、こんばんは。イタリアルネサンスといえば、歴史で一度は習ったことがあると思います。その時代を生きたチェーザレ・ボルジアをご存知ですか?知る人ぞ知る存在ですが、知っている人の中では織田信長みたいな存在で人気が高いのです。モームも彼についての作品を書いています。昔も今もThen And Nowサマセット・モーム ちくま文庫今でこそ惣領冬実さんの未だ完結していない連載『チェーザレ』があるが、日本で一気にチェーザレ・ボルジアの知名度が上がったのは、塩野七生さんの『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』とフランソワーズ・サガンの『ボルジア家の黄金の血』あたりか。毒殺、謀略なんでもござれの一族が何とカソリックの総本山のトップの座についた、生涯がまるでドラマのような(ドラマになったが)イタリアの一族、ボルジア家の長男坊。 サマセット・モームも彼に魅せられた一人のようだ。モームは書きたい人物その人を語り手にしない。なぜならチェーザレをほめちぎりたいのに、本人がほめまくっていたらただの自慢しいだからだ。そこで、周辺の人物からチェーザレを描く『月と六ペンス』と同じ方式を採った。今回の語り手はニッコロ・マキアヴェリ。後世の我々からすれば、マキアヴェリ自体有名人なのだが、当時の知名度を比べれば、法王の庶子ながら公爵で軍事責任者でもあるチェーザレの方が断然上だ。物語は、無理難題を言いつけられたフィレンツェが、交渉権のない使節としてマキアヴェリを派遣するところから始まる。フィレンツェは共和制で、イタリア統一を図るチェーザレとは水と油。「人間の性はいつの世も同じであり、同じ情熱をもっているから、状況が同じならば、同じ原因は同じ結果をみちびく。したがって、古代ローマ人がある状況におかれて、どのように対処したか、ということを心に銘記するならば、後代の人間とても、すこしは思慮分別をもって行動できるにちがいない」と、古代ローマに憧れているマキアヴェリは、自分の知力をもってすれば、チェーザレを転がすことなど簡単だと思っている。余裕のマキアヴェリは人妻に懸想してイタリア男らしく恋のアプローチも欠かさない。 ところがしょせん机上の空論、操っていると思い込んでいたマキアヴェリこそ、チェーザレの手の平の上で転がされていたにすぎなかった。ネット上では「マキアヴェリがチェーザレにぴーぴー泣かされる話」と書かれていたが、そこまでは。マキアヴェリは次第にチェーザレに魅了され、そして「人間界では、ひたすら権力の獲得に力をつくし、それを維持することが必要なんだ。そのために用いられた手段は、もしうまくいったら、世の人々がすべて高潔であると見なし、口をそろえて賞賛する。」と後のマキャベリズムを口にする。後世のモームが書いたチェーザレは「共和国体制においては、能力ある者はつねに疑いの眼をもって見られる。だから要職につける者は、同僚の嫉妬の対象にならないぼんくらにかぎる。それが民主主義国家というもんだよ。能力抜群の人物ではなく、誰にも、警戒も心配もされないお人好しが統治するんだ。」などとのちの民主主義国家の弱点まで指摘して、聡明な事この上ない。 しかし向かう所敵なしに見えたチェーザレにも破滅が訪れるのは史実通り。「法王が死んでも後処理は全て考え済み」と豪語したチェーザレもまた、シミュレーション通りの未来を描いたマキアヴェリと五十歩百歩だった。そう、昔も今も、英雄も凡人も天才も、自分だけはと思いつつ、道端の石ころにつまずくのだ。初めてつまずいたような顔をして。何人もがつまずいてきたことなど知らぬような顔をして。昔も今も (ちくま文庫) [ ウィリアム・サマセット・モーム ]楽天ブックス
October 28, 2018
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みなさん、こんばんは。Uターンラッシュは今日がピークのようですね。東京は静かです。さて今日は昨日紹介した本の後篇です。音楽と沈黙 2 Music and Silenceローズ・トレメイン国書刊行会 前巻で奏でられていた楽器が放り出されている。何やら波乱を感じさせる表紙絵だ。前巻ではMusicのMが登場したが、本巻の表紙に登場するのはSilenceのS。だが登場人物達は沈黙を守ってはくれない。その筆頭がキアステン。主役カップルそっちのけで自分の欲望のためにしか生きない最強の女で、彼女のいる所、沈黙は存在しない。あっちもこっちも大騒ぎだ。にもかかわらず彼女は音楽が大嫌いだ。単なる無関心どころか「大嫌い」と公言している。沈黙を好むわけではないが、その対極にある音楽が嫌い。いや、音楽というよりも、音楽を好む王が嫌いなのだ。1巻は、そんな最強の彼女が窮地に追いやられた所で終わっている。 侍女エミリアに言い寄っていたピーターは、彼女が仕えていたキアステンの浮気がばれたとばっちりでエミリアとも離れ離れになってしまう。侍女のエミリアとともに母エレンの城に移り住んだキアステンは王への復讐心に燃えており、ピーターの恋心を利用して何やら陰謀を企む。エミリアはピーターとの恋路ももちろん気になるが、「勇気を出すのよ」という亡き母の言葉を胸に抱きながら、生家で勝手気ままにふるまう継母マウダリーナに虐待されている弟マークスとの日々を懸命に生きる。ピーターはかつての恋人オフィンガル伯爵夫人と再会し、夫人に誘惑されながらもエミリアへの思いを募らせる。 ピーター、エミリアという人がいながらかつての恋人に揺れたりしてだめじゃん!と言いたくなるが、何せ人と人との距離が途方もなく遠かった時代。情報機器が発達して相手がどこで何をしているかわかる現在では成立しない物語。一度離れてしまえば思いを伝えるのは手紙しかなく、顔を見たいと思えば危険を伴う航海に出るしかない。ましてやピーターの手紙を横取りするキアステンのような存在がいれば、二人の恋は前途多難。さあどうなる?2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【楽天ブックスならいつでも送料無料】音楽と沈黙 2 [ ローズ・トレメイン ]楽天ブックス
August 14, 2017
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みなさん、こんばんは。首都圏は静かです。お盆をゆっくり過ごされていますか?世界陸上、日本が銅メダルですが、それよりもウサイン・ボルトのアクシデントにびっくりしました。コメンテーターは「人生って帳尻が合うようにできている」と言っていましたが、ボルトはそう思っていないと思うなぁ。さて、今日と明日は歴史小説を紹介します。実在の王も出てきますよ。音楽と沈黙 1Music and Silenceローズ・トレメイン 国書刊行会1629年、美貌のイギリス人リュート奏者ピーター・クレアがデンマーク王クレスチャン4世の宮廷楽団に招かれ、コペンハーゲンのローセンボー城に到着する。一方、王の妻キアステンは王への不満をつのらせ愛人との官能の日々を送っている。やがてピーターはキアステンの侍女エミリアと恋に落ちる。しかし二人には数多の試練が待っていた。 同氏の著作『道化と王』同様、出版元は異なるのに、なぜか主人公達の表情は見えず、体の一部だけが見える表紙にしている。 タイトルも妙だ。音楽=Musicと沈黙=Silence。音を出すものと、音のない状態、真逆である。しかし両者は城の中で共存する。音楽を好む王は、謁見室の真下にある暗いワイン貯蔵室に宮廷楽団を待機させていた。本来なら音も演奏家達の姿も愉しめばよいはずだ。しかし王は、音楽は聞きたいが、演奏家達の姿は見たくない。唯一の例外がリュート奏者ピーター・クレアだった。彼だけは姿を見たいと望む。ピーターがかつての親友ブロアにそっくりだからだ。 必ずしも時系列順に物語が進むわけではないので、最初は戸惑うかもしれない。実在の人物と史実、フィクションがミックスされ「誰かが誰かに片思い」している。つまり、てんでばらばらに旋律がかき鳴らされている状態にある。下巻では複数の国に亘り奏でられたメロディが一つにまとまるのか。そして史実とのすり合わせはどの程度為されるのか。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【楽天ブックスならいつでも送料無料】音楽と沈黙 1 [ ローズ・トレメイン ]楽天ブックス
August 13, 2017
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みなさん、こんばんは。いよいよオリンピックが近づいていますね。高校野球も始まりそうです。さて、皆さんは旧約聖書のソロモン王の話をご存知ですか?この話の中ではソロモン王は脇役です。ビルキス、あるいはシバの女王への旅Le Voyage de Bilqisアリエット・アルメル 「シバの女王」と聞くと年配の方などは「♪私はあなたの愛の奴隷」という歌を思い出すだろう。また吹奏楽に詳しい方ならば、レスピーギの曲を想起されるかもしれない。だが、シバの女王がどのような人物で何をしたのか、という点について、残念ながら広く認知はされていない。 旧約聖書に彼女が登場する場面はごくわずかだ。イスラエルのソロモン王に会いに来て、彼の英知に感嘆する。一国の女王なのに、まるでソロモンのヨイショ要員のような扱いだ。 同じ白水社から出ている『真珠の首飾りの少女』『貴婦人と一角獣』と系統が似ており、実在する作品が生まれるバックグラウンドについて描かれている。今回はフレスコ画『聖木の礼拝・ソロモン王とシバの女王の会見』の制作過程が綴られる。 フレスコ画の作者となるピエロ・デッラ・フランチェスカは壁画制作に倦みローマへ行こうとする。しかし妻シルヴィアは夫を止めようと、自らシバの女王ビルキスの物語を夫に語って聞かせる。 邦題がシバの女王「への」旅となっているのは意図がある。ビルキスは父の急死により突然王位を継ぐことになる。当然覚悟もなければ経験もなく「名実共に女王である」とはとても言えない状態だ。唯一他人と異なる点は幻視が出来ることで、これが「やがてイエスの十字架となる運命を持つ木を見分ける」聖書の逸話に繋がっていく。国を統治することや、イスラエルとの戦争が始まるかもしれないという不安を抱え、未熟な自分を自覚しながらも、やがてビルキスは自らの進むべき道を見出していく。 現在パート(ピエロ&シルヴィア)と過去パート(ビルキス)が並行して進み、男と女、太陽が絶えず照りつける沙漠とオアシスVsピエロ達の住む寒く薄暗いイタリアの田舎町、ピエロを巡るモデルの愛人とシルヴィア等々、いくつもの対立図式が登場する。ビルキスの心情が聞き手のピエロや語り手のシルヴィアによって変化することもあれば、ビルキスの物語を紡ぐうちに、ピエロとシルヴィア、双方の関係も変化する。つまり、フィクションとノンフィクションが互いに影響を与えあう構成となっており、このアンサンブルが素晴らしい。 ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画には、後のフェルメールに見られるような極端な影はない。皆に等しく光が当てられ、人間でさえも神々しい。そんな彼の作風をも反映したストーリー構成になっている。更に「ピエロ・デッラ・フランチェスカに妻がいた史実はない」ことを踏まえると、もう一つ深読みができそうだ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ビルキス、あるいはシバの女王への旅 [ アリエット・アルメル ]楽天ブックス
August 4, 2016
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みなさん、こんばんは。会社の人の中に家庭菜園を持っている人がいてトマトを作ったりしています。うちはゴーヤを植えました。目指せグリーンカーテン。今日は翻訳者自ら「主人公はヘタレです!」と言っていた作品を紹介します。ちなみにその翻訳者とは金原瑞人さん。道化と王 Restorationローズ・トレメイン途中で切れてしまっているが、表紙のモデルはチャールズ二世だ。亡命先から戻り原題「王政復古」でイギリスの王となった苦労人で、小説に書かれたように艶福家で子供も多い。あまりの多さに心配した医師が作りだしたのがコンドームだったという俗説が広まっている。 本作の主役は王ではなく、医師ロバート・メリヴェルだ。『ハンニバル戦争』のスキピオよろしく女性とベッドにいる所を父親に踏みこまれた彼は、そのまま王の元に連れて行かれるが、ろくに話せずまたもや味噌をつける。王の愛顧を被った手袋職人の父が亡くなり、メリヴェルは国王の犬を治したことがきっかけで、宮廷に取り立てられる。同じように気まずい場面を父親に見られても、スキピオは御年17歳、冒頭の部分でメリヴェルは既に37歳で「これから成長しますから!」と努力が評価される年齢をとうに越えている。では、冒頭でヘタレ度を思いっきり上げた主人公が、そのままで、或いは意外な才を発揮して、宮廷でスピード出世していくことになるのだろうか。 生憎予想は大外れで、ロバート・メリヴェルの人生は、上ったり下りたり大忙しだ。いつも同じウィークポイントで下りて行く、つまりは全然学習していない。翻訳者金原さんはヘタレ主人公を絶賛していたが(変なシュミだ)レビュアーの中には「あまりにも情けない主人公に嫌気がさした」という意見もあったほどだ。だが、道化として生きることを望まれたメリヴェルが、初めて人間らしい真っ当な感情に目覚めた時に、その愛情を傾けた相手からも、敬愛し続けた国王からも放逐される件は、さすがに馬鹿だと言って切り捨てられない。むしろ、どうしてそのような感情を抱いてはいけないのか?と初めて彼に味方して王に反駁したくなった。まあ、こんな出来事のあとでも、相変わらずメリヴェルの悪い癖は直らないのだが、一度そういう良心のぶれを見せられてしまうと、困ったもので「いつかまたどこかでいい所が見つかるのでは」と気になって、主人公から目が離せなくなる。 同じ道化といってもメリヴェルは、シェイクスピアの『十二夜』の「本当は賢いが上手に馬鹿になって見せる道化」の機知は持ちあわせていない。生き様がそのまま道化のメリヴェルに対して、王は馬鹿なのか鈍感なのかわからないながら、意外に懐の広いところもあったりして、掴みどころのないキャラクターになっていた。ううむ、【楽天ブックスならいつでも送料無料】【高額商品】【3倍】道化と王 [ ローズ・トレメイン ]楽天ブックス
May 19, 2016
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みなさんこんにちは。スポーツクラブのメンバーが多かったです。昨日から休みに入った人が多かったのでしょうね。そして新聞がどんどん薄くなる…。今日は中国清王朝皇帝の末裔が書いた歴史小説を紹介します。愛新覚羅の末裔で、北京でも名門中の名門である金一家は、清朝から授けられた鎮国将軍の肩書きを持つ父、3人の母親、14人の子供がいる大家族だ。中でも、末っ子で七女の、好奇心旺盛の舜銘は、みんなから「ねずみっ子」と呼ばれ、かわいがられていた。やがて中国は、止む事のない革命と動乱の時代に突入する。清朝崩壊、中華民国成立、国共分裂、中華人民共和国成立、文化大革命。二十世紀初頭、中国は激動の時代を迎える。代々続く家門の栄光を盾に、何もせずとも生み出される富を土台に、安穏な生活を送れるはずだった貴門達も、この歴史のうねりから逃れられない。先祖代々教え込まれた価値観では、到底乗り越えられない試練が彼等を待っていた。その試練を貴門達がどう捉え、どう生きたのかが、家族の一人である舜銘の目を通じて描かれる。舜銘もまた一門の者として、これらの苦難を経験してきた「当事者」であるのだが、自身に対する描写は少ない。むしろ家族達に起こった様々な出来事を「傍観者」として捉えた内容の方が多い。それが、ただ没落した身を嘆く貴族の感傷的な話に終始しなかった要因だろう。京劇の台詞がごく普通に会話の中に登場し、由緒ある骨董物が家の中には無造作に転がっている。我々からすれば歴史上の有名人である愛新覚羅、西太后、溥儀が当たり前のように出て来て、女スパイと騒がれた芳子は「迷惑な親戚」呼ばわりされている。だがこれらの境遇が自慢話として語られるのでなく、「当たり前の事」として見るスタンスで描かれているので、読者の反感を誘わないのだ。『采桑子』の一節からタイトルが取られている本作は、全九章から成り、それぞれが独立した短編としても読める。兄や姉、祖母が各章の主人公となるが、別の章では脇役として再登場する。京劇に夢中で気位が高く、自分の恋心に気づいた時は遅かった長女。一人の女性を巡り、争い合った末に不幸な最期を迎える三人兄弟。逃げた養子の生存を信じ続けている大叔母。親に反対された結婚をして、死ぬまで会えなかった次女。プラトニックな愛情で結ばれた四女とその幼なじみ。兄に恋人を奪われても尚、彼女を思い続けた宮廷画家の七男。思い思われなかった辛さ、同じ一族でも、時代に迎合できる者とできない者の残酷な落差。辿る運命は一通りではなく、それぞれの魂が奏でる様々な旋律は、やがて大きな一つの旋律-貴族の斜陽-へと収斂される。幼時のエピソードが登場する第八章以外、殆ど描かれなかった著者自身の半生についても興味が湧く。各章にわずかに登場する彼女の態度、家族への接し方や描き方などから、書かれなかった十番目の旋律について、思いを馳せてみるのも良いかもしれない。西太后を大叔母に持つ著者の、自伝的要素が濃い小説。2001年、第8章『夢(まぼろし)か』に対して、第2回魯迅文学賞秀中編小説賞が贈られた。 「初版発行日」 2002-04 「著者」 葉 広〓 (著) 「出版社」 中央公論新社【中古】貴門胤裔〈上〉 「初版発行日」 2002-04 「著者」 葉 広〓 (著) 「出版社」 中央公論新社【中古】貴門胤裔〈下〉KSC
December 30, 2015
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みなさん、こんばんは。渡辺謙さん、トニー賞残念でしたね。でもノミネートされるだけで凄いです。一方中国の長江で起きた船の事故は、一週間しか経っていないのにもう記念館を創るという話があると聞いてびっくりです。さっさと幕引きしたいのでしょうか。さて、今日紹介する本はかつて中国を支配した女帝の物語です。女帝わが名は則天武后 シャン・ サ 時は七世紀、唐の時代。一人の少女・武照が、一万人の女たちが皇帝の寵を争う後宮に入った。何の後盾もない平民生まれの武照は、皇后に、そしてついに帝位へと上り詰める。そこで彼女を待っていたものは? 身分を隠して中国で生きる日本人兵士と、碁が好きな中国人少女の、つかの間の出会いで芽生えた恋とも言えぬ想いを描いた『碁を打つ女』。その著者であるシャン・サが四作目のヒロインとして選んだのは、夢で直々に「真実を伝えて欲しい」と頼まれたという、中国史上最初で最後の女帝、則天武后。三年間あらゆる資料を読みあさり、満を持して発表された本書は、発売されるや十万部を越えるベストセラーとなった。 男子誕生を心待ちにしていた両親を落胆させるという、幸先の良くないスタートを切った武照は、父の死後、更に貧窮に追いやられる。男性の顔色を窺わなければ、満足に食べる事すら出来ない。女性であるが故の不自由さを骨の髄まで味わった彼女が選んだのは、外見は華やかに見えても、たった一人の男の寵を争う場に過ぎず、策謀と憎悪が常に渦巻く世界-後宮だ。渦に誘われても溺れず、「客観性」を保ち続ける武昭の心情を、著者は抒情あふれる文章で綴ってゆく。一人称で描かれる彼女は、為政者の孤独をも受け入れる強い意志を持っており、イギリスのヴァージンクイーン・エリザベス一世や、ロシアのエカテリーナ二世にも匹敵する政治家だったのではないか?とすら思えてくる。それなのになぜ、中国における則天武后の評価が、決して芳しいものではないのか。 息子が帝位にある間も、実権を握り続けた。冤罪で優秀な官僚を排除した。「誣告(無実の罪を密告すること)」と「密告」を奨励した。中でも、自分の治世に国号を「唐」から「周」と変えた事は、許し難い王朝簒奪と見なされたようだ。だが一方で、縁故に拠らない人事登用や積極的な外征などで、安定した治世を築いた事は、過少評価されているどころか、殆ど取り上げられない。そのヒントは、中国の史記のこんな言葉にあるようだ。 「めんどりがときをつくるのは家が没落する前兆である。」中国は、ときをつくっためんどり=則天武后に、「残虐」「悪女」といったマイナスイメージを押しつけたのではないか、というのだ。稗史が正史に、真実が捏造に排除されてきた例は、世界各地で散見される。オリンピックも開催されようかという中国とて、例外ではないだろう。天安門事件以後、まだまだ鉄のカーテンの裏にいくつも強固な扉を閉ざしている国、中国。事件以来国を離れて活躍する中国人女性がようやく探し当てたのは、 かつて一人の女性が開けた「女性の為政者としての能力」という一つの扉に過ぎない。だが将来において、彼女が使った「言葉」という論理的な手段によって、これからいくつもの扉が開かれてゆく事を、強く信じたい。【楽天ブックスならいつでも送料無料】女帝わが名は則天武后 [ サ・シャン ]楽天ブックス
June 9, 2015
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みなさん、こんばんは。今晩は冷えるようです。中国の船の事故は72時間が勝負ではないでしょうか。遅いですね。気が気ではないでしょう。韓国のMersも気になります。さて、こちらは哲学者とプロイセン王の心温まる?交流の日々を極めてリアルに描いた作品です。ヴォルテール、ただいま参上!“Sire, Ich Eile…”Voltaire Bei Friedrich II,Eine Novelleハンス=ヨアヒム・シェートリヒ松永美穂/訳 ドイツ旅行に行くと必ず食卓に登場するのがマッシュポテトだ。お代わり自由で皿に取って食べることが出来る。料理としての見た目はどうあれ、お腹いっぱいになる。さすが中身重視のドイツ!というイメージだが、そんなドイツでは、墓にじゃがいもが供えられる王がいる。本篇の主人公、プロイセン王フリードリヒ二世だ。じゃがいも栽培をドイツに広めた彼は、哲学者ヴォルテールと生涯にわたり文通した。 フリードリヒ二世は、まだ王子だった頃からヴォルテールに恋い焦がれ、やがて自分の手元に置きたいとすら思いつめる。懇願の末にやっと対面が叶い、王はパトロンとしてヴォルテールをバックアップするが、ささいな事から亀裂が入り、やがてヴォルテールはプロイセンを去る。おや、こう書いてみると、まるでありふれた男女の別れみたいだ。まあ、フリードリヒ二世はゲイであり、こう書いても冗談にはなりかねるのだが。 そんなフリードリヒ二世とヴォルテールの関係を描いた本書は、空想力や描写力ではなく、史実と文献という事実でぐいぐい押していく、まるでじゃがいものような、中身重視!の作品である。派手な修飾詞・形容詞を用いないため淡々とした描写が続く。しかし、激するべきところで表向きは激さず、その分、親しい相手に向けて書かれた書簡や側近への遠慮のない会話では怒り大爆発!という激しく裏表のある本人のキャラクターが強烈な印象を与える。 理性を重んじる啓蒙学者が生活のために投資に手を出すこともあれば、「支配者の義務は、人間の苦しみを減じることにある」と理想を唱える君主が、領土拡大のためには人々を戦に駆りだす時もある。もう関係がこじれてしまった頃に起こった、ヴォルテールの旅費を巡る騒動などは、多くの著書を持つ哲学者、大国を率いる君主、どちらかの器が大きければこれほどの騒ぎにならなかったろうと思えるが、間に立った人が可哀想になってくるほどこじれにこじれる。二人とも、偉人・有名人というイメージからは程遠く、我々と同じ弱さと複雑さを持つ人間であることが良く分かる。 しかし二人がもっと単純に物事を割り切り、理想のままに生きようとすれば、交流はもっと早く終わってしまったはずだ。ならば、一方が亡くなるまで文通が続いたのは、弱さと複雑な感情故ではなかったか。ならば我々も、多少は持て余しても、複雑な感情を手放すべきではないのだろう。フリードリヒ二世とヴォルテールのような、ややこしくも貴重な出会いが、どこかで待っているかもしれないのだから。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】ヴォルテール、ただいま参上! [ ハンス・ヨアヒム・シェートリヒ ]楽天ブックス
June 5, 2015
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みなさん、こんばんは。直木賞受賞作家陳舜臣さんが90歳で亡くなられました。今日は彼の作品を紹介します。わが集外集 陳舜臣表紙ののんびりした男のモデルは「梅福伝」「六如居士譚」の主人公のどちらかだろう。 陳氏の未収録作を集めた本書のうち、最も興味を惹かれたのはそんな表紙の人物とは正反対の人生を送った男である。 「獅子は死なず」の主人公で、ガンジーの左腕、チャンドラ・ボース。 終戦の翌日に、不慮の事故でこの世を去ったボースの生涯は、正に「駆け抜ける」という表現がぴったり。陳氏の文章は佐藤賢一氏の歴史ものとは異なり、読者を登場人物に寄り添わせようとはしない。主人公と距離を置き、淡々と書いているのだが、それでもやはりこの男には惚れたのでは?と思わせる描写がちらり。但し修飾詞で飾らずとも、インド脱出、嵐の中の潜水艦乗り移りと、事実だけでも彼の一生は十分にドラマティック。漫画か映画にすると映えそうだ。 中でもすごい!と思ったのは時の東条首相に 「インド独立のために日本軍に協力するが、インドは日本のために独立するのではない。」と言い切った所である。自国が植民地状態にあり、さらに戦時中でありながらも、これだけの事を言ってのけたボースは、まさに男の中の男。とりあえず言い分を聞いておき、勝った後に反古にするというやり方もあったものを。本音を話して殺されなかったのは、よっぽど惚れられたのだ。今そんな人間が世界にいるだろうか。つくづく早世が惜しまれる。おやおや、どうやら私も惚れたらしい。 ほか紀行文や中国歴史ものの他に「厨房夢」「回想死」「七盤亭炎上」の3編がミステリー。最後まで引っ張ってあっといわせる展開が待っている。粒ぞろいの飲茶をどうぞ召し上がれ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】わが集外集 [ 陳舜臣 ]価格:1,944円(税込、送料込)
January 22, 2015
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みなさん、おはようございます。また痛ましい事件が起きましたね。「人を殺してみたかった」がティーンの口から聞かれるとは。一体何があったのか。今日は海外の作家が書いた歴史小説を紹介します。ラウィーニア Lavinia アーシュラ・K.ル=グウィン 古代ローマの詩人・ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』は未完に終わっている。それも、主役アエネーイスとイタリアの一地方の王であったトゥルヌスの一騎打ちの勝負がまさにつかんとする、とてもいい所で。まさに、後世の作家にとっては「さあ、書いて下さい」と言わんばかりの絶好の素材だ。ル・グウィンもこうした誘惑に抗しきれなかった作家の一人である。ただ、彼女の物語の作り方は一風変わっている。 語り手は『アエネーイス』で一言もしゃべらないラウィーニアだ。トロイのヘレンと同じく争いの元になっているというのに、一言も彼女の言葉が残されていない、お飾りのヒロイン。だが、本作の彼女はそうではない。 かの詩人がわたしを歌った部分は、わたしの髪に火がついた瞬間を除いて、あまりに退屈。象牙が紅の染料に染まるように、乙女のわたしが頬を染めた場面以外、まったく精彩を欠いている。ほんとに陳腐―だから、もうわたしはがまんできない。もし、これから何世紀も存在し続けなければならないのなら、せめて一度、口を開いてしゃべりたい。彼はわたしにひと言もしゃべらせてくれなかった。だから、彼にはもう黙ってもらってわたしがしゃべる。 と、あろうことかウェルギリウスに噛みついて、自分の物語を語ろうとする。さて、なぜ彼女が自分より遥か後に登場する自分の事が書かれた著作を知っているのか。ル・グウィンは『アエネーイス』の作者と語りあうという方法で彼女にバック・トゥ・ザ・フューチャーをやらせるのだ。未来をあらかじめ知らせておく設定は、主人公が決められた未来に向かってただ追っていくだけに過ぎないと、物語をとてもつまらなくしてしまう。ところが、名作に噛みつくくらいの勢いのあるヒロインが、そんなありきたりの反応を見せるわけがない。未来の争いも未来の夫の死期も全てあらかじめ知った上で、それらを一人でのみこんで、自分の手で運命を切り拓いていこうとする逞しい女性だ。支配欲の強い母との不仲に胸を痛める若い娘から半神半人の妻となり、後に王となる息子を育てる母へと成長していくラウィ―ニアは、現代的な要素を持った魅力的な女性として描かれている。 『アエネーイス』は自らの統治の正当性を明確にするために、アエネーイスの末裔を自称する時の為政者・アウグストゥスの命により、未完のまま刊行された。だがその中では、戦の度に傷つく人々や、平和を維持するために、無名の人々が果たした役割などはクローズアップされない。未来においてどんなに名著と崇められても、途中でウェルギリウスが死んだのでは、彼の意図すら置き去られた不遇の書だったのではないか。その書で一切言葉を与えられなかったラウィ―ニアの姿を借りて、ル・グウィンは、ウェルギリウスが本当に書きたかった物語を、見事に引き継いだと言えよう。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】ラウィーニア [ アーシュラ・K.ル=グウィン ]楽天ブックス
July 29, 2014
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みなさん、こんばんは。夜になって雨が降ってきました。エリザベス女王と同時代に生まれながら、いいえ、その為に悲劇の人生を歩むことになってしまったスコットランド女王メアリ。彼女の生涯をアレクサンドル・デュマが描いた評伝を紹介します。メアリー・スチュアート Marie Stuart アレクサンドル・デュマ道院で「生まれながらにして女のやさしさと、男の理論的な物の考え方をふたつながら持っていた」少女は、長じてフランス王妃となり、生まれながらにしてスコットランド女王であり、かつイギリス王位継承権も持っていた。それなのに、彼女は最終的に全てを失ってしまった。その人の名前は、メアリー・スチュアート。 デュマも メアリーの名誉にとって残念なのは、エリザベスが女である前に常に女王だったのに対し、メアリ―は女王である前に常に女だったことだ。 と述べている通り、 同時代のエリザベス一世と比較されることの多い彼女だが、結婚を餌に欧米諸国の君主を翻弄したエリザベスに対して、常に見た目やその時の情に流されて結婚を決めるメアリーは、だめんずうぉーかーそのもの。あらゆる候補を排して王位についたエリザベスに人を見る目が備わらざるを得なかったのに対して、当たり前のように王位があったメアリーの環境の違いだろうか。一目ぼれで器量も見定めずすぐ結婚し、どんどん状況を悪くしていくばかり。 しかし「エリザベスより美しい」と評判だった美貌は男達をのきなみ引きつけるのか、「7年間お慕いしておりました」という白馬の騎士が現れて、幽閉状態の彼女を救うために命を賭ける、まるでラブロマンスのような展開もある。しかしせっかく救われたその命を、3つの選択肢のうち最も選んではならないもの―イギリスのエリザベス―に頼った所が彼女の運のつき。選んだものが全て裏目に出るのは、運命と片づけるよりは、やはり彼女の人の見る目のなさ、大局を見る目のなさもあろう。とはいっても、公正な裁判も受けられないまま全くの健康体の彼女が命を絶たれるのは、悲劇以外の何物でもない。 小説というよりは歴史書を読んでいる印象がある。彼の既存作品を見るに、メアリーと彼女をとりまく人たちへの肉付けが足りないように思われる。解説を読むと父を幽閉された経験を持つデュマはもともとメアリーに同情的だったこともあり、完全に客観的に見られなかったのではないだろうか。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】メアリー・スチュアート [ アレクサンドル・デュマ ]楽天ブックス
July 4, 2014
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猪瀬東京都知事が連日のように苦しい弁明を繰り返していますね。昨日は3分で会見を打ち切ったとか。もともと権力のある側を糾弾して人気を得たのに、いざ権力を得た者の側になると、苦しい答弁を繰り返す。立場が変わっても変わらぬままでいることなんて出来ないのでしょうか。こちらはエリザベス女王が登場する直前のイギリスの物語です。権力者の側にいるクロムウェルが、とうとうアン・ブーリンを処刑台に追いやります。 【2500円以上送料無料】罪人を召し出せ/ヒラリー・マンテル/宇佐川晶子【RCP】オンライン書店boox罪人を召し出せBring Up the Bodiesヒラリー・マンテルヒラリー・マンテルの『ウルフ・ホール』に続き、トマス・クロムウェルを主人公にしたシリーズの第二作。本国イギリスでは『ウルフ・ホール』と『罪人を召し出せ』を併せて全六話でBBCがドラマ化し、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでも上演が決まっている。 表紙はアン・ブ―リンのちょうど首の所で絵が切れており、裏表紙ではもう少し中心を上に据えた同じ絵が描かれている。首の所で切れているのは、本作の最後でアンが処刑されていることに関係しているかもしれない。また、表紙をめくると原題の「Bring Up the Bodies」が表示されているが「the Bodies」だけが赤字で表示されている。「the Bodies」は「身柄」でもあり、処刑された「死体」でもある。そしてもちろん、死体は複数である。 第一作目は貧しい鍛冶職人の息子クロムウェルが国王の寵臣にのしあがるサクセスストーリーだったが、本作での彼は、右も左も分からない若造ではない。 「彼がどこにいたのか、どんな人々と会ってきたのかは、誰も知らない。彼も悠然とかまえ、語らない。彼は労を惜しまず王に仕え、自分の価値と利点を心得、確実に見返りを得ている。(中略)相手を魅了し、袖の下をつかませ、なだめすかし、脅し、自分の本当の興味のありかを説明し、相手が知らずにいた彼自身の多様な面を教えてやる。この秘書官は、できることなら復讐の一撃でハエかなにかのように彼をたたきつぶそうとする高官たちと日々渡りあっている。自分が目の上のたんこぶ扱いされているのを知りながら、丁重かつ冷静にふるまい、疲れも見せずにイングランドの諸事全般にきめこまやかな配慮を欠かさない。それがまた彼を目立たせている。彼は自分を説明する男ではない。みずからの成功を論じる男ではない。だが、幸運が呼びかけるときは、絶対に見逃さない。必ずその場にいて、幸運の女神がおずおずとノックしようとするときには、いつでも扉をあける用意をしている。(p26)」 と、有能ぶりがこれでもかと列挙される安定した大人だ。子供までもうけた(死産&流産)最初の王妃を兄の妃(王太子妃)と言い変えてまで結婚を無効にし、大騒ぎの末に結婚したアン・ブ―リンが世継ぎを設けることができず王に飽きられていく中で、クロムウェルは先の読めない王の思考を読み、信頼を勝ち得ていく。 世継ぎの男性を産めなかったことでアンを処刑するのはあまりにも残酷に思えるが、本作では「王国の安定を維持すること。これこそ王が民とのあいだに交わす協定である。血を分けた息子がいないなら王は跡継ぎを見つけ国が疑惑と混乱分裂と陰謀に翻弄されぬうちにその子を後継者に指名しなければならない。 (P279)」と、国を存続させていくために男系で血脈をつなぐことが国民との無言の契約であったとして、ヘンリーにも同情の念を寄せている。またアンの態度如何によっては、処刑せず修道院で暮らす選択があったらしき事も示唆している。 飛ぶ鳥落とす勢いだったアンがあっという間に側近や寵臣、親族にまで裏切られてゆき「わたしは王妃ですよ。わたしに危害を加えれば、あなたに呪いがふりかかるわ。わたしが自由の身になるまでは、雨は一滴も降らないのよ。 (P443) )」と、およそ理性的でないことまで口走る。まるで絵に書いたような栄光と凋落であるが、この様子を傍観者として見ていたクロムウェルも、いよいよ次巻では自分がその場に立たされる。これほど時勢と気まぐれな王を操ることに長けていた彼が、なぜ失墜するのか。その謎が明かされる時が楽しみである。
December 14, 2013
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いやー、今日はうってかわって蒸し暑かったですね。そろそろ秋っぽくなってきてもいいのにな。今日は昨日ご紹介した本の下巻です。英国一熱い姉妹の戦いも遂に終わりを迎えます。【送料無料】愛憎の王冠(下) [ フィリッパ・グレゴリー ]楽天ブックス愛憎の王冠(下) フィリッパ・グレゴリーThe Queen’s Fool 「わたしはイングランドの女王になるべき人間。この国の花嫁として、わたしはこの命を捧げます。処女女王となり、自分の子はもたず、この国の民を子どもとし、彼らの母親になります。なんびとも私を滅ぼすことはできず、なんびともわたしに命ずることはできない。わたしは彼らのために生きます。それがわたしの神聖なる使命です。わたしはわが身を彼らに捧げます」 一見、ヴァージン・クイーンとなったエリザベス女王の言葉のようだが、実はその姉・メアリー一世の言葉だ。この物語のヒロイン・ハンナだけに語った決意として登場するのでフィクションだが、即位当初、国民の間で彼女の人気が高かったのは事実である。もし彼女が最後まで民を大切にする姿勢を貫き通したら、国民の評価はまるで変わっていただろう。貫き通せなかったのは、彼女に国民=“公”より大事な“私”が出来てしまったからだ。夫と、そして子供。 作者は随分とメアリ女王に好意的だ。ヒロイン・ハンナの口を借りて、何度も反旗を翻しながら何食わぬ顔で姉の前に現れるエリザベスを「人の夫ばかり欲しがる」と手厳しく冷めた目で見る一方で、不器用で非情になりきれないメアリの優しさを愛でている。だが、優しいからこそひとたび裏切られた時の怒りは激しいのだ。 年の離れた若いハンサムなスペイン王子を、メアリ女王は心から愛し、彼の子供を産むことを望むが、二度とも想像妊娠で、夫は若い妹エリザベスに心を移す。ここから彼女は「神の怒りを鎮めなければならない。この罪が国から一掃されてはじめて、わたしは子を身籠り、産むことができるのです。このような国に、聖なる王子がやってくるわけがない。すべてをもとどおりにしなければならないのです」と異端者狩りを推し進め、自分の幸せのために民を顧みない、世に名高いブラディ・メアリーと化していく。理想に燃えた王女が結婚して「順風満帆の人生がさあこれから始まる!」という上巻に対して、下巻はその理想が脆くも崩れていく辛い展開となる。だが、一人の人間が昇りつめ、そして落ちて行く過程は、とてもドラマティックで引き込まれる。
August 30, 2013
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みなさん、こんばんは。8月も終わりになってちょっとは涼しくなりましたね。こちらは姉妹の熱きバトルを描いた小説です。それもイギリス史上最も有名な姉妹のバトルといっていいでしょう。愛憎の王冠(上)フィリッパ・グレゴリーThe Queen’s Foolスペインの異端弾圧を父と共に免れてきたユダヤ人の少女・ハンナには隠された能力があった。その力を後のエリザベスの寵臣ロバート・ダドリーに見込まれた彼女は、その命を受けて道化として王のそば近くに仕えるようになる。 ハンナは少女漫画の王道を行くヒロインだ。本来の美しい姿をわざと男装で隠しているが、教養もあり自立心も強い。なにせこの時代に、親の決めた婚約者に向かって「結婚は安全を願う女が、自分の安全も守れない男に隷属するもの。」と言い放ってしまうのだから、極めて現代的なキャラクターでもある。そんな彼女が、妻帯者ながら当代きっての色男&権力者の息子ロバート・ダドリーに「ミストレス・ボーイ」と耳元で甘くささやかれてコロっと恋に落ち、魑魅魍魎と権謀術策が入り混じる宮廷を、道化という最も油断される身分で行き来する。折しも彼女の生きたイギリスは、幼いエドワード王から短命なジェーン・グレイ、そしてブラディ・メアリーと目まぐるしく君主が変わった時代。彼女の日常は、スリルとサスペンスの連続だ。一寸先が見えない時代の行く末を、彼女だけがある特殊な能力で見ることができ、その力ゆえに、彼女より遥かに多くを持っている権力者が彼女の周りに集う。 ヒロインの周辺の登場人物たちの濃さったらない。この後第三弾『宮廷の愛人(もろに彼のことだ!)』エリザベスをメロメロにするロバート・ダドリーは、才長けてはいるものの、国王の義父となろうとした父親ほどの非情さはない。このツメの甘さが『宮廷の愛人』に書かれているような末路を招いたんだろうな、と、シリーズ通じてキャラクターの繋がりを感じられる設定になっている。メアリにも国のプロテスタントにもいい顔をし、利用できるものは残らず利用するしたたかなエリザベス、“ブラッディメアリ―”という名からはほど遠く「Virgin Queenとして自分の子は持たず、この国の民を子とし、彼らの母親になる」と誠に慈愛に満ちた演説をしてのけるメアリーの人物描写は、後の評価とは真逆でとても新鮮だ。いや、むしろ、歴代の王妃たち―とりわけエリザベスの母アン・ブ―リン―に虐げられ、死の恐怖と戦いながら王位継承権を持つ身として誇り高く王道を行こうと努めたメアリーの方に肩入れしたくなること請け合いだ。 メアリーの死を経て遂にエリザベスの手に王冠が渡るまでを描いた大奥シリーズ第二弾は、ハンナの成長物語としても読める。誰かハーレクインシリーズか何かで漫画にしないだろうか。 【送料無料】愛憎の王冠(上) [ フィリッパ・グレゴリー ]楽天ブックス
August 29, 2013
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おはようございます。今日もあつくなりそうですね。今日は昨日紹介したシリーズの第三弾で、今の女王と同じ名前を持つ英国女王の物語です。宮廷の愛人 ブーリン家の姉妹 上|3 集英社文庫 / フィリッパ・グレゴリー 【文庫】宮廷の愛人 ブーリン家の姉妹 下|3 集英社文庫 / フィリッパ・グレゴリー 【文庫】HMV ローソンホットステーション R宮廷の愛人 ブーリン家の姉妹The Virgin’s Loverフィリッパ・グレゴリー『ブーリン家の姉妹』第三弾では、アン・ブーリンの娘エリザベスに時代が移る。ケイト・ブランシェット演じるエリザベスがジョセフ・ファインズ演じるロバート・ダドリーにメロメロだった映画『エリザベス』をご覧になった人であれば、ほとんどご存じの内容である。登場するキャラクターもジェフリー・ラッシュ演じるセシル・ウォルシンガムなど映画でお馴染みの面々が登場。このシリーズが英国版“大奥”と銘打たれているのは先に述べたが、今回はよしながふみさんの漫画『大奥』と同じ女一人に男性が群がる現象が起こる。25歳と若く美しい女王エリザベスの元に、領土と未来の英国国王の座を求めて欧米から求婚者がやって来るからである。勿論エリザベスの本命は、異母姉メアリ女王の元で共に辛い日々を過ごした幼馴染ロバート・ダドリーであり、逆臣の息子として辛酸をなめた彼も結婚する気満々だったが、たった一つ障害があった。彼は既に妻帯していたのだ。映画では途中で結婚がバレてエリザベスが激怒していたが、本書では最初から既知の事実として述べられている。 野心を秘めたダドリーが“夫”となるため実力行使に出る手段もえげつないが、恋する娘から為政者に変わっていくエリザベスが、彼から王位を守るために選んだ方法も更にぞっとするものだった。これが史実かどうかはわからないが、手段を選ばぬアン・ブーリンの血をひく娘ならばさもありなん、と思わせる設定ではある。ほとんどの君主が男性だったあの時代、国のトップに立つためには、情など不要ということか。 【送料無料】生理痛対策に★合成着色料・香料無添加のペルシャ産ザクロそのまんま100%ジュース...価格:1,260円(税込、送料込)
August 14, 2013
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みなさん、こんばんは。やっぱり今日も暑かったですね。こちらはイギリスはチューダー朝の物語です。エリザベス女王が出てくるちょっと前なのですが、女王のお父さんが奥様をとっかえひっかえするとんでもない男だったからさあ大変!このシリーズは英国版大奥などと言われているのです。悪しき遺産 ブーリン家の姉妹The Boleyn Inheritance 映画化もされた『ブーリン家の姉妹』第四弾で、映画の後日談でもある。一人の男の寵を巡って女性がバトルを繰り広げるこのシリーズは“英国版大奥”とも言われているが、誰かが誰かを陥れたり、毒殺を図るような、“江戸版大奥”の血なまぐささはない。 本作は三人の女性が語り手をつとめる。一人はアン・オブ・クレーヴス、御年24歳でヘンリー八世の四番目の妻となったクレ―ブ公国の公女。もう一人はキャサリン・ハワード。イギリスの有力貴族ハワード家の娘で、アンの侍女からヘンリー八世の五番目の妻となる。物語開始時は14歳だったが最後には16歳。最後の一人がジェーン・ブーリン。亡くなった二番目の妻アン・ブーリンの兄の妻であり、アン・オブ・クレーヴスとキャサリン・ハワードに仕える。なお、この三人の女性のうちで生き残るのはたった一人だ。 若い頃はハンサムでインテリで誰もが憧れていた王は、今や、脚からいつもいやな匂いの膿を出し、女性を満足させられない醜い中年だ。そんな彼を周囲が褒めそやし、結果として暴君を作り上げていく様は童話の『裸の王様』を地でいくようだ。本書ではそんな暴君に翻弄された三人の女性の悲劇を描くと共に、周辺の女性達の視点を借りて、ヘンリー八世とその治世がどのようなものだったかを描こうとする意図だ。アン・ブ―リンを巡るごたごたとエリザベス女王の治世に挟まれた形でなかなか取り上げられない狭間の時代にスポットをあてた貴重な書といえよう。 キャサリンの章は、よく「さあ、わたしには何がある?」で始まる。権力に近づくと共に経済的に豊かになっていく様子を単純に喜ぶキャサリンと、結婚が思わぬ方向に向かううちに次第に目覚めてゆくアン。国王の半分ほどの年齢で、権謀術策渦巻く宮廷を生き抜いていかなければならないが、幼いままのキャサリンと賢いアンが対比的に描かれ、それぞれの行く末を予測させるつくりとなっている。そして彼女達を影から操る人物の手先となって、もっともうまく世の中を渡っていくはずだったジェーンが実は…というどんでん返しもある。それぞれが「次はこう動くはず」「きっとこうなるはず」と予測して行動しているのだが、最大のジョーカー、ヘンリー八世が思惑を超えた行動を取り、どんなところに転がっていってしまうのか、先の見えない面白さがある。悪しき遺産 ブーリン家の姉妹 上|4 集英社文庫 / フィリッパ・グレゴリー 【文庫】悪しき遺産 ブーリン家の姉妹 下|4 集英社文庫 / フィリッパ・グレゴリー 【文庫】HMV ローソンホットステーション R
August 13, 2013
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毎日暑いですね。さて、先ごろ後継ぎが誕生したイギリス王室ですが、長く続くイギリス王室でも極め付けのお騒がせ国王といえばこの人でしょう。エリザベス一世の父、ヘンリー八世。彼に仕えた重臣の生涯を描いた作品を紹介します。【1000円以上送料無料】ウルフ・ホール 上/ヒラリー・マンテル/宇佐川晶子【1000円以上送料無料】ウルフ・ホール 下/ヒラリー・マンテル/宇佐川晶子オンライン書店 BOOKFANウルフ・ホールWolf Hallヒラリー・マンテル本作品は、トマス・クロムウェルを主人公に据えた三部作の第一作である。筆者は本作と第二作『Bring Up the Bodies』でブッカ―賞を受賞している。 ヘンリー八世といえば、戦争でも成した業績でもなく、妻をとっかえひっかえした青髭イメージが強烈である。その彼に仕えたのがトマス・クロムウェル―清教徒革命のオリバー・クロムウェルの大伯父にあたる。だが、正直言ってトマス・モアほど知名度はない。それどころか、映画『わが命つきるとも』では、キャサリン王妃とヘンリー八世の離婚を認めようとしない高潔の人・モアに対して、権謀術数を弄する策士―悪役として描かれている。しかし、本作ではこれが全く逆で、モアは「異教徒の逮捕と処刑を進めていく頑なな人」として描かれ、クロムウェルは「市民の流血を最低限に抑えられるよう奔走する常識人」という構図になっている。 TVドラマ『チューダーズ』などで注目されているこの時代、アン・ブーリン、ヘンリー八世、トマス・モアと、とにかく登場するのが有名人ばかり。小説内ではクロムウェルだけが“he”という三人称で表されるので、はっきり言って地味である。これは、当時代人よりも現代人に近い感覚で生きている彼に、読者が寄り添いやすくするための工夫であろう。さらに、常識人であるということは受け身の立場が多くなるわけで、これもまた地味なのである。ただ、地味ながら少しずつ出世していくのだが、やはり「主人公の目覚ましい活躍を見たい!」と切望する向きには、少なからず欲求不満が残るであろう。 その代わりと言ってはなんだが、ヘンリー八世を巡る女性達の闘いはすさまじい。映画『ブーリン家の姉妹』ではえらくキレイに描かれていた姉妹の確執だが、本作ではもっとえげつなく、アンの妊娠中に未亡人ではあるがれっきとした人妻のメアリを王にあてがっておこう、なんて策が用いられる。王妃となったアンが先の王妃とその娘メアリ(後の女王)に向ける敵意も強烈であり「兄の婚約者だった時代に実は関係があった」だの、結婚を何とかして無効にしたいヘンリー側の事情で、夫婦の性生活まで赤裸々に語られるキャサリン王妃は、佐藤賢一の『王妃の離婚』を彷彿とさせる。 そして私たちは知っている。今は勝利者として勝ち誇っているアンが、自分が追い出したと同じ方法で王妃の座から追われるどころか、もっと悲惨な最期を迎えることを。そして、今彼女の最も近くにいる女性が、彼女を王妃の地位から追い出すことも。そして、アンがメアリ女王とその母親に、今向けている敵意のとばっちりが、今はまだ幼子のエリザベスに向けられることも。 英国のこの頃の歴史を前もって知っていると、このようなゾクゾク感が味わえるので、ぜひ、さらっとでも、映像か書籍で知識をたくわえられたし。
July 28, 2013
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早いもので明日が仕事納めです。何だか雨が降りそうでいやなのですが、あと一日、みなさんも頑張って参りましょう。こちらは現在映画が公開されている海外小説の原作です。『王妃に別れをつげて』 シャンタル トマ,Chantal Thomas,飛幡 祐規 / 白水社Les Adieux a la Reine1810年、10月。フランス王妃マリー・アントワネットの元朗読係だったアガート=シドニー・ラボルドは、亡命先のウィーンで、65歳の誕生日を祝ってもらう。故国フランスでは皇帝ナポレオンが、ここウィーンにまで攻め上り、アントワネットの姪マリー=ルイーズを妻にと望んでいた。彼女の脳裏には、王妃と側近達が過ごした、あの激動の4日間が蘇る。歴史的に大きな出来事が起こる時、決まってこう聞かれる。「何か予兆があったはずなのに、なぜ事が起こるまで分からなかったのか?」フランスでも一、二を争う重大事、1789年の革命において言うなら、確かに予兆はあった。しかし、どんなに予兆があったとしても、見ようとしない者には見えない。そして見えない人にとっては、予兆は無いのと同じ事。また、そういう思考だったからこそ、革命が起こってしまったとも言える。飢えに苦しんだ民衆が、「パンを寄越せ」と民衆が押し寄せたと聞き、「パンがないなら、お菓子を食べればいいではありませんか。」と答えた話が伝播しているマリー・アントワネットもまた、「見えない人」の一員だった。いや、彼女こそが「見えない人」の中心にいたと言って良い。彼女が見ていたのは、ヴェネツィア出身の家族がゴンドラを漕ぎ、農夫が船乗りに仮装して給仕する光景や、離宮プチ・トリアノンの窓から見える、本物そっくりの四阿や水車小屋だ。貴族達が「この国」と呼んでいたのは、そんなつくりものばかりの世界だった。そして、本当の「この国」の民に対しては、「民衆などというものは存在しない。観念的存在にすぎないのです。(p68)」などという認識しかなかった。王妃を敬愛するが貴族寄りではなく、寄宿学校からヴェルサイユに行ったので、パリに住む平民の暮らしを知っているわけでもないアガート。どちらからも適度な距離感を保っている彼女は、客観的な観察者にうってつけ。彼女を通じて、偽物の城が内部からも外部からも崩壊してゆく様子、その中心にいる王妃の心情の変化が克明に語られる。歴史を知る我々から見れば、アントワネットにしたい忠告はいくつもある。曰く、「衣装見本帳」を読むより、もっと有能な為政者・母テレジアの手紙を読むべきだった。曰く、睡眠のためより、知識を得るための読書をすべきだった。そして何よりも、「見える人」であるべきだった。しかし本書では、ある時を境に彼女が「見える人」になる。そしてまさにその瞬間こそ、偽物ばかりの中で王妃が唯一の「本物」へと変貌する瞬間だった。この箇所はもちろん想像の産物だが、彼女の衝撃、悲しみ、そして再び威厳を取り戻すまでの過程が、「もしかしたら、本当にそうだったのでは?」と思わせるほど真に迫っている。そしてこの「この苦痛にうちのめされはしません。」と語る「フィクションの」彼女が、裁判や処刑において気丈に振る舞った「実際の」アントワネット像と、あたかも最初から一つのレース飾りだったかのように、いともすんなりと繋がっているのだ。2002年フェミナ賞受賞。【送料無料】王妃に別れをつげて [ シャンタル・トマ ]楽天ブックス
December 28, 2012
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みなさんはもうお仕事はお休みですよね?故郷に戻りこたつでテレビをご覧になってみかんを食べてらっしゃるのでは?ところで、少し話題は遡りますがクリスマスイヴには、バチカンで教皇が恒例のミサを行うのをご覧になった方はいらっしゃいますか?実は歴史上、ただ一人女性にして教皇になった人がいたのです。本書はそんな女性にスポットを当てた小説です。女教皇ヨハンナ Pope Joan活版印刷もまだ無かった9世紀、ごく短い間、在位についた女性教皇がいた。ヨハンナ、教皇ヨハネスがその人である。 史実を交えながら、彼女の生涯をドラマティックに描いたフィクション。彼女については、既に塩野七生が『愛の年代記』に「女法王ジョヴァンナ」として登場させている。だが、塩野氏版の彼女は、本書とは幾分印象が違う。イタリア人の奔放さを良くも悪くも持ち合わせた女性であると言ったら良いか。せっかく教皇という地位に就いたのに、浮気心が仇になり、悲惨な最期を遂げてしまう。著者はそんな彼女の死を、どこかで自業自得として、冷徹に突き放して見ているように感じられたのだ。 だが本書でヨハンナは、学習意欲と向上心に燃えていた若き女性として登場する。彼女にとって不幸だったのは、一番味方になってくれるはずの肉親が、悉く敵であった事だ。一家の期待の星であり、ヨハンナのよき理解者であった長兄が死ぬと、ヨハンナは「自分が兄の代わりに勉強する」と言う。だが聖職者の父から返って来たのは、「兄が死んだのはお前のせいだ」という、全くいわれの無い叱責だった。被征服者として連れて来られた母は、自分と同じ異教の神を讃えず、征服者の神を学ぶ娘を非難する。兵士に憧れ聖職を嫌う次兄も、自分より優秀な妹を恨む。どんなに窮地に追い込まれても、彼女は決して敵対する者と同じように、策略を用いない。あくまでも機知によって切り抜け、数少ない理解者の援助を得て、様々な壁に打ち勝っていく。そんなヨハンナには、狡猾さも自堕落さも見当たらない。「神の前に平等」と言いつつも、教会自体に依然として残っていた性差別の中で、あくまでも自らの信念を貫く彼女の姿は、とても誇らしい。教皇への経緯についても、うまく立ち回ったというよりは、人柄が信頼を受けて、懇願された形を取っている。恋愛面に関しても、塩野版とはまったく異なり、純愛追求型の女性として描かれている。心から愛した男性と、運命の皮肉で長く引き離され、やがて出会った時には、自分一人で進退を決められぬ身に。重い責務と愛との間で悩み苦しむ彼女の姿は、決して軽はずみなものではない。教会の権威よりも、弱者救済に献身的に尽くした彼女は、正に理想の教皇だ。男であれば、後々まで賞賛されたろうに、女であるから今なお正典からは無視されている。だが、どんなに巧妙に抹消されようと、ただ一つ、蓋をしておく事はできないのだ、真実を求めてやまぬ、人間の探究心だけは。本書はまさに、幾世紀隔てた同性の、探究心の賜物とも言える。 『エリザベス』のマイケル=ハーストが脚本を担当し、『ブリキの太鼓』を監督したフォルカー・シュレンドルフによって映画化決定。 【送料無料】 女教皇ヨハンナ 上 / ドナ・ウールフォーク・クロス 【単行本】【送料無料】 女教皇ヨハンナ 下 / ドナ・ウールフォーク・クロス 【単行本】
December 30, 2011
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