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みなさん、こんばんは。ZIPに出演しているレスリングの吉田選手のコメントがあっさりしていると評判です。当意即妙のコメントができる人ではないんですよね。でも、元選手という肩書だけでどこまで残れるか…。さて、今日はミステリを紹介します。エヴァンズ家の娘The lost girlsヘザー・ヤングハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックス 原題はThe Lost Girlsと複数だが、実際の事件で失踪した少女は一人だ。だからこの場合の“Lost”は「いなくなった」ことだけを指しているのではなく、「何かを失い」「途方に暮れた」少女たちを指す。では一体何を失ったのか。 ジャスティーン・エヴァンズは恋人との暮らしに耐えかねて、娘を連れて逃げ出した。彼女たちが移り住んだのは亡き大叔母ルーシーが遺した湖畔の別荘。大叔母は六十四年前に妹の失踪と父親の自殺が相次いで以来、ずっとこの湖畔に留まっていた。死者たちが影を落とす家でのジャスティーンの生活は、娘との確執や母親の訪問によって次第に息苦しいものになっていく。 物語は現在のジャスティーンと大叔母ルーシーの、二つの時代を並行して進む。物語を動かすべきヒロインであるジャスティーンが、優柔不断で自分に自信がない、つまり主体的に動かない性格に設定されているため、前半はイライラする読者もいるかもしれない。そのもどかしさは過去におけるルーシーに重なる。ルーシーもまた、三人姉妹の真ん中として自分の立ち位置に悩んでいた。美しい長女の真似をするには、奔放な姉の言動についてゆけず、母親に溺愛される末娘に対しては、嫉妬からつい意地悪をする。日記自体は年老いたルーシーが書いているので、過去の自分への反省の念が強く、読み手となるジャスティーンへのアドバイスになっている。 ジャスティーンが日記を見つけるのはかなり後になるのに、日記の内容がかなり早くから明かされているのは、他に読んだ人物がいたからだ。その人物が誰なのかということも、過去に起きた事件の真相も、現在のジャスティーンの葛藤も、総てクライマックスで明かされる。過去と現在が交錯してストーリーが進む点でケイト・モートンの『湖畔荘』に似ているという感想を持つ読者もいる。エヴァンズ家の娘 (ハヤカワ・ミステリ) [ ヘザー・ヤング ]楽天ブックス
May 27, 2019
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みなさん、こんばんは。戦争発言をした丸山議員、情けないですね。適応障害で2か月入院ですって。女を買うなんて元気のいいこと言ってたくせに。自分勝手な人は困りますね。さて、こちらの小説にも自分勝手な人間が出てきますよ。心地よい眺めA sight for sore eyesルース・レンデルハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックスオープニング、ジョージ王朝風の美しい邸宅で絵画のモデルになっているカップル登場。まさに“絵に描いたような”幸せカップルだが、絵を買いたいと言った女性に、男性が「君は一文無しじゃないか」と言うところで画家が言う所の「蕾のなかに潜んでいた虫が醜い顔をあらわして花のあいだを這いずりだした」ような「終わりの始まり」が訪れる。 このカップルがその後犬も食わない大喧嘩をして…というほのぼのした話にはならず、全く別のカップルが登場。こちらもあまり幸せそうではない。惰性で付き合っているジミーとアイリーンは、偶然彼女が指輪を見つけたことから“婚約中”になる。一向に結婚への機運が盛り上がらないなか酒と車にしか興味がないジミーの弟キースが居候。面倒を見てくれるジミーの母親が死んだ事で、ようやく二人は結婚し、美しい息子テディが生まれる。彼が物語の主人公だ。 ヒーローがいるならもう一方のヒロインも。ところが彼女を紹介する最初の文はこうだ。「悪い子であったことが、フランシーンの生命を救った。」実は彼女が幼い時に母親が殺され、その現場に居合わせたショックで失語症になってしまう。父親リチャードの親友から紹介された児童心理療法士ジュリアが何かと心を配り、リチャードは娘のために彼女との結婚を決意する。 やれやれ、ようやくまともなカップル誕生かと思いきや、今度はジュリアがフランシーンに対して異常な執着を見せ、彼女を外に出そうとしない。年頃になったというのに“男性との接触などもっての他”と彼女を家に閉じこめて管理しようとし、リチャードも次第に彼女の異常さに気づいていく。 いやいやいや、誰ひとりまともではなく、全然心地よい眺めじゃないじゃん!と言いたくなるような三者三様のストーリーが展開。やがて一人が一人を殺し、一人が一人を愛するようになっていく…が最後は阿鼻叫喚の殺戮劇にならず、始まった時と同じようにひっそりと終わる。読んでいるだけでもどんよりしていくようなイヤミス。ルース・レンデルのノンシリーズ。心地よい眺め (Hayakawa pocket mystery books) [ ルース・レンデル ]楽天ブックス
May 25, 2019
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みなさん、こんばんは。大谷選手が復活したようで喜ばしいですね。さて、今日はファンタジー小説を紹介します。チェンジリング・シー The Changeling Seaルルル文庫パトリシア・A・マキリップ【著】柘植めぐみ【訳】 ペリウィンクルは、15歳の少女。父親を海の事故で失って以来、母が惚けたようになっているため、海が大嫌い。そんな彼女の前に、海に恋い焦がれる王子・キールが現れる。 「海が好き」Vs「海が嫌い」、「王子様」Vs「貧しい庶民の娘」。全く異なる境遇で育ち、海への思いだって全く逆なのに、反発しつつ二人は惹かれ合う。うわ~、恋愛小説の王道をいきますね。先の展開が目に見えるようです。 海が嫌いといいつつも、海辺の小さな家に住み、海辺の宿屋で働いている。そんなペリウィンクルの複雑な心境が、ふってわいた海竜騒動でどんどん揺さぶられていく。そこにもう一人の王子そっくりの少年やら、年の割に悟ったような魔法使いが現れて、とってもテンポよく話が進んでいきます。 「ファンタジー界の女王」「幻想の紡ぎ手」などという紹介文から、「難しい用語や、入り組んだ人間関係が出てくるのか?」と構えていたら、とっても読み易くて安心。イラストも可愛いし、マキリップを読んだことのないライトノベル読者にもウケるでしょう。【中古】 チェンジリング・シー ルルル文庫/パトリシア・A.マキリップ【著】,柘植めぐみ【訳】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
May 17, 2019
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みなさん、こんばんは。GWはイギリス旅行に行ってきました。スコットランドはやはり寒かったです。そのスコットランドで活躍?する刑事のシリーズを紹介します。甦る男Ressurection Manイアン・ランキンハヤカワミステリポケットブックス何かともめ事の多いリーバスだが、今回はやりすぎた。女性上司に紅茶入りのマグを投げつけたため、懲罰房ならぬ再教育コースに追いやられてしまう。再教育コースを受ける警官たちの名称が原題だ。事件大好きの彼なのにとんだへまを、と思ったら裏があった。一方、リーバスの代わりに部長刑事となったシボーンは美術商殺害事件を担当する。ところが、リーバスの代わりとしてやってきたのが、『蹲る骨』でシボーンにストーカー行為をしてリーバスにこっぴどくやっつけられたデレク・リンフォードだった。まだシボーンを諦められないデレクがあれやこれや不器用なアプローチをするが、彼を利用しつつも躱す術を身に着けた彼女が優位。そんな彼女がとうとうカファティと出会う。『死者の名を読み上げよ』では網にかかった蝶の如き彼女だが、本巻ではまだ警戒を緩めていない。 今回のリーバスは、隠し事をしながら任務を遂行という一番似合わないことをやっているため、いないはずの現場の写真に写ってしまったり、デートできないほど忙しいはずの彼女と、刑事仲間達と酔っている所を見つかるなど散々な目に。そのかわりといっては何だが、辛い事件を乗り越えながらも事件解決を諦めない第二のリーバスことシボーンの活躍が際立つ。まあ彼女はふたこと目には「自分はリーバスにはならない!」と誓っているのだが。 シボーンサイドの現在の事件と、再教育コースでリーバスに課せられる過去の事件が並行して描かれる。甦る男とは1.復活を期すリーバスとその同僚2.過去の事件で葬られた殺し屋を指す。とはいっても、シリーズが続くのだから、王子様ならぬリーバスが古城を出ていく事は間違いない(似合わないしね)。甦る男 (Hayakawa pocket mystery books) [ イアン・ランキン ]楽天ブックス
May 15, 2019
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みなさん、こんばんは。旅の疲れが取れていないので週末が待ち遠しかったです。さて、今日は北欧神話の下巻を紹介します。物語北欧神話 下Norse mythologyニール・ゲイマン原書房 下巻では、スピンオフドラマの制作まで決まったロキ様の、笑えない悪戯が描かれる。太陽のように誰からも好かれていたオーディンの息子バルドルは、毎夜見る悪夢だけが悩みらしい悩みだった。夢の中身を打ち明けても誰も意味がわからない。ただ一人夢を解き明かしたのはロキだったが、簡単に教えてくれるはずがない。例え義兄弟でもロキには聞けないオーディンは、あらゆる夢の意味を知るという女性の墓に行き、彼女を呼び出す。彼女と話したオーディンは、絶対バルドルが死なない方法を探るのだが…。 というわけで、ロキのした悪戯の中身はわかっただろうか。手段も実にえげつない。それでも良心の呵責を感じないロキは自分の頭のよさにほくそ笑んでいたというから恐ろしい。ところが、いつもは笑って許してくれる神々も、この度の悪戯には心を痛め、ロキにも苦難がふりかかる。しかしその苦しみも永遠ではない。この世界では、ラグナロクという世の終わりがやってきて、神と言えども死ぬ。巨人も怪物もいるため、彼等の総当たり戦が繰り広げられるラグナロクは、映画にしたいほどダイナミックで幻想的だ。それでいて、総てが終わった後の、新たなる始まりもいい。物語北欧神話 下 [ ニール・ゲイマン ]楽天ブックス
May 11, 2019
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みなさん、こんばんは。GWが終わってすぐの電車は混んでいたのですがちょっと落ち着いてきました。あっという間に週末です。さて、今日と明日は北欧神話特集です。馴染みのキャラが登場しますよ。物語北欧神話 上Norse mythologyニール・ゲイマン原書房人気映画シリーズ『アベンジャーズ』ではロキはソーの義弟だが、実際はソーの父・オーディンの義弟、つまり、ソーの叔父になる。両親ともに巨人なのに、どうしてオーディンと義兄弟なのかと言うと、血の契を交わしたそうだ。映画ではブラコンの裏返しでソーの邪魔をしているが、演じるトム・ヒドルストンの茶目っ気で人気キャラにのし上がった。 神話世界でも「とてもハンサムだ。話がうまく、説得力があって、感じがいい。」とべた褒め。ところが、「だが残念なことに、ロキのなかには深い闇がひそんでいる。怒り、妬み、欲望などがうずまいているのだ。」とダークヒーローの片鱗を覗かせる。 とにかく悪戯好きで、ソーも「何かまずいことが起こったら、まずロキを疑うことにしている。手間が省けるからな」と言うほどだ。単に悪戯と言っても、ソーの妻の髪の毛をある夜剃ってしまうなどという「神様、何がしたいんですか?」と悩ましい悪戯から、嫉妬心から他の神の命を奪う、取り返しのつかないものまでレベルはいろいろ。息子が狼で娘が黄泉の世界の女王という、この世の負を総て押し付けられた感のあるキャラクターだが、妙に明るく、悪戯がばれてもヘラヘラしている。それにアースガルズきっての知恵者なので、難題が持ち上がると誰もが彼の所に行く。ソーのトレードマーク(映画にも登場)である槌ミョルニルが巨人に盗まれた時も(ちなみに、この時もロキが最初に疑われた)、代わりに美女フレイアを嫁に所望されたミッションを成功に導く。まあ、善人ばかりの物語はつまらないので、かなり毒のあるキャラクターを一人放り込んでおこうという心づもりだろう。物語北欧神話 上 [ ニール・ゲイマン ]楽天ブックス
May 10, 2019
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みなさん、こんばんは。あっという間にGWも終わりですね。今日はSF小説を紹介します。世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書)Good morning,midnightリリー・ブルックス=ダルトン東京創元社 最後の撤収便に乗らず、北極圏の天文台に残ることを選んだ孤独な老学者オーガスティンは、取り残された見知らぬ幼い少女アイリスとふたりきりの奇妙な同居生活を始める。 帰還途中だった木星探査船の乗組員サリーは、地球からの通信が途絶えて不安に駆られながらも、仲間たちと航行を続ける。 二人のパートが並行して描かれる。SF読みならよくやりたくなるのは、この二人の時制が同じか否かという推理。オーガスティンが聞いた「戦争」が、サリーたちの通信途絶と関係あるのか?二人の関係は?しかし本作はこれらの問いの他のいかにもSF的な謎「なぜ地球は滅びたのか」「地球に何が起こったのか」を追及することなく進む。「SFらしからぬ」という感想を抱く読者もいるのでは。 代わりに注力したのは二人の人生、人間ドラマだ。終わりを迎える今になって、人間が思い出すのはこれまでのこと、そしておそらく残り少ないこれから先をどう生きるかということだ。奇しくも家族よりも宇宙を選んできた二人は、最期を意識したからこそ、これまでとは違う視点で人生を考える。 個々のドラマが中心なので、“地球の終わり”にありがちなパニックシーン、モブシーンがない。そのため、終わりが来るというのに、静かに、静かに時が過ぎてゆく。これほど穏やかなディストピア小説も珍しい。世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書) [ リリー・ブルックス=ダルトン ]楽天ブックス
May 7, 2019
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みなさん、こんばんは。行楽日和でどこかに出かけられましたか?いよいよ帰国モードに入る人も多そうですね。今日はレイ・ブラッドベリ短編集を紹介します。社交ダンスが終った夜にOne More For the Roadレイ・ブラッドベリ/〔著〕 伊藤典夫/訳文庫 新潮社 ジャック・ブラック主演の『僕らのミライへ逆回転』という映画がある。レンタルビデオ店の店員と幼なじみが、二人でハリウッド映画をビデオで勝手につくりかえてしまう。ところが文句を言われるどころか大好評!というコメディだ。 それとよく似た内容の短編が、「ドラゴン真夜中に踊る」。起死回生を狙った映画が、酔っぱらった映写技師によって順番がバラバラのまま上映される。ところがその内容が、「ジャンプカットは大胆、(中略)多重遡行ストーリーラインはいままでに見たことがない!(p116)」と大絶賛。マスメディア風刺と取れないこともないこの物語は、愛すべき懲りない人々の奮闘を暖かく描いた好篇だ。 「はじまりの日」「心移し」「墓碑銘」「頭をよせて」「秋日の午後」「残りかす」「ディアーヌ・ド・フォレ」など、過去との訣別がテーマになっている作品が多い。けじめをつけられない人間の弱さと、その弱さを包み込む人間の暖かさが、ほのぼのとした読後感を残す。【中古】【古本】社交ダンスが終った夜に/レイ・ブラッドベリ/〔著〕 伊藤典夫/訳【文庫 新潮社】ドラマ楽天市場店
May 5, 2019
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みなさん、こんばんは。GWも後半戦ですね。疲れてませんか?今日はSFを紹介します。トリフィド時代 (食人植物の恐怖)【新訳版】The Day of the Triffidsジョン・ウィンダム (創元SF文庫)ある日、見逃してはいけない流星群を観測できるまたとないチャンスが訪れる。生憎目に怪我をして包帯をしていたメイスンは、看護師から「こんな素晴らしいものが見られないなんて本当に残念」とかなり嫌味っぽく?言われる。まあ、これだけしつこいと、伏線だな。 流星群を見た人は、突然、一人残らず目が見えなくなっていた。更に、メイスンの怪我のもととなった、植物油採取のために栽培されていた植物トリフィドが、人類を襲い始める。どんな形態かというと、表紙絵を見てもらうのがいい。カサカサと葉を鳴らして会話を成立させているらしいが、何を思っているのか、そもそも思考回路を人間と同じに考えていいのか、全く分からず、その事が恐怖を駆り立てている。 さてこちらも、この現象が起きる前に―まるで予期していたかのように―メイスンの友人で共にトリフィドを研究していた仲間が「もし目が見えなくなったら触覚の鋭いあいつらの方が勝つ」と何度も言っていた。はい、こちらも伏線決定。人々は次第に信条が異なるコミュニティに分かれつつ、どこから襲ってくるかわからない植物に怯えて暮らすことになる。1.目が見えなくなったことで略奪行為が横行しカオス状態に2.目が見える人達がそれぞれのグループに分かれるというシチュエーションはジョセフ・サラマーゴの『白い闇』を彷彿とさせるが、作品としてはこちらが先となる。英国視点で描かれているが、流星当時昼だった国では誰も失明者が出なかったはずで、もし続編が出たのならば、国同士の争いも勃発したのでは。トリフィド時代 食人植物の恐怖 (創元SF文庫) [ ジョン・ウィンダム ]楽天ブックス
May 4, 2019
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みなさん、こんばんは。GWはどちらかにお出かけですか?今日は奇妙なクラブの物語を紹介します。奇商クラブ【新訳版】The Club of Queer TradesG・K・チェスタトン (創元推理文庫)本編の主人公バジル・グラントは法律を扱う勅撰法曹家として筆舌に尽くせぬほど才気煥発な、恐るべき人物だったが、法廷で罪を犯した者に刑を科すのではなく「療養した方がいい」と言ったり、判決文を読む代わりに歌を歌い始めたりするなど奇矯な行動をした後、引退する。彼の弟ルーパートは新聞記者、不動産屋、博物学者、発明家、出版屋、学校の先生など数々のとらばーゆを経て私立探偵をやっている。 バジルが語り手であればさぞや混乱したと思われるが、幸いにしてその役目はバジルの友人スウィンバーンが担う。可能な限り多くの結社に入ることを道楽にしており、今まで入った結社には「死人の靴ソサエティ」「十個の茶碗会」「赤いチューリップ同盟」など訳の分からないものもある。そんな彼が興味を惹かれたのが 「既存の商売の単なる応用とか変種とかであってはいけない。」「その商売は、純然たる商業的収入源、それを発明した人間の生計の資でなければならない。」という二つのルールを持つ奇商クラブだ。 探偵役として職業柄ふさわしいのはルーパートだが、彼は事件を持ち込んでくる役回りに過ぎない。本当の探偵役はバジルだ。一見奇妙に思われる行動を取りながら、誰もが考え付かない答えにたどり着く。そんな探偵トリオと奇商クラブのファースト・コンタクトを綴ったのが「ブラウン少佐の途轍もない冒険」。ヴィクトリア十字勲章をもらうほどの軍人でありながら大の戦争嫌いのブラウン少佐が愛してやまないのは、何と三色すみれ。軍隊を退いてぶらぶらしていた彼が、三色すみれに興味を持ったことから謎に巻き込まれていく。他「赫々たる名声の傷ましき失墜」「牧師さんがやって来た恐るべき理由 」「家宅周旋人の突飛な投資」「チャド教授の目を惹く行動」「老婦人の風変わりな幽棲」収録。奇商クラブ (創元推理文庫) [ G・K・チェスタトン ]楽天ブックス
May 2, 2019
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新しい年号まであと一か月を切るといろんなイベントに平成最後がつきますね。あまり実感がないのですが。さて、今日もハラルト・ギルバース作品を紹介します。終焉Endzeitハラルト・ギルバース集英社文庫前作で絶体絶命の状態にあったヒルデを救ってくれたのは、ドイツの敗戦だった。というわけで、三部作ラストでとうとうベルリン陥落が描かれる。邦題通り、第三帝国の終焉である。物語が始まるのは1945年4月20日。ヒトラーが自殺する10日前。ドイツの無条件降伏の17日前。 第一作では自身のために、第二作ではヒルデのために、事件を捜査してきたオッペンハイマーだったが、ドイツ敗北により、ナチスドイツを気にする必要はなくなった。捜査をする強制力もなくなったわけだが、第二作同様「あるものを持ち込んだ男とオッペンハイマーが遭遇」する状況を作ることで、占領者としてベルリンに入ってきたソ連が、彼が元刑事だったと知り捜査を依頼。まあそうはいっても敗戦直後のどさくさで逃げたり隠れたりすることは可能で、縛りとしては弱い。そこでもう一つ、オッペンハイマーが事件を追わざるを得ない状況を作り出す。これまで戦時下という異様な状況下でも、常に刑事であることを忘れずにいたオッペンハイマーが、三作目にして私怨を動機として動く。彼は本当に、変わってしまったのか。 本書は【炎】【灰】【光】の三章構成。炎で人も建物も焼かれて、全てが灰になる。しかしその後には光がある、と読み解ける。これから膨大な賠償金を支払い、ベルリンさえ分割されるのに、どこに光=希望があるのか、と思うかもしれない。希望の鍵は、女性たちが握っていた。戦争で最も標的にされず、力も弱い女性達が、辛い過去をひきずりながらも立ち上がる力を持っていた。 本編ラストでは、日本に起こったある出来事がドイツに知らされる。戦争が終われば再び戦争を始めずにはいられないのが男達。しかし瓦礫の中から新たな光を見つけ出すのは女達。終焉 (集英社文庫(海外) ゲルマニア) [ ハラルト・ギルバース ]楽天ブックス
April 23, 2019
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みなさん、こんばんは。台湾で地震がありましたね。今日から ハラルト・ギルバースの小説を2日連続で紹介します。オーディンの末裔 Odins Sohne(集英社文庫(海外) ゲルマニア) ハラルト・ギルバース 不都合な真実を知ってしまったために、死を偽装して名前を変えて、ナチスに見つからないよう生きるオッペンハイマーと絡むのは、友人の医師ヒルデだ。ナチスドイツへの過激な発言も辞さない彼女の結婚相手がバリバリのナチ親衛隊の医師ハウザーというのも意外な取り合わせだが、今回は死の天使がやっていたような実験にも携わってきた彼のせいでヒルデが逮捕されてしまう。1.悪名高い裁判官フロイスラ―が彼女の裁判を担当2.SS将校の殺人事件であるため容疑者は死刑3.相手が相手なので身の証を立てる相手を探すのが難しいという負ける要素しかない事件を、それでも証拠や証人という平時のような調査方法で解決するため奔走するオッペンハイマーに解説の北上次郎氏がかけた言葉がキャッチコピーのそれ。おまけにドイツも次第に敗色が濃くなってきており、美しい都ドレスデンが爆撃され、優勢だったはずのソ連から押し戻されて「ソ連兵士の暴力が恐ろしいから首都を守れ」みたいなキャンペーンが張られる。 怪しい人物は途中から彼等のパートが登場するので読者には開示されており、邦題が半分ネタばらしのようなものだ。世紀末の雰囲気が漂うと皆宗教に走るのは現実も同じ。表向きは死人のため、妻と別れて暮らしているオッペンハイマーは、やめようと思いながらも危ない薬のお世話になっている。クリフハンガーで終わった第二作。三作目ではいよいよ悲惨なことになるベルリンで、ヤク中刑事の推理譚になっていたら嫌だなぁ。友を想う気持ちと正義感が打ち克ってくれることを願う。 前作レビューで「三部作を通じて彼らの関係にも変化が訪れるだろう。」って書いたのに、共に事件解決にあたったSS将校フォーグラーは登場せず。どこかで再会するのか?と思いながら読み進んだのに残念。オーディンの末裔 (集英社文庫(海外) ゲルマニア) [ ハラルト・ギルバース ]楽天ブックス
April 22, 2019
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みなさん、こんばんは。芝桜と一緒にまだ土手の桜は咲いています。今年の桜シーズンは長いです。さて、今日はレオ・ぺルッツのスパイ小説を紹介します。どこに転がっていくの、林檎ちゃんWohin Rollst Du Apfelchen...レオ・ぺルッツちくま文庫 ヴィトーリンときたら大したもんだ。同じ時期にロシアの捕虜収容所に入れられた4人が、解放されるなりあっさり恨みつらみを捨て、元の暮らしに戻ったというのに、一人だけ司令官セリュコフへの復讐の念に燃えていた。待っていてくれた恋人も、どうやら退職に追い込まれそうな父の代わりに一家の家長にと妹弟揃って期待していたにもかかわらず、とにかく、そうして、めらめらめらめら復讐の炎を燃やしていた。 そしたらそこへどういうわけか、ロシアに行く話がまとまった。収容所仲間の一人コホウトが、仇がいるというロシアに同行することになったのだ。どういうわけで来たかって?そいつは常日ごろブルジョアを攻撃しているコホウトのことだから、たぶんふらっと思い立って、ただなにとなく来たのだろう。 ロシアかね。そのロシアは、云おうとしてたんだが、居なくなったよ。まあ落ちついてききたまえ。その頃のロシアときたら、政体ころころ入れ替わり、それに従い目指す相手は次から次へと所属を変える。テロリスト、帝政が忘れられない貴族、白軍、赤軍と、知らないうちにロシアの激動期を体験したヴィトーリンは、007もまっつぁおの冒険に遭遇。何があろうと脇目も振らず、ターゲット目指してまっしぐら。本作を激賞したイアン・フレミングあたりが描けば、さぞやスーパーヒーローに描いてくれたろう。が、ぺルッツは彼が見ているものではなく、何を見ていないかを、ここぞとばかりに見せつける。ほら、スーパーヒーローも裏を返せば、自己チューな迷惑男に早変わり。 つくづく、ヴィトーリンときたら大したもんだ。 おや、線路に入っちゃいけないったら。どこに転がっていくの、林檎ちゃん (ちくま文庫 へー13-2) [ レオ・ペルッツ ]楽天ブックス
April 16, 2019
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みなさん、こんばんは。イタリアで超有名な一族がいました。その姓はボルジア。教皇を輩出します。毒殺暗殺なんでもござれ、という噂なのですが、本編に登場するボルジア家はちょっと違います。毒殺師フランチェスカPOISON集英社文庫サラ・プールルネサンス期、イタリア。長く教皇位にあったインノケンティウス8世が死の床にあり、枢機卿ロドリーゴ・ボルジアは有力候補者の一人とみられていた。そんな時、彼に仕えていた毒殺師が殺されてしまい、一人娘のフランチェスカが父の後を継ぐことになる。 インノケンティウス8世の死からアレクサンデル6世(ロドリーゴ・ボルジア)の誕生まではドラマティックな展開であり、ドラマでも小説でもよく取り上げられる。ロドリーゴ・ボルジアが第一候補ではなかったにも拘わらず、有力なライバルを退けたからだ。裏では何かあったに違いないと囁かれるも、確たる証拠は残っていない。そうなるとフィクションの出番。いた人いない人、あった事なかった事を書き放題だ。 今回登場するフランチェスカもフィクションの存在&職業だが、カンタレラを暗殺に用いたと伝えられているボルジア家なので、それ専門の職人がいても不思議ではない。かつ、彼女はイケ面と噂のチェーザレ・ボルジアとわりない仲になっており、その妹で美女のルクレツィアからは、身分は違うが姉のように慕われており、ロドリーゴ・ボルジアは上司。おいしいポジションの彼女を媒介にしていくらでもボルジア家の事が書ける。憎み切れないろくでなしのようで、ヒロイン危機の時にはきっちり助けてやっぱりカッコいい枠を確保するチェーザレ(ベッドシーン多し、いや、気持ちはわかる)。あどけないようでいて、権力者の娘としての運命を悟っているようなルクレツィア。暗殺毒殺なんでもござれというより、その標的とされているめずらしく“いいひと”ロドリーゴ。 コンクラーヴェの行方がどうなるかは知っているので、今回は最低ラインの安心感はあった。本作は三部作だが、2作目、3作目の原題にははっきりBorgiaがついているので、ヒロインは最高権力者となった一族の周りで更なる活躍をするのだろう。今回はヴァチカン内部の争いだったが、次回以降は国を越えた争いにも発展するのでは。毒殺師フランチェスカ (集英社文庫) [ サラ・プール ]楽天ブックス
March 20, 2019
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みなさん、こんばんは。地震当初は傾いたマンションが偽装建築で話題になりましたよね。本編の家も、表紙がどこか変なのです。完璧な家Behind Closed Doors(ハーパーBOOKS) B・A・パリス 郊外の豪華な邸宅に被せた表紙タイトルの「家」の文字だけが傾いている。その前の「完璧な」を打ち消しているような、意味深なデザインだ。原題は「Behind Closed Doors」。ドアの向こうにある世界=家族を、他人は垣間見ることができない。 ダウン症の妹ミリーを両親の反対を押し切って育てたグレースは、所謂バリキャリだった。結婚は妹との同居が条件であり難しかったが、負け知らずの弁護士ジャックと出会う。姓がエンジェルなんて出来すぎだが、ハンサムで優しい彼は妹との同居にも積極的で、グレースはすっかり夢中になる。 本作は、現在/過去パートが交互に登場。「現在」パートはある程度結婚して時間が経った設定で、新婚旅行の写真を見て招いた友人たちと楽しむシーンから始まる。しかし語り手がグレースなので、読者は彼女が常に緊張感を漂わせて生きていることにすぐに気づく。「なぜ」を明かすのが過去パートであり、「現在」パートは虐待問題をメインに扱う“女性の味方”のようなイメージを巧みに装うジャックとグレースの攻防戦になる。といっても、常にジャックが先手をうち、その度にグレースが精神的に打ちのめされる場面が続くので、例えフィクションでも読んでいて気分の良いものではなかった。しかし、どこかでこの状況が逆転される時がくるはずだと信じて頁を繰った。 唯一の味方は妹だが、突拍子もない事を言ってしまう危険性がある。そこでグレースがスケープゴートに選んだのがジョージ・クルーニーだ。知能が劣っているわけではないミリーもジャックの裏の顔に気づく。しかしグレースは「ジャックを嫌いと言ってはだめ」と言い、その代わりに「ジョージ・クルーニーを嫌え」とアドバイス。なぜクルーニーなのかは、彼がクルーニー似だから。というわけで、会ったこともない相手にネタにされ、嫌われてしまったジョージ・クルーニーがちょっぴり可哀そうだ。まあこれも、有名税ということで。完璧な家 (ハーパーBOOKS) [ B・A・パリス ]楽天ブックス
March 11, 2019
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みなさん、こんばんは。世界が注目している二度目の米朝会談。具体的な事は決まったのでしょうか。それともトランプ大統領の人気取りパフォーマンス?3日目の今日は韓国発ミステリを紹介します。ホール (Woman's Best 韓国女性文学シリーズ5) ピョン・ヘヨン書肆侃侃房主人公が目覚める場面で始まる。とはいってもいきなり「ここはどこ、私は誰」状態の全方位カオスにはならない。主人公には記憶があるので、少しずつ周辺が語られ始める。ならば読者は語りに沿って全容を掴めばいい。 と、安心するなかれ。何せ本書はあのシャーリー・ジャクソンの名を冠する賞受賞作。アジアでは小川洋子、鈴木光司に次ぐ三人目の受賞になる。 主人公は事故に遭い重傷を負い病院にいる。運転していた妻は亡くなった。三人称語りの小説なので、語り手は嘘を言うことはできない。但し、都合の悪い事を言わないことはできる。 主人公は社会的に成功したが、妻は―あくまでも夫に言わせるとー叶わぬ望みばかり抱いて失敗ばかりしている。才能がないのを早めに諦めさせたのは夫の功績だ―夫に言わせると。しかし、もう物言われぬ妻から見れば、主人公は本当に感謝すべき夫だったのか。書き手は巧みに、一方的な被害者として登場した主人公の別の面を明かしてゆく。それもあからさまな形ではなく、随所に違和感を抱かせるような書き方で。 二人だけなら、一方が沈黙している以上、物語は生きている側が優位に立つ。ここにもう一人、妻の母親が登場し、主人公の日常に踏み込んでくる。ここからがシャーリー・ジャクソンに相応しい雰囲気となる。敢えてここまで登場させなかった本作品のテーマ“穴”も彼女によって掘られる。さて、何のために?それとも誰のために? 韓国特有の恨の文化や家族観といったものからは無縁で、シチュエーションを替えればどの国にでも翻案できる内容。深淵を覗き込みすぎて、ご自分も穴に落ちないよう、ご用心を。ホール (韓国女性文学シリーズ) [ ピョン・ヘヨン ]楽天ブックス
February 28, 2019
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みなさん、こんばんは。北海道では大きな地震があり心配ですね。関東はぽかぽか陽気です。このまま春になるのでしょうか。さて、今日は心優しき魔術師の物語を紹介します。魔術師ペンリックPenric’d Demon and other novellas (創元推理文庫) ロイス・マクマスター・ビジョルド 貴族の末っ子で19歳のペンリックは、婚約者を迎えに行く途中、病で倒れている老女の最後を看取った。ところがその時、亡くなった神殿魔術師の老女が持っていた魔が、あろうことかペンリックに乗り移ってしまった。おかげで婚約は破棄され、ペンリックは年古りた魔を自分の内に棲まわせる羽目に。ペンリックは魔を制御し、庶子神神殿の神殿魔術師になるべく訓練を始めるが……。 選ばれし者でも何でもない、ただの通りすがりだったペンリックが、偶然魔を引き受けたことから今までとは違った生活を強いられる。おまけに魔は、これまでに取りついた人の経験も知識も引き継いでいるので、ペンリックは12の人間と獣のそれを持ったことになる。もちろん「今まで読めなかった本が読めた!」などいい面もあるが、制御できない魔と会話している様子は、まるで一人芝居かヘンな人。そしてもちろん、強大な魔を手に入れようとペンリックを狙う者も現れる。 シリーズ第一作「ペンリックと魔Penric's Demon」は、魔の功罪を具体例を挙げて紹介しており、物語世界の片鱗、ペンリックの人となりを知る導入篇としてもわかりやすい。厄介なものを背負った割には、魔に名前(デズデモーナ)をつけたり、「その割には明るい主人公だな」と思ったが「ビジョルドにしては明るいキャラ」とのコメントも見かけたので、例外なのだろう。魔の名前はシェークスピアの『オセロ』の妻の名前と同じだ。あちらは貞淑で夫を一身に慕うイメージだが、魔はもう少し奔放だ。「ペンリックと巫師Penric and the Shaman」ではいっぱしの魔術師になった(成長が早い!)ペンリックの雄姿が見られる。収録されている「ペンリックと狐Penric's Fox」ともども、とある事件の真相を探るミステリになっている。これから他のキャラたちも動き出して賑やかになりそうだ。魔術師ペンリック (創元推理文庫) [ ロイス・マクマスター・ビジョルド ]楽天ブックス
February 24, 2019
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みなさん、こんばんは。何かを集める人はいるけれど、度が過ぎるくらいの収集癖の人っていますよね。さて、本編に登場する人物は何を集めていたかと言いますと…。ウッツ男爵: ある蒐集家の物語UTZブルース・チャトウィン カレル橋を作ったカレル4世は変な王である。モルタルの中に卵白を入れて橋を作ろうとしたが、何のために卵を必要とするか説明せず収集命令を出したため、ゆで卵ばかり送ってきた村があった。 ルドルフ2世も変な王である。麒麟、カバ、象、雌ライオンを飼っており、ライオンの死にショックを受けて自分も死んでしまったそうだ。 チェコの首都プラハに「現代のルドルフ」と呼ばれるウッツがいた。ルドルフに擬せられるくらいだから、彼もどこか変なのだ。 副題は彼のことであり、本書はマイセン磁器に耽溺する彼の一代記だ。但し、時系列通りになっていない。冒頭は彼の葬式であり、途中に彼の生い立ちや、語り手である「私」がウッツ氏と知り合う過程、「私」が知らないウッツの消息が挿入される。構成自体が迷路のようだ。それでもややこしく感じないのは訳者の使う言葉がとても柔らかく、とっつきやすいからだ。 チェコという国の歴史を考えれば、ウッツの言葉や行動には、もっと恨みつらみが表に出てきてもいい。第一次大戦後やっと独立を果たしたと思ったらナチスドイツに狙われ、ナチスドイツからやっと解放されたと思ったらソ連の二重支配が始まる。ヨーロッパのど真ん中にあるため、列強から絶えず狙われてきたチェコの民が磨いたのはユーモアだ。矛先が向かうのは権力者たち。 例えばウッツと私と友人オルリークがレストランに入った時、鱒が沢山泳いでいるのに、みんなあの“肥った人”が予約済みだから料理には出せないと言われる。さあそこで怒り心頭に達した誰かが怒鳴り込みにいくのかと思いきや、話はメニューの綴りが間違っていてとんでもないものになっていた話、オルリークが夢中になっているあるものの話へと次々繋がってゆき、彼等への怒りはどこへやら。 次々と政権が変わるチェコで、マイセン磁器のために次々と立ち位置を変えるウッツもまた、切羽詰まった悲愴な姿というよりは、軽妙なステップを踏む熟練の踊り手のようだ。悲惨な環境を救った縁で彼と共にいるマルタとウッツの関係も、長い長いラブストーリーというよりは、サイドストーリーとして出てきたゴーレムと人間の関係を思わせる。マニア垂涎の的だったマイセン磁器の行方も、様々な証言が集められるものの、結局結論は出ないままに終わる。用が失せれば、おのずから消えていくという謎めいた一文があるため、まるでウッツと共に消え失せてしまったかのようだ。 強国ロシアの隣でじっと時期を待ち、したたかに、しなやかに、ブロード革命を成し遂げたチェコの国民性の一端を見た気がした。【中古】 ウッツ男爵 ある蒐集家の物語 白水Uブックス193193/ブルース・チャトウィン(著者),池内紀(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
February 20, 2019
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みなさん、こんばんは。池江選手の病気、ショックでしたね。コーネル・ウールリッチ作品紹介も最後です。非常階段―コーネル・ウールリッチ傑作短篇集〈別巻〉 (コーネル・ウールリッチ傑作短篇集 別巻)The Best Stories of Cornell Woolrichコーネル・ウールリッチ白亜書房「大変だ! 大変だ! 狼が来たよ!」嘘を言って、慌てて集まってきた村びとたちを笑い飛ばす少年の童話『狼と羊飼い』。もし同じ事を大人の男性がやったら、一度目で間違いなくクビだ。「悪いことをすればどんな事になるかわかってないんだ。責任感が希薄なんだ。仕方ない」。大目に見られるのは、間違いなく羊飼いが、少年だから。大目に見られる。これは子供だけが受け取る有利な点。でも、一方で、大目に見られるって事は、それほど重きをおかれていない事でもある。「子供の言う事だから、信用できない。子供はよく、現実と夢をごっちゃにするからね」。そう言って、大人は子供の言う事に、まともに取り合ってくれない。これは子供だけが持たされる、不利な点。実は本当の事なのに、どうしてわかってくれないんだ。そんな悔しい思いをしたのは、表題作の主人公の少年。彼にとって不運だったのは、いつも作り話をしていた事。だから彼が「殺人を見た」。と真実を言っても、今までの数限り無い嘘の中に、紛れてしまった。あの羊飼いの少年が、最後に言った「狼が来た」が、今までの嘘と同じように受け止められてしまったように。羊飼いの言った事が本当だと知っていたのは、やって来た狼だけ。少年の言う事が本当だと知っていたのも、当の犯人だけ。少年が狼に追われたように、犯人もまた、少年を狙ってやって来る。さあ、少年はどうなるのか?絶えず入れ替わる「子供である事」の有利と不利、どちらが勝利をおさめるのか?暗闇で展開する、いっときも目を離せないサスペンスと、後に訪れる心地よい弛緩。いつものウールリッチ節を堪能できるが、大人達には、時に過酷な運命を突きつけるウールリッチが、本作や、「目覚める前に死なば」(『踊り子探偵 コーネル・ウールリッチ傑作短編集2』所収)に登場する少年に対しては、ことさら優しい眼差しを注いでいるように感じる。大好きなお父さんを助けたい少年と、彼を心から愛する父親との関係は、粗暴な父親と暖かい関係を築けなかったウールリッチの願望なのかもしれない。夜ではない闇が登場する「セントルイス・ブルース」他「ウールリッチよりもウールリッチらしい」と評された故・稲葉明雄氏の訳のみを収めた本巻で、めでたくウールリッチ傑作短編集完結。闇と光の綾なす世界を、スタリッシュな文章で綴るウールリッチ・ワールドに接する機会を与えてもらった短編集には、本当に感謝。
February 13, 2019
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みなさん、こんばんは。3連休一日だけ雪が降りましたがあくまでもうっすらで電車が止まるような事にならないでよかったです。さて、今日もコーネル・ウールリッチ作品を紹介します。耳飾り―コーネル・ウールリッチ傑作短篇集〈5〉 (コーネル・ウールリッチ傑作短篇集 5)The Best Stories of Cornell Woolrichコーネル・ウールリッチ白亜書房本篇収録の「妄執の影」に登場するのは、後者の夜。まず物語は、この一文で始まる。「いつもと同じ夜だった。月が出ていた。星もよく見えた。」その夜ケネス・ミッチェルは、恋人のフランシスにプロポーズ。しかし彼は結婚を申し込む前に、ある秘密を打ち明ける。自分が過去に殺人を犯した、と。フランシスは、「あなたからは何も聞いていないみたいに、決して口をすべらさない。そう、墓場に眠る者のように黙りつづけます(=Silent As the Grave 原題はここから)。いつまでも黙り続けます。」と約束する。そして場面はこう結ばれる。「いつもと同じ夜だった。月が出ていた。星もよく見えた。」大丈夫。月も星も、若い恋人達の門出を祝ってくれている。雲は一つも出ていない。ところが3年後、ケネスに親切だった上司にかわって、彼と馬があわないギャレットが上司になる。話を聞かされ、不安になるフランシス。彼女自身はずっと話を聞くだけで、一度も上司に会った事がない。だから余計に想像だけが膨らんでゆく。すると、不思議な事に彼等を見守ってくれていた、夜空にまで変化が起こる。次に出てくる文はこうだ。「いつもと同じ夜だった。月は出ていないが、星はよく見えた。」そしてケネスは、上司と喧嘩して彼を殴り、警察に拘留されてしまう。大丈夫。彼はあの夜と少しも変わらない。そう言い聞かせても、不安がむくむくと、まるで暗雲のように沸き上がる。事態の悪化に伴い、だんだん雲を抑えられなくなってゆくフランシス。「いつもと同じ夜」と言いながら、月と星の状態を変えていく。この二つの文のリフレインにより、読む側に、「ああ、何かが変わっていく。何かが起こるんじゃないだろうか。」という不安感が、いやが上にも高まってゆく。サスペンスの糸がぷつっ、と音を立てて切れるのはいつか。その時彼女の上に輝くのは一体何か。気持ちもページを繰る手も加速した後に訪れるのは、何とも皮肉な幕切れ。最後も、月と星の文で、切れ味鋭く締めている。ウールリッチ屈指の好中篇である本作他、本邦初訳2篇を含む全8篇を収録。
February 12, 2019
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みなさん、こんばんは。フィギュアスケートの四大陸選手権、日本の紀平梨花選手逆転優勝なんてすごいですね。さて、今日もコーネル・ウールリッチ作品を紹介します。シンデレラとギャング―コーネル・ウールリッチ傑作短篇集〈3〉 (コーネル・ウールリッチ傑作短篇集 3)The Best Stories of Cornell Woolrichコーネル・ウールリッチ白亜書房冒頭、女優がハリウッド大通りを豹に先導させて歩いてくる。あ、これはいかにも映画向きのオープニング。ウールリッチには、上記に挙げた作品「The Street of Jungle Death 黒い爪痕」のように「映画化したら面白そう」なものと、「どこかの映画で見たような」ものがある。ウールリッチ作品お馴染みミッシング(=人間消失)を扱った「All at Once,No Alice アリスが消えた」の場合。青年ジェームズは、アリスという女性と結婚式を挙げる。ところが、翌朝目覚めると彼女がいない。そしてホテルの従業員も、誰一人彼女を知らない。結婚式も二人だけの簡素なもので、親類縁者の出席もなし。おまけに、執り行った治安判事まで「知らない」と言う。ぱたん、ぱたん、ぱたん。ドミノがジェームズめざして倒れてくる。ガソリンスタンドの青年、彼女の勤め先、皆の答えは決まって「No」。見知らぬ土地の警察が、土地の人間と、旅で立ち寄っただけの彼と、一体どっちを信用するか。ぱたん、ぱたん、ぱたん。さあ、あと一つでドミノが倒れてジェームズはぺっしゃんこ。と、その時。ひらひらひら。手がかりがジェームズの手の中に。はっしとつかんだジェームズ。それ、反撃の始まりだ。このシチュエーション、場所を動く密室=列車に変えれば、ヒッチコックの映画「バルカン超特急」に似ている。また、もう一つのミッシングもの「One Last Night 送っていくよ、キャスリーン」の場合。前科持ちのバークが故郷に戻ってくる。かつての恋人キャスリーンに会うために。ところが、彼が送っていく途中で彼女が行方不明になり、やがて死体で発見される。当然バークが第一容疑者に。彼に乞われて町からやって来るのが刑事ベイリー。舞台となるのはアメリカ南部の田舎町。訳文でははっきりと書かれてはいないが、保安官がベイリーに対して話す時に、「黒人相手には効果絶大な、一拍おいてからの不意をついた反撃を試みた」とある事から、彼を黒人刑事と仮定する。バーク犯人説を信じない彼を疎ましく思う保安官は白人、とくればこれはノーマン・ジュイスン監督の映画「夜の大捜査線」のシチュエーション。映画になく、物語にあるのはバークとベイリーの男の友情と絶対の信頼。物語冒頭に現れ、キャスリーンの化身のように窮地のベイリーを見守る銀貨のような月。しかし、この作品は、訳者も言及しているが、ベイリーの犯人の性格づけとその原因に問題がある。「この人の血液型は何何だから、こういう性格」と断定しているようなもの。映画化するには、この部分を変えないと無理。本短編集には、こんな「映画になりそうでならない」作品と映画とのランデヴーが実現した「Cinderella and the Mob シンデレラとギャング」他「Through a Dead Man's Eye ガラスの目玉」「Finger of Doom 階下で待ってて」「The Drugstore Cowboy ドラッグストア・カウボーイ」が収録されている。「Cinderella and the Mob シンデレラとギャング」の優しい叔父様役はルイ・ジュールダンが演じていたらしいので、機会があれば是非見たい。佐々木譲特別寄稿エッセイ「ウールリッチと私」収録。門野集訳。
February 11, 2019
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みなさん、こんばんは。連休をいかがお過ごしですか?新潟六日町の雪まつりが今週末開かれますが、事故があったため雪上カーニバルは中止になったみたいですね。今日から4日間コーネル・ウールリッチ作品を紹介します。踊り子探偵―コーネル・ウールリッチ傑作短篇集〈2〉 (コーネル・ウールリッチ傑作短篇集 2)The Best Stories of Cornell Woolrichコーネル・ウールリッチ白亜書房斜め向い側の座席に座った子供は、そりゃあ一生懸命に話していた。「だからね、おじさんがね、だっときて、ひゅーっといって、ざっとなって。」その向かいに座っているお父さんは、スキー疲れで眠たい瞳を押し上げながら、「ああ、もうその話はいいから。」と、一方的に話を切り上げ、寝る体制に。この話は3度目なので、どうやら、子供がおじさんとぶつかりそうになったのだな、という事は予測できた。けれど、擬音混じりの話の内容は意味不明。子供の言っている事全てが、意味のわからない言葉の羅列ではない。けれど、10のうち1つ、意味のわかる文があっても、大人達は、そこだけを聞き取れるだろうか?他の9つの意味不明語と共に、聞き流してしまわないだろうか?もし、ある事件の重要な手がかりが含まれていたら?そんな事を考えていたのは、丁度読んでいたウールリッチの短篇「If I Should Die Before I Wake 目覚める前に死なば」と無縁ではない。主人公の少年トミーは、9才の時にクラスメイトのミリーの失踪事件に遭遇する。大人達の配慮により、事件の詳細が知らされなかった事と、刑事である父親の「秘密をしゃべるのは、裏切り者と密告者だけ」という言葉に縛られて、トミーは、掴んでいた事件の手がかりを伝え損ねる。2年後、またもやジーニーという少女に、ミリーと同じ運命がふりかかる。いつも一緒に遊んでいたトミーだからこそ気づいた、ジーニーへの手がかり。一歩先んじたかと思いきや、自分の感じた不安やその根拠を明確に言葉にできないために、助けを求められないという、子供ならではのデメリットが足枷となり、結局プラスマイナスゼロに、という状況設定がうまい。そういえば、同じウールリッチ原作「裏窓」でも、外から様子を覗けるメリットと、覗いている本人が車椅子で自由が効かないというデメリットが相殺されていた。かてて加えて犯人側には強い味方がついている。時間、そしてこの場合は体力。犯人が一歩も二歩も先んじたこの状況を、どうひっくり返すのか?トミーより状況を説明でき、父親より情報に先んじている私は、心地よい緊張感の中で、時間を忘れ、先を争うようにページを繰っていた。ほぼ女性の一人称によって、ある事件の様相が語られる舞台向きの題材だと思った「Waltz ワルツ」、「うーん、そうきましたか。」とラストに唸った「After Dinner Story 晩餐後の物語」、ヒロインと相手役の関係がいかにもその時代っぽいなぁと思った「Dime a Dance踊り子探偵」「The Case of the Killer-Diller黒い旋律(初訳)」、他「Oft in the Silly Night騒がしい幽霊(初訳)」「You'll Never See Me Again妻がいなくなるとき」「The Gate Crasher舞踏会の夜」を収録。8編中初訳が3編。しかし、いずれの短編にも、昼より夜がよく似合う。門野集訳。小池真理子の特別寄稿エッセイを収録。
February 10, 2019
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みなさん、サム・スペードってご存知ですよね?ボギーの当たり役です。さて、彼がハードボイルド探偵になる前は、何をしていたのでしょうか?今日は前日譚を紹介します。スペード&アーチャー探偵事務所Spade &Archer:The Prequel to Dashiell Hammett’s The Matese Falconジョー・ゴアズ 早川書房表紙絵は探偵事務所の扉になっている。探偵の名前はサム・スペードとマイルズ・アーチャー。ダシール・ハメットの『マルタの鷹』の登場人物達だ。もちろん秘書のエフィもいる。 三部構成になっており、第一部が一九二一年、第二部が一九二五年、第三部が一九二八年。第一部『サミュエル・スペード事務所』はコンチネンタル探偵社を辞めたスペードが独立して事務所を持ち、『マルタの鷹』に登場するエフィがちゃっかり秘書に収まる。家出した銀行家の息子の捜索依頼を受けて港に行ったスペードは、盗難事件に遭遇。第二部『三人の女』では、銀行家が亡くなり妻の依頼で愛人探しをする事になったスペードは、エフィからも友人の窮地を救って欲しいと頼まれる。第三部『マイルズ・アーチャー』マイルズがスペードの相棒になり港湾の窃盗事件を捜査。一方スペードは中国人女性から父の関係者を探して欲しいと依頼される。三作ともとっかかりは平凡な人探しだが、人を探してあちこち動いているうちに重大事件に巻き込まれていく。 『マルタの鷹』で相棒マイルズが殺されてしまい、妻アイヴァと不倫関係にあったスペードは真っ先に犯人だと疑われるが、本作ではアイヴァとの関係がどのように深まっていったかが描かれる。スペードから積極的に女性に迫っていくパターンはなく、据え膳状態。心情を一切語らないハードボイルドタイプの男はこんなにモテるのか。羨ましいぞスペード。 また、第三部ラストに登場する美人の客の名前が「ワンダリー」となっているが、『マルタの鷹』を見た&読んだ人はこの名前にぴんとくるはず。 ミステリ作家でダシール・ハメットを探偵に据えた『ハメット』を書いたジョー・ゴアズは、最初遺族に「『マルタの鷹』の前日譚を書きたい」と伝えるが却下される。今度は遺族から「続編を書いて」と言われるが「登場人物がエフィとサムしかいないからムリ」と言って、初志貫徹。【中古】 スペード&アーチャー探偵事務所 / ジョー ゴアズ / 早川書房 [単行本]【ネコポス発送】もったいない本舗 お急ぎ便店
February 7, 2019
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みなさん、こんばんは。深夜のサッカー御覧になってましたか?リタイア間近のリーバス刑事を描いたミステリシリーズを紹介します。死者の名を読み上げよ〔ハヤカワ・ミステリ1834〕The Naming of The Dead (Hayakawa pocket mystery books)イアン・ランキンG8会議が間近に迫り、騒然となるエジンバラ市街。宿敵カファティの部下が殺された事件を追っているリーバスは上層部からの執拗な圧力にも屈せず、捜査に邁進する。 リーバスのハッピー・リタイアメント直前の『最後の音楽』の一つ前の作品とあって、本作中にもリーバスが「もう少しで引退なんだから事件を起こさないように」と言われるシーンが頻出。また今回は、殺されたのが所謂ワルの手下ということもあって、警察は捜査に積極的ではない。公安警察も出張ってきて、国家的行事と言えるG8に注力したい。すべてはこの国家イベントが終わってから始めたい。ところが、政治的思惑が最も嫌いなリーバスは、例によって例の如く事件解決に向かって暴走中。ああこれは死ぬまで治らないやつだ。 今回もリーバスのシボーン愛が止まらない。母親を暴動で傷つけられて頭に血が上った彼女は、ついカファティの言葉巧みな勧誘で、表ざたに出来ない方法で事件にかかわる。引退が近いリーバスに代わって利用できる刑事を漁っていたカファティが年も若い彼女を操るのはお手のものだ。その事を知った彼は、血相を変えて「彼女には近づくな!」とカファティにねじ込み、自分の弱みが何であるかをさらけ出してしまう。 一方部長刑事となったシボーンも「自分はリーバスみたいに仕事人間にはならない」と決めた割には結局事件の事が頭から離れなくなってしまう。実は似た者同士の二人だが、このまま仕事仲間の方が長続きするのだろう。死者の名を読み上げよ (Hayakawa pocket mystery books) [ イアン・ランキン ]楽天ブックス
February 3, 2019
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みなさん、こんばんは。2月になりましたね。例年2月は早いんですよね…。アイルランドが誇るリーバス刑事シリーズを紹介します。蹲る骨(HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS)リーバス警部シリーズSet In Darknessイアン・ランキンハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックス歴史的建造物の保安のために見学中だったリーバス警部たち。なぜ有能な刑事がこんな役目に駆り出されているのかと言えば、リーバスに大人しくしてほしかったから。どれだけ怖がられてるんだリーバス。しかしそんなところでも事件に当たるのがリーバス警部たる所。いや、主人公だから絡んでくれなきゃ話にならないしね。建造物の地下室の奥で人骨を発見。さらに同じ現場で殺人事件が発生。但しこちらはスコットランド議会議員立候補者が被害者だったため、主担当は本部所属のエリート、デレク・クリフォードが任命されリーバスは補佐役。デレクはリーバスが気に入っているシボーンにストーカー的な恋愛感情を抱いていたため、二重の意味で彼に反発するリーバス。更に浮浪者が飛び降り自殺するが、なぜか彼は50万ポンドも所有しており、アンバランスなホームレス変死事件をシボーンが担当。 別々に動き出した事件が次第に関連があることがわかっていく所は、リーバス警部をすべてにかかわらせたい作者の陰謀によるもの。そうそう、今回リーバスとシボーンの間に恋愛感情めいたものが芽生える。シボーンは事件の事を相談するため部屋に誘う。もちろんこれは純粋な相談なのだが、このちょっと前に、リーバスが車の中で手をのばしてきた時、自分の体に触ろうとしているのか?とシボーンが緊張する場面が挿入されていた。部屋に入って音楽の好みが一緒だった事で、リーバスは更に彼女に親近感を抱く。他のロマンス小説ならば、ここからラブストーリーが始まってもいいが、本シリーズはあえてべたべたした甘さを排除(ちぇ)。多くの欠点を抱えた厄介な人物だが、それでも彼女の人生にある種の安心感を与えてくれるのだ。何が起ころうとも信頼できると信じられる男である。それは失いたくない何かだ。まあ、先のシリーズを読んで結果を知っているからこうなるな、とは思いましたがね。でも単なる同僚にしては、シボーンにストーカーしていた相手への怒りっぷりが尋常じゃないし、リーバスがある女性と親しくなったと知ったシボーンの態度も普通の同僚のそれではない。読者は騙されませんよ、ご両人。
February 2, 2019
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みなさん、こんばんは。菊池雄星投手がアメリカに渡りましたね。西武ではいじめもあったようなのでぜひ海外で活躍して欲しいものです。ディケンズ作品にオマージュを捧げたと言われる作品を紹介します。ゴールドフィンチ(2)The Goldfinchドナ・タート河出書房新社ピューリッツァ賞作品第二作。美術館テロで母を亡くしたテオは、母の友人ホービーと暮らしていたものの、長い間音信不通だった父とその恋人サンドラが現れて彼をラスベガスに連れていく。ここまでが第一巻。前作で13歳だったテオは15歳になっている。 ディケンズ作品のオマージュとすれば、赤毛の少女ピッパは『大いなる遺産』のエステラ、ベガスに連れていったものの特に仕事らしい仕事もせず、テオの財産を当てにして一発当てようと考える父親はさしずめ『オリヴァー・ツイスト』のフェイギンと考えられる。ホービーがこのまま『オリヴァー・ツイスト』の紳士ブラウンロー氏の役まわりを務めるのか。それとも、もっと強力な支援者が現れるのか。ファブリティウスの「ごしきひわ」の謎は次巻に持ち越しだが、盗難が明るみになった今、こちら絡みのアプローチも増えていくはずだ。テオは今後誰を頼るのか。 NYでは上品で洗練された上流階級の大人たちに冷遇されていたテオが、退廃の街ベガスでやっと友ボリスを見つける。ママの良い子だったテオが酒、喫煙、麻薬などお決まりの青春の横道に逸れていく所ははらはらする。再会したかと思えばあっという間に去ってしまったピッパよりも―あくまで現時点では―ともすればボリスの方が、テオは好きなのでは?と思わせる描写もあった。テオより半歩オトナになった彼は世間慣れしているとはいえ、まだ十代で、保護者がいる故の悩みもある。明るく見せている分だけ闇も深かろう。それぞれの荒波を乗り越えた二人が再会して再び絆を結ぶのか。やはり第四巻まで読みたくなった。ゴールドフィンチ 2 [ ドナ・タート ]楽天ブックス
January 7, 2019
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みなさん、こんばんは。いよいよ大晦日ですね。今年年末になってQueen映画が話題になりました。そこでQueenのあの歌が浮かんでくる本を紹介します。かなりぶっとんでますよ。第三の警官 (白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)The Third Policemanフラン・オブライエン「フィリップ・メイザーズ老人を殺したのはぼくなのです。」 思わずぎょっとする一文から始まる本作の主人公は名乗らない。どころか、途中で「自分の名前を知らない、自分が誰なのか思い出せない」などと言い出す。かといって記憶喪失かと言えばさにあらず。冒頭の告白のあと、父親が自作農で母親は居酒屋を営んでいたことなど、家庭環境はちゃあんと覚えている。両親亡き後頼りとなる身内もいないのに、早々と「農場経営は一生の仕事ではない」と決めてしまったぼくは、ド・セルヴィという学者にのめりこみ、自分に代わって酒場を切り盛りしてくれていたディヴニィに誘われるまま、研究書の出版資金欲しさに金持ちの老人を殺す。ところが肝心の金が見つからず金庫を探すうち、「否」としか言わない老人、時計が盗まれたと訴えても一顧だにしないのに自転車にこだわる巡査部長、「いつでも受持ちの巡回区域に出向いており、勤務帳に署名するのはあなぐまでさえ眠り込む真夜中に限られ」ていて「野うさぎみたいに風変りな男で、尋問をしたためしがないかわりに、いつでもノートをとっている」第三の警官に出会う。 シリアスな場面に度々遭遇しながらも一切動じた風を見せず、丁寧口調で淡々と状況を説明する僕は、信頼できない語り手である。だから彼の見るもの聞くもの、そして「やった」と言ったことまでもが、実のところどこまで本当かわからない。勘のいい読者であれば、p34で「おや、これはもしかして…」と、ある事実に気づくだろう。 ジコチューな論理で殺人を犯す所はドストエフスキーの『罪と罰』、癖の強いキャラクターと次々会っていく展開は『不思議の国のアリス』を想起させる(「そうです。ぼくは不思議の国にいるのです。」なんて独白もあり)。他にもいくつかパロディ元は思い浮かぶが、言ってしまうとネタバレになってしまうので割愛。ぼくが心酔しているという触れ込みのド・セルヴィの言葉が著書と共に度々引用されているが、彼はオブライエンの『ドーキー古文書』にも登場する、れっきとした(というのも変だが)架空の人物だ。お堅い言葉で何を語っているかと思えば、家とは「大型棺桶」「養兎場」であると言い、考案したのは「壁なし住居」と「屋根なし住居」。文字通りのすうすうした家なので「この異様な住居に起き伏ししたあげく一命を落とした病人が少なからずいた」とか。そりゃそうだ。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。第三の警官 (白水Uブックス) [ フラン・オブライエン ]楽天ブックス
December 31, 2018
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みなさん、こんばんは。札幌のスプレー爆発なんか怪しいですね。知っているのに隠していそうです。今日はミステリを紹介します。桜姫近藤史恵角川文庫 本作の語り手は、二人の「わたし」だ。ひとりは、大物歌舞伎役者の娘、笙子。笙子は、亡き兄・音也の友人の訪問をきっかけに、その死の謎に迫ろうとする。もうひとりは、歌舞伎の大部屋役者、瀬川小菊。こちらは、近藤氏の歌舞伎シリーズでお馴染みのキャラクター。相棒には私立探偵の今泉文吾がいて、本作にも勿論登場する。二人の「わたし」を結びつけるのは、若手歌舞伎役者、中村銀京。彼は音也の友人であり、小菊に「桜姫東文章」の公演をもちかける。小菊が出演した別の舞台「伽羅先代萩」で、行方不明になった少年が遺体で発見され、二人の「わたし」は「少年の死」という共通項を持つことになる。 舞台の上で演じられている愛と、現実の愛。二つの切なく美しい愛が、やがて二重写しとなる。演目が「桜姫…」「伽羅…」だった理由を知る瞬間は、哀しくもあるが、一方で清々しい思いに満たされる。根底に「愛」があるからだろう。桜姫 (角川文庫) [ 近藤史恵 ]楽天ブックス
December 21, 2018
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みなさん、こんばんは。臨時国会も終わりました。でも相変わらず強引な国会運営でした。今日は昨日に続いてイレーナシリーズを紹介します。イレーナ、失われた力Shadow StudyマリアVスナイダーハーパーBOOKS 前作から七年。表紙の衣装も肩丸出しファッションからマントを被ってちょっと大人びている。緊張感漂う両国の事情を知る調停者的ポジションにいたイレーナは、何者かに毒矢で射られて魔力を失ってしまう。 新シリーズでは、誰も持っていない魔力=Soul Finderが加わってハイスペックになったイレーナが、最も頼りにしていた武器を奪われてリセットされる。一方鉄壁と思われたヴァレクと最高司令官の間にも不穏な空気が流れてこちらもリセット。前シリーズではイレーナのこれまでを紹介したので、今度はヴァレクが最高司令官と出会うまでを、彼の回想という形で紹介。国王から狙われているのに逆に暗殺者ヴァレクをスカウトするアンブローズ(まだ最高司令官になっていない)は、若き理想に燃える革命家といった風情。ただ魔術は徹底的に嫌っており、国王一家皆殺しを命じる下りはまるでテロリスト。 途中ムーン薬という避妊薬が登場するが、レイ・カーソンの『白金の王冠』といい、いまやファンタジーにも避妊テクニックが登場する時代になったか。 訳でずっと気になっていたのが、ヴァレクの若い頃を彷彿とさせる女暗殺者のオノーラを、ずっとジェンコが「かわいい殺し屋さん」と呼ぶ点だ。「殺し屋」に「さん」?とある事情でイレーナがアクションできなくなるので、彼女が背負うことになるのか?イレーナ、失われた力 (ハーパーBOOKS) [ マリア・V・スナイダー ]楽天ブックス
December 11, 2018
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みなさん、こんばんは。まだ暖冬ですね。育ちすぎたようで野菜が安いです。自らの命を賭けて司令官を守ることになったイレーナシリーズも、途中から彼氏とのいちゃつきが半端なくなってきました。こちらは第二弾です。イレーナの帰還 (ハーパーBOOKS)Magic Studyマリア・V・スナイダー命を賭けた毒見役として最高司令官を救ったにもかかわらず、魔術があるためにイクシアで死刑宣告を受け、故郷シティアに帰還したイレーナ。しかしここでもイクシアで仕えていたことから針の筵で、両親こそ迎えてくれるものの、実の兄リーフからは辛く当たられる。ちなみにTLでは兄に対して「心が狭すぎる!」との意見が。まあ、いきなり妹が途方もない力を持つ魔術師になってたら、どう接していいかわからなかっただろう、こじらせ兄貴。 魔術師修行が始まるが、師範の言う事を聞こうとしないイレーナには監視がつき、命の危険も前作同様。レッド・クイーンといい、ハーパーBOOKSのヒロインシリーズはヒロインをとことん奈落に突き落とすパターンがお好きのようだ。様々なタイプの師範が登場したり、生徒たちから妬み嫉みを受けるシチュエーションは、まるでハリポタ。 「“愛しい人”と呼んでくれるヴァレクと離れてどうなるの?」と心配した読者もいそうだが、ちゃんと出てくる。但し前作と違ってツンデレのデレしかない。気がつくとキスしてる。海外版表紙は結構大人っぽい(20才だから年相応?)が、日本版は幼く見えて、のしかかられたらつぶれそうなんだけど大丈夫かイレーナ。まあ、彼氏が加減してくれるか。 これまでにない存在だったイレーナの新しい役目も決まったが、両国の溝は埋まらない。ますます彼女の活躍が望まれる第三巻に進む。あ、ロマンスはたぶんそれなりにデレデレが続くはず。イレーナの帰還 (ハーパーBOOKS) [ マリア・V・スナイダー ]楽天ブックス
December 10, 2018
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みなさん、こんばんは。12月になりましたね。今日もアシモフのミステリシリーズを紹介します。黒後家蜘蛛の会3【新版】Casebook of a Black Widowersアイザック・アシモフ創元推理文庫特許弁護士、暗号専門家、作家、有機化学者、画家、数学者。いずれも専門分野を持った面々が女人禁制で集まる黒後家蜘蛛の会では、毎回ゲストを招いて美味しい料理と知的な会話を楽しむ。しかしゲストが謎で悩んでいると打ち明けると、会話はにわかにそちらに集中し…。 「名探偵 一同集めてさてと言い」などという言葉もあるが、本シリーズの名探偵は皆を集める必要はない。なぜならば最初から皆がいる場所で推理を開陳すれば良いからだ。えっ?なぜ名探偵が、いつもいつもその場に居合わせるの?それは彼が黒後家蜘蛛の会が開かれるミラノ・レストランの給仕だからだ。今回は彼の凄さを知らないゲストが「給仕さん」と呼ぶシーンもあり、シリーズを既に読んだ人は思わず笑ってしまうのではないか。 ここらで名探偵の名を紹介しよう。彼の名はヘンリー。「六十代を迎えて皴ひとつない顔」は女性にとっても羨ましい。更に知性も加われば言う事なしだが、なぜか彼の周りには残念ながら艶話がない。話のエンドは「君は素晴らしいよ」と言われたヘンリーの台詞で終わることが多いが、よくよく見ると、単にお礼を言っているだけではない。例えば「ロレーヌの十字架」のラスト。「ただ頭が単純なだけでございます。もっとも、馬鹿というわけではございませんけれども」あれ、これ、実は、謙遜してない?また、ある時は「確かにわたくしは時に正しい答を見つけ出すこともございますが、それは皆さまが問題をきれいに整理してくださいますからで、それなくしては、わたくしはただ途方に暮れるばかりでございます」(「スポーツ蘭」)と謙遜するものの、メンバーから「へりくだり方がわざとらしい」と言われ、続きの台詞「わたくしはたまたま目の前にありますものを、ありのままに見ることを存じておるだけのことでございます」と「自分はフツーなんです」を強調すればするほど、皮肉に感じる人もいるからなぁ。このあたりが独り身の理由なのか。それともこの先彼にもロマンスが訪れるのか。隠せども自分が出てくるあたり、作品に自分の名前を出すアシモフらしさが出ているのかも。「ロレーヌの十字架The Cross of Lorraine」「家庭人The Family Man」「スポーツ欄The Sports page」「史上第二位Second Best」「欠けているものThe Missing Item」「その翌日The Next Day」「見当違いIrrelevance!」「よくよく見ればNone So Blind」「かえりみすればThe Backward Look」「犯行時刻What Time Is It?」「ミドル・ネームMiddle Name」「不毛なる者へTO the Barest」収録。毎話の最後にアシモフの後書きがついている。黒後家蜘蛛の会3 (創元推理文庫) [ アイザック・アシモフ ]楽天ブックス
December 3, 2018
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みなさん、こんばんは。アイザック・アシモフといえばSF作家のイメージが強いですがそんな彼が書き続けてきたミステリシリーズを紹介します。黒後家蜘蛛の会 新版 1 (創元推理文庫)Tales of a Black Widowersアイザック・アシモフ弁護士、暗号専門家、作家、化学者、画家、数学者の六人からなる〈黒後家蜘蛛の会〉と給仕一名は、月一回〈ミラノ・レストラン〉で晩餐会を開いていた。会では毎回のようにミステリじみた話題が出て、会員各自が素人探偵ぶりを発揮する。だが常に真相を言い当てるのは、物静かな給仕のヘンリーだった! これはアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズ『火曜クラブ』では?と思ったら「きみはアガサ・クリスティの読みすぎだよ」という台詞が(『実を言えば』)。他にも、シャーロック・ホームズのあの有名な台詞「不可能をすべて消去した後に残るものこそ、よしやいかにそれがあり得べからざることであろうとも、真実である」(『明白な要素』)も登場し、ヘンリー以外の会員たちはリアルタイムでミステリ小説を読んでいることが窺える。また、『指し示す指』では「アイザック・アシモフなんかにページを割いているのは無駄」「病的な自惚れ屋」など伝聞ながら作者も登場させている。 “万能”というキーワードからは、P・G・ウッドハウスの人気シリーズ、執事のジーヴズも彷彿とさせる。アシモフもジーヴズがモデルだと言及したらしいが、バーティを慇懃無礼にあしらうジーヴズとは異なり、ヘンリーは常に節度を守って接している。だが、『実を言えば』では、「皆が正直者だと言うが、実は私はこんな嘘をついている」と言い出して、いちいち挙げる例で、珍しく会員たちを悉く怒らせてしまう。「あなた達の言動をこんな風に思っていました」と打ち明けたことで、ヘンリーに言われたことを気にしたメンバーの行動にちょっとした変化が現れる次作の『行け、小さき書物よ』と二つ揃って楽しめる。 60代ながら皺一つ無い顔で年齢を感じさせないヘンリーの素顔は、ずっと表紙で隠されたままなのだろうか?SFの巨匠アシモフが著した、安楽椅子探偵ものの歴史に燦然と輝く連作推理短編集が、読みやすい新装版として隔月で刊行開始!収録作「会心の笑いThe Acquisitive Chuckle」「贋物(Phony)のPh Ph as in Phony」「実を言えばTruth to Tell」「行け、小さき書物よGo,Little Book!」「日曜の朝早くEarly Sunday Morning」「明白な要素The Obvious Factor」「指し示す指The Pointing Finger」「何国代表?Miss What?」「ブロードウェーの子守歌The Lullaby of Broadway」「ヤンキー・ドゥードゥル都へ行くYankee Doodle Went to Town」「不思議な省略The Curious Omission」「死角Out of Sight」 黒後家蜘蛛の会1 (創元推理文庫) [ アイザック・アシモフ ]楽天ブックス
December 2, 2018
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みなさん、こんばんは。ミステリといえばやはり主役は名探偵。ですが脇役がいてからこそ彼等も輝きます。今回はワトソン役にスポットを当ててレビューを書いてみました。黄色いアイリス (ハヤカワ文庫) The Regatta Mystery and other storiesアガサ・クリスティ 「あっ、わかった! そうだったのか。」探偵小説には、前述のような台詞を口にする相棒がつきものだ。彼等は大概、名探偵より数テンポ遅く事件の真相に気づき、いかに探偵の推理力が優れているかを際立たせる役割を負う、いわば引き立て役である。しかし同じ引き立て役でも、探偵のキャラクターによっては、随分ばつの悪い思いをさせられる。とりわけ顕著なのが、クリスティーが生んだベルギー人の探偵・エルキュール=ポアロの友人にして医師、ヘイスティングスだ。彼はポアロに始終ロマンチストぶりをからかわれ、「西部の星盗難事件」(「ポアロ登場」収録)では、何とかよい所を見せようと余計な口出しをしたために、穴があったら入りたくなる思いをする。いくら友人といったって、そんな経験をさせられるのは、気分のいいものではないだろう。 一方、探偵は彼をどう思っているのだろう? 友人とはいえ、有効なアドバイスもできないのなら、いない方が推理がはかどるのでは?ここに、本書収録の「バグダッドの大櫃の謎」と登場人物の名前も事件の概要も同じ「スペイン櫃の秘密」(「クリスマス・プディングの冒険」収録)という作品がある。但し、前者にはヘイスティングスが登場し、後者には登場しない。さぞや後者では迅速に推理を進めているかと思いきや、彼はイライラしている。そして秘書のミス・レモンを彼の代わりに据えていろいろ質問を試みるが、望む結果は得られない。結果彼は、ヘイスティングスの不在を大いに嘆く。一方「バグダッドの大櫃の謎」では、メインとなる事件についてヘイスティングスが「ドラマにしてもいいような筋立てじゃないか。」 と言うと、早速ポアロは「そういうドラマがたしかあったっけ。」 とまぜっ返す。そして、「君等イギリス人のやり口は」と批判しつつも、いかにも愉しそうに推理を進めている。一方、ヘイスティングス不在バージョンの「あなたの庭はどんな庭?」(本書収録)では、ポアロはまたもやミス・レモンに代役を求めている。やれやれ、推理以外の所では、君は学習しないのかね、ポアロ君。さて、ヘイスティングスがいる時といない時で、一体何が違うのか?知りたい人は是非本書を御覧あれ。そうすれば、先に挙げた質問の答えもおのずとわかるはずですぞ。黄色いアイリス (ハヤカワ文庫) [ アガサ・クリスティ ]楽天ブックス
December 1, 2018
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みなさん、こんばんは。外国人入管法が衆議院で可決してしまいましたね。何か最近強行採決が多いです。さて、こちらはパトリシア・ハイスミスが最も愛してやまない主人公の最終章です。死者と踊るリプリーRipley Under Waterパトリシア・ハイスミス河出文庫「そして二人はいつまでも幸せに暮らしました」は悪党に苦しめられた善人に許された結末だ。しかし例外もある。作者が悪党を愛している場合だ。トム・リプリーは、殺人も犯罪も犯しながら妻と「幸せに暮らして」いる。 そんな彼をまるで待ち伏せしているかのように現れるアメリカ人夫妻がいる。といっても積極的なのは夫の方で、妻は夫に怯えているようだ。彼等を避けようとするリプリーに、死んだはずのディッキーを名乗る電話がかかってくる。 内容的には『贋作』に続く。 他ならぬリプリーが殺したのだから電話は明らかに別人で、リプリーは早いうちに犯人の見当もつける。ただ、動機がわからない。相手はリプリーを「紳士気取りの悪党」と呼ぶが、偽者であることを告発したいなら脅迫という卑怯な手段を択ばず、警察に打ち明ければいい。ディッキーは圧力をかけられる町の名士ではないのだ。となれば、単に嫌がらせがしたい―今でいうストーカー心理―か。 一方、受けて立つ方のリプリーの動機は「自らの生活を守るため」とはっきりしている。『贋作』でも本物と偽物についての言及があったが、本作でも偽物を肯定している。「タフツとダーワットがこれほど混然一体であれば、すくなくともこれらのデッサンの一部、あるいは大半は、芸術的観点から両者を区別することは不可能ではないか」「いくつかの意味で、バーナード・タフツはダーワットと化していた。バーナードが恥辱にまみれ、錯乱状態で死んでいったのは、贋作が成功したためだ。それどころか、ダーワットになりきり、ダーワットの昔ながらの生活に倣い、その絵画、その準備デッサンにおいても、ダーワットそのものだった」「本物を超える偽物がある」ことを仕事と人生で実践している彼は、もう一つの真実―犯罪―を、悉く水底に沈める。もちろん簡単には浮かび上がってこないが、いつか水が干上がる時が来る。その時彼がもう一つの真実とどう向き合うのか。死者と踊るリプリー (河出文庫) [ パトリシア・ハイスミス ]楽天ブックス
November 30, 2018
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みなさん、こんばんは。台湾文学の翻訳者である天野健太郎さんが先ごろ亡くなりました。47歳でした。本書は彼の翻訳によるものです。13・67陳 浩基文芸春秋 13・67は物語の最初と最後の年を表す。第一話は2013年、最終話は1967年だ。その間には香港の中国返還という一大イベントが挟まれる。天眼と綽名される名刑事クワンと、熱血刑事ローの主人公二人の活躍を経糸に、香港現代史を経糸に織りなされる。 第一話でクワンは病院で口もきけない状態で登場し、安楽椅子探偵の上をいく活躍を見せる。しかし快刀乱麻を断つような名推理と仲間達との見事な連携で数々の事件を解決してきたクワンにも“若葉のころ”はあった。クワンのある行動をきっかけに、ある人物は警察を見限り悪の道を選ぶ。一方のクワンは生涯守っていくべき信条を見つけ、自分の若い頃を彷彿とさせるローと出会い、薫陶を授けていく。クワン&ロー師弟に象徴される、時代や国の姿かたちが変わっても、警官一人一人の真摯な想いは受け継がれていくという普遍的なモチーフは、共感を得やすいだろう。 「もしかしたら仲間になれるかもしれなかった相手と、ある事件をきっかけに別れてしまい、運命が再び交錯する」という展開は、香港の潜入捜査官と警察に潜入した男が主人公の香港映画『インファナル・アフェア』と似ている。香港返還期を舞台に据えた点も共通だ。 解説で「ウォン・カーウァイが映画化権を獲得したが、完成・公開がいつになるかわからない」と書かれていた。イメージは彼よりもむしろ『インファナル・アフェア』を撮ったアンドリュー・ラウ&アラン・マックなので、このコンビでぜひ映画化して欲しい。★2018年11月12日、本書の翻訳を担当した天野健太郎さんが亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。13・67 [ 陳 浩基 ]楽天ブックス
November 22, 2018
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みなさん、こんばんは。解放された森田さん、記者会見していましたね。勇気がありますね。さて、今日もヘレン・マクロイ作品を紹介します。牧神の影Panicヘレン・マクロイちくま文庫全体像ではないが、表紙絵に映っているのは牧神=パンで、Panic(原題)の語源でもある。そして同時に、Panとはギリシア語で「全て」を意味する。舞台となる山荘には牧神の像があり、文字通り全てを見ていた目撃者と言える。 アリスンの伯父が急死し、彼女は陸軍情報部の大佐から伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたと聞く。その後、山中のコテージで一人暮らしを始めたアリスンの周囲で、次々に怪しい出来事が…。 何の能力も持たず組織に属してもいなかったヒロインが、渦中の人物の近くにいたばかりに、今度は自分自身がその渦に巻き込まれてしまう「巻き込まれ型」ミステリ。アリスンは従兄の勧めで老犬のアルゴスを連れてオールトンリーという人里離れた山間のコテージに移り住む。頼れる探偵ベイジル・ウィリング博士が登場しないノン・シリーズなので、ヒロインが自力で事件を解決し、姿を見せない不審者とも対決しなければならない。体が弱く老犬しか頼れないヒロインには、かなりハードルが高い。おまけに、元カレと元カレの結婚を阻んできた姉が偶然近くに住んでいて、プライベートでも雑音がうるさい。さあどうなる? 後書きも含めてかなりのページ数が暗号解読に割かれているが、それ以外の部分を読めば、犯人は比較的分かりやすい。牧神の影 (ちくま文庫) [ ヘレン・マクロイ ]楽天ブックス
November 5, 2018
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みなさん、こんばんは。ソフトバンクが勝って、日本シリーズが終わりましたね。二回続けてヘレン・マクロイ作品を紹介します。悪意の夜The Long Bodyヘレン・マクロイ創元推理文庫ウィリング博士もの最後の未訳長編。未訳理由はやはり探偵の出番がかなり少ないことだろう。何せウィリングが登場するのはp271中のp187、物語の7割だ。それまでは夫ジョンの死に不信を抱く妻アリスの独自行動が描かれる。読者はウィリング博士者だという事がわかっているので「いつ彼が出てくるの?」とイライラしたのでは。 やけに強調されるのは、冷戦時代人々がどのように感じていたか。「二つの対戦にはさまれた時代のヨーロッパは、いわば仮面舞踏会のようなものだった。そこでは圧制者は民衆に支持される指導者であり、民衆に支持される指導者が圧制者になった。平和主義者は戦争を始めたがり、戦士が平和のために祈った。自分の右手に自分の左手がなにをやっているか気づかせまいとするスパイや密告者がうごめく世界なのだ。よって、国務省の外交官は、スパイや密告者の左手にポケットのなかの小銭や機密書類を探られていても、気づかないふりをして右手の握手に応じなければならない。」「突然襲いかかる危機的状況というのは、長年、彼女にとっていわば日常茶飯事だった。身の危険にさらされたことも一度や二度ではない。しかもしばしば、そういう局面を勇敢にそつなく乗りきることが重大な使命だった。アリスのちょっとした言葉や身振りはすべて、国の代表であるジョンの仕事に少なからず影響を及ぼしたからだ。神経衰弱にかかってはならず、疲労を見せてはならず、短気を起こしてはならず、その他どんな些細な心の動きもあらわにしてはならなかった。つまり、口ごもったり、つっかえたり、まごついたり、状況にふさわしい言葉を探して迷ったりするのはご法度。機転が利かなくてぼんやりするとか、つまらないことや無駄なことをうっかり言ってしまうとか、そうした贅沢は決して許されなかったのだ。」 家族ですらスパイまがいの精神力が必要だったのだから、さぞやアリスも洞察力に優れていたのか?と思うが極めて普通で、息子が思いを寄せている相手として現れた女性に、かなりわかりやすく詮索している。解説にも書かれていたが、せっかくファム・ファタルっぽく登場した女性をやけにあっさり退場させたのがストーリーの単調さに祟ってしまった。悪意の夜 (創元推理文庫) [ ヘレン・マクロイ ]
November 4, 2018
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みなさん、こんばんは。医大の不正入試、結構ひどいですね。女性や二浪には点を低くだなんて…。子供達に向かってはずかしくないのか。さて、今日は昨日紹介した本の続編です。レッド・クイーン 2 ガラスの剣 (ハーパーBOOKS)Glass Swordヴィクトリア・エイヴヤード今度は黒字に赤でタイトルが浮かぶ表紙絵。メアは憂いを秘めた表情で剣を持ち、手からは血が流れている。目立たなかったヒロインが実は秘めたる力の持ち主で物語の中心に押し上げられていくのは、同じくハーパーBOOKSシリーズの『毒見師イレーナ』と共通。 シルバーの王女から一転、特殊能力を持った危険な少女になってしまったメアと、現国王の弟から父殺しの汚名を着せられた元王位継承者カル。レッドのスカーレット・ガード達に助けられて本拠地にたどり着き、自分たちと同じようなニュー・ブラッド達を集めてシルバーに対抗しようとする。 第二巻でやっと別の国が登場して、物語世界が少しわかる。国内にレイクランドの人間が出入りしてスカーレット・ガードに入り込んでいたり、「メアを旗頭に」という勢力が現れたりと、ほら、やっぱり内戦を繰り広げている場合じゃない。この大風呂敷、ちゃんと閉じられるのか。 様々な能力者が登場して、ストーリーはますます『HEROES』『X-MEN』っぽくなっている。第一巻では教える側だったメアが自分の能力を持て余す少女とぶつかり、「能力者を集めてやっていることはシルバーと同じ」と指摘されてへこんだりと、リーダーにはまだほど遠い。 肝心の恋愛の方も、くっついているカルといいムードなのに「なぜあんなに変わってしまったの、メイヴン?」と心を残しているようだ。メイヴンも行く先々で彼女にメッセージを残している。恋しい相手を憎い異母兄に奪われた事もメイヴンの火に油を注いでいるようだ。頼りになる後見人が本巻で姿を消してしまったので、少年王の暴走が今後心配だ。さあそんな王の懐に飛び込んだメアがどうなる?レッド・クイーン 2 ガラスの剣 (ハーパーBOOKS) [ ヴィクトリア・エイヴヤード ]楽天ブックス
October 20, 2018
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みなさん、こんばんは。サッカー日本勝ちましたね。さて、こちらは最下層からひょんなことから王族にマウントするヒロインのシリーズです。レッド・クイーンRED QUEENヴィクトリア・エイヴヤードハーパーBOOKS王冠を被りながら、ふてぶてしい眼差しでこちらを睨む少女。彼女がタイトル・ロールのレッド・クイーンと思われるが、まずそのタイトルからして矛盾がある。物語世界では支配者階級シルバーと奴隷階級レッドがあり、レッドがクイーン=王族になることはありえない。ところが、ヒロイン、メアはひょんなことからシルバー=ノルタの王族に迎え入れられる。こうして、本来なら対立し、見ることもできなかったもう一つの世界を知ったヒロインが、この世界の鍵を握る人物になる筋立てができた。主人公が反乱軍のリーダー格に祭り上げられていく→『ハンガーゲーム』人々が特定のジャンルに分かれるのに、主人公がどちらも選べない 両方の要素を持っている→『ダイバージェント』登場人物が特殊能力を持っている→『HEROES』『X-MEN』など、既存作品の要素をあれこれと取り入れている。 主人公が惹かれる男性も、3タイプ揃っている。カル この国の世継ぎで自他共に認める優秀な長男 母親を早くに亡くす 婚約者がいるが城を出ていた時に主人公と出会い運命を切り開く手助けをするメイヴン 優秀な兄の影で常にコンプレックスを刺激されてきた 強烈な母がいる 兄ほど国にとらわれない発想をする カイローン メアの幼馴染でみなしご メアの妹からも好意を寄せられている 手の届かない存在でタイプが違う二人と、気安い関係から始まり、いつともなしに恋を意識するようになった一人。後者と結ばれれば予定調和だが、やはり身分や立場を越えて惹かれあう方がドラマティックになるので、作者もそちらを選ぶ。デビュー作なので、奇を衒うよりは、皆に受けそうな要素をチョイスしていったのだろうか。それとも、自分が好きな要素を取り込んでいったらこうなったのか。主人公はこれから成長していかなければならないので、第一作ではいろいろと未熟な所を見せるのもお約束だ。その一方で第一作にして堂々と「レッドもシルバーも超えた存在」とヒロインを最強設定にしているのは若さゆえか。 ノルタ国は隣国レイクランドと交戦中という設定だが、百年も戦争中というのはひと世代生まれてから死ぬまでまるまる戦争状態で、あまりに長い。戦争には特殊能力を持つシルバーも赴くが、兵士は奴隷階級のレッドで、手に職を持たない者(師匠のいない者)は戦場に送られる。隣国にも特殊能力者はいる設定だが、本当に決着をつけたいならば、人間並みの能力しかもたない兵士同士で戦いをさせるよりも、独自に持っている特殊能力の持ち主たちで戦ったほうが、よほど時間の短縮になる。クイーンズトライアルのような内輪の争いに特殊能力を使うよりも、よっぽど有効な手段だと思うのだが。レッド・クイーン (ハーパーBOOKS) [ ヴィクトリア・エイヴヤード ]楽天ブックス
October 19, 2018
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みなさん、こんばんは。広島カープが優勝しましたね。広島は今頃お祭り騒ぎでしょう。さて、祭りといえばこちらもオーストラリアが舞台のミステリを紹介します。百年祭の殺人 (論創海外ミステリ)Blood on His Hand!マックス・アフォード 定木大介 (翻訳) ところでみなさん、表紙のもじゃもじゃは何だと思います?麗しい黒髪?いえいえ、髭なんですよ。だから、間違っても表紙にスリスリしないで下さいね。本作では髭が小道具なのです。 冒頭は、危険な手術に挑んで失敗した医学生が雇い主の元に向かう行程が描かれる。サイドストーリーとして、脱獄犯がまだ捕まってないらしいという噂話が登場。 その後、話は裁判官が密室で死んでいた事件に飛ぶ。読者は冒頭のエピソードに心を惹かれつつも、事件をかぎつけてやってきた記者達、肝いりで捜査を担当する警部、犯罪事件とは縁がなさそうな若者など、新たに登場したキャラクター達に興味を持っていかれる。何かと引用を持ちだしたがるジェフリ―・ブラックバーン教授と、彼の父と知り合いのリード首席警部が活躍するシリーズ第一作は、こうして始まる。 ミステリのメインは密室殺人、そして連続殺人の関係性。 「こうしてけりがついたのは奇跡に等しい。まさに犯罪史上空前の事件だった」というリード首席警部に対して「絶後であることを切にのぞみます。もう当分犯罪捜査に関わるのは遠慮したい気分ですよ」と殊勝なところを見せる。だが、その希望通りにならないのは事実の通り。好評を得たからシリーズが続いたのだろう。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】百年祭の殺人 (論創海外ミステリ) [ マックス・アフォード ]楽天ブックス
September 27, 2018
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みなさん、秋は食べ物がおいしいですね。というわけで、美食探偵の出番です。ネロ・ウルフシリーズを紹介します。アーチー・グッドウィン少佐編 ネロ・ウルフの事件簿 Nero Wolfe Vintage Detective Stories:The Cases of Major Archie Goodwin論創海外ミステリ レックス・スタウト第一次大戦が始まり、合衆国陸軍情報部で少佐となったアーチーに「ウルフに仕事を受けさせろ」と難題が下る。「ウルフに命令するなんてできない」と知っているアーチーは頭を抱えるが、その上飛行機に乗り合わせたリリー・ローワンから「知り合いの娘の悩みにのってやってくれ」と頼まれる。さあダブルの悩みをどうしよう?と戻ったアーチーを待っていたのは、ウルフが歩兵を目指すため美食とも蘭とも縁を切り、探偵事務所を閉鎖するという知らせだった。 トリプル難題(そしてとりわけ三つめがどっかん!ものの爆弾案件)をアーチーがどう解決する?という『死にそこねた死体Not Quiet Dead Enough』、前話で言われていた「軍の仕事」を引き受けるために向かった先で事件が起こる『ブービートラップBooby Trap』、他人の脅迫状に無関心を貫いていたら、同じ文面の脅迫状がウルフ宛に届いてえ、その扱いの違いは何?と突っ込みたくなる『急募、身代わりHelp Wanted,Male』、肉がなくて美食が楽しめないウルフが依頼を引き受けた意外な相手とは?『この世を去る前にBefore I Die』の四編と特別付録「ウルフとアーチーの肖像」も収録。本編ではネロ・ウルフが今までにない行動を取る。『死にそこねた死体Not Quiet Dead Enough』愛国心に目覚めて好きなもの全部を断つ決心をする(決心だけ、とも…)。ほぼ引きこもり状態のウルフが、やむを得ぬ事情で外出する。『ブービートラップBooby Trap』やむを得ぬ事情で外出する(自棄なのか?)。『急募、身代わりHelp Wanted,Male』あのお気に入りの椅子を他人に譲る(でも取り返す)。『この世を去る前にBefore I Die』肉のためにポリシーを曲げる。の初めて尽くし。それにしてもこの本の解説間違ってるぞ。「クレイマー警視とはお互いにそれなりの敬意を抱きつつ、信頼関係を築いています。」で、両者の会話がこれ。「わたしがあなたをペテンにかけたことなどありましたか、クレイマー警視?」「なんだと!それ以外、なにもしてこなかったじゃないか!」漫才やっとんのか君たち。アーチー・グッドウィン少佐編 ネロ・ウルフの事件簿 (論創海外ミステリ) [ レックス・スタウト ]楽天ブックス
September 24, 2018
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みなさん、こんばんは。宝島を読んだことがありますか?この本は宝島に出てくるフリント船長がタイトルになっていますが、物語は現代です。なぜ彼の名前が使われているのでしょうか?気になりますね。フリント船長がまだいい人だったころWhen Captain Flint Was Still A Good Manニック・ダイベックハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックスロバート・ルイス・スティーヴンソンの『宝島』で語られるフリント船長は、悪名高い海賊団を率いている悪人である。では、なぜ彼が海賊を率いるようになったのか。貧しくて海賊しか生活の術はない。罪を被せられて悪の道に走った、等々…オトナの小説ならばいろいろと理由は考えられるが、子供に語り聞かせる物語ならば「なぜ」は要らない。悪人としての記号の役割を果たすだけで良かったからだ。ではなぜカルの父は、記号としての役割しか必要ないフリント船長に、「いい人だった頃の話」を付け加えたのか。 オトナになったカルは、父親との会話を覚えている。欲深いというのは、たったひとつのものをほしがるのとはちがう。何もかもほしがることだ。何がほしいのか自分でもわからないことだ。ひとつのものをほしがるのは問題ない。そういうのは欲深いとはいわないんだ。 ただ、カルはこの続きを覚えていない。それ自体は不思議でも何でもない。親との会話の全てを覚えていられるわけがないからだ。それでは、なぜカルはこの続きを聞きたがっていたのか。ひとつのものを欲しがることを何というのかを知る事が、彼の救いになるからだ。では、なぜカルは救いを求めるのか。なぜ、なぜ、なぜ…ほぅら、段々ミステリになってきた。 正直、ハヤカワミステリブックスに収録されている割には、本作はYA小説と言った方が良い。何かの謎を探る場面はほとんどなく、あってもすぐに分かる。謎は問題ではなく、知ってしまった後に登場人物が「これからどうするのか」が問題だ。「どうするのか」は「登場人物達がどう考えるのか」と結びついており、登場人物の中にはカルも含まれている。本来なら「どう考えるのか」はあっても「どうするのか」までは、カルは責任を負わなくて良かった。そうできなかったのは、家庭の事情により、子供時代を強制終了させられてしまったからだ。 カルが「君と似ている」と言われたリチャードも、父親とは疎遠であったものの、苦労知らずのボンボンで他人の感情をくみ取れるほどオトナではない。「リチャードの人物像がわかりにくい」という意見もあったが、これは作品上わざとだろう。わかりにくい」のではなく人間として定まっていないのだ。漁から遠ざけられてきた彼には、漁に頼るしかない民の生活を理解できる幅はない。カルに対して言ったことも、どこまでが本当かわからない。もう少し関係を深めてお互いの真意を探れれば良かった。あの一言でスイッチが入ってしまうカルがやりきれない。中途半端なオトナと子供がぶつかってしまった故の悲劇である。フリント船長がまだいい人だったころ (Hayakawa pocket mystery books) [ ニック・ダイベック ]楽天ブックス
September 22, 2018
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みなさんこんばんは。三連休はどこかに出かけられましたか?家の近所ではジャズフェスティバルがありました。芸術の秋ですね。さて、不思議な冒険に巻き込まれるヒロインの物語を紹介します。Y氏の終わり (Hayakawa Novels)The End of Mr.Yスカーレット・トマス中 一江 (訳)早川書房偶然入った古書店で大学院生アリエルが巡り合ったのは、ずっと探していた『Y氏の終わり』という一冊の本。主人公のY氏が人の心のなかでくりひろげる冒険を描いた、呪われているとされる伝説の小説だった。読み進むうちに、物語のなかの出来事は過去に実際に起こったことなのではないかとアリエルは疑い始める。そこに書かれた方法を試したアリエルは、人の心のなかに入ることができるようになる。しかし、本を狙う男たちに追われ、旅に出ることに。 一世を風靡した『ソフィーの世界』に本書を喩えるレビュアーもいた。確かに哲学者の名前(アリエルが通う教授の部屋がある棟はニュートン館)もデリダの差延論やボードリヤールのシミュラークル論も登場し、それらをわかりやすく解説しようとする意図が窺える。ジャンル分けに悩むが、基本はヒロインが異世界トリップして冒険をするアドベンチャーで、本を巡る謎が並行して明かされる。ちなみに冒険といっても大学院生なのでオトナ要素あり。謎が解明されたあとには「起こっている問題をどう収拾していくか」というアドベンチャー路線に戻る。まあ、ラブラインでもファンタジーでも読者が感じたままに読めばよいのでは。 ヒロイン、アリエルは所謂選ばれし者としての先天的素質はない。しかし雑誌に科学哲学のコラムを書いたり、教授に気に入られて異世界の人々とも会話を交わすのだから何気にスーパーレディである。おまけに才色兼備で年上からも同年代からも好意を寄せられる二十世紀のアリスだ。そういえばトンネルをくぐって世界を旅する所はまんま『不思議の国のアリス』。アリスでは思わせぶりなニヤニヤ笑いのチェシャ猫が人気だが、本書では、とあるネズミの人気が高かった。【中古】 Y氏の終わり ハヤカワ・ノヴェルズ/スカーレットトマス【著】,田中一江【訳】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
September 18, 2018
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みなさん、こんばんは。さて今日はディクスン・カーが生んだもう一人の名探偵、メリヴェール郷が船上ミステリに挑みます!九人と死で十人だ (創元推理文庫 ヘンリ・メリヴェール卿シリーズ)Nine and Death makes Tenカーター・ディクソン創元推理文庫 フェル博士が地上にいながら船上で起こった事件を解決した盲目の理髪師【新訳版】に続いて、メリヴェール郷も船上ミステリに挑戦。しかも今度はメリヴェール郷が乗船。彼の初登場は、理髪師に怪しげな薬を進められている場面。あれ、ここでも張り合ってる?最初のうち彼は登場せず、読者はまず船長の弟で負傷しているマックスの視点で、「この船には殺人犯が乗っている」と言う地方検事補、色気をぷんぷん振りまいているマダム、なぜかつっかかる物言いをする若い女性など、一癖も二癖もありそうな乗客たちを見ていく。そりゃあ、何でもお見通しのメリヴェール郷視点で語られることほど興ざめなものはない。読者よりちょっとおバカで、考えが逸れていく語り手だからこそ、突っ込みどころもあろうというものだ。攻撃されれば積んでいる貨物もろとも沈んでしまう危険な船に乗ってでもイギリスに渡ろうとする人達なのだから、それぞれ曰くつきなのは何となく察せられる。 そんな中で殺人事件が発生。船も陸に着くまでは密室の一つだ。タイムリミットとは別に、いつ爆撃されるかわからないという緊張感もはらむ。容疑者は限られ、消去法で簡単に犯人が見つかりそうなものだが、意外な盲点が。見つかった指紋が誰のものでもない!乗り合わせた乗客のことすら知らないのに、更に姿が分からない謎の人物が現れて、疑心暗鬼に駆られる乗客が心理戦を繰り広げる中、フェル博士のようにふざけることもないメリヴェール郷が粛々と真相に迫る。トリックはわかってみると割合シンプル。九人と死で十人だ (創元推理文庫) [ カーター・ディクスン ]楽天ブックス
September 9, 2018
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みなさん、こんばんは。今週は北海道で地震があり、台風で関西の交通網がずたずたにされ、散々でしたね。平成最後の秋は自然が暴れまわってます。さて、ディクスン・カーの人気シリーズ、フェル博士が登場するミステリを紹介します。盲目の理髪師【新訳版】The Blind Barberジョン・ディクスン・カー創元推理文庫「ニューヨークからフランスのシェルブールを経由してイギリスのサウサンプトンへむかう外国航路船クイーン・ヴィクトリア号が出航したとき、たいへん有名な人物がふたり乗っていると噂され、さらには極めて悪名高い第三の人物もやはり船上にあると囁かれた。それにくわえて、この騒々しくハチャメチャな記録においてかなり大きな役割を果たすことになる第四の―ただし、特に名を知られてはいない―人物もいた。この若者はそうと気づかず、乗客のムッシュ・フォータンブラのあやつり人形やスタートン郷のエメラルドの象よりも価値あるものを荷物に入れており、その価値あるものがクイーン・ヴィクトリア号の穏やかなる懐で、謎と派手なお祭り騒ぎ、さらには通常の思考回路から大きく飛躍した猿芝居が生まれた理由の一端を解き明かすことになる。」 これが最初の文章。長い!本作の内容はここに集約されており、次に細部を見ていくことになる。今回はフェル博士は船旅には参加しておらず、既に起こってしまった出来事を、『剣の八』で博士と知り合った探偵作家ヘンリー・モーガン(クイーン・ヴィクトリア号に乗っていた)から話を聞く割合が多い。よって、捜査関係者が必死に事件解決に動いているのに、あれこれとフェル博士が茶々を入れる場面は、残念ながら登場しない。 その代わりを務めるのが、乗船していたノルウェー人のキャプテン・ヴァルヴィックだ。「外交官のカートがなかなか来ない」という話をモーガン達としていると、「馬を止めたかったら国ではブルブルと言う」という話をし始めて、実際カートが来ない理由と全然関係ない話だったというオチがつく。 喧嘩しながら仲がいい恋人達、失敗を繕ったり隠そうとする度にドツボに嵌っていく外交官&作家、ボクサーに殴られたり殺虫剤ふりかけられたり、既に書かれた批評を本当にするために、酔っ払った人形遣いの代わりに彼らが劇を上演したり、船上の立場から言えば考えられないような災難にばかりあう人がいたり、船上で起こる様々な出来事は、まんまスクリューボールコメディで、ミステリと切り離して映画化できそうだ。 既に起こってしまった事件を一度も見ないでフェル博士がどうやって解決するのか?安楽椅子探偵としての腕の見せ所だ。盲目の理髪師 (創元推理文庫) [ ジョン・ディクスン・カー ]楽天ブックス
September 8, 2018
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みなさん、こんばんは。台風は行ってしまいましたね。さて、母親になるのも、母親でいるのも大変ですね。こちらの作品は母親になることがテーマのミステリです。ユー・アー・マインUntil You Are Mineサマンサ・ヘイズハヤカワ・ミステリ文庫冒頭、名前を明かさない女性の独白。子供を母親からも望まれていながら、未だ母となれていない。そして母親となる事を諦めていない。 次に登場するのは、連れ子のいる男性と結婚して、現在妊娠中のクローディア。次に彼女の家にベビーシッターとして雇われるゾーイ。彼女には現在子供はいない。二人は一人称で語り、ここから登場人物の名前が明かされる。 冒頭の人物と後に出てくる登場人物との関連はすぐには明かされない。そのため読者は「一体誰が?」と常に怪しみながら物語へ分け入っていかねばならない。これはスリリングだ。 また、原題と邦題の間には差がある。邦題はユー・アー・マイン。原題はアンティル・ユー・アー・マイン。大筋は違わないが、邦題は「あなたは私のもの」という状態が今既に起きている。原題は「あなたがわたしのものになるまで」つまり、現在は「私のもの」ではない。しかしいずれ「私のもの」にする、という強い意志が見て取れる。さて、誰のための、誰にとっての猶予なのか。 折しも妊婦が残忍な手口で斬殺される事件が起き、担当する女性警部補も妊娠中というまるで映画『ファーゴ』のような設定だが、ユーモラスな要素は皆無だ。 事件のもたらす公的なサスペンスと、クローディアがベビーシッターに抱く違和感というプライベートなサスペンスが並行して進み、時に絡み合いながら進行する。意味ありげに登場した冒頭のモノローグの語り手がいずれ登場するものと期待し、かつ「誰」が「誰」を「私のものにしよう」としているのかを探りながら、読者を引き込むストーリー展開は手馴れたものだ。 もし映像化するなら、ラストの台詞のあとすぐ暗転、これがベスト。変な色気を出さない方が良い。【中古】 ユー・アー・マイン ハヤカワ・ミステリ文庫/サマンサ・ヘイズ(著者),奥村章子(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
September 5, 2018
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みなさん、こんばんは。アジア大会で日本チームは活躍しましたが、一方で体操のパワハラ問題が影を落としますね。東京オリンピック、大丈夫なのでしょうか。イギリスの孤島で繰り広げられるミステリシリーズを紹介します。空の幻像Thin Airアン・クリーヴス創元推理文庫アンスト島出身のキャロライン・ローソンは、婚約者ロウリー・マルコムソンとの結婚式を、ロンドンに続けて故郷で行う。彼女とは大学時代からの親友であるエレノア・ロングスタッフとその夫イアン、同じくポリー・ギルモアと恋人のマーカス・ウェントワースは、祝福のため島を訪れた。エレノアはテレビ番組製作会社の社長で、島に伝わる少女の幽霊―1930年に溺死した“小さなリジー”のことを取材していた彼女は、失踪する前日に「浜辺で踊る白い服の女の子を見た」と話していたが、遺体で発見される。 幽霊話がモチーフで、かつ霧が重要な要素として登場するため、作品のイメージをよりよく表現しているのは原書の方だ。日本の表紙もヒントを載せているが背景が明るすぎる。 前作の日本刊行が三年前にもかかわらず物語の経過は前作より半年後なので、話の進みが遅いと感じる読者もいるかもしれない。ぺレス警部はまだ恋人の死から完全に立ち直れてはいない。周囲もその事は察しているが、部下のサンディとインヴァネス署のウィロー・リーヴス警部の感じ方は異なる。サンディはかつてのぺレスの捜査勘が戻って来てくれることを期待しつつも自分を認めて欲しい。一方、彼の次のパートナー候補であるウィローは、事ある毎に異性としての彼を意識しつつも、事件を一人で捜査しがちな彼に不満を抱く。どうやら著者は主人公の新たな恋は慎重に進める計画らしく、なかなか進展しなさそうだ。 前作では「開発で地方を搾取する都会」VS「利用される島」と地方が被害者モードだった。今回も島の幽霊話を都会がネタにするわけで、この構図は生きている。しかし一方で、地方はただ純朴なだけではない。「皆が知り合いだから庇いあう」という地縁社会ならではの闇も紹介される。その庇いあいが事件の解明を阻んでおり、もやもやした言葉に出来ない関係が原題=Thin Airにも託される。 「過去の恋愛」「現在の恋愛」「都会の恋愛」「島の恋愛」と恋愛も対照的だ。都会の恋愛は、都会感覚ならあまり違和感がないが、地方の人から見るととんでもない事に思える。地方の恋愛は都会感覚ではおぞましく感じられるが、地方ではよくある事のように思える。感覚の齟齬が悲劇を生み、ギャップはインターネット社会到来においてもそうそう埋まらない。見えそうで見えないAirのような存在が、一番恐ろしいのかもしれない。空の幻像 (創元推理文庫) [ アン・クリーヴス ]楽天ブックス (創元推理文庫)
September 3, 2018
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みなさん、こんばんは。高校野球も今日が決勝戦ですね。今日はフィリップ・K・ディックのSF作品を紹介します。高い城の男The Man in the High Castle フィリップ・K・ディックハヤカワ文庫SF アメリカ美術工芸品商会を経営するロバート・チルダンは、通商代表部の田上信輔に平身低頭して商品の説明をしていた。第二次大戦が枢軸国側の勝利に終わり、いまや日本とドイツの二大国家が世界を支配している。戦後真っ二つに分断されたのは、朝鮮半島ではなくアメリカだった。サンフランシスコは、日本の勢力下にある。一方、枢軸国が負けた設定の本『イナゴ身重く横たわる』が発禁処分を受けながら密かに話題になり…。 歴史改変のバリエーションは数々あれど、このジャンルではヒトラーが大人気だ。それほど現実の彼のインパクトは大きい。ところが本作では、生きてはいるものの台詞はない。戦争に勝って既にイデオロギーも浸透し、安定政権が望めるため、カリスマとしてあちこち出歩く必要がないのだ。首相はマルティン・ボルマン(リアルではナチスのナンバー2)で、作家フェルディナント・フォン・シーラッハの祖父バルドゥール・フォン・シーラッハがイケメン幹部として人気がある。 ディックの他作品でも扱われたモチーフ「本物と偽物」が登場する。田上はロバート・チルダンを介して得た装飾品に道(タオ)を感じ、不思議な体験をする。装飾品は模造品=偽物だったが、田上にとっての価値は本物以上の価値がある。ならば本物に価値はあるのか。 もう一つの「本物と偽物」はクライマックスに訪れる。『イナゴ身重く横たわる』の作者はタイトルロールの「高い城の男」だ。「世界を作り出す力を持ち」「難攻不落の高い城に住む」存在で、かつ名前がアベンゼン=ABEND(プログラムの異常終了)+SEN(=Son 息子)となれば、その象徴するものは見当がつく。その彼にして自分の意思ではない方法で未来を決めているが、人間はそうではなく、自分の意思で人生を切り開けるというメッセージが感じられる。 本作はもう一つの問いを投げかける。小説世界でも、お互いに勝者であるはずのドイツと日本は核開発競争に鎬を削り、結局敵対する羽目になる。一方現実でも東西冷戦で勝者同士のソ連とアメリカが宇宙開発と核開発で争う。もしかしたら、どちらが勝っても似たような問題が出て来たのかもしれないのではないか。「いいえ、今のこの状態で良かったんですよ」と言える人は、少なくとも現在、誰もいない。高い城の男【電子書籍】[ フィリップ・K・ディック ]楽天Kobo電子書籍ストア
August 21, 2018
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みなさん、こんばんは。行方不明の男の子が見つかってよかったですね。ボランティアの男性の爽やかさが話題になっています。今日紹介するのはデンマークのミステリシリーズです。特捜部Q-自撮りする女たちー (ハヤカワ・ミステリ)Selfiesユッシ・エーズラ・オールスン腕っ節と行動力には折り紙つきのカール&アサドだが、書類処理能力やら整理能力に関してはからっきし。そんな彼等を叱咤激励しバックアップも怠りない頼もしきロ―サの様子が最近何だか変だ。あがっては消える特捜部解散の噂も真実味を帯びた頃、元殺人捜査課課長から「最近発生した老女撲殺事件が、未解決の女性教師殺人事件に酷似している」との情報が入る。折しも失業中の若い女性を狙った連続轢き逃げ事件で別部署は大わらわ。 暗い過去を引きずっていたのはカールだけではなかった!ああ、なんてややこしいチームなんだ!とはいっても、アサドはどう考えても口を割りそうにない。一番脆いロ―サが最初に壊れたか。 今回カールは頑張っている。事件担当だけでも手に余るのに、ロ―サの心の闇を説き明かし彼女を救おうと奔走する姿は、主役として薄い存在感しかなかった前作『知り過ぎたマルコ』とは大違い。見直す読者もいるのでは。 本作の特徴として、冒頭に事件と関係のある人物の過去が描かれ、物語の進行に伴って全ての糸がほぐれてゆく展開が挙げられる。今回も同様だが、正直邦題の「自撮り」は実はそれほどキ―タームではない。「自撮り」は自分にしか関心のない人間の象徴だ。高福祉・高負担と言われている北欧では、他人の事も自分を思うように福祉の精神が行き渡っているかと思ったらとんでもない。なまじ手厚い救済措置があるものだから、かえって勤労意欲を削いでしまうという逆効果をも生む。今回は本来ならとても犯罪者になりそうにない人が、溜まりに溜まったストレスや社会への不満から、容易く一線を越えてしまう。考えてみたらこれは随分と恐ろしい事だ。フィクションの世界だけの話にして欲しい。【楽天ブックスならいつでも送料無料】特捜部Q-自撮りする女たちー (ハヤカワ・ミステリ) [ ユッシ・エーズラ・オールスン ]楽天ブックス
August 19, 2018
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みなさん、こんばんは。毎日のように「危険な暑さ」が報じられていますね。夜寝苦しくないでしょうか?北欧ミステリ作家のヘニング・マンケルが生んだはみだし刑事ヴァランダーの最新短編集を紹介します。ピラミッドPyramidenヘニング・マンケル創元推理文庫 作者ヘニング・マンケルが亡くなり、もう新作が書かれることはなくなった。本作には、我々が知る、猪突猛進はみ出し刑事になる前のヴァランダーについて書かれた短編が収められている。 第一話『ナイフの一突きHugget』は父親の反対を押し切って警官になったばかりのヴァランダーが登場する。デモ隊の鎮圧に出向いて市民から冷たい視線を浴びてへこむなど、まだまだひ弱だ。後の妻となるモナとは交際中だが、こちらも彼女に押され気味。 イースタ署ではリードベリがヴァランダーの上司となるが、本作で新人のヴァランダーに強烈な印象を与えるのはヘムベリ捜査官だ。「とかくの噂があるが刑事としての腕がいい」などと、まるで未来の誰かのようなキャラクターを与えられているヘムベリは、未解決事件のファイルを見るという話をヴァランダーにした後、「たいていの警官はそんなことはしない。仕事が終わったら家に帰って、仕事のことは忘れるんだ。だが、別のタイプの警官もいる。おれのようなやつがな。未解決の事件のことがどうしても頭から離れないという警察官だ。」と言い、更にヴァランダーに問いかける。「お前はどっちのグループに属するようになるかな。忘れてしまうグループか、忘れないグループか。」彼がどちらのグループに入ったかは読者が知る通り。また、隣人が死んでいた事件で早くも独自で捜査を始めたヴァランダーに「お前は人が一人殺されていることを発見した人間だ。そのことについてはよくやたと言おう。お前のその一度食らいついたら放さないという頑固さはじつにいい。だが、それ以外はまったくダメだ。警察は個人による勝手な秘密裏の捜査というものを許さないんだ。いいか。これは一回しか言わんぞ。」とアドバイスするが、これが一回で済まないのも読者が知る通り。第二話『裂け目Sprickan』では、警官になって六年で警部補となったヴァランダーが登場。モナとゴールインして娘も生まれるが、既にワーカホリック気味のヴァランダーとの間には隙間ができている。その日もモナに早く帰るように言われていたが、ヘムベリの頼み事を聞いたばかりに災厄に見舞われる。ヴァランダー作品は事件を通じてスウェーデンの変遷を描いてきたが、ここでも「社会にあいた裂け目は、過去のものとは異質のようだ。暴力が激しくなっている。事件の規模と残酷性が釣り合わないとでも言ったらいいのか。」などと時代の変化について言及されている。第三話『海辺の男Mannen pa stranden』第四話『写真家の死Fotografens dod』では新聞でヴァランダーを見た市民から声をかけられる。ただ、掲載された事を「不本意な事ですが」と答えている所を見ると、後のはみ出し刑事の片鱗が既に見えていたのだろう。 第五話は『殺人者の顔』直前のエピソードにあたるため、シリーズでお馴染みのキャラクター達が登場する。複数の事件が同時に起こり、次第に一つに繋がってゆく様は読み応えがある。何かと確執のある父親は旅行先のエジプトでピラミッドに上って逮捕されるが、実は不可能に挑戦するという気概において、この親子は非常に似ていることが示唆される。ピラミッド (創元推理文庫) [ ヘニング・マンケル ]楽天ブックス
July 24, 2018
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