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この大会は家から近いので参加しやすい大会だが、かっては四万十川ウルトラマラソンの翌週だったので、案外参加していない。今回でやっと3回目の参加である。阪和線で和歌山に向かう。熊取からは泉南走ろう会のAさんと一緒に行く。日曜日の早朝なのに高校生がが多く通勤電車並みだった。後で聞いたら高校の全国的な模擬試験があったそうだ。快速でそのまま和歌山まで行けるのだが。日根野で普通電車に乗り換え新家でみんなに合流する予定だったが乗り降り(正確には降り乗りが正しいと思うのだが)に時間がかかって普通電車は先に発車してしまった。新家で泉南走ろう会のメンバーと合流する予定だったが和泉砂川で先ほどの普通電車に追いついた。快速から10分ほど遅れるだけなので空いている普通電車で座っていくことにした。和歌山駅からはハーフマラソンのスタート地点までシャトルバスで行く。最寄り駅は南海の和歌山港駅なのだが先日の大雨で途中の橋脚が流されて不通になっているせいかランナーが多い。一つ待って次のバスに乗った。トイレを済ませた後、申告タイム2時間切りの方に進もうとしたら手前で呼び止められた。会長のOさん達だった。2時間をいつも切っているはずなのだが、フルマラソンを翌週に控えているのでゆっくり行くらしい。スタートしてすぐにふ頭を走るのはシティマラソン福岡に似ていると思った。海岸をぐるぐる回って折り返すと橋の付近で最初のジャズライブ地点である。ボーカルの女性が歌っていた。立ち止まるわけにもいかず横目でみながら雑賀崎の峠越えに向かう。キロ6分くらいで行くつもりがキロ7分近くまで落ちた。折り返しで確認したところでは泉南走ろう会11人の中で最後尾のようだった。10キロを過ぎても次々に追い抜かれる。女性ランナーが多いこの大会で追い抜かれ続けるのは相当ペースが遅い。片男波海水浴場の長い折り返しでも自分の後ろには誰もいなかった。サンブリッジで後ろから声をかけられた。別の走友会でいっしょのIさんだった。Iさんも今日は岸和田の別の走友会から出ていた。しばらく並走しながら話をしていたがIさんは先に行こうとしないので、自分が先に行くことにした。フルマラソンの途中タイムでも2時間を切っていたのにこの2,3年ハーフは2:20くらいである。キロ6分を切れず、20kmで先月の四万十川ウルトラマラソンの途中ラップよりも遅かった。高低差は同じようなものなので理由がわからない。年代別で2位になったSさんの表彰式のあとバスで海南駅まで行きJRで和歌山駅で降りて、いつもの居酒屋で打ち上げとなった。
2017年11月23日
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2017年11月10日(金)快晴淀川についてのいろいろな疑問が解けた。訪れたのは毛馬の淀川記念館である。一つの建物の中に国交省と大阪市が同居している。このため、いろいろとしがらみがあるようだ。トイレにしても同じフロアにそれぞれ分かれている。我々は国交省の記念館に来ているので奥の国交省用を使用するように言われた。国交省の職員二人が約40分間淀川の歴史や、現在の洪水対策などを説明してくれる。山麓会はとある地方の国立大学の関西在住のOBのウオーキング会である。皆さんもう80歳前後で私より一回り上である。口は健在だが寄る年波で歩く距離は次第に短くなりアルコール会に変わりつつある。この日は8人が集まった。古代、大阪は河内湾であった。湾に突き出した半島が今の上町台地、大阪城の付近だった。湾にはたくさんの島があり大阪の地名に島が付くのはその名残だそうだ。福島、御幣島、島の内,,,。江戸時代、30石船は上流に向かうときは川岸で3人の忍足が綱を引っ張っていた。地域割りで途中リレーしながら大阪から京都まで12時間かかったそうだ。中間の枚方の伊加賀あたりで乗客にくらわんか船が接近して飲食物を売るに来た。会計はお茶碗の数でするのでごまかして沈めたお椀が今でも見つかるそうだ。説明はわかりやすく大変ためにだった。しかも無料である。琵琶湖から流れ出している川は唯一瀬田川である。これに宇治川、桂川、木津川の三川が合流して淀川となる。滋賀県民がよく言う琵琶湖の水を止めれば京都、大阪は干上がるなどというのは正しくないと思う。瀬田川に三川が合流しているわけだから淀川は流れ続けることになる。大阪には他に大和川など無数の川がある。もう一つが淀川と大川の関係である。昔は天神祭りのある大川が淀川であり、江戸時代洪水対策のため付け替えたのが現在の淀川(新淀川)である。なお、淀川というのは淀んだ川の意味とか。淀競馬場があるから淀川なのではない。プロジェクターでの説明が終わって施設見学となる。敷地の外は公園になっていて昔の閘門(こうもん)がそのまま残されている。赤レンガの壁に船を係留するための金具が取り付けられていて水深に応じて上下二つずつ取り付けられている。初期のころは手動で開閉していたそうだ。昔の人は偉かった。水門の中は普段入ることはできないが、見学者だけいちばん手前の水門まで行ける。ちょうど閘門が開く時間になって6,7艘の船が閘門の中に入って行くのが見えた。入った後入り口側の水門が閉まり出口側の大川の水位まで下がると出口側の水門が開いて大川に侵入可能となるのである。毛馬閘門と並んで水門があり淀川と大川を仕切っている。見学しているのは毛馬の水門と直角の位置にある淀川の水門である。なぜこんなややこしいことをするかというと淀川の方は大阪湾からの高潮対策。大川側は流れ込んでいる寝屋川、第2寝屋川などが増水した時大阪市の中心街の洪水を防ぐため淀川に6台のポンプで排水するそうでその能力は1秒で小学校プールを埋めることができる。甲子園をなぜ埋めるかは別として30分で満杯にするそうだ。見学のあと隣の公園で宴会の予定。
2017年11月11日
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2017年11月08日
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大阪を10月11日に出発して今年も四国お遍路ランからの四万十川ウルトラマラソンだった。昨年は欲張って1日70kmでお遍路を計画して失敗したので今年は1日30kmくらいの予定を組んだ。昨年中断した桂浜まで、今年は女房とわんこと車で出かけた。車なので昨年のように宿まで走る必要もなく、リュックも着替えを入れる必要もないので楽なお遍路だったのだが。3日間で33番札所雪蹊寺から36番札所青龍寺までと次回のリスタート地点の須崎駅まで約60kmを走った(歩きも)。予定では37番札所の岩本寺から中村駅まで行く予定だったが半分しか進まなかった。 当初は大会前日はキャンプの予定だったが天気予報では前日から雨模様だったので急遽宿を取ろうとしたら普段1万円もしない宿が2万円以上、1週間前は1.6万円だった。旅行会社が押さえているところはお遍路でも予約できない。当日キャンセルを期待して大正温泉に朝電話してみたらなんとツアーの料金1泊2食9千円で予約できた。後で聞いたらインフルエンザにかかったランナーがキャンセルしたそうだ。 大会当日の朝前日から降り続いた雨が小雨になっていた。スタート前に周りを見渡した。昨年年代別1位になった65~69歳の部はゼッケンが48で始まるが私のゼッケンは67歳と10日で4801だった。このクラスでは一番若い。一度あることは二度ある…一昨日まで四国お遍路していたのに頭の中は邪念だらけだった。 スタート前ゲストの千葉真子さんがいつもよりまだ甲高いハイテンションで選手を盛り上げる。いったいどのくらいのギャラをもらったのだろう。スタートしてすぐに折り返しがある。確認しただけで48の選手が3人いた。キロ6分を切っている。体つきや髪型も皆速そうな格好だった。 予定では前半キロ7分、後半キロ6分30秒で行く予定だったが20kmを2時間6分と明らかに飛ばしすぎで残り40kmはキロ8分を超えてしまった。右股間背うの痛みが出てきて足が上がらなくなった。練習不足による体重増のせいに違いないと思った。50km過ぎにビールの置いている私設エイドが二つあって喉の渇きを潤す程度いただいてしまった。55kmでゼッケン49のランナーに追いついた。昨年年代別1位だったそうだが、今回は前にひとりいるらしい。 一日中雨だったのでまだ午後4時台なのに最後の山道はもうライトアップが必要なくらい暗かった。前後は100kmのランナーばかりでこの人達は11時間台の前半でゴールするので、もう追い越すことはなく、追い抜かれるばかりだった。 街中に入り最後の坂に貝塚走ろう会の応援の人たちがいたが半分歩いてしまった。ゴールタイムはなんとか7時間は切れたが昨年より20分以上遅いタイムだった。今年で13回目(100km(10回)、60km(3回))の大会出場だったが、次のチャンスは3年後70代かなと思った。
2017年11月02日
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