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第3日目2017年10月13日(金)曇り 昨晩は第37番札所岩本寺の宿坊に泊まったので朝食の前に6時から勤行があった。夕食で隣り合ったオランダから来た女性2人組※1 も参加していた。10週間で四国88カ所全部まわるそうだ。一応英検2級だが実際の会話は経験ないが割と通じたのは先方の日本語が上手かったからだった。「Usaの標識を見ましたか」とか「私の友達はこの五月にスペインを30日かけてピルグリムしました」とかどうしても教科書英語になってしまう。岩本寺には天井画があった。他のお遍路さんが入り口すぐにモンローの絵があると教えてくれた。お坊さんの話によるとこの天井画は公募したもので8歳から80歳までの人が描いたものだそうだ。 朝食のあと車で昨日中断した青龍寺近くの竜公園まで高速道路を使って戻った。ここからのお遍路道は太平洋側を行くルートと中海みたいな細い湾沿いに行くルートの二つがあるが昨日太平洋側のルートを通ってみてアップダウンが厳しいのと歩道がないのを確認していたので湾沿いに行くことにした。 湾沿いのルートは車も少なくこちらを選んで正解だった。集落と集落の間は小さな峠があったり、自分がこれから通る岬がはるか彼方に見えるのは少し辛かった。昨日車で通った山はさすがに険しそうに見えた。この海から急に断崖絶壁の山も先日「ブラタモリ」でやっていた太平洋プレートに押し上げられたものだろうか? 懐かしい田舎の神社があった。狛犬が二組もあるのは初めて見た。 峠から見える集落。 ようやく湾内を通過して須崎に行く道に出た。左手は青龍寺と表示があった。昨日車で通った道である。 休憩小屋。残念ながらお世帯はなく、発泡スチロールの箱の中に有料の弁当が3つ入っていた。やがて工場やディスカウント店などが見えて須崎の市街に着いた。昨日車で通った時は気が付かなかったが、左折して大阪セメントの工場沿いの川がお遍路道だった。 須崎駅まで25kmを約4時間で走った。時刻は12時をちょっと過ぎていた。岩本寺まであと30km行けないこともなかったが2日後に四万十川ウルトラマラソンに出るので自重した。ここは特急停車駅なので次回のリスタートには適しているのである。 結局今回のお遍路ランは札所4つに終わった。次回高知県の札所を完了するためには37番札所岩本寺まで30km、その次の38番札所である足摺岬の金剛福寺までは85km、そのまた次の39番札所延光寺まで62kmと長崎橘湾岸スーパーマラニックL部門(長崎~野母半島~小浜)の距離ほどもある。 この日の宿は四万十川ウルトラマラソンの定宿である民宿「たかはま」。ここのカツオのタタキは絶品である。※1 ここで紹介されているオランダ人の女性だろうか(17年10月24日産経朝刊より)
2017年10月19日
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第2日目2017年10月12日(木)晴れ 昨日の中断ポイント種間寺まで女房に車で送ってもらってから清滝寺をめざしてスタート。 この付近の住所は宇佐町なっていて私の出身地の大分県宇佐市と同じ地名である。道路標識でUsaを見かけるとなつかしい。 お遍路道は仁淀川の堤防に上がる。橋を渡ると高知市から土佐市に入る。大きい道がお遍路道を吸収しているのでどこがお遍路道かわからなくなった。長い商店街をスマホの地図で確かめていたら軽四が止まって中からおじさんが地図を出して清滝寺への道を教えてくれた。そしてそのダッシュボードで日焼けしきった地図を渡してくれた。 高速道路の下で女房が待っていた。清滝寺への道は狭かったので引き返してきたそうだ。給水してその先の狭い道へ進んだ。 35番札所清滝寺は高知県の札所にありがちな山の上だった。いまや登りがあると歩けるそして休めるとありがたい心境にさえなる。 お遍路道はずっとどこからともなくキンモクセイの匂いが漂ってきた。清滝寺の庭にもキンモクセイがあった。そしてこれから向かう市街地が一望できた。 土佐市街から用水路沿いに走り国道39号線に突き当たったところにお遍路道の表示があったので右折した。ここからは昨日車で通ったところである。ひたすら南下してトンネルを越せば宇佐港である。 車で通ったときは気が付かなかったがトンネルの手前に公園があり、そこでトンネルを通らず山道に向かうのがお遍路道だった。マムシ注意の立て札があちこちにあった。峠の頂上で外人の男性と日本人らしい奥さんが休憩していた。男性はアメリカ人で奥さんは兵庫に里帰りしてお遍路をしているということだった。 山道を下って海沿いの道に出た。宇佐大橋が前方に見えた。青龍寺までは橋を渡って3kmほどである。昨日泊まった国民宿舎土佐が山の上に見えた。 青龍寺は山の上ではなかったが山門からさらに急な石段を登ったところだった。昨日泊まった国民宿舎のすぐ近くであるが今日の宿舎は57km離れた岩本寺宿坊である。海岸沿いの竜公園というところで女房の車が待っていた。その前のホテルの温泉に入ることにした。日帰り入浴600円だったが、ひなびて良い温泉だった。 この日の宿は57km先の37番札所岩本寺宿坊である。スケジュールが約1日遅れてしまった。青龍寺から岩本寺へは海岸沿いの横波黒潮ラインで行ったがアップダウンのある断崖絶壁の連続で歩道もなかったので走るには不適なコースだった。
2017年10月18日
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第1日目2017年10月11日(水)晴れ 大阪を9時に出て車で高知に向かった。昨年10月のお遍路ランの中断ポイントである桂浜に着いたのが14:30頃だった。予定より2時間半ほど遅れたので、35番札所以降はあきらめ33番札所雪蹊寺と34番札所の種間寺だけをまわることにした。 桂浜の龍馬像前で記念写真を撮って女房と別れた。お遍路道は公園から浦戸大橋の下をくぐって湾沿いに向かうのだが公園の出口がわからないので少しあせった。桂浜を背にして西に向かえば良いのだが太平洋と湾の境目がわからなかった。スマホに連動しているガイドブックの現在地が微妙にずれていてあまり使い物にならない。前回渡ってきた浦戸大橋がはるか上に見える。地図を見ていたらお巡りさんが来て道を教えてくれた。民家の間の狭い道を進むと堤防に突き当たるので道沿いに進んで、、、工場が、、、と4つほどポイントを教えてくれた。カーナビで一度に二つ教えてくれるのも迷惑だと思うほど物覚えが悪いのだが。湾沿いに進むと川に出た。工場のところで事務員さんにもう一度道を聞いた。橋を渡ってから左折と言われたが左折ポイントがわからず街中を進んで行った。もう一度道を聞くと病院のところの交差点を左折しないといけないところを直進してしまっていた。 本堂と太子堂にお参りして種間寺に向かって500mくらい進んだところで、いまや命から2番目に大事な納経帳に御朱印をもらうことを忘れたことに気が付いた。久しぶりの遍路で手順をすっかり忘れてしまっていた。引き返すしかなかった。 種間寺に納経所が閉まる午後5時前に着くためには少し急がなければならなくなった。マップと地名表示が異なっていることが多く分岐点で目印がなかなか見つからない。道路標識で右方向種間寺の案内があっても手元のマップにないのは車のための表示で遍路道の表示は直進だったりする。川を渡りのどかな小川に沿っていくと種間寺が見えた。駐車場に車があって女房が待っていた。時刻は納経所の閉まる5時10分前だったので、手順通りではないが先に納経所に向かった。 お参りを済ませてこの日の宿の国民宿舎土佐に向かった。ここは36番札所青龍寺のすぐそばである。お遍路ラン第一日から泊まるところとまわるお寺がずれてきた。チェックインに行くと以前泊ったことが調べられていてホテルの説明が不要かと聞かれたがすっかり忘れていたのでもう一度聞くことになった。
2017年10月17日
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2017年10月02日
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