イミドスのブログ
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<佐紀の怒り>-----#278 その刻、茶店の前を二人の羽織も着た武士が通り過ぎ少し行って戻って来た。 佐紀の顔をまじまじと見詰めた。 「鄙に見ぬ美貌の女子じゃ、間違い無い、橘佐紀じゃ、其方、橘佐紀であろう」 佐紀がほらと言う顔を龍一郎に向けた。 「はい、橘佐紀で御座います」 「其方、女子の部の勝者を鼻に掛けていると聞いた、その鼻を折って遣わす、某と勝負じゃ」 「殿方が女子に勝負を望まれますか、それもお二人で」 「何を言うか、一対一に決まっておるわ」 「左様で御座いますか、それで獲物は何を御所望ですか」 「我らは真剣しか持ってはおらぬ、真剣では怖くて勝負をせぬか」 「いいえ、お一人では面白くも無いと思いましてね、真剣でお二人と勝負で如何でしょうか。 但し、お寺様の御門前で騒ぎはいけませぬ、其処の空地に参りましょう」 佐紀はそう言うと懐から財布を取り出し縁台に六人分の代金を過分に置いた。 「娘さん、少し刻を頂きます、直ぐに戻って参りますので待って下さいね」 佐紀は立ち上がりお店から裏の空地へと歩いて行った。 慈恩と双角も立ち上がり後を追おうと歩きだしたが、龍一郎、小兵衛、お久は縁台に座ったままに娘に茶を願っていた。 慈恩と双角は迷った挙句に佐紀の後を歩く二人の武士の後を追った。 店の小娘は三人にお茶を出すとお店の主と女将と仲間の小娘二人と裏の空地へと走って行った。 龍一郎、小兵衛、お久が縁台に座って門前通りを眺めていると、通りを歩いていた人達は無論の事、見ていたお店の者たちと話を聞きつけたお店の人達が裏の空地へ向かって走り出し、門前はお店も通りも人気が無くなっていた。 「ほらな、美しい女子(おなご)も楽では無いわさ」 「お前様、お前様はまだまだ女子の心をお解りでは御座いませぬなぁ~」 「何、儂は間違うておるてか、う~む、処で龍一郎、行かずとも良いのか」 「勝負は見えております、父上もお解りでしょう、お雪でも勝てる相手です、それに、読売屋が向かいました、明日にも詳しく解るでしょう」 「何、読売屋がおったか」 「あら、お前様は気が付きませんでしたか」 「久、其方は気付いたか」 「はい、帳面を腰に下げた者がおりました、其れも二人でした」 「う~ん、女子の心と言い、読売屋と言い、儂も修行が足りぬ様じゃ、あぁ、悔しやな、悔しやな」 三人は縁台に座り誰もいなくなり大勢が走り土と砂が舞う通りを眺めていた。 新たに増上寺に参拝に来たのであろう人達が無人の通りとお店の数々を眺め唖然としていた。 「ねぇ、ねぇ、あのお方が本当にお佐紀様なのぉ~」 「そうよ、私は話もしたし、ほら、これも貰ったのよ」 茶店の応対に出た小娘が懐から佐紀に貰った匂袋を取り出した。 「あぁ、それでさっきから良い匂いがしていたのね」 門前の幾つもの店の小娘たちが集まって遠巻きに佐紀と二人の武士を見ていた。 慈恩と双角は見物人の様に見守りに徹する事にした、但し、佐紀の後を立ち位置としていた。 「謝るなら勘弁して遣わす、逃げるなら今ぞ」 「悪い事は言わぬ、我らは一刀流の免許持ちぞ、天覧大試合の勝者とは言え女子の部では無いか」 「お二人も大試合を御覧になりましたのでしょうか」 「おお、見た、見た上で言うておる、其方の腕前では儂一人にも勝てぬわ」 「儂にも勝てぬわ、それを二人一緒で良いとは世間知らずにも程があるわ」 「其方らの一刀流の道場の名は言わぬ方が良いでしょう」 「何故じゃ、其方を破ったと名が売れるがなぁ~」 「勝てればの話で御座います、負ければ明日には門弟衆が居なくなりますよ」 「負けるはずなど微塵も無いわ」 「それではお聞き致しますが、其方様方の道場主は大試合に出られましたのでしょうか」 「先生はあの様な見世物には興味が無いと申されて出てはおらんわ」 「おや、その様な逃げ口上も御座いましたか」 「何を~、我らが先生が逃げたと申すか、おのれ~」 「許せぬ、其方の獲物は何じゃ、勝負じゃ」 「私は素手でも良いのですが、其方らの様な者らに触れると思うただけで虫唾(むしず)が走ります故、これにてお相手致します」 佐紀の右手が後ろに回り帯の間から小太刀様の木刀を出した。 「何~、我らを愚弄するか、木刀の其れも小太刀で真剣の二人に対すると言うか」 「おのれ~」 「あ~あ、口でも負けてよ~、止めれば恥も掻くまいによ~」 見物人の一人が大きな声で宣った。 「読売屋~、余計な事を言うんじゃね~、あの二人は門前の札付きだ、この際だからお佐紀様に退治して貰うんだよ」 「そうだ」 「そうだ」 賛同の声が四方から係り、その中に茶店の小娘たちも入っていた。 「えぇ~、煩い~」 武士の一人が喚いた。 「どうやら其方らは、この門前の嫌われ者の様ですね、軽くと思うておりましたが、そうですね~、二度と刀を持てぬ様に致しましょう」 「何を~この女、勝つつもりでおるわ」 「目に物見せてくれん」 二人が真剣を抜いて前に進んで佐紀との間を詰めた。 佐紀は出した小太刀の木刀を右手一本で右に垂らしたままだった。 刀を抜いた二人の武士が佐紀に近づいて行ったが、突然、止まった。 佐紀が珍しく怒りの気を発したからであり、その気の強さに訳も解らず二人の武士が立ち止まったのである。 その刻、茶店の縁台に座った三人が訝しい顔をした。 「佐紀には珍しい事、一瞬でしたが、怒りの気を出しましたなぁ~」 久が三人を代表するかの様に訝しく感じた訳を口にした。 佐紀の技量の高さが解らない二人の武士は、また前に進み始めた。 「相手の力量も測れず、気も読めない貴方がたが武士とは世も末ですね」 「何だと~」 「何を~偉そうに~」 「武士に二言はね~んだろ~止めるなよ~」 回りで見ている誰かが大きな声で怒鳴った。 「うるさ~い」 「当たり前だ~」 二人がまた前に進んだが佐紀の余りの落ち着きに立ち止まってしまった。 暫く、三人が動きを止め、回りで見ている人々も静まり静寂が訪れた。 その静寂を破ったのは佐紀だった。 「其方らが来ぬのなら私から参りますが宜しいですか」 「何を~」 「おい、行くぞ」 「おぉ~」 二人が踏み込み死線を超え二人の剣先が佐紀の頭と腹に届いたと二人の武士も見物人も思い悲鳴が響いた。 だが、次の瞬間、「ボキッ」「ボキッ」「バキ」「バキ」と音が響き二人の武士が倒れて呻き転げ回った。 佐紀はと言えば、元の位置に後ず去りし小太刀の木刀を懐から懐紙を出し木刀を拭くと懐紙を持つ手を後に伸ばした。 伸ばした手は慈恩に向けられていたのが慈恩は直ぐに気付かず双角が前に出て佐紀から懐紙を受け取った。 佐紀は拭き取った小太刀の木刀を後に回し帯の間に仕舞い込んだ。 武士の二人がまだ呻き痛さに耐えていた。 「貴方がたの右肩と右腕の骨を折りました、もう、貴方たちは剣では生きて行けませぬ、他のたつきを探す事です」 佐紀は茶店へと戻る道へと歩き出し、茶店の小娘を見つけると笑顔を見せ二人は並んで歩き、その後を門前の小娘たちが歩きその後を慈恩と双角が歩き、門前のお店の人達と門前を歩いていた人達が追った。 佐紀たちか歩いている横を男二人が帳面を手に駆け抜けて行った。 「お佐紀様、今の二人は読売屋です、明日の朝は大騒ぎになります」 「あらあら、また、お転婆振りが江戸中に知れ渡りますか」 「でも、お佐紀様の人気が高まります」 「私は道場の師範の妻女に過ぎませぬ、人気など無用です」 佐紀の横を男女が追い越し、其れを見た横を歩いていた小娘が「失礼します」と言って後を追って駆け出した。 小娘のお店の主と女将が追い抜いて行ったのである。 佐紀が茶店の縁台に戻り龍一郎の隣に座った。 「ご苦労でした」 「汗の一滴も出ませんでした、山修行の方が良い鍛錬です、実践訓練にも成りませんぬ」 「平太、あ奴らの道場は何処か」 「この近くに門を構えます、沢木剣錬所で御座います」 茶屋の天井から平太の声が聞こえた。 「うむ、お雪、葉月、弥生、其方らは気の消し方の修行が足りぬ様だのぉ~」 「はぁ、申し訳も御座りませぬ」 「其方らも団子を食したいのでは無いか」 「はい」 お雪の即答が返って来た。 「ほれ、気が漏れたわ」 「はい」 「平太、皆も食せ、解るな」 茶店の奥から小娘たちが団子と茶を運んで来た。 佐紀に注文を聞きに来た小娘が佐紀に団子と茶を運び、もう一人の小娘が龍一郎に団子を運び、茶を追加した。 慈恩と双角にはお店の主と思しき男が団子と茶を運んだ。 小兵衛とお久には女将と思しき女子が団子を運び茶を継ぎ足した。 その刻、増上寺から娘が三人とその警護の者の様に若武士が現れ龍一郎の前で立ち止まった。 「館長、奥方様、龍一郎様、お佐紀様、御無沙汰しております」 「おぉ、平太殿、久しいのぉ~、一緒に団子でもどうだな」 「はい、ご相伴させて頂きます」 龍一郎とお佐紀の後の縁台に四人が腰掛けた。 「娘さん、四人にも団子とお茶をお願い申します」 「は~い」 佐紀の注文に娘二人が奥へと消えた。 主と女将と思しき二人が佐紀の前に立った。 「先程はありがとう御座いました」 「何の事で御座いましょうか」 「何のと・・・二人のお武家様の退治の事で御座います」 「おや、その事ですか、汗も出ませんでしたので忘れました」 「やっぱり、大試合の勝者、お佐紀様ですね、私の様な素人目にも余裕でしたねぇ~、申し遅れました、私はこの店の女将で御座います、隣が主人です」 その主人は佐紀の美しさに只見惚れるだけで二人の話も耳に入っていない様であった。 「回りの何方かが門前の厄介者の様に申しておりましたが」 「はい、あの二人が通う道場の門弟衆は、この門前通りで好き勝手のし放題なので御座います。 お店での無銭、女子への手出しと限りが御座いません。 お佐紀様に退治して頂き少し胸の中がすっと致しました」 「それは、それは難儀な事ですね、それで、その道場の主は門弟衆に何も言わないのですか」 「はい、何も言わないそうです、噂に寄りますと何でも道場主よりも師範代の方が強いらしいのです」 「おや、おや、それでその師範代が厄介者たちの頭目なのですね」 「はい、左様で御座います」 佐紀が小兵衛とお久を見詰め次に龍一郎を見詰め退治を決意した。<つづく>
2025.03.30
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