イミドスのブログ
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<韋駄天の藤次の訪い>-----#340 ある日の早朝、何時もの様に小兵衛、お久、平四郎、お峰、三郎太、お雪、平太、お雪、葉月、弥生、お糸、お鈴、お春、お夏、双角、慈恩、俊三郎と歳三の柳生の二人、十兵衛と鐘四郎の町奉行所の二人の大勢がそれぞれの技量に合わせた速さで砂浜の往復を繰り返していた。この鍛錬は龍一郎が午前の道場修行の前後に門弟を連れて行った事が始まりであったが早朝にも始めたのは平太とお雪だった。ある朝、道場の裏庭での剣術修行の前に平太とお雪が道場を出る時に葉月と弥生に見られ二人が加わる事になり、またある朝、お久に見られ小兵衛とお久も加わる事になり、徐々に増えて行った。時として、富三郎夫婦と弟子の巳之吉、朋吉、お高夫婦と揚羽、正平夫婦、甚八とその配下の佐助、八重が加わる事もあった。因みに龍一郎と佐紀はこの浜走りには参じていない、二人には負荷が軽過ぎる事と道場の守り番がいる事が理由である。皆は二人が変わりに何をして鍛錬しているのかを知らなかった。そんな浜修行のある朝、常陸屋の藤次郎という男、別名・韋駄天の藤次が加わった。藤次郎は競い合いの巷での大本命であったが三郎太に破れ、悔しさを感じ打倒三郎太の執念に燃え、次回に再度の競い走りがある事に備え修行していた。本業の飛脚の速さを早くしたりと鍛錬している中で砂浜の鍛錬を思い付き早朝に浜に出て見ると、そこには既に走っている人たちを見つけ驚き、小兵衛を見つけて、その人たちが橘道場の者たちだと知った。彼らは無言でもくもくと走り藤次郎を見ても何の反応も示さなかった。その早朝から藤次郎が加わる事となった。ある大雨の早朝、藤次郎はこんな日はいないだろうと雨具を着込み浜に行ってみると、そこには雨具など無しにもくもくと走る人たちを見て驚愕を覚えた。その中に少年と少女がいる事に更なる驚きを感じ、その場で雨具を脱ぎ鍛錬に加わった。そんな藤次郎がもっとも驚いたのは、浜修行の初日に巷で江戸一早いとの評判の彼が少年、少女たちに軽く抜かれ、追い付けぬ程の速さで走っている事と競い走りで争った三郎太の真の速さの凄さだった。藤次郎は自分が見た光景を誰にも話す事はなかった。藤次郎が浜を走るようになって数か月経ったある日の夕方、橘道場を町人が訪ねてきた。「御免下さい・・・御免下さ~い」暫くして、脇の庭からお婆が現れた。「何方様かのぉ」「あっしは藤次郎と申します。飛脚で御座います」「何方への文ですかいのぉ」「いいえ、文のお届けじゃ無いんで」「何か荷物かのぉ」「いいえ、荷物でもありやせん」「文でも荷物でも無いか・・・う~ん、何ですかいのぉ」「飛脚の仕事で来たんじゃ無いんで」「飛脚屋が飛脚の仕事で無いとは、何の用だ」「へい、あの~、その~、あっしを弟子にして貰いに来ました。町人の長屋住まいの店子は弟子にして貰えませんかねぇ」「儂の知る処じゃ、南北奉行所の同心・与力様、勘定奉行所の与力・同心が多いのぉ、ほんでも、町人もおるぞ」「本当ですかい、あっしを弟子にして貰えんかのぉ」「ここで待っとれ、館長に聞いて来る、名は何と言うたかのぉ」「師範代の三郎太様に尋ねてくれ、飛脚の藤次郎だ」「飛脚の藤次郎さんだな、待っとれ」誰が相手でも丁寧な言葉と態度を、と言う龍一郎の理はお勝婆まで浸透していなかった。待たされた藤次郎は、門を出たり入ったり右へ左へと落着き無くうろうろしていた。暫く待っていると、何と庭から三郎太が現れた、無論、隠れた処にお有がいた。「三郎太様、お久しぶりで御座います」「お久しぶりで御座る。婆に寄りますと弟子入りしたいとの事で御座るが真で御座るかな」三郎太は師範代としての応対が故に侍言葉で応じていた。「へい、いえ、はい、弟子入りをお願いします」「お尋ね申すが、其方は弟子入りして、何が望みで御座るかな」「はい、競い走りで走りが本職の私が武士の其方様に負けました、悔しくて悔しくて、飛脚の仕事での走りを早くしました。何かがたりねぇと思い砂浜を走る事を思い付きまして浜に行きますと、何と何人もの人が走っておりました、それが橘道場の方々で御座いました。三郎太様のお姿も見ました。巷ではあっしが一番だとの評判であっし、私は己惚れていましたんで御座います。三郎太様は武士でありながらも走りの鍛錬をしておられた。あっしも、私も早く走りたい、走れるようになりたい」「早く走れるようになって何とするな」「弟子になりたいのは、走りだけではありやせん、実は飛脚は曲者に狙われる事が度々御座います。これまでは、足の速さで逃げておりました。何時襲われるかの恐れの気持ちを持って走っております。その逃げる速さを増したい思いと、剣術を学び、恐れをなくしたいのです。剣術を学べば恐れが無くなりましょうか」「成程のぉ、飛脚も大変じゃのぉ。銭か為替を狙っての事かのぉ」「はい、その様に思いますです」「剣術の修行はどの位の腕前になりたいのかな」「飛脚の仕事に何時誰に襲われるかの恐れが無くなる位にはなりたいと思います」「走りもだが剣術の修行は厳しい、単純な動きの繰り返しが多い、弛まぬ力がいる事ぞ、其方は秘密を抱えて誰にも話さずにおれるかな、酒に酔うても話さずにおれるかな」「飛脚はただただ走るだけの商いです、繰り返しには慣れています、あっし、もとい、私は酒は付き合い程度で御座いやす。酒に酔うことはありません。秘密は守る自信は御座います」「其方は剣術の技量が町の鍛錬所に入門が許される程に成りたいのか、師範代に成れる程に成りたいのかな」「二つの違いは修行の厳しさじゃあ無いですかい。私は厳しい方を選びますです」「其方が思う以上に厳しいぞ、覚悟致せ、但し、楽しくもある」「厳しいのに楽しいのですか」「左様、修行はのぉ、ある時点で苦しみ、辛さが楽しみに変わる、そう成れば、しめたものじゃ、技量の伸びは早いぞ、楽しいぞ、どうじゃ、楽しんでみるか」「はい、お願い申します」「良かろう、今から夕餉じゃ、我らが仲間、家族に合わせよう、その場で見聞きした事は秘密じゃ、良いな」「はい」藤次郎は生唾をゴクリと飲み込み返事をし、三郎太の後に続いた。「三郎太、仲間が増えたか」「はい、ご隠居、私の判断で入れました。いけませんでしたでしょうか」「其方の見立てじゃ、良かろう、のおぉ、龍一郎」「館長は父上で御座います」「良かろう、秘密が守れぬ時は、あの世へ行って貰うだけの事よ」「じいじ、そんなに脅しちゃ駄目」小兵衛館長の戯言に舞が駄目だしをした。すると、他の娘たち、お糸、お鈴、お春、お夏も「じいじ、可愛そうよ」と続いた。最近は、舞に習い、四人の娘たちも小兵衛を「じいじ」と呼ぶようになり、小兵衛を喜ばせていた。だが、お久の事を「ばあば」と呼ぶのは舞だけだった。先ごろは料亭・揚羽亭と船宿・駒清にいる双子の葉月、弥生の姉妹も小兵衛を「じいじ」と呼んでいた。二人が店にいるので大女将のお高とお駒が、この日の夕餉に参加していた。二つの店の主の貞吉と清吉も加わっていた。揚羽亭には板前として慈恩が駒清には板前として正平と双角がいた。「藤次郎さん、此処に座りなさい」三郎太が隣の席を指さし座る事を勧めた。藤次郎は囲炉裏を囲み座る面々を眺め、其処に座り黄八丈を着た南町奉行所与力の浅井十兵衛と北町奉行所の競い走りの受付責任者だった本城鐘四郎を見つけ驚き、佐紀の評判以上の美しさと威厳に驚き、暫し眼が離せ無かった。「藤次郎さん、あそこにお座りの方が館長の小兵衛殿、その隣が奥方様のお久殿、あっちの囲炉裏にお座りのお方が師範の龍一郎様、隣が奥方様のお佐紀様じゃ、後はおいおいと解ろう」「へい、はい、皆様、よろしくお願い申します」藤次郎がその場で後に下がり深々と頭を垂れて礼をした。「挨拶はそれ位にして、食べろ、食べろ」小兵衛が食を勧めた。それを待っていたかのように皆が合掌して食べ始めた。囲炉裏の回りには浜を走っていた小兵衛、お久、平四郎、お峰、三郎太、お有、平太、お雪、お糸、お鈴、お春、お夏、俊三郎と歳三の柳生の二人、十兵衛と鐘四郎の町奉行所の二人に龍一郎、佐紀が加わり大勢がいた。双角、慈恩、葉月、弥生の四人は浜走りの後に料亭・揚羽亭と船宿・駒清の料理の仕込みにそれぞれの店に戻って行った。新たに加わった者が皆、驚く様に藤次郎も皆の食べっぷりを見て驚いていた。藤次郎も飛脚屋の中では大食いであったが、道場の皆の食べっぷりは桁外れだった。比較的、新参者のお糸、お鈴、お春、お夏はまだ少ない方だったが、それでも並みの大人の男の町人並みに食べていた。俊三郎と歳三の柳生の二人と町奉行の十兵衛、鐘四郎に至ってはばくばくと食べ、さも大食いと一目で解った。不思議なのは古参の者たちの食べっぷりで、ゆっくり食べている様に見えて、減り方が早いのである。特に龍一郎と佐紀は一口、二口で御変わりをしていた。とても不思議に見えた。古参の者たちは食事の時も修行をしており、早い動きの繰り返しでゆっくりに見える様にしていた、大試合で佐紀が見せた、竹刀、木刀のゆっくりとした動きに見えて、実は早い動きの繰り返しと同じ事をしていたのである。囲炉裏の横に置いてあった、米櫃と大きな汁鍋の中身が見る間にどんどん減って行った。「藤次郎、どうしたな、食べねば力が出ぬぞ」「皆さまは、何時もこんなに食べるんですかい」「おぉ、其方は始めてであったな、まぁ、始めての者は驚くであろうな」十兵衛が自分が始めて見た時を思い出して言った。「お前様、今宵は思いのほか、人数が多う御座います、御飯が足りませぬ、後は饂飩に致します」「お久、手数を掛けるな、済まぬな」「お気に為されますな、妻の勤めで御座います」「儂は亭主の役目を為しておるかのぉ~」「はい、過分の働きで御座います」「嬉しい言葉じゃ、おぉ、忘れておった、藤次郎、どうじゃ旨いか、たんと食べよ」「はい、美味しく頂いております、ですが、皆様の様に多くは食べられません」「うむ、其方も鍛錬致せば食べる様になる、沢山身体を頭を使えば沢山食べる様になる」「今は身体も頭も使いが足りないと言う事ですか」「人の身体と頭の本来の力の限界に近づけると言う事らしい、これは龍一郎の言葉じゃ」「限界の力で御座いますか」「左様、人はまだまだ力を秘めておるらしい、その力を引き出すのじゃ・・・そうだ」「はい、精進致します」「走りが本職の其方が三郎太に敗れて悔しかろう、解らぬでは無い、無いが浜での我らの鍛錬を見たであろう。競い走りでの三郎太は本気では無かったと解ったであろう、今の其方では、そこにおる幼い娘たちにも勝てぬ」「はい、勝てませんでした、どの様にすれば皆様の様になれましょうか」「お鈴、我らの理を伝えてみよ」「はい、我らの仲間である事を知られぬ事、任を与えられても任よりも我らの存在を知られぬ事を優先する事、己の身を第一に考える事、己の身の安全は仲間の安全に連なるからである故に、捕らえられる怖れの立場に身を置かぬ事、危うい時は逃げる事、それは我らの存在を知られぬ事に繋がり、己と仲間の安全に繋がるからである、重しを着けておる事を知られぬ事、で如何でしょうか、皆様」「龍一郎、佐紀、どうじゃな、儂は幼いお鈴が良くぞ、ここまで解しておると思うがのぉ」「はい、お鈴、誰かに教わりましたか」「はい、姉様に教わりました」「お糸、今の言葉を教えましたか」「いいえ、お鈴なりに考えての言葉と思います」「お鈴、其方は述べた意味を解しておりますね」「はい、無理をせずに、与えられた任を勤めたいと思い、鍛錬致します」「良い心構えです、皆も幼いお鈴の心根を心に留め置く様になされ」「はい、お佐紀様」皆が佐紀に拝礼した、無論、龍一郎以外であり、新たな仲間・藤次郎も拝礼していた。次の日、休みを貰っていた藤次郎は重しを貰い、着け方を習い、剣術の基も習って過ごし夕餉も馳走になり、長屋へ戻って行った。「龍一郎、仲間が増えるのは喜ばしい事じゃが、韋駄天の藤次、本名は藤次郎、神田の香具師の元締め井筒屋の親分、おぉ、頭取であったな、その頭取の藤次郎、代貸し、いや、頭じったな、の藤次、と同じ名、似た名がおって困るのぉ」小兵衛が小言を言った。「はい、仕方が御座いませぬ、行い、心持ちで選び、名で選ぶ訳では御座いませぬ故にです」「呼び名を決めれば良い事です、藤次郎頭取、頭の藤次、韋駄天の藤次で如何ですか、お前様」「久、それしかあるまいのぉ」<つづく>
2025.12.12
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