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<浅草寺 参拝>-----#327店を出て右に進むと直ぐに左が仲見世通りだった。 「昔は雷門と呼ばれた山門があったそうですが、江戸の名物、大火事で焼けちまったらしいですぜ」 「ほほう、それは見ものであったろうのぉ」 「先を御覧なせい、大きな建屋が見えましょう。あれが仁王門ですぜ」 「おぉ、もう一つ御座るか。近くで見るのが楽しみじゃ、のぉ、お峰」 「はい、旦那様」 仲見世通りの両側に露天商が並んでいた。 修次が歩きながらいろいろと教えてくれた。 「店は大体が露天商でね、筵を敷いて品物を並べた店、茣蓙を敷いて品物を並べた店、板の上に品物を乗せた店といろんな店が並んでます。売られている物も様々でしてね、江戸や近隣の土産物、例えば笊(ざる)かぶり犬、これは竹製の笊をかぶった張り子の犬のでしてね。「竹」と「犬」を組み合わせると「笑」という字になる洒落から「いつも笑顔でいられるように」という願いが込められてる、と言うことらしいですわ」 「ほほぅ、修次殿は物知りじゃな」 「土産物にゃ他に「丸〆(まるしめのねこ)」と言いましてね、背中の腰あたりに、「〇(丸)」と「〆(しめ)」の文字が刻印されているんでさ、「丸〆」は、「金銭や福徳を丸く収め(せしめ)る」「福をひとりじめにする」ということらしいですぜ、まぁ、縁起の良い印ですな。見てくだせい、座った姿で顔は正面を向いていますが、体は横を向いています。首には鈴ではなくよだれかけを付けているでしょう。他は独楽(こま)と、だるま、ですな。米菓子や餅菓子を売ってる店もありやすぜ。他には櫛(くし)や簪(かんざし)、木製の玩具なんかも売られてますな」 「修次殿は本に物知りじゃ」 「実は親分からの受け売りでさぁ」 「左様か、じゃが良く覚えておるでは無いか、修次殿は物覚えが良いのぉ」 「褒められると調子に乗りますぜ」 「おぉ、もっと聞かせてくれ」 三人は両側の店を覗きながら参道を進み仁王門に着いた。 途中、店の者たちから修次への挨拶が何度もあった。 「うむ、見事な物じゃなぁ~」 「口開けている左が阿形像でしてね、力を発する様子らしいですな、口を閉じた右が吽形像でして、内に秘めた力を表しているそうですな。この仁王門は三代将軍・家光公が命じて建てられたとの事ですぜ」 三人は二つの像を前から横からと眺め門を潜った。 「仁王門から本堂側には役店(やくだな)の水茶店が二十軒御座います。何でも当初は境内の掃除をしていた者が「床店」をやっていたらしいや。まぁ、参拝客が休憩し、お茶を飲んで一服できる場所ですな。我々も後で茶でも飲みましょう」 水茶店は参拝客が休むための縁台を置き、日差しを遮るためによしずを立てかける程度の、簡易的な構造だった。 修次は二人を本堂前の煙が棚引き回りに人が大勢いる大きな壺に導いた。 「御覧なせい。皆が身体に煙を掛けておりましょう、常香炉(じょうこうろ)と言いましてね、煙を掛けた処の病が治ると言われていまさぁ、頭にかけりゃ、頭が良くなるそうですぜ」 「ほう、そうか、某は腕に掛けるか、修次殿は信じておらぬようだの」 「へい、あっしは神も仏も信じちゃおりません。てめいの行い次第だと思っておりやす」 「ほほう」 平四郎はお峰の方を向き頷くとお峰も頷きを返した。 平四郎とお峰が腕と頭に煙を何度も浴びせ、修次が後で見守っていた。 その後、本堂で平四郎とお峰が賽銭を投げ入れ参拝し、先ほどと同じように修次が後で見守っていた。 参拝の後、水茶屋の中でも一番大きな店に修次は二人を連れて行った。 「親父、加減はどうだい」 「おぉ、修次さんかい、腰の痛みは軽うなった、塗り薬をありがとうよ」 「な~に、薬のせいじゃないよ、親父の行いの賜物だぜ。団子と茶を頼むぜ」 横で聞いていた小娘が奥へ引っ込んで行った。 「儂の行いのかのぉ」 「あぁ、悪いことをしねいからだぜ、今日はよ、内の新しいお侍を連れて来たんだ。珍しいぜ、夫婦もんだ」 「この二人かね、強いらしいや、俺は見ていねいが、うちの四人の中で一番強い侍を簡単にやっつけたらしいや」 「ほう、このお侍はそげに強いかね」 「親父、それがな、やっつけたのは、御新造のほうらしいや」 「何~、お内儀もやっとう(剣術)をやりなさるか」 「そうらしい」 親父が疑わしそうに、お峰を見つめた。 奥から先ほどの小娘ともう二人の小娘が盆を持って戻って来て三人の横に団子の皿と茶碗を置いた。 「頂き申す」 「頂きます」 平四郎とお峰が団子を口にし、茶を飲んだ。 「旨い、団子じゃ、のぉ、お峰」 「はい、美味しゅう御座います」 「親父、旨いとよ」 「あったりまえだ、うちの団子は水茶屋で一番、いや、江戸で一番、いや、日乃本一じゃ」 「親父、そりゃ~、言い過ぎだぜ」 その時、常香炉当たりが騒がしくなった。 修次が立ち上がり、常香炉へ向かい、その後に平四郎とお峰も立ち上がった。 「お峰、其方は此処におれ、今度は儂の番じゃ」 平四郎が修次の後を追い、お峰は縁台に腰かけた。 常香炉の回りの人垣をかき分け修次と平四郎が前に出た。 そこには何処かの藩士、何処かの武家と何処かの組の者か、長ドスを腰に差した男が睨み合っていた。 「おい、お二人さんよ、ここは、眼の前に仏さんがいなさる処だ、争いは他所でやってくんな」 修次が二人に語り掛けた。 「邪魔立て致すな」 「邪魔すんじゃねい。どっかのよ田舎から出て来た勤番者が割り込んできやがったのよ」 「何を言うか、儂は確かに田舎から来た者だが何度も江戸に来ておるで、訛りなどなかろう」 「何遍来てもよぉ、勤番者は勤番者だ、世の理も知らねいじゃねいか」 「儂は武士じゃ、先が当然である」 「それが田舎者なんだよ。江戸じゃぁな。武士も理を守るもんなんだよ」 「待て、待て、そこの武家の方、其方、この先の事を考えておるのか。これだけの騒ぎを起こせば藩の名に傷が付こう。勝ってもな、負ければ、なおのことじゃぞ」 修次に替わって平四郎が声を掛けた。 「う~う~、煩い、儂が何処の藩の者か解るまい」 「其方は何れは藩邸に戻ろう、其方の後を着ければ良い事よ」 「儂が後を着けられる程の間抜けではねいだ」 「おや、おや、その訛りからすると下総か上総当たりですかな」 「うぬ~、黙れ、黙れ、お前を先に切る」 「おや、おや、矛先を変えますか。其方の腕前では某の足元にも及びませんぞ」 「何を抜かすか、お前などに師範代の儂が負ける訳も無い」 「ほう、師範代で御座るか、何処ぞの藩かは存ぜぬが、相手の気配も探れぬ技前の御仁が師範代しは何とも技量の低い藩ですな」 「我が藩を馬鹿にするか、許せぬ、お前には死んで貰う」 「だ・か・ら、其方の腕前では無理な話ですよ。某はこれで、お相手致そう」 平四郎は前帯に差していた扇を抜いて前に構えた。 「ぬぬ~、儂を相手に扇子で勝負するてか、馬鹿にしくさって」 勤番武士が刀を抜き正眼に構えたが、暫くして上段に変えた。 「どうなされたかな。切るのではないのか。其方が来ぬのなら、長引けば皆の迷惑じゃ、某から行くぞ」 「抜かせ」 勤番武士が上段に構えた刀を振り下ろしながら前に出て来た。 平四郎は引き付けるだけ引き付けて右に身体を交すと扇子を刀の柄本に叩きつけた。 勤番武士の刀が叩かれた処で折れ、手が痺れたのか勤番武士が刀を落とし両手を握りしめていた。 一瞬の静寂の後、回りで見ていた者たちから大歓声が上がった。 「何だ、お前はうちに入ったばかりの三次じゃねいか」 「はい、頭」 「おい、三次、長ドスなんぞ持って回るなと言っただろうが」 「へい、すんません、どうも、これがねいと気が落着きませんので」 「馬鹿やろう、何度言やぁいいんだ、慣れろ、短いドスでも懐に入れな」 「へい」 三次と呼ばれた男は懐の白鞘のドスを見せた。 「何だ、持ってるじゃねいか、それだけに慣れろ、良いな、今度見つけたら叩きだすぞ」 「へい」 「お前せいで、町の衆の評判が悪くなるんだよ。解ったな」 「へい」 「おい、そこの勤番侍さんよ、お前さんは師範代だってな、こんなざまじゃ藩に帰って話も出来めい、まぁ、大勢に囲まれた、なんてよ、嘘も良いがな。うちのお侍の腕前を見たろ、誰が何人来たって無駄だ。 さぁ、残りの団子を食べましょう」 修次は三次に耳打ちした後、団子屋へ歩き出し、平四郎も続いた。 「お侍さん、いや、平四郎さん、強いねぇ~、御新造さんより強いと言ったそうだが、強いね」 「相手が弱すぎるだけじゃ、あれで本当に師範代かのぉ、信じられぬ」 「今の武士なんて、大体がそんなもんですよ」 新しい茶を持って、主がやって来た。 前の茶碗を引き上げると新たな茶碗を三人の横に置いた。 「お侍、お前さん強いね、強い、お前さんなら今評判の橘道場の者にも勝てるね」 平四郎とお峰の眼が合い、微かに「にやり」と微笑んだ。 修次、平四郎、お峰が店に戻り、修次が親分に参道での騒ぎの話をした。 「おぉ、初日からの働き、ご苦労様でしたな」 「なんの」 「失礼します」 先ほどの三次が座敷に入って来た。 「勤番者ですが下総 の多古(たこ)藩の上屋敷に入りました」 「聞いたことも無いや」 「小石川西富坂上であったかな。藩主は松平氏ではなかったかのぉ」 平四郎が即答した。 「流石は、お侍さんだ」 「定かではないぞ」 「三次、小石川西富坂上からにしては帰りが早いな」 「へい、あっしは足が自慢です」 「ほぅ、そうかい、覚えておくぜ。長ドスのことは慣れろよ」 「へい、失礼しました」 「お侍、部屋でお休み下さい」 「そうさせて貰おう」 平四郎とお峰が立ち上がり、割り当てられた離れに向かった。 「どうだえ、あのお侍は」 「何がですかい」 「腕前は凄いが信用が置けるかということよ」 「まぁ、今の処良いと思いますがね」 「なら、安い買い物かもしれねいな」 「幾らですかい、と聞いても良いですかい」 「お前には言って置こう、月五両だ」 「他の四人には高過ぎるが、あのお侍さんにゃぁ、ちょいと安いかも知れませんぜ」 「修次、気に入ったようだな」 「へい」 こうして、平四郎とお峰も源次一家に潜り込んだ。 <つづく>
2025.09.30
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<浅草源次一家>-----#326龍一郎への探察の報の夕餉があった翌日の六つ半(九時)、香具師の元締め源次一家の敷居を浪人とその妻と思しき女の二人が跨いだ。 「頼もう」 「何だな、お侍」 式台に見張りに座っていた若者が尋ねた。 「儂を雇って貰えぬかと思うてのぉ」 「お侍、内には既に用心棒のお侍が四人おりますんでね」 「もう一人雇うても貰えまいか」 「親分に聞いてみなくちゃ解らなねぇ~な」 「では、尋ねてくれぬか」 「ちょっと待ってくんな」 若者が奥への引っ込んで行った。 もう一人の見張りの若者が侍を値踏みするようにみた後、隣の女に眼を移した。 暫くの静寂の後、奥から戻って来た若者が言った。 「親分は四人で良いとよ、だからよ、他の当たってくんな。悪いな、お侍さんよ」 「左様か、じゃがな某は、親分の良き評判を聞き、ここに決めたのじゃ。是非にも願いたい」 「ほう、内の親分の評判は良いのかい。嬉しいことを言うじゃないか。おりゃ気に行ったぜ。もう一辺聞いてくるからよ。待ってくんな」 「済まぬな」 「なぁに良いってことよ」 若者がまた奥へと向かった。 「お侍、奥方かい」 「左様、見目が良いであろう」 「あぁ、見目が良いぜ。旦那は幸せもんだな」 「うむ、儂もそう思う」 二人の会話に女は照れたように俯き顔が少し赤みを帯びた。 奥から中年の男が先ほどの若者と浪人者を従えて現れた。 「お前さんかい、用心棒になりたいってのは」 「左様」 「儂の評判でここに決めたってな」 「左様」 「かみさん同伴てのは珍しい御仁だの」 「聞いたと思うが、内にゃあ、もう四人もいなさるんでな」 「もう一人増えても良かろう」 「まあ、一人増やしても良いが・・・お前さん、強いかね」 「剣のことかな。まぁ、それなりにと言う処じゃな」 「先生、どう思いまいね」 親分が後に佇む浪人に呼び掛けた。 「親分は我ら四人では不足かな」 「いいえ、不足は御座いません、お侍、そう言う訳で他を当たってくれ」 「いいや、親分、儂はここに決めた。先生と言われた、おぬしは四人の中で一番強いのかな」 「何、儂と勝負しようと言うのか」 「しても良いが、其方は何番目なのだ」 「儂が一番だな。鍛錬所の師範代をしておったでな」 「ほう、では今も毎日鍛錬を欠かしてはおられぬのかな」 「儂ほどの技前になれば毎日の鍛錬などいらぬわ」 「左様か、親分、この者が一番強いのは間違い無いので御座ろうか」 「何が言いたいのだな」 「この者が一番では四人とも役には立たぬな」 「何をぬかす」 用心棒浪人が怒り刀の柄に手を掛けた。 「この者の相手など、某が相手せずとも某の妻女で十分じゃ」 「何~、儂の、元とは言え師範代であった儂の相手を女で十分と言うか」 「親分、この者を使えぬようにしても良いかな」 「お侍、本当に女子に相手をさせるのか」 「左様、良いかな、お峰」 「はい、旦那様」 「親分、土間を血で汚しても良いな」 用心棒浪人が刀を抜き、親分に許しを求めた。 「お侍、本当に良いのだな」 返事の替わりにお峰が前に出て、右手を後に回し帯の間から小太刀様の木刀を出した。 「おのれ~、儂を相手に木刀で勝負をするか」 用心棒浪人が土間に降りて刀を正眼に構えた。 二人はもう一歩踏み込めば死線を超える位置に立っていたが、お峰の木刀は右に垂れたままだった。 用心棒浪人は流石に師範代を勤めていただけあって気配を探れる様で相手が殺気も気配も発していないことに訝しさを感じていた。 「旦那様、どの程度にいたしましょう」 「そうじゃのぉ、この者はそれほどの悪人ではなさそうじゃ、今後も一家を守って貰いたいものじゃ」 「畏まりました。元師範代殿、来ないのでしたら、私から行きますが宜しいですか」 「・・・」 殺気も気配も発せずにお峰が一歩前に出た。 驚いた用心棒浪人は刀を胸前に刀を引き振り下ろした。 お峰は十分に刀を見て、右に身体を少し捻り刀を交わすと木刀で刀の柄元を叩いた。 刀が用心棒浪人の手を離れ土間に音を立てて落ち、用心棒浪人は手が痺れたのか両手を抱えていた。 「おぉ~」 「すげぇ~」 見物していた親分と若者から驚きの声が漏れた。 「お侍様、お内儀よりも、貴方様の方がお強いのですか」 親分の言葉使いが至極丁寧に替わった。 「無論じゃ、お峰、儂に勝てるかな」 「旦那様、私など足元にも及びませぬ」 「だ、そうだ、親分、で、どうだな、我らを雇うかな」 「はい、勿論で御座います。月に二両で如何で御座いましょう」 「何、二両とな」 「足りませぬか」 「いや、いや、十分で御座る」 「良かった、さぁ、奥へ上がって下さいませ。おい、足拭きをお持ちしねい」 親分が若者二人に命じ、二人は慌てて台所に走って行った。 用心棒浪人は、まだ胸に両手を抱えて痺れに耐えていた。 訪れた浪人者は平四郎で妻女はお峰だった。 源次親分が平四郎とお峰を座敷に案内した。 親分が座敷に置かれた長火鉢の向こうに座り、その向かいに平四郎が座り、少し後にお峰が座った。 「お侍様、お名前をお聞きして居りませんでした、お内儀をお峰と呼ばれましたが」 「某は元はある藩の藩士であったが訳あって、浪々の身となり申した。名は岩見平九郎と申す。我が妻は峰じゃ」 「丁寧なご挨拶、ありがとう御座いやす。先ほど申しました、お手当で御座いますが、五両に致します」 「ほほう~、値切るかと思うたが、上げてくれるか」 「へい、その替わりと言っちゃなんですがお内儀にも働いて貰いたいのですが」 「それは構わぬが、我ら二人は何時も一緒じゃ、離れるのは風呂と厠だけじゃ」 「お前様、そこまで言わずとも・・・」 「兎に角、一人では外に出ぬ」 「解りました。お二人には一部屋を用意させます。お~い、茶を三つ頼むぜ、客人が二人だ」 「は~い」 「こちらに住まいするのは何人で御座るかな」 「あっしの嫁と女中が三人と飯炊きの爺様が一人と若い者が二十二人でさぁ」 「子はおらぬのか」 「へい、残念ですが出来ねぇんで御座いますよ。平九郎様方もまだのようで」 「うむ、左様」 「失礼しますだ」 障子の向こうから声が聞こえ、小女が茶を乗せた盆を持って現れ、客の二人の前に茶碗を置き、親分の前の長火鉢の上に専用の湯呑を置き、それまで飲んでいた湯呑を引き上げた。 「失礼しましただ」 小女が障子を閉めた。 「一休みしなすったら、部屋へ案内します、その後、縄張りを見て頂きたいのですが、宜しいですかい」 「うむ、構わぬ」 「修次、修次はいねいか、修次を呼んでくれ」 「へい、親分」 「儂らに子がありません、修次に後を継がせたいと思っとります」 「ほう、左様で御座るか。孫の見込みも御座ろうかな」 「さて、修次に来世を誓った者がいるかまでは存じませんでね」 「親分、何の様でがしょう」 「こちらのお侍様を今日からこちらに泊まってもらうことにした。見ての通り夫婦だ、一部屋用意してくれ。 その後、うちの縄張りを見て貰ってくれねえか」 「あっしが案内しますんで」 「あぁ、手数だが半端もんじゃ無く、町人の受けの良い、修次、お前さんに頼むぜ」 「解りやした、今直ぐで良いですかい、親分、お侍」 「良いぜ」 「某も構わぬ」 「じゃあ、まずは部屋を見せましょう」 平四郎とお峰が立ち上がり、立ったままの修次に付いて行った。 廊下を進み、途中で右の渡り廊下へ進み離れ屋の一部屋の障子を開けた。 「この部屋でどうですかい」 その部屋は八畳の部屋で隅に箪笥があり、押し入れがあった。 布団は押し入れに入ってまさぁ。昨日、日干ししてありますんでね」 「おぉ、それは良い」 「じぁ、次は見回りに参りましょう。あっしも昔は毎日でしたが、今じゃ、さっぱりで、久々です」 「修次殿は偉いのじゃな、頭かな」 「へい、皆からは兄貴、頭と呼ばれております」 修次はそう答えると廊下を歩き、玄関に着くと見張りの二人に声を掛けた。 「今日の昼の見回りは儂がこの二人を連れて行ってくるぜ。後は頼んだぜ」 修次は草履を履き、お峰も草履を履き、平四郎は高下駄を履いた。 <つづく>
2025.09.29
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<芝 松吉一家>-----#325翌日の昼前に芝の香具師の元締め・松吉一家の玄関土間に妻女と子供二人を連れた浪人者が入って来た。 「頼もう」 「何ですかい」 式台に座っていた若い町人風の男が答えた。 「某は轟清吉郎と申す。こちらで用心棒を所望とのこと、雇って貰えぬかと参った」 「ちょっと待ってしんな」 若者が奥へと引っ込んで行った。 初老の男が先ほどの若い男と一緒に現れた。 「あっしが主の松吉ですが、用心棒にとのことですかな」 「はい、こちらで用心棒を所望とのこと、雇って貰えぬかと参った。某は轟清吉郎と申す」 「お侍、腕は確かですかい。しかし、お内儀と子連れでとは珍しい御仁ですな」 「恥ずかしながら、店賃を払えぬで長屋を追い出されてな」 「おやおや、それは難儀なことで。失礼ながらお侍なら誰でも雇うと言う訳にも参りませんや、腕前を確かめたいが、生憎と内にはお侍がおりません。どうしましょうな」 轟清吉郎と名乗った浪人がおもむろに懐から懐紙を一枚出すと眼の前に投げ上げた。 次の瞬間、浪人は少し腰を沈めると刀が抜かれ剣風が二度成り懐紙が四枚に切られた。 浪人は剣をゆっくりと静かに鞘に仕舞った。 「おぉ、凄腕で御座いますな。解りました。働いて頂きましょう。住まいが無いとのこと。内には部屋が沢山あります。内に住まい下さいな。如何ですな」 「それは、合い済まぬな。世話になる。お駒、良かったのぉ。今宵は夜露に濡れるかと思うたが来て良かったわい」 「はい、お前様、良う御座いました」 「父上、良う御座いました」 「親分、ありがとう御座る」 浪人の倅が侍言葉で礼を言った。 「おぉ、流石はお侍のお子だ、礼儀が良いですな。さぁ、さぁ、お上がり下さいな。茶でも飲みなさい」 「忝い。馳走になり申す」 轟清吉郎と名乗った清吉が式台に上がり、お駒、平太、お雪が続いて上がり、松吉の後に続いた。 松吉は座敷に入ると奥の火鉢の向こうどっかと座った。 清吉郎が火鉢を挟んで正面に座り、後ろにお駒、平太、お雪が座った。 「朝餉はお済みですかい」 「いや、まだで御座る」 「昼には少し早いが昼餉を食べますかい」 「おぉ、馳走して下さるか。忝い」 「続きは昼餉を食べながら、お話致しましょう。面倒ですから、台所で宜しいですかい」 「食べられるなら、何処でも結構に御座る」 「こちらで御座います」 松吉は一旦座った座敷から立ち上がり、部屋の障子を開け台所の囲炉裏端に座った。 清吉郎、お駒、平太、お雪も囲炉裏端に座った。 「お~い、昼餉を頼むぞ~」 「は~い」 女将と思しき女子と三人の娘が鍋二つと食器が乗った盆を持って囲炉裏端に来た。 「こいつがあっしの女房で松で、そっちが娘の梅、二人が女中で御座います」 四人の女衆が茶碗に茶を注ぎ、丼に飯を盛り、椀に味噌汁を注ぎ、五人の前に器を配った。 他に煮物と漬物が添えられていた。 「ご苦労でした。さぁ、召し上がれ」 「忝い、頂き申す、皆も頂きなされ」 「頂きます」 お駒、平太、お雪が声を揃えて言った。 「食べながら、お話するが許して下され。口入屋が参道の利権を狙っておる様でしてな。最近、度々店に悪さを仕掛けて来るのです。今の処、内の若い者らで始末しておりますが、向こうが浪人者を雇ったようでな、こちらもと思っておりました。其方様の様な凄腕が向こうに着かなくて良かった」 「さて、某の方が腕前が上であれば良いのですがな」 「いやいや、儂も剣術が好きでしてな、見物するだけですがな。倅がおれば鍛錬所に通わせるのですが、残念なことに娘だけでしてな」 「こちらに、其方の配下は何人で御座いますかな」 「五人おります、後は女房と娘と女中がそこの二人と飯炊きの爺が一人です」 「其方、いや、親分、頭は他に人を集めるつもりですかな」 「あっしのことは親分でも頭でも好きに呼んで下され、そうですな、用心棒は其方様の働きを見てからとしたいのですが」 「その機会が無い方が良いのですがな。人手なら倅の平太を配下の一人に加えてくだされ、家事仕事に女房と娘がお役に立とうと思います」 「おぉ、それは嬉しゅう御座います」 「倅、平太も剣術、体術もそれなりに修行しておりますので、お役に立つと思います」 「それは、それは頼もしい」 「まずは住まいする部屋をお見せ致しましょう、梅、客間二つに案内してくれ」 「はい、おとっつぁん。皆さん、さぁ、こちらです」 「銀次、銀次~」 「へい、親分、何で御座んしょう」 「今、雇い入れたお侍と倅を連れて縄張り回りをしてくれ」 「承知しました」 「越後屋太左衛門さんの処へも顔見せに寄ってくんな」 「へい、承知しました。ここの守りに四人は置いて行きます」 「うむ、そうしてくれ、一人で大丈夫か」 「へい、顔見せだけですから」 「お前の昼餉を食べたら早速頼む」 「へい」 「お松、女房のお駒さんと娘のお雪に台所の案内を頼む」 「はいよ」 松吉が立ち上がり座敷へ戻り、入れ替わるように四人の配下が囲炉裏端に座り昼餉が始まった。 銀次と横に清吉郎が並び、その後に平太が続き、参道を歩いていた。 居並ぶ店の者たちが銀次に気が付くとぺこりと頭を下げて挨拶し、横の清吉郎に眼を止めた。 中程に来た時、前方から声が響いた。 「喧嘩だ、喧嘩だ」 「切り合いだ」 銀次が清吉郎を見て走り出し、清吉郎も続き平太も続いた。 三人が人垣を欠き分けて前に出ると浪人者と与太者二人が刀と長ドスを抜いて向き合っていた。 「お~い、お前さん方、ここは芝神明の境内だぜ、人も多いや、切り合いなら横の空地でやってくんな」 「邪魔するんじゃねいや」 「止めるで無い」 「だ・か・ら・ここでやるなって言ってんだよ」 「止めねいって言ったらどうすんだよ」 「其方が相手するのか」 浪人者と与太者二人が向きを銀次に変えた。 その時、後にいた清吉郎と平太が銀次の前に出た。 「おい、餓鬼、お前が相手をするってのか」 「おい、お前も仕事が無いのであろう、一緒にこいつらを叩きのめし、懐のものを貰おうでは無いか」 「いや、いや、某は無宿者では無い、この境内を守る一家の用心棒でな。丁度良い機会じゃ、参道の店の方々、某の顔を覚えて下され、今朝程より松吉殿に雇われ申した。良しなに願い申す」 「おぬしが用心棒か、おぬしを倒して儂が職に就くか」 「おい、さんぴん、今、何て言いやがった、俺っちの懐から銭を取るとぬかしやがったな」 「おやじ、もう良いだろう、やっちゃって早くかえろうよ」 「そうだな、問答はもう良いな」 清吉郎は前帯に挟んでいた黒い扇を抜き、平太は左の懐から右手で黒い扇を引き出した。 「お前らそんな扇で勝負しようってのか」 「話はもういらない」 その途端に平太が前に出て、与太者二人の右手上腕の骨を砕いて長ドスを落とさせた。 清吉郎も浪人者の右手上腕と右の鎖骨を砕き刀を落とさせていた。 「おぉ、言い忘れておったがこの扇子は鉄で出来ておる」 骨を折られて痛みに耐えている三人の耳には届いていなかった。 「お前さん方・・・強い、強いな」 「兄さん、こいつらが弱すぎるだけですよ、次は何処ですか」 平太が銀次に言った。 「銀次さん、こいつらは儂らがお医師の処に連れていきますよ」 「ほっとけ、こいつらにお医師に払う銭なんてないよ」 「その通りじゃ、悪さをした報いじゃ、ほっとけ、ほっとけ」 参道の店の者の言葉に銀次と清吉郎が止めた。 「さて、次はこの辺りの顔役の越後屋太左衛門様の処へ行きましょう。越後屋さんは呉服屋です。 この辺で火が出た時には、火消しの纏めもなさる方です」 銀次は参道脇の小道に入り清吉郎と平太が従った。 参道の裏道を通り表通りに出ると角に大きな呉服商・越後屋と書かれた看板を掲げた大きな店が見えた。 「御免よ、太左衛門様はいなさるかね」 「へい、あぁ、銀次さん、奥におります、どうぞ、お上がり下さい」 「ありがとうよ、上がらせて貰うよ」 「吉次、旦那様にお知らせしなされ」 「へい」 「これ、吉次、はい、と言いなされと何度言えば良いのだ」 「は~い」 「これ、吉次、は~い、と伸ばすんじゃない」 吉次と呼ばれた男は奥へと飛ぶように向かった。 銀次、清吉郎、平太の三人は横から台所に入り、置いてあった足拭きで足を綺麗にして台所に上がり、廊下を奥の座敷へと向かった。 障子が開かれた座敷の廊下に銀次は正座した、後の清吉郎と平太も真似た。 「太左衛門様、急な訪い申し訳御座いませぬ」 「いえいえ、松吉親分には、御変わり御座いませぬかな」 「はい、御蔭様で壮健で御座います。旦那も御壮健で良う御座いました」 「ありがとうよ、さぁ、入りなされ、銀次さんや、今日は新顔の顔見せかのぉ」 「はい、左様で御座います。今日、加わりました、住み込みのお侍さんで御座います」 「お侍の住み込みですか、何とも珍しいことですな。何時お知り合いになりましたのでかな」 「今朝で御座います」 「何、今朝じゃと。ご本人の前で言うのも何じゃが信じて良いのかのぉ」 「あっしも不思議なのですが、親分が良いと言うものですから、それに、先ほど参道で騒ぎがありましたが、この二人があっさりと始末致しまして、強いのなんの、大したものでした」 「ほほぅ、う~ん、今、二人と言いなさったかな、この子供も働きましたかな」 「はい、この子も強いのですよ、旦那」 「やはり、剣術好きな親分の見立ては確かなようだのぉ」 「何か御座いましたなら、お知らせ下さい」 「銀次さんや、まだ、名を聞いておらんぞ」 「おぉ、忘れておりました。二人は親子でして、父親は清吉郎殿、子は平太と言います」 「轟清吉郎と申す、良しなに」 「平太です」 「旦那、それじゃ、あっしらはこれで」 「銀次んや、何やら何処かの一家が島荒らしをしていると聞いたがな」 「はい、まぁ、それでお侍に来て貰ったと言う訳でしてね」 「成程、成程、良い働きをな、お侍さん」 「はい」 「失礼致しました」 銀次、清吉郎、平太の三人は店を後にし、通りを歩いて自宅となった店に戻った。 「只今戻りました」 「あぁ、兄貴、お疲れ様でした」 「お疲れさんでした」 「おぉ、こちらが今日からここに住む事になった、清吉郎様と倅の平太さんだ、よろしくな」 「へい、こちらこそよろしくお願いもうします」 「申します」 三人は座敷に上がり、松吉親分に帰宅の挨拶をして、清吉郎と平太は割り当てられた部屋へ向かった。 「只今、戻った、お駒、お雪」 「お疲れ様でした、旦那様」 「父上、お疲れ様でした」 暫く、無言の時が経ち、隣部屋で衣擦れの音がして暫く経った。 「お前さん、どうでした」 「隣にずっと見張りがいたのかい、お駒」 「はい、部屋に入ってからずっとでした」 「そうか・・・まぁ、上手く入り込めたのだ、良しとしよう」 「でも、不思議ですね、一目で泊めてくれるとはね」 「松吉親分は剣術好きと言ってたじゃねぇか、ひょっとすると儂の顔を橘道場で見ていたかもな」 「えぇ、じゃあ、私らを橘の者と知っていて住まわせたってのかい」 「会ったばっかりで人品が解るのは龍一郎様くらいのもんだろうよ」 「良いように使われるってのは、何だかしゃくだね」 「良いじゃないか、おっかさん、こっちの思惑通りなんだから」 「お前、良い性格してるね。良いように取るなんてね。何時からだい。我が子ながら感心するよ」 「しっかし、お雪ちゃんは、いつも静かだな」 「そうよね、私の子なんだから、もっと、おしゃべりになんなさい」 「はい、お駒様」 「違うよ、おっかさんと、お呼び」 「・・・お・・っかさん」 「はいよ」 「舞もお雪ちゃんみたいに優しいと良いのにね~」 「舞様は優しいです」 「そ~かね~」 「それより、おっか~、早速、顔役の越後屋太左衛門さんの呉服屋に行ってきたぜ」 「どんな人だったね」 「優しい人のようだった」 「お前さんも、そう思ったかい」 「あぁ、儂もそう感じたな」 「でも、何で龍一郎様は参道の取り締まり役だけで無く、顔役まで気になさるのかね」 「さぁあな、そう言われりぁ、何でかなぁ~。今度聞いてみよう」 その頃、座敷では、銀次が参道奥での一悶着の話を松吉親分にしていた。 「そうかい、そんなに強いか、こりゃめっけもだったね」 「しかし、親分は会ったばっかりなのに、どうして泊まり込みになさったんで」 「まぁ~な。感だよ、感」 「本当ですかい」 こうして、清吉たちは上手く松吉一家に潜り込んだ。 <つづく>
2025.09.28
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<探察の報>-----#324龍一郎からの探索指示が出た五日後の夕餉にまた皆が集まった。「まずは儂と佐紀が調べたことを申す、佐紀、願おう」「はい、旦那様。奥山の顔役はやはり香具師の元締めで御座いました。倉蔵と申す者で御座いました。見世物小屋から寺社に替わって場所代を徴収し手間賃を得ております。評判は小悪と言う処でしょうか。地域の顔役は材木商の山城屋藤右衛門様で御座います」「と言うことかのぉ。倉蔵には配下に与太者が三十人と用心棒浪人が五人、女将に倅と娘と女中が三人おった。浪人者の技量はそこそこでな、と言うても一人づつならばお雪でも勝てよう、神田はどうであったな、平四郎殿」平四郎がお峰を見て頷いた。「では、私がお知らせ致します。神田は明神様が御座いますので参道の店は夜半まで賑わいを見せておりました。こちらも参道の場所代を香具師の元締めが集めておりました。奥山と同じで土地は明神様からの借り物ですので場所代を払うております。元締めは口入屋の井筒屋藤兵衛と申す者で御座います。配下に与太者が三十六人、用心棒浪人が八人、女将と跡継ぎの倅と次男に女中が四人おりました。土地の借り料を地子と申しまして、この地子が都度に値上がりしております。香具師の元締めの取り分を増やしておるのです。断ろうものなら与太者や用心棒の出番の様で御座います。この近辺の顔役は材木商の奈良屋茂左衛門の申す方で御座いました。このお方は近隣で火事がありますと鳶の者たちと火消しの任に当たっておるとのことで、とても人望のある御仁のようで御座います」「火消しの元締めですか、うむ、それも考えねばならぬな。その口入屋は邪魔のようだの。どうだな」「はい、今の主と嫡男は変わりようがありませんが次男は使えそうです」「我らの仲間にせよと申すか」「そうしても良いように思われます、と言うのも近隣の子供達を集めて寺子屋を開いております、それも銭を取っておりませぬ。昼餉も出しておりまして、これも無賃です」「おぉ、その者に店を継がせるのも良いな。では、芝を聞こう」「お駒、お前がお知らせしねぇな」「はいよ、お前さん。芝も芝神明様が御座いますので賑わっております。こちらも香具師の元締めがおりまして松吉と言う者で御座います。こちらは至って堅実で御座いまして、配下は下働きが五人だけで、女将と娘が一人に小間使いの小娘が二人に老人が一人おりました。用心棒侍はおりませんでした。地子も店子が納得する額でしてね、歩合もきっちり守っておりまして、支社に収めております。ですからでしょうか、最近、近場に新たに口入屋が与太者と浪人者を集めて参道の店に悪さを致しておる様です。その都度、香具師の処の者が出張っておる様です。どうも浪人者を雇うつもりの様です」「浪人者として清吉郎と言いたいが其方は岡っ引きの顔が売れておるでな。平四郎殿と替わるかな」「龍一郎様、岡っ引きの装束と髪型は町人です、浪人姿になれば似た者ですみますって大丈夫ですよ。女房持ちで入り込みます」「良いでしょう。そうじゃ、平太と雪の子持ちではどうだな」「平太もですかい、お雪ちゃんは良いのですがな」「実の子に何て事を言いやがる。拗ねるぜ」「与太話はそれぐらいでな、その新興の一家を潰してしまいなさい。始末したなら、松吉には橘道場が後見していると喧伝(けんでん)しなされ」「下働きの若者頭が出来た男で御座いまして、親分の一人娘とくっ付けば安泰なんですがね」「二人は恋仲なのですか」お駒の言葉に佐紀が興味を唆(そそ)られたのか問うた。「そこまではまだ解りません、中に入れば直ぐにも解るでしょう」「そうなると良いですね」「はい、二人は女雛男雛と言う言葉がぴたりなのですよ、お佐紀様」「ますます良いですね」「まぁ、それは清吉郎殿がお駒殿と子供らと入り込んでの楽しみとしようではないか。次は上野です、平太」「はい、龍一郎様、しかし、どうしてこうも江戸の町には香具師が多いのですかね。上野は権現様の土地ですよ、それなのに与太者が多い多い、こちらの香具師の元締めは蓑助と言いまして、配下に与太者が四十三人に浪人者が十二人、女将と倅と娘が二人です、娘の一人は近々、米屋に嫁に行きます、それと下働きの老夫婦と小娘が二人おります。稼ぎは祭りの場所代だけです。まぁ、真っ当な方でしょう」「大体ニ丈の、二十尺の大仏は大きかろう」「はい、でっかいのなんの、なぁ、お雪ちゃん」「はい、すっごく大きかったです、婆様にも見せたいと思いました」「うん、婆様がもう少し元気になったら行くと良い。しかし、平太に真っ当などと言われるとはな。そのままでも良いかな」「それが、以前は配下と用心棒侍は半分程だったらしいのです、近頃、増やしたようで、どうも、浅草を狙っているようなのです」「ほう、浅草をのぉ。それで浅草はどうですかな、お高殿」「はい、浅草も浅草寺の門前の土地を寺社に借りて居りますので替わりに一家が銭集めをしております、香具師の元締めは源次と申します。配下は町人くずれが二十二人、浪人が四人で女将と女中が三人と飯炊きの爺様が一人で御座います。評判は悪くは御座いません」「その人の良い処を上野の香具師が狙っているかのぉ」「さて、龍一郎、まずは何処を始末するかな。やはり、芝かのぉ」「はい、父上、芝神明を手始めにしましょう。が、併せて平四郎殿に浅草の一家に用心棒として入って頂きましょう」「龍一郎、用心深いのぉ~、其方は」「平四郎殿、お峰殿と夫婦では如何かな」「夫婦で御座いますか」「二人に異存が無ければじゃがな」「某には異存はありませぬが・・・」「お峰殿はお嫌かな」「・・・いいえ、異存はありませぬ、龍一郎様」「では、願おう、何時、上野の一家が何時来るやも知れぬでな、明日にも願おう」「はぁ、畏まりました」「あぁ、はい」「清吉殿、他に江戸に人が集まる処は無いかな」「そうですな、増上寺、愛宕神社、回向院、目黒不動、亀戸天神と言った処でしょうか」「そうじゃな、分担は決めぬが、おりを見て探索を心がけて貰いたい」皆が頷き、この日の会の幕が閉じ、四方山話となった。<参考>-----(吉宗期に人出が多かった主な場所)---------------------・寺社・名所 ・上野東照宮・寛永寺 ・将軍家ゆかりで格式が高く、庶民も花見(上野山の桜)や参詣で大賑わい。 ・浅草寺と奥山 ・江戸最大の観音信仰の場。門前町「奥山」には見世物小屋・操り人形・ 見世物動物などが並び、庶民娯楽の一大拠点。 ・芝神明(芝大神宮) ・伊勢神宮の御分霊を祀るため「関東のお伊勢さま」として人気。縁日 (芝神明祭礼)は大賑わい。 ・神田明神 ・江戸総鎮守。神田祭は将軍上覧の天下祭として盛大。 ・富岡八幡宮(深川八幡) ・深川の総鎮守。例祭(富岡八幡祭)は神田祭と並ぶ江戸二大祭の一つ。 ・増上寺(芝) ・徳川将軍家の菩提寺。将軍の法事や葬列があると多くの見物人が押し寄せました。・周辺の人気社寺 ・目黒不動(瀧泉寺) ・「江戸五色不動」の一つ。庶民の行楽参詣の地として大人気。門前町も繁盛。 ・王子稲荷(王子神社・王子稲荷) ・稲荷信仰の中心の一つ。正月の狐火伝説でも知られ、参詣者が多かった。・その他 ・湯島天神(学問の神)、愛宕神社(出世の石段)、谷中感応寺(猫塚でも有名) なども人出がありました。------------------------------------------------------------------------------’<つづく>
2025.09.27
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<龍一郎の探索指令>-----#323裏庭での朝稽古の後、龍一郎が平太を呼んだ。「平太、頼まれてくれぬか」「何で御座いましょう。師範」「今日の夕餉に双角と慈恩と十兵衛と鐘四郎と其方の親父殿を呼んでくれぬかな」「何だ、そんなことですか。承知しました。師範」「どうした、平太、其方から師範と呼ばれるとちょっと妙な気分じゃな。何時ものように龍さん、で良いぞ」「ありがとう御座います。なれど門弟たちの手本にならねばと存じます」「おぉおぉ、ご丁寧なるお言葉、痛み入りる。良しなにお願い申す」「良かろう。任せて置きなれ」途端に龍一郎の手が伸び平太の頭に拳骨が飛びゴリゴリとやられた。「痛て~」「頼んだぞ」「はい、師範」夕餉が済み、食器や鍋も洗い終わり、囲炉裏端で皆が茶を飲んでいた。「龍一郎様、あっしらに一体何の御用で御座いましょう」「今日、富岡八幡に行って参った。そこで一悶着あってな。香具師の元締めの辰次親分と縁が出来ました」「辰次親分と縁ですか。今、あの当たりは新興勢力の勝三が伸びて来て、辰次親分の縄張りが危ないらしいですぜ」「おぉ、そのことなら、もう大丈夫であろう。女衆たちが始末を着けてくれたでな」「勝三一家を潰しましたか」「大勢の見物人の前で女衆に倒されたのじゃ、もう大きな顔も出来ぬわ」「それで辰次親分と縁が出来ましたか」「女衆が退治した後にちょうど辰次一家が来たでな、後始末を願い、家に誘われて行ってまいった。おぉ、そうじゃ、そこにおる二人の娘、お春とお夏と申してな、お春は辰次の娘じゃ、お夏は辰次親分の処で手伝いをしていた者じゃ、昨日から我らの仲間となった。皆で面倒をみてくれぬか」「お春で御座います。ご指導の程お願い申します」「お夏と申します。ご指導、よろしくお願い申し上げます」皆の眼が二人に集まり、二人はお辞儀をした。「左様で御座いますか。それで私への御用は」「あぁ、そこでじゃ、江戸の賑わう処に我らの息の掛かった者を置いてはどうかと思うてな」「成程、辰次親分は悪い評判もありませんので良いと思います。そのような者を他の処にもで御座いますな。それは良い考えかと思いますぜ。そうですなぁ~、江戸で人の集まる処・・・神田明神、芝神明、上野東照宮、浅草の浅草寺と奥山でしょうか。そうそう、後は四宿ですな」清吉が趣旨を聞き龍一郎の言葉に答えた。「双角殿と慈恩殿に来てもらったのは、その四宿のことでです。十兵衛殿と鐘四郎殿も同様です。四宿の情勢を南北の奉行所も弾左衛門様の処も四郎兵衛様の処も別々に単独で調べております。ですが、繋ぎが上手く行っておりませぬ。四宿を纏める者がおらぬのです。そこで、双角殿と慈恩殿に四宿を纏めて貰いたいのです。四郎兵衛殿と弾左衛門殿と南北奉行所の許しは得ております。双角殿と慈恩殿には四か所の繋ぎの者との引継ぎと四宿の纏めを願いたい」「私と慈恩殿を通して四宿の状況や噂が我らに集まるようにするのですね」「左様、与太者たちの精々顔役になって下さい。鍛錬の成果を存分に発揮してみなされ」「双角殿、こりゃあ~、楽しみじゃのぉ~」「二人で二か所づつ主になって頂きたい、但し、影の主です。悪さをすれば何者かに成敗される、そして、その影の顔役に状況や噂が集まる、そんな存在になって下さい。それぞれが影護衛をして下さい。決して一人では動かないようにして下さい。其方ら二人の影護衛を葉月殿、弥生殿にお願いしたいが、よろしいかな、お二人」「私と弥生の二人が四宿で影護衛ですね」「はい、それともう一つ、御座います」「何で御座いましょう」「何時何刻、双角殿、慈恩殿に呼び出しが掛かり四宿へ行くことになるか解りませぬ。そこで葉月殿、弥生殿には揚羽亭と駒清に分かれて住み込んで料理の弟子になって貰いたい。如何ですかな」「料理・・・ですか、一番苦手なことです、最近はこちらでお手伝いは致しておりますが」「其方らの体術、剣術の練度を持ってすれば楽なものじゃ」「はぁ、そうですか・・・精進致します」「龍一郎様、料亭・揚羽亭と船宿・駒清をどう致しますか」「双角殿、大変でしょうが、掛け持ちでお願い申す。慈恩殿もな」「南町奉行所では臨時回りがときおり四宿を見回っておる様で御座います、北はどうだな」「北町も同様に臨時回りです」「十兵衛殿、鐘四郎殿、双角殿と慈恩殿にその臨時回りとの繋ぎをの」「龍一郎様、南の臨時回りは信用に欠けます、直接に双角殿、慈恩殿を合わせぬ方が宜しいやに思われます」「北町も同様で御座います」「良いでしょう。我らのいることを知られぬに越したことは御座いませぬ」「南北の臨時回りには無駄骨を折らせましょう」「吉原の年番所も臨時回りの役目でしてな、無駄骨には慣れておりますよ。奴らには勝手に調べさせましょう。但し、四宿の繋ぎの人物は抑えて置きます」「願います。四宿はそれで良いとして、神田明神、芝神明、上野東照宮、浅草の浅草寺と奥山近辺の元締めを調べて信用の置ける者を見つけて置き換えたい。まずは皆で探索を願えるかのぉ」「畏まりました」皆が囲炉裏端でうきうきした顔で答えた。「賛同して貰えて嬉しく思う。ありがとう。探索区域の神田明神を平四郎殿に願う、芝神明は清吉殿に願う、上野東照宮は平太殿に願う、浅草の浅草寺はお高殿に願う、奥山は私と佐紀が致す」「龍一郎、儂と久に役目は無いのか」「龍一郎様、私とお有殿にも役目は無いのですか」小兵衛と三郎太が問うた。「親父殿には一番難しい仕事が御座います。上様が地下道を通り道場へ通うようにして頂きたい、それには、事前に上様へ市中での庶民の決まり事、言葉使い、仕草の教え、体力の増強も含まれます。上様が市中へ出る時は加納殿の甥とし名を加納新之助として下され、もう一つ道場に通う者の中で上様の面体を知る者への対応です、上様が道場に参った時に平伏しないように根回しを願います、真実を告げるのでは無く、加納殿の甥が上様に似ていると説得して下され」「それは確かにやっかいな事じゃのぉ、お久」「はい、やっかいなことで御座いますな、お前様」「柳生俊方殿をどうするのじゃ」「俊方殿には処し方はご自分で決めて頂きます」「道場へは俊方殿が先かも知れぬな」「さて、どうで御座いましょう。解ってはいても気持ちの整理はなかなか着きますまい」「それで、私は何を致しましょう」「三郎太殿、其方の役目も少々厄介でな。甚八殿らの更なる技量向上と城におる伊賀、甲賀、雑賀のまずは組頭の信頼度を確かめ、信用なれば丘屋敷での鍛錬を行い、体力、技量、心の鍛錬を願いたい」「龍一郎様、これまでの役目の延長ですね、なぁ、お有殿」「はい、三郎太様」「処で佐助と八重、巳之吉、朋吉の技量は伸びたかな。探索に使えるかな」「佐助と八重はもう直ぐにも使えましょう。巳之吉と朋吉はもう暫く掛かります」「では、そちらも願う、巳之吉と朋吉には富三郎殿にも協力を願おう。良いかな、三郎太殿」「畏まりました」「平太殿、お雪殿、お糸とお鈴、お春とお夏はどうかな」「お糸とお鈴は体力と心の鍛錬の次の段に入りました。お春とお夏はお佐紀様が面倒を見ています」「佐紀、どうだな」「はい、お春とお夏も体力の向上を始めたばかりです、どうも座禅は苦手なようですね。お春は剣技には優れておりますが、変な癖が抜けませぬ」「心の鍛錬を早めにのぉ。我らの存在を知られる訳には行かぬ、同道できるように鍛錬を願う」「はい」「畏まりました」「私からは、こんな処かの。皆から何かあるかな」龍一郎が回りを見渡し、皆も見渡した。「龍一郎様、一月に一度程、富岡八幡様にお参りに行きたいのですが、宜しいでしょうか」「其方が見分し、信用が置けると思うたならば其方が我らの仲間であり、十手を見せても良い」「あっしの見分で宜しいので」「構わぬ、願おう、清吉殿」「へい、承知致しました」その日、深夜には道場から小兵衛と久、お糸、お鈴、お春、お夏、勝婆以外の姿が消えた。<つづく>
2025.09.26
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<香具師の元締め 辰次>-----#322そこへ地元の香具師の元締めの辰次が配下の者たちを連れて現れた。 「おぉぉおぉ、みんな伸びとるぞ。お前さん方がやったのかね」 「辰次親分、橘道場の方々がやっつけてくれましたぞ」 「おぉ、植木屋の隠居、ここにおられる方々が橘道場の者かのぉ」 「親分、その通りじゃ、よう礼を言うこっちゃ」 「隠居、ありがとうよ。橘の方々、お礼申し上げたいで拙宅へ起こし下さい」 「礼など結構、ここの人達を不埒な者たちから守って貰えるだけで宜しい」 「そう言わずに付き合って下され」 「植木屋の隠居殿、この親分は良い親分かな」 「龍一郎様、まぁ、そこそこに良い親分でしょうな」 「おぉ、貴方様が、あの大試合の勝者・橘龍一郎様ですか」 「お前様、親分さんにご子息がおられ、お人柄が宜しければ、お仲間に為されては如何でしょう」 「おぉ、その手もあったか、親分、倅はおありかな」 「貴方様がお佐紀様ですな、噂に違わずお美しい。おぉ、倅の話でしたな。はい、跡継ぎの倅が一人とそれに娘が一人おります」 「御幾つですか」 「倅が十四で娘が十二です」 「家に居られるのであれば、お伺い致そう」 「ありがとう御座います。こちらですどうぞ」 「処で親分、こちらに来るのに時がかったのは何故ですかな」 「私が寄合に行って居りまして知らせを受けるのが遅くなりました。申し訳御座いません」 「我らは大人数ですが宜しいのですか」 「へい、大人数には慣れております。ご安心下さい」 参道を出て右に少し歩いた処に口入れ屋の看板を掲げた店があり、そこに入った。 「お~い、大人数のお客様だ。頼むぜ」 「は~い」 親分が式台に上がり、続いて龍一郎が上がり、佐紀が続き、龍一郎と自分の草履の向きを変えた。 続いて平四郎とお峰が式台に上がり、お峰が平四郎と自分の草履の向きを変えた。 次々と男女の組が式台に上がり、女子が二人分の草履の向きを変えて揃えた。 葉月と弥生の姉妹、糸と鈴の姉妹は姉が先に式台に上がり、妹が二人分の草履の向きを変えた。 皆が座敷に入り、辰次親分は上座を龍一郎に勧めた。 龍一郎には珍しく、遠慮無く勧めるままに上座に座り、隣に佐紀が座った。 そして、一段後ろに平四郎たち仲間が次々に座った。 辰次親分は龍一郎と佐紀の正面に座り、配下たちが後ろに並んで座った。 「新ためまして本日は難儀を御救い頂きありがとう御座いました」 「私の耳に最近、富岡八幡宮の参道が荒れておると風聞が届きましたが、真のことですかな」 「はい、申し訳も御座いませぬ。北町の風間様より鑑札を頂いておりながら纏めることが出来ませんでした。何しろ、勝三の処には荒くれの渡世人や浪人者が大勢おりまして我らの空きを突いて悪さを致しておりました。こちらの者が少人数の処を後ろから襲われることが度たび御座いました。お恥ずかしいことで御座います。ですが、今日の皆さまの働きで収まりそうで御座います。今、内の者たちが後始末をしていることと思います。本当に忝う御座いました」 その時、茶碗を乗せたお盆を持った母娘と思われる二人が女中と思われる娘を二人従えて現れた。 そのと後に幼さの残る男が現れた。 「粗茶と菓子で御座います」 と龍一郎たちの前に茶の入った椀と和菓子の乗った皿を置いた。 「私の妻の才と娘の春、そして倅の竜次で御座います」 「親父、勝三らの始末は済んだぜ」 「始末と言うとどうしたな」 「大八に積んでよ、奴の店の土間に置いて来ただけだよ、悪さをした訳じゃないから奉行所へ突き出す訳にも行かないしな。あれだけ恥をかいちゃあ、もう、でかい顔も出来めいさ」 倅の竜次は父親に知らせながらも眼は佐紀に釘付けだった。 龍一郎と佐紀の眼が合い、佐紀が小さく首を横に振り龍一郎が頷いた。 「辰次殿、そこのお二人はお女中ですか」 「はい、奉公人で御座います。何か不始末を致しましたでしょうか」 「いいえ、背の高い娘のお名前とお年を教えて頂けますか」 「あの娘は十三で御座います、奉公には早いのですが父親からぜひにもと望まれまして引き受けました。 名は夏と申します。お佐紀様」 「娘さんが春さん、その子が夏さんですか。良い名です」 「ありがとう御座います、後は秋と冬が足りませぬ」 「ほぉ、ほぉ、ほぉ、左様ですね。処で娘さんの春さんは幼き頃より何かしておりますか」 「はぁ、流石は橘の方ですな、十歳の頃でしょうか、突然、剣術を習いたいと申しまして鍛錬所に通い始めました。女子を門弟にする処など無いと申しましたら、近隣の鍛錬所を軒並み回ったようで、とうとう向島で女子の門弟を許す処を見つけて参りました。私が見て参りまして良い師匠の様でしたので、その内諦めるだろうと許しました。処が今も続けております、故にかれこれ四年になります」 「春さん、向島までは走っておりますね」 「はい」 「解りました、ありがとう。次は夏さんですが、在所はどちらですか」 「へい、鐘ヶ淵で御座います。米と野菜を作る百姓の娘です」 「お夏さん、何か家の手伝いをしていましたか」 「はい、おっかさんと一緒に江戸に野菜を売りに来ていました」 「天秤棒に野菜を積んで、毎日ですか、畑仕事も手伝っていましたか」 「はい、田んぼも畑も手伝ってな、毎日、野菜を売りに来とった」 「親分、ものは相談じゃが、娘子の春殿とお女中の夏殿を我が道場にて預かりたい。今日の始末賃と思うて貰っても良い。今後、其方の後見にもなろう、但し、悪さをしなければじゃがな」 「おとっつあん、あたいは行きたい」 「お前には聞いとらん、聞かんでも解っとる。夏、お前はどうするな」 「親分さん、あたいはお佐紀様に憧れとる。親分さんはあたいに良くしてくれただ、でも、あたいも行く」 「龍一郎様、お聞きの通りだ。二人を頼みます。何時からですかな」 「親分さんと二人が良ければ、今日、今直ぐにでも宜しいですよ」 「龍一郎様、お佐紀様、お尋ねしても宜しいでしょうか」 「何なりと、何をかに寄りますが、お答え出来ることと出来ないことが御座います」 「何故に娘子が二人で倅では無いのですかな。わっしは倅に強くなってほしいのじゃが」 「倅殿にお聞きすると良い。厳しい、とても厳しい鍛錬に参する気がおありかどうかをのぉ」 「どうなんだ。竜次」 「・・・おりゃ~、強くなりてぃ~。俺も行きてぃ」 「ほぉ~、では、女衆二人と一緒に浜まで走って行って戻って来て下さいな」 「はい、岬までで宜しいですか」 娘の春が即座に答え、夏も顔を引き締め頷いていた。 竜次はと言えば、顔を歪ませ首を横に振っていた。 「どうした、竜次、女衆が行くと言うとる。男衆のお前も行って来い」 「おりぁ~、走るのは嫌いだ」 「では、そこな庭石を五度持ち上げてみて下さいな」 お佐紀が座敷から見える中庭の少し大きな石を指差して言った。 春と夏は庭に向かったが竜次は動かなかった。 「お春さん、お夏さん、持ち上げなくても良いですよ」 「親分さん、正直に申しましょう。親分さんに走って来い、石を持ち上げろ、と申しましたなら、どう致しますか・・・年だからと言い訳でもして止めますか、試してみますか」 辰次親分は庭石を持ち上げる気のように立ち上がりかけた。 「親分さん、良いのです、お座り下さい」 辰次親分は立ち上げかけた動きを止め座り直した。 「お尋ね致しますが倅殿を跡継ぎにとお考えでしょうなぁ」 「へい、そのように思うておりやす」 「残念ですが、倅殿を跡継ぎすれば一家は潰れます。そこにお座りの方に継がせたが良いでしょう。 そちらの世界では代貸しと申す立場の方でしょうか。若い者、皆が倅殿見る眼は恐怖、代貸しの方を見る眼は信頼です。多分、倅殿は若い者に無理難題を言うのでしょう。 代貸しの方は若い者を気づかい相手を選ぶ配慮があるのでしょう」 竜次以外の皆が眼を見開いて驚き、辰次親分は顔を歪ませていた。 「何、言いやがる。ちょっと見ただけで何が解るってんだよ。ちょっと見目が良いからって調子にのるんじゃねいや」 お佐紀は恐れることも無く微笑むと言った。 「竜次さん、では私と勝負致しましょう。こちらに長ドスがおありでしょう、貴方は長ドス、私は木刀でお相手致しましょう。但し、木刀でも骨を砕くことなど簡単ですよ」 佐紀が右手を後ろに回し帯の間から小太刀様の木刀を前に出した。 竜次は今の勢いを忘れたかのように後ろにのけぞった。 「今程の勢いはどうしたのですか。女子の私の挑戦を受けないのですか。女子ですよ」 「・・・」 「親分さん、残念ですが、御覧の通り倅殿は口先ばかりで気が、心が鍛えられておりませぬ。 幼き頃から親分さんの威光を借り、配下の方を動かしてきたのでしょう。 親分さんの威光を己の力と勘違いしているのです。我らが帰ったなら悔しくて配下の者たちに辛く当たるでしょう。特にそちらの代貸しの方に辛く当たるでしょう。そう出来ないように、私は今、釘を刺して置きます。二人の娘さんをお預かり致しますので、こちらと縁が出来ました、時々我らの仲間が見回りに参ります。倅殿、心して置いきなされ」 佐紀が珍しく饒舌だった。 「流石は評判の橘道場のお方で御座います。一目でお解りとは噂以上で御座います。今後ともお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます」 親分は両手を着いて平伏した。それを見た配下の者たちも平伏した。但し竜次以外であった。 その静寂が暫く続き龍一郎が言った。 「お春殿、お夏殿、では持ち物を備えて一緒に道場へ参るぞ」 「はい」 「はい」 お春とお夏が元気良く返事をし立ち上がり支度に部屋を出て行った。 「お佐紀様、申して置きますが、お春はそりぁもう大変なお転婆で御座いますので、ご迷惑を御掛けすると思いますが、よろしくお願い申します」 「お転婆ですか、それは良いことです。ここにおる、舞、雪、葉月、弥生に比べれば高が知れております」 「えぇ~、そちらのお綺麗な娘子がで御座いますか」 「はい、其方様の配下の方々全員が相手でも一人では少々無理でしょうが二人で十分でしょう」 「これだけの員数の男衆を相手にで御座いますか」 「はい、こちらの糸と鈴の姉妹は参じたばかりですので、まだまだお相手は出来ませぬがな」 佐紀は糸と鈴の方を向き言った。 負けず嫌いの糸がぎゅっと唇を噛んでいた。 お春とお夏が着物などを入れたであろう風呂敷を持って戻って来た。 「お前様」 「では、親分、世話になったの」 龍一郎たちが立ち上がり座敷から玄関へと向かい一家を辞去した。 「少しはお転婆が静まれば良いのだがな」 見送りに出た親分がぽつりと漏らした。 「あっしも道場に行きたいな」 代貸しもぽつりと漏らした。 「おぉ、お前なら耐えられるだろうよ。お前が倅ならばなぁ~」 「いいえ、あっしも同じになったと思いますぜ」 「儂の育て方が悪いと言いていのか」 「この際だから、はっきりと言いやすが甘やかし過ぎですぜ」 「今までなら怒鳴る処だが、今日の佐紀様の言葉を聞くとなぁ」 <つづく>
2025.09.25
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<富岡八幡宮の騒動>-----#321この日、道場の囲炉裏端の夕餉に多くの仲間が集まっていた。館長の小兵衛と妻女のお久は勿論の事、昨日まで橘屋敷に戻っていた龍一郎とお佐紀と龍之介も今朝の朝稽古には戻っていた。道場を我が家としている、お雪と婆のお勝、舞、葉月と弥生の双子の姉妹、お糸と鈴の姉妹がいた。この日、珍しく南町奉行所与力・浅井十兵衛と同心の坂下誠一郎こと大岡誠一郎、北町奉行所の本城鐘四郎もいて、七日市藩の岩澤平四郎とお峰も来ていた。そして、店の切り盛りを若い者に任せられるようになった料亭・揚羽亭のお高と定吉に船宿・駒清からは清吉とお駒まで揃っていた。そして、この日初めて甚八と佐助と八重と巳之吉と朋吉も朝稽古から参じていた。橘屋敷の守り番は富三郎一家、料亭・揚羽亭の守り番はお花改め揚羽と慈恩、船宿・駒清の守り番は正平夫婦と双角、七日市藩の守り番は師範代の太郎次であった。この道場には元々囲炉裏は一つで竹と金具で出来た自在鉤(じざいかぎ)も一つだけだったが、仲間が増えるに伴い、 自在鉤を一つ増やし、それでも足りなくなり、広い板の間を幸いにもう一つの囲炉裏を作り自在鉤も二つ増やしていた。この日のように三十人近くの人数でも十分な広さがあった。「十兵衛殿、鐘四郎殿、ちと尋ねたいことがあるのだが、良いかな」「何で御座いましょう」龍一郎の問いに十兵衛が答えた。「富岡八幡の参道は何処の誰の縄張りなのかな」「富岡八幡宮で御座いますか、申し訳御座いませぬ、私の持ち場は日本橋方面で御座いまして、奉行所に戻らねば解りませぬ。鐘四郎殿、お解りか」十兵衛が答え鐘四郎に振った。「私の記憶では北町奉行所の同心から鑑札を貰う香具師の元締めの辰次ではないかと」「富岡八幡宮で何か御座いましたか」鐘四郎が答え、十兵衛が龍一郎に問うた。「うむ、ある筋からの知らせでな、またぞろ縄張り争いがあるようでな」「龍一郎様は何処からそのような知らせを受けられましたでしょうか」「加賀屋に立ち寄った時に聞かされた、十兵衛、其方は与力故町歩きも少のうなったかな」「一朗太の持ち場で御座いますが、加賀屋、能登屋が我らの仲間内とは知らせておりませぬ、能登屋、加賀屋も一朗太に気は許しておるでしょうが、仲間ではありませぬ故、申さぬので御座いましょう」「そうじゃな、そろそろ一朗太を仲間に加えようかな」「ぜひ、そうして下され。よろしくお願い申します」「南町は一朗太を加えるとして、北には良い人材はおらぬかな、鐘四郎殿」「はぁ、通り一辺倒の剣術稽古をするのみで張り合いが御座いませぬ」「左様か、残念じゃな。まぁ、気に掛けておいてくれぬかな。それで鑑札を渡している同心は誰かな」「申し訳御座いませぬ、奉行所に戻り次第調べておきます」「龍一郎、儂らで調べた方が早かろう」「父上、そのつもりでおります。誰か望む者はおるか」「お前様、それよりも皆で八幡様へお参りに参りませぬか。舞は参ったことがありますか」「お佐紀様、御座いません、おっとうは捕り物に忙しくて家族で何処かへ出かけたことがありません」父親の清吉が首を竦めた。「平太はあるようじゃな、どうじゃ」「うへぇ、どうして館長に解るんだ」「儂が幼き頃もあちらこちらと親に内緒で見て回ったものじゃ」「佐紀、それで誰と誰を連れて行くつもりなのじゃ」「はい、お前様、八幡様へは船便が便利かと思いますので、お勝婆様も行けると思います、本人が行きたいと申せばお雪と一緒にどうで御座いましょう」「お勝婆殿、ここから船着き場までと八幡様の船着き場から八幡様までの歩きがあるが、どうじゃな」「へい、御蔭さんで最近は足腰も丈夫になったで、許して貰えるならお参りに行きていだ」「では、お雪と婆様は決まりです、他にお糸とお鈴、葉月と弥生を加えたいと思います。ほかに行きたい方はおられますか」佐紀の問いに名を呼ばれなかった全員が手を上げた。「あれまぁ、皆様で御座いますか、どう致しましょう、旦那様」佐紀が戸惑い龍一郎に判断を委ねた。「某が思うに父上と母上が一番お参りに行っておるようだがな」「久はどうじゃな、儂は二十度くらいかの」「私は十度ほどでしょうか、お峰は幼い頃故覚えてはおりますまい、どうですね、お峰」「私には覚えがありませぬ」「これで決まりじゃな、申し訳無いが道場の守り役は父上と母上にお願い申そう、宜しいですか」「うむ、儂は良いが、久、どうじゃな」「私も守り役で宜しゅう御座います」「では、明日は皆で八幡様へお参りじゃ」「お前様、歩きですか、船ですか」「ここ鍛冶町から陸路ならば茅場町を通り永代橋を渡って門前仲町へと行き富岡八幡宮じゃな。舟路ならば日本橋川、隅田川、小名木川、大島川西支川、富岡八幡宮宮前の船着場と言う処かの。どちらにしろ半刻程で着くであろう」「龍一郎様、お佐紀様、あっしの家の商いをお忘れじゃ御座いませんかい」「おぉ、そうであった。其方、明日と急であるが、これだけの員数の船を支度出来ようか」「あっしは形ばかりの主ですが、それぐらいは何とかなるでしょう・・・大丈夫だよな、お駒」「お前さん、任せておきなって、私が女将だよ、他の客を待たせても用意しますとも」「お駒さん、それはいけませぬ。お客様が第一です」「お佐紀様、おふざけで御座いますよ。明日の御客様は頭に入っております。お任せ下さい」「明日の道場稽古はお二人にお任せして五つ半に駒清で待ち合わせで良いかな」皆が頷き、否の声は無かった。翌日、毎朝恒例の裏庭での鍛錬の後、何時もなら朝餉を食べそのまま道場で門弟たちと道場稽古をするのであるが、今日は風呂に入り朝餉を食べ、五つに道場を出て船宿・駒清へ向かった。大員数で二隻の船に便乗していた。料亭・揚羽亭からと船宿・駒清が用意した酒と食べ物が船の席に並べられ、朝餉を食べた道場の者たちももりもりと食べ酒を飲んでいた。船は予定通りに日本橋川、隅田川、小名木川、大島川西支川、富岡八幡宮宮前の「大島川西支川」に面した宮前の通称「水の玄関口」と呼ばれる水際の船着場に着いた。富岡八幡宮門前の道から北を見ると鳥居があり、いろいろな屋台や店が両側に並ぶ参道が続き、朝、早いにも関わらず大勢の人で溢れていた。船から道に上がった皆はお勝婆様とお雪、お糸、お鈴の幼い娘たちと葉月、弥生、舞の娘たちを真ん中に回りを男たちが囲み龍一郎とお佐紀を先頭に参道へと向かった。お佐紀の見目麗しい姿と龍一郎の二人の大試合の勝者に人々が道を空け参道の真ん中に通り道が出来た。両側に「深川めし」「葛餅」などを売る茶屋が並び 曲芸、軽業、人形芝居、茶屋、見世物小屋が並ぶ、縁日のような賑わいだった。団子、草餅やぼた餅の餅菓子、煎餅、甘酒、ところてん、屋台寿司、立ち食い蕎麦、豆腐田楽とこんにゃく田楽などの食べ物屋も並んでいた。お雪、お糸、お鈴は食べたそうに眺めていたが「帰りにね」とお佐紀に言われ、それでも名残りおしそうにしていた。龍一郎たちがずらりと並び賽銭を投げ入れ頭を垂れ一心に皆が祈った。帰りの参道で約束通りにいろいろな店に立ち寄り、次から次と皆が口に入れた。その時、参道の入口付近が騒がしくなった。龍一郎たちがそちらに近づき眺めると、渡世人風の男三人と用心棒らしい浪人者二人が立ち食い蕎麦の主人と言い争いをしていた。「儂は場所代を辰次親分に払っている、何でお前らに払わなきゃならんのじゃ」「だから言ってんじゃねぇか、ここらは俺っち勝三親分の縄張りなんだよ、だから払いねぇ~な」「大体、一朱なんて大金払える訳ないだろう」「幾らなら払えるんだよ」「だから払う気なんぞ無いと言ってるだよ」「ええ~い、面倒だ、見せしめに叩き壊せ」渡世人風の兄貴分らしい男が叫ぶと子分二人が「おぉ」と叫び前に出て来た。その時、雷鳴のような大声が響いた。「ま~て~い」龍一郎の腹の底からの地響きの様な声で、渡世人と浪人も含め回りの見物人も声のした方を見た。平太が前へ出ようとするのをお雪が止めて前に出て、平四郎が前へ出ようとするのを葉月と弥生が押しとどめ二人が前に進んだ。「何だ、お前たちは、おぉ、可愛い娘たちじゃねぇか、おや、同じ顔が二人だぜ」「兄貴、吉原に売りゃあ高く売れますぜ、小さいのも将来は花魁だ、禿に売れますぜ」「おやおや、私たちは吉原に売られるようですよ、弥生、お雪ちゃん」「葉月お姉様、幾らでしょうか、私は二百両よりも安いのは嫌です。お雪ちゃんはどうですか」「私は幾らでも嫌です。でも吉原って何ですか」「何をごちゃごちゃ言っていやがる。邪魔をするんじゃねぇや」「それは困りましたね。私たちは邪魔をしに来たのですよ」「何だと、俺らの相手をするってのか」見物人の誰かの声が響いた。「あそこにいなさるのは橘道場の龍一郎師範と奥方様のお佐紀様じゃないかい」「おぉ、本当だ。回りにいなさるのは門弟衆じゃないのかね」「まさか、三人の娘さんも門弟なのかい」そんな声が聞こえたのか、与太者五人が龍一郎の方を向いて三人の娘たちに言った。「てめいたちは橘道場の者か」「はい、左様で御座います。自分で言うのも恥ずかしいですが、私たちはとても強いですよ」「何、ぬかしやがる、橘道場がなんぼのもんだ、第一若い娘が二人に餓鬼が一人じゃねぇ~か」「兄貴、儂ら二人に同じ顔の二人を貰えますかい」「良し、良いだろう、てめいたちに任せるぜ、好きにしねい」「へい」子分二人が前に進み葉月、弥生が前に出ようとするとお雪が二人を止めて前に出て行った。「何だ、餓鬼が、引っ込んでいやがれ、邪魔だ」「其方ら二人には私で十分です」「何をぬかしやがる」「生意気な餓鬼め」二人の与太者が再度前に進むと、お雪が右手を後ろに回し、帯の間から小さな木刀を出して、一瞬の内に間合いを詰め、二人の右上腕を叩き折った。「ぎゃ~」「痛て~」二人の叫び声が参道に響き渡り、他の音も声も聞こえなかった。「葉月お姉様、弥生お姉様、これで宜しいでしょうか」「はい、お雪ちゃん、上出来です、精進しましたね」「葉月お姉様、私たちも負けずに精進致しましょう」「そう致しましょう、さて、次は用心棒のお二人でしょう、お雪ちゃんばかりに働かせる訳にもいきませぬ」お雪が後ろに下がり双子の二人が前に進んだ。見物人からまた声が掛かった。「あんなに小さな娘子がむちゃくちゃ強いじゃねいか」「おぉ、流石は橘道場の門弟だね」「あんな小さな門弟がいたかね、それも娘だぜ」「師範の養女じゃねぇのか、それとも隠し子かねぇ」「あらあら、お雪は、お前様の隠し子だそうですよ。私は怒るべきでしょうか」「すまぬな、許してくれ、他に二人の双子もおる」お佐紀と龍一郎が戯言を言い合った。兄貴分が痛みに叫ぶ二人を蹴とばして叫んだ。「煩せい、情けねい奴らだぜ、退け、退きやがれ、先生方、お願いしますぜ」「ほらね、弥生、やはり次は用心棒ですよ」「はい、お姉様、あの兄貴分は口ばかりのようですね」「さて、お雪ちゃんのように致しましょう」「お雪ちゃんは二人が相手だったのに私たちは一人づつですね。狡いわ」「でも、先ほどの二人よりは少しは強いでしょ」「強いと言ってもね」「弥生、貴方の自惚れではありませぬか」「欠点、弱点が解るかですね。二人とも手に豆がありませぬし、左肩が刀の重さで下がっています」「武士ならば刀の重さで肩が下がるものですよ、弥生」「はい、お姉様、ですがそんな方たちは鍛錬不足です。龍一郎様も館長も左肩が下がりませぬ。十兵衛様も鐘四郎様も当初は下がっていましたが今では下がっておりませぬ」「良い見識です、私もそのように思います。但しもう一つ、一人は左膝が悪く以前の怪我が完治しておらぬのでしょう」「勉強になりました。お姉様」「もう一人は左足首が悪いように見えるのですが」少し後ろにいた、お雪が言った。「はい、そのようですね。お雪ちゃんの気付きは凄いですね、弥生」「はい、 勉強になりました」回りが固唾を飲んで見守っていて静まりかえっているので三人の声が見物人の後ろまで聞こえた。「綺麗な同じ顔のお二人さんよ、大丈夫かい」見物人の一人が声を掛けた。「ご心配ありがとう御座います。ですが、先ほどの妹よりも姉の私たちの方が少し強いのです」声を掛けた見物人の方を向いて弥生が答えた。前に出て来た用心棒の二人が娘二人が相手だと言うのに剣を抜き、峰に返すこともしなかった。「おやおや、真剣です、お姉様・・・お雪ちゃんよりも多くしたいのですが宜しいでしょうか」「はい、右の肩も粉々に砕き武士として『たつき』の立たぬように致しましょう。弥生」「この小娘らは、我らに勝つつもりのようじゃぞ」「小娘とて橘の者じゃぞ、先ほどの小童も思いのほか強かったで、気を抜くでないぞ」「与太者と我ら武士との違いを見せてくれるわ」葉月と弥生がお雪と同じように右手を後ろに回し帯の間から小太刀様の木刀を出して右に垂らした。「お姉様、この人たちは気配を感じることも出来ぬようです、がっかりです」「そのようですね、遊びにもなりませぬな、弥生」「ぬかしおったな、死んでから悔め~」二人の用心棒が同時に剣を頭上に掲げ前に突っ込んで来た。次の瞬間には二人の用心棒がその場に倒れ刀を落とし左手で右手を包み痛みに苦しんでいた。双子の二人はと言えば、何事も無かったかのように元の位置に戻り木刀を右手で後に回し帯の間に入れていた。「さてと、兄貴分さん、貴方一人になりました、どう致しますか」「・・・」「どうなさいました、お~い、聞こえていますか、兄貴分さ~ん」兄貴分は少し振るえ、顔を引き釣らせながら少しづつ後ずさりしていた。「兄貴分さん、用心棒と弟分の四人を置き去りにするのですか」弥生の言葉が終わらぬ内に兄貴分は振り返り脱兎のごとく走り去って行った。「あらあら、置き去りですね」「私たちも見習わなければなりませぬね、知らせが大事な時もありましょう、そのような時には仲間を置き去ることにもなるでしょう、弥生、お雪ちゃん」「では、暫くすると大勢がやって来ますね、お姉様」「多分そうなるでしょうね、ですが、此処では参拝の皆さまのご迷惑です」「娘さんよ、そっちの裏に広い空地があるぜ」最前列の見物人の一人が指差して方向を示してくれた。「教えて頂き、ありがとう御座います。龍一郎様、向こうに広場があるそうです、そちらで待ちましょう」「良い考えじゃ、皆でその広場へ行きなさい、私はここで其方らが広場で待っていると伝えよう」「お前様、私もご一緒致します」「願おう」葉月と弥生を先頭に仲間たちと見物人たちがぞろぞろと広場へと向かって歩き出した。参道には店番も誰もいなくなり、龍一郎と佐紀だけが参道の入口に立っていた。四半刻が経とうとする頃に右手から大勢の人が走る足音が聞こえた。逃げ去った男を先頭に四、五十人程の渡世人、浪人が現れ、四人が担ぐ輿に乗って派手な服を着た男が先頭に出て来た。「おい、二人だけで誰もいねいじゃねぇか、どうなってんだ」「あれ、大勢の人でごったがえしておりやしたんですが」「店にも誰もいねいじゃねいか」「おい、そこの二人よ、みんなはどこに行っちまったんだ」「おぉ、其方は仲間を置き去りにして逃げた兄貴ではないか」「それに私たち二人だけではありませぬ、其方が置き去りにした四人も苦しんでおりますよ」「そんな役立たずはどうでもいいや、小童は何処へ行きやがったか、言え」「怖がって震えて逃げた者が戦った者を足蹴にするとは、親分さん、良い子分をお持ちですね」「てめい、言ってたことと違うじゃねぇか、くそ、おい、この裏切り者を畳んじまえ」「ひえぇ~、親分、勘弁してくだせい、お願いです」逃げた男は子分たちに足蹴りされ痛みに呻いていた。「それで、そこの四人を倒した者たちは何処におるか、教えてくれぬかな」「流石に親分さんですな、ものの聞き方をご存じじゃ。その者たちと店の者たちと参詣の者たち、皆は向こうの広場で其方らを待っておる」「処で親分さんのお名前を御聞かせ下さいませぬか」「良い女だのぉ、答えよう、儂はこの当たりの縄張りを仕切る勝蔵だ、覚えておいてくれ」「お名乗りありがとう御座います、ですが、覚えてもしょうがありませぬ」「何故だな」「今日で一家が解散するからですよ」「何だと、このあま、ちょっと良い女だからって調子に乗りやがって」「待った、親分、この女は大試合で女子の部の勝者になった、確か・・・佐紀ですぜ、それに、隣にいるのは成人の部の勝者の橘龍一郎ですぜ」「何だと~、嘘じゃ無いだろうな、じゃあ何かこいつらは橘道場の連中を相手にしたってのか」「さぁ、どうでしょう、解りません、ですが、娘三人と言ってましたんで違うでしょう」「良し、兎に角、向こうへ行ってみるか、行くぞ」ぞろぞろと皆が広場へ向かって歩き出し、その後を龍一郎と佐紀が続いた。広場では群衆がコの字になって口を空け与太者たちが来るのを待っていた。コの字の奥の先頭に龍一郎の仲間たちが立っていた。皆は誰が先に対するかを「虫拳」 で決めていた。「虫拳」 または「狐拳」 は現代の「じゃんけん」に当たるもので、カエル・ナメクジ・ヘビの3種類を出し合い、ヘビはカエルに勝ち、カエルはナメクジに勝ち、ナメクジはヘビに勝つ、という決まりだった。 「やった~」平太が喜びの声を上げた。二番は舞で三番はお峰で四番はお駒だった。当然のように、それぞれの合い方が横に並んだ。一番手の平太の横にお雪、二番手の舞の横には誠一郎、三番手のお峰の横には平四郎、四番手のお駒の隣には清吉が立っていた。コの字の中に無頼者たちが入ると龍一郎と佐紀が逃げ道を塞ぐように立ち、その後ろに見物人たちが移動して塞いだ。「三人じゃねぇじゃないか、それに娘じゃないぞ、どうなってやがる」「親分、橘道場の奴らですぜ、逃げやしょう」「ばかやろう、儂らの商売は後ろを見せたら仕舞なんだよ、行け、行け」「よ~し、これだけの数がいりゃあ大丈夫だぜ、皆で掛かるぜ」「おお~ぉ」渡世人たちと用心棒浪人たちが刀を抜き一斉に飛び出して行った。一番手の平太とお雪が真っ先に迎え打った。道場の男たちは鉄扇、女達は小太刀の木刀で一家の者たちの上腕と鎖骨を叩き砕き、浪人は剣者としての道を絶ち、渡世人たちは足の骨を砕かれ悪さが出来ないようにした。後で数えて見ると渡世人が三十五人で浪人が十人の計四十五人だった。対した龍一郎の組は四組の八人だった。「流石に橘道場だで、強いやね」「んだ、んだ、女子も強いやね」「女子だが、小童も強かったの」「こいつらどうすべ」「ほっとけ、ほっとけ勝手に眼を覚ますだでよ」「お前ら何処の者だ、訛りが強いな」「おら、神田の生まれだでよ」「ぬかしやがれ、江戸者がよ、おら、だの、だでよ、なんぞ言わんぞ」「訛りなんぞ、どうでも良いわ、橘道場の者は強い、なしてあげにつよかと」「ほうじゃのぉ、まぁ、厳しい、厳しい修行をしておるのじゃろう」<つづく>
2025.09.24
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<走り競い>-----#320 以前、江戸では誰が剣術で一番強いかが読売にもなり評判になったが、今また評判になっていることがあった。 それは、だれが一番早く走れるかだった。 勿論、大本命は飛脚屋だった。その中でも常陸屋の藤次郎という男が別名を韋駄天の藤次と言われ、大本命だった。 「走り競い」現代で言えばマラソン大会のような催しが行われることとなった。 勧進つまり掛かる資金を提供するのは加賀屋と能登屋であった。幕府はと言えば何か江戸の街に活気を取り戻すにはと思案していた事もあり諸手を上げて賛同した。区間は、街道の起点・日本橋から東海道を下り、次の宿場・品川までの往復と定められた。御府内の催しであることから、警備には月番に限らず南北両奉行所が当たり、さらに街道筋に関わるとして勘定奉行所までもが加わることとなった。 南北の奉行所が合同で何かを行う事は非常に珍しく、ましてやそれに勘定奉行所が合同するなど前代未聞な事であった。 事の起こりは龍一郎である。道場の門弟たちの足腰を鍛えるために近くの浜辺を走らせた。砂場を走ることは普通の地面を歩く、走ることよりも大いに鍛えられる。龍一郎と佐紀が先頭を走り、次は小兵衛、久が続き、次に門弟たちが走り、最後尾を葉月、弥生、平太、雪、柳生の二人が走り、浜辺の区間を何往復もする内に門弟は遅れ始め、龍一郎の仲間たちが門弟たちを追い抜き小兵衛、久の後に続いた。時に師範代の平四郎、峰、三郎太、有が参加していた。そして、時に町奉行所の十兵衛と鐘四郎も加わることもあった。 ある日、門弟が師範代に尋ねた。「皆さまの中でどなたが一番早いのですか」「競うたことが無いで解らぬな、まぁ、儂で無いことは確かよ」館長・小兵衛が答えた。「其方らやってみるか」小兵衛が師範代たちに尋ねた。門弟たちと離れて、小兵衛の回りに龍一郎と佐紀を除いた仲間たちが集まった。「館長、本気で御座いますか、我らが真の力を出しますと不味いことになりましょう」「解っておる、じゃが、この状況でやらぬ訳にも行くまい。そこでじゃ、この中で三郎太よりも早いと思う者は居るか、どうじゃ」皆が他の者たちを見渡したが、誰も名乗りを上げなかった。「と言うことじゃ、結果は見えておる、そこでじゃ、三郎太が力を十分に抑えて走り、皆が抜かぬようにすれば、それらしく見えるであろう、走り終えた後に息切れも忘れぬようにな、どうじゃ」「畏まりました」皆が承知し、小兵衛が砂浜に足を引きずり線を引いた開始線の前に立った。「行って、帰るの往復を二回じゃ、用意は良いな・・・始め~」皆が一斉に走り出した。真っ先に走り出したのは平太とお雪だった。この日の師範代は三郎太と平四郎で女子の部の師範代はお有とお峰で雪の後に続いた。一往復した処で三郎太が先頭になり、次が平四郎で平太、お雪、お有、お峰と続き終わった。「流石は三郎太さんだ、今評判の韋駄天の藤次とどっちが早いのかな」 門弟の一人が言った。 「何者だな、韋駄天の藤次とは」 「飛脚の藤次郎という男が別名を韋駄天の藤次と言うて早いと評判なのです、館長」 「定飛脚の権兵、治助も早いと聞いたぞ」 「公儀飛脚の与一が早いらしいそぞ」 「誰が早いのかな~」 巷では町飛脚の走吉、定吉、権太の名前も上がっていた。 そんな中、褒美の賞金を加賀屋、能登屋を勧進に催し物が行われるとの噂が流れた。 加賀屋の前に武家駕籠が止まり武家が降り立った、月番奉行・大岡忠相だった。 先振れの共侍を送ること無く忠相本人が敷居を跨いだ。 「主はおられるかな、南町奉行・大岡である」 「は・はい、どうぞお上がり下さい」 大試合の時にも会っていたので番頭は忠相を覚えていた。 「うむ、突然のお訪い、あい済まぬな」 忠相はそう言うと式台を上がり、番頭の案内で客人用の座敷に入った。 その間、二番番頭が奥の主・総左衛門へ知らせに行った。 忠相に台所の小女が茶を出して間を繋いだ。 総左衛門が襖を空け、その場で平伏した。 「お奉行様、じきじきのお出まし、恐れ入ります」 「まぁ、入れ、と言うても、ここは其方の家じゃ」 総左衛門が忠相の前に座り、番頭が座敷を出て行った。 「早速じゃが、今日は巷で評判になっておることで話に参った」 「はて、巷で評判と申しますと何で御座いましょう」 「誰が一番早いかじゃ」 「おぉ、そのことで御座いますか」 「誰が早いかの催しを行いたい、その催しを行うは世に活気をもたらすであろうとの幕閣の言葉でな、じゃが、幕府には銭が無い。 そこで、其方が勧進になってくれぬか、但し、催しの主催は幕府と言う、虫の良い話よ」 「これはまた、大岡様らしい正直なお話で御座いますな、先の大試合のようにで御座いますな、では、能登屋にも声を掛けますか」 「うむ、この後に訪ねるつもりじゃ」 「それは面倒な、今ここに呼びましょう」 「そうして貰えるとありがたい」 「番頭・善兵衛、聞こえたかな」 「はい、手代を向かわせました」 「そうか、ありがとう」 「はい、暫しのお待ちを」 二人は茶を飲み待った。 「総左衛門、其方と能登屋の主も元は武士であろう。龍一郎様の仲間では、いや龍一郎の言葉を借りれば家族ではないのか」 その時、襖の向こうから声が聞こえた。 「能登屋・庄右衛門で御座います」 襖が開き、庄右衛門が平伏していた。 「能登屋殿、手数を御掛けするの」 「とんでも御座いませぬ」 能登屋・庄右衛門が座敷に入り、総左衛門の隣に座った。 「それで、其方らは元武士であろう、龍一郎様の家族であろう」 「お奉行の眼力、恐れいります、確かに我らは元武士で御座います」 「して、龍一郎様の家族ではないのか」 「それについては、お答え出来かねます」 「解る、龍一郎様の許しがいるのであろう、これ以上は聞かぬ」 「ありがとう御座います」 「話を戻そう、誰が一番早いかの催しの話じゃ、主催は幕府で銭は其方らが出すと言う虫の良い話じゃ、どうじゃな」 「私どもも話をしておりましてな、まぁ、巷では常陸屋の藤次郎・別名を韋駄天の藤次に、定飛脚の権兵、治助、公儀飛脚の与一と言うものもおりますが・・・」 「みなを言わずとも良い、巷では知られておらぬが龍一郎様の仲間、いやそれ以前に龍一郎様がこの世で一番早かろう」 「・・・」 「・・・」 「其方らは知るまいのぉ、儂と龍一郎様は入魂じゃ、道場へは何度も行っておる。何度も龍一郎様にも、そのお仲間にも捕り物の世話になっておる」 「・・・」 「・・・」 「儂の言葉だけでは信用なるまい、次に龍一郎様と会うおりがあれば尋ねると良い。それで走りの催しのことじゃが勧進をお願い出来ようか」 「いか程、ご入り用ですか」 「二百両と見込んで居り申す」 「一軒でですか、併せてですか」 「併せてで御座る」 「それでは足りますまい」 「左様、二百両づつ、併せて四百両をお出し申します」 「おぉ、真か、忝い、恥を忍んで来たかいがあり申した。忝い」 大岡は上機嫌で店を後にした。 大岡は走りの催し物の支度は幕府が全て行うと言い残して行った。 大岡が加賀屋を訪ねた五日後に金六、銀八によつて読売が売られ、辻に高札が張られた。 「 勧進競い走り御試合之事 開催趣旨は誰が一番早く走れるかを決める催し成り、及び、両国橋の修繕成り。 その名を<江戸競い走り大試合>と致す。 走る区間は日本橋から品川までの行き帰りと致す。 出たき者は北町奉行所へ申し出ること。 主催日は翌月十日と致す、出る者は七つ半に日本橋に来るよう。 一等は十両、二等は五両、三等は一両を召し与えるもの成り。観覧料は無料なれど寄進を願い致す。 諸人来観致すべく候。 興行主は加賀屋及び能登屋。 南北奉行所、並びに勘定奉行所」 読売には高札の内容だけでなく、出場予定者と勝者予想も書かれていた。巷では常陸屋の藤次郎・別名を韋駄天の藤次に、定飛脚の権兵、治助、公儀飛脚の与一、町飛脚の走吉、定吉、権太の名前も上がっていて読売にも書かれていた。 まず最初に韋駄天の藤次が出ると読売に乗り、多くの者たちが辞退した。 だが、読売が予想した定飛脚の権兵、治助、公儀飛脚の与一、町飛脚の走吉、定吉、権太が出ると申し込みをした。 橘道場では門弟たちが三郎太に出ることを勧めたが三郎太は拒否していた。 夕餉のおりに小兵衛が尋ねると三郎太は忍び故に目立つことは避けたいと言った。 だが、お久に言われた。 「其方はもはや橘道場の師範代として世に名が知られていることをご存じではないのですか」 「えぇ~、そのようなことは考えても居りませんでした」 「いまさら、競い走りで勝者になっても橘道場の師範代なれば当然と思われるだけのことですよ」 「はぁ、左様ですか」 「其方もそろそろ表舞台に出る時と思いますがな、どうですな、お前様」 「久の言う通りに致せ」 「じいじはばあばの言う通りにしか言わん」 舞が小兵衛とお久をからかった。 「龍一郎様、宜しいでしょうか」 「許す、但し、二番手の者との差を一丁と致せ、良いかな」 「はい、一丁で御座いますね」 「三郎太さんには全力で走るよりも大変なことやも知れませぬな」 佐紀が珍しく言葉を添えた。 翌日、受付の北町奉行所へ出場の申し込みに三郎太が出かけて行った。 掛かりは中間で、その後ろに責任者の武士が控えていたが、その武士は橘道場の門弟だった。 「おぉ、三郎太師範代、今朝程はご指導ありがとう御座いました。師範代が競い走りの申し込みで御座いますね。 ありがとう御座います。我ら門弟衆は応援致します。治助さんや、橘三郎太殿の名を記入致せ」 「何を騒いでおる」 と奥から先輩同心が現れた。 その男は三郎太を見ると、同じように大喜びした。門弟、家族の鐘四郎だった。 「師範代なれば、巷で噂の韋駄天の藤次や定飛脚の権兵など眼じゃありませぬ」 「はぁ、ありがとう御座います、申し込みはこれで宜しいでしょうか」 「治助さん、書き込みましたか」 「はい」 「三郎太先生、受け付けまして御座います」 「ありがとう御座います」 三郎太はそうそうに奉行所を後にした。 三郎太は道場指南、丘修行、山修行よりも疲れを覚えた。 忍びとして役に扮しての会話は平気だが、三郎太としての素での会話に疲れを感じた。 催しの前日、参加者が決定した。公儀飛脚の与一、定飛脚の権兵、治助、町飛脚の韋駄天の藤次、走吉、定吉、権太、三郎太の八人だった。大会当日は沿道に見物人がこんなに人がいるのか、と言う程に人が集まり、食べ物屋が軒を並べ、大道芸人も大勢集まっていた。出発地点であり、終着地点でもある日本橋は身動きも出来ない程に人でごった返していた。龍一郎たちはと言えば清吉とお駒の料亭・駒清が競い走りの通りにある為二階の窓から覗いていた。 競い走りの始まりの地点は橋の手前だった。橋の上に八人が横に並び開始を待っていた。南町奉行所の与力・十兵衛が橋の端に立ち右手を上げて大きな声を上げた。「宜しいか、宜しいな・・・用意・・・はじ・・・め~~」八人が一斉に走り出した。先頭は町飛脚の韋駄天の藤次、続いて定飛脚の権兵、治助、公儀飛脚の与一、町飛脚の走吉、定吉、権太と続き最後が三郎太だった。折り返しの品川に着く頃には先頭が韋駄天の藤次と変わらなかったが、二番手が公儀飛脚の与一、三番手が定飛脚の権兵、続いて三郎太、町飛脚の走吉、定吉、定飛脚の 治助、町飛脚の権太だった。一回目に日本橋に着いた時には先頭が韋駄天の藤次と変わらなかったが、二番手が定飛脚の権兵、三番手が三郎太、その後に定飛脚の権兵、定飛脚の 治助、町飛脚の権太、走吉、定吉だった。沿道に並ぶ観覧者たちは前に走者が近づくと大歓声を上げていた。二度目に折り返しの品川に着いた時には先頭は変わらず韋駄天の藤次だったが、その直ぐ後ろに三郎太が走っていた。続いて定飛脚の権兵、定飛脚の権兵、町飛脚の権太、走吉、定吉、定飛脚の治助だった。そして、最終地点まで後二丁程の処で三郎太が韋駄天の藤次を抜き、先頭に立った。三郎太は速さが衰えるどころか、速さが増し韋駄天の藤次との差をどんどん広げて、二番手と一丁程の差を開けて、最終地点に達し勝者となった。二番手は韋駄天の藤次、三番手が町飛脚の権太、四番手が定飛脚の権兵、町飛脚の走吉、定吉、定飛脚の治助と続いた。三郎太が到着した時には大騒ぎとなり、二番手の韋駄天の藤次が到着した時には紙吹雪が舞った。祝いの紙吹雪では無く、一番を韋駄天の藤次に掛けていた紙切手が予想が外れて舞ったのである。 龍一郎の仲間の内、お駒とお高が真っ先に競い合い切手を買い、二人から話を聞き、平太、雪、平四郎、清吉、定吉、双角、慈恩、正平が買い、平太から葉月、弥生、糸が勧められて買っていた。勿論、勝者が三郎太へであり、巷の一番予想が韋駄天の藤次だったので百倍になる計算だった。 日本橋の広場で授賞式が行われ、一番手から三番手までに賞状と賞金が渡された。賞状と賞金が一人一人に渡される度に大歓声が沸き起こった。授賞式が終わり、皆が入り乱れた途端に三郎太の姿が消え、暫くすると船宿・駒清で見物していた皆の部屋に降り立った。「三郎太殿、ご苦労でした」「ありがとう、御座います」「速さを抑えることは、事のほか疲れたであろう」「はい、山への行き帰りよりも疲れました」龍一郎の労いと問いに三郎太が答えた。その後、皆から労いの言葉が掛けられた。 <つづく>
2025.09.23
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<団子茶屋の鍛錬>-----#319「ご亭主殿、茶と団子をお願い致す」 「はいよ、茶と団子を二人分ですな、婆さんや聞こえたかのぉ」 「婆さんはいませんよ、私はまだまだ娘ですよ」 主は近くに人がいないことを確かめて二人の客に声を掛けた。 「誠一郎様と舞様でしたな、今日はどのようなご用件で御座いましょう」 「はい、左様で御座います。さして用は御座いませぬ、しいて申せば、お二人の鍛錬は如何なものかと」 「御蔭様で生きがいが出来まして朝な夕なと鍛錬ずくしで御座います。朝は暗い内に走り、その後、竹刀振り、夜も竹刀振りをしております。近々、道場に重しを頂きに参ろうかと思うておりました」 「それは、それは良き刻に参ったということで御座ろう。さもあろうかと重しを持参致しました」 誠一郎と舞は背中に背負った背嚢(はいのう)を降ろし、中から重しを出した。 そして、もう一つ折り畳まれた背嚢を出した。 「走る時にこの背嚢に石を詰めて重しとし鍛錬するのです、我らはそうしています」 「成程、成程、それは良い、それを我らに貰えるのかな」 「そのつもりでお持ちしました。どうぞお使い下さい」 「ありがとう、では早速、石を入れてみたいが宜しいか」 「どうぞ、既に貴方がたの物です。どうぞ、お好きなように」 主は折り畳まれた背嚢を受け取り開くと近くの大きな石を詰め込み重さを計り、満足すると背中に背負い家の回りを走り回った。妻も舞から背嚢を受け取ると石を詰め背負うと亭主と同じように家の回りを走り出した。 その走りはなかなかのもので、龍一郎たちが訪れてから毎日相当に鍛錬していたことを伺わせた。 山門から人が出て来たので二人は走りを止めて止まった。少し息が荒く肩が上下していた。 山門から出て来た老夫婦は茶店にやって来て、空いた縁台に腰かけた。 「いらっしゃいまし、何に致しましょう」 「そうですね、私は草団子を二本お願いします。貴方は」 「そうじゃのぉ、儂はあんこの団子とみたらし団子を一本づつにしよう」 「畏まりました。少々お待ち下さい」 誠一郎と舞はただの団子と注文したので、みたらし団子が皿に乗っていて、二人はお茶を飲みながら五玉の団子二串をゆっくりと食べた。 その間に老人二人の注文の品も届き食べ始めていた。 参道に人通りが多くなり、先ほどまでの静寂が嘘のように騒がしくなった。 その中の渡世人風の二人が一度行き過ぎて戻り茶店の前に来て老夫婦に話掛けた。 「爺さん、婆さん、旨そうなもん、食ってるじゃねぇえか。儂らにも食わせてくれよ」 老人二人は怯えて何も答えられずにいた。 「どうした、どうした、儂らにも食わせろと言ってるのが聞こえねぇえのかよ」 老人の亭主が振るえながら一本残った皿を前に出した。 「お客人、ご注文でしたら私が主人です、私にして下さい」 「煩せいや、引っ込んでいやがれ」 「ご亭主、こう言う御仁は多いのですか」 誠一郎が横の縁台に座ったままで間に入った亭主に尋ねた。 「いいえ、初めてのことです」 「なに、二人でくっちゃべっていやがる。儂が話ているんだ、餓鬼は引っ込んでな」 「御亭主、拙者がお相手致しますか」 「御親切ありがとう御座います。私が対処致します」 「てめいら、いい加減にしやがれ、俺を除け者にしやがって」 亭主が右手を後ろに回すと妻の於登勢(おとせ)が心張棒を渡した。 「一緒に暮らしている時が長いと左様に心が通うものですかな」 「他の夫婦は存じませぬが、我ら夫婦に言葉は要りませぬ」 「大変勉強になりまして御座います」 「てめいがおれっちの相手をするって~のか」 「はい、左様で御座います」 亭主は心張棒を正眼に構え、少し斜め後ろに控えた於登勢も竹の棒を正眼に構えていた。 渡世人風の男二人が長ドスを抜いて構えた。 亭主が一歩前に出た、途端に渡世人風の男の一人が長ドスを上段に移し亭主に切り付けた。 亭主は右に避けると心張棒を腹に叩きつけ、横では於登勢も竹の棒をもう一人の腹に叩き付けていた。 老人二人は唖然として亭主と於登勢を見つめていた。 渡世人風の男二人は気を失っているのか、ぴくりとも動かなかった。 誰が知らせたのか、暫くして岡っ引きが来て二人の眼を覚まさせ番所へ連れて行った。 岡っ引きには老人二人が亭主と妻女の無実を証言した。 「危ない処をお助け頂き、ありがとう御座いました」 老人の客が亭主に礼を言った。 「いいえ、私どもこそご迷惑を御掛け申しました」 「私は薬種問屋・越中屋の隠居・徳右衛門で隣は女房の土岐で御座います。 茶店の主が悪党退治するなど聞いたこともましてやみたこともありませんでした。 忝う御座います」 「私は、この辺りでは宗の字と呼ばれております、女房は於登勢(おとせ)で御座います」 徳右衛門は紙入れから一分銀を出して主に渡した。 「釣りは要りません」 「ご隠居様、これでは多すぎます」 「珍しいものを見せて頂きました。見物料で御座います」 「ありがとう御座います。またの起こしをお待ち致します」 「はい、寄らせて頂きます」 老夫婦は改めてお辞儀をして店を去って行った。無論、店の二人もご辞儀をして見送った。 「やっぱ本当のようだ、あん店の主は元武士のようだ」 この光景を見ていた見物人たちが話合っていた。 「女将もやっつけたぞ、流石は武士の嫁さんだの」 「武士の嫁さんも剣術の稽古をするのかの」 「いや、いや、わしゃ~聞いたことがない」 「儂はあの茶屋の団子が好きでの、よう食べとるが武士だとは気付かなんだ」 「士分が団子屋に変わるとは、見上げたもんじゃ」 「団子は旨いか、御隠居よ」 「あぁ、旨いぞ、種類も多いぞ、みたらし団子、胡麻団子、醤油焼き団子、餡団子、草団子、黄粉団子(きなこ団子)となんでもあるぞ」 「よし、儂は餡団子、草団子を食べに行くべ」 「儂はみたらしを食べに行こう」 店は見ていた者たちが客になり込み合って来た。 舞が支払い、誠一郎と舞は店を立ち去った。 支払いの時に舞は小さな声で主人に言った。 「座禅を修行に加えて下さい、気を消すことも学んで下さい」 その後、普通の声に変え「御馳走様でした」と言った。 店を離れて誠一郎と舞は並んで歩いていた。 「お二人の鍛錬は私の予想以上のようです」 「はい、私もそのように感じました」 誠一郎の言葉に舞も賛同した。 「龍一郎様に浜屋敷での鍛錬を具申してみます」 「私もそれが良いと思います」 「お前様、私たちの技前が上がりましたようです」 団子屋が店終いの片づけを終わり、奥の部屋で茶を飲んでいた。 「そのことよ、無頼者の動きが遅く見えた、其方はどうであったな」 「私もそのように感じました」 「龍一郎様の言葉を信じ、鍛錬致そうぞ」 「はい」 「其方は辛くは無いかの」 「苦しい時も御座いますが、楽しくもあります」 「そうそう、舞殿が一言言うて言った。座禅をしろ、とのことでな」 「座禅で御座いますか」 「そうよ、気を消すことを学べと言うておった」 「座禅で気が消えますか」 「龍一郎様からの言葉であろう。従おうではないか」 「はい、では早速、座禅を致しましょう」 「うむ、始めよう」 二人は結跏趺坐に足を組み、座禅の態勢になった。 <つづく>
2025.09.22
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<城への地下道>-----#318富三郎は養老の山で地下蔵を作った時にレンガ作りに慣れ、龍一郎達に伝授し彼らも慣れた。 その後、丘屋敷にも地下蔵を作ったことで熟練し、この時に甚八達、元伊賀の住民達も熟練の域に達していた。 龍一郎の依頼により吉宗から甚八が拝領した屋敷から千代田の城の吉宗の瞑想の御堂への地下道を龍一郎から依頼され富三郎が測量と設計を行い甚八達が地下道建設を行っていた。 甚八達は千代田での吉宗の警護と城全体の警護、山での修行、丘屋敷の警護と鍛錬、拝領屋敷の警護、吉宗と龍一郎から受けた地方や江戸市中の探索と非常に忙しい合間を縫って拝領屋敷から千代田の城への地下道の工事を行っていた。 以前は養老一帯の悪餓鬼集団の大将と副将だった巳之吉と朋吉は龍一郎の一睨みで改心し、龍一郎の命で富三郎の弟子になりレンガ作りとレンガを使った蔵作りを教わり熟練しており、この地下道作りに率先して参加し仲間の指導も行っていた。 千代田の城への地下道は御濠の下を通る為、深く深く作らなければならなかった。 その為もあり、当初、拝領屋敷の蔵から地下にレンガ作りの武器や非常用の食料貯蔵倉庫を作った。その後、その下から城への地下道を作り始めた。 材料のレンガは養老の里で作られ、一旦、丘屋敷に貯め置かれ、必要に応じて拝領屋敷に運ばれていた。 富三郎は最初に測量し城の御堂への道筋を図面に書き甚八に渡した。そして時々深さと向きの検証に訪れていた。 一度、富三郎が検証に訪れた時に道筋が外れており少し手前から向きを変えたことがあった。 逸れた穴は広めて倉庫に使うことにした。 穴を掘る時には籠に鳥を入れ穴の先頭に置くようにしていた。これは富三郎の助言によるので、 この時代には呼び名はないが身体に良くないガスや酸素が薄くなった時に鳥が弱り、知らせてくれるのである。幸運なことにこれまでのところ鳥は元気だった。 穴が堀の下に達した時に天井から、横から水が噴き出して来た。 富三郎は床、横壁、天井の全てをレンガで作らせレンガの繋ぎに漆喰を使わせた。そして床の両側を一段低くし屋敷に向けて傾斜するようにしていた。床は中央が少し高くなっており水はどちらかの壁に向かい、壁際の溝を伝い屋敷下の大穴に向かうようになっていた。 こうして穴を堀り一列づつレンガで穴を補強して堀り進んでいた。 流石に堀の下を掘っている時は進みが遅くなったが堀を過ぎると進みが戻り十月で目的の御堂の下に辿り着いた。目的地に近くなると富三郎の訪問頻度が増し何度も何度も測量と修正を繰り返した。 最後に富三郎は御堂の床下から穴を堀り長い鉄の棒を繋ぎ地下に打ち込み横穴に繋がると縦穴を大きくしていった。竪穴の壁もレンガで覆い梯子を着けた。 実は御堂の図面を書き、建築を主導したのは富三郎だったのである。 吉宗と御側御用取次の加納との計らいで作られ依頼が富三郎になったのである。 無論、龍一郎が門弟である加納に道場で依頼し吉宗に伝え、吉宗が側用人の加納に伝えた形を取り、加納が作事方に御堂の図面を巷で評判の棟梁・三代目・作衛門にせよ、と指示したのである。 三代目・作衛門は清吉の船宿と浜屋敷を建て巷で評判になっていた。 作衛門は浜屋敷を作りに当たり縁の出来た富三郎を図面作りに加えることを清吉に依頼された時に一も二もなく了承した。 千代田の城で吉宗の信頼厚い用人は絶大な権限を持ち序列では将軍に継ぐ老中でも無下には出来ない存在だった。 富三郎は図面書きだけでは無く、大工でもあり秘密の出入口の造作は富三郎自身が細工した。 そして、時に腐り具合や不具合を確かめるとの理由で富三郎が城に上がっていたのである。 こうして、千代田の城の粛清が終わり二月程経った頃に城から甚八の屋敷への地下道が完成した。 御堂から地下道への入口は仏像が置かれていて五か所を順番に移動させて初めて横に動くようになっていた。そして、降りる途中で棒を下に降ろすと重しにより仏像と台座が元に戻るように工夫されていた。 この地下道の建設目的は非常時における将軍・吉宗の逃げ道、これは名目上のことで、真の目的は吉宗を市中への散策へ誘う為のものであった。 勿論、最初にこの地下道を利用したのは龍一郎だった。 それは完成を祝した宴を龍一郎の指示の元、丘屋敷で行われた日のことだった。 <つづく>
2025.09.21
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<四宿の頭>-----#317江戸は千代田の城を中心に北東の道を辿れば日光街道の起点千住の宿場、北西の道には中山道の板橋の宿、西へ進めば甲州街道沿いの内藤新宿 、南に向かうと東海道の起点である品川宿の四つの宿場町があった。吉原は幕府公認の色街であったが、四宿には非公認の色宿があり、吉原では会所・頭取の四郎兵衛の指示の元、四宿の情報を集めていた。関八州の清掃、排泄物の処理等を担っていた非人の元締め浅草弾左衛門も、四宿の情報を集めていた。南町奉行の大岡忠相から江戸全域を担当区域として認められた岡っ引きの清吉は異例にも十手を常時持たされ、四宿の情報を集めていた。吉原の四郎兵衛、非人元締めの弾左衛門、南町奉行の忠相も互いにそれぞれに情報収集をしていると想像はしていたが確実にその事を知っているのは龍一郎だけだった。この日、料亭・揚羽亭では夕餉前七つのいつもは受付ない時間にお客様を迎えていた。予約したのは龍一郎で料亭では断れるはずも無かった。訪れたお客様は吉原会所頭取・四郎兵衛、非人頭・弾左衛門、南町奉行・忠相の三人に龍一郎とお佐紀だった。「本日はお忙しい中、お集り頂き忝のう御座います」「何を申す、龍一郎殿、其方様のお声が掛かれば何を置いても駆けつけるに決まっております」「左様、儂は其方の家来と思うております」四郎兵衛に続いて弾左衛門が己の心の内を述べた。「龍一郎殿、其方は不思議な御仁じゃな。儂も二人と同じ心持ちじゃ」忠相も賛同した。「有難き幸せに御座いまする」三人の心持ちに龍一郎が礼を述べ頭を垂れた。「それで、龍一郎殿、此度の呼び出しは何で御座ろう」「おや、お奉行もご存じないので御座いますか」「私はお奉行の仕事ではと思うて居りましたが」忠相が龍一郎に要件を尋ね、四郎兵衛と弾左衛門がそれぞれの思いを言った。「皆さまは急ぎの御用でも御座いますでしょうか、なければ折角の揚羽亭で御座います、美味しい料理など食べてからと思うて居りますが如何でしょう」「某は構わぬが」「揚羽亭の料理ならぜひにも食して見たいものですな」「私はそのつもりでおりました」「では、食事を先に致しましょう、女将さん、お願いします」「はい、畏まりました」襖の向こうから女将と思しき女性の声が答えた。「三人はこの揚羽亭での飲食のご経験は御座いますか」「私は二度寄せて貰いました」「儂は一度だけ参りました」「某は今日が初めてで御座る、来たい、来たいと思いながらもまだで御座った、一度予約が取れたのじゃが盗賊が出おってな、取り消しで御座った」「失礼致します、先付けで御座います。お召し上がり下さい」大女将のお高と若女将の揚羽が二人分のお盆を持って来て、まず忠相と弾左衛門の前に置き、廊下に控える女中からお盆を受け取ると四郎兵衛と龍一郎の前に置いた。「こちらは湯葉と釜揚げ豆腐と大根の千切りで御座います」「おぉお、この白いのは亀ではないか、これが化粧彫りという物ですかな」「おや、女将、確か湯葉と釜揚げ豆腐は船宿・駒清の物ではなかったかな」大女将の料理の説明に弾左衛門と四郎兵衛が述べた。「はい、良くご存じで嬉しく思います。本日は特別に駒清の料理人をこちらに呼んで御座います」「おぉお、では、こちら、揚羽亭の精進料理だけではのうて、駒清の京料理も賞味できるのかな」「頭取・四郎兵衛様はお詳しゅう御座います。おしゃべりもよろしゅう御座いますがお食べ下さい」大女将の言葉に皆が箸を取り思い思いに口に運んだ。「旨い、これが大根とは思えぬ」「旨い、これが豆腐本来の味なのかな、何、大根も旨いか・・・うむ、旨い大根がこれほど旨いとはな」「本当だ、旨い豆腐も旨い、今まで食べていた豆腐は何だったのだな」弾左衛門と四郎兵衛が交互に料理を褒めちぎった。「龍一郎殿、儂の酌を受けて下され」弾左衛門が銚子を持ち龍一郎に向けた。「忝い、頂き申す」龍一郎が杯に受け一気に杯を空けた。「次は儂のも受けて下され」四郎兵衛が銚子を龍一郎に向け杯に注いだ。龍一郎は、これも一気に飲み干した。「龍一郎様は酒に強いようだ、某からも受けて下され」弾左衛門、四郎兵衛に続いて忠相も銚子を持ち龍一郎の杯に注いだ。龍一郎はこれもまた一気に飲み干した。「私も大岡様の倅・誠一郎殿のことは責められませぬ、幼き頃に悪童で御座いました」「儂とて同じでしてな、若き頃には悪垂れでした」「大岡様も龍一郎様も幼き頃は遊ばれたようで、儂と同じですな、儂はご存じのように吉原生まれ、真面目に育てと言われても無理でしてな。弾左衛門様は如何でしたかな」「儂とて同じようなものでな、非人部落で生まれ、育てば真面目に育つ訳もないでのぉ」「大岡様はその若き頃の行いが今に生きているのでは御座いませぬか」「四郎兵衛殿の申される通りで御座る。町屋を見守る役目の者が町屋を知らぬでは役目になりませぬ」「此処だけの話、こう申しては御幣が御座いましょうがお奉行様で町屋を知る方は御座いませんな」「弾左衛門殿の申される通り、大岡様のように吉原に足を向けた方は居りませんでしたな」それ以降、精進料理と京料理の膳が出され皆が舌鼓を打った。料理も酒も打ち止め皆が茶を飲み始めた。「さて、龍一郎様、そろそろ本日の主題を御聞かせ下さらぬかな」四郎兵衛が龍一郎に願い、忠相と弾左衛門も頷き龍一郎を見つめた。「では、本日、お集まり頂きましたのは四宿についてで御座います。三人はそれぞれの組織が四宿の状況を調べさせていると薄々感じてはおられようが実態はご存じでは御座いませぬ。全てを知るのは某のみに御座る。まずは町奉行所、南町と北町が独自に探索をしております。与力・同心は感知せず、岡っ引きが下ッ引きを使い探索をしております。ですが下ッ引きのそのまた下ッ引きは小銭欲しさに噂を見てきたようにいう者、嘘を伝える者もおり、どれが真実やらの状況に御座います。四宿を束ねる者もおらず、状況が纏まっておりませぬ。次に弾左衛門殿のところは四宿に状況を纏める者を定めて居りますが非人は一処に長いは致さぬようで定まりませぬ。四郎兵衛様の処は上手くいっているのは千住だけで御座います、新宿、品川、板橋は纏め役が定まらず、会所の人間が時に状況を調べに行って居ります。いずれも、纏め役の欠如で御座いましょう。そこで、我らの仲間の者を長にと思うております。三人様の組織を一つに纏め状況を四宿の頭に集めとう御座います」「その任に適した者がおろうか、統率力があり、技に優れ、話も上手くなければなるまい、そんな者がおれば、儂の側近にしたいくらいじゃわい」「左様、弾左衛門様の申される通り、その者なれば会所で雇いたいものじゃて」「儂は其方の仲間の清吉殿に任せておるがまだ千住だけのようじゃ」「はい、清吉は上手く働いておりますが岡っ引き仕事の片手間ではなかなかに進みませぬ、そこで新たに二名をと考えました」「その二名は龍一郎殿の仲間で御座るな」「左様、その二名、ここに、揚羽亭に来て居ります。本日の料理人・双角と慈恩に御座います」「何、揚羽亭と駒清の新たな名物を作った料理人か」「左様、双角、慈恩、参れ」襖が開き二人が頭を垂れ膝行して部屋に入って来た。「おぉお、大きな御仁じゃのぉ」「真に大きな御仁じゃ」「双角と申します、以後、御見知り置きをお願い申します」「慈恩と申します、以後、御見知り置きをお願い申します」二人が顔を上げ名乗った。「何とも勇ましい顔付きじゃ。儂は龍一郎殿、其方にお任せ致す。清吉の仲間なれば繋ぎも早かろうでな」「儂も龍一郎様にお任せ致す。仙太郎と繋ぎを付けて下され」「儂も依存はない、次郎太に繋ぎを頼む」忠相、四郎兵衛、弾左衛門が龍一郎の願いを聞き入れた。「我らは決して一人では動きませぬ。弾左衛門殿の倅殿と妻女、四郎兵衛殿の倅殿と妻女の技量が高ければ、この任を任せたいのですが、残念ですがまだまだで御座います。大岡様の倅殿は任に十分で御座いますが同心の任が御座いますれば。故に他の仲間四名の者たちが初めの頃は加わります。その内の三名の顔を覚えて頂きましょう」龍一郎の言葉が途切れた途端に双角と慈恩の横に三人が現れた。「おぉぉ、分身の術を使いおるか」は知らん」「では、網元の家を教えてくれぬか」「おぉお、この店の女将ではないか」「大岡様、分身の術では御座いませぬ。双子に御座います」「なんと、同産の子と申すか、う~む、分身と双子の区別が着かぬわ」「しかし、龍一郎殿、何故に其方の処には見目麗しい娘子が集まるのかのぉ」「確かに、お佐紀様を筆頭に双子しかり、若女将しかり、大女将しかりじゃわい」四郎兵衛の言葉に弾左衛門が賛同した。「この者達は裏に徹します、表は双角も慈恩の二人で御座います」「二人は揚羽亭と駒清の料理人で御座いましょう、料理にお困りにはならぬのですかな」「我らは剣技も全て己だけのものには致しませぬ、己で考え鍛錬し教授致します。料理も他の者に教授して御座います」「お二人は元々料理人ですかな、剣技の程はどうですかな。四宿は荒くれどもも多う御座いますでな」「慈恩殿は一心流鎖鎌術の使い手、双角殿は宝蔵院槍術家で増上寺の槍術師範で御座います」「おぉお、増上寺様とも御縁が御座いますか、まさか法主様にもお会いには・・・」「御縁があり、お会い致しました。光栄なことで御座います」「何とも、龍一郎様の人の繋がりは計りしれませぬな」「四郎兵衛殿、我ら二人を合わせ、南のお奉行様とも繋がりを持たせて貰いました」「左様、左様」「その内に北町奉行もご紹介致しましょう、何せ、某も北の奉行も龍一郎様の弟子で御座いますでな」「我ら二人も勝手ながら弟子と決めて居ります、兄弟弟子で御座いましたか」四人は料亭・揚羽亭と船宿・駒清の評判の料理を堪能し帰宅の途に着いた。勿論、弾左衛門、四郎兵衛、忠相には影護衛が付いていた。こうして、千住、板橋、新宿、品川の四宿の頭が決まった。<参考>-----(銚子と徳利)-----------------------------------------------「お銚子1本!」という言葉を宴席で聞くことがありますが、たいていは一合(180ミリリットル容)ほどの徳利を想像されることでしょう。しかし、もともと「銚子」とは、あらたまった酒宴や三三九度などの儀式に用いる、長い柄(え)のついた金属や木製の器の ことを指します。宮廷の祝宴で使われた銚子は一箇所に注ぎ口のある片口となっています。大勢で酒盛りをする時など略式では両口のものを用い、左右の口から盃に注いでいました。 樽から取り出した酒は、「提子」(ひさげ)と呼ぶ上部に取っ手のついた器に移し、「銚子」の酒が足りなくなると酒を加えて補充します。そのため「提子」は「くわえ」とも呼ばれ、銚子の補助的な容器でした。 桃山時代(16世紀末)には、蓋(ふた)付きの提子があらわれました。 提子は湯や汁用などにも使われましたが、特に酒用の提子を江戸時代前期から「銚子」と呼び、 直接、盃に注ぐようになりました。天保年間(1830~1844年頃)には、鉄や錫・木製に加え陶製のものが使われはじめました。同じ頃、磁器の使用が広まると、カラフルな色絵や染付けを施した磁製の銚子もよく使われるようになりました。 「徳利」は酒を神棚に供えるための瓶子(へいし)が変化したものです。室町時代にはすでに「とくり」という呼び名がありました。二升、三升もの「大徳利」 が、酒だけでなく醤油や酢など液体や穀物の運搬、貯蔵に用いられていました。 ------------------------------------------------------------------------------’<つづく>
2025.09.18
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<清吉の感>-----#316千代田の城と南北町奉行所の改革が成り庶民も安堵し江戸の町に平穏な日々が続いていた。 清吉は品川での用向きを終え街周りを兼ねて東海道を家へと向かっていた。 家にもうすぐという処で不信な事に出くわし何気に脇道に入り様子を伺った。 それは何人かが店の様子を伺うもので普通の者たちには気が付かない様な風だった。 一人はお店風の恰好の男、一人は遊び人風の男、そして浪人者二人の計四人だった。 清吉も当初浪人二人が店を覗き込む様子に不信を感じたのであるが脇道に入り観察して二人だけではなく四人いる事に気がついたのだ。 清吉が歩き疲れて休んでいる風に装い見ていると四人は街道を行ったり来たりと三往復し前後して南の方へ向かった。 清吉は後を着けようかとも思ったが龍一郎様への報告が先だと諦めた。 それは四人が様子を伺っていた店が加賀屋と能登屋だったからである。 清吉は加賀屋の前を通り過ぎ、能登屋を過ぎて右に曲がり橘家の門を潜った。 「御免下さいな、清吉でございます・・・ご・め・ん・く・だ・さーーい」 子供のお民と太助が元気良く玄関に現れた。 「清吉おじさんだ」「わ~い」と喜んだ。 いつも訪れる時にお菓子を持ってきているからだ。 「御免な、今日は菓子を持っていないんだ」 「え~~、つまんな~い」 「ちゅまんない」 とだだを捏ねた。 「今度は必ず持ってくるからな、龍一郎様は居られるかな」 「お・ら・れ・るって何」 「龍一郎様は屋敷に家にいますか」 「いるよ、庭で遊んでいるよ」 「庭で庭で遊んでいる・・・あぁ、剣術の稽古か」 そこへお景が現れた。 「おや清吉さん、ご予定でしたか」 「いや龍一郎様にご報告がありまして、居られますか」 「庭でご隠居とお佐紀様と修練されておられます、どうぞお上がり下さい」 「では、失礼いたします」 清吉も言葉使いの修練で丁寧な言葉を難なくこなす様になっていた。 二人が庭に向かうと縁側に小兵衛が座り汗を拭きながら庭の龍一郎とお佐紀の修練を見物していた。 清吉は小兵衛への挨拶も忘れ庭の二人の稽古に見とれてしまった。 佐紀が木刀を素早い動きで連打しそれを龍一郎が竹刀で受けたり弾いたりしていた。 木刀と竹刀の速さもさることながら足運びの素早さも清吉の知る二人とは全く異なっていた。 「おお清吉、来たか???」 「・・・・・」 「お~い・・・せ・い・き・ち~~」 「・・・・・」 「こりゃ清吉」 「あぁご隠居お久振りに御座います」 「驚いた様じゃのぉ・・・凄かろう」 「はい、驚きました私の知るお二人とは全く違います」 清吉は思った事をそのまま口にした。 「ところがじゃ、あれでも二人には遊びでの、体が温まればあんなものではないわ、それになお佐紀の木刀はな並みの物では無い龍一郎の竹刀とて並みの物ではないのじゃ」 「えぇ~、並みの物ではない・・・あれで遊び・・・何とも」 「まあな、見ておると馬鹿馬鹿しくもなる・・・が・・・大いに励みにもなる」 「はい、しかし私も励めばあれほどにも成れますでしょうか」 「成れる・・・と儂は思うておる」 気が付くと二人の前に龍一郎とお佐紀が立っていた。 「おぉ~」と清吉が驚きの声を上げた。 「どうなされたな。清吉殿」 「おぉ~、お二人に驚き用向きを忘れておりました」 「何か御座いましたか」とお佐紀が問うた。 「はい、ちょいと気になる事を目にしまして・・・」 と清吉はたった今、目にした事を語った。 「わっしの勘違いなら良いのですが」 「いや、長年の十手持ちの清吉殿の目利きと感で御座る、間違いなかろう・・・で・・・そ奴らは次にどうすると思われるな」 「へい、このところ千住、品川と四宿で押し込みがありました、わっしの見ます処やつらではないか・・・と思います」 「で・・・何時押し込むと思われるな」 「へい、奴らのやり口は残忍でして塀を乗り越え戸を蹴破る、家人を皆殺しにする、といった風でして、多分・・・今夜にも」 「何、今夜か」と小兵衛が驚きの声を漏らした。 「そ奴らの員数は何人であろうかな」 「時間を掛けずに加賀屋と能登屋を同時に襲うとすると二十人以上・・・と」 龍一郎の問いに清吉が読みを伝えた。 「う~む、二十人以上か・・・良し・・・お手柄の清吉殿にもう一働きを願う、皆を集めて貰いたい。 皆と言うてもそれぞれの家を守る者を残してじゃ・・・そうだの~、それぞれの守り役は富三郎、お高、お駒、母上に人選して頂こう、装束と獲物を持ってと伝えて貰おう、よろしいかな清吉殿、刻は暮六半で善かろう」 「合点だ龍さん」と答えると清吉はすっ飛んで行った。 清吉は興奮の余り子供たちが龍一郎を呼ぶ時に使っている「龍さん」と自分も言った事も気づかず駆け出して行った。 「龍一郎、儂の出番もあろうな」と小兵衛が問うた。 「はて、参加はして戴きます・・・が・・・出番がありますかどうか」 「うむ、確かにな、皆も上達したでの、儂の出番は無しか、つまらぬ」 刻限の六つ半前には皆が橘の屋敷に集まっていた。 龍一郎が巳之吉と朋吉の二人を見ていると清吉が言い訳をする様に言った。 「二人にも実践経験させたい・・・と富三郎が申しまして・・・駄目でしょうか・・・気配を消す事に関しては三郎太のお墨付きを貰っております」 「三郎太殿、基準を少し上げた方が良いな、本日の相手には良いでしょうが」 「はい、畏まりました」 と三郎太が即答した。 「いつも言っている様に私は皆の安全が第一なのです。 そして皆には人殺しをさせたくは有りません、平気で人を殺す人間にはなってほしくはありません。 が・・・かと言ってそれを躊躇する一瞬が自分を又は仲間を危険に晒す事にもなるでしょう。 それを心に留め置いて下さい」 皆は龍一郎の言葉を噛みしめる様に真剣な眼差しで聞いていた。 「本日集まってもらった事に改めて礼を申します。本日の用向きは・・・」 と龍一郎は清吉の感働きから話し出した。 「これも何時も私が言っている事ですが、私には皆に秘密は有りません、只言う刻を見計らっているに過ぎません。本日は加賀屋、能登屋と私の繋がりについてお話しましょう」 と龍一郎は二つの店の開業からの話をした。 途中何度も皆から「おお」「へーえ」「あらまー」などの驚きの声が上がった。 「それ故、今夜は地下を通って二店に参る事と致す」 「おとっつあん、富さんて凄いね」 舞が地下道を作った富三郎に感嘆の声を上げた。 それに賛同する様に皆が頷いていた。 「では皆で出迎え様ではないか」 龍一郎の言葉に従い皆が予定の行動を開始した。 加賀屋の守備の統領は龍一郎、能登屋の守備の統領は三郎太が務めることになった。 「おお」と小兵衛が小さな声を上げた・・・が後は押し黙り黙々と地下道を進んだ。 突き当ると龍一郎は三郎太に右を指さし自らは左に進みそれぞれの組員が後を追った。 龍一郎の組にはお佐紀、誠一郎、舞、お花、慈恩、十兵衛、鐘四郎、佐助、八重、巳之吉、朋吉が従い、三郎太の組にはお有、平太、お雪、小兵衛、お久、清吉、お駒、平四郎、お峰、葉月、弥生が従っていた。 料亭の店番はお高と定吉、船宿の店番は双角と正平夫婦、道場の留守番は柳生の二人、橘屋敷は富三郎とお景で七日市藩は藩邸であり、何時ものように留守番はいなかった。 龍一郎たちは加賀屋の奥座敷から出ると障子を空け庭に出て屋根に登って待った。 勿論、最後の人が皆が歩いた畳の汚れと庭の足跡を消していた。 三郎太の組も同様にして屋根の上に登り待機した。 「龍一郎様、族は何人でしょうか、こんなに人数がいたのでは私の取り分がありません」 「心配致すな、一人は割り当てがあろう」 「ぶぅぅ、たった一人ですか」 「それでしたら、私が全員を始末しても良いのですが、どちらにしますか、舞」 「一人で我慢します」 「それが良いでしょう。揚羽殿、慈恩殿、十兵衛殿、鐘四郎殿、佐助、八重、巳之吉、朋吉、其方らは我らの動きを見て同じようにしなされ。やることは簡単です、相手に当身をし気を失わせ後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、庭の片隅に捨て置くだけ、後は月番の奉行所にお任せします。今月は南でしたな、十兵衛殿」 「はい、某が奉行所に知らせに参ります」 「宜しく、鐘四郎殿も一緒ですぞ」 「承知」 「葉月、弥生、其方らは我らの動きを見て同じようにして下さい。相手に当身をし気を失わせ後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、庭の片隅に捨て置くだけのこと、後は月番の奉行所にお任せします。今月は南ですので十兵衛殿が知らせに走ります。皆も良いですね」 皆が頷いた。 それから四半刻程後、裏口に大勢の気配が漂ってきた。 その時、巳之吉、朋吉の気が微かに乱れて、龍一郎にじろりと睨まれ首を竦めた。加賀屋の裏の塀を一人が乗り越え裏戸の閂(かんぬき)を外し仲間を庭に招き入れた。 十三人が庭の中央に来た時に龍一郎が手を上げた。 その瞬間、屋根の上から皆が飛び降り皆がそれぞれに当身を食らわせ気を失わせた。 巳之吉と朋吉が出遅れた為、龍一郎が四人の族の気を失わせ、佐紀も三人の気を失わせた。 皆で族を後手に縛り、猿轡を噛ませ、肩に担ぎ庭の隅に集められた。 能登屋でも同様に三郎太の指揮の元、十二人の族の気を失わせ後手に縛り猿轡を噛まし庭の隅に集められた。 龍一郎が能登屋の状況を確かめ、十兵衛に合図を送った。 待っていた十兵衛と鐘四郎が塀を乗り越え南町奉行所へ知らせに走った。 皆は元の待機していた場所に戻り、待ちの体制になった。 <つづく>
2025.09.17
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<銚子の姉妹の住まい>-----#315銚子の姉妹、糸と鈴は龍一郎、佐紀、平太、雪と共に銚子から道場に辿り着いた。 行徳までは龍一郎が糸を背負い、佐紀が鈴を背負って走った。だが、平太と雪が同行していた為、龍一郎と佐紀にとっては至極遅いものだった。 銚子から佐倉までの途中、利根川は「飯沼の渡し」で渡り、佐原から成田への黒部川は板橋を駆け抜けた。成田から船橋、行徳にかけての真間川や海老川も板橋を駆け抜けた。 その走りはとても早く背負われていた糸と鈴の二人は信じられぬ思いで眼を固く閉じひっしにしがみ付いていた。 すれ違う人々や追い越される人々は一瞬のことに何が起きたのか解らず唖然とするだけであった。行徳に着いた彼らは蕎麦屋に立ち寄った。 佐紀は蕎麦を六人分願った。この時代、蕎麦は現代のかけ蕎麦しか無かった。 四人用の席二つに龍一郎と平太の二人、佐紀と雪と糸と鈴の四人と男女に分かれて座った。 「お待ちどう様」 と皆に順に蕎麦のどんぶりが配られた。 丼の中を見た糸と鈴の二人は初めてのようで困惑を絵に書いたような顔をしていた。 雪が手本を見せるように箸を使い蕎麦を掬うと勢い良く「ずず」と音を立てて啜りこんだ。 佐紀も同じように啜りこんだが音は控え目だった。 糸が意を決して箸で蕎麦を掬い上げて口に運び一口食べた。 「旨い、旨いぞ、鈴、食べれ」 鈴も一口食べて言った。 「姉ちゃん、旨い、旨いべ」 二人はよほど腹が空いていたのか、勢い良く蕎麦を啜りあっと言う間に食べ終えてしまった。 「もう一杯食べますか」 佐紀が御代わりするかと尋ねた。 「佐紀、駄目じゃ、日頃食べておらぬ者が急にたくさん食べてはならぬ、胃の腑が慣れては居らぬ故な」 「だそうです、旦那様はお医師でも御座います。食べる量を少しづつ増やしましょう」 行徳からは船に乗り江戸川、中川、小名木川を通り茅場町に着いた。 茅場町からは最初のように龍一郎が糸を背負い、佐紀が鈴を背負い、街中故に早歩きで道場を目指し五つ半に着いた。 道場にいた者達は既に夕餉を済ませていたが、龍一郎と佐紀の帰宅に再度の夕餉の支度がされた。 囲炉裏端には館長・小兵衛、妻女・お久、舞、この日の師範代・三郎太とお有、葉月と弥生の姉妹、江戸柳生の鰐淵俊三郎と尾張柳生の井上歳三の二人の柳生と龍一郎、佐紀、平太、雪と新たな仲間の糸と鈴、そして雪の婆がいた。 自在鉤には、何時ものように大きな鍋が掛けられぐつぐつと煮立っていた。 囲炉裏端には急遽炊かれた飯が御櫃に入れられ、その横に台所で作られた味噌汁の入った鍋が置かれていた。 お久、婆、雪、葉月、弥生が飯を椀に盛り、味噌汁を椀に盛り、自在鉤に吊るされた鍋から椀へ盛りと分担して皆に配った。道場にいた者たちにとっては二度目の夕餉だがまるで一度目のように旺盛にたべていた。 新たな仲間の糸と鈴は渡された白飯の盛られた椀を信じられないようにじっと見つめて持っていた。 「どうなされました、お食べなさいな」 お久が優しく声を掛けた。 「ほんとに食べていべか。白飯だぞ」 「はい、たんと召し上がれ、遠慮のうの」 「姉ちゃん、食べていべか」 「うん、食べよう」 糸と鈴は白飯を少しづつ食べ始めた。 「汁ものう、熱いで気を付けてな」 婆が二人に注意した。 夕餉を食べ終わり食器と鍋が洗われ、皆が茶を飲んでいた。 「さて、龍一郎殿、二人は何処から参られ、これから如何いたしますかな」 お久が尋ねた。 「私がお話申します。この者たちは銚子から連れて参りました、姉の糸、妹の鈴で御座います。 そういえば、年を聞いて居りませなんだ、お糸ちゃん、二人の年は幾つですね」 「へい、わいは十四でこの子は十一だ」 「十四歳と十一歳、ようも幼い二人でそれも娘子が頑張ったの。偉い、偉い。だがな、今日からは其方らは幼子に戻って良い。今日から此処で暮らすのじゃ。飯も朝、昼、晩と三度、三度お腹いっぱい食べられるぞ」 「ほんとけ、ほんとのことけ」 「真のことですよ。安心なさい。母上、この子は十三歳にして父親の跡を継いで漁師になったのです。 母上は銚子の出来事を覚えておられましょう、あの時、大山の天狗様に願いに来た三人の中の一人が糸でした、その時にこの娘の素養を感じました、故に此度、仲間に加えることに致しました。異存が御座いましょうか」 「ありませぬ、其方が見込んだ雪の素養、見事でした、此度も糸の素養に期待したいものです。お前様は如何ですか」 「佐紀と龍一郎の見立てじゃ。文句などあるものか」 「皆も宜しいですね。今日から糸さんと鈴さんは我らが家族です。糸さん、鈴さん、皆の言うことを良く聞いて覚えなれ。今日は疲れたでしょう、舞殿、お雪、湯に入れて寝床へ案内して上げなされ」 「はい、畏まりました」 糸と鈴は素直に立ち上がり、舞と雪の後に従って行った。 「龍一郎、糸が雪のように期待を超えるかが楽しみじゃの」 「はい、ですが私は妹の鈴の方が楽しみなのです」 「おや、鈴に何かあるのですか」 「はい、母上、鈴は糸が無事に戻って来るようにと糸が漁に出た後、近くの神社に願っていのだそうです」 「神社は山の上なのですか」 「はい、見て参りましたが、なんと三百二十一段もあるのです、それもなんと砂浜を歩いた先にあるのです、村の人は砂浜を歩かないのですが、鈴は姉を浜で見送った後に参りますので砂浜を歩いているのです」 「それは感心なことですね」 「姉は船を毎日漕ぎ、足腰が鍛えられ、妹は毎日、砂浜を歩き長い階段の登り降りですか。 何とも楽しみなことじゃて」 「糸さん、鈴ちゃん、ここが二人が寝る部屋です。こちらの舞さんと私・雪と囲炉裏におりました、葉月、弥生の姉妹と六人の部屋です。これから、湯に入ります、鈴ちゃんは私の着物を湯上りに着て下さい、糸さんは舞さんに貰うと良いでしょう、良いですか、舞さん」 「はい、これを湯上りに着て下さいね」 雪と舞が着物を鈴と糸に渡し、自分の着替えも持って湯場に向かった。 舞と雪はさっさと着物を脱いで湯殿に入ろうとしたが、糸と鈴は着物を脱ごうとしなかった。 「どうしたの、糸ちゃん、鈴ちゃん、早く入りましょう」 「あたいは漁をしていたで肌が焼けとる、色が黒と白で醜い」 「何を言っているのよ、私たちを見て御覧なさい、貴方よりも黒いでしょう」 「ほんとだ、二人も漁師け」 「いいえ、私たちは毎日、外で剣術の鍛錬をしていたり、外を歩き回っていますので黒くなるのです」 「ええ、二人はやっとうをするのけ」 「ええ、剣術の鍛錬をしています、貴方もこれから一緒にするのです」 「わしらも剣術をするだか」 「そうですよ、お話は湯に浸かってしましょう、早く脱いだ、脱いだ」 糸が脱ぎ始め、鈴も続いて脱ぎ、四人が掛け湯をして湯舟に浸かった。 道場の湯殿である、十人が浸かっても余裕がある程の大きなものだった。 「お糸ちゃんは漁師をしていたの」 「んだ、おっとうが死んだで、おらが働かねば、おまんまが食えんべ」 「他の仕事を考え無かったのですか」 「おら、おっとうの手伝いで船に乗っていただで船が漕げただ」 「漁師になってどれ位ですか」 「う~んと、去年の今頃だから一年だ」 「一年のわりには足腰がしっかりしていますね」 「漁の他に何かしていることがありますか」 「おらは神社に毎日行っとる」 妹の鈴が言った。 「鈴、お前、毎日あの神社に行とったか」 「うん、姉ちゃんが帰って来るようにって、お願いしに行っとった」 「その神社の場所は高台ですか」 「た・か・だ・い・ってなんだ」 「神社の場所は高い処にありましたか、階段を使って登りましたか」 「ここへ来る前にあの人を連れて行っただ、そしたらあの人が三百二十一段て言ってただよ」 「三百二十一段の階段を毎日ですか」 「姉ちゃんが魚を捕りに行った日には行っとった」 四人は風呂から上がり、寝床の部屋に入った。 舞と雪が押し入れから布団を出し、寝床の作り方を教え、自分達で自分の寝床の用意をさせた。 糸、鈴が寝床に入り横になった。 「姉ちゃん、ふかふかだ、姫さんになったぞ、ここで寝て良いだか」 「鈴、糸、今日からここが、それが其方の寝床です、お休みなさい」 「お休み、姉ちゃん」 「お休み」 <つづく>
2025.09.14
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<会見>-----#046雄一郎が宇宙船に戻り、与圧室を出た途端の宇宙服を脱ぐ前に皆が質問を浴びせ掛けた。 「待った、まず座って珈琲を飲ませてくれ、ゆっくり話そう」 皆が黙り込み雄一郎が宇宙服を脱ぐのを手伝だった。 その後、雄一郎の後を皆がぞろぞろ歩いて管制室へ向かった。 管制室のテーブルには既にリサに寄って皆の好きな飲み物が準備されていた。 「リサ、ありがとう、処でリサ、向こうのキー達は君にハッキングを試みて来たのかね」 「いいえ、質問と会話だけでハッキングはありません、もっとも私の知る方法の範囲ですが」 「そうだね、彼らの進んだ技術力では通信が繋がっただけで君の全てのデータにアクセスされた可能性も考えられるね」 「では、兄さん、落ち着いたでしょうから話をお願いします、その前に異星船に入って直ぐに通信が遮断され直ぐに回復したのに映像も会話も消えました、どうしてですか」 「相手に大げさに言えばスパイ行為と思われない様にだよ。 但し、宇宙服のオフライン録画があるから、まず、それを見てもらおう、リサ、頼むよ」 「はい」 正面の大きな画面に宇宙服の胸に装備されたカメラ映像が写し出された。 「アーがトップで迎えに来たキーが七番目と言う事ですかね、我々が言い難いとの事でしたが一度、アーの本名を聞いて見たいものですね」 ケンが録画を見ての第一声だった。 「それとアー、キーとアイウエオ順でABC順じゃないのは面白いですね」 ヘンリーのコメントは皆に無視された。 「少し身長が高い様に感じられましたがどうですか」 「ジェニー、鋭い、会ったら驚くぞ、多分3メートルを超えているだろうな」 「3メートル、巨人ですね、そう言えば巨人伝説があったわね、ヘンリー」 「世界中に巨人の骨が見つかっている様なんだけど、実物が残っていないんだ。 アメリカでも大量に見つかった様なんだけど一つも残っていないんだ。 不思議だよね、嘘なのか、誰かが骨を隠しているのか」 「1万3千年前にいた事が解ったから事実なんだろうね」 「ケン、まだだ、彼らの故郷が本当に地球なのかを確認してからだな、結論はな」 「そうですよ、ケン、ヘンリー、リサ、地球の歴史がひっくり返るんですから」 「悪い、悪いそうだね、佐紀、只、一つのミッシング・リンクが解明される事だからね」 「ミッシング・リンクってなんですか、ケン」 「いろいろあるがね、その内の一つに石器人が短い期間にピラミッドを作る位に進化している事だよ。 それが1万3千年前に進化した先生がいたとすれば納得できるんだよ。 只、今度は別の疑問が生まれる」 「何なの、ケン」 「ジェニー、1万3千年前にピラミッドの作り方を教えられる程の進んだ頭脳を持った種族がいたのなら何故その時期なのか、それ以前でも良いはずなのに、それ以前に電気や楽器や火薬や印刷機でも良いはずなのに何故ピラミッドなのか、教えて作ったが発見されていないだけなのか、腐敗してしまったのか」 「成程ね、確かに新たな疑問ね・・・待って、ケン、兄さんは出かける前に考えていたんじゃなかったっけ」 「そうだ、兄さん、あの時何を考えていたんですか、僕は彼らが地球にいた時期を考えていた、と思ったのですが」 皆が期待の籠った眼で雄一郎を見つめた。 「ケン、正解だ、それを考えていた・・・1万2千年前と考えた、だが、ケンが言った疑問が残った。 それで得た結論は何らかの理由で彼らは眠るか隠れていた。 何万何億人もだ、それも二つの種族がね」 「二つの種族・・・もう一つ種族がいるのですか、それは今、何処に」 「一種族が宇宙にいる事を受け入れれば・・・」 「もう一種族も宇宙にいるのね、彼らは知っているのかしら、ね~、お父さん」 「私は知っていると思うがな」 「それが本当なら地球の歴史が、人類の歴史がひっくり返りますよ、お兄さん」 「だからこそ慎重に証拠が、確証が必要なんだ、ヘンリー」 「兄さん、何故一種族では無く二種族なんですか」 「昔の言い伝え、彫刻、壁画では巨人、鳥人間が多く描かれている、日本では天狗もあるがね。 だが、古い物はやはり巨人と鳥人間だ、伝説か想像と思われていた巨人が実在していた。 なら鳥人間もいるかも知れないだろう。 私は巨人に会うまでは鳥人間に会うのではと思っていたがな」 「本当に新たな疑問が増えたんじゃないかしら、人類が突然進化した不思議、一種族か二種族が何時からいたのか、何故消えたのか、何故宇宙にいるのか、何時地球を出発しどこへ行ったのか、彼らの文明の痕跡は地球の何処に眠っているのか、お父さん、この疑問の答えは考えたの」 「まだヒントが少なくてな、只、オーパーツを知っているか、みんな」 「時代と合わない遺物の事でしょう」 「おぉ、佐紀は考古学にも詳しいのかい」 「そうよ、ケン、驚いたかしら」 「あぁ、例えばと言えば何と答えるかによるなぁ、それとヘンリーも遺物が好きだよ」 「えぇ、ヘンリーも、じゃあぁ、間違えない様にしないとね、まずはコスタリカの石の真球、次はアンティキティラの機械、デリーの鉄柱、ピリー・レイスの地図と言った処かな、後はいろいろ言われている物はあるけど私は眉唾だと思うのね」 「ヘンリー、どう」 「どうってどう言う事だい、姉さん」 「佐紀ちゃんが言った物はオーパーツなの」 「そうだよ、僕もそう思うよ、石の中から見つかったボルトとか恐竜の彫刻とかはちょっとね」 「そうそう、他には勿論ピラミッドとスフィンクスも私は入れたいな」 「二つともオーパーツなの」 「不思議なんですよ、だって一番古いクフ王のピラミッドが一番精密で次のカフラー王のは100年も経っていないのに技術力が落ちたみたいなのはどう見ても可笑しいでしょ」 「そうなの、ヘンリー」 「そうなんだ、クフ王のピラミッドは正四角推と思われているれど本当は8面あるんだよ。 処が後からの物は4面なんだ、可笑しいだろ」 「えぇ~四角推にしか見えないけど」 「姉さん、面の真ん中に縦に線があってね正確には八角錐なんだよ、リサ、写真を出して下さい」 リサがクフ王のピラミッドの上空からの写真を大きな画面いっぱいに表示した。 リサが輪郭に沿って赤い線を描き八角錐が解り易くしてくれていた。 「あぁ、本当だわ・・・それを次のピラミッドでは止めたのか、出来なかったのか・・・」 「えぇ、私は出来なかったと思っているの、クフ王のは言われているよりもずっと古いもので技術が解らなかったんだと思っているんです」 「ヘンリーもそう思うの」 「不思議だなとは思ってはいたけどね」 「そんな事よりも彼らとの連絡はどうなっている、リサ」 「はい、現在、七人とあちらのコンビューターのゼロと日本語の精査を行ってします。 言葉で誤解を生まない様にとの事です」 「適切な事だね、人類の歴史ではたった一つの言葉の誤解で大事件が起きた事もあるからね。 ところで向こうのコンピューターはゼロと言うんだ」 「へぇ~、そんな事があったのですか」 「その説明は後にしよう、リサ、尋ねてほしい、向こうの大きな船にこの船を格納出来るかね」 「はい、出来るそうです」 「では、格納依頼して下さい」 「兄さん、そんな事をしたら捕虜になりますよ」 「彼らはやろうと思えば何時でも出来たんだよ、僕たちの意思を待ってくれていたのさ」 「牽引ビームに捕まりました」 「距離は???」 リサの知らせに雄一郎が問いを追加した。 「はい、500キロ・メートルでした」 「そうか、さっきは100キロだったが限界、最大では無かったか」 「5分で到着します」 「5分・・・もう腹を括るしか無いか」 ケンが皆を代表する様に言った。 暫くして雄一郎たちの船は異性人の船の格納庫に飲み込まれる様に入って行った。 入った処は何台もの異星人の小型船が止まっている格納庫で高さが100メートル位、幅と奥行がそれぞれ200メートル位ある様に見える大きなものだった。 暫くすると何処かから車が現れ彼らの船の近くで止まった。 「リサ、この格納庫の空気の組成と酸素濃度を調べてくれ」 「はい・・・組成は地球のものと同じですが酸素濃度は22%と地球よりも2%多く含まれています、代わりに窒素濃度が低くなっています」 「キーは酸素濃度を変えてくれたようだね。だが、まだ2%高い様だ。 2%高いとどれ位・・・身体が持つか、私には解らないが、リサ、何か資料はあるかね」 「酸素濃度が低い場合と気圧が低い場合の資料は大量にあるのですが逆は少ないのです」 「ケン、リサの情報源は何なんだい、インターネットでは無い様だね」 「いいえ、インターネットですが無作為と言う訳には行きません、データー量が多過ぎます。 それでサイトアドレスの文字数が30文字以内の物に限ったんです」 「そうだな、全てを入れる事には無理があるからな、1分毎に何千、何万、何十万文字増えるのか、それも世界中の言語でね、無理な話だ、サイトの文字数で情報限定したのは良い方法だな、当然記憶容量を増やせば文字数を増やすんだろう」 「その通り、最初は10文字だったんだ、次に15、20、25と増やしたんだ」 「さて、降りようか、その前にリサ、カメラを記録用に撮って良いか尋ねてくれないか」 「良いそうです」 「早いなぁ、予想していたのかな、では全員で行く事は出来ない事は皆、解っていると思う」 雄一郎は間を開けて皆を見渡した。 「では、行くのは私とルイの二人だ」 「・・・」 「何故かは解るよね」 「・・・」 「安全が確認出来たら第二陣はヘンリーと佐紀に来てもらいます。 最後はケンとジェニーだ、勿論、リサにはバリアーを張って貰いたい。 ・・・皆、良いか・・・良し行くぞ」 雄一郎が皆の顔を確認しルイを従えて格納庫へ向かった。 途中で研究室に寄ってメガネ型カメラとブローチ型カメラ、普通のビデオ・カメラを持ち気密室で二人は宇宙服を着た。 宇宙服には頭の上と肩に前後を映すカメラが付けられていた。 彼は、此れでもかと言う位の記録装置を準備した、歴史上人類初の異星人との直接遭遇なのである。当然と言えば当然の処置だった。正確には二度目ではあるが。 念の要った事に記録は媒体そのものと無線でリサへも送られる様にもなっていた。 内側のドアを閉めるとリサが外部と気圧が同じに調整し外部ドアが開いた。 二人がドアに着けられたタラップを降りながら迎いに来た乗り物を見つめた。 地球の普通自動車よりも大きくバスよりも小さい物で車輪が6個付いていて扉が開いていた。 好奇心が旺盛な二人は恐れる事も無く珍しい物をあちらこちらに見つけ眺めながら乗り込んだ。 二人が乗り込み椅子に座るとドアが何処かから現れ閉まった。 直ぐに車が発進し広い格納庫を壁に向かって走り6個の車輪が独自に向きを変え通路に向かった。 車は通路に入ると線路の様な2本の軌道に沿って走り速度を増して行った。 幾つもの部屋や広場を通り過ぎ闘技場の様な広場に辿り着いた。 ドアが開き二人が車の外に出ると周りの階段状の処に沢山の人が座っていた。 二人が周りを詳しく見ると何万人もの人たちが居る様でまるで艦内の全員がいる様だった。 正面の七つの特別席の真ん中の席に座る人が宇宙人が日本語で言った。 「ようこそ、我らの船へいらした、歓迎します」 彼は七人の中では一番小さく見えた。 「ご招待ありがとう、全員で来ていない事をお詫びします、貴方がたの技術力では無駄な事だとは思いますが用心しました」 「謝る事など無い、当然の事です、それに無駄な事では無い、貴方がたの船のバリアーを破る事は出来ますが我らの船も損害を受けます」 「安全が確認できたら順番に船を出る事になっています」 「私が安全です、と言った処で嘘か真か解らない、ご自分で判断して下さい」 「ありがとう御座います、早速ですが、我々は他の星の人類を宇宙人と呼びます。 貴方がたは宇宙人と遭遇するのは初めてでは無い様ですね、我々は初めてですが」 「この星系の人類を観察しています、貴方達は3種族目です」 「貴方がたは、この星系の方では無いのですか」 「違います、私達の母星はこの近くです、15光年の距離です」 「貴方がたは慣性制御が出来る様ですね、私達はまだ出来ません、だが速度は私達の方が早いのでしょうか」 「慣性制御が出来ますから加速度はやはりこちらが早いが燃焼効率はそちらが高い様です」 「技術、理論を教え合うと言う事は不可能でしょうね」 「お互いの技術を教え合えばお互いが大進歩するでしょう。 ですが宇宙には良い文明だけではありません、他の文明を征服しようとする文明も存在します」 「それは残念です、私は文明が成熟すれば悪意は無くなるものだと考えていました」 「基本的には貴方の考えは正しい考えです、ですが独裁者が強大な権力を持ち、その独裁者が邪悪な、貴方がたの言葉では宗教とでも言えば良いでしょうか、邪悪な宗教で文明を支配した時にその文明は他の文明に対して支配的になるのです」 「貴方の話は独裁者、宗教と具体的ですね、その様な文明があり貴方がたは既に遭遇しているのでは無いのですか」 「その通りです、その様な文明には協力する事は出来ません」 「私たちはその様な文明ではありません、まだまだ未熟な文明ではありますが、もし他の文明が攻撃して来れば攻撃するでしょうが自ら攻撃する事は無いと信じたい」 「それは貴方の言動で理解しています、貴方とは文明の交流を行いたいものです」 「ありがとう御座います、船に残っている者たちも呼びたいのですが、宜しいですか。 そしてこの船の見学をさせて頂けますか」 「良いでしょう、皆さんを歓迎し船を案内しましょう」 <つづく>
2025.09.12
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<愛宕下の茶店>-----#314 その日、佐紀と舞は愛宕下にいた。 「ご主人はご健在でしょうか、お佐紀様」 「無論です。あのお方なれば何ごとにも動ずることなどありますまい」 茶店は以前のままに、その場所にあった。 「御免下さい。お茶とお団子を二つづつ下さいな」 舞が奥に向かって呼び掛けた。 「はいよ、茶と団子を二つですな。少々お待ちを」 佐紀と舞が縁台に座った。 奥から主人がお盆に茶碗と団子を持って来た。 「おや、お二人は以前にもお見えになられた方で御座いますな」 「はい、覚えていて下さいましたか」 「忘れるはずも御座いません、何処ぞの御姫様かと思いましたら、御家人の妻女と申されました」 「はい、その通りで御座います。お内儀は奥に居られますか」 「はい、団子は家内が作って居ります」 「率直にお聞き申します。ご主人は元は武家で御座いますな」 「・・・お解りになりますか。武家の眼は誤魔化せませぬな」 「私どもは橘道場の者で御座います」 「と申しますと、其方様はお佐紀様で御座いますか」 「はい、佐紀で御座います。隣に居りますのは娘のような妹のような者にて舞と申します」 「舞と申します。よろしくお願い申します」 「丁寧なるご挨拶恐れ入ります。某、元川越藩藩士・山波宗十郎と申します。只今は茶屋の主にて宗の字と呼ばれて居ります」 「本日、参りましたのは、我らの仲間入りのお誘いに御座います」 「仲間と申されると何の仲間でしょうか」 「府中の江戸の日乃本の安寧を願う者の集まりで御座います」 「江戸の安寧と申されると・・・もしやして、銚子の騒ぎ、行徳の騒ぎ、南北奉行所の騒ぎなどは其方様のお仲間の仕事で御座いますか」 「正直に申します、左様で御座います」 「その方々が某に何を求められますかな」 「はい、江戸の町々の動静や噂を集めて知らせて貰いたいのです」 「深く探るとなりますと危ないこともありましょうな」 「私どもには決まりがあります、己を危険には晒してはならない、己の危うきは仲間の危うきになる故に無理をしてはならぬ、で御座います」 「その為には鍛錬を致しますかな」 「左様です、身体の鍛錬、技前の鍛錬、心の鍛錬で御座います」 「私は遠くからで御座いますが、先の大試合を拝見致しました。お佐紀様の剣技、あの獲物を早く振り、さも振っていないかのように見せる技、龍一郎様の二人、三人になる技、只ならぬ鍛錬の賜物と思われます。某のような年寄りに為せましょうか」 「私の義理の父は還暦近くで御座います、この娘・舞も耐えております」 「舞さん、修行が辛くはないかな」 「はい、辛いなど思うたことは御座いませぬ、今日の鍛錬で明日がどのようになっているかが楽しみで御座います」 「良い返事じゃ、娘子とも思えぬ。近頃の武家の若様に聞かせたいものじゃて」 団子屋の主人は知ってか知らずか徐々に武家言葉になっていた。 「この娘が一番の年下では御座いませぬ」 「何とまだ幼子がおると申すか」 「はい、一つ、二つ年下で御座います。また、その子は百姓の娘、この娘は蕎麦屋の娘で御座います」 「なんと一番の年下も娘で御座るか、なんと、なんと」 「失礼で御座いましょうが、其方様は御幾つで御座いましょうか」 「某は五十路で御座る、妻女は二つ下でな、職務は祐筆でありました。倅に家督を譲り隠居して御座います」 「左様で御座いますか、道理でこちらの案内板の字が達筆で御座います」 「お恥ずかしゅう御座います。某は剣の道に進みたかったので御座いますが男子が一人ではのぉ」 「では、剣はそれなりの修行を為されましたでしょうか」 「はい、家督を継ぐまでは鍛錬所に泊まって居りました」 「それは、それはかなり剣がお好きでしたね、では今も鍛錬をなさっておられますね」 「祐筆のおりも団子屋の主になってからも毎朝欠かさずに怠りなく」 「貴方ならば、いかように過酷な鍛錬にも耐えられるでしょう。そう思いませぬか。旦那様」 佐紀の言葉の直後、佐紀の隣に二人の武士が立った。 「親父(おやじ)殿、我らにも茶と団子を願おう、それとのぉ、二人にも追加を願おう」 「・・・はい、り・り・龍一郎・・・様」 主は一歩、二歩と後ずさりし奥へ向かい叫んだ。 「茶と団子を四人分追加じゃ」 龍一郎が佐紀の隣に座り、誠一郎が舞の隣に座り、二人が佐紀と舞を間に挟んだ。 「ご苦労様でした。佐紀、舞」 「ご苦労様で御座いました。佐紀様、舞殿」 茶屋の主と女将の二人がお盆に茶と団子を乗せて四人に持って来た。 「お待ちどう様で御座います。私の愚妻が佐紀様の大のご贔屓でして、一目お会いしたいと申しまして」 「それは、それはありがたいことです。私が佐紀で御座います。よろしく御願い申します」 佐紀は立ち上がり、深々とお辞儀をした。 慌てて妻女・於登勢(おとせ)も深々とお辞儀を返した。 「ご亭主、この団子は大層旨い、土産に五十程包んで貰えますかな」 「五十本で御座いますか、真で御座いますか」 「はい、道場には腹減らしが大勢居りますので、お願い出来ますでしょうか」 龍一郎の願いに佐紀も追従した。 「みたらし団子が二十本、胡麻団子が十本、醤油焼き団子が二十本、餡団子が二十本、草団子が十本、黄粉団子(きなこ団子)が十本、御座いますが、どれを幾つに致しましょう」 「全部で九十本ですか、もしご迷惑で無ければ全て頂きます」 「御新造様、一本に五玉で五文で御座います、九十本で四百五十文で御座います、本当に宜しいのですか」 「佐紀、一分金で釣りはいらぬ」 「はい、旦那様」 佐紀は巾着から紙入れをそっと取り出し、中の一分金を団子屋の渡した。 「於登勢、今日は店終いと致そう」 「はい、お前様」 四人の客はそれぞれに自分の団子の乗った皿と茶碗を持って店内の小上がりに席を移した。 主が縁台を店内に運び込み、妻女の於登勢も暖簾を巻き上げ、戸口に戸締り棒を差し込んだ。 窓から差し込む光の中、主が行燈に火を入れ、店内に明かりが戻った。 於登勢が奥から茶の入った土瓶を持ってきて、四人の卓に置いた。 主は自分と妻の為の茶碗を持って、四人の隣の席に置き二人も座った。 「改めまして、某、元川越藩藩士・山波宗十郎、年は五十路、前職は祐筆で御座います」 「私は妻の於登勢(おとせ)に御座います、年は亭主の二つ下で御座います」 「それで私共に江戸の町々の動静や噂を集めて知らせるだけで宜しゅう御座いますか」 「左様、なれど危うきこともあるやも知れぬ。故に鍛錬して貰わねばなりませぬ。其方らの身は其方らだけのものではないのです。其方らの身の安全は仲間の安全でもあるのです。もう一つは我らの存在を知られぬことです」 「お言葉を返すようで御座いますが、お二人は大試合に出られて勝者になられております。 佐紀様は幾度となく読売に出られております」 「それは表の顔で御座る。私が存在を知られてはならぬと申しておるのは裏の顔で御座る。誰ぞの跡を付けておること、誰ぞを探索しておることが我らと知られぬことで御座る」 「それでは、私共が其方様の仲間と知られることもなりませぬな」 「左様に御座る。ご不満かな」 「いいえ、不満など御座いませぬ。では鍛錬はどのように致しましょう。このままでよう御座いますか」 「平太、雪、其方らの重しを差し上げろ」 「ほらな、だからまだ駄目だって言ったろ」 「今度は大丈夫と思ったのですが」 天井から平太の声が聞こえ、次の瞬間、土間に少年と少女が現れた。 「おぉ」 「あれま~」 主と妻女が驚きの声を上げた。 「佐紀様もご存じでしたか」 「当然です、雪」 「見て、着ける場所、着け方を覚えて下され」 雪が後ろを向いて着物を脱いで腰と胸のあたりに晒を巻いている姿を見せ、腰の晒を解き重しを外した。 次に足に巻いた晒を解き重しを外し、次に手に巻いた晒を解き重しを外した。 平太も同じように晒を解き重しを外した、但し平太は胸に晒は無く腹に晒を巻いていた。 平太が主の宗十郎に重しと晒を渡し、雪が於登勢に重しと晒を渡し、二人は奥の部屋へ向かった。 宗十郎が着けるのを平太が手伝い着け終わり、暫くすると奥から二人が戻って来た。 二人は団子を入れた包みを抱えており、於登勢の動きは少しぎこちなかった。 「お内儀も剣を嗜むように見受けられるが違いましょうか」 「はい、主人と一緒に毎朝、木刀にて素振りをしております」 佐紀の問いに於登勢が答えた。 佐紀が竹刀から始めることを進め、振り始めと振り終わりについての理を述べた。 「早速ですが、何か知らせは御座ろうか」 「あいも変わらず、岡っ引きと香具師の元締めの二足の草鞋の者がおるくらいでしょうか」 「今の世の必要悪であろう、余りにも阿漕であればお知らせ下され」 「確かに、今の処それほどの額では御座いませぬ」 それから暫く、近隣の状況や噂話を話柄に話をし、四人は茶店を辞去した。 「お前様、お佐紀様との縁が出来ました、夢が叶いました。嬉しゅう御座います」 「そうよのぉ~、精々方々の邪魔にならぬように鍛錬いたそう」 「はい、楽しみなことで御座います」 「うむ、退屈の虫が沸いておったでな、楽しみなことよ」 <つづく>
2025.09.08
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<銚子の姉妹>-----#313この日、龍一郎と佐紀は銚子港にいた。 龍一郎は羽織袴姿で佐紀は御衣(おこそ)頭巾で顔を隠していた。 二人は道端で網の補修をしていた老人に糸という娘漁師の家の場所を尋ねた。 「糸なら知っとる、知っとるが、どこに住んどるか知らん」 老人は網元の家を教えてくれた、佐紀が教えて貰った駄賃に一朱銀を渡した。 何気に手を出した老人は乗せられた一朱銀を見て呆然とし手の上と渡した佐紀を交互に見つめた。 「ありがとう御座いました」 老人は佐紀の礼の言葉に間違いや冗談ではないと理解し、首を激しく縦に振った。 網元の家は村から少し離れた処にあり、石塀で囲まれた大きな家だった。 「御免下され・・・御免くだされ」 「はいよ、誰じゃね、おぉ、お武家様とは珍しいことじゃ」 「お尋ねしたいことがあって参った」 「尋ねていことっちゃなんじゃね、何で御座いますだね」 「この村に糸という娘・漁師がおるはずじゃ、その家を教えてくれぬか」 「糸に何のようで御座いますだ」 「其方は網元故ご挨拶しておこう。某は江戸は鍛冶町に道場を構える橘龍一郎と申す。 これより、糸と妹御の鈴に会い、許しを得たならば我が家に奉公をと思うております。 本人の了承を得ましたならば人別帳からの外しことをお願い申します」 「武家奉公で御座いますか、漁師が勤まるかのぉ。二人の家は向こうの村外れだわい」 「忝い。これは礼じゃ」 龍一郎の言葉に佐紀が一分銀を渡した。 「道案内にしては多すぎるのぉ。お侍さんは金持ちのようじゃな。糸を些末に扱わんでくれろ」 「無論のこと、大事な娘子じゃ。粗末になどせぬ。世話になったな」 龍一郎と佐紀の二人は村外れへ向かって歩いて行った。 その家は家というには余りにも小さく小屋というべきものだった。 家の前で二人の少女が網の繕いをしていた。 「お仕事中、失礼致します。こちらはお糸さんとお鈴さんの御家ですか」 少女が相手だけに暗黙のうちに龍一郎ではなく佐紀が話掛けた。 二人の少女は顔を上げ、武家の二人を訝しむよりも、むしろ疑わしげな眼で見つめた。 「お武家さんがあたいらに何のようね」 「貴方がお糸さんですね、私は橘佐紀と申します。江戸で剣の鍛錬所に務めております。隣の旦那様が師範を務めて居ります。お二人に我が家の手伝いをお願いに参りました」 「なして、おらたちだ、何処でおらたちを知っただ」 ここで後ろに控えていた龍一郎が前に進んだ。 「其方は天狗を信じておるか、天狗がおると思うか」 姉の糸の眉間に皺がより下を向いて考え込んだ、暫くの後、はっとして顔を上げ龍一郎をじっと見つめた。 「養老の村の村長が領主様が橘と言うとった・・・領主様け」 「そうじゃ、江戸から参った。其方ら二人を雇いたい。どうじゃな一緒に来ぬか。其方らが行くと申せば持ち物は何もいらぬ。網元に挨拶をして江戸に参ろう」 「なして、儂ら二人なんかな、正直いうて人攫いにしか見えん」 糸の口から暫く考えた末に出た言葉だった。 「であろうな、儂と隣の儂の妻女が其方の素養が気に入ったからじゃ」 「素養ってなんだべか」 「其方の足腰の強さ、船を漕ぐことで鍛えられた身体の使い方、其方の頭の良さかのぉ」 「何処でおらの動きを見たのけ、それに頭は良くねぇぞ」 「其方は頭が良い、学ぶ機会がなかっただけのことじゃ、いろいろと学びたくはないか」 「おらは読み書きができん、できるようになるだか」 「其方次第じゃ、教えることはできる、じゃが其方に学ぶ気がなければ無理じゃな」 「給金はいくらくれる」 「いくらほしい」 「分からん、わしら二人がおまんま(飯)が食えるか」 「給金とは別に一日に三回白米と汁と野菜と魚じゃな」 「姉ちゃん、おら、腹いっぱい食べたいよぉ」 妹の鈴が姉に訴えた。 「待っとれ、こげな上手い話には騙しがあるべ」 「お前様、やはり、この子は頭の良い娘ですね」 「そうじゃのぉ、ゆっくり来たかいがあったようじゃのぉ、お雪、其方の出番じゃ」 「ほらな、絶対にばれてるって言ったろ。二人は我らに足並みを併せてくれていたんだよ」 「そのようですね」 何処からとも無く男女二人の声が聞こえ、直後に龍一郎と佐紀の後ろに平太と雪が現れた。 それを見た糸と鈴が驚き眼を見開いた。 「二人は天狗の子か」 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、頭の良い子じゃ」 「私の名は雪というのよ、私の在所は佐倉なのよ、私もお二人の仲間になって間がないのよ。でも、読み書きもできるようになったし、剣術も体術も習っているの、それに三度三度のご飯も食べているわ、それに私の婆様も一緒に住んでいるのよ。婆様は天国だって言っているわ。どう、仲間にならない」 「あたいも天狗になれるか」 「そうね、鍛錬は厳しいわよ、強くなるにはね、でもね、その辺の浪人なんて怖くもなくなるわね」 「これこれ、雪、そのような誘い方があるか」 「だって、龍一郎様、こんな機会を逃したらもったいないもの。私は誘われなかったら今頃、あの辰三に売られていました、きっと、あぁ、お糸さん、辰三というのは下賤と言って娘を売り買いする悪い人だったのよ」 「その悪い人はどうなったのけ」 「私の御姉様二人が退治してくれました」 「あんた、ほんとに在所は佐倉け、訛りがないべ」 「はい、直しました、まだ、一年も経っていません」 「そげに早う変えれるだか」 雪が背嚢(はいのう)から笹に包まれた物を妹の鈴に渡した。 「握り飯です、お食べなさい」 「ねえちゃん、お腹空いた」 鈴は受け取ると笹を空けた。 「姉ちゃん、白飯だべ」 二つの握りの一つを手に取り嬉しそうに頬張り微笑んだ。 「分かったべ、一緒に行くだ」 糸が握り飯を頬張る妹を見て答えた。 「良し、お糸、握り飯を食べろ、その後に網元の処へ挨拶に参ろうか」 「はい」 糸は龍一郎に言われた通りに鈴が持つ笹から握り飯を取り頬張った。 糸の眼から涙が零れた。それを見た鈴の眼からも涙が零れていた。 <つづく>
2025.09.07
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私は毎日コーヒーを大体8杯飲みます。前回発注 2025/05/29(木) 23:48前回到着 2025/05/31(土) 16:57今回発注 2025/07/25(金) 19:35今回到着 2025/07/29(火) 17:31---------------------------------------------------------------------販売店 クイックファクトリー 送料無料 ネスレ ネスカフェ ゴールドブレンド スティック ミックス カフェラテ (100本入り)×2---------------------------------------------------------------------商品金額=6,280、数量=1、税金=???、送料=0、ポイント利用=0合計=6,280、通販総合計=未計算---------------------------------------------------------------------やはり私にはこの味が合う。この珈琲と蜂蜜が私に合う。これに時々、生姜を入れたりしています。
2025.09.06
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送料を無料にする為に2個、4kg購入 6,230円。注文日時:2025/07/10(木) 23:55 配達日時 : 2025/07/12(土) 09:39-------------------------------------------------------------------'販売店 熊手のはちみつ業務用 オリジナルブレンド(中国・イタリア・フランス)純粋はちみつ2kg | はちみつ -------------------------------------------------------------------'暫く、珈琲の甘味に砂糖を使ってしましたが、やはり蜂蜜の方が好み。<PS>下地の白抜けが修復出来ない。
2025.09.05
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<沢木鍛錬所>-----#312龍一郎、佐紀、双角、慈恩の四人は増上寺の門前を南の芝赤羽町(しばあかばねちょう)に向かった。角に面して大きな板に沢木鍛錬所と書かれた木札を下げた門が見えた。大門が開かれており出入りが自由で門番もいなかった。四人は門を潜って式台に近づいた。慈恩が前に進み出て大声を上げた。「頼もう~、頼もう~」暫く待っていると十四、五歳の少年が現れた。「どちら様で、何用で御座いましょうか」「こちらは沢木鍛錬所で御座ろう、こちらに辰巳師範代はおられようか」「おられますが、其方がたはどちら様で師範に何の御用で御座いましょう」「我らは先の師範代の仲間を排除した者でな、師範代にそう申して下されぬかな」「其方様のお名前を御聞かせ下されたい」「慈恩、もう良い、面倒じゃ、我らは鍛錬所に試合を申し込みにきたのじゃ。直ぐに取り継げ」龍一郎の言葉に少年が慌てて式台から奥へ大声で叫びながら駆け込んで行った。「師範~、館長~」龍一郎たちは下駄や草履を脱いで式台に上がり奥へと進み衝立てを回り込み広い鍛錬場に入った。龍一郎は入口に正座し正面の神棚に向かって拝礼した。他の三人も同じように拝礼していた。高所に座る館長と高所下に立つ辰巳師範代ともう一人の男に玄関に現れた若者が話掛け、辰巳師範代がこちらを見て館長に話をしていた。館長が立ち上がると辰巳師範代ともう一人の男と共に入口に向かって歩いて来た。「おぉ、やっぱり、あの時の大きなお二人さん、その節はお世話になり申した。館長、こちらがお話した方々で御座います」「その節は大変お世話になりました。お恥ずかしい話で御座います。館長である私が弱いばかりにご迷惑をお掛け申しました。もし、お時間がおありでしたら奥でお話したいのですが、如何ですか」「時間はあります、お邪魔させて頂きます、その前にこの鍛錬所の鍛錬具合を知りたい。試し合いをしまませぬかな」「ぜひ、お願い申します、山下師範代、教えて頂きなさい」「某がで御座いますか・・・お願い申します」「私は師範代では無く、師範をしております」辰巳が自分は師範代では無く師範であると告げた。「おぉ、これは失礼致した、辰巳氏が師範で御座るか、山下師範代には慈恩、お相手なされ」「畏まって候」皆が壁際に下がり正座し、山下師範代が持っていた竹刀のままに中央に進んだ。「お借り致し申す」慈恩が壁に掛けられた竹刀を一本取り、一振りして中央に進み、山下師範代に対峙した。「我らの鍛錬所は道場と称しており申す、仏教の修行の御堂を道場と申し、それを頂きました。我らの道場では竹刀なり木刀なりの獲物を持った時より試しは始まっており申す、故に始めの掛け声はありませぬ」龍一郎の言葉に既に正眼に竹刀を構えていた慈恩が一歩前に進み死線を超えた。山下師範代は慈恩の気配を感じさせない踏み込みに驚き一歩後退してしまった。龍一郎と佐紀にとっては慈恩の気配は全くと言って良い程に消されてはいなかったのではあるが。慈恩が師範代に気配を感じさせずに、また一歩前に進み、また山下が一歩うしろにさがった。これが何度も繰り返され師範代が門弟が座る位置まで下がってしまい汗が噴き出していた。切羽詰まった師範代は破れかぶれのように、竹刀を上段に上げ慈恩の頭を狙い打ち下ろした。慈恩は振る降ろされる竹刀を右に身体を避けて竹刀で師範代の竹刀の柄元を叩き床に落とした。師範代の竹刀が床に転がり、師範代は手の痛みに両手を胸の前で抱えて呻いた。呻きながらも、その場に平伏し「参りました」と言った。「慈恩殿、ご苦労でした。次は辰巳師範、我が妻女との試しを願いたいが、如何かな」「妻女と申されると大試合女子の部の勝者で御座いましたな」佐紀は、これ時まで建屋の中にいるにも関わらず礼儀を欠くように薄垂れ付きの塗傘を被っていた。佐紀は指名され、塗傘を外した。その途端に顔を見た皆が余りの美しさに息を飲み絶句し口をあんぐりと空けた。暫くの静寂の後、辰巳師範は佐紀を見つめ固まっている師範代に歩みより竹刀を受け取った。師範が師範代を横に移動させたが、師範代は壁際へ歩みながらも目線は佐紀に釘付けだった。辰巳師範が対戦位置に着き、佐紀も対戦位置に着き左手を後ろに回し帯の間から小太刀様の短い竹刀を出して構えた。師範は対峙してみて初めて山下師範代が後退し続けた理由を知った。対峙している相手、佐紀から全く気配が感じられないのだ、そこに誰もいないかのようだった。その時、動いていない佐紀から「ブ~ン」「ブ~ン」と音が響いてきた。そして、動かぬ師範に佐紀が唐突に一歩前に進み、辰巳も気配の無い歩みに思わず一歩下がった。だが、師範代と違い辰巳は今度は己が一歩前に進み竹刀の先を交差させた。その途端に辰巳の竹刀が床に叩きつけられ、何が起きたのか解らず唖然としていた。佐紀は一歩、二歩とさがり竹刀を後ろ帯に戻した。「では、師範、後を師範代にお任せして奥へ参りましょう」「はい、ご一緒致します」辰巳師範は山下師範代に「後を任す」と言って館長と龍一郎たちに続いて奥へ向かった。「師範代、どうなされたのですか」門弟の一人が山下師範代に尋ねた。「佐紀殿のことか、試し合いのことか、どちらだ」「両方で御座います」「佐紀殿は噂に違わず、いや、それ以上に見目麗しい御新造(ごしんぞう)であった」 「私もそう思いました。吉原の花魁でもあれ程の威厳、貫禄を感じませんでした。それであの大きな男の剣技は如何でしたでしょうか」「それがじゃ、気配が無いのじゃ、あの大きな身体の気配を感じなんだ、気配のないままに突然前に進んで来る、不気味じゃぞ。気合も呼吸もその存在さえも感じぬのだ。怖い、怖いぞ。あれだけの強さを得るには、どれほどの鍛錬を積んでいるのか、儂には考えもつかぬ」「それでも、あの方々の中では技量が一番劣るのですね、佐紀様が上なのですね、そしてその上には大試合の勝者の龍一郎様がおられる」「そうであろう、其方らは儂が弱いと思うたであろう、確かに儂は弱い、弱かった。言い訳を言わせて貰うが、あの方々は人では無い、化け物じゃ、天狗じゃ、其方らも見たであろう、佐紀様の技を」「佐紀様は読売に寄りますと獲物を早く早く眼にも止まらぬくらいに早く振っているとのことでしたが」「儂も読んだ、読んだ時にはそんなことは無理じゃ、と思うたが真であった。振っているように見えなんだが音だけは「ブ~ン」「ブ~ン」していたでな、儂には見えなんだが確かに振っていたのであろう」「師範代にも見えませぬものを我らに見える訳もありませぬな」「妻女の佐紀様があの技前なのです、亭主殿の技前はいか程なのでしょうか」「だから申しておろう、人ではない、仙人よ、化け物よ」「我らも修行致さば、成れましょうか」「成れる、成れると思いたい、が、生半可な修行では無いと覚悟致せ」奥の居間で上座に館長が座り、その向かいに龍一郎が座り、少し後ろの横に佐紀、その後ろに慈恩と双角が座り、入口に辰巳が座った。館長が頭を下げた。「ありがとう御座る、某との試し合いを望むものと思うていました」「失礼ながら、館長、貴方の技前は先の師範代よりも劣ると聞いておりました、先の師範代に勝った今の師範を我が妻女が制したのです。試し合う必要は御座らぬことです」「恐れいりまして御座います。申し遅れました。某、当鍛錬所の長を務めております、沢木内蔵助で御座います」「今日、我らは師範の辰巳さんを我らの仲間にとお誘いに参りました。辰巳さんのお返事をお聞きしますが、貴方も我らの仲間になりませんか、如何ですかお二人で加わりませんか、但し、言っておきますが鍛錬は生半可なものではありません。辰巳殿、如何ですか」「お誘いありがとう御座います、先日、幼い娘さんの技前を見た後に考えました、厳しい鍛錬の成果であろうと、己に耐えられるだろうかと・・・」「それで考えは纏まりましたかな」「はい、教えを頂きたいと道場へお訪ねするつもりでおりました、弟子入りをお願い申します」「辰巳殿、良い判断です。それで館長は如何なされますかな」「強うはなりたい、なりたいが年が年故に烈しい(はげしい)鍛錬に耐える自信が御座いませぬ」「失礼ながら沢木殿のお年をお聞きしても宜しいですかな」「はぁ、五十二歳で御座る」「某の義理の父は其方様よりも年上で御座います。年に拘ることは御座いますまい」「小兵衛殿もお仲間で御座いましたか」「左様、なれど其方の気持ちも解らぬではない、じっくりと考えてみることです。双角、慈恩、其方らの重しを二人に渡しなされ」「畏まりました。某、慈恩と申します。重しを外します故、逆に致さば着けられ申す、覚えて下され」慈恩が手首と足首の晒と重しを外し、着物を脱いで腰の重しをも外した。「某は双角と申す、某も外します故、覚えられよ」双角も手首、足首、腰の晒と重しを外した。沢木館長と辰巳師範が重しを持ち重さを確かめた。「其方らは、この重しを着けたままに、あの試しをしておられたのですな」「左様に御座る」二人は無言で着物を脱いで腰、手首、足首に着け、その上に晒を巻いた。「これで宜しいですかな」「結構で御座る。晒を巻く訳がお解りですかな」辰巳師範の確かめの言葉に慈恩が答え、新たな問いを加えた。「外れぬようにで御座ろうか」「それも御座るが、それだけでは御座らぬ。辰巳氏、お解りかな」「他に何が御座ろうか」「其方らは我らがこのような重しを着けておるとご存じでしたかな」慈恩に変わって双角が問うた。「いや、某は気づかなんだ、館長は気付いておられましたか」「いや、儂も気付かなんだ」「この重しが我らの仲間入りの第一歩なので御座るよ」「では、其方らの秘密を漏らして下されたので御座るか」「左様、故に誰にも気付かれてはならぬのです、見せてはならぬ、気付かれてはならぬのです」「では、龍一郎殿も佐紀様もお着けであろうか」「無論のこと、何故に二人のものでは無く、我ら二人の物をと申されたか、お解りか」「う~ん、解りませぬ」双角ががっかりした顔をして首を横に振った。「葉月、弥生は解るであろうな」慈恩が突然、その場にいない者の名を呼んで尋ねた。「はい、龍一郎様、お佐紀様の着けておいでの重しは二人には重すぎるのではと思われます」天井裏から双子の葉月か弥生かの判断は出来なかったが声が聞こえた。「何者だ」と叫び館長が後ろの刀掛けから刀を取ろうとして途中で止めた。「其方らのお仲間で御座ろうか」「左様」「気配が感じられなんだ、いや、今も感じられぬ」「師範殿、佐紀様と対しましたおりに気配を感じましたかな」「感じませなんだ、それ故一歩出られた刻に思わず下がり申した」「気配が消せる、つまりは忍びに御座います」「では、天井におられる女衆も佐紀様と同じように試し合いでも気配を発せぬので御座るか」「左様、上にいるお二人は本来ならば某風情が気配を感じることなどできぬ方たちで御座る」「今日は何故其方に解ったので御座るか、と尋ねても宜しいかな」「館長、それは一つしか御座らぬ」「何、辰巳師範には訳が解ると申すか」「はい、女衆故にで御座いましょう、如何でしょうか」「左様、じゃが、それ以上は言わぬようにな」「実は私はあの刻以来、橘道場を訪れ弟子にして頂こうかと迷うており申した。厳しい鍛錬が待っておることは必定、それに己が耐えられるであろうか、だが、佐紀様に耐えられ、今また上におられる女衆が耐えられたらしい、某に耐えられぬ訳がない、いや、他人のことなどどうでも良い、己がどこまで耐えられるか、己がどのように強くなれるかが見てみたい、その思いが勝りまして御座います、ぜひにもお仲間に加えて下さりませ、お願い申します」「我らは元よりそのつもりでおります。技前には腕の力、足の力、腰の力、つまりは身体の全ての力が強く無ければなりませぬ。重しはその為の物です、長い刻を戦える力も必要です、その為には走ることです、十里、二十里、三十里とより長く早く走れるようにして下さい。我らの仲間には朝まだ空けぬ内に町中を走り鍛えておる者がおり申す」「次は剣技ですが竹刀から初めて下さい、但し、振り始めの場所と振り終わりの場所をいつも同じにして下さい。振り始めの場所を真上、止める場所を真正面に、これをゆっくりと何度も何度も繰り返して下さい。振り出しの場所を同じにすることで相手に当たる刻を同じに出来ます、予想出来ます。止める場所を同じにすることで引き戻しに掛かる刻も同じに出来ます、予想出来ます。始めの場所と止める場所が同じになれば振りの速さを少しづつ早くしていきます」「次に振り出しの場所を真後ろにし繰り返します、次に振り出しの場所を峰が背中に当たる位置にします。但し、いずれも止める場所は同じです。流派によっては地面に当たるくらいまで振るものもあるでしょうが、我らは真正面で止めます、足元まで切る必要も無いことが理です、これにより二度目、三度目への振り戻しを早くすることが出来ます」「竹刀の振りも走りも重しを着けたままで行って下さい。その重しに慣れ、増やしたいなれば、何時でも良い我らが道場へ参られよ」「最後に、これらの理を心に留め置き鍛錬する者としない者とでは、その出来が大いに異なると思うておきなされ、宜しいかな」双角と慈恩が交互に流儀の理を話して聞かせた。館長の沢木と師範の辰巳の二人は理を忘れぬように心に言い聞かせていた。「最後の最後に忘れてはならぬことがあり申す。人は技量が伸びると鼻が高うなります、その鼻に眼が付いており技量が上の者も技量が下に見える、本に上の者は下の者の弱点、欠点が見えまする、自惚れて鼻の眼で見ている者には見えませぬ。上位の者には下の者が見えまするが下の者には上の者の技量が解らぬ、このことも忘れずに、また、先の師範代のように悪さを致さば我らが成敗致す、忘れぬようにして下され」「龍一郎様、佐紀様、何か御座いますでしょうか」「其方らが全て申して下さいました。精進して下さい。道場への来訪をお待ち申します」四人は無言の二人を居間に残し鍛錬所を辞去した。「辰巳師範、我らも言われた通りに鍛錬いたせば、あの者らのようになれるかのぉ」「今まで通りの鍛錬では彼らのように強くはなれないのは眼に見えて明かで御座います」「しかし、たったあれだけの理で強うなれるのであろうか」「どのような違いがあるか兎に角やってみようではありませぬか」「そうよのぉ、何もせぬよりは良いか、しかし、この重しは重いのぉ」「いやいや、龍一郎殿と佐紀様はこれの何倍もの重しを着けておることでしょう」「龍一郎様、彼らは訪ねて参るでしょうか」道場への帰り道、慈恩が尋ねた。龍一郎の少し後ろを佐紀が歩き、その横に葉月と弥生が歩き、その後ろに慈恩と双角が続いていた。「儂は八卦見ではないでな解らぬわ。佐紀はどう思うな」「私も八卦見ではありませぬが、辰巳殿は加わると存じまする」「そうじゃな、そうであれば良いな」 <つづく>
2025.09.04
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<増上寺 再訪>-----#311久しぶりに屋敷に戻ったある日の夜、縁側に龍之介を膝に乗せた龍一郎と佐紀が佇んでいた。 「旦那様、いつぞやの大山に来た漁師を覚えておられますか」 「うむ、覚えておるが」 「あの時の娘さんをお仲間に加えたいのですが、いけませんでしょうか」 「幼くから漁師をしておる故か足腰がしっかりしておったのぉ、私も考えておった」 「明日、銚子へ行ってみませぬか」 「漁から戻った五つ半頃に銚子に着くようにしようか、どうじゃな」 「宜しいかと存じます、ですが、誰が跡を付けて参りますことか」 「そこじゃな、其方は誰と誰と思うな」 「誠一郎様は思慮深く御成りで御座いますので、ありますまい。富みに成長をみせております葉月、弥生の二人か、相変わらず好奇心旺盛な平太、雪で御座いましょう」 「そうじゃな、儂もそのあたりであろうと思う」 「他にお誘いしたいお方が二人おります」 「うむ、誰と誰かな」 「はい、何時かお話しました、元武家と思われる茶屋の主人と増上寺近くの鍛錬所の悪さをしていた師範代を倒した武家で御座います」 「増上寺の法主に挨拶もしたいと思うておった、銚子の次に参ろうかのぉ」 「下調べを致しますか」 「いや、其方が見込んだ方たちじゃ、間違いはあるまい」 そんな会話が二人にあった翌日、銚子へ二人が向かい、予想通りに平太と雪が同行していた。 それから数日後、龍一郎と佐紀の姿は増上寺の門前にあった。 同行していたのは慈恩と双角で隠れて同行していたのは葉月と弥生の姉妹だった。 増上寺客分槍術師範・双角が先導し増上寺の門を潜った。 「双角殿、お久しゆう御座います」 門前や門内の清掃をしていた若い僧侶が双角に挨拶してきた。 双角にとっては五年程住み暮らした寺であり、龍一郎、佐紀、慈恩も一度訪れている。 四人は所々で出会う僧侶たちと挨拶を交わしゆるりと法主が住む奥へと向かった。 途中で出会った若い僧侶が知らせに走って知らせ、庫裏に四人が着いた時には、なんと法主自らが回廊に立って迎えた。 「よう参られた、龍一郎殿、待ちかねておりましたぞ」 「恐れいります、法主自らのお出迎え恐縮至極で御座います」 「なあに、儂の勝手じゃ、気に致すな、さぁ、さぁ、上がられよ」 四人は用意されていた濯ぎ水で足を綺麗にして庫裏へ上がった。 法主が座る部屋の廊下に四人は座した。 「法主様、ご無沙汰いたし申し訳も御座いませぬ」 「龍一郎殿、そのような挨拶は無用のこと、さぁ、さぁ、入られよ」 「失礼を致します」 四人が部屋に入り法主の前に龍一郎が座り、少し後ろの横に佐紀が座り、二人の後ろに双角と慈恩が座った。 「副法主のおりには世話になりました。改めて礼を申します」 「なんのことがありましょう。双角殿を通してご連絡を頂き御縁が生じると嬉しく思いまして御座います」 「剣術好きの愚僧には其方様との御縁が嬉しゅう御座いました」 「法主様には、御代わりは御座いませぬか」 「うむ、其方が漂う邪悪な靄を消してくれた故に、至って安泰に御座る。結界を張る為の毎夜の祈祷の要も無くなりました。忝のう御座った」 「それは良う御座いました。では、新たな災いなど無いので御座いますな」 「うむ、無い、其方らが門前の掃除もしてくれた故な」 「その後、悪さをする者は居りませぬか」 「儂の耳には、入って居らぬな」 「これは法主様の胸の内に留めて頂きたいのですが、以前、悪さをして居りました鍛錬所の新たな師範代を我らの身内に加えたいと思うております。まだ、本人の承諾は得てはおりませぬが」 「その者が鍛錬所を良い方に変えましたかな」 「そのように思うております」 「その者を身内に加えたならば、また、鍛錬所が荒れるのでは御座らぬかの」 「身内に加わってもらいますが、職はそのままと思うており申す」 「うむ、それが良い、それは良い。それで今日は双角殿が稽古を付けてくれるのかの」 「ご希望とあらば、但し、双角が受ければで御座いますが」 「双角殿は其方の配下ではないのか、其方が申せば受けるであろうが」 「いいえ、法主様、我らに配下、家来はおりませぬ。身内に御座います故に双角殿の気持ち次第」 「それが身内と言うた意味に御座るか・・・配下ではないか・・・それで双角殿、受けて下さるかの」 「はぁ、龍一郎様に時が御座れば、喜んでお受け致しまする」 「双角殿、刻は御座る。鍛錬所には明るい内に参れば良い」 「ははぁ、では、法主様が宜しければ早速にも」 廊下に控えていた若い僧侶が立ち上がり皆に知らせに行った。 「失礼致します」 もう一人の若い僧侶が皆のお茶を持って来て一人一人の前に置いた。 「失礼致しました」 「ありがとう御座います」 龍一郎一行が持ってきた僧侶と法主に茶の礼を述べた。 「皆が揃うまで茶でも飲んで下され」 「はい、ありがとう御座います」 「双角殿、其方ほんに礼儀正しく温厚になられ、腕も上げられたようじゃ」 「ありがとう御座います、法主様」 「龍一郎殿の薫陶の御蔭かの、それとも佐紀殿の導きかの」 「はい、仰せの通りで御座います、ですが、こちらにおります、慈恩殿の励ましも御座います」 「うむ、さもありなん、其方ら二人は良い競い相手であろう」 廊下に先ほどの僧侶が戻って来た。 「皆が揃いまして御座います」 「おぉ、ちょうど修行中でありましたかな。では、参りましょうかな」 若い僧侶を先頭に法主が続き、その後を龍一郎たちが続いた。 講堂に入り、法主が正面に座り、龍一郎たちが入口に座った。 「皆の者、本日は外で修行しておる双角殿が戻られ、一刻程指導の刻を下された。 心して指導を受けよ。なお、双角殿の師匠も同道しておられる。皆も存じおろうが先の大試合の大人の部の勝者と女子の部の勝者である。日頃の鍛錬をお見せ致せ、師範あとは任せる」 「ははぁ、既に順は決めて御座います、一番手前へ」 「おぉ」 大きな声と共に身体も大きな男が十文字槍を持って立ち上がり前に出て来た。 双角は壁に掛かった十文字槍を持って対峙した。 二人は互いに礼をし、立てた槍を前に構え、一番手の男が槍を前後に振るった。無論、二人の槍は鍛錬用の木で作られた模擬の槍である。 双角は槍を構えたままに動かなかった。 一番手の男が槍を前に突き出し双角を突き刺そうとした。 双角は前に迫る槍を軽い動きで弾いた。 一番手の男は予期していたように槍をぐるりと後ろを回し反対側から薙ぎ払うように振るった。 双角は迫り来る槍を軽く弾くと一番手の男がまたも後ろを回そうとした刻に素早く前に進み、己の槍先を一番手の男の喉元の前で止めた。 一番手の男が槍の動きを止め、その場にへたり込んでしまった。 「それまで、二番手前へ」 師範が試し合いを止め、次の対戦者を呼んだ。 「はぁ」 「師範、こちらも二番手を願いたいが宜しいですかな」 龍一郎が館長に願い、師範は法主を見つめ、法主の頷きを確認した。 「二番手、慈恩殿、願います」 「はい、ただ某は木刀にてお願い申します。師範、宜しいでしょうか」 「結構です、お好きなように」 双角が槍を元の場所に戻し、慈恩が壁の木刀を一つ持ち素振りを何度か繰り返し開始線に立った。 二番手が槍を正面に構え、慈恩も木刀を正眼に構えた。 二番手も一番手と同じように槍を前後に振るい始めた。 慈恩も双角同様に全くの動きも見せなかった。 二番手は槍を前後に振るうばかりで仕掛けては来なかった。 慈恩が何の気配も見せずに一歩前に進んだ、驚いた二番手は槍を慈恩に突き出した。 その途端に槍が中程で折れて床に転がり「ガラン」と音をたてた。 「そ・そ・それまで」 「法主様、もう宜しいでしょう」 「私は龍一郎殿。其方が二人、三人になる処、御新造殿が木刀を早く振るう処を見たいのじゃがな」 「御法主様、拙僧(せっそう)がお相手致しとう御座います。宜しいでしょうか」 「師範、自らが相手をすると申すか」 「はい、見ているだけでは真の力が解りませぬ故に」 「良かろう、許します」 師範は壁に歩み、他の槍と作りが違う特別な槍を手にして開始線に立った。 「さて、佐紀、どう致すな、儂が参ろうか」 「いいえ、旦那様、私がお相手致します」 佐紀は開始線に歩むと右手を後ろに回し帯の間から小太刀の木刀を出し正眼に構えた。 構えていた館長は槍先を下げ一歩、二歩と後ろに下がり法主を見た。 「御法主様、この者は一切の気配も発しておりませぬ、拙僧はこのような者は会ったことも、聞いたことも御座いませぬ」 「うむ、とくと見よ、感じよ、それが我らが目指す姿じゃ」 「お待ち下さい。御法主様、愚僧に先陣をお願い申します」 師範代が己を先にと割って入った。 「何、師範代も試し合いたいと申すか」 「はい、気配無き相手がどのようなものか試してみとう御座います」 「龍一郎殿、佐紀殿、宜しいですかな」 「法主様のお好きなように」 「龍一郎殿、忝い、師範代と佐紀殿の後に龍一郎殿と師範の試し合いをみせてはくれまいか」 「法主様のお好きなように」 「師範、暫し待て、師範代が先陣じゃ」 「承知仕りました」 「ありがとう御座いまする」 師範は槍を持ったまま自席に戻り、師範代が立ち上がり壁から十文字槍を取り開始線に立った。 師範代は気配が感じられぬ相手に槍を真正面に向け一歩前に進んだ。 その刻、佐紀から「ブーン」「ブーン」「ブン」「ブン」と音が響いて来た、そして佐紀が二人になった。 法主から「おぉ」の声が漏れ、師範から「うむ」と声が漏れ、対峙する師範代からは「うぅ」と漏れた。 <参考>-----(寺院の長を配下が呼ぶときの言葉遣い)--------------- ・法主(ほっす) - 住職・座主クラス ・御法主様(ごほっすさま) - 格調高い言い方。浄土真宗など大寺院のトップ。 ・御座主様(ざすさま) - 延暦寺などでトップを「座主」と呼ぶ。 ・御住持様(じゅうじさま) - 住職職を指す呼び名。「ご住職」と同じ。 ・上人様(しょうにんさま) - 徳の高い僧侶に広く使われる敬称。 ・お上様や旦那様 - 町人や外部の檀家が呼ぶ場合の口語的表現。 <参考>-----(僧侶が自分のことをへりくだって言うとき)---------------- ・愚僧(ぐそう) - とても典型的な表現。 ・拙僧(せっそう) - つたない僧侶という意味。手紙文でもよく使われた。 ・卑僧(ひそう) - 自分を卑下していうとき。 ・沙門(しゃもん) - 本来は出家した者の一般呼称。自分をさすときに「沙門○○」と名乗ることも。 ・不肖(ふしょう) - 僧侶に限らず、へりくだって名乗るときに使う。 ------------------------------------------------------------------------------’ <つづく>
2025.09.03
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パリでの世界バドミントン大会で女子シングルスの金メダルを山口茜選手が獲得しました。決勝の相手は2021年の東京五輪の女子シングルス金メダリスト・中国のチン・ウヒ選手でした。この試合の山口選手はまさに神掛かっているの言葉が当てはまると思いました。二人の試合は34回目とすごい選手たちです。山口選手が高校生の時から知っているので10年以上前からになります。身長が160センチ以下なのに動きが速いのかとても強いという印象でした。その選手が今大会では28歳で最年長とのこと月日の流れを感じます。その試合の実況が桃田健斗さんでした、彼もまだまだやれると思うのですが残念ですが、国際大会は引退しています。<おしまい>
2025.09.01
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