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今日は、大晦日ですね。年越し蕎麦、紅白歌合戦、除夜の鐘…今年もいつもと同じように静かに去っていくのでしょう。街へくりだしたり、仲間とにぎやかに過ごす人もいるでしょうが、日付が変る瞬間は、毎年なぜか神妙な気持ちになります。今年の反省をして、来年こそはこうしよう、みたいな。でもたいてい、次の日、朝からお酒を飲んで忘れちゃうんですけどね。では、みなさん、今年は私のつたない文章にお付き合いいただいてありがとうございました。最近ネぎれぎみなので、来年も一年間毎日日記を書く自信はありませんが、最低でも週一では更新していきますので今後もよろしくお願いします。
2005年12月31日
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今日は正月飾りの日です。でも、今日、正月飾りを飾ってはいけませんよ。理由は後述します。正月飾りの代表的なものは鏡餅、しめ縄、門松ですね。 鏡餅は一つ一つの部品に意味があり、裏白の葉は常緑のシダで左右の葉が対となっていることから夫婦円満を、また、古い葉が落ちずに新しい葉を生ずることから家族の繁栄を意味します。ゆずり葉は、「代をゆずる」から家系が絶えない事を示し、昆布は「喜ぶ」、橙(ダイダイ)は「代々栄える」をそれぞれ表わしています。お正月用の餅つきは28日までに済ませるのが習わしです。29日の9を“苦”にかけて「苦をつく」からいけないと言われています。また、30日、31日には正月飾りの飾りつけをしてはいけないことになっているので、お正月用のお餅は、28日以前につかなければいけないことになるわけです。 しめ縄は、神様の宿るべき場所を示し、不浄のものが侵入しないようにする結界の意味もあります。 門松は、神様が降臨する時の目印となるもので、雌松と雄松からなり、向かって右側が雌松です。門松も29日に飾ると「苦松」=「苦が待つ」となり縁起がよくないといわれます。 いずれの飾りも31日に飾ると、一夜飾りといって神様を馬鹿にする行為と言われています。また、30日も、陰暦では大晦日になるので同様とされています。 お正月飾りは、日本の民族文化をよく表わしています。近年の住宅事情では、なかなかフルセットで飾ることは難しいですが、大切にしていきたものの一つですね。
2005年12月30日
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年も押しせまって、道路やホームセンターやスーパーが混んでいて大変な今日この頃ですね。最近は元旦も営業する店も増えてきているので、昔のように年末に買いだめしなくても良いのですが、なぜかこの時期になると、年末から正月にかけての必需品を買い漁ってしまいます。この時期のスーパーやデパ地下の生鮮食品のコーナーなどは、日本の豊かな食文化を見られて楽しい物です。築地の場外市場にでも出かければさらに楽しいのでしょうが、田舎なので、交通費や時間を考えるとなかなか行けません。ネットショッピングが大好きな私ですが、やはりこの時期は、店頭で品物を見ながらの買い物が季節感があっていいですね。今年の仕事をかたずけるのに四苦八苦するのもあと二日、穏やかな新年を迎えるためにもう一がんばりですね。
2005年12月29日
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今日は、ディスクジョッキーの日です。日本のディスクジョッキーの草分けである糸居五郎さんの命日だそうです。私はこの人のDJをあまり聞いた記憶がないのですが、「オールナイトニッポン」の初代DJだというのですから、日本のラジオ放送の歴史上の人物といっても良いでしょうね。それほど当時のラジオの深夜放送というのは、若者を中心に並々ならぬ文化的・思想的影響力を持っていました。今のインターネットに匹敵するものがあったし、こと質にかけてはインターネットも及びもつかないでしょう。なにしろ、当時は、深夜放送の影響で歌手を目指したり、ギタリストを目指したり、お笑いを目指したりした若者がたくさんいましたし、自殺一歩手前の精神状態から救われた人などもいました。誰もが真剣にラジオから流れるDJの語りや、リスナーの葉書の内容などに耳を傾けたものです。私もラジオを聴きながら涙ぐむことがなんどもありました。感受性豊かな時期だったせいかも知れませんが、今、あれだけの感動を与えてくれるものはなかなかないように思います。 「オールナイトニッポン」や「セイヤング」「パックインミュージック」など、一晩中、眠ってしまわないように、強力に濃いコーヒーを飲んで、ほっぺたを叩きながら、聞いていたのを覚えています。今ふっと思いついたんですが、一時代前に一世を風靡したフジテレビの「オールナイトフジ」って、企画の出発点は「オールナイトニッポン」のテレビ版てことじゃないですかね?なんか良く解らないけど突然そんなことを思いついてしまいました。 そんなラジオ深夜放送世代の私が、いつか手に入れようと思っているものがあります。それは昔のラジオで、ソニーの「スカイセンサー」というものです。いろいろ種類があったはずなのですが、私の一番の好みはスカイセンサーICF-5900というものです。当時は、普通の中学生や高校生のもっているオーディオ機器は、ラジカセ(それすら知らない人もいると思うので念のため、ラジオとカセットレコーダーがくっついた物)と3000円も出せば買えた総プラスチック製のレコードプレーヤーでした。「スカイセンサー」シリーズは、ラジオ単体の高級品で(カセット付のものもありましたが)、高性能なものでした。つまみやスイッチなど細かいところの作りや操作感が当時の機械物好きな中高生の憧れだったのです。今、けっこう人気があって、程度の良いものは、べらぼうな値段で取引されているとも聞きますが、深夜放送の思い出と相まって、一生の宝物とすべく、出物を狙っています。
2005年12月28日
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今日は、ピーターパンの日です。ピーターパンは1904(明治37)年のこの日、イギリスの劇作家ジェームズ・バリーの童話劇『ピーターパン』がロンドンで初演されたのを皮切りに、世界中で映画や舞台で演じられてきた古典的作品なわけですが、日本でも、榊原郁恵さんや相原勇さんが、ミュージカルの舞台で活躍して、日本でもポピュラーになっています。ピーターパンはネバーランドという子供の国のの住人で、いつまでたっても大人にならず子供のままです。なんともうらやましい話ですが、もうだいぶ昔になりますが、いくつになっても大人になりきれない人を揶揄する言葉としてピーターパンシンドロームなんていう言葉が社会現象としてとりさたされたこともありました。私はアニメ大好き、ゲームもそこそこ、映画は恋愛物より、SF物、パズルやおもちゃも大好きという人なので、完全にピーターパンシンドロームにはまっているかも知れませんね。
2005年12月27日
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テレビで放送された「ローマの休日」のデジタルリメイク版を見ました。通常、こういう古い映画は、画面全体に雪が降るようなノイズが入ってしまうのですが、デジタル処理のおかげでクリアそのものでした。若き日のオードリー・ヘップバーンの初々しく美しい姿が、まるでつい最近撮影されたかのようです。こういう名作映画は人類の大切な宝と成り得るものですから、原版が存在するうちにどんどんデジタルリメイクしてもらいたいものです。 古い映画を見る時には、ストーリーを楽しむ以外にも楽しみがあります。その時代のファッションや文化が垣間見れることです。私は特に古い車が出てくるシーンが好きで、街のシーンでは、知っている車が走っていないか探してしまいます。人それぞれ自分の興味のあるものを、映画の中で探して見ると面白いですよ。
2005年12月26日
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さて、今日はクリスマスです。日本人は、もともとほとんどが仏教徒でクリスマスのお祭りは大好きでも、宗教的な意義などどうでもいい人が多いことでしょう。しかし、あえてそのあたりに言及するのがこの日記のいいところ(いい所なのか?)です。クリスマスは語源的にはキリスト・ミサですのでどなたでもご存知のとおり、キリストの誕生日ということになっています。でも、実は聖書のどこを見ても、12月25日がキリストの誕生日という記述はありません。聖母マリアは、馬小屋でキリストを出産したことになっていますから、この寒い時期には少々無理があります。キリストの誕生日については諸説があり、聖書にはっきりした記述がない以上、決定的な結論は今後も出そうにありません。今のクリスマスはもともとは冬至の農産物の収穫祭だったものが、宗教的な意味合いを付加して盛り上げるためにキリストの誕生日ということにされたようです。サンタクロースの赤い服も、コカコーラ社が始めたという説もあって、永い歴史的な土台はあるものの、近代においては、商業的意図で造られているのはいなめないようです。とは言え、ここまで世界中に広まったお祭りというのも例がないので、いっそ、これが世界平和のための一助になれば、このうえなく良い事ですね。
2005年12月25日
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さて、今日は言わずと知れたクリスマスイブなわけですが。こういう日は微妙に日記が書きずらい…。クリスマスは明日なのだから明日のことを書くわけにはいかないし、ありふれた庶民のイブの過ごし方なんか書いてもこの日記には合わないし。で、開き直ってクリスマスは「無視」することに決定(笑)。では、昨日、天皇の事を書いたので、今日は、天皇家に伝わると言う三種の神器について書いてみます。 三種の神器は、家電製品などでなくてはならぬものの例えとして使われていますが、本当の三種の神器はあまり知られていないように思います。三種の神器は、(1)「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」、(2)「八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)」、(3)「八咫鏡(やた の かがみ)」 の三つです。「草薙の剣」はスサノオノミコトがヤマタノオロチを倒したときに、オロチの尾から出てきた剣で、最初は「天叢の剣(アメノムラクモノツルギ)」と呼ばれましたが、後に、ヤマトタケルノミコトが、東国征討の途中、相模国で賊に遭い、草原に誘い込まれて周りを炎で囲まれた時に、この剣で周囲の草をなぎ払い難を逃れたことから、「草薙の剣」と呼ばれるようになりました。「八坂瓊勾玉」は、アマテラスオオミカミがスサノオノミコトの乱暴な行いに腹を立て天の岩戸にこもった時に、高天原の神々は、なんとかアマテラスに出て来てもらおうとドンちゃん騒ぎをするのですが、その時に使われた装身具の一つと言われています。「八咫鏡」は、三種の神器の中でも特に重要なもので、アマテラスの分身と言われています。皇居の中でも特に厳重に保管されています。三種の神器は、神聖なものであり、天皇本人ですら見る事を許されていません。時間と空間を越え、日本神話の世界と日本人の文化とを結ぶ超アイテムなのです。 三種の神器は、どうも皇居の中に保管されているものは本物ではないようです。(というか、ヤマタノオロチとか天の岩戸とかが現実にあるわけもないので、本物も何もないのですが。)というのは、「八咫鏡」は御神体として伊勢神宮に安置されており、こちらが本物で、皇居のものは写しであるという記述が歴史書にみられるのです。さらに、決定的なのは、平家が滅亡するときに、安徳天皇が、三種の神器と共に海に没したという記録があることです。いずれにしろ、天皇すら見る事を許されないしろものですから、だれも見た事のある人はいないということであり、今後も学術的な調査などはタブーとされていくのでしょうから、永遠の謎のアイテムとして伝承されていく事でしょう。
2005年12月24日
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今日は、天皇誕生日です。昨今新聞などで話題となっている男系女系の問題ですが、最近やっとなんとなく解ってきました。要するに男性天皇の子供だけで皇位を継承していくのが男系で、この場合、女性も天皇の子供であれば天皇にはなれますが、女性である自分の子供はたとえ第1子の男子であっても天皇にはなることができません。いままで、日本には何人かの女性天皇がいましたが、たまたま子供が生まれなかったり、夫がもと天皇だったり、後に天皇になったりで、女性天皇の子供が天皇になることなく現代まできているとのことなのです。しかし、そう聞くとますます男系というルールがなんのためにあるのかよく解らなくなります。男性天皇の娘は、正規の継承権によって天皇に即位できるにも関わらず、その子供はいっさい天皇にはなれない、元男性天皇の実の孫でもあるのに…。どう考えても変なルールのような気がするのは私だけでしょうか。それとも私の聞いた話が間違っているのかな?まあ、雲の上の話で庶民な私には関係ないといえばそれまでなのですが。
2005年12月23日
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今日は、冬至です。一年の内で最も昼が短く、夜が長くなる日です。(厳密には少しずれます)この日は、昔は暦の始まりの日とされ、また、夜が一番長いことから死に一番近い日とされて、朔旦冬至(さくたんとうじ)といって宮中では儀式が行われたようです。冬至には、柚子湯に入る習慣と、カボチャを食べる習慣があります。冬至の日以降は寒さが強まり、本格的な冬の到来となるので、それに備えて体調を整えるためにこれらの習慣が生まれたのでしょう。柚子にはビタミンCが含まれています。しかも皮のほうに身の4倍も含まれていて、肌にとても良いと言われています。そして何より香りが良いので湯船に浮かべるのには最適なのです。カボチャにはカロテンが多く含まれていて、これも体に良いのです。カボチャは原産地はアメリカ大陸で、カンボジアを経てポルトガルによって持ち込まれたため、カンボジア、カボチャと呼ばれるようになったそうです。本来は、夏野菜なのですが、保存性が大変良いため、冬の保存食として重宝されてきました。カボチャ以外のものを食べる風習もあります。冬至の七種といって、「ん」が2つつくもので、なんきん(かぼちゃ)、にんじん、れんこん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)で、どれも栄養があり、体を温めてくれる食べ物なので、本格的な冬に向かっての昔の人の知恵といえるでしょう。中国などでは、餃子や小豆粥などを食べる風習のある地方もあるようです。 今年の冬は厳しいですね。寒波は3ヶ月周期くらいで変化するらしいので、後半は暖かくなってほしいいものですね。
2005年12月22日
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浅田真央ちゃんが凄い事をやってのけましたね。若干15歳でフィギュアGPファイナル優勝、しかもノーミスの完璧な演技。トリノ五輪にはルールで出場できないのは残念ですが、若い選手の肉体の安全のためのルールのようですから仕方がありません。一方、個人的に応援していた、ミキティこと安藤美姫選手は、ジャンプで立て続けに失敗し、低迷しました。必殺技の4回転ジャンプも、成功率がもっと上がらないとただの無謀な挑戦になってしまいますし、今回の大会では精神面の脆さがみえてしまったように感じました。 ミラクル真央の演技は本当に胸のすく見ていて気持ちのいいものでした。息をつく間もなくテンポ良く繰り出される、高いジャンプのコンビーネーションから軽快なステップ、スピン。私はジャンプの回転数が、フィギュアの演技の評価に大きく影響しすぎているように思っていたのですが、今回の真央ちゃんの演技は回転数ばかりでなく、コンビネーションのリズムや安定感などがすばらしく、けちのつけようがないと思いました。ついでに演技中ガッツポーズが出てしまう余裕さえあるのですから、大した15歳です。まあ、ガッツポーズはちょっとお行儀がよくないと言う人もいるかもしれませんが。 私はフィギュアスケートというと「愛のアランフェス」という漫画を思い出します。北海道育ちの天才少女スケーターが、あるフィギュアの大会に飛び入り参加し、当時、女性では世界でだれも飛べなかった3回転ジャンプを飛んでフィギュア会に大旋風を巻き起こし、やがては一流の選手に成長していくというようなストーリーなのですが、当時は3回転ですら、漫画の世界だったのに、今では3回転半も当たり前、3回転でも何種類もあるのをコンビネーションの中で飛び分ける時代なのですから、時代の変化と選手たちの絶え間ない努力に感心するばかりです。
2005年12月21日
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今日は、シーラカンスの日です。1952(昭和27)年、7500万年前に絶滅したとされていたシーラカンスがアフリカ・マダガスカル島沖で捕獲され学術調査が行われた日なのだそうです。生きた化石として有名なシーラカンスですが、妙にこの魚は日本人に良く知られていますね。生きた化石と呼ばれる生き物は他にも、カブトガニとか、オーム貝とかたくさんいるのにもかかわらず、漫画のタイトルになったり、ロックバンドの名前になったり、推理小説のタイトルに使われたりしています。でも、シーラカンスや生きた化石と言う言葉は、時として考え方が古いとか、現代的でないことの代名詞として使われますね。あんまり自分に使われたくはない言葉ですね。ところで、シーラカンスとは関係ないですが、個人的には生きた化石のなかではオーム貝が好きです。飼ってみたいくらい。水中でぷかぷか浮いて、のどかで見ていると癒されそうです。
2005年12月20日
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今日は、日本初飛行の日です。1910年(明治43年)12月19日に徳川好敏陸軍大尉、日野熊蔵陸軍大尉が日本航空史上、最初の飛行を行った日とされています。実際にはそれ以前に練習飛行を成功させていたようですが、公式には12月19日を初飛行としています。場所は代々木練兵場で、今では代々木公園になっています。代々木公園には今でも「日本航空発始之地」の石碑と、飛行した2人の銅像があります。飛行の内容は、まず徳川大尉がアンリ・ファルマン1910年型で4分間、距離3,000m、高度70mの飛行を成功させました。続いて日野熊蔵陸軍大尉は、グラーデ式単葉機により1分間、距離1,000m、高度45mの飛行を行いました。ライト兄弟の初飛行から7年遅れなのですが、意外と早いですね。やはり、軍事利用で他国に遅れをとらないため、急いだのでしょう。 フォッカーとかアルバトロスとか、この時代の古い戦闘機は、味わいのある形をしていてファンも多いようです。複葉機や三葉機など飛行機黎明期の技術者の工夫が見られます。戦争を肯定するわけではありませんが、この時代の空中戦は、撃墜王の名をかけて大空での決闘みたいなイメージで、浪漫があります。宮崎アニメの「紅の豚」の世界ですね。あれも有名な撃墜王レッドバロンをモチーフにしているんでしょう。愛機の性能と自らの腕で勝負するハードボイルドな男の物語です。 いまでは、戦闘機の空中戦は、レーダーと自動追尾のミサイルをどちらが先に発射するかで決まってしまうようなところがあるので、浪漫なんか感じてる暇はないですね。
2005年12月19日
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今、アメリカでダーウィンの進化論に関して社会的な対立が起きているようです。インテリジェントデザイン説(ID説)というのが最近、台頭してきて、学校教育の場でもそういう考えもあることに言及せざるを得なくなって、ID説推進派と反対派の間で対立が起こっているというのです。ID説というのは、生物の進化は何者かが知的計画をもって意図的に起こしたとする説です。神という言葉をあえて廃して「何者かが」というところが特徴です。まあ、言いたいことはわからんでもありません。あくまで突然変異と自然淘汰にたよる進化論では生物の進化は説明しきれていないということでしょう。しかし、「何者かが」というところをはっきりさせないことには、思いつきの域から出ていないと思うのですが、学校の授業の内容について裁判まで起きているいうのですからそうとうなものです。日本では進化論は当たり前のことであり、異論を唱える人はほとんどいません。進化論が生まれた時には、キリスト教会は、あらゆる生物は神が創りたもうたとする創造説を正とし、進化論は神を冒涜するものとして非難していたのですが、さすがに宗教と科学を同一線上で議論することの愚かさに気がついたのでしょう、今ではそんな事を議論する人はいません。ところが、ID説に関しては、街も推進派と反対派で真っ二つに分かれ、冷戦状態にさえなっているといいます。さらに、キリスト教会は、あいかわらず進化論がお気に召さないためID説推進派であり、一部のキリスト教指導者は、「ID説反対派は、神を街から追い出そうとしている。もし天災が襲っても神が彼らを救うことはないだろう。」とまで言い切る始末です。科学技術で世界を引っ張るアメリカで、なぜこんなことがおきるのか理解に苦しみます。日本人が思っているより、アメリカ人は信心深い人が多いのでしょうか。いずれにしろ、宗教が人間を幸せにする時代ではないことをさらに強く感じてしまいました。いがみあうくらいなら宗教なんて止めときなさい、いがみあいを生むようなものは、神でもなんでもありませんととりあえず主張しておきます。
2005年12月18日
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今日は、飛行機の日です。1903(明治36)年にライト兄弟が初飛行をした日だそうです。飛行機が発明されてから100年くらいしかたっていないんですね。ライト兄弟の飛行機「フライヤー号」は、ゴム動力の模型飛行機を大きくしたようなシンプルな作りでしたが、人類は100年で、巨大なアルミ合金製のジャンボジェットや音速の3倍で飛行するジェット戦闘機を作りました。100年は一人の人間の一生よりはちょっと長い程度ですから、すさまじい進化のスピードだと言えます。この進化のスピードを生み出した要因はおそらく戦争です。無防備な空から敵を一方的に攻撃できる飛行機を、戦争をしている国の指導者が放っておくはずがありません。国家の存亡をかけて軍用飛行機の開発が始まります。今では当たり前になっている引き込み式の車輪や、胴体の下側から翼が生えている低翼式と呼ばれる構造、ジェットエンジンなどの技術は全て戦争用の飛行機に使用するために開発されたものです。飛行機に限らず、レーダー、GPS、コンピューターなど、現在社会になくてはならないものの多くが、戦争でより多く敵兵を殺すために作られた物なのです。残念ですが、人類がその英知をフルに発揮するのは、同属との殺し合いの時のようです。 飛行機は、人類が生み出した機械の中でもとりわけ美しいデザインを持っています。機能美の極致と言っていいでしょう。今後、同属でなく、自然からの人類への試練に打ち勝つための進化の中で、飛行機がより美しくなっていくのを見守りたいものです。 最後に、ちょっと豆知識ですが、現在のジャンボ747などの旅客機のエンジンは、実はジェットエンジンではありません。あれはターボジェットファンというものです。本来のジェットエンジンはエンジン内で燃料を燃焼させ、その排気ガスを後方に吹き出して、その反動で推力を得るのですが、ターボジェットファンの場合は、エンジン内で発生した排気ガスをタービンで回転運動に換え、プロペラのような働きをするファンを回転させて推力を得ています。ターボジェットファンは、ジェットエンジンに比べてスピードは出ないけれど、燃費は良いそうです。
2005年12月17日
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今日は紙の記念日です。実業家、澁澤榮一が、大蔵省紙幣寮を民間企業として独立させ、日本初の抄紙会社とし、明治8年の今日、操業を開始した日なのだとか。 古来から紙は文明を支える大切なものです。紙が生まれる以前は、粘土板や動物の皮などさまざまな物に文字を記していましたが、大量の情報をストックするためには紙の方がはるかに便利であり、紙は、人類が高度な文明を持つために不可欠なものだったのです。人類は、数千年前のエジプト文明のころから生物学的にはほとんど進化していません。そんな人類が、空を飛んだり月にまで行ったりできるのは、知恵の蓄積という文明の要素のおかげ、ひいては紙のおかげと言っても過言ではないのです。 紙のルーツは、古代エジプトでナイル川のほとりに自生する葦のような植物のパピルスの繊維を並べてたたいて乾燥させ、シート状にしたもので、パピルスがペーパーの語源だと言われています。現在の紙は、木材の繊維(パルプ)で作りますが、日本にはそれとは一線を画す伝統的手法で作られる紙があります。そう、和紙です。和紙の原料は、主なものはコウゾ、ミツマタ、ガンピです。どれも里山に自生する低木で、皮の繊維を使います。原料によって性質の異なる紙ができます。変ったところでは、笹や稲を使ったものもありますし、最近、環境にやさしい植物として注目されているケナフを使う試みもされているようです。和紙は日本中の各地に産地がありますが、特に有名なのは土佐和紙でしょう。土佐の和紙でミツマタを原料にしたものは、一万円札にも使われ、世界でもっとも美しく丈夫な紙幣と評価されています。実際、プラスチックを染み込ませたりした特殊な洋紙を除けば、和紙は、比類ない耐久性を持っており、吸湿性や保温性、独特の風合いなど実に魅力に富んだ紙です。最近では照明器具のシェードや建築内装材にも使われるなど、用途が広がっています。 和紙は、最近では機械漉きもあるようですが、やはり手漉きがふさわしいように思います。手漉きで和紙を漉くのは職人の技が必要で、私も一度体験したことがありますが、均一に薄く漉くのはとても難しいです。また、漉く作業の前に、原料から繊維を取り出すために、蒸したり、冷水にさらしたり、乾燥させたり、大変な手間が掛かります。また、水を使う作業が多いのですが、厳冬期、水が冷たければ冷たいほど良い和紙ができると言われ、辛い仕事でもあります。昔の紙漉き職人たちは、辛さをすこしでもまぎらわせようと「紙漉き歌」を歌いながら働いたといいます。 私は最近やって見たいことの一つに、和紙細工があります。和紙で、たとえばしおりとか、筆箱とか、はがき入れなどを作って、さらに、オリジナル商品として販売などできたら、楽しいだろうなあと夢想したりしています。
2005年12月16日
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先日、テレビでホンダのアシモの新型を見ました。今度のは、時速6kmで小走りに走ることができ、飲み物などをトレイに乗せ、こぼれないように運ぶことができます。なにより驚くべきは、その動きの滑らかさで、従来のものはよくできた機械だなという印象だったのが、今度のは、まるで人が中に入っているかのような動きです。肩、肘、股関節などの動きは人間そのもの、5本の指のまでが器用に動いて、飲み物を乗せたトレイをホールドします。正直、少し気味が悪いくらいでした。どんなに人間に近い動きをしても、彼には心も知性もありません。決められたプログラムどおりに動くだけです。でも、近い将来、彼の仲間たちが、企業のビルの受付などで働くようになるかも知れません。人間はみな高齢化でほとんど外を出歩くことなく、街の中には、心のないロボットだけが動いている世界をつい、想像してしまいました。昔から人形は「ヒトガタ」と呼ばれ、時に妖しい力を内に秘めることがあるといいます。それが現代では動くのですから、夜、暗闇で動いていたりすると怖そうです。 人型のロボットは、企業の技術力をアピールするためにあの形ですが、家庭用に介護ロボットや、留守番ロボットなどが実用化されるとすれば、人型である必要はありません。スターウォーズのR2D2みたいになるのかも知れませんね。 一方、ロボットの知性、人口知能は、まだまだ学習機能付電算機の域を出ていなくて、アトムのような自分で考え、自分の意思で動くことのできるロボットは夢の夢です。もっとも、ほんとにアトムみたいなのが街に溢れだしたら、それこそどう付き合っていけばいいのか途方にくれそうですが。
2005年12月15日
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今日は忠臣蔵の日です。もはや年末の風物詩となった忠臣蔵は、赤穂浪士47人が吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げる物語ですが、もともとは、歴史上の事実をもとにした浄瑠璃として始まり、その後、歌舞伎にもなったようです。最初に浄瑠璃として上演される時に、題名が「仮名手本忠臣蔵」となっていましたが、この「仮名手本」という言葉に深い意味が隠されています。赤穂浪士47人は、見事に仇討ちを成し遂げたもの、表面的には取り潰された藩士が起こした集団殺人事件なわけで、幕府は47士を捕らえ極刑に処さなければなりませんでした。しかし、世論が47士に味方し、幕府は、47士の刑を武士の最後の名誉を保った切腹に変更しました。この事件は当時の民衆にそうとう知られていたようで、この事件を浄瑠璃にアレンジした「仮名手本忠臣蔵」は悲劇のヒーロー物語として民衆の人気を得たわけですが、実は「仮名手本」には幕府批判の意味があるのです。「仮名手本」とは「いろはにほへと…」のことです。「いろは…」はもともとは1首の歌です。作者は弘法大師空海だとも言われていますが、良く解っていないようです。色は匂へど 散りぬるを 我がよ誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて あさき夢見し ゑひもせず という歌をひらがなに直し、7文字ごとに区切ると、いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえて あさきゆめみしゑひもせすこの各行の最後の文字を読むと、とかなくてしす(咎無くて死す)となって、ほんとは吉良の方が悪いのに、幕府の誤った裁定で赤穂浪士は死んでいったという意味が込められているのです。なかなか昔の人は味なことをするなあ、と感心するとともに、多分こんなことをするのは命がけだったでしょうから、その反体制精神に感心してしまいますね。
2005年12月14日
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今日は、ビタミンの日です。ビタミンて栄養素の一つだとは解るんですが、何者なんでしょうか。調べてみると、ビタミンは、生物の生存に必要な栄養素のうち、炭水化物やタンパク質、脂質、ミネラル以外の栄養素であり、微量ではあるが生理作用を円滑に行うために必須な有機化合物の総称で、ほとんどの場合、生体内で合成することができず、食料から摂取しなければならない、ということでした。ようするに、酵素とか触媒みたいなものですかね。ビタミンという名前は、1911年カジミール・フンクという人が東南アジアで食べられていた米の糠から脚気に効く有効成分を抽出する事に成功し、これがアミノ酸の性質を持っていたため、「生命のアミン」と言う意味で「Vitamine」と名付けました。現代の日本ならさしずめ「バイオアミノ」という感じでしょうか。この時発見されたのは、今で言うビタミンB1だったのですが、ビタミンAとかBとかの名前は、1913年エルマー・ヴァーナー・マッカラムが、バターや卵黄の脂肪にネズミの成長に不可欠な成分があることを発見し、前出のフンクが抽出したビタミンと区別するため、自分の発見した物を「油溶性 A」、フンクの抽出した物を「水溶性 B」と仮に呼ぶことにしたのが始まりでした。その後、1920年ジャック・セシル・ドラモンドが柑橘系果物の中の壊血病を予防する成分の抽出に成功し、これを「ビタミンC」としたため、以降、アルファベット順に名前が付けられていき、確か今はKまであると思います。しかし、ビタミンF、G、H、I、Jは抜けています。これは、Fはビタミンでなくリノール酸などの必須アミノ酸として分類されるようになったため、G、HはビタミンB群に分類されるようになったため、そしてI、Jは元々存在しません。Hの次に発見されたビタミンがオランダ語の「凝固koagulation)」の頭文字から「K」と名付けられため、とばされてしまったのだそうです。また、ビタミンBにはB1、B2、B6、B12がありますが、抜けている番号は、発見後の研究でビタミンではないということになり、欠番になったものや、B3(ナイアシン)、B5(パントテン酸)のように物質名で呼ぶことが一般的になり、消えていったものです。もともと、ビタミンのアルファベットの記号は暫定的なものとして生まれたので、比較的新しい物は最初から正式な物質名で呼ばれているようです。また、昔、私は学校で、体内でビタミンAに変る栄養素は「カロチン」と習った記憶があるのですが、今は「カロテン」と言うようですね。 ビタミンは、サプリメントで採るのが簡単ですが、中には採り過ぎると副作用があるものもあるので注意が必要です。日常的な食生活で、自分がどの程度ビタミンが不足しているのかきちんと把握するのが大切ですね。
2005年12月13日
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今日は、漢字の日です。みなさんは、漢字は得意ですか?私は苦手です。昔は読書好きだったので、読むのはだいたい大丈夫なのですが、書くのが全然だめです。小学生が書けるような漢字もかけません。特にワープロやパソコンの普及以来、輪をかけて書けなくなりました。だから、どこかへ出かけるとき、何か書類を書かせられる恐れのあるときは、カード型の電子辞書を持っていきます。ほんとは、漢字は日本語にとってとても大切なものですから、日本人であるなら常用漢字くらいは書けるようにしないといけないとは思うのですが。あと、書き順というものを、私は全然覚えていません。学校の授業で教えられた時、出来上がりが同じならどうだっていいじゃん!と思っていて、まじめに勉強しなかったからです。書き順がでたらめだと字がへたくそになるという事に気付いたときには後の祭りでした。 わりと最近知ったのですが、凸、凹、卍って漢字なんですってね。ずっと記号だと思っていました。「雰囲気」をみなさんはどう読みますか?普通に考えれば、「ふんいき」だと思うのですが、「ふいんき」だとする人が世の中にはたくさんいて、どちらが正しいか議論の対象となっているそうです。ちなみに、我が家の辞書には「ふんいき」しか載っていませんでした。 毎年、12月12日に京都の清水寺で、「今年を表現する漢字」が発表されますが、インターネットでの公表は明日からのようです。ちなみに去年は地震やテロが多かったことを受けて、「災」が選ばれています。今年は、株価の上昇や企業業績の回復が著しかったので、「昇」とか「繁」とか、景気のいい漢字になりそうですね。
2005年12月12日
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南総里見八犬伝が、今、はやっているようですね。実写でテレビドラマもやるようですし、先日「世界不思議発見」でも特集していましたし。 しかし、私の世代では、八犬伝といえば、夕方テレビのNHKでやっていた人形劇です。多くの子供たちが夢中になって、この時代劇ものの人形劇を見たものです。NHKならではの撮影技術もありますが、なにより、人形浄瑠璃という日本の伝統芸能に裏打ちされた人形繰りの技術は、子供のみならず大人の鑑賞にも充分耐えうるものでした。また、エンディングの坂本九さんの「夕焼けの空を君は見てるか~」という歌もちょっと切なくて泣かせてくれました。 しかし、正直なところ、ストーリーはまるで覚えていないのです。私は途中から見たこともありますが、あの長い物語を1回も欠かさず全部見た人はほとんどいないのではないでしょうか。ついこの間まで犬塚信乃が主役で物語が展開していたのが、何回か見過ごして見たら、犬養源八が主人公に代わっていたりして、ストーリーの全体像が見えません。で、あらためて調べて見ると、やっぱり、謎が多い物語です。まず、物語の発端として、安房滝田の国の領主、里見義実が、隣国の領主をたぶらかし悪政を布いていた玉梓という悪女を処刑します。玉梓は里美家に恨みを持って死んでいきます。そして物語のキーワードである犬は、伏姫の愛犬、八房の事ですが、八房は実は玉梓の生まれ変わりだというのです。その後、他国との戦争で負けそうになった里美義実は、冗談で八房に、敵の大将の首を取ってきたら伏姫を嫁にやると約束したところ、本当に首を取ってきてしまい、八房は、伏姫を連れて城を出て、山にこもってしまいます。そして伏姫は八房の気を受けて身ごもってしまい、伏姫は畜生の子を身ごもった事を恥じて自害してしまいます。このあたりまでは、八房が玉梓の生まれ変わりであることに納得できます。しかし、なぜ、里美家を再興させようとする剣士の名前に犬が付くのか、死後も伏姫は、八房を従えた姿で登場しますし、伏姫の死の原因となったのは八房でありながら、善と悪のどちらかといえば、善として描かれているようです。さらに、「玉梓が怨霊」というのも登場して、もうわけがわからなくなってしまいました。なんでも28年間も書き続けたらしいですから、もしかしたら、作者の滝沢馬琴もわけわからなくなってたりして。 この物語の撮影フィルムやビデオは、今ではほとんどが失われているそうです。再放送はもうできないわけです。伝統芸能と古典文学の融合した日本の芸術の粋といってもいい作品だけに、残念なことです。
2005年12月11日
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今日は三億円事件の日だそうです。1968(昭和43)年、東京・府中市の東芝工場の従業員に支給されるボーナスを積んだ乗用車が、白バイ警官に扮した犯人に強奪される「三億円事件」が起きました。多くの物証がありながら捜査は迷宮入りし、1975(昭和50)年に時効を迎えました。当時、犯行に使われたのと同型のオートバイを所有している人が片っ端から警察に事情聴取されるなど、大変な騒ぎだったものです。この事件は、沢田研二主演でドラマ化され、事件の中で流血や暴力のない歴史上まれに見る鮮やかな完全犯罪だったためか、かっこいい犯罪者として印象が残りました。犯罪は犯罪ですから、良いも悪いもないのですが、近年の目を覆いたくなるような残虐な犯罪を見ていると、まだ昔のほうがましだったような気がしてしまうのは私だけでしょうか。
2005年12月10日
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今日は漱石忌、夏目漱石の命日です。「坊っちゃん」や、「我輩は猫である」など名作を残し、だれも知らない人はいないだろうと思われる漱石ですが、漱石というのはペンネームです。本名は夏目金之助といいます。漱石というペンネームは、漱石が自分で考えたものでなく、友人から譲り受けたもので、その友人とは、正岡子規です。子規は数多くのペンネームを持っており、そのうちの一つを譲ってもらったわけです。「漱石」とは「漱石沈流」という故事から取っており、負け惜しみの強いことの例えだそうです。 漱石が処女作である「我輩は猫である」を執筆し、小説家デビューをするのは、ある深刻な事情が背景にあります。当時、漱石は、精神衰弱に陥っていました。以前、高校教師をしていた時に、前任教師に比べ、漱石の講義の評判が良くなかった事、叱責した教え子が自殺した事など、いろいろな理由があったようです。(ちなみに、前任教師とは、これまた有名な小泉八雲でした。)こんな漱石の精神衰弱を和らげるため、友人である高浜虚子が小説の執筆を薦めたのが、「我輩は猫である」を執筆したきっかけだといいます。「我輩は猫である」は当時主流だった文語体でなく、口語体で、しかも親しみやすい内容から、高い評価を受けました。こんなすばらしい作品が、今、読めるのも漱石の心の病とそれを心配する友人あればこそということですね。
2005年12月09日
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今日は御事納めの日です。御事納めというのは、その年の農事等雑事を終わる日で、里芋・こんにゃく・にんじん・小豆を入れた「御事汁」を食べる慣わしがありました。この日を境に、農家の仕事は、屋外での農作業から、囲炉裏端で秋に取っておいた藁で縄をなったり、竹でざるを作ったり、の屋内作業に変わります。1年間の農作業を無事に終え、家族で囲炉裏に集まって和気あいあいと屋内仕事をするのは、平和で楽しいものだったでしょう。 御事納めの日は、同時に針供養の日でもあります。折れた針を柔らかい豆腐などに刺したり、紙に包んだりして、神社に納め、供養する日です。この日は裁縫の仕事はお休みする慣わしでした。御事納めも針供養も、昔の農家にとっては大切な節目の日だったのです。 現代では御事汁を食べる風習はなくなってしまいましたが、食べてみたいですね。きっと、日本の原風景を思わせる素朴な味がすることでしょう。
2005年12月08日
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今日はクリスマスツリーの日です。1886(明治19)年、横浜で、外国人船員の為に日本初のクリスマスツリーが飾られた日なのだそうです。クリスマスツリーがいつ生まれたかは良く解っていません。1600年代のドイツで、クリスマスツリーらしきものを飾る習慣あったと記録に残っており、このあたりが最古の記録のようです。その内容は、ドイツのアルザス地方で、家の居間にもみの木を立てて、カラフルな色紙を花などの形に切り抜いたものや、りんご、お菓子などを飾ったというものです。まさにクリスマスツリーそのものですね。 クリスマスツリーのてっぺんに星がついていますよね。あれは、イエスキリストが生まれた時に突然輝き始めた星で、「ベツレヘムの星」というそうで、聖書にもこの星のことが書かれているそうです。クリスマスの主役はサンタですが、こんな形でキリストの姿が見え隠れするのは、やはりお祭りの影には神様ありといったところですね。
2005年12月07日
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今日は、音の日です。1877年12月6日、トーマス・エジソンが錫箔蓄音機「フォノグラフ」を発明したし、世界で始めて録音と再生に成功しました。今は、iポッドなど携帯音楽プレーヤーが主流となっているようですが、私は、永いことカセットテープに親しんできた古い人間なので、iポッドなどは使い方が解りません。見た目、スイッチらしきものがあまりついていなくてずいぶんすっきりしたデザインなのですが、あれで必要な操作がすべてできるのか不思議に思えてしまいます。 CDが出たときも、今までの感覚的に理解できるレコードと違い、難しそうなテンキーみたいなボタンで何曲目の曲を再生するなどの設定をするようになっていたりして、どうにも使いこなせませんでした。MDも同様でしたね。そうこうするうちにあまり録音やダビングなどをしなくなり、ふと気が付くと時代はCD-RにMP3で録音する時代になっており、もはやお手上げです。まったく時代のうつろいの早さにため息が出てしまいます。 日本人は古くから、音を演出することを知っていました。ししおどしや、水琴窟などです。念のため、説明しておくと、ししおどしは、斜めに切った竹に湧き水の流れが流れ込むようにして、一定の時間ごとに、シーソーのように竹が動いて、カコーンと音がでるものです。水琴窟は、底に小さな穴を明けた焼き物の瓶を伏せて埋め、上に砂利を敷きつめ、雨水や湧き水などが染み込んだ水が瓶の中に雫となって落ち、ピチョーンという音が瓶の中に反響して、えもいわれぬ幻想的な音がするというものです。水琴窟は作るのに技術が必要で、今では珍しいものになってしまいました。 どこか静かな山奥の日本庭園が見える宿で、ししおどしと水琴窟の音以外は静寂の中、ゆっくりと読書でも楽しんでみたいものです。
2005年12月06日
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今日は納めの水天宮の日です。地方によって違うとは思いますが、水天宮様の縁日は毎月あって、子供達にとってありがたいことでした。水天宮様は、出産と水の神様で、安産祈願、子授け、水難除け、渡航安全などを願う庶民に、古くから信仰されました。納めの水天宮は一年の無事を感謝して古いお札を納める日で、多くの人で賑わいます。 水天宮の由来は、1185の壇ノ浦の戦いに端を発します。そう、源氏と平家の戦いのクライマックスですね。この戦いで敗れた平家の官女按察使局(あぜちのつぼね)が筑後(今の福岡県)に逃れて、安徳天皇や平家一門を祀るために創建されたといわれる、福岡県久留米市の水天宮が総本宮なのだそうです。東京の水天宮は、久留米藩主の有馬氏が江戸藩邸に分霊したのが起源だとか。 庶民の楽しみの縁日の由来が、平家滅亡の悲しい物語があってこそだというのは、意外ですね。
2005年12月05日
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今日は、血清療法の日です。血清療法は、1890(明治23)年、北里柴三郎とエミール・ベーリングが破傷風とジフテリアの血清療法の発見を発表したのが始まりです。一般的に血清と言いますが、正式には血清というのは、血液を凝固させた時に固まらずに残る上澄みのことで、血液から血球や血小板などの有形物と繊維素を取り除いた淡黄色の透明な液です。血清療法に使う血清は、正式には、抗毒素免疫血清と言います。血清療法を使う例として良く知られているのは、毒蛇に噛まれたときと、破傷風にかかったときではないでしょうか。血清は毒蛇の毒や、破傷風菌が作り出す毒を即効性を持って中和する特効役です。血清は科学的に合成するのではなく、馬や羊に弱い毒を投与し、抗毒素免疫を作らせ、その血液から抽出します。ここに血清が持つ大きな問題点が潜んでいます。例えば、一度毒蛇に噛まれ、馬の血液から作った血清を使ったとします。その後、再び毒蛇に噛まれるなどして馬の血清を使うと、ショック死してしまうことがあるのです。これをアナフィラキーショックと言います。ですから、馬の血清を使ったことのある人は、2度目は羊の血清を使うなどの対策が必要です。人間の血液から血清を抽出できれば、この問題は起こらないらしいのですが、人間を実験動物のように扱うことが倫理上問題があるということで、現在は行われていません。毒に対する即効性のある特効薬である血清ですが、危険な面もあるのです。 血清とワクチンの違いがよく解らないという人が多いようです。血清もワクチンも、動物の血液から抽出するのは良く似ています。血清は、いわば毒を中和する物質を動物に作らせて、利用するものです。即効性がありますが、効果はその時だけで、持続性はありません。一方ワクチンは、毒素を弱めた病原体を動物に投与し、病原体に対抗し死滅させる抗体というものを作らせます。これを抽出したのがワクチンです。これを人間に注射すると、抗体が体内で増殖し、病原体に感染した時にこれを攻撃し、病気に対抗します。抗体は一度できれば、なくなることはなく、効果が持続します。注射してから抗体が増殖して効力を発揮するまでは少し時間がかかります。簡単にいうと、血清は毒に対する中和剤、ワクチンは病原体に対抗する能力のもと、という感じでしょうか。 私はワクチンと言う言葉をきくと、子供の頃、ツベルクリン注射でいつもマイナス反応で、必ずBCGを打たれていたのを思い出します。毎年、ツベルクリンの時期がくると憂鬱でした。今、思えば懐かしい思い出です。
2005年12月04日
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今日は、カレンダーの日です。カレンダーは暦の簡潔なもので、暦については先日書いているとおりなのですが、今日はカレンダーの語源にでも触れてみましょう。カレンダーの語源は、古代ローマで生まれました。古代ローマでは、見張り人を立て、月の満ち欠けを観測し一ヶ月の日にちを数えていました。新月の日、月の影を見つけると、見張り人は笛を鳴らして市民に知らせたといいます。古代ローマでは新月の次の日を1ヶ月の最初の日と定めており、その日を商いの金銭の決済日としていたためです。ローマ暦では月の初めを「カレンデ」と呼び、叫ぶとか知らせるとかいう意味がありました。カレンダーの語源はここからきています。 最近は、デザイナー物というか、いろいろ工夫されたカレンダーが売られています。月ごとにパズルのクイズが出題されていて、次の月のページで回答が載っているとか、暗闇で光る星座カレンダーとか。1年間使うものですから、いろいろ探して、自分好みの個性的なものを選ぶのも楽しいですね。
2005年12月03日
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今日は原子炉の日です。原子炉と聞くだけで拒否反応が出てしまう人も多いことでしょう。しかし、現代の日本のエネルギー事情から言って、原子力エネルギーはなくてはならないものです。原子炉は1942(昭和17)年、アメリカのシカゴ大学で実験用小型原子炉でウランの核分裂の持続的な連鎖反応に成功したのが始まりです。持続的な連鎖反応ですから、当然、核分裂反応のエネルギーを有効利用するための実験で、瞬間的に反応を起こさせ、膨大なエネルギーを開放する核兵器とは違います。最初から平和利用を前提に開発されてきたのです。それが原爆の製造技術につながってしまったのは、他ならぬ戦争という人間の愚かな行いゆえなのです。 原子炉の中では、核分裂反応が起こっています。ウラン235という大きく重い原子が分裂し、中性子という粒子を放出する、その中性子が別のウラン235原子に衝突し、また分裂、中性子を放出というパターンを繰り返し、どんどんより小さく軽い原始になっていきます。この変化の過程で、膨大な熱エネルギーが発生します。この時、放出された中性子の数を、制御棒という邪魔ものを炉内に挿入することによっておとなしくさせることで反応が急激に拡大するのを防いでいます。もちろん、核兵器にはそんなものはありません。 とはいえ、他の発電方法に比べ、原子力発電は危険性が高いのはいなめません。使わなくて済むなら使わないほうがいいに決まっています。頼みの核融合は、1億度のプラズマを封じ込まなければならず、技術的ハードルが高く、不可能だという科学者もいます。私は、最終的には宇宙太陽光発電だと思っているのですが、当面は、諸刃の剣の原子力発電を使っていくしか、現在の生活を維持する方法がありません。難しいことではありますが、万全の安全を期して、次世代エネルギー技術確立まで、原子炉を維持していただくよう、関係者の方々に期待します。
2005年12月02日
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今日は映画の日です。私はもうずいぶん映画館で映画を見ていません。住んでいる所が田舎なもので、映画館までいくのが大変なのです。ついつい、レンタルDVDで済ませてしまいます。そのかわり、安物ながらサラウンドシステムで、それなりの臨場感を出すようにしています。もちろん、今の映画館の音響効果はすごいんだろうなと思い、興味はあるんですけれどね。最近の日本映画は元気がいいようです。昔は、映画と言えば洋画で、一部の例外以外は、日本映画は子供だましでぜんぜんだめというのが通説だったのですが、今は、海外でも評価される作品もあったりして喜ばしいことです。 私の好きな作品を一つだけあげるとすれば、やはり「2001年宇宙の旅」です。1968年の作品ですが、もちろん私が見たのは、初回の上映でなく、テレビでの放送でした。1980年前後だと思います。この作品は、神秘的で難解なストーリー、当時の最先端の特撮技術、「ツァラトゥストラはかく語りき」などクラシック曲を効果的に使用した事など、革新と冒険に満ちた壮大な映像叙事詩といえるものでした。この映画の語ろうとしているものの解釈は、未だに決定的な結論のない永遠の謎です。 映画が生まれて100年くらいと言われていますが、生まれて以降、民衆の最大の娯楽の地位を保ち続けています。おそらく、映画館に限定しないでDVDやTV放送も含めれば、1年間で映画を1本も見ない人はいないのではないでしょうか。映画は時につれ変化しながら、これからも私たちを楽しませてくれる事でしょう。特に、日本映画の今後には期待したいです。
2005年12月01日
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