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昨日、兵庫県の園田学園女子大にて日本熊森協会 第8回総会が盛大に執り行なわれました。まず感想一言・・ここは、ある意味『天国のような場所なのかもしれない』ふっと、そう思いました。全国から、善意だけで・・お金も時間も労力もかけてこの国の野生動物をはじめ、自然を守りたいという願いだけを持ち無欲で集う・・一人一人そんな、みなさんの言葉を聞くたびに涙があふれてきました。悲しいのか?嬉しいのか?なんなのか?きっと・・これが感動というものなのでしょう。涙がどんどん勝手に流れ・・心がどんどん癒されていく・・不思議で幸せな時間でした。野生の動物たちを守っても、1円の得にもならないし誰からも褒めてはもらえない・・普通の人から見たら、馬鹿じゃないの?って思われるようなことをここにいる一人一人が、当たり前のようにすすんで!喜んで!怒ったり、笑ったり泣いたりしながらでも、幸せな気持ちに包まれ楽しんで熊森の活動を実践している。いえ、今ここには居ないけれど同じ志の仲間が、全国に何千人といる。お金のためとか自分のためだけに、やっている活動ではないのだけれど嫌なコトもあれば、冷たい仕打ちを受け理不尽さを感じることもあります・・。時々、自分は何でこんなことをしているのだろう・・?と悩むコトもありますが・・今日、この場所に来れて良かった( ̄- ゚̄ )ここに居られて良かった・・そう痛感しました。
2005年03月28日
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シロママさん、いつも色々なことを教えてくださり本当にありがとうございます。大変素晴らしいお話なのでこちらで紹介させていただきます。熊森協会さんの顧問をされている先生のお言葉をみなさんに ご紹介させていただきます。 以前 東山先生のHPがありました。そのHPに記載されていた先生の お言葉です。----------------------------------------------生きるものにはそれぞれの生き方があります。豊かさを越え贅沢に走る人間が欲望を満たすため多くの生命を犠牲にする事はあってはならず傲慢な人間行為の行く手には滅亡が待っています。自然破壊によって出て来たクマを近くの人は早く撃てと叫び、遠くの方から殺すなと叫び声が聞こえます。何れにも一理があると思いますが人間が仕組んだ奥山の自然を考えるとき人間勝手な無責任さが浮かびます。 今、クマ以上に求めるものはクマの向こうに見えるクマを育てる自然の森です。日当たりの良い斜面に山芋が蔓を延ばして育ち、谷に山葡萄が成りイタドリやフキが育つ自然を育てることが 破壊をもたらした人間のせめてもの野生動物への償いでは無いでしょうか。保護は人の心です。打算的に物欲に走り、乾燥した人の心は現在社会に暗い影を投げかけています。謙虚に受け止め豊かな潤いのある優しい保護の心を消してはなりません。皆様と共に思いをひとつにして活動を続けて行きたく思います。 文:東山省三 様..........................................ドングリは、私たち人間の罪ほろぼしの心です。たくさんの野生動物たちが 優しい人も居ることを気づいたことと信じています。東山先生の お言葉 ~2~ シロママさん 東山先生がドングリ運びをされていた頃の記録から、***第2弾***ある日、買い物に出掛け道路脇に駐車して降りると街路樹から落ちた木の実を見つけました。人通りの多い歩道で恥じらいもなく持ち合わせたビニール袋を持って木の実を拾いました。これが高山の野生動物に食糧を運ぶ最初となりました。現在は以前の様に山里にクマの出没もなくなりました。原生林の奥深くに置いた木の実を求めて集まる動物達は クマ笹を踏み分けケモノ道を作って集まり 高く積み上げた木の実の山を食べ尽くして行きます。乏しい中にオスシカが土を掘って転び匂い付けしてメスシカを呼び食糧の乏しい中で仲間と分かち合い、いたわり助け合う光景が見られ又 幾筋にも残る足跡に争いの痕跡もなく、山は荒らされても 野生動物の世界は整然とした秩序が保たれ 荒れ狂う人間社会を見下ろしています。文 東山省三 様(2005年03月24日 18時08分04秒)
2005年03月24日
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今日は日本熊森協会の本部スタッフ4名と顧問の先生と某国立大学の助教授さんとの話し合いを傍聴してきました。どんな話し合いになるのかな?と心配でしたが助教授さんの話を聞いている限りでは助教授さんの言う、自然の生態系を守るためにDNAや昆虫の移入問題を ヒキオコス カモ シレナイ どんぐり運びは許せないということも理解できますが、今までに人間が、散々自然破壊し、撹乱し続けてきたことによって動物たちに迷惑をかけたことと地球温暖化などの環境破壊のことは、棚に上げてしまっているな・・としか思えませんでした。北陸で、どんぐり運びを経験した者はどんぐり運び最高!これさえしたら・・満足!なんて考えているものは、1人も居ません。DNAや昆虫の問題が、助教授さんの言うように・・起こるかもしれない・・という不安感と、自分達が悪いことしているのかもしれないと言う恐怖感を抱きつつもじゃあ、他に動物たちを救う方法はあるのか?駆除一辺倒、もしくはエサの無い奥山に放獣して餓死させるかどんぐり運び・・どちらかしか無いのなら、せめて希望のある方法を選びたい。。どちらにしても、何もしないよりは・・と悩みに悩みぬいてどんぐり運びを実行しました。勿論、それで終わりではないのです。どんぐり運びだけじゃ・・本当の意味でクマは救えないことと山や山に住む人々の現状を知ります。やはり、昔ながらの豊かな森が無ければ、クマは絶滅してしまう。本気で、みんな自然保護に目覚めていきます。どんぐり運びを経験したものは皆、次は広葉樹の植樹を目指します。。どんぐり運び自体は、完璧で、完全な自然保護活動では無いかもしれませんがそこは、あくまでもスタート地点なのです。自然保護への思いは、みんな心は、あっても、はじめの一歩がなかなか踏み出せないのです。何をしたらいいかもわからない・・完璧ではないにせよどんぐり拾いや、どんぐり運びは、小さな子どもから、お年寄りまでみんなに自然保護の活動の1歩目を踏み出させてくれる大事な!大事な!ものなのです。そして、我々人間が温暖化などで自然を壊してしまったせいで山にエサが無くて困って出てきたクマなどの野生動物たち・・すなわち自然からの警告に対する全国の皆さんの 『答え』なのです。みんな、自然を守りたい!どんぐりを拾ったり、運ぶことで訴えているのです。どうか、その気持ちを学者さんも行政の方もわかってください。
2005年03月19日
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石川県内のとある小学校のあるクラスでは総合学習で去年のクマ騒動を調べて学んでいます。猟友会の人や行政の人、県内の自然や動物の知識人などに授業として話を聞いたり、質問したりしています。その子どもたちが学んだ内容は、わからないのですがそのお便りの中にある子供たちのコメントや感想、意見はとても素晴らしいです!『クマが山からおりてきたのは人間が関係しているということがわかりました』『去年の台風で山の木の実が落ちてしまい、エサがなくなってしまったから』『去年の夏の暑い日が続く天候のために、山の木が枯れてエサがとれなかった』『里山に人間が入らなくなって、奥山と里山の境がわからなくなったから』『クマが人間を怖がらなくなったから』『人間が山の木を切ったり、ゴミを捨てたり、山の環境を悪くしてしまったから』『人間の生活のために地球の温暖化が進み、山の環境が変わってしまったから』『エサを求めておりてきた』『柿の実を取らずに置いておいたりするから』このような《 人間が原因を作っているからではないか? 》というまとめになったそうです!温暖化のことや人間が原因を作ったという意見は子どもならではの素直な意見だと思います。そのまとめから、地震を予知して逃げてきたんじゃないか?とかクマを保護しすぎてクマの数が増えたせいではないのか?などまた新たな考えも出てきて、まだまだ子どもたちは本当のことが知りたい気持ちが強いようです。そして、ほとんどの子どもたちが駆除には反対で、なんとか保護できないかと言っているそうです。また、クマの環境について『自分たちで出来ることはないのだろうか』という意見まであるのだそうです!そのため私たち熊森石川に白羽の矢がたちました!こんなにすごい勉強している子ども達にイイ加減な気持ちや姿勢ではこたえられないと思い、今、必死で授業時間に話すことをまとめています。子どもは大人より、はるかに純粋に物事の本質を見極めていますね。こんな素晴らしい子ども達に会える日が楽しみでもありヘマをしないかと。。ちょっと怖いような・・(^^;子ども達が無駄な時間を過ごすことにならないよう準備等、抜かりなくシッカリしなければと思っています。
2005年03月13日
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どんぐり運びのことについて某新聞で不確かなことを堂々と記事にされているようですが・・どんぐり運びは、日本熊森(くまもり)協会が何年もかけて調べ、国内でも一流の研究者である顧問が研究と計算を重ねた上で実行し、きちんと管理していることです。数年前から去年まで実行していて、去年、このことを知った学者たちが懸念した問題は全く起こっていません。自然保護団体と動物愛護団体の区別もつかないのに本当に記者と呼べるのでしょうか?一方的な意見だけを載せるのはもの凄い怖いことだと思うのですが・・ある新聞社に伺ったところクマの駆除問題の時の記事でも保護すべきという市民の声と駆除すべきという市民の声は比率的にいうと(保護)10対 1(駆除)くらいだと聞きました。可哀想とか、保護すべきという声の方が多くても駆除すべきという記事も書くと聞きました。それを聞いたとき、保護派の人がけっこう多いんだなぁと驚きました。また、どれだけ少数意見でも取り上げるということで新聞社というものは本当に公平なのだなと感心したものです。。しかし、今回のその新聞社はどうみても一方的な取材で、本部が電話して訴えても全く聞く耳を持たず、担当者とも話をさせてくれなかったそうです。自分の書いた記事に責任を持てないような記者やそんな記者をかくまう新聞社は、とても信用できるとは思えません。
2005年03月11日
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ネイチャーゲームと言うもので子供たちにクイズや遊びの中から、自然の仕組みや問題点など教える方法があるのですね。そういった活動で頑張っておられる方が石川県に、いらっしゃって・・お話も色々と伺いましたがとても素晴らしかったです!石川の自然学校と言うところで講義を受け、修了すると分厚い立派な資料がいただけるそうです。内容もしっかりしていて、子どもたちも楽しく学べるようです。是非参考にさせてもらい、自分も勉強がてら来年度の、我が子の親子ふれあい活動などにまず、取り入れてみようと思いました。
2005年03月09日
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県庁の方に直接聞いていますが駆除の後のクマの処理にしてもなかなか本当のことはわからずいつも曖昧な返事でしたが・・今度聞く機会があったら、録音テープを用意してきちんと記録してきます。事情通の人でさえ、クマの処理については癒着と言うか?馴れ合いなようなものを感じるので自分もはっきりとは言葉にできないと仰っていましたが・・いずれ、はっきりさせる必要がありそうです。春熊で儲けている人は、勿論、所得の申告をしていることでしょうし?詳細がわからないはずはないですね?もしきちんと所得申告していないのなら脱税という線でも考えなければいけないのでしょうか?国民が知らないことをいいことに、野生動物を勝手に殺して利益を得ているだけでもこれからの時代・・大変なコトとして取り上げらることとなるでしょう。飛騨のツキノワグマ追い込み猟 シロママさん よりこんな記事をみつけました。ツキノワグマ春熊狩の手法だそうです。。。ひとたまりもありませんね・・・・・。まず右手に向かってオーイと一声、次に左手に向かってオーイと一声叫ぶ。たいていの場合この二声だけで熊を追い込むことができ、出てきた熊を待場の者が撃って仕留めるという。二声で熊が出ない時は、熊はもう狩場にいないものだという。(2005年03月05日 12時53分43秒)春熊狩の実態 その2 シロママさん これもネット記事です。。。9月の県内の支所管内にて檻ワナで捕らえられたクマ駆除(檻越しに3人のハンタ-が銃で撃ち殺す)の解体料金は公費から支払われます。そして、当該駆除班班長による解体の際、熊の胆が抜き取られたことは言うまでもありません。この時も県の地域事務所職員や市、支所職員がそこに立ち会って その熊の胆GETを目撃したにもかかわらず それを不問にしました。不問が慣行だったのです。なんという行政の弛緩でしょうか!ここらあたりは、県庁内での環境生活部自然環境保全室と地域事務所の連絡の不徹底があったようですね。みなさん、コレ 事実証拠です。。。(2005年03月05日 13時05分40秒)
2005年03月05日
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楽しみです。。興味のある方は、どうぞ参加してください。参加者募集3月27日(日)「シンポジウム・第8回熊森総会」 場所:兵庫県尼崎市 園田学園女子大学 こんな豪華な顔ぶれになりました。 皆さん、ぜひご参加を! ●日本熊森協会主催シンポジウム 記念講演会:10:00~11:00 (林野庁)兵庫森林管理署 署長 笹沼 修氏 決定 11:00~12:30 「日本の森で何が起こっているのか」 ~クマ大量人里現象にどう対処すべきか~ 地元 幸福重信氏(兵庫県りんご園経営)決定 猟友会 森金太郎氏(石川県猟友会)決定 研究者 主原憲司氏(京都府)決定 行政 山口係長 (兵庫県森林動物共生室)決定 ●昼食交流会 12:30~14:00
2005年03月04日
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野生動物や自然の保護の思いを持つ人がどんどん増えていると言うコトが、よ~くわかります。正直、何を話してもわかってもらえず、自分は関係無いと、ピンと来ない人もいるようですが・・(^^;同じ志の人が1人でも、2人でも増えていくととても心強く、励みになります。小学校の3年生の児童から電話で質問をされました。なぜクマを助けようと思ったのですか?なぜクマを助けるのですか?どうやってクマを助けていますか?何頭クマを助けましたか?クマを助けるのに大変なことは何ですか?子どもたちから、質問を受けるのはとても勉強になります。答え一つとっても、話す内容は言葉を選びます。わかってもらえるように話すには自分の頭の中でキチンと整理していないと話せないと思いました。子どもたちの声を聞き、こんな素晴らしい子供たちに、早く会いたいと思いました。良いこともあれば、嫌なこともありますが・・・嫌なことは不思議と忘れてしまうものですね(*^ ^*)結成会が終わり・・なぜか?焦るような、妙な感覚にとらわれていましたが焦らず、じっくり・・頑張ろうと思いました♪
2005年03月04日
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(クマの生息域の環境によっても変わるそうですが)50ha~3000ha(番組では)山手線の内側くらいがクマ1頭が生息するのに必要な森林面積だと放送中にナレーターが話していました。先日のNHKの番組の詳しい内容がシロママさんのコメントにてありましたので読みやすいようにこちらにコピペします♪鉱山の被害で荒れ果てた姿となった山 番組内容を編集しました。。。^^*今では、人の手で植えられた林は、4割を占めるほどになりました。誰も予想しなかった回復でした。さらに植えられた広葉樹は思わぬ効果をもたらしました。あれから20年経った林には、真っ赤に実った果肉を求めて、たくさんの生き物たちが やってきたのです。きつねも木に登るんです。秋・・・動物たちに大異変がありました。なんと ツキノワグマが大移動を始めたのです。向かう先には いったいなにがあるのでしょうか。。。山には かつては豊かな森が広がっていました。江戸時代、ひとつ尾根を超えた日光では、現在 本州で絶滅の危機に瀕しているクマゲラが暮らしていたという記録もあります。こうした記録や周辺の森の様子から、かつての足尾の山は、ブナやミズナラなどの広葉樹でおおわれていたと考えられています。その場所では生き物たちが互いに支えあう関係を作っていました。樹木を支える栄養豊かな土・・・これも生き物の計らいで作られたものです。土の基となるのは老木や落ち葉です。ダニやトビ虫たちの小さな生き物たちが これらを食べ、その糞を微生物が分解することで栄養豊かな土ができます。こうした土が 1センチの厚さになるのに じつに 100年もかかるといわれています。さらに生き物たちは、森を広げる役割も担っています。ミズナラの木は、秋 たくさんのドングリを実らせます。ドングリはカケスやリスなど森で暮らす生き物たちの食べ物となります。生き物たちによって遠くに運ばれ 土の中に蓄えられたたドングリも時には忘れられ 翌年の春 芽吹くものもあります。ミズナラの木は生き物たちの助けを借りることで、より広い範囲に子孫を残すことができるのです。植物と生き物の絶妙な関係・・かつての足尾の森は、数百年数千年もの時をかけ、築きあげられたものだったのです。9月。。。生き物たちの不思議な行動が観察されました。その場所は 山のふもと。。。廃屋です。。。サルの群れが週1回訪れていました。夜になるとカモシカもやってきました。床にもぐり、床の材木を しきりになめます。分析の結果 この材木には塩分が多く含まれていることがわかりました。自然の森では、動物たちは岩が何千年もかけ風化し粘土質が溜まったところで塩分を取ります。ところが、山の土がほとんど流されてしまったため、そんな場所は極めて少ないと考えられています。カモシカやサル等の動物たちは足尾の山で不足する塩分をとるために、ふもと近くの廃屋へ移動してきたのかもしれません。。発信機をつけた親子クマは どこへ行ったのでしょうか・・・。探すと、向かっていたのは、5キロほど離れた中禅寺湖近くの山の斜面・・・。鉱山の近くの山に比べ ここは深い緑でおおわれています。クマたちは、木に登り枝を手繰り寄せ なにやら夢中で食べています。この時期に実をつけるドングリを食べていたのです。鉱山の煙の被害を免れた このあたりには、立派なミズナラの大木が何本も生い茂っています。冬篭りの前、クマは脂肪分が高く栄養豊富なドングリを求めて はるばる ここまでやってきたのです。ミズナラの木は、深さ1メートル以上の豊かな土が無いと育ちません。山も かつては こうしたミズナラの大木でおおわれていました。しかし現在 緑が回復してきたものの 土の厚さは わづか数センチほど・・・。ミズナラの大木は まだ育ちません。1年を通して クマを養えるほど食べ物が豊かにならないと、足尾の山が本当に復活したとは言えないのです2月・・・足尾の山では氷点下20℃近くに冷え込む日が続きます。雪で覆われた斜面を移動していく動物が居ます。日本鹿の群れでした。冬の足尾の山には中禅寺湖周辺などから数百頭もの鹿が移動してきたのです。なぜ ここにやってくるのでしょうか・・・懸命に雪を掘り起こしています。実は草の根元にある新芽を探して食べているのです。中禅寺湖周辺に比べ雪が少ない足尾の山・・・ここでは千頭あまりの鹿が冬を越します。植えられた草は冬 足尾だけではなく廻りの生き物たちにとっても貴重な食べ物だったのです。日差しがにわかに熱くなり始めた3月末、林の中で 一際大きな足跡を見つけました。尾根伝いに まっすぐ進んでいきます。ツキノワグマでした。。。冬ごもりから目覚めていたのです。何かを引きづっています・・・運んでいたのは鹿でした。岩場で足を滑らせた鹿でしょうか・・・ひとつの死は、他の生き物の糧となり その命を支えます。足尾の山で暮らし始めた生き物たちの間にも こうした命のつながりが 戻ってきていたのです。4月下旬・・・山が再び緑に包まれました。山に林がよみがえることで、清らかな川の流れも 戻ってきました。沢沿いで、ツキノワグマを見つけました。体長1メートルほどの まだ若いクマのようです。毛並みも艶やかで元気に成長しています。木に登り枝先の淡い緑色のものを食べはじめました。咲いたばかりの柳の花です。柳は、人の手で植えられていない種類の木です。周りの山から、風で種が運ばれ根付いたのです。足尾の山では こうして自然に根付いた植物が、10種類ほど確認されています。林の中で、思いがけないものを見つけました。かつて、山をおおっていたミズナラの若い木です。周りの森から動物が運んできたドングリが根を下ろしたのでしょうか・・・。日本の公害の原点の鉱山。世界でも類の無い、緑を取り戻そうという試みが始まって50年・・・人々の地道な努力にもかかわらず、およそ半分が いまだ 岩肌のままです。しかし、そこには、人の手で回復し始めた自然を巧みに利用する生き物たちの たくましい姿がありました。生き物たちの営みは、長い年月をかけ 森の姿を少しづつ変えていくはずです。人々の取り組みをきっかけに、山は今 自らの力で蘇ろうとしているのです・・・・・。 ***THE・END***(2005年03月01日 21時20分19秒)シロママさんより
2005年03月02日
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昨日の夜のNHKの番組素晴らしかったです!明治時代、鉱山の周辺の山々は流れ出た鉱毒が川を汚染するとともに、銅を精錬する過程で、発生する亜硫酸ガスがまわりの山々を草木一本生えないはげ山にしてしまったそうです。はげ山は、岩肌を露出して大変なことになっていました。しかし50年前、当時の人々は山に緑を取り戻そうと壮大な取り組みをしたのです。はげ山となった山に麓から種や養分を吹きつけた板状に固めた土を30キロずつ背負い、運ぶ姿や急斜面で広葉樹を主とした植樹活動をする人々の姿に・・尊敬と感謝の意を抱かずにはいられませんでした。わたしも、そんなことがしたい・・一見すれば無駄にも無謀にも思えるようなことを当時の人々が頑張ってくれたおかげで現在、その山では緑が戻り豊かな森にしか棲めないはずのツキノワグマをはじめサル、カモシカ、シカ、キツネ・・野生のミズナラやヤナギといった多種多様な動植物が戻ってきて、楽園となっていました。番組では2組のツキノワグマの親子の自然な姿やエサを食べる様子、授乳の様子など本当に可愛くて、素晴らしかったです。クマの行動を調査する為に、研究者がクマを捕獲したドラム缶オリには母グマがかかっていて、その周りにはコグマが遊ぶ姿・・その光景は、きっと去年、石川でも沢山見られた光景だったでしょう・・みんな殺されてしまったなぁ・・と思い出しましたが・・その研究者は、純粋にクマを調査するということなのでドラム缶オリにいる母グマに吹き矢で麻酔をすると重さ700gで、調査が終われば遠隔操作で外せると言う発信機をつけ親子グマは仲良く山に帰っていきました。その親子グマの行動を追っていてなぜ、こんな岩肌に厚さ5センチ程度の土の塊を敷いていっただけの表土も薄く、これといったエサも見当たらない場所にクマたちが戻ってきたのか?理由がわかったのでした。本来なら地下深く巣穴を作るアリが、石をめくるとスグ見つかるのでクマたちにとってエサが得やすいので集まってきていたようです。まだ、冬眠するため、クマたちにとって必要などんぐりの木などは充分に育っていないようですが近くの山から運ばれてきたタネから芽が出たのでしょうか・・ミズナラの実生も育っていました。人間は自分たちが壊した自然を取り戻す為のお手伝いをするだけ・・自然の山に人工なことをするわけではないのです。先は長いし、山は広大で、無謀に見えるかもしれないけれど・・何か始めなければ、何も起こらない!地道な活動は大好きです。早く、石川でも、未来のために・・全ての生き物のために、実践したい気持ちでいっぱいです。
2005年03月01日
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