全57件 (57件中 1-50件目)
今書いている小説なんですが、BLで昼ドラみたいなストーリーを書いております。<簡単なあらすじ紹介>両親の離婚によりNYから母の故郷である南部の田舎町へとやって来た少年・アレックス。転校先の高校で黒髪の少年・ウォルフと出会い、彼の人生は大きく変わってゆく。<登場人物紹介>アレックス主人公。両親の離婚により、NYから引っ越してきた。マックスアレックスの祖父。タンバレイン家を嫌っている。ディーン=タンバレインタンバレイン家の一人息子で、アメフトスター。人付き合いがいい反面、傲慢な一面を持つ。アンジェラディーンのガールフレンドで、チアリーダー。ラリー高級売春クラブ「ジャーヘッド」経営者。何処か魔性めいた魅力を持つ。リリアナウォルフの実母。メグアレックスの実母。離婚後、謎の失踪を遂げる。ジャネットメグの親友。突然の母の失踪と、明らかになったウォルフの出生の秘密。タンバレイン家の相続問題に巻き込まれ、彼の婚約者としてタンバレイン家に暮らすことになったアレックス。欲望と愛憎渦巻くタンバレイン家で、彼は一体どうなってしまうのか!?・・みたいな小説を書いております。まぁ、例えていうなら昔の東海テレビ制作の昼ドラ「真珠夫人」と「牡丹と薔薇」を足して二で割ったようなカンジです。・・そこまで書けるかなと不安ですが(汗)
2012年09月30日
コメント(3)

「おい、起きろ!」「ん・・」アレックスが目を開けると、そこは客用の寝室だった。「急に倒れたから、ビックリしたぞ。」半ば呆れたように自分を見つめるウォルフの顔を、アレックスは睨みつけた。「だって君が、いきなり婚約者だって言うから!」「そうするしかあの馬鹿を黙らせる方法がなかったからだ。」「へぇ、そう。もう家に帰らなきゃ。疲れたし早くベッドに入って休みたいから。」アレックスがベッドから起き上がって寝室から出ようとすると、ウォルフが彼の腕を掴んだ。「実は、お前は帰れなくなった。」「何、どういうこと?」「あの人が、俺をこの家に入れたがっていることは知っているだろう?それでお前をさっき婚約者だなんて紹介したから、すっかり乗り気になってだな・・」「なんだよ、それ!僕を家同士の問題に巻き込まないでよ!」アレックスは偏頭痛が襲ってきそうになりながら、溜息を吐いた。「で、これから僕にどうしろっていうの?」「そんなこと、俺に聞かれても困る。まぁ、今わかっているのは、俺もお前も同じ部屋で一晩過ごす羽目になったってことだ。」「そんなぁ・・」アレックスはガクリと肩を落とした。 その夜、ウォルフに連れられてタンバレイン家のダイニングルームへと入ったアレックスは、冷え切って険悪な空気が漂っているタンバレイン夫妻の顔をまともに見ることができなかった。「その子が、あなたの婚約者なの?」タンバレイン夫人はそう言うと、じろりとアレックスを見た。「はい、アシュリーと申します。」「こんなブスの何処がいいんだか。女の趣味が悪いよな。」コーンブレッドを齧(かじ)りながら、ディーンはニヤニヤとウォルフを見た。「それはどうも。お前は巨乳でミーハーな女だったら誰でもいいんだろう?アンジェラ最近化粧が濃過ぎないか?」「うるせぇ!」「あの女、先週違うアメフト部員と歩いてたぞ。確か・・ネイサンってやつだったな?」「畜生、あいつぶっ殺してやる!」ディーンは乱暴に椅子から立ち上がると、ダイニングから出て行った。「あなた、一体ディーンに何を吹き込んだの!?」「別に何も。」ウォルフが涼しい顔でタンバレイン夫人を軽くあしらっていると、家政婦が料理をワゴンに載せて運んできた。食卓に並んだのはフライド・キチンとビスケットという、典型的なアメリカ南部の家庭料理だった。「デザートはピーチ・コブラーです。」「そう。お前が作るピーチ・コブラーは絶品だものね。もう下がってもいいわよ、アーニー。」「はい、奥様。」アフリカ系の家政婦(ヘルプ)は、大きな身体を揺らしながらダイニングから出て行った。「さてと、頂く前にお祈りをしましょう。」食前の祈りをささげた後、アレックス達は無言で夕食を取った。「あなた、この子を本当に家に入れるつもりですの?」「ああ、ウォルフもタンバレイン家の一員だ。トレーラーパークに住むよりも、ここでちゃんとした生活を送った方がウォルフにとっていいんだ。」「ふざけるな、誰がこんな欺瞞(ぎまん)に満ちた家で暮らせるか!」ウォルフはそう叫ぶと、ミスター・タンバレインに向かってナプキンを投げつけた。にほんブログ村
2012年09月30日
コメント(0)

「きみ、一人?」 アレックスが振り向くと、そこにはブロンドの髪を靡(なび)かせて日焼けした肌をした青年が立っていた。「いえ・・連れを待っているんです。」「ふぅん、そう。俺はジェイクだ、宜しくね。君は?」「ア・・アシュリーです・・」「アシュリーかぁ・・可愛い名前だね。」ジェイクと名乗った青年は、まるで品定めするかのようにジロジロとアレックスの全身を見ていた。「わ、わたしこれで失礼します!」「あ、待って!」ジェイクの視線に気味悪さを感じたアレックスは、ドレスの裾を摘んで屋敷の中へと入っていった。 広大な庭園を持つタンバレイン家の屋敷は、コロニアル様式の美しい外観をしており、内部はロココ様式の華美な調度品や家具が揃っていた。(ウォルフは何処にいるのかな?)マーメイドドレスの裾を摘みながら、アレックスは邸内を観察しながら歩いていると、誰かが争うような声が聞こえた。そこは、タンバレイン家の男達が葉巻を吸いながらビリヤードに興じる遊戯室だった。「わたくしは認めませんよ、悪魔の私生児をこの家に入れるだなんて!」「口を慎め、アビゲイル!ウォルフだってわたしの息子だ!」「よくも抜けぬけとそのようなことを・・わたくしの息子はディーンだけですわ!」ドアの隙間からアレックスは、怒り狂うタンバレイン夫人の顔を見た。「どうして君はあの子を受け入れることが出来ないんだ?」「愛人の子を憎むのは、当たり前でしょう!?この家にあの子を入れたら、全員呪い殺されるに決まってますわ!」「止めないか、アビゲイル!」「あの子は魔女の息子よ!わたくしやディーンだけでなく、この一族を呪い殺すでしょうよ!」(全員呪い殺される?魔女の息子?一体どういうことなんだろう?)「おい、そんなところで何をしているんだよ、このブス!」話に夢中になっていて、ディーンが近づいてくることにアレックスは全く気づかなかった。「わ、わたしは別に・・」「ちょうどいい、お前に話があるんだよ。来い!」「いやっ、やめてください!」ここでディーンに正体がバレたら最悪だ。アレックスとディーンが揉み合っていると、ウォルフが廊下の向こうから歩いてきた。「彼女を放せ、ディーン。」「うるさい、お前に命令されるなんて真っ平だ!このブスを庇うのか?」「ああ。何故なら・・」ウォルフはアレックスの腰を掴んで自分の方へと引き寄せると、いきなり彼にキスをした。「こいつは俺の婚約者だからだ。」(え、今何て・・)ウォルフの言葉に目をパチクリとさせながら、アレックスは急に身体のバランスを崩して気絶した。にほんブログ村
2012年09月30日
コメント(0)

「やっぱりあなた、あの女のことを忘れていなかったのね!だからこの子をパーティーに呼んだんでしょう!?」タンバレイン夫人がそう夫に食って掛かったが、彼はどこか心にあらずといったような顔をしながらウォルフに近づいた。「君が、ウォルフなのか?」「はい、そうです。」「あなた、その子に構わないで!」いらいらした様子で夫の腕をタンバレイン夫人が掴んだが、ミスター・タンバレインはその腕を振り払った。「君に話がある。」「わかりました。」「わたしも行くわ、あなた。」三人が屋敷の中へと入っていくのを見ながら、一人残されたアレックスは状況がわからずにポカンとしていた。「アレックス、向こうで座らない?」ラリーがいつの間にかアレックスの隣に立ち、彼の手を取って人目のつかないテーブルへと腰を下ろした。「さっきの様子、見たでしょう?ここだけの話、ウォルフはミスター・タンバレインの私生児なんだよ。」「え・・じゃぁディーンとは・・」「腹違いの兄弟さ。アビゲイルが妙にピリピリしていたのは、彼が原因だったのさ。」「ウォルフはそのことを知ってるの?」ウォルフにも高貴なタンバレイン家の血が流れていることを今知ったアレックスが気分を落ち着かせるために水を一杯飲んだ。「まぁね。あいつの母親とミスター・タンバレインの関係は町中の噂になったし、何よりも身寄りがない孤児のリリアナが名家の御曹司との間にできた一粒種を生んだんだから、とんだスキャンダルさ。」ラリーは溜息を吐くと、煙草を吸った。「だからタンバレイン夫人はウォルフのことを怒ってたんだ・・」「ご名答。アビゲイルにとってウォルフの存在は目障り以外の何者でもない。可愛いディーンにやる筈の財産を、脇からウォルフに掠め取られたらたまらないからね。」「そうですか・・」タンバレイン家の複雑な事情を知ったアレックスは、パーティーを楽しむ気にはなれなかった。「彼らはもう戻ってこないだろうから、わたし達だけで帰ろうか?」「ええ。」ラリーと共にタンバレイン邸を後にしたアレックスは、自分達の方へと近づいてくる一人の男の姿に気づいた。「誰かと思ったら、ラリーじゃないか。」「ハーイフィリップ、元気にしてた?」ラリーはそう言って男に笑顔を浮かべると、そっと彼の股間を撫でた。「なぁラリー、君に会えなくて寂しかったんだ。」「わたしもだよ。」ラリーは男にしなだれかかると、アレックスの方へと向き直った。「少しここで待っててくれない?すぐに済ますから。」「は、はい・・」ラリーは男の手を引いて、暗い森の中へと消えていった。 数分後、彼らは一向に森から戻って来なかった。(どうしたんだろう・・)不安な気持ちになりながらアレックスがラリー達を待っていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。にほんブログ村
2012年09月30日
コメント(0)

「す、すいません・・」「すいませんじゃねぇだろ、謝れよブス!」アンジェラの前でディーンはカッコいい男を見せ付けたいのか、そう言ってアレックスを睨みつけたかと思うと、彼を勢いよく突き飛ばした。「きゃぁっ!」慣れないヒールを履いている所為で、アレックスはバランスを崩して転倒してしまった。「何よこの子ダッサ~イ!」アンジェラはケラケラと笑いながら、冷たくアレックスを見下ろしていた。「さっさと謝れば許してやったのによ。」ディーンは冷笑を浮かべながら、シャンパンを飲み干した。これが彼の本性―傲慢で問題ばかり起こすディーンの姿なのだろうか。「おい、聞いてんのかよ!?」アレックスのウィッグを掴もうとしたディーンの手を、誰かが捻り上げた。 彼が顔を上げると、そこには怒りで目を滾らせたウォルフが立っていた。「わざとじゃないだろう、許してやったらどうだ?」「てめぇ、何しやがる!その汚い手を放せ、悪魔の私生児め!」「その口の利き方はなんだ?金持ちの坊ちゃんなら、他人に許しを乞う時はどうするのか親に教えて貰わななかったのか、ん?」ウォルフはディーンの腕を万力のように締め付けると、彼は悲鳴を上げた。「許してくれぇ・・」「俺ではなく、彼女に謝れ。」「悪かったよ・・」「それでいいんだ。」ディーンの言葉に満足したのか、ウォルフはディーンの拘束を解いた。その弾みで彼は一番近くにいたテーブルに頭から突っ込んでしまい、アンジェラに格好良い場面どころか、情けない姿を見せてしまった。「大丈夫か?」「う、うん・・」「いくぞ。」自分を助けてくれたウォルフに礼を言おうとしたアレックスが彼の手を取って立ち上がったとき、向こうから鋭い声が聞こえた。「あなた、何しにここに来たの!?」二人が後ろを振り向くと、そこにはブルネットの髪を結い上げた美しいドレスを着たタンバレイン夫人が自分達のほうへと向かってくるところだった。「パーティーに来ただけだ。」「あんたを呼んだ覚えはないわよ、出ていって!」「あらら、そんなに怒り狂ってどうしました、奥様?」涼やかな笑い声とともに、ラリーがタンバレイン夫人の前に現れた。「彼はわたしをエスコートするために来たんですよ。そうだよね?」ラリーのほっそりとした手にウォルフはキスすると、静かに頷いた。「ふん、ここにはあんたの居場所はないわよ。まぁそれくらい、解っているでしょうけど。」アイスブルーの冷たい瞳でタンバレイン夫人がそう言ってウォルフを睨みつけていると、ダークブロンドの髪を靡かせながらタキシード姿の男が彼らの方へとやって来た。「どうしたんだ、アビゲイル?そろそろ皆さんに挨拶しなくてはいけないだろう?」「あなたがこの子をここに呼んだんですの!?」タンバレイン夫人がそうヒステリックに叫ぶと、ダークブロンドの髪をうっとうしげに払った男は、漸くウォルフの存在に気づいた。「君は・・リリアナの・・」 周りの空気が突然冷えた気がして、アレックスはブルリと身を震わせた。にほんブログ村
2012年09月30日
コメント(0)

「口で慰めてくれたら、何もかも話すよ?」「俺をからかうと痛い目に遭うぞ。」ウォルフが黄金色の瞳でじろりとラリーを睨みつけると、彼は笑った。「冗談だよ、冗談。」ラリーは化粧台の上に置いてある煙草の箱とライターを掴むと、煙草を一本咥えて火をつけた。「あんたの爺さん・・マックスって言ったっけ?襲われる数週間前に、この店に来たよ。」「本当ですか?」マックスはこんな退廃的なこのクラブを忌み嫌い、買い物に行くときも店の前を通るのを嫌がっていた。「うん。人を探してるってさぁ。あんたの失踪した母さんの親友を探しにね。」「親友って?」「フロアで会ったでしょう?赤いマニュキュアつけていた女さ。」「今はまだ居る?」「さぁね。見てきたら?」アレックスがフロアへと戻ると、店に入ったときに声を掛けてきた女がまだ居た。「あの、すいません。もしかしてあなた、母の親友ですか?」「あんた・・もしかしてメグの息子なの?」「はい。」「うっわぁ、驚いた!あんなにちっちゃな坊やだったのに、すっかり大きくなっちまって!」そう言って母の親友・ジャネットはアレックスに抱きついた。「ああ、マックスさんだったら数週間前に店に来たよ。メグを探してるってさ。でも、あたしも離婚して以来全然会ってないんだよ。」「そうですか・・」 アレックスの母・メグは夫と離婚した後、実家へと戻りマックスにアレックスを託すと、突然姿を消した。「あの赤毛の雌狐がメグの家庭を壊して、何の罰も受けないなんておかしいよ。」「そうですね。」暫くアレックスがジャネットと話していると、奥からウォルフとラリーが出てきた。ラリーは煌びやかなブルーのドレスに、セーブルのコートを羽織っていた。いつの間にか着替えたのか、ウォルフはクールなバイクスーツからブラックタイという格好だった。「どうしたの、それ?」「パーティーに招かれたんだよ、タンバレイン家の。君もおいで。」「でも、この格好じゃぁ・・」「大丈夫、バレないように君を変身させるからね。」 数時間後、アレックスとラリー達とともに黒塗りのリムジンから降り立ち、タンバレイン家の正門前へと立った。“バレナイように君を変身させる”というラリーの言葉通り、一流の美容師とスタイリストによって、アレックスは何処からどう見ても良家の令嬢にしか見えないような可憐なドレスを纏い、緊張で萎えた足を励ましながらラリー達とともにパーティー会場へと向かった。「ハ~イ!」「パーティーへようこそ。」ラリーが受付の者に招待状を渡すと、彼は恭しくラリー達を会場へと通した。 パーティー会場は熱気に包まれ、ディーンや彼のガールフレンド・アンジェラとチアリーダー達がダンスを楽しんでいた。タンバレイン家はこの町の有力者で名家だということは知っていたが、森林公園のような広大な庭園を目の当たりにして、アレックスは馬鹿みたいに口をあけて突っ立っていた。アレックスは空いている椅子に腰を下ろそうとすると、運悪くディーンとぶつかり、彼が持っていたパンチをアレックスはまともに食らってしまった。「何処見て歩いてんだよ、このブス!」学校では何かと自分に気さくに声を掛けてくる姿ではなく、今目の前に居るディーンは傲慢でムカつくクソ野郎そのものであった。にほんブログ村
2012年09月29日
コメント(0)

「ねぇ、何処まで行くの!?」 ウォルフの腰に掴まりながらアレックスがそう聞くと、彼は無言で幹線道路を突っ切っていった。やがて彼らが辿り着いたのは一軒のクラブ「ジャーヘッド」だった。「降りろ。」「う、うん・・」このクラブには夜な夜な悪魔崇拝者が集まっては怪しげな集まりを開いているというのが、町の人々のもっぱらの噂だった。「あら、誰かと思ったらウォルフじゃない。元気にしてた?」クラブに入るなり、ウォルフを目敏く見つけた女がそう言って彼に挨拶した。彼女は胸元を大きく開いたドレスを着ていたので、彼女がどんな職業なのかアレックスは想像がついた。「ねぇ、その子は?」「こいつはアレックス。NYから来たシティボーイさ。」「ふぅぅん、可愛い子ねぇ。坊や、筆下ろしはもう済んだの?」女は真っ赤に塗られたマニュキュアを施した手で、そっとアレックスの頬を撫でた。それだけでも、アレックスの肌は粟立った。「こいつには手を出すな。」ウォルフが低い声でそう言うと、女はつまらなそうにアレックスから離れた。「あいつなら奥の部屋にいるわ。まぁ、お楽しみ中だけどね。」「そりゃどうも。行くぞ。」「う、うん・・」開店前の店内は閑散としており、音といえば清掃員が床を磨く度に響くモップの音くらいだった。 ウォルフに腕を掴まれ、アレックスがやって来たのは店の奥にある事務所のような部屋だった。「おい、居るか?」ウォルフがドアを叩くと、何の音もしなかった。彼は舌打ちすると、ドアを蹴破った。 部屋に入った途端、マリファナの匂いがアレックスの鼻をついた。泣き叫んで逃げ出そうとするのを堪え、アレックスが部屋の中へと入ると、ベッドでは半裸の男達が互いの肉体を貪り合っているところだった。華奢な一人の男を前後に挟み、ボディレスラーのような筋骨隆々の男二人が居た。一人の男は激しく華奢な男の尻に腰を叩きつけるかのように動き、前の男は自分の股間を咥えている男を見ながら苦悶の表情を浮かべていた。やがて男達の動きが激しくなり、一人の男が吐精して床に転がると、華奢な男が緩慢な仕草でシュミューズを纏い、漸くアレックス達に気づいたようだった。「誰かと思ったら、ウォルフじゃない。」ふっくらとした唇に優雅な鼻梁、そして華奢な身体つきも相まってか、アレックスは彼が同性とは思えなかった。「また昼間から盛ってたのか。」「だってこんな田舎じゃ、何も出来やしないもの。セックス以外はね。」男の視線がウォルフからアレックスへと移り、アレックスは彼と目が合った。「その坊やはだぁれ?」淡褐色の瞳が黄金色に輝き、男は舌なめずりしながらゆっくりとアレックスの方へと近づいてきた。「おいラリー、こいつを相手にするな。」「なぁにウォルフ、嫉妬してるの?」「そんなんじゃない。」「じゃぁなに?」「着替えてからお前に話したいことがある。」「わかったよ。」膝丈のシュミューズを纏い、細い腰を揺らしながら男がバスルームに入ると、ウォルフはショッキングピンクのけばけばしいソファに腰を下ろした。「彼は誰?」「ああ、彼はこのクラブの経営者の、ラリーだ。お前も見たと思うが、クラブっていうのは表向きで、裏は高級売春クラブだ。奴が元締めで、時間と金を持て余している金持ちどもに娼婦を派遣している。どうやらお前が気に入ったらしい。」「そうなんだ・・じゃぁ、町の人達が、ここが悪魔崇拝者たちの集会所だっていうのは嘘だったんだね?」「ああ。俺達はサタンはもとより、神なんか信じちゃいない。自由気ままに暮らしているだけさ。」ウォルフがそう言ってスマートフォンを弄くっていると、ラリーが彼の隣に座った。「それで、用件っていうのはなに?」「昨夜こいつの爺さんが何者かに襲われた。幸い一命を取り留めたが、お前何か知ってるか?」「ふぅん、そんなことを聞きに来たの。少しだけ教えてあげるけど、タダじゃ駄目。」「どうすりゃいいんだ?」お前のふざけたお遊びに付き合うのは嫌だと言わんばかりにウォルフがラリーを睨むと、彼は足を大きく開くと、シュミューズの裾を捲り上げた。にほんブログ村
2012年09月29日
コメント(0)

どれ位病院のベンチに座っていたのかはわからないが、アレックスに一人の医師が話しかけてきたのは、夜明け前のことだった。「お爺さんは大丈夫だよ。あと二、三日もすれば退院できるだろう。」「ありがとう・・ございました。」「今日も学校があるんだろう?無理をしないで休みなさい。」「はい・・」医師の優しい言葉に、不安で波立っていたアレックスの心が少し和らいだ。 バスに乗って祖父母の家へと戻ると、その前には見慣れぬ車が停まっていた。ドアを開けて中に入ると、キッチンからは美味しそうなパンケーキの匂いがしてきた。「アレックス、久しぶりね。元気にしてた?」そう言ってアレックスに笑顔を浮かべたのは、父の愛人であるキャサリンだった。 NYでコンサルタントをしていた父・アレンの同僚だった彼女は、妻子もちである彼と長年不倫関係にあり、アレックスの母・メグとは高校時代の親友でもあった。「何であんたがここにいるのさ?」自分から両親と温かい家庭を奪った張本人を目の前にして、アレックスの声は自然と刺々しくなった。「あら、あなたのお祖父様が倒れたって聞いたから、すぐに高速を飛ばして駆けつけたのよ。」「それでずかずかと他人のキッチンでパンケーキを焼くんだ?へぇぇ、流石人の家庭を壊しただけの無神経さはいまだに健在だね!」自分をアレックスが歓迎していないことに気づいたのか、キャサリンの顔から笑顔が消えた。「ねぇアレックス、あなたはわたしのことを憎んでいるんでしょうけど・・」「もうすぐわたしたちは家族になるのよ、って?言っておくけど、俺の親権はお祖父ちゃんに移ったんだよ。だからあんたと家族にはならないよ。」「そう。昔から思っていたけれど、あなたって本当にかわいげのない子ね!」「お生憎様。パンケーキは食べるから、作り終わったらさっさと帰ってくれない?」 もう何を言っても無駄だとわかったのか、キャサリンは無言でエプロンを外してそれをバッグの中へと突っ込むと、裏口のドアを叩きつけるように閉めてから外へと出て行った。「二度とくるな、汚らわしい娼婦め!」 キャサリンが車に乗り込む前に、アレックスは彼女に罵声を浴びせるとさっさと家の中へと戻っていった。祖父が突然倒れたことはショックだが、あの女に我が物顔で料理されるのも十分ショックだし、むかついた。こんな気分で授業を受ける気にはなれないと思ったアレックスは、学校に連絡して今日は休むことを伝えた。 マックスが用意してくれた部屋に入り、ベッドに横になると、アレックスは深い溜息を吐いて目を閉じた。やがて窓に何かが当たっているような気がして彼がカーテンを開けて外を見ると、そこには昨日学校で見かけたウォルフが家の前に立っていた。どうして自分の家がわかったのだろうとアレックスが呆然とウォルフを見ていると、枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。「もしもし?」『ちょっと外に出て来いよ。お前に面白いものを見せてやる。』すばやく着替えを済ませて家から出てきたアレックスを、ウォルフは金色の瞳で見つめていた。「面白いものって、何?」「あれに乗ればわかるさ。」そう言ってウォルフが指差したのは、ハーレーのバイクだった。「ちゃんとつかまれよ。」「う、うん・・」 ウォルフの腰につかまると、彼はバイクのエンジンを掛けて弾丸のように幹線道路を飛び出していった。にほんブログ村
2012年09月29日
コメント(0)
2009年6月から書き始めたこの小説も、漸く最終回を迎えました。3年3ヶ月の間、色々とスランプがあり、更新が停まったことがありました。けれども、この物語のラストを書きたくて、キーボードを叩く手が止まりませんでした。そして遂に、ラストシーンを書けました。 最後はリヒャルトでも聖良でもなく、意外な人物が登場して終わりましたが。この場で改めて、この小説を読んでくださった皆様にお礼申し上げます。特に、わたしの小説に温かいコメントをくださった風とケーナ様、ふろぷしーもぷしー様、ゆり様、あみりん様、本当にありがとうございました。2012.9.28 千菊丸
2012年09月28日
コメント(0)

あの戦いから、1年半の歳月が経った。街には未だあちこちに弾痕が残るものの、人々の生活は戦いとは変わらず市場は活気に満ちていた。 そんな中、王宮では聖良は夜着から美しいドレスへと着替えている最中だった。「セーラ様、ティアラはどうなさいますか?」「いや、このサファイアのネックレスだけでいい。」「かしこまりました。」鏡に映る自分の顔を見て、聖良は否応なしにミカエルのことを思い出してしまった。 1年半前のあの雨の日、濁流へと身を投じたミカエルの遺体は発見できなかった。彼の生死は依然わからず、聖良は時折陰鬱(いんうつ)な気分に襲われた。「セーラ様、どうかなさいました?ご気分でも悪いのですか?」「いや・・」「ミカエル様のことを、考えていらしたのですか?」聖良は思わず女官の顔を見てしまった。「ああ。長い間会っていなかったのに・・彼から色々と酷い目に遭わされたのに、どうしても彼を憎めない。実の兄弟だからかな?」「そうでしょうとも。さぁ、参りましょうか。」「ああ・・」二人の女官に支えられながら、聖良は部屋から出て行った。 一方、王宮前広場では、バルコニーに国王一家がいつ登場するのだろうかと国民達が首を長くして待っていた。幾度も内戦で傷ついたこの王国は、22年もの時を経て復興への道を歩み始めていた。彼らにとって王室は国の象徴であり、共に自分たちと銃を手に取り戦った皇太子は“希望の星”であった。「あ、皇太子様だ!」「本当だ、出てきたぞ!」彼らが顔を上げると、国王一家がバルコニーへと出てきた。美しい宝石の勲章を幾枝にも肩に下げたアルフリート国王と、濃紺の落ち着いた色合いのドレスを纏ったアンジェリカ皇妃が国民達に向かって手を振ると、彼らは一斉に“王国万歳”と叫んだ。そして、聖良が登場するなり広場は歓声に包まれた。赤を基調とした美しいドレスを纏い、サファイアのネックレスを提げた聖良の姿は、威厳に満ちていた。「王国万歳!」「セーラ皇太子、万歳!」国民達は旗を振り、聖良たちに向かって口々にそう叫んだ。聖良は幸福に満ちた笑顔を浮かべながら、彼らに向かって手を振り続けた。「セーラ様、もうすぐ成田空港に着陸いたしますよ。」「そうか。日本に帰るのは久しぶりだな。」「ええ。」聖良は王国専用機の窓から第二の祖国を見た。『ただいま、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ=タチバナ様御一行がご到着されました。』ラーメン屋で聖良の来日中継を見ていた山下知幸は、聖良の顔がアップになった途端溜息を吐いた。「すっかり雲の上の人になっちゃったなぁ・・」彼がそう呟いた瞬間、携帯が鳴った。「もしもし署長?え、俺がセーラ様の警護を!?はい、すぐ行きます!」半分食べかけのラーメンを残し、和幸はラーメン屋を飛び出していった。―FIN―にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(2)

「ミカエル様、セーラ様は怪我人です、どうか・・」「さがれ、リヒャルト。」「ですが・・」「さがれと言ったのが聞こえなかったのか?」聖良はじろりとリヒャルトを睨みつけると、ミカエルの元へと一歩近づいた。「お前とは決着をつけないとな、ミカエル。」「そうこなくっちゃ。」ミカエルはそう言うと、蒼い瞳を閃かせながら笑った。「こんな得物だと体力を消耗するから、これでどう?」ミカエルは長剣を聖良の方へと放ると、彼はそれを受け取り飾り房ごと鞘から刀身を抜いた。「悪くないな。」「周りを囲め、だが手出しはするな。」「はっ!」治安部隊が瞬く間に円陣を組み、聖良とミカエルの周りを取り囲んだ。緊迫した空気が流れる中、互いに間合いを取った二人は同時に地面を蹴り、斬り結んだ。「なかなかやるじゃない?日本に居たころよりも強くなったね?」「それはどうも!」聖良はそう言うと、ミカエルの向こう脛を蹴飛ばした。「どうして双子として生まれてきたんだろうね、わたし達は?」じりじりと聖良との間合いを詰めながら、ミカエルは涼しい顔をしてそう呟いた。「そんなこと、知るか!」「それもそうだね。わたし達の母上は不妊に悩んでいて、今は亡き皇太后様に内密で不妊治療を受けていたからね。全てじゃないけれど、不妊治療では多胎妊娠することが多いんだよ。」「お前の下らぬ薀蓄(うんちく)など聞きたくもない!」聖良はそう言うと、剣でミカエルの脇腹を薙ぎ払おうとしたが、寸でのところでかわされた。「そうかな?君にとって価値のある話だと思うけど?」ミカエルは不敵な笑みを口元に湛(たた)えながら、ちらりとリヒャルトの方を見た。「もし君が愛する人との子を成したかったのなら、不妊治療は最後の手段とは思わない?」「そんな未来のことを、考える余裕はない!」「ふん、可愛げがない兄上だ。」ミカエルは少し苛立ったように、聖良の脇腹を薙ぎ払った。ドレスの白い布が破け、聖良の白い肌に薄っすらと血が滲んだ。「言いたいことは、それだけか!」聖良は間髪入れずにミカエルの攻撃をかわした後、彼の右肩を切り裂いた。血飛沫が雨粒のように石畳の上に飛び散り、緋色の水玉模様を作った。「漸く本気を出してくれたね。」「抜かせ!」二人が斬り結んでいると、空を黒雲が覆い、雨が降り出してきた。轟く雷鳴と稲光りによって、二人の蒼い瞳が炎のように神秘的な光を放った。「はぁ、はぁ・・」腹部を負傷し、ミカエルとの戦いで体力を激しく消耗している聖良は、もはや立っていられるだけでも精一杯だった。だが強靭(きょうじん)な精神力が、萎(な)えようとする足を必死で奮い立たせる。彼はミカエルを睨みつけると、邪魔なドレスの裾を乱暴に破り捨てた。「ふふ、その意気だよ。君の憎しみがひしひしとわたしに伝わってきて気持ちいいよ。」「黙れ、この変態!」聖良はそう叫ぶと、ミカエルに向かって突進した。その姿を見た彼も、剣を構えて聖良に向かって走り出す。雷鳴が轟き、激しい雨音が全ての音を消した。 その中で、聖良とミカエルは互いの胸を刺し貫いていた。「そう・・それでいい。さようなら、兄上・・」ミカエルは苦しそうに呻くと、そう言って欄干へと向かうと、増水した濁流に自ら身を投じた。「ミカエル~!」激しい水音とともに濁流の中へと消えたミカエルに呼びかけた聖良だったが、返事は返ってこなかった。「嘘だ・・こんなの・・」そう呟いた聖良は、気を失った。にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

「セーラ様、しっかりなさってください!」「セーラ様が死んだら、俺たちどうすりゃぁいいんですか!?」「セーラ様!」聖良が銃撃され、動揺した市民達の間に大きな隙が生まれた。「今だ、ユニットワン、行け!」『イエッサー!』アルフレッドの指示を受け、裏道に隠れていた海兵隊員が躍り出て市民達を撃った。 不意打ちを食らった彼らは反撃する暇も与えられず、地面に血を飛び散らせながら次々と倒れていった。「不意打ちとは卑怯な!」「セーラ様を撃ったのはこちらの戦意喪失を狙い、隙を作るため。うろたえてはなりません!」憎悪で爆発するのを必死に抑えながら、リヒャルトはそう叫ぶと市民兵達に指示を出した。「いいですか、敵が近づいてきたら、手榴弾を投げなさい!」「わかりやした!」「反撃されるおそれがありますので、治安部隊の皆さんは援護を!」「承知!」彼らはそれぞれ自分の持ち場へと戻り、敵を迎え撃った。手榴弾の雨と治安部隊の一斉射撃に、アルフレッド達の部下は次々と倒れていった。「くそっ、あいつら!」「どうします、サー?このままでは埒が明きません。」「あの黒髪を狙え。」「イエッサー!」 狙撃手がリヒャルトに狙いを定めて引き金を引こうとした時、突然誰かが彼の背後に回りこみ、短剣で頚動脈(けいどうみゃく)を切り裂いた。「貴様・・あの時の!!」「おや、憶えていてくれたんだ。嬉しいね。」ミカエルはそう言って口端を上げて笑うと、短剣を振り翳しアルフレッドの方へと突進した。彼の攻撃をアルフレッドはタガーナイフで受け止めた。「ふん、いい腕をしているな!」「貴族の子弟たるもの、剣術に長けていないと死ぬからね!」斬り結んだ二人はまるでダンスをするかのように優雅な円を描きながら徐々に間合いを詰めていった。だが、ミカエルが足を踏み外して大きく体勢を崩した隙を狙って、アルフレッドの攻撃が容赦なく襲い掛かった。「もう終わりだ!」地面に組み伏せられ、アルフレッドのタガーナイフが自分の頚動脈目掛けて振り下ろされようとしたその瞬間、空気が唸る音がした。「お前の相手はこの俺だ!」「貴様、生きていたのか。大した精神力だ。」アルフレッドはそう言うと、右腕に深々と突き刺さっている矢を乱暴に引き抜いた。聖良は間髪入れずに矢を番(つが)えて射ったが、どれもアルフレッドに致命的なダメージを与えなかった。「どうした、もう終わりか?そんな時代遅れの武器で俺が倒せると思っているのか?」憎悪に醜く顔を歪ませたアルフレッドが嗜虐的な笑みを浮かべながら聖良へと徐々に近づいてきた。じりじりと後退した聖良は、とうとう壁際まで追い込まれていった。(くそ、一体どうすれば・・)ギリギリと唇を噛み締めながら、聖良がこの状況を打開する方法を考えていると、視線の端に緑の民族衣装を纏った少女の姿が見えた。“彼女の姿を見たときは、飢饉が治まったり、戦いに勝つんだそうです。”「もうこれで終わりだな、セーラ=タチバナ。」「そうかな?」聖良は不敵な笑みを閃かせると、素早くホルスターから拳銃を抜き、引き金を引いた。「くそったれ・・」2メートルを超えるアルフレッドの長身が、まるで巨人が倒れたかのような轟音を立てながら地面に倒れたまま動かなくなった。「お見事だね、セーラ。じゃぁ、今度はこのわたしが相手だよ。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

平和な夜から一夜明け、再び貧民街に銃声が鳴り響いた。「怯むな、突き進め!」「一瞬でも隙を見せたら終わりだぞ!」市民兵達の奮闘で、病院を海兵隊の猛撃から守りぬいた。「くそ、どうなってる!このままじゃ首都陥落は難しいぞ!」「焦るな、わたしに良い考えがある。」「どんな考えがあるというんだ、ノーマン大佐?」「実は、この市民兵達を指揮している者が居る。その者の名はセーラ=タチバナ。」「皇太子が市民達を指揮して自ら戦いに臨んでいるだと?」「ええ。もし彼を抹殺すれば、市民達の士気は大いに下がるはず。すべてわたしにお任せください。」「わかった・・お前がそこまで言うなら信じよう。」「ありがとうございます。」(仲間達の仇は必ず討ってやるぞ、セーラ=タチバナ!)俯いていた顔を上げたアルフレッドのブルーの瞳は、聖良への憎悪に燃えていた。「お前達、出陣だ。」「イエッサー!」部下とともにジープに乗り込んだアルフレッドは、貧民街へと向かった。すべては、部下達の仇を討つ為に。「米軍が攻めてきたぞ~!」「バリケードを囲め!女子供を安全な場所を避難しろ!」病院は看護師達や女達が慌しく患者を安全な場所へと避難させ、武器を手に取った。「みんな、子供たちを守るんだよ!」「おう!」女達も、男達に交じって銃や銃剣、剣で果敢に戦った。皆、母国を守りたい一心で団結し、なりふり構わずに戦った。「見ろよ、あいつら逃げてくぜ!」「また俺達の勝利だ!」「ヤッホウ!」市民達が勝利を噛み締めて狂喜乱舞している様子を眺めながら、聖良は微笑んでいた。「これで、戦いが終わりだな。」「ええ。」「さてと、ここは彼らに任せて後は負傷者の手当てを・・」聖良がマシンガンを下ろして病院の中へと戻ろうとしたとき、一発の銃声が空気を切り裂いた。聖良は胸を撃たれ、ゆっくりと地面に倒れた。「セーラ様!」「リヒャルト・・無事か?」「死んではなりません、セーラ様!」「俺は大丈夫だ・・だから、戦え。」見る見る聖良の顔から血の気がひいてゆくのを見たリヒャルトは、彼の手を握った。「誰か、手当てを!皇太子様が撃たれた!」「皇太子様が撃たれただって!」「ああ、そんな!」先ほど歓喜に沸いていた市民達は悲愴な表情を浮かべながら聖良の方へと駆け寄った。「セーラ様、しっかりなさってください!」「セーラ様!」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

「では父上、わたしは貧民街に戻ります。」「気をつけろよ、セーラ。」アルフリートに見送られ、聖良はリヒャルトとともに王宮を後にした。「リヒャルト、王宮で気になったことがあるんだが・・」「何でしょうか?」「あいつの姿が全く見えなかったな。」「ええ。どこかに潜伏でもしていらっしゃるのでしょうか?」「恐らく、王宮内のどこかにいるだろうな。一応、修道院の方を探してみるか。」 聖良達が修道院へと向かっていると、中の聖堂から啜り泣く誰かの声が聞こえた。「一体どうしたんだ?」「皇太子様・・実は、フリードリヒ様がお亡くなりに・・」「フリードリヒが?」「ええ。敵の攻撃を受けてお亡くなりに。どうか、皇妃様をお慰めになってください。」 フリードリヒの棺に取り縋り、アンジェリカはその死を嘆き悲しんでいた。「母上、気を落とさないでください。」「セーラ、わたくしは家族運がないのね。4人の子供たちのうち、生き残ったのはあなたとミカエルの2人だけ。これからわたくしはどう生きればいいの?」「俺がいます、母上。だからもうお泣きにならないでください。」「ありがとう、セーラ。もうお前だけが頼りよ。」アンジェリカはそう言うと、聖良に抱きついた。聖良は、そっと母の髪を梳いた。「わたしは外で待っております。」「そうか、わかった。俺は母上と少し話がある。」「では、失礼いたします。」リヒャルトは何か話し込んでいる親子を見ると、修道院から出て行った。 一方貧民街では、ヤン率いる王国軍が米軍を圧倒し、一気に劣勢から好転して優勢を保ち始めていた。「ここまでくれば、一安心だな。」「そうだな。」「でも油断は禁物だぜ。ヤン隊長が言ってるだろ、“油断した隙に敵が攻めてくる”ってな。」「ああ、わかってるよ。」市民兵達は酒を酌み交わしながら、束の間の平和を噛み締めていた。「こっちはうまくいっているようだな。」「皇太子様、お帰りなさいませ!」聖良が貧民街の病院へと戻ると、ヤン隊長達が恭しく彼を出迎えた。「いままでいがみ合っていたのが嘘のようだな。酒を酌み交わしているとは。」「ええ。一ヶ月前までは私たちはそんなこと考えられませんでした。あの時、セーラ様がわたしのことを許さなければ、どうなっていたか。」「互いにいがみ合っていたら、もっと多くの犠牲者が出ていただろう。だがもう、そんなことは心配しなくてもいいな。」「セーラ様、飲みましょうよ!」「あまり酒は強くないんだが、付き合ってやるか。」聖良はそう言って笑うと、ドレスの裾を摘んで市民兵達の方へと歩いていった。「初めて飲む酒だな。」「これは“火酒”といって、寒いこの国じゃぁ風邪予防として飲むんです。」「そうか。初めて飲むと喉が焼けるが、慣れてくると美味いものだな。」「そうでしょう?ワインもいいですが、これも最高ですよ。この酒には美味いつまみが合いますよ。」「そうか、食べてみよう。」「あなたのセーラ様は、市民達とすっかり打ち解けたようね。」「ええ。一時期はどうなるかと思いましたが、安心いたしました。」 リヒャルトは市民達と笑いあう聖良を見ながら、アリエステ侯爵夫人にそう言うと、彼女はくすくすと笑った。「ねぇ、知っていて?セーラ様は子ども好きなのよ。いずれ結婚したら良い母親になれるかもしれないわねぇ。あなたはどう思うの?」「さぁ、急に聞かれましても・・」リヒャルトはそう言葉を濁し、俯いた。 この戦いが終わったら、いずれ聖良は何処かの王族か皇族の元へと嫁ぐのだろう。自分以外の誰かに抱かれる日が来るのだろうと思うと、リヒャルトの胸は嫉妬で焼け焦げそうだった。「何を考えているの?」「いいえ、何も。」 これ以上酔って醜態を晒したくなくて、リヒャルトは一人部屋へと戻っていった。にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

「セーラ様、漸く思い出されたのですね。」「ああ、お前を今まで混乱させてすまなかった。」「いいえ、あなた様がご無事なら、わたしは全てをあなた様に捧げられます。」「そうか。それよりもリヒャルト、これからどうする?」「あの弾薬庫で対峙した海兵隊のリーダー、手強いな。やつも俺の顔をしっかりと覚えただろうし、油断はできんな。」「ええ。あなた様を倒すまで、向こうは攻撃の手を緩めないでしょう。」 リヒャルトはそう言うと、聖良の髪を優しく梳いた。「セーラ様、夕食ができました。粗末なものしかありませんが、どうか召し上がってください。」「そうか。わかった。」病院で用意された夕食は、宮廷のそれとは違って貧相なものばかりであったが、住民達の真心が込められたものであった。「こうしてみんなで食事していると、孤児院に居たときのことを思い出すな。」「横浜に居たころのことですか?」「ああ。食べ盛りの子供が大勢居るというに、食事のメニューは野菜や魚、いい時には果物がついてくる程度で・・たまにハンバーグやカレーなんか食卓に出ると、みんな競ってお代わりしたものさ。両親そろった家庭の子と違って、生活は豊かではなかったけれど、幸せだったよ。」「やはりセイタ様の愛情に包まれたからですか?」「まぁな。俺はもし自分が一国の皇子であることもずっと知らずに、警察官として定年を迎えるまで働いていたら、それは平凡な人生だったんだろうなと。だが、それだけでは物足りない気分になっただろうな。」「ですが運命の女神はあなた様に試練を課し、その試練をあなた様は乗り越えた。わたくしはあなた様のことを支えるだけです。今までも、これからもずっと。」リヒャルトはそう言うと、聖良の手を握った。「リヒャルト、もし戦いが終わったら・・俺と付き合ってくれるか?」「ええ。」リヒャルトの頬が少し赤くなったが、聖良は見ていなかった。 翌朝、聖良が欠伸をしながら浴室でシャワーを浴びていると、誰かが浴室に近づいてくる気配がした。「リヒャルトか?」「はい、セーラ様。」「どうしたんだ、こんな朝早くに?」「陛下がお呼びです。」「父上が?」アルフリートからの急な呼び出しに、聖良は戸惑ったが、王宮へと向かった。「お久しぶりです、父上。」泥や返り血で汚れたドレスで謁見の間に現れた聖良を見て、宮廷貴族たちは一斉に眉を顰(しか)めた。だがアルフリートは、慈愛に満ちた顔で聖良を見つめた。「セーラ、久しいな。」「父上、お元気そうでなによりです。」「ああ。今日お前を呼び出したのは他でもない。お前が市民達とともに戦っているという噂を聞いたが、本当か?」「ええ、本当です。それが何か?」「お前はこの国の皇太子だ、セーラ。お前の命はお前だけのものではない、それはわかっているな?」 アルフリートは遠回しに市街戦から手をひけと言っていることに聖良は気づいた。「父上、わたしは最後まで市民達と戦います。」「それはもう、決めたことなのか?」「はい。わたしは閣議室で軍議を開くよりも、戦場で市民達と手を取り合って戦いたいのです。」「そうか・・お前はやはりあの方に似ておるな。血筋というものか。」アルフリートはそう言って溜息を吐くと、聖良を見た。「お前の言いたいことはわかった。まずは風呂に入り、着替えを済ませよ。」「わかりました、失礼いたします、父上。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

ローゼンシュルツ王国軍の弾薬庫へと着いた聖良達は、武器や弾薬を次々と運び出していった。「これで充分でしょう。あとは小型の手榴弾を持っていけば・・」リヒャルトがそう言いながら聖良の方を向いたとき、外から銃声が聞こえた。「もしかして、敵が来たのか?」「・・そのようです。」「くそっ、こんな時に!」聖良は舌打ちすると弾薬庫から外の様子を窺うと、そこには40人もの海兵隊員が弾薬庫を包囲していた。「この数を倒すのは無理か?」「さぁ、やってみないとわかりませんね。」「そうか。」聖良はマシンガンに弾薬を装填すると、弾薬庫から躍り出てそれを敵に向かって乱射した。不意を突かれた敵の何人かは、自分の身に何が起こっているのか知らず、銃弾に倒れた。「この調子ならいけそうだ。」「そうですね。」リヒャルトは聖良を援護しながら徐々に敵の方へと近づいた。コンテナに身を隠し、聖良は敵の大将を探した。「いいか、雑魚は相手にするな。大将を倒すんだ。」「わかりました。」「行くぞ!」ドレスの裾を翻し、聖良は海兵隊の前に現れた。「隊長、見てください!」「あれは・・ゲリラ兵か?」 黒煙が舞う中、一人の女が自分たちに近づいてくる気配を感じた海兵隊のリーダー・アルフレッドはいつでも狙撃できるように女に照準を定めた。女が煙の中から抜け、太陽の下にその顔を晒した。「あれは、セーラ皇太子では?」「まさか・・」アルフレッドがスコープ越しに女の顔を見ると、まさに彼女はセーラ皇太子その人であった。「どうします?敵国とはいえ王族に手を出したら、我々は・・」「構わん、撃て!」「ですが・・」「くずくずするな、アーチャー!」敵国の皇太子に向かって発砲することを躊躇っていた海兵隊員たちだったが、暫くして彼らは聖良に発砲し始めた。聖良は咄嗟にコンテナに身を隠し、応戦した。「セーラ様、ご無事ですか!?」「ああ。あいつら、俺が皇太子であっても攻撃の手を緩めないな。」「そのようですね。ここは一旦退却いたしますか?」「多勢に無勢だな。病院に戻って今後の作戦を立てるほかないな。その前に・・」聖良は手榴弾を取り出すと、素早くそのピンを外した。「あいつらに花火を見せてやろう。」彼は口端を上げて笑うと、メジャーリーグの選手並みに手榴弾を海兵隊が居る方へと投げた。「逃げろ!」手榴弾は彼らが逃げる暇も与えず、炸裂した。「行くぞ。」「はい・・」「くそ・・手ごわいな・・」炎の中から命からがら逃げ出したアルフレッドは、黒煙の向こうへと消えてゆく聖良の背中を睨みつけた。 その日の戦闘では市民兵200名と王国軍300名あわせて500名の国民が命を落とし、対して米軍側の死者は30名だった。「やっぱり今の戦力では到底米軍に勝つことなど無理です。」「あいつらはこの国を殲滅しようとしている。それだけはさせない。」「セーラ様・・」「あの内戦の二の舞は、絶対にしないぞ。」「セーラ様、記憶が戻られたのですか?」リヒャルトが聖良の言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべながら彼を見ると、聖良は静かにうなずいた後、こう言った。「俺は全てを思い出したよ、リヒャルト。自分が皇太子であることも、この国を心底愛していることも・・何もかも思い出したよ。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

「許す。」「なりませんよ、セーラ様!そいつらは俺の親父を殺したならず者です!いつ俺達を裏切るのかわかりませんよ!」「そうだ、そうだ!」「もしかして、米軍を誘導したのもこいつらかもしれねぇ!」「みんな武器を持て!こいつらを一斉に始末してやろうぜ!」 貧民街の住民達は治安部隊を見るなり、殺意に満ちた眼差しで彼らを睨みつけながら口々にそう言って武器を手に取り、殺伐とした空気が辺りに漂った。当の治安部隊のリーダーは、聖良の前に跪いたまま何も言わなかった。まるで、彼らの叫びを受け止めているかのように。「お前達、もう止せ。」「ですがセーラ様、こいつらを許せとおっしゃるんですか?」「あたし達はこいつらに息子を殺されたんですよ!わが子を殺された母親がどんなに辛いか、お解かりでしょう!?」男達が戦いの声を上げる一方、女達は聖良の傍へと駆け寄っては情で訴えた。「それはわかっている。だが今、私怨を忘れて団結する方が大切だ。」「ですが・・」「くどいぞ、お前達。敵と戦う前に、味方同士で同士討ちを始めてどうなる?その隙をつけ込まれてますます劣勢にたたされるだけだ、違うか?」 聖良の言葉に、住民達は黙って俯いた。彼は治安部隊のリーダーを見下ろすと、こう言った。「お前がしたことは許されぬことだ。だが、今その責任を問う時間はない。だからこの戦いで俺達の役に立ってはくれまいか?」「ありがたきお言葉・・」「勘違いするな。俺は貴様たちの罪を許すといっているわけではない。あくまで一時的なものだからな。逃げられると思ったら大間違いだぞ。」「は、肝に銘じます!」「よろしい。では裏道の市民兵達を援護しろ。」「かしこまりました!」 治安部隊はマントを翻すと病院から出て行き、裏道で奮闘している市民兵への援護へと向かった。「くそっ、あいつらに全く歯が立たねぇよ!」「倒しても倒しても、数が減るどころか増えてきやがる。まるであいつらゾンビだぜ。」市民兵達がそう言いながら弾を装填していると、向こう側で爆発が起きて煉瓦造りのアパートが粉微塵(こなみじん)となった。「な、なんだぁ!?」様子を見ようとした市民兵の一人が裏道から一歩出た瞬間、彼の身体は紅蓮の炎に包まれた。「ギャァァ!」断末魔の叫び声を上げながら彼は火を消そうとしたが、炎の勢いは強く、彼は成す術もなく路上に倒れた。「ひぃぃ、あいつらは悪魔だ!」「地獄の炎に焼かれるなんて、俺ぁ嫌だ!」「俺もだ!」仲間が目の前で倒され、一気に戦意を喪失した市民兵達が撤退しようとしたとき、数発の銃声が聞こえた。「待たせたな、市民諸君!」「てめぇら、どの面下げてここにきやがった!?」敵である筈の治安部隊が突然加勢したので、市民兵達は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら彼らを睨んだ。「わたし達は諸君を助けに参った!」治安部隊のリーダー・ヤンはそう言うと銃剣で敵の胸を貫いた。「何だかわからねぇけど、ありがてぇ!」「よし、やるぜ!あいつらには負けらんねぇよ!」家族を守る為、男達は敵だった者達と力を合わせ、戦った。「セーラ様、もうすぐ弾薬が底をつきます。」「そうか。長期戦になるだろうから、このままでは厳しいな・・」「貧民街を抜けた所に、我が軍の弾薬庫がございます。そこなら大砲もロケットランチャーもございます。」「早速向かうとしよう。」「ええ。」 聖良達は、貧民街を抜け王国軍の弾薬庫へと向かった。「隊長、弾薬庫に何者かの気配がします。」「敵か?」「そのようです。」「そうか・・ならば始末しないとな・・」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)

「今までどうしていたんだ?フリーゼに捕まってたんじゃないのか?」「ええ。ですが、突然少女が現れてわたしを逃がしてくれました。」「少女が?」「白いスカーフを頭に巻き、緑色の美しい民族衣装を着た、エメラルドの瞳を持つ少女でした。」「あんた、そりゃぁ“緑のナチア”だよ!」傍らで二人の会話を聞いていた老人がそう言ってリヒャルトを見た。「“緑のナチア”?」「妖精の一種で、幸福を運んでくれる使者なんですよ。彼女が現れる時は飢饉が止まったり、戦争に勝ったりするんです。」「そうか。彼女がお前の元に現れたということは、まだ望みはあるということだな。」「ええ、そうですね・・」リヒャルトがそう言って笑ったとき、激しい揺れが彼らを襲った。「一体何だ!?」「わたしが見て参ります!」 リヒャルトが病院の外に出ると、そこではバリケード越しに住民と王国軍が米軍を迎え撃っていた。だが敵の勢力差で圧倒され、住民達は次々と敵の銃弾に倒れていった。「ここは危険だ、裏道に避難しろ!」「皆さん、こちらです!」看護師達は王国軍を安全な裏道へと誘導すると、負傷者の手当てを始めた。次から次へと運ばれてくる負傷者の数は、減るどころか時間が経つにつれ増えていくばかりだった。「セーラ様、そこの薬を取ってください!」「わかった!」やがて薬も包帯も底をつき、聖良はドレスの裾を破いて包帯代わりにして負傷者の手当てに当たった。 漸く彼らが一息つけたのは、日没前のことだった。「セーラ様、お疲れでしょう。」「何の、これくらいのことで倒れるなんて・・」リヒャルトの前でそう強がって見せた聖良だったが、立ち上がった拍子に激しい眩暈に襲われて倒れそうになった。「まったく、言わんこっちゃない。ここはわたしがしますから、あなた様はあちらで少し休んでください。」「すまないな・・」 倒れるようにしてマットレスの上に横たわった聖良は、自然と疲労が襲ってきてゆっくりと目を閉じた。「セーラ様、起きてください。」「どうした、リヒャルト?また米軍が来たのか?」「いえ、そうではありません。」聖良が気だるそうにマットレスから体を起こすと、彼の目の前には救護院で住民達を殺害しようとしていた治安部隊が立っていた。「お前達、また住民たちを殺しに来たのか?」聖良は隠し持っていた短剣の感触を確かめると、治安部隊のリーダーを睨んだ。「いいえ、そうではありません、セーラ様。」そう言うとリーダーは、聖良の前で跪いた。「あなた様とともに、戦わせてください。わたくしを、あなた様の騎士に加えさせてください。」「その言葉を、信じろと?」聖良は冷たい眼差しをリーダーに向けると、彼は跪いたまま、聖良を見た。 その目は、嘘を吐いていなかった。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

リヒャルトが踏んだものは、ここに居た子ども達が遊んでいたぬいぐるみの残骸だった。拾い上げてみると、そこにはところどころ血がこびり付いていた。「誰か、居ませんか~!」荒れ果てた中庭から救護院の中へと入ったリヒャルトは、瓦礫の山を避けながら奥へと進んでいった。だが一向に人の気配は感じられず、聞こえるのは雨音と何処かで瓦礫が崩れ落ちる音だけだった。もう諦めてリヒャルトが外へと出ようとしたとき、奥から微かな呻き声が聞こえた。 彼がそこへと向かうと、胸に銃弾を浴びて苦しそうに呻く司祭の姿が目に入った。「大丈夫ですか!?一体ここで何が・・」「米軍が突然攻撃してきた・・」司祭は苦しそうに喘ぎながら、リヒャルトの手を握った。「すぐに病院に・・」リヒャルトはそう言って司祭を見ると、彼は息絶えていた。彼は近くにあったビニール製のシートで司祭の遺体を覆うと、胸の前で十字を切った。 破壊し尽くされた建物の中で、生存者が居る可能性は低い。リヒャルトは苦々しい思いを抱えながら、救護院を後にした。 一方聖良は、救護院から焼け出された住民達から空爆の様子を聞いていた。「いつものように炊き出しを行っていたら、米軍の爆撃機がやって来て、あたしらの頭上に爆弾を落としたんです。あたしは咄嗟に地面に伏せたんですけれど、周りに居た人たちはみんな死んじまいましたよ。」老婆は恐怖でブルブルと震えながら、そう言うとロザリオを握り締めた。「そうか。民間人を襲ってくるとは、思いもしなかったな。」「セーラ様、あたしらはどうなるんでしょうねぇ?このままだと、米軍に嬲(なぶ)り殺されちまうんじゃないかと思うと、心配で夜も眠れませんよ。」「ここも攻撃にあったら、あたしたらはいったい何処へ行けばいいんです?」聖良に次々と不安と恐怖を訴える住民達の目には、深い絶望が宿っていた。自分は今、彼らに何をしてやれるだろうか。適当な言葉で彼らを慰めたり、中途半端な優しさで彼らを励ましたりすることは、逆効果だと聖良は思いながらも、彼らを安心させる術を持っていないことに気づいた。 何の力もないのに、皇太子であるというだけで、彼らは聖良を頼り、純粋に慕ってくる。そんな彼らに報いる為には、自分が強くならなければ―聖良がそう思っていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。「セーラ様!」 振り向くと、そこにはリヒャルトが立っていた。「リヒャルト、生きてたんだな?」「ええ。あなた様もご無事でよかった。」聖良はリヒャルトに抱きつくと、その頬にキスをした。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

米軍は一時撤退し、王国軍は市街地にある空き店舗で休憩を取った。「セーラ様、どうしてこちらへ?」「本当は王宮へと向かおうとしたんだが、お前たちの姿を見ていると黙って見過ごせなくてな。」走りすぎて痛む足を擦りながら、聖良は椅子に腰を下ろした。「迷惑だったのなら、謝る。俺は国を捨てた卑怯者だからな。」「いいえ、セーラ様はわれらの星です!」「そうですとも!」「そうか、ありがとう・・」兵士達の思わぬ言葉に、聖良は涙を流した。 その後、休憩を取った後王国軍は貧民街へと向かった。今まで暴徒たちを鎮圧する為に武力行使を続けてきた王国軍に対する住民たちの眼差しは冷たく、時に悪意さえ感じられるものもあった。(覚悟はしていたが・・)まだ彼らは聖良のことを裏切り者だと思っている住民達が多いだろう―聖良はそう思いながら病院の前を通り過ぎようとすると、中から一人の看護師が出てきた。「セーラ様、お帰りなさいませ。」「俺のことを覚えていてくれたのか?」聖良の問いに、彼女は静かに頷いた。「暴動のとき、私たちにセーラ様はよくしてくださいました。今度は私たちの番です。」「ありがとう。」「奥にスープがあります。」「頂くとしよう。」 病院の奥へと聖良が進むと、そこには鳩江淑介の遺影が壁に貼られており、その下には彼の冥福を祈るキャンドルが灯されていた。「どうぞ。」看護師の案内で奥の部屋へと入った聖良は、そこで救護院で知り合った子供達と再会した。「セーラ様、遊んでぇ!」「ずるいぞ、僕が遊ぶんだ。」「後で遊んでやるからな。」子供達は聖良の言葉を聞いた途端、笑いながら部屋から出て行った。「騒がしくて申し訳ありません。」「あの子達の親は?」「それが・・数日前救護院が空爆に遭って・・その巻き添えになったあの子達の親は亡くなりました。だから、ここのドクターやナースが面倒を見ております。」看護師の言葉を聞いて、聖良の胸がズキンと痛んだ。救護院に居た人達はみないい人達ばかりだった。彼らは無事なのだろうか。「あまり大したものではありませんが、どうぞ。」「いや、食糧難で大変な時に、もてなしてくれてありがとう。」聖良に礼を言われた看護師はにこりと笑うと、部屋から出て行った。 一方、酒場の地下室に囚われたリヒャルトは、暴れて体力を使い果たし、眠っていた。(もう、駄目なのかもしれない・・)一生ここから出られないままなのかとリヒャルトが悲観的になりつつあった時、扉が軋んだ音を立てながら開いた。鍵束がジャラジャラと鳴る音がしたかと思うと、不意にリヒャルトの身体を拘束していた鉄製の手錠が外れた。 リヒャルトが目を開けると、自分の前には一人の少女が立っていた。白いスカーフを頭に被り、鮮やかな刺繍を施された民族衣装を纏った彼女は、エメラルドの瞳でリヒャルトを見つめていた。「ありがとう。」リヒャルトが少女に礼を言うと、彼女はニコリと笑って地下室から出て行った。身体の自由を取り戻したリヒャルトは、そのまま地下室を出て、ホテルへと向かった。だが、自分達の部屋には聖良の姿はなかった。もしかして貧民街に行ったのではないかと、リヒャルトが救護院があった方へと向かうと、徐々に何かが焼けた臭いが彼の鼻を突いた。 救護院は跡形なく焼け、残っていたのは鉄骨だけだった。「一体、これは・・」リヒャルトが愕然としながら救護院の中へと入ると、ブーツが何かを踏んだ感触がして、彼は地面を見下ろした。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(2)

聖良は、まだ5歳だった。そのころ、国内は内戦が激化し、首都リヒトもいつ陥落するかどうかの瀬戸際だった。「どうでしょうか陛下、この際セーラ様だけでも海外へ亡命させては?」「そうだな・・」「わたくしはこの子と離れたくはありませんわ!」アンジェリカ皇妃はそう言うと、聖良を抱き締めたまま離そうとはしなかった。「アンジェリカ、一生会えないというわけじゃないんだ。平和になったら、セーラを迎えに行ってやればいい。」「あなた・・」アンジェリカは泣きながら、聖良の手を離した。「セーラ、神父様の言うことをよく聞くのですよ。」「はい、お母様。」「皇妃様、そろそろ参りませんと・・」「わかったわ。」アンジェリカは女官に連れられて部屋へと出て行く際、何度も聖良のほうを名残惜しそうに振り返っていた。「陛下、ご安心ください。わたしがお二方の代わりに実の子のように愛情を注ぎます。」「頼むぞ、セイタ。」「あなた様に、神のご加護がありますように。」「では宜しく頼むぞ。」「さぁ、参りましょう、セーラ様。」腰を屈め、聖太は優しく聖良に話し掛けた。「ねぇ・・」「どうしたんだい?」「もう、ひとがしななくてすむの?セーラがにほんにいったら、だれもしなない?」不意に虚を突かれたかのように、聖太は目を伏せた。「ええ。誰も死にませんよ。だからともに参りましょう。」「わかった。」差し伸べられた逞しく優しい手を、聖良はしっかりと握った。 そして彼は、聖太とともに日本へと向かい、そこで彼の養子となった。記憶をなくし、自分が皇子であることも知らず、平和でありながら平凡な日常に埋没していった。 あの日、リヒャルトが来るまでは。「そうだ・・思い出した・・」自分はこの国から逃げた。だが、それは両親の精一杯の愛情だったのだ。いつの日か王国を復興する為に。その日のために、聖良へ王位を譲る為に、彼らは考えた末に自分の手を離した。だから―「俺は・・間違ったことはしない・・」聖良は閉じていた目を、ゆっくりと開いた。「くそっ、押されてるぞ!」「このままじゃ埒が明かねぇ!」米軍の猛撃に、王国軍は土嚢(どのう)の陰に隠れる以外なす術がなかった。もはや前進も後退も出来ず、彼らは絶体絶命の只中にあった。「もう、退くしか・・」兵士の一人がそう言って手榴弾のピンへと指先を伸ばそうとすると、それを何者かが奪い取り、米軍の戦車に向かって放り投げた。手榴弾は戦車の手前で転がり、大きな鉄の塊が黒煙と炎を噴き上げるさまを、兵士達は呆然と見つめていた。「怯むな、進め!」 ドレスの裾を翻しながら、聖良が兵士たちの前に立つと、彼らは歓喜と期待に瞳を潤ませて聖良を見た。「まだ希望がある。この俺が居る限り。」「セーラ様に続けぇ!」「怯むな、進めぇ!」突如として現れたセーラ皇太子の姿を見た途端、兵士達の士気は高揚し、彼らは果敢に敵陣へと突っ込んでいった。 7日間にも及ぶ市街戦が、火蓋を切って落とされた瞬間であった。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

突然か弱い女性が隊員の命を躊躇いなく奪った光景を目の当たりにした海兵隊員達は、一斉に発砲した。だがミカエルは銃弾の間をすり抜け、巧みな剣技で残りの隊員達を倒した。「ふん、他愛のない。」 彼らの屍を跨ぎながら、ミカエルが中庭へと向かうと、そこにはディミトリの遺体が転がっていた。淡褐色の瞳は苦悶と絶望を残したまま、虚空を睨んでいる。「馬鹿な奴だよ、お前は。手駒なら手駒らしく振舞えばよかったものを。欲を出すからこうなるんだ。」「ミカエル・・兄様?」ミカエルが嘲笑を閃かせてディミトリの脇腹を蹴っていると、フリードリヒがその場に通りかかった。「どうしたの、それ?」フリードリヒは自分の方へと振り向いたミカエルのドレスが、返り血に塗(まみ)れていることに気づき、彼から一歩後ずさった。「さっき邪魔な虫けらを殺してきたのさ。」「ディミトリは・・死んでるの?」「そうだよ。」「ミカエル兄様が、殺したの?」「さぁね。フリードリヒ、おいで。」ミカエルはフリードリヒに優しく微笑むと、いとも簡単に彼の警戒心を解いた。「怖かっただろう?」「ううん、僕は男だから・・」「そう。ならよかった。」自分を抱き締めているミカエルの力が強くなったことに気づいたフリードリヒだったが、もう遅かった。「どうして・・兄様・・?」「お前も身の程を弁(わきま)えないから、こうなったんだよ。」酷薄な表情を弟に浮かべながら、ミカエルはそう言って彼に背を向けて歩き出した。「さてと、あとは父上だけか。」隊員の手からマシンガンをもぎ取ると、それを肩に担いでミカエルはアルフリートの寝室へと向かった。 一方ホテルを飛び出した聖良は、米軍と王国軍との間で繰り広げられている銃撃戦をかいくぐり、漸く王宮の裏口へと辿り着いた。(あいつは・・ミカエルは王宮に居る。)もう彼のお遊びに付き合っている暇はなかった。ミカエルとの決着を着ける時が来たのだ。 周囲に敵の姿がないことを確認した聖良が路地裏から飛び出て裏口へと一気に走ろうとしたとき、突然爆音が辺りに響いた。「くそっ・・」思わず悪態をついた聖良が見たものは、王国軍が次々と米軍の銃弾に倒れる姿だった。それを見た瞬間、彼の奥底に封じられていた忌まわしい記憶が、ゆっくりとその姿を現した。 まるで、このときを待っていたかのように。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

ローゼンシュルツ王国首都・リヒト上空を旋回していた米軍のヘリは、王宮前広場に着陸した。「いいか、テロリストを見つけ次第射殺しろ!」「イエッサー!」40人の海兵隊員たちは、王宮の裏口へと侵入した。 俄かに外が騒がしくなったことに気づいたディミトリは、僧坊を飛び出して様子を見ると、そこには海兵隊がテロリスト達と銃撃戦を繰り広げていた。(もう米軍が来たか!)予想よりも早い米軍の介入に、ディミトリは臍(ほぞ)を噛んだ。ここからどう逃げおおせるかを考えた彼は、一旦僧坊に戻って金だけを持って逃げようと、身を翻した。「テロリストを発見したぞ!」だが運悪く彼は海兵隊員の一人に発見されてしまった。「わたしはテロリストではない、僧侶だ!」両手を上げてそう説明したディミトリであったが、彼らは疑わしい目でディミトリを見た。「念のために身体検査をしろ。」上官に命じられた隊員の一人が、ディミトリの全身をまさぐり、武器が隠されていないかどうかチェックした。「何も武器を所持しておりません。」「そうか。彼を解放しろ。」「ありがとうございます。」ディミトリは安堵の表情を浮かばせると、僧坊へと向かおうとした。無事に海兵隊の目をごまかしたという安心が、彼は油断してしまった。 ディミトリが動いた時、マントの下から短剣が転がり落ちたのを見逃さなかった隊員は、躊躇いなく彼を発砲した。「な・・ぜ・・」自らの血に白い頬を汚し、ディミトリはどうと地面に倒れ伏した。「俺達をなめてもらっちゃ困る。」隊員はそう言ってディミトリの顔に唾を吐き、止めを刺した。悪事の限りを尽くした破戒僧・ディミトリはそれに自らの慢心が招いた結果、それに相応しい最期を遂げた。「さてと、これからどうするかねぇ。父上を探すしかないか。」ミカエルがそうブツブツと独り言を言いながら廊下を歩いていると、こちらへとやって来る海兵隊が目に入った。ミカエルはわざとドレスを乱暴に引き裂き、さも誰かに暴行されたかのように見せかけると、悲鳴を上げながら彼らの方へと駆け寄った。「誰か、助けてぇ~!」「どうしました?」「テロリストが・・テロリストが閣議室に・・」ミカエルの迫真の演技に、隊員たちは少しも疑う余地もなく完璧にだまされていた。「閣議室はどちらです?」「あちらを曲がって右に・・」ミカエルは隊員の一人が銃を下ろして油断している隙に、彼が携帯しているダガーナイフを素早く抜くと、そのまま躊躇いなく彼の頚動脈に刃先を食い込ませた。「なっ・・」 突然のことで唖然とする隊員たちを前に、ミカエルは頬を血で濡らしながら、嫣然とした笑みを浮かべた。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

「父上、動かないでください!」ミカエルがそう叫んだとき、武装した男達が閣議室に乱入してきた。「今からここは我々の指揮下にある。下手な真似をすれば容赦なく撃つ。」リーダー格と思しき男はそう高らかに宣言すると、天井に向かって威嚇射撃した。「ひ、ひぃぃ!」銃声に怯えた貴族議員の一人が男達に背を向けて閣議室から出ようとすると、リーダー格の男が彼に向かって発砲した。議員は銃声が響いた後、音もなく床へと倒れた。「彼のようになりたくなければ、大人しくすることだな。」「父上・・」「大丈夫だ。」顔色が悪くなったアルフリートを見て、ミカエルがそっと彼の傍へと向かうと、彼はそう言って笑った。「もしや、発作が・・」「薬はちゃんと持ってきてある。心配は要らない。」「そうですか。」アルフリートの言葉を聞いたミカエルは、彼が心臓の持病を抱えており、いつ発作が起きるかどうかわからぬ前に、この状況を何とか打開したかった。「わたしはローゼンシュルツ王国皇太子、セーラ=タチバナである。他の者はすぐに解放し、わたしだけを人質に取れ。」「セーラ、止めろ!」「心配には及びません、父上。」「ほう、そうか。では貴様だけここに残れ。」リーダーの男はそう言うと、部下達に人質を解放するよう指示を出した。「セーラ!」アルフリートはミカエルの方へと駆け寄ろうとしたが、男達に阻まれた。「父上、わたしは生きて帰ります。だから心配しないで待っていてください!」扉が閉まる寸前、ミカエルはそう父に向かって叫んだ。「さてと、邪魔者はいなくなったな。改めて自己紹介させて貰おう。俺はフリーゼ、悪名高きテロリストの息子だ。」「ふぅん・・何処かで見た顔だなぁと思ったよ。それで、ここに来た目的は何?」「先ほどチャットで、“本物”の皇太子様にある要求を出した。その要求とは・・」「“米軍介入を阻止せよ、さもなくばリヒャルト=マクダミアの命はない”だろう?」「これはこれはご慧眼(けいがん)でいらっしゃる。同じ顔をしていても、性格は全く違うものだな。」「お褒めにあずかり光栄です。まぁ君達の要求は多分あいつには呑めないだろうねぇ。何故なら・・」ミカエルは外から耳を聾するかのようなヘリの爆音が徐々に王宮へと近づいてくる気配に気づいた。「もう来ちゃったからね、米軍は。」「おのれ・・」悔しそうに唇を噛むフリーゼの横顔を見ながら、ミカエルは扇を開き、口元を隠して笑った。「どうやら読みが甘かったようだね。」ミカエルはそう言うと、颯爽と閣議室から出て行った。屈辱と怒り、そして敗北感に包まれたフリーゼを残して。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

リヒャルトが囚われの身となっていることも知らず、聖良が漸く目を覚ましたのは昼過ぎのことだった。寝過ぎた所為で痛い腰を擦りながら、聖良はラップトップを起動させた。「相変わらず変化なし、か・・」チャットルームには誰も来ていなかった。ルームサービスでも頼もうかと思っていた時、携帯が鳴った。「もしもし?」『セーラ=タチバナ様ですね?』相手の男は、何故か聖良の名を知っていた。「お前は誰だ?何故俺の名を知っている?」『それには答えることができないな。それよりも今、何処に居る?』「そんなこと、教えられるわけがないだろうが。」『ふぅん、そう来たか。じゃぁ、俺が誰か教えておいてやろう。』相手の男がそう言って笑うと、移動する気配がした。それと同時に、チャットルームに一人のユーザーがログインしてきた。【初めまして。俺はフリーゼ。】(フリーゼ・・)聖良の脳裏に、あの舞踏会で会った青年の顔が浮かんだ。【いつの間に米国から帰国したんだ?】【祖国の危機に、大人しくしていられる筈がないだろう?ああ、そういえば君の騎士を預かっているよ。】 画面の右下にスカイプのアイコンが表示され、聖良がそれをクリックすると、そこには壁際で両手足を鉄製の手錠ではりつけられたリヒャルトの姿が映し出された。(リヒャルト・・)【彼に一体何をする気だ?】【さぁね。それは君次第だ。】【何が望みだ?】【米軍が近々この国に介入することは知っているだろう?セーラ皇太子、騎士の命が惜しいのなら、それをなんとしても阻止してみろ。タイムリミットは72時間後だ。】【そんなこと出来るはずが・・】【そうか。ならば、我々が大きな花火を打ち上げるしかないな。】 フリーゼは意味深長な言葉を残すと、チャットルームから退室した。「すぐに準備しろ。」「わかりました。」「一体何をするつもりだ?」「それはお前には関係のないことだ。俺はこれからこの腐った国の根を一掃し、新しい国を創造する。そう、神のように。」「貴様は狂っている・・」「そうかな?」そう言って振り向いたフリーゼの顔は、恍惚とした表情を浮かべていた。「まぁ、君は黙ってそこでみっともなく足掻いて見ているがいい、この国が崩壊するさまを。」「フリーゼ様、準備が整いました。」「そうか。では行こうか。」「待て!」リヒャルトは暴れたが、鉄の手錠はビクともしなかった。そんな様子を見たフリーゼは彼を嘲笑いながら地下室から出て行った。(クソッ、一体どうすれば・・)「暴徒たちの動きは急速に弱まっているな。」「ええ。あの噂が広まった所為で、一気に戦意が喪失したのでしょう。自然と暴動が沈静化されるのをあとは待つだけです。武力鎮圧なしでよかったですね、父上。」「ああ、だが暴徒たちに破壊された街を今後どうするか・・」 閣議室でアルフリートが椅子から立ち上がろうとした時、何かが窓ガラスにぶつかったかと思うと、激しい爆音が王宮前にこだました。「父上、ご無事ですか?」「ああ。」「一体これは・・」突然の出来事に唖然としながらミカエルが辺りを見渡すと、廊下から誰かがこちらへと歩いてくる足音が聞こえた。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)

「君は一体何者だ?」「それは後で話そう。拳銃をこちらに渡せ。」「わかった。」リヒャルトは相手を刺激せぬよう、相手に拳銃を渡した。「それで?」「俺についてきて貰おう。」男はそう言うと、リヒャルトの背中に銃を突きつけると近くに停めてあったバンに乗り込んだ。「出せ。」滑るようにライトバンは公園から出て行くと、何処かへと向かい出した。「一体何処に向かってるんだ?」「それは着いたらわかる。」「そうか。」余計なことはしゃべらない方が身の為だと思ったリヒャルトは、目を閉じた。数分後、男に揺り起こされた彼は、目を開けた。「降りろ。」「わかった。」 男たちに連れられたのは、何処かの酒場の地下室だった。薄暗く湿っぽい空気の中、リヒャルトが男達とともに歩くと、奥には部屋があった。「そこへ入れ。」「わかった。」重い扉を開けると、そこには四肢を鉄製の手錠で拘束されて壁に貼り付けられた数人の学生達が居た。「お前達、席を外せ。」「わかりました。」部屋から仲間が出ていくと、リヒャルトに銃を突きつけた男は目出し帽を脱いだ。「お前は・・フリーゼ!」「漸く会えたな、リヒャルト=マクダミア。セーラ皇太子の懐刀。」「この学生達はどうした?」「さぁ、それは・・新たな時代の生贄(いけにえ)だ。」フリーゼは口端を上げて笑うと、学生達に向け引き金を引いた。「君の目的は何だ?」「さぁな。お前とおしゃべりするにはじっくりと時間がある。お前達、死体を片付けておけ。」「わかりました。」フリーゼの部下はそう言うと、学生達の遺体を素早く部屋の外へと運び出した。「あそこの手錠へ手足を通せ。」リヒャルトが言われた通りにすると、そこにはまだ血がこびりついていた。「一体君は何をするつもりだ?」「さぁな。俺は父のようにはならないと決めていたが、やはり血は争えないらしい。」フリーゼは自嘲めいた笑みを浮かべると、リヒャルトの方へと近づいた。「今頃、お前の愛しいお姫様はどうしているのかな?」「貴様、セーラ様に何をするつもりだ!?」「それは、お前には関係のない事だ。」「セーラ様には手を出すな!」「それを決めるのはお前じゃない、俺だ。」 フリーゼはリヒャルトを睨みつけると、地下室から出て行った。(セーラ様・・どうかご無事で!) 身動きの取れない今、リヒャルトは聖良の無事を祈るしかなかった。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)

「いきなり入ってくるな、馬鹿!」「すいません・・」「少し待っていろ。」 数分後、夜着に身を包んだ聖良は、ラップトップの前に座った。そこには、アフマドからの緊急メールが届いていた。「なになに・・数日後に米軍が介入するだと!?」「それは、本当なのですか?」「ああ。アフマドは色々と米軍の知り合いが多いからな。確かな情報だろう。」「米軍が介入するとなれば、大変なことになりますね。」「そうだな・・」 聖良はそう言うと、アフマドへの返信メールを書き始めた。「さてと、例のチャットルームでも覗くとするか。」聖良がチャットルームを覗くと、そこには久しぶりにフリードリヒのハンドルネーム『ジゼル』の名があったので、すぐさまログインした。【やぁジゼル、久しぶりだね。】【ペガサスさん、お久しぶりです。最近ログインしないと思ったので、心配しましたよ。】【いやぁ~、就活してたんだよ。親がインターネットの代金が高すぎるって文句言われてさ。そろそろ自立しなきゃって思ってねぇ。】【へぇ~、そうなんですかぁ。】他愛のない会話から始めた聖良は、フリードリヒに“あの事”を話した。【ねぇ、最近ネットで米軍が介入するっていう噂を聞いたんだけど・・】【ええ、そうなんですか!?】どうやら、フリードリヒは知らなかったらしい。【怖いですねぇ・・】【そうだねぇ。国王陛下はどういうご決断をするのかなぁ?】【さぁね。】聖良は暫くフリードリヒが乗ってくるのを待っていると、別のユーザーがログインしてきた。【ねぇジゼル、これから二人で話さない?】【ごめんよ、今彼と話してるんだ。】【いいじゃん。そいつよりも俺のことが好きだろう?】(何だ、こいつ?) 聖良は訝しがりながらも、ユーザーに話しかけてみた。【あなた、誰?人の会話に突然割り込まないでくれる?】【うるせぇよ、馬鹿。俺はジゼルと話してんだ。言っとくがジゼルは俺のオンナなんだよ。】【黙りなよ。】【てめぇこそ黙れよ、カス。クソして寝ろ。】 捨て台詞を吐くと、そのユーザーは退室した。 聖良は溜息を吐いてラップトップを閉じると、ベッドに横たわった。「セーラ様、おやすみなさい。」「おやすみ。」 深夜、彼がベッドで寝ていると、枕元に置いてあるポケベルが鳴った。こんな時間に誰だろうと思いながら、リヒャルトは溜息を吐きながらポケベルのメッセージを見た。“明日の朝8時、ドミトリィ公園ににて待つ”(一体誰だ?) 翌朝、寝ている聖良をホテルの部屋へと残して、リヒャルトはコートを羽織ってドミトリィ公園へと向かった。だがそこには犬を散歩している老人以外、誰も居ない。ポケベルのメッセージは、一体誰が送ったのか―リヒャルトがホテルへと戻ろうとすると、突然背後から何者かに銃を押し付けられた。「そこを動くな。下手な真似をしたらお前の頭に風穴を空けてやる。」(くそ、ハメられた!)にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)

数日後、聖良が例のチャットルームへとアクセスすると、そこには見知らぬユーザーが自分のことについて他のユーザー達と議論していた。「荒れてるな。」「ええ。相手はイタイ中学生達でしょうか?」「最近はイタイ大人たちも居るぞ。今日はあいつは来ていないか。」「ええ。」 聖良がチャットルームを数分間眺めた後、ラップトップを閉じた。「リヒャルト、あの噂はどうなっている?」「今は情報社会ですからね。ブログやツィッターでどんどん拡散されて、嘘が真実になりつつあります。」「そうか。少し厄介だな。」聖良が溜息を吐くと、ドアをノックする音が聞こえた。「セーラ様、少しよろしいでしょうか?」「どうぞ。」「失礼いたします。」部屋に入ってきたのは、この救護院で古くから働く司祭だった。「何かトラブルでもありましたか?」「いいえ、ですがセーラ様に関する噂がここの地区の住民達に影響してしまって・・先ほどセーラ様を殺害する計画まで話している者もおりまして・・」司祭の話を聞き、聖良はここにこれ以上身を置くのは危険だと判断した。「リヒャルト、ここから離れるぞ。」「わかりました。」「荷物が少なくてよかったな。まぁ着替えとパソコン、携帯とiPod だけだからな。」バックパックにラップトップを詰め、それを背負った聖良は司祭に向き直った。「司祭様、短い間ですがお世話になりました。」「お待ちください、セーラ様!」司祭が引き留める間もなく、聖良とリヒャルトは救護院から去っていった。「これからどちらに行かれますか?」「まぁ、暫くはホテルにでも泊まるか。少し金がかかるが。」「そうですね。」 救護院から出た二人は、リヒト市内にあるホテルへと宿泊した。「さてと、シャワーでも浴びてくるか。」聖良はそう言うと、ドレスを脱ぎ捨て浴室へと入っていった。「セーラ様・・お願いですから、浴室でドレスを脱いでください・・」リヒャルトは溜息を吐くと、バックパックからラップトップを取り出し、それを起動した。 一通のメールが届いていることに気づき、リヒャルトはメールボックスを開くと、そのメールを開いた。“お前はもうすぐ死ぬ。”「何だ、これは・・」突然目の前に映し出されたメールに、リヒャルトは薄気味が悪くてそれを削除した。 すると、またメールが一通届いた。(今度は何だ?)リヒャルトがまたメールを開くと、それはアラビア語で書かれていた。送信者を調べると、それはアフマドからのものであった。(アフマド殿から・・)「セーラ様、大変です!」 突然浴室に入ってきたリヒャルトに、聖良は咄嗟にバスタオルで身体を覆った。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)

(誰だろう、こんな時間に・・) 突然チャットルームにやって来た『ペガサス』というネットユーザーに不審を抱きながらも、フリードリヒは彼の真意を探るために、キーボードを打ち始めた。【はじめまして、ペガサスさん。こんな朝早くからどうしましたか?】【別に。それよりも噂のことについて色々と聞きたいな。君が知っている範囲だけでもいいけど。】【う~ん、そうですねぇ。セーラ皇太子は僕の両親と姉を捨てて、自分だけ助かろうとしたんです。彼は卑怯者です。】【そりゃぁ、誰だって自分の命と国、どちらかを取れと言われたら前者のほうを取るものさ。】セーラ皇太子の肩を何かと持つ『ペガサス』に、フリードリヒは苛立ちながら人差し指で机の端を叩いた。【あなたは、裏切り者を支持するの?それじゃぁあなたは裏切り者と同じじゃないか?】【ひどいなぁ、僕は自分の意見を述べているだけなのに。どうして自分だけ違う意見を言ったらすぐに叩かれるんだろうねぇ?】どう彼の言葉に変えそうかとフリードリヒが画面を注視していると、別のユーザーがログインしてきた。“勝手なこと言ってんじゃねぇよカス、消えろ。”【君は礼儀というものを知らないの?ああ、君はママからパソコンを買って貰ってチャットデビューしたばかりの坊やかな?】“うるせぇ、殺すぞ!”【死ね、殺せって、それしか言えないの?おこちゃまはこれだから嫌だねぇ~】『ペガサス』はログインしてきたユーザーを軽くあしらうと、彼の言葉を完全に無視した。やがてそのユーザーは何の反応もなくなって退屈してしまったのか、退室してしまった。【ふぅ、やっとベビーシッターのバイトが終わったから、また君と話せるよ。】【それはどうも。あなたはどうやら、大人のようですね。】【どうかなぁ、それは。ママに色々と泣きつかないとインターネットもできやしない。実家住まいのニートってホント嫌になっちゃう。】【僕だって親に勉強しろって言われてウンザリしてるんだよ。テストの成績が悪いと、インターネットの契約を切るって言われてさぁ・・】 暫くフリードリヒは、『ペガサス』と雑談を交わしてチャットルームから退室した。「随分と楽しそうですねぇ。」「まぁね。ネット上では僕が皇族だということは誰も知らないし、普通のティーンエイジャーとして振舞える。それに楽しいし。」「それはよかったですね。でもあまりやり過ぎないようにしてくださいね。」「わかっているよ。」「まずまずってところだな。」聖良はラップトップを閉じると、溜息を吐いた。「まさか、相手がセーラ様とは向こうは思ってもみないでしょうね。」「そりゃそうだろう。ネット上では誰でも嘘が平気で吐けるんだ。俺は実家住まいで30近いのに未だ独身のニートっていう設定だが、お前は何かとイタイ中学生か。もうちょっとマシなものを考えられなかったのか。」「申し訳ありません、咄嗟に浮かんだ設定しか考えられませんでしたので。 罠に誘き寄せられ、標的はまんまと姿を現した。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)

突然のことで、聖良は一体何が起きているのかわからずにいた。バタバタと走り去る数人分の足音が聞こえたかと思うと、それとは入れ違いにやって来たリヒャルトの怒りに引きつった顔が、聖良の目に入った。「セーラ様、お風邪を召しますから、中でお召し替えを。」「ああ、わかった・・」 頭から水を浴び、全身ずぶ濡れとなった聖良の姿を見た住民達は彼を指差しながら笑った。「なんだい、あれは。何ともみずぼらしいお姿だこと。」「まぁ、あの姿じゃぁすぐに仲間にでも入れてあげようかねぇ。」「そんなことしたら、また裏切られちまうからやめなよ。」住民達は遠巻きに聖良を見ながら、嘲りの言葉を彼女に向けた。一体自分が何をしたというのだろう。昨日までは自分に好意的だった彼らが、急に態度を一変させるような出来事があったのだろうか。「リヒャルト、何があった?昨日まで彼らは俺に好意的な態度を取っていたのに、一晩明けたらさっきみたいに俺を笑いものにしていた。」「実は、ネット上である噂が広まっているのです。」「ある噂?」「ええ。」 部屋に入るなりリヒャルトはバックパックからラップトップを取り出して電源を入れて画面を聖良に見せた。そこには自分のことを“国を裏切り、海外へ逃げた臆病者”として紹介しているブログが表示されていた。「これは何処で?」「これは親サイトから転載されたものですから、このブログを作成したのは誰なのかは存じ上げません。」「だが心当たりはあるんだな?」「ええ。もしかすると・・あの方なのかもしれません。」リヒャルトがその名を言わずとも、ネット上で噂をばら撒いているのが誰なのか聖良には見当がついた。 漆黒の髪に紅い父親譲りの瞳を持った、ローゼンシュルツ王国第2王子にして、姉・マリア皇女を殺したのだと勘違いして自分を恨み、憎んでいるフリードリヒ。そして彼を唆し、常にミカエルとフリードリヒの傍に侍(はべ)っている漆黒の僧衣を纏った淡褐色の瞳を持った悪魔。彼らこそが、噂を流した張本人だ。「いかがなさいますか?」「決まっている。俺がただ黙ってやられると思うか?」「・・そうおっしゃると思いましたよ、セーラ様。」「今頃、あいつはどうなっているかなぁ?」 王宮内にあるフリードリヒの私室で、その持ち主はラップトップの画面を見つめながらニヤリと口端を上げて笑った。そこに表示されているブログには、フリードリヒの噂を鵜呑みにし、セーラを皇太子の座から引き摺り下ろそうとする団体がコメント欄を独占していた。「まずは良いスタートを切りましたね。」「このままゴールまで突っ走れるかなぁ?」「さぁ、それはランナーであるあなた様の腕次第です。持久力を長く保ちませんと、このレースには勝てませんよ。」「わかってるって。」 フリードリヒはそう言って笑うと、チャットルームへとアクセスした。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)

「これから、どうなさるおつもりで?」「決まっている、あの世間知らずのセーラを絶望の底へと叩き込んでやるのさ。味方だと思っていた人物に裏切られる・・彼にとってそれは最大のショックだろうねぇ。」くすくすと笑いながら、ミカエルはまるで歌うように言葉を紡ぎ出した。「恐ろしい方だ、あなたは。」「いまさら何を言う。さてと、もう遅いから休むとしよう。」さっと椅子から立ち上がると、ミカエルはドレスの裾を払って寝室へと入っていった。その様子を伏目がちに見ていたディミトリは、大仰な溜息を吐いた後、ミカエルの部屋から去った。(ミカエル様は抜け目のないお方だ・・油断しているといつこっちに矢が飛んでくるのかわからない。) ミカエルは自分以上の策士だ。ふとしたことで感情の揺れを表に出したら、すぐに気づかれてしまう。表情やしぐさ、言葉遣いといったものをつぶさに観察し、相手が嘘を吐いていないかどうか勘繰るのが、ミカエルだ。 その点では、まだあどけなさが残るフリードリヒなど可愛いものだ。彼は何かと操りやすいので、セーラへの憎しみを勝手にこちらが植えつければ、後はフリードリヒが好きにやってくれる。「ディミトリ!」「フリードリヒ様、このような遅い時間にどうなさいましたか?」修道院へと戻ろうとするディミトリの前に、フリードリヒが現れた。「お前にちょっと話があって。」「わたくしに?」「うん、昼間では話せないことなんだ。」「わかりました。」笑顔の仮面を咄嗟に被ったディミトリは、恭しくフリードリヒの手をひいて修道院へと戻っていった。「それで、お話とは一体なんでしょうか?」「ねぇ、ディミトリはあいつのこと、どう思っているの?」「さて、どなたのことでしょうか?」「だから、ミカエルのことさ!」苛立ったフリードリヒはそう声を上げると、ブーツで床を叩いた。「おやおや、もうあなた様は皇太子様が偽者だということに気づいていらっしゃったんですね。」「うん。本物には一度も会ったことがないけれど、あいつは偽者だってことに気づいたよ。まぁでも、次期国王としてはあいつの方が相応しいかもね。」「セーラ様が憎いですか?」「あいつはマリア姉様を殺したんだ。それに、内戦中の母国を捨てて安全な外国に逃げたんだ。そんな卑怯者、許すわけにはいかないよ。」「そうですか・・」フリードリヒの言葉を聞いたディミトリは、この皇子を利用してやろうという黒い感情が鎌首を擡(もた)げ始めた。「フリードリヒ様、さきほどおっしゃったことを、国民に伝えてはいかがでしょう?我が国の希望の星である彼が、国を見捨てた裏切り者だとわかれば、皆我々の味方をする筈です。」「いい考えだね、それ。早速始めようか。」「ええ。」 ラップトップの電源を入れたフリードリヒは、忙しくキーボードを叩きながら作業に取り掛かった。「こんなものでいい?」「ええ、完璧ですよ。あとは送信ボタンをクリックするだけです。」「わかった。」フリードリヒは満面の笑みを浮かべながら、「送信」ボタンをクリックした。 一夜明け、聖良はいつものように炊き出しを行おうとすると、やけに周囲の視線を感じることに気づいた。それらは全て刺々しく、冷たいものであった。(一体どうしたんだ?)首を傾げながら聖良が顔を洗おうとして井戸から水を汲もうとしたとき、派手な水音とともにバケツ一杯分の水が彼に突然降り注いだ。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(2)

「そ、それは・・」「あら、いいのよ。答えられないのなら。」アリエステ侯爵夫人は、そう言うと口元で扇を隠した。「わたしは、セーラ様を愛しております。昔から・・」リヒャルトは一呼吸置いた後そう言ったのを聞いたアリエステ侯爵夫人は、にっこりと彼に微笑んだ。「そう。あなた方の事情はよく知っているわ。あなたにとってセーラ様は命の次に大事な方なのよね?」「はい。どのような事があってもわたしはセーラ様を守りたいと思っております。」「それは男として、それとも騎士として?」「男として、です。」そう言ったリヒャルトの菫色の瞳は、決意の光が宿っていた。「・・そうか、報告をありがとう。下がってもいいぞ。」「はぁ・・」 一方、王宮ではミカエルが間諜に金貨の袋を手渡しているところだった。「あ、ありがとうごぜぇやす!」「これで娘の薬代には足りるだろう。早く行け、誰にも見られぬ内に。」ミカエルは嫣然とした笑みを間諜に浮かべながら、彼が部屋から立ち去るのを静かに見送った。「まさか、貧民街の住民を間諜として雇うとは・・素晴らしい作戦ですね。」カーテンの陰からディミトリが姿を現すと、ミカエルは退屈そうに頬杖をついた。「あいつらは金に困っている。我々は情報が欲しい。互いの利害が一致したところで、ビジネスは生まれるものだ。」「お見事ですね。あなたには次期国王の資格がございます。あんな平民育ちの者とは訳が違います。」「当然だろう。俺はヴェントルハイム家の後継者として幼い頃から帝王学を叩き込まれてきた。上に立つ者はこうであれと、常日頃養父(ちち)から言われていた。そして時折ビジネスの事も教えてくれたよ。」「お養父様は、なんと?」「“目の前に転がっているチャンスは決して逃がすな、必ずものにしろ”と。まぁ、養父の教えに従って生きていたからこそ、今の俺が居る訳だが。」ディミトリは思わずミカエルの顔を見た。 金髪に蒼い瞳―セーラ皇太子と瓜二つの顔をしているものの、その性格は全く違う。いつも冷静沈着で、平気で嘘を吐いて、それでいて他人を害することに少しも躊躇(ちゅうちょ)しない。 魅惑的で魔性を秘めたオディール―それが、ミカエル=ヴェントルハイムの本質なのだ。「どうした、何を考えている?」「いいえ・・」自分の心中を探られぬよう、咄嗟にディミトリは頭を振り、主に跪いた。「あなた様がいつ玉座につかれるのかを、考えておりました。」「ハッ、調子のいいことを言う。お前のような男と出会ってから、退屈しなくて済んだからいいか。」その言葉の端々に高慢さを滲ませながら、ミカエルはディミトリを冷たく見下ろした。 それは、生まれながらにして王者の品格を持った者の姿そのものであった。にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(0)

「まさか、あなたがこのような場所にいらっしゃるとは、思いもしませんでしたよ。」「わたしは閣議室でふんぞりかえるよりも、現場を視察する方が性に合っているんだよ。君こそ、何故貧民街に?」 アレクサンドルの視線が、リヒャルトから聖良へと移った。「ははん、さてはどこかの深窓のご令嬢と奉仕活動か?君も隅に置けないな。」「違いますよ。ご紹介いたします、この方はセーラ=タチバナ様です。」「セーラ=タチバナ・・というと、セーラ皇太子様がこちらの方!?」アレクサンドルの瞳が、驚きで大きく見開かれるのと同時に、彼は聖良の方へと駆け寄ってきた。「いやぁ、お初にお目にかかります、セーラ様!お噂はかねがね。」「ほう・・」突然見知らぬ男に手を握られ狼狽する聖良だったが、すぐさま平静さを取り戻してアレクサンドルを見た。「リヒャルト、この方は?」「初めまして、皇太子様。わたくしはアレクサンドル=スロノヴァと申します。以後、お見知りおきを。」「その制服、もしや聖十字騎士団のものでは?」「よくご存知で!」「この国の皇太子が自国の軍隊を知らないのでは、恥だからな。それで、先ほどの治安部隊は誰の差し金でここに来た?」「はぁ・・それが、ここに内通者の密告で来たという情報を密かに得ましてね。」「内通者か・・」聖良はぐるりと辺りを見渡し、その中に内通者の姿を探した。「ここでは何だから、中で詳しくその話を聞こうか?」「わかりました。」救護院の中へと入ってゆく三人の姿を、一人の司祭が見ていた。「それで、その内通者とやらは見つかったのか?」「いいえ。恐らく、王国軍が放った間諜かと。なので、奴の尻尾も捕まえられませんでした。」「そうか。ということは、俺が貧民街に居ることはすでにバレているということだな。」聖良はそう言うと、紅茶を一口飲んだ。「暫く間諜を泳がせておいた方がよろしいでしょう。ではわたくしはこれで。」「ああ、気をつけてな。」「皇太子様のご武運をお祈りしております。」去り際にアレクサンドルは聖良の手の甲に接吻すると、救護院を後にした。「・・なかなか面白い男だな、あいつは。」「まぁ、良く言われておりますよ。わたしとは士官学校の同期なのですが、自由奔放で、身分の差など気にしない男でして。実力さえあれば誰でも騎士団に加えるような男ですからね。」そう言ったリヒャルトの顔は何処か嬉しそうだった。「さてと、仕事に戻るか。」「そうですね。炊き出しがまだ途中ですし。」聖良がリヒャルトとともに炊き出しに戻ると、そこには暴徒たちの魔手から逃れたアリエステ侯爵夫人の姿があった。「夫人、ご無事だったのですね!」「ええ。セーラ様のお陰ですわ。」アリエステ侯爵夫人は二人に笑顔を浮かべた。「あれからご主人とは?」「うちの人は宮廷に詰めておりますわ。手が足りないのでしたらうちの使用人たちを使ってくださいな。」「それはありがたい。助かります。」俄かに活気付いた救護院では、暴動で家を焼け出された人達が温かい料理に舌鼓を打っていた。「これからどうなるのでしょうねぇ、この国は?」「さぁ、それは誰にもわかりません。」 その夜、リヒャルトはアリエステ侯爵夫人と中庭で話しながら、満天の星空を見上げていた。内戦が起きる前の平和な時代と、暴動の嵐が吹き荒れる今でも、空に浮かぶ星の輝きは変わらない。「ねぇ、リヒャルト、あなたに前から聞きたいことがあるのだけれど・・」「なんでしょうか?」「あなた、セーラ様のことをどう思っておられるの?」「そ、それは・・」 突然アリエステ侯爵夫人からそんなことを聞かれ、リヒャルトは虚を突かれたかのような表情を一瞬浮かべた後、顔を赤く染めた。にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(0)

ローゼンシュルツ王国で起きた暴動で、日本人記者が死亡したというニュースは、瞬く間に世界中に広がった。「陛下、躊躇っているときではありませんぞ!早く軍隊を介入しませんと!」「そうです!警官隊で暴徒たちを食い止めるのは時間の問題です!」「そうか・・」アルフリートが軍隊介入に二の足を踏んでいると、ミカエルが苛立だしげに扇を叩いた。「父上、さぁご英断を。こうしているうちにも刻一刻と時間が過ぎてゆきます。」「仕方ないな・・」眉間を揉んでいたアルフリートの手が、そっと離れた。「直ちに軍隊を介入し、暴動を鎮圧せよ。」「はっ!」 こうして、ローゼンシュルツ王国軍は暴徒鎮圧の為、静かに動き始めた。 一方貧民街では、聖良達が炊き出しを行っていた。「さぁさぁ、並んで!」「はい次の人!」救護院で彼らが炊き出しをしていると、一台のバンがリヒャルト達の前に停まった。「何ですか、あなた方は?」「我々は治安部隊だ。ここにテロリストが居ないかどうか家宅捜査する!」「お待ちください、ここには老人や子供、女性しかおりません。彼らは善良な市民です。テロリストはここには潜伏しておりません。」「女子供でもテロリストの可能性はある。さっさとそこを退け!」苛立った隊員の一人が、そう言ってリヒャルトの胸を銃剣の先で突いた。「誰の命令で動いているのかはわかりませんが、さっさとここから出ていってください。子供たちが怖がっているではありませんか。」「うるさい!」銃床で顔を殴られたリヒャルトを目の当たりにした市民達は、治安部隊に向かって一斉に罵声を浴びせた。「俺たちの旦那になんてことしやがる!」「薄汚い王家の犬どもめ!」「隊長・・」自分達を取り囲んでいる市民達の視線が憎悪に満ちていることに気づいた隊員が怖気づき、肩に勲章をつけ白いマントを纏った上官の方を向くと、彼は低い声で唸った後、部下達にこう命じた。「この暴徒どもを撃て。一人残さず殺せ。」隊員が一斉に銃剣を構えると、女や子供たちは泣き叫び、男達は武器を構えて一触即発の険悪な空気となった。そんな時、隊員たちの背後から蹄と馬の嘶きの音が聞こえた。「貴様ら、そこで何をしている!?」「しょ、将軍・・」「閣下、わたくしは国を混乱に陥れようとする暴徒どもを殲滅(せんめつ)しようとしているだけです、お気にならさず。」「暴徒が聞いて呆れる!みろ、彼らは食糧を求めに来た善良な市民ではないか!貴様の目は節穴か、アドリアン!」黒毛の馬に跨った男は氷のような声で白いマントの男を叱責すると、彼は悔しげに唇を噛み締めると、部下達を引き連れてその場から去っていった。「助けてくださってありがとうございます。」「おや、誰かと思ったらマクダミア殿ではありませんか。」そう言うと黒馬からひらりと優雅に男が降りてきて、リヒャルトに微笑んだ。 彼の名はアレクサンドル=スロノヴァ、聖十字騎士団のトップであり、リヒャルトとは長年の知己でもあった。―◇第4章・完◇―にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(1)

「俺は彼を助ける。リヒャルト、俺を邪魔立てするというのならば殺せ!」 聖良はそう言うと、リヒャルトの前に立った。「わかりました。では、あなたと共に参ります。」「そうか、ありがとう。」 数分後、ワルテール病院へと向かった聖良とリヒャルトは、病院周辺に暴徒たちがうろついていることを確認し、彼らの目を盗んで病院内に入った。病院内は略奪が尽くされた後のようで、医療品倉庫はもぬけの殻となっていた。「これで、輸血用の血液があるかどうかわかりませんね。」「希望を捨てるな、行くぞ。」 懐中電灯の光を頼りに、二人は輸血用の血液が保管されている場所へと向かった。「ミスター・ハトエの血液型は?」「B型だ。」聖良はそう言ってリヒャルトに淑介の保険証を見せた。「ありました。」クーラーボックスにB型の輸血用の血液を詰め込み、二人が病院を跡にしようとしたとき、外から銃声が聞こえた。「銃撃戦が始まったようです。早くここから出ましょう。」「ああ。」病院の裏口へと回ると、暴徒たちと警官隊が銃撃戦を繰り広げていた。「リヒャルト、先に行け。」「はい。」クーラーボックスを守るかのように物陰に隠れながらリヒャルトは病院から貧民街へと戻っていった。『セーラ様、無事戻りました。』「そうか、わかった。」銃撃戦が沈静化された様子を見ていた聖良は、貧民街へと戻っていった。「リヒャルト、淑介は?」「それが・・」嫌な予感がして聖良が手術室へと向かうと、そこにはショック状態の淑介が手術台に横たわっていた。「一体何があったんだ!?」「輸血を開始したら、突然意識不明に陥ってしまって・・」「彼は助かるのか!?」「もう、長くは持たないでしょう。」「そんな・・」医師の言葉に絶望した聖良は、そっと淑介の手を握った。「鳩江さん、わかりますか?」「セーラ様・・」薄っすらと目を開けた淑介は、聖良の手を握った。「すいません・・ご迷惑をおかけしてしまいまして・・」「いや、いいんだ。あなたを救ってあげられなくて、すまない・・」聖良は涙を流し、手術室から出て行った。「セーラ様・・」「すまないが、一人にしてくれないか・・」リヒャルトは主に声を掛ける代わりに、その場から立ち去った。 数時間後、鳩江淑介は静かに息を引き取った。にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(0)

「畜生、クソアマ!」仲間を目の前で倒され、いきり立った暴徒が聖良に向かって金属バッドを振り翳したが、聖良の額を割る前に彼は暴徒の脇腹を鉄パイプで打った。「ふん、たいしたことないね。役立たずのもんをつけているの、お前たちは?」額に張り付いた汗を拭った聖良は、余裕の笑みを浮かべながら暴徒たちを見た。「くそ、行くぞ!」「このままで終わると思うな!」暴徒たちは戦意喪失し、次々と引き上げていった。「セーラ様、ご無事ですか!」「リヒャルト。」聖良が安堵の溜息を吐いていると、リヒャルトが駆け寄ってくるのが見えた。「お怪我はありませんか?」「ああ。それよりも夫人は?」「彼女は大丈夫でしょう。さぁ、ここを離れましょう。」「わかった。」 聖良とリヒャルトがアリエステ侯爵邸から離れ、王宮へと向かっている間、貧民街では住民たちがバリケードを作り軍隊を入れないようにしていた。「あいつら、いきなり撃ってきやがった!」「もう許せねぇ!」「あいつらを一人残らず火達磨(ひだるま)にしてやらぁ!」市民達に無差別に軍隊が発砲したこの事件は世界中で報道され、鳩江淑介(はとえしゅうすけ)はすぐさま現地へと飛んだ。 リヒト郊外から車を走らせ、首都へと向かった彼らが見たものは、破壊し尽くされた官民街と貴族街だった。辺り一面には黒煙が上がり、銃声や怒号、悲鳴などが絶え間なく聞こえた。淑介は我を忘れて、街の風景を何枚も撮った。「危ない!」何処からか悲鳴が聞こえたかと思うと、突然淑介の近くに建っていたビルが崩落し、コンクリートの塊が彼に降ってきた。「誰か、来てくれ!怪我人だ!」 貧民街にある病院に担ぎ込まれた患者を見た聖良は、それがリシェーム王国で知り合った淑介だとわかり絶句した。コンクリートの下敷きとなったのか、彼は大量に出血し、意識を失っていた。「彼は助かるのか?」「難しいところです。これほど出血が酷いと、輸血用の血液だけでは足りないかもしれません。」「そんな・・」聖良は、淑介を助ける方法を必死に模索した。「他の病院では、どうだ?」「どうだと申されますと?」「輸血用の血液は大量に保存されているのか?」「はい。確かワルテール病院なら大丈夫ですが、ここから最短ルートを通っても片道30分はかかります。」「そうか。じゃぁ俺が行って血液を取ってくる。」「セーラ様、危険です!」「黙れ!」 異を唱えるリヒャルトを、聖良は睨みつけた。にほんブログ村
2012年09月24日
コメント(0)

「奥様、大丈夫ですか?」「ええ。けれど、火事でもうここは長く持ちませんわ。」「そうですね。」リヒャルトは椅子を手に取ると、それを窓へと放った。窓ガラスが割れ、新鮮な空気が入ってきた。「奥様、これで外に出られます。」カーテンを素早く引き裂いて即席のロープを作り、リヒャルトはそれを窓に垂らした。「ありがとう、このご恩は忘れないわ。」「早く行ってください!」アリエステ侯爵夫人が“ロープ”で壁を伝いながら地面へと降りてゆくのを見守ったリヒャルトが彼女の後を追おうと窓枠に足を掛けたその時、煙がどあの下から漂ってきた。 慌ててハンカチで鼻と口を覆った彼だったが、次第に意識を失って絨毯の上に倒れてしまった。「くそ、これじゃ近づけない!」 一方聖良は、燃え盛る夫人の部屋に向かうのを諦めて、ここから脱出することを決めた。ハイヒールを脱ぎ捨て、一階の裏口に繋がる階段を駆け下りて外に出た聖良は、暴徒の群れに襲われている女性を見かけた。その女性は、アリエステ公爵夫人だった。「何をなさるの、離して!」「うるせぇ、卑しい貴族のメス豚め!」暴徒の一人が、悲鳴を上げて逃げ回る夫人の脇腹を執拗に蹴った。夫人はそれでもなお悲鳴を上げ続けていたが、周囲の者は暴徒を恐れ、彼女を助けようともせずに通り過ぎてゆく。聖良はあたりに武器になるようなものはないかと見渡すと、建築現場に鉄パイプが置いてあることに気づき、彼はそれを掴むと暴徒たちの中へと飛び込んでいった。「彼女には手を出すな!」「なんだてめぇ、殺されたいのか!?」「この婆は放っておけ!」暴徒の注意を自分に逸らした聖良は、夫人に逃げるよう目配せした。「何処からでもかかってこい、ならず者どもめ!」聖良は全身にアドレナリンを放出させながら、暴徒たちに向き直った。「相手は女一人だ、やっちまえ!」角材や金属バッド、果ては道路から引き抜いた標識を片手に携えた暴徒たちは、下卑た笑いを浮かべながらじりじりと聖良との距離を詰めていった。 警官時代武道の心得はあるものの、こんな多人数相手に戦った経験はなかった。だが、彼らに背を向けて“臆病者”の烙印を押されるのは嫌だった。暴徒の一人が威嚇しながら聖良に飛び掛ってきたが、彼は素早く暴徒の向う脛を蹴飛ばすと、間髪いれずに鉄パイプを彼の頭に叩き込んだ。「くそ、生意気だぞ!」「女の癖に!」「ハッ、戦場でレディーファーストなんざ関係ないだろうが!それともあんたら、いつの間に紳士になったんだい?」 乱暴なロシア語で聖良は暴徒たちに向かって一気に捲くし立てると、彼らに中指を突き立てた。にほんブログ村
2012年09月24日
コメント(0)

「まだ撃つなよ!」 徐々に膨らみ始め、白鳥宮へと行進する市民達に銃剣を向ける部下たちを、連隊長・レオンはそう言って制した。「まだだ、あいつらが我々の近くに来るまで、誰も撃つな。」「わかりました、隊長。」 一歩、二歩、三歩・・市民達の足が徐々に連隊へと近づいていく。「いまだ、撃ち方用意!」レオンの掛け声で、兵士たちは一斉に弾を装填した。「撃て!」行進していた市民達は、軍隊が銃剣で自分たちを狙っていることに気づき、慌てて背を向けて逃げ出そうとしたが、遅かった。一斉に数百もの銃剣が火を噴き、無抵抗の市民達に銃弾の雨が降り注いだ。「次、撃て!」市民達の何人かは、諦めずに王宮へと行進を続けたが、軍隊に阻まれ物言わぬ骸となった。「一体これはどういうことだ!」「すべてはわが国の為ですよ、陛下。このまま暴徒たちをのさばらせておくおつもりですか?」ディミトリはそう言って金色に輝いた瞳でアルフリートを見た。「だが、わたしは市民への発砲命令は下しておらんぞ!暴徒を鎮圧せよと命じたまでのこと!」「暴徒たちを鎮圧するには、武力鎮圧以外、方法がございません。さあ陛下、このような場に長居は無用です。」 ディミトリは真一文字に口を結び、広場の惨状をバルコニーから見つめているアルフリートの背中を押すと、彼を閣議室へと連れて行った。「父上。」「お前は・・」 閣議室に入ったアルフリートが見たものは、青と白のドレスを纏い、王笏(おうしゃく)を持ったミカエルの姿だった。「お久しぶりです、陛下・・いえ、父上とお呼びしてもよろしいでしょうか?」ミカエルはアルフリートにそう言うと、口端を上げて嫣然(えんぜん)とした笑みを浮かべた。「何ですって、軍隊が市民に発砲した!?」「はい、奥様。これをご覧ください。」アリエステ侯爵夫人は、パソコンに映し出された映像を観てショックを受けた。そこには、無抵抗の市民達を無差別に発砲する軍隊の姿が映っていた。「これは一体どういうことだ!?」「セーラ様、もはや暴動を止めることはできません。すぐさま安全な場所に避難してください!」「だが・・」聖良が慌てて荷物を纏めていると、階下から突然悲鳴が聞こえた。「セーラ様、奥様が・・」「どうしたんだ?」聖良たちが階下に降りると、メイドが泣きながら彼らの方へと駆け寄ってきた。「先ほど暴徒達が家の中に侵入し、奥様が刺されました!」「リヒャルト、彼女の手当てを。俺は医者を呼ぶ。」「わかりました!」 夫人の部屋へと入っていくリヒャルトを確認した聖良は、携帯で救急車を呼ぼうとした時、まるで地の底が崩れ落ちるかのような轟音が外から鳴り響いた。「王家の犬を殺せ!」「全員火炙りにしろ!」「そら、燃やせ!」興奮した暴徒達によって投げられた火炎瓶がリビングの飾り窓を突き破り、深紅の絨毯を舐めるかのように炎が辺り全体に広がった。「セーラ様、早くお逃げください!」「リヒャルト、お前を置いてはいけない!」聖良がリヒャルトと夫人の部屋へと向かおうとした時、炎が彼の行く手を阻んだ。「リヒャルト、返事をしろ、リヒャルト!」炎を避けるようにして聖良が夫人の部屋のドアノブを掴もうとすると、それは溶けた鉄のように熱かった。にほんブログ村
2012年09月24日
コメント(0)

「セーラ様、大丈夫ですか!」血相を変えたアリエステ侯爵夫人が部屋に入ると、聖良は蒼褪めた顔をして彼女を見つめた。「大丈夫だ。あなたは?」「ええ。それよりも一体誰が・・」「奥様、大変です!橋の向こうで暴動が起きました!」「何ですって!?」アリエステ侯爵夫人とともに聖良がダイニングへと向かうと、そこには使用人達が深刻な表情を浮かべてテーブルに座っていた。「一体何があったの?」「実は、警官隊が孤児たちに発砲して・・そのせいで孤児たちを支援する団体が中心となって抗議デモを行っていたのですが・・」暴動を目の当たりにしたメイドの一人が、そのときの様子を語り始めた。 はじめ、抗議デモは平和的に行われていたという。だが、メンバーの一人が商店に投石したのをきっかけに、警官隊に発砲して暴動が発生したのだという。「これからどうなってしまうのかしら?」「さぁ・・橋の向こうにはわたくしの家族がおりますから、心配で・・」「大丈夫よ、きっとあなたの家族は無事よ。」泣き出すメイドの肩を、アリエステ侯爵夫人は優しく抱いた。「夫人、どうなさいますか?」「そうね、今から窓の鎧戸をすべて閉めて!裏口の鍵もね!」「はい!」アリエステ侯爵夫人はてきぱきと使用人に指示していると、出仕していた侯爵が帰宅した。「おい、街は一体どうなっているんだ!暴徒達が貧民街を襲ってるぞ!」「あなた、ご無事だったのね!」夫の姿を見た途端、侯爵夫人の緊張の糸が切れ、彼女は夫の胸に飛び込んだ。「どうしたんだ、お前らしくもない。」「申し訳ありません、あなた。あなたが暴動に巻き込まれやしないかと、心配で・・」「そうか。食料の確保は充分にできているから、暫くは大丈夫だ。それよりも、暴動が沈静化するのはいつかわからないな。」「ええ。これから外出を控えませんとね。あなた、これからどうなさいますの?」「そうだな・・」その数分後、宮廷の呼び出しを受けた侯爵は、慌しく自宅から出て行った。「皆を呼び出したのは、他でもない。今回の暴動についてだ。」 閣議室にて召集された貴族達は、アルフリートの言葉を重く受け止めた。「陛下、暴徒を食い止める為には軍隊の介入しかございません。」「このまま暴徒を野放しにしておくと、大変なことになりますぞ!」貴族達は皆、暴徒の鎮圧に軍隊を介入すべきだという意見が大半だった。「ならぬ。よく考えてみよ、今回の暴動の原因は孤児達に警官隊が発砲したこと。何故警官隊が孤児を発砲した理由すらもわからぬのに、更に軍隊を介入させるとどうなるか、考えてみよ。」「陛下、それではどうすればよいのですか?」「それはそなたらが考えてみよ。家に細君がそなたらの無事を神に祈り、心細い思いをしていることだろう。早く家に帰るがよい。」「陛下、お待ちください、陛下!」貴族達の制止を振り切り、アルフリートは閣議室から出た。「陛下、少しお話がございます。」廊下を歩いていると、アルフリートをディミトリが呼び止めた。「なんだ?」「実は、今回の暴動についてわたくしに考えがございます。」「何だと?」「ええ・・」ディミトリは、アルフリートの耳元に何かを囁いた。 橋の向こうで始まった暴動は、沈静化するどころか、徐々に過激化するばかりだった。銃撃された孤児達への追悼と、警官隊への抗議デモは、いつしか現王室に対する政治批判へと風向きが変わっていった。「独裁政治を許すな~!」「立憲君主制を廃止せよ~!」プラカードや横断幕を掲げながら、市民達は王宮広場へと粛々とデモ行進を進んでいった。白鳥宮の前では、武装した軍隊が銃剣を構え、いつでも発砲できるような体勢を整えていた。「皆、準備は出来たな?」「はい!」「計画通りにやれ。失敗は許さないからな。」 ディミトリはそういうと、望遠鏡で市民達が白鳥宮へと向かっていくのを眺めた。にほんブログ村
2012年09月23日
コメント(1)

「誰だ、そこに居るのは?」聖良はそう奥の部屋に潜む“誰か”に向かって声を掛けたが、返事はなかった。「セーラ様、どうかなさいましたか?」「さっき、奥から物音が聞こえたんだが・・」「空耳でしょう。さぁ、早くこちらへ・・」リヒャルトが聖良の肩を抱き、出口へと向かおうとしたが、再び奥の部屋で物音がした。「行ってみましょう。」「ああ。」リヒャルトが拳銃を手に奥の部屋へと向かうと、物音が徐々に大きくなっていった。「セーラ様、さがってください。」「ああ。」ドアノブを回そうとしたが鍵がかかっていたので、リヒャルトはそれを蹴破り中へと入っていった。 どうやら奥の部屋はリネン室として使われていたらしく、中はシーツが散らばっていた。物音は、シーツの山の中から聞こえた。リヒャルトがシーツを退けると、そこには一匹の猫が居た。どうやら物音を出していた犯人は、この猫らしい。「割れた窓から入って、ここから住み着いていたんでしょうね。」「ああ。」聖良がシーツの山を退かすと、そこには生後数週間くらい経っている子猫が数匹蹲(うずくま)っていた。「どうやら親子で住み着いていたらしいな。何か猫を入れるようなものはあるか?」「はい、これなら。」リヒャルトが段ボール箱に親子の猫を入れると、孤児院から出て行った。「お帰りなさいませ、セーラ様。まぁ、それは?」「下町にある孤児院で見つけてな。獣医を呼んでくれないか?」「わかりました。毛艶のよさから見て、何処かの家で飼われていた猫でしょうねぇ。」「そうか。見たことがない種類の猫だな。」メインクーンには似ているが、若干違う毛色をしている。「ああ、これは“王家の猫”と呼ばれる種類の猫ですわ。」「“王家の猫”?」「ええ。昔この国にロシアから嫁いだお姫様が連れてきた猫が大層美しかったようでして、王侯貴族が競い合うように猫のブリーダーをすることが流行したそうですわ。」「ほう、そうか。ならこの猫はブリーダーが飼っていた猫かもしれないな。」「恐らく、そうでしょうね。それよりもセーラ様、夕食は何になさいますか?」「まだいい。」「そうですか。では失礼いたします。」アリエステ侯爵夫人が部屋から出て行くと、聖良は猫の親子たちをつぶさに観察した。孤児院で見たときはみずぼらしかった彼らだったが、浴室で汚れた毛を洗うと何処かしか高貴な雰囲気が漂ってもなくはない。子猫たちは一心に母猫の乳首に吸い付いていた。「さてと・・」猫の親子たちから目を離し、聖良はノートパソコンにメールが届いていることに気づいて、そのメールを開いた。そこには、信じられないことが書かれていた。「リヒャルト、今起きてるか!?」『何か、ありましたか?』「ああ、今メールが来て・・」携帯でリヒャルトと話していると、窓ガラスが割れる音がした。にほんブログ村
2012年09月23日
コメント(0)

「なんだ、さっきのは!?」「行ってみましょう!」 店から出た三人は、悲鳴がするほうへと向かった。悲鳴がしたのはパン屋の前で、商品を数人の孤児達が略奪していた。皆風呂に入っていないのか、肌が汚く、服もボロボロだった。「何をしている!」リヒャルトがホルスターから拳銃を抜き、空に威嚇発砲すると、孤児達が一斉に彼の方を振り向いた。「畜生、ずらかれ!」「こら、待て!」孤児達は蜘蛛の子を散らすかのように路地裏へと逃げていってしまった。「まったく、これじゃぁ商売上がったりだよ!」エプロンの端で涙を拭ったパン屋の女将は、そう言って悔しそうにめちゃくちゃになった店先を見た。「あいつらったら、いつも店先を荒らすんだ!害虫以外の何物でもないよ!」「手伝います。」聖良達が荒らされた店先を片付けると、パン屋の女将はお礼にと彼らに茶を振舞った。「あの孤児達は、何処から?」「ああ、橋の向こう側にある孤児院から脱走してきたんだろうさ。あそこは貴族が運営していたんだがねぇ、数年くらい前に有り金全部持っていっちまって、孤児院の経営が立ち行かなくなって、あの餓鬼共が街をうろつくようになったのはそれからさ。警官隊も目を光らせてるんだけど、あいつらの方が上でねぇ。」「そうですか・・救護院ではそのような子供たちは保護されていないのですか?」「ふん、あいつらが救護院に大人しく行くもんかい。貴族の旦那、あいつらが居る限りあたしらの商売は立ち行かなくなっちまう。お願いだから近々警官隊にあいつらを一掃しろと命令を出してくれないかねぇ?」「・・考えてみます。」 パン屋から出た三人は、暫く互いに一言も交わさなかった。「リヒャルト、俺はまだまだこの国のことを知らなかったんだな。」聖良はそう言って目を伏せた。「俺も孤児院で育ったが、食う物や着る物には困らなかったよ。それに何よりも、養父の愛情に包まれていたから、寂しいとは思いもしなかった。」「それは恵まれた境遇におられたのですね、セーラ様は。わたしとは大違いだ。」アフマドが何か含みのあるような言葉を聖良に向けた。「アフマド殿、あなたは・・」「わたしは親に捨てられました。というよりも、彼らは端金(はしたがね)でわたしを奴隷商人に売りつけたのです。」「奴隷商人に売られただと?それは本当なのか?」「ええ。わたしは生きる為に芸を身につけさせられ、一日分の食費にも事欠く生活を送っておりました。そんなわたしを拾ってくださったのが、リシャド様でした。」「そうか・・お前も色々と辛い思いをしたのだな。」「ええ。ですがわたしはリシャド様のお陰で救われた。セーラ様は養父殿のお陰で道を踏み外すこともなくこうして生きておられる。ですが、あの子達には、自分を救ってくれたり、支えてくれたりする人間が居ない。それがどれほど辛いことか、想像できますよ。」「そうだな・・リヒャルト、問題の孤児院に行ってみたいんだが・・」「あそこは貧民街に近いので、治安が余り良くありません。何かあれば発砲する許可を頂けますか?」「許す。」聖良達は、パン屋の女将が話していた問題の孤児院へと向かった。その途中に通りかかった病院で、彼は信じがたい光景を目にした。 入り口まで怪我人が溢れ、彼らは碌な手当も受けられず、膿んだ傷口に蛆虫(うじむし)が這っている者もいた。ちらりと聖良が中を覗き込むと、そこも入り口と同じような状態だった。「医者は居ないのか?」「居ることは居ますが、この地域の住民は平気で医療費を踏み倒すので診察したくない医師が多いのだとか。なのであんな風に放っておいて、死ぬのを待っているのだそうです。」「酷いな・・」「セーラ様、まもなく問題の孤児院に着きます。」 問題の孤児院へと向かった聖良は、割れた窓を見て絶句した。以前は手入れされていたであろう庭は雑草が生い茂り、辺りにはゴミが散らばっている。外壁は煤(すす)けており、全体的に陰気な雰囲気が漂っていた。「中に入ってもいいか?」「ええ。」内部は、外と同じように荒れ果てていた。あちこちにゴミが散らばり、奥の部屋からは凄まじい悪臭が漂っていた。「セーラ様、もうよろしいでしょう。」「ああ・・」 セーラが孤児院から出ようと踵を返したその時、奥の方から物音がした。にほんブログ村
2012年09月23日
コメント(0)

はじめアレックスは聞こえない振りをしようとしたが、少年と目が合ってしまったので、逃げられないと思い、少年を見た。「うん、見てたよ。不快に思ったのなら謝るよ。」「へぇ・・」アレックスの言葉を聞いた少年は片眉を上げると、フッと笑った。それと同時に、金色の瞳が光った。「お前、名前は?」「アレックスだ。君は?」「俺はウォルフ。アレックス、俺たちのことが知りたいなら、この場所に来い。」そう言って少年は、アレックスに一枚のメモを渡した。それは町の中心部にあるバーの名前だった。「じゃぁな。」彼はひらひらとアレックスに手を振ると、バス停から立ち去っていった。「ただいま・・」「お帰り、アレックス。転校初日はどうだったか?」「まぁまぁかな。アメフトスターのディーンに気に入られたから。」「ディーンっていうと、あのタンバレイン家の?」「お爺ちゃん、知ってるの?」「ああ。奴の息子の代から知っとる。あいつらは代々アメフトスターで、傲慢な金持ち野郎だ。お前も新聞で見たことがあるだろうが、ディーンの親父さんは・・」「上院議員のフランシス=タンバレインだろ?NYに居ればそりゃぁ知ってるよ。それよりもどうしてディーンはNYやワシントンの学校じゃなくて、こんな辺鄙(へんぴ)な田舎町の高校に通ってるわけ?」「さぁな。噂によれば、ディーンはNYの私立校で色々と問題を起こして退学になって、知り合いが居ないここに引っ越して来たらしい。」「“らしい”?」「なぁアレックス、あいつとは余り深く付き合わない方がいいぞ。だいいち、お前とあいつとでは性格が合わないかもしれんからな。」マックスの言葉には一理あると、アレックスは思った。バス停で声を掛けられた時は嬉しかったのだが、彼と深く付き合いたくはない気がした。「さてと、冷蔵庫にケーキが入っているから取って来るよ。」マックスは腰を上げると、キッチンへと消えた。ダイニングでスマートフォンを弄っていたアレックスは、一通のメールが来ていることに気づいた。何気なくメールを開くと、そこには血文字で書かれた悪趣味なメッセージが液晶画面に表示された。 “気をつけろ、アレックス。もうすぐお前は死ぬ。”(何だよ、これ・・)アレックスがメールを削除しようとすると、皿が割れる派手な音がキッチンから聞こえた。「お爺ちゃん?」彼がキッチンに入ると、そこには祖父が倒れていた。「どうしたの、お爺ちゃん、しっかりして!」アレックスは狼狽しながらマックスの身体を揺らすと、彼はアレックスの手を握った。「アレックス・・あいつらに気をつけろ。」「あいつらって誰?ねぇ、お爺ちゃんしっかりして!」マックスは病院に運ばれ、一命を取り留めた。(一体、お爺ちゃんに何が・・) アレックスは何がなんだか解らずに、ただひたすら祖父の無事を祈った。にほんブログ村
2012年09月22日
コメント(0)

(何だ?)急に周りを取り巻いていた空気がガラリと変わったことに気づいたアレックスは、黒尽くめの集団を見ようと首を伸ばすと、慌ててディーンが彼の肩を掴んで自分たちの方へと引き戻した。「あいつらには関わらない方がいいぜ。」「どうして?」「おいディーン、新入りはあいつらのこと知らねぇだろう?俺が教えといてやるよ。」ネイサンがそう言ってポテトを口に放り込んでアレックスを見ると、急に声を潜めた。「あいつらはサタン・・悪魔崇拝者のグループだ。いつも毎晩森の奥で集会を開いては、黒魔術をやってるんだ。」「悪魔崇拝?だからみんなゴシック系な格好なんだ?」「まぁ、そういうことだよ。俺に言わせりゃぁ、あいつらは変人だ。変人に近づいたら碌なことがねぇからよ、忠告しとくぜ。」「わかった・・」NYの学校ではゴシック系や体育会系の生徒など、個性的なファッションをしている連中が多かったが、アレックスはゴシック系の生徒たちと親しかったし、彼らを一度も変人だとは思わなかった。だがこの高校の生徒たちは違うらしい。マックスが住んでいる地域は、バイブル=ベルトと呼ばれている保守的なキリスト教徒が住む地域に近かった。そんな地域に住む彼らが、悪魔崇拝者のグループを忌み嫌うのは当たり前かも知れない。だが、外見だけで人を判断してはいけない―幼い頃からそうマックスに教えられていたアレックスが反論しようとした時、一人の男子生徒と目が合った。 艶やかな黒髪に、狼のような瞳。黒い襟を立てたコートを着た姿は、ロックスターのようで格好良かった。「アレックス、どうした?」「いや・・なんでもない。」「うちのチームに見学に来いよ。」「う、うん・・」アメフトなんて、テレビで観ただけだから、自分にできるかどうかわからなかった。ただ、見学だけならと軽い気持ちでアレックスはディーン達とともにスタジアムへとやって来た。「ハーイディーン、久しぶりじゃない!」 スタジアムに入るなり、ディーンの前にブロンドの髪をなびかせながら一人のチアリーダーが駆け寄ってきた。「ジェーン、元気にしてたか?」「ええ。今度の試合、楽しみにしてるわね。それよりも、この子だぁれ?」「ああ、こいつはNYから来たアレックスだ。」「ふぅん、可愛いわねぇ。」チアリーダーはまるで品定めするかのようにアレックスを見た。 ディーン達のプレイを見学した後、アレックスは自分には無理だと思いながら、アメフト部に入部をどう断ろうかと迷いバス停へと向かっていると、カフェテリアで見かけた男子生徒が立っていた。アレックスは声を掛けようかと思ったが、ネイサンの言葉が脳裏に甦った。“あいつらは変人だ。”アレックスが背を向けてバス停から去ろうとしていると、誰かに肩を掴まれた。「お前、俺の事を見ていただろう?」彼が振り向くと、金色の双眸が自分を射るように見つめていた。にほんブログ村
2012年09月22日
コメント(1)

何処からか、狼の遠吠えが聞こえる。その声を聞きながら、少年はパソコンに向かっていた。両親の離婚により、喧騒に満ちた都会から、この自然豊かな田舎町に来てからまだ数日も経っていないが、彼はここが好きだった。「何処にも居ないと思ったら、ここに居たのか。」背後から声がして少年が振り向くと、そこには母方の祖父・マックスが立っていた。「向こうの友達にメールを送ってたんだ。」「そうか、NYはここから遠いからなぁ。今は誰とでもすぐに繋がっていいなぁ。」「そうだね。それよりもお爺ちゃん、どうしたの?」「これをお前に渡そうと思ってな。」そう言ったマックスは、ペンダントを彼に手渡した。「これは何?」「わしが若い頃に軍に居た頃に着けた認識票だ。明日お前の誕生日だから、ラップトップとか洒落たもんをやろうと思ったんだが・・」「いいよ。これは世界にひとつしかないものでしょう?ありがとう、大事にするね!」明日が16歳の誕生日だということに、少年は忘れていた。「誕生日おめでとう、アレックス。明日は盛大なパーティーをしような。」「ありがとう、お爺ちゃん。」 少年―アレックスは、明日から始まる学校生活に期待と不安を胸を抱きながら、眠りに就いた。翌朝、彼が祖父母と朝食を食べて家を出てバス停へと向かうと、そこには既に先客が居た。ダークブロンドの髪に転校先の高校のエンブレムが刺繍されたブルーのジャケット。「隣、いいかな?」「ああ、いいぜ。お前、見かけない顔だな?」そう言うと、ブルーのジャケットを着た少年はアイスブルーの瞳でアレックスを見た。「俺、アレックス。」「ディーンだ。宜しくな。転校生か?」「ああ。数日前NYからこっちに引っ越してきて、今は爺ちゃん家に居る。」「そうか。部活は何入ってたんだ?」「コンピューター部さ。君は見たところアメフトかバスケやってそうだね?」「当たり。俺はライオンズのメンバーさ。今度見学に来いよ、楽しいからさ。」ディーンと二人で話している間に、スクールバスが二人の前に止まった。「よぉディーン、先週の試合良かったな!」二人がバスに乗り込むと、後部座席に座っていた男子生徒たちの一人がそう言ってディーンに声を掛けた。「よぉネイサン、お前も最高だったぜ!」ディーンはその男子生徒のほうへと向かうと、彼とハイタッチを交わした。「見ない顔だな、新顔か?」「こいつ、NYから来た転校生のアレックスだよ。アレックス、こいつはネイサン。俺の親友さ。」「どうも、宜しく。」「宜しく、仲良くやろうぜ、ニューヨーカー!」ネイサンはそう言って白い歯を見せて笑うと、アレックスともハイタッチした。 転校初日は順調だった。ランチタイムになると、アレックスはディーンたちとともに一緒のテーブルへと座った。彼らがガールフレンドとすごした週末の事で盛り上がっていると、コツコツと甲高い靴音がしたかと思うと、数人の黒尽くめの集団がカフェテリアに入ってきた。すると、その途端カフェテリアが水を打ったかのようにシーンと静まり返った。にほんブログ村
2012年09月22日
コメント(2)

「これは美味そうだ。」「そうでしょう?子どものころ父に連れられてから、ここのピロシキに夢中になっておりましてね。」「じゃぁ、いただくとするか。」聖良はそう言うと、食前の祈りを済ませてからピロシキを一個摘んでそれを頬張った。「美味いな。どうやらお前の目に狂いはなかったようだ。」「ありがとうございます。」リヒャルトが少し照れくさそうに笑うと、店に労働者風の男たちが入ってきた。「ったく、昼間からこき使われて嫌になるぜ。」「おうよ、重労働の癖に給金は安い!こんな店に来るのは久しぶりだぜ。」「劇場の拡張工事だかなんだかしらねぇが、俺らみてぇな庶民には無縁の場所だ。」どうやら彼らは、この先にある劇場の拡張工事で借り出された者達のようだった。「リヒャルト、彼らは?」「恐らく地方からの出稼ぎ者でしょう。彼らの多くは農民で、職がない為都市部で出稼ぎにくるものが多いのですよ。」「そんなに民の生活は逼迫(ひっぱく)しているのか?」聖良の問いに、リヒャルトは静かに頷いた。「内戦が終わったとはいえ、貧富の差はなくなるどころか拡大する一方です。貴族達は自分が所有する土地の領民達から高い税を徴収し、私腹を肥やすばかり。その結果民は飢え、貴族達は悠々自適に暮らしているというわけです。」「そんな現実を変えようとしないのか、父上は?」「ええ。国王陛下は地方の領主達に納税免除をするよう命じたのですが、実行する者達は少ないようです。まぁ彼らにしてみれば、唯一の収入源を失いたくないのでしょう。」「収入源だと?他人の金を搾取して贅沢をするなど、笑止。」「彼らは働くことを最大の罪と思っているような輩ですよ、セーラ様。わたしの父のように民達に自分の資産を提供する貴族はごくまれです。」「近いうちに反乱が起きるだろうな。」「そうですね。ですがこの国では言論の自由があります。共和国となってから我が祖国は情報統制や言語統制などが多少緩くなったものの、まだまだ前時代の“負の遺産”は残っておりますよ。」アフマドはそう言うと、コーヒーを飲んだ。「アフマド殿、最近やつれたようだな。」「ええ。新しい国を作ることはなかなか骨が折れる作業ですからね。新しい時代の芽を育て、それを樹木にさせるのは長い時間がかかります。」「そうか。」聖良たちの会話を密かに聞いていた男達の一人が、彼らのテーブルへとやって来た。「貴族の旦那、あんたらには俺達の生活がどれほど苦しいかわからねぇだろうよ。まぁ、貧民街に行けばこの国の現実がすぐに見えるだろうがね。」「ご忠告どうも。」明らかに自分を挑発している男の怒りをあおらぬよう、リヒャルトは至極冷静に努めて言うと、彼は面白くないといったように鼻を鳴らしてテーブルへと戻っていった。「さぁ、もう出ましょうか。」「そうだな。」 食事を終えた彼らが店から出ようとすると、外から甲高い悲鳴が路地に響き渡った。にほんブログ村
2012年09月22日
コメント(0)

「では、これより判決を申しあげます。」 裁判は意外にも早く終わりそうだった。裁判官は判決文を取り出すと、朗々とした声でそれを読み上げた。「被告人セーラ=タチバナに掛けられた異端信仰の容疑は無罪とし、異端審問所による被告人の不当な身柄確保の件については、検察が近々調査するものとする。以上。」判決を聞いた瞬間、傍聴席からは安堵の溜息と喝采、そして怒号が響き渡った。「やりましたね、セーラ様!」「お前とアフマド殿のお蔭だ、ありがとう。」聖良は身の潔白が証明され、安堵の表情を浮かべながらリヒャルトとアフマドに微笑んだ。「アフマド殿、あなたには本当に感謝しても足りないくらいです。ありがとうございます。」「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。」リヒャルトがアフマドとともに法廷を後にし、聖良が出てくるのを待っていると、ロメスが彼らに近づいてきた。「今回はあなた方の主張が通ってよかったですね。」「ええ。裁判官は一方的な意見を鵜呑みにする方ではありませんからね。こんなところでのんびりしている暇はないのではありませんか?今頃異端審問所は蜂の巣をつついたかのような騒ぎでしょうから。」リヒャルトの言葉を受けたロメスは怒りで頬を赤くすると、リヒャルトに背を向けて立ち去っていった。「嫌な男ですな。」「相手にしない限り、害はありませんよ。」リヒャルトがそういったとき、鉄製の扉から聖良が姿を現した。「セーラ様!」リヒャルトは喜びのあまり、人目も気にせずに聖良に抱きついた。「おいリヒャルト、離れろ。恥ずかしいだろうが。」「も、申し訳ございません・・」リヒャルトが慌てて聖良から離れると、アフマドがくすくすとその様子を見て笑った。「セーラ様、疑いが晴れてよかったですね。」「アフマド殿、お久しぶりですね。ご多忙な中、わざわざ遥々お越しいただきありがとうございます。」「そのような堅苦しい挨拶はならさないでください。もう私たちは気心が知れた友人ではありませんか。」「それもそうでしたね。」聖良がそう言うと、アフマドはにっこりと笑った。「さてと、ここにはもう用がありませんから、どこか食事でもいたしましょう。」「ええ、そうしましょう。」聖良とリヒャルト、アフマドは裁判所を出て、しばらくリヒトの中心部を歩いていた。「お勧めの店などはご存知ですか、マクダミア様?」「ええ。少し先にある店は、ピロシキが美味しいと評判ですよ。」「ではそちらに参りましょうか。」聖良がリヒャルトのお勧めの店へと入ると、店主夫婦が彼らを笑顔で迎えてくれた。「これは、これは。誰かと思ったらマクダミアの旦那。今日は美人さんをお連れですね。」「済まないが女将さん、美味い料理をありったけ持ってきてくれないか?」「承知しました。ほらあんた達、ボケッとしてないで働きな!」リヒャルトに熱い視線を送る給仕娘たちの尻を、女将はそう言って叩いた。「良くこんな店を知っていたな。貴族はあまり下町には出入りしないと聞くが?」「ええ、大抵の貴族は官民街から一歩も出たことがありませんが、わたしは違いました。というのも、父が身分というものにあまり拘らなかったからです。」「そうか、父上は良い教育をお前にされたようだ。」「ええ。今では父に感謝しておりますよ。」リヒャルトがそう言葉を切ったとき、揚げたてのピロシキがバスケットに山盛りになって彼らの前に置かれた。にほんブログ村
2012年09月22日
コメント(0)

入廷してきた異端審問官は、30代後半と思しき銀縁眼鏡を掛けた男性だった。「では、あなたの氏名を述べてください。」「はい。わたしはロメス=メンドーサと申します。」「ではメンドーサ審問官にお尋ねいたします。あなたにとって異端信仰とは、いったいどのような信仰を言うのでしょうか?」裁判官の問いに、異端審問官・ロメスは淀みなくこう答えた。「異端信仰とは即ち、カトリックの教義、または信仰に背いた者、それに準ずる行為を為した者とされます。」「たとえば男色行為といったものは、カトリックの信仰に背いたということ、そういったように捉えられるのですね?」「はい。現にセーラ皇太子はリシェーム王国に於いて男色行為を行い、国王の妃となったことがございます。これは明らかにカトリックの教義・信仰に背いた行為であり、異端信仰にほかなりません!」「濡れ衣だ!」リヒャルトが思わずロメスの発言に抗議すると、アフマドが彼を慌てて制した。「今騒ぎを起こすのはおよしなさい。セーラ様のお立場が悪くなるだけですよ。」「ですが・・」「彼の顔をよく御覧なさい、まるであなたを貶めてやろうという魂胆が見え見えではありませんか。」怒りに満ちた顔でリヒャルトがロメスを見ると、彼は怜悧な表情を浮かべていた。まるで、こちらの反応を楽しむかのように。「ではロメス審問官、被告人は明らかに有罪だと?」「はい、間違いありません。」「一旦休廷と致します。」裁判官が木槌を叩くと、傍聴席に座っていた人々はトイレ休憩に行ったりしてざわつきながら法廷から出て行った。「君が、リヒャルト=マクダミア殿か?」少しコーヒー休憩でも取ろうとリヒャルトが腰を浮かせたとき、ロメスが話しかけてきた。「はい、そうですが。わたくしに何かご用でしょうか?」「君はセーラ様の懐刀と聞いている。ひとつ忠告しておくが、我々に逆らわない方がいい。」「主を黙って見殺しにはできません。それにセーラ様は改宗されておりませんし。」「ふん、証拠がないというのに・・」「それはわかりませんよ?」リヒャルトが証拠を持っているという思わせぶりな態度をとると、ロメスが少し動揺したかのように眉をピクリと動かした。「せいぜい悪あがきでもするがいい。天は我々の味方だ。」 数分後、リシェーム王国側の証人として、アフマドが証言台に立った。「アフマドさん、あなたは被告人がカトリックからイスラムへと改宗していないという証拠をお持ちなのですね?」「はい。ここに、我が王国における信徒記録が記されておりますが、その何処にも被告人の名はありません。どうぞ、裁判官ご自身の目でご確認ください。」「ふむ・・」アフマドから信徒記録を手渡された裁判官はルーペでそれを流し読みすると、次第にその顔から焦りの色が見え始めた。「いかがでしょう?」「確かに・・信徒記録には被告人の名はありませんね。」裁判官の言葉を聞いたロメスが隣で舌打ちするのが聞こえ、リヒャルトは微かに口端を上げて笑った。 裁判はセーラ側の優勢となりつつあった。にほんブログ村
2012年09月21日
コメント(1)

「セーラ様、お加減のほうはいかがですか?」「点滴を打ったから、随分楽になった。」 聖良が入院してから数日が経ち、リヒャルトは今日も病室に見舞いに来ていた。「わたしの裁判のほうはどうなっている?」「それは強力な助っ人がおりますので、心配は要りません。」「そうか。いつも俺はお前に助けられてばかりだな。」聖良がそう言って目を伏せると、リヒャルトは彼に優しく微笑んだ。「これから長い戦いになりますから、ゆっくりと身体を休めてください。」「ああ、わかった。」 病院を後にしたリヒャルトが一旦自宅へと戻ると、執事が来客を告げた。「思ったよりもお早いご到着でしたね。」「ええ。セーラ様はご入院されたと聞きましたが、ご容態の方は?」「ただの風邪です、たいしたことはありません。」「そうですか・・」アラブの民族衣装・トーブを身に纏ったリシェーム共和国初代首相・アフマドはリヒャルトの言葉を聞くなり、安堵の表情を浮かべた。「今回、ご多忙であるあなた様をこちらにお呼びしたのは、セーラ様に掛けられた異端信仰の疑いを晴らしていただきたいためです。」「セーラ様が異端信仰を・・イスラム教徒であるという言いがかりを誰かがつけてこられたのですね?」「まぁ、そういうことになります。しかしセーラ様は貴国に居られた期間に、改宗された記録がありません。それを証拠としてこちらに差し出してほしいのです。」「わかりました。セーラ様はわたしにとっては恩人です。力になりましょう。」「宜しくお願いいたします。」アフマドはそう言うとソファから立ち上がり、リヒャルトと固い握手を交わした。聖良の身柄が拘束されて一週間後、遂に聖良の裁判が始まった。「被告人セーラ=タチバナは、リシェーム王国に於いてカトリックからイスラムに改宗し、また土着の異端信仰をした廉でその身柄を拘束されている。」裁判官が朗々と起訴状を読み上げる中、法廷内の被告人席に立たされた聖良は背筋をピンと伸ばし、臆することなく好奇の視線を撥(は)ね付けるかのようにぐるりと法廷内を見渡していた。その中には、ミカエルの侍女・アーニャの姿があった。燃えるような赤毛が映えるかのような黒テンのケープを纏った彼女は、聖良に好戦的な視線を送った。(ここで負けてなるものか!)「それでは、今よりセーラ=タチバナの審理を開始いたします。全員、起立してください。」傍聴席に座っていた人々が一斉に立ち上がった時、聖良ははじめてリヒャルトとアフマドの姿を見つけた。リヒャルトと目が合うと、彼はまるで自分を安心させるかのようににっこりと笑った。「被告人、あなたは今読み上げられた訴状の罪を認めますか?」「いいえ、わたしは無罪です。」聖良の言葉に一瞬法廷内がざわめいたが、裁判官が木槌で叩くと静かになった。「それでは今から、異端審問官による質疑応答に入ります。」(いよいよだ・・) 聖良は顎をぐっと引き上げ、異端審問官が入廷してくるのを待った。にほんブログ村
2012年09月21日
コメント(0)

「クソッ、霧のせいで何も見えやしねぇ!」「ハンス、何処だ!?」 突如として白い霧に包まれたリヒャルトは、敵の死角に回り込み、彼らの様子を窺った。「あいつ、何処行きやがった!」「クソッ、見失っちまったじゃねぇか!」男達が悪態を吐いている隙を狙って、リヒャルトは彼らに刃を向けた。「うおっ!」リヒャルトの攻撃を受けた男達の一人が道を踏み外し、崖下へと消えていった。「野郎、よくも!」仲間の死を目の当たりにした男達は憤怒に駆られ、リヒャルトを取り囲んだ。「これでもう逃げられねぇぞ、覚悟しな!」「それはどうかな?」そう言ってふっと笑ったリヒャルトは、次々と男達を崖下へと叩き落とし、まるで何事もなかったかのようにバイクに跨って峠を下っていった。「相手が悪かったね。まぁ、証人を消したんだからこちらにとっちゃぁ好都合だけどさ。」ミカエルはそう言って扇子を開いたが、その指先は微かに震えていた。「ミカエル様・・」「報告が終わったのなら出て行け。」「は・・」恭しくミカエルに頭を下げたまま、ディミトリは彼の部屋から辞した。 一方、地下牢では聖良が寒さに震えていた。 冬を迎えたこの国は朝夕の寒暖の差が激しく、氷点下になることも稀ではなかった。剥き出しの大理石の床は、否応がなしに聖良の体温を徐々に奪っていった。聖良は激しく咳き込みながら、寒さで歯を鳴らせていると、誰かが地下牢に入ってくる気配がした。「セーラ様。」「誰だ?」コツコツという誰かの靴音が、聖良の前で止まった。「わたくしです、セーラ様。」そう言って牢の前に立ったのは、リヒャルトだった。「リヒャルト、無事だったのか?」「ええ。それよりもご無事でよかった。」「ああ・・」リヒャルトが無事であることで気が緩んでしまったのか、聖良はそのまま床の上に倒れた。「誰か医者を呼べ!」リヒャルトが慌てて獄吏を呼ぶと、彼は錠前に鍵を挿し込んだ。「セーラ様、しっかりなさってください!」牢に入ったリヒャルトは、びくともしない聖良を抱き上げると、地下牢から出て行った。「肺炎になる手前ですな。」 病院に連れて行った聖良を診察した医師は、そう言ってリヒャルトを見た。「そうですか・・」「余り無理をさせないようにしないと。栄養失調のようですしね。」「わかりました。」聖良の居る病室にリヒャルトが入ると、彼は苦しそうに呼吸をしながらベッドに横たわっていた。「今はゆっくりとお休みください、セーラ様。」リヒャルトはそっと聖良の髪を優しく梳いた。「ふぅん、あいつがセーラを病院に・・」「どういたしましょうか?」「しばらく様子を見てみよう。」 ミカエルは悔しそうに唇を噛むと、ディミトリの方へと向き直った。にほんブログ村
2012年09月20日
コメント(1)

「今日はみんなにプレゼントがあるんだよ。」そう言って自分に群がる子供達にミカエルは、大きな袋を開けて中を見せた。そこには、たくさんのぬいぐるみやおもちゃなどが入っていた。「うわぁ~、おもちゃだ!」「ありがとう、皇太子様!」キラキラと目を輝かせながらおもちゃを手に取る子供達を見ながら、ミカエルは満足げに微笑んだ。「院長、子供達の食事はどうです?最近支援金が減りつつあるという噂がありますが。」「今のところは、ボランティアの皆様の協力を得ております。しかし、子供達の食費については厳しくて・・」「そうですか。」昔よりは随分マシになったが、この国では汚職などが蔓延(はびこ)り、孤児院をはじめとする福祉施設などへの助成金を着服している役人は星の数ほど居る。その所為でこの国の孤児達は毎年冬を越せずに、伝染病や飢餓で死んでゆくのである。 孤児院に居る子供達はまだ運が良い方で、マンホールの下で暖を取り、そこで寝起きをしているストリートチルドレン達の状況はもっと悲惨だ。彼らは時として犯罪組織の手駒となり、同情心を通行人から買う為に手足を切り落とされ、物乞いをさせられるのだ。そんな国の現実を、セーラは見ていないのだ。彼は長年、戦争や飢餓のない安全な国で何不自由なく暮らしていたのだから、無理もない。だがそれが言い訳にしか過ぎないことを、ミカエルは彼に思い知らせてやるつもりだった。「お帰りなさいませ、皇太子様。」「お前、まだ居たのか。」寝室に入るなりディミトリの姿を見たミカエルは、眉間に皺を寄せながら彼を睨みつけると、ソファに腰を下ろした。「セーラのことなら、お前に全て任せる。わたしはやることが山のようにあるのでな。」「解りました。それよりもリヒャルトのことですが・・」「あの峠を越えている間に始末しろと命じた筈だが、何かあったのか?」「いえ・・それが・・」落ち着きなさげに淡褐色の瞳を動かすディミトリの様子を見て、自分に報告できないことが起きたのだと、ミカエルは悟った。「まさか、失敗したのか?」「申し訳・・ございません!」ディミトリはそう言うなり、絨毯に額を擦りつけんばかりにミカエルの前で跪いた。「詳しく話を聞かせろ。誰がどのようにリヒャルトを始末し損ねた?」「はい、それが・・」ミカエルに跪いたまま、ディミトリは部下からのメールに書かれてある内容を話し始めた。 峠を越えようとしたリヒャルトは、突然前方の視界を遮られ、バイクを停めた。そこには、風体の悪い男達が腰に剣を提げ、棍棒を肩に担いでニヤニヤしながらリヒャルトを見ていた。「お前達、何者だ?」「悪いが、貴族の旦那にはここで死んで貰うぜ。あんたを殺せば、たんまりと礼金を弾んでくれるからな!」リーダー格と思しき男がそうリヒャルトに吼えると、彼らは一斉に剣を抜いてリヒャルトに襲い掛かってきた。躊躇いなく、リヒャルトは背負っていた剣を抜き、狭い山道で彼らに応戦した。だが突然激しい雷鳴が轟くとともに雨が降り出し、その後に白い霧が彼らを包んだ。にほんブログ村
2012年09月20日
コメント(0)
全57件 (57件中 1-50件目)