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12時半の今、お昼ご飯に行くべきか、少し空くであろう1時過ぎに行くべきかをさっきから迷っているジョーです。今週末はまた、大阪出張です。今回も実家に宿泊するので、実家の母と姉が嫌な顔をするのが目に浮かびます。でも、オイオイ、その家は俺の持ち物だぜ!それを家賃も支払わずに居座ってるあんたたちは何?と言いたいところを、一生懸命堪えます。ホント、一生懸命・・・昨晩は二週間に一度の定例ミーティングがありましたが、久々に「over midnight」になってしまいました。厳密に言うと1時半まで。それからタクシーに乗って帰宅し、夕食がまだだったので軽く食べてお風呂に入って・・・。結局、就寝は3時過ぎでした。でも、朝7時には自然に目が覚めるってのは、年のせい?それとも・・・朝から重要なミーティングがあり、でも、それはそこそこうまくいったと思います。停滞気味の事態を打破するまでにはならなくとも、プラスの影響は与えてくれるでしょう。今はゆっくり寝たい気分です。少々、お疲れです。でも、今日は夜になんだか誘われる予感。
January 31, 2007
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みなさんの中には、「エンタの神様」という番組を観ている方も結構多いと思います。僕もなんとなく見始めてからかなりな時間が経ってしまいました。僕の場合、DVDに録画してみます。えっ?相当はまってるね!って?いやいや、単に嫌いな芸人の場面をすっとばすためです。僕のお気に入りは「アクセル・ホッパー」と「犬井ヒロシ」で、毎回確実に飛ばすのは「マジャ」ですが、それはさておき・・・。この番組を観ていて、どうにも気になって仕方がない事があります。それは・・・オリラジの「L」の発音。オリラジと言えば「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン」というあれですが、この「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン」の後に、「レッツゴー!」って言うでしょ?これ、英語表記すると「Let's go!」なので、「レ」は「le」なのです。でも、オリラジのちっちゃい彼、あの「あっちゃん」じゃない方、藤森君っていうんでしたっけ?彼は明らかに「RETS GO」と発音しています。テクニカルな説明をすると、「L」の発音は舌を上あごに付けて、「R」の発音は舌を浮かして行います。なので、「R」の場合、なんとなく前に「ウ」が軽く聞こえてしまいます。例えば、右といういう意味の「right」の場合、「ゥライト」と聞こえます。逆に言うと、「R」の発音が苦手な人は「ゥ」を先に言うと、上手く発音出来ます。「read」⇒「ゥリード」「red」⇒「ゥレッド」てなふうにね。で、オリラジの藤森君の発音は、まさにこの「R」の発音なのです。これが気になって仕方ない。と、思ってたら、ここ二週間ほど出演しているDJ風の芸人、名前は忘れましたが、彼はところどころ「Listen」(聞いて)というフレーズを入れます。彼の「Listen」の「L」も、「R」の発音なんだよなぁ・・・。誰か、彼らに教えてあげて!
January 29, 2007
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1月16日の日記でも書いた経理担当の女性は、正社員登用を見送る事と決定し、派遣会社に通知いたしました。派遣会社の担当者には、問題点を細かく説明いたします。この担当者はとても有能な女性で、個人的には相性も良く、それだけに少し申し訳ない気持ちもありましたが、ベンチャー企業であり、パフォーマンスの悪い社員を雇う余裕はまったくないため、止むを得ません。派遣会社には、早速、新たな人材の紹介を依頼しました。さらに、過去、僕が紹介予定派遣から正社員登用した女性二名(一人については残念ながら諸事情で先方が辞退する形となりましたが・・・)の特徴について、事細かにお話しました。そこから、僕が一緒に仕事をしたいのはどんな人材かを、よりわかってもらおうという意図です。さらに、今回の件とは関係なく、他の人材派遣会社とも新たにお付き合いする事といたしました。現在のところ、今回の派遣会社から二名、その派遣会社の関連会社から一名の派遣社員を受け入れています。他の派遣会社とのお付き合いもあるのですが、その会社は担当者は美人なのですが、候補者があまり上がってこない。なので、もう一社くらいとお付き合いしてもよろしいかと思っております。一方、別の部署では、3ヶ月だかの契約で働いてもらっていた男性の契約更新をしない事にしました。この部署は社長の管轄ですが、予想していたパフォーマンスを実現できていないとの事で、当然でしょう。したがって、契約社員と派遣社員とはいえ、二名を切る事に。もちろん補充はしますが・・・社員の回転率ってのは、実は軽視してはいけません。社員回転率の高い会社は、なんらかの問題があると考えていいのです。社員の選考に問題があるのか、社員が入社して以来の受け入れ態勢に問題があるのか・・・。社員の退社には、社員側に問題がある場合と会社側に問題がある場合の両方がありますが、入社から一年以内の退社ってのは、大抵の場合、会社側に問題があります。なので、ころころと社員が辞めて、その補充にエネルギーを使わざるを得ない企業は問題です。今回は、契約社員や紹介派遣社員という、いわばお試し期間付の雇用体系なので、問題がないといえばないのですが、これからはもう少し採用に慎重になるべきかもと思っています。
January 28, 2007
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この日記はとてもとても抽象的です。だから、理解出来ない内容かもしれません。単なるひとりごとと考えてください。正直言って、疲れました。ただ、どうしてこれほどまでに疲れなければならないのか、どうしてここまで苦労しなければならないのかという背景を考えると、一種の憤りを感じます。そもそも、甘い甘い見通しを作成して、色々なところから資本的資源や人的資源を集め、でも、その甘い甘い見通しを修正した事に対して、どうして批判されなければならないのか?批判されるべきは甘い甘い見通しを作成した人物であり、その見通しの達成に向けての努力を怠った人物なのである。また、中途半端に支援して、後は野となれ山となれという姿勢を採るなら、他人を巻き込むな。明らかなる時間の無駄遣いになる訳である。正直、今、この日記を書きながら、とてつもない憤りを感じている。
January 26, 2007
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木曜日から金曜日にかけて、大阪出張に行っておりました。元々、ある関西地場で、でも事業を全国展開している大きなお客さん向けにプレゼンをする予定が出来、せっかくだからといくつかのミーティングを入れました。さらに、親友の監査法人とコンサル契約をしているのですが、その親友とうちの社長の顔合わせもまだしていないので、それをする事も重要なミッションでした。ところが・・・大きなお客さんのミーティングは直前にリスケジュール。親友と社長のミーティングは、親友の仕事が爆発的に忙しくなり、これもリスケ。で、ある営業マンが元から説明を続けている見込み客二社ほどのミーティング、さらには、普段はあ互いに忙しく、なかなか実現できない、社長との腰をすえてのミーティングを何度かしました。見込み客二社については、感触は上々でした。一社については女性二人が相手だったのですが、一人の方は方は感じの良い雰囲気だったのですが、もう一人の方は最初は「何、この人達?」的なオーラがありありとして、さらに、「早めに説明して!」と急かされる局面もあったのですが、だんだん興味を持ち始め、最後の方は、僕が少し詳し目の説明しようと「少々長くなって恐縮ですが・・・」と前置きして説明すると、「どうぞ、どうぞ」と、様変わりでした。全体的に好感触で終了しましたが、やはり同業他社が気になるようで、「同業他社のサービス採用後の実績についての資料があれば稟議が通しやすいんですけど・・・」と、どうやったら採用できるかについての部分に踏み込んだ話となりました。この「同業他社のサービス採用後の実績」について、さらに、契約内容が二種類あるため、どの局面でどちらが得か、どちらが損かというシミュレーションの二点は、宿題となりました。もう一社については、営業マンがかなり充分な説明をしていて、サービス内容も知っているので、質疑応答中心となりました。かなり細かい部分まで質問が及びましたが、そこらへんは我々も充分な準備をしているので、問題なし、相手は30代か40代と思しき課長が、20代の主任に安心して任せている雰囲気で、質問等も20代の主任が中心でした。最終的に「じゃあ、やりましょう」という話もありましたし、契約内容の詰めが終わればサービスインする見込みです。顧客訪問も順調でしたが、社長とのミーティングも、なかなか有意義でした。ここで、当社の経営戦略に関する一つの大きな意思決定をしました。それは、現状のビジネスに加え、現有人員で、つまりリソースの追加なしで新たな事業を行う事を決めた事です。新たな事業と言っても、元々はやっていた実績もありますが、現在の本業に集中するために休止していたものです。はっきり言って、これを止めておく必要性はまったくなく、会社の収益面でも、社員へのモティベーション面でもやるべきだと言う結論に達しました。僕は今回のこの意思決定、後からこの会社を振り返った時、とてつもなく大きな意思決定だったねという事になる気がします。だから、とてもワクワクしています。という訳で、なかなか収穫の多い出張でした。
January 22, 2007
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今日も朝から投資家相手にプレゼンをしました。昨年末以来、かれこれ32社の投資家にプレゼンをしました。うち、半数は社長と二人で、半数は僕が一人でプレゼン。一人でのプレゼンは、質疑応答以外は僕がしゃべりっぱなし。だから疲れる。今日も、昨晩は2時半前遊び3時過ぎに帰宅し、今朝は6時半に起床して一風呂浴びていざ出陣だった訳であります。今日の9時にプレゼンがあるのは分かっていたのだから、夜遊びするなよって感じですが、それはまぁ誘われたんだから仕方ない。一緒に某企業の再生を手掛けている人からのお誘いでした。彼は、再生対象企業の社長に、僕は監査役として、なんとか早く利益が出る体制にしたい。で、3時間そこそこの睡眠の後、今の会社ではあまり経験する事のなくなったラッシュの通勤電車に揺られ、9時半のアポの10分前に到着。ここからほぼノンストップ2時間、しゃべり通しだった。それにしても32社もプレゼンして、うち10社くらいは真剣に投資を検討してくれているけど、早く投資の意思決定をしておくれよぉ!と、思う今日この頃です。どこかが決まると、パタパタと進展する気がしますが、最初の一社は生みの苦しみですねぇ。
January 17, 2007
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久々に、ベンチャー企業経営がらみのネタです。昨年の9月に入社した会社は、現在、従業員が約15名います。しかし、正社員は9名で、残りは契約社員や派遣社員や紹介予定派遣社員やアルバイトだったりします。元々はシステム開発会社であり、現在の主たる事業もシステムを内製化しているのが強みでもあるので、どうしてもシステムがらみの人材が多くなります。ところが、事業戦略上、営業人員の拡充は不可欠だし、将来的にIPOを目指すからには管理部門の人員拡張も不可欠なのです。そもそも、管理部門の責任者として、僕は入社しましたし、その他に経理のプロフェッショナルや総務のプロフェッショナルも採用し、最終的には内部監査専門の人間すら入れなければなりません。現在、僕の下には、経理・総務担当の紹介予定派遣の人材がいます。紹介予定派遣とは、3~6ヶ月の派遣期間を経て、お互いに合意に達すれば、派遣社員から正社員として登用するというシステムです。したがって、雇用者側とすれば、3~6ヶ月の間に正社員登用の是非を決定しなければなりません。ここに、悩ましい問題が発生しています。この人材、経理についてはそこそこの経験と知識を持っています。ただ、総務に関してはほぼ素人です。それは織り込み済みでしたが、問題はその仕事ぶりです。確かに、経理業務に関しては、そこそこの仕事ぶりです。ただ、それはルーティーン的な作業に限定しての事であり、特殊な指令を出すと、パフォーマンスが急激に低下します。基本的には、仕事が雑となり、アウトプットが不親切です。これくらいは相手も知ってて当たり前でしょ?的なスタンスで仕事をされても受け手は困ってしまう。一方、総務業務については、基本的に初めてやる仕事ばかりで慣れないのは理解して、その面では大目に見ていましたが、それにしても理解力が低すぎる。だから、一々教えなければならず、効率も悪ければ、こっちの効率も悪くする。これなら、人を採用する意味はあるの?と思ってしまいます。また、決断力がなく、そんな事質問してくるなよ!って部分もしつこく質問して確認します。ウンザリしてしまいます。また、間違った事をやっている時、こちらが何か指摘すると、その反応が誠に悪い。成長しようという意欲が薄く感じられます。いや、これは単にそう見えるだけで、本当はそうではないかもしれないのですが、指摘するこちら側は、相手のためを思って指摘しているのに、気のない返事をされると、正直、疲れます。また、僕はタバコは吸いませんし、タバコの煙も嫌いだし、タバコを吸った後のヤニ臭い口臭も我慢できません。この人材は、実はセブンスターを吸っていて、この銘柄は非常に強い。最近、彼女は頻繁に「タバコ休憩」をしますが、その度に、彼女が休憩から帰ってきた後の数分は、僕は我慢のならない時間を過ごさねばなりません。これは困る。しかも、彼女のタバコ休憩、最近、かなり増加傾向にあります。これはますます困る。そんなこんなで、正社員登用は見送る予定です。これは社長と話をし、社長もまったく同じ考えを持っていた様でした。ただ、あくまでも直属の上司は私なので、私が良ければ正社員登用に反対するつもりはなかったようですが、私が見送りの意見であれば、それには賛成だそうです。こうなると、どうやって業務体制の移行を行うかが重要となります。まずは採用を行わなければなりませんし、今、派遣されている人も次の職を探す時間も与えなければならない。まあ、ああだこうだと自分で考えても仕方がないので、とりあえずは派遣会社の担当者と相談する事とします。次は紹介予定派遣ではなく、いきなり正社員として採用する方針にした方が良いかも知れません。
January 16, 2007
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十数年前、アメリカに留学したとき、勉強そっちのけで熱中したのが、MLB、NFL、NBA、NHLというプロ・スポーツの観戦。MLBとは野球、NFLはフットボール(いわゆるアメリカン・フットボール)、NBAはバスケットボール、NHLはホッケー(いわゆるアイスホッケー)の北米リーグの事です。僕が住んだフィラデルフィアは、これらすべての競技でチームを有する都市。アメリカのプロ・スポーツの場合、フランチャイズが変わる事も多い。そもそも、チームの所有者(オーナー)が変更となる事はかなり頻繁にあり、オーナーが変わると、結構な確率でフランチャイズの変更も検討される。フィラデルフィアにもかつて、アスレティクスという名門野球チーム(確か、今いるフィリーズより歴史は古かった筈)があったが、今はオークランドにある。いわゆるオークランド・エイズ(「A's」アスレティクスと呼ばれるより、A'sと呼ばれる方が多い)である。野球のフランチャイズ変更で有名なのは、ドジャースとジャイアンツ。両チームは、今ではロサンジェルス・ドジャース、サンフランシスコ・ジャイアンツとなり、ロス対サンフランというカリフォルニア州内のライバル・チームとなっているが、その昔は、ブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツという、ニューヨーク市のライバル・チームだった。その頃から現在に至るまで、両チームのライバル意識は強く、お互いに嫌い合っていると言われている。最近では日本でも、ボストン・レッドソックスとニューヨーク・ヤンキースのライバルが話題に上るが、ドジャースとジャイアンツのライバルの歴史の方が古かった筈。それにしても、同時期にニューヨーク市から新興のカリフォルニア州にメジャー・リーグの2チームが移転したというのも、地理的な栄枯盛衰を物語っていて面白い。そう言えば、僕がアメリカにいた頃、ジャイアンツの移転問題が持ち上がった。確か、オーナーが変わり、フランチャイズの変更が検討されたという形だったと思う。結局は地元ファンの反対で移転は見送りとなったが、移転先として有力な候補だったのがセント・ピータースバーグ。フロリダ州の都市である。当時、この都市は球団誘致に積極的で、かなりいい線にいった筈。親友のサンフラン出身のエリックは、帽子のマークがSFからSPになるけど、SFジャイアンツのファンをそのままファンにしておくために、SPのPをFと見間違うロゴにする筈と断言していた。その後、このセント・ピータースバーグは、既存チームの買収ではなく、「タンパベイ・デビルレイズ」を設立する形でMLBチームを持つ事となる。日本からも元西武の森(プレーする前に故障しましたが)や、今年からは元ヤクルトの岩村も行き、日本人にとって身近なチームとなると思われます。で、随分脱線しましたが、本題。僕が言いたいのは、フランチャイズの変更が頻繁に起こり得るアメリカのプロ・スポーツの世界で、十数年、同じ4チームを応援できた事はある意味、ラッキーだったと思う。しかも、この4チームはそこそこ強い。ただ、残念な事に、この数十年間、一度も「チャンピオン」になった事がない。MLBのフィリーズは、僕が帰国した年、ワールド・シリーズに進出したが、4連敗。以降、ワールド・シリーズ進出はなく、また、ポスト・シーズンすらほとんど(もしくは一回も)進出していない。MLBのセブンティシクサーズ(76er's)は、ブラウンコーチの下、さらにはアレン・アイバーソンの活躍で、NBAファイナルに一度進出したが、敗れた。NHLのフライヤーズは、MLBのワールド・シリーズに該当するスタンレー・カップ・ファイナルに二度進出した筈だが、いずれも敗退。そして、NFLのイーグルスは、スーパー・ボウルには一度、直前のNFCチャンピオンシップ・ゲームには三度だか進出しているが、チャンピオンはなし。今シーズンに関しては、野球は最後の最後にポストシーズンを逃した。NBAとNHLは最初から弱く、両チームとも最下位を爆走中。したがって、期待はNFLのイーグルスに集中した。シーズン途中のエース・クオーターバック、ドノバン・マクナブの負傷で期待薄と思われたが、控えのクオーターバック、ジェフ・ガルシアが活躍し、地区優勝を決め、プレーオフに進出。さらに、プレーオフの第一戦であるジャイアンツ戦にも勝利し、終盤を六連勝で締めくくり、勢いから言えばもしや?と思わせた。でも、負けた。ニューオーリンズ・セインツに負けた。勝てる試合だったのになぁ・・・。今年も、これら4チームのチャンピオンという夢は実現できなかった。考えてみれば、ボストンの某大学に言ってれば、この点ではきっと幸せだったろうなぁと思う。また、来年に期待しよう。
January 15, 2007
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冷たい目だった。たとえ大笑いしても、楽しそうに笑っても、瞳は決して笑わない。彼の瞳が語りかけた。「お前らに付き合って笑っているだけだよ」こう語りかける事もあった。「お前らなんか、信用できるか」一般的な彼の評価は「いい人」であった。人当たりは良く、感情的に怒る事もない。声を荒げる事もない。たとえ、上司が理不尽な事を言っても、笑いながら上司の命令に従った。たとえ、後輩が、自分が教えたとおりに仕事が出来なくても、自分のやり方に疑問を呈するような発言をしても、笑いながら後輩の意見を聞いた。でも、笑っていても決して瞳は笑わない。彼の笑顔は、「敵」をなくし、どちらかと言えば自分から積極的に敵を作ってしまいがちな僕とは正反対な人物だった。どんなに辛い時でも、どんなにストレスが多い時でも笑顔を見せる事は、彼にとっての処世術であった。その年、入社6年目となった彼は、社内で昇格した。近くにいた7年目になる彼にとっての1年先輩は昇格出来なかった。彼の処世術は、彼に「出世」をもたらした。でも、1年間の付き合いの中で、僕は彼を好きと思った瞬間はなかった。それは、彼が最初に見せた笑顔に「冷たい視線」を感じた事や、僕がそれを感じた事を、彼自身が気付いた事にも起因するように思う。おとといの晩からワイドショーを賑わしている渋谷区富ヶ谷の事件。昨日、今日と被害者の顔写真を何十回見た事であろう。一見して長身痩躯と分かる写真。そこそこお洒落でもあったそうだから、女性にもそこそこもてたであろう事は想像に難くない。でも、優しさや格好良さがあったとしても、それは上辺だけである事は、彼の瞳が語っている気がする。この男たち、同じ瞳をしている。
January 12, 2007
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1月8日という日は、平成最初の日である。18年前の昭和64年1月7日、昭和天皇が崩御し、翌日の1月8日が平成元年の最初の日となった。この、平成最初の日である平成元年1月8日のちょうど10年前、僕の父は亡くなった。父の死に関しては1年前の日記にも書きました。考えてみると、父が亡くなって28年。父の記憶もかなり薄くなりつつある。実家に帰れば、古いアルバムの中に父の写真を見る事もあるが、最近は実家に帰っても、古いアルバムを引っ張り出す機会も少ない。実家に帰る機会も少ない。だから、父の容姿に関する記憶は、仏壇の上に長く飾られていた仏壇用の写真の父が大部分となっている。その仏壇用の写真も、阪神大震災で落下して額が壊れ、以来、所定の位置に飾られていない。不思議なもので、父の声は長らく記憶していたが、今はすっかり忘れてしまった。父という人物は秘密の多い人であった。父は、結婚した姉を頼り、高校・大学時代、および、その後仕事に就いて数年間、東京にいたと聞いている。この頃の彼には誠に秘密が多い。僕の家族は父・母・姉と僕の四人家族で、つまり男は父と僕だけだったので、父とふたりきりになると、彼は断片的に東京時代の話をしてくれた。大阪に住んでいた我々が東京旅行した際、父のかつての下宿先だかに連れて行ってくれたこともある。恐らく、僕が大人になった時、男同士でしか分かり合えないような「父の過去」について、父が僕に話してくれたと思う。今となってはそれが出来ないのは少し残念。そもそも、父が子供の頃の僕にしてくれた、当たり障りの無い東京時代の話ですら、僕の記憶からかなり消去されいている。かろうじて覚えているのはこんな事。かつて父は、自動車のクーラーを売るセールスマンだった事があるそうだ。その頃の自動車用のクーラーってのは高級品で、そもそも、普通に自動車を買うと、クーラーはなかったそうな。そんな頃、外車を乗っている人に、クーラーを売りまくったらしい。そう言えば、僕が子供の頃の車のクーラーは、助手席の部分に設置されていて、だから、助手席は冷蔵庫のように寒かったっけ。その自動車用クーラーの会社は、一時期は羽振りが良かったそうだが、その後、倒産したそうだ。その後、知人の某企業社長の目に留まり、某メーカーに勤務した。しかし、可愛がってくれた社長は工場での事故で死亡し、社長を失った企業もあえなく倒産したそうだ。僕が記憶している彼は、既に建築家で、曲がりなりにも自分の会社を持ち、ただ、土曜も日曜もなく働いていた割には、生活が楽だった記憶は無い。母が家計を助けるために公文式算数教室の先生を始め、教室をいくつか経営し、ようやく家計は安定した記憶がある。ある時は、胡散臭いオッサンが玄関で父と問答をしていたと思ったら、つかつかと家に入り、シールをぺたぺたと貼っていった。差し押さえである。ただ、父の名誉のために説明すると、この時の差し押さえは間違いであり、その後、父は貼られたシールを怒りながら剥がしていた。差し押さえのシールには「このシールを剥がすと罰せられます」という内容の事が書いてあったので、子供心に「大丈夫かなぁ?」と心配したもの。でも、差し押さえに関しては間違いであったとしても、冷静に見て、あまり甲斐性のある父ではなかったな。ただ、これは仕方が無い。と、思う。父の家庭は貧乏で、しかも、祖父は病弱でろくろく働きも出来なかった。父は高校に行くのも大学に行くのも自分で働いて行った。でも、高校は卒業したが、大学はほとんどいけなかったみたいである。だから、大学は中退である。まあ、その頃は大学を中退する人も多く、特に、その頃は「卒業するより中退する方がエライ」と言われていた大学なので、学歴としてはまあまあだけど、でもやっぱり色々と苦労はあったと思う。ただ、努力家であったのは間違いない。大学にもろくろく行っていないのに、一級建築士の資格をどうやって取ったのだろう?と思う。独学以外に考えられない。頭は悪くは無かったが、かなりの努力をしたと思う。経済力はさほどなかった父だが、しっかりとした教育を与えてくれた(実際に経済的な面で教育を与えてくれたと言えるのは母方の祖父であるが・・・)事に関しては、感謝してもし切れない。父の教育方針があったからこそ、あの中高一貫教育の学校に行く事が出来、大学もそこそこのとこに行き、その先を目指そうという気持ちにもなれた。とりとめも無く書きましたが、毎年、父の命日には、少しでも彼の事を思い出すようにしています。
January 8, 2007
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年明け早々、なんとも後味の悪い事件である。歯科医を目指して浪人中の兄が、一歳年下で短大生兼タレント(の端くれ)の妹を殺した上にバラバラにするという事件。事件が明るみに出たきっかけは、母親が次男の部屋から異臭がするのに気付き、部屋に入ったら、ポリ袋が何個かあり、それを空けてみて娘のバラバラ遺体である事を発見したというものらしい。そして、そのバラバラ遺体を父親も確認し、彼が警察に「どうやら娘と思しきバラバラ遺体が自宅にある」というような趣旨の電話を警察にしたそうである。自宅にバラバラ死体が放置されているという段階で、「身内による犯行」がプンプンしていたが、その予感どおり、犯人は被害者の兄であった。その容疑者は事件が明るみに出た頃、予備校が主催する年越し合宿だかなんだかに参加しており、両親には「友達に借りたサメが死んだから死体が匂うかもしれないけど、放って置いて」と伝言して合宿に出掛けたという。娘のバラバラ遺体を発見した際、次男の容疑者のこの発言と相俟って、両親は次男の犯行を確信したに違いない。さて、どうでもいい事件と言えばどうでもいいのであるが、僕がよくわからないのは、この犯行が計画的だったのか衝動的だったのかという事。今までの供述によれば、「ゆう君は夢がないね」と妹になじられ、カッとなって殺した事になっている。ただ、両親や兄が先に帰省し、後から父と妹も帰省し、自分は予備校の合宿に出掛けるという予定の中、父が外出し、妹と自分の二人きりになるほんの短い時間を狙って犯行に及んだという考え方も出来、その点では極めて計画的だと思われる。また、帰省から戻った両親は、猟奇的犯行が行われていた形跡をまったく見つけることが出来なかったほど、殺人及び遺体損壊の形跡はものの見事に消し去られていたそうであり、しかも、この作業は、彼自身が予備校の合宿に行くまでの限られた時間に行われており、この点でも計画性がうかがえる。普通、衝動的に殺人を犯してしまった場合、通常の心理状態であれば茫然自失とするものであり、証拠隠滅を考えるまでに相当な時間を要する気がする。と言う事は、普段から自分をなじったり馬鹿にしたりしていた妹を、「いつか機会があれば殺してやる!」と決意し、ようやくめぐってきた機会に犯行を実行したという事か・・・。ただ、一点気にかかるのは、年末のごみの回収も終わったあのタイミングに殺人をしている事。完全犯罪を目論むなら、バラバラ遺体の処理についても考えてしかるべきだったように思える。遺体の匂いというものを過小評価していたのか、それとも彼が供述したとおりに衝動的に殺人を犯したのか・・・。でも、もし、両親が異臭に気付かずに、合宿から帰宅した次男が首尾よくバラバラ遺体を廃棄したとすれば、この事件、被害者である女性の失踪事件になっていたかもしれませんねぇ。そんな事を考えると恐ろしい。次男はというと、何度目かの挑戦で歯学部に合格し、その後は順調に歯医者への道を進む。両親および息子二人が歯医者の一見「理想的な家庭」における末っ子で将来は女優になりたいという夢も持っていた女性の失踪事件。ワイドショーが飛びつくようなネタになり、両親や長男、さらには犯人の次男までが「帰っておいで!」とテレビ画面で叫んだかもしれませんねぇ。そんなこんなを考えると恐ろしい事件です。それにしても、妹を殺害してバラバラにして遺棄するという計画の立案能力を、どうしてもう少し建設的な事に活用できなかったものでしょうか?まあ、どうでもいいって言えばどうでもいいのですが・・・。
January 5, 2007
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うちの会社は、12月29日から1月4日までの丸一週間を年末年始休暇としたため、今日が休暇最終日となりました。最終日に何をしたかと言うと・・・。まあ、大したことはせんかったなぁ・・・。銀行の引き落としの関係から、銀行に行ったり、郵便局に行ったりし、それ以外にはDVD-Rのディスクを買ってきて、HDDに記録されている映像のDVD-Rへのダビングをやったりしました。明日からまた仕事です。年明けの初日ってのは、昼頃に仕事を切り上げて、飲んだくれるのが世の常でありますが、今年に関してはそれどころではありません。午後に重要な来客が二件もあり、あとは深夜の経営会議もあります。帰宅は午前になるでしょう。1月の第一金曜日ってのは、終電近くの電車には、飲んだくれているサラリーマンが多く、その中でストレスたっぷりの会議を終え、素面で帰宅するのは、とても辛いものがあります。でもまあ、自分が好きで選んでやってる仕事ですから、文句は言いません。こんばんは「がばいばあちゃん」を観て、ちょっぴり涙して、明日の朝また元気に起きて、仕事に行きます。
January 4, 2007
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一日、というか、二日近く遅れてしまいましたが・・・。ごくごく日常的なお正月を過ごしております。紅白を見終えて、とりあえずカウントダウンをテレビで見て、就寝。朝は比較的早めに起床し、散歩。と思ったけど、寒いから諦め・・・。なんだかんだと元日を過ごして、午後に近くの神社に初詣。この地域に住み始めて13年半。今の家に住み始めて8年半。その間、この神社に初詣に行ったのは10回位になるでしょうか・・・結局、元日は初詣と、夕食のすき焼きだけの日でした。2日は銀座に出ました。某ブランドからセールのお知らせをいただいていたので、行きました。銀座ではブランドの旗艦店をいくつか回り、その後、渋谷に移動して買い物をいくつかし、帰宅いたしました。明日も早起きするぞぉ。
January 2, 2007
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