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2006年戌 U・x・U ワン♪明けましておめでとうございます。年越し蕎麦食って、年越ししました。今年もよろしくお願いいたします。
2005年12月31日
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今年は、鱈が高いので、アラ汁です。
2005年12月31日
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昨日、午後、実家のあるむつ市に帰ってきました。むつ市も結構、雪があるんだよね。実は年賀状、まだ作っていなくて、昨日からやっている最中です。宛名書きは、ハガキ作成ソフトを使ったから、そんなに時間がかからなかったけど、裏面の本文は、写真が入っているので、高画質印刷をかけると、物凄い時間がかかっており、まだ、5分の1くらいしか、印刷していません。今日中に全ての印刷できるべか・・・今日は、今年11月に死んだおばあちゃんのところと1月に死んだ同級生のお母さんの家に線香あげて、4時頃から、年取りをはじめます。いま青森の正月にはかかせない、タラ汁(潮汁)を煮ています。 今日珍しく、青空が出ています。 写真は、オラの実家です。
2005年12月31日
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青森ケーブルテレビ(すいません、青森市しか入りません)で入ります。1月1日 午後1時から5時まで4時間ですその他通しでの放送は 8日午後5時 15日午後5時です。前半アトラクション終了までの第一部は3日午後6時、7日、15日、11日18日、22日午前10時28日午後8時玉松太鼓からの第二部は3日午後9時、12日、19日、午前10時22日、29日午後6時と、なっております。ケーブル側の都合で変更があった場合はご了承ください。オラはケーブルテレビ持っていませんので、持っている方に録画してもらおうと思っています。
2005年12月29日
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ゴメリ州立子ども病院を出た後、ゴメリ州立病院・産科へ行く。また迷う。事務局長のIさんは、「ここの病院は前に来たところとチョット違う」という。しばらく外に立って待つ。樹に緑の実がなっている。イボのついたクルミみたいだが、果たしてなんだかわからない。足で中を取り出そうとするが取れない。それを見ていた病院側の人たちが笑う(実は、本当は栗の樹だった)。そうしている間にも女性が救急車に乗って出て行った。やはり産科なのがわかる。お腹の大きい女性であった。しばらくして副院長さんのところに行く。マルツェワ・スベトラナさんという女性の副院長さんがお出迎え、前回、訪問したとき会ったアナコリワ副院長は遅れてきたが、団長と事務局長と握手して再開を喜ぶ。 現在。前回来た病院は改築中、隣の病棟を使っていて3分の1の広さで、かなり狭いそうである。副院長の説明では「ここの患者はチェルノブイリ原発事故の汚染地域の女性がほとんどである。地方の産婦人科もあるが、重症の患者はここに来る。予算が少ないなかで、色んな国の人の援助でこの病院が維持できている」そうである。 その後、白衣に着替えて病院を見て回る。新生児室・分娩室もある。最後に見た部屋は使われなくなった医療機械があり、財政的には大変な現状を示していた。 その後、支援金を渡すが、子ども病院と違って「正規の手続きをした」という病院側の要望で受取書を作るという。やはりこういう国では「賄賂」があるのであろう。団長が、日付と名前を英語と日本語でサインする。
2005年12月29日
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実際は、終わらずに、今日も午前中くらいまで仕事でしょう。あと、まだ年賀状も書いていないしね。午後には帰りたいな実家に・・・。ところでも昨日は仕事納め。午後1時から、寿司とす豚汁とか、色々食べながら、飲みながら、参加者で今年を回想。オラはまた午後2時半頃から仕事に復帰。今日はずっと仕事やろうかなと思ったら・・・。夜6時半頃、仕事納めの参加者から、岳樺へ誘惑のお誘い。 ということで、また行きました岳樺! 昨日は豪華でしたよ。 まずマグロ、イカ、タコの3点セット。次は、岳樺お勧めの、豚カラ鍋(豚の辛い鍋)。
2005年12月28日
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昨日深夜から今日早朝(12月27日~28日)にかけて、今年初の排雪が行なわれました。例年ですと1月に入ってから行なわれるのですが、今年は例年にない早い降雪のために、第1回の排雪となりました。1回の排雪に数億かかり、除排雪予算が何十億となる青森市。降雪量によって、かかる予算が違ってくるのである。 排雪はまず、ブルドーザーが雪を押し寄せて、ロータリー車がそれを、トラックに入れていくという方式で行なわれる。そして雪を積んだダンプカーは青森港に向かい、雪を投げるのである。 いずれにしても財政的にもそしてオラたちの生活的にもこれ以上、降らないでほしいな・・・。
2005年12月28日
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今月に入って、珍しく飲み会がない日。この日は、色々な仕事をやったり、資料整理や年末の職場の大掃除に向けて、居残り仕事をするために、酒を飲まないで、岳樺で夕食。 今日のメニューは、ホッケ(巨大である)と、玉子焼きとトン汁と、ほうれん草のおひたしと、長いもの短冊切り、そして納豆とおしんこ(にしん漬け)でした。 あまりにも、ホッケが巨大だったので、半身しか食べられず、半身はお土産で持ち帰ってきました。 いずれにしても、いつ食べてもヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ 。
2005年12月27日
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ねえ、ねえ、みんな聞いてよ。 今日はお昼は居酒屋ぽーに行き、ランチを食べました。 そのとき、ママんさから、電話で「ブログ見て、安くて美味いって書いてあったから、予約します」って電話来たよ。って言われました。ソレッテオラのブログです。w( ▼o▼ )w オオォォ!!オラのブログ見て、来てくれる人があるなんて、感激です。(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!ということで、今日は、お昼の「カレイ煮付け定食」のご案内です。(写真がそうです)。値段は600円です。 とってもカレイも味がしみこんでいて、美味しかったです。あんまりおいしかったので、ご飯おかわりしちゃいました。(ここは、ご飯、味噌汁、おかわり自由です)。みなさんも居酒屋ぽーよろしくね。〒030-0861 青森市長島1-3-15 電話017-723-4563柳町通りの「柿崎蕎麦屋」さんの真裏になります。※残念ながら、駐車場はありません。近くの柳町地下駐車場どをご利用ください。
2005年12月27日
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昨日のことです。職場について、靴を脱いだら、靴下が濡れています。アレッ・・・今日は雪かきもしていないし、雪も漕いでいないし・・・・「まさか靴に穴が開いているのでは」、と思って靴を見ると・・・(/||| ̄▽)/ゲッ!!!・・・穴なんてもんじゃない・・・靴が破けて、中の生地が見えているではないか、この靴で外を歩けば、当然、雪がしみてきて、靴下は濡れるはずです。(=;ェ;=) シクシク・・・。その日は職場においている雪かき用の長靴で帰りました。今日は違う冬靴を履いてきたら、しばらくぶりに履くのでクツズレが・・・今日は、足をあげて、温泉に入りました。だってしみるんだもん・・・。靴はゴミ箱行きになりました・・・。
2005年12月27日
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和海(わーかー)太鼓組と青森太鼓組の「平和の響き」の合同演奏です。「平和の響き」演奏中、真ん中の一番奥のハゲがオラです。
2005年12月27日
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オラも出演した「第3回北の太鼓衆」が25日午後1時から、ぱ・る・るプラザ青森で行なわれ、成功しました。 オラの所属する和海(わーかー)太鼓組は3番目でしたが、オラは初めて練習したのが11月29日と遅かったために、2曲は覚えることができず、4番目の青森太鼓組の合同演奏の「平和の響き」に出ました。 2回かくらいミスちゃったかな?次の出だしが出てこず、前の人のうごきを見て、次から入ったのがありました。みなさんから見てオラどうでした?見ての感想をいただければ幸いですね。 そうそう、この模様が青森ケーブルテレビで放送されるそうです。日時等がわかりましたらお知らせします。 また、打ち上げも盛り上がりました。でっオラも宣伝してしまいました。オラの出演する映画「青いうた」の宣伝を。あと司会の野津さんに、チャチャ入れて「さしねえ」って何回も入れたりしてね。(´~`ヾ) ポリポリ・・・。ということで、来年も出たい(出していただければの話ですが)と思っています。 写真は、和海太鼓組の記念撮影です。
2005年12月27日
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私の友人の八戸市在住の山内さんからのメールで、来年1月から、2月にかけて、森住卓さんの写真展を行ないますとのメールが来ましたので、転載します。私も青森の写真展のお手伝いをさせていただきます。みなさんも観に来てください。こんにちは、青森県八戸市の山内です。ちょっとお知らせをさせて下さい。来年1月から2月頭にかけて青森、八戸、弘前で「森住卓 写真展 Nuclear Blue / 核に蝕まれる地球 + イラクの子ど もたちの絵画展」を開催します。このMLで青森在住の方がいたら手伝いをお願いしたいので、ご連 絡下さい。ポスター、ポストカード形式の案内状も用意しました。(と いってもあと10日くらいかかりますが・・)これらを張ったり置かせ てもらえるところも探しています。青森県下北半島には、再処理工場をはじめとする核施設が立ち並んでい ます。その再処理工場で来年、本格操業と変わりなく放射性物質を空や 海に垂れ流す「アクティブ試験」が始まろうとしています。県内では原 子力施設の安全性に不安を持っている県民が80%以上もいるというア ンケート結果も出ていますが、仕事上のしがらみやあきらめなどでなか なか大きな動きにつながりません。ここに来てほんとうにぎりぎりなの ですが、少しでも核の恐ろしさを知り、僕らにとって身近な話なんだと いうことを知ってもらいたくこの写真展そして絵画展を開催します。ど うぞお近くにお住まいの方はご協力をお願いします。写真展の詳細は以下の通りです。◆「森住卓 写真展 NUCLEAR BLUE / 核に蝕まれる地球 + イラクの子どもたちの絵画展」青森:青森市民美術展示館 2006/01/19(木)~22(日)八戸:NHK ハナミズキホール 2006/01/27(金)~30(月)弘前:百石町展示館 2006/02/02(木)~05(日)-展示内容-◆「NUCLEAR BLUE / 核に蝕まれる地球」 50点◆「イラクの子どもたちの絵」JIM-netより 25点◆ 核の問題と六ヶ所再処理工場を関連づけるパネル◆ 入場料:(テキスト代):\500(いろいろとお金が かかるので有料とさせていただきました) ◆ 協 賛:グリーンピース・ジャパン詳しいお知らせは早急にチラシなどでご案内します。チラシやポスター などを貼っていただけるところがあればお送りしますのでご連絡下さい。この県内巡回展を開くにあたりカンパも募っていますどうぞよろしくお願いします。PEACE LAND / 山内雅一〒031-0044 八戸市廿六日町 41 2階Tel & Fax:0178-22-3269e-mail:yam@hi-net.ne.jphttp://www.hi-net.ne.jp/~yam/
2005年12月26日
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○日時 2005年12月25日(日)13時~(会場は12時20分)○ところ 青森市・ぱ・る・るプラザ(青森駅前)○入場料 無料です。○オラの出演する組 和海(ワーカー)太鼓組 (オラが出るのは青森太鼓組とのコラボです。)○オラの出る時間帯 13時30分頃です。開演して3組目です。ぜひ観に来てくださいねー。
2005年12月24日
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2004年9月15日(水)3日目の朝をゴメリのツーリストホテルで迎える。朝5時15分起床。ユーロニュースを見ながら、昨日の日記を執筆。欧州チャンピオンズカップが入っている。またバクダッドで戦闘あった模様。パウエル国務長官が出る。何回も同じニュースが入るのでミュージックテケレビを見る。日の出は6時25分頃。デジカメの電池を充電する。7時25分入浴。今日はミンスクの最高気温は23度だそうだ。しかしシャワーはほとんどお湯が出ない。水に近い。スリッパがビショ濡れになったので出窓のところに乾かしてきておいたらそのまま忘れてしまった。 8時、朝食。牛乳と黒パン、ロールパン、ジャムパン、ウィンナー3本、サラダ、紅茶、ホットケーキ。 8時40分。ツーリストホテル出発。ゴメリ州立子ども病院に向かう。いつものことながら道に迷う。9時病院到着。 院長のブャチェフラクさんの部屋に行き説明を受ける。 ビデオを回している間にバッテリーがなくなり、慌てて車にバッテリーを取りに行く。これから予備のバッテリーはいつも携帯しなければならないと思う。 団長が院長に「遙かなるチェルノブイリ」を見せて、前回の訪問を説明する。院長は私たちに次のような話をした。 「この地域はチェルノブイリ原発事故で最も被害を受けた地域で、昨年は15万人を治療した。産まれた子どもの8割はなんらかの障害を持って生まれてきおり、事故の影響の可能性が高い。病院の運営は週予算だが80%くらいしかまかなえず、ヨーロッパや日本の援助でまかなわれている。 そういう子ども病院の予算が不足しているなかで、みなさんの援助は本当にありがたい。ここの子ども病院ではベッドは360床、入院している子どもは363人、付き添いのお母さんは120人いる。3歳までの子どもを持っているお母さんには食事が出る。重症の子ども達は4歳から6歳まで付き添うことができるが、食事は出ない。働いているスタッフは総勢560人のうち医者は63人、看護師は252人で、他は事務、給食、清掃などの職員である。 入院している子どものなかで、中枢神経を侵されている子が多い。3分の1の子ども達は重症の子である。病院の予算が十分ではないなかで、医師や゜看護師のボランティアでまかなわれている。医師の配置基準は重症の子どもは3人に1人、軽症は10人に1人、聴覚障害が20人に1人である。」 院長説明のあと、病棟を見て回る。こんなかわいい子ども達を病気に追い込んだチェルノブイリ原発事故に対して改めて怒りを感じる。一人の女の子が私の後をついてくる。かわいい子だ。その後、病棟を3つ回る。小さな子から結構大きな子までいる。2歳の子の脳が異常に膨れ上がっている。意識はあってこちらを見ている。医師が手をとって手を振らせる。 支援金は病院で口座に振り込んで、後日コピーをファクスするとのこと。子どもへのお土産は病院で責任を持って子ども達に渡すとのこと。子ども達とのふれあいがないのがちょっと残念。
2005年12月24日
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今日12月24日、ようやく自宅(借家)の雪囲いをしました。青森はものすいごい豪雪地帯ですので、屋根雪が落ちて、その雪が、窓ガラスにあたり、窓を壊します。そこで、窓全体を板で覆って、雪からガラスを守ります。すごく室内が暗くなるのですが、それはしょうか゜ないです。例年だと12月でもまだそんな雪がないので、今頃やっていますが、今年は例年になく雪が早いです。ということで軒下にあった雪囲い用の板を本日、朝ようやく装着。 あぶない所でした。なんでって写真にあるように、屋根の雪がかなり軒下に出てきていたので、それが落ちると、ガラスが壊れる可能性があったからです。ほとんど日中家にいることがないので、雪囲いできて(´▽`) ホッとしています。 今日は、ロンリークリスマスはイヤので、22日に行った公務する舞踏家の福士さんのとこにまたお伺いしたいと思っています。 それじゃみなさん☆*Merry*☆=- ★=- ヽ(^∇^*)ノ -=★ -=☆*X'mas*☆
2005年12月24日
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某放送局ディレクター雪の崖からの裸の生還
2005年12月23日
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某放送局ディレクターの仮面の踊り!外でも踊る!
2005年12月23日
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コラボする福士さんとT君
2005年12月23日
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ということで、青森市の安田近野にある福士さんのご自宅を兼ねた、稽古場へ。道路が込んでいるし、なかなかタクシーがつかまらない。やっとの思いでタクシーを拾い福士さん宅へ。6時45分頃到着、すでに5人~6人が来ていました。7時10分頃から舞踏開始。 T君という若い方の詩をバックに最初はうずくまるところからスタート。そして、起き上がり麦わら帽をかぶって、足と顔をあげて、段々麦わら帽がずり落ちてくる。そして、立ち上がり段々動きも出てきて、舞台を歩き回る。最後には、稽古場の外の雪の絶壁まで出る。そして詩を朗読するT君と激しいコラボ!!!T君の詩も前衛的なしかもHな詩!二人の体が重なり合い、ついにT君は上半身裸に。太鼓の音と詩とそして舞踏、このなんともいえない不思議なコラボ!!これぞ前衛舞踏!!! その後、ステージが宴会場に大変身、某放送局のデレクター4人も駆けつけていて、面をかぶって躍り始める。オラも途中から太鼓で参加。もうすごいのなんのって、雪がいっぱいつもっているがけに裸で落ちていくものもあり、本当に面白かったです。 あなたもすぐ前衛舞踏家になれますよって感じでした。その後みんなが持ち込んだオカズや酒で盛り上がりました。岩木の方の漬けたつけもの最高に美味しかったです。オラは焼き鳥とビールと焼酎をもっていきました。飲んだのはビール、焼酎、日本酒、ワイン・・・あれっ結局、全部の種類飲んだ事になります。トントロも美味しかったです。最後は岩木の神楽の方の囃子でまた大盛り上がりでした。 ところで、オラ午前4時頃まで、土間で飲みながら寝ったりして、結局、福士さんのところに泊まりました。 初めていく家で泊まったこと・・・・そういえば昔ありました。そういうやつなんですオラ。 今朝7時に起きて三内丸山遺跡の横を通り、自宅に帰りました。 まずはみなさん、観て見ることです。お勧めします。 今日、明日は、午後6時から開演です。 ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪
2005年12月23日
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ゴメリ市に入る。電力事情が悪いのか暗い。しかし、19時30分という遅い時間にしては街はたくんさの人が出ている。さすがベラルーシ第2の60万都市だけはある。日本で行けば熊本市くらいの都市か。19時45分ゴメリ市のツーリストホテルに到着。 20時50分からレストランで夕食。パン、ロシアビール(結構美味しい)、サラダを3種類ずつ、スープ。メインはポーク。ビールを3杯飲む。 また通訳の小川さんの話になる。小川さんはサハリン生まれ、その後、日本の東京都足立区に移り住むが、14年間しか日本にはいなかった。今の夫と仕事を通じて知り合った。そして小松や東芝の通訳の仕事をしていた。 夫も1年間日本に来たことがあったが、その時は寿司や刺身などは魚の生もの食べたことがなかったそうだ。しかし、この間、仕事で日本に行ったとき、寿司を食べさせたら「美味しい、美味しい」と言って食べて、日本にいる間は、ずっと寿司を食べていたそうである。「こんなに美味しいものなら、1年間日本にいたとき食べればよかった」と後悔していたそうである。 思い出としてあるのは東芝のココム違反事件のとき、「仕事がなくなったことである」と言っていた。冷戦当時の日本の対ソ連の強硬姿勢が、小川さんの生活にも影響を与えていたのだ。今でも夫は会社の通訳をしているそうである。22時50分夕食終了、明日、朝8時朝食、8時40分出発を確認し、就寝する。
2005年12月22日
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オラが映画「青いうた」に出演できた理由先日の滋野さちさんと大塚ただしさんの出版記念パーティのとき、北野岸柳さんと話をしていたら、オラが映画「青いうた」に出演できた理由がわかっただよ。それは、出演予定の大将役だった田中耕一さんが、収録日の10月23日が、毎年恒例の津軽弁の日で、撮影にいけなくなったからです。 それでもう一度オーデション応募者を改めて見て、オラに決まったようです。そうか・・・オラは田中耕一さんと津軽弁の日に感謝しなきゃないですね。田中耕一さんの店のジバングにボトル2本くらいあげなきゃないかな・・・。今度、田中耕一さんと会ったらお礼を言わなくっちゃ・・・・写真は、真相を教えてくれた北野岸柳さん(当日発起人代表として挨拶中)
2005年12月22日
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昨日、岳樺に0時半頃行った。おなかがすいたので、何か食べようと思いいった。もし店しまっていたら、コンビに行こうと思った。期待通りにまだ店は開いていて、お客さんも4人いた。何を食べるとかと考えてみたが、夜中なので、消化にいいものと思い、味噌がゆを頼んだ。 これがまたヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ 。とくにおかゆのトップングが、豪華。筋子、青海苔、その他色々トッピングがありました。うまかった。 でもこんな、遅く食うとまた太るな・・・・。 ちなみに昨日は飲んでいません。
2005年12月22日
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20日のオラの入っている「文団遙」の例会のあと、喜多村さんと二次会行きました。喜多村さんの店でカラオケが歌える店だそうです。でっ酔うと眠くなるオラは例によって、カウンターに突っ伏して、寝ていたそうです。「そうです」というのは、記憶があまりないからです。でも喜多村さんに「何か歌え」と言われてリクエストして、曲がかかるまで寝て、曲がかかると、喜多村さんがオラを起こし、オラはなにげにマイクをもって歌ったそうです。それを何回かくり返した後帰ったんですが、何を歌ったのか全然覚えていません。 そして家に帰って茶の間で、イスにすわり、ネクタイ・背広・コートのままストーブをつけて、テレビをつけて見ましたが、気付いたら、朝6時半でした。イスに座ったままテレビつけてそのまま寝てしまったんですね。ホント飲めば駄目なじゅんぺいでした。
2005年12月22日
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10月23日(日)、映画「青いうた」の撮影があって、なんとそれに出演するため、東京の巣鴨駅前の鴨川インというホテルの1階にある「華宮門」という中華飯店で撮影を行ないました。 この映画は、1999年に公開された映画「のど自慢」の続編として、「青いうた」という題名で、むつ市を舞台に制作される映画で、シネカノンという映画会社が企画・制作・配給を行ないます。脚本は「黄泉がえり」の斉藤ひろしさん、監督は金田敬さんで、主な出演者は、3年B組金八先生で注目を集めた濱田岳さん、冨浦智嗣さん、落合扶樹さん、寺島咲さんの若者4人。それに緑摩子さん、平田満さん、斉藤由貴さん、など豪華キャストです。 私の役どころは、冨浦智嗣さんが扮する山崎良太という中学生が就職するむつ市の中華飯店の大将(社長)役です。 今回の出演は、劇団未来半島で2回芝居に出演したことが縁で未来半島の代表が、私をシネカノンに推薦していただいたことから実現したものです。42歳で初めて未来半島で芝居を演じて、そこから今回の映画出演でした。人間どこでどうなるか本当にわからないと思いました。最初のシーンはオラも緊張してたで、本番撮影で駄目だしを2回出してしまいました。 金田敬監督には、「フィルムはいくらでもあるから、もっとリラックスしてやっていいよ」と言われるし・・。そして「中華料理屋の大将なんだから、もっとドッシリと構えて、余計な演技はしないでいいから」と言われるし・・(実は、「愛していますよ」に出たときも劇団未来半島の代表から、「校長役なんだから、もっとどっしり構えてと言われました・・・オラって全然進歩してないですね・・・)で、最初のシーンは無事?終了・・・・。午後からは、中華料理を作るシーンとかがあり、マーボ豆腐の入った中華鍋をかまして、盛り付けるシーンや、良太に鍋の振り方を教えるシーンなどがあり、ちょっと左腕が疲れました。 っということで、朝10時から撮影に入った中華料理屋のシーンは午後9時に全て撮り終えました。 そして山崎良太役の冨浦智嗣君と仲良くなりました。冨浦君は3年B組金八先生に出ていた少年で、とっても可愛らしい少年でした。今も徳島市の中学校に通っていて、徳島から撮影に通っているそうです。とっても明るく面白い子でしたよ。 アップしている写真は撮影の合間に冨浦君と一緒に撮ったものです。いずれにしても今回の映画撮影本当にいい経験させていただきました。あと来年の初夏公開だそうですので、ぜひとも観てくださいね。
2005年12月21日
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皆さん、「公務する舞踏家・福士正一さん」ってご存知でしょうか?青森市民図書館副館長の福士正一さんが、青森市役所に勤めながら、400回を超える道路劇場を行い、今年はイタリア、ギリシャ、フランスの4都市を20日間かけて回った。そのヨーロッパ公演の報告を兼ねて、昨年移転新築した稽古場での初の連続公演を行なう。 1.日時 12月22日(木) 19時開演 12月23日(金・祝)18時開演 12月24日(土) 18時開演 2.場所 生成空間オドラデク (青森市安田近野134-15・電話017-766-8009) ※慈恵会病院の坂を登り、山三フーズを左折、道なりに緩やか に上り、自販機の先を左折して突き当たり(5軒目)の黒壁 の家です。 3.構成 舞踏(福士正一)及び写真スライド上映(撮影:福士輝子) ※オドラデク道路劇場には、木戸銭はありません (ただし、投げ銭歓迎) ※公演終了後、報告会を兼ねた懇親会を開催いたします。 (一品持込歓迎) ※車でお越しの際は、駐車スペース確保のため、少し早めにおいでく ださい。 ※準備の都合上、参加の有無を前日までに下記にお知らせください。 電話・FAX 017-766-8009 Eメール:odorade@actv.ne.jp 福士さんの舞踏の様子が、朝日新聞県内版と読売新聞青森県版に掲載されていますので、転載します。 以下転載○朝日新聞12月3日(土) 初の欧州舞踏行脚 現地の反応に手応え 「立ち止まり興味津々」 青森市安田の舞踏家、福士正一さん(52)が初めて欧州で踊った。イタリア、ギリシャ、フランスの4都市を20日間かけて回り、11月上旬に帰国した。文化の質が日本とは異なるので自らの踊りが受け入れられるかどうか心配だったが、「人々は興味津々だった」と手応えを感じている。 福士さんは30年ほど前から、全身を使った独自の現代舞踏を披露してきた。外国ではこれまで、韓国や南太平洋の島で公演している。欧州行きは現地の芸術関係の知人に依頼され、公演場所の確保など手伝ってもらって実現した。 10月中旬から約20日間、アテネやバリの市場や酒場、教会、遺跡などで9回踊った。公共の場や多数の人々が出入りする場所を舞台にするのは、日本国内と同じで、踊りも欧州を意識して変えたわけではない。通行人や観光客は、ぼろぼろの着物やカラフルな衣装をまとって踊る姿に立ち止まって見る人が多かった、と思い起こしている。 フランス南部ニームのロマ民族音楽を聞かせる酒場では、フラメンコギタリストと一緒に公演した。ギターの響きが津軽三味線の旋律ら似て踊りに熱が入った。じっと見ていた老人が、「お前はフラメンコの心を知っている」と話かけてきたと言う。 福士さんは、「ヨーロッパは石の文化。アジアは木の文化」と考える。違う感覚で受け止められるかもしれないと懸念していた。それだけに観客のまっすぐ強い視線が印象に残っている。 福士さんは青森市民図書館の副館長でもあ。音の響きが気に入って名付けた「オドラデク道路劇場」を独りで続けている。公演は32年間で500回を超えるそうだ。 東北町、鯵ヶ沢町、横浜町といった踊りに接する機会の少ない小さな集落で、分校や民家、路上で踊ってきた。「踊り手が突然入り込むことで、空間を変え、観客に日常の風景と違うものが見えてくることを狙うから」と福士さんは話している。○読売新聞12月8日公務する舞踏家 市民図書館副館長 福士さん 「正ちゃんダンス」と呼ばれて親しまれている、青森市民図書館副館長で舞踏家の福士正一さん(52)のパフォーマンス「オドラデク道路劇場」が400回を突破した。 福士さんは、山形大学2年生当時、大学構内で地元舞踏家の森繁哉さんの踊りを見て衝撃を受け、舞踏の道にのめり込んだ。青森市に帰郷し、市役所に入った後も舞踏にかける情熱は衰えず、1982年に「オドラデク道路劇場」と銘打って小学校や市場、路上で前衛的現代「舞踏」を披露してきた。 市民図書館副館長を務める今も「公務する舞踏家」と名乗り、舞台衣装の黒や赤の着物を身にまとい、白塗りの化粧をしてさまざまな場所に「出没」。胎児のようにうずくまったり、あやつり人形のように動いたりする独特な踊りを披露している。 福士さんは「観客のストレートの反応を受ける度に、刺激を受けている。それで自分の踊りが変化し、また新しい表現が生まれていくので、自然に公演回数が増えていった」と語る。 これまで舞台になった場所は幅広い。県内では青森市の小学校分校や三内丸山遺跡、八戸市の魚市場など。国外では、南太平洋のバヌアツ共和国や韓国の小学校、イタリアの教会などを回り、日本の「ブトウ」として人気を集めてきた。 今年10月29日、フランス・パリにあるアーチ橋の下でフランス人のギタリスト演奏に合わせて踊った公演が記念すべき400回目となった。 「50才を過ぎたので、雪の中で激しく踊ることはできないかもしれないが、体が動けるうちはいろいろな人の前で踊っていくたい」と福士さんのい行くが尽きることはい。今月下旬には、自宅のけいご場で3日間かけて、402、~404回目の公演を行なう予定だ。問い合わせは福士さん(電話017-766-8009)へ。ということで、新聞記事を転載しましたが、読売は500回、朝日は400回と開きがありますね。この記事の真相を明日、見に行って、その後の懇親会で聞こうと思います。 みなさんも、是非来てくださいね。
2005年12月21日
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ベラルーシの草原の夕陽です。
2005年12月21日
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途中、ホットスポットの標識のところに行く。その標識には「危険、きのこ類などを採るな」と書いている。 その後、一路ゴメリへ向かう。チェルノブイリ原発労働者を乗せているのであろう電車が駅で停車していた。途中。牛の大群が道路を横断する。牧羊犬が牛を誘導させている。北海道の牧場のように干草が丸められて草原の中におかれている。俵積みにしているのもある。 リンゴの樹が結構あるが、その樹木の下のほうに白く何か塗られている。薬か?また、トウモロコシ畑もある。何台もの馬車と会う。ここでは、まだ馬車が主要な農作業の動力なのであろうか。とにかくただ広い、どこまでも広い平原が続く。そしてまた夕陽。昨日はウクライナの、そして今日はベラルーシの夕陽である。
2005年12月21日
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文団「遙」は青森市を中心とした同人誌「遙」を発行している雑文集団でして、文団「遙」のコンセプトは「反骨」「反体制」でしょうか。「遙」は2ヶ月に1回、発行され、それにあわせて例会をやっています。今まで21号が発行されています。また「遙」の大きな特徴として、折句と100字寸言でしょう。折句は課題の3文字を、句の頭に織り込んで、詠むものです。また、100字寸言は、100字きっかりの文を課題の文字を織り込んで書くものです。今月その遙折句集も発行されました。ここで、歴代の高得点者の句を転載します(残念ながらオラの句は入っていません)。点数 課題 句 作成者10点 (花野) 萩たわわ 名残惜しんで 野道行く 茂 9点 (世界) 清流に 影泳がせる 鰯雲 尚美 9点 (別れ) 我が胸の 枯野にひとつ 檸檬置く 流歩 9点 (夏野) 何ほどの 罪を秘めるや 能の面 茂 8点 (実り) 三日月や 野辺の送りの 鈴(リン)の音 はるひ 8点 (偽装) 銀河見る そさっと離した うなじ越し 游 8点 (紅葉) 炎える葉を 水面に散らし 地獄沼 流歩 8点 (勇気) 行く春や 売り家の庭の 金鳳花 羽湖 昨日は私が記録係・・・だけどオラは大酒飲み・・・・ということで、昨日はICレコーダーの登場。これから暇を見つけて、ICレコーダー起こしをします。 昨日は12月ということもあり、忘年会みたいなもので、今年1年間を振りかえってみたいな感じになりました。とても楽しい例会でした。 同人誌「遙」は青森市の成田本店・岡田書店に置いてあります。また遠方で購入できないという方は、メールka-ru@actv.ne.jp、フアックス017-886-4403、郵便 青森市長島2-2-12 金澤方 文団「遙」 までご連絡をいただければ幸いです。
2005年12月20日
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嬉しそうですね木村宏さん。
2005年12月19日
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18時から青森市古川にある古書店・林語堂で開催された友部正人さんのコンサート。まずは林語堂に行ってビックリ!あんなにあった本の山がきれいに片付いている。そして2階もすっかり片付いていて、友部さんが歌うステージ(客席と同じ高さだか)もセットされていて、友部さんが歌う後ろには文庫本の50円均一棚が、まさに古書店でのコンサートという感じだ。 客席はブロックの上にコンパネをしいて、即席客席の出来上がり。開園の18時には、お客さんがたくさん来て、3人で座っているところが4人掛けにかわった。定刻から少し送れてコンサート開始。友部さんの優しい声が、ハーモニカがギターが古書店という不思議な空間に鳴り響く。 新曲の、スピーク・ジャパニーズ・アメリカンは、最高だ。日本に居るアメリカ人があたり前のように、緑の窓口で英語で話している。新幹線に乗っているシンディローパもそうだ。日本に来たら日本語使えよ!!!また米軍基地のフェンスになにか警告が英語で書いているここは日本だ日本語で書け!!!っていう感じの歌でした。そして朗読も、アメリカつながりのものが一つ。 友部正人詩集「夜中の鳩」に掲載されている。ここで転載する。 「アメリカの匂いのしないところへ」 日本にいて息苦しいのはアメリカの匂いニューヨークにいて思うのは日本化していくアメリカ両者は歩み寄り すれ違うそうやってお互いに相手を手に入れた日本にいて息苦しかったアメリカの匂いアメリカへ行ったらもうなくなった息苦しかったのは日本の形その形いっぱいにつまったアメリカの匂いアメリカの匂いをしないところへアメリカの匂いのしないところへ日本中で行ってみようよアメリカの匂いのしないところへそれはディズニーランドのないところスターバックス・コーヒーのないところマクドナルドのないところタワーレコードのないところアメリカ軍基地のないところアメリカ軍と自衛隊が合同演習しないところ政治家がアメリカのためにばかりはりきらないところ新聞がアメリカのことばかり載せないところギャツプのジーンズがないところナイキのスニーカーがないところラッキーストライクの看板のないところラジオのDJが英語で曲を紹介しないところアメリカの匂いをしないところへアメリカの匂いのしないところへこの地球の上で行ってみようよアメリカの匂いをしないところへ地球上の上のどんな家にも一人ずつアメリカの兵隊がいて地球上のすべての人に銃口を向けてる、そんな気がする横浜にあるアメリカ軍の基地の入り口にアメリカ兵と日本の警察官が並んで立っているまだ夜明けない冬の朝ぼくはその前を走りながらアメリカの匂いのしないところへ行きたいと思うまさに、いまの日本の状況をびしっと言っている詩だと思いました。「政治家がアメリカのためにばかりはりきらないところ」これなんかモロに小泉のことを言っていたと思いました。今の日本はアメリカ流の「新自由主義」か日本流の「復古主義」とあいまって、おそろしい世界を作り出していると思います。日本型の「アメリカ」です。ですから余計息苦しいんだと思います。コンサート終了後、林語堂さんの木村店主のご好意により、コンサート来場者はいくらでもここにある本をもっていっていいという大盤振る舞い。みんな色んな本を選んでいました。友部さんも2冊持っていかれたようです。オラは筒井康隆の「バブリング創世記」と大江健三郎の「同時代ゲーム」をもらってきました。木村さんどうもありがとうございました。 帰りに、友部さんの詩集「夜中の鳩」を買って、サインをしていただき、残っていた参加者で祈念撮影。本当に充実したコンサートでした。これから友部さんのCDや詩集を買いたいと思います。
2005年12月19日
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ということで、一昨日着いたデジカメ・オリンパスE300で写しました。職場から見た青森市の吹雪の風景です。日中でもライトをつけて走行しないと走られない状態です。 今日は、これから青森市古川にある林語堂さんの2階で18時から行なわれる友部正人のコンサートに行って来ます。当日券は3,500円だそうです。関連URLは↓です。http://www.mmjp.or.jp/omiya/
2005年12月18日
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ということで、忘年会を抜け出し、安方にあるクォーターに行って来ました。なんと、14日に居酒屋ぽーでご一緒だったFさん夫妻もいらしていました。世間は狭いなーと感じました。 始まりは、楽隊の音楽が外で鳴っているという設定で、三人の女性が登場、マーシャ(北川江美子)、イリーナ(鹿内香里)、オーリガ(船水千秋)の順で登場。それぞれが独白・・・・。 一転して、警報音が鳴り響き、三人がそれぞれのアイテムを手にドタバタを繰り広げ。オーリガ、「布団たたき」、マーシャ「粉の入ったビン」、イリーナ「箱」(この箱は舞台に置いてある台と同じ模様。警報は、舞台の上の方から垂れ下がっているロープの上から聞こえる。どうやら宇宙空間に行けるケーブルエレベーターという設定らしい。しかし、三人は一緒に行けない。「私こそが行くべきよ」ということで、争いが三人の女性で繰りひろげられる。しかし、エレベーターは起動しない。そして起動するための条件であるチェーホフの「三人姉妹」を演じ続ける。この芝居のなかで、地球=片田舎、宇宙=モスクワという設定で条件つけられているらしい。シェルターのなかで繰り広げられる。「三人姉妹」の劇とケーブルエレベターほ巡っての争い、それが瞬時に変わって登場する。そして、三人の女性がそれぞれ持っているアイテムの秘密。粉は、和歌山毒イリカレー事件をもパロディしており、マーシャが何人も殺してきたことが明らかにされる。そして箱は「パンドラの箱」で、この箱を開けたために世界に災いが振りまかれた結果が、いまの地球の現実ということになっている。またロープを芥川龍之介の「蜘蛛の糸」になぞらえて、このシェルターを地獄にたとえる。そして、ギリシャ神話のアラクネ、ゼウス、ブロメテウスも登場して、様々な形で芝居のなかに登場する。「三人姉妹」「現実のシェルターの中」「ギリシャ神話」そしていつくかのパロディ(和歌山毒イリカレー事件)が織り成す不思議な芝居である。 パンドラの箱の最後に残ったのものは、やはり希望だったのか、それとも絶望であったのか・・・・・。 ↓は劇団「雪姫」のHPです。」http://www004.upp.so-net.ne.jp/yukihime/
2005年12月18日
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昨日の夜も私の所属するところでの忘年会がありました。 午後5時開演であるが、最初の案内が6時だったために、まだ来ていない人がおり、しばし歓談と今年あった出来事の各自発表!オラはもちろん映画撮影を報告しました。 会場は12月から新しく営業を始めた青森県労働福祉会館の4階会議室、料理を作って給仕してくれるのは同じく4階に入っているレストランシャモワです。昼のランチタイムと夜の夕食タイム、そして予約があれば夜八時半まで営業をしているそうです。みなさんもご利用をお願いします。 その後、ゲームで盛り上がり、オラは「早口言葉」で実力?を発揮!だって、芝居の練習の前は、かならずやらさせられるんだもん「早口言葉」
2005年12月18日
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その後ゴメリに向けて出発。16時35分、途中30キロ圏内から出るときの検問の時、全員放射能コントールで、放射能測定をされる。迷彩服を着た陽気なオジサンがキノコを見せてくれた。きのこ類は放射能がたまりやすいので「放射能が入っているよ」と見せてくれたのかも・・・・。 車に乗った後、Nさんが「ドシタッテヤ、ナシタッテヤ」と津軽弁で言うとなんだか通じたみだいだと津軽弁とロシア語の語感が近いことを強調、みんなを笑わせる。
2005年12月18日
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15時50分、イレーナと別れて。原発を後にして、チェルノブイリの町に行く。ここの町には消防署がある。また、チェルノブイリ原発爆発事故が起きたとき決死の消火作業を行い死亡した英雄消防士8人の記念碑があった。ホースを持ってチェルノブイリ原発に向かって消化している人がいるなかで一人だけ頭を抱えてしゃがんでいる人もいる、多分急性の放射線障害で立てなくなっているのであろう。しかし、こういう人たちがいなかったら、もっと被害が拡大していたかと思うと、敬虔な気持ちになる。
2005年12月18日
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これでデジカメない生活から、解放されます。これからバンバン写真撮るからね!!!期待してちょ。
2005年12月17日
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こういうチラシがうちの職場の近くの旅行会社の北都旅行サービス(株)というところから出ました。みなさんは青森県でマグロといえば、大間をすぐ思い浮べるでしょうね。しかし大間沖も津軽海峡、竜飛沖も津軽海峡!そうでし、海は同じ津軽海峡なのデシ。ただ漁をする場所が大間か竜飛で値段が何倍も違う・・・・・。味はかわらないと思いますよ。大間も竜飛も・・・・。オラど庶民は大間のマグロは口にはいりませんが、竜飛は入ります。ということで、冬の津軽堪能の旅、竜飛「本マグロ」食べつくしツアーです。Aコースは送迎のみですので、ここではBコースを紹介します。以下チラシから転載です。Bコース(観光・昼食つき)18,800円で一室2~4名利用です。12月23日(金)、1月14日(土)、1月21日(土)、1月28日(土)です。詳しい旅程は以下の通りです。◇1日目八戸駅発8時→青森駅発10時→松前街道・平舘灯台・長寿の松・夫婦の松→今別(昼食)→義経寺→竜飛崎灯台・階段国道・津軽海峡冬景色歌謡碑→竜飛岬温泉「ホテル竜飛」◇2日目竜飛崎温泉→斜陽館・津軽三味線会館・金木物産館(昼食)→立倭武多の館→津軽金山焼窯元→青森駅16時30分頃青森駅着→八戸駅着18時30分お食事内容1日目昼食:津軽の郷土料理「けの汁定職」1日目夕食:竜飛で味わう「マグロづくし料理」※竜飛の「本マグロ」のカルパッチョ、カマ焼き、まぐろ丼ほか、2日目昼食:昭和27年、太宰治が疎開中に営まれた祖母の葬式の時の精進料理連絡先 北都旅行サービス(株) 〒030-0802 青森市本町4-9-16電話017-723-5885 FAX017-723-5821あれっ????太宰って昭和27年には自殺してもう死んでいたのではないのかな?関連URL↓http://www.hoteltappi.co.jp/
2005年12月17日
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忘年会が終わり、まだバスの時刻まで時間があったので、いつもの居酒屋ぽーに行った。しかし、不覚にも寝てしまい・・・・バスはもうとっくの昔にいってしまっていた。ということで、タクシーで帰宅・・・・。タクシーの運転手に自宅の住所を行ったと思ったんですが・・・・。寝ていたらしく・・・・運転手に声をかけられたのは、自宅を通り過ぎてかなり行った旧国道、「えっ、ここ○○でねかえ、自宅に入る道路過ぎたよ」。でっ、そこから自宅に戻りました。いつもは1500円くらいでいくのが、2500円もかかってしまった。(=;ェ;=) シクシク金返せー○○タクシー!!!!!!!!バスで帰れば190円で済んだものが、2500円・・・・・Y(>_
2005年12月17日
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しゃぶしゃぶのお次は、刺身だ。ホタテ、マグロ、ヒラメ(ちなみにヒラメは青森県が指定している青森県魚です)。これも美味い・・・・とろけますね舌が・・・・・。そしてハタハタ・・・・ブリコが一杯入っていてこれも又美味しい。そして最後に寿司です。これも美味い。お酒は、じょっぱり、田酒。焼酎は、二階堂でした。18時から21時まで大いに食べ、飲み、語り合った忘年会でした。PS青森市議会の近くに、「まぐろの大間」という割烹(居酒屋?)が出来た。当然、「大間のまぐろ」を食わせるのかとおもいきや・・・・・違うようです。大間さんという方が、やっていて「まぐろ」を食べさせる店だそうです・・・・。絶句・・・・・・。大間のまぐろは扱っていないようです・・・・・。でも大間さんがやっていて、「まぐろ」を食べさせる店だから嘘ではないんですが・・・。でも看板に引かれていく人が結構いると思うんだけどな・・・。
2005年12月17日
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昨日、うちの労組の大会と引き続き、忘年会がありました。青森市の歓都里という本町の労働福祉会館の裏に新しく出来た店です。以前は、小西といううどん割烹でしたが、その場所をそのまま使って営業をはじめたようです。 まずはシャブシャブ!!!!w( ▼o▼ )w オオォォ!!牛肉だーーーーーー。一瞬みんな、牛肉と聞いて「アメリカ産牛肉」が頭をよぎった。しかも本日から輸入解禁だというではないか。しかし、市場に出回るのは18日からと聞いて一同ホッとする。(@ ̄¬ ̄@)ジュルリ♪ うまい久々の牛肉・・・しゃぶ゜しゃぶなので、油が落ちるし、やわらかい肉・・・・ヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ
2005年12月17日
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場所は、林語堂さんからも近い、居酒屋ぽー。林語堂の店主の木村さんとその息子さん。そして、同じ建物にある古河画報というサブカルチャーの店主さんと若い人。ここで面白いこと発見。それは、木村さん55、オラ45、古河画報のオーナー35、古河画報の若い人25、何の数字かわかりますか?答えは年齢です。ちょうどみんな10歳ずつ、年が離れてたんですね。これが本当の等間隔なんて、親ギャグを飛ばしていたじゅんぺいでした。この日のメインは、キムチ鍋と刺身の盛り合わせ、そして何と言っても、写真家のミサキちゃんでしょう。 ミサキちゃん誰?って言う人に、ちと説明。ミサキちゃんは、今、青森市の女流写真家のFさんのところにホームスティしながら、津軽の冬の風景を写して歩いている女性写真家でとっても可愛い娘です。写真家というよりもモデルって言った方がぴったりの娘でした。こんな可愛い娘と話をしながら飲めて最高の忘年会でした。 ところで、はばきって分かります?林語堂の忘年会のとき、ひとつ話題になったことが、ハバキです。ミサキちに雪の中「ハバキつけて角巻」はいてこぐ、地吹雪ツアーが金木にあるよって言ったら。、「ハバキって何?」っていうことでした。ぽーのユウコさんも、お客さんのFさんも、そしてミサキちゃんもわかりませんでした。 林語堂の木村さんは、すぐにわかりました。長靴の上からスポッとかぶせる。「ハバキ」だべって。そうです、ハバキとは長靴に雪が入らないように、長靴の上からスポッとかぶせて、雪が入るのを婦是具、筒状のものです。 オラの子どもの頃は、お袋や、こないだなくなったぱあちゃかが、よく編んでくれました。昔はワラで編んだそうですが、オラの子どもの頃は毛糸で編んでもらいました。これのおかけで、どんなに雪の深い所をこいでダイジブでした。懐かしいなー「はばき」。子どものときに帰ってまた履いて雪こぎをして遊びたいな。↓のURLは、ハバキを説明している秋田のURLです。http://www.pref.akita.jp/koho/mailmag/pic050218b.htm
2005年12月16日
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ビジターカードを持って、認識されてから管理棟に入る。やはり9.11テロの影響か?厳しい。管理棟の中は撮影禁止ということで、カメラを車のなかに置いてくる。2階の説明はイレーナが行なう。 「チェルノブイリ原発は1号炉2号炉が古くなってきたので、当時はそちらの管理のほうに力を入れていた。事故後、停止していた原子炉も86年9月に1号炉、同年の12月に2号炉、87年月10月に3号炉をそれぞれ稼働させた。4号炉を覆う石棺は87年10月に完成した・その後91年10月に2号炉で火災があり停止、96年11月に1号炉がストツプした。また各国から「危険」だとしてチェルノブイリ原発の停止要求が出た。本当は動かさせることが可能な原発なのでせあるが、各国の要求に応えて、2000年11月から3号炉も停止し、全原発が停止した。これからチェルノブイリ原発の厳しい歴史が始まる。これからは原発を廃炉にしていくためだけにここはある。4号炉は100年間管理していかなければならない。また各炉の廃棄物を処理する管理棟を現在建設中である。今後は従業員のリストラが大きな問題になっていく。スラブチチ市はほとんど原発労働者の町で他の産業はない。だからこの町ではチェルノブイリ原発で働く以外に道はないと」と。 イレーナの話を聞いて感じたことは、原発に頼って出来た町は、原発がなくなるとその町が死んでしまうということである。このチェルノブイリの現実に、核燃料サイクルから撤退し、核廃棄物だけが残された「未来の六ヶ所村」の姿を見たような気がした。写真は管理棟です。
2005年12月16日
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おはようございます。 本日の青森市は久々の快晴! 青空見るなんて何日ぶりかな? しかし、放射冷却現象が起きて、ものすごく寒かった。 おかけで目覚まし5時35分にかけて目がさめたものの、 布団から10分くらい出られませんでした。 だって本当に寒かったんだもん・・・・。 だけど、今日はやっと雪かきから解放です。(´▽`) ホッ 今日は夜の5時からうちの労働組合の大会と忘年会です。 なんか美味しいもの食べられるのかな? 期待しています。
2005年12月16日
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おらの指先、ヒビが入って痛い。 いまどきヒビやアカギレなんて珍しいのに・・・。 カットバン張って我慢しています。
2005年12月15日
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今日は朝7時40分から8時50分まで1時間10分雪かきしました。これで3日連続デシ。疲れた・・・。また、せっかく朝、温泉に入って、さっぱりしたのに、また雪かきでビッチョリ汗かいて、またベトベトに。(ノ_-;)ハア…職場にも温泉が欲しい。
2005年12月15日
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今日、用事があって自宅に戻りました。 そしたら、自宅の入り口が、除雪車の雪により、塞がれてました。 自宅の車庫(みたいなもの)に車を入れられないので、雪かきしました。あまり朝早く家を出て行くとこういうことがあります。 また夜遅く帰ってきてもダメでし、去年夜中の2時に車で帰ってきたら、なんとオラの自宅のある袋小路の道路が排雪中・・・・もちろん自宅には車は入れられずに、近くのスーパーに車を入れて、排雪が終わるまでテレピ見てました。 今日は、なんかもう積雪が60センチになったとか・・・ (/||| ̄▽)/ゲッ!!!って感じです。 1月・2月ならまだしも、まだ12月も中旬です。 フカイタメイキ(;д;)=3=3=3=3先が思いやられるなーーーーー。 冬の間だけ、沖縄に住みたいなーーーーーーーーー。現在の青森の気象状況です。地点名 気温(℃) 積雪(cm) 降水量(mm) 風向(16方位) 風速(m/s) 日照時間青森 -3.1 63 2.5 西 4 0
2005年12月14日
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今日も朝方から、雪が降り始めて、職場の除雪デシ。しかし昨日ほどの降雪量ではないので、約30分程度で終わる。しかし、スノーダンプが壊れたままなので、古いスノーダンプを使っているが、やっぱ雪がつく。新しいスノーダンプ欲しいよ・・・・。写真がいっぱいになりましたので写真は、下のURL(じゅんぺいのはんかくさい日記)に行ってみてくださいね。http://junpei-h.at.webry.info/200512/article_25.html
2005年12月14日
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ひょんなことから、12月25日に青森市のぱ・る・るプラザで行なわれる「第3回北の太鼓衆」に出ることになりました。 そして今日は私が所属する和海太鼓組と青森太鼓組の合同での初練習がおこなわれました。(○ ̄ ~  ̄○;)ウーン・・・オラはまだまだです。まだかなりの個人練習が必要です。19日と23日の2回、和海太鼓組の練習があるんですが、23日は「遙」の例会で出られません。ですから、Tさんの所に個人練習に伺うことにしました。でも大丈夫かな・・・不安デシ・・・。
2005年12月13日
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今日は、職場の雪かきを今年初めてしました。7時50分頃からはじめて、8時40分に終わったから、50分くらいやりました。 それでやっている最中プラスチックの黒がかった透明スノーダンプの先にヒビが入っていたのが、完全に破れてしまい、つかいものにならなくなりました。ヤムなく重いほうのスノーダンプを使うが、すべりがイマイチ・・・。また良く雪がふっついてとれない・・・。新しいスノーダンプ買ってくれ!!!!!!↓は東奥日報の雪の記事デシhttp://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2005/1213/nto1213_12.asp
2005年12月13日
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