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「すべてがFになる The Perfect insider/森博嗣」の初稿完成時期は1995年12月、1月17日の阪神・淡路大震災の頃は携帯電話は一般的ではなかった、11月23日にはMicrosoft Windows 95の日本版がリリースされ、インターネットとGUIのパソコンと携帯電話が一般的になりつつある時代。 DNA鑑定は、1990年の足利事件、1997年の東電OL殺人事件等があり不安定な状態。 「UNIXを介してFTPしてますから、フロッピィは使いません」が会話に出てくる、当時Linuxは一般的ではない。 19歳の西之園萌絵はゼミ旅行に参加しキャンプでビールを飲む「研究所の人が持ってきたビールの半分を彼女が飲んだんです。」、「煙草は吸わない方が良い。君はまだ未成年だろう?」と注意され「もうすぐ、20歳です」と答えるような時代、未成年の飲酒は大目に見られるが喫煙は問題視されている、現在では問題になる表現なのか。 実写テレビ版、主なCASTは武井咲(西之園萌絵)、綾野剛(犀川創平)、早見あかり(真賀田四季)、水沢エレナ(国枝桃子)。 小説で西之園萌絵は自分の思い通りにならないとXXXという我が儘な側面を持つ娘として描かれている、それを純粋と捉える者もいる、男性からは好かれるタイプの女性の設定のよう。 実写テレビ版は武井咲のプロモーションビデオの要素が強い演出がされていると感じる。 テレビドラマとして楽しみたいので、どこにでもドヤ顔で出てきて構図の中心は武井咲がいる等の演出はウザく感じる、もちろん製作者側の問題で個人としての武井咲の問題ではない、指示された演技を自分なりにこなしてOKを得ていると推察する。 武井咲はビジュアル的にはレベルが高く存在感もある、にも拘らず演技中の武井咲に好感を持てない、演出に問題があるとしか思えない、プロモーション型の演出で好感度を下げようとしているのか。 2001年に放送された木村拓也主演の「HERO」ではこのような感覚はなかった、微妙な違いだと思うがもう少し物語重視にしてもらうと楽しめるのにと思う、或いは武井咲サイドは女性の演者と演技で戦うことを避けているのではないか。 真野響子や早見あかりの演技に光があたる状態では番組に於ける武井咲の色が薄まる或いは消える、ゲストに場面を提供しているのか演出が演者の戦いを避けているのか。 第6話「すべてがFになる[後編]」では、早見あかりの存在感で武井咲の色が薄まり、綾野剛が生き生きしだし、ドラマとして楽しめる内容になったと感じた、番組後半ではイラッとくろことはなかった。 所属事務所への配慮やゲスト的な扱いがあると思うが、同じ力で演出された女と女の戦いの方が面白いと思う。 本作に於いては武井咲と綾野剛では不完全で、もう一人存在感のある主要人物として扱われる女性の俳優が必要と感じた。 早見あかりの存在感は強烈、まだ全部を出していないようなのりしろを感じる、作品的には顔の輪郭や体型はもう少し絞った方が良いように思う。 ももクロではどのような存在感を発揮したのだろう、雰囲気としてはアイドルではない、ももクロ時代はかなりの葛藤があったのではと思う、早見あかりには作品・環境に恵まれて俳優として存在感を発揮してほしい。 武井咲の事務所はオスカープロモーション、ももクロや早見あかりの事務所はスターダストプロモーション。 「市川美織/ウィキペディア」によるとNMB48の市川美織はかつてスターダストプロモーションとボックスコーポレーションに在籍していた。 有吉AKBラジオ局で市川美織はAKB48に入るまでに2度事務所をクビになっており、一つ目の事務所からは「次から来なくていいです」という書類が届いて母親に言えなかったと発言している。
2014.11.26
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「敗戦日記/高見順」1945年11月13日に登場する新聞記事、読売新聞の社説と朝日新聞のコラム「青鉛筆」。○新聞記事/「敗戦日記/高見順」p423~◇1945年11月13日・昨日、読売の社説にローマ字採用論が出ていた。 「漢字を廃止するとき、われわれの脳内に存在する封建意識の掃蕩が促進され、あのてきぱきしたアメリカ式能率にはじめて追随しうるのである。文化国家の建設も民主政治の確立も漢字の廃止と簡単な音標文字(ローマ字)の採用に基く国民知的水準の昂揚によって促進されねばならぬ。」 というのである、大反対である!・・・「民主主義」の名の下に、バカがいろいろ踊り出る。・新聞が新しい「暴力」として立ち現われた。「青鉛筆」欄(朝日新聞の朝刊社会面に連載されているコラム)にこんな記事が出た。 「久米正雄氏らが進駐軍相手にはじめた鎌倉の高級土産物店はいつか本欄で紹介したが、古物商の鑑札を受けてゐなかつたため開店早々一時店を閉め、2,3日前鑑札が下りたので改めて店開き。 これで堂々(?)と古物商で商売が出来るわけだが、店先に久米氏筆で『朝日新聞御推奨』の張紙が出たのは恐縮した。 早速この貼紙はお取り外しを願つたが、本欄で紹介したのはべつに「御推奨」の意味ではない。その昔、たしか久米氏のい製造した微苦笑といふ言葉から微笑を差引いた気持ちでちよつと紹介したまでのことである。念のため。」 土産物屋は久米さんが「はじめた」ものではない。それを「はじめた」ものとしていかにも悪意にみちたゴシップを出した。それで久米さんは憤慨して「朝日新聞御推奨」と書いたのだ。朝日では、驚いて、その張紙をひっこめてくれと交渉して来た。そしてこの第二のゴシップである。 最初のゴシップのときは、久米さんが「はじめた」ものと、朝日が勘違いして書いたのかも知れないと思ったが、張紙事件で朝日は久米さんが「はじめた」ものでないことは、ちゃんと知ったはずだ。しかるに、その事実を曲げてあくまで「久米正雄氏が進駐軍相手にはじめた・・・」と書いている。事実を曲げて、あくまでも久米さんを傷つけようというのだ。暴力だ。 私は朝日だけは信じていた。戦争中もできるだけ「客観的報道」をするよう努めているとみた。その態度に敬服していた。しかるに、この暴力はどうだ。朝日もまた、「新聞」だったのだ。──〓勝手に独断と偏見〓 読者を真実から遠ざけ冤罪(濡れ衣)を誘発させようとしたり自分達の利益・プライドを優先する報道を『暴力』としている。 朝日新聞は久米正雄氏に『暴力』を振るったの主張。 「敗戦日記/高見順」は新聞全般に不信感があり、信じてきた朝日新聞も同様だったのだと憤慨している。 似た構造を持つ真実との乖離・ミスリードする事件として「吉田調書」事件。 2014年5月20日、朝日新聞は朝刊にて福島第一原発事故の政府事故調の「吉田調書」を入手したと発表。 「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福岡第一原発にいた東京電力社員らの9割にあたる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、福島第二原発に撤退した」と報じた 門田隆将氏による『虚報』『誤報』の指摘に朝日新聞社は・「週刊ポスト記事に朝日新聞社抗議 吉田調書めぐる報道」/朝日新聞デジタル 2014年6月10日05時54分 朝日新聞社は9日、週刊ポスト(小学館)が6月20日号に掲載したノンフィクション作家門田隆将氏による記事「朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」について、報道機関としての朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損(きそん)するとして厳重に抗議し、訂正と謝罪の記事の掲載を求める文書を送った。 門田氏は朝日新聞が5月20日付で報じた「所長命令に違反 原発撤退/政府事故調の『吉田調書』入手」の記事について「『誤報』である、ということを言わせていただきたい」などと批判した。これに対し朝日新聞社は「記事は確かな取材に基づいており、『虚報』『誤報』との指摘は誤っている」と指摘した。── 朝日新聞社は「記事は確かな取材に基づいており、『虚報』『誤報』との指摘は誤っている」とし、訂正と謝罪を求めた。 しかし、政府は9月11日に「吉田調書」を公開、 同日、朝日新聞社は「命令違反で撤退」という記述と見出しは間違った表現として記事を削除、「前提となる事実が覆ったと認識しており、誤った事実に基づいた抗議ということで、撤回、おわびしたい」と述べた。
2014.11.16
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RAAの正式発足は1945年8月28日、皇居前広場で「特殊慰安施設協会(後に国際親善協会と改称)設立宣言式が行なわれた。」 指導委員会は内務省・外務省・大蔵省・運輸省・東京都・警視庁等の各関係機関をもって組織す。・趣意書(全文) 畏くも聖断を拝し、茲に連合軍の進駐を見るに至りました。1億の純血を護り以て国体護持の大精神に則り、先に当局の命令をうけ東京料理飲食業組合、東京待合業組合連合会、東京接待業組合連合会、全国芸妓屋同盟会東京支部連合会、東京都貸座敷組合、東京慰安所連合会、東京練技場組合連盟の所属員を以て特殊慰安施設協会を構成致し、関東地区駐屯部隊将士の慰安施設を完備するため計画を進めて参りました。本協会を通じて彼我両国民の意志の疎通を図り、併せて国民外交の円滑なる発展に寄与致しますと共に平和世界建設の一助ともなれば本協会の本懐とするところであります。 本協会は右の趣旨に基き、直に運営を開始致します所存で御座居ます故、何卒御賛同の上大いに御出資を賜り、如上の使命達成に万全の御支援を御願い致します。 昭和20年9月 特殊慰安施設協会──○「新版 みんなは知らない 国家売春命令」よりの抜粋・纏め◇女体一本槍作戦決まる(RAAのスタート)・RAAの準備段階に於いての警視庁保安課に対しての提案(1945年10月20日) 1.まず女を集める。この女たちによって、進駐軍将校の慰安を第一にっせること。 2.新施設とともに、現存の各遊郭もそのまま利用する。 3.そのほか待合・貸座敷など接客婦のいる場所を利用すること。・捕捉 A:新設の施設には現存施設からも接客婦を供給するが、当然それだけの人数では足りないと思われるから、必要な人員を東京や近在から集めたいが許してもらえるか B:当分の間、日本人の慰安利用は遠慮願いたいが、どうか 警視庁の坂信弥総監は「よかろう、存分にやらせなさい」◇「池田勇人主税局長(のちの首相)」の一声・RAAの役員 理事長:宮沢浜治郎、副理事長:大竹広吉と野本源冶郎、常務理事:秋本平十郎、以下東京料飲組合の幹部がズラリと役員に名をつらねる。・日本政府による5千万円の貸付金の保証 内務省から大蔵省を通じて日本勧業銀行が貸付ける形式をとった。(5千万円を限度に、業者の振出す手形を勧銀が割引く方法で話がまとまった) このとき大蔵省側の中心人物が池田勇人主税局長 5千万円の貸付担保には、RAAを構成する7団体(芸者屋・待合・貸座敷・接待所・慰安所・遊戯所)の組合員の特殊預金(戦時火災保険金を凍結されたもの)の証書をあてた。・運営資金 当初は宮沢氏のポケットマネー20万円。 第一回:3千万円が9月6日に貸出しされた。 第二回:3百万円が翌年1946年1月10日、以後はストップ。──〓勝手に独断と偏見〓 「指導委員会は内務省・外務省・大蔵省・運輸省・東京都・警視庁等の各関係機関をもって組織す」 RAAの様な組織には表向き関係したくない思うが、当時は利権があるのか敗戦責任を感じているのか、行政機関がそれなりに関係している。 RAAの慰安婦は公務員では駄目なのか、戦時中の慰安婦で海外等の戦争が行なわれた地域で亡くなられた人たちは靖国神社に奉られたのだろうか。 貸出しは1946年1月10日でストップした、GHQは日本勧業銀行の監査を行いRAAへの貸出しを不良貸付けとし不正追求。 大蔵省は「ごもっともであるが、実はこれはあなた方の将兵を慰安するという特殊目的から、例外扱いとして貸付けているのだ」。 GHQは「その配慮はまったく無用。今後は一切このような特別貸付けは停止すべきである」 米10kg:1938は2円80銭、1950は990円のインフレが進行。・新円切替は1946年2月16日夕刻に幣原内閣が発表した戦後インフレーション対策として行われた金融緊急措置令をはじめとする新紙幣(新円)の発行、それに伴う従来の紙幣流通の停止などに伴う通貨切替政策に対する総称である。 発表翌日の17日より預金封鎖し、従来の紙幣(旧円)は強制的に銀行へ預金させる一方で、1946年3月3日付けで旧円の市場流通の差し止め、一世帯月の引き出し額を500円以内に制限させる等の金融制限策を実施した。これらの措置には、インフレ抑制(通貨供給量の制限)とともに、財産税法制定・施行のための、資産差し押さえ・資産把握の狙いもあった。─「新円切替/ウィキペディア」より抜粋
2014.11.09
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