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明日からは新年度ということで、昨日は退職する方が花束をもらって帰られた。来年の今頃は他人ごとではないのだが、まだ実感はないし自覚もない。そして今日は、異動になった方々との別れだったのだが、思えば、この人たちと一緒の職場になることは絶対にないワケで、それどころか、今後、お会いすることもないかもしれない。こういうセレモニーはどうも苦手なのだが、来年の今頃を考えるとちょっと複雑だ。まぁ、それまでには、なんとか落ち着いているのかもしれないが、今から不安だ。なにかと大変な新年度になりそうだが、せめて一緒になったみんなには、気持ち良く送り出してもらえるようにしよーとは思う。
2015.03.31
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前にも書いたが、最近、購入しているマンガ雑誌を読む時間が足りなくて貯まっていく。同じように、これまでなんとかやっていた、例えば掃除とかネットのポイント稼ぎとか、もろもろが出来なくなってきた。これは、年齢から私の集中力が落ちたのか、スピードが落ちたのか。多分、そういうことなのだろう。なんとか、土日にやってしまおうと思いつつ、寝過ごしたり、落語やアカすりに行ってしまうので、休みが足りない。気持ち的には、あと半日あったらなぁとか思うのだが。明後日から、新年度で私にとっては最終年度に入る。いままでは、どーだったのかと言われると一言も無いのだが、毎日が貴重に思える。ちょっと、生活パターンを変えていかなくてはと真剣に考えている。
2015.03.30
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そういえば、今年は初めてだったディクト寄席。これも初の二つ目の独演会ということで、宮治さんも、私ら常連客も力が入ったのだが、残念ながら60人ほどの入りだった。それでも、宮治さんはいつもどおりの熱演。枕も、ちょっと聴けないネタばかりなのだが、ウケはイマイチか。演目は次のとおり。一席目 反対俥二席目 禁酒番屋三席目 花見の仇討ち H席亭、一押しの二つ目なので、秋田に来た時にはすべて聴いている。だから、一、二席目は二回目だった。反対俥は、宮治に向いているし、聴いていても楽しい。三席目は、落ちの説明が難しい噺なのだが、楽しめた。過去のディクト寄席のネタ帳を調べて、急きょかけたネタなのでそれもしょうがないか。しかし、その姿勢は只者ではなく、やってくれそうな気配がムンムン漂う。少なくとも、ディクトの常連客のハートは掴んだのではないか。
2015.03.29
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関西の落語、いわゆる上方落語では、関東のような前座、二つ目、真打という制度が無い。また、師匠と弟子という関係や落語協会はあっても、落語家は吉本興業などの芸能プロダクションに所属している。寄席の定席も無いはずで、とにかく、関東の落語界とは大きく事情が違う。しかも、東北と関西は遠く、なかなか上方落語に接する機会はなかった。そんな中で私が好きだった上方の落語家は、笑福亭仁鶴、桂枝雀、林家小染だった。テレビ出演の多かった桂三枝、桂文珍、の実力に気づいたのはもっとずっと後だった。しかし、別格にすごいと思ったのが桂米朝だった。圓生や小さんよりも噺を聴きたかったのだが、残念ながら生で聴くことはかなわなかった。ネタの多さや語り口なんかは、談志師匠の上を行き、毒はないのに(談志師匠には悪いが)品がある。高齢なので心配はしていたが、本当に残念だった。映像や音をかなり残されているので、ゆっくり聴けたらと思っている。合掌。
2015.03.28
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猫はどうして犬のように登録とか放し飼い禁止ではないのかというと、人や他の動物に噛みつくことが稀だからである。つまり、万が一狂犬病に罹患しても、感染を広げる可能性が低いということだ。実際、猫に関する苦情は、糞と鳴き声がほとんどで、犬に比べると危険度は低い。ここ最近、秋田県では放し飼いの犬はほとんど見られなくなってきたし、社会がそれを許さなくなってきている。しかし、猫に関しては苦情が増えてきている気がする。行政でも、むやみな餌やりや、避妊、去勢手術の励行指導など対策を実施しているが、なかなか目に見えた効果はない。そして、温暖化のためか、暖房設備が整ったためか、昔に比べて野良猫も増えているような気もする。なにせ、自由にどこへでも行ける猫は確実に繁殖するのだから。野犬の群れは怖いが、野良猫の群れはカワイイみたいなこともあって、強制的な指導は難しい。しかし、避妊、去勢手術後の猫を地域猫化しようという新たな試みも始まる。犬、猫、人が問題なく暮らせるように地道な努力が必要だと思う。なんて、政治家みたいな、ちょっと恥ずかしい結論でこのテーマを終わる。
2015.03.27
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もう一つ気になることがある。猫は「落し物」なのかという問題だ。犬と違って、猫には登録制度もないし、係留(つないで)して飼わなければならないという決まりもない。だから、人が勝手に「この猫は迷い猫だ」と決めつけても、猫からすると散歩しているだけであり、その飼い主にしても、2,3日姿が見えなくても気にも留めていない。それを捕まえて自宅に閉じ込めてしまうと、猫としては家に帰れなくなる。それならまだしも、その猫を「落し物」として警察に届けたり、保健所に持ち込んだりすると、もう、猫の命は風前の灯となる。極論すると、いかなる場合も猫は落し物ではない。生み捨て猫の場合は、落とした人がいないのだから当然として、人に捕まるような猫は飼われている猫でしかない。最近は、警察や保健所でも、持ち込まれた猫の飼い主を探すのだが、なにせ登録制度がないので、新聞やラジオなどで情報を流すぐらいしかない。飼い主が探していて連絡があった場合には、めでたくお返しすることができるのだが確率は極めて低い。残念ながら、飼い主不明の猫を譲渡したり、飼い主がみつかるまで飼育しておくようなシステムは、日本にはほどんど無いのが現状なのだ。
2015.03.26
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もう一つ気になるのは、生まれたばかりのというか生み捨てられた子猫の行く末である。はたして、母猫が本当にいないのかは別として、ミャー、ミャー泣いて震えている目もあいていない子猫を発見した時、人はどうするのだろうか。おもわず、拾って途方に暮れ、温めたり、牛乳を与えたりしてみて、どうにもならず、役所や警察や保健所に電話をするというところだろう。結論から言うと、この場合はまず、助からない。ペット病院に持ち込んでも助からないだろう。役所や警察に持ち込んでも、最後は保健所経由で動物管理センターなどの施設へ。それも生きていればのはなしだ。動物管理センターまでたどりついたとしても、そこでまっているのは殺処分である。つまり、生み捨てられた子猫が無事に成長する可能性は、行政では、ほぼゼロである。ペット病院やボランティア団体でも、これを助けるのはかなり難しい。それほど猫は弱く、どっちみち生き残れる可能性は無かった。この現実を知っているだけに、高校教諭を責め立てることには、憤りを感じるのだ。
2015.03.25
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千葉の県立高校の男性教諭が、野良猫が生み捨てたと思われる子猫5匹(内1匹は死亡)を生徒3人に穴を掘らせて、自分一人で埋めたというのが発覚し、動物愛護法違反で警察の調べを受けているという。男性教諭は、猫を保健所で引き取ってくれことを知らなかったので、このままではどうせ死んでしまうと思いこんな行動をとったと記事は伝えている。この教諭は確かに動物愛護には触れるだろうし、なにより、生徒に穴を掘らせたのがまずかった。このことを知った生徒がショックを受けて、学校のカウンセラーに相談したいというところから発覚したらしい。だが、教諭が起訴されて、それでおしまいというのには、ちょっと違和感がある。 まず、生んだ親猫は本当にいなかったのかということ。野良猫は雨風をしのげる場所で出産する。生んだ後でそこを人にみつかると、隠れてしまう。そして、人のいない隙をみはからって巣を移すのが一般的だと思う。中には、育児放棄したりすることもある。だから、この場合、慌てて対処する必要はなかったのではないか。本当に母猫がいなければ死んでしまうだろうし、それから埋葬すれば何の問題にもならなかっただろう。
2015.03.24
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あっという間に、今日は最後の送別会だ。しかし、天気は最悪でせっかく溶けたのに雪がつもっている。明日までだとはいうが、どうせ消えるのなら降らないでほしいものだ。希望と不安と不満が織り交ぜになる送別会は、なかなか大変で、よくよくメンバーを選ばなければ、うっかり2次会にも行けない。考えてみると、こんな立場の送別会もこれで最後。来年の今頃はいやでも主役になってしまうワケだ。今日は、なんだか重くなりそうな2次会を避けて、余った3人で、泊まるホテルの近場で飲んだ。ということで、書き込みができたのだが、もう、ここまでで限界。さぁ、明日も頑張ろうっと。
2015.03.23
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名刺を自分でワープロで作れるというのは楽しかった。面白がって、何種類も作ったり、悪乗りして、有りもしない「日本カメ犬保存会 会長」とかも作ったりした。この場合、ネックだったのが印刷する紙だった。ちょうどいい厚さの紙に印刷しても、それを名刺大に切り出すのが一苦労。しかし、このワープロ全盛時代も、思いのほか早く終わってしまった。今は、パソコンソフトで選ぶだけで、紙もA4に10枚、切れ目が入っていて簡単に出来てしまう。昔のことを考えると夢のようなのだが、その分、名刺の尊厳というかありがたみは薄れたようだ。それにしても、パソコンのある家庭のほとんどにカラープリンターがある時代だ。名刺や年賀状という仕事を奪われた印刷屋さんは本当に大変だということだ。
2015.03.22
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初めて社会人になった昭和54年頃、大きな会社の近くには必ずと言っていいほど地元の印刷屋があった。ワープロやコピーの無かった時代、印刷物、特に名刺は印刷屋に発注するしかなかった。これは新社会人にとって、かなりうれしいことで、私もはりきって作り、誰かに渡したくてしょうがなかった。100枚単位で、いくらだったのかは忘れたが、その頃の私にとっては案外大金だったような気がする。新社会人がそれほど名刺交換するワケもなく、だいたい余るのだが、それでも職場が代わる度に、せっせとは注していた。ところが、昭和の終わりになってワープロやコンピュータが出てきて事情は一新、名刺自を分で作ることが可能になった。かくいう私も、シャープの書院というワープロで挑戦してみるのだった。
2015.03.21
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実は、内示があって来年度の異動は無く、今の職場が最後になることがわかった。最後はいろいろ忙しいので、ちょっと楽をしたかったのだが、人事をみると、どうもそうはいかないようだ。今から気が重い。ということで、身の回りの書類を整理していたら、歴代の自分の名刺が出てきた。普通はそんなものとっておきはしないのだろうが、なにせ収集癖があるものでこうなる。全部が揃っているわけではないが、大まかなところはある。「技師」、「主任」、「主査」、「課長補佐」、「所長補佐」、「副主幹」、「主幹」、「課長」といろいろある。その他にも、専門主幹だとか、なんだかわからない役職名もあったりして。残念ながら、憧れの「係長」は無い。私が昇格する直前に決まって無くなってしまうのだ。副主幹とか主幹というのも、どーもなじめないのだが、昇格直前に予告も無く名称が変わってしまう。なんだかなぁ。
2015.03.20
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昭和40年代、夕張ではクルマは少なく、馬車がまだ走っていた。そんな中、自家用車を所有しているというのはかなり珍しかった。当時の炭鉱は、まだ下り坂にさしかかったところで、景気は良かった。それでも、通勤にもまったく必要がなかった自家用車は贅沢品でしかなかった。父は、クルマが好きだとか、運転が好きというのではなく、地図というか地理が大好きで、休日にドライブするためだけに、中古のツートンカラーのブルーバードを購入したようだ。ということで、休みには家族でドライブにでかけた。海水浴や観光地や、3日ぐらいで道東を廻ったこともあった。ただ、父にとっては、そこへ行くまでの運転が一番の目的で、子供にとっては、ただクルマの中の時間がやたらに長かった。平日に、いっしょに遊んでくれることは全くと言っていいほどなかったが、このドライブが父にとっての家族サービスだったのだろう。
2015.03.19
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もし生きていれば、今日でが90歳の誕生日だった。父についてあれこれ考えていると、急に思い出したことがある。あれは私が小学4年か5年の時だったと思う。だから昭和40年ぐらいか。当時は珍しかった自家用車で、近所の兄弟と私を、ウルトラマンの展示場に連れていってくれた。場所は札幌市の藤野というところで、今では結構な住宅街だが、当時はかなりの原野で何もないところだった。そこに、定かではないが「藤野ハイランド」とかいうレジャー施設があり、そこで、当時大人気のウルトラマンを展示してるというのだ。今なら、ヒーローショーとかなのだろうが、当時はただ、ウルトラマンや怪獣の着ぐるみが薄暗い手描きセットに展示してあるだけ。もちろん、ビデオもカセットさえ無い時代なので音響効果もソノシートが時々かかるだけで、子供も騙せぬ体たらくだった。が、私にとっては、十分に楽しかった。あれから50年たった今もウルトラマンが好きなのは、あの体験のためなのか。 明日は送別会で書けない確率が非常に高いのであしからず。
2015.03.17
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今日は女房の命日で、もう13年がたってしまった。昨日、母と二人で墓参りをしただけで、セレモニーはやらなかったし、17回忌も多分やらないつもりだ。先立たれた当時は無我夢中だったが、子供たちが巣立って、ほぼ一人暮らしになると、もし女房が生きていたらと考えることがある。多分、そのありがたみに気づくことはなかっただろう。いなくなって、あぁ、自分はずいぶんだったなぁとか反省したりする。それどころか、二人っきりの2度目の新婚生活で喧嘩ばかりして、愛想を尽かされていたように思えてならない。今のお気楽な暮らし、つまり、夫でもなく、父もほとんどやっていないというのから、もう抜け出せない。同僚などが夫婦でいるのをみると、ちょっとうらやましい気もするが、もう人といっしょに暮らすのは、たとえ自分の子供とでも無理だろう。毎年、同じようなことを書いているが、なんだかこの時期は春なのに物悲しい。
2015.03.16
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荒天で積もった雪がウソのように融けた。もう、除雪はないと思うのだが。だからといって、タイヤ交換はとんでもない。朝の路面は油断大敵だ。 この土日は、特に落語とかのイベントも無く、お買い物と掃除を頑張った。掃除すると、やらなければならないことに、やたらと気が付く。出来れば今年度中にやってしまいたいのだが、まぁ無理だろう。衣替えも、なかなか難しい。冬物のコートなんかもクリーニングに出さなければとは思うのだが、もう一荒れはありそうだ。 札幌では、同級生のAくんがいよいよ市長選の本番で頑張っている。道新をのぞいてはいるものの、なかなか実態はわからない。せめて、これを読んでいる札幌市民の方は、なんとかよろしくお願いしたい。それぐらいしかできないのが、どうにもはがゆい。
2015.03.15
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トワイライトエキスプレス、北斗星が廃止になり、北陸新幹線が開業と「テツ」の方々にとっては、なかなか忙しい。私も一般人並の興味はあるのだが、どうにも着いていけない。まず、乗れたらそれなりに楽しいだろうとは思うが、目的なしに列車に乗るという「乗りテツ」の気持ちがわからない。車窓の景色を楽しむとかいうのも、「ああそうか」だけで、あまりうれしくない。考えてみれば、観光名所や寺なんかも見れば、すごいなとか、きれいだなとは思うがそれだけだし、湖とかでは「魚がいるのか、獲れるのか」の方が気になる。したがって「撮りテツ」の気持ちもわからない。一番列車とその後の列車の違いは、私らが初版本をありがたがるのと同じ感覚なのだろうか。「葬式テツ」というのは、もっとわからない。廃線になった跡地を訪れるというのなら、まだわかるが、乗ったことも無い列車に「ありがとう!」とか叫ぶというのは悪趣味というものだ。まぁ、人の趣味をあれこれ言う資格はないのだが、私は「テツ」にはなれないだろう。
2015.03.14
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西武ライオンズは、その昔、強かった。ひょっとしたらパ・リーグのジャイアンツになるのかとも思わせるぐらいに勢いがあり、名門ぜんとしていた。しかし、西武本社の凋落と共に、身売り説がやまない球団に成り下がってしまった。しかし、ここまでの落ち込みの原因は、本社の不況だけではないと思う。なんとなくチームに愛が感じられないのだ。というか、生え抜きの選手が、あまりにも簡単に出ていくので、ファンとしても球団を素直に愛せないのだ。古くは鳴物入りで迎えた田淵、絶対に監督になると思っていた石毛、工藤、和田、秋山、松坂、中島と、日本野球のトップクラスの名選手がチームを出て、戻ってこないのだ。広島の黒田を見るにつけ、西武の体質を疑ってしまう。せめて、松坂が戻っていればと悔やまれる。ここのところを、ちゃんと考えないと、本当に球団の存続にかかわってしまう。ファン心理とはそういうものだと思うのだが。
2015.03.13
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昨日書き忘れたのだが、あの時の停電は、まだ、寒くて本当に辛かった。その後の計画停電は、いったいどこまで続くのかと不安だった。しかし、痛い目にあった私をはじめとした国民は、節電を覚えた。これまでの電気の無駄遣いを反省した。これは忘れてはいけない。時がたつにつれて、節電もないがしろになってきている。ここは、もう一度深く反省して、節電を徹底しなければならない。 実際に原発が稼働していなくても、計画停電は無いのだから電力は足りているのではないだろうか。どうしても再稼働したいのなら、どこでどう足りないのかを、ちゃんと説明してくれなければ納得できない。さもなくば政府は、ここはひとつ、大嘘で「電力不足による計画停電」という大勝負に出るべきではないか。
2015.03.12
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職場で、いきなり全員が立ち上がったので、なんだこれは、と一瞬思ったが、黙とうだった。たかだか、4年前のことなので、大人は覚えているだろう。停電ぐらいで、たいして被害にあわなかった私でも鮮明に覚えている。だから、マスコミの「忘れてはならない」連呼は鼻につく。ようするに、被災地から遠い人たちも、この災害を今一度思い起こしてほしいということなのだろうが、その効果のほどはちょっと疑問だ。恥ずかしい話だが、私は、阪神大震災の正確な発生年月日などを覚えていない。やはり、実際に体験していないと残らないということか。別に、報道を否定するつもりはないが、風化を防ぐのは難しい。 阪神と東日本大震災の一番大きな違いは、残念ながら原発事故だろう。まがりなりにも復興は進んでいるが、復興どころか立ち入りも出来ない場所があり、事故現場からの汚染水処理さえ出来ていないのだ。国を挙げての事故処理をなんとかして欲しい。少なくとも、あの震災を知る国民が生きている内に、メドぐらいは立てて欲しい。
2015.03.11
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まだ、あったので続ける。「入梅が来た」は、動詞が二つはおかしいだろうと文句をつけたかったみたいだ。「皇室の蝋人形」は、そういえば、無いなと思ったのが、あまり騒ぐ気になれなかった。「永島優美アナ」は、最近のお気に入りなので、後から書くつもり。 その他に、書きたいのだが、テーマが重厚過ぎて、なかなか覚悟がつかないというのもある。「秋田内陸縦貫鉄道」、「落語家の襲名」、「B型肝炎」なんかが、その例なのだが、長くなりそうなので、じっくり、ゆっくり書こうと思っている。日記のように、毎日の出来事で愚痴っていればいいと思っていたのだが、これがなかなか難しい。この頃は、老化による記憶の減退もひしひしと感じているので、このネタ帳はますます重要になる。心してメモろうと思う。
2015.03.10
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こうしてみるとボツネタは、困った時には宝庫だ。もちろん、なんだかわからないのがほとんどなのだが、多分、あの時のことかなぁと、懐かしささえ感じてしまう。例えば、「ワキ汗が悪いか」は、あのNHKアナウンサーの時だろう。「SAMP中国」は、SAMPが中国公演に行ったのが面白くなかった時に違いない。「ホンマの植木」は、「ホンマでっか」という番組の女性心理学者のことらしい。「ピート・ローズの馬鹿」は、イチローの記録に難癖付けたのに腹をたてたのだろう。「目線はバカドラマ」と「クロハはひどい」は、楽しみに見たミステリーテレビドラマが、あまりにもつまらなかった怒りからだったな。 メモったその日に勢いで書いておけば良かったのに、次の日に見ると、なんだかなぁ、とか、面倒になったり、怒りがおさまったりしたのだろう。こうしてみると、ちょっと前を振り返ることができるのでボケ防止にはもってこいではないか。
2015.03.09
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実は、このブログのための「ネタ帳」というのがある。そのネタ帳に使っているのは、昔、週刊文春の糸井重里の萬流コピー塾でもらった特殊ノートという長形3号封筒と同じ大きさのもの。その1冊目を、ほぼ使い切ってしまいそうだ。まだ同じものが数冊あるので、困りはしないのだが。で、どんな風に書き込んでいるのかというと、思いついたら箇条書きにしておいて、使ったのにはマルで囲んでいるだけ。ちょっと、読み返してみるとなかなか面白い。といっても自分だけでなのだが。まず、殴り書きで自分でも読めないのがある。自慢じゃないが、3日たてば象形文字といわれるほど字は汚い。まぁ、これは論外なのだが。
2015.03.08
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島田荘司が長らく原作提供を封印していた御手洗潔シリーズがついにテレビドラマ化された。あの原作で、2時間も持つのかと心配はしたのだが、なかなかの出来ではあった。しかし、視聴率というか、ウケはどんなものだろう。島田荘司は大好きで文庫になってからだが、ほとんど読んでいる。ちょっと長く続きすぎたシリーズなので、御手洗ももう初老になっており、なにしろ日本にいない。昔からのファンとしては、そんなところに文句をいいながら、次回作を楽しみにしていたりして。少なくとも、原作を思い出すのは、ちょっとうれしかったりして。 実は、今日は秋田市での送別会だったので、これも録画で見る予定だったが、酔いが浅くなんとかホテルで書いている。こういう日のために購入したSurfaceが役に立った。
2015.03.07
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なんでも選挙権が18歳からになるという。これが、良いのか悪いのか、どこの誰に利益があるのかはわからないが、選挙結果に大きな影響はないように思う。だが、ちょっと心配なことがある。18歳といえば、高校3年生。進学や就職で生まれ育った土地を離れる年齢である。そのままそこで暮らす方もいるだろうが、多くは住所を移すことになるのではないだろうか。住所を移した場合、3カ月そこに住まないと選挙権を取得できない。だから、4月に多い統一地方選には投票できないことになる。18年生まれ育ったかはどうかわからないが、少なくとも卒業高校がある場所での一番身近な地方選挙に投票できない可能性がある。さらに、それが初めての選挙になるとしたら影響は大きいのではないだろうか。まぁ、家を出ている場合なら現行の20歳でも同じなのだが、18歳というタイミングはなんだかしっくりこない。余計なお世話なのかもしれないが、そこんところを考えているんだろうか。
2015.03.06
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サッカーを嘆いたところで、プロ野球について。もう少しでペナントレースが開幕だが、昔に比べると、なんだか盛り上がらない。野球人気が落ち込んでいるということなのだろう。鳴物入りのルーキーが、例えばダルビッシュとか田中マーくんが、脚光を浴びても、すぐに大リーグに行ってしまうのだから、これもしょうがないのだろう。そして、この時期、異色のルーキーがスポーツ新聞をにぎわす。今年で言えば、安楽とか京大田中なのだが、果たしてシーズンに入るとどうなのか、はなはだ不安だ。スポーツ新聞の報道の仕方にも問題はある。記事枯れの時期に、やたら取り上げておきながら、その後はさっぱりだ。ここはひとつ、「あの日のルーキー」みたいな特集を組んで懺悔して欲しいものだ。ソフトボールから指名されたキャッチャーとか、どうしているのか、気になるんだけどなぁ。
2015.03.05
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今、なでしこのアルガルベカップ初戦デンマーク戦を見ているのだが、なんだか勝てそうもない。監督も決まっていない失態男子はともかく、なでしこだけはと思っていたのだが。 その男子のACLの方も散々だ。昨年3冠のG大阪がまさかの連敗で、浦和も連敗。勝ったのは柏だけなのだから、もう見る気も失せる。 今週末から、前後半制のJリーグも始まるのだが、なんとも盛り下がる。totoも始まるのだが元気が出ない。このまま、日本のサッカーが凋落していくような気がしてならない。犯人を捜してもしょうがないことはわかっているのだが、アギーレを選んだサッカー協会のバカヤローと叫ばずにはいられない。書いているうちに、なでしこ、やっぱり負けてしまった。
2015.03.04
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行きつけの書店ブックスアピアでは、長い付き合いなので、注文していなくても私の欲しそうな本、例えば手塚治虫や藤子・F・不二雄特集とか、表紙がドラえもんの雑誌なんかをとっておいてくれる。そして「これ、注文ではなかったんですが、いります?」と聞いてくれる。昨日も何冊かを購入した中に、見慣れない雑誌があって「これ、いります?」と聞かれた。「ナニ、これ」と見てみると、なんとあの「CanCan」4月号だった。付録に「ドラえもんアメコミ♥ポーチ」というのが付いているので店員さんが、あのドラえもん爺さんはきっと欲しがるぞと、とっておいてくれたのだ。それにしても、59歳にして、人生初のCanCanである。いくらなんでもとか、ちょっと思ったのだが、もちろん購入。自分でも、何がしたいのやらと呆れている。
2015.03.03
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今日は、嫁に行った娘の誕生日だった。いつもはメールなのだが、電話してみたら元気そうで安心した。このところ、このブログを書くのが遅くなって、ちょっと雑になってしまっている。というのも、せめて家族の誕生日なんかの記念日だけは、短くても書き込もうと決めていたのに、例えば、女房の誕生日やら、結婚記念日やら、ずいぶんと書き忘れていたことがあった。これは、いけない。これでは、母をボケだとか言っている資格が無いわな。そういえば、16日は女房の命日だった。特別に何もする予定はないのだが、午後から休んで墓参りでも行こうか。
2015.03.02
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小三治師匠の枕で知ったのだが、今年の安比は雪が融けてしまい、スキーが出来ないままで終わってしまったのこと。師匠一行は23日からいらしていたのだが、まったく滑れる状態ではなかったらしい。31回目で、初めてのことだという。27日は、職場を出る時には多少の濡れ雪と風だったが、道路はアスファルトが出ていて快適だった。しかし、22時過ぎに帰る時には、さすがに安比というような猛吹雪。と、言ってもさほど雪が多かったワケではないが、下りの道はツルツルのアイスバーンで、ちょっと怖かったものの、山を降りるにつれておさまった。 しつこいようだが、たった1000円で、小三治一門の噺がたっぷり聴けるというのは、たまらない。来年も、演っていただけるとのことなので、こちらも体の続く限り通いたい。
2015.03.01
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