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狂ったように忙しい4月だった。食中毒・感染症関係が5~6件、違反事例も重なり、そのいずれも事が大きかった。犬も例年の半年分ぐらいの苦情が集中して発生した。さらに、油漏れなどの公害苦情も10件近く集中して発生した。それらに、人事異動で代わったスタッフで対応しなければならなかった。これまで経験したことが無い。もちろん、継続中の事件もあるので、連休中もこの忙しさは続きそうだ。なかなか家に帰れず、風呂や飯の時間も狂い、メールや新聞も読めない一カ月だった。この仕事の最後の1年の出だしは、否が応でも還暦を痛感させる。
2015.04.30
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船戸与一について教えてくれたのは、たしか職場の友人のMくんだったと思う。それまでは、大藪ハードボイルド的な作家なのではと思っていたのだが、初期に読んだ「山猫の夏」なんかは、陳腐な言葉だがとにかくハードボイルドを越えていて、画期的だった。だからこそ、船戸は不死身だと思っていた。読んでいない作品も多いので、極めて浅い感想しか言えないのが、既読で一番なのは「蝦夷地別件」。日本を舞台にしてこれほどの物語が語れるのかと感服した。これからは、ちょっと振り返りながら、貯まっている作品を読んでいけば、せめてもの弔いになるのではと思う。
2015.04.29
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文庫本を収集していた作家の船戸与一氏が亡くなった。ちょっとショックだった。もっと若いとばかり思っていたのだが、70歳だった。それでも、若すぎる死に思えてしょうがない。本当に残念だ。文庫本しか購入していないのだが、最近はかなり読んでいなくて、だいぶ、つん読が貯まっている。言い訳させてもらえば、船戸氏の作品は、重厚で、ある意味私には難解な部分もあり、毎日何ページとかいう読み方ではとても読みこなせなった。ずいぶん昔から、主に政情不安定の世界各地を舞台に書いており、イスラム圏についても詳しかった。きっと、昨今のイスラム国についても、書きたかったのではないかと、勝手に思っている。
2015.04.28
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「あきた落語愛喬会」は、あくまで私なりの解釈だが、秋田在住柳家喬太郎師匠の熱烈なファンによるファンクラブ的な団体で、毎年春と秋に喬太郎師匠メインの落語会を主宰してくれる。その若さとバイタリティーは、立川談春師匠も絶賛している。今回は、今までより大きな会場に挑戦したのだが、ほぼ満員の200人越え。 何がうれしいかといって、スタッフの若くてかわいい女性が着物姿で接客してくれる。座布団返しやめくりなどもやってくれて、おじさんというか、おじいさんの私はたまらなくうれしい。モギリの方も和服姿で、予約購入の際に「いつもありがとうございます」とか言われた日には、もう、落語はどーでもいいなんて思ったりしてしまう。本当に手作り感満載の落語会で、なんだかお客さんまでも、みんな知り合いのような一体感がある。今度の秋は、私がまだ聴いていない名作を聴けるという。これはうれしい。絶対に行きます、というような応援しかできないが、いい落語を聴かせていただいて本当にありがとうございました。
2015.04.27
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出色の落語会だった。そのいろんなことについては、明日にでも書くが、まずは演目から。一席目 春風亭一之輔 堀の内二席目 柳家喬太郎 首ったけ三席目 柳家喬太郎 ウルトラのつる四席目 春風亭一之輔 子別れ 喬太郎師匠の「ウルトラのつる」は笑った。なにせ、私はウルトラQから生で見ている、生粋のウルトラマン世代である。噺の内容が、自分ほどわかるやつはいないのではと思えるぐらい、入れ込んで聴き入ってしまった。 一之輔師匠は、秋田市は初めてのおめみえだったが、その実力をいかんなく見せつけた。5月17日には、シネマディクトで独演会なのだが、秋田からも行きたいというファンは確実に増えたのではないか。
2015.04.26
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さすがの貫録で、当日券無しの完売、満席だった。談春師匠は何しろ熱い。それだけに、秋田を大事にしてくれている気持ちが伝わる。演目は次のとおり。一席目 宮戸川二隻目 談春半世紀三隻目 百年目 談春師匠ほど、落語に対して生真面目な噺家はいないのではないか。それが伝わるから、ファンは惹きつけられるのではないか。三席目の「百年目」は、ちょっと風変わりな人情噺である。いい噺ではあるが、どうも落ちが釈然としなかった。多分、演じている噺家もそうだったのではないか。師匠は独自の解釈で、こういうことだと演じていらしたが、これが正解なのかは、まだわからない。偉そうに言わせてもらえば、私も、まだ納得していない。ただ、そのような古典を、解釈し直して客に問うというのは、寄席育ちではない立川流の真骨頂ではないか。これはすごいことだと思うのだが。
2015.04.25
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昨年、初めて職場の最高幹部の会議に出席した。以前の後輩たちがみんな上司になっていて、あぁ、そういう時期になってしまったのだと思い知らされた。しかし、会議の後の懇親会では、昔話で盛り上がり、親しかった後輩の今は上司の3人と二次会へ。おごってもらったりして、本当に楽しい思いをさせてもらった。で、今年は私にとっての最後のその会議で、もしかしたら、また昨年のようにと思っていたのだが、こちらからは誘えず、早めに帰ってきて、これを書いている。 明日、明後日と秋田市での落語会があるので、ホテルに連泊だ。そして、まったくの偶然なのだが、明日は中学校時代からの幼馴染のKくんが、ご夫婦で秋田に来る。Kくんは、夕張の中学校で一番仲の良かった男で、中学の途中で父の故郷の秋田市に転居し、秋田の高校を出たのだ。私とはすれ違いで、秋田で会ったのはこの30数年で3回ぐらいしかない。まぁ、遊びに来るのではないが、とにかく、おもてなししたい。
2015.04.24
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実は、この土日をかわきりに、落語会が目白押し。しかも、私の好みの大物ばかりで、うれしいやら、忙しいやら。数少ない落語ファンの読者の方に情報を。4月25日(土)14:00 秋田市文化会館小ホール 立川談春4月26日(日)18:30 秋田市文化会館小ホール 柳家喬太郎、春風亭一之輔5月17日(日)18:30 青森シネマディクト 春風亭一之輔5月23日(土)18:30 大館市文化会館中ホール 立川志らく6月18日(木)18:30 秋田市文化会館大ホール 立川志の輔6月28日(日)18:30 青森シネマディクト 立川志らく どうにも信じられないようなラインナップだ。特に、5月23日の大館での志らくは、格安の2000円!いつもは、あまり誘わない私だが、こればかりは必至で告知する。会場でお会いしましょう。
2015.04.23
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あたりまえのことなのだが、個人経営の飲食店は後継者がいないと一代で終わってしまう。だから、チェーン店以外の個人経営のラーメン店も、そうなりがちである。私の一番好きな、能代の「十八番」は、娘さんが継いで、順調に営業している。最初は好きな味噌味ラーメンの味噌が代わったような気がしたが、この前は昔に戻っていてうれしかった。それほど味にうるさく言えるような立場ではないが、先代の味を十分に受け継いでいるようで、相変わらず行列ができている。しかし、鷹巣の「福士」、大館の「野沢野」、大滝の「竹園」、秋田の「ともゑ堂」には、どうやら若い後継者はいないようだ。わかってはいるのだが、そのへんがなんとも残念でしょうがない。私も、還暦なので、いつまでも食べに通えるのかわからないが、体の続く限り、好きなラーメンを食べ続けたいのだが。
2015.04.22
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何年前だったか、忘れてしまったが、それまで駅前の「野沢食堂」だったのが、移転して「野沢野」となった。今の場所は、なかなか分かりにくい。その上、移転前は、そこそこの客席があったが、今は、どう頑張っても10人で満員と、客席は極めて狭い。しかし、昔からのファンは多く、並んだり、出直したりする時もあるほどだ。ご主人は、自分の体調で店に出られないのが悔しいこともあり、店を閉める決断をしたようだ。しかし、今は一人で頑張っている奥さんは、まだ続けてもいいような雰囲気もあり、来月いっぱいで結論を出すとのことだ。実は、飲食店営業の許可は5~6年単位で更新が必要で、「野沢野」の許可はこの5月末日で切れるのことから、迷っているのだ。どちらにしろ、来月は、とにかく通おうと思う。
2015.04.21
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地元の「福士」は、4月1日から営業再開。土曜日の11時には必ず行く私と同様に、待ちかねたファンが駆けつけている。いや、良かった。と、思ったら、今度は「野沢野」が5月いっぱいで店を閉めるという。ご主人の健康状態が理由なのだが、なんとも残念だ。「野沢野」は、昔は大館駅の近くでやっていた。当時は出前もしていて、いわゆる大衆食堂的な店だった。職場が近かったこともあり、何の気なしに入ったのだが、ここのラーメンは昭和の時代から煮干し出汁。あっさりではあるがなんとも、くせになる旨さだった。ちょっと前に流行って、今は定着した魚介出汁を、大昔から貫いてきたのだから、すごい。さらに、特筆すべきは、ここのチャーシュー。肩ロースを贅沢に煮込んだ逸品は、私にとっては日本一のチャーシューだ。今はメニューにはないが、ここのチャーシューメン1050円は、月に一度の贅沢な楽しみだった。
2015.04.20
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今、ニッポン放送で、「吉田拓郎 僕のラジオwith坂崎幸之助 一夜限りの放送」が放送中!書こうと思っていて忘れていました。ラジコでパソコンで聴けます!
2015.04.20
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青森県弘前市で新たに立ち上げられた「ヒロロ寄席」も1年を過ぎ、今日で6回目。その中でも2回目の一之輔師匠の人気は高く、200人以上の満席。私は2回目だが、ここは会場が申し分なく、駐車料金も無料でなにしろ、家から近いのがうれしい。演目は次のとおり。一席目 初天神二席目 長屋の花見三席目 らくだ 師匠の「初天神」のキンぼう(子供)はどうしてあんなに小憎らしくもかわいいのだろう。大好きだ。「らくだ」も良かった。聴けてうれしかった。枕では、「弘前城公園の花見の露店で、手伝っているおきゃんな女の娘に妙に魅かれて余計に購入しそうになった」とおっしゃっていたが、これには、まったく同感。師匠の枕は本当に私好みで大好物だ。実は、来週も秋田で、そして5月にも青森で師匠が聴ける。堪らない春が続く。
2015.04.19
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考えてみれば、「家」と言うのはなかなか難しいものだ。我が家は昭和55年に父がここに、平屋で建てた。当時は私は就職して2年目で、妹はまだ大学生だった。いろいろあって2階に私と妹の部屋を作った。そして、父が亡くなった翌年の平成6年に2階を改築し、今の2世帯住宅になったのだが、いつもその時は家族のことを考えて、その時出来るベストな選択をしてきたつもりなのだが、今となっては、母が1階に一人、私が2階に一人になってしまった。多分、人生最大の買い物である家でさえ、先が読めない。生涯賃貸住宅の方がいいというのも、ある面では正しいのかもしれないが、母や子供たちにとってはここが帰ってくる場所なのだと思うと、間違いだったとは決めつけられないし、間違った家に住んでいるというのも相当悔しい。あっという間にゴールデンウイークだ、また掃除をしなければ。
2015.04.18
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母が、味噌汁の鍋を持って、狭くて急な階段を上がってこなくてもいいように、2階の台所での調理をすすめたのだが、妻の体格に合わせた台所は、母には高すぎるらしく、どうしても下の台所を使いたいようだ。ならば、私が下で食べればいいことなのだが、これもまた母が渋る。「食ったら、すぐ2階に帰るから」とか、説得を重ねて、来週の月曜日から夕食は下で食べることになった。箸や茶碗はいいとして、晩酌のビールだけは下の冷蔵庫で冷やさせてもらわなければ。 昨日は、職場の歓迎会だった。しかし、異常な忙しさが、まだ続いていて、かなりの遅刻で参加、今週は本当に疲れた一週間だった。
2015.04.17
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我が家は2世帯住宅である。玄関も別で、風呂もトイレも台所も別、1階が私の両親で、今は母と仏壇。2階は私の家族4人だったが、今は妻が亡くなり二人の子供が独立したので私一人だけ。で、私は2階に、ほぼ独り暮らしなのだが、84歳の母が、月、火、木、金の週に4日間、夕飯を用意してくれる。とはいっても、味噌汁と魚を焼いてくれるだけで、あとは近くのスーパーの総菜や刺身が並ぶ。母は、毎週まだ、卓球のラージボールに毎週月曜歩いて通っているぐらいで、ちゃんと歩ける。だから、これには何の不満もないのだが、2階への階段がなかなか急なので、下の台所で作った味噌汁を運ぶのが心配なのだ。そろそろ対策が必要な時期がきたようだ。
2015.04.15
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最盛期人口12万人近くだった夕張市には夕張北、夕張南、夕張工業、夕張東の4っつの高校があった。今では夕張南のあった場所に夕張高校があるのみだ。で、学力的に一番優秀だったのが夕張北だった。しかし、優秀と言っても、しょせんは田舎の高校なので、北大に数人が現役で合格する程度で、札幌の進学校には比べもの物にならないレベルだった。ところが、私の卒業した昭和49年卒業組は、おそらく歴代で最も優秀だったようで、北大に10人以上、その他有名大学にたくさんの合格者がいて、なんだか突然変異的な学年だった。これは、私が勝手に思っていることなので根拠はまったくないのだが、昭和30年生まれは芸能界やスポーツ界でも大物が多い。明石家さんま、小堺一機、所ジョージ、江川卓、千代の富士、桑田圭祐などなど、今年還暦のスターは同級生だ。だからどうしたとか、それでオマエはどーなんだと突っ込まれれば、一言もないのだが、うれしかったので自慢してみたかった。
2015.04.14
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同級生の秋元くんが、札幌市長に当選した。これは自慢したくなる。どう考えても、自分の同級生が大都市の市長になるというのは、稀なことだろう。秋元くんは、成績優秀で、人柄も申し分なかったが、それだけに、まさか市長に、まさか選挙に打って出るとはというのが正直なところだ。とにかく、秋元新市長と応援した同窓生の皆様には本当に感動をいただいた。あらためて、おめでとうございます。それにしても、私が卒業した49年卒業の夕張北高等学校は優秀だった。一ツ橋大、東北大、札幌医大、北大、筑波大など国立大学の合格者が多く、各界に多くの著名人を輩出している。そのとどめが秋元君の札幌市長だ。もっとも、私が自慢しても、じゃぁ、オマエはどうなんだということで、これでも多少は気恥ずかしいのだが、ここは恥を忍んで自慢させていただく。
2015.04.13
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札幌市長選挙で秋元克広くんが当選確実になった。秋元くんは、夕張北高の同級生で、同じ地方公務員ということもあり、未だに年賀状のやり取りをしており、本当に誇らしい。だが、それと同じぐらいに誇らしかったのが北高同窓生の応援の頑張りだった。中心となったのは同級生のSくんだった。昨年の4月に急に同窓会が札幌で開かれることになり、私はひとしきりブーブー文句を言いながら、結局は参加した。そこで初めて、秋元くんが札幌市長に立候補することを知った。それからのSくんの活躍はすごかった。同級生はもちろん、先生、先輩、後輩に呼びかけ今日の結果に繋げたのだった。どうしてSくんは、そこまで頑張れるのかと思ったりしたが、北高のホームページで、秋元くんとSくんが、テニス部でペアを組んでいたことを思い出させてもらい納得し感激した。皆さん、本当におめでとう!万歳!
2015.04.12
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今日は、昨日までの疲れで、なかなか体が動かない。それでも毎週の買い出しと、散髪には行けた。まだまだ、やらなければならないことは残っているので、明日じっくりやろう。 ところで明日は地方選の前半投票日で、地元では県会議員の投票がある。母を連れて行く予定だ。ここは、これだけだが、お隣なんかでは市長選や市議会議員選などがある。しかし、なによりも気になるのは、同級生のAくんが立候補している札幌市長選だ。同級生の応援もすごい盛り上がっているようで、きっと勝ってくれるだろう。明日は、きっとそれを書けると思う。
2015.04.11
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実は、この4月からの人事には不満があった。人数的にはなんとかなっているのだが、バリバリの現役の代わりに再雇用職員を補充された。さらに悪いことには、ちょっと畑違いの部署からということで、即戦力とはいかない。で、大丈夫かなと、心配していたところに、この忙しさだ。呪いの忙しさは今日も続いていて、とにかく、やたらに緊急事態が重なる。今日は、とうとう昼飯も食べられなかった。これで、病人でも出れば、破たんするのは目に見えているのだが、それでも、なんとか仕事は回って行くのだから不思議だ。 なんの根拠もないのだが、来週からは落ち着くような気がする。春になると、いろいろ精神的に問題のある方が、問題になるというのは、確かに実感していた。また犬ではメスが発情期になることもあり、苦情が増えるのは当たり前だ。だが、そんな科学的なリアリティーを除いても、春というのは、ヒトも動物も浮き足立つカンジになるのだと、つくづく感じた一週間だった。
2015.04.10
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お仕事上で、ちょっとこれまでにない忙しさが突然にやってきた。本当に不思議なのだが、年に1回あるかないかの事件が、小一時間にいくつも重なったりする。おかげで、書類に目をとおすことはおろか、メールチェックすらできないで一日が終わってしまった。なんとか、21時過ぎには家に帰れたが、明日も早目に出なければならないので、風呂はあきらめて、朝にでもシャワーをつかうしかないか。と、グチって今日は終わる。
2015.04.09
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いや、寒い。今朝は-5℃ということで、もうはくことはないだろうと思っていたももしきも復活。防寒具はクリーニングに出してしまったので、古いのを引っ張り出した。あれだけ飛んでいたツバメはどこへいったか、まったく見えない。日中も雪がちらほら。幸いに路面が凍るほどは降っていないので、先週替えたノーマルタイヤでも大丈夫だ。それだけなら我慢すればいいのだが、なんと、水抜きを止めたばかりの地下水が出ない。おそらく、凍ってポンプが止まってしまったのだろう。またポンプの修理をしなければ。この気候が関係あるのかはわからないが、たった一週間で3匹も犬の捕獲があった。いずれも、飼い主がみつかり返還出来たが、3カ月分の仕事を終えたような気分だ。どうやら、この寒さは金曜まで続くという。明日も今朝と同じぐらいの寒さらしいので、体調には気を付けよう。
2015.04.08
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ザ・リリーズという往年の双子のアイドルグループをご存じだろうか。実は、この二人、夕張市清水沢の出身で、実家は電気店だった。中学2年の時、渡辺プロダクションからデビューしたのだが、当時は、この5歳ほど年下のデビューに、大学生だった私たちは気もそぞろだった。その頃、地域ごとにやっていた盆踊りに、彼女たちが帰省してくるとの情報に乗せられ、覗きに行ったことがあったような気がする。で、なんで、ここに書いているのかというと、彼女らの名字は燕で、実家は燕電気だった。だから、グループ名はスワローズではないかと、騒いだものだった。だから、夕張にはツバメはいなかったが、燕はいたというオチなのだが。せっかく、ここまでツバメについて案外まじめに書いてきたので、ちょっと気がひけるのだが、今もって夕張出身の有名人は、このリリーズと大橋純子が双璧だと私は思う。
2015.04.07
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ツバメはどうして、人家に巣をつくるのかというと、猛禽類などの天敵から身を守るためだという。先の論文でも、人家や牛舎という、猛禽類が近寄りがたい環境に好んで巣をくむとのこと。ある意味では、人間を信頼しているというか、人間より猛禽類の危険性を本能的に選んでいるということだ。では、その信頼(?)を裏切り、巣を撤去(壊した)した場合どうなるのか。結論から言うと、巣立った後で、つまり卵や雛がいない状態での撤去なら問題はない。しかし、まだ巣に居るのに撤去した場合、鳥獣保護法の第83条1項、「第8条の規定に違反して狩猟鳥獣以外の鳥獣の捕獲等または鳥類の卵の採取等をした場合は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」に、抵触するおそれがある。生活に影響が出るような場所に巣を作られてしまった場合とかは、本当に困るのだが、その年だけはちょっと我慢して、翌年からは巣を作れないような工夫をするしかない。個人的には我ボロ家に来てくれれば、歓迎したい。
2015.04.06
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今年で29歳になる。お祝いメールを送ったら、返事が来て、GWには帰らないそうだ。で、29歳と言えば、私が結婚した年齢だ。その時とは時代が違うし、さほど心配はしていない。連絡はほとんどないが、まがりなりにも、ちゃんと仕事をしているようだし、どうやら彼女もいるらしい。もしかしたら結婚とかになれば、今度は嫁をもらうということになる。嫁には出したが、嫁にもらうのは初めてだ。教育評論家の尾木ママこと尾木直樹氏が、「子育ては、誰もが初めて」と言っていたが、まさにそのとおり。さて、どうなるやら。とりあえず、誕生日おめでとう。
2015.04.05
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夕張にツバメはいなかった。という私の記憶が正しいのか、ちょっとネットで調べてみた。なんとも便利な世の中になったものだ。酪農学園大学地域環境学科の村野紀雄らによる「北海道におけるツバメHirundo rusticaの繁殖状況」という論文を発見した。これによると、北海道にもツバメは来るが、やはり道の南西部に集中しているようだ。驚いたことに、利尻礼文や北端、東端にも営巣がみられるという。しかし、空知・上川の内陸部では営巣がみられないという。つまりは、空知の内陸部の夕張にもツバメはいなかったということで、私の洞爺湖での驚きは当然だった。だから、佐々木小次郎の「ツバメ返し」という技がどうすごいのかを、その時に初めて知ったのだった。夕張にツバメがいなかった最大の理由は、やはり気温らしい。ツバメの渡りの時期に適温にならないというのが最も大きな理由のようだ。だが、その他にもなかなか面白い事実があるようだ。ツバメは深い。
2015.04.04
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今日、いつものように職場の外テラスでタバコを吸っていると、ツバメが飛び交っているのを発見した。最初から脱線するが、屋内禁煙なので外でしか吸えないのだが、これが、案外、自然観察にはいい。積雪、雪融け状況、白鳥やツバメなんかの野鳥観察、天気や川の水量把握など、肌身で情報を知ることができる。 で、ツバメなのだが、今日は10羽近くが、何をしたいのかわからないが、しきりに飛び交っていた。おそらく、ここに、今季初めて渡ってきたものと思われる。私が、生まれて初めて「ツバメ」というのを見たのは、小学校の修学旅行で、洞爺湖に行った時だった。「なんだ、この鳥は、雀ではないな」というのが初めての感想だった。つまり、生まれ住んでいた夕張にはツバメはいなかったのだ。
2015.04.03
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すっかり春で、先週から「ももしき」とも決別している。もはや、ほとんど雪は消え、今週末のタイヤの交換も必至だ。職場のある大館市の今年は、どっと降りさっと融けるの繰り返しで、積雪量の割には家屋が重さでつぶれるなどの被害が多発した。ちょっと離れている鷹巣では、大館ほどでもなく除雪も案外楽だった。 6~7年前までは、県内数か所で白鳥にパンの耳なんかの餌をやれる場所があって、それなりに人が集まっていたのだが、鶏インフルエンザの発生で、まったく無くなってしまった。比内地鶏の産地としては、当然のことだし、しょせん、餌を与えることで一か所に集めるというのが間違っていたのだ。私の気のせいなのかもしれないが、そのせいか、雪の融けた田んぼで餌をあさっている白鳥が増えたような気がする。だが、その姿をが観られるのもあと少しだけだ。
2015.04.02
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久しぶりに、気分は良かった。青山はすごかったし、岡崎はなんて日本的なFWなんだろう。感動した。それにしても、ウズベキスタンは、よくも失敗シュートばかりを繰り返してくれた。次は文句のない強豪との強化試合をお願いしたいものだ。とにかく、これ以上は悪くはならないだろうと思っていたところでの急展開なので、素直に喜んでいていいものやら。その後に続けて見たU22については、ちょっとがっかりだったが、まぁ、こちらとしては応援するしかない。 それにしても、サッカーの選手寿命の短さには愕然とさせられる。この流れで行くと、遠藤はすでにいないし、長友はケガで呼ばれなかったし長谷部も1試合だけ。本田、香川でさえ、も結果を出したとはいえないので、次は危うい。リーグ、ワールドカップ、オリンピックという、どこにピークをもっていけばいいのか難しい。応援する方も、本当に難しい。まぁ、これだけ楽しめる時代になったということか。
2015.04.01
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