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メリー、クリスマス!昨日、本日とクリスマスパーティー漬けで少々疲れました(笑)まぁ、どちらも家族パーティーなのでたいしたことはないんですけどね。本日のパーティーメニューパエリアスモークサーモンの生春巻き鶏の唐揚きのことベーコンのマヨネーズ風味グラタンサーモンとチーズの贅沢サラダ(中華ドレッシング&バジルドレッシング)カッテージチーズとアボガド、エビのサラダ(わさび醤油)クラッカーオードブル(スモークサーモン、チーズ数種、生ハム、トマト、ピーマン、玉葱)などなどでした。さて、今からサンタさんに変身してクリスマスプレゼントを娘の枕元に置かないと(笑)。
2006.12.24
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韓国ドラマ『ごめん、愛してる』を観賞し終わった。韓国ドラマが面白いということはこのプログでもいろいろ言ってきたが、この作品は面白いを超えて「スゴい」という感想。中学生ぐらいのときから「スゴい」作品にはジャンルを問わずいろいろ出会ってきた。いちばん古いところで、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』や吉田秋生の『カリフォルニア物語』、映画『アラビアのロレンス』、マーガレット・ミッチェルの『風とともに去りぬ』、映画『俺たちに明日はない』などなど。『ごめん、愛している』には、それらに匹敵するぐらいの衝撃を受けた。よく、宣伝で「衝撃的ラスト」なんて表現が遣われるが、私が思うに本当に衝撃的だった試しがない(笑)。この作品にもそういうキャッチフレーズがついていたもののあまり気に留めず観始めた。しかし、本当に衝撃的ラストだった。いや、ラストというか最終回に明かされた真実は、まったく私が想像だにしないものであった。多少ネタバレになっているので、これ以下、読みたくない人は避けてください(笑)物語は、主人公ムヒョクとウンチェの恋愛が中心に描かれている。ムヒョクは乳児の頃捨てられて、オートラリア人のある家庭に韓国から養子にもらわれるもののうまく馴染めず、里親をたわい回しにされた挙句メルボルンに流れ着いてストリートチルドレンとして育ち、街のギャングとして生き抜いた青年。そしてウンチュは、父親が有名女優オ・ドゥリーのマネージャーであり、子どもの頃からオ・ドゥリーの邸宅の敷地の離れでその息子ユニとともに育って、長じてはユニの専属スタイリストとして働きながらユニに一途な思いを寄せている純粋な女性という設定である。このふたりがオーストラリアのメルボルンで偶然に出会うところからストーリーが動きだす。ムヒョクはウンチェをだましてストリップバーに売り飛ばそうとするのだが(笑)、同国人ということで良心の呵責を覚えたのか彼女を助けるハメに。ストーリー一話目、ふたりがメルボルンの片隅で抱き合って眠るシーンは映像美としてもすばらしいし、物語のラストを暗示させるうまいつくりになっていると思う。ムヒョクの妻は、自分を裏切って裏社会のボスである金持ちのおやじと結婚してしまう。その結婚式の当日、元妻を取り返すためにその結婚式に姿を現したムヒョクだが、マフィアの闘争(?)に巻き込まれ、元妻を銃弾から守るために自らが頭部に2発の銃弾を受ける。そのうちの1発は頭の危険な部位に入り込んでしまったために摘出もできず、ムヒョクは「いつ死んでもおかしくない」という爆弾を抱えた体になってしまうのだ。死を覚悟した彼は、自分を捨てた親を探すために韓国に帰国して、そこで衝撃の出生の秘密を知ることになる(このあたりは韓国ドラマっぽい)。貧しくて仕方なく自分を捨てたと思っていた母が、実は有名女優オ・ドゥリーであるということ、そして双子の姉がいるという事実を知って驚愕するムヒョク。ムヒョクの双子の姉とその息子の存在は重い。このふたりは、その後のムヒョクに救いを与える一方で、彼の心の闇をさらに深くすることとなる。ムヒョクが母とユニへの復讐へ駆り立てられる、その動機付けとしては十分過ぎる存在感だ。この作品の中では、表面的に描かれているのはムヒョクとウンチェの悲しくも美しい愛ということになるのだろうが、このメインストーリーに「母と子の愛」というサイドストーリーが複雑にからんで、物語に深みが増している。いや、実はメインが「母と子の愛」であり、サイドが恋愛と考えた方がいいだろう。有名な女優の一人息子にして自身も人気ミュージシャンである屈託のない青年として描かれるユニ。影のようなムヒョクの対比として、光の存在として描かれるユニ。双方の位置が、最後の最後に逆転する、その瞬間は息を呑む。居間に飾られたオ・ドゥリーと息子ユニのかなり大きな肖像写真にまつわるシーンも忘れられない。物語の序盤、その肖像写真の前に立ち尽くすムヒョク。その瞬間、決して光を見ることがないムヒョクとオ・ドゥリー親子の肖像写真がそこに作り出される。それだけでも「光と影の親子の対比」という意味で観るものをうならせる名シーンなのだが、実はこのシーンにはもうひとつ大きな意味が隠されている。光と影、虚構と真実。このシーンの意味とはられた複線の見事さ。普通、連続ドラマの最終回は“消化試合”的な色合いが強くなりがちだが、この作品ではこの最終回に本当の山場が隠されている。ラストエピソードで、ユニの明かす真実とウンチェの父親が打ち明ける真相、それに続く母と息子の最後の別れのシーン。そして、ムヒョクの選択。ラスト、全ての人の罪と罰を引き受けるウンチェ。母と娘の愛、家族の愛、ムヒョクとウンチェの愛を描きつつ、この作品の真のテーマは「罪と罰」にあるようだ。物語で描かれるのは、オ・ドゥリーの罪であり、ウンチェの父の罪であり、ムヒョクの罪であり、ユニの罪でもある。ひとり、罪を持たないウンチェが、みんなの罪を背負い、その罪を浄化する。ムヒショク役をあの人気俳優ソ・ジソブが熱演している。こういう影のある役を演じさせると彼の右に出るものはいないという感じだ。特に好きな俳優ではなかったが、やはり演技達者な役者である。不思議な容貌の彼だが、スゴい美青年に見える瞬間があるから不思議である(笑)。もちろんメインストーリーであるムヒョクとウンチェの悲しくも美しい純愛も文句なく素晴らしい。凍えるような真冬の韓国のストリートで薄着のウンチェをムヒョクが自分のコートで包んで暖めるシーンとか、これぞ韓国ドラマの真骨頂!という感じである。「神様、僕の人生の最後を彼女で満たしてくれるなら、憎しみも悲しみも、僕は全てを忘れましょう」というムヒョクの独白が泣けるのだ。ムヒョクはオーストラリア育ちなので、韓国語の微妙な表現ができない。丁寧語や尊敬語がうまく操れず、ぶっきらぼうで常識のない話し方になってしまう。これがそのまま、ムヒョクという人物像を形作る重要なファクターになっているわけだが、実は、モノローグで語るムヒョクは、謙虚で礼儀正しく、誠実にナイーブで、実際の話し方とは少し違う。ムヒョクの真の姿をこんな風に表現する演出家の力量が感じられる。「ごめん、愛してる」はネット配信でも観賞できます。これはぜひ観ていただきたい作品。
2006.12.01
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