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シルクロードを知ったのはたぶん中学生のとき。「シルクロードに行きたい」と思ったのは20歳前後のときだ。ご多分にもれずNHK特集の『シルクロード』を観てから、かの地に憧れ始めた。喜多郎の奏でるあのあまりにも有名なテーマ曲が流れる中、タクラマカン砂漠をひた走るジープの映像を観たとき、「あそこにこの足で立ってみたい。実際にこの目で見てみたい」という思いに取り付かれたのだ。いや、もっと正直に言うと、高校の卒業文集でクラスメートが書いた一節が心に残って、それに触発されたのかもしれない。その同級生は、「私はシルクロードに絶対に行く!」と文集の中で宣言していた。そんな同級生の強い思いに心打たれたところがあったように思う。共感したというか、私の思いを代弁してくれたというべきか。その後、彼女がこの夢を果たしたのか確かめる術は今のところない。その人とは、特に親しい間柄ではなかった上に、私は高校の同窓会というものに参加したことがないからだ。18年前に初めて中国を旅行したときも、当然、シルクロードまで足を伸ばしたかったが、さまざまな事情で諦めた。今回の旅行では、そのとき果たせなかった思いを18年後に実現したことになる。西安から飛行機で2時間半。敦煌は、砂漠の真っ只中にあるオアシスだ。飛行場から飛行場にピンポイントで移動してしまうと、自分が今、砂漠の真っ只中にいるということを認識しにくい。しかし、一歩敦煌を離れてみると、そこがやはり砂漠の真っ只中であることに気がつく。タクシーをチャーターして敦厚郊外の観光地を回ることになった。敦煌太陽大飯店を出発してからわずか20分程度で、すでにクルマの外の景色は様変わりする。どこを見渡しても、砂、砂、砂。荒涼とした砂漠の中を一方の道が果てしなく続いているのだ。私の隣で夫が、「スゴい景色だな…」と呟いた。行けども行けども、砂漠が続く。それはまるで永遠に途切れることがないように。砂漠の向こうに見える山脈のシルエットは、あの天山山脈だという。突然、運転手が日本語で「しんきろう」と言った。それは、生まれた始めて見た蜃気楼。はっきり見えるこの光景が幻であるなんて、実際に目にしているだけに信じがたいものがある。今回の旅行で私がいちばん感動したもの。それは、遺跡でもなく絵でもなく土器でもなく仏像でも歴史的建物でもなく、「砂漠」だった。私がいちばん観たかったのは砂漠だった。タクラマカン砂漠をこの足で歩いてみたかったのだ。
2006.08.30
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西安観光で意外に感銘を受けたのが、「半坡遺址博物館」でした。この博物館には、西安郊外に位置する半坡村の北部にある約6000年前の黄河文明仰韶文化期の原始村落跡が展示されています。この博物館も兵馬俑坑博物館と同様に発掘場所をドームで囲ってそのまま展示するという方式です。なんせ半坡村落跡はもっとも古いもので1万年前のものからあるそう! 1万年前ですよ。あり得ない年月の長さではありませんか。本当に中国は懐が広い。7000千体にも及ぶ等身大の土偶やまだ発掘されていない秦の始皇帝の墓も、とてつもないスケールで地下に眠っているらしいです。秦の始皇帝稜にも行ってきました。今は見晴らしの良い公園ですが、遠い将来地下に眠る墓が発掘されて新たな観光名所となることでしょう。西安は、日本人が遣唐使や遣隋使を送り込んだ中国古の都で、日本とのつながりも深いのです。かの三蔵法師もこの西安の西門からインドを目指して旅立ちました。西安の街を囲む城壁の上を歩くことができます。「人力車に乗りたい」というので、娘と二人城壁の上を西門から南門まで人力車で揺られてきました。これはなかなかステキな体験でしたね。夕暮れに暮れなずむ西安の街を上から見下ろして30分程度走ったんですから。そう、西安の街は東西南北を城壁でグルリと囲まれています。中国の古の主要都市はほとんど城壁で守られていたそうですが、中国共産党がその城壁を破壊してために、完全な形で残っているのは西安のみだといいます。古の城壁の写真を撮影してくればよかったのですが、このときカメラを忘れまして撮影できませんでした(泣)。本当に残念!写真は秦の始皇帝稜。この地下に始皇帝は眠る。
2006.08.29
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今回の中国旅行の目的のひとつは、西安の秦の兵馬俑をこの目で見ることだった。「兵馬俑とは」(ウィキペディアより) 秦始皇帝陵は中国史初の皇帝であったが、その強大な力を利用し大きな陵墓を建てた。これが秦始皇帝陵である。また兵馬俑坑は、この陵を取り巻くように配置され、そこから出土した等身大の土偶はみな、東を向いている。この兵馬俑の発見は特に、中国史の研究上、当時の衣服の構造や始皇帝の思想などを知る上で貴重な史跡の一つである。兵馬俑坑は、現在発掘され公開されているところのみならず、その周辺にも大量の未発掘の部分があるが、発掘と同時に土偶の表面に塗られた色彩が消えることなどの理由から、発掘がなされていない。史記によると、始皇帝陵は項羽によって盗掘がなされ埋まっていた財宝を30万人の兵士が30日掛かって奪い、その後火を放ち90日間燃え続けていたと記されている。 この兵馬俑は現在も発掘最中で、発掘場所はドームで覆われ一般公開されている。1号坑のほかに2号坑・3号坑も発見されている。陶俑・陶馬の総計は7000体以上と推定されている。驚くべきは、陶俑一体一体全て手作りで全て違う顔をしており、実存した当時の人間を模して作られているらしいということだ。これだけの大軍団が、秦の始皇帝陵の東1.5kmの地点に、陵を背にし、東を向いた戦闘隊形をとって並んでいるのである。 これら、今まさに動き出しそうな土偶たちが作られたのは2200年前。1974年、この地に住む農民が井戸を掘っている最中に偶然に発見した。それまでの間、土偶たちは地中深く静かに東の一点を見つめて始皇帝を守り続けていたのである うちの娘、この壮大な人類の遺産を前にして、「お人形さんがたくさん」と言っていた。 まぁ、お人形さんには違いないんだけど、それを言っちゃあお終いよ(^^;) 私は写真やテレビで飽きるほど兵馬俑を見ていたので、「ああ、これが本物なんだ」と言う感慨の方が大きかった。実物は、想像以上でも想像以下でもなく、思った通りという感じかな。 しかし、画像がブログの中に1枚しか貼り付けられない。なんでだろう~??
2006.08.29
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昨日、中国から帰ってまいりました。18年ぶりの中国はすっかり経済成長を遂げ、驚きましたね。私が初めて中国を訪れたのは今から18年前の1988年、天安門事件の1年前になります。当時の中国は、ちょうど1950年代から60年代初めの日本という感じ。資本主義経済の申し子とも言えるような生活を送っていた私にとっては、そんな中国のライフスタイルがある意味斬新に感じられました。今の中国は二分されていると聞きます。都市部で生活する人たちは、先進国と同じような生活を送り、地方では20年前の同じような生活が送られているとか。今回、西安と敦煌を訪れました。確かに西安の目抜き通りに並ぶデパートは日本の同様の品揃えです。ロードサイドには、家具や日用品の量販店が並び、道行く人たちのスタイルも日本人と全く同じです。何より今回の旅行でいちばん驚かされたのは、人々にたくさんの笑顔が見られたこと。18年前の中国ではほとんど笑顔が見られなかったのです。デパートやレストランでさえ、サービス業に欠かせない笑顔はなく、みんな怒ったような不満そうな表情をしていました。それから、当時は街中には庶民が気軽に入れるようなレストランは少なく、たまにあっても客は外国人から一部の裕福層だけという状況でした。庶民がよく利用する街中の食堂に入れば、恐ろし粗末でまずい食事があるのみ。街の食堂でラーメンを頼んだら、汚い食器にお湯味に少々の塩味がするモサモサしたラーメンが出てきたこともありました(笑)。このラーメンは、一杯10数円程度だったと記憶していすま。家族や友人同士で誘い合わせて美味しい料理をレストランで食べるなんて楽しみは、当時の中国人には叶わなかったんですねぇ。レストランも8時ごろには早々に店じまいしてしまうような状況だったので、私たち旅行者は、日も暮れ出すと急いで数少ないレストランを探し出さなければならなかったのです。同じアジア人でありながらお洒落な洋服を身にまといこぎれいにしている日本人は中国人の妬み、憎しみの対象で、そんなひがみの感情が嘲笑という捻じ曲がった方向で発揮されて、嫌な思いをたくさんさせられました。しかし、今回の旅行ではそんなことはいっさいなし。あるわけありません。今の中国人は日本人をひがむ必要ありませんからね。レストランは街中いたるところに溢れ、日本より遅い時間まで営業していますし、美味しいお店は常にお客さんで賑わっています。飲食店意外でも、洋品店や露天なども、日本より遅い時間まで営業しているので、ナイトライフがかなり充実しています。働ければ働くほど自分の生活を豊かにできる。稼いだお金で新しい知識や技術を習得したり、お洒落をしたり美味しいものを食べたりと、そういうことが実現できたときに、中国人は笑顔でいっぱいになったのかもしれないですね。一方でこの状況が貧富の差を生み、持てる者と持たざる者の差を生み出しているのもまた事実のようです。しかし、しかしですね、野心がある人もない人も、努力する人もしない人も、みんな平等に痛み(貧しさ)を分かち合って、国民のほとんどか鬱屈していた当時の中国を私はこの目で見ていますから、努力をした人がそれだけ報われる今の中国の方が、個人的には好感が持てるし好きです。ちろんいちばん良いのは、個人の努力が正当に評価される一方で社会的弱者も救済できる社会だと思いますが、これは今の日本でも難しい状況になっていますよね。18年前の中国にはものすごいエネルギーが渦巻いていましたが、そのエネルギーを発散する場所、エネルギーを活気へと結びつけることができなかったのです。今では熱気が活気となり、街中、ひいては国中が、スゴい活気に満ち溢れています。正直、9日振りに日本に帰ってきて、自分たちが住むこの松戸市を「寂しい」,あるいは「寂れている」と感じました。敦煌の街は夜0時を過ぎても夜店に露天が並び、人々が酒盛りして盛り上がっています。「ゆとり」とか言ってないで、私も含め日本人はもっと勉強し、働かなければならないんじゃなかろうか?(笑)当然のことながら、その一方で中国にはたくさんの矛盾もあります。西安の目抜き通りは日本と同様、いえ、それ以上に大きく近代的なビルが並び、最先端の商品が満ち溢れて、お洒落な人々が闊歩していますが、裏通りに一歩入ると薄暗く、ゴミが散らかっています。なんと、ビルの住人がゴミを通りに投げ捨てるんです。これを目の当たりにしたときは、正直驚きました(笑)。このせいで、裏通りはそれはそれはひどいことになっているのです。ゴミ捨て場の中で人が生活しているとでもいいのか…。この、「表」と「裏」の落差もなかなかスゴいものがありました。交通事情もまた、18年前と変わらないようです。庶民が鉄道の切符の予約を取ろうとした場合、一ヶ月先は当たり前。外国人でも最低3日前じゃないと切符は取れません。だから、中国の主要駅前は切符を取るために並ぶ人々で常に埋まって身動きもままらないような状態です。こんな事情もあり、今も昔も、中国を個人旅行で鉄道を使って旅行するのはなかなか大変なことなんです。今回の旅行では鉄道は使いませんでしたが、人々でごった返す西安駅前を見て、「もう一回この中に入って切符の予約を取り、目的の電車を探し出して乗り込むことができるだろうか?」と自問自答してしまいました(笑)。世の中全体が未だシステマテックに動いていない。ハードは立派なのにソフトが追いついていないというか、これが今の中国の一面でもあります。
2006.08.28
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中国旅行に行ってきます。戻りは27日になります。では、では。
2006.08.18
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今から20年前に中国を個人手配旅行した。これについては、このブログでも軽く何回か書いたことがあるハズだ。中国、中国である。あの国のとんでもなさは20年前にいやというほど経験し尽くした。中国人、それは、無礼、非常識、いじわる、不潔、いいかげん、気性荒し…。ああ、こう挙げていくと、良いところなんてないじゃないか!!中国旅行の後、いろいろな国に旅行に行ったが、中国ほど苦労を感じさせられたところは他になかった…。ここまで言うと、私が中国をとても嫌っているように思われるかもしれない。私も「中国嫌いかも?」と思うこともあるが、いや、突き詰めていくと、私は中国が好きである(笑)あのとんでもなさ、非常識さ、自分勝手さを愛している。まぁ、読んでいる人にはワケがわかんないだろう。中国では、少々のことではヘタレてはいけない。中国では、常に強気でいなければいけない。中国では、約束やルールが守られないからといってイラついてはいけない。中国では、常に平常心を失うな。中国では、しかし常に臨戦態勢でいろ。中国では、負けてはいけない。中国では、常に待つことを絶えなければならない。中国では、美味しいものを食べようと思うな(笑)中国旅行に行くにあたって、私は以上のことを自分自身に言い聞かせている。にしても、夫と娘は驚くだろーなー(爆)
2006.08.17
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子どもの頃から好きだったもの、憧れたヒーローを挙げてみる。西城秀樹(歌手)→キャンディキャンディ(マンガ)→吉田とし(児童小説家)→風と木の詩(マンガ)→くらもちふさこ(漫画家)→『銀河鉄道999』(映画)→『あしたのジョー』(テレビアニメ)→後藤竜二(小説家)→ヘルマン・ヘッセ(小説家)→江川卓(読売巨人軍ピッチャー)→『特捜最前線』(テレビドラマ)→「カリフォルニア物語」(マンガ)→「アラビアのロレンス」(映画)→忌野清志郎→アメリカンポップス(音楽)→『20歳の原点』(日記)→『風と共に去りぬ』(映画)→栗本薫(主に『グインサーガ』)→『まんが道』(マンガ)→『デビルマン』(豪華本で初めて原作を読む)→トレンディドラマ(笑)…。キリがないのでこのへんでやめておこう。これだと全ての原点は西城秀樹ということになるが(笑)
2006.08.15
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8月19日(土)から夏旅行に行ってきます。内情に詳しい人からは、「また、台湾?」と言われそうですが(笑)、なんと今回は中国です。しかも、西安→敦煌と、内陸地帯をウロウロしてくる予定です。これを話すと、7歳の子ども連れで信じられない!?というお叱りの言葉をいただきそうですが、そんなのムシです(笑)。私はこう見えても非常に慎重な人間なので、自分で不可能と思うことには手を出しません。今から20年前、海外旅行未体験で、英語も中国語もままならないまま、友人と中国大陸を南北に移動しました。当時は、ホテルから航空券まで、日本からの予約は不可能という状況下で、多少のトラブルには見舞われたものの、無事に帰国できましたし。なんと広州から香港には川を下って船でインしました。しかも日本に帰国する当日です。というのも、広州から香港に入る汽車が混雑してなかなか予約が取れないという情報をキャッチして、急遽予定変更したんですね~。そういえば、香港行きの船の中で飲料水の自販機を見つけて感動した覚えがあります。20年前の中国には、自販機なんて気の利いたものがなかったから。自販機どころか、天安門広場にほど近いところに中国の一号店ともなる「ケンタッキーフライドチキン」が出店されて大騒ぎしていた時期でした。店頭に立つカーネル・サンダースがチャイナ服を着ていたことと、コーヒーがやたらに不味かったことだけはよく覚えています。、現在はあの当時(20年前より)より、中国の状況は格段によくなっていますね。航空券もホテルも全て事前に予約しました(しかもホテルは4つ星ですよ!!(笑))。交通手段も飛行機のみ。これも大妥協ですね~(笑)。本当は汽車でシルクロード入りするのが私の夢だったのですが、子連れで無理は禁物。台湾旅行を4回経験しているうちの娘を見て、「イケル!」と思ったから実行したワケです。海外旅行には10回以上出かけている私ですが、トラブルらしいトラブルに遭遇したことがありません。不思議です。まぁ、私は日本人女性にしては背丈も大きいし、顔も笑わなければ結構強面なのて(爆)、日本人に見えないということも影響しているようです。結婚してからかなり丸くなったといわれることが多いので、ここはひとつ過去に戻って、“強面”で中国を制覇してきます(笑)
2006.08.13
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大学時代からの友人が、大阪に転勤することになった。私が結婚してからは、年に1回会うかどうかという付き合いだったが、それは、心のどこかに「いつでも会える」という思いがあったからであって、そう簡単には会えないという場合、話が違う。「大阪なんて行くことないじゃん」という言葉を喉の奥で呑み込んだ。私は寂しいが、その友人にとっては新しい門出。40も過ぎるとなかなか新しい門出を迎えられることは少なくなる。結婚して子どもでも生んでいれば、自分自身が新しい門出を迎えなくても、子どもがたくさんの門出を運んできてくれるものだが、その友人は未婚なので、やはり自分自身で勇気を出して作らなければならないのだ。大学では同じクラブの部長、副部長。社会人になったときは、休日になると新宿の街をブラブラして、洋服を買ったり食事をしたりした。そういえば、流行に先駆けてカラオケボックスに連れて行ってくれたのも彼女であった。バブル全盛時代、彼女はスキーに夢中で、シーズンになれば毎週のようにスキーに出かけていたっけ。三流出版社でワケのわからない編集者生活をしていた私と違って、彼女は曲がりなりにも一流企業に就職し、丸の内でOLとして働き、今の今まで同じ会社に勤め続けている。立派だと思う。今日は上野で送別会をした。昔は遅刻魔だった私は、彼女と新宿で待ち合わせるとき、必ず30分から1時間は遅刻してきたそうである(その場合、西武新宿駅の目の前にあった喫茶店で彼女を待たせていたらしい。正直、ほとんど記憶がない…)。とんでもない友人である。こんな自分勝手な私と22年間も付き合い続けてくれて、本当にありがとう! 記念にお財布を贈呈したのは、お財布だったらいつも持ち歩くものなので、イヤでも私のことは忘れられないだろうという下心あってのことである(笑)今年の秋はその友人のマンションに泊らせてもらって、大阪、京都旅行と洒落込もう~(爆)
2006.08.12
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最近、アマゾンで、私が執筆した単行本に関するレビューが掲載されているのを見つけた。執筆当時は、この仕事、失敗した…と思っていた仕事だったのだが、そのレビューには、「この本で、私は全ての情報を得た」みたいなことが書いてあって、正直とてもうれしかった。世の中にたったひとりでも、私が執筆した本が本当に役に立ったと思っていくれる人がいるというのは、ライター冥利に尽きるなぁと思う。そのほか、ゴーストで執筆した単行本も「この仕事の実態がわかる」みたいなレビューもあった。ゴースト本は、執筆した後は完全に私の手を離れてしまう感覚があるのだが、こういう感想はやはり嬉しい。私が執筆した本は、派手な売れ方はしない(トホホ~)。でも、結構地道に生き残り続けるという傾向はあるようだ。今、関わっているこの単行本も、誰かの役に立てれば嬉しい。それだけで、この仕事をしている意味がある。
2006.08.09
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