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面白い小説や映画、舞台、ドラマ、ゲーム、それぞれにそれなりの面白さのツボみたいなものがあると思うのだが、決してハズせない要素に「有無を言わせない作品中に渦巻くエネルギー」というものがあるように思う。それは理屈ではなく、制作者の沸き立つ創作意欲というのか、この作品じゃなければならなかった思いの強さというのか。つまるところ、このエネルギーが強い作品は魅力的だし面白い。多少矛盾があろうと無理があろうと、古かろうとなんだろうと、そういう作品には全てを凌駕する強さがある。一人のアーチストの思いの強さが、多くの人々を巻き込んで、さらなるエネルギーのカオスを作り上げる。ジャンルを問わず私が求めている作品は、そんな魅力溢れるもの。最近、ひさしぶりにゲームでそんな面白いものを見つけた。『逆転裁判』シリーズだ(笑)今更感満載かもしれないが、私自身が最近のゲームに出会ったのだから仕方ない。いわゆるアドベンチャーゲームで犯罪推理物。ストーリーの無茶苦茶加減には顔面蒼白になることがあるが(プロットがある意味崩壊していて)、登場人物の濃さが実に魅力的だ。若く未熟な主要人物たちの成長記という意味では、セオリーを踏んだセイムオールドストーリーだし、犯罪に手を染める人物たちの悲しさ、虚しさ、それはときに胸を打つ。私は今46歳。いつまで胸が踊ったり、鷲掴みにされたり、冒険心をくすぐられたり、せつない思いに苦しくなったり、そんな思いを維持できるんだろう?未知なる外国に轢かれ、そんな国を冒険する実行力を維持できるんだろう。そんな思いが続く限り、生きている甲斐はあるように思うんだけどね。
2011.05.31
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ひさしぶりに夫と大げんかした。ひさしぶりだが、それまで夫とうまくいっていたワケではない。ここ6年ほど、夫は単身赴任やら長期出張が多くて、膝を突き合わせて話をする時間がなかっただけである。夫は忙しい仕事が今年の3月の中旬ごろ終わり、その後、地震と原発事故が起こって、家に居る時間が多くなった。一緒に居る時間が増えると相手に対しての不満が蓄積する。実は2人ともそれを一生懸命我慢していたのだろう。先にキレたのが夫であった。気の弱い夫は普段言いたいことも言えず、ひたすら沈黙を維持していたが、お酒が入って爆発した模様。夫は、「お前なんか俺の人生に無用の長物」(表現は違うが)と言い、私は私で、「一緒にいてもウザいだけ、意味がない」(表現そのまま)と、ブチギレた。まぁ、表現こそ違うが、言っていることは同じである。どうやら私達夫婦は、お互いがお互いを必要としていないようである。先に夫がブチギレたと書いた。実際、私は夫に対してここ4年間ほど、以前ほど怒らなくなっていた。というのも4年前に大大大喧嘩をして、離婚寸前に至った経緯があるからだ。その時私は、「この家庭を出来る限り守っていこう」と決心したのだった。その誓いを忠実に守っていたのである。だから仕事もできる限りセープして、家庭本位に生きようと決めた。夫いわく、この生き方は「中途半端」だったらしい。実際その通りで、家庭本位と言いながら結局のところ仕事を中心にしないだけで、違うやり方で私はやはり自分本位に生きていたのだから。そして結局、夫がキレた後に私はその×5倍ほど爆ギレした。「ねーちゃんもストレスが溜まっていたんじゃないか」と、その瞬間を目撃した弟が、後に母に語ったそうである。それを聞いたとき、「私は別にストレスなんか溜めてない」と思った。「勝手にキレて勝手に怒ったのは夫だ」と。しかし今振り返ってみると、私は4年分のストレスを溜めに溜めていて、それが噴出してしまったようなのだ。40年以上の付き合いのある実弟が、「今までと違う」と感じたようなので、その通りなのだろう。その怒りの余波は、余震のように今も続いている。誰かが私を少しでも突っつくと、まるで結婚前の血気盛んだった若い頃のように、見境なく人に噛み付いてしまう。怒りのマグマが心の奥でずっとくすぶり続けている。そして爆発する機会を窺っている。いや、私は思い切り爆発したいのかもしれない。生き方を再び修正するときがやってきたようだ。実はうすうす感づいていたが、4年間に決心した私の生き方は間違っていたらしい。キレたあの日から私は、ある意味とても楽になった。知らず知らずのうちにこの4年間、とても無理をしていたようなのだ。間違っていた過去を悔やんでいても意味がない。間違っていたことに気がついたなら、あとはやり直すだけだ。私の日常は4年前に戻りつつある。いや、私は元の私に戻ろう。結局人は、自分らしくしか生きられないのだ。
2011.05.15
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遅まきながら、地震のことを書き記しておこうと思う。今まで書かなかったのは、我が家の被害があまりにも少なかったからである。いや、皆無だったと言ってもいい。我が家で倒れたり壊れたものは全くない。いや、倒れたものは2つあった。バルコニーに立てかけてあったデッキブラシとベッドルームの整理ダンスの上に飾ってあった交通安全のお札だ。世間で言うほどの揺れも感じなかったので、正直、地震直後は周囲の人たちとの温度差を感じた。地震最中に夫から、「大丈夫か?」という生存確認の電話があったが、その瞬間の私は、「?」という感じだった。これは大変なことになった…と気がついたのは、テレビでニュースを観て、そして電話が不通になったことに気がついた時だ。なんかとんでもないことが起こっているということに、これまた遅まきながら気がついた。そこで庭から通りに出てみると、ペットキャリーを抱えた親子連れに出くわした。「近くのしらかば公園に避難するです」と母親らしき人。「このマンションなら倒壊の恐れがないから、避難する必要はありませんね」とその娘らしき人。その間も余震が続き、娘を迎えに行ってよいものかどうか迷った。固定電話も携帯も全くつながらないので、情報収集の術がない。学校からのメールも来ない。とにかく、小学校に行ってみようと思い立って、自転車で向かった。学校に着いてみると、全校生徒と先生たちは校庭に避難していた。親御さんが迎えに来た順に子供たちを引き渡しているらしい。そこでやっと娘をゲット!娘を連れて自宅に戻って、やっと一息つけた。その後、パソコンメールはつながることがわかり、家族、友人、知人にメールを送って安否確認を試みた。ソフトバンクへはメールを送ることができたが、auはエラーとなった。ドコモは試していない。いざという時のために、ソフトバンクに乗り換えた方がいいかもしれない。そんなこんなで夜までには全ての人の安全を確認でき、ホッとひと安心。このように地震については被害が皆無だったが、その後原発では多大な被害を被り続けている。私が住んでいる千葉県松戸市は放射能のホットスポットだそうである。なんてこった!チェルノブイリ事故の時も、事故現場から離れた場所で高濃度の放射能が検知された場所があったという話は聞いていたが、まさかそんなことが我が身に降りかかるとは。これはかなり深刻な問題である。
2011.05.12
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人にはそれぞれ越えなければならないハードルのようなものが用意されているという気がする。ハードルはまさに人それぞれ。私にもいくつかのハードルがあって、今までの人生の中で越えられたものもあれば、まだ越えられないものもある。結婚前は全てのハードルを避け、ズルをして進んできたが、結婚後はスルーすることが許されず、ことごとくハードルに挑戦するような星回りとなった。そしてまた目の前にひとつのハードルが。今回のハードルは、逃げようと思えばそれもできそう。しかし、今逃げてもまたこの壁は間違いなく私の前に立ちはだかることになるだろう。ここでスルーするより、出来る限り若いうちに大怪我することを承知でも飛び越えた方が良いような気がする。
2011.05.09
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