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きょうは ぽかぽかとあったかくて とても氣持ちいい一日でした 我が家の裏手にある柿の木♪去年はすごい豊作だったのですが、今年はお休みしたのか 実がほとんどつかなかったようです。見事に色づいた葉っぱも もうほとんど散ってしまいました。もうすぐ11月ですものね。。。きょうは、春菊、ほうれん草、高菜、ルッコラの種まきをしました♪ほんとうなら もっとずっと早くに播くはずだったんですが。。。実は、今 新しい家を探し中で・・・今の家は、眺めがものすごくいいし 静かだしかわいい畑まであって 大好きなんですが、広さが。。。一人暮らしにはちょうどいい広さなんだけど、お友達に泊まりに来てもらうにはちょっと狭いかな~、という感じ。この土地のこの暮らしが好きになるにつれ、大好きな人たちにも ここの暮らしをせひ味わってもらいたい!一緒に楽しい時間を過したい!という氣持ちもどんどん強くなってきて、もう少し広い家の方がいいかなぁ と思うようになりました。で。。。ちょうど8~9月頃に そういう思いが特に強くなって引っ越す氣満々だったもので、もし すぐにでも新居が見つかって お引っ越ししちゃったら、せっかく野菜作っても 食べられないんじゃつまらないしなぁって思って種を播くのをやめてしまってたんです (^^ゞでも、ちょうどいい家との出会いもないまま日が過ぎて、夏野菜の終わった後を放っておくわけにもいかず、耕して 畝までは作って、今からでも播けそうな種の袋を引っぱり出したところで再びストップ、まだどうしようかと思い悩んでおりました (笑)“今からだと 収穫は春になっちゃうかもしれないし、 もしそれまでに引っ越すことになったら・・・” なんて ( ̄∇ ̄*)ゞでも なぜかきょう 無性に種まきがしたくなって、お日さまの光をいっぱいに浴びながら せっせと播いていたら、なんだかとってもとってもしあわせ~な氣持ちに包まれて、「あ~、なんて豊かだなんだろ、これでよかったんだぁ~」って思えてきました種まきをする喜びだけでもう充分、育ったものを誰が食べたって構わないじゃない♪ って新しく越してきた人に食べてもらったっていいし、鳥さんや虫さんたちに食べてもらったっていい新しいいのちが生まれるお手伝いができて、その上誰かに喜んでもらえるなら、こんな豊かですてきなことはないじゃないって自分や友達のためならいっしょうけんめいするけど、知らない人のためになんかイヤだ、なんて、みみっちいなぁ~、私、って ちょっと恥ずかしくもなったけど (^◇^;)でも 「豊かさ」ってこういうことなのか~ってわかったうれしさは、それ以上に大きかったです自分と他人、とか、人間とそれ以外の生き物、とか、そういう分け隔ていっさい関係なく、ただ ただ いのちが歓ぶことをするいのちの流れに沿うことをするそれが 豊かさなんだよ、生きる歓びなんだよ、って畑さんに教えてもらったような氣がしますせこくてちっちゃかった(笑)私もお日さまや 青空や ほくほくの土に触れて、豊かな自然のエネルギーをいっぱいもらって、ちょっぴり大きくなれたのかもしれませんあ~、きょうもいい一日だったなぁ
2006年10月30日
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秋の夕暮れ。。。 この色、このシルエット。。。お日さまが山に隠れだすあたりから どんどん物悲しい氣持ちになっていくのはなぜでしょう。。。向こうの山から鹿の鳴き声が聞こえてきたりして、ますます切なさが増してゆくような。。。この 物悲しさや切なさがちょっとよかったりするんですよね (^^ゞしみじみ 秋だなぁ秋といえば。。。 頂き物の柿♪訪ねた先のおばさんが 目の前で枝ごと折って持たせてくれましたあんまりかわいいんで、そのままずっと飾ってあります(^^)でも そろそろ食べごろかな~♪“すべてが 今 ここ にある”これがわかってからしばらくの間、かつてなかったほど 心穏やかな毎日を過しました。「すべてある」っていうことは、「もう 心配したりあくせく探し回ったりしなくていいんだよ」っていうことなんだ~って思って すっかり安心してそして、持っていることを忘れたままかえりみられなかったお宝を再発見しては ほっこりと しあわせ氣分に浸る毎日小さい子供みたいに ワクワクと遊び暮らしておりましたが。。。あるとき ふと こんな氣持ちに襲われました。不安がまったくないって なんか不安だなぁ・・・・・・って なんじゃそりゃ (^◇^;)思わず笑っちゃいましたが。。。このときつくづく思ったのが、「日常のトラブルや ネガティブな感情って なんてありがたいものなんだろう」っていうこと♪「不安がないのが不安」っていう氣持ちをよ~く見ていくと、それは「こんなノーテンキな生き方してていいのかなぁ」っていう思いから出ているのがわかりました。最初のうちは「わぁ、私こんなにいろんなものもってるのに、 こんなにステキな暮らしさせてもらってるのに、 心配ばっかりして 見落としてて 味わってなかったんだ~」って氣がついて、今からでも楽しむぞ~ってはりきってたんですが、ワクワクと楽しい暮らしもあんまりいつまでも 楽しい楽しいって遊んでばかりだと、なんか微妙にズレてくるっていうか、自分の世界がじわじわと狭くなって 閉ざされていって、その中で 自分がどんどん固まってちっちゃくなっていくような氣がしてきて。。。そのうちに だんだんと、人が生きていくっていうのは、和やかに楽しんでエネルギーを充電する時間と、そこで得たパワーで再び外に飛び出していってなにかを生み出す・創り上げる時間、その二つを繰り返しながら成長していくことなんじゃないかな、それが いのちの流れっていうものなんじゃないかな、って 思うようになってきました♪外に出てゆけば、そこはもう自分ひとりだけの氣ままな世界じゃないし、いろんな人と出会う中で 当然トラブルも起これば ネガな感情にも襲われるけど、そんなとき どうやってクリアしようかとあれこれ一生懸命やってみることで、問題が片付いたときなんか それまでの自分を一歩通り越して 成長できちゃったぞ~!っていうことになるんですね♪実は、6月から9月まで 週4~5日ペースで 夕方4~5時間ほど ある旅館のレストランでバイトをしていました。それまで1年余り、ひとり静かにのどかに暮らしていたのが、突然 大勢の人たちと触れ合う場所に飛び込んで、一日わずか数時間のこととはいえ、それはそれはいろんなことがありました。トラブルも起こったし 激しい感情の揺れも覚えました大変といえば大変だったんですが、そのひとつひとつを「なんで今 自分にこういうことが起こってるんだろう」っていう目で見ていくと、ぱっと見イヤだなぁ としか思えないようなことの中にびっくりするようなすばらしいメッセージをたくさん見つけることができました以前に書いた「この周りの人たち み~んな私だ!」っていう氣づきもここで働いている時に起こったことなんです♪トラブルが、悪感情が、次々と私を導いてくれるお宝に変わっていく~なんだかどんどん楽しくなってきて、欲張りになってきて、この夏は すっかりお宝探しに没頭してしまいました (^^ゞ(ブログが途絶えていたのも そのせいなんです~)まるで アップダウンの激しい スリリングなジェットコースターに乗ってるみたいな大変だけど ワクワクの毎日でした9月でバイトを辞めて、「すべては 今 ここに」の思いのもと 再びのどかな日々を過せたのは、いい骨休めであり 充電期間になりましたが、同時にあの それまで見えなかったものが見えてくる歓び、一歩一歩確実に進んでいるという手ごたえや充実感、そういったものは、この和やかな時間ではなく、トラブルやらなんやら ややこしいこと満載の あの刺激的な時間の中でこそ味わえるものなんだなぁということも しみじみ感じさせられました。安らかなんだけど、ひとつ間違えば 糸の切れた凧のようにフワフワと舞い上がっていくだけになりかねなかったあのとき、「不安がないのがかえって不安」という氣持ちが湧き上がってきてくれたおかげで、トラブルや ネガな感情の意味やありがたさを 改めて噛みしめることができましたこれって 「ネガが教えてくれたこと」で以前書いたのと同じようなことなんですが、あのとき思ったことが、いろんな体験を経た今、よりいっそう 自分の身に染み込んで、自分の一部となってくれたんだなあっていう感じがします穏やかでのんびりくつろげる時間と、トラブルもネガな感情もぎっしり詰まったアクティブな時間、二つそろってワンセット♪そしてどちらも天からのありがた~い贈り物なんですねってことは。。。やっぱり。。。 悪いことなんて な~んにもないよ~っていうことなんだぁ!!
2006年10月24日
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9月末、ふと思い立って 車中泊で伊勢に行ってきましたお彼岸も過ぎて 昼間でもだいぶ涼しくなったので、車の旅にはいい季節です行きは あいにくの雨にドシャドシャと降られましたが、あくる日は朝からさわやかな晴天にさっそく伊勢神宮(内宮)に 早朝参拝に行きました♪ 神宮の表玄関、宇治橋から見た五十鈴川。空も 川の水も澄み切って なんて氣持ちいいんでしょうこちらは 御手洗(みたらし・参拝前に心身を清める場所)から見た五十鈴川。前日の雨で 少し水かさが増しているようです。この流れの清らかで美しいこと。。。いくら見ても見飽きません しばらくぼ~っと眺めてから たくさんの木が生い茂る参道をゆっくり歩いて御正宮へ。伊勢に滞在した数日の間 いろいろな時間帯にお参りに行きましたが、早朝の神宮は なんだか空氣がちがうような氣がします。ぴんと張ってて 清々しくて さわやかで。。。人氣もあまりなく、風の音や鳥の声が 静かな境内にやわらかく響きます。 石段の下から撮った御正宮。朝の日ざしがすっかりやわらかくなって、「もうすっかり秋なんだなぁ」と思わせられます 神楽殿上空には こんな珍しいかたちの雲が消えてしまわないうちにと 急いでシャッターを押しました雨上がりの青空は じっと見つめていると すーっと吸い込まれるよう。。。滞在中は 毎日お参りに行って、あとの時間は 神宮門前の「おはらい町」をぶらぶら見て歩いたり、五十鈴川のほとりを散策したり、車の中で本を読んだり ぼぉ~っとしたりして過しました。4泊5日、なぜ行ったのか 今でもよくわからないけれど、しみじみとマイペースでぜいたくな旅をさせていただきました旅から戻って、お伊勢さん効果なのかどうかわかりませんが、ふと思ったことがありました。いや、ふと思い出した というか、思い出していることにふと氣がついた というか。。。それは、「必要なものは すべて 今 ここにある」ということ。こういうとき よく思うんですが。。。これって別に目新しい情報じゃなくて、今までになんども読んだり聞いたりしてきたことなんですね。で、そのたびに アタマではなんとなくわかったようなつもりでいたんですが・・・でも なぜか 今このタイミングで 外側からじゃなく 自分の内側から「ほんとに ほんとに ほんとにそうだぁ!!」って心底思えたんです。以前 よく 自分の人生について、「いいかげん先に進みたいのに。。。なんで行かせてもらえないのぉ!?」って 焦ったり嘆いたりしたものですが、そういうときって 実は “今 欠けているものがあって不幸だから、早くそれを手に入れに行きたい”っていうふうに思い込んでいるところがあって、だから 思うように進まないことにイラだって、焦ったり嘆いたりせずにいられなかったんですね。でも 今回 なぜか突然わかったのは、「何も欠けてなんかいない。 次に行くために必要なものは 今この瞬間 全部自分で持ってる」っていうこと。もし、ほんとうに次に行けるはずなのに行けないんだとしたら、それは、自分が今持ってるものに氣づいてなくて ちゃんと活用できてないせい、そして、見当違いの方向に無理やり行こうとしたせいだったんでしょうね (^^ゞ必要なものは 過不足なく 全部ちゃんと 今 自分の手の中にあるんだ~。そう思ったら からだのあちこちからふ~っと力が抜けて、入れ替わるように 深~い安堵感がひたひたとこみ上げてきました“もう 大丈夫だぁ~”って今までずっと自分には そんな実力はないんじゃないか とかそんなチャンスはないんじゃないか とかって不安で不安で仕方がなかったけど、実は 要るものは全部ちゃ~んと揃ってたんだよ、ってわかったから、これからは もうそんな心配しなくていいんだぁ って心配なんかしてるヒマがあったらそれよりも 今 自分が与えられているものをよ~く見て感謝してそれをしっかり味わい尽くす、それだけでいいんだ、大丈夫なんだ~って以前は「これがあったらいいのに」だの「あんなことなければよかったのに」だのってをたくさんつけてたけど、それって 勝手な期待や思い込みから生まれた ただの幻だったんですね、きっと。。。 うれしいなあ、ありがたいなあ、やっとわかることができて。。。(*^ー^*)そして・・・今回も しみじみ思いました。もし 以前の私みたいに 心配したり焦ったりしている人がいたら、その人の背中にそっと手を置いて 「大丈夫だよ。 必要なものは全部 今 ここに ちゃ~んとあるからね」って言ってあげたいなぁって
2006年10月06日
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