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野蒜海岸は、宮古島入り口から鳴瀬川河口まで2.5kmに渡って延びる砂浜だ。
高さ3m、幅も頂部で2mぐらいはある立派な防波堤があった。津波で、北の方は陸側が削られたぐらいだったが、南側(写真の奥)では破壊された。
応急の工事で、元のレベルまで直していた。
砂浜側をみると、雑草が生えて荒れてはいるが、片付けも終わり、少しだけ砂浜が減った気はするが、前とあまりかわらないきれいな海だ。
陸側は、堤防の内側がけずられ、うっそうとしていた松林もだいぶ少なくなった。
その奥には壊滅地帯が広がり、点在していた建物もほとんどなくなった。
人気の食堂 えんまん亭も全壊したが、最近、矢本運動公園に仮設店舗で再開したようだ。
震災前は、青々とした緑が茂っていた。夏の海水浴シーズンは、沿道の空き地が駐車でいっぱいになって、にぎわうところだった。
少し、鳴瀬川の方へ進むと、沿道の家屋は破壊され、すでに撤去されていた。
一番奥にみえるのは矢本消防署鳴瀬出張所。1階部分が破壊されていた。
野蒜郵便局のあたり。海からは1km近く離れている。
一階相当部分が強く破壊され、道路はへこみ、ガードレールも曲がっていた。道沿いにあった民家もほとんどなくなり、運河沿いの林も寂しくなった。
さらに300mほど山際にある野蒜小学校では、体育館に約330人が避難していたが、3m近い津波がきて、なんとか2階のギャラリーに上がった人は助かったが、高齢者など30名近く、命を落とした。
野蒜の大津波の恐ろしさは、野蒜だけでおさまらず、となりの松島湾側の東名地区まで襲った。津波が、野蒜海岸から陸地を西に2km走り、東名地区でも高さは1階天井まで達し、勢いも強く、松島湾の堤防を陸地側から破壊したのだ。
ここも、住宅が点在していたが、ほぼ壊滅、老人ホームの不老園では、入所者58人中55人が犠牲になった。
もともと塩田と使われていたぐらい低い土地で、いまだ、写真右側の田園は冠水したままだった。
さらに、奥松島も、大浜海水浴場など壊滅的な被害を受け、大好きだったデリ&カフェ ヤマグチさんも全壊してしまった(人は無事とのこと)。
石巻と矢本は、おそらく、牡鹿半島に守られて津波の高さは4~5m、松島はたくさんの島々に守られて3m、その間にある野蒜は、ほんの少しの角度の差で、約10mの大津波に襲われた。過去の三陸沖の津波なら、野蒜も牡鹿半島に守られて、今までの3mの堤防で助かったのだろうが、貞観津波や今回の津波は宮城、福島県沖からも西に向かってきたので、まともに直撃してしまった。
堤防だと10m以上必要、ただ、あれだけ分厚い堤防でも壊れたとなると堤防では無理かもしれない。となると、集団移転、あるいは、千年に一度は置いておいて従来程度の堤防にする、いろいろ意見が分かれるところだが、頑張って欲しい。
また、亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
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