全13件 (13件中 1-13件目)
1

土曜日は夫に急用ができて、私1人で話を聞きに行くことになりました。まぁ、実質30分程度の話なので、私1人でも全然OK!なのですが、実子が同席できないのはちょっと・・・と思わないでもありません。仕方ないのですが、なんだかずっと私主導できてるような、ちょっと負担と言うかいいのかしらこれで・・とついつい思ってしまいます。 さて義母が入る予定の部屋を見せてもらいました。 ほとんどの部屋が南向きなのに対し、義母の部屋は残念ながら西向きの6畳ほど。 夏は暑くなるので、レースも本カーテンも遮光のものにしてくれるそうです。カーテンも施設の方で用意してくれるので助かりました。 部屋は半畳よりやや広めの、奥行きは十分ある押し入れがあり、ちょっと低い位置に鴨居のような役割をしてくれる細長い鉄板も取りつけられてました。他の方はまずベッドをレンタルしたり持ちこんだりしてるそうですが、義母はショートでの利用以外はずっと布団を敷いて寝ていたので、体に支障がないうちは布団を利用することになりました。 これもGHで用意してくれるそうです。ちなみに床暖房なのでカーペットを敷いても、毛布が要らないくらいに暖かいそうです。 他の方のお部屋を見せてもらったら、小さい整理箪笥やちょっとした小家具があり、またベッドもあるし、それぞれご自宅で使われてたものやテレビもあるのでちゃんとその方の居室っていった感じが出てました。義母はテレビは個室においてもたぶんほとんど見ることが無いので、置かないことになりました。自宅で使いなれたものを・・と思うのですが、持ちこめるようなサイズの家具がまず無く、さて、どうしましょうか・・・。義母は万葉集だとか歴史街道散歩、絵画、植物のことにとても興味があって本や写真集もたくさんあるので、そう行った本を用意しようと思います。これまでの自宅で使ってたものも、またおいおい必要に応じて持って行きましょう。 義母はこのGHになじんでくれるでしょうか。たぶん、しばらくは戸惑いや不安があって、落ち着きが無い日が続くでしょう。同じフロアの方々は、どちらかと言うとじっと椅子に座って、ぼ~っとしてる方が多く、また居室でずっと寝てる方も2~3人ほどおられました。 ずっと長く住むところですから、義母が一日も早くなじんで落ち着いて生活できるよう、何か工夫をしていきたいと思います。
2011年10月31日
コメント(4)

つい先ほど、GHから連絡があり、正式に入所が決まりました。正直、ホッとしてます。土曜日に夫と一緒に契約や準備物などの詳しい説明に受けに行くことになりました。 義母はこれで幸せになれるでしょうか。自宅に居て、気ままな生活もさせてあげたいけれど、危険が常に伴う。24時間付き合うのは物理的にも精神的にも到底無理。何より今、心すらも寄り添えない私には、義母の介護はもうできそうにない。やっぱり環境もととのったGHの方が良いに決まってる。 振り返ると、本当に大変になった介護生活はおよそ3年。最初はイライラするだけ、次第にオタオタになりアップアップになり、ついには無気力になってしまった私。介護というより、ただの御世話だったけど、とりあえず頑張ったとは思います。 先ほどケアマネさんに結果を連絡したのですが、「本当によく頑張られましたね。」の一言が、ちょっとこばゆい・・・と思ったけど、今、ポロリと涙が落ちました。私自身は努力も足りなかったけど、周りの人には本当に恵まれました。特にこのケアマネさんに会わなかったら、もっともっと苦しんでたでしょうし、それこそ離婚してたかもしれません。このケアマネさんとは一応お別れになること、これが一番寂しい。 義母の人生も新しい展開を迎えます。縁あって夫となった人のお母さん、今はまだ正面から向き合えてないけれど、やっぱり幸せになってほしい、穏やかな道を歩んでほしいと思います。
2011年10月27日
コメント(6)

今日は入所案内が来ているグループホームを経営し、提携している脳神経外科病院で義母の現在の状態を把握するための検査がありました。 実はずっと義母に会ってませんでした。 2週間。 冷たいですね。義母が入院してた時、同じ部屋の他の患者さん4人が、程度の差はあれ認知症も患っておられました。義母に付き添うために日に何時間も部屋に居たのですが、私のようにずっと付き添わないといけない状態の方はおられず、ほぼ寝たきり。 ベッドから降りようとしない、降りられない方ばかりでした。でも上半身を起こしてベッドの上に居る方は、なぜか全て私の方を見てるし、自分の要求を大きな声で繰り返す方が居たのですが、その矛先も私だし、体を動かすにも人の手が要るかたも、自然に私に要求してくるし、「ほっといていいから、全てに応じなくてもいいですからね!」と看護師さんからは言われてましたが、でもみなさん、私だけが頼りなので、無視して部屋に居るのは本当に苦痛でした。義母に対してだけでなく、同部屋の患者さんの目は全て私に注がれてるのに逃れることのできない金縛りみたいな感覚になって。これも鬱状態だったからだとは思うのですが、「私に言わないでよ! どうして私にそんなにすがって来るの??」としか思えず、涙が出るのをこらえるしかなく。 どうしようもない無力感とか閉そく感、そして嫌悪感しか湧かなかったあの間のことがショートの施設に行くと思いだされてしまって、苦しくなるのです。仮面をかぶってうまくこなせたらいいのですが、それをする自分もなんて偽善的なんだと惨めな感じもあって・・・。で、義母に会うことができませんでした。 久しぶりの義母、やっぱり義歯は入って無くて、前歯4本が無いのに沿って上唇がちょっと凹んだ感じに、逆に下唇が付きだすように出てしまって、人相がだいぶん変わってしまったように見えました。 義母は私のこと、ちょっと覚えてたみたいです。名前は出てこなかったけど、初めての人ではないというか、もしかしたらもうそんなことは気にしない段階なのかもしれませんが、親しい人って感じであれこれしゃべりかけてきました。語彙は乏しいものの、言葉を盛んに発してきました。一時期、声に出すこともほとんどなかったので、本当に元気になったのだと実感です。 MRIやも特に抵抗することなく、おとなしくしてくれてホッです。ちなみに長谷川式スケールは3点。 スプーンや時計などの名称を言えたのみで、あとは指示の意味が分からなかったり、違う方へ話がいったり。海馬にも委縮があったり、何カ所か小さい梗塞もありました。 義母は終始機嫌よく、特に落ち着かないということもありませんで、ドクターやGHの管理者さんの印象も良かったみたいです。 これらの検査結果を総合的に見て、入所可能かの判断をこれから行うのだそうです。たぶん大丈夫だと思うのですが、なにしろ一度ダメになったことが、私の中で相当なダメージになったので、ついつい心配してしまいます。
2011年10月26日
コメント(2)

今日、いや昨日の話なんですが、否が応にも期待してしまうことがあって、ちょっと頭が軽く沸騰 して、なぜか頭痛まで起きてお昼寝してしまったために、今度はなんだか眠れなくなって、今頃になってパソコンに向かってます。 先日は小規模特養から順番が「12番目」と聞いて、ちょっとガックリしてた鬼嫁ですが、またまた劇的な(?)展開が起こりました。8月に面談をしたものの、義母の入院で入所が無くなったGHから連絡があり、順番が回ってきたと。 ・・・今度こそ、大丈夫ですよね。 実は義母の入院中にいろんなことを自分で消化できず、鬱状態になってしまったのですが、その最大のきっかけがGHから「今回は見送らせてください」の連絡でした。義母が早く元気になれるように、せっかくのGHの入所話が流れないように、毎日毎日、義母が安静にできるように、自分を奮い立たせながら、日によっては一日10時間ちかくも義母に付き添っていたのに、思うようには義母は回復せず、そのうち見送りの連絡が入って、その日の夜、私は実母が住んでいたマンションへプチ家出してしまったのでした。一生懸命にやってたことがなんだか急にバカらしくなってしまって。また細かいエピソードはおいおい書こうと思うのですが、全てが自分の至らなさとか無力とか、そういったことになってる気がしてしまって。 今思うと、本当に笑ってしまうくらいの幼稚な考えなのですが、その時は将に思いつめてしまって、こんなに頑張ってたのにどうして・・・!としか思えず、何もかもが嫌になってしまったのです。 それがまた順番が来ましたとの連絡。今度こそ、鬼嫁だって何だって構うもんか、今度こそ無事に進んで欲しい!!明日には指定病院での検査もあります。どうぞどうぞ、今度は大丈夫でありますように・・・・!!!
2011年10月24日
コメント(4)

8月に義母の前歯4本のブリッジが歯槽膿漏の進行によって外れてしまい、ショート先へ訪問診療で歯科医に来てもらってました。途中、入院があって歯ぐきの治療や洗浄、そして新しい歯の装着が遅れていたのですが、9月の半ば過ぎにはほぼ終わり、何回かの点検(?)の後、治療は終わりました。入院中の超ダウン状態の時、義母は歯が無かったせいか言葉がはっきりせず、また声もほとんど出てなかったのですが、歯が入った後は元気も取り戻して言葉もずいぶんと活発に出てました。(意味は不明でしたが・・・) 先日の帰宅中も特に変わった様子は無かったのですが、先日、歯科医院から治療の終了と診療代金のことで連絡をもらったところ、なんとここ2週間、義母は入れ歯を拒否していて、もしかしたらもう入れてくれないかも・・・とのことでした。本当に先日はそんなそぶりは全く見せてなかったので驚きです。歯が装着された直後は確かに気にして触ってたのですが・・・。 そういえば、まだ歯が入ってなかった時に通院で義母を車に乗せたことがあったのですが、痰というか口からあふれる唾液を指でぐっとぬぐい取って、座席シートや運転席のヘッド辺りに盛んにこすりつけてましたっけ。あとで掃除しながら、思わずえずいてしまいまして、涙が出たのを思い出しました。歯が無いと唾液が適当に口の中で納めるのも難しくなるのでしょうか。ショート先でそこいら中になすりつけてないといいのですが・・・
2011年10月24日
コメント(2)

先日介護度アップを報告した小規模特養ホームから、判定会議があったのでその報告を・・と連絡がありました。 12番。 だそうです。 えっ? なんだ、次の順番じゃなかったんだ。てっきり次に、もしくはそれに近い順番になったからショートへ面談に行ったのだと思いこんでました。ハハハハ・・・ 鬼嫁、かなりがっくりです。 そういえば、最初に申し込みに行った時、満床ですでに8人待ちだったはず。やはり特養は申し込みが多くなるのでしょうか。介護度が5でも12番目というのは、それだけご苦労されてる方も多いということ。12番目というのは、まだまだ早い方なのだと思うようにします。だって近くの別の特養は、待機人数だけで250人。もっとも大抵の方が重複で複数の施設に申し込みしてるでしょうけど、ここだとたぶん70~80番目くらいではなかろうか。 さて、心して、もっと自分1人でグジグジせずに、大らかにいきましょう!
2011年10月22日
コメント(2)

義母の服用薬が足りなくなってきてたので、昨日はかかりつけ医へ。そこで久しぶりにNMスケールの問診票をもらいました。精神的な状態の部門では、現在の10点くらい。 前にちらっと見た1年前のものでは13点。ちょっと進んでますね、やっぱり。 その問診票には他にも「N式老年者用日常生活動作能力評価尺度(NーADL)」と随伴精神症状・異常行動についての項目もあって、(よかったら、こちらを参考にしてみてください →)それぞれに答えていくと、義母の状態が、身体的には大きな問題はほぼ無いのがわかります。例えば「歩行・起座」では長時間歩き続けられるので10点の正常、「生活圏」は止めなかったらずっと徘徊するので、室内ではなく「近隣」になるだろうし、言葉では通じないけど、衣服の着脱にはあまり問題無くできるし、食事は時間はかかることはあっても、1人できちんと普通食を完食できる。排尿・排便はほぼ常時失禁だけど、そういえばこの前の在宅中は、一度だけ自らトイレに行って、用をたすことができてました。 それから「随伴精神症状・異常行動」の項目で、思わず二重丸しそうになったのは「C 多動・興奮・徘徊」の欄、その中でも「衣類・シーツを破る」と「徘徊」。今でこそ破る行為はほぼ治まってるものの、9月末までに破られた衣類は10枚ほど、ショート先のシーツもやられました・・・ 他に答えに迷ったのは「意識の低下」で、「根気が無い」のは徘徊と花泥棒に関しては全く当てはまらないこと。先日も2時間きっかり、歩幅は狭いしすり足歩行に近いけど、あれだけ元気に歩き回れるのは根気が無いとはいえないなぁ・・・。 義母にこちらの意図を伝えようにも通じない状態になってはいるものの、身体的には大きな問題もなく、内蔵的にも何一つ問題ない。それだけに精神的な面での症状の進行が目立ちます。
2011年10月21日
コメント(2)

先日の担当者会議で介護用品レンタルのスタッフさんが言ってたこと。「そういえばこの前、ショート先へ小規模特養さんがお義母さんに面談に来られたって?」・・・そういうことは、ショートのスタッフさんが言ってくださいよぉ!何も言ってくれないんだもの。さんざんお世話になっておいて何ですが、義母の主に担当してくださるショートのスタッフさん、悪気はないんだろうけど、義母の状態を確認する質問をすると、まず一言、「そうですねぇ~」と言いながらふふんと鼻で笑うようなしぐさをすること、時々ムカっとします。具体的な説明の前に、「仕方ないですよねぇ~」がはっきりとは言葉に出てないけれど、今さら言わなくてもみなさんが思ってらっしゃるとおりですよ…的な雰囲気がありあり。いやぁ、そうなんですけどねぇ、やっぱり身内としてはちょっと哀しいわけで。もっともこちらはこの方にものすごくお世話になってるわけで、頭が上がりませんが。若い女性のスタッフさんなのですが、こういう場面では口数が少ないようで、担当者会議中もほとんど発言はありませんでした。 で、介護度もアップしてそれを届ける意味もあり、また入所候補に挙がってるからこそ特養の方も義母に会いに来られたのだから、ここぞとばかりに特養の施設へ介護度アップの報告へ。もうすぐ判定会議があるのだそうです。 間に合いました ここは8月にオープンしたところで、見学会初日に私も出かけましたが、すでに満床で複数人待機状態でがっくりきたところでもあります。その時「がっくり」があまりにも先立ってしまって、質問を一つしわすれてました。提携病院についてです。1か所あるにはあるけれど、これまでのかかりつけ医を優先してもらって構わないとのこと。もし入院の場合は、紹介できる病院もあると。その病院、先日義母が入院したところでした。救急指定病院なのですが、あまり認知症には対応してない感じで、病院の情報に精通してるデイのスタッフママ友さんが「よく受け入れてくれたねぇ、あの病院」というぐらいのところです。でも実際に行ってみて思ったのは、私自身は入院したいと思える病院では無かったけれど、認知症だとわかってて受け入れてくれた有難い病院でもあります。 もし入所の順番が回ってきたとしてどうするか。最期のことを考えると多少の不安がある施設でもあるけれど、このままロングのショートを利用し続けるのと、ある意味、落ち着いて生活を新たに始められる特養とを比較したら、やっぱり特養にお世話になるようが良いと思いますし、もちろん夫もその考えでした。先に入り損ねたGHの方が至れり尽くせりの体制だったのがちょっと惜しまれるので、仮に特養に入れたとしても、このGHと、前に見学に行って好印象だった別のGHの2つは申し込みの取り下げはせずに残しておくことにしました。ずるいかもしれませんが・・・。 というわけで、鬼嫁、ちょっと張りきって届を出してます。もっともまた期待外れに終わりそうでもありますが。
2011年10月19日
コメント(2)

先日の義母が一時帰宅した時、私にスイッチが入った瞬間がありました。怒りや悲しみなどではなくて、現実に戻ったというか、さぁ、スタートだぞ!しっかりしろ!そんな感じのスイッチです。 義母がショートから戻ってきたのは3時過ぎ。 まずはお茶やおやつを食べてもらって一息ついてもらおう・・と思ってましたが、入院もあって帰宅するのはおよそ2か月ぶりとなったためか、「ここはどこ?」の状態に限りなく近く、家中のドア、扉、ふすまを片っ端から開け放って確認しまくって落ち着かない義母。なんとか椅子に座らせておやつの時間に。義母はすぐに食べつくして立ち上がる。そこへ微妙~なかぐわしい香り・・・いや、臭いが・・。義母は手を盛んにお尻に当て始めたので、どうやらウ●チが出たようです。処理をしようとトイレに連れて行ってパンツをおろした瞬間、それはそれは立派な大きなウ●チがポロンとリハパンから落ちてきて、私の手の甲に当たる。 ・・・・なんか、現実に引き戻されたスイッチが入りました。ぐだぐだした感情なんか抑えて、とりあえず向き合うしかないじゃないか!って。 義母はウ●チを処理したら落ち着きました。排便の時はそうも落ち着かなくなるのでしょうか。そのあと2時間の徘徊へGO! この時は夫が真っ先に追ってくれて、本当に助かりました。いや、これが本来のあるべき姿なのでしょうけどね。 休日でよかった・・・。
2011年10月16日
コメント(2)

いや、「頑張った」なんて、もっともっと私の現状に比べたら遥かに大変にご苦労されてる方がほとんどなわけで、その方々には申し訳ないほどの微々たるものなんですが、義母に対してのどうしても拒否が出て、精神的に辛いと感じてしまう私にはたった、本当にたった2泊義母が在宅し、私がずっと側にいないといけない・・・これが本当にできるのだろうかと、肩に思いっきり力の入った状態の時間を送りました。 つい今しがた、義母がまたロングのショート(なんか矛盾してますね、この表現)に行きました。体がこわばるような場面はほとんどなく、無事にまたショートへ送ることができてホッとしています。たったこれしきのことで笑われそうですが、入院の付き添い以来、これほどじっくりと義母につきあったのは久しぶりだったので、まずは頑張ったよ!と自分で自分を褒めてます。(有森裕子さんみたいだわ・・・) 小さいエピソードはまたおいおい。今回は義母が帰宅したその日が休日で、夫がずっと義母の徘徊に全部付き合っていたこと、これが私にとって一番の強壮剤となりました。義母の入院中に私が精神的に追い詰められたような気持からパニックになり、数日間プチ家出したことが夫にとってかなり衝撃的だったみたいです。普段はそんなことをあまり見せずにいた私が、病院で涙ぽろぽろ出しながら、説明にならない言葉で夫すらも拒否してしまったので・・・夫だけが原因ではなく、病院でのこと、GHの話がダメになったこと、入院中の義母の行為、そしてたぶん夫にとっては「へっ?」と思うだろうなぁ・・というような言葉、そのほかにも小さいことがたくさん重なってしまって、軽く鬱になってしまいましたが、夫はさすがに申し訳ないと思ってたようです。 私1人で抱えてしまってたことの反省もしないといけません。まずはこれから2度寝に入ります~ 昨日はほぼ徹夜だったもので・・・では、おやすみなさい!
2011年10月12日
コメント(6)

あと数時間で義母が2泊3日の帰宅です。ショートではありません、「帰宅」の2泊3日です。たった2泊のことなのに、今から気分が落ち込んで落ち込んで・・・。 朝もたっぷり寝ました。 つい先ほどまでしっかり寝ました。今日と明日は義母宅で寝泊まりです。 隣なのに、すごく決心が要ります。しばらく長時間義母と接してないので、今どういう状態なのか、どこまで何ができるのか、できないのかを把握していません。知りたくなかった、少しでも離れていたかった・・というのが正直なところ。それが約ひと月ぶりの濃厚(?)な時間を送らねばならず、構えて立って仕方ないのに、体も心も強張ってしまってます。 だから、今のうちに。王様の耳はロバの耳!!!!!!いつか笑い話にできるよう、頑張るしかありません。
2011年10月10日
コメント(4)

義母が入院している間にケアマネさんもお見舞いに来てくださいました。看護婦さんから義母の状態も聞き、また実際に義母にも会い、介護度を上げるように申請した方が良いと勧められました。8月にもその話は上がってましたが、入院することになり先延ばしになってしまってました。 義母が退院して1週間、ショート先に認定員の方も来られての面談。一応の基準があるのでそれの1つ1つについての確認もありましたが、何しろ当の本人がまったく言葉を理解できなくなっているので、ショートのスタッフさん(看護師さん)とケアマネさんが代わりに応えてくれるような状況。とにかく1つ1つが「できないですね」 「理解できないのです」 の繰り返し。私は驚くことはなかったのですが、本当にショート先でもいろいろとスタッフさんがご苦労されてるのが窺えました。変な言い方ですが、私が口を挟む隙はほとんどなく、いかに大変かをお二人が切々と(?)訴えるような感じでした。時にはお二人同時で答えが揃うような場面もあり、思わず笑ってしまいました。いや、笑ってる場合ではないのでしょうけど、本当に揃って同じ言葉で、同じトーンで答えが出てたので・・・ で、結果が届きました。 やはりと言うか、何と言うか、「要介護度5」。最初に「要介護2」をもらってから2年とちょっと。 最初の1年はそうは思わなかったのですが、この1年は文字通り坂道を下るように進んで行ってしまいました。 ケアマネさんはGHや特養に少しでも入りやすいように・・と配慮してくださってましたが、その結果の方にまだどこか自分が追いついてないような感覚です。それとは全く逆なのですが、入院中から、私は義母を拒否してしまいます。嫌悪感というか、絶望感というか、義母の前に出ると体に力が入りません。もう少し広い心でいたいのですが、義母のことで何か嫌な気持ちになってしまわないよう、機械的というか、心を入れて何かをすることができなくなってしまいました。認知症だということを本当に受け入れられずにいるのは、実子である夫たちではなく、私の方ですね。
2011年10月05日
コメント(2)

義母が入院したことやGHに入るかもしれないという話を夫が義弟さんに連絡した時、ちょうどすぐ後に海外出張を控え、すぐには行けないけれど、休みには帰省したい・・・と返事があり、先日の連休に義弟さんが帰省してきました。それを22日の夜に連絡もらったものだから、私は大慌てで家中の大掃除。なにしろここひと月、炊事と最低限の洗濯以外の家事をほとんどせず、ぼ~っと過してきた私。 我が家はもちろん、義母宅も埃だらけ。 夜中の3時までかかって大掃除しました。 さて連休中で航空券が取れない中、義弟さんはたくさんのお土産を持って電車乗り継いで東京からやってきました。 到着が夜になったので、翌23日の午前中に夫と二人でショートステイ先へ。 義弟さんが東京へ戻ってから夫に話を聞いたところ、義母は義弟さんの名前そのものは記憶にあって反応したものの、当の本人の顔はわからず、会話も成立せず、時々何かしら言葉は発するものの、ほとんど何を言ってるのかが分からないくらいでただずっと側にいることしかできなかったそうです。 夫も入院中の時から義母の現状を見てはいたものの、兄弟揃って昔に戻って・・・とまではいかなくても、もうちょっと義母が自分の子供だと思ってくれるのを期待してしまってそれが全く叶わなかった現実に、少なからず落胆したようです。それはそうですよね。 私だって親がそうなったらかなりのショックだったろうし。 でも義弟さんは午後からも1人でふらりとショート先へ。特に会話をするわけでなく、じっと義母の側に1時間ちょっと居たそうです。そういえばこんなこと、義母にとっても久しぶりだと思います。同じような状態の利用者さんはたくさんいるし、スタッフさんも側にはいるけれど、自分の為に、自分の為だけに側に誰かが居てくれるということ。入院の付き添い以外では本当に久しぶりですよね。 実は義弟さんが生まれた直後に義母は脊椎カリエスを発症して1年ほど入院、その後もあまり育児に手を出せない状態が続いたそうです。「あの子を抱っこできなかったのは今でも悪いと思ってるのよ・・。あの子には言わないでね。抱っこしてやれなかったこと。」と、デイに行き始めてからすぐの頃、そう言ってました。ずっと義母の中では申し訳ないこととして残っていたのでしょう。 義弟さんはいつものようにひょうひょうとした感じで、25日の朝早く、東京へ戻って行きました。普段は朝の4時に起きて夜は9時に寝るというサイクルだそうで、この日も6時半にはこっそりと出てました。 ちなみに私はそのころはまだzzzzzzz状態。朝ごはんも出さず、本当に申し訳ない!!お布団もきちんとたたまれてたし、ああ、夫や息子に見習わせたい!! 今年の正月はまだ義弟さんのことは理解できてた義母ですが、あれから8カ月経ち、かなりのスピードで症状が進んでしまって、覚悟はしていたものの、きっと義弟さんはある程度のショックは受けてはいたでしょう。 次のお正月、今度はお嫁ちゃんや甥っ子ちゃんも連れての時、もしかしたらもっと症状が進んでいるかもしれないけれど、またじっと側に息子が寄り添っている時間を持ってほしいと思います。私は今はそれができないのが申し訳ないのですが・・・。
2011年10月03日
コメント(4)
全13件 (13件中 1-13件目)
1