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入院5日目の義母。発熱があったり下がったり、落ち着いたと思ったら一日中39度近かったりと安定しません。フロア内徘徊も度々あり、今日なんか私が朝9時前に病院の入り口に到着したら、すぐ目の前を病院の入院衣の前がはだけた感じで、更に看護師さんに片手を掴まれて徘徊を阻止されている義母がいました。熱があって「しんどい、しんどい」が口癖のようになってるにもかかわらず、それでもやっぱり出歩いてしまう。看護師さん達も忙しい中、根気強く、更に工夫したりして義母に付き合ってくださってます。本当に申し訳ない。時々はベッドから降りようと体を30秒おきに起こしている義母ですが、やっぱり体が辛いらしく、ちょっとの声かけでまた横になります。ただ本当に30秒おきくらい、いやもっと短いかも、何度も何度も体を起こします。元気だったら動きたいんでしょうね。30分ほどなにもせずにじっとベッドの傍らに付き添っていたらだんだん落ち着いてきました。私が居ないとやっぱり出歩こうとすることがあるそうです。今日は体のしんどさが勝ってましたが、元気を取り戻すであろう数日後が少し怖いです 朝晩の点滴がうまく効いてくれたらいいのですが、動くせいかまだ高熱も出ます。朝は37度切ってたのに、夜は38度超えだとか。咳もしょっちゅうです。声がかすれているので少し救われる(?)のですが、罵詈雑言的な言葉もよく出ます。特にオムツを替える時と点滴の針が入る瞬間。すごく嫌な顔して、「いいの」と拒否します。 針が入った時なんてエビ反りになります。痛いですよ~と言っても理解できないので、急に針の痛みがあるとびっくりするらしく、それほど大変ではないはずなのに、「こんな木が倒れてきて・・!」と痛さを表現してます。すぐ次の瞬間には痛みも無いようで、言葉が長く続くことはないのですが、「もう、こんなことして・・・、放り飛ばして帰ります」と弱々しくも怒ってます。その都度、本当に看護師さんには申し訳なくなりますが、あちらもそこはプロ、さらりと流してくれます。 よけいに申し訳なくもありますが。 1週間ほどで・・と目論んでましたが、長引きそうです。せっかくGHの話もあったのがとん挫しそうで、ちょっと不安です。鬼嫁上等!です。 穏やかに家に居られない状態なのだから、仕方ないですよね。徘徊さえなければ、まだ頑張れるとは思いますが、入院をきっかけにどんどん病気が進む義母を見てたら、私が手を出してはいけない領域になってきたようにも見えて、義母が穏やかに暮らせるところを用意してあげることこそが最大の介護かも・・と考えています。
2011年08月31日
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本当は家族の付き添いのいらない完全介護の病院でして、家族の負担による付き添い看護もお断りしてるそうですが、義母のようなタイプの認知症の対応は難しかったようです。入院翌朝には看護師さんから「付き添いを・・・」とヘルプの電話がかかってきました。見たか、義母の真の力を! 威張れることではありませんが 義母は熱も37度以下に下がり、咳がまだ結構出るのと喉を痛めたのか声がかすれてます。よって起きているというか、ベッドに横になっても眠ることがほとんどない昼間は点滴の針を抜く可能性が高いので、私が付き添うことにしました。大きなテープで簡単には抜けないようにしてあるものの、やはり義母は長い管が気になって仕方ない様子。 シールをはがしたり、長い管を結んで見たり、果ては管を噛み切ろうとしたり目が本当に話せません。自宅から車で15分くらいなのですが、私が1日に2回も病院に来る負担を減らそうと、看護師さんが比較的時間のかかる種類の点滴を一度にまとめてやりましょう!と提案してきました。その時点で2時間ほど点滴していて、義母も腕につながる点滴を盛んに気にしていたので、たぶんこれ以上は持たないでしょう・・と言ってみたものの、看護師さんはやってみましょう!というので、とりあえず従うことに。ただどうしても今日のうちに振り込んでおきたいものがあったので、15分ほど外出します、その間をよろしくお願いします・・と伝えて、大急ぎで銀行へ。大汗かいて戻ってみると、病室は大掃除の真っ最中。どうやら私がいないわずかの間に、看護師さんも覗きに来なかったその隙に、義母が点滴をはずしてしまい、だらだら流れ出る血を仕切りカーテンにこすりつけ、(ちなみに二人部屋なのですが、義母の為に個室として使ってます)パジャマや下着、靴下、靴はもちろん、布団シーツにもかなりの血がつき、床や点滴スタンドにいたるまで、あちこちに血が落ちていました。義母は詰め所に隔離され、皆さん総出で大掃除。す~み~ま~せ~~~~~~~~ん!! 結局残りは夕方~夜に。しかもだいぶん元気を取り戻した義母は、フロアの隅から隅まで徘徊へGO!。ベッドに横になって運ばれる患者さんを遮ったり、看護師さんに指示したり、触ったり、目に入ったドアノブを片っ端から開け、複数人部屋の仕切りカーテンも開けてまわることおよそ30分。 日頃の徘徊に比べたら格段に短いのですが、そんなことより他所の方にご迷惑なのは明らか。 私も傍らからドアノブを抑えて回ったり、ご迷惑をおかけした方にはお詫びしながら付き添う始末。 止めましたよ、当然。 でも通じません。それどころかだんだん不機嫌に。ガラガラの声でさんざん怒られました。足がまたガクガクしてきました。 惨めで辛くて。 止められない無力さ、そんなものあれこれ。 もしかしたら退院勧告も時間の問題かも…。私も自分の根性無し加減に情けなくなった1日でした。
2011年08月29日
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劇的な急展開は、何も一昨日だけではありませんでした。今日、正確には昨日ですが、義母が緊急入院となりました。 24日に主治医に見せた時は「ただの風邪ですよ」で、一昨日は熱も7度台前半で落ち着いてきたと思ったのですが、昨日の夕方になって39度までまた発熱し、義母の顔色もおかしいし、咳も弱々しいものながらしょっちゅう出てるし・・・とショート先から連絡が入りました。その時点でもう主治医の病院はしまっていたので、夜間救急の病院へ。さんざん待たされて、実際に診察してもらうまでに1時間半、CTや血液検査、尿検査などを終えて診断結果がでるまでに3時間半。結果、肺炎になってました。何しろ認知症があるので各種検査に抵抗があったり器具などにさわったりと、倍くらい時間がかかってしまい、特に尿検査は導尿で採るしかなく、理解できない義母は高熱にも関わらずかなりの抵抗を示し、看護師さんのフォローをしながら、冷房の効いた部屋だったのに汗だくになってしまいました。 とりあえずは解熱の注射と抗生物質の点滴で、39度超えの熱も7度まで治まりましたが、高齢で体力的にも心配なこともあり、またCTやレントゲンでも肺にもやもやっとした影も映っているしで、とりあえず1週間ほど入院することになりました。 基本的には完全看護の病院なので、家族が付き添うこともそう必要はないとのことですが、なにしろ点滴の管も抜きそうになるので、拘束は避けられそうにありませんし、小まめに顔だししておかないと、看護師さんたちにも迷惑がかかりそうです。 病院についてから私たちが出られるまでにかかった時間はおよそ5時間半。疲れました・・・。 あまり症状は重くないとのことですが、それでもやはり「肺炎」と聞くと怖いです。なんとか無事に元気になってくれたらいいのですが。なんだかGHの話もこれでおじゃんになりそうで、先日は戸惑いもあったくせに、話が消えてしまったりしたらがっくりだなぁ・・・と、やっぱり鬼嫁は自分本位で考えてます。
2011年08月27日
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一昨日38度弱の発熱があった義母。 昨日はちょっと下がって、でも7度4分だったとか。かなりの鼻声だったのがいくぶん落ち着いていたし、どうしちゃったの?と思った足取りもいくらか動きが良くなってるようで、ちょっと安心しました。 2日連続で義母に会ったのですが、やっぱりすっかり私のことは忘れてしまったようです。スタッフさんが「この方のお名前わかりますか?」と義母に問いかけたら、義母は「名前=自分の名前」の図式らしく、何度も自分の名前をつぶやいてました。いつもデイのスタッフさんからは「息子のことは分からなくても、きっとあなたのことは最後まで覚えてると思うよ。デイではいつも「○○ちゃん、○○ちゃん、って名前がすぐ出るし」と言われてたので、厳しい(?)現実に、ちょっと哀しいものを感じています。 ところで昨日、劇的な急展開(?)があり、望んでいたはずなのに戸惑いも覚えている私です。 一番最初に見学に行ったGHから連絡があり、次の入所者の候補になってるので面談したいと。それでショートステイ先まで管理者さんが来てくれて、義母とショートの担当スタッフさん、そして私の4人で面談がありました。GHの管理者Kさんは、見学時に私たちが記入した資料を1つ1つ確認するように義母に質問していったのですが、自分の名前は言えたけど、あとは全くの頓珍漢な答え。唯一、子供は男だけってのがあってましたが、人数についてはあやふや。尋ねなかったけど、もうもしかしたら夫や義弟の名前も出ないかも。細かいことや確認事項の話は私やショートのスタッフさんが答えたのですが、義母には訳が分からないことが不満になってきたようで、すぐに「私がバカだから、バカにしてるのよ。」と、だんだん不穏になっていきました。 義母の加わった面談は15分程度で、義母はリビングスペースに戻り、残り3人で更に義母の様子について確認作業が続きました。 確認もほぼ終わったところで、ショートの利用は9月6日までと話したら、管理者Kさんの口から出たのは「では、9月に入ったらすぐに入所でも差支えはありませんね。」凄く動揺している私がいました。入所候補者のうちの上位数人の中に入った程度だと思ってたのですが、現時点で空きがあり、次の入所予定の筆頭に挙がってるようでした。ホームの経営母体である病院がホームに隣接しているのですが、入所したら主治医はその病院に替わるので、義母を診察しておくこと以外にも具体的な入所準備の話も出て、またKさんが以前に関わった利用者さんと義母がとても印象が似てるとかで、「ぜひうちでお世話させていただきたい、一緒に過ごしていきたい方です。」と何度かそう話されてました。 最初はただの確認の面談だと軽く思ってたのですが、Kさんの話ぶりからすると義母のGH入所が本当に目の前に来ているのだと思わされます。望んでいたことなのに、先日なんて新設の特養に入り損ねたのにがっくりしてたのに、いざ目の前に来てみると、良いのだろうか、間違ってないだろうか、と戸惑いの感情がぐぐぐっと湧きあがっています。 もう少し、本当に入所が決定するまで、もっと自分の気持ちを整理しないといけませんね。ちなみに夫はまずは入所してもいいんじゃないか?と、すんなり受け止めてます。実子がそうなのに、嫁がウジウジしてるって変ですね。
2011年08月26日
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今日、ショート先から連絡があって、義母が38度近い発熱をしたとのこと。連絡をもらったのはお昼過ぎ。 幸いなことに、今日はかかりつけ医の先生が担当の曜日。まずは午後の診察開始の時間に合わせて義母を迎えに行くことにしました。 およそ2週間ぶりに会う義母。 ショート施設の入り口で椅子に座りながら靴を履いている姿が見えました。 実は義母、2日前についに前歯(差し歯4本がセットになっている)が抜けてしまって、口元が以前とはかなり違ってました。歯の治療はまた後日に訪問診療の歯科に頼んでいるのですが。スタッフさんに靴を履かせてもらっていざ立つ時、二人がかりで腕を支えられてようやく立ち上がった感じ。やはり熱があるのがそうさせてるのでしょうか。ついこの前までの徘徊しまくり状態で元気に歩き回った義母とは明らかに違ってる。急に弱々しい足つきになってました。そして顔を真正面に上げて私と向かい合った時、本当に鳩が豆鉄砲くらったような、文字通り「きょとん」とした顔つき。 スタッフさんが「久しぶりに会いますね、わかりますか?」と問いかけたら、義母は私の顔は見覚えがあったのでしょう、「○○…」と名字だけをつぶやいて、あとは言葉にならず。やっぱり名前はすっかり忘れてしまったようですね。 ちょっと近しい人って感じでしょうか。 車に乗せて出発すると、すぐに鼻歌を歌い出し、そして独りごとをブツブツ。熱はあるので多少は体がしんどいでしょうけど、それも分からないのでしょうか。だけど病院に着いたらとにかく動けない。降りることが理解できない。やっと降ろしたら、今度は歩かない。足がこれまでの3分の1しか歩幅がない感じ。私よりはかなり歩みは遅かったけど、でも1人でしゃきしゃき動いてた義母はどこに行ったの??????そしてこれまで一度も無かったのだけど、歩き始めるとすぐに私の腕を掴んできた。歩くのがおぼつかないのだろう。 たぶん施設の中でもずっとスタッフさんの介助で動いていたのでしょう。手を握らないと不安定でふらふらする様子に、本当に驚いてしまいました。 診察の結果は「普通の風邪」で、伝染性が無いのでこのままショートに戻っても大丈夫とのこと。 ホッとしました。会計と調剤を待っている間、前歯がない影響もあって、言葉はほとんどこもってて聞こえない。でも目の前にある様々なものを指差してはブツブツ言ってました。座ったソファがゆったりとしたもので、肘付きが無いためか、あるいは熱の為か(病院では37.2度くらいでした。)だんだんずる~っと傾いていく。 背もたれまで少し距離がある作りなので体を預けるにもしずらいのか、それともしゃきっと体を保つのがもうできないのか・・・。 とにかくその衰えぶりにびっくりしました。 つい2週間前なんて、デイの車に乗るのに力いっぱい拒否して、スタッフさん二人がかりでやっとだったのに、今日の義母はあの日の力の3分の1、いやもっとかも。そして私のことをたぶんスタッフさんだと思ってる様子。たった2週間でこんなにも衰えるのかと、軽くショックを受けた日でした。
2011年08月24日
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前回のショートは2週間ほど連続の後、1日在宅、そして3日間と、きっと義母にとってはバタバタした印象もあったに違いないと思うのですが、長くショートを利用して、施設の雰囲気というか自分のペースというか、そんなものも芽生えてきたようで、でも徘徊(あくまでもこちら側の言葉ですが)にも行きたくて、うろうろすることもあるそうです。以前だとショートのフロアが2階なので、階段を降りてデイのフロアへ行くこともあったのが、この頃は階段を降りることがわからなくなったようで、少しの声かけで階段から離れていくそうです。足腰はかなり丈夫なので階段が怖いということではなさそうとのこと。自然に外を歩き回りたいという気持ちも自制できているのでしょうか。その分、自宅へ帰ってきた時の反動、誰も止めない(止めたいのはやまやまですが)自由に歩き回れる楽しさ、そしてその一方で、自宅に戻ったはいいが、覚えていないことが多いことへの不安とか、何をしたらいいのか分からないから徘徊へとつながる、そんなループに陥ってるような気がしました。徘徊を忘れる・・・なんて都合の良いことはなさそうですが、自宅に住むことがほとんど無くなった義母なので、顔は覚えていても、どうやら私の名前は忘れてしまったようです。先日の帰宅中、ついぞ名前を呼んでもらえなくなったのに気付きました。私の方へ顔は向いていて、私に何か話しかけようとしてるけど、名前が出てこない。それで「おばちゃん」だったり「お宅」だったり「あなた」だったり。徘徊の尾行の時は怪訝な顔で振りむいて凝視された時は「あなた」だったり。「敵」認定されなきゃ、それでいいんですが、そういえば名前呼ばれなくなったなぁ・・・と思い出してしまいました。
2011年08月23日
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ただ今義母は3週間のショートステイ中。連日34度の気温なので、まずは気温や体調管理の行き届いたところで生活できているという安心感がなにより心強いですね。私の頭痛もだいぶん治まってきました。ちょっと寝不足だったり、陽の高い時間に動きまわったりした夜はガンガンきますが、それを治める術もなんとなく分かってきたというか。義母がショートから帰ってきた日、在宅してた日の夜は文字通り頭抱えてましたが、ショートに再出発してからというもの、ふっと楽になってたりして・・・ワハハハ、体は本当に正直です。 さて、久しぶりにデイへ行く日だった先日のことを記しておきます。前の日にショートから帰宅した午後3時から7時まで、ほとんど休むことなく徘徊しまくりだった義母、水分をあまり摂らないので果物などでしっかり補い、夕食もちょっと多めに出してみたのですが、全て完食。義母も久しぶりに外を歩き回ったせいか、8時半にはソファで寝入っていました。 翌朝も5時半から活動開始。 レミニールのおかげでしょうか、道に迷うことなく、いつものコースを、時にはもう少し足を伸ばしたりして、元気に歩き回ってました。朝食はおもったほどは食べなかったものの、果物に関してはやっぱり完食。本当に時間を惜しむかのように、何度も何度も外へ出て行ってました。 デイへは事前に連絡して、動き回るからお迎えの時間に家に居ないかもしれないので、私の携帯に連絡してもらうようにしてました。スタッフさんのほうからも「今から行きます!」の連絡をもらってお互いの位置を確認しつつ義母の後を追っていたら、ちょうど義母の行く手の方からデイのお迎えの車が!ホッとしてたら、義母はすっかりデイのスタッフさんのことは忘れてしまってるようで、「どうも・・・」と簡単に挨拶しつつも、足は止まらずにどんどん進む。スタッフさんが慌てて引き止めて、「●●さん、さぁ、車に乗って行きましょう!」と言っても、「はぁ? 私は知りません! 行きません!!」と目を吊り上げて抵抗。軽く掴まれた腕を振り払って、踵返して進んでいく。運転をしていたスタッフさんも出てきて、二人がかりで両腕を掴んで、微妙にひきつった笑顔のままで「さぁ、行きましょう! こちらにどうぞ!!」と必死で頑張ってました。義母は大声こそ出さないものの、しっかりとした口調であれこれ文句を言ってました。スタッフさんは私に向かって、乱暴な感じで義母を車に乗り込ませることを「ごめんなさいね」とつぶやいてくださいましたが、私にしてみたら、二人ががりでもなかなか動かずここまで頑固に抵抗している義母は初めてだったので、そちらの方で申し訳ない気持ちが強く、でも私が口出ししたらややこしくなるかもしれないし・・・と見守るしかない申し訳なさもあり・・・。 なんとか義母は車に乗って、すばやく隣にスタッフさんが座って動けないようにシートベルトを固定。 座ってからも義母はなんだかんだと手を振り回しながら文句を言い続けてました。それにしても二人がかりで無理やり乗せるって、まさに拉致監禁ってこんな感じ?? ドライバーのスタッフさんは時々ここにも登場する、良くも悪くもストレートな若い男性。「え~っと、なかなか今日は厳しいですね。 この頃はもうこんな感じですか?」と確認。一月ぶりのデイで、スタッフさんたちのことをすっかり忘れてしまってるのも一因ですが、だいたいもうこちらの言葉は理解できないし、指示にはしたがってくれませんから、好きにさせてた方が穏やかなので・・などと説明しておきました。「もしかして朝からずっと外ですか?」はい、だいたい6時前からずっとです。 家に居る時間は本当にわずかですよ。「・・・お疲れ様です」いいえぇ~、デイに着いてからも大変だと思いますので、よろしくお願いします。二人で頭を下げあってました。 ちなみに帰宅した時は割合にご機嫌だった義母。連絡ノートには到着してからしばらくは不安定でうろうろしてるだけだったのが、昼食後あたりからやっと落ち着いて、帰る頃には気の合う方と楽しそうにおしゃべりしてたそうです。とりあえずは、ホッ。 これからデイの利用はほぼ月に1~2度になるのですが、毎回こうだと思うとちょっと気が重いですね。スタッフさんのことが分からないから、車に乗るのも不安だったのでしょうね。あんなに抵抗した義母を見て、ちょっと気の毒になってしまいました。
2011年08月18日
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魔の(←将に鬼嫁!!)2日間在宅中の義母。 鬼嫁は心の中で「あと○時間 の辛抱だ!」と何度も何度もつぶやいてやり過ごしてます。 ショートから帰ってきた日、早速に笑顔で徘徊へGO!何度も小まめに出たり入ったり、やっぱり落ち着きのない様子。連日33~34度の暑さの中、息も荒くなるのに疲れが分からないので、とにかく心配なのは熱中症。 ポカリスエットをコップに入れて薦めてもほとんど飲まない。汗もかいてるのでしつこく飲むように声かけしても、結局ほんの一口すするだけ。 仕方ないので次の徘徊の間に冷やしておいたリンゴとミカンを用意し、戻ってきたところで食べてもらうことに。もともとかなり果物大好きな義母なので、これにはすぐに反応して、とりあえず椅子に座ってもらって落ち着いて食べてもらう。義母の前歯は歯槽膿漏が進んでて、かなりグラグラ。 歯医者さんからは治療のしようも難しいので、とりあえずこのまま噛めるまでいきましょう…ということになってるので、かぶりつくような食べ物は薄くしたり細かく切ったりするので、リンゴも薄~く切って数はたくさんになってる。 私の存在もうすくなるほどに夢中。 よしよし!ミカンもあるし、これを食べきるには時間もかかるぞ~・・と、ウキウキしてたらたった10分で出てきた・・・すごいスピードで食べつくしたみたいです。 リンゴは半分、ミカンは2個・・・まだ口の中には食べてる物が残ってるらしく、モゴモゴさせてる・・・と思ったら、やおら手のひらに吐き出して、さらに玄関前の置き石あたりにポイッ!!ミカンの薄皮でした。 ここに捨てなくても・・・ その後、尿取りパッドを確認しようと玄関内で「失礼しますねぇ~」とズボンとリハパンを下ろす。もうここしばらくは本当にオムツ替えの時にされるがままの2歳児のように、特に対抗することなく、目の前のものに反応してブツブツ。パンツの中を見たらパッドが入って無かった。 盛夏、酷暑だし、汗で下着も湿ってる。その上、通気性の悪いリハパンにパッドまで入ってたら、そりゃぁ暑い。それでショートでも入れて無かったのかな?と思ってました。 翌朝の今日、可燃ごみを出しに行こうとして目が点。義母宅前にある網状の蓋のついた下水道の分岐点に、なんとなく見覚えのある色と形状の物が入ってる・・・義母の使用済み尿取りパッドでしたなぜ、いつの間に・・!? 義母が徘徊へ出る時に同時に私も出ると面倒なこともあるので、1~2分ほど経ってから出るようにしてるのですが、その間に捨てた・・というか、入れたんでしょう。義母は自宅周りの枯葉や落ち葉なんかをすぐにこの下水道に蓋の穴から押し込みます。分岐点は2か所あって、すぐ隣り合わせにあるのですが、一方は蓋がかなり重いのに比べ、他方は溝も浅く、蓋も開けやすい。で、開けやすい方に入れたようです。 義母の不法投棄には注意が必要です
2011年08月12日
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昨日はショートの利用ができなかった日で、義母がわずか18時間ですが在宅となりました。いけませんねぇ、この頃はずっと楽をしてたので、義母のペースに合わせるのがものすごく苦痛でした。 帰宅直後から徘徊へGO! スイッチは入りっぱなし。そりゃそうですよね、2週間も自宅を離れてたもの。自由にしたかったのでしょう。午後3時から6時半まで、ほぼ出っぱなし。 途中、一旦は自宅玄関にはいることもあるので、ポカリスエットをコップに入れて「給水ポイント」としたのですが、見向きもせず。仕方ないので1度声かけをして家の中に入れておやつと飲み物を出したら、立ったまま、それこそ子供のように手づかみでムシャムシャ。椅子に座るよう勧めてもスルー。疲れを感じるよりも、時間を惜しんで次の外歩きへ気持ちが向いているようで、私がそこに居るということも、もう気にならないのでしょうか、食べ終えたらまた外へ行ってしまいました。一体なのが義母をそこまで突き動かしてるのでしょうか。 昨夜は9時ごろまでは何度か外へ行ってましたが、疲れたのでしょうか、夜中に動くことはありませんでした。が、今朝は5時45分くらいから、本当に2時間きっかり徘徊へGO!でした。早い時間は涼しいけれど、陽が出てきたら暑い暑い。朝からすっかり汗まみれ。 朝食後もまた出歩いてました。 9時半過ぎにショートへ再度出発。義母が靴を履くのに手伝って下さったスタッフさんが義母の腕をつかんだ時にうっすらと汗ばんでいたのがわかったので、「今朝も歩かれたんですかね?」と尋ねられて、「合計すると3時間くらい歩いてます。水分は摂ってますが・・」と答えたらそれが義母には理解できなかったのがカチンときたのでしょうか、急に動きを止めて「そんなら行くのをやめましょうか!?」と怒り出しました。怒りの矛先はどうも私のようです。 でも私の方へは顔を向けずに、意味不明ながらも強い口調でブツブツ文句を言ってました。スタッフさんのとりなしで車に乗り出発していきましたが、窓越しに目を吊り上げて私を指差しながら何か言っている義母が見えました。 たったこれだけのことなんですが、すっかり義母がいない生活に慣れてしまった私は朝から凹んでます。 ため息と共になんか自分のドロドロの感情が一緒に出てますまた2泊したら、今度は自宅で2泊するのが待ってます。自宅にいる時間が圧倒的に少ない、というかほとんど無いのに、もう頑張れる力を絞り出すありさまです。次の帰宅まではわずか2日! しっかり休んでおきましょう。
2011年08月08日
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先日あたらしくできた小規模特養の申し込みの際に、かかりつけ医の「診療情報提供書」が必要とかで、頼んでいたのが今日できあがり、取りに行ってきました。その内容を見て、そうだよなぁ、去年はそうだったよなぁ・・としみじみ思いだしました。ドクターに義母を見てもらったのはレミニール処方の時に1,2つ質問しただけでしかも意味は通じなかったので、会話にならなかったのですが、1年前のテストの点数でいいのか?とやや疑問にも思うのですが、一昨年と昨年の結果が記されていました。 1年とちょっと前に、介護度認定のためにドクターで「長谷川式スケール」をしてもらってそのちゃんとした点数は教えてもらわなかったけど、今日もらった書類には6点と記されてました。 「さくら・ねこ・電車」がその場で言えたこと、いくつかの道具を見せて名前が3つ言えたこと、あとで思いだしてもらうテストでは思いだすことそのものの意味がわからず、頓珍漢なことしか言えなかったこと、そして全体的にドクターの質問の意図が理解できず、あとは点数にならなかったこと、程度でいえば「重度」だと言われたこと。 そして「NMスケール」というのでは13点と記されてました。なんだろ、それ?と思って調べてみたら、認知症患者の精神状態、行動観察を点数にしたものらしいとわかりました。今だったら、どうだろう・・・お店で気に入った物は手にしても、買い物という概念はもうない。簡単な片付けはできるけど、整理ということではできていない。習慣的なことはある程度できるけれど、指示されたことはよく理解できない、ごく簡単な会話はできるけれど、辻褄は合わない、最近の記憶は無いけれど、子供の頃や結婚して子供を産んだあたりのことは覚えてる、生年月日は不確かだけど、そうだ、この前の行方不明の時は奇跡的に住所が言えた!でもデイとかでは自分の出身地や住所は結婚前の古いものをよく言ってるなぁ・・・ このNMスケールの項目を見てると3項目、あるいは5項目で見るかで点数が違うようですが、1年前の13点がどちらで出されたものか分からないので比べるのも少し困難ですが、もし今ならどれくらいだろう・・・もしかしたら1ケタかも・・・ 本当に進んだのが数字でもってわかるのは少し怖いような気もします。1年後、義母がどんな状態になってるのか・・・。
2011年08月04日
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