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ゴルフ小説スキユキP3清水 明1.出会い「夏の嵐の夜がスキユキと初めて会った。劇的でしょう。私の話は、話半分に聞いた方が良いわね。雨の日で風も強かった。お店に居ても分かるほど。スキユキが来たのでお茶挽かなかった。そんな夜よ。これしかないけどお酒飲ませて呉って。お金なんか取らないわよ。私、男義のある女だから。静かに飲んでいたわ。仕事何って聞いたの。ゴルフだって、プロゴルファーだって言うのよ。『一億円も稼ぐように見えない』って言ってしまったわ。失礼よね。『ゴルフ以外に収入のない男です』そう言ったわ、スキユキ。『ゴルフで食えるプロ、食えないがゴルフ以外に収入のないプロ、どちらもプロゴルファーですけどね』そう言ったわ、スキユキ。そうして『稼げないプロゴルファーは単なる遊び人です』そうも言ったわ。結局、その夜は他に客もなく、私のマンションで飲み直すことになったの。場末の飲み屋、ありがちでしょう。演歌の世界みたいね。台風の目かしら、帰る時は雨も風も止んでいたわ。お寿司を二人前買って、部屋に戻って、シャワーを浴びて、飲み直し。小母さんの作戦勝ちかな。スキユキがシャワーを浴びている内に下着もTシャツも洗濯しちゃって、バスタオル一枚にしちゃって飲んだの。私、お店では飲めないことにしているの。そのくせ、スキユキとはビールを飲んで、ワインも二本空けちゃって、小母さんってずるいよね。スキユキを泊めたの。だって小母さんだも、その位しちゃうよね。女として最後に近いから、若いツバメにしようと思ったのよ、きっと。スキユキがひもで満足しなかったら、きれいに別れればよい。その覚悟さえあれば、スキユキには一時の骨休め、気の迷いがあって、こんな小母さんに付合っても良いだろうと思っていたわ。好い男とは長続きしない。スキユキは好い男よ、長続きしなかったから。スキユキは間もなく練習場でスクールをするようになって、それでもお店の付出しを造って届けて呉れた。学生時代に覚えたって、器用だったわ。40位が女盛りなのよ。居候の役目ってそうでしょう。40過ぎて、女をしていたわ。巧く、スキユキが傷付かないように書かなきゃだめよ。それにプライバシーなのだから。オフレコをそのまま書いちゃだめよ。お客に弁護士さんだって居るのだから。」
2011.01.30
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ラウンド報告-番外編-YZ先輩からの着信履歴があった。マナーモードにしているとほとんど気付かない。ラウンドの誘いに決まっているが、電話しない訳にもゆかない。案の定だ。23日日曜日、メンバーコースでのペアゴルフ。メンバーとビジターとでペアを組と、ビジターがメンバーフィーでラウンド出来る、お得なコンペである。YZさんとYさんのペアで優勝。欠場した筆者に代わって、メンバーのTさんがKさんと回ってくれて2位入賞とのこと。味をしめたYZさんが2月のコンペにも参加したいとの事であった。こちらは肉離れが治らず3月中旬までのラウンドを諦めているのだが、是非にもとの事。暖かくなるまで、足が治るまで待ってよが本心。横山 孝義
2011.01.27
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ラウンドお預けしばらくラウンドはお預けとなる。6日に痛めた右足脹脛(ふくらはぎ)の肉離れが良くならない。痛みがあって歩行が不自由で、捻ると強い痛みを感じる。寒い中でのラウンドでは、再発が確実である。23日のコンペは欠席という事で、コースとラウンド予定の3人に電話でそう告げた。思い切って3月の上旬まではラウンドをお預けとする事にした。清水 明
2011.01.20
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ゴルフ小説スキユキP2清水 明9.ニュース「スキユキがPGAに行く時、声が掛かった。PGAでキャディーをする予定だった。ヨーロッパで担いでいたマリアはアメリカへは来ない。そうスキユキが言っていた。PGAでのキャディーが必要だった。そう言う事なの。スキユキに合わせる。ヨーロッパへは行けなかったけど、アメリカには行くことにした。落ち合う予定の空港で待っていた。遅れって出ていたの、何時まで経っても着かない。ニュースになった通りよ。まだヨーロッパに居ると思ったりもしようとしたけど、どうして良いか分からなかった。確かに飛行機に乗ったのだろうけど、私の中では確認できない事だし、そうでないことを願っていたけど、ニュースの通りよね。何処かに不時着してとか、きっとそうだとか、何かに決めないと納得できないし、兎に角、考えもつかないけど、考えていなければならないし、訳分からないけど。しばらくアメリカに居て、何処でスキユキを待とうかと考えたりして居て、迎えに来た母親に連れられて日本に帰った。全英のスキユキを夢に見るの。TVだって見なかった全英、でもスキユキがどんなゴルフをしたか、私の中では再現されるの。ニュースと錯綜するのね、何日目の何番でという、スキユキの表情が息遣いがみんな分かるの。その時居たように。思い出が、思いがそうさせるのよ。スキユキとキャディーの私が、他のプレーヤーも居ないままに、ふたりでフェアウェーを歩いているの。最終日の18ホール、スタンディング・オベーションの中、スキユキは右手の帽子を静かに振りながら、グリーンに向かうの。私は、ちょっとバックをゆすって、パターを取り出している。」-完-
2011.01.12
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ゴルフ小説ゴルフ小説スキユキP2清水 明8.ヨーロッパ・ツアー「ヨーロッパ・ツアーでのことは良く知らないの。ツアーのウェブサイト情報程度。だって地元へ行っていないのだから当然よね。スキユキの応援ホームページがあったから、彼の事はトレースしていたわ。ツアーを追う程度にはスケジュールも把握していた。でも、全英オープンにも行かなかった。ヨーロッパには行っていないのよ。全英は彼の最高潮の時と一致していた。おそらくね、そう思うし、スキユキもそう言っていた。勝ちパターンよね。離されずに上位につけ、最終日プレッシャーのないままにトップでホールアウトする。後続組は、彼らたちでプレッシャーを掛けあう。追い付けないどころか、スコアを落とすプレーヤーさえ現れる。結果は3打差の快勝。でも紙一重なのよね、幸運だったのスキユキが。行けば良かったと思う。全英に。行っていれば違っていたと思う。今頃PGAで、キャディーバックを担いでいたかも知れない。そう思う事があるわ。でも、時間も人生も取り戻せない。私の中のスキユキは、日本にいた頃が全て、その後は余韻に過ぎない。思い出の中であったり、最初の頃のギャラリーに過ぎない。スキユキの追っ掛けなのよ、未だに。もう一度スキユキの脇に居たい。彼に距離を伝え、クラブを手渡す。夢に見るわ。でも、何時も昔の頃、スキユキが日本で勝てなかった頃の事。勝ちに飢えていた頃の事。正気でいて、起きていては彼の勝ったツアーを思い出す事は出来るの。でも、夢の中では違う。飢えて、焦って、余裕のない私が居るの。そうして、スキユキの気持ち、その時の彼の心は分からないの。スキユキは、何時だってターゲットしか見ていなかった。」
2011.01.09
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ゴルフ小説スキユキP2清水 明7.スキャンダル2「大学の部活の合宿とセックス・スキャンダル。それが聞きたい事よね。プライバシーと言えば肯定、否定しても、じゃ、なぜ訴えないか。どう転んでもろくな事がない。沈黙、黙殺がスキユキと我々の決めた事よ。それじゃ折角のインタビューも無駄よね。スキユキに限っては事実無根。彼合宿に参加していないもの。合宿って結構お金が必要なの。彼にはお金がなかった。それ以外に彼にとっての真相はないの。週刊誌の記事も『世の中にあり得るから、あの学校でもあるだろう。スキユキもそうに違いない』そんな論法でしょう。事実の証拠・証明をしない週刊誌と、ないものの証明を迫られるスキユキ。フェアな戦いでないことは誰にも分かるけど、「あれだけ週刊誌が書くのだから何かあるのだろう」そう思わせるだけで週刊誌は売れる。結構な商売よね。私はスキユキをずっと見ていた。グルーピー、追っかけの時期、キャディーの時期、マネジャーとして彼を後援していた時期。スキユキをずっと見ていた。でもスキユキは私を見てくれなかった。そうして、私はヨーロッパには行かなかった。日本でのマネージメントは続けたわ、今でもね。日本での勝利の幾つかでキャディーバックを担いだわ。それ以上の勝利をスキユキはヨーロッパで飾った。マリアが彼のキャディーバックを担いでいた。終生のキャディーになれなかった。ならなかったのが私。私はスキユキのゴルフ人生の一部にしか付き合えなかった。その一部を思い出にしているの。それで満足よ。」
2011.01.08
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れば・・・たら・・・500回記念というコンペに参加した。何時も以上の参加者と豪華賞品。ひそかに上位入賞を狙っていた。INに回っての3番目のコース、谷越えのパー4。ティーショットを斜面に当て、ボールは白杭を越え谷へ。途中の網手前のラフに止まった。常用カートを進め、先へ進むように言ってボールを回収、斜面を登ろうとして右足に痛みを感じた。肉離れである。起きようとして立ち上がれずしばらく悶絶。カートは筆者の降りた地点で待っていた。責任転嫁をすれば、カートが先に進んでいれば、斜面を登るにしても斜に上り直登する事はなかっただろう。そうすれば、肉離れを起こすことさえなかったかも知れない。ゴルフは『れば・・・たら・・・』の世界である。次のホールの3打地点でボールをピックアップして、次のホールのティーグランドに迎えを頼んでコースアウトした。清水 明
2011.01.07
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冬場のラウンド冬場のラウンドが意外に多い。春・秋のベスト・シーズンにこそ多くラウンドすべきと思うのだが、ここ10年程の傾向を見るとそうなっている。今シーズンも6日にメンバー・コースの会のコンペを予定していたが、4日に是非したいと先輩からリクエストがあって週に2回のラウンドをすることになっている。下旬には趣向のあるコンペがあって、同じ先輩から参加をお願いされている。大晦日のウェブサイトのコンペでは、一緒したK氏から月の中頃にコマーシャル・コンペでラウンドしたいと言われた。その大晦日のコンペで準優勝し、月なかばの次回コンペへの参加も求められることになった。4・6・14・17・23日と5回のラウンドが計画されていることになったのである。どうしようか。清水 明
2011.01.01
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