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-寄稿-有村の無念初日から首位にいた有村智恵が最終日振るわず2位に留まった。残念な結果である。初日-4・二日目-6と好調な出だしだったが、三日目-1・最終日-1とスコアから見て失速と言わざるを得ない。また最終組で一緒に回ったベテランのカリー・ウェブの老獪さにしてやられたとも見ることができる。LPGAでの初勝利は成らなかった。あっさり勝つプレーヤー、なかなか勝てないプレーヤー、有村は今回の成績に自信を持って今後に臨んでほしい。あえて言うならば、最終日、その日のベストスコアで回る程のテンションでいて欲しい。ご都合通信社 太田 悟
2011.02.28
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春のゴルフ-ゴルフ・マニフェスト-『暖かくなるまで』『7日以上のラウンド間隔』を『ゴルフ・マニフェスト』としたのだが。最低気温10度を一応のラウンド再開の目安にしたのだが、これでは4月下旬まで出来ない事になる。3月17日のウェブ・サークルのコンペに参加することにした。『暖かくなるまで』の方は基準を緩めた事になる。もう一方の『7日以上のラウンド間隔』、これは守ろう。清水 明
2011.02.22
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社会復帰1月6日にOBゾーンのボールを取りに行って肉離れを起こしてからコースに出ていない。2度3度と約束していたラウンドを回避して1ヶ月以上を経ていた。その間に息子の結婚式・食事会のため1週間程留守をした。南国で過ごせば痛めた足の状態も好転するかと思ったが、ダイヤモンドヘッドの登山は厳しかった。妻に大きく後れを取ってしまった。ワイキキ・ビーチの散策もあって、右足脹脛に腫れを感じた。帰国すると留守中に仲間から受けたメールがあって、御無沙汰が指摘されていた。3月の上旬までのラウンドを控えると伝えていたのだが、暖かくなるまでとの思いがあってのことだった。さて、3月中旬だが、春のシーズンと考えていたのだが、ゴルフ再開を気温に置き換えていたのだ。最低気温10度を目安にしていた。暖かな時期がその時と考えていた。気象庁のデータによれば、最低気温10度以上は埼玉の4月下旬であった。スタート時の寒さを考えると3月のラウンドは出来ないことになる。ちょっと考えないといけない。清水 明
2011.02.20
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ゴルフ小説スキユキP3清水 明6.パトロン「パトロンと言えば、『きょうこ』のママの前園恭子さんと小山内愛さんでしょう。わたしは、ファンのひとりに過ぎません。わたしの職業も記者のあなたはご存じらしいが、スポーツ医学も門外ですから、そうした助言も出来ません。『きょうこ』を介してたまたま知り合っただけ。憎からず思っていたお店のママさんが肩入れする青年にエールを送った。それだけのことです。三好君を巡る女性達。さあ、知りませんね。パトロンであったろうママの前園恭子さんと、キャディー・マネージャーを務めた小山内愛さん。週刊誌に書かれたような事だったとは、心証的には、そうだと思いますよ。ママとも、憎からずと申し上げたが、客として少し親しかった程度ですからね。こちらが友達の積りでも、向こうもそう思っているかどうか。相手があっての話ですから。一緒に応援に行きましたよ。ママに気がありましたし。ママとふたりの時はあったかな。ママ、そこら辺は堅物でしたよ。他のお客も一緒、そういうのが多かったと思いますよ。応援が終わって、旨くすると三好君と話をして帰る。帰りの時間に余裕があれば、途中どこかで旨いものを食べながらゴルフ談義をする。さらにママの店に乗りこんで三好君のラウンドについて話をする。私設応援団だからね。行けた時だけの話ですよ。スキユキ・スキャンダル。さあ、週刊誌や新聞・テレビからだけの話ですよ。わたしが知っているのは。残念に思っていますが、ヨーロッパでの活躍、全英オープン優勝は、それがあって日本を出たからこその事かも知れませんね。また、それがあっての事故であれば、何とも言いようがありませんね。運命の悪戯でしょう。」
2011.02.06
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ゴルフ小説スキユキP3清水 明5.スキユキの女「山住ひとみさん、あなたと三好雪雄さんとの関係についてお話ください。」「どれほどの方々にインタビューされているか分かりませんが、私とスキユキ、三好さんとの関係はどなたよりも希薄だと思います。いわゆる行きずりの関係でしかないのです。時折訪ねる「きょうこ」という飲み屋さんで見知った仲、たまたま三好さんがプロゴルファーだったから、休日にギャラリーとして応援した事があった。応援と言えば、「きょうこ」のママや村尾先生に誘われて付いて行っただけ。村尾先生は、「きょうこ」のお客さんで、その点は私と一緒だけれど。村尾先生は、お医者さんで学校の先生。こどもさんがいらっしゃるのですが、おひとりで、「きょうこ」ママつながりで三好さんのファンっていう事。決してお金持ちじゃないから、パトロンではなくてファンでギャラリー。私は、そんな先生やママの顔見知りだから、誘われてコースに行った事がある。お店の「きょうこ」で何度も見かけていたし、応援にも行ったからプロゴルファー三好雪雄とも話をしたことがある。そうした関係。ふたりで会った事。三好さんにスキャンダルがあって、「きょうこ」ママを訪ねて来たのよね。「きょうこ」ママに会う前に、見掛けた私が三好さんに声を掛けたの。今考えると、三好さんがヨーロッパへ行く前で、「きょうこ」ママにお別れに来たのよね。たまたまお店が開いてなくて、ふたりでお話したわ。話といっても、たいして付き合いがあった訳でもないので、話らしい話はなかったわ。どこで話したって、聞く訳。喫茶店もろくにないのよ。「きょうこ」の近所じゃ。雨も降っていたわ。私のアパートの部屋よ。独り身の女の部屋。私も実名こそ出されなかったけど、週刊誌に書かれたスキユキの女のひとりよ。聞かれるからには、きれい事で済ます気はないわ。それに、「きょうこ」ママにしても、キャディーの小山内愛さんにしても、もうスキユキを取り合う仲じゃないから。私、スキユキに抱かれたのではなくて、スキユキを抱いたのよ。失意で日本ツアーを追い出され、ヨーロッパへ行く。当てのない、逃避行かしら。行きたかったな、三好さんに付いて行って、ヨーロッパ。そんな勇気もなかったけれど。ほんの少しの温もりを三好さんにあげた。そう思っているの。」
2011.02.04
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ゴルフ小説スキユキP3清水 明4.証言「同じ事を何度も話させて、何かを語らせようとしている訳。寂しい女と失意の若者が、一時一緒に住む事になった。若者は、本来の夢を追いかけて女の元を去って行った。土下座したかって。スキユキがマンデーからツアーに出場して、次の試合にも出られるようになって、ゴルフ場の社長の娘さんに拾われて、私の所から出て行く時。土下座じゃないけど、マンションの部屋の狭い板の間に正座したわ。確かに。『お世話になりました。』そうして額を床に付けた。土間じゃないから、土下座じゃないでしょう。それでも土下座にしておきたければ、スキユキには美談の内だろうから、それでも良いわ。『ご恩はけして忘れません。』そうとも言っていたわ。『頑張ってね。』私はそう答えたの。これも美談よね。その後会った事があるでしょうって。スキユキが優勝したシーズンが終わってから、一度訪ねてくれたわ。私の誕生石の指輪をくれたわ。美談でしょう。スキユキの美談だから話して上げたの。指輪、大切にしまってあるわ。誰にも見せてないけど。だってスキユキが私にくれたのだから。社長令嬢、会った事はあるわ。スキユキのキャディーをしていたのだもの。ギャラリーとして、応援団として。ツアーの応援に一緒に行くお店のお客さんが、いわば後援者みたいな立場で、立ち話位するのよ。その時、私そばに居るし、キャディーはスキユキのそばに居たりするから。そうね、その娘さん、私の事気付いたかどうかは分からないわ。気付いたかもね、恋する女は勘が働くから。その娘がスキユキを好きなのは確かよ。だから気付いたかも知れないわ。でも私とその娘とで話した事はないわ。だから、どんな娘って聞かれても答えようがない。まあ、スキユキをスキスキ光線で見ていたかな。そんな風に見えたわ。」
2011.02.03
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ゴルフ小説スキユキP3清水 明3.その後「今でも応援しているわ。TV観戦ばかりだけど。近い時はコースにも行く。小旗も持たないわ。お忍びの応援よね。スキユキは私をどう見るか。私とは関わりなくプレーして欲しい。私、昔の女だもの。それにスキユキにとって自慢になる存在じゃないし。良いじゃない、もう関わらない女がひっそりと男を見守る。健気な女を演じても、スキユキに迷惑掛けなければ。一緒の頃。スキユキはすぐにゴルフスクールのインストラクターをするようになったわ。火・木の平日に土日。午前午後、平日は夜もあったわ。夏場は。早くに出て行き、結構帰りが遅い日もあった。私がお店に出るまでには帰って来ることが多かった。そんな日はお店で出すおつまみ、付け出しを造ってくれた。私が化粧をしていて、スキユキが台所。結構役に立ったわ。二人の男と女の関係。そこを聞きたい訳。飲み屋のママと同居の若い男の子よ。決まっているでしょう。そんな事。女の性欲は30から40位が強いのよ。男なしには生きて行けないって程じゃないけど、男が必要な年代もあるものよ。分かるでしょう。男は10代から20代かしら。スキユキは立派に、男よ。私が教育したことになるわよね。思いだすと顔が赤らむわ。まあ、ご想像の通りって事かしら。でもそれでスキユキがゴルフを止めた訳でもないし、ツアープロとして何時かはと思っていたのだから、スキユキを悪くは書かないで。男と女、当たり前の事があっただけよ。」
2011.02.02
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ゴルフ小説スキユキP3清水 明2.ゴルフ「ゴルフ、スキユキと知りあう前からよ。お店のお客さんとは行ったわよ。コンペのゲストとか、でも近場だけ、お店休む訳にはゆかないから。お忍びゴルフ、休みの日にはね。男もゴルフも遊びよ。仕事でした事もあるわ。お店のコンペ。でも、男もゴルフも売り上げ上げる積りじゃ駄目よ。遊び。飲み屋のママは酒を飲まない。売り上げのために男を利用しては、結局売り上げにもつながらないのよ。長い目で見てね。スキユキとゴルフ、一緒に廻ったけれど、二人切りってなかったわ。お店のお客さんで、スキユキを応援する人が居て、それにお客の若い女の子を加えて四人で廻った事はあるわ。私、ゴルフはヘタッピーよ。好く付き合って呉れたと思う。その代わり、応援には行ったわ。一人でも、皆でも。横断幕って程じゃないけど、『スキユキ』って書いたりして、応援したわ。スキユキのゴルフはって、そんなの分からないわ。ただ、プロとして遣っていけたらと思っていた。それが別れにつながるのだけれど。プロとして成績を残して欲しいと思ったわ。コースではそう思うの。マンションに帰れば別だけど。スキユキはスクールでの収入でツアーに出る。予選だけで帰ってくる。その方が多かった。お店、土日はお客もないからお休みなの。お客さんから頼まれれば開けたけど、休みなの。ツアーに出だすとスクール休みだし、スクール止めたらツアーに出るお金もない。援助出来なかった。パトロンとして失格よね。申し訳なかった。本当は、スキユキ、出来る筈のひとだと思っていたの。だから申し訳ないと思ったの。ゴルフ場の社長の娘、彼女には完敗。飲み屋のママさんじゃ、ゴルファーって養えないのよ。身ぎれいに別れるしかなかった。男は、女を替えて出世する。時期、時期の女が必要なのよ。男の成功のためには。今でもスキユキが好きよ。この男は成功すると思って、その通りになったのだから。私には見る目があったのよ。」
2011.02.01
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