見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記
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漠然とした話だけど、コロナウイルスが怖い。今まで、赤痢やコレラの流行を体験したし、中学時代(1960年台)には結核や破傷風等で闘病生活を余儀なくされた友人もいた。インフルエンザも何度か流行したけどスペイン風邪を知らない世代としては、世界を震撼とさせる疾患の流行を体験するのは70年生きてきて初めての経験だ。心底怖い。高齢だというのが恐怖感の根源にあるが、目に見えない物への恐怖は目視できる物と違い格段に怖い。病気への恐怖はその原因と対処法を知れば格段に薄れるものだが、先が見えないのは怖い。 1990年にベトナムへの個人旅行が解禁され某旅行社のパンフレットの写真撮影に戦後15年経ったベトナムに出掛けた。ハノイ、ホーチミン(旧サイゴン)、フエ、フーコックと何ヶ所かの都市を周ったけど、まだ旅行者に解禁された都市は少なく、行く先々でベトナム政府から指定されたホテルに泊まり、第何番と番号で呼ばれるレストランで食事をさせられ、自由が制限された旅行だったがそれでも初めのベトナム旅行は仕事であれ物珍しさいっぱいで楽しいものだった。 最終日前日、メコン川をボートで航行するレストランで昼食を摂った。今までアジアの国には何ヶ国か訪れたことがあったが食べ物はすべて個性があって美味しかった。ベトナムでは国営のレストランばかりで食べたのは殆ど何処ででも食べられるような物ばかり。1日の仕事が終わってホテルから夜の街に出ても、他のアジアの国と違って街中に賑わいは殆どなかった。昼間は自動車とバイクと自転車でグチャグチャの街中も夜ともなれば薄暗く、屋台も夜店も殆どなかった。ガイドからは夜の外出は安全だが「行くところはないよ」と言われていたが、見事に何もなかった。ただひとつ面白いものを見つけた。それはベトナム戦争時代の米軍GI達の置き土産『ZIPPO』のライター。表面にベトナム戦争時代に流行ったクスッと笑えるウィットに富んだ『諺・格言』とイラストが刻印されていた。スヌーピーだったり、ヌードだったり‥‥。当時街中の暗い街灯の下で小さなテーブルの上で売られていた『ZIPPO』は、表面がデコボコだったり火打石のローラーが外れてうまく動かなかったりしていたが、そのたった5USドル(1ドル125円前後。625円程度)で買ったベトナム戦争のメモリアルZIPPO(?)が無料生涯保証で修理すると、イラストの出来具合によるけど、高値なら2万5千円程度で売買されていた(現在はもっと高値のつく物もあるようだけど)。買って帰って売る気はないにしろ、結構ZIPPOマニアの間では人気があって幾つか購入して土産にすると喜ばれた。話が脇道に外れてしまった。元にもどそう。 メコン川の船旅を楽しみながら出された料理は海産物や淡水の魚介類が中心だった。そこで出されたエビやアミのペースト『サテトム』が頗る付きに美味くて何にでもつけてパクパクと食べたが、その夜から下痢に嘔吐。翌日、早朝の帰国の機中も下痢に苦しんでいた。何とか名古屋空港に辿り着いて入国手続きを済ませ、荷物を受け取り即行で検疫事務所へ。現在の状況と旅行中の食事の内容を説明し検便をされる。「神戸に帰られたら自宅にて待機。移動を控えて下さい」と言われた。心配はコレラだった。丸2日間、自宅に軟禁状態だった。コレラにかかっていたら‥‥。結局、腸炎ビブリオ菌による食中毒との事だった。その時に、生まれて初めて目に見えない物への恐怖を感じた。今、またも見えない物への恐怖を感じている。いつまで続くのか‥‥先が見えない怖さ。 コロナで外出を控えて丸4ヶ月経って得たものは3キログラムの贅肉だけ。これもひとつの恐怖かもね。目にハッキリと見えてるけどねぇ‥‥。
2020.08.09
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