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昨日はI日中、京都御苑の森の中で「源氏物語」を読んでいて、あらためて感じた。「紫式部がこのオハナシを書いていた時、章が完成するたびに宮廷の女性が競うように読み、続編を楽しみにしていた、というのもわかる」と。まず、源氏は帝(天皇)の子。日本一の旧家の出身だ。しかも、周りに「光る君」と呼ばれたほどの超絶イケメン。文武両道はもちろん、音楽などの諸芸にも秀でている。性格もよいのだろう、宮仕え中の、プライドが高い割に中身は浅薄で腹黒いおばさまたちにも可愛がられるくらいだから(醜女とされる末摘花に対する紳士的な態度からもそのことはうかがえる)。そんな「完璧な男性」である源氏が、時に、仲間たちと女性論議に花を咲かせたり、いくら恋文を送っても意のままにならない女性を想って「恋とは辛いものだ。生きているのも嫌になった」と、青臭く(?)嘆いたりするのである。恋に恋する年頃の女の子のハートをとらえないはずがない。つまり、彼女たちの共感を呼び起こす存在なのね、源氏は。この構図。実は、新しいビジネスを考えたり、商品開発や販売促進にも応用出来るよ。いや、プロデューサーが映画を企画したり、役者の役作り、さらにライターが脚本を書く際にも、大いに参考になる。古典は永遠だ。いつの時代にも通じるものを、確かに持っている。写真はテレビドラマ「源氏物語」から(YouTube)。源氏を演じているのは、当時まばゆいばかりの美しさを誇っていた、ジュリーこと沢田研二。
2022.05.25
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(注)5月24日に書いた記事。朝から京都御苑内の森の中にいる。静かだ。耳に入るのは、小鳥たちのさえずりと木々のざわめき。時折り、烏どもの鳴き声による応酬。雑草はびこる地には、名もなき可憐な山野草がぽつんぽつん。その周りを蝶が飛び交い、蟻は行列を作って進み、無数の虫たちが散歩。のどかだ。先月からぼちぼちと読み進めている「原作物語」(原文と瀬戸内寂聴氏による現代語訳)を、予想外のスピードで読み進むことが出来た。ふと顔を上げたところで目に入った、この大木。樹齢は幾つか?時を経て滅びるものや変わるものは多いが、反対に、時を経たぶん重厚感を増して一段とその存在を浮かびあがらせるものも、決して少なくはない。
2022.05.25
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(注)5月22日に書いた記事。舞鶴での2日間の勤務が終わった。特急を使っても、歩く距離も入れたら、片道、行きは2時間半、帰りは1時間45分の現場(行きの特急は途中駅までなので、この数字)。決して近くはない。仕事には慣れているが、それなりに疲れた。驚いたことの一つに、行き帰りどちらの特急にも、人がたくさん乗っていたこと。昨日の行きの前座席に座っているカップルの話から、どうも城崎温泉ばかりでなく、近辺の竹田城跡巡りも絡めた小旅行を楽しんでいる人もいるみたいで。屋外でのマスクも会話をしないのなら外してもいいということになったし、少しずつ観光が復活していると感じる。写真は、東舞鶴発の特急電車。
2022.05.25
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(注)5月21日に書いた記事。特急電車で京都府の日本海側にある町の現場に向かっている。今、丹波路を走っているところ。人、けっこう乗っている。終着駅が有名な温泉地だから、皆さんそこへ行くのかな。世相もwithコロナになりつつあり、「もうステイホームは飽きた。外に出よう。まずは近場の国内旅行から、、、」と考える人が増えたのだろう。ともあれ、早い目に席を予約しておいて正解だったかもね。
2022.05.25
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(注)5月20日に書いた記事。FB上にある癌グループに、糖分について質問投稿したところ、メッセンジャーによるDMが届いた。ああ、これで、何通目か。その内容は、投稿文からもうかがえる「紳士的」な彼の配慮を重んじ、ここでは明らかにしない。これも、今までと同じ。私的に、彼のFBページを拝見しても営利とか、そんなふうには感じなかったから、全くの善意でメッセンジャーにメールをよこしたのだろう。が、、、少しひっかかるのだ、良い情報なら、グループ内でのコメントでくれた方が、他の方にも情報提供になるよね。なお、夫はこのDMは全く気にしていない様子。でも、夫、昨日はひどい倦怠感で、もう俺もダメかなと呟くほど。階段を登るのも私が後押しせねばならず、涙がこぼれたよ、、、ガン告知後、10キロも痩せたこともあり。妻の私も落ち込みまくり(大切な人か辛そうにしているのを見るのはこたえる)、そんな時に「食事療法は労の割に効果は薄い。私のこの方法なら、、、」などの内容のDMを受け取ると、ナーバスになるんだよね。別に利潤目的ではないにしろ。
2022.05.25
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私は、いわゆる「飲食店」というところには、待ち合わせや時間潰しでドリンクを飲む以外では滅多に入らない人間だが、これには理由(わけ)がある。1つは、価格。もう1つは、量。価格については、言うまでもないから、説明は省略。量については、ズバリ、多過ぎるのだ。生まれつき恐らくは平均より小さい我が胃袋。カレーライスにしろラーメンにしろ定食にしろ、一般に食堂で提供されるメニューはどれもこれも3分の2ほども食べれば、率直なところ、満杯。それを「残すと、作ってくれた人に悪い」と、無理をして押し込む結果、真の満足感は得られず、「こんなふうじゃ、店内で食べ切れる量のお寿司なり小ぶりの弁当なり買って社員食堂で食べるか、コンビニのイート・インで適量のおにぎりやサンドイッチなどを食べた方がいい」となる。自然と、外食から遠ざかってしまうのだ。それが、ここ12、3年くらいの間に、どうだろう、かなりの店で「ミニ」や「プチ」や「小」と称する「小さいサイズ」のメニューが登場してきた。あと、「塩分控えめ」とか「甘さ控えめ」とか「脂分◯%カット」などのバージョンも珍しくなくなった。お客さんが背負う多様性に細かに対応してくれる店が増えたあらわれだろう。こんな取り組みは嬉しい。考えてみたら、一定年齢を過ぎれば大半の人は身体に何がしかの問題を抱えており、食事制限がある場合も少なくない。また、私のようにもとから胃弱だったり、そうでなくても病気その他の理由で量を食べられない人もいる。そんなもろもろの課題を抱えた人でも外食を楽しめる店。もっと増えて欲しい。写真は、真ん中の孫。この子も食が細い子だ。
2022.05.21
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先だっての記事で、「自然主義やオーガニックは、それ自体は決して悪いことではないのに、露出が過剰と言うか周囲にアピールし過ぎると、SNSでもアナログでもウザいと敬遠されてしまう」と書いた。その流れで「どうしてそう思われてしまうのか?」との疑問提起も。 あくまで私論だけれど、「私は自然主義者で、食べ物はもちろん衣類も他の日用品も全部オーガニックよ」と、「ことさらに」吹聴する人は、どこか押し付けがましい面があり、そこがウザいとされるのだと思う。「私はこんないいことをしているし、こちら方面の知識や情報も豊富。何も知らないあなたたちに教えてあげているのよ。あなたたちも私みたいにすべき」と、こんな感じで。その言動の端々には、ねじれた優越感によるマウント取りが見え隠れし、接する者を一段と不快な気分にさせる。「あなたの考えや行いはとても素晴らしいし、認めるけれど、人それぞれだよ」。こう言い返したくなる人も多いのではないか。 もっとも、ママ友なら、まだましかも。身近な存在、仮に姑がこのタイプなら、お嫁さんはやってられんやね。恐らく顔を合わすたびに、食事内容やら何やらをチェックされ、「◯子さん、あなた、うちの息子や孫に添加物だらけのこんなものを食べさせているの?」などと、ネチネチとやられることだろう。 YouTubeに、子どもにもヴィーガン(完全菜食)を強要している母親を取り上げた動画があった。動画によると、この母親はカナダ留学中に環境問題や動物福祉に関心を持ったことがきっかけでヴィーガンに行き着いたのだが、その結果が、子どもの栄養失調では、冗談にも笑えんやね。しかも、母親自身は、実は隣町にまで行って(こっそりと)マクドナルドに入っていた、なんて、こちらは大笑いやね。 https://www.youtube.com/channel/UCKQhPX23NjsO... youtu.be どんなによい主義や習慣、生活様式でも、行き過ぎると「排他」につながり、やがて「差別」に拡大する。 それに、自然主義とかオーガニックとか喧伝しなくても、昔は好むと好まざるにかかわらす人間はみんな自然主義でオーガニックな暮らしをしていたのだし、野菜だって、例えば大根が畑から引き抜かれる時には「痛いよー。残酷なことしないでよ」と、泣き叫んでいるかもよ。 写真は、1番下の孫が赤ちゃんだった時に写したもの。
2022.05.19
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(注)5月15日に書いた記事。今日は奈良県の大型スーパーで仕事。昼休憩時、プライベートな買い物のために売場を歩いていて気付いた。「ごくごく平均的な人が買い物に訪れるこの店でも、野菜をはじめとするオーガニックものがけっこう置いてあるなあ。何年か前には見られなかった現象だ」と。オーガニック愛好家は、実はジリジリと増えているのかも知れない。ところで、とあるネットサイトに、ブログをはじめとするSNSで「ウザい」とされるタイプが、何種類か紹介されていた。その中に、何と、「自然主義やオーガニック自慢をする人」というのがあったのだよ。ああ、わかるわあ。私も19年目を迎えるデモンストレーター体験の中で3人ほどそんなタイプのお客さんにつかまり、その都度お説教されたり怒られたりしてイヤな思いをしたから、身に染みて。ウザいのは、ネットの中でだけではない。アナログの世界でもそうだよ。わけても、数年前、甘酒ブームに乗ってぼ大手メーカーが発売した「甘酒」の宣伝販売を担当した時に出会ったオバハンはすごかった。「野菜はすべて無農薬で他の加工食品もオーガニックを実施している私には、パッケージ裏の表示を見ただけでわかるわ。この甘酒、添加物だらけだって。こんな商品を甘酒と称して売るなんて、あなたは食品や栄養に関する知識がゼロね。現場に立つからにはもっと勉強しなさいっ! いい? ホンモノの甘酒とはね、、、」と他のお客さんや店員さんの前で盛大に叱責し、延々と解説(?)。業務に支障はきたすし、バックヤードに下ればパートさんに「気にせんときや。あのオバハン、知識ひけらかしたいだけやねん」と声をかけられるなど余計な気は遣わすし、まいった。そもそも、商品パッケージにメーカーが「甘酒」と、派手な色と字体で描いているからには、そこのメーカーから依頼を受けたこちらも商品を「甘酒」とPRするわな。自然主義にしろオーガニックにしろ、決して悪いことではない。悪いことではないが、露出が過剰だと、往々にして反感を持たれる。その理由を、次回の記事で私なりに明らかにしたい。写真は、真ん中の孫。
2022.05.19
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糖分厳禁の夫の治療食を四苦八苦しながら考案し、それに付き合っているうち、あらら、私までもが以前ほどには糖分を欲しなくなってきた。まあ、もともとアルコール常飲者ということもあつてか甘味はデザートやおやつにほんの少しとるだけで満足するタイプだったのだけれど。プラス、肉やこってり系の食材は以前にも増して、口にしなくなった。これも、胃腸が丈夫でないためか、もともと野菜と豆類を中心に動物性タンパク質は主に卵と乳製品から摂っていたから、まあ特別に変化したというほどでもない。ただ、夫が癌を告知されて1ヶ月と少しの間に、気付いたことがある。それは、ほとんどの人が調理の過程で味付けに手を加え過ぎている結果、素材そのものの味を殺しているということだ。このことは、イコールで、糖分も塩分も油分も、そして栄養も摂りすぎということだ。これは、例えば、素肌にあれこれ塗りすぎ却って肌が本来持つ蘇生力を弱めているのと似ている。洗顔した肌は、健康な状態であれば、最低限の化粧水と乳液だけでじゅうぶん。やれ何とかクリームだの何とかジェルだの、保湿用化粧品を何種類も肌に乗せると肌はそちらに頼ってしまい、自力で蘇生しようとしなくなる。食べ物の話に戻れば、次の3つに留意すれば、素材そのものの味をうまく引き出せることがわかった。1、新鮮な食材を使う。2、出汁をしっかりととる。3、甘味が欲しい場合は麹をうまく活用する。料理を含め、生活することは実験である。実験を成功させるには、好奇心と情報力とコツコツと粘り強く物事に取り組む探究心、そして先入観にとらわれない発想力である。写真は、麹(Wikipediaより)。
2022.05.16
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この4月から京都と高野山を結ぶ直通高速バスが開通。来月か再来月、これを利用して夫と2人、高野山を訪れようかと思案している。宿坊付きで1泊2日の予定。ぶっちゃけ、電車を乗り継ぐよりずっと楽に行ける。何より、宿坊なら食事は精進料理だから夫の病にも対応しているのが嬉しい。いろいろとネット検索をかけたら、お手頃価格で宿坊体験が出来る寺は、長野県、東京都、長崎県、徳島県など、全国各地にある。高野山で宿坊が楽しかったら、他県の寺に行ってもいい。国内ばかりではない。海外も、あれは何年前だったかしら、アーユルヴェーダ体験と菜食をメインにしたインド旅行の案内を、旅行会社と提携した某自然食品関連グループから受け取ったことがある。そうだ! こういうプランに参加すればよいのだ!仮にそんなツァーでなくても、食べてはいけないものは食べなかったらいいのだし。夫はもう1度ベトナムに行きたがっている。ベトナムは、私が体験した限りでは、基本的には米をはじめとする炭水化物と野菜中心の食事で、サブが魚介を中心としたタンパク質。あまり神経質にならなくてもいいのかも知れない。食事制限があっても、旅は出来る!写真は、高野山奥の院にて。台風で折れた大木が痛々しい。
2022.05.12
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某クレジットカードをネットで申し込んだところ、3度とも最後の最後、「金融機関への口座振替お手続きは終了しましたが、まだお申しみは出来ていません。"次へ"のボタンを押してお申込み内容をご確認ください」のところで躓いてしまう。理由は簡単。"次へ"のボタンを押しても新しいページが開かないのだ。カードのサポートデスクに電話をしても、今ひとつわからない。ただ、我がiPhoneは8クラス。iPhone13が発売されている現在では、もはや古い機種の部類に入り、カード会社が作成した申込みフォームと不具合を起こしているのかも知れないね。iPhone8自体は別に問題なく使えているのだけれど。ともあれ、これまで何度かネットでクレジットカードやネット会員その他の申込みをしたことがあるが、こんなことは初めてで、3度も相手方に拒絶されるということはこことは縁がないのだと思うことにした。まあ、この件とは別に、その他の理由からiPhoneの機種変更時期にきているな、とは感じる。それに付随する必要情報を、いま集めているところ。わけても、Bestnoteアプリにおさめられた我が拙小説のあらすじと起承転結の「承」まで書き終えている、限りなく本書きに近い部分、さらに細かい箇所のアイディアやスケッチ。これだけは守り抜きたいのだ。多分、今回失ったら、二度と書けないことはないだろうものの(いちおう頭の中には残っているからね)、再現は辛い作業だろうから。写真は、4月に仕事をした某アミューズメントスーパーでのグリーン。昨日、ミニひまわりやマリーゴールドの種まきをしたけれど、来年はこういうグリーンだけのプランターに挑戦するのも悪くないと思う。
2022.05.12
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今月後半、京都府日本海側にある舞鶴で4回仕事をするために舞鶴をはじめとする北近畿に向かう特急電車を利用するんだが、その特急電車の自由席は、今年3月12日を持って廃止されたんだそうな。昨日、仕事帰りに寄ったJR京都駅で、「コロナもそれなりに落ち着きつつあるし、観光客も増えている。現場に行くのは休日の土日。念のため、特急券は早いめに準備しておいた方がいいかな」と思い、駅員さんに最近の特急電車の混み具合をさりげなく聞いて、初めて知った。JR側の言い分は、「お客様全員に座ってくつろいでいただくため」とか「混雑を避けるため」だけれど、要はコロナ禍で鉄道の乗客数が減ったぶん収益も悪化したので、それを別のところで補う必要があるからなんでしょ。コンタン、ミエミエだわ。だって、特急の自由席と座席指定席の料金差は、片道620円。往復では1240円だよ。1人特急に乗るごとに、これまでよりはそれだけ儲かるのだ。JRほどの会社なら、3年や4年赤字が続いても経営持続できるだけの資力は持っていると思うから、そんなセコイことしなくていいのに、いやーね。写真は、京都から福知山および福知山以北を結ぶ特急はしだて(Wikipediaより)
2022.05.09
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昨日は、京都市内の大型店にて、農産関連のデモ(推奨販売)。連休最後の日で「こどもの日」でもあるのに、お客さま数は多くなく、全体にまったりと流れた1日だった。お客さまの中に、派遣会社は違うものの、長年現場でよく顔を合わせる人がいた。販売トークをするふりをして(!)、しばらくの間、立ち話。仕事情報も含めた近況報告をした。やはり、デモンストレーションの仕事は、推奨販売メインながら緩やかに復活してきているようで、彼女も今週末に近畿地方では知られた某ローカルスーパーに行くと言う。「仕事があるのは嬉しいけれど、もうあまり遠くには行かれへんね。翌日、すごくしんどい。それを想ったら、何でもかんでも(仕事を)受ける気にはなれへん。難しいところやワ」。そうよね。遠方でも、現場が最寄り駅から近い場所にあればまだ身体的な負担は軽いのだが、例えば最寄り駅からバスに乗り、そこからさらに10分以上歩くとなると、行く前から疲れてしまう。また、交通手段は電車だけでも複数の路線を乗り換えないといけない場合も、疲労度は高くなる(路線と路線の間にかなりの距離があることが多いのだ)。それでも、50代半ばくらいまでなら、発想を変え、遠方で交通の便が良くないところでも半分旅行を兼ねる気持ちで仕事をこなすことも可能だろう。還暦を過ぎたら、さすがにね、、、。調理用の荷物を持参しているとなれば、尚更だ。2004年にこの仕事に就いた私も、振り返れば、関西一円を中心に、時には北陸や中部地方などにも足を伸ばし、ずいぶんといろいろな地を仕事絡みで訪れた。現場に向かうバスに乗っている40分近い間、野生のウサギやサルやシカには会っても人間にはバス運転手以外だれ一人として会わなかった山中にも、片道4時間かけてたどり着いた無人駅では壁のそこかしこに張り付いたヤモリだけが「生き物」だった農村にも、突風吹きさらしのごとく絶えず木々がざわめき続ける県境の山頂にも、そこに店があるからには、行った。65歳になった今、「もう(遠方は)いいよ。行き尽くしたよ」みたいな気持ちが、確かにある。、、、なんて、今月後半には、京都府日本海側にある舞鶴での仕事が4日も入っているだが、まあ、この案件はメーカーが特急電車使用を認めてくれたので、距離はともかく、そう疲れるものではない。写真は、5年前の夏に舞鶴で仕事をした時、現場付近で撮ったもの。日本海側にある町なのに、京都市内より暑かったことを覚えている。
2022.05.06
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早いものだ。夫が癌を告知されてから、明日で1ヶ月になる。妻の私も、ようやく厳格な制限がある食事作りをはじめとする夫のケアと仕事のバランスが取れるようになり、一息ついているところだ。それにしても、かつては非告知が当たり前だった癌が告知に変わったのはいつ頃からだろう? これは癌が基本的には「治る病気」になったことの現れでもあるのか? 何せ、現在、2人に1人は癌になるのだから。他社所属の仕事仲間に、40代で婦人科系の癌を患った人がいる。抗癌剤その他がもたらす副作用に耐えて回復し、還暦を過ぎた今も現場に立ち続けているが、苦しい闘病生活を支えたのが、子どもさんの存在だったと語る。「当時としてはかなり遅い結婚だった上になかなか子どもに恵まれず、何年も不妊治療を受けてやっと授かった」だけに、発病時、子どもさんはまだまだ母親の手が必要な年齢。にもかかわらず、月に数日だけとは言えデモンストレーターの仕事をしていたのは、子どもさんがある習い事をしており、その費用を捻出するためだった。「この子を残して死ねない」その一心で彼女は治療に取り組み、結果、髪の毛が抜け、体型も変わってしまったけれど、命は取り止め、歩いたり食べたりする日常も取り戻した。「子どもがいなかったら、途中でくじけてしまったかもね」。子どもさんも子どもさんなりに頑張った。「習い事の発表会、見に行かれへんかった時は発表会の様子を写した写真をたくさん持って来てね、いろいろ話してくれて、ママ、次の発表会ではこんなのをやりたい、なんて言うねん。ああ、次の発表会も見たいな、とそれが希望になり、そういうことを何度か繰り返しているうちに、癌はおさまった」。癌に限らず病に打ち勝てるのは、究極のところ、希望が持てるかどうかにかかっているのだろう。もっとも、希望を失わないでいても残念な結果に終わることもあるのだが、、、。写真は、1番上の孫。
2022.05.04
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(注)昨日に書いた記事。先だって、我が拙ブログに「高年デモンストレーターにとって2年の空白は痛手だ」とタイトルをつけた記事を書いた。事実、「コロナで休んでいるうちに私は60代から70代になった。もう(派遣会社も)仕事、言うてけえへんワ。若い子にまわすやろ」と想像し、悲観にくれている仕事仲間もいる。確かに体力面では不利となろう。そのことは百も承知で、宣伝販売の対象となる商品の中にはある程度の年齢を経ないと説明が難しいものもあるし特定分野の知識と人生経験が必要なものもある、と広く訴えたい。例えば、尿漏れパッドなどは、絶対に高年者デモンストレーターの方が有利。主に中年以降の層を販売対象とし、実際に40歳より上の人が購入するケースがほとんどなので、若いデモンストレーターでは、商品が商品と言うこともあって「お客さんから見た信頼度」が弱くなってしまう可能性がある。また、今月初めに夫がガン宣告を受けてから行くようになった自然食品店の宣伝販売も、知識に裏付けられた人生経験がある高年者デモンストレーターの方がいいはず。なぜなら、自然食品店に足を運ぶお客さんは、俗に想像される富裕層や意識高い系ばかりでなく、私や姉もそうだけれど、自分や家族が大病を患ったことがきっかけで通うようになったと言うタイプが案外といるのだ。まして、「私はあなたたち一般の人みたいに、値段で商品を選ぶタイプじゃないのよ」などと、セレブかつインテリゲンチャかつナチュラル派を「気取る」人は皆無に近い(ブログをはじめとするSNSでは時折り見かけるが)。すなわち、100人いれば100通りの人生があるのだ。お客さんが背負うおのおのの背景を商品を媒体とした会話の端々からつかみ取るには、販売するデモンストレーター側にもそれまでの生活史から得た相応の情報力と想像力と人間力が必要なのではないか。なのに、、、単に年齢で切り分けてしまってよいものか。ここのところ、デモンストレーターを雇用する側もデモンストレーションを発注するメーカー側も、しっかりと認識していただきたいと思う。要は、仕事への「意欲」と「専門性」が何よりも大切で、これは年齢は関係ないと感じる。写真は、真ん中の孫と1番下の孫。
2022.05.01
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