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この間日本に帰った時に、イトーヨーカドーの本屋で見つけて買ったこの本。日経新聞にこの本の広告が出ていて、多分僕が思っていることを理論的且つ体系的に書かれているのだろうと確信していた。そういう折り、全く偶然に、素浪人さんが船井幸雄さんの「人の上に立つ人間学」をくださって、いよいよ僕も、いろいろな本や人を経巡って、恐らく僕にとって決定版たる船井幸雄さんに行き着いたのだろうと予感した。僕は前にブログに書いたことがあるが、最近の世の中は昔と比べて格段に魂レベルが向上した人が増えたと確信する半面、「どうしてこんなことが」と思うようなレベルの低い事件、事故が起きて、明日へ繋ぐ希望が明滅していた。よい方で言えば、インターネットを通じて多くの見知らぬ人とつながり、会ったことがなくても「この人は覚醒した人だな」と思える人と多く繋がることができた。一方、食品偽装とか金融破綻とか戦争とか百年一日の、過去に囚われすぎているとしか思えないことに実に多くの人たちが呪縛されていて、もっと勉強して考え方を変えればいいのに、と思ってきた(傲慢な言い方に聞こえたら、ごめんなさい。別に自分が偉いとかそういうことを思っているわけではありません)。きょう、誕生日にあたり有為な本を読みたいなと思ってこの本を読了した。幸い、韓国語クラスの新年会の集合時間を一時間間違えて早く着いたので、お店で集中して読み、帰りのバスで読み、先程残りを読んで読了した。経済は既に恐慌状態に入ったらしいし、これから2008年を中心とした前後5年間が大転換の帰趨を占う年となるという。この期間を人類がどう過ごすかによって、アセンション(人類のステージが数段上昇すること)か人類滅亡かが決まるという。僕もまさにそう思っていた。現代の、世界に散らばる「覚醒した人たち」=有意の人が結集すればアセンションは実現できるとも思うし、旧態依然たる考え方や行動しかできない人たちに返り討ちにあえば人類滅亡で、一体どちらになるのかわからない状態だった。しかし、この本を読んでどうやら楽観してもいいように勇気づけられた。アセンションを実現できれば、新時代(みろくの世)に入れるという。そこは競争よりも互助の世界。僕が理想とする社会。そしてその世界に入るためには有意の人となること。有意の人とは、「自分やお金や目先のことも大事だが、それとともに"世の中の構造やルール""人間の正しいあり方"などを知り、正しく考え、正しく生きよう・・・と気づき、勉強に取り組みはじめようとしている人か、すでに取り組んで実行している人たちのこと」だ。自分に甘いかもしれないけれど、こういう定義なら僕も有意の人になれる可能性はある。そして大変化の時代の基本的な対処法は、以下の通りで、これが分かる人が有意の人と言えそうだと。1.大きな真実、大切なことを知ろう2.肯定し感謝して、プラス発想して前向きに生きよう3.よりシンプルに、より自由に生きようこれでいいのならみんな非常に気が楽にならないだろうか?正しい人間のあり方に沿って、勉強し、他の人に対し、公正且つ真面目に仕事をし、心を明るくもって、好きなこともやって生きたらいいのだ。競争に勝つために自分を曲げる必要もないし、他人を蹴落とす必要もない。僕はこの本を読んでこれからの激変の時代を生きていける自信が深まった。
2009年01月31日
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きょうは僕の47回目の誕生日にして、韓国で迎える6回目の誕生日。奇しくもきょうは、前の韓国語クラスの新年会で、ソン先生や東洋画のうら若き博士をもお迎えして総勢11人の会。スユクの店で。超おいしかったし、昼間から飲むビール、ソジュは最高!そこで「実はきょうは僕の誕生日です」と申し上げると、大先輩Y様がそっとその場を離れ、僕は全然気付かなかったが外にケーキを買いに行ってくださったのだった。そしてお店からはサービスのワイン。生涯最高の誕生日だった。韓国は良い国だ。未曾有の経済危機に見舞われているのは韓国も例外ではないけれど、街ゆく人たちの表情が明るい。女の子もきれいだし、男の子も純だ。信号待ちをしていると車がすっと止まり、「あそこに行くのはどう行けばいいの?」なんて気楽に聞く。残念ながら僕は韓国語がよく分からないから「御免なさい、日本人です」と言う時もあれば、「大体あっちの方です」と大雑把な対応をすることもある。この間の旧正月休みに家族でディズニーランド、ディズニーシーに行った。帰り道に新浦安駅で降り、ホテルへのバスを探したが何番バスに乗るべきか分からなかったから、韓国のノリで、「○○ホテルへ行きますか?」と聞くと、運転手は「は?」と聞くからもう少し大きな声で「○○ホテルホテルへ行きますか?」と聞くと、「あっち」と言う。あっちじゃ何番乗り場かわからないから「何番ですか?」と聞くと、「5番」と怒ったように言う。どうしてもっとにこやかに応対できないのかなあ。想像するのは、未曾有の経済危機で働けど働けど我が暮らし楽にならずで、チャラチャラした中年(運転手は僕より年上のおっさんだった)が嫌いだったのかもしれないが、人の対応ひとつで、それを受けた相手は幸せにも不幸にも感じるものだ。なにが惜しくてこういう対応をするのか理解できない。韓国も未曾有の経済危機の洗礼を受けていて、日本より基盤が弱い国だから日本人達よりもっと大変だ。日本はなんといっても過去の遺産があるし、個人金融資産は1500兆円あるという。事実、最近の円高/ウオン安でおばはんが大挙して韓国に来て、きょう通ったロッテ百貨店内のルイ・ヴィトンショップでは日本のおばはんが列をなして入店を待っていた。どんどん買うので現在超品薄。ことほどさように日本人は、少なくとも韓国人と比べて余裕がある。そういう状況にあってなぜ心がここまで狭くなるのか理解できない。幸せも不幸せも自分の心次第だとわからないほど堕落しているのだろうか?そんなことを想いながらロッテ百貨店から外に出ると、西の空が桃色に染まり空気が柔らかい。幼いときに福岡で見た夕暮れの空と同じだ。僕は日を重ねるたびに幸せになっている。皆さんにも気持ちのおすそ分けをしたいとこの日記を書いている。さあ、みんなが心豊かに、幸せに過ごせますように。
2009年01月31日
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五木寛之という作家は、終戦の時に朝鮮は平壌から福岡に引き揚げ、小学校~高校を福岡で過ごし、青雲の志を抱いて上京、早稲田の露文科に入学。生活のために血を売る売血をし、大学生協ではコロッケパンのコロッケ抜きが常食。結局授業料が払えず抹籍処分(大学在籍の歴史を消すこと)になった。その後、作家として名声を確立したので、結局早稲田はちゃんと卒業したことになったのだったかは記憶が定かでない。この作家の出世作は「青春の門」。僕は中学時代にこの筑豊編を読んで感動した。主人公の父、伊吹重蔵は筑豊の炭坑で働く。ある時炭坑の坑道が塞がってしまったか何かで、誰かが発破をもって塞がった部分を爆破しなければ閉じこめられた仲間を助けられない事態になり、重蔵は「バカも利口も命はひとつたい!」と言って単身発破をもって飛び込み自分の命を引き換えに仲間を助ける。僕は同じ福岡の人間としてこの行動、気持ちがわかる。福岡の人間はのぼせもんだし、単純だし、気持ちが熱い。理屈ばかり言う東京もんには、「しぇからしか!(いちいちうるさい、黙っとれ、というニュアンス)」と一喝。心にストンと落ちれば四の五の言わないのが流儀。その重蔵の一人息子の信介は早稲田大学に入学。僕も信介に憧れて早稲田に入って角帽を被りたい(当時映画「青春の門」では重蔵を緒方拳だったか、その妻を吉永小百合、信介を田中健、その幼馴染みの織江を大竹しのぶが演じ、そのスチール写真で田中健が角帽を被っていた)。それで、高校受験の時に超冒険して早稲田大学高等学院を受けるもあえなく敗退。結局、違う大学に行ったが、今でも肌が合うのは早稲田出身者で、慶應は何だか違う。そんなことはどうでもいい。この本、いい。五木寛之はある時休筆して今日との龍谷大学の聴講生となり仏教を学んだ。それ以来、自分の経験、歳を重ねての人間としての熟成を背骨に、変転極まりない現代に翻弄される人たちに向けて癒しの言葉をかけてくれている。この本は胸に染み入る言葉が沢山出てくる。たとえば、「ヨーロッパやアメリカ流の自然保護というのは、これ以上空気や水を汚して森を破壊すると最も大事な人間の生活がもたない、人間を守るために自然を濫費しないようにしようという考え方が根源になっています。しかし、それではもうだめなのではないでしょうか。そうではなくて、草木の一本、一石、一草にも虫にも動物にも心があり、魂があり、仏性がある、森にも山にも命があると考える日本人の伝統的心性こそ、環境について考える上で根本的大転換をもたらす新しい思想として現代に大きな価値を持つのです。」アメリカがつくった未曾有の経済危機。金融が自己増殖する幻ははじけた。世界はパラダイム転換すべきときを向かえており、新しい21世紀をつくるときに牽引車となるべきは日本人であろうと僕は思っている。それだけの良き歴史と蓄積を先人達は僕らにくれた。だから未曾有の経済危機であっても日本は比較的傷が浅い。この程度のことで心が沈み込むようでは、現代日本人はご先祖様に顔向けできないと思う。今、きついなあと感じている日本人には是非読んで欲しい。旧来の考え方にがんじがらめになって自分自身を苛んでいる愚を、やわらかく諭してくれるだろう。
2009年01月29日
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きょうの日経新聞の1面トップはソニーが正社員2000人超削減、とある。これは昨年12月、世界で1万6千人(うち正社員8千人)を削減することを軸としたリストラの具体策のひとつだと。エレクトロニクス部門の、特に液晶テレビの赤字が問題になっていると。僕は「バッカじゃないの」と思う。天下のソニー。そのブランド力はサムスンにもLGにもシャープにも負けないんじゃないの?だから他社よりも高く売ればいい。高くてもそのブランド力に魅力を感じて買ってくれる人だけを相手にすればいい。液晶テレビの世界トップメーカーのひとつであるソニーが赤字ってナンセンスだ。サムスンだって、液晶パネル部門は利益が出ているけれど、テレビセット部門は赤字だ。サムスンも世界トップメーカーのひとつ。勝ち組に入っている企業がどちらも赤字というのは構造的におかしい話だ。結局、壊滅したウオール街の投資銀行と同じで、慈悲のない強欲がこんなことにしたと思う。つまり、安くして一台でも沢山売って、スケールメリットでコストを安くして圧倒的なシェアを握ろうというスケベ心だ。もう一度言う。「バッカじゃないの?」一社や二社が市場を独占してはいけない。他者を真似ることしかできない小さな後進会社も生き残る余地を残してやるのが慈悲であり、強い者のお情けだろう。それを、小さな後進会社と同じ価格の土俵で戦うから赤字になどなる。自社製品にプライドがあるならば、その製品の良さをわかって敢えて大枚をはたいてくれる消費者のみを相手に、(比較的)少量生産すればよいだけの話。そんなことを言うと、「企業価値を維持、できうれば高めてステークホルダーである株主に評価してもらわなければならないから、絶えず利益増を目指さなければならないのだ」と反論されるかもしれない。しかし、尊重すべき、身銭をきるようにして株を買う株主はわずかだろう。株主の大きい部分を占めるのはハイエナ投資銀行だ。そんなもの尊重してなんになる?企業価値を高める目的は何か?投資銀行に会社を乗っ取られないためか?巨大設備投資のための資金調達のためか?ただ利益を得ることが目的だけの投資銀行に乗っ取られるのがいやなら上場を廃止すればいい。日本の一流大会社だったら内部留保を使って投資できるだろう。銀行から金を貸してもらえるだろう。結局、確固たる哲学がなかったがために今日の赤字をもたらした現経営陣がいとも簡単に従業員を切って削減するというのは一体なんだ?あんたたちの経営責任はどこに行った?僕は自分の責任を棚に上げて従業員を切る経営陣は断罪されるべきだと思う。ちゃんちゃらおかしい。
2009年01月22日
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船井幸雄という名前は知っていたが本は読んだことがない。最近、日経新聞に最新刊の広告だろうか、船井先生の福々しい御尊顔と、「今こそ『覚醒した人々』が集結すべき時」という旨の言葉が書かれていて、僕も常々そう思っていただけに、この人の本を読みたいと思っていた。やっぱり「引き寄せの法則」が働いたのだろうか、素浪人さんが「もうこの本は3,4回読んで、自分の考え方と全く同じだから、あなたにあげます」とこの本をくださった。僕の考え方とも全く一致した。キイワードは「天地自然の理」。人間にも宇宙にも自然にも地球にも則るべき「理」があって、それに従うとどんどん「ツキ」が来る。なんとなれば、神というか、それこそ「天地自然の理」がそれを喜ぶからだ。そして今の世は(といってもこの本が出たのは90年の1月だからかれこそ20年前になるのだが)、人間の精神ステージがだいぶ上がり、人間とこの世界は確実に前進進歩している、というのも僕が日頃実感していることと同じ。そういう内容のことが、平明に且つ気取りや衒いもなく、科学的知識、精神世界のこと、果ては占星術、生物学、物理学等、ありとあらゆる学問を踏まえて書かれているので、この本を虚心坦懐に読むならば納得できる読者が多いのではないか。大江健三郎がエッセイにひと頃「水瓶座(アクエリアス)の時代」ということを書いていた。大江氏も僕も誕生日は1月31日で水瓶座なので、アクエリアスの時代には僕ら水瓶座人が活躍する余地があるかと期待していた。・・・いつしか、そんなことも忘れていたらこの本にいきなり「アクエリアスの時代」が出てきた。シンクロを感じる。船井先生の研究によるとアクエリアスの時代の正確な出発点は2028年2月3日で、既に1844年2月3日、魚座から水瓶座への遷移期間に入っているそうだ。特に1937年2月3日には遷移点に到達し、この日からは時代の交替のための助走期に入ったと見られている。「占星学者に言わせると、アクエリアスの時代の初期において、数千年の間、人類によって為されてきた悪行為や悪想念、あるいは悪習慣からかもし出される悪いバイブレーションの蓄積を一掃する現象がおこるというのだが、それによって人類が滅びるかもしれないということになっている。 しかし、この説には救いがある。というのは、そのダメージを最小限にくいとめ、人類のかなりの部分が生き残れば、これまで発展してきた物質科学と、これから発展する精神科学が一体化して、すばらしい文明が築かれるだろうということである。」(P.219)100年に一度の未曾有の経済危機。僕はこれはまさにアメリカやいろいろな国の利権者によって行われてきた悪習を覆すパラダイム転換の契機であると思っている。そしてパラダイムが転換するとすれば、それは旧来の成長至上主義の、物質文明に偏った、化石エネルギーを否定して、人類共生の、精神世界を重視した、循環可能エネルギーを使った、LOHASでゆっくりした、やさしい社会であると思う。そういう、普段僕が考えていることを、極めて明晰に言葉にしてくださった船井先生との出会い。2009年はツイテル。
2009年01月21日
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本日は大使公邸にて賀詞交換会が催された。お友達の素浪人さん、白しっぽさん、JJMAMAさん、ニモさん、M園さん他と一緒に訪問した。小高い山の高級住宅街に大使公邸はある。そこは風水的に場所がよいそうだ。重家大使はつい数日前に麻生首相のご訪韓もあって少々お疲れのご様子ではあったが、ご訪韓自体は成功裏に終わったようで、今年は昨年よりも日韓関係がよくなりそうだ。重家大使のご挨拶のあと、経済界代表のMさんのご挨拶。今回麻生首相のご訪韓には経団連のM会長他経済界の重鎮が同行されたそうで、今まで民間大使として日韓の橋渡しを僕ら駐在員を含む民間経済人が担い、それを大使館の方々が受け継ぎ、さらにまた経済人たちに橋渡すという、Win-Winの関係が看取された。韓国で袖擦り合う日本人同士は多少ならぬ縁。なんだか心と心とが繋がってHand in Handしているような感じ。一方、わが祖国日本では自民党が内部分裂し、民主党のOさんは相変わらず。もっとみんなで御輿に上った人を盛り立てようという気はないのだろうか?同じ民族同士で足の引っ張り合いは実にくだらない。目覚めてほしい、わが祖国の人たち。そして日韓手をつないでより良い世界を築こうではないか--------って、お前は民間大使気取りか!そうで~す、がっちょーん!!昼間からワイン飲んで日本酒飲んでおせち食って酔ってまふ、れられら~
2009年01月15日
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同じ著者の「銀行は強盗、外資はハイエナ」を読んで非常に感銘を受けたのでこの本を読んだ。ビルトッテン氏は日本で30年以上ソフトウエア会社の社長をしている。前に自動車の貿易問題でアメリカと日本とがすったもんだしたときに日本を擁護し、アメリカ大統領宛に手紙まで書いたという。そして、911以降、同氏はアメリカのブラックリストに載り、アメリカに渡航する際には厳しい検閲を受けるようになり、ついにアメリカ国籍を棄て日本人になった人。この本を読むと、アメリカのひどさがわかる。アメリカはアメリカン・ドリームに象徴されるような自由な国ではない。自由を享受できるのはごく少数の特権階級だけで、残りの90%はどうでもいいような扱いを受けている。一方、日本は完全にアメリカの属国になりさがっている。長く輝かしい歴史を有する日本。「和を以て尊しとなす」日本。日本にはグローバリゼーションなど所詮根付かない。弱肉強食、勝ち組・負け組の思想など似合わない。僕はビルトッテン氏の考え方に与する。未曾有の経済危機の今こそ、パラダイム転換の好機であり、古き佳き日本に回帰するチャンスである。そこは三百年の安定した江戸時代をもつ日本。大丈夫。とにかく僕もビルトッテン氏に学び、自分一人でできることから始めよう。
2009年01月10日
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インチョンの教養人K君が、もう読んだからと僕にくれたこの本。教育者、指導者、知将としての野村監督のすごさがよくわかる。僕は元々身体制御能力が並以下なため、運動は何をやっても下手。福岡にいた小学校13年は体育の成績はずっと5段階評価の「1」。その時の友だちからは「運動神経が鈍い」と四六時中囃し立てられていた。気の弱い今時の子だったら自殺もんだが、僕は幸いにも鈍感力があったから、特に堪えることもなくきょうも生きている。だから体育も運動もスポーツもやるのもいやだし、全く関心がなかった。野球なんかも全然観ない。小さい頃からの蓄積がないから、今に至るも新聞のスポーツ面は素通りだし、どの球団に何という選手がいるかも知らない。そんな僕でも、王、長嶋、張本、小林、柴田、ヤクルトの古田(これはうちの奥さんが好きなので)とその時の監督だった野村さんは知っている。でも名前と顔を知っている程度、話をしているのを聞くとなんかひねくれたおっさんやなあ、という印象だった。しかしこの本を読んで野村監督がすごい知将であることがよくわかった。野村監督は家が貧乏だったので、苦労をかけたお母さんとお兄さんに、自分がお金を稼いで報いるために高校卒業後テスト生として南海に入団。頭も最大限に使い、戦略を練って、もちろん努力も人一倍して上にあがっていった。そんな苦労をした人だから、個性がそれぞれ違う選手一人一人に、違った仕方と言い方で指導をし、選手を引き上げ、チーム(組織)の中で適材適所で活かすことに成功した結果、弱小チームを優勝に導けたのだ。数々の業績を挙げた人だから、自慢たらたら自画自賛満載になりがちだが、この本ではそんなものの片鱗もない。淡々と事実に即して書いている。いかに人間としての総合力が高いか、ということだろう。子供がサッカーに熱中している関係で僕もサッカーには少し関心があり子供と一緒にTVを見る。一流のサッカー選手はみんな賢いように見える。試合後のインタビューを聞いても「ああ、この人は頭がいいんだな」と思う人が殆ど。ところが野球は(僕が父親の見ているTVをなにげなく眺めていた頃のことで、今はどうだか知らないが)バカっぽい人が多いように見えた。野村監督によると、当時は何も考えないでただやっている選手が殆どだったようで、そこに頭を使うことを導入したのが野村監督だった。身体能力や野性的勘が超一流でなくても、一人一人の技能が超絶していなくても、頭を使いチームとして成果を出すことに集中すれば一流選手を沢山集められなくても勝てることを証明したのが野村監督だった。これは即、会社のリーダーにも応用できることだ。僕もそういう知将になりたいと思えた。野球好きの人にはたまらないと思う。具体的な選手とのエピソードが満載。僕は選手を殆ど知らないから顔も思い浮かばず、プレーの実態も知らず「ふ~ん」と読むだけだが、それでも面白い。
2009年01月08日
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