韓国の龍の日記
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この本も「ピース又吉が愛してやまない20冊」だったか。真正読書家でない僕は、漱石の本で読んだのは、「こころ」「それから」「明暗」または「行人」(どっちだったか覚えてない)くらい。「吾輩は猫である」も「三四郎」も「坊ちゃん」も読んでない。「夢十夜」は吉本隆明の講演での紹介を聞いて興味をもった。「こんな夢をみた」で始まる第一夜から第十夜。幻想的で不思議な感じの話ばかり。漱石の原意識または潜在意識の現れだろうか。もっと感心したのは「文鳥」。弟子にすすめられて文鳥を飼うことにした漱石。飼い始めたあとも最初は文鳥に関心も愛着もない。夜は籠に箱をかぶせて光があたらないようにし、朝早く箱から出して光を当ててやるべきなのに、漱石はしょっちゅう遅起きをする。そうすると家人が漱石に代わって籠を出してくれている時もある。漱石は飼い主としての責任感にかられて文鳥のために何かをしてやろう、という意識は全然なくて、ふと気が向いたときだけ何かをする。そのくせ、たまに文鳥に、昔知っていた美しい女の面影を見たりする。また、「千代、千代」と鳴くのを喜んだりする。でも結局漱石の無精のせいで文鳥を死なしてしまう。それで、漱石に文鳥を勧めた弟子に、「家人が餌を遣らないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌を遣る義務さえ尽さないのは残酷の至りだ」という文を下女に持たせる。これってすごい亭主関白というか身勝手。今時こんなことを言ったら奥さんに愛想をつかされる。最後の一文がまたすごい。弟子から返事が来た。「文鳥は可愛想な事を致しましたとあるばかりで家人が悪いとも残酷だとも一向書いてなかった。」そりゃ、普通の感覚をもっていたら漱石には与しないでしょう。僕から見たら、頼んだわけでもないのに、自分が飼い主でもないのに、何度か漱石が寝ているときに文鳥を世話してあげただけでも奥さんを褒めなきゃいけないのに、なんと身勝手かと思う。文豪だから世間は許すけど、プライベートな関係でしかない家人からすれば許せないだろう。でもそれもこれも、それまでに積み上げてきた二人の関係が全ての原因になっているのだろう。漱石の身勝手がまず第一に責められるべきだろうけど、奥さんの方も何か問題があったんだろうな、と思う。人と人との関係はお互い様だから。
2016年06月07日
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