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の元ネタは、YouTubeの画面を携帯電話で撮ったなのですが、携帯の編集能力はすごいですね!
2009年04月29日
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(人生をどう生きますか?:p201/202:クリシュナムルティ:コスモス・ライブラリー)より引用(一部変作)『若いときが、すなわち、日常生活のありとあらゆる無意味で馬鹿げた探究に迷いこむ前が、人生を通じて花ひらくであろう種を播きはじめることができる(私はたぶんそれが唯一のときだと思うのですが)ときだと、私は思うのです』ああ、なるほど、それで理想の学校のような、けっしてクリシュナムルティが期待するようには成功するはずのない(理由は、そんな学校で教えることのできる教師はクリシュナムルティ自身しかいないだろうから)教育に熱心だったんだろう。それにしても「若いときが種を播きはじめる唯一のとき」というのは(なんというか20才を過ぎたら見込みがない感じなのは)ずいぶんな諦めの蓄積があったんだろうな…
2009年04月29日
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2009年04月26日
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(大乗仏典1:p71:金剛般若経:長尾雅人(訳):中公文庫)より引用『法の観念というのは、観念ではないのだ』これはもう、真の宗教の本質だろう。(もちろん、「真の宗教の本質」もまた、観念です)
2009年04月26日
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2009年04月25日
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(遺伝子がわかる!:p55:池田清彦(著):ちくまプリマー新書)より引用『体細胞が分裂するときには染色体がコピーされて倍になり、まったく同じ染色体が入った細胞が二つ作られる(ということになっている)。しかし厳密に言うとこれはウソで、コピーされるたびに染色体の端のDNAが少し短くなるのだ。』へえー、そうなのか…
2009年04月25日
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(構造主義科学論の冒険:p154:池田清彦(著):講談社学術文庫)より引用『同じ現象を説明するのに、ある仮定をもち込んでももち込まなくともうまく行くとしたら、仮定はない方がよい』ああ、なるほどなあ…
2009年04月19日
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(遺伝子がわかる!:p48:池田清彦:ちくまプリマー新書)より引用『ショウジョウバエの卵が生まれてから2.5~3.5時間の間にエーテルの蒸気にさらすと、ある確率で翅(はね)が4枚あるショウジョウバエを作ることができる』うーん、なんかねえ…
2009年04月19日
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(遺伝子がわかる!:池田清彦:ちくまプリマー新書)「一つの遺伝子が一種類だけのたんぱく質を作るとは限らない。 遺伝子は時と場合によって多面的に働く。 一つの遺伝子が一つの機能だけを持っているわけではない。 遺伝子は機能や構造と一対一で対応しているとは限らない。」へえー、そうだったのか…
2009年04月17日
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(超シンプルなさとり方:p185:エックハルト・トール:飯田史彦(訳):5次元文庫)より引用『ほんとうの意味で「選択」するためには、本来、意識の活動、それも高いレベルの意識の活動が要求されます。 高次の意識活動ぬきでは、わたしたちは、ほんとうはなにも選択していないのです。』「無選択の気づき」と聞かされると、「選択なしでは何ひとつ活動できないじゃないか」と疑問に思う。「高次の意識活動」は「無選択の気づき」に包まれているんだろう。
2009年04月16日
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モーツァルト K.397は、やっぱりグールドですね。
2009年04月12日
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2009年04月09日
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詩や小説、いや批評思想読書感想文ブログ含めて、文章は書いた人の病歴ではなかろうか。このブログはぼくの病歴…
2009年04月05日
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人間は、薬物やアルコールなどによらなくても、「思考を落とす」ことにまつわる身心の働きによって至福を実感できる、というだけのことであって、そこに「真理」だとか「大いなる存在」といった表現を持ち出したって、しようがない。『人間が出現した宇宙において、宇宙の中の人間は、至福を実感できる機能を持っている』というだけのことだろう。すごいことだけど…
2009年04月05日
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(超シンプルなさとり方:p153~154:エックハルト・トール::5次元文庫)より引用(略式勝手訳)『「手放す」「あきらめる」というのは、何もせず、自分が置かれた状況に耐えることではありません。「すでに終わったこと」に抵抗しないことです。』「たった今の状況」というのは、「すでにそうなってしまっている状況」である。「すでにそうなってしまっている状況」というのは、「すでに終わったあとの状況」である。すでに過去は終わったのだから、そんなものはあきらめ、手放してしまえばいい。
2009年04月05日
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以下の文章に書かれたエックハルト・トールさんの「目の変化」は、もちろんその後もずっとつづいている(初期の頃の「ただただ驚くばかり」という驚異は減ってきているにせよ)と思いこんでいるのだけれども…そうですよね、エックハルトさん?『ふだん見慣れているはずの部屋なのに、それまで、そのほんとうの姿を見ていなかったことに気づきました。目に映るすべてのものが新鮮で、生まれたばかりのようでした。手当たり次第に、そこら中のものを拾いあげてみました。えんぴつ、空っぽのビンなど、あらゆるものに息づく生命と、その美しさに、ただただ驚くばかりなのです。』(さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(The Power of NOW):エックハルト・トール(著):p16:徳間書店)より引用
2009年04月05日
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(人生をどう生きますか? WHAT ARE YOU DOING WITH YOUR LIFE?:p158:クリシュナムルティ:コスモス・ライブラリー)より引用(一部変作)『混乱した精神が思考し行動するとき、それはさらなる混乱を生み出すだけです。 混乱に気づいている明晰さが混乱を終わらせます』人生の茶番によって混乱している状態に気づけば、この世界の美しさに驚く。
2009年04月05日
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(超シンプルなさとり方:p142:エックハルト・トール:飯田史彦(訳):5次元文庫)より引用『いかに生き、いかに死ぬべきか、さらに、いかに生きることと死ぬことを問題にしないで生きられるかを、学んでください。』苦しむための問題をわざわざ作らないこと。その何かを問題と見なさなければ、その何かは問題にはなりえない。
2009年04月01日
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(大乗仏典1:p52:金剛般若経:長尾雅人(訳):中公文庫)より引用『世尊よ、ある人を、欠陥のないからだをそなえた、巨大なからだの持ち主であるとして、如来は仰せられたのですが、世尊よ、かの人は実はからだの持ち主ではないのだと、如来はお説きになったのです。したがって、欠陥のないからだ、巨大なからだ、といわれるのです』ああ、なるほど!どうして「かくも見事な身体」だとか、「かくも麗しき顔貌」などというような表現が出てくるのか、よくわからなかったんだけれども、「身体」や「顔貌」の持ち主ではないのだから、なるほど、欠陥のないからだだし、巨大なからだだし、かくも見事に麗しい…
2009年04月01日
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(生と覚醒(めざめ)のコメンタリー2:p156:クリシュナムルティ:大野純一(訳):春秋社)より引用『目的より手段の方が、限りなく問題なのではないだろうか? 目的は〈あるかもしれない〉が、しかし手段は〈現にある〉。』なるほど、目的は、「これこれを目的としよう」という計画みたいなものだけれども、たった今おこなっている行為は、たった今を生きるための〈現にある〉手段である。
2009年04月01日
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(人生をどう生きますか? WHAT ARE YOU DOING WITH YOUR LIFE?:p155:クリシュナムルティ:大野龍一(訳):コスモス・ライブラリー)より引用『自分自身を改善したいとねがう人は、決して気づけません。 なぜなら改善は非難と、結果の達成を含むからです。』なんとかしようと願ったところで、苦しいばかりだ。あきらめて、ただ眺めてみたら、思わぬところに改善への手段が転がっていたりもする。ただまあ、改善策をきちんと考えるのが邪魔くさくて、「考えても答は見つからない」なんて誤魔化していたりもするのだけれども。
2009年04月01日
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