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「点と線」というのは、おもしろいけど文章はすんなり読めてしまう推理小説だろうと思いこんでいたのだけれど…ところがはじめのページでいきなりぼくは混乱する…『この会社はここ数年に伸びてきた。官庁方面の納入が多く、それで伸びてきたといわれている。だから、こういう身分の客を、たびたび「小雪」に招待した。』(点と線:松本清張)より引用「いわれている」って、世間からいわれているということなのか?「だから」?「伸びてきたといわれている。だから」では、因果関係が妙ではないか? 官庁方面のおかげで伸びてきたと(世間で)いわれているから、「だから」接待する? 仕事をもらうために接待するのではなく、仕事をもらったお礼に接待するということか…『安田は、よくこの店を使う。この界隈では一流とはいえないが、それだけ肩が張らなくて落ちつくという。しかし座敷に出る女中は、さすがに粒が揃っていた。』(同上)「という」?「落ちつくという」って、だれが「いう」? 安田がいう? それとも、この店を使う客たちがいう? それとも「落ちつくという」状態のことなのか… ぼくの読み方だと、文章がそうとう妙な具合にできている。どうやら「点と線」は興味深い文で作られた魅惑的な推理小説らしい。誰が置いて行ってくれたのかわからないけど、ありがたいことだ。「そろそろ2010年ですよ」「まさか飛行機で点と線を書き写しながら年を越えるとは」
2009年12月31日
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「乗客が置き忘れた本だろうか?」「わざと置き忘れたんですよ」「そんなばかな」「あなたに読んでもらおうとして」 食後のコーヒーを飲みながら、わたしへと本を置き忘れた人がいるとして、その人は「点と線」の何をわたしに読ませたいのか気になってくる。「点と線」というのは、おもしろいけど文章はすんなり読めてしまう推理小説だろうと思いこんでいるのだけれど…お!あれ?この味は何なんだ?! エイジド スマトラ! コーヒーの量の半分くらいのミルクを入れたカフェオーレにして飲んでるんだけど、「杉の木を思わせるような濃厚な風味」って説明書きにあるように、ほんとに樹木の味がするのです。 226gで2000円と高いがしかたない。 なんだかワインみたいなコーヒーだな。 きのうスターバックスで買いました。 ちなみに、カフェオーレにしたほうが樹木の風味は明らかになるような気がする。
2009年12月31日
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カボチャそばを作る。 カボチャを炒めたあと、そばをゆでるための湯を沸かす気にならず、そばも炒める。「スチワーデスさんが、機内で自炊しないでください、って言ってますよ」「そんなこと言うわけないだろ、ほら、お暇なら読んでね、って文庫本くれたよ」「乗客が置き忘れた本だろうか?」「わざと置いて行ったんですよ」「何のために?」「あなたに読ませるために」
2009年12月30日
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あなたにとっては必然の出来事がわたしにとっては偶然に起こる。「何をしてるんでしたっけ?」「飛行機に乗っているつもり」「カボチャはどうなったんです?」「そうだね。カボチャ炒めを作ったら重要なことについて考えることにしよう」「重要なこと?」「われわれはどこへ向かおうとしているのか、および、この飛行機はどこへ向かっているのか?」「カボチャ炒めを作る準備はしてますか?」
2009年12月30日
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雪が落ちてゆく。「どうして雪の結晶はさまざまなの?」「偶然でしょう」「誰にとって偶然なの?」「わたしにとっては必然の出来事があなたにとっては偶然に起こる」『大気の乱れという性質のおかげで、空中を舞う雪片はどの二つを比べてみても全く同じ進路を通って落ちて行くものはない。したがってその最終的な形は、まさに落下中通った天候変化の歴史の記録である。』(カオス:ジェイムズ・グリッグ(著):大貫昌子(訳):新潮文庫)より引用
2009年12月29日
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飛行機でタコをたべ、ポケットから引用ノートを取り出す。『あたかも人間というのは、生きた竹馬にとまってその生涯を送り、その竹馬はたえず大きく成長してゆき、ときには鐘塔よりも高くなり、ついには人間の歩行を困難にするばかりか危険にしてしまって、人間はそこから突然転落する、』(失われた時を求めて:プルースト(著):井上究一郎(訳):ちくま文庫)より引用 高いところにいると落ちる。 窓の外を見る。 雪が落ちてゆく。
2009年12月29日
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屋上から見上げた飛行機の機内食にはカボチャが入っているはず。 飛行機を探す。 目にした飛行機ではカボチャが化けてタコになる。 電動カボチャはタコの夢を見るか? 比喩カボチャは電気ダコの夢を見るか?
2009年12月27日
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私たちは三万七千フィートの上空を滑るように飛行していた。 そういえば、屋上から見えていたのは、この飛行機だった。「ちがいます」「どうして別の飛行機だとわかる?」「機内食がちがう」「どこがちがう?」「カボチャがないではありませんか」
2009年12月27日
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通りを二本、越える。 そこはバス停ではなかった。 空港にいた。『私たちは三万七千フィートの上空を滑るように飛行していた。機内は満員だった。乗客たちは、話したり飲んだり雑誌のページをめくったりしていた。それから映画の上映もあった。騒がしい人たちだった。娯楽でもてなされ満足させてもらわなければ気がすまないのだ。』(クリシュナムルティの日記:J.クリシュナムルティ(著):宮内勝典(訳):めるくまーる)より引用 人生における娯楽について。 娯楽が虚しいなら、娯楽でない行為をしているつもりのとき、その、娯楽でないつもりの行為自体が娯楽かもしれない、という疑いの眼差しは娯楽ではないのか?
2009年12月26日
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「このあたりにいても何も見つかりそうにない」 「あそこにあるの、バス停みたいですね」 そのバス停ではなかった。通りを一本、越えなくてはならない。 一本ずれれば、景色は一変する。 景色がずれれば物語もずれる。 物語がずれれば私もずれる。 私がずれれば世界は変わる。
2009年12月26日
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「このあたりにいても何も見つかりそうにない。バスに戻ろう」 「テストはどうなったんです?」 テストなんかどうでもいいじゃないか。好きなように書いてるつもりだろうけど、うんざりしないのか?好きなように過ごすのにあきあきしないのか?『好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きなときに旅行に行ける。何でも自分で決められる。でもそんな人生に、もううんざりした。』(健全な肉体に狂気は宿る:内田樹・春日武彦(著):角川oneテーマ21)より引用 先日、「なんかもう、わけわかんない。支離滅裂にもほどがある」という[おはなし]の感想を聞きました。 だけどまあ、書いてるぼくにとって、[おはなし]のつづきを読むことが生きる楽しみのひとつになっているうちは、自分で書かないとつづきは読めないし、しかも「支離滅裂」というのがどういう意味合いで言われているのか、頭ではわかるつもりになれても、感覚としてはぼくには「支離滅裂」とは感じれないのです。 お!「支離滅裂」と言った人が目の前に来ましたので、さっそく聞いてみましょう。 「言い訳としてはこんな感じだけど、どうかな?」 「とにかく読んでも、まったくおもしろいと思わない」「お!あそこにバスを待ってる人がいるよ。ぼくたちも並ぼう」
2009年12月25日
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「肉が食べたいですね」「じゃあ買いに行こう」 動物を殺して、お金がやりとりされる。 動物が殺され、数字が移動する。「犯人も同じこと考えてたかもしれませんね」「なんだって?」「同じ場所にいたとしたらですね、別の場所にいるよりは同じことを考える確率は高いのではないでしょうか?」「どうして同じ場所にいたと考えるの?」「思いこみです」 思いついたけど意図的に書きこまないでいる文字たち。 それどころか、意図的に書かないでいることに無意識であるらしい、何か、それ。「どこへ行ってしまったんでしょうね」「このあたりにはいないようだ。バスに戻ろう」「テストはどうなったんです?」
2009年12月23日
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「何のために食べるのか?」「食べたら何か発見できるかもしれません」「じゃあ食べよう」「何かわかった?」「肉が食べたいですね」「なるほど。ほかには?」「探し物はここにはなさそうです」「じゃあ、あっちか?」 これでやっと肉を買うことができる。 動物の死んだ肉を巡って、お金がやりとりされる。
2009年12月23日
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「逃げたみたいですね」「どこへ隠れたんだろう?」「あそこじゃないでしょうか?」「やだなあ、あのあたりへ行くのは」「なんだか不安定なところだな」「この世と同じですね」「なんだかわかったようなこと言うね」「入りましょう」「だいじょうぶかな」「妙な匂いですね」「食べ物みたいですね」「食べてもいいのだろうか?」「食べたら何か発見できるかもしれません」
2009年12月22日
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隠れていたのは何か?「逃げたみたいですね」「隠れて襲うつもりかもしれない」「逆襲ですか」「恐くはないか?」「何か心配事でもあるのですか?」「ひょっとして、探す場所をまちがっていないか?」『人はときには動揺し、ときには心配し、ときにはおびえます。これらのことは確かに起こります。それらは人生の出来事です。人生には曇りの日もあるのです。昨日は快晴だったのに、今日は曇っており、あるいは雨が降っていて寒い。この変化は人生の避けがたい過程なのです。心配、恐怖は不意に人を襲います。それには隠れた、またはかなり明らかな原因があり、人は、ちょっと気づきを働かせれば、それらを見つけることができます。 が、重要なことは、これらの出来事に気づくようにし、一時的にであれ永続的にであれ、それらが根づく時間を与えないようにすることです。』(しなやかに生きるために:J.クリシュナムルティ(著):大野純一(訳):コスモス・ライブラリー)より引用
2009年12月21日
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(iPodの調子が悪い。でもまあ、どうせこの身の調子もどうせそのうち悪くなるんだし、この身がこの世の戯れであるようにiPodもこの世の戯れなんだし、とりあえずなおそうとしてみて、なおらなくてもそういうことなんだし、とりあえず食べて寝て散歩して、こうして読みたいように書いてゆく…) 屋上で想像した化け物がバスに化けてカボチャを探しに行く。 カボチャの意味するものに導かれて、また化けて、窓を抜ける。 車のトランクに隠れているのは誰か?「いったい何が言いたいの?」「いや、言葉を並べているんだ」「何だかでたらめみたい」「いや、でたらめなら読めないはず」『言葉は、共有している人の数の多い解釈体系(理論)である』(構造主義科学論の冒険:池田清彦(著):講談社学術文庫)より引用 解釈体系は理屈である。 言葉は理屈である。
2009年12月21日
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「答は用意されているのだろうか?」「写真の裏面はどうでしょう?」 屋上にいた化け物が何かに化けてカボチャを探しに行く。 カボチャの匂いに導かれて記号を見つける。 記号に導かれて窓を抜け、車のトランクに隠されているだろうカボチャに向かう。
2009年12月20日
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窓の向こうから写真を撮る。 写真を並べる。 これは私が提出するつもりだったテスト問題ではない。「カボチャ、ですか」「え?」「テストの答ですよ」「カボチャの匂いはしないよ」「だって、カボチャを探しに行くところだったんでしょう?」「そのカボチャは比喩なんだ」「だから?」「答は用意されているのだろうか?」
2009年12月19日
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「何が問題なんですか?」「自分で考えるんだよ」 これはまた予想外の展開だな。「何か見落としているのではないでしょうか?」「…」「窓と記号の写真だけじゃなく、あと1枚あるはず」 なんだって?見落としてる写真があるのか?「窓を抜けて写真を撮りに行くとでも?」「自分で考えるのではないのですか?」「立場を逆転させるつもりなのか?」 窓の向こうの写真を撮る。
2009年12月19日
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「おもしろいね。では次のテストに移ろう」 「次のテスト?」 「カボチャが欲しいんだろ?」 バスから降りる。 「いっしょに降りるんだよ」「どこへ行くんです?」 「テストの問題がある場所に」 「問題は?」「あの窓とこの記号」「どうすればいいんです?」「自分で考えるんだよ」
2009年12月18日
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「マクガフィンか…おもしろいね。では、あとふたつおもしろい話をしておくれ」 ふたつめ『第二次世界大戦が終ったとき、ウィーンのカフェで、あるユダヤ人がボーイに「『フェルキッシャー・ベオバハター(ナチの機関誌)』はあるかね」と尋ねた。ボーイは怪訝な顔をして、あれはもう置いてませんと答えた。ユダヤ人はそのあとも毎日カフェに来て、同じことを聞く。ボーイがうんざりして言った。「ないと言ったらないんです。なんで毎日同じことばかり聞くんですか?」「それはだね、君。『ベオバハター』がない、ということを聞きたいからさ。」』(映画の構造分析:内田樹(著):晶文社)より引用 みっつ『列車の中で、一人のユダヤ人がもう一人のユダヤ人に尋ねた。「どこへ行くのかね」「レンブルクさ」 すると尋ねたユダヤ人は怒って言った。「いったいどうして、あんたは本当はレンブルクへ行くくせに、クラカウへ行くとひとに信じ込ませようとして『レンブルクへ行く』なんて言うんだ!」』(同上)
2009年12月17日
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「カボチャを探しに行くところなんだ」「いっしょに行っていいですか?」「カボチャと言ったって、なんというか比喩としてのカボチャなんだけど」「わかってますよ」「じゃあ、テストしよう」「テストですって?」「合格すればいっしょに行ってもいい」「わかりました」「まずはおもしろい話をみっつ、してみて」 ひとつ『列車のコンパートメントに二人の男が坐っている。棚の上に荷物が置いてある。 一人の男が訊ねる。「それは何だい?」「マクガフィンさ」「マクガフィンて?」「ハイランドでライオンを捕るための道具だよ」「あんなところにライオンなんかいないよ」「ほらね、マクガフィンは役に立っているだろ?」』(映画の構造分析:内田樹(著):晶文社)より引用
2009年12月17日
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「ちょっと聞いていいですか?」「え?」「ひょっとして、ニンジンのこと考えてません?」「いいえ、カボチャを探しに行くところなんです」「うそでしょう?」「嘘をついてバスに乗る」 バスに乗ってカボチャを探す。
2009年12月16日
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それはそうと、どこにいるんだろう? 目をあけてみる。 いつもとはちがうバスに乗っている。 どこへ行くんだろう? 荷物は見あたらないから、旅行ではなさそう。 「荷物を持たない旅じゃないかな」 「いっしょに行くの?」 「いや、旅は苦手なんだ」 どこへ行きたいんだろう?「ちょっとお聞きしていいですか?」「え?」 振り向く。
2009年12月16日
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「それはそうと、村上春樹さんの短篇「蟹」って、異様におもしろかった」「それはそうと、って言って話をつなげるだなんて、なんかずるいな」「それはそうと、おもしろい話、見つけたよ」『ゼウキシスとパラシオスという二人の画家が、どれほど写実的に描けるかを競うことになりました。ゼウキシスは葡萄の画を描きました。それがあまりに写実的であったので、鳥が騙されて画の中の葡萄をついばもうとしたほどでした。 意気上がるゼウキシスはパラシオスを振り返って、「今度は君の番だ」と言いますが、壁に立てかけたパラシオスの画には覆いがかかっていて見えません。ゼウキシスが「その覆いを取ってはやく見せろ」と言ったところで勝負がつきました。パラシオスは壁に「覆いの画」を描いていたのです。』(映画の構造分析:内田樹(著):晶文社)より引用「どうして「葡萄の画」より「覆いの画」のほうが写実的なの?」「「葡萄の画」は鳥を騙しただけだけど、「覆いの画」は競争相手を騙したから」「どうして「鳥を騙す画」より「競争相手を騙す画」のほうが写実的なの?」「鳥が騙されるのを見て驚くより、自分が騙されるほうが驚くから」「どうして驚きが大きいほうが写実的なの?」「たぶんこの話では、「すっかり騙される驚き」を「写実的」と言い換えているんじゃないかな」「たしかに勝負がついてる気はする」 それはそうと、どこにいるんだろう?
2009年12月14日
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「だけどしょうがない…物語抜きの身心は感覚ばかりで、物語抜きのままでは身心が持ちそうもない…」 「物語抜きでは生きられないのは登場人物だけだよ。登場人物がいなくても舞台というかスクリーンはそこにある」「登場人物がいないだって?」 舞台だけの演劇 スクリーンだけの映画「それはそうと、あらすじの決まっていない映画に出資してくれる人、いるだろうか?」「話の展開を前もって決めないテレビドラマはあるらしいけど、商業映画では無理でしょうね」「自己資金なら別だろうけど」「どんな話になるかわからないまま人の金で商業映画を撮ろうとしたって、資金が調達できないはず」 どういう展開になってゆくのか決めずに商業映画を撮るなんてのはほとんどありえないはずが、あった。 それは「インランド・エンパイア」というデヴィッド・リンチ監督映画で、町山智浩さんがPodcastでしゃべってます。Inland Empire それはそうと、村上春樹さんの短篇集「めくらやなぎと眠る女」(新潮社)のなかの「蟹」が異様におもしろかった。
2009年12月13日
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「君が代の曲のこと知ってる?」「曲を聴いたことはある」「それはそうだろうけど…」『「君が代」の歌詞は古今和歌集に収録されていた賀歌を原型とするものですが、最初に曲をつけたのはイギリス公使館にいた軍楽隊長のジョン・ウィリアム・フェントンです。それが洋楽の音階でなじみが悪かったために、宮内省の雅楽の伶人によって改作され、それをドイツ人フランツ・エッケルトがアレンジした。』(日本辺境論:内田樹(著):新潮新書)より引用「だけど、そんなこと言い出したら無数のこと知らない」「まあね、ほとんどのことを死ぬまで知らない」「知ったとしても生きてる間だけだし」「しかもある地域のある時代のこと」「しかも人類限定の物語…」「だけどしょうがない…物語抜きの身心は感覚ばかりで、物語抜きのままでは生きのびれそうもない…」
2009年12月10日
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つべこべ言わず3分間、ただ目の前を見る。あまり目玉を動かさずに。 うまくゆけば、何もかもはじめて見る、見たこともない色形… 目の前にはコンセント。 ただ目の前のコンセントを見ている。 すると… お!まさかコンセントって、左の穴のほうが長いのか? あわてて部屋を移動してほかの穴も調べる。「聞いて、聞いて!コンセントの穴って右と左、長さちがう!」「知ってたよ」「うーん。まあ、気づいてみれば当たり前ということは、知ってたら驚かない…」「じゃあ、君が代の曲のこと知ってる?」
2009年12月10日
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まるでそこに言葉たちを操る指が浮かんでいるかのように…「指、いい写真だね」「自画自賛ですか」「見知らぬ人が撮った写真なんだけど」「写真といえば、この写真どう?」写真(flickr)「写真はやっぱり細部だと思わない?」「まあ、いろんな意見があるだろうね」「意見じゃなくって、感じなんだけど」「突きつめて細部にこだわるなら、写真なんか眺めず目の前をただ見るほうがすごいよ」 つべこべ言わず3分間、ただ目の前を見る。あまり目玉を動かさずに。
2009年12月09日
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仮面が消えてゆくにつれ、仮面の奥から同時にいくつもしゃべっていて複数の文が重なっていて聞き分け不能だった言葉たちが聞き分け可能になってくる。「何をしたってどこにも行けやしない」…とか「言葉もて言うことなかれ。 心もて測ることなかれ。」…とか『一九四五年四月二十六日、木曜日、午前十一時 ペンを握る指の震えが止まらない。息を吸えば、あたりに充満する石灰の粉が口のなかに入ってくる。三十分前に爆弾が五階を直撃した。私は息せき切って大急ぎで屋根裏部屋から逃げ出す。漆喰のかけら、破片、ガラスの破片だらけの豚小屋よ、ごきげんよう、短い間だけどわが家となってくれたお前よ、もう当分お前に住むことはない。』(ベルリン終戦日記/ある女性の記録:山本浩司(訳):白水社)…とか そう…1945年4月20日から読みはじめて、4月26日…書き手といっしょになって、その気になって、「ごきげんよう」と破壊された住居にあいさつしている… 見知らぬ人の日記の言葉たちや、言葉で言うことなかれ…という言葉たちを操る指が、そこにあるかのように…
2009年12月09日
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仮面…まあな、素顔なんて見れるわけない。いつも仮面をかぶってる。 ん? 仮面は何かを話しているようだが、聞き取れない。 「大きな声でしゃべってください」 うわっ!急に音量が上がるが、いくつものことを同時にしゃべっているみたいで聞き分けられない。 「ひとつひとつしゃべってください。音量はもう少し下げてもらって」 あわわっ!
2009年12月06日
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「あなたはわたしを知らないけど、わたしはあなたを知っている」「きょうもまたニンジンを食べたせいで、あなたはわたしを知るようになったのでしょうか?」 「もしそうだとしたら、そんなことはとても奇妙なことだと思わないか?」「ひょっとして、屋上で会いませんでしたか?」 光の向きが変わり、顔がはっきり見える。 仮面…まあな、素顔なんて見れるわけない。いつも仮面をかぶってる。
2009年12月04日
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「こんにちは」「え?」「わたしはあなたを知っていますが、あなたはわたしを知らない」「きょうもまたニンジンを食べたせいで、あなたはわたしを知るようになったのでしょうか?」「もしそうだとしたら、そんなことはとても奇妙なことだと思いませんか?」
2009年12月02日
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…ふむふむ…さらにノートをめくると…『世の中のことは、どんなこともよくよく考えてみればくだらないのだ。だから自分の情熱や自分の欲求からでもないのに、他人のため、金のため、あるいは名誉とか何とかのためにあくせくする人間はいつだって阿呆なのだ。』(若きウェルテルの悩み:ゲーテ(著):高橋義孝(訳):新潮文庫)より引用「そうだね、よくよく考えればくだらない、にもかかわらず、不思議なことに妙な情熱にとらえられたりもする…」「ちょっといい?」「え?」「この前から、水溜まりから何かしら出てくるかもしれない、って話でつまずいてるけど、あなたのほかに、水溜まりから何が現われるか興味持って見守ってくれてる人、いると思ってんの?」「おおお!そんなの当たり前じゃない。このブログ読んでくれてる人のなか、せめて数人は次の展開を待っててくれてるに決まってるよ」「残念だけど、そんな人誰もいないよ。水溜まりから何が出てくるか興味持って読んでくれてる人なんて、悪いけど、たったのひとりもいないよ」「そんなことないよ」「ふーん、じゃあ賭けようか?」「いいけど、そんなこと、どうやって確認するの?」「そうだな、もし誰かひとりでも、水溜まりから何が現われるか興味持って待ってます、ってコメントしてくれたら私の負け、コメントなければあなたの負け」「わかったよ、いまから1週間以内に、水溜まりから何が出現するか待ってます、ってコメントがひとつもなければ、負けを認めて水溜まりのことは忘れよう」 じつのところ、ここにこんな文章入れるつもりはなかったんだけど、「こんなブログのつづきに、たったひとりでも興味持つわけない」って親友に言われて、そんなバカな!って思ったんだけど、うーむ、もしかしたらそうかも、ってちょっぴり思ったものだから… それにしてもこの水溜まりって、何なんだろう?
2009年12月02日
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どうなんだろう、たとえば水溜まりの底から表面へと、屋上にいた化け物がスッカリ姿を変え、キリリッ、と浮かび上がってくるのだろうか… 水溜まりを横目で見ながら、読んでいた本から引用ノートに目を移す。 ありそうもないこと…ノートをめくる…とてもじゃないが、きょう読みそうにもなかった文…(踊る物理学者たち:ゲーリー・ズーカフ(著):青土社)より引用…『何もなかったところに突然何かが存在するようになり、それからその何かが別なものに変化し再び消滅してしまう。』『何かであることと何かでないことの間に、本質的区別はない。』『世界は基本的にダンスするエネルギーである。』 …ふむふむ…ノートをめくると…
2009年12月02日
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「口にしようがしまいが生きてる間は何かしてる」「それで?」「何をしていようと不自由なまま自由だ」「おなかすいたね」 食べながら読む。 おもしろい! 生きていて食べながらおもしろい本を読んでいる。 水溜まりから何が出てくるにせよ何も出てこないにせよ、生きてる間は何かしている。(やはり、屋上にいた化け物が何かに化けて出てくるのだろうか…) 水溜まりを横目で見ながら読む。
2009年12月02日
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マドレーヌとワッフル食べたあと、水溜まりから何が出てくるか、じっと見つめる。「まだ出てこないの?」「ここに何か書きこんでしまったら、いくつか思いついた何かのうち、その何かのほかは消えてしまうじゃないか」「そんなこと言い出したら1行目から全部そうだよ。いつもいつも、そうでなくてもいいのだから。それに、あとになって気に入らなければ書き換えればいい」(まあ、ほそぼそとした書き換えはこっそりやってますけど…)「書き換える?そしたらそのあとの文章、変更しなくちゃいけなくなるじゃないか」「変更したければすればいいし、放っておいてもたいしたちがいはない」「書いたことに納得したいんだ」「何偉そうなこと言ってるんだよ。ほとんどの人はこんなの読まないし、どんな言葉もいずれ人類がいなくなれば読む人はいない」「やめろと言うの?」「生きている間は生きているばかりで、この何かをやめたところで別の何かをして生きている」(なんなんだよ、そっちのほうがよほど偉そうなこと言ってるじゃないか)「だから?」「だいじょうぶ、何とでもなるよ。不自由なまま自由だ」「おなかすいたね」
2009年12月01日
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