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買い物自体はちょいちょいしているはずなのに、なぜか久しぶりー。日傘、日傘とずっと思っていたのに、なかなか買わず、今回「暑い」というネガティブな理由でやっと買った(笑)。これでお嬢さんアイテム揃った感じ、私的に(笑)。あとはー。サンダル!!腰が悪いので(職業病的に)、最近はヒールの高いのを控えていたんだけど、高いの欲しくなって買ってみた。本当は、マキシ丈のワンピースを買いたくて、買いたくて。宝塚でねねちゃんが私服に着ているのを見て、「やっぱり可愛い!!}と(笑)。単純(笑)。ちっちゃい私が着るためにはヒールが高くないとって思ったんだけど・・・。結局、ワンピースは買わず・・・。6月に友人の結婚式で着たワンピースと同じ色のスカートを買いました。その色、かなり気にいっていたんだよね。同じお店で(っていうかいつも通りL'EST ROSEなんだけど・・・)、スカート発見して、即購入。後はー、ブラウスとかどうしても欲しかったんだけど、お前、それ同じの持ってるだろうってカレに絶対突っ込まれると思って止めた(笑)。ブラウス率高過ぎって(^^;お買いものに出る前に髪を染め直してカット。前髪を今度はちょっと厚めに作ってみました~。色は変えたいようで変えられないんだなぁ・・・。これ以上明るいと絶対アウトだろうし・・・。でも、美容師さんがいつもちょっとずつ違う色とか混ぜてくれるので、見た目はそんなに変わらなくても、自分的には気分で満足(笑)。それよりもショックなのは、来月いっぱいで担当のスタイリストさんが退職されるそうで・・・。それまでにもう一回行くことは多分ないから、えー・・・って感じ。まぁ、しょうがないんだけど。私は、カット中、黙ってて欲しい人だから必要な事以上は話さずに黙々とやってくれたその人が超お気に入りだったんだよね。美容院に行ってまで気を使って話したくない(笑)。それに、上手だったし。新しい人と仲良くなれるかなー・・・。
2010.07.28
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続きです。一個前の記事からお読み下さい。振り付けは宝塚で振り直ししたみたい。歌詞も訳詞は意訳でもなく完全に作詞の領域に入るのもあったみたい。ただ、その完全にオリジナル版と離れたところは、わりとシェークスピアの古典から取ってきている所も多いので、より「芝居的」になってる。たぶん、セリフも入れたかな?だから、みんな知ってる「ロミオとジュリエット」なんだよ!こうなったら、勝ちだと思った。何よりも劇団にぴったりな芝居であることだけは間違いなんだから。楽曲が良いミュージカルなら最高じゃん。適材適所。だよね。宝塚は、下手みたいに言われるけど歌える人を歌に、ダンサーをダンサーに配したらやはりかなりの高レベル!周りのみんなは本当にすごく良かったよ。まぁ、ねねちゃんとかなめさんはあんまり歌いこなせてなかったかけれど、雰囲気的には素晴らしいなと思った。特にねねちゃんはまさに可憐でジュリエットそのもの。「私はまだ何も知らない、16の乙女だけれど」って歌詞がすんなり入ってくる。バルコニーのシーンは有名な古典のセリフ達が現代的な音楽に乗って、もう綺麗だこと、綺麗だこと。うっとりするし、ドキドキするし。素晴らしかったです。レオンくんはダンスの人だけど、歌も平均点以上。そしてやはり若いトップらしく若々しい雰囲気で少年ゆえの過ち(もちろんマーキューシオの件のことですよ)を違和感なく演じきったなぁと。れみちゃんは、最初、ばあやって超違和感だった。彼女自身がジュリエット出来るだけの人だからね。若過ぎて。かわい過ぎて。いくら肉布団着てても。でも、ジュリエットを結婚式へ送り出すやりとりに泣かされました。初めて抱いた時からわが子なんだっていう「母」としての思いの深さをよく表現されてました。産みの親より育ての親とよく言いますが、このジュリエットと乳母の関係もそうですね。二人の親子の情感はねねちゃんとの同期生としての絆と被るかなぁと。(宝塚の同期って、本来そういうものでしょ。)だからこそ、お姉さま方の配役ではなくてあえて若い同期のれみちゃんを配役したのかなって思った。だとしたら、その思惑は大成功だね。そしてこの日本版オリジナル演出として死のダンサーに対して愛のダンサーを置いたこと。ヨーロッパ(イギリス以外の)特有の死生観が絡んでくるのかもしれないけれど、表現として「死」を出すというかアメリカやイギリスのアングロサクソン系ミュージカルでは絶対見ない演出だと思うんだけど、ともかくオリジナルには「死」という役名のダンサーがいて、フランス版は女性名詞だから女性が、ロシア語では死は男性名詞なので男性が演じていたそうなのですが・・・。(いや、この言語についてはちょっと自信ないです・・・聞きかじった)宝塚版では「死」は男役さんが。それは先に入っている「エリザベート」(ドイツミュージカル)でもトート(der tod=死)は男性なのでというのが大きいと思う。(ドイツ語では死は男性名詞)それに対してオリジナルの「愛」のダンサー。これを娘役として躍らせることで、この物語に流れているのは死の影だけじゃないよね、という二人の愛が真実だったからこそ、両家の和解というラストになったんでしょうという実に宝塚らしい解釈を違和感なく、むしろ綺麗に引き立ててたと思います。「死」を演じた真風さん、「愛」を演じた礼さん。二人の表現力は本当に素晴らしいです!礼さんは普段は男役さんなのに、娘役として美しくしなやかで柔らかいダンスをされていて、綺麗~~と思いました。ただ、真風さんは舞台メイクした姿が本当に本当に水さんそっくりで。それで「死」をたぶんあえてトートのように作り込んでいるので、水さんがいるようにしか見えない瞬間があったのが、なんか、それって逆に彼女にとってはマイナスかもなぁと思っちゃいました。スター候補なので、将来的にはトートをやらせるための試験的意味合いもあったのかもしれないけれど。表情とか仕草とか、絶対意識してトートのそれをやらせているので、もうちょっとどうにかならないかなぁとは感じました。だらだら書きすぎちゃった・・・。言いたい事は沢山あるんだけど、これは多分近い将来絶対再演されるミュージカルなので、絶対に見た方が良いです。ファンのくせに、宝塚作品でここまでべた褒めしてるの自分としてもすごく久しぶり。近年では間違いなく最高の一本ですよ!
2010.07.20
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東京には来ない公演と言うことで、梅芸まで遠征をしてきました。まぁ、普段の公演ならば東京に来なくてもスルーなのですが、これは海外ミュージカルの日本語版初演ということで、その意味で押さえておきたかった!海外ミュージカルといっても、良く聞くブロードウェイやウエストエンド(ロンドン)ミュージカルではなく、フランスで制作されたフランスミュージカル。フランスってミュージカル不毛の地と言われていて。バレエやオペラ、クラシック音楽など、古典的なものが発達しており、パリっ子にとってはそれらを鑑賞することは特別なことじゃぁないんだよね。その辺りの背景があるらしく、役者は沢山いるんだろうけどあまりミュージカルがロングランすることがありません。しかし、近年、フランス発の世界的なヒット作が出てきており有名なのが「ノートルダム・ド・パリ」「十戒」そしてこの「ロミオとジュリエット」です。私は以前に「十戒」が来日した時に「フランスミュージカルってどんなもんじゃい?」と思って観に行ったことがあるのですが・・・。感想は、「これはミュージカルじゃなくってショーだよ!!」でした。話の筋はあるんだけど、芝居的なパートがほとんどなくて歌とダンスで表現なんですね。それは「レミゼラブル」とか「エリザベート」とかそういうレベルの話じゃなくて、芝居表現的な歌も見あたらない、って感じ。(台詞歌がない)宝塚的に言うと「ノバボサノバ」あたりが近いかな?「サザンクロスレビュー」とか?役の付いている人はひたすら歌うし、周りは躍りまくるし・・・。面白いっていえば面白いのだけど、「ミュージカル」と思うと超違和感なのです。で、結局その後知ったのですが、フランスでは「ミュージカル」というジャンルはないそうで。じゃぁ私たちがフランスミュージカルって呼んでるものはなんなの?というと、「スペキュタクル」と呼ばれていて小池先生によるとサーカスとかも含まれるような、歌やダンスなどをそれぞれのスペシャリストがダイナミックに見せるという感じのものらしい。と、前置きが長くなりましたが・・・。そもそも宝塚は女性だけが演者で男性のパートも行う集団なので、実力とかそういう比較は無意味。ただ、必ずしも歌が上手い人が歌だけを歌っている組織でも、ダンスが上手な人がダンスだけを躍っている集団でもなく。スター制度を取っているので、本気音痴で得意なのはダンスなのに!という人も歌わなくてはいけないし、歌は素晴らしいけど、ダンスはとってもドタバタしちゃう人も躍らなくちゃいけない。そんな宝塚でそういう「スペキュタクル」をこなせるの?っていう疑問が凄く大きかった。youtubeとかで見た感じ、とても楽曲も素敵だし、ダンサーはガンガン躍っているし。いくら「ウェストサイドストーリー」の版権を四季が貸してくれないからって(以前上演した時は、四季からの借り受けだったらしい)そういうの持って来ちゃう?!って思ったんだよね。(邪推だけど 笑)(ウエストサイドストーリーはロミオとジュリエットが元なんですよっと)ただ、まぁそういう所を改変したりとかするのは得意だろうし、かなり作り替えてくるんだろうな、という期待もあり、観に行くことにしたのです。長くなったので本題入る前に一旦休憩。
2010.07.20
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音校裁判の、和解が成立したそうです。この裁判のあいだ、言いたい事が山のようにありましたが、それでも、結論の出るこの日までずっと黙っていました。結果として、●音楽学校の卒業資格は認める。●ただし、歌劇団には入団しない。慰謝料その他は非公開。という形で決着だったようです。原告のお母様は「娘の名誉は完全に回復されたと思う」と仰っていますし、最初から音楽学校生としての地位を確保してもらうための裁判で合ったと思うので、まぁ、これはこれで良いのだろうと感じています。お母様のコメントを考えると非公開の部分に踏み込むことにはなりますが、●いじめはあった。●万引きは言いがかりだった。という部分もおそらく認められたのだろうと想像がつきますし・・・。今更、入団しても96期のみならず彼女自身も色眼鏡で見られてしまう辛い宝塚生活になるのは目に見えていることなので、まぁ、入団しなくて良かったのだろうとは思います。きっと何年たっても「本当万引きしたんじゃないか」と思う人はいるだろうし、その時、顔が晒されたり退団後は本名もばれてしまうのはやはり上手くないでしょう。(いや、今時点で本名もある程度晒されているんだけど、公人となるよりはマシってことで)ただ、どれだけ辛い学生生活であっても自らの意思では退学を選ばず、退学処分の後も、その処分差し止めのために訴えてまで通おうとしたその意思を考えると、本当に宝塚の舞台には立ちたかったのだろうなと・・・。無念だろうなと思います。何度か引き延ばされた公判を考えると、わざと初舞台公演には間に合わないように和解したのではないかと勘ぐってしまいますし、正直、悲しくて100年の恋も冷めそうな勢いです。私はただ、いじめを肯定するわけじゃないけれど、これまでもきっと酷い仕打ちを受けて退学に追い込まれた子は居ただろうけれど、ここまで強い意志で通い通そうとした気力のある子までも切り捨ててしまう劇団の姿勢には納得いきません。競争の世界だから、競争に負けたらそれまでなんですよね。それは、純粋な舞台の成果や歌やダンスの実力だけでなくて、それ以外の今回のような出来事も含めて。だから、いじめ抜かれて辞める子は同情はするし、そんなことが起きている事には悲しみを感じるけれど、「耐える」という選択肢を劇団側が奪った今回の事は同情や悲しみだけでなく強い怒りを感じてなりません。96期のメモさんが新人公演ヒロインもまぁ、いいでしょう。今回のことを何も知らない人からしたら、もしかしたら人気が出るかもしれませんね。商業演劇なんだから、人気が出る可能性のある子を素行不良というだけで抜擢しないわけはないと思います。あの、水瀬ちあきだって同期の中では出世頭だったわけですから。だけど、今回の件はしっかりと振り返り猛省すべきです。何かしらの改革案を明確に提示すべきです。相撲協会となんら変わりない体質だと思います。100年近い歴史に胡座をかいて、世間とずれた結果ではないですか?そうしないと、かろうじて100周年を迎えたとしてもその後は衰退するだけです。夢を売る商売なのに、夢を見れなくするようなことをしてしまったのだから、その事に対する危機意識を強く持って欲しいと思います。
2010.07.14
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