カンボジア胡椒農園クラタペッパー 「アリの目、タカの目、クラタの目」
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サボり始めると月の経つのは早いもので、2ヶ月ご無沙汰してしまいました。さて本日、シエムリアップにあるアンコール日本人会主催の「篠原大使講演会」に参加してきました。私が初めて篠原大使と出会ったのは、1992年8月、私が初めてJHP(カンボジアの子供に学校を作る会)の隊員としてカンボジアの地を訪れた時でした。当時、JHPも初めてのカンボジアのミッションであったため、学生隊であった私はどう活動していいか分からず、大使館に相談に出向いたところ、当時参事官でいらした篠原大使が嫌な顔ひとつせず、とても親切に助言をしてくださり、一筋の光明を照らしていただいたおかげで、あるプロジェクトが成し遂げられたという事がありました。その事が私の中でとても大きなきっかけになり、今現在この地カンボジアで事業を起業するにいたったといっても決して過言でないと思います。その大使の講演がシエムリアップであるということで、いてもたってもいられず、プノンペンからシエムリアップまで出向いていきました。講演のお題は「カンボジアと私」というタイトルで、大使が1967年に初めてカンボジアの地を訪れてから現在に至るまでの、カンボジア史の中でも激動の40年を非常に分かりやすく語っていただきました。大使が1969年11月8日の独立記念日の祭典に出席した際に、すでに翌年の3月18日のクーデターに至る伏線ともいえる挙動が当時のシハヌーク政権内にあったことや、70年3月18日以降各地で始まるベトナム解放戦線とカンボジア政府軍との内戦のいきさつ、そこに現れるポルポト政権、84年のヘンサムリン政権下のプノンペン、88年初めての2派による和平に向けての会議、90年東京会議、91年10月23日パリ和平協定調印にいたるまで、一般では分かりえない高次元でのカンボジア現代史のお話は、カンボジアオタクの私にとってとても魅力的で、あっという間の1時間のご講演でした。篠原大使ありがとうございました。また、この企画を実現してくださったアンコール日本人会の会長をはじめ役員、スタッフの皆様ありがとうございました。
May 30, 2009
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