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青谷上寺地遺跡展示館を出て、今日は日曜日なのでやってはいないのだが、発掘現場に行ってみた。ずいぶん雰囲気が変わっている。イメージキャラクターまで出来ている。 この遺跡はこの道路を作るために発見された。脳が残っていたことで、世界的な発見になり、一部そのままになっているようだ。 まだまだ掘ることが出来ていない部分はあるのだろう。まだ何か出てくるのかと思うとゾクゾクする。 ホントはこの残土も宝の山なのである。普通はここに土器のカケラが残っていたりする。しかし、今回のお宝は木片だ。私の手には負えない。何か無いかなとは思ったが、そのままやめる。 隣の田んぼでは、鳥取大学の学生が地域とこんな取り組みを。 緑米らしい。 田んぼアートとはこういうことらしい。 青谷の土地は典型的な山陰の漁港である。大屋敷もこのように切妻造で構成する。 青谷の町に食事処はナンと一つもなかった。仕方ないので、小売屋でビールとつまみを買った。それを青谷駅のホームで飲む。これが夕食。 帰路につく。山陰線、伯備線は単線である。駅での待ち時間がいやに多い。駅舎も古い。その中で遺跡の施設だけには金をかけている。思うに首長の見識だろう。 17:31発 青谷 山陰本線(米子行) 乗車:1時間53分 運賃:3,670円 19:24着 伯耆大山 ▼乗換28分 19:52発 伯耆大山 伯備線(岡山行) 乗車:3時間 1分 22:53着 倉敷 ▼乗換14分 23:07発 倉敷 山陽本線(糸崎行) 乗車:8分 23:15着 新倉敷
2014年09月30日
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妻木晩田遺跡の淀江から青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡の青谷までの電車の時刻表は以下の通り。 13:51発 淀江 山陰本線(鳥取行) 乗車:1時間39分 運賃:970円 15:30着 青谷 青谷駅に着いた。 展示館は相変わらずプレハブである。しかし、行く度に展示内容は変わっている。埋蔵文化センターがすぐ近くにあって、精力的な研究をしている結果だと思う。 ここに来るといつも思うのだが、弥生の時代観が変わる。たまたま水中保存がされたことで、弥生生活の木製品がほとんど残された。これは現代青谷の航空写真。 これは当時の青谷を再現したもの。駅や展示館の辺りは海だった。まだ住居地域や墓が出ていないので青谷ムラの全体像はわからないが、中心地域はごくごく小さなムラだったと思う。しかし、ここには当時の最先端が集結していた。何故か。急速に発達した一大交易拠点だったからである。 さまざまな木製品や卜占用の骨、代形等々の祭祀品。 今でも座れそうな腰掛け。いろんな重要なものや生活用品を木で作っていた。しかし、それは今ではほとんど残らなかった。青谷上寺地遺跡の凄さ。 妻木晩田遺跡の展示館で祭祀建物に使われていた窓枠は、この窓枠を根拠に再現された。 ここの発掘で弥生の建築技術が相当わかったようだ。 こういう建物もあっただろうと、出土遺物の材木から推測。 そして、大阪弥生博物館で見た土玉がここでも出土していることが判明。つまりは、普通の物々交換ではなく、商業取引に近いものがあったのだと、私は思う。むしろ、そういう「商人」がいたからこそ、本来漁村だったこのムラが「振興都市」のようになったのだろう。そして、さらに想像を逞しくするとするならば、そういうポッと出の商人に対する「嫉妬」や「恨み」が日本史上初めて起こった結果として、のちに紹介する稀に見る残虐な「紛争」が起きたのかもしれない。 青谷は「地下の弥生博物館」と言われるように、本来腐って残らない木材や植物、骨などが良好な形で残った。弥生のバッグもその一つ。この見事な編み方。これは想像ではない。事実である。 その編み方の一つは、なんと現代には伝わっていない編み方もあったという。古代よりも現代の方が技術的に優れているということは、全てにおいては決して言えないということがこの一点だけでも証明されると思う。 青谷では、なんと100体を越える人骨が遺棄されるような状態で見つかった。中にはこの写真のように、若い女性に致命傷を与えた人骨がある。なんらかの紛争があり、多くの人が「殺された」とみなければならない。どうしてそういうことが起きたのか。人骨が出てくるのは珍しいとは言え、弥生時代に老若男女が一度に殺されているのは、私は他には知らない。外国では知らず、日本ではかなり珍しいことが起きたのではないか。まだ「戦争」に慣れていない倭人が起こした「悲劇」だったのでは無いか、というのが私の「説」である。 青谷上寺地遺跡では、世界でも数列しかない脳が残った人骨が数体出土した。将来この脳から「死ぬ前の記憶」とかが再生出来たら、私はもう失神してしまうかもしれない。 今回初めて見たけど、コンピュータグラフィックスで弥生の顔の復顔をしていた。明らかな朝鮮半島の顔だが、大陸系の人骨に肉を付けていくと、まぶたや唇は想像で作るしか仕方ないので朝鮮顔になってしまう。しかし多くは渡来系の人骨だったらしい。
2014年09月29日
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「弥生の館むきばんだ」を出て、前回発掘途中で行けれなかった処を回る。妻木山地区の弥生のムラが完成していた。 竪穴式住居入口。 住居の中。他地域と比べて深く掘り込んでいるのが特徴。雪深く寒い冬をこれで凌いでいたのだろう。 今までの弥生住居の常識を覆すモダンな設計。画一的な設計を覆している。 遺構展示館も一応行ってみる。発掘とはこういうものなんだよ、という学習のための施設である。 さらに自転車で未体験のゾーンに突入。妻木新山地区である。ここから、弥生の館や弥生のムラ、洞ノ原地区も一望出来るし、その背後の高麗山も見事に見える。私は勘違いしていたのだが、妻木晩田遺跡からは何故か霊峰伯耆大山は見ることが出来ない。そこは、この前行った福市・青木遺跡とは違うところである。 いや、違う! 霊峰伯耆大山が見えない処を選んで、妻木晩田遺跡は作られたのだ。つまり、あくまでも高麗山を崇めるために、妻木晩田の人たちは結束していたのではないか。そういうことは、解説書のどこにも出ていない。あくまでも私の「説」である。高麗山という名前がもしも古代でも使われていたのだとしたら、この土地の人々の出自にも関わっているかもしれない。 さらに進むと仙谷地区に入る。後期中葉(紀元2世紀前半頃)に作られた方墳と四隅突出墓群がある。ここには仙谷2・3・5号墳がある。方墳である。1番突端の3号墳からは、22基にも及ぶ木棺の跡が見つかった。ここからも海がよく見える。特別な場所だったのだろう。 仙谷一号墳は遺跡最大の四隅突出墓(一辺約17m)である。何故か一つのみ離れて存在する。妻木晩田遺跡はこの直後に最盛期を迎える。これで妻木晩田遺跡の見物を終えた。何時の間にか時間が二時間も経っていた。 妻木晩田をあとにし、自転車をどんぐり館に返し、急いで淀江駅に戻った。今日は強行予定を組んでいる。このあと電車で一時間半もかかる青谷上地寺(あおやかみじち)に行くのである。どんぐり館で買った、どんぐり饅頭、どんぐりパン、とうふプリンを昼食代わりに車内で食べた。饅頭やパンは素朴な味わい、プリンはとうふの味がした。 途中由良駅はコナン駅になっていた。
2014年09月28日
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前回日にちを書き忘れていました。8月31日夏休み最後の日曜日でした。 伯耆古代の丘公園のあと、上淀白鳳の丘展示館に入る。立派な建物を作っている。 有名な角田遺跡の絵画土器の本物があった。詳しく見る。 一本一本の線は力強い。確信を持って引いている。これは、準構造船か。 これは井手狭古墳から出土した埴輪の本物。 淀江廃寺の中を復元していた。 かなり本格的な立派な寺だったことが分かった。 まさか、こんなすごい壁画もあったとは。 隣のどんぐり館でレンタルサイクルを借りた。此処から歩いて妻木晩田遺跡まで行くと20-30分かかって時間が足りなくなるからだ。写真はどんぐり館の隣の畠にかけられていた「よどえ9条の会」の立て看板。 自転車で行って良かった。広い遺跡内部も自転車で行くことが出来る。時間がないのであきらめていた洞ノ原地区の場所にくることが出来た。 妻木晩田遺跡の何がすごいかと言って、1番はなんと言ってもこの景観である。保存運動を主導した女性考古学者の佐古和枝さんは何度も「この景観だけでも、この遺跡はゴルフ場なんかにさせてはいけない」と言っていました。 弓ヶ浜を一望にして、弥生時代後期前葉(紀元1世紀後半頃)に作られた四隅突出墓群が並ぶ。有力者たちの墓のために、用意したのは自分たちの祖先に繋がる海か、それとも交易で利益をもたらした海か。 さらに降りてみる。前回来た時には此処の環濠施設は、まだ調査・工事中だった。 洞ノ原地区の突端に、環濠に巡らして何を作ったのか。 「弥生の館むきばんだ」に入る。この5-6年の研究成果が見事に結実していた。 建物を作っているこのジオラマは初めて観た。精巧に作られている。これは家の建築ジオラマ。 材木加工ジオラマ。 材木伐採ジオラマ。 青谷上地地遺跡の成果も利用して、豊富な森林資源をいかに利用したのかが目に見えるように展示されている。鍬にはアカガシを使う。 チョウナを作るのに枝を利用。榊(サカキ)を利用。 土器のみで腕を作るのでなかったようだ。ケヤキ製の腕。こうすれば美しい木目を生かすことも出来る。これらの木製品は普通の遺跡には残らなかったので、大阪の弥生博物館のジオラマでも採用されてはいない。 鍛治施設のジオラマ。妻木晩田では出土した鉄器は400点以上にのぼった。非常に多い。しかもその多くは木材加工のための道具(袋状鉄斧、ヤリガンナ)、ナイフ(刀子)などで武器ではなかった。太い鉄素材輸入のルートを確保していて(おそらく北九州を経由せずに直輸入したのだろう)、生活を豊かにするために使われていたのが分かる。日本で製鉄遺跡が出てくるのは今のところは6世紀からなので、それよりも5-600年前のこの時はあくまでも鉄素材を加工する技術のみだった。 松尾地区の王の住まいの模型。ここからは中国からもたらされた青銅鏡の破片をペンダントに加工したものが出土した。 その住まいから40mほど離れた所にあったムラの祭殿模型。母屋の両側にヒサシを持つ。たたみ20畳くらいの広さ。ちょっと目には現代の農家のように見える。反対に言えば、まだ土壁などは出て来ていないが、それ以外は作ろうと思えば弥生時代でも現代の住居は作れたのだ(格子窓は青谷上寺地出土品を参考)。なぜ作らなかったのか。私見だが、必要なかったからだろう。寝室を別にする、食堂を作る、ましてや子供部屋を作るというような発想、個人を大切にするというような思想を持たなかったのだ。もちろんそれだけの余裕がなかったからだろうし、なくても十分ストレスなく幸せに過ごせたという証拠だろう。弥生人と現代人、果たしてどちらが幸せなのだろうか。
2014年09月27日
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青春18切符の旅第四弾である。 今日は再び山陰に出向き、久しぶりに妻木晩田と青谷に行く予定。かなり考古学に特化した旅になりました。朝飯は今日はおにぎりを作って来た。朝が早いが何故かキチンと早く起きることが出来る。 5:21発 新倉敷 運賃:2,590円 5:30着 倉敷 ▼乗換15分 5:45発 倉敷 伯備線(西出雲行) 乗車:2時間59分 8:44着 伯耆大山 ▼乗換49分 9:33発 伯耆大山 山陰本線(倉吉行) 乗車:5分 9:38着 淀江 新見までは圧倒的に入母屋造りの屋根が多かったのだが、新見の町はかえって不自然なほどに切妻屋根と入母屋造りが混じっていた。新見が実質山陽と山陰の結節点で史しねつあるという証拠だと思う。そして鳥取県(山陰)に入った途端に9割方切妻造に変わる。出雲大社様式と言えばそうなのかもしれないが、山陰の結束力だと思う。 伯耆大山駅で一冊本を読み終えた(「お文の影」)。 淀江駅は無人駅だった。 こんな運動もしているのね。 2000年ごろ、妻木晩田遺跡の保存運動があって、それに刺激されて年に数回この辺りを訪れていた時期があった。その頃、この伯耆古代の丘公園は造成中だった。いい機会だから一度入ってみよう。 20分ぐらい歩く。道端の石塔。 中に入るのにお金を取るとは思わなかった(310円)。でも夏休み最後の日曜日なのに人がいない。これは古代ハスの園。 ホタテ貝古墳の復元(井手狭3号墳を2/3に)。古代にこんな階段は無いけど、造成当時はビッシリ葺き石がされているのはその通り。 埴輪もちゃちいけど、こんな感じだった。埴輪は特殊器台から変化したものということがこういうのをみるとよくわかる。 良かったのは、此処から妻木晩田遺跡の丘が見えること。真ん中の丘陵の全てとさらにその奥が、弥生最大の面積を持つ妻木晩田遺跡である。 公園をさっさと出て向かいの向山古墳群を歩く。古代の丘公園の地図を借りて言えば、右端の古墳群である。 6世紀を中心に築かれた古墳群で、前方後円墳が8基あり、当時の有力な人々の王墓群と考えられている。 丘にこのように古墳を集中させるやり方に覚えがある。韓国の三国時代、池山洞古墳群などの大伽耶地域の古墳群である。あれらが主に五世紀ごろに出来たのだとすると、これらはそれらに影響を受けた可能性はないだろうか。写真は向山8号墳。 特に丘の最先端に特別な古墳、岩屋古墳が鎮座している。全長52m、後円部径30m、高さ6m、後円部東側に台状突出がある特異な形。須恵器、円筒埴輪、人物、馬、水鳥などの形象埴輪、鉄刀、馬具などが副葬され、最も華やかな古墳。 此処は中の石室に入るのことが出来る。 中は広い。そして暗い。相当多くの親族が「追葬」出来た気がする。古事記のイザナギがイザナミに追われるエピソードは、ここに入っていた人の白昼夢ではないか。だとすると、横穴式石室は早くて5世紀以降なので、神話の世界も案外最近ということになる。
2014年09月26日
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「ビック・イシュー247号」ゲットしました。販売者さんはこの前体調崩していたので、聞いたら「今は大丈夫」とのこと。 「休んでいますか?」 「月に1ー2回ね」 「えっ!」 去年最初の頃もほとんど休まないと言っていたのは、顔を覚えてもらうためだと思っていたのだけど、まさかこの1年半ずっとだったとは! 「休まないといけないですよ!それって労基法違反です、ってそれは冗談だけどホントに休まないと!」 「休むとやはりそれだけ収入がないし、大丈夫だから」 うーむ、あまり言えなかったけど、心配です。 今回の特集は「気持ちを伝える人生レシピ」。この雑誌の名物連載、ホームレスのおじさんたちの人生相談と料理研究家の枝元なほみさんの元気のわく「悩みに効く料理」のオンパレード。私はいつもいつもこの人生相談を楽しみにしている。どうしてこんなに的確に優しく答えることが出来るのか。人間の価値が社会で成功する、ということにあるのだとすれば、このホームレスたちは10点ぐらいだけど、人の悩みに答えてあげれることだとすれば90点だと思うのだ。 例えばこんな「悩み」がある。 どうすれば人に頼れますか? 人前で、友人や家族の前でも、弱みを出せません。小さなことでいえば、タンスの角に小指をぶつけても、痛くない振り。大きなことでいえば、失恋したり、就職試験に落ちて気持ちがふさいだときも、平気なふりをしました。本当は、誰かに頼ったりしてみたいのに…。こんな私、どうやったら、人に頼れるようになるでしょうか?(29歳、女性、会社員) 果たしてあなたならどう答えますか?ちょっと考えてみてください。 いいでしょうか? 答えるのは大阪の販売者Iさんです。 平気なふりができるなんて、すごいなぁ~。僕は、あなたと真逆かもしれない。悲しいときもうれしいときも平気じゃいられないもの。 失恋したときは、家で1人三角座り(笑)。ひととおり泣いたあとは、親しい人に話を聞いてもらっていた。たぶん僕って、宝くじで一億円当たったとしても、黙っていられないと思います。だって、周りの人が「へぇーっ」って、喜ぶ顔が見たいもの。 「本当は、誰かに頼ったりしてみたいのに…」かぁ~。どうやったらいいかって、実はもう、あなたはわかっているんじゃないかぁ。ただ、自分が素直になればいいだけなんじゃないかな。 どこかに足をぶつけて痛いときは、「イターイッ!!」って叫べばいいし、失恋したら大泣きしたらいい。誰もそれを変だとは思わないよ。むしろ「お、かわいいところ、あるんだな」って、あなたの魅力が増して好かれると思う。 うん、僕はこういう人好きですよ(笑)。 それと、家族や友人との連絡を、時にメールでなくて、電話にしてみたらどうかな。電話ってすごく正直だから。声の調子が伝わって、相手があなたの様子を察してくれるでしょ。強がりが通用しないから「どうしたの?今日は声が落ちこんでいるようだけども…」なんて聞かれると、あなたもすな心の中にあることを、打ち明けられるかもしれないね。 今まで弱音を吐かずに頑張ってきたあなたの話だからこそ、みんなも親身になって聞いてくれるんじゃないかな。 人との距離って、ささいな日常を分かち合ってこそ、一歩一歩近づいていくものだと思う。 今年も、素直に何でも話せる、素敵な人に出会えるといいですね。 このうちの一つぐらいは思い浮かんだかもしれない。けれども、ここまでその人の立場に立って寄り添って、優しく、具体的に、助言を私はできなかった。 ホントにホントにすごいと思う。
2014年09月25日
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「健康で文化的な最低限度の生活(1)」柏木ハルコ 小学館 内容の簡単な説明ならば、最後に載せた松尾慈子さんの書評を参考にして欲しい。私は自分の経験に照らして感想を書く。 とは言っても、経験を軽々しくは書けない。私は彼らの人生をどられくらい知っているのか、自信がない。ただ、労働組合運動で10件ほどのケースに接してみて思うのは、例えばパチンコで生活保護費のほとんどを使ってしまって困っているという話を聞いて、軽々しく不正受給だとか、受け取る資格がないとか、生活態度を改めるべきだとか、人に話したり、SNSで書くべきではないということだ。そのことが仕方ないことだとは、私も思っていない。しかし本人に優しく厳しく注意出来るのは、本人と深く関わっている支援者だったりケースワーカーに限ると思うのだ。 私がビックリしたケースにこういうことがあった。ある生活保護受給をしている青年で、仕事も決まったばかりの彼が、新しい給料が出るまでの生活費の1-2万円を借りれないかと言って来たのだ。私は意外だった。彼はたまたま職を失っているけど、側からみても他の受給者の世話を献身的に行い、性格もいいホントに好青年だったのだ。労組としてそういう金銭援助は禁じられているとしても、ポケットマネーで貸すぐらいは何とでもなりそうだった。しかしその時の労組専従はキッパリと断り冷たく突き放した(ように見えた)。彼はもともとパチンコ依存症とでも言うべき理由で受給者にまでなったというのだ。金はなくとも餓死しない知恵はあるだろう、というのが専従の考えだった。つまりは厳しく当たらなければならないケースだったのである。私は自分の考えの甘さを恥じた。 不正受給は件数で全体の2%、金額では全体の0.4%にすぎない。一方、利用することか可能な人が利用している割合(捕捉率)は2割程度だ。あとの8割は利用していないのだ。 我々納税者は、しなければならないのは、不正受給を糾弾することでも、生活保護費の増大を嘆くことでもない。命の危険に晒されているあと8割の国民の生存権を守ること、増え続けている生活保護費の元凶になっている穴だらけのセーフティーネットの責任を追求し再構築を求めることだろう。「その財源はどうするのだ」と必ず反論が来る。だからこそ私は「責任」を追求しろ、と言っている。 受給者の就労意欲について、我々がコメントするようなことなど一つもない、というようなことがこの漫画の様々なケースを見るとわかってくる。それこそ、ケースワーカーや支援者の専門的な支援に感謝して期待したい。 いや、一つ我々にも出来ることがあった。受給者は一人一人様々なケースがあることを、この秀逸な作品を通じて「知る」ということである。私も数件だけと、具体的なケースを知らなかったら、こういう確信は持てなかったのだから。 朝日の書評を参考に載せておく。 何か大切なもの 健康で文化的な最低限度の生活(柏木ハルコ) 2014年09月05日09時30分 【松尾慈子】タイトルからお察しの通り、本作は生活保護について描かれた本である。日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。この理念に基づき、生活に困窮する国民は生活保護を受けることができる。東京都東区役所に就職したばかりの主人公・義経えみるは、福祉事務所で生活保護を担当するケースワーカー業務につき、様々な困難をかかえる世帯を知っていく。掲載誌は「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)。 新人職員ながらも義経に任されるケースは110世帯。ひとくくりに「生活保護世帯」といっても、「それぞれの事情、それぞれの人生」がある。義経は個々の事情を理解して接しなくてはいけない。 義経が先輩に連れられていった初めての家庭訪問先は、小学4年生の孫と暮らす75歳のおばあさん。認知症が始まったのか、排尿処理にも困っている様子に、義経はどうしていいのかまったく分からない。先輩は在宅での支援を検討するよう義経に助言する。保健師に訪問同行してもらい、認知症なら地域包括支援センターに相談して、介護保険認定申請、認定調査、ケアマネジャーにケアプランを立ててもらって……。 これって、肉親でさえ手続きにいっぱいいっぱいになりそうだ。それを、1人で110ケースも担当する義経が処理していくのだから、そりゃ仕事も大変だろう。 そして、着任早々に義経は、担当する男性が自殺してしまうという体験をする。自殺の前日に「これから死にます」との予告電話を受けていた義経は彼の死を知ってぼうぜんとする。職場の先輩は「責任を感じなくてもいいよ」と慰め、加えてこっそり「1ケース減ってよかったじゃん」と告げる。義経も一瞬は納得しかけるが、彼が暮らしていた部屋に入って疑問が生じる。彼も必死に生きる努力をしていた形跡を見て、義経は思い知る。「ダメだ。それ……言っちゃあ、何か大切なものを失う……気がする」 義経は様々に目に遭いながら、個性的な同期の面々とも励まし合い、成長していく。だが一方で私が心配なのは、福祉の職員に多い「燃え尽き症候群」だ。目の前の人を助けたいとがんばりすぎて、自らを追い込んでしまう。そういえば、実録漫画「わたし、公僕でがんばってました」(古林海月)では、古林さんは生活保護の担当になってから、体を壊して退職してしまったのだった。大丈夫か、義経。 実は、私はこの本を献本でいただいたので、職場でぱらぱらと読んでがくぜんとした。これは気合を入れて読まねば、と思ってかばんにしまいかけたが、ふと、「これ、後で読んでみたい人~?」と声をかけると、職場の2人から手が上がった。2人とも母子家庭で母がお金に苦労するのを見ながら育ってきた女性で、自らも現在、非正規雇用。母子家庭の就労率は85%だが、約7割が年間就労収入200万円未満という状況(2007年)。彼女らと貧困は非常に近い関係にある。私は彼女たちが頑張り屋さんで、日々一生懸命に仕事をしていることを知っている。困窮に至る人を「自己責任だ」「努力が足りない」などと切り捨てることはできない。 そういえば、柏木ハルコといえば、11年前に「花園メリーゴーランド」を紹介させていただいた。日本の性文化への深い造詣(ぞうけい)に裏打ちされたこの作品に、私は柏木の鬼才ぶりを感じた。そして、本作。難しい仕事に対し、真摯(しんし)に取り組んでいく義経がどんな成長をしていくのか、楽しみだ。
2014年09月24日
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「憲法なんて知らないよ」池澤夏樹 集英社文庫 日本国憲法の英語版を和訳した本。この本は2003年に書かれた。3月にアメリカがイラクに侵攻したのちに出版された。小泉首相が条件反射のようにありもしない核兵器をあると言ったアメリカを「支持する」とした、あの時である。その4年後に憲法改正法は強行採決されてしまうわけだが、知識人の間には既にこの時点で鋭い危機感があったというわけだ。つまり4年前から本を出すわけだから、少なくともその一年前には、5年後を想像出来るアンテナがなくてはいけない。9条の会が作られるのが、2004年だった。そして、今の私たちにもそれに似た危機感がある。しかし私たちには、「漠然とした不安」があるだけだ。 感動的なのは、「まえがき」の法律が生まれた瞬間を小説家らしく再現してみせた処。それは「つまり、こういうことなんだ」 多分最初から人は仲間と一緒に暮らしていた。人の祖先は孤独なゴリラ型ではなく、集団生活のチンパンジー型だった。そうすると、強い奴と弱い奴が出てくる。強いのがいばるし、おいしい物は先に食べるし、雌を独占したりして。 強い奴はいい気持ちかもしれない。だけど、人間の場合は弱い奴のことも考えて社会をつくろうと決めたんだ。弱い奴の方を土台にして、と言ってもいい。 それができたのは、多分人間に言葉があったからだろう。弱い者同士で話しているうちに、世の中には弱い者の方がずっと多いということがわかった。それならば、社会というもの、弱い方が主役じゃないか。 そこで社会の大多数を占める弱い奴はみんなでまとまって、腕力ではなく言葉で、強い奴の横暴を抑えることにした。社会についていろいろきまりを作った。考えてみれば、強い奴だっていつまでも強いわけではない。歳もとるし、病気もする。もっと強くて乱暴な奴が現れるかもしれない。 自分が弱い側に立った時のことを考えてみたら、社会に決まりがあることはよいことだよ。 その一方で、社会はどんどん大きくなって、国というものが生まれた。最初は村くらいのサイズだった。それでも隣村との境界線を引いて、その中は自分たちのやり方でやると決めて、何か問題が起こった時はみんなで集まって相談した。 親が二人とも病気で死んでしまった子供たちをどう育てるか。その一家は流れ者で、村には縁者もいない(この子供たちって、弱い奴の典型だよね)。年寄りが呼びだされて、昔同じようなことが起きた時にはこうしたと話す。たとえば豊かな家に預けて育ててもらう。その代わり、子供たちは大きくなったらその家でしばらく働いて恩返しをする。村としては働き手が増えるわけだから、子供たちをそのまま死なせてしまうよりは、得をすることになる。 そんな風にして村ごとの決まりが長い歳月の間に固まってきて、その分だけ世の中は安定した。つまりルールをつくって、弱い者の立場を守って、みんなの力を引き出した方がその社会は全体として豊かになるし、暮らしやすくなるんだ。(12p) このまま憲法前文にしてもいいような内容。 憲法をいろんな角度からもう一度読み直す。だって多くの人は「憲法なんて、全文は知らない」のだから。 2014年9月20日読了
2014年09月22日
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今月25日に発売だそうです。読者モニターでお先に読ませていただきました。評価は、深いようで深くない気もするし、よくわからん、というところ(^_^;)。 もみ消しはスピーディーに [ 石川智健 ] 現在、日本版NSCと呼ばれている国家安全保障会議の発足により、各行政機関が持つ機密情報が集約化されている。その機密性を保持するため、リスクヘッジ社はK庁を皮切りに、外務、防衛といった省庁にも入り込み、情報統制力を強化する予定だった。 そうなれば、アメリカのNSCと対等の立場となり、現在ではできていないトップシークレットの情報を交換することができる。今の日本の情報統制力では、アメリカは情報の共有を渋っている。体制の甘い日本側から漏洩する可能性を危惧しているのだ。(略) このようして、リスクヘッジ社は少しずつ外堀を埋めていき、やがて、情報統制力が強化された日本は、多少の自由を犠牲にした大きな安全を手に入れる。(270p) 昨年末矢継ぎ早に強行された特定秘密保護法や国家安全保障会議の発足。そして今夏の集団的自衛権の解釈改憲。それらの現実とシンクロするように、K庁の情報統制力を民間外部委託によって強化される「小説」が出来上がってしまった。 TPPも結局は日本経済がアメリカ経済に「取り込まれる」過程に過ぎないとしたら、遂には日本安全保障もアメリカ安全保障に取り込まれる過程を、作者はまるで日本の老舗企業がアメリカ発祥の国際的な大企業に取り込まれるように描こうとしている。 もちろん、見た目には警察組織のよくある不祥事隠蔽小説の体裁を、少し軽く描いているだけのようにも見える。 そういう軽い描き方がかえって恐ろしい。 作者の他の作品は知らないが、作者の「ホントの意図」が町田の誤魔化し方と同じように測ることが出来ない。単なる「流行としての情報統制」を描こうとしているのか、それとも腰を据えて日本の闇にメスを入れようとしているのか。今のところは、単なる前者のような気がする。 (解説) 石川智健著『もみ消しはスピーディーに』 9月25日刊行予定(約274ページ) ------------------------------------------------------------------- 警視庁の警務部監察官室に所属する監察官が、千葉県警察本部から過度な接待を受けて、賭けマージャンに興じていたことが週刊誌の記者によって明るみに出る。警察を取り締まる役職にある監察官の怠慢ということで、世論からのバッシングは激しいものだった。 警視庁が実態調査をすると、近年、監察官が特定の警察本部の監察を甘くしている“手心”を加えていたことが判明。それを重くみた警視庁は、監察官を含む警察全体を監視する組織を外部から採用することにした。 白羽の矢が立ったのは、リスクヘッジ社。 監視社会アメリカで急成長し、今やアメリカ政府の情報収集にも一翼を担っている民間企業。この日本法人と、警視庁は独自に契約を結び、警察全体の不祥事を取り締まると世間に発表した。 表向きは、不祥事を監視するという業務を請け負っていたが、本当の目的は、不祥事をもみ消すための機関としての採用だった! ------------------------------------------------------------------- ☆★〜石川智健さんからメッセージをいただきました〜★☆ ------------------------------------------------------------------- プライベートや仕事上で不正を行ったとしましょう。そして、それが露見することで、法による罰則を問われる可能性がある場合、皆さんならどうされますか。素直に申し出て、裁きを受けることも一つの方法です。しかし、皆さんの近くに、不正をもみ消してくれる人たちがいたとして、不正について誰にも喋らなければ、内々に処理してあげると提案されたら——皆さんは、どうされますか。 この作品は、日本の警察組織であるK庁に、アメリカの諜報企業“リスクヘッジ社”が採用されるところから始まります。そして、リスクヘッジ社は、組織内で起きた不祥事を次々と発見し、もみ消していきます。 なぜ、日本の警察組織にアメリカ資本の企業が入れたのか。そして、どうやって不祥事を察知し、もみ消すのか。果たしてそんなことができるのか。もちろん可能です。リスクヘッジ社ならば。 駆け引きの詰まった物語になっています。楽しんでいただければ幸いです。 2014年8月22日読了
2014年09月21日
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今月の県労会議に載せて貰った映画評です。 「そして父になる」 是枝裕和監督の作品はこれまでも「歩いても 歩いても(07)」「空気人形(09)」と度々取り上げてきました。私の好きな日本人監督のひとりです。去年全国公開された邦画に限れば、私はこの作品を1番に推しています(邦画のマイベストワンは「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」なのですが、DVD化されそうにないので、ここでは紹介できません)。 是枝監督はテレビのドキュメンタリー番組出身です。よって俳優の自然な演技を重視します。特に子どもの扱いは秀逸で、「誰も知らない(04)」では柳楽優弥をカンヌ映画祭男優賞に導きました。この作品でも、野々宮慶多役の二宮慶多くん、斎木琉晴役のファン・ショウゲンくんの存在感は主役たちを喰っていました。大人たちも負けていません。日本アカデミー助演賞を受賞した相手の夫婦役のリリー・フランキー、真木よう子はもちろんのこと、主人公野々宮の妻を演じた尾野真千子も、わずかな台詞や所作からどんな人生を送って来たのかが垣間見えるものでした。 よく映画仲間からは「主役の福山雅治は大根だ」といわれますが、この作品の彼はあの不器用さ自体が役にはまっていたと思います。彼は学歴、仕事、家庭といった自分の望むものを自分の手で掴み取ってきたエリート会社員という設定です。自堕落な父親に頼らず全て自分の力で勝ち取ったのだと思っています。そしてそれを子どもにも求めようとしているのです。でも本当に彼はひとりで勝ちとってきたのか。継母や妻の力があったのではないか、彼は父親として本当に子どもと向き合ってきたのか、今回のことをきっかけとして鈍感な彼にも感じる処が増えてゆきます。 さて、本筋は子どもの取り違えという出来事に遭遇した2組の家族を追うドラマでした。子どもが6歳という微妙な設定。子どもが青年だったら、自分で親を選ばすのが筋でしょう。けれども今回は親に選択の決断が迫られます。親子関係に「なる」ために必要なのは、果たして「血」なのだろうか、「時間」なのだろうか。 回答を、作品は描いているわけではありません。ラストも「よくわからん」という人もいました。あれは「血も時間も」選んだのだと私は思ったのですが、皆さんはどう思うか。あとからじわじわくるタイプの作品でした。(2013年日本作品レンタル可能)
2014年09月20日
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9月18日、倉敷市議会総務委員会において、先日倉敷の四つの平和委員会から提出した「憲法解釈変更の閣議決定の撤回を求める意見書」の請願採択審議があり、倉敷革新懇から出された同様の請願と共に結果を見守りました。 水島平和委員会事務局長と倉敷革新懇の意見陳述のあとに質疑応答があり、自由民主クラブの森守議員からは「国会審議の中で法制局長官は政府見解を変えたわけではない、と言っているし、首相も平和的な話合いで解決する、と言っている。請願書自体に誤りがある」と反対意見を述べました。しかしその直前の意見陳述の中でそれが憲法違反になることの何の反論の保証にもならないことは既に述べており、傍聴人の失笑を買いました。 その他、保守のクラブや公明党議員からは「国政の問題であり、我々が決めることではない」という意見が次々と出ました。 青空市民クラブの平井弘明議員は「下駄を国に預けるのが我々の姿勢なのか」「人が人の命を奪う戦争はしない方がいい」「継続審査にして国の動静を見てみたい」と主張し、日本共産党の住寄善志議員は「我が党だけではなく、世論調査でも国民は集団的自衛権の解釈改憲に反対している。今回の閣議決定は憲法を壊す。国の動静を見守るというが、間違った政治をしている時には正すのがスジ」と請願に賛成の討論をしました。 結果は両請願共に継続審査1、賛成1、反対4で否決になりました。 傍聴人からは「6月議会の時には何の討論もなく否決された。今回は一時間近く討論があり、それは前進だった」「反対する議員は、自民党からマニュアルでも貰っているかのように同じことしか言わない。委員会審議は全然ケーブルテレビでも放送されない。こういう体制を直していく必要がある」等々の感想が述べられました。 私は初めて市議会の傍聴をしました。何と、8人の傍聴希望があったのに、5人が定員ということでクジ引きになったのです。定員5人て、あまりにも少ない(議員数より少ない!)他には20人くらいの市役所職員が仕事のために傍聴しており、それでもまだイスは余っていたのです。もっと開かれた市議会にするべきです! 委員会審議は当然写真撮影不可なので、先日請願を市議会に届けた時の写真を添付します。
2014年09月19日
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久しぶりに読書ノートより。夏はあまり本が読めなかった。これから読むぞ。 「お文の影」宮部みゆき 角川文庫 作者お得意の江戸の怪談話の短編集。2011年2月に「ばんば憑き」として出版された本書が珍しく3年半もかかってやっと出たと思ったら、何故か他の短編の題名を本の表題に代えて出された。 何処か物哀しく、何処か情深い。私は前回や今回の表題作よりも、次の二作がお気に入り。 「博打眼」 上手い、と思うのは博打眼の作り方。「それ」が必要になった土地の悲しい話も、「それ」を作る主体の人間の話も、遠く江戸の人間には失われている。その「悪意」はどうであれ、広がらないための人間の知恵と「狛犬」という神様の領域の知恵の共同作業で、身にかかる粉だけは振り払ったという話。宮部みゆきは、その元凶の元凶を求め、構造的に「変革」しようという意図は、これからも起きないと思う。身の丈に合った話しか作らない。だから、リアリティがある。 登土岐という土地の名前は宮部みゆきの創作かもしれないが、登土岐語は、おそらく何処かの東北の訛りをそのまま使っているのだろう。まだ読んでいないが、「荒神」に繋がる一作なのかもしれない。 「野槌の墓」 20匹ぐらいの物の怪が出て、百鬼夜行とは言えないまでも、かなり楽しい一作。柳井源五郎右衛門さんのキャラが立っている。また登場して欲しい。 「お文の影」には「ぼんくら」シリーズの、「ばんば憑き」には「三島屋」シリーズのサブキャラが登場している。マア楽しいオマケではある。 2014年9月1日読了
2014年09月17日
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城に近づくにつれ、江戸の風情が偲ばれる風景が増えて来る。この裏道なんか、街道の裏で長屋通りだったのではないかと思う。つい最近までどぶ川が流れ、板をかましていた感じ。 街道筋の城前の道に入った。完全に上級武士の家並み。いろいろと解説している説明板があったが、よくある説明なので省略。 この筋にもやはりだんじり小屋があって、お兄さんが太鼓の稽古に没頭している。 この家は曲がり角の処を家の構造として削っている。だんじりのために、曲がりやすいようにわざわざこういう作りにしたらしい。 時は既に4時半、岸和田城にもだんじり会館にも入れる時間帯ではない。休憩所という位置づけの「まちづくりの館」に入ってみた。管理人のおじさんがいて何処から来たのかね、と聞いて来た。 「岡山からなんです。もうだんじり会館は無理なんですよね」 「うーむ、そこはもう無理。そうだな〜。昨日今日と実は地蔵祭りの日なんじゃよ。岸和田には実は日本有数の大きさの地蔵様を祭ったお寺があるのはご存知かな」 「えっ?お地蔵さんのお祭だったんですか?それでいろんな所でお地蔵さんをお祭りしていたんですね」 「お祭りは日本全国でしているはずだが、それの大本尊がここにあって、いろんなことをやっているはずじゃ。行ってみるかね」 「行ってみます。でもお地蔵さんのお祭は少なくとも私の処ではやっていません」 岸和田では日本全国同じような祭りをしていると思っているようだ。他の地域ではあんな風にお地蔵さんを飾り立てたりはするんだろうか。ということで、蛸地蔵天性寺に行ってみた。そこの説明板がコレ。 信長に抵抗した悲劇の技術者集団という位置づけで、フアンも多い根来聚はここでは敵役のようだ。門外不出の起源絵が今日は飾られていた。こっそり写す。 これが天性寺である。いろんな企画は既に終わり、静かになっていた。 そこから離れて蛸地蔵商店街に向かう。こういう石垣に囲まれた細い溝は、たいてい江戸時代から続く「遺構」である。石垣の上の家はもう当時の面影はないが、こういう部分から私は「昔」を想像する。 蛸地蔵商店街のお地蔵さま。ジュースやお菓子がお供えされている。今日はいつもよりご馳走なのかな。 シャッター街と言っていい商店街でやっと見つけたたこ焼き屋「わなか」。中では厳ついお兄さん、お姉さんたちが小さなパーティーをしていた。 ここのオリジナルというたこ焼きを頼んだ。「時間かかるよ」という無愛想なおばさんに「いいよ」と言って暫く待つとタコせんべいに挟まれたたこ焼き二つが出てきた。これで100円。熱々でホクホク美味しかった。 さて、蛸地蔵駅に行こう。詳しくは説明板を読んで欲しい。 駅から南海線で新今宮まで行き、そこから青春切符を使って新大阪まで帰った。岸和田では動ける時間が3時間ぐらいしかなくて、地図を見て面白そうだった処の八割も行けなかった。正直、岸和田がこんなに興味深い町だとは思いもしなかった。今度は一日がかりで歩き通したい。出来たら来年のだんじり祭りの時ぐらいに! 新今宮まで行くのに40分ぐらいかかった。特急を選んだならば、早く着いたのだが、余分な金が必要だと思い鈍行に乗ったのだ。そこから新大阪に着くと、もう7時近く。ということで夕食は新大阪駅の近くで取った。なかなか空いている定食屋がなくて、仕方なく食べたのはなぜか北海道の鮭を使った丼です。結局今回の旅で大阪らしいものを食べたのは、蛸地蔵商店街のたこ焼きだけだった(^_^;)。 新大阪からの帰りはこういうルートでした。 20:08発 新大阪 16番線発 JR京都線新快速(米原経由播州赤穂行) 乗車:1時間10分 運賃:3,670円 21:18着 姫路 ▼乗換19分 21:37発 姫路 7番線発 山陽本線(岡山行) 乗車:1時間24分 23:01着 岡山 ▼乗換8分 23:09発 岡山 2番線発 山陽本線(福山行) 乗車:25分 23:34着 新倉敷
2014年09月15日
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コシノ洋装店の二階に上がった。「カーネーション」の冒頭場面で幼いアヤコが身を乗り出してやってくるだんじり(地車)を待っていた窓から見える風景を写してみる。正面の店は履物「忠岡屋」。木岡履物店のモデルになったらしい。その右隣は「泉州チケット店」。ここも最晩年の店のモデルになったのでは。 階段には綾子さんの追悼会に贈られた有名人の色紙がズラリと並んでいた。10枚ほどあったが、そのうちの二枚だけをアップする。あっ、もう一枚あった。最後のは黒柳徹子。 コシノ洋装店の右隣の横路に入る。「婦人服リフォーム」を掲げている家はお弟子さんの家だったのだろうか。 路地裏の至る所にあるこれは「ごんばこ」というらしい。コンクリート製のゴミ箱である。いかにも下町らしい風景。しかし具体的にどう使われているのかは不明。 町の至る所に地車(だんじり)小屋がある。太鼓とカネの音がずっと響いていて、その音に連れらて大通りに出るとこの光景だった。いつもはしまっている小屋の扉が開いて、厳(いか)ついお兄さんたちが集い、まだ化粧を施していない地車の周りで、祭の練習に余念がない。祭が近づいているのだ。町全体が浮き足立っており、私の気分に伝染し始めた。 すぐそばのヘアサロン店の貼り紙。「だんじりヘアー予約受付中」!その中味のなんと独特なこと! 「カーネーションロケ地」の看板に誘われて横路に入る。寺が連なる古い通り。厳ついお兄さんたちがやっぱりたむろしている。 祭用なのか、こういう提灯のカベが至る所に出来ていた。夜は綺麗だろうな。奥の建物は大正9年建築、旧四十三銀行。今でも現役の金融機関だ。 その通りの向かい側、欄干橋の北側の店は人形の店「西安」。今は全くだんじりグッズ店と化している。しかし本当は明治38年から100年以上続く老舗らしい。 その店から北側の通りはいかにも下町の匂いがぷんぷんとしたのだが、時間が不足している。踵を返す。この散髪屋なんか、「カーネーション」のモデルになるような雰囲気がある。 自然史博物館も時間がなくて入らなかった。その真向かいにあった御屋敷は、なんと屋根に銅板が使われている。あまりにも珍しいので撮ってみる。 ここの地車小屋はだんじりを少し道路側に出していた。だんじりの全体像が分かる。これが猛スピードで狭い町中を駆け抜けるのか。 こういうポスターも出来ている。「まつり前」。 道をくねくね歩く。私の旅は当て所なく歩くのが基本である。歩けば歩くほど、発見がある。この小道は、向かいの本瓦の家で行き止まりであるかのように見えるが、実はあそこから直角に道が曲がっている。こういう作りの道は城に近づくほどに多くなる。岡山県津山市を歩いた時にもあった、升形という作りである。敵の侵入を防ぐために城下町ではよく使われている道の形らしい。 その本瓦の屋根。入母屋造りなのだが、ここのタイプはたいてい少しだけ丸くなっているのが分かるだろうか。奈良の川の辺の道でも見た。 何か商売をしているあばら家なのだが、よくわからない。トーフ屋か、一杯飲み屋か。 ここでも地蔵様を祀っていた。
2014年09月14日
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岸和田駅。昔の面影はない。ここから私の岸和田散歩の出発。2年前の秋に名脚本家渡辺あやの作、これがキッカケで大ブレイク中の尾野真千子主演、デザイナーコシノ姉妹の母親コシノアヤコの生涯を描いたNHK朝ドラ「カーネーション」のドラマが始まった。その舞台が岸和田だった。一度来たいと思っていたのだ。珍しく降りた途端にワクワク感が半端ない。目の前に商店街アーケードがあるというのも大阪らしい。 駅前商店街に入る右側に西田クリニックという木造二階建ての白い建物があった。大正5年の建築で、建設当時の面影を大切にして再改修したらしい。コシノさんの生家だけを目当てに来たのだけど、私の大好きな古い町並みが残っている予感をこの時初めて持った。時計は「だんじりカラクリ時計」らしい。見損なった。 商店街に入ると、すぐの横路を覗いて見る。店の裏側の通りに生活感が色濃く出るからである。奥の家がかなりモダン。洋服の玄関に昭和の匂い。 勘違い。ここが生家だと思ってしまった。岸和田オハラ洋装店。今はカーネーション関連グッズを売っていた。来た方向(駅)に向けて写す。写真で分かるように、アーケードが異様に高い。昭和38年に完成。だんじりが通れるように屋根を高くしたところ、図らずも当時日本一の高さを誇るアーケードになったらしい。現在のは平成9年に完成。自然光を取り入れることの出来るスライド式天井。 すぐ近くの横路。木の塀が昭和している。 これが生家である。 駅からやって来て100m歩いた処の左側にある。店構えは綺麗にしているが、まさしくコシノ洋装店である。 店の前に昔の写真を飾ってあった。実物を見てビックリしたが、店構えがホントに小さい。でも写真を見るとこんなにも従業員がいる。信じられない。小さいけれども、服の大量生産が始まる前には本当に需要があったのだ。 店の中に入ると、コシノファミリーの展示室になっていた。昔の写真がいっぱい貼ってあった。 ふと見ると「ガレージセール」と銘打って焼き物がたくさん置いてあった。ということは、綾子さんが使っていたかもしれない小皿?洒落ているのに300円と安い。 「これは本当に綾子さんが使っていたものなんですか?」 「そうです。いろいろあるんで、少しずつ整理しているんです。焼き物もやっていたので、もしかしたら自ら焼いたものかもしれません」 「一つ買った!」 「ありがとうございます。商品買った人は無料で二階の資料室を見ることが出来るようになっています」 二階も観れるとは知らなんだ!買って良かった! 二階に上がると、テレビに出たのと同じタイプのミシンが置かれていた。 これは夏木マリさんがテレビで着たパーティ服の本物。 これは綾子さんが晩年パーティ用に着ていた本物。 晩年綾子さんが愛用していた電動ミシン。 そのミシンを使っていた机の全体像。 綾子さんの晩年のデザイン帖。ホントに一から仕立てていたんだ! あと三枚二階の写真が残っているけど、掲載限度枚数(?)になったのでまた明日。
2014年09月13日
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弥生文化博物館をあとにしたあと、隣の池上曽根遺跡を訪れてみる。国指定遺跡。大阪府を代表する弥生時代の遺跡である。この村が1番栄えたのは、弥生中期紀元前2ー1世紀だとのこと。この時期二重の環濠が村を取り巻いていた。全周約1キロ、直径約330m。 大型掘立柱建物が復元されている。上の建物の形は賛否両論、想像である。まるで神殿の ように作られた。柱は年輪年代測定法で、紀元前52年に伐られたとわかった。直径70センチ。大きさのみはあっていると思う。 神殿の中。もちろん人物など、いらないものは置いていない。 大井戸の復元。建物のそばで掘られたことに意義がある。そののちに見つかった弥生の村(吉野ヶ里や妻木晩田)と比べるとそんなに大きくはないが、拠点の巨大建物もあり、当時この地方を束ねる機能も有した村だった可能性がある。 池上曽根遺跡をあとにしたあと、岸和田に向かう。信太山駅に戻り鳳駅まで戻って南海線に乗り岸和田駅に行く方法があったのだが、実はここから歩いて南海線の駅まで行くことができることが判明。歩きは信太山駅よりも倍の時間がかかるが、電車に乗る時間は1/4ですむ。当然歩き出す。旅では歩くのが私の基本である。地域が分かるからだ。たとえば、こんな派手なお地蔵さまを祭ることをしていた。他の地域は知らず、私のところではこんな祀り方はしない。お盆だからかな~とこの時は思っていた。 この地域では入母屋造りが基本なのだが、古くて大きな家は複雑屋根にするのが流行っている。屋根を二重三重に重ねる。どういう意味があるのかはわからない。 信太山駅の周りとはマンホールの模様が変わっていた。和泉市から泉大津市へ、市を跨いで歩いて来たらしい。 割烹の玄関に「笑門」のお飾りが。大阪にしかないお飾りではないか? 駅に着く前に遅い食事にしようと決めていた。当然いくらでも食事処はあるだろうと思っていたら、本気で駅に着くまでに普通の定食があるのはここだけだった。大阪といえども、こういう所はあるのだ。大阪らしい食事をしようと思ったけど、そんな贅沢は言えない。カレー屋のラムに入る。 本格カレーである。キーマカレーセット、アイスコーヒーつき680円。美味しかった。 松ノ浜駅から3駅目に岸和田駅がある。 この日は雨を覚悟していたが、風雲怪しけれどもまだ持ちそうである。遠くに葛城山が見える。 駅について、コシノファミリーマップをゲット。こういうのが当然あることはネットで確認すみ。でも駅にちゃんと置いていてくれて良かった。これをもとにこれから岸和田散歩を始めます。
2014年09月12日
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弥生博物館の常設展を観る。ここは10年ほど前から既に写真撮影がOKになっている。日本にはそういう博物館はまだまだ少ない。20数年前にこのジオラマが展示された時には衝撃が走ったのではないか。まだ弥生人と言えば、穴蔵のような住居に火を囲んで、髭ぼうぼうボサボサの髪で、お粥のみを炊いて食べているというイメージがあった。ここに出てくる食物の豊富なこと、四畳間くらいの竪穴住居の中は明るく快適そうで、ペットも飼っていた。男は髭を綺麗に剃っているだろう。あともう少し家具を増やせば昭和20年代の茶の間の風景である。最新の「証拠」を揃えたらこのくらいのことは再現できた。最近はもっとすごいことになって来ている。 春の水田のジオラマである。鋤(すき)や鍬(くわ)で雑草や去年の稲を掘り起こし(田起こし)、足も使って土を細かく砕き(踏耕)、えぶりで田んぼを平らにする。また、水路に杭を打ち、横木を渡し堰を作る。畔の補修もする。そして田植えをする。現代と変わらない。昔は直に種をまいたのか、田植えをしたのか議論があったらしいが、岡山県百間川原尾島遺跡から稲の株あとが出て来て、最初から田植えをしていたということで落ち着いている。実際水を引いて直ぐに苗を植えることで、雑草の繁殖力に打ち勝つらしい。 秋の水田のジオラマである。弥生時代は石包丁で穂摘みで稲刈りをした。そして臼と立て杵で脱穀をする。箕を使って風にさらし、籾殻を飛ばす。 弥生土器の変遷は日本は特に詳しく調べらられている。私はさっぱりわからない。土器変遷である。下から前期、中期、後期と変わってゆく。ホントはもっと細かく編年表を作っている土器もある。これによって50年単位くらいで、その出土遺跡の年代を特定することができる。韓国ではまだこの水準に行っていない。 刺青を施した人形型土製品。魏志倭人伝において、顔に刺青をしていたと書いていたのはご存知の通り。それを証明した遺物の一つ。 顔を表現した人形型土製品と分銅型土製品。 亀井遺跡の分銅型土製品。中国、山陰、四国、近畿を中心に出土するこの分銅型土偶がどういう使い方がなされていたのかはわからない。しかしほどんどがこのように破損されて発見される。 なんらかの宗教行為があったと観るしかない。しかしその表情の独特さ。無防備さ、愛らしさは、当時の弥生人が人間としての自分たちを愛していた証拠のように思えるのは私だけか。 北河内の弥生時代拠点集落である雁屋遺跡のシャーマンだと言われている絵画土器。なぜシャーマンに見えるのか、という説明は何処にもなかった。なんか怪物のようにも見える。 弥生時代は戦争が始まった世紀でもあった。石剣の刺さった人骨。福岡県スダレ遺跡出土。特に北九州に多いのだが、弥生時代の墓からは石鏃が射込まれた人骨が100例以上見つかっている。この人骨は40代の男性。後ろから肩を抑え込まれてひと突きにされたと思われる。日本には戦争があったことは確かである。 卑弥呼の館。として十数年前に作られたジオラマ。私は違うと思う。あまりにも建物が密集している。ほとんどが会議と軍事のための建物のように思えるが、私の卑弥呼観は、戦争の時代を話し合いによって収めた人物なので、こういう武装防備をしていたら逆効果である。弥生時代はおそらくはじめて倭国全土を揺るがした戦争を始めたが、相手を徹底的に叩き潰す事ではなく、話し合いによって終わらした最初の時代でもある。この記憶は、はっきりは残らなかったが明治維新の時代にもう一度よみがえる。 大阪の代表的な弥生遺跡・池上曽根遺跡の展示館に入る。当時の池上曽根遺跡の周りの風景を再現した。大阪平野は縄文海進から次第と海岸線に水が引き始め、巨大な沼地が出来あった平野だった。この巨大な平野が大和政権を支えたのだろうか。 絵画土器。想像上の動物「龍」だと言われている。しかし麒麟みたい。 大井戸。1995年の調査で発見されて大いに盛り上がった。直径2mで、日本最大・最古の丸太くり抜き井戸である。 池上曽根遺跡の土器変遷である。上から、前3-2世紀、前2世紀-1世紀、1世紀-3世紀。 購入した書物。弥生文化博物館に来た大きな目的の一つは、ここでしか買えないこれらの図録を買うことだった。弥生時代をテーマにした図録は少ない。この10年間の研究成果が溜まっているはずだ。厳選して集めたらなんと6000円もして重さも半端なかった。二冊ほど減らして、ビニール袋も二重にして持ち帰ることにした。
2014年09月11日
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大阪府立弥生博物館の特別展「遥かなるメソポタミア 時空を超えたヒトの営み」を紹介する。夏休みの日曜日、私がこの日に来たのは11時から学芸員の展示説明があるからである。なんとか間に合った。11時、中尾学芸員がイスラムのターバンをまとって登場する。子ども受けを狙っているのかもしれないが、聴取はほとんど考古学ファンと思しき年配人ばかりだ。予想以上の人だかり。声は聞こえるが、展示品はほとんど見えない。始まる10分前に一通り観ていて良かった。中尾学芸員は、学生の頃に考古学を目指したキッカケがこの展示品だったと告白する。有名なイラク・シャニダール遺跡の埋葬人骨である。動物に食い荒らされて骨がバラバラになっていないので、埋葬されたのだと分かったらしい。そして、花の花粉が大量に発見されたことで、ネアンデルタール人にも死者を悼む気持ちがあったことが証明されたといって一挙に有名になったのである。近年になってネズミが花を持ってきたという説が有力になりつつあるという説明も付け加えた上で、中尾さんはそれでも可能性は残っていると強調する。考古学をしている人はこのロマン主義がなければやっていけないのである。もちろん、私も花粉の真相はどうであれ、初めてこの屈葬埋葬を見て、しっかりとした宗教観がなければこういう埋葬の仕方はしないと確信した。たとえレプリカでも、言葉で読むのと実際に見るのとは大きな違いである。 因みに、通常展示の写真撮影はOKだが、この特別展の撮影はNGである。説明のあとにコッソリ撮ったことを告白する。 さて、次第と人類は文明に入って行く。これはインダス文明の遺跡から出た「分銅」である。前2500-1900。パキスタン出土。加工技術のみがすごいのではない。モノの流通のために、正確に重さを計ったことがすごいのである。1番小さいのは1.80g。1番大きいのは136.11gである。 ポスター表紙にもなっている女性土偶。シリア出土。前5500年。これは座産の姿だという人もいるが、中尾さんと同じに私も手を前に組み何かを祈っている姿だと思う。縄文土偶に通じるこの姿に、弥生博物館の学芸員は注目したらしい。「直接の影響があったとは思えない。人類のDNAだとしか思えない」そう、これがわざわざ弥生博物館でメソポタミア展をした動機なのである。その着目点や、良し。 さて、日本人に伝わらなかったDNAもある。これは雷の神様バアルである。右手に持って今にも振り下ろそうとしているのは、雷なのだそうだ。思い出して頂きたい。縄文、弥生、古墳時代を通じて、日本民族は偶像を祀っていない(飛鳥時代になると、ブッダの偶像、仏を祀るようになる)。顔の形がハッキリとし、必ず「特徴」を持ち、名前を持った神をいただいてはいない。と、中尾学芸員は云う。私も賛成する。それが遂にヤハェ神とか、キリストとかを生み出さなかった日本民族の特徴なのである。土偶は神ではなかったのか、遮光土偶は神様みたいな形をしているではないか、という疑問に対してはこれから考えて行きたい(←産土神としての機能だという説が有力)。 ビックリしたのは、メソポタミアにも「器台(祭祀用の壺などを支えるためだけの台)」があったことである。シリア・テル・メイラ出土。奉献台。前2000。方形の透かしを設け、3条の刻目突帯がある。弥生後期の祭祀用の器台と酷似している。これも直接影響を受けたわけではないだろう。大切なモノは地面には置かない。高いところに盛る、という発想なのではないかと中尾智行学芸員は云う。吉備の弥生時代ファンとしては、此処には反応せざるを得ない。説明がいったん終わったあとに学芸員に質問をした。 「特殊器台のような巨大な、そして複雑な文様を持つ器台は、メソポタミアにもあったのですか?」 「無いです」即答だった。学芸員も当然そこには注目していてチェックしていたあとが伺えた。 「やはり特殊器台は、特殊なモノなのですね」と私は独りごちた。 祭祀に器台を採用するのは自然な流れであるとしても、その部分を特化して、特別なモノとして儀礼の中心部に置き、なおかつやがてそれが埴輪として世界に例を見ない巨大墓の構成部分になると云うのは、人類普遍の性格から一歩抜きん出た「革新」が必要だったのに違いない。それはある人物の体験から産まれたのか?才能から産まれたのか?それとも両方か? また、テル・ルメイラ(青銅器時代)からは支石墓も出土した。この石はわざわざ遠くから運ばれている。韓国や日本と同じである。また、中には装飾具や武器などと共に調理土器なども出た。死者と共に食事をする供養儀礼があったことが伝えられている。これも弥生時代との「時空を超えたヒトの営み」なのである。ただし、日本はやがて横穴式石室が一般的になり穴を開ける。このように解放的ではない。 「日本のトークンを探せ」と銘打ってこれを展示していた。大阪市八尾市の亀井遺跡の「土玉」である。これの役割が、長いこと分かっていなかった。しかし枝に通した状態で見つかったり、壺にまとまって入っていたりして、これがメソポタミア文明のトークン(数え駒)ではないかと言われ出したのである。メソポタミアでは、これを情報の記録化に使っていた。数を数えていれて密封することで、数の改竄を防ぐのである。亀井、雁屋、そして山陰の青谷上寺地など、他地域との交流が活発な処で見つかっているのもそれを裏付ける。メソポタミアでは5500年ほど前に発明されたトークンであり、その一つ一つが意味を持つ形状をしていたため、やがて楔形文字になっていっただろうと言われている。日本では1800年ほど前の出来事である。封泥に使った印章にしろ、トークンにしろ、「商取引」を専門にする「商人」は弥生の日本にやっと生まれつつあったのかもしれない。それまで、ヒスイや貝は日本列島の隅まで運ばれていたが、それはあくまでも物々交換原則で大量取り引きはなかったのかもしれない。これはモノとモノとのやり取りから情報と情報とのやり取りに変わりつつあった、ということで正に革命的な出来事なのかもしれない。 同じくもう一つ大きな「革新」があった。分銅の出現である。インダス文明の分銅は既に見た。正確に重さを測ることが重要だということは、商売をしている人には常識だろう。これは亀井遺跡から最近になって出土したモノ。1番軽いのは8.7g。そこから、2 、4 、8、16 、32倍の質量を持つ弥生分銅が出た。最初は用途がわからなかったらしい。しかし質量を調べて愕然とする。分銅は一個の出土ではわからない。だから、今まで見過ごされていた可能性がある。「これからの研究に期待してください」と学芸員。 流通の発達は、文字の必要性も生むだろう。実は弥生後期から文字の萌芽が始まっていた。これは岡山•南方遺跡から出た剣の模様。特別な規則があるのではないかと言われている。 壺に描かれているコレはスマイルマークではない。当時、近畿地方で広く使われていた「マーク」の一つである。どういう意味かはわからない。 そしてマーク一覧がこれである。楔形文字のように、意味は解明されてはいない。「意味を解明してください。有名になれますよ」とは中尾学芸員。 弥生博物館にメソポタミア展。その意図は十分に伝わったと思う。面白い展示で、勉強になった。
2014年09月10日
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旅レポートやっと始めます。お待たせいたしました。なんと一日で7回に分けて書かざるを得ない旅になりました。出る前は2回で済むと思っていたのですが。 8月24日(日)曇り 青春切符で行く大阪への旅の始まりである。 新倉敷〜信太山 5:45発 新倉敷 山陽本線(姫路行) 乗車:2時間 2分 運賃:4,000円 7:47着 姫路 ▼乗換6分 7:53発 姫路 5番線発 JR神戸線新快速(野洲行) 乗車:1時間 8分 9:01着 大阪 ▼乗換7分 9:08発 大阪 1番線発 大阪環状線西九条方面関空快速(関西空港行) 乗車:19分 9:27着 天王寺 ▼直通停車2分 9:29発 天王寺 15番線発 阪和線関空快速(関西空港行) 乗車:15分 9:44着 鳳 ▼乗換6分 9:50発 鳳 阪和線(日根野行) 乗車:6分 9:56着 信太山 今日はとりあえず10時開館の大阪府立弥生博物館に行くことだけを決めている。新倉敷駅前の「24時間以内なら最大700円」のパーキングに車を停めた。自転車で倉敷駅まで行くのはやはりしんどいのでここにしたのだ(倉敷駅は1000円)が、倉敷から岡山に行く間の西阿知駅は500円、中庄駅は600円、岡山駅は1600円、東岡山駅は500円だということを車窓から眺めながら確認した。これは即ちこの土地の値段の反映なのだろうか。 夏休みだからだろうか、岡山駅から立席の満杯になった。普通この時間帯でこんなことはあり得ない。日本人の若者は、叔父さんが三人座っている席には席を空けていても座らないとい非合理な習性がある。自分の身体が付くか付かないかの距離は不快であるという空間認識習性のためである。ところが、ある性別年齢だけ、これが例外となる。オバサンという種族である。三人づつ座っているむかいあわせの席に、2人組のオバサンが来ると、なんの躊躇もなく空いている二つの席に座っただけではない。岡山駅について、三人席の一つが空くとそのオバサンたちはなんの相談もしないで、1人は席をたち荷物を二つ置き、もう1人は、その荷物をどけて(満杯なので)無理やり座ろうとする人を「人がいます」と注意する役を引き受けたのである。かくては、もう1人は友だちを1人連れて来て、満杯なのに無事に席に座れるということをさぞ当然のように実行したのであった。彼女たちは、そこから辺り憚らぬ大声のお喋りが始まったのは言うまでもない。彼女たちが私と同じ日本人だとは到底思えないのだが(^_^;)。 大阪に着くと、電車が数分遅れていた。少し混乱して乗り継ぎに手間取った。 天王寺駅から鳳駅に行く電車が鈍行だった。ホントは後発の新快速に乗ればかなり早く着くのだと知ったのは、この日の最後に同じ間違いをしたあと。でも、ガラガラの電車でゆっくり行くことが出来た。お盆あとだからだろうか。お坊さんが乗っていた。ガラガラでも決して席に座らない。 鳳駅で待つ間に弥生博物館のあとの行動を思いつく。ホントは3回目のピースおおさか、2回目の大阪府立歴史博物館に行くつもりだった。でも団子屋の小屋を眺めている時に突然「カーネーション」の岸和田はこの近くではなかったかしら?と思いつく。電車検索すると、大回りして一時間でたどり着く。行き方はあとで検討することにして、念願のカーネーションロケ地巡りをすることにした。結局信太山駅に着いたのは10時30分ぐらい。 女性専用車は岡山にはない。 信太山駅から弥生博物館までの道案内表示が町の中に貼られてあった。それを辿るとこれまでで最短で着くことが出来た。思うに弥生博物館を盛り上げようという町の人たちの努力だろう。その道は、この辺りの古い家が多い。屋根は入母屋造りであるが、複雑に絡ませる処に地域的な特色があるように感じた。 この地域のマンホールは池上曽根遺跡から出た絵画土器の絵柄をモチーフにしている。真ん中に鹿と戦士、周りに神殿と明らかな準構造船を配する。トンボのように見えるのは船です。漕ぎ手が10人も居て、少なくとも12人ぐらいは乗れる。当然縄文時代からある大木をくり抜いて作った船ではなく、いくつかの部品をホゾなどの技術を使って組み立てた船だ。 というようなことに感心している間に弥生博物館に着いた。特別展は何故かメソポタミア展をしている。弥生博物館は、橋下知事になった時に廃館の危機に立った。飛鳥博物館と統合すればいいじゃないかという、ものすごい乱暴な議論だった。よくぞもちこたえた、感謝したい。 この博物館は、全国唯一の弥生時代をテーマにした博物館である。私にとっては、特別な博物館だ。私の考古学は弥生時代で行く、と決意した2000年前後以降、そのあとの5、6年間は一年に一度は訪ねていたと思う。例えば中国や韓国、台湾に行った帰り、関西空港からちょっと寄り道をするというやり方。行く度に「考古学とは、弥生時代とは何か」を学ばせてもらった。最低賃金生活に突入したこの10年ほどは四年前に大阪・和歌山を回った時に寄った1回しかない。つまりブログやFacebookで本格的に紹介するのはこれが初めてである。次回で特別展のことを、次次回で常設展のことを紹介したい。今日はなぜか入館料が無料だった。ラッキー‼
2014年09月09日
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昨晩、NHKでこんな意見を見た。 時論公論 「もたつく 消費の回復」2014年09月05日 (金) 午前0:00~ 今井 純子 解説委員 http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/sp/100/196656.html NHKの時事公論ですが、まともなことを言っていると思います。 とFacebookで言えば、知り合いが以下のように言ってきました。 消費と内需のもたつきについて表面的に解説していますが、その要因、解決するための政策課題について切り込まない「解説」レベルでしょうか。「安倍さまのNHK」ですから。 という意見をもらったので、以下のように返した私です。 いや、まともに言ったら自分のクビが飛ぶので一生懸命遠回しに遠回しにアベノミクスを批判しているのが、いじらしいくらいです。「民間エコノミスト曰く」を何度も使いながら 「実質賃金が減っているから、消費者の間で財布のヒモをしめている」「家計は二極化している」と貧乏人から搾り取り金持ちを優遇していると、とられかねない際どい話題も明らかにしているし、処方箋としては「消費の回復のスピードを上げるには、物価の上昇に追いつくよう、賃金やボーナスを継続的に増やしていくことが、やはり必要ではないかと思います。」と当たり前だけど、最も大事なことも言っている。彼女なりに頑張っているのではないかな。 「彼女」の意見とは以下の通りでした。 時論公論 「もたつく 消費の回復」 2014年09月05日 (金) 午前0:00~ 今井 純子 解説委員 消費税率が8%に上がって5カ月がたちました。増税直後、流通業界からは、「消費は、6月か7月ごろには、元の状態に戻る」という強気の見方が聞かれました。しかし、8月が終わった今になっても、消費の回復には、力強さが見られません。GDPの60%を占める個人消費の動向は、安倍総理大臣が消費税率を10%に引き上げるかどうかを判断する時の、大きな材料にもなります。消費の回復は、なぜ、もたついているのでしょうか。その背景には、家計をとりまくアベノミクスの構造的な問題があるようにも思えます。今夜は、この問題について考えてみたいと思います。 【今、消費はどうなっているのでしょうか?】 まず、消費の現状を見てみたいと思います。 ▼ こちらは、家庭の消費支出の推移です。物価の変動を除いた、実質の数字です。駆け込み需要で、3月に、大きく膨らんだあと、増税後の4月からマイナスが続いています。7月は、一年前と比べて、マイナス5.9%と、6月と比べても、落ち込みました。エアコンなどのほか、パック旅行、あるいは外食といった、かけこみやその反動とは関係のない項目でも、大きな落ち込みが目立ちました。 【8月は、まだら模様】 では、8月はどうだったのでしょうか。まだ、全体の消費を示すデータはでていません。こちらを見てください、 ▼ 全国のデパートの売り上げです。 8月分は、大手4社の速報の段階ですが、増税後、初めて、4社そろって、去年の実績を上回りました。 ▼ 一方、新車の販売を見てみると 8月は、一年前と比べて、9.1%のマイナス。消費増税の後、もっとも大きく落ち込みました。 【現場からは、明暗両方の声】 消費の現場からは、 ▼ 「数十万円する腕時計の売れ行きに、好調さが戻ってきた」「涼しくなった8月後半に、秋モノの服の売れ行きが伸びた」という明るい声が聞かれる一方 ▼ 「デパートの売り上げがよかったのは、去年の8月と比べて、客足の多い日曜日が多かったからではないか」「売れる商品の単価は上がっているが、お客さんの数が減っている」「特に、地方の回復が遅れていて、まだ本格的な回復とは言えないのではないか」そういった、慎重な見方もでています。 【回復は遅れているのでしょうか?】 消費をめぐっては、当初、流通業界、そして政府からも、「4月、5月の落ち込みは、想定内で、かけこみが大きかったことを考えると、むしろ、思いのほか堅調だ」「ボーナスが増える6月、遅くとも7月には、消費は、元の状態にもどって、本格的に回復する」と、いう声が聞かれていました。それから考えると、消費は、回復のペースがもたついていて、8月以降も、まだら模様が目立つ形になっています。日銀の黒田総裁も、きのうの記者会見で、一部、消費の戻りに弱いところがあるのは事実だという見解を示しました。 【なぜ、回復が遅れているのですか?】 なぜ、消費の回復は、もたついているのでしょうか。 ▼ 天候 多くの人が指摘をするのは、天候の悪さです。 7月、8月は、西日本を中心に、台風や大雨の日が多く、気温も低く推移しました。特に、客足の多い週末に雨が降ることが多く、買い物に出かけるお客さんが減った、また、エアコンなど夏ものの売れ行きが悪かったというのです。 ▼ 実質賃金の減少 ただ、民間のエコノミストの間からは、天候の悪さだけではないのではないか。消費者の間で、財布のひもを締める動きが広がっているのではないか。そういった懸念の声も上がっています。 その背景にあるのは、実質賃金が減っていることです。名目の賃金から、物価の影響を差し引いた賃金のことです。 確かに、大企業を中心に、賃金やボーナスが増える動きは見られます。 特に、7月は、ボーナスが大幅に増えて、働く人一人当たりが受け取った、平均の給与は、前の年と比べて、2.6%と大幅に増えました。それでも、アベノミクスによる円安の影響や、消費増税の負担で、物価は、それ以上に上がっています。このため、物価の影響を差し引いた、実質賃金は、マイナス1.4%と、依然、減り続けている状態です。 増税から、時間がたつにつれて、一か月ごとの家計の収支が厳しさを増したり、預貯金の残高が減ったりしている、という実感が重みを増して、消費を絞る動きが広がっている懸念があるというのです。 【今後はどうなるのでしょうか?】 今後はどうなるのでしょうか。 食料品の値上げが続いていますし、円安・ドル高が再び進んでいることから、物価はもう一段、上がる可能性もあります。 ただ、雇用をめぐる状況は、改善が進んでいます。 このため、消費は底堅く、一気に冷え込む心配はないというのが、政府や日銀の見方です。流通業界からも、天候が回復すれば、9月こそ、消費が本格的に戻るのではないかと期待する声も聞こえてきます。 しかし、エコノミストの中からは、実質賃金の減少が続いていることを考えると、消費の回復は、まだ遅れるのではないか。そういう見方もでてきています。もし、消費の回復が遅れ続けると、企業の生産計画に影響がでて、景気の足を引っ張る懸念もでてきます。そうした事態を避け、消費の回復のスピードを上げるには、物価の上昇に追いつくよう、賃金やボーナスを継続的に増やしていくことが、やはり必要ではないかと思います。 【家計は二極化】 その際、気になるデータが、2つあります。 ▼ まずは、こちら。安倍政権が発足した、おととし12月以後の、一世帯当たりの収入の伸び率を、地域別に見たものです。東京都区部や政令指定都市などの大都市では、物価の影響を除いた実質で、平均0.2%増えているのに対して、人口5万人未満の市町村では、4.2%減っています。 ▼ もうひとつ。今度は、年収別に、この先の収入の見通しを聞いたアンケート調査の結果です。 赤い線が年収1200万円以上の世帯。青い線が、年収300万円未満の世帯です。安倍政権の発足までは、差はあっても、同じような動きをしていました。 ですが、安倍政権の発足後は、年収1200万円以上の世帯では、このように、収入が改善していくとみる割合が一気に増えたのに対して、年収300万円未満の世帯では、逆に、悪くなっていくとみる割合が増える方向で、格差が広がりました。 【弱者への配慮が、消費底上げのカギ】 このように、家計の二極化を示すデータからは、大企業が多い都市部や株価上昇の恩恵を受けやすい富裕層と比べて、小さい企業が多い地方部や非正規社員など所得の低い世帯には、景気回復の恩恵が行きわたらず、そのため、増税の影響をより大きく受けている姿が浮かび上がってきます。デパートで高級腕時計の売れ行きが回復している一方、客足が減っている。地方の売れ行きが悪い。消費の現場でのちぐはぐな動き、そして、全体的に消費の回復が遅れている背景には、こうした収入の二極化という、アベノミクスの構造的な問題があるように思えてなりません。これを放置したままでは、消費全体の底上げ、そして、本格的な景気回復にはなかなかつながらないのではないでしょうか。 【まとめ】 おととい、第二次安倍改造内閣が発足しました。予定通り、消費税率を来年10月に、10%に上げるのか。7月から9月の経済の動向をみて、安倍総理が年末までに判断するとしています。それが、改造内閣の当面の大きな課題になります。その際には、足もとの景気のデータだけでなく、アベノミクスの恩恵を受けていない弱い立場の人たちに、どのような影響があるのか。そして、どのように配慮し、対処していくのか。それもあわせて、慎重に検討して、判断することが大事ではないかと思います。 (今井純子 解説委員)
2014年09月06日
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久しぶりにサイト「マガジン9」の「雨宮処凛がゆく!」を読んだ。この前私も注文したばかりの本のことを書いていた。素晴らしい書評にもなっていると思うし、今私が思っていることを代弁もしているのでそのまま載せて今日は誤魔化したい(^_^;)。今日は青春切符最後の旅で、道後温泉に行ってきました。レポートはずっとあとになると思います。 第307回 健康で文化的な最低限度の生活。の巻 8月29日、久々に「朝まで生テレビ」に出演した。 テーマは「アベノミクスと日本人の幸せ」。 安倍政権発足から1年と8ヶ月。景気回復とか成長戦略とかいろいろ騒いでいるものの、実際はどうなのか? ということについて議論した。 例えば有効求人倍率。こちらは1.1倍と「22年ぶりの高水準」になったと騒がれている。が、正社員に絞ると求人倍率は0.68倍。また、「雇用が増えた」と言われるものの、安倍政権になってから、正社員は48万人減り、非正社員は80万人増えているという現実がある。 一方で、「人々の実感」の方はどうなのか。「景気が良くなった」と一部メディアが煽り続けているものの、最近発表された国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」と回答した世帯は59.9%。また、昨年の平均所得は537万円と過去25年間で最低。更に昨年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、貯蓄ゼロ世帯は31.0%。前年比5ポイント増なのである。 そんな「朝生」で、「アベノミクスは日本人を幸せにすると思いますか?」という視聴者アンケートがあったのだが、その結果には「やっぱり」と思わず頷いた。 「幸せにする」と答えたのは19%、「幸せにしない」と答えたのは75%。やはり多くの人がアベノミクスに疑問を抱いていることが明らかになったのであった。 さて、そんな朝生出演と同日、ある漫画が出版された。 それは柏木ハルコさんの『健康で文化的な最低限度の生活』(小学館)。週刊ビッグコミックスピリッツにて連載が始まった時から私の周りでは話題となっており、読んでいたのだが、このたび一巻が発売されたのである。 内容は、新人ケースワーカーの奮闘記。「東京都東区役所」に就職した主人公・義経えみるが「生活課」に配属されるところから話は始まる。 配属そうそう、自分が担当するのが110世帯もあると知って驚愕するえみる。複雑な生活保護費の計算などに戸惑いつつも、上司や同僚、生活保護を受ける人たちから、さまざまなことを学んでいく。 そんなえみるが配属してすぐ、ある事件が起きる。きっかけは、受給者・平川さんからの一本の電話だった。 「これから死にます」「これ以上 役所にご迷惑おかけして生きるのもしのびないので…今まで長い間ありがとうございました」。それだけ言って切れてしまった電話に驚いたえみるは、近所の彼の親戚に伝えるものの、「あーそれいつものことなんですわ」と取り合ってくれない。「もう狼少年みたいなモンなんで放っておいてもいいですよ」。念のためもう一度電話したものの、電話は留守電。メッセージを吹き込んで帰宅したものの、平川さんはその日、近所のビルから飛び降りて死んでしまう。 翌朝それを知り、ショックを受けるえみるに先輩ワーカーが声をかける。 「どうしようもなかったよ この場合…て言うか、正直この仕事してるとたまにこういうことあるから」 そうして先輩ワーカーは苦笑いしつつ、続けるのだ。 「まっ ここだけの話、1ケース減って良かったじゃん」 自分が担当する受給者が減るということは、ケースワーカーの負担の軽減を意味する。ただでさえ、新人なのに110世帯も担当しているのだ。その上、配属されたばかりのえみるは平川さんには会ったこともない。 「そっか…そうだよね」 先輩の言葉に、えみるは救われる。しかし、平川さんが住んでいた部屋を訪れたことによってその気持ちは変わっていく。綺麗に片付いた部屋、趣味の本、平川さんが輝いていた頃の写真。また、部屋からは生活の工夫をし、生きる努力をしていたことがさまざまなディテールから伝わってくる。 「1ケース減って良かったじゃん」 さっき言われた言葉が、えみるの頭をふとよぎる。 そうして彼女は、思うのだ。 「110ケースあろうが…国民の血税だろうが…ダメだ。それ…言っちゃあ、何か大切なものを失う…気がする…」 この漫画には、「生活保護」を巡るさまざまな問題が描かれている。 ワーカー1人で110世帯というような「現場の人手不足」はもちろん、心を病んでしまったシングルマザーや薬物依存の後遺症に苦しむ人、バブル時代はお金持ちだったと豪語する人、借金に苦しむ人など様々な受給者が登場する。そこから浮かび上がるのは、ありとあらゆる人が、本当にいろいろな原因で生活保護という最後の砦に辿り着くという現実だ。私までもが「自己責任」と眉を顰めたくなるような人もいる。反対に、誰もが応援したくなるような人もいる。しかし、どのケースも決して一筋縄ではいかない。えみるだけでなく、同僚も奮闘し、自問自答しながら仕事を続けている。 生活保護問題に関わりだしてから、ずっと思っていたことがある。それは「生活保護のケースワーカーが憧れの職業になればいいのに」ということだ。この漫画には、生活保護の部署に配属された新人たちが、「ハァー? 何でいきなり福祉?」「まあ2〜3年の辛抱だね」「確かにちょっと気が重いね…しょっぱなから生活保護なんて」とぼやくシーンがある。そうなのだ。「命の最後の砦」であるというのに、現場の職員からは敬遠されている部署。そうなると、仕事になかなか誇りを持てない。そんな現場の空気が「水際作戦」の横行なんかにもどこかで関係しているのではないだろうか。 が、「憧れの職業」であれば、きっと違法な対応などはなされない。常に注目されていれば、おかしなことはできないからだ。 というかそもそも、私自身はケースワーカーは充分にカッコいい仕事だと思う。「命を救う最後の砦」にいるというのは、それだけで誇れることだと思うからだ。ちなみに私はこの数年、「カッコいいケースワーカー」さんをたくさん見てきた。しかし残念ながら、「やる気のないケースワーカー」「困窮者をあからさまに上から目線で見るケースワーカー」も多く見てきた。この漫画にも、どちらのワーカーも登場する。 現在、生活保護受給者は215万人。内訳は、高齢世帯45.5%、障害・傷病世帯29.4%、母子世帯7.1%、その他世帯18.1%。高齢世帯の割合は年々増え続けている。生活保護の問題は、高齢化問題でもあるのだ。 生活保護バッシングが始まって、長い年月が経った。そんな中出てきた、「新人ワーカー」の葛藤を通して生活保護の現場を伝える漫画。この作品は、生活保護という制度が「良い」とか「悪い」とかではなく、ありのままの現実を描こうとしている。 ぜひ、多くの人に読んでほしい。
2014年09月04日
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こういう「後追い記事」は貴重である。事件は人間が起こす。少しでも人間の輪郭がわかれば、社会で今何が起きているのかが少しでも分かるだろう。 支援活動で関わった約200人のうち、20人近くが家に引きこもったまま、孤独死した。自殺も3人いた。「男性も社会とのつながりを失い、閉塞(へいそく)感を抱えていたのではないか。最後に自分の存在を知らせたい、そんな心境にあったのでは」と推し量った。 2009年末の派遣村は、多くの県で同様の取り組みがなされた。私も岡山県で少し手伝った。「生活保護は自分とは関係ない。なぜなら、私には様々な事情があるから」と思っていたホームレスがいかに多かったことか。そういう人たちに、貴方にも「健康で文化的な最低限度の生活」をする権利はあるんですよ、と納得してもらうのに何日も要した人が多くいた。埼玉では、そうやって関わったうちの一割が引きこもりになり、3人が自殺しているという現実に私はショックを受けた。 とりあえず、そういう「背景」があることがわかった。そのことと、集団的自衛権の解釈改憲の閣議決定に抗議しての焼身自殺にどういう因果関係があるかは、まだわからない。 韓国での焼身抗議自殺は多く出ていて、日本では出ていない。だから、やっても無駄だという意見がある。無駄かどうかは別として、私もその方法は取るべきではないとは思う。しかし一方で、日本では本当にこういう伝統は無いのか、ということにつては意見を保留したい。かつて日本思想史研究室で私の好きでなかった教官は相楽良の葉隠研究に没頭していて、一度「切腹にも忠による犠牲の部分と抗議の部分、二面がある」と言っていた。百姓一揆も、磔になることで抗議を貫き通す面はなかったか。今回、警察が捜査情報を極端に隠しているのも、その辺りに危機感があるからではないのか。 閑話休題。 今度の名前すら出ていない焼身自殺を図った人の、その人生を考えることは、日本の現代と未来をも考えることなのかもしれない。 衝撃の現場、今は素通り 集団的自衛権に抗議、焼身自殺未遂から2カ月 2014年09月02日05時00分 集団的自衛権の行使を認める閣議決定の2日前。東京・JR新宿駅南口の歩道橋で63歳の男性が焼身自殺を図った。集団的自衛権の行使に反対する演説をした直後だった。歴史的な転換となる決定から1日で2カ月。男性の足跡と今を記者がたどった。 日曜日の昼下がり。背広を着た痩せぎすな男性が地上約10メートルの歩道橋鉄枠上であぐらをかき、拡声機を構えた。「集団的自衛権の行使容認は憲法違反」。約1時間、手元の紙を見ながら演説した後、ペットボトルに入れたガソリンをかぶってライターで火をつけた。 消防隊に救助され一命は取り留めたものの、全身やけどを負った。 夏物セールの買い物客らで人だかりができ、通りを埋めた人たちが撮った画像がツイッターなどで拡散した。「強烈なメッセージ」「共感しない」。ネット上には賛否の書き込みがあふれ、現場に花を手向ける人もいた。 CNN、BBCなどの海外メディアもこぞって報じ、憲法の平和主義と集団的自衛権の関係を説明したり、「焼身自殺による抗議は日本では極めてまれだ」と伝えたりした。 6月29日のことだ。 ◇ ◇ さいたま市桜区に男性の自宅はあった。3階建てのワンルームマンション。部屋はカーテンが閉じたままだ。同じ階にある別の部屋に入れてもらった。バス・トイレ付きの6畳一間。家賃は4万円台だという。 住民(67)によると、男性は一人暮らしだった。近所の住民たちと交流せず、入居してから約4年半、一度も声をかけてくることはなかったという。「こちらからあいさつをしても返さない、影のある人だった」 毎朝5時過ぎ。男性は大きな袋を二つ抱えて自転車で出ていった。この住民は、JR大宮駅のホームでゴミ箱から漫画雑誌を拾い集める男性を見かけたことがあるという。 7月半ば、記者は朝の大宮駅で雑誌用のゴミ箱を物色する初老の男性に話を聞いた。ここで雑誌拾いをしていた人を知らないか――。焼身自殺を図った男性の名前を伝えた瞬間、この男性は驚いた様子を見せた。 5年ほど前まで新宿で雑誌拾いをするホームレス仲間だったという。コンビニで酒とつまみを買い、2人で語らうこともあった。競艇や競馬の予想などたわいもない会話。社会や政治への不満も聞いたことがなかった。 「彼の背広姿なんて見たことない。人間が変わっちゃったのかと思った」 ◇ ◇ 過去の新聞記事に男性の名を見つけた。リーマン・ショック後の2009年12月、大宮駅近くで開かれた生活困窮者向けの無料相談会の記事だった。白内障でタクシー運転手をやめて安定した職に就けず、路上生活になった、とあった。 相談会に協力した市民団体「反貧困ネットワーク埼玉」のメンバーを訪ねた。男性は生活保護を申請したが、「親族を頼れないか」「まだ働ける」と役所に追い返されたと語ったという。弁護士ら専門家が同行して交渉し、申請が通った。ワンルームマンションの住まいもこのときに得た。 支援活動をする高野昭博さん(59)も元ホームレスだ。男性と同様、相談会がきっかけで一時期、生活保護を受けていた。「家でも外でも一人。自立できない情けなさ、保護打ち切りへのおびえ……。保護を受けて数年目が危ないんです」 支援活動で関わった約200人のうち、20人近くが家に引きこもったまま、孤独死した。自殺も3人いた。「男性も社会とのつながりを失い、閉塞(へいそく)感を抱えていたのではないか。最後に自分の存在を知らせたい、そんな心境にあったのでは」と推し量った。 ◇ ◇ 集団的自衛権や平和への思いを知る人には行き当たらなかった。本人は都内の病院の集中治療室にいて面会謝絶。新宿署によると、自宅に関連する本などはなく、思想性をうかがわせる証拠や証言は得られていない。40年ほど前に離婚して妻子と別れた。故郷・青森の親族も「縁を切っている」と答えたという。 あれから2カ月。 集団的自衛権関連の法案は秋の臨時国会には提案されず、来春の統一地方選後の通常国会に先送りされる見通しになった。 ツイッター上では今も、「焼身自殺を図った人はどうなったのだろ」などと気遣うつぶやきが散発的に投稿される。だが、街行く人は誰ひとりとして歩道橋を見上げなかった。橋の真下で宝くじを売る男性(69)が言った。「もう話題にする人もいない。何事もなかったかのようだよ」。歩道橋にはかすかにすすけた焼け跡が残っていた。(井上恵一朗) ◆キーワード <集団的自衛権をめぐる現状> 安倍政権は集団的自衛権の行使など、安全保障に関わる法案を来年の通常国会に一括して提出する方針だ。法案は自衛隊法、武力攻撃事態対処法、周辺事態法など、十数本にのぼる見通しだ。一方で日米両政府は年末をめどに、自衛隊と米軍の基本的な役割分担を定める「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の再改定作業を進めている。
2014年09月03日
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8月に観た作品の後半です。「STAND BY ME ドラえもん」「イントゥ・ザ・ストーム」「シャレード」「トランスフォーマー/ロストエイジ」の四本。 「STAND BY ME ドラえもん」 私はオバQとパーマン世代であり、ドラえもんに思い入れは一切ない。だから、あざといぐらい泣かせの作品だったが、一粒たりとも目から水は出なかった。美術は一生懸命やっていて、それを見るのは楽しかった。 脚本に⁇ばっかしだった。最大は、ドラえもんはどうして雇い主の存在を消してしまう「のび太をしずかちゃんと結婚させる」というプログラムに容易にOKを出したのか?のび太の孫の孫は、明らかにその危険性があったのに、ドラえもんを置いていったのか? なんか、かあるく醒めてしまうんですけど。 (解説) 何をやらせても冴えない少年のび太の前に現れたのは、22世紀から来たのび太の孫の孫セワシと、ネコ型ロボット・ドラえもんだった。のび太の悲惨な未来を変えるため、お世話係として連れて来られたドラえもんだったが、乗り気じゃない。そこでセワシはドラえもんに<成し遂げプログラム>をセットして、のび太を幸せにしない限り、22世紀に帰れなくしてしまう。果たして、のび太は幸せになり、ドラえもんは22世紀に戻れるのか―― 監督 八木竜一、山崎貴 声の出演 水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一 in TOHOシネマズ岡南 2014年8月21日 ★★★☆☆ 「イントゥ・ザ・ストーム」 竜巻が去ったあとの瓦礫を見ると、どうしてもその週に広島を襲った厄災を重ね合わせて見てしまう。 「一生に一度の嵐が、今は一年に一度やってくる」 地球的な規模で、映画が現実をトレースしていることを証明して見せることで、特別な作品になったのかもしれない。 主要登場人物たちが全員、ストームチェイサーやYouTubeヒーローや、25年後のタイムカプセルなどの動機でビデオを回しているのも、前回の竜巻映画とは大きく違う処である。 風速135mのあり得ない竜巻の中に入った映像は、やはりこの作品のクライマックスであり、あの一瞬の「美しさ」はやはり体験をオススメしたい映像だ。しかし言いたいのは、これは映画の中でのみにして欲しい。こんなの現実に起きたらたまらない。 「こういう時に、私や君のような、普通の人間が素晴らしい働きをする」 そのことも、私たちはよく知っているのだから。 ■ あらすじ 直径3,200メートル、秒速135メートルというこれまでにない規模の巨大竜巻がシルバータウンの街に襲来する。炎に包まれた巨大竜巻が猛威を振るい、ジャンボジェット機すら飲み込む威力を前に、住民たちはシェルターに避難。一方で、竜巻を追跡する観測者ストームチェイサーや、最愛の人を守り生き残るため危機的状況を打破しようと模索する人々もいて……。 ■ 解説 史上最も規模が大きい竜巻に襲われた人々の死闘を描くディザスターパニック。ジャンボジェット機も簡単に飲み込む直径3,200メートル、秒速135メートルもの巨大竜巻が襲来するさまを、臨場感あふれる映像で映し出す。メガホンを取るのは、『タイタニック』『アバター』などに携り、ジェームズ・キャメロン監督からの信頼も厚い『ファイナル・デッドブリッジ』などのスティーヴン・クォーレ。出演は『ホビット』シリーズなどのリチャード・アーミティッジら。 ■ キャスト リチャード・アーミティッジ、サラ・ウェイン・キャリーズ ■ スタッフ 監督: スティーヴン・クォーレ 脚本: ジョン・スウェットナム in movix倉敷 2014年8月23日 ★★★★☆ 「シャレード 」 初めて観た。始めはコメディサスペンスで、軽いな~と思っていたのですが、なんのなんの、二転三転する筋書きに、おしゃれな台詞、パリの観光、ヘップバーンの場面ごとのファッション、ケリー・グラント、ウォルター・マッソー、ジェームズ・コバーンなどの豪華俳優陣、中味は知らなくても曲だけは知っている主題曲、とものすごいエンタメ作品だった。ヒロインが都合よく恋に落ちるのもアイドル映画としては、許されるベキだろう。 まるでエンタメ映画の教科書のような作品。 途中の展開は見たことあるようなモノだったけど、最後のオチだけは予想がつかなかった。 (解説) 連続殺人をめぐってのミステリー・コメディ。製作・監督は「パリの恋人」のスタンリー・ドーネン、脚本はピーター・ストーン、撮影はチャールズ・ラング。音楽は「ティファニーで朝食を」でオスカーを獲得した作曲ヘンリー・マンシーニ。出演者は「噂の二人」のオードリー・ヘップバーン、「ミンクの手ざわり」のケーリー・グラント、「脱獄」のウォルター・マッソー、ジョージ・ケネディ、「大脱走」のジェームズ・コバーンなど。オードリーの衣裳はジヴァンシー、タイトルデザインをモーリス・バインダーが担当した。 (あらすじ) 友人とのスキー旅行の途中でレジーナ(A.ヘップバーン)は離婚を決意。だが、帰宅した彼女を待っていたのは夫の死であった。さらに、夫が戦時中に軍資金25万ドルを3人の男たちと横領した挙句、仲間を裏切り1人だけ抜け駆けしていた事実を聞かされる。たちまちレジーナは3人から脅迫を受けるはめに。そこで、スキー旅行で心惹かれたピーター(C.グラント)に助けを請うが、彼もまた3人と顔見知りのようで……。 監督 スタンリー・ドーネン 出演 オードリー・ヘップバーン、ケイリー・グラント [ シャレード 上映時間: 113 分 ] in TOHOシネマズ岡南 2014年8月28日 ★★★★☆ 「トランスフォーマー/ロストエイジ」 ジェット・コースターのような作品を3時間近く観続けるのは、流石にチョッチ疲れた。 香港のエレベーターで助けてくれたイケメンのお兄さんは何だったんだろ。細かい処にいろんなハテナがある典型的なB級映画。 (あらすじ) 6500万年前に絶滅した恐竜。その真相は、"ダイナボット"という名の彼らだけが知っていた。現代。人類存続をかけたディセプティコンとの戦いから3年が過ぎ、政府はオプティマスたちの反乱を恐れ、オートボット狩りを開始する中、彼らは車の姿で隠れていた。その頃、人類滅亡を目論む新たなディセプティコン、ロックダウンが巨大な宇宙船とともに地球に襲来。謎の第3勢力、ダイナボットたちも甦り、オプティマスは捕獲されてしまう。人類滅亡のカウントダウンが始まる中、勝ち目のない地球最大の侵略にオートボットと人類は、どうやって挑むのか? 監督 マイケル・ベイ 出演マーク・ウォールバーグ in TOHOシネマズ岡南 2014年8月28日 ★★★☆☆
2014年09月02日
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8月は例年夏休み映画の月であり、観るべき作品はなくなるというのが通例。しかし観ようによっては光る処もあるという作品が散見した(^_^;)。観た作品は8作品。 「幕末高校生」 ダメでした。タイムスリップものをするのならば、一つのウソの後の99%を本当らしく見せないと。テレビドラマみたいな安っぽいものになってしまった。女性教師が、本来の教師の役割に目覚めるのもなんだかわざとらしい。勝がやはり免許皆伝の腕前だと見せるために、どうして桜まで散らしてあんなあり得ないわざとらしい立ち回りを、しかも延々と見せるのか。信じられない。 唯一良かったのは勝のこの言葉。 「未来はいろいろ進歩しているみてぇだが、人の心はひとつも進歩してねぇみてぇだな」 どうも古臭い話だな、とおもったら眉村卓の原作。もちろん、原作は誰であれ古臭く見えたのは、脚本家と監督の責任である。どうしてこの話を現代に作ろうとしたのか、どうもピンとこなかった。 ■ あらすじ 1868年、幕末期の江戸。迫り来る新政府軍と幕府軍の戦闘を避けたいとする勝海舟(玉木宏)は、新政府軍参謀・西郷隆盛(佐藤浩市)に和平交渉の使者を送る。その返事が来ないことに気をもむ中、彼は幕府が捕らえた未来からやって来たと言い張る女教師・未香子(石原さとみ)と教え子・雅也の面倒を見ることに。一方の未香子は自分たちと一緒に江戸時代へとタイムスリップしたほかの教え子を捜して未来に帰ろうとするが、目の当たりにしている出来事が史実と違うことに大きな不安を抱く。 ■ 解説 『MW-ムウ-』などの玉木宏とテレビドラマ「失恋ショコラティエ」などの石原さとみが主演を務めたSF時代劇。幕末期の江戸にタイムスリップしてしまった高校教師とその生徒たちが、勝海舟や西郷隆盛などと対面しながら未来である現代へと戻ろうと奔走する。メガホンを取るのは、『体脂肪計タニタの社員食堂』などの李闘士男。『ザ・マジックアワー』などの佐藤浩市をはじめ、川口春奈、谷村美月、柄本明らバラエティーに富んだ顔ぶれが共演。奇想天外な物語に加え、幕末期を再現した美術も見もの。 ■ キャスト 玉木宏、石原さとみ、柄本時生、川口春奈、千葉雄大、谷村美月、吉田羊、渡辺邦斗、柄本明、隆大介、山崎銀之丞、伊武雅刀、石橋蓮司、佐藤浩市 ■ スタッフ 監督: 李闘士男 脚本: 橋部敦子 原案・協力: 眉村卓 主題歌: ナノ in movix倉敷 2014年8月3日 ★★☆☆☆ 「her/世界でひとつの彼女」 近未来も近未来、もしかしたら5年後ぐらいのロサンゼルス、対話型OSは既に実用化されて、遂には感情を持った人工知能(AI)型OSが開発されていた。幼馴染の妻と離婚しようとしているセオドアは、淋しさのあまり彼女サマンサを手に入れる。 OSとの恋愛は成り立つか。そういう刺激的な「?」を挟みながら、男と女の問題は、常に「会話」によって進展もし、壊れもすることを、改めて証明してしまう作品になった。何しろ相手は実態がないのだから、会話しかないのだ。けれども「お互いの思い出の写真が撮れないのだから、思い出の曲を作ったわ」というサマンサの行為は、あり得ないようで、あり得る恋愛の姿だと思う。 セオドアには、前妻との楽しかった思い出だけがある。けれども、実際に会えば直ぐに喧嘩別れしてしまう。「あなたにはリアルな恋愛はできないのよ」と前妻からは「堪える」一言を貰ったりする。 本当の回答は得られないけれども、やはりOSとの恋愛は成り立たないのではないか、と思わせるのは、人類のここまでの想像力の限界なのかもしれない。 ホアキン・フェニックスが腹も出てすっかり大人な男になっていてビックリ。エイミー・アダムスも大人な女性で、これは大人な男女しかわからない恋愛指南映画の気がする。もちろん、スカーレット・ヨハンソンは大人で色っぽい声でした。ルーニー・マーラーもすっかり見違えた。 スタッフ 監督・脚本: スパイク・ジョーンズ 製作: ミーガン・エリソン 撮影: ホイテ・ヴァン・ホイテマ 美術: K・K・バレット / ジーン・サーデナ 衣装: ケイシー・ストーム 音楽: アーケイド・ファイア / オーウェン・パレット / カレン・O キャスト 出演 ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド(声の出演)スカーレット・ヨハンソン、スパイク・ジョーンズ inシネマクレール 2014年8月10日 ★★★★☆ 「るろうに剣心 京都大火篇」 どんなに向こうが卑劣な方法と暴力で向かってこようとも、(切り殺すことは不可能な)逆馬刀を握って離さない。どこまでそれを貫けるか、ということをここまで大袈裟に描く。そこに、憲法9条を持った国としての運命があるのではないか。果たしてそういう気がしてきた。 京都へ行く前の、村でのエピソード。剣心の親兄弟を殺された少年への台詞に、死刑制度を含めた昨今の「報復主義」への見事なNOの論理がある。 刀匠が遺した刀へのメッセージが、やはりこの作品のテーマであろう。 ■ あらすじ かつて人斬り抜刀斎と呼ばれた伝説の人斬り、緋村剣心(佐藤健)。刀を置き、平穏な生活を送る剣心は、ある日、剣心から影の人斬り役を引き継いだ志々雄真実(藤原竜也)が京都でその名をとどろかせていることを知る。政府が派遣した討伐隊は志々雄を前に成すすべがなく、最後の望みとして剣心に白羽の矢が立つ。志々雄の野心を阻止すべく、剣心は京都へ向かう。 ■ 解説 和月伸宏原作の人気コミックを基にした2012年の前作に続き、原作のクライマックスともいうべき「京都編」を前後編で実写映画化したアクション大作の前編。日本制圧をたくらむ強敵を倒すべく京都へと向かう、人斬り抜刀斎こと緋村剣心の活躍を描く。主演の佐藤健やヒロインの武井咲らが引き続き出演するほか、剣心の宿敵役の藤原竜也や伊勢谷友介らが新たに登場する。監督は、前作と同じくテレビドラマ「龍馬伝」や『ハゲタカ』などの大友啓史。迫力満点のスケールと驚異的なアクションに目を奪われる。 ■ キャスト 佐藤健、武井咲、伊勢谷友介、青木崇高、蒼井優、神木隆之介、土屋太鳳、田中泯、宮沢和史、小澤征悦、滝藤賢一、三浦涼介、丸山智己、高橋メアリージュン、福山雅治、江口洋介、藤原竜也 ■ スタッフ 原作: 和月伸宏 監督・脚本: 大友啓史 脚本: 藤井清美 音楽: 佐藤直紀 in movix倉敷 2014年8月15日 ★★★★☆ 「バトルフロント 」 全世界発信映画ではなく、アメリカ人のための地域発信映画という雰囲気。麻薬業者が当たり前のように蔓延るアメリカではあるが、それは当然違法であり、優秀な国際警察も存在する。しかし一方で、強力なギャングもいるし、地方には地道に麻薬を作っているチンピラもいるのである。その辺りの力関係がよくわかる作品だった。表面的にはリーアム・ニーソンばりの娘のためならなんでもするマッチョ男を配してはいるが、そういうアメリカ保守層が喜ぶ作品とは、一線を画していた。 黒人社会にはチンピラの目こぼしをしていると映っていた地域警官が実は正義感を持った警官だった。という描き方が抑制が効いていて秀逸だった。 ウィノナ・ライダーに全く気がつかなかった。ホントに役そっくりに寂れた女になった気がする。 (解説) 娘に手を出す奴には容赦しない。忍び寄る脅威に、男は怒れる凶器へと変貌する!元麻薬潜入捜査官フィル(ジェイソン・ステイサム)は、一人娘マディの為に、かつての危険な仕事も過去も忘れ、亡き妻の田舎で再出発を決意する。そんな親子に目をつけ、不穏な動きを見せる麻薬密売人ゲイター(ジェームズ・フランコ)。裏で町を牛耳る彼は、ある思惑のため親子を陥れていく。平穏な暮らしを望むフィルだったが、最愛の娘に危険がせまった時、彼の怒りはついに臨界点を超える。問答無用、容赦なしに迫りくる脅威から、たった1人、娘を守ることができるのか―?※PG12 監督 ゲイリー・フレダ― 出演 ジェイソン・ステイサム、ジェームズ・フランコ、ウィノナ・ライダー、ケイト・ボスワース、フランク・グリロ、イザベラ・ヴィドヴィッチ in TOHOシネマズ岡南 2014年8月21日 ★★★★☆
2014年09月01日
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