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「卑弥呼は近江か出雲か吉備か」澤井良介 田中文也 若井正一 TSCテレビせとうち 民間古代学者による邪馬台国論争の本である。お三方なかなか勉強をされていて、既に本も出されている方ばかりなので、素人の私に批判とかは出来ない。 でもまあ、感想としては「参考程度に心に留めておきたい」というものであった。そもそも、間違いであるとは誰も言えない。「間違いでない説」が証明されていないからである。 シンポジウムの記録なので、最後にお三方がそれぞれを二問づつ質問する。それによって、三人ともに理論にまだまだ隙があることが明らかになる構成になっていた。ただし、吉備から邪馬台国の源が出来たという「私の説」に最も近いのは、当然吉備説を唱えている若井氏の説なので、概略のみメモしておきたい。 卑弥呼の墓は向木見型特殊器台の鯉喰神社弥生墳丘墓である。都は津寺遺跡の辺りになる。しかし東遷説は誤っている。中国文献に東遷説は出て来ない。中国と密接な九州や吉備が大和王家になったとすると、空白の四世紀に説明がつかない。四世紀末の段階で、大和王権が漢文音痴だったことの説明もつかない。反対に記紀に大和征服記述あらり。卑弥呼・トヨに相当する女帝が記紀の皇統譜に存在しない。よって、この時大和は狗奴国であり、箸墓古墳の主はヤマトトトモモソビメノミコト(孝霊天皇の皇女)である。266年以降、狗奴国によって吉備国は滅ぼされた。崇神天皇の墓は西殿塚古墳になる。狗奴国・大和王権はその後、中国王朝の指導下ではなく、独自に国作りを進める。外に開くか、内を固めるかは、そのあとの日本の宿命的な政策になった。 私は古墳時代の初期はかなり朝鮮の文化を輸入していると思っているのだが、その辺りを若井氏がどう考えているかは不明である。 2014年4月10日読了
2014年04月30日
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今日はいた。良かった。 「こんにちは。先週の日曜日、おられなかったでしょう?どうされたのですか?」 「実は体調を崩して休んだんです。土日で人が来られることは分かっていたんですが、無理しちゃいけないと思って。すみませんでした。」 「いや、今大丈夫ならば、良かった。消費税が上がって、50円値上げになったけど、売り上げはどうですか?」 「幸い、いつも買ってくれる人には影響はないみたいです。たまに買ってくれる方にどうなのかは、わからないですけど」 「私、今まで共同購入で二冊買っていたんですけど、今度から四冊になりました」 「ホントにありがとうございます!そうやって広げて頂いて嬉しいです」 というわけで、ビック・イシュー237号ゲットしました。今回のスペシャルインタビューはケイト・ブランシェット。最近10年、ロール・オブ・ザ・リングシリーズ以外では出てなかったので、出演作に恵まれなかったのかな?と思っていたが、そうではなかった。彼女は結婚して活動拠点をオーストラリアに置き、演劇を中心に活躍していたのだ。そうして今年から一回り大きくなって映画界に戻って来た。復帰早々「ブルージャスミン」でアカデミー主演女優賞を獲ったのはご承知の通り。 もう一つの特集は「暮らしの源 里山の風景」。「里山資本主義」で紹介された「最新の取り組み」については既にいろんな処で、注目されているけど、ここに紹介されているのは、縄文の昔から大切にされて来た農業の在り方である。一言で言えば、「循環型農業」。 そこそこ儲ける仕組みを作って、里山の保全に道筋をつけた大阪府南河内の里山倶楽部。痩せた関東ロームの土地を江戸時代から開墾、ヤマの落ち葉を活かして作り上げた循環型農業の埼玉県三富落ち葉野菜研究グループ。 ベトナム、中国、インドネシア、バリなどの日本と見紛うような里山の風景を研究している養父志乃夫さんはこういう処を「里地里山文化」という。「米を主な主食とし、自給と循環、集落の民、そして家族の協同と相互扶助によって暮らしを持続させる文化」。 始まりはいつか? 弥生時代初期から奈良時代初期までの約1000年間に大陸から列島に渡った渡来人は約150万人。彼らは日本に稲作を伝え、三内丸山のような「縄文里山」から、より洗練された里地里山文化を生み出していった。以来日本は昭和20-30年まで、米を食べ、水・燃料・生活資材などを自然の再生と再利用によって、自給自足する里地里山文化が続いてきた。田畑の作業は家畜と人力、肥料は、草山からとった刈敷や人・家畜の糞尿で、藁は草履などの生活雑貨になり、ゴミになるものは一切出ない徹底した循環社会だった。という。 渡来人たちの素晴らしいのは、軍隊を育て土地を奪い取ることに血道を作ったのではなく、狭い土地をいかに有効利用するか、そこに「闘い」を見出した処にあると思う。そもそも日本に広い土地はなかったのだから。
2014年04月29日
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「古代国家はいつ成立したか」都出比呂志 岩波新書 たいへん刺激に富んだ本だった。最近は新書も図書館で借りる事が多かったのだが、これは一目惚れで購入した。私の目の確かさを褒めてあげたい。借りていたならば、付箋紙だらけになって、結局もう一度本屋に走らなければならなかった処であった。 学んだことを書こうとしたならば字数制限を超えるので、著者の問題意識のみをメモしておく。 著者が国家について考え始めたのは、戦中子供時代の空襲体験と戦後苦労した母親の「国は信用ならない、日の丸は見るのもいや」という言葉だったらしい。考古学少年だった都出さんは、しかし当時の考古学学会が皇国史観を内部で反省していなかったことで、その道に進むことに躊躇する。考古学への道を決定つけたのは小林行雄「古墳の発生の歴史的意義」(1955)だという。また、近藤義郎「戦後日本考古学の反省と課題」(1964)である。私は考古学の性格から言えば戦後の最初から神話から自由だったと思っていたので、都出の学生時代の思いは意外だった。 最初ケンゲルスの「国家・私有財産・国家の起源」を参考に氏族社会から国家への道筋を考えていた都出は、日本に当てはめることの難しさを感じていた。そこで、クラッセンの初期国家という概念に出会う。古墳時代を初期国家と位置づければ、弥生時代、古墳時代、律令国家をうまくつなげることが出来ると思ったのである。 国家は多くの人を組織して社会を動かしてゆく営みなので、土地の分配、税、生産、経済、文化、共通の思想など多面に渡る複雑な仕組みを要求する。それは一朝一夕に出来ることではなく、弥生時代からの試行錯誤があったことは確かだろう。最近の発掘成果はそれを次第と明らかにしつつあるという。弥生終末期には、そのほとんどの萌芽があったという指摘により、私は様々な空想を広げることが出来た。 現在、グローバル化が進み、国家の垣根は非常に低くなっている。「(ひと昔前には)考えもしなかった大きな変化が私たち自身に起きています」と著者は云う。そういう時だからこそ、初期国家を構想して未来を見据えた弥生のパイオニアたちのことを、私はもっと考えて行きたい。 2014年4月14日読了
2014年04月27日
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4月24日東京に来た序でに、9条の会の「聖地」に行こうと思った。しかし、たどり着くと其処は消えていた。 2009年11月11日、2010年2月17日の私のブログで私が二回に渡って探索した結果、加藤周一さん行きつけの喫茶店は上野毛駅前の「ル・サフラン」で間違いない。しかも、後で小森陽一さんの証言があったのだが、加藤周一さんと小森陽一さんはここの二階で初めて9条の会の話をしたのである(最初の言い出しは加藤であり、小森が事務局を引き受けることで、この会はスタートした)。だとしたら、この喫茶店が戦後の支配層の改憲戦略を戦略でもって止めた大運動になった「聖地」でなくて、なんであろうか。 私は二回目の訪問の時に、店の主人から「ええ!いつもここを利用してくださっていました。いつもミルフィーユを頼まれていたんですよ。寂しくなりました」との証言を得ていた。しかし、その時ミルフィーユは品切れだったのだ!私はいつか再訪することを誓っていたのだが、貧乏が祟りこんなに遅くなってしまった。そうして、やっと来ると「ル・サフラン」はなく、次の新しい店の改装工事をしていたのである!工事関係者が「前の店は畳んでしまった」と言っていたので、私は永遠に加藤周一が好んだミルフィーユを食べ損なったということになる。これが悲報でなくて、なんであろうか。 正当な聖地とミルフィーユは永遠に消え、今は「9条の会誕生跡地」という場所だけが残ることになった。場所は駅前のローソン横、ケーキ・パン・デリ「ラ・フェエゾン(予定)」である。 悲報はもう一つある。写真は載せることが出来ないが、加藤周一さんの旧宅は取り壊されて新しい住宅地になっていた。仕方ないことではあるが、寂しかった。 万が一ということを考えて、駅前にもう一つある喫茶店「カフェ・アンバール」で珈琲を頼んだ。ミルフィーユは置いてなく、当然二階もなかった。美味しかったが、高かった(500円)。
2014年04月26日
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昨日「輝けいのち!4.24ヒューマンチェーン行動」に参加してきました。水曜日より、衆議院での審議が始まった医療介護総合確保推進法案。これに反対する中央行動です。先ずは、朝の五時前に起きて国会議員要請行動に衆議院会館に10時に集合、地元の橋本、加藤、石井、仁比の各氏の部屋に要請行動に行きました。橋本、加藤、石井は玄関秘書対応、冷たいものです。僅かに石井の秘書のみが少し話を聞いてくれました。仁比聡平さん処は部屋に通してくれましが、残念ながら議員は不在。私はこの半年での伯父夫婦の立て続けの死亡が、将来不安による介護拒否にあることを訴え、今度の改悪で伯父夫婦のような寝たきり病院死亡がふえてしまうことを話してきしました。 あたかもオバマが来ていた日でした。二つの国旗が至る処に掲げられ、警視庁の1/3が動員させられているという異様な大戒厳体制の中、元気に行ってきました。 国会情勢報告によると、こんな重大な法律がたった二週間の審議によって5月14日には採決が狙われているらしい(首相がその日に出席することで、わかるらしい)。 介護保険の前例のない大改悪をそんなに簡単に通してはなりません。 その後、野外音楽堂での集会、国会を包囲しての集会をやってきました。野音集会は、3000人のキャパに6000人来ているということで、遅れて来た私たちは中に入れませんでした。国会包囲ヒューマンチェーンは、手を繋いで終わるというものではなくて、ぐるっと人で包囲して一時間の集会をするというものでした。確かに国会中には、1番集会内容を聞いて欲しい人たちばっかりなので、一瞬で終わる人間の鎖よりも効果がありそうです。 今度の法案は「税と社会保障の一体改革」の一環で、既成路線であるかのように報道されていますが、みればみるほどとんでもない中身です。(写真は民医連のチラシから) 伯父夫婦を見ても、本来要介護でなければならない人たちが要支援になっている事例は、あまりにも多い。要支援を切るということは、その人たちが死ぬ間際までほって置くことであり、医療費用の更なる増大に繋がる。 「デイサービスは重度化予防に効果はない」と国は判断したそうだが、私は絶対そうは思わない。伯母の認知症はデイサービスに行っていたならば、あと10年は緩やかに老いていったはずなのだ。 現在低所得者の負担を軽減する制度があり、伯父夫婦はそれには引っかからなかったが、将来私ならば引っかかると思っていた。でも、それも望みがなくなりそう‥‥。 絶対スピード審議でやすやすと通してはならない。「いつか行く道」伯父夫婦には、高度成長期の遺産の高額年金があったけれども、私たちにはそれはない。それなのに、国が保障する制度(公助・共助)は縮小し、自分たちで支え合うこと(自助・互助)を押し付けようとしている。これからのためにも頑張らないとならない。
2014年04月25日
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「古代日本と朝鮮半島の交流史」西谷正 同成社 韓国の考古学はこの十数年で膨大な発展を遂げている。それは次々と博物館が建てられ、展示替えしていることからも類推出来る。その成果を踏まえて、今年一月に待望の「交流史」が出版された。 直ぐに図書館で借りたのだが、第一章から第三章にかけて無数の付せん紙を貼る事態に陥り、仕方なく購入を決めてしまった。これから大いに活用したいと思う。 例えば、51pの比較表を見るだけでも、何度も知りたかった松菊里や勒島遺跡と日本の遺跡との時代の対応が初めて明らかになった。 目次(「BOOK」データベースより) 第1章 旧石器時代のころ/第2章 土器の出現/第3章 農耕の始まり/第4章 金属器の受容/第5章 農耕文化の発展と小国の形成/第6章 古代国家成立への胎動/第7章 技術革新の世紀/第8章 古墳文化の変容と仏教寺院の造営/第9章 律令国家への道 2014年4月4日読了
2014年04月24日
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「特殊器台の世界」 先日岡山市埋蔵文化財センターで、造山古墳の埴輪を見た時に無料で置いていた前回の特別展のパンフがありました。 去年の10月に行われた「特殊器台の世界」のパンフです。たった9Pですが、全てカラーで、なおかつ内容が素晴らしい。いろいろ勉強になったので、メモがてら記事にしたいと思います。 特殊器台とは何か。私のブログでは、何度も言及していますが、改めて復習すると、 吉備では、弥生時代の墳墓に使用される土器として、壺とそれを捧げる台(器台)が非常に発達します。弥生時代最大の楯築墳丘墓の出現と共に、非常に大型化し、複雑な文様で飾られる墳墓専用の器台ー特殊器台が現れます。この特殊器台は、やがて古墳に並べられる埴輪に繋がっていくと考えられています。つまり、ヤマト王権成立に吉備の首長たちが大きく関わったことを現しています。特殊器台の秘密は、すなわヤマト王権成立の秘密でもあるのです。私がしつこく注目するのも当然でしょう。 今回初めて特殊器台になる前の「器台」を見ました。弥生時代中頃に現れたそうです。これは、祭り用の器台。おそらくこの頃に「農耕用に関わる祭りの形や道具立てが整えられ、確立した」のでしょう。 これは集落で出土した、「日常のさまざまな祭りや祈りの場で使われた土器」のようです。意外にも、壺とセットではない場合が多いらしい。壺だけではなく、さまざまなものを捧げものにした可能性がある。 「弥生時代後期後半以降、限られた人のために墳丘墓が築かれるようになってからは、集落内で出土する器台は小型化し、出土数も激減」する。 小さな家族で行われる神と人との祈りの場が、公の場での秘儀になっていったのだろう。 つまり、楯築の祭りは、誰かが突然外から持って来て強制したものではなく、比較的伝統的なものが一つ二つ「飛躍」したものだったのだ。と私は思う。 そして、楯築弥生墳丘墓と特殊器台が出現する。倉敷市庄パークという住宅地の中央辺りにある小山の頂きにこの特異なお墓がある。墳長70m以上、巨石を立て並べたその姿は他に例を見ない。今はないが、周りには1番最初の特殊器台がずらっと立て並べられていた。最初の特殊器台には、後の特殊器台にある組帯文と呼ばれる渦のような文様はなく、綾杉文や鋸歯文を組み合わせた文様だった。組帯文は亀石というもう一つの重要なアイテムに施されていたのである。一方で、文様帯四段、間帯五段という構成やプロポーション、その大きさや形は元の器台からは飛躍して作られた。まさに楯築の王の(祭の)ために作られた器台だったのである。しかもその形が後の墳丘墓の祭を決定つけたという意味でも、楯築の王、或いはその王の祭りを主催した人間の突出した「大きさ」を想像せざるを得ない。まだ謎はある。この巨石はいったいなんのために立てられたのか。そして、その形があとあと継承されなかったのは何故なのか。特殊器台がなぜあの形でなければならなかったのか、ということと含めて、まだ誰も納得のゆく説明をしたことがないのである。 楯築の王のあと、吉備王国は飛躍的に大きくなる。吉備王国はすなわち特殊器台王国と言ってもいい。それは備前、備中、備後、美作、(播磨)に広がり、連合国だとは思うが山陰へ、やがては纒向の箸墓の王も、特殊器台を使用するようになり、さらには特殊器台は埴輪となって、全国に広がってゆくのである。特殊器台の胎土は、角閃石という鉱物を含む特別な粘土を使用していて、きっちりとした決まりがあったようです。実際、現代の研究者が何度も再現を試みましたが(去年成功したらしいけど)なかなか成功しませんでした。あんな大きな土器を焦げ目をつけずに割らずに焼き上げるのは、我々の知恵を凌駕する何かがあったと見ないといけない。文様だけは次第と変化してゆきます。 楯築型→立坂型→向木見型→宮山型。写真は楯築の綾杉文と組帯文が組み合わさる立坂型。 これは、総社市の宮山弥生墳丘墓から出土した宮山型特殊器台。文様も非常に特徴的になっており、形も文様帯三段、間帯三段と変わっている。また、これと同じ形が纒向からも出ていて、特殊器台型埴輪と同時に出ているものもある。実際、宮山弥生墳丘墓は前方後円墳といってもいいような形をしている。矢藤治山弥生墳丘墓と併せて、この時代がおそらくヤマト王権との話し合いを持った決定的な時期だったのだろうと、私は思う。 これは、特殊器台ではない。特殊器台型埴輪である。「都月型」埴輪ともいう。今から50年前に都月坂一号墳で、発見された。それにより近藤教授が唱えていた特殊器台から埴輪への変遷のミッシングリンクが、ここでやっと繋がったのである。特殊器台形埴輪は、奈良の箸墓をはじめ、吉備と近畿の最古の古墳から見つかっているが、まだ17例しかないらしい。この埴輪に、文様がなくなってやっと埴輪は、全国各地の古墳に受け入れられるようになったともいえる。反対に言えば、あの弧帯文様には、かなり特殊な意味が付随していたともいえるだろう。 その他貴重な写真はまだあった。この特別展見落として、つくづく残念だった。
2014年04月22日
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昨日は4月20日、穀雨の始まりだった。そして、夏目漱石が朝日新聞で「こころ」の連載を始めてちょうど100年目だったという。昨年の夏、私は「こころ」を初めて読んで、そのエンタメ性にひどく感心した。この前読んだ姜尚中「心の力」は、もし「私」が戦後を迎えていたらどんな大人になっていたかを想像して「続こころ」を試みていた。そして、昨日は朝日新聞が大江健三郎に「こころ」を巡ってインタビューをしていた。 曰く「漱石が生きた「明治の精神」 大江健三郎さんに聞く」である。わりと短いので、載せて置く。 「こころ」を読んだのは高校2年生の時。友人のことを考えていたので、感銘を受けました。次はもう40歳でしたが、先生の遺書の言葉「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです」を引用してエッセーを書きました。 「こころ」は知識人の語りかけの形で、新しい文体を作っています。特別なルビに注意して音読すると東京弁のリズムがあり、生き生きした効果もあげている。時代を感じさせる風格はありますが、今現在の手紙として読めます。 最後の事件を物語った後、さらにスピードと強さを保って、十分に書き終え得るのが作家の実力です。それを「明暗」とともに、よく表現していると思う。 「こころ」はKの自殺で閉じられず、それをめぐって先生が考え感じたことを書き続けます。働き盛りの仕事の勢いに乗っている。漱石には不似合いですが、小説自体に流行作家を押し進めるエネルギーを感じます。 漱石は作品を載せる場所に敏感でした。朝日新聞に入社し、どうやって新聞小説を面白くするかを考え、読者を開拓した。毎年あれだけのものを書くとは、驚くべきことです。 今回「こころ」を読み直し、最終2章に動かされた。先生は40代後半のようで漱石と同年代、漱石の感じ方が直接反映している。改めて引きつけられたのは、明治天皇の崩御のところ。 〈夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟(ひっきょう)時勢遅れだという感じが烈(はげ)しく私の胸を打ちました。(中略)私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました〉 若い僕は、漱石にも国家主義的なところがあるのかと反発した。 しかし今回、注意深く読み返すと、違ったものに読めました。自分が生きた明治という時代の「人間の精神」を「明治の精神」と言っているのだと。天皇や大日本帝国ではなく、明治の人々の精神が、今までの日本の歴史の中で特別なものだと言いたいのだと。つまり漱石自身の精神をふくめて。 「時代の精神」というものがあると、はっきり表現し得た小説として、「こころ」は特別な作品だと思います。100年前の日本人の精神を知りたければ「こころ」を読めばいい。そういう小説だと強く感じています。 漱石の「明治の精神」を僕自身にあてはめると、「戦後の精神」ということになります。 漱石は「こころ」の3年前、講演「現代日本の開化」で、日本人について「誠に言語道断の窮状に陥った」と語った。小説家は小説そのものの勢いに押されて、新しい時代への思い込みを書いてしまうことがある。「こころ」には時代に先んじるリアルな明察がある。先生は明治と共に自分の時代は終わったと感じているが、漱石自身大きい行き詰まりを感じていた。 100年後の今、僕は同じ思いでいます。 10歳で戦争が終わり、進駐軍のジープが村にやってきて子供心に恐ろしかった。ところが、12歳で日本国憲法が施行され、中学の三年間、憲法や教育基本法についてならった。「良い時代」になったと思った。 今の若い人には想像できないでしょうが、当時の混乱には何か生き生きと動いている感覚があった。個人の権利が保障され、僕も、東京あるいは世界へ出て行って何かやりたいと思った。戦後は明るかった。今79歳の僕にとっては、67年間ずっと時代の精神は「不戦」と「民主主義」の憲法に基づく、「戦後の精神」でした。 「集団的自衛権行使」を閣議決定の解釈変更で認めようというやり方は、不戦と民主主義の直接の無視です。「戦後の精神」が真っ向から否定されている。 日本が戦争に参加させられる近い将来への市民の驚きの声が低いのが不思議だった。普段は意識しないが、今の壮年の人たちの時代の精神と僕はズレてしまったのだろう、自分らの時代の精神は消え去った、と思いました。 しかし、希望が見いだせるのは、朝日新聞の世論調査で行使容認反対が63%と増えていること。時代の精神は簡単には忘れられてしまわない、とも考えました。 さて漱石は、「こころ」の出た年の講演「私の個人主義」で、英国の政治体制を解説しながら、「彼等(ら)(英国人)は不平があると能(よ)く示威運動(つまり、デモですね)を遣(や)ります」と語っていた。 私がもう一つ希望を感じるのもデモや集会に参加してです。安倍政権に不平がある人たちが集まってくる。僕も歩きながら、不戦と民主主義の憲法、つまり「戦後の精神」を譲らない老人でいようと思う。それが、今回「こころ」を読んだこととつながります。(聞き手 編集委員・吉村千彰) 「こころ」は正に千差万別の読み方が出来るのだと、改めて思った。大江健三郎さんが「戦後の精神」に生きて来て、そこと現代にズレを感じているのだとしたら、まだ少壮にして憲法に触れてたかだか40年ぐらいの私は「戦後の精神」を生き切ったとは言えない。まだまだこれからその「精神」を体現する世代なのだと言わなければならない。 私の時代の精神は何なのか。それを見つけるためには、もう少しジタバタしないといけないのかもしれない。
2014年04月21日
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2014年04月16日、立憲デモクラシーの会が設立されました 立憲デモクラシーの会 設立趣旨 決められる政治を希求する世論の中で、安倍政権は国会の「ねじれ」状態を解消したのち、憲法と民主政治の基本原理を改変することに着手した。特定秘密保護法の制定はその序曲であった。我々は、戦後民主主義の中で育ち、自由を享受してきた者として、安倍政権の企てを明確に否定し、これを阻止するために声を上げ、運動をしなければならないと確信する。それこそが、後の世代に対する我々の責務である。 実際、安倍政権は今までにない手法で政治の基本原理を覆そうとしている。確かに、代議制民主主義とは議会多数派が国民全体を拘束するルールを決める仕組みである。しかし、多数を全体の意思とみなすのはあくまで擬制である。一時の民意に支持された為政者が暴走し、個人の尊厳や自由をないがしろにすることのないよう、様々な歯止めを組み込んでいるのが立憲デモクラシーである。それは、民主主義の進展の中で、民衆の支持の名の下で独裁や圧政が行われたという失敗の経験を経て人間が獲得した政治の基本原理である。しかし、安倍政権は、2つの国政選挙で勝利して、万能感に浸り、多数意思に対するチェックや抑制を担ってきた専門的機関——日本銀行、内閣法制局、公共放送や一般報道機関、研究・教育の場———を党派色で染めることを政治主導と正当化している。その結果現れるのはすべて「私」が決める専制である。この点こそ、我々が安倍政権を特に危険だとみなす理由である。 安倍首相の誤った全能感は、対外関係の危機も招いている。2013年末に靖国神社に参拝し、中国、韓国のみならず、アメリカやヨーロッパ諸国からも批判、懸念を招いた。日本は満州事変以後の国際連盟脱退のように、国際社会からの孤立の道を歩もうとしている。 万能の為政者を気取る安倍首相の最後の標的は、憲法の解体である。安倍首相は、96条の改正手続きの緩和については、国民の強い反対を受けていったん引っ込めたが、9条を実質的に無意味化する集団的自衛権の是認に向けて、内閣による憲法解釈を変更しようとしている。政権の好き勝手を許せば、96条改正が再び提起され、憲法は政治を縛る規範ではなくなることもあり得る。 今必要なことは、個別の政策に関する賛否以前に、憲法に基づく政治を取り戻すことである。たまさか国会で多数を占める勢力が、手を付けてはならないルール、侵入してはならない領域を明確にすること、その意味での立憲政治の回復である。そして、議会を単なる多数決の場にするのではなく、そこでの実質的な議論と行政監督の機能を回復することである。 安倍政権の招いた状況は危機的ではあるが、日本国民の平和と民主主義に対する愛着について決して悲観する必要はない。脱原発を訴えて首相官邸周辺や各地の街頭に出た人々、特定秘密保護法に反対して街頭に出た人々など、日本にはまだ市民として能動的に動く人々がいる。この動きをさらに広げて、憲法に従った政治を回復するために、あらゆる行動をとることを宣言する。 呼びかけ人 憲法学(法学)関係 愛敬浩二 名古屋大学・憲法学 青井未帆 学習院大学・憲法学 蟻川恒正 日本大学・憲法学 石川健治 東京大学・憲法学 稲正樹 国際基督教大学・憲法学 奥平康弘 東京大学名誉教授・憲法学 木村草太 首都大学東京・憲法学 小林節 慶應義塾大学名誉教授・憲法学 阪口正二郎 一橋大学・憲法学 高見勝利 上智大学・憲法学 谷口真由美 大阪国際大学・国際人権法 長谷部恭男 早稲田大学・憲法学 樋口陽一 東京大学名誉教授・憲法学 水島朝穂 早稲田大学・憲法学 最上敏樹 早稲田大学・国際法 政治学関係 石田憲 千葉大学・政治学 伊勢崎賢治 東京外国語大学・平和構築 遠藤誠治 成蹊大学・国際政治学 大竹弘二 南山大学・政治学 岡野八代 同志社大学・政治学 齋藤純一 早稲田大学・政治学 坂本義和 東京大学名誉教授・政治学 白井聡 文化学園大学・政治学 杉田敦 法政大学・政治学 千葉眞 国際基督教大学・政治学 中北浩爾 一橋大学・政治学 中野晃一 上智大学・政治学 西崎文子 東京大学・政治学 三浦まり 上智大学・政治学 柳沢協二 国際地政学研究所 山口二郎 法政大学・政治学 経済学関係 金子勝 慶應義塾大学・経済学 中山智香子 東京外国語大学・社会思想 水野和夫 日本大学・経済学 諸富徹 京都大学・経済学 社会学関係 市野川容孝 東京大学・社会学 上野千鶴子 立命館大学 ・社会学 大澤真幸 元京都大学教授・社会学 人文学関係 内田樹 神戸女学院大学名誉教授・哲学 桂敬一 元東京大学教授・社会情報学 國分功一郎 高崎経済大学 ・哲学 小森陽一 東京大学 ・日本文学 佐藤学 学習院大学・教育学 島薗進 上智大学・宗教学 高橋哲哉 東京大学・哲学 林香里 東京大学 ・マス・コミュニケーション 西谷修 立教大学・思想史 三島憲一 元大阪大学教授・ドイツ思想 理系 池内了 名古屋大学名誉教授・宇宙物理学 立憲デモクラシーの会の最初のイベントです。ご案内します。出来たら、どなたか参加して、レポートして欲しい。 「私が決める政治」のあやうさ:立憲デモクラシーのために 主催: 立憲デモクラシーの会・法政大学現代法研究所 日時: 4月25日(金) 午後6時〜8時 会場:法政大学 富士見キャンパス 58年館3階834教室 開会挨拶 奥平康弘(憲法学) 基調講演 愛敬浩二(憲法学・名古屋大学)「立憲デモクラシーは『人類普遍の原理』か?」 山口二郎(政治学・法政大学)「民意による政治の意義と限界−なぜ立憲主義とデモクラ シーが結び付くのか?」 シンポジウム「解釈改憲をどうとらえるか」 毛里和子(中国政治・早稲田大学) 青井未帆(憲法学・学習院大学) 大竹弘二(政治学・南山大学) シンポジウム司会 阪口正二郎(憲法学・一橋大学) 閉会挨拶 杉田敦(政治学・法政大学) 総合司会 齋藤純一(政治学・早稲田大学)
2014年04月19日
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ネットのニュースで、こういうのを見た。この弟さんは、かなりいろいろ考えて、自ら死ねば「ニュースになる」と判断して、目的をもって自殺したのだと思う。 東野圭吾「手紙」や最近のNHKドラマ「いつか陽のあたる云々」というのを見ても、この弟さんに近いことはずっと起きていることがわかる。だから、このニュースを見て弟さんの行為を「いかなる理由があろうと自殺はいけない」などと言えない。 弟さんの悩みを本当に解決しようとしたならば、日本人に市民革命並みの歴史体験が必要なのだろうが、それは当事者には慰めの言葉にもならない。出来るのは、彼の呟きをこのようにブログで拡散するのみなのである。 「加害者の家族というのは幸せになっちゃいけないんです」秋葉原事件の加藤被告の弟が自殺・・・彼が亡くなる1週間前に語ったこと April 11, 2014 17450 Views ShareTweet 『週刊現代』の中で記者に明かした加藤被告の実の弟の悲痛な叫びが胸に刺さる。 このインタビューの1週間後、彼は自ら命を断った。 「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることを諦めようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」 「秋葉原連続通り魔事件」が起きたのは2008年。事件後、母は精神的におかしくなり離婚してしまった。父も職場にいられなくなり、実家でひっそりと暮らしている。弟は事件によって職を失い、家を転々とするものの、マスコミが執拗に追いかけて来る。 そんな暮らしの中にもわずかな希望があった。事件から1年ほどたったあと、恋人が出来たそうだ。ようやく心を開いて話ができる彼女との出会いは、彼に生きる喜びを与えてくれた。 「正体を打ち明けるのは勇気のいる作業でしたが、普段飲まない酒の力を借りて、自分のあれこれを話して聞かせました。一度喋り出したら、後はせきを切ったように言葉が流れてました。彼女の反応は『あなたはあなただから関係ない』というものでした」 しかし、事情を知りつつ交際には反対しなかった女性の親が、結婚と聞いたとたんに猛反対したそうだ。二人の関係が危うくなるうちに彼女から決定的なひと言が口をついて出たという。 「一番こたえたのは『一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は』と宣告されたことです。これは正直、きつかった。彼女のおかげで、一瞬でも事件の辛さを忘れることができました。閉ざされた自分の未来が明るく照らされたように思えました。しかしそれは一瞬であり、自分の孤独、孤立感を薄めるには至らなかった。結果論ですが、いまとなっては逆効果でした。持ち上げられてから落とされた感じです。もう他人と深く関わるのはやめようと、僕は半ば無意識のうちに決意してしまったのです。(中略)僕は、社会との接触も極力避ける方針を打ち立てました」 弟は手記に繰り返しこう書いているそうだ。 「兄は自分をコピーだと言う。その原本は母親である。その法則に従うと、弟もまたコピーとなる」 「突きつめれば、人を殺すか自殺するか、どっちかしかないと思うことがある」 また、加害者家族も苦しんでいることを知ってほしいと、このように書いている。 「被害者家族は言うまでもないが、加害者家族もまた苦しんでいます。でも、被害者家族の味わう苦しみに比べれば、加害者家族のそれは、遙かに軽く、取るに足りないものでしょう。 (中略)ただそのうえで、当事者として言っておきたいことが一つだけあります。そもそも、「苦しみ」とは比較できるものなのでしょうか。被害者家族と加害者家族の苦しさはまったく違う種類のものであり、どっちのほうが苦しい、と比べることはできないと、僕は思うのです。 だからこそ、僕は発信します。加害者家族の心情ももっと発信するべきだと思うからです。それによって攻撃されるのは覚悟の上です。犯罪者の家族でありながら、自分が攻撃される筋合いはない、というような考えは、絶対に間違っている。(中略) こういう行動が、将来的に何か有意義な結果につながってくれたら、最低限、僕が生きている意味があったと思うことができる」 彼は兄と面会したいと願い、50通以上の手紙を書いたという。 しかし兄から返事が来たことは一度もなかったそうだ。自分より早く逝ってしまった弟のことを知らされたとき、加藤被告は何を思うのだろうか。 [引用元]http://blog.livedoor.jp/rbkyn844/archives/7202718.html
2014年04月18日
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今月の県労会議機関紙の映画評です。 「横道世之介」 1987年、長崎の港町から18歳の青年(高良健吾)が大学入学のために上京します。最初の新宿駅の場面に、斉藤由貴の顔をアップにした大看板が出てきます。彼の名は横道世之介。一度聞いたら忘れられない名前だけど、その名前以外は極めて普通の学生生活が始まります。当時の髪形や流行音楽、食べ物などや街の景色、下宿生活を忠実に再現、懐かしさに溢れています。でも、単なる世相映画ではありません。それだけならば、退屈極まりない作品になったでしょう(上映時間は160分もあります)。 時制が1987年から突然2003年に移ってしまうショットが何回か出てきます。その辺りから時間が気にならなくなりました。むしろ、このままずっと「なんでもない彼らの日常」を見ていたいという気持ちになるのです。世之介は全く嫌味のない、何時の間にか友だちになってしまっているような男です。むしろ彼の周りの方が特異な人が集まっていたと思う。子供が出来て学生結婚をする男女(池松壮亮、朝倉あき)、ゲイであることを隠している美青年(綾野剛)、謎のパーティー女史(伊藤歩)、成金お嬢様。そんな彼等から世之介は「思い出すと自然と笑みが出て来る人」として、みんなの記憶の中に残っているのです。人の生きている意味なんて、世之介以上のものはないのではないか、と私は思いました。大学時代に出会った仲間たちから、私はどんな風に思われているんだろう。嫌な奴と思われていたなら、嫌だな。全然記憶に残っていなかったら、もっと嫌だな。 韓国が作れば、英雄伝になったかもしれない。日本人が作るからこういう話になったのだ、ともいえるかもしれません(意味は、観ればわかります)。 この作品は、世間離れをした成金お嬢様の翔子(吉高由里子)と世之介とのラブストーリーでもあります。二人の初々しい「おつきあい」がとっても楽しい。私は翔子と世之介が最後に別れたとは解釈していません。写真を巡るエピソードから、16年間会っていなかったのは確かだろうとは思うのですが、どちらも独身で、喧嘩別れもしていなかっただろうと思うからです。皆さんはどう見るか。マイベスト9位でした。 (2013年沖田修一監督作品、レンタル可能)
2014年04月17日
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「図書」四月号 私は赤川次郎をほとんど読んだことがない。むしろ、嫌いだった。本屋に行けば、彼の書物が本棚を占領している。まるで一時間のテレビドラマを書くように、書物を量産している彼を、そのイメージだけで軽蔑していた(もちろん、私が心の中で思っていただけで、人には言わない。私は作品も読まないのに悪口をいう人が嫌いだからだ)。 それなのに、こういう書き出しをしたという事は、そうです、彼を見直した、と書こうとしているわけです。 久しぶりに岩波書店の広報誌「図書」四月号を本屋から貰って来た。そこに、赤川次郎が「知性が人を人間にする」(三毛猫ホームズの遠眼鏡22)と題して3Pの雑文を書いていた。 「テレビをつければ、どの局も「オリンピック!」一色。」と書き出し、浅田真央の外国特派員協会での森元首相へのひと台詞を褒めたり、返す刀で日本のマスコミの不甲斐なさを批判していた。 どうやら彼は安倍が大嫌いらしいということが、その辺りで判る。この安倍の影響でのアンネの日記破損事件やヘイトスピーチのことに言及している。 人間として成長し、成熟するために必要な「学ぶ」という感覚が失われていることに愕然とした。感動することを知らずに育つことは恐ろしい。ヘイトスピーチのデモなどに熱狂する人々を見ていると、「興奮」を「感動」と取り違えているとしか思えない。周囲と互いに興奮を煽り立てることは、自己の内面に湧き立つ感動とは全く別のものだ。 かつて、ナチスドイツはユダヤ人作家の本を焼き捨てた。「アンネの日記」の裂かれたページから、「反政府的な本を焼く」ことまでは、ほんのわずかな距離でしかない。(46p) 赤川次郎って、こんな人だったの?不明を恥じます。最後はこのように結んでいた。 人が人を力で支配する。 その快感こそが、世界で戦争が絶えない原因である。今日本でも権力をかさにきた様々な暴力が広がりつつある。止めなければ。止めなければならない。(47p) 他にも高村薫が先の都知事選で、「老いてなお政治的野心を見せつけた元首相二人」のことを批判していた。 池澤夏樹の連載があり、 池内紀の山形県の片田舎で30年以上続けられている詩人丸山薫の「ある碑前祭」のことを書いた文章にも心打たれた。 いっとき「図書」の定期購読をしていて止めていた。また始めようと思う。 2014年4月8日読了
2014年04月16日
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「座標ー吉野源三郎、芝田進午、鈴木正」櫻井智志 同時代社 「混迷する現代、思想家古在由重を縦軸に、吉野源三郎、芝田進午、鈴木正を横軸に、真理のベクトルを模索する」という副題がついている。その視点に共鳴して本書を手にとった。結果は、志だけが先走りして、なんら学問的な貢献のない本だった、という感想しか持てなかった。 全ての章に、読書感想文以上の厳密さはなかった。所々断定口調の文章があるが、根拠となる引用がされていない。たとえこの本が啓蒙書を意図して書かれているとしても、それならばなおこそ、重要な所は本人の肉声(引用)をもって証明するべきだろう。 吉野源三郎は纏まった書物を著さなかった。彼の本領は「君たちはどう生きるのか」などの啓蒙書にあるのではなく、「世界」等の編集を通じて、目的を明確にした世論形成にあったと私は思う。また、それを雑誌の構成、後書きなどで証明することは、日本思想史に貢献することだろうと思う。それは、これからの若手がやってくれないかと私は期待する。 その場合、芝田進午のように、決して研究室にこもることなく、実践的唯物論の立場から、是非とも研究を纏めて欲しいものだ。序でに芝田進午の方法も、何処に優位性があり、何処に壁があったのか明らかにすることは、これからの日本の民主運動に大きな貢献をすることだろう。 古在由重の本格的な評論もまだ作られていない。これも待たれる。鈴木正については、ほとんど知らなかったので、なんとも言えない。 また、これらの思想家を概観して、国民統一戦線の展望を書いている。古在由重にしても、吉野源三郎にしても、この分野での思想的貢献は大だと私は思っていたので、どういうことを書いているのか、注目した。残念ながら、これも感想文の域を出なかった。彼らが何を大切にし、何処でつまづいたのか、きちんと明らかにしないとこれからの課題は明確にならない。円卓会議が大事だ、なんてことは誰でも言える。 2014年4月5日読了
2014年04月15日
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暫くブログをお休みしました。以前「困ったなあ」と入院して一挙に認知症が進んだと言っていた伯母が11日亡くなり、喪主を勤めていました。写真は喪主だけが乗れる霊柩車の中です(^-^)/。トヨタの最高級車センチュリーの改造車だそうです。 立て続けに伯父と伯母をなくしたわけですが、思ったのは、つくづく頭のクリアな時にエンディングノートと法定遺書を作っておくべきだ、ということ。 終末期が近づと、患者本人が判断つかない場合は家族並びに親族に終末医療の判断が求められ、署名させられます。輸血OKかという比較的判断つきやすい問題だけでなく、鼻チューブOKか、胃瘻OKか、蘇生措置は第一段階と第二段階(生きているだけの状態)があり、かなり迷います。どちらも選べないという選択肢もありますが、それさえ選んで良かったのか、という気持ちになります。 遺産相続も多いか少ないかの問題じゃなく、法定相続になると、ものすごくめんどくさい場合があります。ケンカしていたり、音信不通の兄弟まで連絡つけて、印鑑証明や書類を回収しないといけません。それはもうたいへんめんどくさいことになります。自分の場合、娘や息子はスムーズにわけることが出来ますか?ネットで調べたら、簡単に遺書は作ることが出来ますから、毎年作るようにしましょう。 この前書いたように、伯父はなかなか介護保険を使いませんでした。早くからヘルパーを使い切り、デイサービスも行っていたら、寝たきりで亡くなることもなかったかもしれない。適切な治療と運動と清潔さ、食事、会話がいかに高齢者に必要か。それなのに、現在の介護保険は、自立支援は国の制度から切ろうとしている。全くの間違いです。伯父はお金がかかるからと使いませんでしたが、さらに使うことが出来なくしようとしています。許せません!
2014年04月14日
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3月に観た映画です。9作品でした。「ホビット 竜に奪われた王国」「魔女の宅急便」「銀の匙」「ダラス・バイヤーズクラブ」「あなたを抱きしめる日まで」「アナと雪の女王(字幕)」「LIFE!」「神様のカルテ2」「白ゆき姫殺人事件」。この内、特にお勧めは「ダラス」と「あなたを」かな。 「ホビット 竜に奪われた王国」 中つ国(指輪物語の架空世界)ファンならば、えんえんと出てくる映像や、字幕にも訳されないエルフ語や、ギムリの父親がこの人かと分かる場面や、サウロンがわりと元気に出てくる場面にウキウキするのかもしれない。 しかし、結局ドワーフ族の中興物語でしかなく、壮大な「世界への問いかけ」を含んだ指輪物語と比べると、何処を切っても「小さな物語」な感じは否めない。 しかも、三部作一つ一つに起承転結があった前三部作と比べると、こちらはもともと薄い児童書を膨らませて三部作にしたせいか、中間の今回は全てが中度半端。中だるみする最終盤に怒涛の展開をいれたのは、それを自覚しているからだろうが、それでも長かった。 せめて最終作には、原作にない「ひとつの指輪とは結局何だったのか」「中つ国の秘密」を明らかにして欲しい。 ■ あらすじ ホビット族の青年ビルボ・バギンズ(マーティン・フリーマン)は、魔法使いのガンダルフ(イアン・マッケラン)や屈強なドワーフの一行と共に、たった一頭で一国を滅亡に導くと伝えられる邪悪な竜スマウグに奪われたドワーフの王国を奪取すべく旅に出る。竜の潜む山を目指す道中、巨大なクモの大群や凶暴なオークたちが一行の行く手を阻むように次々と立ちはだかり……。 ■ 解説 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの60年前を舞台にしたJ・R・R・トールキンの冒険小説を実写映画化した『ホビット』3部作の第2章。邪悪な竜に奪われたドワーフの王国を取り戻す旅に出たホビット族の青年ビルボ・バギンズら一行を待ち受ける過酷な運命を、壮大なスケールで描く。マーティン・フリーマン、イアン・マッケランら前作からの続投組に加え、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどのオーランド・ブルームもレゴラス役で再登場。伝説の邪竜スマウグの声を、ベネディクト・カンバーバッチが担当する。 ■ キャスト マーティン・フリーマン、イアン・マッケラン、リチャード・アーミティッジ、オーランド・ブルーム、エヴァンジェリン・リリー、ベネディクト・カンバーバッチ、リー・ペイス、ルーク・エヴァンス ■ スタッフ 監督・脚本: ピーター・ジャクソン 脚本: フラン・ウォルシュ 脚本: フィリッパ・ボウエン 脚本: ギレルモ・デル・トロ 原作: J・R・R・トールキン in movix倉敷 2014年3月1日 ★★★☆☆ 「魔女の宅急便」 宮崎駿のアニメからどれだけ離れて観ることが出来るか、がこの作品を愉しむコツだろう。と思う。因みに、私は「健気に頑張る女の子」の話に弱いんです。もう、作品の出来不出来はともかく、小芝風花が可愛くてとっても良かった。 最初カバまでCGにしてしまうやり方に違和感を持ったけど、やがてそれも気にならなくなりました(CGにするだけの理由あり)。岡山市西大寺の五福通りが思ったよりも何度も何度も出て来て、ニヤニヤしました。小豆島からの風景がとっても作品世界にあっていたと思います。 飛べなくなったキキが「私は飛ぶ以外に何にも出来ないの。私には、自転車に乗ることや、パンを作ることの方が魔法に見える」というのが、やっぱりこの作品世界のキーワードだろう。キキもそうはいっても直ぐに自転車に乗れるようになれる。元気になれる魔法のパンを齧って笑顔にもなれる。そしてやっぱり空を飛べるのである。つまり、魔法は誰も持っているし、それは「獲得」するものなのである。 ■ 解説 宮崎駿によってアニメ化もされた、角野栄子の名作児童文学を原作にしたファンタジードラマ。一人前の魔女になるための修行として、知らない町で1年間生活する13歳の少女キキがさまざまな出来事を通して成長するさまを見つめる。監督は、『呪怨』シリーズの清水崇。キキを演じるのは、オーディションで選出され、角野も太鼓判を押したという新星・小芝風花。尾野真千子、宮沢りえ、筒井道隆といった豪華な顔ぶれの共演陣はもとより、原作の世界観を再現した美術や衣装にも注目。 ■ キャスト 小芝風花、広田亮平、尾野真千子、山本浩司、新井浩文、筒井道隆、宮沢りえ ■ スタッフ 監督・脚本: 清水崇 原作: 角野栄子 脚本: 奥寺佐渡子 in movix倉敷 2014年3月8日 ★★★★☆ 「銀の匙」 「経済動物」としての動物と付き合う世界を、進学校から「逃げて来た」若者の眼を通して描く。だから、動物屠殺の場面をあえて描く(エンドで、基本虐待していないこと、研究用の場面を利用したことを明記)。日本の酪農を巡る現実の厳しさにあえて触れさせることで、若者たちの「可能性」を描こうとしたのだろう。成功とも失敗とも言い難かった。それなりに纏まっているけど、主人公はやはりゆるゆると成長して、ゆるゆると一つを成し遂げる。ヒリヒリするようなドラマ的葛藤を今の時代に求めることは無い物ねだりなのかな? 話題の中島健人は、単なるアイドル。広瀬アリスの健康なお色気がイイで♪ ■ 解説 週刊少年サンデーで連載され人気を博しテレビアニメ化もされた荒川弘のコミックを、『麦子さんと』などの吉田恵輔監督が実写映画化した青春ドラマ。北海道の農業高校に入学した主人公が、酪農実習や部活に苦悩しながらも仲間たちと絆を深め、農業をめぐる理想と現実のはざまで葛藤しつつ命の大切さを学んでいく。主演は、アイドルグループSexy Zoneの中島健人。共演には広瀬アリス、市川知宏、黒木華、中村獅童など多彩なキャストがそろう。 ■ キャスト 中島健人、広瀬アリス、市川知宏、黒木華、上島竜兵、吹石一恵、西田尚美、吹越満、哀川翔、竹内力、石橋蓮司、中村獅童 ■ スタッフ 監督・脚本: 吉田恵輔 脚本: 高田亮 in TOHOシネマズ岡南 2014年3月13日 ★★★☆☆ 「ダラス・バイヤーズクラブ」 思いがけず、主人公が日本へ、しかも岡山にやって来る場面があった。1986年ごろだから、林原研究所もまだバリバリにやっていた頃。インターフェロンという薬を手に入れるために、ウッドルーフはやってくる。しかし、「日本の医師にしか売らない」と言われて慇懃丁寧に断れる。ウッドルーフがそのまま米国に帰るはずもなく、日本人医師の闇ルートから手に入れるのである。いかにもありそうなエピソードだった。その林原も今は会社更生法でスリムになっている。この研究所はまだ稼働しているかな。 ウッドルーフは、余命30日と言われて窮鼠猫を噛む。貧困層上がりの彼はデタラメな生活をしていたのに、たった7日でHIVに関して言えば医師と対等に渡り合える知識を獲得し、その医師が臨床試験薬を処方しないと分かるとすぐに闇ルートで手に入れる方法を思いつく。それだけで言えば、命欲しさに知恵を出した男の話ですむのであるが、観客の私も気づかなかったし、多分本人も自覚していなかっただろうと思うのだが、何時の間にか彼はHIV患者の救世主となっていたのである。 そのことに私が気がついたのは、恥ずかしながら、作品も終盤に差し掛かったころだった。最初に薬を売ったゲイカップルが彼の窮状を見て事務所を無料で提供すると申し出た時だ。闇ルートはもちろん違法である。しかし、薬会社や医師会や政府までもが患者の命を助けることを最優先にしない場合、そしてそれはホントによく起こることなのだけど、その場合は権力に対して全力で戦ったこの男を評価すべきだ、という空気がアメリカにはある。たった10数年前の話だ。その間に、アメリカではマイノリティがマジョリティになった。翻って、日本ではどうか?このような事例はあるだろうか。寡聞にして私は知らない。 マシュー・マコノヒーの主演男優賞は単に痩せ細った役作りだけに賞を与えたのではなく、粗野の中の知性と優しさを体現したという意味で納得。さらには、なりゆきでウッドルーフを手伝うゲイ患者のジャレッド・レトは繊細な演技を見せて、納得の助演男優賞を獲った。 (解説) ロン・ウッドルーフは、賭博と酒と女の日々を送るデタラメな男。ある日、「あなたはHIV陽性で、残された時間は30日」と宣告される。が、落ち込むどころか特効薬を求めて世界中を飛び回り、最新薬を集める。薬を国内に持ち込んだ彼は、<ダラス・バイヤーズクラブ>という組織を立ち上げ、会費制で無料で薬を配り、多くの客を得て勢いづいていく。しかし、前に立ちはだかったのがAZTの投薬を推奨し始めた医師に製薬会社、そして政府だった。司法と孤軍奮闘し、「生きる権利」を訴え続けた一人の男の7年間の記録。マイナスから発するエネルギー溢れる姿は、見る人誰をも魅了し、勇気と希望を与えてくれる。 ※R15+ 監督 ジャン=マルク・ヴァレ 出演 マシュー・マコノヒー、ジャレッド・レト、ジェニファー・ガーナー in TOHOシネマズ岡南 2014年3月13日 ★★★★☆ 「あなたを抱きしめる日まで」 冒頭は元政府広報官としてのマーティン・シックススミスの顛末が描かれる。最初に彼女の娘から息子探しを頼まれた時のマーティンの断り文句がこの作品の構造を良く表している。「私は"心の弱くて愚かな"人たちが読むような三面記事は書かない」。けれども、広報官を罷免されたばかりの彼は、思い直してこんな三面記事的なネタにも取り組むことにする。なるほど、フィロミナは確かに行儀が悪く三流恋愛小説しか読まなくて、一流ホテルでサービスを受けたら「100万人に1人の人だ」とその度ごとに絶賛するような、典型的な英国労働者階級婦人である。しかしながら、教会から酷い目に遭っているのに、敬虔なカトリック信者として教えの根幹の処は掴んで離さない。いや、離さなかったからこそ、今まで生きてこれたのだろう。この作品の原題が「Philomena」なのは、意味のあることなのだ。 時にはクイーンをも演って来たジュディ・デンチは、キチンと英国労働者階級婦人を演じ切った。もちろん「心の強くて、賢い」母親として、演じ切ったのである。 この邦題はミスリードしている。また、事前情報で「最後にフィロミナは息子に会える」というのを聞いていたので、米国に渡った途端に息子の人生が分かってしかも既に死んでいるとなっていたので、これは絶対逆転があるはずと思って見ていた。だから、フィロミナが写真を一目で見て息子だと断定したことに違和感を覚えてしまった。大変残念な観方をしてしまった。 ■ 解説 10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話を、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ監督が名女優ジュディ・デンチを主演に迎えて映画化。ジャーナリストのマーティン・シックススミスによる「The Lost Child of Philomena Lee」を基に、50年前に生き別れた息子との再会を願う母親フィロミナの姿を描く。彼女の息子捜しを手伝うマーティン役には、本作のプロデューサーと共同脚本も務める『マリー・アントワネット』などのスティーヴ・クーガンがふんする。 in movix倉敷 2014年3月17日 ★★★★☆ 「アナと雪の女王(字幕)」 ディズニー復活の狼煙を揚げた「美女と野獣」から30年。立体アニメとミュージカル、昔話の書き換え、自立する女性という構造は同じ。しかし、氷の質感等々の作画技術、一つ一つの演技的動作、そして表情の「演技」は、大きく進歩したと思う。 脚本は、シンプルなストーリーにいらない枝葉をつけ過ぎた。短くまとめたら、いい作品になったのに。 ディズニー誕生90周年ということで、昔のミッキーアニメが銀幕を破ってカラー立体アニメと行ったり来たりする短編を併映してくれたのは嬉しかった。まるで、手塚アニメのような遊び心を見せて貰った。しかし肝心の話がいただけない。「暴力には力で懲らしめる」という内容を平気で作ってしまった。これはディズニー精神なんですか? (解説) 運命に引き裂かれた王家の美しい姉妹、エルサとアナ。触れるものを凍らせる“秘密の力”を持つ姉エルサはその力を制御できず、真夏の王国を凍てつく冬の世界に変えてしまう。妹のアナは、逃亡した姉と王国を救うため、雪山の奥深くへと旅に出る。アナの思いは凍った世界を溶かすことができるのか?すべての鍵を握るのは、“真実の愛”…。 監督 クリス・バック/ジェニファー・リー 声の出演:クリステン・ベル、イディナ・メンゼル、ジョシュ・ギャッド、サンティノ・フォンタナ、ジョナサン・グロフ in TOHOシネマズ岡南 2014年3月20日 ★★★☆☆ 「LIFE!」 空想の旅と実際の旅は違う、という作品ではない。映画でそれは描くことはむつかしい。何故ならば、実際の旅を描いても所詮それは銀幕上の旅だからだ。そうではなくて、自分の殻を破るために何が必要かという作品だった、と思う。 それは、切羽詰った締め切りだったり、好きな歌だったり、好きな女性の一言だったり、母親の一言だったりするだろう。 男の体験した旅は特別のようでいて、実際は特別ではない。と思う。私は、サメには襲われないし、火山は噴火しないし、ヒマラヤには登らないけど、統べからく旅はあんなものだ。ただ、男には普通の人よりも危機対処能力があったのは確か。それは映画的なウソである。一方旅の感動は真実である。 それにしても、実際の「LIFE」も2007年に休刊、ウェブでのみ過去アーカイブが見れるようになっているとは知らなんだ。何処かの写真週刊誌のようないい加減なモノを写さないということで、やっていける時代ではなくなったわけだ。淋しい。 ■ 解説 凡庸で空想癖のある主人公が未知なる土地への旅を経て変化していくさまを、ベン・スティラー監督・主演で描くヒューマンドラマ。夢を諦め、写真雑誌の写真管理部で働く地味な中年男性が、ひょんなことからニューヨークをたち世界中を巡る旅を繰り広げる様子をファンタジックに映し出す。物語の鍵を握るカメラマン役で『ミルク』などのショーン・ペン、主人公の母親役で『愛と追憶の日々』などのシャーリー・マクレーンが共演。壮大なビジュアルや、主人公のたどる奇跡のような旅と人生に目頭が熱くなる。 ■ キャスト ベン・スティラー、ショーン・ペン、クリステン・ウィグ、シャーリー・マクレーン、アダム・スコット、パットン・オズワルト、キャスリン・ハーン ■ スタッフ 監督・製作: ベン・スティラー 脚本・製作: スティーヴン・コンラッド in TOHOシネマズ岡南 2014年3月20日 ★★★★☆ 「神様のカルテ2」 「ようこそ、医療の最底辺へ」 慢性の医師(看護師も)不足とベッド数の制限、そして貧弱な医療福祉制度のおかげで、一人当たりの診察時間が11分ということでさえも、事務長から「長すぎる」と注意されなければならない中堅救急病院の現実を、医師の立場から描いた作品。 シリーズモノは、得てして二作目の方が上手く作れる場合が多い。登場人物の紹介と世界観の提示に時間を取られないためである。よって、その作品世界の1番描きたいことが、「2」には満遍なく描かれるからだろう。 一止の誠実さは、前作で既に分かっている。今回、神様のカルテを書いたのは誰か。それは、1人の医師の奮闘に、理想の医療の「希望」を語らせない、という作者の願いでもあるのだろう。 患者を取るか、家族を取るか。そういう医療現場は、ホント多くあるのだろう。かつて父親の最期を看取った数年、一日中看病していると、大学病院の若い医師はいつ寝ているんだろう、といつも思っていたものだし、その後地域病院に転院した時も主治医の姿を夜中の10時までよく見たものだ。 一止が歩きながら、表紙を外した漱石や芥川、志賀直哉などのいわゆる古典文学を読んでいるのは、超忙しい時でも彼が読もうとしているのは、とても重要な描写だと思う。 終盤に医院長はこのように言う。 「私は常に常識が大切だと言ってきた。私は理想を振りかざして主張する若者は嫌いだ」病院はボランティアじゃない、ビジネスだ、この作品の中で何度も出てくるセリフである。医院長も当然それはわきまえている、ということなのだろう。しかし、続けてこういう。「しかし、理想を持たない若者はもっと嫌いだ」 文学を読んでも、科学的知識が増えるわけでも、特に古典文学は世間話のタネになるわけでもない。しかし古典文学は本当の意味での教養をもたらせてくれるだろう。生きる方向を指し示す、それが文学の役割である。 宮崎あおいは、今回も安定した演技で、櫻井翔も前回ほど鼻に付くような演技を感じませんでした。 市毛良枝、柄本明は、流石というべきでしょう。 すべての医療現場労働者必見です。 ■ あらすじ 妻・榛名(宮崎あおい)の出産を間近に控えた内科医の一止(櫻井翔)は、一層仕事に励んでいた。そんな折、大学時代の同期で親友のエリート医師辰也(藤原竜也)が本庄病院に赴任してきて一止を喜ばせる。だが、彼は勤務時間が終了するとすぐに帰宅し、時間外の呼び出しにも全く応じない辰也の医師としての態度が理解できず……。 ■ 解説 嵐の櫻井翔と宮崎あおいが夫婦を演じ、ヒットを記録したヒューマンドラマ『神様のカルテ』の続編となる感動作。今回はそれぞれの事情を抱えた3組の夫婦の関係を軸に、悩んだり傷ついたりしながらも命に対して真摯(しんし)に向き合う人々の姿を紡ぎ出す。前回同様櫻井と宮崎が夫婦にふんし、藤原竜也と吹石一恵が主人公の親友夫婦として登場。さまざまな苦難をくぐり抜け、一層成長する登場人物たちの姿に勇気をもらう。 ■ キャスト 櫻井翔、宮崎あおい、藤原竜也、濱田岳、吹石一恵、市毛良枝、柄本明、原田泰造、要潤、吉瀬美智子、池脇千鶴、朝倉あき、西岡徳馬 ■ スタッフ 監督: 深川栄洋 原作: 夏川草介 脚本: 後藤法子 in movix倉敷 2014年3月27日 ★★★★☆ 『白ゆき姫殺人事件』 @KUMA0504: 観て来ました。リツイートする場面がなかったので、残念。これがないと炎上の雰囲気が出ない。『白ゆき姫殺人事件』http://t.co/qn9k6YdMPo #白ゆき姫 @KUMA0504: 箸を落とすことの意味をずっと考えていました(^_^;)。 #白ゆき姫 @KUMA0504: 五重くらいの同じ場面があるんだけど、主人公のみではなく、周りの人も主観によってそれぞれの表情、台詞が変わっていくところが見所かな。 #白ゆき姫 @KUMA0504: ワイドショーって、つくづくあんなだよね。 #白ゆき姫 #eiga #映画 @KUMA0504: 原作は約3年前の作品だけど、今作ったら写真どころか、TwitterやFacebookで映像がどんどん流れると思う。拡散のスピードはもっと速くなっているかも。 #白ゆき姫 #eiga #映画 @KUMA0504: 真犯人の人には可哀想だけど、その人の代表作にはならないんだろうな。頑張っていたんだけどな。特に殺す場面。 あっ、いや、真犯人が井上真央ではないとはいっていない、と言い訳(^_^;) #白ゆき姫 #eiga #映画 ■ あらすじ 人里離れた山中で10か所以上を刺され、焼かれた死体が発見される。殺害されたのは典子(菜々緒)で、容疑者は化粧品会社のOL城野美姫(井上真央)。テレビディレクターの赤星雄治(綾野剛)は、美姫の同僚、家族、幼なじみなどに取材。典子が美姫の同期入社で、美人で評判だった一方、美姫は地味で目立たない存在だったことが報道され……。 ■ 解説 『告白』などの原作者・湊かなえの小説を基に、美人OLの殺害容疑を掛けられた女性をめぐって人間の悪意を浮き彫りにしていくサスペンスドラマ。報道によって浮かび上がる容疑者像をきっかけに、インターネット上での匿名の中傷やマスコミの暴走など現代社会の闇が描かれる。監督は、『ゴールデンスランバー』などの中村義洋。容疑者である地味なOLを井上真央が熱演。テレビディレクター役の綾野剛のほか、菜々緒、貫地谷しほりらが共演する。容疑者がいかなる結末をたどるのか最後まで目が離せない。 ■ キャスト 井上真央、綾野剛、菜々緒、金子ノブアキ、小野恵令奈、谷村美月、染谷将太、蓮佛美沙子、貫地谷しほり、生瀬勝久 ■ スタッフ 原作: 湊かなえ 監督: 中村義洋 in movix倉敷 2014年3月30日 ★★★★☆
2014年04月11日
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ビック・イシュー236号ゲット。今回は面白い記事が多かった。スペシャルインタビューは表紙の坂本龍一さん。坂本さんが社会的な活動を始めたのは、三年前ではなかった。2000年から。地雷ZERO運動、六ヶ所村再処理工場反対運動、植林プロジェクト等々。世界基準でいえば、たくさんいる音楽家の1人なのかもしれないが、日本で言えば、パイオニアなのだろうと思う。 だからこそ、問題意識は鋭くなっていくのだろう。脱原発どころか、改憲、徴兵制と矢継ぎ早にやってくる中で危機意識は強い。(3.11の脱原発集会にも来ない人、選挙にも行かない人に)「どう声を届け、関心を持ってもらうか。」と、大勢の集会参加者を見てもずっと心が晴れなかったらしい。 未来観を聞かれて坂本さんは答える。「未来ですか?まあ、あと20年も持たないんじゃないですか、この世界は。」日本ではなく、世界だから、多分環境問題を意識しての言葉だと思う。 もちろん、ホンネだろう。しかし普通の公式インタビューではなかなか聞けないようなホンネではある。ビック・イシューのいい処はこういう言葉が出てくる所にある。 アンジェイ・ワイダの新作!「ワレサ 連帯の男」を記念して、当のレフ・ワイダのインタビューを載せていた。なかなか曲者の人物だということが分かるインタビューだった。しかし、連帯の20年は改めて「非暴力運動」が独裁政治に有効な戦略であることを明確にすると思う。ワレサの言うように、南アフリカで闘ったマンデラよりも、国内2万人国境に100万人のソビエト軍に対抗する連帯の闘いの方が困難な部分はあったと思う。マンデラは大統領になってますます輝いたが、ワレサは大統領になって「物議をかもす人」になった。この対比も、面白い。 特集「地球を駆ける」で紹介されたプラントハンター西畠清順さんの記事も面白かった。小豆島に移植された樹齢1000年のオリーブ見に行きたい! 今週の伊藤悟さんの「テレビうらおもて」では、佐村河内守さんの記者のエネルギーを全開にした150分インタビューを取り上げていた。感情的に「謝れ」と迫る人、緻密な理論で迫る人、手話をやらせて試す人…。 伊藤さんは、今まで彼を持ち上げてきたメディアが責任を取らず被害者のように振舞っていることと、「政治家やNHK幹部や東京電力など、権力をもった組織や人間に対しては、ここまで工夫を凝らしエネルギーをかけて追求しない」ということを指摘していた。その通り! 今週の販売者はロンドンのシャロンさんだった。英国はさすがビック・イシュー先進国、一冊の値段は2.5ポンドそのうち半分が販売者の収入になるのは同じようだけど、なんと週刊。発行部数は8.2万部だった。 ビック・イシューは今月号から、350円に値上がりする。そのうち180円が販売者の収入になる。これは許せる便乗値上げである。 今までは、よく岡山に行く私が二冊分の購読をしていたのであるが、今度から読者が増えて四冊分の購読になった。天満屋アリス前の彼は、喜んでくれるかな。
2014年04月09日
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郷里の詩人、薄田泣菫の生家を訪ねた。何年も前に整備公開されていたが、やっと見ることが出来た。とは言え、薄田泣菫(1877-1945)を知らない人も多いと思う。明治のロマン派の詩人らしい。文語体なので、今は殆ど詠まれることはない。しかし、私の高校の教科書には出ていた。大学受験のマークシートでは出てくるかもしれない。 生家の母屋は南向きで、玄関から台所の土間部分は吹き抜けになっていて当時の建物としては珍しいらしい。全体の間取りは「四国・九州間」と呼ばれる様式で、寸法は「中間間」である。ハッキリ言って、うちの郷里ではブゲンシャ(金持ち)の家ですな。 玄関から式台を上がると四畳半、その奥が五畳の座敷になっている(写真の間)。座敷奥には二畳の和室と一畳の押入れがあり、茶室として使われていた。今は三畳の和室として復元。 トイレは昔懐かしい雪隠構造、離れ型式になっていた。夜中に行けば怖い。 「艸木虫魚」薄田泣菫 岩波文庫 しかし、随筆はいかにも随筆らしい随筆を書いた。くどくどとは書かず、簡潔に言いたいことを言ってパッと終わる。「艸木虫魚」(岩波文庫)という随筆集がある。そこに郷里ののことを書いていた。以下の通りである。 赤土の山と海と 私の郷里は水島灘に近い小山の裾にある。山には格別秀れたところもないが、少年時代の遊び場所として、私にとっては忘れがたい土地なのだ。 山は一面に松林で蔽われている。赤松と黒松との程よい交錯。そこでなければ味われない肌理の細かい風の音と、健康を喚び覚させるような辛辣な空気の匂とは、私の好きなものの一つであった。メレジュコオフスキイの『先駆者』を読むと、レオナルド・ダ・ヴィンチが戦争を避けて、友人ジロラモ・メルチの別荘地ヴァプリオに泊っている頃、メルチの子供フランチェスコと連れ立って、近くの森のなかを見て歩く条がある。少年は若芽を吹き出したばかりの木立のかげで、この絶代の知慧者から、自然に対する愛と知識とを教えられているが、こういう指導者を持たなかった私は、いつもたった一人でこの松山を遊び歩いた。そして人知れず行われている樹木の成長と、枯朽とを静かに見入ったり繁みの中から水のように滴り出る小鳥の歌にじっと聴きとれたりした。一葉蘭が花と葉と、どちらもたった一つずつの、極めて乏しい天恵の下に、それでも自分を娯しむ生活を営んでいるのを知り、社交嫌いな鷦鷯が、人一倍巣を作ることの上手な世話女房であるのを見たのも、この山のなかであった。フランチェスコは森の静寂のなかで、レオナルドの鉄のような心臓の鼓動を聞きながら、時々同伴者の頭の縮れっ毛や、長い髯が日に輝いているのを盗み見て、神様ではなかろうかと思ったということだが、私も偶に自分の背後や横側で、黒い大きなものが、自分と同じような身振で物に見とれ聞きとれているのを見て、思わずびっくりしたことがあった。それは山の傾斜に落ちている私の影だった。 私はそんなことにも倦むと、山のいただきにある大きな岩の背に寝転んだ。そして自分の上に拡がっている大きな藍色の空をじっと見入った。空にはよく鳶の二、三羽が大幅な輪を描いて舞っていた。私のとりとめない空想は、その鳶の焦茶色に光った翼に載せられて空高く飛んだものだが、どうかすると鳥の描く輪は、次第々々に横に逸れて、いつのまにか私の視野から遠ざかってしまうことがないでもない。振り落された私の空想は、あぶなくもんどりうってまた私のふところに帰って来た。 私はまた海にもよく往った。多くの場合水島灘の浪は女のように静かだった。私は岸の柔かい砂の上に腰をおろして、眼の前を滑って往く船の数をよんだりした。船はいずれも白鳥の翼のような白い帆を張っていた。そして少年のとりとめのない夢を載せて、次から次へと島々のかげに隠れて往った。 海が遠浅なので、私はよく潮の退いた跡へおり立って、蝦や、しゃこや、がざみや、しおまねぎや、鰈や、いろんな貝などを捕った。私はこれらのものの水のなかの生活に親しむにつれて、山の上の草木や、小鳥などと一緒に、自分の朋輩として彼らに深い愛を感ずるようになった。そしてこの世のなかで、人間ばかりが大切なものでないことを思うようになった。 あの小高い赤土の松山と遠浅の海と。──思えばこの二つは、私の少年時代を哺育した道場であった。 赤土の松山と遠浅の海について、だいたいどの辺りかという土地勘は私にはある。泣菫が寝転んだ大岩に寝転んだことが、私にもあったような気がする。 しかし、今はミソサザイなどは絶えて見ることはなく、大岩は掘り返されて整備されて今は住宅団地に変貌している。水島灘は戦争末期に戦闘機工場から水島大工業地帯に変貌を遂げ始終嫌な匂いのする泥海に変わった。 泣菫は人生の殆どを都会で過ごしたが、パーキンソン病を得て昭和20年にこの生家に帰って同年68歳で亡くなっている。もはや遠浅の海が埋め立てられてなくなっていたのも見ることはなかっただろう。泣菫の最後の日々はいったいどんな日々だったのだろう。 2014年4月4日読了
2014年04月08日
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昨日は朝早く起きて氏子の祭というモノをした。村内にある神社のことではない。親戚でもなんでもない村内の我が○○姓を祀る処である。 場所は村内の墓地から少し外れた大木の下になる。先ずは参道の草取りをする。これが大変。 そのあと、幟を二本立てる。榊を生けて、ロウソクを立て線香を立てる。スルメと豆、バナナなどの食物、お酒をあげまします。 これでお祈りして終わりである。一度途絶えたけど、現在当番が7年に一回回って来て四月第一日曜日と六月第一日曜日にやるらしい。聞けば、いたる大木の下に立派な祠を作り、村内の姓ごとの氏神様がいるらしい。めんどくさいけど、大事なことだと思った。 教えてくれて一緒に祀ってくれた当番の2人の老人は青年月日を聞けば、90歳と84歳だった。よくもまあ、こんな山道を歩けるモノだ。秋の祭も、神輿を担いで歌う唄の継承は子供会中心に出来ているけれども、本当の祭は実はそのあとの12月に行っているらしい。「申若祭も、幟を立てない当番もいるようになった。あれも廃れるじゃろうな」いい歳をした私たちが、その時までその祭の存在そのものまで知らなかったのだから、そうなるのかもしれないが、実に淡々としたものである。こう書くと、ものすごい田舎のようですが、人口で言えば、確実に万を越える町になっている処なんです。貴重な体験をさせて貰いました。 その日は、あと岡山市まで出て、映画を一本観て、県立図書館に本を二冊返して本を二冊借りた。「ビックイシュー」を買って、丸善で本を一冊買った。途中花見をするつもりで惣菜と串団子まで買ったのに、あまりの寒さに寄り道せずに室内で食べたのでした。写真は、県立図書館の桜です。散りかけだったのですが、まだ立派でした。 寒き世に残り辛夷の願い文
2014年04月07日
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「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦(もりみ とみひこ) 角川文庫 処は京都。ある大学二回生は一回生の奔放な少女のような女の子に恋をするけれども、外堀を埋めるのみで本丸を落とせない。春の先斗町で酒屋を巡り、夏の下鴨神社糺の森の古本市で一冊の本を求めて地獄を彷徨い、秋の学園祭でも彼女を追い続けて生死の境を跳ぶ。冬の魔の風邪の流行に果たして先輩は彼女の看病を勝ち取ることは出来るのか。 神のご都合主義と、不可思議キャラと、軽妙洒脱な言いまわしがとっても愛くるしいお話だった。男は統べからく先輩の片想いに共感し、女は統べからく女の子のむんと胸をはり歩いてゆく姿に共感するだろう。 私は長い間「夜のピクニック」と内容を誤解して、読むのに二の足を踏んでいた。天と地とぐらい離れたお話であり、不明を恥じた。 これはアニメに向いた作品だ。監督今敏、キャラクターデザイン羽海野チカで作品化したならば、きっとヒットすると思う。今は叶わぬ夢なれど。 2014年4月3日読了
2014年04月06日
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「核の海の証言 ビキニ事件は終わらない」山下正寿 新日本出版社 被災者の死亡や病状をもって立証するという厳しい調査の積み重ねをせまられ、重くて長い歩みだった。「セメントで固めた用水路が赤い子(赤い沢ガニ)によって穴があけられ崩れる」のたとえのように、地道な調査で少しづつ壁に穴があき始めた。 2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故によって、この穴は一気に拡大し、ビキニ事件を消し去ろうとした壁を崩し始めた。(241p) 「あとがき」で著者が言っているように、80年代から始めた高知県高校生のビキニ環礁水爆実験の被爆者調査から30年、それは途轍もなく厚い壁をほじ空ける闘いだったと思う。ビキニ事件の被爆実態のみならず、他で操業していた漁船は約1000隻。政府・米国が隠そうとしてきた実態を明らかにする事がいかに困難を究めるか、私たちは福島原発事故で既に知っている。しかし、蟻の一穴とでも言うべきその地道な作業が実を結ぶのは、皮肉にも福島原発事故があったからだというのである。私は伊東英朗監督の「X年後」で山下元高校教師の調査を知った。映画では省略している詳しいデータは本で出版しないのかな?と思ったら、やはり出ていた。 福島原発事故は、その汚染の規模と海洋汚染の長期化において最もビキニ事件と似ており、政府・大企業の対応の仕方も似ている。ビキニ事件を解明すれば、原発事故のこれからを見通し、同じ道を歩まないための覚悟が出来る。(241p) 私も全く同意見である。ビキニ環礁水爆実験の影響は、そのまま福島原発事故の未来へのシュミレーションだろう。 以下印象に残った処。 第八順光丸の船員高木和一さんが急性白血病で亡くなった時、亡くなるまでは決して実験とは関係ないと言っていた病院が亡くなった途端に病理解剖を何度も何度も申し込んでくるという厭らしさ。 死の灰はおもに日本やフィリピン、中米などに広がった。米国は放射能検査をきちんとして、冬季以外で核実験をするようになった。それは、季節風で米国内への降下がなるべく大きくならないようにしようとしたのではないか。観測された一日あたりの死の灰は米国内でも最大で、原発などの放射線管理区内に相当する凄まじいレベルだった。 「ロンゲラップ島の放射能汚染は、人間の居住には安全だとしても、その水準は地球上の人の住むいかなる地域よりも高い。島民たちがこの島に住むことにより、放射能が人体に及ぼす非常に貴重な生態学的データが得られるだろう。」(アメリカ医療団の検診報告書「コナード報告」1958年度年報) 弥彦丸には徳島大学医学部から山本謹也医師が乗船していた。彼は下船後の乗員を岡山大学付属病院で検査し、「放射性物資による白血球減少の疑いあり」との所見を発表、平さんは何度も船員保険の適用を申し込んだが、長崎県はこれを拒否(1978)した。 2014年3月23日読了
2014年04月05日
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「心の力」姜尚中 集英社新書 「はじめに」にこうある。 すべてを投げ打って自らを告白する先生と、その告白を受け取る「私」。その「私」が過去をふり返りながら、亡き先生の秘密を語る「こころ」は、先生から「私」への、死者から生者への、心の相続でもあります。いまを生きる「私」は、いわば人生の謎に迫る「秘儀」を先生から授かり、それをしっかり受け継いで、次に語り継ぐため、先生について語り始めるのです。 この意味で死んでいった人々は、みんな先生といえるかもしれません。私たちは、こうした「秘儀伝授(イニシエーション)」を通じて心の実質を太くし、「心の力」を自覚できるのかもしれません。 ところが、これとは反対に、過去を見失い、「出会った人々」を見失い、ただひたすら未来を思い煩いながら現在という一瞬一瞬を生きている限り、心の力は見失われ、心は虚ろになっていくばかりではないでしょうか。 なるほど、過去を振り返らず、未来に向けて前向きに生きろ、そうした励ましの言葉は、耳に心地よく、肯定的なイメージを与えてくれるかもしれません。しかし、その肝心の未来そのものが、どうなるのか、皆目見当つかないのですから、不安にならないのが、不思議なくらいです。まだ「ある」とも言えない未来をあれこれ予測し、株価の乱高下のようなものに自らを託すとすれば、片時も落ち着いてはいられないはずです。 過去は意味がない、未来がすべてだ。 こうした時間にまつわる現代的な意識を逆転させて、むしろ確実に「ある」過去に目を向けさせ、そこから心の力の源へと遡る物語が、これから取り上げる夏目漱石の「こころ」であり、ドイツの作家、トーマス・マンの「魔の山」です。(10p) ここに姜尚中の問題意識のすべてがある。著者がこの本を書く直接の動機は息子の「自死」をどう癒すか、ということだったと思うが、それを社会問題までに掘り下げようとしている処に特徴があるし、価値があると思う。著者は現代の右翼的潮流の中で第三の「戦後派」が台頭するのではないかと危惧する。第一のナチスの時と同じような右翼的若者の反乱である。 著者はこんな時代だからこそ、魔の山或いは先生の家のような、モラトリアムを実現させてくれる処が必要だと説く。それは、生産性はないが、いつ果てることない議論が出来、生涯の友を得る処である。 そしていつか「先生」という誰かを得て、決定的な一言「秘儀伝授」を受けるのである。不肖私には、その一言があったような気もするし、無かったような気もする。いや、いま現在がモラトリアムなのだから、これからあるのだと信じたい。 この本は、私のようなモラトリアム人間には勧められない。むしろ、時代と共に生きて潰された人(例えは、自殺を考えているような人)、或いはその人生を観て来た人に勧めたい。きっと何かの「秘儀」があると思う。その意味でこの「心の力」とは、誰もが体験する心ではなくて、非常に特殊な心だと思う。 2014年3月21日読了
2014年04月04日
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「花石物語」井上ひさし 文春文庫 もうすぐ4月9日で、井上さんが亡くなって4年が経つ。もうそんな時が過ぎたのか、と唖然とする事がある。 1871年3月18日、パリの民衆がティエール臨時政府に対し武器をとり蜂起した。28日に革命政府「パリ・コミューン」樹立している。 その数年後にマルクスは「フランスの内乱」を書き、そのちょっきり10年後の1881年3月18日、パリコミューンに居合わせた西園寺公望がその一年後に渡仏して来た中江兆民を主筆として『東洋自由新聞』を創刊した。10年という月日は、それだけ人間と時代を変えるのである。 然るに、私はどうか。「再出発日記」というブログを始めて、はや9年目の春を迎えようとしている。なんにも変わっていない。 いや、この本の感想でした。 小松青年は、上智大学に入学したものの、東大コンプレックスと都会生活の疲れで強度の吃音症に陥る。休学して母親のいる花石(釜石)に帰る。そしてゆっくりゆっくり、ぶざまに、正しく「再出発」してゆく。創作だけど、自伝的要素も色濃く残っている。 ただ、井上作品が読みたいというだけで手に取った本書なのであるが、不思議とその時々の自分にあった本が向こうからやって来るのが、私の読書生活です。 夏夫は不意に、この鶴先生も、自分やマドロス先生と同類なのではないか、と思いついた。自分は、吃音という鎧を着ないと他人に正対出来ない。自信がないから裸で世界と向きあえないのだ。マドロス先生は変装しない限り、女性と話せない。同じように、裸で女性と付き合う勇気がないのである。そして鶴先生は「花石文化人」という鎧なしでは世界に立ち向かえない。だからしょっちゅう、なにか文化的な仕事をしようと画策している。 「民話さ成ってはいねえべか」 自分とマドロス先生と鶴先生は三つ子だ。すると鶴先生が世界に対して自信を持つことができれば自分もまたすこしは救われるのではないか。通る理屈か、通らない理屈か、よくわからないが、夏夫はそう考えた。 「さささっきの馬喰の話のように、もももっと、ぐたぐたぐた‥‥具体的に書いたらどうかなあ」(227p) 付箋紙を付けた処である。なんらかのヒントを貰ったかもしれない。 東北の港町の昭和30年代の人々の街と田舎の生活がイキイキと描かれていた。それが50年後には津波に呑まれてしまう(と、いうのはもちろん描かれてはいない)。けれどもしたたかな人ばかりだったので、みんなきっと大丈夫だっただろう。 2014年3月22日読了
2014年04月02日
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4月1日である。ついに50歳の誕生日を迎えた。(←ウソです) 消費税が上がった。買いだめは特別しなかった。特に「食品、日用品、電化」はしても意味はないと、あさイチでやっていたので納得して従った。ガソリンだけは昨日のうちに入れて置いた。つくづく一リットル5円の値上げは痛いだろうとは予想する。ところどころで車が列をなしていた。 そこで一句。 スタンドへ増税稼ぎの数珠つなぎ アタマに来ることばかりだけど、幾つか。 テレビの政府CM。主婦がこの増税は自分たちに返って来ると納得している。そんなウソは流すな!ついでに、報道は「増税分は福祉のために使われる」と臆面もなく宣ったり、仕切りに駆け込み買いだめの場面しか流さない。買いだめするカネもない、と悲鳴をあげている庶民の声は拾わない。 スーパーは業界の申し合わせななんか知らないが、一斉に税抜き価格表示に切り替えるという。つまり「見た目」は値下げになる。なんという姑息な。まだスーパーに行ってないが、見る度に腹が立ちそうだ。 さらにもう一つ、私の重要な趣味である映画鑑賞の値段が実質「便乗値上げ」した。いまどき誰が映画を通常料金で見るというのか。割引き料金の100円増しというのは、10割値上げと同義語である。内税1000円だった散髪屋も急に「1000円に税金をかける」と言った。「それは便乗値上げですよね」と、言いかけたが、従業員に言っても仕方ないとやめた。 増税は四月馬鹿にして欲しい
2014年04月01日
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