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ビック・イシュー261号ゲット。この日曜でした。実に四回目の正直で、販売者さんに会うことが出来ました。体調を本気で心配していたんです。 「お久しぶりです。お身体は大丈夫なんですか?」 「まあ、大丈夫です。四月の土曜日曜は、この天満屋前は企画が増えるんですよ。遠慮しちゃって。ひと通りは多いんですが、舌打ちが聞こえるとやっぱり‥‥」 でもいいこともあったと言う。最近販売場所から近い処に住まいが移った。なんと以前は40分もかけて歩いてここに来ていたらしい。 「えっ⁉自転車は?」 「この箱に何百冊も詰めて持って来なくちゃいけない。ゴロゴロ引いてくるしかないんです。でも距離が1/3になったから、今度は雨の日でも販売することが出来るようになりました。身体にもいいしね」 あゝそれで大雨の日は休みだったんだ。 表紙は今年のグラミー賞を席巻したサム・スミス。(音楽は苦手なので、ここまで) 読ませたのは、なんと言っても特集の「ギャンブル障害」である。 なんと、国内のギャンブル障害が疑われる人は536万人。有病率は男性8.7%、女性1.8%。成人全体では4.8%に登るという。アルコール依存の109万人、ネット依存の409万人を大きくしのぐ。 作家で精神科医の帚木蓬生は言う。 「海外の調査によれば、米国が1.6%、韓国が0.8%ですから、日本は3-6倍です。法律では「遊戯」として扱われていますが、実質的にはギャンブルであるパチンコ・スロットが身近な街の中にあり、世界に720万台あるギャンブル機器の64%にあたる460万台、国民30人につき一台という保有台数を誇る日本ですから、当たり前の数字だと思いますよ」 ギャンブルはアルコールや薬物のように、物資を体内に取り込むわけではない。ギャンブル障害は病気なのか?それが世界的に認められて来たのは、実質的に脳に変化を起こさせたのが明らかになったのは、つい最近だ。しかも、日本は政策的にパチンコ・スロットを黙認し、ギャンブルは国営として保護している。 「ギャンブル障害は長らく個人の責任だと言われて来ましたが、国家にこそ責任があります」 私はパチンコ依存「症」の人たちを何人も知っている。1人は生活保護を受けるまでになった青年だし、1人は普通の立派な優しいご主人なのだが、奥さんによれば「家一軒買えるほどはつぎ込んでいる」という。 国の責任を問おうとすれば、国家は本気で潰しにかかるだろう。ビック・イシューならではの特集だった。
2015年04月29日
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「台湾の歓び 心悦台灣」四方田犬彦 岩波書店 著者は2014年の春までの約半年間台湾に長期滞在した。その時の見聞を著した本である。韓国留学の経験もある著者と私には共通点がある。10年間韓国旅行ばかりして、最近台湾旅行もしてきた私と比べれば、ちょうど彼は「big私」ということになろうか。そのためか、とっても共感する所や、次回台湾旅行に役に立ちそうなことが多く書かれていた。再び言うが、著者はbig私なのである。あくまでも旅行者の視点でこの本は書かれている。 本の構成は三部から成る。台北見聞記と、媽祖(マーツ)巡礼、台南ブラ歩きである。 台北で詳しく描写されている龍山寺から西門町を経てさらに台北駅の北側の辺りは、まさにこの前の旅で私が集中的に歩いたところ。私の見聞がいかに浅いものだったかを、まざまざと見せつける。龍山寺前の公園のような一画の賑わいの秘密、寺の屋根にある装飾は「せんねん」ということを初めて知る。私たちが飲んだ華西商店街の北側にある青山宮の物語。西門町の歴史、迪化街の物語。第三部の台南のブラ歩きも素晴らしく、次回旅行時に持ち歩くか、出発前に読んでおきたい本になった。 著者はいうまでもなく、映画評論家である。いろんな台湾映画人、作品が出てきて、その意味でも非常に参考になった。 特に「海月七号」と「セデック・バレ」を監督し、「KANO」をプロデュースした魏徳聖(ウィ・ダーシェン)の評価については、ほぼ同意する。「KANO」についての長い紹介と評論がある。これが「セデック・バレ」と対の関係にあること、自己回復の物語であること、前半で水は暴虐を尽くし、後半ではそれを制御すること。日本の植民地統治に様々な部分で異議を唱えながらも、それを内面化する過程を描いたこと。いい評論だった。ただし粗筋の紹介で、決定的な事実誤認が幾つかあった。訂正を希望したい。 学生の立法院占拠、媽祖巡礼の記事は読み物としてドキドキし、楽しかった。現代台湾が、まさに歴史を生きていることを知った。次回の旅行は、少しでもその残り香を嗅いで来たいと思う。 2015年4月23日読了
2015年04月28日
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「しかし、それだけではない。」小森陽一対談集2 シネ・フロント社 他にも興味深い対談はあるのだが、ドキュメンタリー映画「しかし、それだけではない。加藤周一幽霊と語る」を撮った桜井均との対談に、多くの学びがあったので、その紹介を最優先する。まだ映画は観ていない。観るべきだと切実に思った。買うしかないのか⁉ 小森陽一 いま夢幻能とおっしゃいましたけど、複式夢幻能の場合、旅をしている法師なり、歌を詠む人なりが、まずその土地の人、現実に存在していると思われる人と出会って、いろいろ語らっていると、実はその人はすでに亡くなった、非常に深く重い過去を抱えていた誰かの霊であって、その後はその霊が自らを語り始めていく。それが複式夢幻能ですが、この映画全体はそういう形式を、結果としてなのかもしれませんが、入れ子状に組み込んでいます。幽霊と加藤さん、加藤さんと私たち、という具合に。(12p) 桜井均2004年に「9条の会」の呼びかけ人になられた。あのとき、もしかしたら中西さんに「加藤、今だ、行け」というふうに背中を押されたのかなと、僕は勝手に思ったんです。 小森陽一 私もそう思いました。つまり、霊の「乗り移り」というか、戦後ずっと加藤さんは中西さんの幽霊と対話をつづけていたんだと確信しました。(18p) 桜井均 (2006年東大駒場での講演会の)最後の方で「船が沈んでいくときに何を思うかというときに、残った人たちが十分生きてくれることだ。それには平和じゃなけりゃ生きられないでしょ。戦争やって何をするんですか。なんのために戦争するんですか」と強く言うところがあります。あれは最初、中西さんの話をしているんです。南方で船が沈んでいくときに中西さんがそういうことを思っただろうと。ところが途中から完全に中西さんと加藤さん自身が重なって「私」と言っている。 小森陽一 ある種の憑依、あるいは憑霊ですね。(22p) 今まで、ここまで中西哲吉という敗戦数ヶ月前にフィリピン沖に沈んだ加藤周一の友人のことが、形を持って現れたことはなかったと思う。加藤周一を語る上で重要な人物だとは思っていたが、どのように重要なのかはこれでハッキリわかった気がした。いや、小森陽一と桜井均に加藤周一の霊が憑依して、語らせたのか。 しかしそれだけではない、他にも重要な指摘が続く。 小森陽一 非常に文学的に重要なことを桜井さんはおっしゃったと思います。つまり、「今=ここ」というのが、一方では日本的現世主義というか、神道には教義がなくて今この瞬間に祝詞をあげればそれでいいというおさえ方がある。その態度は過去を切り捨て水に流し、未来も考えず、この場だけ辻褄をあわせればいいということにも一方ではなる。だけどそれとは逆に、過去を全部「今=ここ」に引き寄せているがゆえに、この瞬間に未来全体に責任をとるという自覚のもとに行動するという「今=ここ」主義もあるわけです。加藤さんの姿勢、たぶん「9条の会」の呼びかけ人になったときの決断は、後者の「今=ここ」主義だったのだと思います。(略)そうすると、そういう点でも「日本文学史序説」を今の桜井理論で読み直す必要がありますね。(略)石田梅岩の心学を論じているときも、彼は庶民むけには現世ご利益主義みたいになるけれど、自然観はすごく深い、と加藤さんはおっしゃっる。あの矛盾した言い方を解く大事なヒントをもらった気がします。 桜井均 加藤さんの場合、いつもわかんないですよね、今日はどっちだったんだろうと。 小森陽一 その両方を一緒に考えてらっしゃるのでしょうね。何度もそういうことがありました。(33p) 桜井均 僕はドキュメンタリーを作ってきたものですから実証主義的なところがあって、数えてみたら「しかしそれだけではない」という言葉が「夕陽妄語」で25回以上出てくるんです。他にもいっぱい出てきます。 小森陽一 (「夕陽妄語」を手にして)この付箋のところですか。 桜井均 そうです。そこを読んでいくと話がそこから急転直下、きりもみ状態で深まっていくんです。だから反語の「しかし」じゃないんですね。ただ「それだけではない」と言えばいいんだけど、語呂として「しかしそれだけではない」と言っている。(略)一回断定して、もう一回相対化するという、もう一つの眼があるんですよね。(略)もう一個の目で見ると、そこにいろんな人の想念がある。そこには、いくつもの一回性があって、言っておかなければならないことや人がたくさんいる。 小森陽一 加藤さんは、理不尽な死に方を強いられた一人ひとりのことを思っていらした。映画の中でも「なんど謝ればいいんですかというけれど、死んだ人みんなに謝らなければいけない」とおっしゃっていて、固有名を持った死者の一人ひとりが大事なんだということを加藤さんは強調されています。そういう思いにぐっと入ったときに「しかしそれだけではない」が出てくる感じですね。 桜井均 いつも自分を相対化しながら「もっとあるんだぞ」という感じなんですよね。中西さんの話はレストランなんかでしない方がいい。これだけは許せないんだと、ほんとに興奮して机を叩くんです。バーンとね。そうすると周りのお客さんがびっくりしちゃうわけです。あの顔で怒るわけですから。 小森陽一 ほんとに怖いですから、加藤さんの場合。 桜井均 実は実験で二回ぐらいやってみたんです(笑)。すると、条件反射的に机を叩くんですよ。 小森陽一 それがつまり、加藤さんの友人に対する記憶の身体化の在り方なのですね。(37-40p) 桜井均 若い人の中に、そういう人が結構いるわけです。そういう人がこの映画のどこで反応するかというと、先ほど触れた「橋渡し」のところなんです。加藤さんが「どんなちっぽけな人間でも、この世界に意味を与えることのできるのは自分なんだよ」ということをおっしゃっるでしょ。あそこに反応する若い人が意外と多いんです。(略) 小森陽一 そうだと思いますね。つまり、自分の中に独自の価値体系を持たずに、すべてまわりから評価されるだけ。とりわけ日本の点数競争だけの学校社会的な成績主義の中だけでしか自我形成ができていない。中味のない数値だけだから焦燥感をかきたてられる。だけど、どんなに焦燥感にかられながらやっても、所詮は他人の評価だから、全然自信にはならないわけですよね。その逆転現象が、ある時期まで流行った「自分探し」です。その言葉に騙されて、せっかく正社員で入社したのに、突然辞めてフリーターになってしまう。1990年代から若者たちが「自分探し」をさせられてきたとすると、「世界に意味を与えることのできるのは自分自身の意識だ」という加藤さんの言葉は、自分を一気に外へ開かせる力を持っています。さらに次の瞬間、もっと自分が問われることになる。世界に意味を与えられるかというと、簡単ではない。非常に鋭い問いかけになっていると思いますね。 桜井均 それを言って加藤さんは去っていくんです。(40-41p) 私も「序説」の読み直しと、「妄語」の中の「それだけではない」をもう一度読み返す必要を感じた。この対談(2010年)の概要は知っていたのだが、その全容は価値が全く違うものだった。やはり概要は概要だった。 加藤周一はたった5分間の「那智瀧図」のために根津美術館に赴き断っていた美術品に対するコメントを言う人だった。ガラス越しにではなく、直に絵を見るために苦労を厭わない人だったのだ。概要を知るということと、全文を読むということと、直に話を聴くということと、直に対話するということは全くレベルが違うんだということを再認識した。もはや直に話を聴いたり対話することは叶わない。ブログに書く場合は、全文を読んだ時に限ることを改めて決意する。 2015年4月23日読了
2015年04月27日
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「町内会は義務ですか?」紙屋高雪 小学館新書
2015年04月26日
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平和新聞4月25日号では、見開きで今国会で成立を狙っている安保法制(戦争立法)の解説を行っています。法案そのものの危険な中味はいろんな人が言っているので、後半の「一般人も関係する場合」のところを抜き出して紹介します。 マンガの左側、民間人まで動員される可能性がある?将来的には十分可能性があるのです。 自衛隊103条では、防衛出動時において、医療や土木建築工事、輸送業に従事する民間人を動員できると定めています。動員の命令は、都道府県知事の発行する「公用令書」で行います。 政府が与党に示した自衛隊法改定案では、日本に武力攻撃が発生した場合に加えて、集団的自衛権を行使して海外での戦争に参加する場合も防衛出動として位置づけています。 与党協議に示した政府の説明資料では、自衛隊法103条の規定は主として日本への直接攻撃で被害が生じた場合を念頭に置いたものであるとして、集団的自衛権行使の場合には「適用しない」と記しています。しかし、集団的自衛権行使も防衛出動として位置づけることで、将来的な民間人動員の可能性は否定できません。 また、防衛出動でないインド洋やイラクへの自衛隊派遣でも、自衛隊の装備品の修理のために民間企業の従業員らが派遣されています。自衛隊がより危険な地域で活動するようになれば、こうした民間人も危険にさらされる可能性が高くなります。 右側のマンガ。こちらは将来ではなく、国会で通ったらすぐにでも起きそうな気がする。 自衛隊法は、防衛出動命令が下った時、命令にしたがわなかった場合、7年以下の懲役・禁錮に処すると定めています。隊員本人だけでなく、教唆・幇助した者にも同じ刑事罰が課せられます。 これまでは、「防衛出動命令」が出されるのは、日本に対する武力攻撃が発生した場合に限られていました。しかし、今回の安保法制は、日本が武力攻撃されていないのに集団的自衛権を行使して海外での戦争に参加する場合(「存立危機事態」)も、「我が国を防衛する」活動に含めようとしています。 「イラク戦争は道義的に過ちであるばかりでなく、合衆国の法も手荒く侵害する行為」、「この戦争に参加すれば私自身が戦争犯罪の片棒を担ぐことになる」としてイラクへの派遣命令を拒否した米陸軍のワタダ中尉は、軍法会議にかけられました。 安保法制が成立すれば、日本でも同じようなことが起こりかねません。母親が自衛官の息子に戦地派遣命令を拒否するように説得した場合も、「教唆・幇助」で逮捕される可能性があります。
2015年04月25日
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「政治家はなぜ「粛々」を好むのか」円満字二郎 新潮選書 ・不信任決議案が提出されても粛々と否決する。 ・開催にむけて粛々と手続きを進める。 このように使われる「粛々」についてプロローグで指摘しておいたことは、大きく分ければ二つある。一つは、最近20年ほどの間に使用頻度が急上昇してきた言葉である、ということ。しかも、ナントカ長官とかナントカ理事長などといった肩書きを持つ、広い意味での「政治家」たちが好んで用いる言葉でもある。 もう一つは、「粛」には「おごそかに」という意味があるので「粛々」もその強調表現のように思われがちだが、実際には「慌てずさわがず」という意味で使われることが多い、ということ。「おごそかに」が、儀式か何かを「日常とは違った特別な雰囲気で」行うことだとすれば、政治家のみなさんが好む「粛々」は、むしろ「日常のやりとりとは変わらずに」というニュアンスが強いのである。(195p) このあと、著者は頼山陽の漢詩の中の「鞭声粛々」で有名になったこの言葉は、擬音語由来の「漢字の擬態語」の典型例だという。この限りでは「しずしずと」という意味になる。しかし、あまりにも有名になったので、組織のリーダーが好んで使い「ある組織なり集団が、秩序を保ってあることを遂行していく」言葉として「生まれ変わった」と指摘する。(203p) ある組織が、秩序を保ってあることを遂行していく。その必要性を最も痛感する人物は、だれだろうか。それは、組織のトップであろう。秩序を保っていけるかどうかは、彼なり彼女なりのリーダーシップにかかっているのだから。そして、その必要性を最も痛感する場面はといえば、それは苦境にあるときに違いない。批判にさらされ、へたをすればその組織が空中分解しかねない状況でこそ、リーダーシップが必要とされるのだから。かくして、「粛々」は苦境にある「政治家」たちがよく使うことばとなっていく。(204p) この本の目的は、漢字の擬音語(日本語でいう「雨がしとしとと降る」のあれ)が変遷して擬態語になることを述べることである。しかし、私の関心はそこではない。いうまでもなく、先の菅官房長官と翁長沖縄県知事との会談で翁長県知事が「上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている」と言ったことについてひと考察したかったからである。 ネットウヨからは「粛々はおごそかにという意味だから、県知事の発言は的外れ」という指摘がけっこうあるらしい。それがいかに「的外れ」な意見かは、この長々と引用した文章を読んでいただければよーくわかると思う。 では、「粛々」は「上から目線」なのか。この著者は「政治家が苦境にあって」使っているのだという。実際、官房長官は翁長県知事の言葉は心底意外だったようだ。お坊ちゃん首相は心底怒っていた。そして、上から目線の言葉に必然的になった。私は「苦境にあって」いるからこそ、「上から目線で」使っていたのだと思う。そういう言葉の使い方は、私たちは中学・高校生時代を通じて何度かは経験する。先生に正しい「指摘」をした時である。「今はそんなことを言うべき時じゃないだろ」「私はお前たちのためを思って言っているんだぞ」「もっと広い視野で考えろ」。それは1人の学生よりも1人の先生の方が立場は強いから言えた言葉である。他の言葉で言えば、「自分の立場を優先し、学生のことを思いやらないで使う言葉」だった。翁長県知事の「指摘」は、「粛々」の使い方の新たな定義を提出したという意味で画期的だっただろう。 かくして「粛々」は、苦境にある「政治家」たちが、「ある組織が、秩序を保ってあることを遂行していく」という意味で、上から目線で使う言葉である。 2015年4月19日読了
2015年04月23日
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「ナショナリズムをとことん考えてみたら」春香クリスティーン PHP文庫 まるで大学生の社会学的な政治学のレポートみたい。有名人だから、有名評論家との対談を載せているが、それを論文の引用と考えれば、「日本人の政治体質の特徴」という長文のレポートになるだろう。 評価するならば、B+である。 彼女は思いがけず「炎上」を経験して「右」とか「左」とかの「レッテル貼り」に疑問を持ち、この本を上梓する。本格的に評論家の意見を聴き、政治に対する一冊の本を書いたのは、タレントとしては真面目な態度だと思う。 しかし、致命的なのは、論文(評論家)の選択が適切ではない。所謂「左」(とレッテルを貼られている)人の引用がないのは、片手落ちである。また、論文の資料批判が出来ていない。朝日の吉田証言を批判するのはいいが、三橋貴明氏の「日本軍が朝鮮半島で慰安婦を強制連行した証拠はひとつもない」(44p)という発言を無批判に載せるのは、事実誤認。春香が同じ意見というならば、さらに質が悪い。そういう論文引用の事実誤認が他にもあった。 5章からは、レポートのまとめに入っているので、全面的に彼女の意見だろう。萱野稔人氏の意見を全面的に採用しているのは、もっと勉強して欲しいと思う。「高度成長期ならば、「左」陣営の「教育・福祉などへパイを寄越せ」要求は説得力があったが、成長が止まっている現在では現実的ではない」というのは、違う。「左」は高度成長期に「利益の分け前を寄越せ」と言っていたのではない。その時から、大企業優先、軍拡などの金の作り方・使い方の「構造的な変換」を求めていたのだ。共産党でさえ、空想的な社会主義国家を直ぐに実現させるのではなく、先ずは社会民主的な社会を要求していた。実際その多くは西欧社会で「実現」している。その要求の構造は今も同じで、大企業の儲けのおこぼれで景気が良くなると主張しているのが自民党で、消費者の購買力を高める方が優先されるべきで、その方向で景気をよくしようとしているのが共産党である。どちらが正しいかで意見が分かれるのは当然だが、事実誤認はよくない。 他にも細かい所で異論はあるが、それでもB評価なのは理由がある。大きな結論部分は、ありきたりだが重要な指摘をしているからである。 ネットの議論は「タコツボ」化しているので、直に現場を見に行ったり、直に対話をしようと提案している。 また、「右」も「左」も少数派である。多数派はどっちつかずで迷っている。悪いのは、その多数派がレッテルを貼りを恐れて、声が出せなくなっている。それを打ち破るためにも、対話が必要だというのは、重要。 つまりはもっと気楽に政治の話が出来るようになろう。と、言っているのだ。なぜならば、政治はあっちの世界ではなく、みんなの生活に直結する「こっちの世界」の話なのだから。 B−にするべきか、迷いましたが、結論部分に「大きく」共感して+としました。 2015年4月12日読了
2015年04月22日
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「ユマニチュード入門」本田美和子 イヴ・ジネスト ロゼット・マレスコッティ 医学書院 とっても薄くて直ぐに読みきれるけど、とっても深くて役に立つことが書かれていました。 「驚きの介護民俗学」(六車由美)と同時に図書館に予約したのだが、あちらは一ヶ月ほどで読めたのに対し、こちらは半年もかかってしまった。つまり、それだけ介護現場に高頻度に利用されてるということなのだろう。 書かれているのは、しかし極めて介護の基本である。基本の基本は、このようにまとめられていた。 ●正面から近づく ●相手の視線をとらえる ●目が合ったら2秒位内に話しかける ●最初から「ケア(仕事)」の話はしない ●体の「プライベートな部分」にいきなり触れない ●ユマニチュードの「見る」「触れる」「話す」の技術を使う ●3分位内に合意がとれなければ、ケアはあとにする。 気がつくのは、昔の近親者の介護と態度としては同じ。それに科学的な根拠を付けたしただけのように思える。それならば、これは介護労働者に必要な知識だけではなく、すべての介護に必要な知識になるだろう。また、効率という「主義」を優先させて、結果的に(さらに病状を悪化させる)不効率な介護をしている「現場」があるから、ここまで注目されたのだろう。 「ユマニチュードは精神論ではありません。ユマニチュードは、自分も他者も「人間という種に属する存在である」という特性を互いに認識しあうための、一連のケアの哲学と技法です」(34p) それはつまり、「介護に人間を取り戻す運動」にするということなのではないか。ユマニチュードが時に「革命」とも言われる所以だろう。 「全国の介護施設や療養型病院のうち少なくとも1510施設で、2012年以降の3年間に高齢者への虐待があったり、虐待の疑いがあったりしたことが、厚生労働省の補助を受けたNPO法人の調査でわかった。」(2015.4.11朝日新聞)こういうことも、介護の技術と哲学が浸透していないことと無関係ではない。また、経営的にそれしか手段がないと思わせる政策があるからだろう。 一部の介護はプロの手からボランティアという素人に移ろうとしている。そうやって「切り捨てる」ものが「人間の尊厳」であれば、後世に悔いを残す政策になるだろう。 2015年4月9日読了
2015年04月21日
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久しぶりに分厚い本を読みました。 「女王」連城三紀彦 講談社 珍しくBOOKデータから先ず内容を紹介します。 東京大空襲、関東大震災、南北朝時代、そして邪馬台国…… ある男の奇妙な記憶と、女の告白、ひとりの老人の不審死が 、壮大な歴史の謎へと導く。 「序章を拝読したときに、どこへ連れて行かれるのだろうと驚いた」(田中芳樹) 戦後生まれの荻葉史郎の中にある東京大空襲の記憶。だが彼を診察した精神科医・瓜木は思い出す、空襲の最中にこの男と出会っていたことを。一方、史郎の祖父・祇介は旅先で遺体となって発見された。邪馬台国研究に生涯を捧げた古代史研究家の祖父は、なぜ吉野へ向かい、若狭で死んだのか? 瓜木は史郎と彼の妻・加奈子ととともに奇妙な記憶と不審な死の真相を探る旅へ。だが彼らに立ちはだかったのは、魏志倭人伝に秘められた邪馬台国の謎であった。 衝撃の展開、男女の情愛…… 連城ミステリのすべてが織り込まれた傑作! だ、そうです。 長い。総ページ534P。 昨年10月の発行だけど、その時点で既に作者は亡くなって一年が経っていた。作者の怨念が綴られたような、老考古学者とヒロインと、2人の狭間で運命に弄ばれる主人公の、時を超えた歴史サスペンスです。 途中で「時酔い」をします。ウソだと思うならば、例えばこんな文章を読んで見てください。 私の体の中で三代(か四代)の血が普通の方向に流れ、同時に逆方向へと…過去へとも流れている。それはそのまま邪馬台国への道だ。邪馬台国へと向かえば向うほど遠ざかっていき…遠ざかれば遠ざかるほど邪馬台国にもどってしまう一つの道。そしてそれはまた「私」の頬に書かれた一つの文字に似ている。月でもあり日でもある一つの文字ー。一月の時の流れが、先に進みながらも同時に逆流し、最初の一日にもどっていく。そんな意味をもった一つの文字。春生の頬に卑弥呼が書いたのは…私の頬に1人の女が書いたのは、そんな「月」と「日」とが完全に同じ意味をもってしまうという、これまでの漢字になかった文字なのだ。(379p) 私は連城三紀彦氏の作品は読んだことも興味もなく、ひたすら珍しい邪馬台国をテーマにしたらしいミステリということで手にとったのである。しかし、作者は本気で邪馬台国論争に参戦しようという気持ちはないらしい。ということが途中でわかった。ミステリの「思いつき」を歴史と恋愛の「どろどろ」に投げ込みたい。そんな作者の晩年の情念が作った大作なのだろう。はっきり言って、付き合い切れませんでした(でも最後まで読みました)。 2015年4月読了
2015年04月20日
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「図書4月号」 今月の「図書」の表紙に関して、科学写真家の伊知地国夫さんの説明を読んでびっくりした。そもそもこれ、写真とは思っていなかった。絵と思っていた。ところが、バックはCDだという。しかもCD自体に色はついていないのだ。光が屈折して虹色になったのである。CDのトラックは1ミリの間に約600本のすじが規則的に並んでいる。そこに当たった光は、回析と干渉という現象を引き起こし、虹色が生まれる。つまり、この色は「光に波の性質がある」ことの証拠なのである。学問って、面白いですね。 昨日は「教育の重要さ」について書いた。この「図書」にそれに関連して、「教養の大切さ」について書いてある文章を見つけた。 文芸評論家の池上冬樹氏は、最近仙台の女子大で創作論を教えている。対象は文学部の珍しくも「創作コース」の学生である。いやしくも、大学生で作家を志す人ばかりなのである。 幸いにもアンケートでは、ライトノベル作家だけが好きな作家ではなく、あさのあつこ、小野不由美、森見登美彦、有川浩なども出てきたらしい。でも、(私が)安心したのはそこまで。話の流れで映画「シックス・センス」を全く知らなかったのはいいとして、向田邦子という名前を全く知らなかったらしい。他にもサリンジャーやスティーヴン・キングを知らない、内田百間の「阿房列車」を読ませたら、ある学生が、この人の文章は面白い、先生、この人ブログ持っていますか?と聞いたという。 ある編集者は言ったという。 「いまの読者は書店の店頭でしか本を選ばない。その作家や作品を気に入っても、さかのぼって読むことをしない。だから、在庫が動かない。本の売行きは店頭八割、在庫二割なので、過去の名作を新装版で出して、店頭に並べて、読者に手にとってもらうしかない」 古典を読む読まないの問題ではない。与えられて目の前にある美味しそうなお菓子しか食べないのである。美食の森に系統たって入ろうとはしないのだ。ライトノベルの隆盛はその一つの現象でしかないのだろう。 おかしいと思っていたんだ。どうしてあんな底の浅いつまらない本がベストセラーになるのか。 そういえば昔は、岩波だけでなく、新潮文庫にしろ、旺文社文庫にしろ、目の前にある「買える文庫本」は、半分くらいが「名作」だった。いまはそういう目処になるような文庫がない。数だけは膨大にあるし、インターネットで簡単に読める作品も出回っている。学生たちも可哀想だ。 埋れた名作をいかに学生たちの目の前に見せて読ませるか。それと同時に、関連本を読む愉しさに気づかせるか、それが「教養を持つ」ことである。これは「教育の責務」である。 よくは知らないが、教育の現場はそういう作業から遠い処に向かおうとしているのではないか。 2015年4月18日読了
2015年04月19日
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少し前だが、こういう調査結果が報じられた。 (戦後70年)日本46%、ドイツ94% 被害与えた周辺国と「うまくいっている」 朝日新聞・日独世論調査 2015年4月14日5時0分 朝日新聞社は戦後70年にあたり、敗戦国である日本とドイツで世論調査を実施し、戦争や戦後の歩みをめぐる意識を探った。戦争などで被害を与えた周辺国との関係が「うまくいっている」という人は、日本は46%で、ドイツは94%。謝罪を伝え続けることについては両国とも意見が割れているが、ドイツのほうが伝え続けることにより積極的だった。▼3面=視点「悪循環断つ努力を」 日本での調査は3~4月に郵送、ドイツでは3月に電話で実施した。調査方法は異なるが、日本での調査項目の一部に相当する内容をドイツでも聞いた。 戦争などで被害を与えた周辺国と今、どの程度うまくいっていると思うかを聞いた。日本は「大いにうまくいっている」は1%に過ぎず、「ある程度うまくいっている」は45%。ドイツは「大いに」が39%、「ある程度」が55%。 ここでいったん切る。 「被害与えた周辺国」との関係をどうするのか。「戦後70年」を考えるときに、このことを無視して前に進むことは、自分たちが歩いている道が下り道なのか上り道なのかを無視して(或いは自覚なしに)歩いていくようなものだろう。 戦後処理の仕方で、同じ敗戦国として最も比較対象に上るのがドイツである。しかし、今回の調査であまり極端な差異が出なかったことが、私には少し意外だった。それは以下の処に大きな差異が出なかったからである。 被害を与えた国や人々に謝罪や償いを十分にしてきたと思うかを尋ねると、日本は「十分にしてきた」が57%で「まだ不十分だ」の24%を上回った。ドイツでは「十分」が73%で「不十分」の21%を引き離した。質問文の一部が異なるが、日本では2006年4月の面接調査でも同趣旨の質問をしている。この時は「十分」が36%で、「不十分」の51%のほうが多かった。 政治家は被害を与えた国にこれからも謝罪のメッセージを伝え続けるべきだと思うかを聞くと、日本は「伝え続けるべきだ」が46%、「伝え続ける必要はない」が42%と拮抗(きっこう)。ドイツは55%対42%で「伝え続けるべきだ」が多かった。 これはどういうことなのか。 しかし、これはよく見ると「内実」に大きな差異があるということなのではないか。 上の調査で「(関係が)うまくいっているか」との問いに「大いにうまくいっている」が日本の1%に対してドイツの39%と大いに違ったことが注目される。また、下の結果のように、教育された実感がドイツは日本の4倍だった。おそらくドイツの方が日本よりもはるかに教育の「内実」があるのである。 あの広島県でさえ、原爆投下の日を答えられない学生が増えているという。原爆投下の時間を答えられない学生は6割にも上るという。もちろん全国平均は目も当てられない状況だろう。これは何を意味するのだろうか。とりあえず、記事を最後まで紹介したあとに考えてみる。 この戦争について、学校で「しっかりと教わった」は、日本では13%にとどまった。ドイツでナチスの時代について「しっかりと教わった」は48%だった。 連合国が日本の戦争指導者をA級戦犯として裁いた「東京裁判」をどの程度知っているか日本で聞くと、「内容をよく知っている」は3%にとどまり、「内容をある程度知っている」は30%。ドイツの指導者を戦犯として裁いた「ニュルンベルク裁判」についてドイツで聞くと、「よく」が21%、「ある程度」が47%だった。 「知っている」と答えた人に裁判の印象を聞くと、日本で48%、ドイツで54%が「問題はあったがけじめをつけるために必要だった裁判」と答えた。日本では「戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた不当な裁判」の32%がこれに次ぎ、「戦争の責任者を裁いた正当な裁判」は16%だった。ドイツでは「正当な裁判」31%、「不当な裁判」8%の順。日本の結果は、06年4月と傾向は変わっていない。 (松井夕梨花、松下秀雄) ◇ 18日付朝刊で日独世論調査の結果を詳報します。 <調査方法> 日本では、3月11日から4月10日にかけて、全国の20歳以上の男女3千人を対象に郵送方式で調査し、2016人から有効回答を得た。ドイツでは調査会社に委託し、3月11日から24日にかけて18歳以上の男女を対象に電話で聞いた。有効回答は千人。 教育とは、それほどにも重要だということだ。 我々では常識だと思っていることは、たった数十年で、非常識になる。謝罪や償いの中身は詳しく聞けば日独では大きな差異として登場するだろう。でもドイツでさえも戦後の風化は始まっていることが観て取れる。人々は長い間「世界大戦」を経験していない。ドイツでアウシュビッツやアンネの家が何度も何度も人々が訪れるべき場所として大切にされているのは、人は、本や言葉では戦争をリアルに想像出来ないからである。リアルに想像出来ないと、ドイツは直ぐに日本のようになるだろう。 この調査が浮かび上がらせたのは、表面的な日独の意識調査ではなく、「人間は忘れる」ということ。「だから、繰り返し戦争の悲惨さを教育する必要があるということ」或いは「教育の意図的な歪みは、悲惨な未来をもたらす」ということだろう。
2015年04月18日
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今月の映画評です。 「ダラス・バイヤーズクラブ」 2014年度のアカデミー主演男優賞を獲った作品です。ロン・ウッドルーフは、賭博と酒と女の日々を送るデタラメな男。ある日、「あなたはエイズで余命30日」と宣告されます。が、落ち込むどころか特効薬を求めて世界中を飛び回り、最新薬を集めます。薬を国内に持ち込んだ彼は、<ダラス・バイヤーズクラブ>という会費制組織を立ち上げ多くの客を得ていきます。しかし、前に立ちはだかったのがAZTの投薬を推奨し始めた医師と製薬会社、そして政府でした。司法と孤軍奮闘し、「生きる権利」を訴え続けた一人の男の7年間の記録。ほぼ実話です。 観ていると、主人公が日本へ、しかも岡山にやって来る場面がありビックリしました。1986年ごろだから、林原研究所もまだバリバリにやっていた頃。インターフェロンという薬を手に入れるために、彼はやってきます。しかし林原には慇懃丁寧に断わられます。彼は日本人医師の闇ルートから手に入れるのです。 貧困層上がりのウッドルーフはデタラメな生活をしていたのに、たった7日でHIVに関して言えば医師と対等に渡り合える知識を獲得し、その医師が臨床試験薬を処方しないと分かるとすぐに闇ルートで手に入れる方法を思いつく。それだけで言えば、命欲しさに知恵を出した男の話ですむのですが、観客の私も気づかなかったし、多分本人も自覚していなかっただろうと思うのですが、何時の間にか彼はHIV患者の救世主となっていたのです。 そのことに私が気がついたのは、恥ずかしながら、作品も終盤に差し掛かったころでした。最初に薬を売ったゲイカップルが彼の窮状を見て事務所を無料で提供すると申し出た時です。闇ルートはもちろん違法です。しかし、薬会社や医師会やそして政府までもが患者の命を助けることを最優先にしない場合、そしてそれはホントによく起こることなのだけど、その場合は権力に対して全力で戦ったこの男を評価すべきだ、という空気がアメリカにはある。たった10数年前の話です。その間に、アメリカではマイノリティがマジョリティになるのです。翻って、日本ではどうか?このような事例はあるだろうか。寡聞にして私は知りません。 マシュー・マコノヒーの主演男優賞は、単に痩せ細った役作りだけに賞を与えたのではなく、粗野の中の知性と優しさを体現したという意味で納得。さらには、なりゆきでウッドルーフを手伝うゲイ患者のジャレッド・レトは繊細な演技を見せて、納得の助演男優賞でした。(米2014年、監督 ジャン=マルク・ヴァレ、レンタル可能)
2015年04月17日
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4月末からニューヨークの国連本部で開かれるNPT(核不拡散条約)再検討会議の要請行動へ、私たちの地域から3名が代表として出ることになり、その壮行会がありました(岡山県全体では9名です)。 四年かけて2000だった署名数であと一ヶ月半で8000やらなくちゃいけない。でも、代表者が先頭に立つ効果で、7000までいった経験などが語られました(私も何度か街頭に立ったり、地域を回ったりしました)。 結果的に、地域的には(横断幕よりもさらに前進していますが、これから更にもう少しいきます)今のところ、署名数22000、カンパ163万円と、目標まであと3000筆、カンパ超過達成までたどり着いたようです。写真は代表に目録を渡している処。 NPTは1970年3月に発効したわずか11条の条約です。「核不拡散」「核軍縮・廃絶」「原子力の平和利用」の3つを柱にしています。現在の加盟数は190カ国(北朝鮮は脱退表明して保留扱い)です。5年ごとに条約の義務の履行について再検討する会議が開かれ、今回が9回目。 前回は「核兵器のない世界」実現の合意の具体化と実行を確認したのですが、この五年間目に見えた前進はありません。アメリカとその同盟国(日本等)が「核抑止力」論を捨てないからです。 ただ、日本等を除く多くの国が「核抑止力」論の放棄を迫っている情勢もあります。今度の会議でどこまで合意できるか、全然わかりません。3週間前に平和委員会で学習会した時の結論は、「今年がチャンスだ、とよく聞いたけど、その最大の根拠は〈戦後70周年〉ということだけだよね」という意見も ありました(←私の意見です)。 「戦争立法」を進める安倍内閣の行きつく先は、アメリカが核戦争を行えば、日本もそれを容認して巻き込まれるということです。9条を持つ国にあるまじき戦争への道、絶対に阻止しなければ。NPTはその一歩となり得ます。 若い人たちの元気な決意表明を聞いて少し元気になりました。
2015年04月15日
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「虚空の旅人」上橋菜穂子 新潮文庫 チャグムは、じっと話を聞いていたが、やがて、ぽつんとたずねた。 「なぜ、知らせてくれたのだ?‥‥知らせれば、私が何を望むか、よくわかっているだろうに」 シュガは眉をあげて、苦笑を浮かべた。 「私は殿下に誓いましたから。ー陰謀を知りながら、だれかを見殺しにするようなことは、決して、させぬと」 そういって、シュガはチャグムを見つめた。 「清い、輝く魂を身に秘めたままで、政をおこなえる方がいることを、わたしは信じます」(360p) 物語の最終盤の2人の会話である。 この時点で、一つの大きな陰謀はほぼ潰えているが、チャグムの心配はその大きな流れの中に沈みそうな1人の少女のことなのである。一方で、タルシュ帝国の侵略に対する、サンガル王国、新ヨゴ王国、カンバル王国、ロタ王国の激動の国際情勢は、幕を上げたばかりのようにも見えるし、ナユグール(もうひとつの海)に代表される、人間がまだ知り得ていない「世界の謎」はまだ謎のままである。 だから、若き為政者候補のチャグムと若きそのブレーン・シュガのこの会話は、新たな大河物語に対する「決意」にもなるだろう。それと同時に、荒波の社会に出てゆく前の2人のカップルの愛の言葉のようにも思える(やらしい意味じゃなくて)。 この大河ファンタジーが、大人のみならず、子供たちにも人気がある所以(あっ、いや、子供たちに人気があるにも関わらず、大人にもそうなのだ、といった方が正しいのか)だろう。 2015年4月10日読了
2015年04月14日
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夢の守り人 [ 上橋菜穂子 ] 首にくらっていたら、首の骨が折れて即死していただろう。ーその一撃を受けて、バルサは、タンダが、自分を殺す気でいることを悟った。 バルサは、前へとんで、草地で一回転して立ち上がり、タンダにむかいあった。 無造作に間をつめてくるタンダが、両手をバルサの首にのばした瞬間、バルサはタンダの両手首をつかみ、懐にとびこむように身をしずめて、ぶんっとねじった。タンダの身体が宙に舞った。大きな投げではなく、受身をとる隙をあたえない、地にたたきつける、鋭い投げだった。地面にたたきつけられたタンダは、さすがに一瞬、動きを止めた。 バルサは、タンダの右腕の関節をとったまま、タンダの身体をうつぶせにして、膝で背の一点をおさえた。このツボをおさえられると、息ができなくなる。しかも、腕の関節をここまで固められていれば、激痛で、動くどころか、声も出せなくなるのだ。 ところが、タンダは、動きを止めなかった。(153p) 上橋菜穂子ファンタジーの1番の魅力はなんと言っても民族・民俗学的な方法論に裏打ちされた、日本的でなおかつ国際的な世界観にある。そのことを十分に認めた上で、どうしてここまで広範な読者を獲得したのだろうかと考えてみる。そうすると、まず第一に思い浮かべるのは、このドキドキするような「戦う」シーン描写の確かさにあると思う。 守り人シリーズの世界には、火薬などの飛び道具の武器はない。医術や生活技術は中世世界ぐらいまでの技術革新はあるのだが、大量殺人兵器の生産は慎重なのが、彼女の世界観なのだろう。火薬を開発する代わりに、生物兵器みたいなのを作ってしまったのが「獣の奏者」シリーズなのであるが、それはまた別の話。古代において、槍や剣のみで戦っていた頃、もっと発達していたのは、このような素手の格闘技術だったのかもしれない。身体の仕組みをわかり尽くした格闘技術を元に描写されており、非常にリアルである。夢枕獏なみであり、女性の筆とは思えない。このような意外な一面がこのシリーズを支えている。 もちろん、今回のテーマはアクションではない。最終的には、原初から人類の持っていた「資質」、つまり「夢」に絡めての話になっている。子どもにはむつかしい内容かもしれない。しかし、子どもが理解できない小説などは実は一つもないのである。 人類の「資質」を明らかにすることは、即ち人間とは何かを明らかにすることと同義だろう。上橋菜穂子は哲学者ではないので、すべてを明らかにはしない。しかしその目くるめく秘密の一端を見せるのがファンタジー小説の役割だろう。 2015年3月31日読了
2015年04月13日
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満を持して、上橋菜穂子が日本本屋大賞に選ばれた。本屋さんの気持ちはよくわかる。そして、こんなにも紹介のしがいがある作家も珍しい。煽り文句や「上橋菜穂子の世界」と称してビジュアル紹介や、本屋さんじゃないけどやりたいことはいくつでも思い浮かぶ。とりあえずは、この一ヶ月で読んできた本の紹介。 闇の守り人 [ 上橋菜穂子 ] 「去年の秋に、不思議な運命を背負った子の用心棒をたのまれましてね」 バルサは〈水の守り手〉と呼ばれる精霊の卵を守る、〈精霊の守り人〉にされてしまった新ヨゴ皇国の第二皇子チャグムを、どうやって守ったかという話を、叔母に話して聞かせた。その少年を、バルサは今も母親のような気持ちで、いとおしく思っていた。 「あの子の用心棒をしているうちに、わたしは、ふしぎなことに気がついたんですよ。自分の命さえあぶない、恐ろしい仕事だったのに、チャグムを守っているあいだ、わたしは、幸せだったんです。…ほんとうに幸せだった」 バルサはかすかな笑みを浮かべた。 「あんなふうに、自分の人生を使うのも、わるくないんだと、わかったんです」(118p) 女用心棒バルサは25年ぶりに生まれ故郷カンバル国に戻り、父親を殺した陰謀の顛末を知り、国と〈山の王〉との関係を知る。 アフリカやアジアの中世の小国を思わせるような世界観、国の創世記伝説のリアルさ、伝統料理やお菓子の存在、そして現世のすぐ隣にもう一つの「世界」があることの不思議。これらの世界観を背景に、娘であり、少年であり、母性も持ったバルサの彷徨記が展開される。 驚くのは、バルサのアクション描写の確かさである。これがしっかりしているので、頭でっかちにならないエンタメ作品として多数の支持を得たのだろう。 たいへん面白い。なかなか止められない。こまったものだ。 2015年3月20日読了
2015年04月12日
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「銃口(下)」三浦綾子 角川文庫 小説「銃口」は、小学館「本の窓」誌1990年1月号から1993年8月号まで37回にわたって連載された。取材を開始した時期から数えると4年の歳月を要したことになる。非常に長い小説を書き終えたという思いと共に、なぜか本当に終わったという気がしない。 当初、編集者の真杉章氏から「昭和を背景に神と人間を書いて欲しい」との新連載のテーマを提示されたのであるが、昭和の年代全般に亘ることは到底できなかった。戦時を重点に、最後は昭和天皇大葬の日をもって形を整えるにとどまった。やはりもっと書かねばならなかったという思いが残る。(412P) 三浦綾子は「あとがき」でそう述べている。どんなに手を尽くした看病をして親族が亡くなってもあとには後悔が必ず残るように、我が子同然の作品を書き終えた直後には、書き切らなかったことが見えて仕方ないのだろう。しかし、それはまさに仕方ないことである。 私は当初「綴方教育に情熱を注いでいた教師が、不当に治安維持法で逮捕されて、不屈に頑張る話」だと勝手にこの長編小説の内容を予想していた。ところが、下巻に至ると物語は予想外に満州戦線での話に移る。 上巻でも下巻でも、主人公の他に必ず良心的な人間(ほとんどはキリスト信者ではない)が登場する。主人公はむしろ彼らに学びながら成長する物語の語り手のような存在であった。 戦争という「人類の最大の罪」とも言うような事態の中で、本来「善き者」「であるべき」人間の取る行動は、どのようなものだったのか。政治の動く中枢から遠く離れた旭川と満州が舞台の、普通の人間たちの物語である。 普通の人間たちの様々な「選択」が、ここに描かれている。 「どうしたらよいかまよった時は、自分の損になる方を選ぶとよい」 そのように云う坂部先生は、一つの理想像である。理想像は非業の死を遂げる。 もっとも象徴的なエピソードは、帰還の汽車を待つときに出会った焼け出された子どもと竜太の話だろう。貴重なおにぎりを分け合うべきか竜太は躊躇する。あれをどう取るか、でこの小説の感想は様々に分岐するだろう。 2015年3月27日読了
2015年04月11日
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銃口 上 角川文庫 / 三浦綾子 【文庫】 初めての三浦綾子である。まるで「理想主義肌の山崎豊子」。山崎豊子ほどに骨太ではないし、山崎豊子のように入念な取材を元に「事実」のみを描くタイプではなくて、かなりのフィクションが入っていて、それを借りて「真実」を描くタイプの構成である。しかし、時代の中で足掻く個人個人を正面から描く態度は共通している。 三浦綾子ファンの噂を聞く限りでは、かなり求道的な哲学的な作品ではないかと思っていたのである。嬉しい誤算だった。 特に上巻は、かなり現代と被る部分がある。数年前までは思いもよらなかったかもしれない。竜太が小学校四年生で恩師坂部先生に出会うのが、昭和2年ということになっている。ほとんど言いがかりとでも言えるような嫌疑で治安維持法違反で逮捕される昭和16年までが、上巻の内容である。 私は、昭和の時代は皇民教育が徹底していて、一部の共産党戦士とシンパぐらいしか、国の方針に批判的な意見を持っていなかったのではないかと漫然と思っていたのであるが、日本の中心からかなり離れた旭川では、昭和10年の頃まではかなり自由にモノが言えたし、いろんな人たちが批判的な精神を持っていると、描かれている。小説に生き生きと描かれると、そうだったのだろうな、としか思えなくなる。 そして少しずつ自由にモノが言えなくなる。竜太のお父さん、坂部先生、山下先生たちが、その中でやるべきことをして、言うべきことを言う。その「勇気」を我々は小説の「真実」の中から汲まなくてならないだろう。 2015年3月25日読了
2015年04月10日
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一週間前に二回目の福山登山を決行した。流石に今度は脚が悲鳴をあげなかった。その時に頂上で見た藪椿の「花ちらし」。みごとだった。 菅・翁長会談 批判にも相手への配慮が要る 2015年04月07日 01時16分(読売社説) 政府を批判するだけでは、問題は解決しない。現状を改善する具体策を探る努力と、建設的な議論が欠かせない。 菅官房長官が那覇市で沖縄県の翁長雄志知事と初めて会談した。米軍普天間飛行場の辺野古移設について「唯一の解決策だ」と述べるとともに、沖縄振興予算の確保や基地負担軽減への努力を約束し、理解を求めた。 翁長知事は「新基地は絶対に建設できない」と反対する考えを強調した。会談は平行線だったが、対話の継続で一致したことは意味がある。時間はかかっても、意思疎通を重ね、信頼関係を築く中で接点を模索することが大切だ。 疑問なのは、翁長知事が激しい政府批判に終始したことだ。 普天間飛行場について、「(強制接収で土地を)自ら奪っておいて、(辺野古移設以外の)代替案を持っているのか、という話をすること自体、日本の政治の堕落だ」などと非難した。 米国が沖縄で民有地を軍用地として強制接収したのは事実だが、普天間飛行場の返還は1996年の日米合意以来、一貫して県内移設が前提だった。翁長知事も県議や那覇市長時代には長年、辺野古移設を容認していた。 移設が実現しない限り、普天間飛行場の危険な現状が継続する。沖縄県内にも一定の容認論がある辺野古移設を追求することこそが「政治」の役割ではないか。 翁長知事は、「移設を粛々と進める」との菅氏の発言を「上から目線」と批判し、「『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の怒りは増幅する」とも語った。 菅氏は翌日、「不快な思いを与えたのであれば」と述べ、「粛々と進める」という表現は使わないと明言した。「粛々」が「上から目線」かどうかは見方が分かれようが、相手に対する配慮は建設的な協議に不可欠である。 翁長知事も、「普天間飛行場の早期返還」の実現を目指すなら、挑発的な言葉を避けて、冷静に議論してもらいたい。 住宅密集地にある普天間飛行場の辺野古沿岸部への移設は、騒音の影響や重大事故の危険性を大幅に軽減する。埋め立て面積は現飛行場の3分の1にとどまる。 辺野古移設は、県南部の米軍施設の約7割を返還する計画の中核だ。中国の活発な海洋進出で在沖縄米軍の重要性が高まる中、最も現実的な問題解決策でもある。 政府は、関係者の理解を広げながら、辺野古移設の作業を計画通り進めることが重要である。 沖縄県知事選挙、総選挙のあとに何度も試みられた政府と県知事の会談は、なんと約4ヶ月も経ってやっと実現した。それを受けて、各新聞は社説を 書いているが、あえて読者数が1番多いこの新聞の社説を取り上げる。 皆さんはどう感じたか? 翁長さんは官房長官に「政治の堕落だ」と批判したが、この社説はいうなれば「ジャーナリズムの堕落」である。 これこそが「上から目線」の提灯記事の典型である。読売は「誰のために」新聞を発行しているのか。政府のためなのか?アメリカのためなのか?財界のためなのか?どうせ読者を誤魔化すことしか考えてないだろうから、それぞれの冒頭発言の全文は載せていない。翁長さんがまるで道理のない「批判に終始した」かどうかは、全文を 読んで判断するべきだろう。 官房長官は「飴と鞭」でなんとかなると踏み、翁長さんはオール沖縄のこの数年間に練り上げられた県民の想いを出来るだけコンパクトに伝えた。 建設的な意見?そんなの一つしかない。国外移設である。 <菅官房長官冒頭発言全文>県民の信頼取り戻す2015年4月6日 本日は普天間飛行場の辺野古移転をはじめ、沖縄の負担軽減策、また振興策について政府の考え方をご説明させていただいて、また知事との間で率直な意見交換をさせていただきたい。そういう思いの中で、きょうのお時間をお願いさせていただいた。 また今後、政府と沖縄県との間で対話を進めていく。その中で第一歩にすることができればいいなと思っている。まず私の方から政府の考え方というものを簡潔にご説明させていただきたい。 政府としては、国土面積の1%に満たない沖縄県に、約74%の米軍基地が集中している、このことについて沖縄県民の皆さんに大きなご負担をお願いしている、お掛けしている。ここについては重く受け止めている。 安倍政権としては、まさに負担軽減のためにやれることは全てやれと。そして一つ一つ、具体的な形で物事が実現するように、という基本方針の下に政府の最重要課題の一つとしてこの問題を取り上げていることにぜひご理解をいただきたいと思う。そのためには、やはり全国の知事の皆さんや全国の地方自治体の皆さんに、お願いを国としてはしているところだ。 また、その中でこの基地問題だが、何と言っても最重要というのは普天間飛行場の危険除去。まさにこの市街地の中心部に位置して、そしてまた周辺を住宅や学校にこれ囲まれているため、世界で一番危険な飛行場と言われている。そしてこの危険除去と固定化というのは、あってはならない。このことについては、県も国も同じ認識だと思っている。 この飛行場について、19年前に日米で全面返還が合意をされた。そして3年後に当時の沖縄県知事と名護の市長の同意をいただいて、辺野古移設が閣議決定をしたという経緯もあることも事実だと思う。 しかし、16年たっても、なかなか、いろんな問題があって進まなかった。今日までの政権の中で迷走もあった。そういう中で、一昨年に仲井真知事からご理解をいただいて、辺野古移設の埋め立て承認、このことに同意をいただいたところだ。 現に昨日も尖閣諸島に公船が侵入してきた。わが国を取り巻く安全保障関係、極めて厳しい中にあって、まさにこの沖縄県民の皆さんの方々を含めて国民を守ることは国の責務だと思う。そうした状況の中で、日米同盟の抑止力の維持と危険除去、こうしたことを考えた時に、辺野古移設というのは唯一の解決策であると政府は考えている。 そして今日にいたるまで長い間、日米間で真摯(しんし)に話し合い、議論してきたその合意事項でもある。辺野古移設を断念することは普天間の固定化にもつながるという、そういう中で政府としては承認いただいた関係法令に基づいて辺野古埋め立て、環境や住民生活で皆さんに配慮しながら、粛々と進めているところだ。 また普天間の辺野古への移設に伴って普天間の飛行場の機能を辺野古に移るんじゃないかと言われているが、それは可能な限り負担軽減していきたいと思う。今普天間にあるこの三つの機能。その三つの機能のうち、一つ空中給油機。これについては15機全部、昨年、山口の岩国飛行場に移した。そして緊急時における航空機の受け入れ機能、これについても九州に移す予定で話を進めている。 結果的に辺野古に移転するのはオスプレイなどの軍用機能だけだ。そして、オスプレイの訓練についても、本土でできる限り受けたいと思っている。昨年も数多く訓練が行われた。そしてまた千葉県において木更津自衛隊の駐屯地あるが、ここでオスプレイの定期整備、これを実施できるように、地元の知事、市長からもこのことに受け入れることで今、努力をしていただいている。こういう形でそこは進めていきたいと思う。 そして、辺野古の埋め立て面積は普天間の約3分の1になるし、今、普天間では1万戸以上の世帯に住宅防音工事が必要となるが、辺野古はゼロになるというふうに私どもは報告を受けている。 また普天間以外、いわゆる嘉手納以南。まさに沖縄の人口約8割が密集しているこの地域に所在する米軍基地の約7割が返還されることが一昨年、日米首脳会談で合意されて初めて具体的に明示されている。政府としてはこうしたことも一日も早く実現できるよう努力していきたい。 全面積は東京ドームの220個分といわれている。非常に環境のいい土地だと思うので、地元のご意見をうかがいながら効果的な土地活用、まさに沖縄経済発展の起爆剤となれるよう政府も沖縄県と協力しながら、ここはしっかり進めていきたい。 また先月末に返還され、昨日、知事もご出席いただいた西普天間の返還だが、その後も県からも強いご要望があった跡地利用における公共用地の取得、これが可能になるように円滑に進むように今度の国会でようやく成立することができた。 さらに米軍による海兵隊の約半分の9千人、これがグアムはじめ県外に移転することがすでに合意されている。その中で昨年、米国においてグアム移転費の資金凍結、これが解除された。これからは本格的な移転が可能になってくるというふうに私は思っている。 さらにこれは地位協定が締結され50年以上たって初めてだったが、こうした基地跡地利用が現実的になっているので、基地への事前の立ち入りができるような環境協定についても日米間で基本的な合意を得ている。 このため、こういう思いの中で私どもとすれば、政府とすればぜひ負担軽減策と危険除去、日米同盟のまさに抑止力の維持、こうしたことを考えた時に、この辺野古移設をぜひ進めさせていただきたいと思う。 また沖縄振興策だが、まさに沖縄は東アジアの中心部に位置する。この地域性にも優位性、そして出生率が全国第1位、こうした潜在力、そういう中で着実に経済発展すると思っている。2014年度は復帰以来、最高の有効求人倍率で、失業率も13、14年というのは18年ぶりに5%台になっている。まさに沖縄県はこうした特異性を生かしながら経済発展する。政府としても沖縄県としっかり連携しながら進めていきたい。 具体的な取り組みを強化するためにいわゆる沖縄振興計画というものがあるが、この期間中の間は3千億円台の振興予算を確保する。安倍総理、閣議で発言している。ここはしっかりお約束は私どもは守っていきたいというふうに思う。また沖縄県はこの2年間の間に観光客が120万人増えている。そして706万という史上最高、昨年度は観光客が増えている。これもやはり県が中心となって一括交付金を活用して誘致活動をすると言っているので、私どもぜひ支援していきたいと思う。 またユニバーサル・スタジオ・ジャパン、これの沖縄誘致の件だが。半年ぐらい前から、政府として何としても沖縄という思いで取り組んできているのも事実だ。このことが決定すれば、沖縄県としては極めて大きなインパクトになると思う。ぜひ、県としっかりこれから連動しながら実現に向けて進めていきたいと思う。 そして観光客誘致1千万人を到達するためには、何と言っても第2滑走路の建設も大事だと思う。これについても1年半前倒しを決定している。今年度においても事業費330億円を計上しており、19年末の完成に向けて着々と進めていきたいと思う。 そういう中で観光とともにリーディング産業として育ってきているIT関連。これについてもすでに301社、そして2万5千人の雇用が出ている。こうしたことも、しっかり取り組んでいきたいと思う。県がそういう一環の中で進めている航空関連事業の集積を図るために、国産ジェットの整備拠点を那覇空港に申請したいという強い要望がある。これも私が沖縄に来る前に、関係省庁集め、まさに防衛施設の移転を決定した。ここはしっかり実現したいと思う。私たち政権としては、約束したことは必ずやると。そういう思いの中で、一つ一つ負担軽減、そして沖縄県の皆さんと連携しながら経済政策を進めていって、信頼感を取り戻させていただいて、しっかりと取り組んでまいりたいと思うので、どうぞよろしくお願いしたい。 <翁長知事冒頭発言全文>「粛々」は上から目線2015年4月6日 お忙しい中、時間を割いていただき、意見交換の場をつくっていただいたことに感謝を申し上げたい。 官房長官からも話があったが、沖縄は全国の面積のたった0・6%に74%の米軍専用施設が置かれている。まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もあり、無念さもある。今、官房長官からそういったことに対して大変理解のある言葉をもらった。そうであるならば、去年の暮れ、あるいはことしの初め、どんなに忙しかったかは分からないが、こういった形で話をする中で「物事を粛々と進める」ということがあったら、県民の理解ももう少し深くなったと思う。 私は日米安保体制が重要だというのは、私の政治の経歴からいっても十二分に理解している。しかし、日本の安全保障を国民全体で負担するという気構えがなければ、今、尖閣の話もあったが、たった1県のこの沖縄県に多くの米軍施設を負担させて日本の国を守るんだと言ってもよその国から見るとその覚悟のほどがどうだろうかと思う。 日本国民全体で負担する中で、日本の安全保障や日米安保体制、日米同盟をしっかりやってほしいというのが私の気持ちだ。 オスプレイなどが本土で訓練する話もあったが、残念ながらいわゆる基幹基地を本土に持って行くという話がないから、訓練をしていずれ全て沖縄に戻ってくるのではないかという危惧は、今日までの70年間の歴史からすると、十二分に感じられることだ。不安がある。 そして、どんなに言っても米軍の運用に自分たちは口を挟めないんだという形で物事が終わってしまう。環境問題もさることながら、日米地位協定の改定も抜本的な意味合いでやってもらわないと。沖縄の危惧は、今の日米地位協定の中では解決しにくいと思っている。 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはないということを強調しておきたい。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。 私たちの思いとは全く別に全て強制接収された。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そして今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だというような話になって、その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。「お前たち、代替案を持ってるのか」と。「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。 日本の国の品格という意味でも、世界から見ても、おかしいのではないかと思う。この70年間という期間の中で、基地の解決に向けてどれぐらい頑張ってこられたかということの検証を含め、そのスピードから言うと先にはどうなるのか。これもなかなか見えてこないと思う。 一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の時にお祝いの式典があった。日本の独立を祝うんだという、若者に夢と希望を与えるんだという話があったが、沖縄にとっては、あれは日本と切り離された悲しい日だ。そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、沖縄に対する思いはないのではないかと率直に思う。 27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換えに米軍の軍政下に差し出されて。そして、その27年の間に日本は高度経済成長を謳歌(おうか)した。その間、私たちは米軍との過酷な自治権獲得運動をやってきた。想像を絶するようなものだった。 官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポートを持ってドルで送金受けて日本に通った。そういったものなどを思い浮かべると、あの27年間、沖縄が支えたものは何だったのかなと思い出される。 そして、官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕からすると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。その突き進む姿は、サンフランシスコ講和条約で米軍の軍政下に置かれた沖縄。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁務官は「沖縄の自治は神話である」と。「自治は神話」だとあの当時に言った。 私たちの自治権獲得運動に対し、そのような言葉で、キャラウェイ高等弁務官が言っていて、なかなか物事は進まなかった。 官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出てくると、何となくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったのかなと率直に思っている。 そして、この27年間の苦しい中で強制接収された土地を、プライスさんという人がきて、プライス勧告というもので強制買い上げをしようとした。とても貧しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金がほしかったと思うが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止した。 今、私たちは自分たちの手の中に基地(の土地)が残っている。こういった自治権獲得の歴史は「粛々」という言葉には決して脅かされない。そう思っている。上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている。私は辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている。 こういう県民のパワーが私たちの誇りと自信、祖先に対する思い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっていて、私たち一人一人の生きざまになってくる。こういう形で「粛々」と進められるものがあったら、絶対に建設することはできない、不可能になるだろうなと私は思う。そうすると、建設途中で頓挫することによって、起こり得る事態は全て政府の責任だ。世界が注目しているので、日本の民主主義国家としての成熟度が多くの国に見透かされてしまうのではないかなと思っている。 官房長官にお聞きしたい。ラムズフェルド国防長官(2003年当時)が「普天間は世界一危険な飛行場だ」と発言し、官房長官も国民や県民を洗脳するかのように「普天間の危険性除去のために、辺野古が唯一の政策」と言っている。辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定化されるのかどうか、聞かせていただきたい。 ラムズフェルドさんも官房長官も多くの識者も世界一危険な基地だと言っているのに、辺野古ができなかったら固定化ができるのかどうか。これをぜひお聞かせ願いたい。 普天間が返還され、辺野古に行って(面積が)4分の1になるという話がある。それから嘉手納以南の相当数が返されると言うんですが、一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るのか」と聞いたら、今の73・8%から73・1%にしか変わらない。0・7%だ。 なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから。県内移設なので、普天間が4分の1の所に行こうがどうしようが、73・8%が73・1%にしか変わらない。 官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」「なかなかやるじゃないか」と思うかもしれないけれど、パーセンテージで言うとそういうことだ。 それからもう一つ。那覇軍港やキャンプキンザーなどは2025年まで、2028年までには返すと書いてあるが、その次に「またはその後」と書いてある。これは日本語としてどうなんだと思う。 2025年、2028年までに返すんだと書いておいて、その次に「またはその後」という言葉が付いている。「ハナシクワッチー」と言って、沖縄では話のごちそうという言葉がある。いい話をして局面を乗り越えたら、このことにはまた知らんふりというのが、戦後70年間の沖縄の基地の問題だったと思う。だから、今こうしてオスプレイをどこそこに持って行くあるいはたくさんの基地が返るんだという話をされても「またはその後」が付けば、「50年ぐらい軽くかかるんじゃないか」という危惧を県民はみんな持っている。 こういうところをぜひ、ご理解いただきたい。そして、安倍総理が「日本を取り戻す」と2期目の安倍政権から言っていた。私からすると、取り戻す日本の中に沖縄が入っているのか、率直な疑問だ。 「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄では「戦後レジームの死守」をしている感じがする。一方で憲法改正という形で日本の積極的平和主義を訴えながら、沖縄でこの「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味の国の在り方からいくと納得しにくい。 昨日、一昨日の官房長官の「沖縄県民の民意」というものがあった。「いろんなものがあってあの選挙を戦ったんだよ」と。「だから(民意は)いろいろあるでしょう」という話があったが、昨年度の名護市長選挙、特に沖縄県知事選挙、衆院選挙の争点はただ一つだった。前知事が埋め立て承認をしたことに対する審判だった。テレビ討論や新聞討論で(議題は)教育、福祉、環境いろいろあるが、私と前知事の政策に、埋め立て承認以外では違いがなかった。 あの埋め立て承認の審判が、今度の選挙の大きな争点であり、10万票差で私が当選したということは、もろもろの政策でやったものではないということを、ぜひ理解してほしい。辺野古基地の反対について、県民の圧倒的な考えが示されたと思っている。 振興策の話もしていたが、沖縄県はいろいろ難しいところがある。例えば基地があることによって困ったことは何だったかというと、あの9・11の(米国)ニューヨークのテロでビルに飛行機がぶつかったときに、大変なことが起きたなと思ったら、1週間後には、沖縄に観光客が4割来なくなった。そして4割来ないということは大変な出来事で、あのときの沖縄の苦しみというのは大変だった。 そして尖閣も日本固有の領土だし、守ることは結構だ。しかし、あの尖閣で何か小競り合いが起きると、石垣島に来ている100万人の観光客がすぐ10万人くらいに減るという危険性も十二分に持っている。そういう視点からも、沖縄は平和の中にあって初めて、沖縄のソフトパワー、自然、歴史、伝統、文化、万国津梁の精神、世界の懸け橋になる、日本のフロントランナーとなる。経済的にもどんどん伸びていき、平和の緩衝地帯として他の国々と摩擦が起きないような努力の中に沖縄を置くべきだと思う。米軍基地があると、お互いの国とも近くて、最近はミサイルが発達しているので1、2発で沖縄が危なくなる。 こういったことを考え合わせると、米軍もアメリカももうちょっと遠いところに行きたがっているんじゃないか。日本の方がかえってそれを止めて「抑止力」という形でやっているのではないかという疑問がある。 アジアを見据える、あるいは中東を見据えるところまで沖縄の基地が使われるのではないかと思っているが、この辺の根本的な説明がないと、新辺野古基地というのは恐らく難しい。 県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。もっと大きくなって、この問題に関して、話が進んでいくと私は思っている。 きょう官房長官にお会いさせていただいたが、安倍総理にもこのような形でお話しする機会があれば大変ありがたい。ぜひ、その面談の手配をお願いしたい。(官房長官は)基地負担軽減担当大臣でもあるので、辺野古建設の中止をされて、しっかりと話し合いをして、基地問題を解決していただきたいと思っている。よろしくお願いします。
2015年04月08日
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3月中に観た作品の残りをアップします。 映画は観てみないと、腐すことも褒めることもしないというのは、私のポリシーです。3月は13作品、それだけ気になる作品が多かったということか。でも、最後の方は褒めれる作品とは言えなかったかな(^_^;)。 「さよなら歌舞伎町」 「前田敦子主演」は詐欺。主演の演技とは言えないほど、出番は少ない。しかも重要な役じゃない。まあ、人寄せのための大人な事情があったと思うから彼女を責めているわけではない。まあ、群像劇である。これも、震災映画としての仲間に入れるべきなのかもしれない。あと、デルヘル事情や貧困女子事情(虐待子女の吾妻三輪子は良かった)などを入れる。なんか、日本国裏事情紹介映画みたい。韓国俳優(イ・ウンウ)はわりと体当たり。よく頑張っていた。 (解説) 染谷将太×前田敦子×実力派俳優陣×監督:廣木隆一×脚本:荒井晴彦 旬なキャスト、一流のスタッフが紡ぐ、笑って泣ける、大人の恋愛群像ドラマ (ストーリー) 一流ホテルマンと周囲に偽る歌舞伎町のしがないラブホテルの店長・徹。彼は有名ミュージシャンを目指す沙耶と同棲しているがちょっぴり倦怠期。いつも通りラブホテルで苛立つ1日を過ごすはずだった。デリヘル嬢とそのお客、家出少女と風俗スカウトマン、不倫中のエリート刑事カップル、そして人には言えない事情を抱えたスタッフ。そこには年齢も職業も違う訳アリな男と女たちが集まる。彼らの人生が鮮やかに激しく交錯した時にあらわれる欲望や寂しさ、そして秘密とは――。そして、徹の人生もまた予期せぬ方へ変わっていく・・・・・・。 inシネマクレール 2015年3月22日 ★★★☆☆ 「薄氷の殺人」 これは日本題名の勝利だろう。原題「白日焔火(白昼の炎)」だと何がなんだかわからない。 中国映画ではみたこともないノワール作品の誕生。香港映画の進化形かのようでもあるが、香港では「氷と雪の世界」は描けない。よって、中国映画オリジナルになった。 中国も、こういう作品を生み出すほどに資本主義社会に馴染んだということなのか。 99年から2004年にかけての中国華北地方の風俗を映し撮りながら、女グセの悪いヤクザな刑事と薄幸な女とのやり取りは、救いがなく、しかし「アリそう」で、非常に映画的。しかし、やはり流石に好みじゃない。 (解説) 2014年の第64回ベルリン国際映画祭、世界中からその会場に集った業界人やジャーナリストは、アジアの新たなる才能が放ったクライム・サスペンスに熱狂の拍手を贈った。ウェス・アンダーソン監督作品『グランド・ブダペスト・ホテル』(審査員特別賞)、リチャード・リンクレイター監督作品『6才のボクが、大人になるまで。』(監督賞)といった強力なライバルを抑え、中国の新鋭監督ディアオ・イーナンの長編第3作『薄氷の殺人』がコンペティション部門の最高賞たる金熊賞と男優賞をダブル受賞したのだ。その先鋭的なオリジナリティに満ちあふれ、観る者をめくるめく現実と悪夢の狭間へと誘うノワールな映像世界は、『殺人の追憶』のポン・ジュノ、『罪の手ざわり』のジャ・ジャンクーらに続く並外れた大器の登場を予感させる。 心身共に傷を負った孤独な元刑事を主人公にした『薄氷の殺人』は、一見オーソドックスなミステリー劇として進行しながらも、ジャンル映画の枠には収まりきらない異形のスリルをみなぎらせていく。中国の地方都市を舞台に、雪に覆われた屋外スケート場などの風景を独特のカメラワークで捉え、大胆なリズムの編集を施した映像には、そこはかとない虚無感や緊張感が混在し、観る者の感性を刺激してやまない。ディアオ・イーナン監督自身に刻まれた膨大な映画の記憶、そして経済発展が目覚ましい大都市とはまったく異なる時間が流れる中国北部の現実を見すえた鋭い眼差しが、生々しいリアリティと得体の知れない不条理性が渦巻く斬新なヴィジュアルに結実した。 また主人公ジャンと“宿命の女”ウーが織りなす、危ういまでに魅惑的なラブ・ストーリーからも目が離せない。生きる目的を失って自暴自棄となり、未解決事件の不気味な闇に囚われていく男。すべての被害者と関係を持ちながらも多くを語らず、はかなげな魔性の色気を漂わせる女。そんな決して惹かれ合ってはならない男女が行き着く果てには、いかなる衝撃的な運命が待ち受けているのか。主演は『戦場のレクイエム』『ライジング・ドラゴン』などで活躍するリャオ・ファンと、台湾=フランス合作映画『藍色夏恋』で鮮烈デビューを飾り、今や中華圏を代表するトップ女優へと成長を遂げたグイ・ルンメイ。ふたりが体現する哀愁、官能、狂気をまとった罪深き愛のかたちは、ただならぬ凄みを発散し、観る者の胸をざわめかせ続ける。 ちなみに本作の英語タイトル『BLACK COAL, THIN ICE』は、バラバラ死体の一部が発見される“黒い石炭”と、殺人現場となるスケート場の“薄氷”を意味し、中国語タイトル『白日焔火』は“白昼の花火”と訳される。これらの題名についてイーナン監督は「石炭と氷は現実だ。白昼の花火は現実離れしている。それらは同じコインの裏表なんだ」と語っている。 inシネマクレール 2015年3月22日 ★★★★☆ 「暗殺教室」 原作の持ち味をそのまま実写化していて好印象。まさかの続編有りで、評価落ちているかもしれないけど、原作がまだ終わっていないのだから仕方ないのでしょう。 設定はあらすじを読んでもらうとして、オールCGの殺せんせーが違和感がまったくなかったのが良かった。変則的な「学園映画」として楽しめる作品。でも軽く楽しめた、という意味で凄い傑作ではない。 ■ あらすじ 進学校の椚ヶ丘中学校で落ちこぼれクラスとされる3年E組に、ある日、タコの型をしたえたいの知れない生物が担任教師としてやって来る。謎の生物は翌年3月に地球を破壊すると宣言しており、その暗殺がE組の生徒たちに依頼され、暗殺の成功報酬として100億円が提示される。果たして、この“殺せんせー”こと謎の生物を、生徒たちは暗殺することができるのか……。 ■ 解説 「週刊少年ジャンプ」で連載され瞬く間に人気となった松井優征のコミックを、『海猿』シリーズなど羽住英一郎が映画化したアクションコメディー。地球の破壊を表明している正体不明の生物・通称“殺せんせー”と、殺せんせーを暗殺することになった生徒たちが壮絶なバトルを繰り広げる。出演は、「金田一少年の事件簿」シリーズなどの山田涼介や『RETURN(ハードバージョン)』などの椎名桔平、『共喰い』などの菅田将暉ら。 ■ キャスト 山田涼介、菅田将暉、山本舞香、竹富聖花、優希美青、上原実矩、橋本環奈、加藤清史郎、知英、高嶋政伸、椎名桔平、(声の出演)、二宮和也 ■ スタッフ 原作: 松井優征 監督: 羽住英一郎 脚本: 金沢達也 音楽: 佐藤直紀 in movix倉敷 2015年3月25日 ★★★★☆ 「味園ユニバース」 山下監督に少し期待し過ぎた。 かなり作り込んでいるし、あまり解説しない脚本も好みなんだけど、あまりにも監督の趣味のために作った作品のような気がして、共感もてなかった。 (あらすじ) 大阪。広場で行われていたバンド【赤犬】のライブに、ふらふらと現れた男(渋谷すばる)。マイクを奪い、声を放つや、会場は水をうったように静まりかえる。圧巻の歌声! そのまま気を失った男だったが、目を覚ますと自分のことを何も覚えていないという。記憶喪失。傷だらけの顔。その正体と歌声に興味を持った【赤犬】マネージャーのカスミ(二階堂ふみ)は、彼を“ポチ男”と名付け、祖父と暮らす自分の家に住まわせながら、バンドのボーカルに迎えようとする。しかし、ポチ男の記憶がフラッシュバックで蘇る――「俺は、危険かもしれない」。それぞれの中で止まっていた時間が、再び動き始める。 監督 山下敦弘 出演 渋谷すばる、二階堂ふみ、鈴木紗理奈、赤犬 in TOHOシネマズ岡南 2015年3月29日 ★★★☆☆
2015年04月07日
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今回は5作品を紹介。それぞれがクセのある作品で、かなり好き嫌いが出ました(^_^;)。あまり評価されていないのが不思議なのですが、「滝を見にいく」は今年のベストテンには必ず入れます! 「振り子」 夫婦の娘に松井珠理奈が出ていて、かなり重要な役を貰っている。しかし、ごめんなさい。彼女は役者を目指さない方がいいです。推しなのに酷い言い方だけど、学芸会レベル。いっとき「俳優を目指す」と言っていたが、こういう役作りを今度やったならば、もう声はかからない。私は観るけどね。 作品としてもいただけない。鉄拳の原作の最終版をあんな解釈をしてはよくない。この監督知らないが、役者の演出含めて、力不足。とても残念な作品になった。 まあ、珠理奈目当てで行ったのだから、あとはどうでもいいんだけどね。 【ストーリー】 1976年、大介(石田卓也)とサキ(清水富美加)は出会った。それから時がたち、大介(中村獅童)とサキ(小西真奈美)は夢だったバイク店を経営していたが、店が倒産。間もなくサキが倒れてしまう。寝たきりになったサキに元気になってもらいたいと、大介は懸命に努力するが……。 世界的に人気のバンドMuseとのコラボでも話題になった、鉄拳の動画を基にした感動的な家族ドラマ。昭和から平成を時代背景に、経営する店の倒産や妻の病といったさまざまな苦難に向き合う夫妻の絆をつづる。中村獅童や小西真奈美が主人公夫妻を、彼らの学生時代を石田卓也と清水富美加が演じ、板尾創路、山本耕史、武田鉄矢ら多彩なキャストが共演。物語のモチーフとなる振り子時計の音や素朴で温かい登場人物たちの姿に、懐かしさがこみ上げる。 【監督・脚本】 竹永典弘 【原作】 鉄拳 【出演】 中村獅童、小西真奈美、石田卓也、清水富美加、板尾創路、笛木優子、松井珠理奈、鈴木亮平、武田鉄矢 2015年3月12日 イオンシネマ ★★★ 「海を感じる時」 上映中ずっとこう思っていた。「荒井晴彦の脚本のようだ」「映画とはこうあるものだ、という上から目線を感じる」あとで見ると脚本はまさに荒井晴彦だった。 セリフに間のある無言を多用する。映像に親切さは一切ない。それは私の好みである。しかし、器の小さい人間のつまらなさを、いかにも価値あるが如くに描くのはやめて欲しい。 「私は高校生である前に女なのよ、お母さん」「私は恋人である前に女なのよ、洋さん」めんどくさい女である。たまらない。でも、丁寧に丁寧にそういう女性を等身大に描こうとする。かつて荒井晴彦は映画を観て「人生観が変わる」作品を目指すと語っていた。これを観てそう感じた人間がどれほどいるのだろうか。こういう映画を観て、私にとって意味があったのだろうか。 (解説) 原作は70年代を舞台に描かれる中沢けいの小説「海を感じる時」。1978年に著者が18歳の時に応募し第21回群像新人賞を受賞、当時は現役女子高生が書いたことに、選評者の一人である吉行淳之介氏が「18歳の作者が、感傷に流されず、背伸びもせず、冷静に対象を眺める力をもっているのは、その年齢とおもい合わせると、大したことなのである。また、その少女の描く18歳の子宮感覚は、清潔で新鮮であり、そういう表現が作品に登場したということは文学上の事件といえる」と評した。またスキャンダラスでセンセーショナルな文学として一躍世間の話題を呼び、ベストセラーとなって凄ざまじい反響を巻き起こした。一人の少女から大人の女性へと成長していく繊細な内面を精緻な描写で抉り、女と男、家族とのつながりを豊かな感性で描き、今もなお普遍的な作品として高く評価されている。 恵美子と洋の出会いは高校の新聞部だった。ある日、授業をさぼり部室で暇つぶしをしていた恵美子は、先輩の3年生の洋と顔を合わせる。突然、洋はここで恵美子にキスを迫るが「決して君が好きな訳じゃない。ただ、キスがしてみたい」からだと。衝動的に体をあずける恵美子だったが、あくまで洋は「女の人の体に興味があっただけ。君じゃなくてもよかった」と言い放ち、拒絶する。それでも洋を追い求めていく恵美子だが・・・。 主演は市川由衣。少女から女へと変貌を遂げようとする難役、恵美子役に挑戦。美しくも切ないラブシーンを披露する等、大胆なシーンにも果敢に体現し、一途な想いながら葛藤する心の揺れを力強く演じ今までのイメージを一新、渾身の力を込めて挑んでいる。相手役の洋には、映画主演・出演作やテレビドラマ、舞台、CMと多岐にわたり活躍する若手実力派俳優、池松壮亮。艶やかな作品が続く中、本作でも恵美子を翻弄しながらも恵美子への想いを昇華させ、堂々たる演技で観客を魅。本作が初共演の二人は、恵美子と洋の後戻りできない恋愛を生きる二人の世界を見事に演じてみせた。監督は『blue』(03)、『僕は妹に恋をする』(07)の安藤尋。その繊細な表現力と確かな演出力で、揺れ動く登場人物たちの心の機微に迫った。 inシネマクレール 2015年3月12日 ★★★★☆ 「滝を見にいく」 役者に有名どころは使っていなくて、9人しかいなくて、美術も基本ほとんど必要なくて、ほとんど数日で撮影を終えただけの作品ですが、最高に面白い。傑作です。 途中からじゅんじゅんとか、ユーミンとか、あだ名で呼び合うとか、思わず子供の頃の遊びを始めるとか、ほんの少しだけ人生ふっ切った感のある女性たちの半生が垣間見えるとか、ケンカして仲よくなって、日本人女性たちはみんなこんな風に能力だしあって、言葉を掛け合って、仲よくなればうまくいくんじゃないか、というヒントがもらえるような作品。 なんと!あのじゅんじゅんも、セッキーもまったくの素人だし、ほとんどの人にあまり映画出演経験がないと聞いて、なるほどと思った。素のおばちゃんたちの魅力と恐さはこんなにあるのだ、と再確認。 「40すぎたら女はみんなおんなじ年なんだヨ!」って名セリフ、流行らしたいね。怒られるか(^_−)−☆ (チェック)『キツツキと雨』『横道世之介』で知られる沖田修一が監督と脚本を務め、山の中で遭難した中年女性たちの生き残りを懸けた戦いを笑いを交えて描く人間ドラマ。いきなりのアクシデントに見舞われながらも、お互いの知恵と機転で危機を脱しようと頑張る女性たちの姿を活写する。出演者は主婦をはじめ全員がオーディションで選出。日常生活とかけ離れた場所で発揮される、彼女たちの本能に目がくぎ付け。 (ストーリー):7人の中年女性たちは温泉付き紅葉ツアーと銘打った旅行に参加し、それぞれが思い思いに山道の散策を楽しんでいた。だが、彼女たちの先に立って案内していたツアーガイドの姿がこつぜんと消え、7人は山中に置き去りにされてしまう。携帯もつながらず、食べる物も宿泊できる施設もない中、彼女たちはサバイバル生活を余儀なくされ……。 inシネマクレール 2015年3月15日 ★★★★★ 「博士と彼女のセオリー」 原題は「theory of everything」。それが「博士と彼女のセオリー」になると、どうしても2人の純愛かと思ってしまう。それで最後は混乱する。原題のほうが良かった。 エディ・レッドメインの主演男優賞も頑張っているじゃない、というだけで感銘は受けなかった。 いったい何が言いたかった作品なんだろ。(3.15記入) 一日経って、感想が変わった。彼女はALSが発症してから結婚している。また、ドイツで危篤に陥ったときに彼女は安楽死よりも即座に危険な手術の方を決断した。そのあと、恋愛が始まったばかり(という設定の)青年とはいったん別れている。 ホーキングも、彼女に対する愛情が冷めていたなら女王陛下からの勲章授賞式に呼ばなかっただろう。 障がい者を抱えた夫婦のあり方の「愛情の方程式」を描いた作品として、面白い作品だったのではないか。よって、これは夫婦の愛情物語であり、あの題名は素晴らしかった。(3.16記入) (解説) 理論物理学者の立場から宇宙の起源の解明に挑み、現代宇宙論に多大な影響を与スティーヴン・ホーキング博士。彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)のハンデを負いながら研究を続け講演や執筆活動にも取り組む「車椅子の天才物理学者」として知られている。しかし彼の偉業が、ひとりの勇気ある女性によって支えられていたことはあまり知られていない。大学院在学中に難病を患い余命宣告を受け、それを知りながら彼の妻になったジェーン。本作はふたりがひとつのチームとなって全力で生きることに挑む姿をおおらかな感動に包み込んで描き、今年度のアカデミー賞最有力候補との呼び声も高い心揺さぶられる、愛の物語だ。 監督 ジェームズ・マーシュ 出演 エディ・レッドメイン、フェリシティ・ジョーンズ in TOHOシネマズ岡南 2015年3月15日 ★★★★☆ 「イントゥ・ザ・ウッズ」 「おとぎ話のその後」と聞いていたので、冒頭からそれぞれのハッピィエンド直後から話が始まるのかと思いきや、さにあらず、結構尺を使って「赤ずきん」「シンデレラ」「ラプンツェル」「ジャックと豆の木」のそれぞれの話をなぞっている。しかし、シンデレラの靴は金色だったり、赤ずきんの道草は明らかに少女の不良遊びの言い換えだったり、もともとの「ホントは怖いグリム童話」を地で行くような、ブラックな「現実」に満ちている。 そこに、巨人が森を襲ってくる。登場人物みんなに責任がある、という描き方は面白かった。結局、善悪はなく、でも、人は1人では生きられないというテーマが、ドロドロの内容の割には爽やかに描かれている。面白い寓話劇でした。 ■ あらすじ 魔女(メリル・ストリープ)に呪いをかけられたために子供のいない夫婦は、「子を授かりたければ、四つのアイテムを森から持ち帰るのだ」と魔女に命令される。夫婦は赤いずきん、黄色い髪、白い牛、黄金の靴を手に入れるべく森へと出発する。一方赤ずきん、ラプンツェル、ジャック、シンデレラ、魔女、オオカミ、2人の王子も森に足を踏み入れており……。 ■ 解説 「赤ずきん」「シンデレラ」「ラプンツェル」「ジャックと豆の木」といった世界的に有名なおとぎ話の主人公たちのその後を描く、ディズニー製作のミュージカル。ブロードウェイで上演され、トニー賞を受賞したミュージカルを基に、『シカゴ』『NINE』などのロブ・マーシャルが映画化。魔女をオスカー常連のメリル・ストリープが演じるほか、ジョニー・デップ、エミリー・ブラントらが出演。ハリウッドが誇る人気も実力も兼ね備えたスタッフやキャスト陣による作品に魅了される。 ■ キャスト メリル・ストリープ、エミリー・ブラント、ジェームズ・コーデン、アナ・ケンドリック、クリス・パイン、トレイシー・ウルマン、クリスティーン・バランスキー、ジョニー・デップ、リラ・クロフォード、ダニエル・ハットルストーン、タミー・ブランチャード、ルーシー・パンチ、マッケンジー・マウジー、ビリー・マグヌッセン ■ スタッフ 監督・製作: ロブ・マーシャル 原作ミュージカル・作詞・作曲: スティーヴン・ソンドハイム 原作ミュージカル・脚本: ジェームズ・ラパイン in movix倉敷 2015年3月19日 ★★★★☆
2015年04月06日
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三月に観た映画は結局13作品になりました。三回に分けて紹介します。 さて、今日は映画サークルやその繋がりのサークル合同で、なんと日本三大名園の一つ「後楽園」で花見をしました。久しぶりの後楽園、昨日の雨で「桜ながし」の散りかけでした。 花見をしたのはこの廉池軒(れんちけん)。園内に点在する亭舎の中で、池田綱政が最も好んでいたらしく後楽園散策をする場合必ずここで朝食を採っていたらしい。 花見弁当はこんなオシャレなものを用意してくれていました。それだけではなく、皆が持ち寄った想い思いの料理や酒が並んで、とっても愉しいものになりました。廉池軒は毎年一年前に予約をしないと取れない所です。 岡山後楽園の説明を始めると、おそらく一つの記事ではすまないみたいなので、省略して、私の携帯では素晴らしい景色は撮れないので、その一端を。こういう何気ない落ち花の一つににも、庭園整備の成果が現れている。と私は思う。 閑話休題。先ずは三月に観た四作品を紹介。 「くちびるに歌を」 一つひとつの場面を丁寧に撮り、中学生たちも後半になるに連れてどんどん上手くなってゆき、新垣結衣の大根ぶりが気にならなくなった。佳作。 子どもの時の純真さを思い出し、未来に向かって後押ししてくれるような作品。 ただ一つ、ソプラノの男の子の生きている意味を、あのままでは男の子が思っているのを肯定することになるけど、お母さんから「違うわよ」という場面を作って欲しかった。 ■ あらすじ 産休を取ることになった親友の音楽教師ハルコ(木村文乃)の代理として、生まれ故郷の五島列島にある中学の臨時教師となった柏木(新垣結衣)。天賦の才能を持つピアニストとして活躍したうわさのある美女だが、その性格はがさつで乗り回す車もボロいトラック。住民たちの注目を浴びる中、彼女はコンクール出場を目標に日々奮闘している合唱部の顧問に。そして部員たちに、課題として15年後の自分に宛てた手紙を書かせる。やがて、部員たちがつづった手紙から、それぞれが抱える苦悩や秘密が浮き上がってくるが……。 ■ 解説 シンガー・ソングライター、アンジェラ・アキの名曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を題材にしたテレビドキュメントから着想を得た中田永一の小説を実写化。輝かしい才能を持つピアニストだった臨時教員の女性が、生まれ故郷の中学校の合唱部顧問として生徒たちと心を通わせていく。メガホンを取るのは、『ソラニン』『ホットロード』などの三木孝浩。『ハナミズキ』などの新垣結衣がヒロインにふんし、その脇を木村文乃、桐谷健太ら実力派が固める。オールロケを敢行した長崎の風景も見もの。 ■ キャスト 新垣結衣、木村文乃、桐谷健太、恒松祐里、下田翔大、葵わかな、柴田杏花、山口まゆ、佐野勇斗、室井響、渡辺大知、眞島秀和、石田ひかり、木村多江、小木茂光、角替和枝、井川比佐志 ■ スタッフ 監督: 三木孝浩 原作: 中田永一 主題歌: アンジェラ・アキ 脚本: 持地佑季子 脚本: 登米裕一 in movix倉敷 2015年3月1日 ★★★★☆ 「アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE48 」 基本的にファンでない人はついていくのがやっとのドキュメンタリーだと思う。平日の朝一番、観客席は見事にむさ苦しいおっさんばかりがほぼ1人で観にきていた。 CM映像では、松井珠理奈の出番がなかったので、SKE全体の群像映像かと思いきや、蓋を開ければ珠理奈に始まり珠理奈に終わる構成だった。 しかし、実際SKEの6年間を描くとすれば、珠理奈が主人公にならざるを得ないだろう。初めてセンターが珠理奈以外になる場面が最初に出てきて珠理奈がそれを真から祝福している、というのがそれを象徴的に表しているだろう。 第二公演で松井玲奈がキツイ練習中に倒れるという場面が出てくる。初めて見た。玲奈にとっては、それが試練だった。しかし、珠理奈はそんな時もやすやすとこなしているように見えた。珠理奈に引っ張られてこのSKEの6年間があったという構成にしてしまっているし、ほぼその通りだと思う。 第一期生、第二期生が「元気に踊るSKE」というイメージを作り上げるというのが、前半の構成。後半は公演の苦労話はすっぱりと無くなって、世代交代と卒業生の話になってゆく。八神久美がどうして出て来ないんだ、と思ったら2012年の紅白歌合戦の舞台裏での「激」の場面で初めて出てくる。なるほど、上手い使い方だった。しかし、それだからなお一層、秦佐和子が一瞬のみ出てインタビューはおろか群像でもほとんどカットされていたのが気になる。卒業後学生や社会人に なった娘たちもたくさん出てきたのに、彼女は芸能界志望だったはずだ。何があったのか。 珠理奈が云う。 「(私に代わって)SKEを代表する人が早く出てきたらいい。そうじゃないとSKEの未来がない」 まだ、18歳そこそこの彼女がそういうのである。SKEの底深さがそういう処にある。 この画面はファンの間では有名な場面。真ん中で手をあげているのは、デビュー控えて鬼コーチから「私の踊りはデビュー控えて恥ずかしくないと思う人は手をあげて」と言われて一期生の中で唯一手をあげている12歳の松井珠理奈の姿である。あの鬼コーチでさえ、納得する姿だったらしい。 (解説) 名古屋で6年前に誕生し、群雄割拠のアイドル業界においてつねに独自の地位を確立してきたSKE48。その戦いの歴史がドキュメンタリー映画となってついに登場!第1期オーディションで秋元康総合プロデューサーに「ダイヤの原石を見つけた」と言わせた、当時12歳の松井珠理奈。一方、歌もダンスも未経験、最後列からのスタートとなった松井玲奈。対照的な両エースがSKE48を一大アイドルグループへと押し上げるまでに至った、その波乱に満ちた道のりを映画は赤裸々に描いていく。 一方で、SKE48劇場を支えるメンバーたちの物語にもカメラはていねいにスポットを当ててゆく。センター交代劇の裏で何が起きていたのか?W松井が初めて明かす「SKE48の未来」とは!? 監督 石原真 出演 SKE48 in TOHOシネマズ岡南 2015年3月5日 ★★★★☆ 「幕が上がる」 アイドル映画ではありません。 でも、アイドルとしての魅力を拡げた映画でした。 アイドルは「成長」します。正直、前半は高校演劇を観ているようで辛かった。時々キラリと光るものがあるけど、粗が見えるのです。けれども、次第とそれが気にならなくなります。もちろん、最終版で全てが完璧になったわけではない。佐々木彩夏や有安杏果は最後まで不安定。でも、それも気にならなくなる。 本広監督の編集はプロの技だし、脚本は平田オリザの原作がいいのか、喜安浩平の職人技なのか、高校時代の(今では忘れかけてしまいがちな)「何処へでも行ける」感覚の再現が素晴らしい。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」、谷川俊太郎の「百万億光年の孤独」などの作品が、実に効果的に使われて、とっても素敵な青春映画になっています。 ももクロメンバーの顔と名前がやっと一致し始めた。あ、もちろん主演はチームリーダー百田夏菜子、他の2人は玉井詩織と高城れにである。 (あらすじ) 地区予選敗退。最後の大会を終えた先輩たちに代わり、部長として富士ヶ丘高校の演劇部をまとめることになった高橋さおり(百田夏菜子)。「負けたらヤなの!」と部員の前で意気込むさおりだが、悩める日々が続く。どうやったら演技が上手くなれるの?演目は何にすればよいの?「わからないー!」 そんな時、学校に新任の吉岡先生(黒木華)がやってきた。元学生演劇の女王だったらしい!美人だけどちょっと変わったその先生は、地区大会すら勝ったことのない弱小演劇部の私たちに言った。 「私は行きたいです。君たちと、全国に。行こうよ、全国!」 監督 本広克行 出演 百田夏菜子、玉井詩織、高城れに、有安杏果、佐々木彩夏、黒木華、ムロツヨシ、清水ミチコ、志賀廣太郎 in TOHOシネマズ岡南 2015年3月5日 ★★★★☆ 「ジミー、野を駆ける伝説」 ジミーがしていたのは、単なる文化運動である。村の篤志家が場所を無料で提供し、それを村の仲間が「運営委員会」を作ってタイムスケジュールを作り、ダンス交流会、絵画・読書・ボクシング教室などを講師も無料、会費も無料で運営する。貧困で、愉しみもない村のコミニュティにそれが受け入れられないはずがない。しかし、それを村の「保守派」教会牧師は陰に陽に妨害する。地主は直接の暴力に訴えさらにはホールを焼き討ちする。さらには国は彼に裁判抜きの国外退去を命じた。 ブルジョワ対共産主義の対立が長いこと続き、国内で悲惨な内戦が終わって10年。「自由と平等」を目指す全ての行動は、アカ思想だとして弾圧されてゆく。しかし、彼は伝説になった。それはジミーのホールが形を変えて継続したことを示すだろう。 そして、我々はまるでジミーのように、市井に映画を語る会などの「自主的で平等な」サークルを持っている。こんなサークルが攻撃されないと断言出来ない世相になっているからこそ、ケン・ローチの作品は普遍性を持つ。引退なんて噂でも流さないで欲しい。 (解説) 英国の至宝ケン・ローチが描く、 アイルランドで唯一、国外追放となった“名もなき英雄”の物語。 『麦の穂をゆらす風』でカンヌ国際映画祭のパルムドールを獲得し、スコッチウイスキーに一発逆転を賭けた落ちこぼれたちのコメディ『天使の分け前』が日本で大ヒットしたケン・ローチ監督。この世界に誇る名匠がアイルランドにおいて唯一、裁判も開かれずに国外追放となった人物の生き様に感銘を受け、至高のヒューマンドラマを完成させた。カンヌ映画祭で上映された本作がローチ監督の "引退作品"という噂が流れ、話題が話題を呼んだという。これまでも市井の人々を真摯な視点で捉え続けてきた監督の願いは、ジミーの精神が後世へと受け継がれること。村の若者に未来を託す、このラストには監督自身の希望が込められているに違いない。 歴史上に名も挙がらない、記録にさえ残らない。 ただ人々の心に刻まれ、やがて彼は伝説となった。 《Jimmy's Hall(ジミーのホール)》とは、人々が集い、学び、踊る場所。しかし本作が最も語りたいことはホールの再建でも、ダンスでもない。野を駆け、野に生きた労働者でありながら、抜群のリーダーシップで民衆に支持された"名もなき英雄"の物語だ。実在したジミーは、誰もが知る歴史上の偉人ではなく、むしろそのプロフィールの細かな部分はほとんど知られていない。活動家の傍ら、芸術や娯楽をこよなく愛したジミーの人間性に加え、何よりもスクリーンに投影されているのは、ジミーの私利なき高潔な精神にほかならない。彼が説いた言葉の数々は、未来への希望にみちたメッセージとして眩い輝きを放ち、混迷する今を生きる私たちに深く刻まれ、すがすがしい感動を呼ぶことだろう。 inシネマクレール 2015年3月8日 ★★★★☆
2015年04月05日
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「桜ながし」という言葉が「雨のことば辞典」(講談社学術文庫)に書いていました。 雨のことば辞典 [ 倉嶋厚 ] 桜の花に降りかかり散らしてしまう雨をいう。鹿児島県肝属地方のことば。「流し」は、何日も降りつづく雨。また梅雨を指す。美しく咲いている桜の花を散り流してしまう雨なのだが、なぜかあわれ深いひびきがある。 ツイッターでフォローしている情報の中には、毎日「今日は何の日か」を教えてくれる人がいるのですが、たまたま今日のを見ていると、歴史というのはほんの短い間に大きく転回することがわかります。 136年前の今日、こんなことがありました。 @tawarayat: 1879年4月4日、琉球藩を廃して沖縄県を設置することを全国に布告。 沖縄の「民意」は、この時からずっと裏切られていきます。官房長官は「(辺野古移転反対という)沖縄の民意はまだわからない」と宣ったそうです。昨年の12月の選挙で、小選挙区マジックで国民の3割弱の「票」を貰って「これで民意が示された」と威張った男が、一転県知事選挙という直接選挙で選ばれた首長に向かってそう宣うのです。こういうダブルスタンダードな大人を許していいんですか?世の大人たちよ! @tawarayat: 1890年4月4日、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が来日。 桜舞う日本に彼は降り立ったんですね。 @tawarayat: 1968年4月4日、アメリカの黒人指導者キング牧師が暗殺。アメリカ各地で暴動が起きました。アメリカの無人宇宙船「アポロ6号」打上げ。 たった48年前です。このブログの読者の多くは既に生まれている。黒人の権利向上はこの48年間に格段に進み、宇宙技術も進んだ。 @tawarayat: 1972年4月4日、沖縄返還交渉の日米機密電報を漏洩した容疑で、毎日新聞記者と外務省事務官を逮捕。 たった42年前。翻って、日本の秘密体質は深まりこそすれ、改善は一切しなかった。 @tawarayat: 1975年4月4日、ビル・ゲイツとポール・アレンがマイクロソフトを設立。ベトナム戦争で、アメリカ軍が南ベトナムの孤児をアメリカ本土などに避難させる作戦・オペレーション・ベビーリフトを開始。第1便の飛行機が墜落し153人が死亡。 たった39年前。インターネットは飛躍的に変わった。すべての日本国民は、アメリカのこの会社設立が世界を変えることを予測できなかった。それよりも、アメリカのアリバイ的なこんなことを大々的に報道し、そしてこんな悲劇が起きた。ところが、そんな悲劇も全く忘れ去られる。覚えているのは、どの位いるのか。 @tawarayat: 1978年4月4日、キャンディーズが後楽園球場で解散コンサート。 悔しいけど、こんな事実は良く覚えている。何と37年も前のことである。 たった136年の間に、大きな世界戦争を二度も行い、またしても戦争の準備を始めようとしている。この国は。世界は変わっても、日本は何も変わっていないのだろうか。
2015年04月04日
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「日本発掘!ここまでわかった日本の歴史」朝日新聞出版 「発掘された日本列島」展20周年記念の連続講演会の記録である。さすがに文化庁主催なので、講師は豪華だ。 私の関心はご承知のように弥生後期から古墳前期までなのであるが、その前提としての石器時代、縄文時代、そして古墳時代の終わり方も興味がない訳ではない。 よって、旧石器時代偽造事件の処理顛末として、国際連帯が高まったことを知り、あの事件がまったく無駄な10年間ではなかったことがわかり嬉しかった。 また、縄文時代の重鎮小林達雄氏の健啖振りを聞けて良かった。縄文土器の1番古いのは、青森県大平山元遺跡の1.5万年前のモノであり、それに次ぐのが中近東の9000年前の土器というのだから、ダンチです。しかし、氏は「土器はあくまでも標識で、縄文革命とは定住的な生活が始まったことが革命だ」と述べる。縄文時代の定住するムラの発展は、ハード面だけでなく、祖父母から孫世代への知識の伝達というソフト面の発展があったことが重要だと云う。その通りだと思う。縄文世界の特徴は何か。火焔土器はよくわかるが、沖縄の伊波式土器にも突起がある。何故これが共通するのか。それは「言葉」である。東北から対馬、沖縄まで言葉は共通で、少し離れただけの朝鮮半島とは違っていた。この視点は弥生を考えるときも重要だと思う。 重鎮たちの話は自説の解説になっていたが、弥生を担当した石川日出志氏は、講師陣の中で1番若い。よって、このパートのみが「ここまでわかった日本の歴史」を体現していた。私はしっかりとメモをとった。 古墳時代の大塚初恵氏は、反対に講師陣の中では1番の高齢で、今年89歳。その割には講師陣の中では、石川氏ほどの精緻な紹介はしていないものの、全体的な学説の到達点を述べていたのは流石だと思う。 さて、以下は石川氏の説をメモしたものです。私用ですので、無視してください。 ●弥生時代早期論争 (1)菜畑遺跡の夜臼式土器。縄文終わり→弥生「早期」として学会で合意。 (2)歴博チームの説。始まり5世紀→10世紀。弥生前期B.C3→B.C8。中期B.C2→B.C4。 (3)現在。歴博チーム説。従来説。中間説(開始を6ー7世紀にとる)の三つに分かれている。 ●稲作の始まりはいつか。 (1)縄文時代の始まりから?→否定。しかし、豆類は栽培していた。弥生早期ではアワ・キビの栽培も始まっていた。生業・食糧調達方法はこの20年間で一変した。 ●弥生のムラの姿 (1) 環濠集落は、弥生前期では全国的に小さく、中期では九州と近畿で規模が爆発的に拡大する。中・南部九州、東北、茨城・栃木県域、瀬戸内北岸と長野・山梨あたりは環濠集落がないか、きわめて少ない。 (2)大阪八尾南遺跡の洪水埋納竪穴住居群は注目。 (3)静岡平野は登呂遺跡のあるのにも関わらず、後期の大きなムラはまったくない。(←もしかして津波の影響⁉) (4)北陸に高地性集落。後期初めに福井県地域で始まり、後半に北陸地一帯に広がり、またすぐになくなる。この時期の激動を物語る。 (5)福岡市比恵・那珂遺跡群、南北一キロ以上もある広大な集落。弥生早期に那珂に環濠集落として出現、紀元後2世紀ごろにムラをいっせいに再編したことがわかった。ここは春日市須玖遺跡群と共に奴国の中心地。 (6)纒向遺跡も後期末に唐古・鍵遺跡を再編して出現⁉2013年国史跡に指定。 ⇒(4)〜(6)より、つまり弥生時代後期後半(紀元0から2世紀?)に九州から中国、近畿にかけて時代の波に揉まれる大変動があった⁉ ●青銅器の鋳造と副葬・埋納 (1)青銅器の発見例がない熊本市八ノ坪遺跡・白藤遺跡から、銅剣・銅戈・小銅鐸などのいろんな青銅器の鋳型が出土した。 (2)弥生時代前期末〜中期初め、BC3世紀の鋳型が福井、和歌山からも出土。全国から青銅器鋳造は始まった。青銅器鋳造始めは九州か機内か、邪馬台国論争と絡めて論議して来たが、これで幕を閉じた。 (3)中期後半、BC1世紀になると、福岡市須玖と比恵・那珂、茨木市東奈良遺跡、東大阪市鬼虎川遺跡、奈良の唐古・鍵遺跡など特定の集落で青銅器を作って周りに配布するようになる。 (4)北部九州の社会の階層化の様子がわかってきた。中期前半、BC3〜2世紀はまだ中心はない。中期後半、BC1世紀になると、ようやく奴国と伊都国地域が社会的に突出した位置を占めてゆく。吉野ヶ里よりもワンランク上。ふたつの国が突出したのは弥生時代前期からではなかった。 (5)青銅器埋納の具体例が各地で明確になった。発掘途中での発見例が続いた。長野県中野市柳沢遺跡で、西日本だけでなくここからも多量埋納。銅戈と銅鐸。一点だけ九州産、あとは畿内産。銅鐸を鳴らし、銅戈・銅矛・銅剣で春秋の農耕祭で宗教的なパフォーマンスをしていた西日本の祭は東日本でもあったということになる。福岡県小郡市寺福童遺跡でも同じ埋納。すべて埋納の仕方が同じということは、儀礼行為が全国的に定式化していた。和辻哲郎の銅矛銅剣文化圏と銅鐸文化圏の対立という図式は確実に否定して良いと思います。 ●地域的個性への注目 (1)京都府与謝野町大風呂南遺跡(後期の方形台状墓)。丹後地域の豪華な副葬品。武器や宝石。こういう副葬品は北部九州以外ではここのみ。日本海での交易の成果か。京丹後市赤坂今井遺跡(弥生晩期、方形台状墓、一辺約40m)中心部は未発掘。出雲と吉備に匹敵する人物だった?(←そうかもしれないが、私はかなり好戦的な人物だったと想定しており、好きではない) (2)長野県木島平村根塚遺跡(後期後半、木棺墓)。渦巻き装飾の握りのある鉄剣。これは明らかに金海地方伽耶地域のもの。しかし、握りの部分の軸が剣身とズレ。西日本や大陸にはなく、東日本特有。東日本が大陸に特別注文をして手に入れたのでは。それぐらいの大陸とのネットワークを持っていた証拠。 (3)仙台市沓形遺跡(弥生中期)では、津波のあと(当時は海岸線から2キロ内陸)。このあと水田の放棄。 仙台平野ではこのあと、中期後半から後期の遺跡はすべて仙台平野の西側のやや高い地域のみに分布するようになる。869年の貞観大地震で、多賀城にも被害があったことが確かめられている。約1000年おきの大地震と津波。 寒川旭氏による地震考古学の提唱。 ●考古学と倭国・邪馬台国論争 (1)「九州と近畿、どちらが有力かとか、九州と近畿が直接手を結ぶ状況はすぐにはわからないわけです。ところが出雲や吉備を中心にみると、まず最初に両地域を核として遠隔地の有力者どうしが手を結ぶ状況が出来上がります。新しい政治的連携をともなう古墳時代開幕直前の社会の組み替えは、じつは近畿地方でも九州でもなく、中国地方あたりから胎動し、次第により広域な、九州から近畿、一部東日本まで含めた広域にわたる政治的な連携が実現していくわけです。」(135p) 2015年4月1日読了 (内容紹介) 江戸東京博物館で2014年に開催された 「発掘された日本列島」展20周年を記念する連続講演会「日本発掘」。 捏造事件後の旧石器遺跡検証の道のりと、 わかってきた列島の旧石器の独自性。 大規模発掘により、近年各地で発見相次ぐ 環状遺構の共通性と見えてきた縄文人の心性。 弥生開始年代論の現在と、 モノの移動に見る日本海側の地域と大陸との交流。 墳丘墓か古墳か、白熱する発生期研究と、終末期古墳研究の現状。 都城中心部での発掘調査成果で明らかになる律令国家の誕生。 史料の欠を埋める中世都市の発見。 遺跡探査・遺物分析・資料保存に果たした科学技術の役割など、 最新情報と考古学の醍醐味をわかりやすく解説する。
2015年04月02日
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「海街diary1-6」吉田秋生 小学館フラワーズコミック 夏に是枝裕和監督によって映画化されることもあり、ネットカフェで六巻まとめて集中して読みました。 ハッキリ言ってどんな作品になるのか、想像もつきません。一巻分だけでも丁寧に描けば十分是枝作品になる気がするし、鎌倉の四季を織り交ぜた日常しか描いていないので、六巻分を反映させようとすれば出来る気もするし。 しっかり者の看護士の長姉の幸に綾瀬はるか、愛の狩人次女に長澤まさみ、マイペース三女に夏帆、そして新たに家族になる腹違いの末妹に広瀬すず。彼女たちがきちんと動けば「歩いても、歩いても」に次ぐ傑作が出来ることだろう。広瀬すずがどこまで「すず」を演れるかにかかっている。愉しみ。そして不安。 人が死んで想いはどう繋がっていくんだろ。家族って何だろ。 多分そんな話になるのではないかと思う。 2015年3月23日読了
2015年04月01日
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