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「戦争法案廃案!安倍政権退陣!国会10万人・全国100万人大行動」の倉敷駅前集会&パレードに参加して来ました。 30分前に行くとパラパラだった参加者も 時間にはフレームに入り切らない人が集まっています。 リレートークで高校生が口火を切りました。 「高校生に政治に口を挟んではいけないのか。戦争法案は私たちの未来を壊します。一緒に未来を守りましょう」 会場は一挙に盛り上がりました。若い人の力って、凄い! あと、民主党衆議院議員、共産党県議会議員、弁護士、倉敷9条の会、宗教家、NPT会議参加者と次々と発言しました。 最後に戦争体験者から。 「今は自由に声をあげることが出来る。この時代に法案を許すならば、あの時代の人に顔向けが出来ない」 最初は高校生、最後は77歳のおばあちゃんが発言した。 倉敷は今まで4回集会&パレードをして、最高が200人だった。今回の参加者は400人!倉敷の片田舎としては、歴史的な集会&パレードになった。老若男女、特に子供連れが多く、今までの集会と大きく異なった集会となった。 岡山市では、1000人のパレードが実現したらしい。 国会前は、目標の10万人を大きく上回る12万人が集まったらしい。
2015年08月30日
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今日は「戦争法案廃案!安倍政権退陣!国会10万人・全国100万人大行動」の日です。 身近に必ずなんらかの行動があると思います。是非少しでも参加してください。 私はコレに参加します。 年金資金を株につぎ込んでいる段階で、心配されていたことですが、それがホントのことになりました。年金資金5兆円消失!って、おいおい、虎の子のカネがなんてことだ!この一点だけでも、安倍政権は退陣しなければなりません。
2015年08月30日
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「ビッグイシュー269号」ゲット。 「良かったら、本をこのカバンに入れてください」 「あ、今日はちょうど大きめのカバン持ち合わせていなかったので助かります。無料ですか?」 「ええ、岡山大学のワークショップで教わった作り方に工夫を付け加えて作って、たくさん買ってくれた人に渡しているんです」(私は普段岡山市に来れない仲間の分を取りまとめていつも4冊買っている) 「この接合部分は糊ですか?」 「そうです」 「しかしすごいです。(記事の部分がちょうどファッショナブルな模様になっている)ホントにありがとうございます!」 その後、ちょっと誇らしげに街に本を入れてかっ歩したのでした(^-^)/。 今回は、来月から体裁が一新するということもあり、10年近く続いた連載が軒並み「最終回」を迎えた。雨宮処凛の連載も終わった(最後に7/15の国会前の抗議行動の長文レポートが付いた)し、浅井博章氏のCDレビューも終わった(最後はこの10年の特徴的な出来事を、CD販売激減、ミュージシャン海外デビュー、初音ミク、クールジャパンとまとめた)し、岡崎武志氏のブックレビューも終わった。残念なのは、伊藤悟氏の「テレビうらおもて」だ。彼は毎回頷くことばかり書いていたのだけど、「メディアが悪い」と今更書くのは新鮮さがないようでいつもスルーしていた。最後も、7月中の戦争法等をめぐる、メディアの愚民化放送、情けなさを縷々と述べたあとに、 「連載の最後を、こうした流れに抗せず、茶化し程度しか出来ないテレビを観ない方がいいという提言で締めくくるのは心苦しいが、自ら情報を集めて判断し闘う主体となって再会したい。」と結んでいた。ホントにそうだ。 あと、ずっと間違っていたことをここに告白したい。「ビッグイシュー」のことを、私はここでずっと「ビック・イシュー」と書いていた。なぜそう勘違いしたのか定かではないのだけど、これからは雑誌表紙に書かれている正式な名前を使いたい。すみませんでしたm(_ _)m
2015年08月29日
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「流れ行く者ー守り人短編集ー」上橋菜穂子 新潮文庫 1番印象に残ったのは、女用心棒バルサが流浪の旅で知り合った賭事師との一編でもなければ、バルサが初めて短槍を使って命のやり取りをした「流れ行く者」でもない。主にはタンダの少年時代の生活を描いた「浮き籾」である。 新ヨゴ皇国は、狩猟民族だったヤクー族たちの住む地域に百数十年前に民族移動して作った稲作民族の国である。まだ国としての体裁を持っていなかった地域に、稲作の技術と国の統治を伝え、ヤクー族もほとんど抵抗せずにそれを受け入れた。結果的に混血が進み、今ではヤクー族はほとんど稲作民族になっている。これは明らかに縄文時代から弥生時代に移った日本列島の姿そのままだ。タンダたちの生活の細かな描写は、そのまま弥生時代の描写に置き換えても不自然な所はあまりない。ただし、建物や鉄の技術が進んでいるぐらいの所は中世の日本を思わせる。 まだ、ヤクーの純血種が残っている時代の話。それは、トロガイの呪術師たちの位置づけにも関係するのだろう。 村の「浮き籾(厄介者)」であったオンザが「物の怪」になって、村びとたちに悪さをする。そう信じられた時代の、ホントのオンザの姿はどうだったのか。タンダとバルサは子供ながらに、その真実のとば口にたどり着く。 しかし、それは大人の悲しい「想い」だった。作者は子供にわかるように真実を説明しない。非常に余韻のある終わり方だった。 2015年8月17日読了
2015年08月27日
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上橋菜穂子の作品は、完全読破することにしました。それだけの量しか出版されていないこともあります。暫くは文庫化の望みのないものは、買うか、図書館で借りて書評を書きたいと思います。これは買いました。手許に置いたら便利かな、と思ったのですが、早計でした。 「「守り人」のすべて 守り人シリーズ完全ガイド」偕成社編集部編 残念ながら、既に「守り人シリーズ」を読んでいる者にとっては、ほとんどは既知のことだらけ。僅かに、守り人シリーズを英語翻訳した平野キャシー氏と上橋菜穂子氏との対談は幾つか面白い所があったのと、新作でなおかつシリーズのあとのエピソードとなっている短編「春の光」は、ものすごく短いのにも関わらず大好きな作品となった。 あとは、最も力を入れるべき守り人シリーズの百科事典は、これまでの文庫に収録されている地図や人物紹介、言葉紹介、あらすじの域を出ていない。これからシリーズを読もうとしている読者には、役に立つかもしれないが、私には意味のないものだった。 どうせ作るのならば、もっと詳しい地図や年表を作者の同意を得た上で作成して欲しかった。イメージとしては「指輪物語」の別冊ぐらいを作って欲しかった。地球とは明らかに違うのは、ここには「そこに確かに在る異界」があるということ。人間と異界との歴史と現代の 関係は、別冊としてページを割いて描いて魅力あるものなのだが、その解明がこの本にはほとんどない。 2015年8月読了
2015年08月26日
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ブクログ献本企画で読ませていただきました。ありがとうございます。出版社は初めて聞く名前ですが、英語カタカナ表記にしては、かなり書きにくい名前。言葉とかに拘っているのでしょうか? 「はるなつふゆと七福神」賽助 ディスカヴァー・トゥエンティワン発行 あらすじは巻末を読んでいただくとして、「ハイ&ロウ」で書評を書くことにする。 (ハイ) ・サクサクッと読める。その割には献本いただいてからアップが遅いと言われそうだが、読者にもいろいろ事情があるんです(←言い訳)。 ・彼氏なし、失業中の都冬ちゃんの境遇と、パソコンをそこそこ使えるという「設定」はベタだが、共感度高し。七福神たちのファンタジー部分にすんなり入れるのも、都冬ちゃんの現実感覚があればこそ。 ・荒唐無稽のようで、ちゃんと神様たちの設定や行動原理は、調べて書かれていて、慎重に読めば七福神通になれる? ・時々突然説明なしに出てくる郷里(富山)の妹との、方言に戻った会話が、いいアクセントになってる。 (ロウ) ・展開があまりにもオーソドックス。 ・七福神たちが七福神になるためには、それなりの波乱万丈の歴史があったはずで、それは次の作品にとっておいてもいいのですが、その歴史が垣間見える「深み」のある会話が少し欲しかった。神様と人間を隔てるものとは何なのでしょうか? ・せっかく、いくつかのアッと驚く展開を用意していて伏線も幾つか置いてあったのだが、「あゝなるほど」と思うニヤニヤする伏線を張って置いて欲しかった。 ・もう遅い(←ごめんなさい)のですが、75Pの「誤る」の誤植が直っているかどうか、店頭で確認させていただきます(^_^;)。 (あらすじ) 会社をクビになって途方に暮れていた榛名都冬(はるな つふゆ)のもとに突然現れたのは、 七福神の老人コンビ、福禄寿と寿老人! 知名度が低いことを嘆く二柱に、ネットでのPR活動を頼まれた都冬。 「……お二人の名を広めることができたら、私の願い事も叶えて貰えますか?」 そうして、都冬と神様たちの可笑しな共同生活が始まった! ※気がついた人はいるかもしれませんが、都冬(つふゆ)ちゃんの名前は、春夏冬に掛けた親の「言葉遊び」です。つまり「飽き(秋)が来ない」(^_^;)。
2015年08月25日
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今月の県労会議の機関紙に掲載した映画評はこれです。 石井裕也監督はこの5年間で急に頭角を現して来た若手監督です。自慢するわけじゃありませんが、私はその初期の「川の底からこんにちは(2009)をいち早く取り上げました。その彼が辞書編集者を主人公にした「船を編む」(2013)で昨年の日本アカデミー賞を獲ったのはご承知の通り。昨年も「バンクーバーの朝日」で大作を任されました。しかしそれらの作品よりも、私は、昨年5月にムービックス倉敷だけでひっそりと上映されたこの作品を昨年度の邦画ナンバーワンとして推しています。隠れた名作ですね。キネマ旬報ベストテンでは第五位になっているので、評者の間でも話題になったようです。 主な登場人物は4人だけです。東京郊外の建て売り住宅団地に住む普通の「家族」に次々と問題が降りかかります。先ずはお母さん(原田美枝子)に脳腫瘍が見つかり、たった余命7日と宣告されてしまいます。するとお父さん(長塚京三)の経営する会社の莫大な借金が判明します。子どもを授かったばかりのシッカリ者の長男(妻夫木聡)。でも金にルーズな大学生の次男(池松壮亮)から「俺たち家族は、中学生の時に兄貴が引きこもりになった時から、とっくに壊れていたんだよ」と言われてしまいます。 一見幸せそうな家族が、実は崩壊寸前だった。ここまでは、よくありがちな展開です。でもこの作品はここからが違うのです。 石井裕也監督は、この作品をお涙頂戴の「難病もの」にも、ドロドロの「家族問題の告発もの」にもしませんでした。正面から「家族の絆とは何か」を描き切りました。「川の底から」の時は、今は監督の妻になっている満島ひかりが、潰れかけたしじみ工場で「来るなら来てみろ大不況 その時ゃ政府を倒すまで」と「社歌」を歌って開き直った時から、潮目が変わりました。ここでもある時から兄弟は「未来をふっ切る」のです。そこにとてもリアリティがあるように、私は感じました。一つ一つの家族には歴史があります。幾つかの瑕疵はあっても、玲子のような母さんがいて、「こんな時には笑おうよ」と言ってくれれば、兄弟はそれなりに頑張るものです。無茶なことはしない。兄は「なんとかする」といい、弟はしっかりフォローする。そんなもんなんです、きっと。(2014年作品レンタル可能)
2015年08月23日
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今日の天声人語にこういう文章があった。夏痩せと秋バテの関係を面白く伝えているので、ご紹介して、追って残暑見舞いの言葉としたい。 (天声人語)夏痩せと秋バテ 2015年8月22日5時0分 先日に続いて子規と漱石の話だが、親友だった2人には掛け合いのような俳句がある。百人一首でよく知られる〈忍ぶれど色に出(い)でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふまで〉をもじったもので、子規はユーモラスに〈忍ぶれど夏痩(なつやせ)にけり我恋は〉と一句を仕立てた▼片や漱石は、「正岡子規へ送りたる句稿」として〈物や思ふと人の問ふまで夏痩せぬ〉。ともに明治29年の作だ。句作のいきさつや、あとさきは寡聞にして知らないが、2人して悠々と興趣の世界に遊ぶかに見える▼そのころ、子規は東京に、漱石は熊本に住まっていた。体ひとつで高温多湿に耐えるしかなかった時代である。夏痩せする人は多く、その言葉は万葉の昔からあった。時は移って、いまは夏場の「冷え」に注意が必要という▼室内も車内も冷房は備わり、多種多様な氷菓も手招きをする。体の外からも内からも冷やされて、疲れやだるさを呼び込みがちだ。〈一匙(ひとさじ)のアイスクリムや蘇(よみがえ)る〉子規。これぐらいなら、体に障ることはなかったろうが▼高校野球は幕を閉じて、あすは暑さが収まる候とされる二十四節気の処暑。なるほど、朝夕は秋の走りの空気を感じる。といっても残暑は油断ならないし、少しゆるんだ暑さのなかで、ひと夏の疲れが出るころでもある▼「秋バテ」という言葉を、昨今ときどき耳にする。夏場に体を冷やして自律神経の働きが乱れ、それが秋への変わり目に現れてくるという。文明病であろう。夏痩せより手強(てごわ)いかもしれない。 さて、私はというと、元気です(^-^)/。10年くらい前までは「夏痩せ」という言葉の意味が実感として理解出来なかった。夏は比較的活動的になる。しかも、かなりの汗をかくので、「とっても運動をした」という勘違いを起こしやすい。世間は夏痩せ注意としきりに言っている。結果として、防衛反応として「よく食べる」という行動を起こす。よって私の夏のイメージはいつも「夏太り」だった。私は「食欲をセーブする」ということをイメージ出来ても「食欲がなくなる」ということは、意味不明の言葉だったのだ。 流石にこの10年間の猛暑の中で、2回ほど「今日は食べたくない」ということを経験した(食べたけど)。世間並の感覚を垣間見て、やっとその人たちの苦しみに寄り添うことが出来るようになったかもしれない。これが成長というのだろうか。 しかも私は「秋バテ」ということも、実はまだよくわからない。7年前に父親が亡くなって父親の一軒家を私が譲り受けたのだが、おかげで夏はある程度風が通り、冬は底冷えしないまともな家に住むようになった。そこで私は経費削減のために一切クーラーを使うことを止めた。ついでに車も1人で乗る時には使っていない。つまり明治の子規の暮らし方を実践しているのである。よって、夏場に体を冷やして自律神経の働きが乱れるという「文明病」にはかかっていない。 ただ流石にこの間の猛暑は異常だったのでは無いか、と思う。真似はやめて欲しい。子規には出来なかった、夕方にはマクドナルドに入って涼しくなるまで待つという裏技もやっていた。それでも11時過ぎて涼しくならない日も、異常に増えた。 残暑見舞いの写真を探したのであるが、なかった。数日前の「記録的大雨」になる直前の風景を貼り付けます。こうやってみると、雨曇は時に「禍々しく」やって来ます。古代の人たちはこういう雲を「龍神」として畏れたのだろうな、と思いました。
2015年08月22日
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「戦後日本史」福井紳一 講談社+α文庫 とっても熱く、わかりやすく、詳しく、驚きに満ちた「戦後史」でした。 学者の書いた戦後史ではなく、駿河予備校講師による受験生向けの歴史講義であることに大きな特徴がある。私は知らなかったのだが、最近の大学入試、日本史のうち戦後史の出題の配点・分量が増えているらしい。一橋や慶應義塾経済のように、年によっては1/3まであてる大学もあるらしい。これは著者の言うように大学からの「高校教育は現代史をやれ」というメッセージだろう。 受験生にはその点で有用、大人はどうか。私を含めて高校ではほとんど現代史は習っていないから、現代史の学び直しとしてはかなり有用である。 これは2011年11月発行の同書の訂正・加筆版だそうだが、単なる加筆ではなくて、今、現代を批判的な視点で見ているところがすごい。2015年6月の95%以上の憲法学者が安全保障関連法案に対して違憲だと明言していることも記し、そこに至る「歴史」がわかるように書かれているという意味でも画期的である。 例えば、著者の安倍晋三批判は痛烈である。2005年の「ポツダム宣言は原爆二個落とした後に叩きつけられた」「満州は攻め入ってつくったわけではない」発言を、「思わず椅子からずり落ちそうになった」と著者は言う。そのように「政治家としての資質」を疑問視して「序」は始められている。よって、本屋の店頭に跋扈している歴史修正主義への批判は、この本で紙数を割いて語られているだろう。教育指導要領で制限された高校の授業では、決して出来ないことだ。 著者もいっているように、戦後史を系統的に知らなければ、現代のような激動期、目隠しのまま高速道路を歩いているようなものだろう。ニュースや新聞の内容を読み取るためには、戦後史が必要不可欠である。 私はこの本を大いに共感持って読んだが、もちろんそれは入り口にすぎない。細かく見れば、問題点もある。著者は全共闘の運動をベタ褒めしているのだが、その批判的な視点(特に連合赤軍事件や浅間山荘事件に至った経緯やその後の影響)については、ほとんど書いていない。これから学園生活を送る受験生に対しては、それはあまりにも不親切だと思う。 受験生は、大学に入った後は是非とも学友や先生との討論、学問的な学びによって、真実に近づいて欲しいと思う。 2015年8月16日読了
2015年08月21日
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「あとかたの街」おざわゆき 講談社コミックス 今年の漫画家協会賞を獲ったということで、読み始めた。今まであまり語られてこなかった東京大空襲ではなく、名古屋大空襲を被災者目線で描き切った漫画として、ものすごい力作だった。そして、現代だから描けたのかもしれない、と思う。 空襲漫画で、1番に思い出すのは、1970年代に「りぼん」で不定期掲載された巴里夫氏の一連の東京大空襲漫画である。それは取材もしただろうが、氏自身が空襲被災者だったことが迫力を産んだ漫画作品群だった。巴里夫氏は第一世代の「空襲漫画家」である。おざわゆき氏は、第ニ世代だ。母親が当時15歳の少女だった。名古屋大空襲で九死に一生を得た。今も健在で、詳細な聞き取りと、ピースあいちなどの協力を得た、具体的な取材の成果によって、当時の社会状況を忠実に再現し、なおかつ人々の感情をも描き切ることが出来たのは、実際あと10年後だったならばむつかしかったかもしれない。 当時の配給事情、高等科の畑作業や軍事教練、やがて学徒勤労動員、大日本国防婦人会、秘密にされた東南海地震と37日後の三河大地震、三菱工場に空襲、友だちの死、疎開、そして一夜の出来事を一巻かけて描いた名古屋大空襲。役に立たない防空壕、焼夷弾の恐怖、一瞬の判断が生死を分けた家族の避難行動、火柱の群れ、消防団の犠牲、防空壕の蒸し焼き、川の地獄絵、エトセトラ、etc。 庶民目線から見た「戦争漫画」の名作が出来上がっている。本作は今年の12月刊行予定の第五巻、終戦後「あとかたとなった街」を描いて終わるそうだ。 「凍りの掌(こおりのて)シベリア抑留記」おざわゆき 小池書院 作者の「あとかたの街」と同時に日本漫画家協会賞大賞を受賞した本書は、しかし「あとかた」とは違い、ほとんど画像資料のないのにほとんど唯一のシベリア抑留漫画になっている。同じように小熊英二「生きて帰ってきた男」に記された小熊英二さんのお父さん謙二さんの体験と多くの部分は重なる所があり、2人の記憶の正しさを証明することにもなっている。お互い相補う所もあり、是非一読をお勧めする。 ちばてつやさんが「暖かく、やさしいタッチのマンガ表現なのに、そこには「シベリア抑留」という氷点下の地獄図が、深く、リアルに、静かに語られている。」と推薦文を書いている。その通りだと思う。 特に最大の犠牲者を出したという、1946年の最初の冬越えを詳しく描いていて、貴重である。 2015年8月読了
2015年08月20日
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「生きて帰ってきた男 ある日本兵の戦争と戦後」小熊英二 岩波新書 良書である。読み進むうちに、今までの歴史書にはない発見の喜び、語り手や著者への驚き、そして尊敬がひしひしと湧いてくる。 語り手は著者の父上、小熊謙二さん(現在89歳)。北海道に生まれ、子どものころは戦前の東京下町で育ち、終戦間際の満州に駆り出されてシベリア捕虜として3年を過ごす。戦後、職を文字通り転々として極貧生活を過ごし、朝日茂と同時期に結核療養所で5年を過ごす。片肺になって出所後に東京で貧乏生活をするも、経済成長の波に上手く乗ってスポーツ店の社長として安定した生活を得る。90年代から2000年代にかけては、ボランティアで環境を守る会や、元兵士のとしての平和活動に参加する。また、シベリア外国人捕虜の補償を求める裁判を支援した。 と、書けば何か特別な一生のように思えるが、要は普通の「都市下層の商業者」の一生であるに過ぎない。そういう人の、詳しく、時代との関連を明らかにした記録は、しかし珍しいだろう。私には新鮮な記述が幾つも幾つもあった。 戦前下町の地方からやって来てあっという間に、生活必需品が間に合う下町が出来る事情と店の経営者の記録。庶民の戦争の受け止め方。シベリア抑留の実態。戦後の生活。「共産主義は嫌いだが、戦争や再軍備はまっぴらだ」という信条。60年安保時の心情賛成派のデモの見方。昭和30年代の住宅事情。高度経済成長の雰囲気。そして、この辺りから私の体験とも合致する所多いのだが、誕生日ケーキやカラーテレビ導入時期、レジャー・娯楽体験、新築の家。 実は謙二さんは去年亡くなった私の伯母の夫、おじさんと境遇がとても似ている。伯父は歳も一歳上。7人兄弟の真ん中で、早くから家を出て様々な職業についた途端に戦争に出て、シベリア抑留。帰って水道管の工員として地道に生活。バツイチの私の伯母と結婚。その後肺気腫を患い、静かな年金生活。晩年は鬱で食事が出来なくなった妻の代わりに家事をこなしていた。しかし、大の共産党嫌いというのは、違っていた。この本にあるようにシベリアは場所によってかなり民主運動や監督官のあり方は違っていたのだろう。私は伯父から何も聞くことができなかった。著者も言っているように、もっと親や親戚から「聴き取り」をするべきだ。そのためにこの本はかなり役立つだろう。 謙二さんの記憶力の確かなことと、その観察力の鋭さには、驚くばかりである。学問的な裏付けがないのに、言っていることは、例えば加藤周一とあまり大差ない。人間を真っ正面から観察していたから出来たことなのかもしれない。これはもう「人間的な能力」と言っていいのだろう。小熊英二さんのルーツをしっかり見させて貰った。 2015年8月13日読了
2015年08月19日
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こういうのを見つけた。約40分、9条の会事務局長とシールズとで、学生にもわかりやすく「いま、何が起きているのか」解説、質疑討論している。当然、大人にもわかりやすい。スマホからはYouTubeを貼り付け出来ないので、URLを貼り付けて飛んでもらうか、キーワードを検索して探して欲しい。 この映像を見て、やっとシールズたちがやっている活動の輪郭が見えてきた。 また、30日に天下分け目の100万人大運動を行う。これも詳しくは検索して欲しい。 18歳のためのレッスン・1 安保法制と憲法 小森陽一(九条の会事務局長)と シールズ(SEALDs)メンバー http://www.eizoudocument.com/0135komori&sealds.html WEB&YouTube配信2015年8月14日、企画:デモクラTV+映像ドキュメント.com、制作:映像ドキュメント.com 来年の参議院選から選挙権が18歳に引き下げられるのを機に、若い人たちと昨今の安倍政治に対抗するメッセージを発信していこうということで始めた企画の第1回(デモクラTVとの共同企画で月1回の予定)。 今回は安保法制と憲法をテーマに、小森陽一(九条の会事務局長)さんが問題提起、SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)にかかわる学生たちと討論した。 小森陽一さんは、なぜ安倍政権が憲法違反と言われようとがむしゃらに安保法制を押し通そうとしているのか、その歴史的経緯について説明。学生たちは、安倍政治に対し声をあげるなかで思ったこと、考えたことなどを語り、話しあった。 学生たちの発言はそれぞれにおもしろかったのだけどひとつだけ、「政治学とか難しいことはわからなくても、まともに普通に考えれば、いま起こっていることはおかしい」。 今後に向けては戦略的投票の有効性が話題になった。 内容 1.小森陽一さんの問題提起 2.シールズ(SEALDs)メンバー4人との討論 3.4人による「18歳の弟妹へのメッセージ」 60分 (WMVファイル 371MB) @MothersNoWar: 8/30の全国一斉行動! 国会に駆けつけるのは無理でも、各地の行動も大きな意義! ぜひ、あなたの街での取り組みをhttp://t.co/OrPuXnYqRCへ連絡してください。一覧表に載せてくれるそうです。 http://t.co/Ah4kgz2IDv
2015年08月18日
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「ホームレス川柳 路上のうた」ビッグイシュー日本編集部編 福岡でビッグイシューの販売員をしている髭戸太さんら6人が作った川柳を編集して発行したもの。2010年発行。今年3月目出度く第二刷が発行された。 俳句にせよ、川柳にせよ、その人物のカメラアイに写った景色が表現される。ならば、この句集に触れることは、そのままホームレスの人たちの生活に肌まで触れることを意味するだろう。 同時に川柳なので、そこはかとないユーモアも見える。それは、その人物の人生を感じるということでもある。 前半は四季に沿って選択。後半は衣食住や仕事やつながりで編集されている。約300句から幾つかを選ぶ。 (髭)は髭戸太さん (藤)は大濠藤太さん (草)は沢野健草さん (村)は村中小僧さん (麺)は麺好司さん (山)は山本一郎さん 老猫と 日なが一日 ベンチかな (髭) 花見客 俺の寝床で ご宴会(草) てふてふと 炊き出し並ぶ 昼下がり(髭) 炊き出しの メンバー変わる この季節(麺) 祭りとは 花火の後の 缶ひろい(髭) 俺の血は 栄養ないから 刺さないで(藤) 甲子園 故郷の代表 気にかかる(草) 盆が来る 俺は実家で 仏様(藤) 鰯雲 網で焼いたら 食えるかな(髭) 寝不足と 栄養不足 長い風邪(麺) 軒下で 寝てる自分も 雪化粧(村) 大不況 炊き出し列は 大盛況(村) 白昼夢? 仲間みんなで 鍋パーティー(髭) 駄洒落でも クルシミマスと 言えぬ今(麺) 出初式 元消防団の 血が騒ぐ(村) 北の風 このままいると 北枕(山) 給付金 住まい無い俺 無関係(麺) 期限切れ 残さず食べて エコ活動(村) 腰痛い 病名つければ コンクリ病(草) 五月晴れ 川で洗濯 岩に干し(髭) 炊き出しの 人数で判る 世の景気(麺) 目が開けば 飛び込んでくる 青い空(髭) ストレスは ホームレスにも 消えぬ日々(麺) 野良猫が 同情してそな 眼をしてる(草) 指さされ あんな大人に なるなよと(藤) 前向いて 歩いたつもりが 後ろ向き(髭) 心掛け 常に下見て 周り見て(草) 空腹で 何もないけど 友が居て(髭) 出来ることなら、路上の販売員から買って欲しい(私もそうした)。本屋でも買えるみたいだが、ここで買えば、半額が販売員の収入になる。 2015年8月14日読了
2015年08月16日
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「ビック・イシュー268号」ゲット。サセミストリートのビッグバードの中の人は46年間中に入り続け、しかも81歳だそうだ。 それはともかく、今回共感した記事は二つ。一つはいつものように浜矩子の「ストリートエコノミクス」。戦争法はよくないことだと思っている。けれども、アベさんじゃなきゃアベノミクスが失速してしまうと、思っている方にこの一文を捧げたい。長いけど、そのまま引用します。 「つまみ食いの誘惑にご用心」 「株は上がっている。賃金も上がっている。失業率は下がってる。ありがたいことだ。アベノミクスも、結構、捨てたもんじゃないのでは?」ごく最近、ある講演会でこの質問を頂戴した。気持ちはわかる。だが、この感じが危険だと思う。 危険だと思う理由が二つある。第一に結果よければ万事よし、というわけにはいかない。第二に、実をいえば、結果も決してよいとは言えない。 第一点からいこう。富国強兵の一環として展開される経済政策は、仮に、それが実際に富国をもたらすとしても、だから良しとするわけにはいかない、目指すは、強い日本国を裏打ちするための強い経済つくり。そのために株を上げる。大企業に賃上げを迫る。構造失業下の人手不足現象を煽り立てる。そのような企てのおかげで、景気がよくなったような気分を味わえる。それを喜ぶのは、戦争特需による商売繁盛をうれしがるのと同じである。 現に、安倍首相は4月末に訪米した際、ワシントンの研究機関が開いた会合で「私の外交安保政策はアベノミクスと表裏一体だ」と言い切った模様だ。「安保法政の改変は許せない。だけど、アベノミクスはまぁいいか」というわけにはいかないのである。 第二点に進めば、そもそも、今の経済実態をどこまでよいと評価できるか。貧困問題に取り組む公共機関や市民団体は、状況の悪化を日々目の当たりにしている。名目賃金は上がっても、実質賃金は上がらない。派遣法の改悪でヒトのモノ扱いがどんどん進む。非正規雇用者たちの身分の不安定さは悪化するばかりだ。 まさしく、「外交安全保障政策と表裏一体」の経済政策だからこそ、こうなる。強い者がより強くなればいい。そのような政策の下で、経済全体がよくなるわけはない。 今回の企画で参考になった点の第二点は特集「平和へー米軍基地のたたみ方」の中の前泊博盛沖縄国際大教授の指摘である。 軍備よりも必要なのは、「タフ・ネゴシエーター(強靭で有能な外交官)」だという。日米地位協定によって、日本は世界的にもびっくりするような不平等協定を結んでいる。 「まず外務省の職員でも地位協定のことを知らなすぎる。地位協定日本500以上の法律が関わっているので、地位協定に熟知した専門家を育てないと交渉はむつかしい。」ところが、日本の外交官は5000人。中国やロシアは8000人。フランスは一万人。アメリカは2万4千人と、圧倒的なマンパワー、情報収集力や宣伝広報力、交渉力のレベルが違うらしい。 そうなんだ。初めて知った。アメリカのポチ政策の転換は抵抗があるならば、先ずはそこにお金をつぎ込んだらどうだろう。防衛費突出と突っ込まれるよりも、よっぽど有益だと思う。 2015年8月11日読了
2015年08月15日
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「ビック・イシュー267号」ゲット。販売者さんの部屋にはちゃんとクーラーはあるらしい。一安心。 さて、今回の表紙は美しい女性に成長したエマ・ワトソン(25歳)。昨年は国連でジェンダー平等を目指す闘いに男性も参加して!と訴えたことが話題になった。大きな賞賛を受けたのと同時にかなり「炎上」もしたらしい。 黒人の権利目指してキング牧師が戦ったのが、1965年の50年前。セクハラ裁判で画期的な判決を得たのが、90年代。思えば、いつも進歩的な意見には揶揄(ひどい時には暴力・殺人)はつきもの。アメリカでさえ、そうなっているから日本もそうなるのか。アメリカがそうだから、日本もそうなるのか。ともかく、フェニミストに反感が集まってもおかしくはない。頑張れ若い戦士。 特集は世界一のクラゲ水族館「加茂水族館」(山形県鶴岡市)をフィーチャー。開館1964年に20万人あった来館者数は96年に9万人、その時に珊瑚の間からたまたま湧いて出たクラゲの赤ちゃんに人気が集中。2012年世界一多いクラゲでギネスに認定。現在の入場者は年間83万人。 確かに写真を見るとものすごく美しい。特に毒のあるクラゲ(ハナガサクラゲ、アカクラゲ、アンドンクラゲ)が美しい。 しかもクラゲのことは謎が多い、というのも面白い。例えばミズクラゲの場合、一生の間に受精卵からポリプ、ストロビラ、エフィラなどと変化して、無性生殖から突然優性生殖に変わり生体になって行くのだそうだが、温度変化でそうなるのもいれば、キタミズクラゲは刺激を与えても半年かかるし、何がきっかけでクラゲになるのかもわからないものもけっこういるらしい。 しかも、ノーベル化学賞(下村脩)をもたらしたオワンクラゲの発光物資、保水能力が乾燥地の緑化に期待されているとか、クラゲによる癒し効果も科学的に立証されていたりとか、その他治療や栄養成分とかの研究も進んでいるらしい。クラゲって、案外人間に有益な生き物なんだそうだ。 恐るべし、クラゲ。
2015年08月14日
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「セッション」は久しぶりにサークル内でいろいろ論議した。私はフレッチャーの行為はブラック企業にある要素がほとんど揃っていると思うのだが、ピンとこない人が多かった。当事者になってみないとわからないのかもしれない。 「セッション」 フレッチャーの指導は、パワハラか否か、といえばパワハラだろうと思う。では、ブラック企業的な教室だったか否かといえば、少し違う。ブラック企業の特徴は、それまで蓄積してきた労使の信頼関係や社会資本を利用しながら、あくまでも目的は自らの利益にあり、労働者の利益にはなかった。 フレッチャーの真の目的は何だったのか。その解釈で、彼の指導方法を肯定的にとらえるか否かに分かれると思う。つまり、学生たちから真の天才を引き出すことが最終目的だったか。それとも、自らの名声が目的だったか。 (追記)「映画を語る会」では、ニーマンはフレッチャーを売ってはいない私と、否とするみんなとで意見が分かれた。売っていないから、突然の公演出演という誘いにまんまと付いていったのだと私は思う。どちらにせよ、自ら進んでブラック企業に入っていく心理は、当事者にならないとピンとこないだろう。 (解説) 名門音楽大学に入学したドラマーと、天才を生み出すことにとりつかれ異常なまでの完璧さを求める鬼教師との狂気のレッスンの行方を描くヒューマンドラマ。出演は「21オーバー 最初の二日酔い」のマイルズ・テラー、「スティーブ・ジョブズ」のJ・K・シモンズ、「恋するリベラーチェ」のポール・ライザー。監督・脚本は「グランドピアノ 狙われた黒鍵」の脚本を手掛けたデイミアン・チャゼル。 (あらすじ ) 偉大なジャズ・ドラマーになるという野心を抱いて、全米屈指の名門校シェイファー音楽院に入学した19歳のアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)は、何とかしてフレッチャー教授(J・K・シモンズ)の目に留まりたいと考えていた。彼が指揮する“スタジオ・バンド”に所属すれば、成功は約束されたも同然だからだ。ある日、一人で練習するニーマンの前にフレッチャーが現れるが、ほんの数秒聴いただけで出て行ってしまう。数日後、ニーマンのバンドのレッスンに顔を出したフレッチャーは、メンバー全員の音をチェックすると主奏者のライアン(オースティン・ストウェル)を差し置いて、ニーマンにだけ自分のバンドに移籍するよう命じる……。異様なまでの緊張感に包まれた教室でレッスンが始まった。フレッチャーが生徒たちを恐怖で支配する中、トロンボーン奏者が僅かな音程のズレを責められ、その場でクビとなる。「17小節の4拍目」のテンポが違うと怒りで豹変したフレッチャーに椅子を投げつけられたニーマンは、ビンタでテンポを矯正され、悪魔のごとき形相で罵られる。泣いて帰ったニーマンだが、翌日からその悔しさをバネに肉が裂け血の噴き出す手に絆創膏を貼ってひたすらドラムを叩き続けるのだった……。ニーマンの母は彼が幼い頃に家を出て行った。音楽以外は何の興味もなく、友達もいないニーマンにとって今は別々に暮らす高校教師の父と映画館へ行くことが唯一の娯楽だった。その映画館の売店でバイトをしているニコル(メリッサ・ブノワ)との初デートに出かけるニーマン。フレッチャーにスカウトされた日、自分が無敵になった気がして秘かに想いを寄せていた彼女に声をかけたのだ。そんな中、スタジオ・バンドが出場したコンテストでのあるトラブルをきっかけに、フレッチャーは主奏者をニーマンに任命する。だがフレッチャーは、有頂天のニーマンを残酷なまでに奈落の底に突き落とす。ライアンを新たな主奏者候補として連れてきたのだ。ニーマンは怒りと焦りをニコルにぶつけ「偉大な音楽家になるには君が足手まといだ」と別れを切り出す。ある夜、フレッチャーは3人の候補の中から主奏者を決めると宣言、手から血を流し、フラフラになりながらひたすら演奏を続ける候補者たち。やがて真夜中もとうに過ぎた頃、フレッチャーはニーマンを主奏者に決める。だが、高みを目指すフレッチャーの狂気はさらに加速、ニーマンをギリギリまで追い詰めていくのだった……。 inシネマクレール 2015年7月12日 ★★★★☆ 「インサイド・ヘッド」 脳内の中にあるいろんな部屋は、まるで小宇宙。けれども、この描写もそのほんの一部でしかないのは、同様のテーマで作られた「脳内ポイズンベリー」の脳内が全く違っていたことからもわかる。だから、ヨロコビとカナシミ、そして想像のキャラクターの大冒険も、なんか冷めた目で見てしまう。 でも、大学生になる頃まで脳内で大活躍していた「ありん」や「かりん」たちを久しぶりに思い出した。 (あらすじ) 新しい命の誕生とともに、頭の中で生まれる特別な存在──それは、"ヨロコビ"という"感情"。そして、人間が成長するにつれて、ヨロコビの仲間となる新たな"感情たち"が次々と生まれていく。11歳の少女ライリーの頭の中には"5つの感情たち"――ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミ──がいる。まだまだ未成熟な彼らにとって、ライリーを幸せにすることが、何よりも大事な使命。そして、感情たちの頭の中での行動は、日々のライリーの言動にドラマチックな影響を与え、彼女の人格を形成している。しかし、いつもライリーを悲しませることしかできない"カナシミ"の役割だけは、大きな謎に包まれていた…。 監督 ピート・ドクター(ピクサー) 声の出演:竹内結子、大竹しのぶ、浦山迅、小松由佳、落合弘治、伊集院茉衣、花輪英司、田中敦子 in movix倉敷 2015年7月25日 ★★★☆☆ 「リアル鬼ごっこ」 最初の頃の展開は、理由もなく(「女子高生は生意気なので」という理由付けも結局なく)次々と殺される展開に、「もうムリ、もうムリ」と思って、久しぶりに感情だけは揺さぶられる映画に出会ったと思ったのだが、途中で「話がぶっ飛び過ぎる」展開になり、最後はまさかの「壊れて」の終わりになって、呆れ果てて部屋を出た。 ■ あらすじ 女子高生のミツコ(トリンドル玲奈)は、何者かに追われ、ふと気が付くと学校の教室にたどり着いていた。一方、ケイコ(篠田麻里子)は知らない女性にウエディングドレスに着替えさせられ、何者かに追われる。そして陸上部のいづみ(真野恵里菜)も迫りくる恐怖と対峙(たいじ)することとなり……。 ■ 解説 人気小説家山田悠介の原作で何度も映像化されている題材で、『愛のむきだし』『ヒミズ』などの鬼才・園子温がオリジナル作品として監督を務めた問題作。殺人のターゲットを全国の女子高生とし、女子高生が次々と殺される中、3人のヒロインが阿鼻(あび)叫喚の様相で逃げ惑う姿を描く。出演は、トリンドル玲奈、元AKB48の篠田麻里子、真野恵里菜。過剰でグロテスクな演出と、園監督の手腕により見いだされる女優たちの新たな魅力に注目。 ■ キャスト トリンドル玲奈、篠田麻里子、真野恵里菜、桜井ユキ、高橋メアリージュン、磯山さやか ■ スタッフ 監督・脚本: 園子温 原作: 山田悠介 in movix倉敷 2015年7月25日 ★★☆☆☆
2015年08月13日
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「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン 」 思ったよりはかなりSF。しかし、やっぱりヒーローアイドル映画です! オールスターの悩みに一つ一つ気をつけながら、ウルトロンという人工知能の暴走に変化球をつけながら、次の映画のための準備もちゃっかりして、新しいよくわからんエスパーも3人も作って、かなりどんぶり勘定的な映画になった。 (あらすじ) それは、人類の平和を守るために作られたシステムのはずだったー。アイアンマンとして人類の危機を何度も救ってきたトニー・スターク。戦いの渦中にいたからこそ「最強チーム」アベンジャーズの限界を誰よりも知る彼は、恐れていた。彼らの手におえない敵が現れた時、誰が愛する人々を守るのか? だからこそ、彼は禁断の平和維持システム、人工知能「ウルトロン」を起動させてしまう。愛なき人工知能が選択する「究極の平和」とは、平和を脅かす唯一の存在=人類の抹消を意味するとは知らずに。 監督 ジョス・ウェドン 出演 ロバート・ダウニー・Jr、クリス・ヘムズワース、マーク・ラファロ、クリス・エバンス、スカーレット・ヨハンソン in movix倉敷 2015年7月11日 ★★★☆☆ 「バケモノの子」 其れなりにテンポもあり、面白かったのだが、目新しさはないし、想定内の出来事ばかりで、細川監督としてはダメ。 例えば、渋谷で1人で生きようと決意した9歳の男の子が中国の武術家に拾われて8年間経って帰ってきた話として作っても全く違和感ない。 結局「サマーウォーズ」が細川監督のベストだったのか。 (あらすじ) この世界には、人間の世界とは別に、もう1つの世界がある。バケモノの世界だ。人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街(じゅうてんがい)」。交わるはずのない2つの世界に生きる、ひとりぼっちの少年とひとりぼっちのバケモノ。ある日、少年はバケモノの世界に迷い込み、バケモノ・熊徹の弟子となり、九太という名前を授けられる。その偶然の出会いが、想像を超えた冒険の始まりだった 監督 細田守 声の出演:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず、山路和弘、宮野真守、山口勝平、長塚圭史、麻生久美子、黒木華、諸星すみれ、大野百花、津川雅彦、リリー・フランキー、大泉洋 in movix倉敷 2015年7月12日 ★★★☆☆ 「ターミネーター 新起動 ジェニシス 」 ターミネーターはアーノルドじゃなきゃダメだ。となった時点で、多分すべての脚本はこの作品の時間軸と同じに書き換えられたんだろうな。それがいかに大変なことなのかがよくわかった。頑張っているけど、違和感ありまくり。 そもそも、ジョン・コナーを殺したターミネーターは何処からやってきたのか。1974年に登場した加齢型のターミネーターは何処からやってきたのか。最後の一瞬のうちに進化したターミネーターはT-800だと思う方が無理なのではないか。 サラ・コナーが可愛くて良かった。イ・ビョンホンの出番が少なくて可哀想。病院の電磁波でやられたジョン・コナーが復活する場面は違和感ありまくり。 (あらすじ) 2029年、人工知能の反乱により、人類は滅亡の危機にあった。人類抵抗軍のリーダー、ジョン・コナーは、敵が母サラ・コナーを抹殺するため殺人マシン「ターミネーター」を過去に送り込んだことを知り、サラの命を守るために信頼できる同志カイル・リースを1984年の過去へと送り込む。しかしそこに待ち受けていたのは、逞しい女性戦士に変身していたサラと彼女の守護神「ガーディアン」となっていたTー800型ターミネーターだった。すでに、すべてのタイムラインがリセットされ、過去と未来は完全に書き換えられていた。 監督 アラン・テイラー 出演 アーノルド・シュワルツェネッガー、エミリア・クラーク、ジェイソン・クラーク、ジェイ・コートニー、イ・ビョンホン in movix倉敷 2015年7月16日 ★★★☆☆
2015年08月12日
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7月に観た作品は9作品。夏休みに入って、ちょっと力の入った作品が少なくなったころである。三回に分けて紹介する。 「アリスのままで」 裕福な知識人階級の若年性アルツハイマーのテーマは、現在のアメリカの実態とかけ離れているのではないか、という批判を見たが、私は違うと思う。 日本の保険制度では、アリスのような早期発見・治療の可能性は十分にあり得るし、このような映画を見ることで、アリスのような「できるだけのことをする」ことは一般化できるかもしれない。そういう意味で、画期的な作品だった。少しづつのアリスの変化がリアルだった。 しかし、それだからなお、最後まで見せなかったのは、片手落ちである。役になり切るジュリアンだから、最後まで演るのは問題なかったはずだ。「綺麗に終わらせたい」という監督の意図が見えて、厳し過ぎるようだが、「だったら作るなよ」と言いたい。 (追記)と言うようなことを「映画を語る会」で言ったら、「そうではない。この作品テーマは、アリスのままでいるために努力した、ということなのだからあれで良かったのだ、と指摘された。納得はしていないが、補足して置く。 (解説) 若年性アルツハイマーと診断された50歳の言語学者の苦悩や葛藤、家族との絆を描いたベストセラー小説をジュリアン・ムーア主演で映画化した人間ドラマ。妻を必死に支えようとする夫をアレック・ボールドウィンが演じる。監督はウォッシュ・ウエストモアランドとALS(筋委縮性側索硬化症)と戦いながら撮影に挑んだリチャード・グラッツァー。 (あらすじ) ニューヨークのコロンビア大学で教鞭をふるう50歳の言語学者アリス(ジュリアン・ムーア)は、キャリアを積み学生たちから慕われる一方、家族にも恵まれ、まさに円熟期を迎えていた。しかし物忘れが顕著に現れるようになったため受診したところ、若年性アルツハイマー病だと診断される。日々記憶が失われる中、アリスは懸命に自分の運命と戦っていく。 アリス(ジュリアン・ムーア)、ジョン(アレック・ボールドウィン)リディア(クリステン・スチュワート)アナ(ケイト・ボスワース) in movix倉敷 2015年7月1日 ★★★★☆ 「風と共に去りぬ」(新・何度でも見たい映画祭) 去年も観たが、今年も観たのは、ひとえにマイレージを稼ぐためではある。1000円で四時間分のレージが稼げるのはやはり魅力的だ。 しかし、思いもかけずに少しも退屈しなかった。やはり名作って、凄い。 最初の5分間に既に幾つもの伏線があることを発見した。こういうのは、小説では無理だ。一挙に見せる映画ならでは。 スカーレット、バトラー、メラニー、アシュレーの四角関係は、その後の韓ドラで拡大再生産されたことは去年述べた。報われぬ想い、ひつこいぐらいのすれ違い。 しかし、やはりスカーレットほどの悪女が主人公なのは、珍しい。空前絶後だと思う。いつも思うのだが、登場場面では美人に見えないヴィヴィアン・リーが激動の歴史をくぐるごとに、結婚を繰り返すごとに美しく可愛くなってゆく。つくづく女優の誕生をたった四時間で見ることの出来るこの作品は凄い。 in TOHOシネマズ岡南 2015年7月2日 ★★★★☆ 「きみはいい子」 呉美保監督の作品は、「オカンの嫁入り」以来の2作目。評判を聞いて観た。確かにいらない映像は使っていない。俳優たちも力演している。けれども、テーマがテーマだけに、しかもネグレクト、いじめ、認知症、障害者たちのそれぞれの問題を、こういう形で描いて良かったのかな?という気持ちが最後まで残る。確かに描けばキリがないし、簡単に決着をつけてはいけない問題だとは思うのだけど。 最終的には「きみはいい子」と、相手肯定、自分肯定をし合おうというありきたりな結論に達する。 (解説) まじめだが優柔不断で、問題に真っ正面から向き合えず肝心なところで一歩を踏み出すことができない新米の小学校教師・岡野。近所のママ友たちとの表面的な付き合いの陰で自分の娘に手をあげ、自身も親に暴力を振るわれていた過去をもつ雅美。他人と会話をかわすのは、登下校の途中で挨拶をしてくれる名前も知らない小学生のみ、最近感じはじめた認知症の兆しにおびえる独居老人・あきこ。とあるひと町に暮らし、さまざまな局面で交差しながら生きているおとなと子どもたち。悩みや問題を抱えて生きる彼らが、人と人とのつながりに光を見いだし、小さな一歩を踏み出すさまを、『そこのみにて光輝く』の呉美保監督が、真摯にそして丁寧に映し出す。 ディスコミュニケーションが叫ばれる現代社会に生きる私たちが直面している複雑な問題を盛り込みながらも、本作の根底を流れているのは「人が人を愛するとは」という、シンプルで普遍的なテーマだ。誰かに肯定してもらえること、手をさしのべてもらえること、痛みに気づいてもらえること、褒めてもらえること、抱きしめられることの、「しあわせ」。このしあわせは、他者とのかかわりなしには生まれない。主人公たちが新たな“気づき”を得て前に向かおうとする姿に、誰もがささやかな希望を抱き、深いいとおしさを感じずにはいられない。 監督第3作目となる『そこのみにて光輝く』(14)でモントリオール世界映画祭最優秀監督賞をはじめキネマ旬報ベストテン監督賞など昨年度の日本映画賞を総なめにした気鋭の映画監督・呉美保。デビュー作『酒井家のしあわせ』(06)以来、『オカンの嫁入り』(10)、『そこのみにて光輝く』と、一貫してひとつの家族を描いてきた呉監督が本作では、3人のおとなと彼らをとりまく子どもたちによる群像劇に初挑戦し、これまで以上に成熟した演出力で見る者を圧倒する。 原作は、おとなも子どもも共有できる優れた作品に贈られる文学賞「第28回坪田譲治文学賞」、2013年本屋大賞第4位に輝いた「きみはいい子」(著:中脇初枝〈ポプラ社刊〉)。脚本は、『そこのみにて光輝く』に続く呉美保作品参加となる高田亮。原作の空気感そのままに、「とある町で起こるひとつの物語」として、人と人とが響きあいながら生きていくさまを活き活きと紡ぎだした。 出演は、現在放映中のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」で高杉晋作役を演じ、いま最も注目を集める俳優・高良健吾。『そして父になる』でわが子をとり違えられた母親の戸惑いと苦悩を繊細に表現した尾野真千子。さらに『そこのみにて光輝く』での演技が高く評価された池脇千鶴、高橋和也が揃って出演し、前作とは打って変わった役柄に挑戦。「フランダースの犬」などの名作アニメで親しまれたベテラン・喜多道枝が、その優しさあふれる声で作品にあたたかみを与えるほか、あきこと交流する児童の母親役を演技派・富田靖子が演じ、不安を抱えながら子育てする親の脆さと強さを圧倒的な説得力で体現している。NHK「ぼんくら」、『おおかみこどもの雨と雪』の加部亜門が、自閉症をもつ児童という難役を演じているのも見どころとなっている。 inシネマクレール 2015年7月8日 ★★★★☆
2015年08月11日
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戦後70年目の戦争映画特集 N1696 キネマ旬報 2015年 8月 18日号増刊 / キネマ旬報 【雑誌】 キネマ旬報も臨時増刊を出して、「戦争映画」だけではなく、「戦後70年」のいまを特集していた。一読して、映画人としての危機感と使命がひしひしと伝わった。 漫画雑誌のように、作品でもってメッセージを伝えることができない。しかし、その代わり饒舌なごとくに「想い」が雑誌から溢れるように出ていた。特に、巻末の7月16日に安全保障関連法案が衆議院で可決されたその日の緊張感をそのまま出して行われた、映画人9条の会の法案に反対するアピール記者会見の、会見のほぼ全体の模様は読み応えがあった。 呼びかけ人は、高畑勲、降旗康男、羽田澄子、神山征二郎、ジャン・ユンカーマン、池谷薫、大澤豊、大林宣彦、山田洋次、金丸研治の10人で、賛同者には、監督では、朝原雄三、井筒和幸、小栗康平、鎌仲ひとみ、是枝和幸、周防正行、想田和弘、西川美和、原一男、日向寺太郎、平山秀幸、三上智恵、本木克英、山本晋也ら、俳優では、倍賞千恵子、吉永小百合、野際陽子、大竹しのぶ、渡辺えりら436名が名を連ね、メッセージを寄せていると言う。 私が知らないのは、2ー3人で、あとは私が大好きで尊敬もしている映画人ばかりだ。日本映画を代表する人たちと言っていい。アピール文とメッセージは映画人9条の会のホームページにあるというので、そちらを観て欲しい。 記者会見では、記者に答えながらかなり直接的な言葉でそれぞれの方が喋っていた。 特集の中に、呼びかけ人や故人になった映画監督の平和への想いを吐露したロングインタビューがある。長く高倉健主演の映画を撮り、その後「ホタル」「少年H」などの特攻隊や戦中戦後の庶民を撮った降旗康男監督の想いも初めて知った。軍国少年で育った監督は担任の先生からこっそり呼び出されて「日本はもう負ける。お前は少年飛行隊になんか志願するんじゃないぞ」と言ったらしい。また、1945年3月に特攻隊員たちが降旗さんの住む温泉町に滞在した時に地元の子供たちを呼んでチョコレートや桃缶などをご馳走しながら「お前たちは兵隊になるなんて考えずに、勉強をしろ。そして外交官か科学者になれ。日本は外交も科学も劣っていたから、今こんな状態になっているんだ。日本の将来をお前たちがつくれ」と言ったらしい。 読み応えのあるいい雑誌です。
2015年08月09日
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「ルーマニア日記」カロッサ作 高橋健二訳 岩波文庫 今から13年前、これがどうしても読みたくて、臨川書店のハンス・カロッサ全集版の「ルーマニア日記」を(高かったけど)買ったことがある。 それはそれで素晴らしかったのだが、どうしてもしっくりこなかった。藤沢周平が戦後の結核療養所で愛読していたというハンス・カロッサのそれは、こんなにも立派で明るい装丁の書物ではなかったはずだ、と。それからは古書店に行くたびに岩波文庫版のそれを探したり、雑誌「図書」を見るたびにそれが復刊されていないか探したりした。それでも見つからなくて諦めていた。ところが最近、偶然Amazonで検索すると、簡単に岩波文庫版の古書がヒットするではないか。すぐさま取り寄せた。どうやら10年前とはAmazonの古書事情が全然変わっていたようだ。 これは実は、1994年に一度リクエスト復刊されていた。装丁こそは少し明るいものになっているが、字体は1953年の旧仮名遣いそのままである。 「枯れた葉が、地面の上をハツカネズミのように走った」(9p) 体温まで冷え込むような風景描写。東北の寒さとルーマニア戦線の共通頁は確かにあったのかもしれない。生と死を見つめる日々は、若い藤沢周平に何をもたらしたのか。しかも、人生に絶望しない。人間に温かい。 それらの「眼差し」を、起承転結がない日々の描写の中に確かに認めることが出来る。 ここで描写されるのは、言葉は通じないが優しいルーマニアのお母さんたち。弱く愚かで優しい兵士。人間的な上官。食糧のために無表情に仔猫たちを壁に叩きつけて殺したあとに、一匹奇跡的に生き残った仔猫を断固として守ろうとした男の子と、その猫のか細い命の物語。 びっくりするのは、おそらく何度も何度も読み返したであろうそれらの描写のほんの一言も、ほんの一場面も、藤沢周平は小説の中に流用していないのだ。 それでいて、カロッサにははなはだ失礼で、それどころか「ルーマニア日記」は第一次世界大戦文学の最高峰だと言われているのに、私は敢えて言う。私にはそのことの直接の感想は一切生まれてこなくて、ひたすら「ルーマニア日記」に藤沢文学だけが見えて来た、という感想しか持てないのである。 2015年8月8日読了
2015年08月08日
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「ビックコミックオリジナル戦後70周年増刊号」 【編集後記】 「戦後70年談話」なんていう言葉が報道に出て来たのは、年頭だったでしょうか?単純に「これは話題になるぞ」と直感し、軽い気持ちでスタートした企画が事態の進展を受け「やはり9条に関連した作品は欲しい」「沖縄を描いた作品も必要」と、緊張をはらんだ物に膨らんでいきました。 結果、収録した作品はすべて、戦争のグロテスクで愚かでヒロイックな姿をそれぞれのアプローチで表現したものとなりました。こうして眺めてみると漫画家はやはり自由の民です。本能的にお上の胡散臭さを嗅ぎ分けてますし、自分の生死は自分の戦場で決めたいと考えています。だからこの増刊は時代のカナリアかもしれません。漫画家の想像力はもう何年も前から、日本の行く末に警鐘を鳴らしていたのです。 漫画は別にお国のためにはなりません。そして、その作品で仕事をしている我々、編集者もしかりです。だからこそ、この時代の「嫌な感じ」に声をあげましょう。そんな増刊号です。 編集長 堀靖樹 「漫画家の想像力はもう何年も前から、日本の行く末に警鐘を鳴らしていた」しかしその声はカナリアのように小さいので、時にはこの増刊号のように編集者の手によって目立ちやすくする必要はあるのだろう。編集に力の入ったいい雑誌です。 一般的に藤田嗣治の戦争画として有名な「アッツ島玉砕」を巻頭に置き、その隣に水木しげるの「人間玉」のカラー表紙を置く。そうすることで、戦争を知らない読者に戦争の惨さと愚かさを見せつけることになるだろう。 30年前には店頭に並んでいる漫画雑誌は、自慢じゃないが、すべてチェックしていた私も、徐々にそこまでする情熱を失ってゆき、今では数ヶ月漫画に触らないこともあるようになった。それで、ここに掲載されている漫画家の半数は名前を見ただけではイメージできない漫画家ばかりだ。でも若い漫画家たちは頑張っていることが知れて、嬉しかった。 そんな漫画家で、読んで感心したのはさそうあきらの「菜々子戦記」(新作)、浅野いにお「きのこたけのこ」、いましろたかし「自爆列島」(新作)、石坂啓「さよなら憲ちゃん」(新作)、比嘉慂「砂の剣」、あまやゆうき+吉田史郎「僕はあの歌が思い出せない」(新作)。また、名作山上たつひこ「光る風」は呉智英の解説付きで一話のみ掲載された。石坂啓の彼女らしい新作を読めたのは、思いがけない嬉しいことだった。彼女の名前だけ雑誌の表紙に載っていない。おそらく集団的自衛権の違憲問題で急遽掲載決定されたのだろう。それに応えて見事な作品だったと思う。 「わたしの戦後70年談話」では、アベちゃんの向こうを張って5人もの著名人の談話をとって来ていた。その中で88歳の無着成恭の談話が1番気を吐いていたと思う。つくづく「全国こども電話相談室」が無くなったのが残念だ。 無着成恭 「三度の天災に遭うとも、一度の戦争に遭わない人は幸せだ」というんです。 出遭わないようにしないといけない。天災は防げないが、戦争は防げます。東日本大震災では、大きな被害があって、多くの人の心も体も傷ついた。あれを3回経験するよりも、1回の戦争のほうが酷いというのです。あなたは何歳?あなたの人生は、生まれてから死ぬまで戦争はないでしょ。それはよかった。本当によかった。幸せな人生でしたね。 もちろん、このインタビュアーはかなり年齢のいった人だったのだろう。雑誌読者の若者に、この老師の言葉は響いただろうか。 2015年8月7日読了
2015年08月07日
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炎暑である。そんな日にやっと名著「雪」が読めた。 「雪」中谷宇吉郎 岩波文庫 高野文子「ドミトリーともきんす」という読書案内漫画で紹介されていた本の第一弾である。 一つ気がついたのは、やはり私の頭は理系ではない。詩的な或いは散文的な文章が多いところは、すらすらと読めるのだけど、いったん科学理論的な文章になるとなかなか進まなかった。 (すじ雲やうす雲などの上層雲は)日本では一万米以上のことが多い。かかる上層の雲は水晶であるということは前に述べた通りである。されば、夏の日地上のわれわれが炎暑に苦しめられてあえいでいる時、上層を流れる白雲の世界は零下十度あるいはずっとそれ以下の寒冷の大気に充ちているのである。(69p) さて、雪は高層において、まず中心部が出来それが地表まで降ってくる間、各層においてそれぞれ異なる生長をして、複雑な形になって、地表にたっすると考えなければならない。それで雪の結晶形および模様が如何なる条件下で出来たかということがわかれば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を知ることができるはずである。そのためには、雪の結晶を人口的に作ってみて、天然に見られる雪の全種類を作ることができれば、その実験室内の測定値から、今度は逆にその雪が降った時の上層の気象の状態を類することができるはずである。 このようにみれば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人口雪の研究であるということも出来るのである。(162p) 「天から送られた手紙」という文句だけが一人歩きして、単なる「詩的な言葉」であると思っていた人が多い(←私か)と思うが、実はかなり「科学的な言葉」であり、かつ、「科学の社会的な役割」を意識した言葉でもあったのだ。それは、この本の第一「雪と人生」で、「アメリカへ支払うラッセル車一台の購入費を投げ出して、日本に降る雪の性質を根本的に研究したならば、日本のために真に役立つ除雪車は必ず出来るに違いない」(31p)と書いているのに繋がる。 人間的な科学者がここに居る。 2015年8月読了
2015年08月06日
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「隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民」上橋菜穂子 ちくま文庫 1990年から約10年間、上橋菜穂子は小説を書きながら、同時にオーストラリアの西部の町を訪ねて定期的に文化人類学のフィールドワークを行っていた。アボリジニ先住民族の調査である。 私は彼女の仕事を純粋に文化人類学の成果として学びたいと思う衝動と、彼女の小説にどのように影響しているのか分析したいと思う衝動の二つに分かれて、戸惑っている。とりあえず、この一文はその両方の立場をとる曖昧なものになるだろう。 一つの文化体系に、強力な文化体系が押し寄せた時に、その文化はどのような変容を起こすのか。縄文文化に弥生文化が押し寄せたとき、弥生文化体系は、イギリス西洋文化よりは遥かに弱かったはずだ。しかし似たような変容を遂げたのではないか。 例えば、アボリジニは奥地に「追いやられた」わけではなかった。多くはその土地に留まり、積極的に「都市化」した者もいれば、伝統集団からはじき出され行き場をなくしスラム化した者もいた。オーストラリアの場合、それが急激に進んだので、略奪、疫病による人口急減、アボリジニ狩り、保護の名による囲い込み、子どもの隔離(文化絶滅戦略)、修正反省による保護政策等々が進んだ。 それでもなお、アボリジニは完全に西洋文化に「同化」しなかった。 すっかり都市化した中で暮らしているローラでさえ、部族の日常単語や日常動詞(「どこへ行くの」「食べるものが欲しい」「見ろ」)などの言葉を覚えていたし、精霊が人を殺すことを信じていた。 この精霊の概念や呪術師などの存在は、言葉としては「守り人シリーズ」でも出てくるが、その意味合いは全然違う。しかし、小説に影響したことは間違いないだろう。 その文化体系を残そうとする1番大きな契機は、一族をいかに守るか、ということだろう。上橋菜穂子が調査した二つの親族の女たちは、ビックリするほどの子どもたちを産んでいる。あるお母さんは10人、あるお母さんは13人を産んでいた。当たり前のように再婚を繰り返している。この系図は古事記の神様の系図に似ている。まるで文化の途絶を、本能的に守ろうとしているかのようだ。 「誰もが百人以上の親族を記憶していた」「(都市部においても)葬儀と婚姻に関する厳しい決まりは、いまなお強く守られている」その他、再婚や事実婚、10代の出産、白人との婚姻には寛容だが、系譜上近い親族との婚姻は、絶対に許されないタブーなどの決まりもある。そして、子供は親族全体で育ててゆく。 だから、なおさら新しい部族との婚姻は、その部族の「成長」にとって、欠かせない出来事なのかもしれない。 目に見えない精霊の働きは、そのことを大いに助けるだろう。 上橋菜穂子のファンタジーの住民たちの文化が、機械文明を排し、しかし古代文明よりも進んでいるのは、「隣のアボリジニ」の文化が参考になっているのかもしれない。 2015年7月8日読了
2015年08月05日
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3日前から突然、3年前に書いた記事「えっ、津山盆地が戦場に!? ヤマサクラ作戦知っていますか?(2012年01月27日)」が、私のブログの下段にある「このブログでよく読まれている記事」のトップを占めるようになった。突然よくわからない記事がトップになることはこれまでもあったのだが、昔の政治記事が、トップになることは極めてありそうにないことだ。 何が「検索」で引っかかったのか。それが気になる。考えられるキーワードは「自衛隊」「戦場」「日米共同訓練」なのではないか? だとすると、ひとつは明らかに戦争法の推移で、「自衛隊員が戦場に行かされる」ことでブログでどう使われているか、いろんな立場の人が気にしているということなのだろう。 しかし、それだけではこの記事が「読まれた」理由にならない。私は、9月の日米共同訓練に対して、どういう反応が起きているか、「誰か」が気にしたからだろうと「推測」している。戦争法に隠れて、全然話題になっていないが、実は9月に岡山県日本原演習場で日米共同訓練が久しぶりに行われるのだ。 つくづく宣伝が足りていないと思う。私のような弱小ブログでも検索対象になることからでも、それが知れる。 というわけで、宣伝のために、この前、私がちまちま毎月作っている平和新聞県内版を、ここにコピーしておく。そろそろ、反対運動の準備をしなくちゃとおもう。
2015年08月04日
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「ブラック企業2 虐待型管理の真相」今野晴貴 文春新書 大佛次郎論壇賞の前著から2年半、この本の役割は大きかった。流行語大賞にも選ばれ、政府も取り締まりを強化した。しかしブラック企業はなくならない。それどころか、いまだに被害者の多くはブラック企業に積極的に入社し、また、自ら「辞めない」で働き続けている。著者は単なる研究者ではない。自ら労働相談を組織し、年間2000件以上の労働相談と関わってきた運動家でもある。だから、この本は単なる社会現象を分析・批判するのではなく、それでも被害がなくならないことに直面した者が試行錯誤しながら、その処方箋を作ろうとしているレポートになっている。そういう意味で高く評価したい。 34Pの「上位6疾病の傷病別件数の構成割合」グラフ(社会保険給付の推移)を見てビックリした。「精神及び行動の障害(つまりウツ等の精神疾患)」だけが、見事に98年から急上昇して、2008でトップになって高止まりしているのだ。派遣労働の普及からリーマンショックの時までに、健康でフルタイムで働いていた若者が壊れていく仕組みが完成したのである。ブラック企業が、社会状況と法整備を受けて、自覚的に増えてきたのがこの表一つからも分かる。こんなことを放置していたのでは、国家財政も壊れるし、社会資本も衰退する。だから、政府・行政も動かざるを得なかった。ただし、その動きはちまちましていて、立法府の動きは反対方向に向いているのは、ご承知の通り(派遣法は改悪されたが、残業ゼロ法案は見送られた。運動の成果である)。 詳しく紹介出来ないので、目次をコピーしてある程度略したい。 【目次】 第1章 わかっていても、入ってしまう 第2章 死ぬまで、辞められない 実は「異常な精神状態」こそがもっとも苛烈に働いている状態であり、この状態を長く持続することこそが利益の源泉となる。そうであれば、「異常な精神状態の持続」にこそ、このマネージメントの本質があるのではないかと疑われる。(114p) 第3章 絡め取り、絞りつくす ブラック企業はこの日本型雇用の「幻想」をうまく活用している。若者は、旧来の日本型雇用のように、ブラック企業でも「頑張れば報われる」「成長できる」と思っている。だから「挑戦するのだ」という気持ちで入ることも、過酷な状況で頑張り続けることも、入社の当初は自分自身の決断だったわけだ。(150p) 第4章 国家戦略をも浸食するブラック企業 第5章 なぜ取り締まれないのか? ここでは、正義の味方であるはずの労働基準監督署がいかに頼りにならないかが説得力もって書かれている。これに関して、私は最近象徴的な一言を、私が関係している労働相談の被害者から聞いた。労基署に相談にいくと、署員は「会社と労働者を平等に扱う」と言ったというのだ。労基署は言うまでもなく労基法の精神にのっとり設置されている。労基法は、そのままでは労働者は会社よりも弱い立場にあるので団結権や様々な権利を与えて労働者を「守る」ために作られた法律である。労基署職員が「会社と平等に扱う」ようでは、結果的に会社寄りの結論を出すのは目に見えているだろう。 ここでは、駆け込み寺としてのユニオン(組合)や弁護士団体のことも書かれている。しかし、交渉が解決すればすぐに労組を離れてしまう「モグラたたき」交渉の問題点もきちんと書いている。今回の巻は、このようにかなり実践的な記述に頁を割いているのに特徴がある。 第6章 奇想天外な「雇用改革論」 現在の雇用改革案をことごとく切っているのは好感が持てる。 第7章 ブラック企業対策――親、教師、支援者がすべきこと これらの改革案を実現するには、現実の政策の大転換が必要である。「会社が世界一活動しやすい国家を目指す」と言っている首相のもとではなかなかむつかしいことは確かだろう。 2015年6月読了
2015年08月02日
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次の日、日本平和委員会全国大会2日目の昼食弁当。時間がないだろ、ということで、事前に弁当券を買っていたんだけど、確かに美味しそうなんだけど、これでお茶付き千円というのはやはり高い。しかも40分近く昼食以外に自由時間があった。諦めていた会場のすぐ前にある興福寺に行くことにした。 おお、ここは本当に奈良だったのね。鹿せんべい(150円)売っている。昔よりも50円高くなった? 興福寺。には入らなくて、お目当ては国宝殿の仏像である。 当然写真撮影禁止(写真はウェブより拝借すふ)。 久しぶりに阿修羅像に再会した。なんという存在感なのか。後ろの二つの顔も、本当に存在しているかのようだ。いや、間違いなく平安時代にこの少年と瓜二つの少年がいたと思う。この少年の顔に精神性を与えたのは仏師の力ではある。しかしその具体化を支えたのは、間違いなくその写実の力だと思う。おそらく何枚も何枚も写生を繰り返しているはずだ。 そう確信したのは、阿修羅像が八部衆像の一つとして、作られたと今更ながらに気がついたためだ。烏天狗のような顔もいるが、少し小太りの間違いなく昔の少年を写生しただろうという神将もいたからだ。これは八部衆像 沙羯羅立像(さから)。 この仏像の前では、一挙に我々は平安時代にタイムリープするだろう。 残念なのは、鎌倉仏像の名作、無著・無親像が居なかったこと。まあ、そう簡単に揃い踏みということはないのかもしれない。 全国定期大会が終わって、3時から2時間半ぐらいで専門家による「奈良公園の戦争の跡を訪ねて」というオプション企画があった。せっかくなので、参加することにした。これは、戦中松ヤニ(ガソリン代用)を採ったという松。十数年前まではそのあとは残っていたらしいが、今はすっかりなくなっている。 これは東大寺南大門。ガイドは吉川好胤先生という、何処かの教授でとっても専門的。ちょっとついていけなかったり、途中で晴れていたので傘持っていなかったのに、土砂降りの雨が降ったりして、単なる観光半分になってしまった。 金剛力士像(1203年)である。網の目を通して見るので、ハッキリとは見れない。しかし紛うことなき運慶・快慶たち20人の仏師の名作。寄木造りとはいえ、よくもまあここまで統一の取れて、生き生きとしたものが作れたものだ。 1番近くで見れたのはこれ。このリアルさを見よ。 大仏殿。小学生の時以来。大きいな〜。 仏教って、理想はいいんだけどね。 その他、いろいろ説明受けた気はするんだけど、2日間で疲れきってもう歩けません、って感じで終わりました。駅売りの葛餅まがいのお菓子を買って帰途につく。
2015年08月01日
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