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今年の正月休みは長い休みが取れないので、身近なところで出雲に来ています。例のごとく、半分以上はあまり人のいかないところに行っています。これは今日食べた出雲そば。年越し蕎麦ですね。旧年中は読んでいただきありがとうございました。戦後70年を迎えて、いろんなことがあった年ですが、私自身もブログ生活10年を迎えて、アクセス数も210万を越え、一つのヤマを越えた気もします(山なんてそもそもあったけ(^^;)。ここまで続けることができたのは、つくづく読んでくれる人たちがいるからだと、それだけは確認した一年でした。こんな遅筆堂の私が、よくまあここまで書いたと思います。問題の携帯アプリの不具合は、結局解消されずにずっと不定期ブログアップが続いていたのですが、一念発起、83年WindowsXP以来のPCを買いました。引っ越しに自信がなくてずっとそのままだったのですが、もうそれはゆっくりと解決することにしました。携帯のようにフットワークよろしくブログアップはできませんが、この旅のように、行先のホテルにインターネットがつながっているとこんな風にアップできます(^-^)。さて、戦後70年。曲がり角を曲がった年だと、後世の歴史家が評価するのか、それとも日本型民主主義が生まれた年だと評価するのか、来年にかかっています。というわけで、二人の言葉をこの下に添えて年末のご挨拶とさせていただきます。
2015年12月31日
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今年の読んだ本のベスト5を決めるという試みをしてみたい。今年読んだ本の数は正確にはわからない。というのは、今年から読んだ漫画も雑誌もアップに耐ええるものは出来るだけブログに書いてきたので、飛躍的に読書ノートに記録している数が増えたからである。でも、「進撃の巨人」(1-17)のように、17巻もある本を一回で済ませている記事もあれば、一巻づつ書いている記事もある。「ビッグイシュー」も購買したすべてを記事化したわけではない。でもともかく読書ノートの数という意味で今さっき数えたら、137読書ノートあった。その中で5つだけ選んでみようという実に無謀な試みである。先ず挙げなければならないのは上橋菜穂子の「精霊の守り人」から始まる「守り人シリーズ」(新潮文庫)である。全11巻と外伝1巻、関連本3冊、上橋著作2作を立て続けに読んだ。「バルサが鳥影橋を渡っていたとき、皇族の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが、バルサの運命を変えた。」(「精霊の守り人」14p)という一文から始まる長大な大河物語。文化人類学、文明史観、ファンタジーという世界構想力、キャラの立ち上げ、すべてが私を刺激した。次は「古事記」(池澤夏樹編訳 河出書房新社 )を挙げたい。本当は、「考古学」の専門書を挙げなければならないのだが、何冊も読んだのに帯に短し襷に長しで選ぶことができなかった。それにプラスして「文学」をも、この一冊に代表させようとしている。私はこの本から、ずっと無駄に思っていた八百の神たちの名前は、朗読されて意味を持つことを知った。また、7世紀に成立した「古事記」のそこに色濃く反映される「敗者に寄り添う思想」、初めての文学に現れたその思想が単なる偶然とは思えない等々と、様々な発見もあった。これは日本文学全集の一巻目である。昨今の「反知性主義」を見る度に、「教養」の必要性をヒシヒシと感じている。これを読み終わった時に、果たして私に「教養」が身についているのか、試してみたいのである。「日本人はなぜ戦争へと向かったのか メディアと民衆・指導者編」NHKスペシャル取材班編著もベスト5に挙げたい。指導者、メディア、民衆が三位一体となって戦争に嵌まり込んで行く様が、あまりにも現代と重なってしまう。また、私の周りなどはみんな危機感を感じているのに、いったん下がった内閣支持率はまた上がってしまった。この「空気」。何をすべきなのかはわからないけど、問題点は見えてくる本なのである。「生きて帰ってきた男 ある日本兵の戦争と戦後」小熊英二 岩波新書。もう一つノンフィクションから選んだ。これに落ち着いた。読み進むうちに、今までの歴史書にはない発見の喜びがあった。普通の人の昭和史の中には、まだまだ発掘されていない貴重な史実があるかもしれない、ということである。また、語り手の記憶能力と視点の高さ、つまり普通の人の「教養?」の高さに驚き、そして尊敬がひしひしと湧いたのである。それを導き出した息子の小熊英二さんにも。一つ、雑誌か漫画から選んでみたい。雑誌には、光り輝くものが幾つもあったけど、やはりその時々の際物といえばそうだとしか言えない所がある。5年10年スパンで選べばやはり単行本ということになってしまう。そうなると、漫画しかない。そうなると、やはりこういう所に落ち着いてしまう。「百日紅(下)」杉浦日向子 ちくま文庫杉浦日向子女史による江戸浮世絵草紙である。私は文学の文体を云々するほどには文学は読めていないけど、漫画の画を云々するぐらいには漫画を読んできた自信がある。特に下巻、映画のモチーフにもなった「野分」の章は、鬼神が憑いたかのような迫力があった。137という数は多いだろうか。私は少ないと思う。映画とは違い、世の中には読みたい本は無数にあり、人生は短い。このブログを始めて10年。書評レビューをきちんと数えてないけど、おそらく1000冊前後だと思う。あと、20年元気でいられたと仮定しても2000冊しか読めない(のだ!)。「数ではない。質を求めよ」と誰かがいいそうだ。いつかそうシフトしたいと思っている。とりあえず来年はこのペースで行くと思います。
2015年12月30日
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「ビッグイシュー277号」ゲット。今年の最終号。スペシャルインタビューはリチャード・ギア。ビッグイシューでいつも驚くのは、ハリウッドビッグスターは、びっくりするような人が様々な社会的な活動をしていることだ。ギアは、ニューヨークホームレス連合のメンバーとして、ビッグイシューのようなストリート・ペーパーの支援を長年してきて、この期「ロスト・イン・マンハッタン」でホームレスの男性を演じた。「僕はニューヨークの中で透明人間になっていた。人々が2ブロック先で僕の姿を目にしてホームレスだとわかると、それ以降一切目を合わせてこなかった。」「すごく混乱したし、複雑な気持ちだった。でも制作側としてはうれしかった。なぜならこれで映画がつくれると思ったからね。もしみんなに自分の存在を気づかれていたら撮影は取りやめになっただろうし、映画をつくること自体不可能だったと思う」インタビューを読むと、ギアのホームレス問題への理解は非常に深いと思う。その彼でさえ、実際街中にホームレスとして立つと混乱したと云うのだ。私はホームレスや貧困に陥っている人々を支援することは出来るし、彼らを誹謗中傷する輩を「想像力がない」と言って批判することは出来るが、ギアの云うように「シェルターの中には様々なタイプの人たちがいる。一つの解決法がすべての人に当てはまるわけじゃない」のだ。だから彼らを「理解した」と思うことを自分にきつく戒めている。この映画観て見たいけど、なんか公開はされずにDVD発売だけになりそう。その他、興味深い記事がたくさんあった。記事を読んでも断片的にしかわからないけど、ウクライナの作家のインタビューやドイツ国境の100万人近い難民たちのルポの「生の声」は、戦争が起こす「現実」を想像させる。知ることは大切だ。岡山大学津田敏秀教授の福島甲状腺がんの報告書の記事も、知ることが大切だと教えている。「甲状腺がんの多発は、スクリーニング効果(大規模な調査をしたから、潜在的な患者を早期発見したことによる数の増加)だ」という説明を厚生省がして、それが広く宣伝されている(漫画「いちえふ」でもそう説明していた!)。これを読むと、国際的に権威ある学者(ノーベル賞受賞者)がそれを否定していることもわかった。いつもきちんと読むし、時にはデジタル切り抜きをしているのが「枝元なほみの悩みに効くレシピ」。一人暮らしでも作れそうな優しいレシピが多くて、今回の「牡蠣のオリーブ漬け」もワインの肴に使えそうなので、是非作って見たい。2015年12月26日読了
2015年12月29日
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「民主主義をあきらめない」浜矩子、柳澤協ニ、内橋克人 岩波ブックレット最初手に取った時に「期待した本とは違ったのかな」と思ってしまった。安保法制成立のあと10月にこの題名の本が出たということは緊急に書かれたのかな、現在の情勢に応えたのかな、と思ったのである。ところが、読むと2015年5月の講演記録だという。成立を受けての彼らの想いを知りたかった私の期待は外れた、と思った。ところが内容は、成立を覚悟してそれでも「民主主義をあきらめない」彼らののしたたかな決意や理論が詰まった、小さいけれどもとてもいいパンフになっていた。よくネットウヨは左翼の人間をお花畑にいると揶揄するが、09年まで小泉・安倍・麻生政権で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)をした柳澤協ニ氏の具体的な危機管理シュミレーションを読んでも、「安保法制は戦争をしないための法律だ」と言えるのか?そう思っている者は「お花畑にいる」と私は言いたい。「じゃあ、どうすればいいんだ、お前たちこそ理想ばかり言って、全然具体的じゃあないじゃないか」と反論するだろう。当たり前だ、と言いたい。それを具体化するのが政権の役割だからである。今の政権では具体化出来ないから批判しているのだ。でもこの本の著者たちは方向性は示している。お上任せで、思考能力のないネットウヨはそれだと「不安でたまらない」から威勢のいいことをいう輩について行くのだろう。危機管理シュミレーションとは何か。例えば、南シナ海のオペレーション。「現場判断」で、米中が大人の対応で終わるような場面でも、日本の子供の対応で抜き差しならない戦争状態に、日本が巻き込まれる可能性はあることを知った。アメリカ追随の日本は、アフガンでも南スーダンでも要請されたら断れない。その時に今度は「戦闘状態」になる可能性が十二分にある。その覚悟が、今の日本にホントにあるのか?国会では、ずっとお茶を濁す発言をした。一切具体性はなかった。「抑止力とは何か」。柳澤さんは一つの提案をしている。全面的にではないが、私は傾聴に値すると思う。軍事面では柳澤さん、経済哲学では浜さん、それらを包括して内橋さんが話している。それらを虚心坦懐に聞くと、「日本が進むべき未来」が見えてくる。2015年12月25日読了
2015年12月28日
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「水木しげるの古代出雲」水木しげる 角川文庫「出雲王朝があった」という立場から、古事記と出雲国風土記を再編して作り上げた水木版古事記である。巻末の参考文献が60冊以上並んでいて、一生懸命研究しながら描いたことかうかがわれる。ほとんどが5年前から3年前の作品であり、水木さんホントにお元気だったんだなあ、と思った。所々考古学的な知見も混ぜていて、ジオラマの写真をそのまま絵にしたようなものもあるが、そこに出てくる人物は水木しげるフィルターを通っていて生き生きとしているし、鳥の姿をしているシャーマンの姿など(49p)は、文献以上によく調べているように感じた。困るのは、多くの所に専門的な正確さがあるのと同時に、好い加減な所も多々あるのである。出雲王朝が新羅の国に侵略されて「播磨や吉備が獲られた」などと簡単に書いていて、おいおいそんな根拠は何処にもないよ、と言いたくなる。出雲王朝説は、そもそも非常に根拠が薄いと私は思う。もちろん、国譲り神話のもとになった大きな「争い」はあったと思う。しかし大和王朝の前に、出雲が西日本一帯を統一していた根拠はない。まあ、それはいいとして、水木しげる版の豊かな神話表現は、他の漫画版の古事記ともまた違い素晴らしかったのは確かだ。年末年始「古事記を訪ねる島根の旅」を計画しているが、そのためのいいシュミレーションが出来た。2015年12月22日読了
2015年12月27日
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「原色小倉百人一首」鈴木日出男・山口慎一・依田泰 文英堂百人一首入門としては、申し分ないくらいに素晴らしい。オールカラーで550円は奇跡的に安い。おそらく学習書として大量発注があるのでしょう。来春は競技カルタがテーマの映画も上映されるので、なおさらこの本は重宝しそうである。何しろ巻末には競技カルタ用のハンドブックまであって、どの文句で下の句が決定出来るか、と覚えるためのイラスト集まであるのだ。例えば「寂しさに宿立ち出でてながむれば」「何処も同じ秋の夕暮れ」の句は「さ」で下の句が決定し、「寂し、何処」と迷い猫を探すイラストで覚えるのだそうだ。知らなかった。本文も丁寧である。一首につき一ページか二ページをかけて解説して、必ず関連カラー写真が載る。私の好きなのは万葉集なので、古今や新古今はずっと避けて来た。けれども、こういう綺麗な本でさらっと読んでみると、それはそれで感慨深い。しかも80首を過ぎる頃から、技巧的感覚的と聞いていた新古今の歌々から、それが砥ぎ落とされて人生を感じさせるものが多くなったのには驚いた。最後の5首は定家一族と皇室の歌で終わらしたのは仕方ないが、その直前93首源実朝「世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手なかしも」の深さ、99首後鳥羽院の「人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆえにもの思ふ身は」の達観は、流石という他はない。撰者定家の凄みである。それにしても、最初の4首、万葉集撰歌のほとんどを「改変」しているのは驚いた。「田子の浦」の改変は知っていたが、それもちょっと許せないが、一首目は、作者不詳を天智天皇歌と断定し、持統天皇歌「白妙の衣干したり」を「干すてふ(干すという)」と伝説化し、「あしびきの山鳥の尾の」は、作者不詳なのに柿本人麻呂歌にしてしまっている。そんなこんなで、読めば読むほどいろんな疑問が湧いて来た。困ったものだ。2015年12月20日読了
2015年12月26日
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「AKB48、被災地へ行く」石原真 岩波ジュニア新書私がAKBのファンだと言うと「引く」人が多いのですが、この本を読むとAKBの真髄があるような気がする。大震災からこの方、被災地コンサートはいろんなミュージシャンが企画している。しかし、AKBの「被災地訪問活動」は少し内容が違う。一つはその継続性と回数。2011年5月から欠かすことなく毎月。6人交代で行っている。そうなると、単なる慈善じゃない。お互いに必要とされているから行えることである。AKBは「卒業」のあるグループである。自分で決めてグループから離れて行く。脱落する(せざる得ない)者もいるけれども、独り立ち出来ると判断して卒業するのが彼女たちの「目標」である。10代の彼女たちがそこまでになるのに、どこまで変われるか、成長出来るか、それをメディアツールや実物を見て「見守り」「推す(応援)」ことが出来るのが、ファンとしてのAKBの魅力なのだ。その成長の「瞬間」の一つがこの活動なのだと、私は思うのである。被災地訪問活動で、彼女たちは「人間として」対応せざるを得なくなる。それを、この活動をプロデュースしTVディレクターでもある石原さんは、ドキュメンタリー手法を使い乾いたタッチで記録している。峯岸にシロツメクサの小さな花束を渡した少女、仙台出身の岩田華怜の複雑な心境、雨の日に一緒にずぶ濡れになろうと提案する前田敦子、初めての訪問に長い長いGoogle+を書いた14歳の宮脇咲良、大島優子総選挙一位3日後の大雨の中のパフォーマンス、「So long!」に涙する渡辺麻友、「来てくれてありがとう」という団扇の可愛い文字、偶然大ファンの島崎遥香に会えた福祉施設の中学生、山田町のジオラマに対する阿部マリア、入山杏奈、森保まどか、松井玲奈、松村香織、込山はるかとの交流。一つ一つのエピソードに、恥ずかしいことに涙が止まらない。彼女たちの小さな「成長」が想像出来るからである。私には子どもは居ないけれども、この想いは既に父親のそれだろうと、私は思っている。2015年12月17日読了
2015年12月25日
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「ビッグイシュー276号」ゲット。一ヶ月ぶり。販売者さんは元気なようだった。今回号は、見応えある記事が多かった。巻頭インタビューはダライ・ラマ14世(80歳)。1959年にインドに亡命。以来ずっと「難民」生活を送っている。ヨーロッパに数十万規模で難民が発生していることをどう考えているのか。シリアでは、宗教上の問題で紛争が起こり、難民が発生している。宗教に影の側面があるのだろうか?「宗教に影の側面があるのではありません。真理は一つ、宗教は一つという考えは何世紀も前からあります。私はいつもここで線引きをするのですが、個人の場合は、真理は一つ宗教は一つという考えは非常に有益です。しかし、コミュニティとなると、それは非現実的です。真理も宗教も複数あるという考え方を身につけるべきです。今日のイスラム教人口は約10億人、キリスト教の場合は10億人以上だと思います。ヒンズー教は約6億人、仏教はおそらく8-9億人でしょう。どれかの宗教が他の宗教を排除するのは無理です」「共存しなくてはなりません。互いを尊重し、互いを理解し、宗教的に調和するほうがはるかにいいし、それは可能です。私は宗教的な調和に全力を尽くしています」「以前、広島でノーベル平和賞受賞者たちとサミットを行いました。1人がこう言って会談を始めました。「平和がもたらされるよう神に祈りましょう」。私はいつもかなり率直な人間ですから、こう言いました。「平和は祈っても訪れません。平和は私たちの行動によって訪れるんです」と。すると、前の席にいたたくさんの日本の人たちが非常に真剣に拍手しました」聞くところによると、今回のパリテロに対しても「プレイ(祈ろう)」という呼びかけに対して「シンク(考えよう)」と言ったという。私も真剣に拍手をしたい。特集は、《子どもの貧困 生まれる「子ども食堂」》だった。リード文は以下の通り。今、全国各地で「子ども食堂」が生まれている。それは、なぜか?2012年、18歳未満の「子どもの貧困率」は16・3%、子どもの6人のうち1人が貧困状態に置かれ、先進国の中でも4番目の高さである。これを、市民が肌身で感じるようになったからではないだろうか?「夏休みにやせる児童の増加」などが養護教員の団体による調査で報告され、学力テストでは親の年収と子どもの学力が相関していることも明らかになった。特にきびしい状況にあるのが母子世帯で、貧困率は50%以上だ。そこで、阿部彩さん(首都大学東京教授)に、日本の子どもの貧困をなくすための方策について聞いた。また、貧困状態の子どもたちへの市民的サポートの一つとして各地に生まれつつある「子ども食堂」の現場を取材した。子どもの貧困問題解決に、市民がどう向き合えばいいのかを考えたい。全国の子ども食堂は、 東京池袋「要町あさやけ子ども食堂」、 福島会津「子ども食堂」、 福岡「ごちハウス」、 東京調布「Kiitos」、 大阪生野「ごはん会」。ひとつひとつのレポートを読むと、周りに貧困状態の子どもたちが居て、やむに止まれず立ち上げた人たちが多い。これを読んだ直後、こんなニュースが流れた。 政府は、ひとり親家庭に支給されている児童扶養手当に関し、来年度からの2人目以降分の支給額倍増に向け調整に入った。現在、月5000円の2人目分を1万円へ、各3000円の3人目以降は6000円とする方向で、厚生労働省と財務省が財源について最終調整している。2人目の支給額引き上げは1980年以来、3人目以降は94年以来。(毎日新聞)これは自公民得意の選挙対策だろうが、お母さんのギリギリの生活が少しでも緩和するのならばいいことだと思う。それにしても、2人目の支給引き上げが35年ぶりとは!その他、韓国では貧困によって罰金が払えないばかりに、労役刑に服す人たちが年間4万人もいるという。そういう人たちに融資する「ジャン・バルジャン銀行」を立ち上げだ洪世和氏をインタビューしている。判英幸氏は愛媛県伊方原発再稼働に対して長文の批判文を載せている。そんなのを読んだ直後に「冷却用の海水約9万4000リットルが漏洩(ろうえい)した」というニュースが流れた。2015年12月16日読了
2015年12月23日
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「戦下のレシピ 」斎藤美奈子 岩波現代文庫初めて斎藤美奈子さんの本を読む。なぜ、文芸評論から始めなかったのか、と思うだろう。図書館でたまたま目に付いたからだ、としか言いようがない。戦時下といえども、昭和の初期は「貧しい農村、リッチな都会」という構造があって、都市の食文化は「天皇の料理番」にもあるように、現代の洋風料理が一気に花開いていた。水道、電気、ガスのインフラが整えられて様々な料理が婦人雑誌に紹介された。(←反対にいえば、全国にインフラが届くのは戦後しばらく経って。まだ50年も経っていない所も、多くあるのだ。私の小さい頃も、充分普通の町だったのだが、インフラはあるけれどもまだ井戸やカマドは利用していたのだ)戦時色が強くなるのは、先ずは「節米」からだった。最初の頃はスローガンだけが先行して、米を節約して、もっと高くつく炊き込みご飯やうどん込みご飯などとちぐはぐなことがあったようだ。それに、大きな勘違いしていたのは、戦前は空前の米の消費量大国だったのである。一日の消費量が都市で1人三合半も食べていた。現代の三倍近い。日本人は米からエネルギーの7-8割(現代は4割)、タンパク質の3割(現代は2割)をとっていた。一汁一菜が基本で、ご飯は3膳が基本だった。よって、生産量が消費量に追いつかず、基本朝鮮から輸入していたのである。それが朝鮮の不作で一挙になくなった。それで節米が叫ばれ、配給制に移ったのである。よって当初国民食の「求められる栄養素」は成人男子で一日2400カロリー、タンパク質80gで現代と変わりない。ところが、戦時になって実際の配給は米は3/4ぐらいに落ち込む。そして、配給制独自の困難が一家の主婦に襲いかかる。毎日数時間の行列、量・種類・鮮度が違う、予定が立たない。昭和18年ごろになると「食糧戦」という言葉も出始める。配給が滞る。もはや配給だけで暮らすことは不可能になる。見た目のカサが増すお米の「国策炊き」「楠公飯」などが真面目に提案される。政府はわずかな「つき減り」を節約するために玄米配給になる。この頃の「主婦の友」に載ったレシピの一つ。「シチュー雑炊「配給肉の脂身とあり合わせの野菜でシチューを作り、この中にうどんと冷やご飯を入れて煮込んだもの。お味は塩、胡椒が1番さっぱりいただけますが、好みでカレーやトマトのお味にするのもよいでしょう」机上の空論である。しかし、配給制の建前を崩して書くことはできなかった。少ない材料を活かす「共同炊事」も広まる。これには隣組が力を発揮した。しかしトラブルもあっただろう。隣組の歌の替え歌が直ぐに出来たことを初めて知る。「(作者不詳)ドンドンドンガラリとドナリ組、あれこれめんどう味噌・醤油、回してちょうだい買いだめ品、ああ情けない 腹減った」お菓子も工夫した。斎藤さんは米ぬかを炒ってココアパウダーのようにするのは案外美味しかったという。昭和19年-20年はサバイバル状態に陥る。「婦人倶楽部」19年6月号には教学練成所練成官医学博士杉靖三郎の談話で「足りないのは実は食糧ではなくて、食糧に対する反省です」というのが載る。山の幸、海の幸は工夫すればまだ活用出来るというのである。お上の云うことじゃない。この前どっかのお上が「もやしを使って料理すれば、お金の足りない工夫は出来る」と云っていたのを思い出した。「言われなくとも、いつももやしを買ってるよ!」とその時私は怒りにうち震えた。つい去年のことである。「すいとん」が遂に登場する。米がなくなったので、乾燥大豆、乾燥トウモロコシ、麦、雑穀などが配給された。まあ、鳥の餌みたいなもの。そのまま食べると消化によくない。よってすべて潰して粉食にした。大豆すいとんすりつぶした豆に同量または2/3の粉を加えて捏ね、人参、青菜、葱などを色どり入れたお汁をつくり、煮立ったらその中へちぎりながら入れます。フワフワした卯の花すいとんができます。寒い時に喜ばれます。(「婦人之友」19年11月号)巻頭カラーページには、道端の雑草をいかに料理したのか、写真とともに解説がある。ここまで読むと実際にやってみたくなる。さて、当然ながら付け加えておくと、現代でもそうであるように、婦人雑誌に出てくるのは、その時代の「上限」である。どんぐり麺の煮込みどんぐり粉4、小麦粉6の割合で、塩をとき混んだこね水でよくこね合わせ、30分ぐらいそのままおき、これを小麦粉をふったまな板の上にとって一分(3ミリ)程度の厚みにのばし、細かくうどんに切り、実にする材料を軟らかく下煮し、味をつけた煮汁の中に、うどんをばらばらほぐして入れて煮込む。(「婦人倶楽部」20年8月9月合併号)斎藤さんは、「兵隊に食糧が回ったので食糧難になったのではない」という。全ての産業が軍需に優先され、輸送が絶たれたためである。食糧難は優れて政治的な問題だった。戦争になればまた必ず同じことが起きる。(←シリアを見ろ)戦争の影響で食糧がなくなるのではない。食糧がなくなることが戦争なのだ。その意味で、先の戦争下における人々の暮らしは「銃後」でも「戦時」でもなく「戦」そのものだった。だから「戦時下」ではなく「戦下」のレシピなのである。こんな状態からようやく日本が抜け出したのは1949年ごろになってからだった。(164p)2015年12月16日
2015年12月22日
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椋鳥通信 上「椋鳥通信(上)」森鴎外 池内紀編注 岩波文庫「世紀の発見からゴシップまで!膨大なヨーロッパの新聞・雑誌をもとに、激動の20世紀初頭を独自のセンスで切り取り報じた、(鴎外発世界ニュース)。(全三冊)」というのが、最も短い岩波文庫の紹介文である。池内紀氏の編注は懇切丁寧であり、コラム、解説共に充実していて、私たちは明治の雑誌愛読者の感覚で、明治のYahooニュースとも言えるこの短文集を読むことが出来る。従来、無記名で書かれたこの作品の評価は低かったようなのだが、とっても興味深い文章が多かった。1909年(明治42年)2月。◯自動車の統計。全世界で326175台。内北米120000、イギリス及びアイルランド102500、フランス37000、ドイツ23000、イタリア9730、オーストリア=ハンガリー7425、ロシア、ギリシャ及びトルコ6500(←この3国がまとめて数えられているのが凄い)、スペイン及びポルトガル4740、南米4000、インド3200、英領拓殖地3100、中央アメリカ2500、支那及び日本1500(19-20p内容)。(←椋鳥通信で、この手の統計は非常に多い。しかも発表の3日前の数字だ。今だからわかるが、これは、数字から見た当時の国力地図だ。鴎外は世界を知ろうとして、その能力を持ち、実際に知っていた数少ない知識人の1人であるだけでなく、それを1人のものにしなかった日本で唯一、いや、現代に至るまでに唯一の日本人なのかもしれない。そして、「かのように」で、昔の女がドイツからやって来てアメリカに去って行ったのは、偶然ではなかったのである。)1909年6月5日発。◯5月9日にニューヨークでは母の記念日と云って、子のある女が皆白い石竹の花を持って歩いた。(←もしかして母の日を報じた初めての文章?)◯「アントランジャ」紙で「いかなる性質を妻に必要なりとするか」という問を出して答を集めた。ただし問票に便宜上性質を13に分けてあった。すなわち、美、慈、勇、忍、貞、温、快、直、智、富、健、才、芸の13である。これまで集まった所では、最高点が健である。勇は健の半数である。慈は三番目である。それから、直、才、貞、智、富、忍、芸、快、温、美の順序である。美を要求するものが最も少ないとは意外ではないか。(←今も昔も全く変わらないアンケートの中身に私は驚いた。また、最後の鴎外の感想に当時の日本男子の本音があるが、現代日本でアンケートしても多分「美」はあとの方になると思う)◯ボンペイで官掘区域をへだたること200mほどの所で、私掘を遣っているうちに、これまでにない立派なローマ時代の別荘を掘り当てた。天然の1/3大の人物を書いた壁画は立派なものだそうだ。そこで政府は私掘を差し止めた。(←この記者はまだ自覚していないが、これが世紀の大発見ボンペイ遺跡の最初の記事なのではないか?)◯5月5日にはナポレオン3世未亡人ウジェニーの83歳の誕生日である。今でもこのお婆さんは毎年一度パリのホテル・コンチネンタルに出て泊まって、昔の宮殿の跡の公園になっているのを見るのだそうだ。(←現在では遠い昔の歴史の生き証人が、こんなふうに雑誌のゴシップ欄みたいに載っていることの不思議。しかも、この当時はまだベルサイユ宮殿は整備されていなくて公園扱いだったんだ)1909年9月3日発◯ジョセフ・トムソンの演説いわく。石炭が尽きて、水力も不足になるころには太陽の力を工業上に利用するだろう。太陽は1エーカーの7千馬力のエネルギーを送っているのを、我々はまだ利用することを知らない。追っては、サハラ砂漠が世界開明の中心になるかもしれない。(←100年経ってやっとこの発想の水準に近づいた。人類の進歩のテンポとしては遅い。原子力がそれまでも邪魔をしたということか)1910年5月7日発◯4月21日にコネチカットのレディングでマーク・トゥエンが死んだ。易さくの当時居合わせたのは、娘1人、その婿のピアニスト・オシップ・ガブリロヴッチと医師とであった。最後に見た書物はカーライルの「フランス革命」であった。葬儀はエルマイラで営まれるだろう。妻も3人の子も、あそこに埋めてあるのである。マーク・トゥエンはニノットという船頭詞である判事の子に生まれて、無罪産のために、ミシシッピの川舟の船乗りをしていた小さい時の記念である。30歳くらいの時、ネヴァダの金掘りになっていてはじめて滑稽小説を書きはじめた。ブレット・ハートもそうであるが、この人も短文に長じている。(←死亡短信が多いのも椋鳥通信の特徴。しかし、これは少し長い。鴎外をして、彼に一目置いてあたのか。そして当時の死亡欄のなんと下世話なことか)こんなふうに書き写していると、キリがない。100年前の「世界」が、まるで現代のように生き生きと迫ってくる。それを明らかに愉しんでいる鴎外の気持ちにも触れることが出来る。貴重なシリーズだ。読み進んでいきたいと思う。2015年12月10日読了
2015年12月21日
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「月の森に、カミよ眠れ」上橋菜穂子 偕成社私が書きたくてたまらなかったモノの一つを、上橋菜穂子は24年前に描いていたことが判った。あとがきで著者は次のように書いている。いまも日本は単一民族国家ではありませんが、日本の統一後というイメージが強い平安時代ころにも、日本には多様な民族が住んでいたようです。正史にはほとんど登場しない隼人を主人公にしたのは、漁労や焼き畑、狩猟採集の生活をしていた人々が、朝廷への服従を契機に異なる文化を知り、やがて稲作を受け入れ、強制的に国家に組み入れられていったことで、カミへの意識が変化していったのではないかと思い付き、その変化への葛藤を、3人の巫女に象徴させてえがきたいと思ったからです。(232p)この時代は班田収授法が実施されているので、奈良時代だろう。「朝廷」の軍事力は広く知られていて、昔多くのクニが共同して刃向かって多くの人々が血に沈んだことも伝えられている。九州の南が舞台のようだ。隼人族と伝えられている。主人公たちの風俗は、台湾原住民族の狩猟採集風俗を参考にしたのか、全身入墨を施している。九州縄文文化が稲作文化(弥生文化とは言いたくない)を受けいれる過程の「精神の葛藤」は、どの文献にも、どの考古学的遺物にも残っていない。小説として表したのをキチンと見たのも、これが初めてのような気がする。そもそも縄文文化の精神構造がどうだったかもわからないのだから、当然なのではある。初潮があった少女を7日間1人籠らせて「月のもののケガレ」を取り除く儀式は、明治時代まで各地で行われていた民俗である。その1番原初的な姿をこの小説は取り入れていて、人類学者としての著者の面目躍如たるところがある。また著者はその原初の姿に縄文的な人類と自然との関わりを観たのだろう。ここには、のちの「守り人シリーズ」に出てくるもう一つの世界(ユナーク)や、「獣の奏者」の闘蛇の姿も想起させる場面もあり、上橋菜穂子ののちの物語を語る上でも重要な作品になっている。戦後70年の高度成長期を経て、情報革命を経た日本社会は、おそらく縄文から弥生に移った時以上の急激な変革を体験してきたのではないかと、私は個人的に思っている。その時に、その変革の両方の立場に足を置いた主人公を描いて、大きな物語を紡(つむ)いだこの作品の役割は大きい。しかし、ずいぶん前の作品にもかかわらずこれは一般の文庫に入っていない。「守り人シリーズ」とは一線を画している。著者はこの作品を実験作品とみているのかもしれない。だとしたら、のちに本当に日本の古代を舞台にして大いなる物語が紡がれる最初の話になるのか、それともこのままにするのかはこれからだということだ。私は私で、「カミの意識の変化」という時代を舞台に、あたらしいエンタメを描きたい。2015年12月3日読了
2015年12月19日
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「東京時代MAP―大江戸編 」新創社東京江戸博物館に行った時に、この本を見かけて「衝動買い」をしてしまった。(Time trip map-現代地図と歴史地図を重ねた新発想の地図-)というもの。江戸時代の切絵図の地図に、現代東京の地図のトレーシングペーパーを重ねて、上手くタイムトリップできるようになっている。次回の東京旅はこれを持ってあちこち歩きたいと思う。2005年の発行で第7刷を数えていて、根強い支持を取っていることが伺われる。浅草辺りから六本木に至る狭い範囲の地図しかない。これが「大江戸」の全てだとしたら、昔は確かに肩を寄せ合って都会生活をしていて、現代と環境的には似ていたのだと思う。しかし、人の繋がりは、現代よりも強かったのかもしれない。ちょうどNHK「ぼんくら2(日暮らし)」の舞台解説もやっていて興味深かった。第一部の舞台の鉄瓶長屋の場所から日暮らしの幸兵衛長屋まで、ほんの目と鼻の先だし、葵の屋敷があったのは、六本木駅の近くだったんだ。幸兵衛長屋から歩いていけば、半日がかりだ。井筒平四郎もたいへんだったな。2015年11月28日
2015年12月19日
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今月の映画評はコレです。「妖怪大戦争」 お正月映画として何を紹介しようかと悩んで高畑勲「かぐや姫の物語」を用意していたのですが、書けば書くほど難解なモノになってきたので、急遽先日亡くなられた水木しげるさんゆかりの「妖怪大戦争(2005)」にしようと思います。これだと、完全エンタメで家族で楽しめます。 ひょんなことから「麒麟送子」に選ばれた少年が妖怪たちと力を合わせ、人類を滅ぼそうとする魔人(豊川悦司)と戦う姿を描いた冒険ファンタジーです。 水木しげるさんの原作ではないのですが、プロデュースに関わっていて、荒俣宏、京極夏彦、宮部みゆきたち妖怪大好き作家たちが全面協力している(出演までしている)ので、映画「ゲゲゲの鬼太郎」よりも遥かに「妖怪愛」に溢れていると感じました。妖怪たちが「人間に媚びていない」のです。妖怪大将ぬらりひょんは、人類の危機に立ち上がりそうになりますが、拒否します。結局妖怪たちが魔人たちと戦うことになるのは、もっと他のとんでもない理由からなのです。 ところで、ぬらりひょんには今は亡き忌野清志郎、主人公のお爺さんに故・菅原文太が出演。今から考えれば凄い配役となっています。主人公タダシの神木隆之介君はまだ10歳ちょっとの頃で、とっても可愛い。その他、何百人と登場する妖怪たちは、一切CGを使わずに、みんな着ぐるみで化けています。誰がどんな妖怪になっているのか、見つけるのも大きな愉しみです。そもそも妖怪の名前わかるでしょうか?主な妖怪だけでも、猩猩、川姫、川太郎、小豆洗い、一本タダラ、大天狗、砂かけ婆、ろくろ首、雪女、豆腐小僧、大首、油すまし、姑獲鳥が出てくるのですが、わかるでしょうか?子どもと一緒に名前を当てに行くのも楽しいですよ。 至る所に、おごる人間に対する戒めが隠されています。曰く『過去を知らなければ未来はない』『復讐するのは人間の証し。私はそこまで穢れたくない。だから、人を救い、人を赦す』 そして最後に水木しげるが扮する妖怪大翁が登場して含蓄ある言葉を発して悠然と去っていきます。『勝ち戦?ばかいっちゃいけませんよ。戦争はいかんです。腹が減るだけです』 この台詞は水木しげるさんに自由に任されたそうです。南方戦線で九死に一生を得た水木さんの偽らざる想いだったのでしょう。(2005年作品、監督三池崇史)
2015年12月18日
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「DAYS JAPAN12月号」表紙の写真は一目ではわかりにくい。空撮である。佐多岬半島が左上から右下に通っている。右上に真っ白い伊方原発が浮かぶ。山を隔てて、原発の数十分の1の家々が高密度で重なっている。「事故が起きたら逃げられない」年寄りたちは明るく笑っている。今月から定期購読を始めた。思ったよりも、文章が充実している。シリア・イラクの記事は重すぎて、まだまともに読めない。以前見た平和新聞に載った森住卓さんの辺野古での島袋文子さんの機動隊排除写真は、機動隊員をキリッと睨みつけるそれだったが、こちらの上原明貴さんの写真は6人もの機動隊員が嫌がる文子さんを運ぶ写真だった。2人の写真の撮り方に明確な違いがあって、面白かった。「宇宙にタッチ」の写真にちょっとビックリした。星の綺麗な所では天の川を見ることが出来たのは、曲がりなりにも体験出来ている(岩手県小岩井農場)けど、この写真には銀河星雲がまるで宇宙から見るように写っていた。こんなの、見てしまったら、ヒトの世界などはいくらでも相対化されてしまうだろう。ギリシャ神話はそのようにして起こり、縄文土偶はそのようにして造られたのかもしれない。2015年11月25日読了
2015年12月16日
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「伊丹十三記念館ガイドブック」先ず装丁が型破りだ。ちょっと厚めの文庫本サイズ。これはいい。持ち運び、何処でも読める。窓口の女性は真っ黒い紙のブックカバーを施してくれた。「どれがいいですか?」と言って記念館の(伊丹十三作のイラストが置かれている)シールを選ばしてくれた。それを自分の好きな所に貼ってもいいし、貼らなくてもいい。私はオーソドックスに表紙に貼った。記念館の展示物は当然の如く写真撮影不可だった。しかし、このガイドブックには、小さいながらも、展示物の数倍の写真展示と文章がある。館内と同じように、目次は13章に分かれている。館内も冒頭に簡潔な説明文が置かれてあったのだが、ガイドブックにもその文があった。全てを写し書きすることは出来ないが、その13の章題と、一部を写し書いて、この希代な才人の一端の紹介を試みたい。1.池内岳彦伊丹十三(本名・池内義弘)は、1933年(昭和8年)5月15日、映画監督伊丹万作(本名・池内義豊)、キミの長男として京都府に生まれました。二歳のときには「殿様の赤ちゃん」役として父の映画に出演、「映画デビュー」を果たします。幼い頃から絵を描くのが大好きで、大人も驚くほど達者な絵を残しています。中学校時代の観察日記を読めば、その文章力にも並々ならぬ才能が感じられます。 展示されている野菜の静物画をご覧ください。この絵は小学校一年生のときに描いたもの。ちょっと驚きですよね?左隅の「池内岳彦」のサインにもご注目ください。親から日常的に呼ばれていたのは「義弘」の本名ではなく、「岳彦」の名前だったんです。 池内家では、男子の名前に「義」の一字を入れるのが代々の習わしでした。しかし父・万作はそれを受け継ぐつもりはなく、いったんは岳彦と命名しようとしたものの、祖父・義行の強い意向が働いて、戸籍上は「義弘」と名付けられてしまったらしい。でもふだんは「タケヒコ」「タケチャン」と呼ばれ続けました。その通称は、幼年時代にとどまらず、親しい間柄では生涯に渡って使われていたそうです。→伊丹十三の「才能」と「自由さ」のバックボーンが推測出来るエピソードです。→伊丹十三は中学一年のときに、父・万作がなくなり、父の故郷松山に帰る。そして、背が高くて、頭が良くて、ハンサムな都会育ちの青年は目立つ。一挙に趣味が広がる。私は、父の死が大きかった、と思う。ポッカリ穴があいたのではないか。何かを満たすために多方面に趣味を広げた。しかし、結局一生満足できなかったのでは?少しのエリート意識と負けず嫌いで、音楽に没頭するのもその現れではなかったか。2.音楽愛好家3.商業デザイナー4.俳優 1960年、27歳の伊丹十三は俳優として大映に入社します。翌年、市川崑監督「黒い十人の女」への出演を最後に大映を退社し、ニコラス・レイ監督の「北京の55日」への出演のためヨーロッパへ旅たちます。続けてリチャード・ブルックス監督の「ロード・ジム」にも出演、流暢な英語を話す日本人俳優として注目を浴びました。「ロード・ジム」では「アラビアのロレンス」を主演したばかりのピーター・オトゥールとの共演がきっかけで交遊を深め、舞台俳優の個性的な人生観に少なからぬ影響を受けました。 帰国後はふたたび日本映画に復帰、蔵原惟繕、大島渚、加藤泰、若松孝二、新藤兼人、恩地日出夫、東陽一、吉村公三郎、藤田敏八、黒木和雄、降旗康男、森田芳光、野村芳太郎、寺山修司、といった監督の作品に出演、他の俳優とは一線を画した演技が光りました。50歳のときに出演した「細雪」「家族ゲーム」「居酒屋兆治」での演技は俳優・伊丹十三の到達点だったと言えるでしょう。(略)5.エッセイスト(略)「なんですよ」「あるわけね」「なのだな」「そういうものかね」語り口という言葉がまさにふさわしい、話しかけてくるような文体は、今でこそ珍しくない文章のスタイルです。しかし60年代から70年代にかけての「話し言葉」文の黎明期には、伊丹十三がたった1人で開拓しながら進んでいく、独壇場だったと言えるでしょう。(略)6.イラストレーター7.料理通8.乗り物マニア9.テレビマン→記念館には、彼が携わった「天皇の世紀」等々の番組が自由に観れるようになっている。それだけで一日中過ごせる。10.猫好き11.精神分析愛好家12.CM作家13.映画監督→みんなが知っている10の映画を作って伊丹十三は自ら命を絶った。「何故か?」ということは、この本には一切触れることさえしていない。→私の感想は以下の通り。伊丹十三は手塚治虫型の天才だった。しかし、手塚治虫と違ったのは、「漫画において、平和と命の不思議を追い求める」というような「テーマ」を、遂には彼は、持つことができなかった。よって彼は才能に潰れたのである。
2015年12月15日
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10月25日(日)、岡山映画を語る会のメンバー4人で、愛媛県は松山市に「スターウオーズ特別展」を観に愛媛県立美術館に行きました。これまで4回以上は来た松山市道後ですが、メンバーに指摘されるまでここの車のナンバープレートが「雲の形」になっているのを知りませんでした。いうまでもなく、司馬遼太郎「坂の上の雲」にあやかっているわけです。このスターウオーズ展、東京で行われた以外は何故かこの愛媛県でしか開催されないようです(このあと大阪でも開催予定)。今週の金曜日、全世界同時公開です。お祭りなので、久しぶりに三週間も前に予約して席をゲットしている私です。中は当然写真撮影不可です。これは入り口に展示されていたダースベイダーの(おそらく)実物コスチューム。やっぱり本物は迫力がある。展示は「スターウオーズ」に触発された海外の画家たちの絵画の展示とコ スチューム、そして10いくつかのテーマに合わせて6作品のそれぞれの場面を切り取って説明するというものでした。デジタル修正版が映し出されていたのですが、実は初めて見る場面がたくさんありました。エピソード4-6のデジタル版は見たことがなかったのですが、いろんな修正がされていたようです。こうやって改めてキャラクターだけでなく、フォースやクローン戦争の意味、共和国の歴史などを見ることで、「帝国の逆襲」編の意味やクローン戦争の意味がやっと腹落ちしました。さて、これからどこへ行こうかと相談したのですが、道後温泉につかったことのない人が半分、私は入ったらどうですか、といったのですが、結局映画サークルらしく郊外にある伊丹十三記念館に向かうことにしました 。その途中Yさんは「この松山の市電が実は香川オールロケと思われていた『世界の中心で愛を叫ぶ』で使われてたんだよ」というのでした。映画サークルらしく写真を撮りました。伊丹十三記念館です。民間経営なので、こじんまりとしていますがとってもいい[博物館]でした。詳しくは、ガイドブックレビューに書きました。これは彼の13章のひとつ「乗り物マニア」の面目躍如の展示。入り口にガレージがあり、晩年の愛車イギリスのベントレーコンチネンタルE-BDがきれいに磨かれて置いてあった
2015年12月15日
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11月22日、岡山県日本原基地調査をしました。今回は初めて自衛隊の案内で基地調査が出来た。訓練の実態をリアルに想像出来たということで貴重な日になりました。朝早く起きて県北に出向く。津山市には長いことコンビニができなかった。初めてできたのは、私の記憶では86年である。なぜか。この「つるや」があったからである。コンビニ機能と軽食屋を合体したコレは、その後のコンビニ攻勢から辛くも生き残っている。手作りのおかずがたくさん置いてあって、昼食を買った。奈義町森藤議員の家で事前学習。日本原は、駐屯地と広大な演習場を抱えた、中四国最大の陸上自衛隊基地です。実は、日米地位協定の見直しで米軍基地の一部となっている。このことを知っている岡山県人は少ない。米軍は望めば、年間2週間演習が出来るのである。今年は9月に4回目の日米共同訓練が行われる予定だったが、悪天候の影響もあり、実施は見送られた。2014年度は一般訓練は186日行われた。実弾訓練はそのうち103日。レンジャー部隊の訓練も行われるようになり、放射能や化学兵器などにも対応する第13特殊武器防護隊も来るようになった。実戦的な訓練が増えてきている。午後から基地内調査を行った。例年は地元の森藤町議の案内で日曜日の基地に入るのだが、今年は自衛隊から話があったらしい。「本来は基地内は立ち入り禁止区域である。しかし、地元には入会権が歴史的な経過で認められている。町外の人が入るには、届け出を出して欲しい」ということらしい。その代わり、町議は隊員の道案内と、今まで中まで入れなかった基本射場の調査を申し入れていた。届け出は許可制ではないので、基本的には私たちもいいのだが、問題は参加者の名簿の提出まで要求していることである。午後の調査始まりのときに、この件ですったもんだがあり、今回だけは「書けるだけの名簿」を提出することで折り合った。しかし、これは次回に課題を残した。最初に東の端にある「新・対戦車射場」。東ゲートから入ったので、スムーズに現地に到着。次に「潜入射場」。今まで謎の訓練場だった。今回機関銃の弾の下をかいくぐり溝の中を進んで行く「唯一の実弾の下を進む訓練」であることが判明した。陸士か陸曹になるときに一回はする訓練らしい。この2年間は行われていない、あっても年一度しかない訓練らしい。しかし、10ー20分間0.数秒間隔で実弾が飛ぶ下で100mほど前進するのは、かなりの覚悟が必要だし、極めて「戦争に行くことを実感させる」訓練だと思う。「戦車射座」と「戦闘射撃場」。以前日米共同訓練を行った、広い場所である。そのときは小銃を撃つ訓練を日米交互に行ったらしい。中央から西演習場を一望出来るところで、説明を聴く。「基本射場」に、鍵を開けてもらい入る。今まで入ったことがない訓練場である。ここは小銃(時々機関銃)の訓練場である。300mと200m射座があり、的が12個所設けられている。センサーで的に当たったかどうかが判断出来るようになっており、全部隊が「検定」を受けるようになっているらしい。特級、準特級、一級、二級、三級、号外とあるらしく、平均点とかは教えてくれなかった。このあと、駐屯地を外から視察した。一発発車するだけで3000万円もする短サムは2基、PH70(155ミリ榴弾砲)は10門確認出来た。「自衛隊の海外派遣のための訓練に変わっていきつつあるね」「戦争法を無くす以外にこの動きは止められないね」と参加者で感想を持った。
2015年12月11日
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11月に観た作品は11もあったので、次数の関係から三つに分けました。「俺物語!!」評判高いので、観て見た。見所は、まあ単なる片思いのすれ違いを二時間延々演出するという力技と、「日本のデ・ニーロ」鈴木亮平の別人振りに当てらられたという所なのではないか。新人の永野芽郁が意外な可愛さで、こういうタイプが暫く居なかっただけに、このあと売れてきそうだ。(あらすじ)主人公・剛田猛男(鈴木亮平)は高校1年生。全く高校生には見えない顔面と巨体を持ち、豪傑・硬派なまさに日本男児。いかつい風貌と不器用さで女子から恐れられているが、情に厚くいつ何時も人助けをする包容力で男子からの信頼はアツい!これまで好きになった女子はみんな、猛男の隣家に住む超イケメン・砂川誠(坂口健太郎)を好きになった。猛男も砂川を素晴らしい男だと認めているので、そうなることも仕方がないと思っている。タイプは違えど、猛男と砂川は親友なのだ。ある日、猛男と砂川は街中で危機に遭っていた女子高生・大和凛子(永野芽郁)を救い、猛男は大和に一目惚れをしてしまう。監督 河合勇人出演 鈴木亮平、永野芽郁、坂口健太郎in TOHOシネマズ岡南2015年11月26日★★★☆☆「サヨナラの代わりに」難病ものである。最後まで「女としての尊厳」を失いたくないと望む女性と、「前を向いて」歩くことを躊躇う女性との交流を描く。アカデミー二度受賞のヒラリー・スワンクの名演技は当たり前。若い女性のエミー・ロッサムは「オペラ座の怪人」の彼女だったとは後で知った。最後は彼女が唄うだろうことは予測出来たけど、ああいう処理の仕方をするとは思いもよらなかったし、まさかあそこまで声が通るとは思わなかった。通るはずだよ、「オペラ座の怪人」だもの!最期の時に夫が逃げたのがよくわからない。両親が不在なのもよくわからない。しかし、それ以外は力演、力作の作品だった。(解説 )ある日突然、難病・筋委縮側索硬化症(ALS)を発症した女性と、彼女の介護人として雇われた女子大生との交流を描くヒューマンドラマ。監督は「最後の初恋」のジョージ・C・ウルフ。出演は「ミリオンダラー・ベイビー」のヒラリー・スワンク、「オペラ座の怪人」のエミー・ロッサム、「セイフ ヘイヴン」のジョシュ・デュアメル。(あらすじ )弁護士の夫エヴァン(ジョシュ・デュアメル)や友人たちに囲まれながら、充実した日々を過ごしていたケイト(ヒラリー・スワンク)は、35歳の誕生日パーティーでピアノを弾いた時、初めて身体に異変を感じる。やがて難病・筋委縮側索硬化症(ALS)と診断され、1年半後には車椅子生活となり、彼女は人生のすべてが変わってしまう。友人たちの前で明るく振舞うことに疲れ、心の中でこんな筈ではなかったと嘆くケイトは、エヴァンの反対を押し切り、患者ではなく友人として話を聞いてくれそうな大学生ベック(エミー・ロッサム)を介護人として雇う。ところがミュージシャンになる夢に挫折し、気まぐれに生きるベックは、言葉遣いも荒く料理もまともに出来ない。教養が高く完璧主義のケイトがそんな彼女とうまくいくはずもなかった。だがある日、夫の浮気を知ったケイトの“家出”をベックが手伝ったことから、二人の関係は本音で語り合える友情へと変わっていく。自由奔放なベックに、次第に心が解放されていくケイト。一方、ベックも生まれて初めて自分を頼ってくれたケイトに影響され、自身の生き方を見つめ直すようになる。しかしそんな二人に残された時間は、あとわずかであった……。監督 ジョージ・C・ウルフ 脚本 シャナ・フェステ ジョーダン・ロバーツ 製作総指揮 エレン・H.シュワルツ 製作 Dデニーズ・ディ・ノーヴィ アリソン・グリーンスパン モリー・スミス ヒラリー・スワンク キャスト ヒラリー・スワンク Kateエミー・ロッサム Becジョシュ・デュアメル Evanステファニー・ベアトリス Jillジェイソン・リッター Wilジュリアン・マクマホン Liamアリ・ラーター Keelyロレッタ・ディヴィアン Marilynマーシャ・ゲイ・ハーデンElizabethフランシス・フィッシャーGwenin movix倉敷2015年11月28日★★★★☆「ルック・オブ・サイレンス」去年の私のマイ・ベストワン作品「アクト・オブ・キリング」を被害者の側から見つめ返す構成である。またもや衝撃のドキュメンタリーだった。岡山では一週間一日一回しか上映しなかった。しかし、多くの人が観て欲しい作品である。1965年インドネシア軍政の下で行われた100万人以上の「共産主義者」大虐殺。その被害者の弟アディは、47年後の2012年に、同じ村で今も権力者、有力者として暮らしている元民兵たちに会いにゆく。最初は眼鏡技師として「殺したときの気持ち」を聞いてゆくのだが、彼らがあまりにも罪悪感を持っていないことに腹を立て、次第と「私は殺された兄の弟です」と自ら名乗る。「私は命じられただけだ」と責任逃れをする男。しかし彼はジョシュア監督によって10年前に喜々として殺したときの状況をカメラの前で再現して見せていた。それはアディも事前に観ている。その映像を黙って見つめるアディの眼差しが何度も映される。最初観た時は「彼らは今では反省している」と感想を漏らす。それでも様々な感情が揺れていることが、一切表情が現れないその眼差しから観て取れるのである。題名の所以である。親戚の叔父は看守をしていて、ヘビ川に連行されて行くのを見ていた。「甥が殺されたのは、あとで知った。国家のためだ。俺は知らなかった。止めるなんてできるものか」と微笑む。アディの母親は自分の弟が看守をしていたのをその時まで知らなかった。「殺されるのを知らなかったはずがあるものか」即座にいう。「殺した人の中には、狂う者もいた。俺がそうならなかったのは、死人の生き血を飲んだからだ」父娘で話をする。娘は、共産主義者を粛清した父をその時まで尊敬していたが、生き血を飲んだと聞いて顔色を変える。更にはインタビューしているアデイが弟だと知って明らかに狼狽える。父は「時間だ、終わろう」と言い、娘は「過去のことよ、許して。父は認知症なの。私たちはこれから家族よ」とその場を繕う。ある家族の兄弟は怒り出した。「父は死んでいるんだ。母親は心に傷を負うじゃないか」という。母親は「私は知らなかった」という。しかし、夫が得々と話している場面に彼女もいたし、そのビデオをその場で見せる。「復讐をするのか」と子どもたちは怒り出す。得々と話していた民兵の司令官は、犠牲者の弟だとわかると「私は命令していない」という。「あなたが500人もの殺害にサインをした」ことを問い詰められると、「上からの命令に従っただけだ」という。国の議員を長いことやってきた当時の「上の司令官」は弟だと知って少しだけ狼狽える。しかし倫理的な責任を問い詰められると、「それはない。それが政治だからだ。理想を実現するための過程だよ。」と開き直る。更には「私は、被害者の中でずっと票をとって来た。それが私に責任をとる必要がない証拠だ」と言ってニヤリと笑うのである。前回は次第と罪悪感に苛まれる「加害者」の姿があった。今回にはそれがない。それどころか、被害者の家族を前に決して自分が罰せられないのを知っているから、言い訳と開き直りを繰り返すのだ。殺人者と被害者の家族が正面から対面する場面を、我々はしっかりと見なければならない。アディの家族の「安全」だけは、映画製作者は責任持って保証しなければならない。その上で、これはインドネシアの政治状況が見せてくれた「奇跡的な場面」ではあったが、戦争という政治的な大虐殺が行われた人類史では幾度となく繰り返されている場面に違いない。「人類の罪」として、私たちはこの映画を捉えるべきではないか。製作総指揮 エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー製作・監督 ジョシュア・オッペンハイマー共同監督 匿名inシネマクレール2015年11月29日★★★★★「黄金のアデーレ 名画の帰還」題名が示す通り、結末は決まっている。それならば、見所は何処にあるのか。名画をじっくり見させてくれるのか?それとも、ナチズムの酷さをたっぷりと見せるのか?それもある程度はあったのだが、結局見所は、マリアは最終盤まで名画の帰還を信じてはなくて、名作曲家の孫の若い弁護士がいかに頑張ったか、という話に落ち着いた気がする。いや、そうではなくて、マリアは還って来ると信じてはいなかったが、ナチスの罪を国家がキチンと認めて欲しかった。また、同じユダヤ人の弁護士も仕事から離れて帰還事業に一生懸命になった瞬間がアメリカ人には珍しい姿だった。それが見所だったのかもしれない。ウィーンは少し飾りを変えれば、そのままロケしても戦前に戻れるという羨ましい景観であることもわかった。(あらすじ) マリア・アルトマン、82歳。アメリカに暮らす彼女がオーストリア“政府”を訴えた。それは“オーストリアのモナリザ”と称されるクリムトの名画を「私に返してください」という驚きの要求だった。クリムトが描いた、黄金に輝く伯母・アデーレの肖像画は、第二次世界大戦中、ナチスに奪われたもので、正当な持ち主である自分のもとに返して欲しいというのが、彼女の主張だった。大切なものすべてを奪われたマリアが、名画よりも本当に取り戻したかったものとは──? 最後に明かされる真実が、前へと進む力をくれる希望と感動の実話。監督 サイモン・カーティス出演 ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュールinシネマクレール2015年11月29日★★★☆☆
2015年12月09日
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次数の関係で三つに分けて公開します。「劇場版 MOZU 」TBS版のテレビドラマは全部観て臨んだ。心配していたような、テレビの延長線上の映像ではなかった。どうやってあんな映像撮れたのか、いくらアジアロケだからと言ってもむつかしそうな場面ばかりだった。(以下見事なネタバレです)という点は良かったが、脚本はグズグズ。原作はあんなのだったのか?まるで昔のハリマオみたいな、冒険空想小説。あそこまで風呂敷を広げて置いて、結末があまりにもあっけない。しかもラストカットが無駄に長い。普通、あんな無茶したら主人公たちの誰かが闇に葬られるのがリアルってもんでしょう?そうなるかと思って緊張して見ていたら、なんと大団円!ひどすぎる。しかも、なんと東も幸太郎も生き残った。ひどすぎる。(という感想を友人にぶつけたら、あれは倉木が闇の世界に入ったことを暗に示していたのだ、と説明された。つまり、続編へのプロローグ?でも続編なんか作っちゃいけない)(あらすじ) 妻子の死の謎を追う公安警察官 倉木(西島秀俊)は、 大杉(香川照之) 明星(真木よう子)とともに一連の『MOZU事件』で警察内部に巣食う闇を白日のもとに晒した。しかしそれは、恐るべき謀略の氷山の一角に過ぎなかったのだ。それから…。 高層ビル占拠爆破とペナム大使館襲撃、二つの大規模テロが同時発生した。これらの事件は犯罪プランナー高柳(伊勢谷友介)と暗殺専門の殺し屋権藤(松坂桃李)を中心とするテログループによる犯行であった。 彼らは、日本犯罪史の重大事件を影で操ってきた存在「ダルマ」(ビートたけし)の名のもとに、ある犯罪計画を極秘裏に進行していたのだ。 ※PG12監督 羽住英一郎出演 西島秀俊、香川照之、真木よう子、池松壮亮、伊藤淳史、杉咲花、阿部力、伊勢谷友介、松坂桃李、長谷川博己、小日向文世、ビートたけしin TOHOシネマズ岡南2015年11月12日★★★☆☆「ミケランジェロ・プロジェクト」これはいわゆる「七人の侍」タイプの映画。本来人集め段階で、じっくり時間取ればもっと面白かったかもしれない。でも後は構造よく似ている。リーダーが居て人集めを始める、若者もいるし、女とのロマンスも描いていて、悲劇の脇役もいる。しかし、時間の関係や、史実との兼ね合いもあって、キャラ立ちはなかった。しかし、テーマは素晴らしい。ホントにソ連が美術品をネコババして、アメリカはキチンと返したのならば、埋れた歴史を明らかにした素晴らしい新たな戦争映画になった。文化・美術品は、正に失えば取り返しがつかなくなる。ナチスの美術品を焼いた歴史的犯罪や、箱いっぱいの金歯の場面など、社会悪に対するジョージ・クルーニーの視点は流石。(あらすじ)芸術の専門家で結成された特殊部隊“モニュメンツ・メン”は、美術品を奪還するため1944年7月フランス・ノルマンディーに上陸。ヨーロッパ各地を手分けして捜索するも、全ては奪われた後だった…。そんな中、敗北を悟ったヒトラーは、遂に「ネロ指令」―ドイツが敗北した際には全てを破壊すること―を発令し、一刻の猶予もなくなる。世紀の美術品は、どこに隠されているのか…。あることに気づいたとき、彼らの怒涛の快進撃が始まる!監督 ジョージ・クルーニー出演 ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、ジャン・デュジャルダン、ボブ・バラバン、ヒュー・ボネヴィル、ケイト・ブランシェット[ 上映時間: 118 分 ]in TOHOシネマズ岡南2015年11月12日★★★★☆「起終点駅 ターミナル」釧路を起終点駅(ターミナル)ととらえて、法律では裁かれないけど一生をかけて背負わなければならない「罪」を持った人間の生き様を、北の果てから始まる物語として作り直した。60代に手がかかろうとする男を佐藤浩市が演じてぐっとくる。今年の佳作。 本田翼を上手く持ち味を活かして使い切った。陰のある表情は、そもそも若いんだからそんなに深みがなくてもいいと思わせた。あとは屈託のない明るい表情が、時々アクセントになる。かのように描いた。ともかく「ざんぎ(本土では唐揚げ?)」を作ってみたくなる。映像では、鶏のの皮付きモモを所々包丁で穴をあけ、ぶつ切りにして、醤油、みりん、ソースのタレに一昼夜漬けて、あとはからりと揚げる。ように思えた(間違っていたらごめんなさい)。この歳の1人暮らしと、子供のような若者を応援する気持ち、いろんな感情が今の自分と重なる。(解説 )第149回直木賞を受賞した桜木紫乃が2012年に発表した短編小説を、「小川の辺」「月とキャベツ」の篠原哲雄監督が映画化。果ての街で出会った心を閉ざした二人が孤独を分かち合い、新たな一歩を踏み出す人間ドラマ。北海道釧路市周辺でオールロケされた。自らを罰するように孤独の中に生きてきた弁護士を「誰も守ってくれない」の佐藤浩市が、彼との出会いにより希望を見出す若い女性を「アオハライド」の本田翼が、彼のかつての恋人を「萌の朱雀」の尾野真千子が演じる。音楽を『Mr.Children』のプロデュースや「スワロウテイル」の音楽監督を手がけた小林武史が担っている。(あらすじ )弁護士の鷲田完治(佐藤浩市)は、25年前、北海道・旭川で裁判官を務めていた。被告人として出廷した学生時代の恋人・結城冴子(尾野真千子)と再会した彼は、裁判後、彼女が働くスナックに通い二人の関係は再燃する。やがて妻子の待つ東京へ戻ることが決まるが、完治はすべてをなげうって冴子と生きていこうと決心。しかし冴子はその思いに応えることなく彼の眼前で自らの命を絶った。以来、自らを罰するかのように完治は判事の職も家族も捨て、釧路の地で国選の仕事しか引き受けない弁護士として孤独の中に生きてきた。ある日、弁護を担当した椎名敦子(本田翼)が完治のもとを訪ね、ある人を探してほしいと頼み込む。家族に見放され一人生きてきた敦子との出会いにより完治の止まっていた時間が動き始め、敦子もまた彼に心を開き人生の希望を見出していく。監督 篠原哲雄 脚本 長谷川康夫 原作 桜木紫乃音楽 小林武史 主題歌 My Little Lover(「ターミナル」)(キャスト )出演 佐藤浩市 (鷲田完治)本田翼 (椎名敦子)中村獅童 (大下一龍)和田正人 (森山卓士)音尾琢真 (大村真一)泉谷しげる (南達三)尾野真千子 (結城冴子)in movix倉敷2015年11月19日★★★★☆
2015年12月09日
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11月に観た映画は、11作品でした。この時期、休みのかき入れ時の端境期で、時々佳作に恵まれます。「ロマンス」本来は観ない作品である。しかし、主演が大島優子なのだ。推して来た者として観る義務がある。もしかして、以前の前田敦子のように客寄せパンダの役割しかしていないのではないかという最悪の予想は外れて、本来の予想通りに出ずっぱりの主演だったが、作品的には恵まれなかったという結果に終わった。何が言いたかったのか、さっぱりわからない。過去を後悔して来たのは、おっさんこと、中年の映画プロデューサー崩れを演じた大倉孝二のみであって、大島優子は単におっさんの正体を引き出す狂言回しにすぎない。主演と言いながら、印象は大倉孝二に喰われる損な役割。しかも、彼女は一発逆転の大筋とは関係ない大倉孝二を食い返す演技もできなかった。もっともこんな作品で、生涯のベストアクトを演っても何の賞も取れないんだけどね。むしろ、彼女は男をとっかえ引っ換えする母親との母子家庭で成長しながらも、奇跡のようにしっかり大人になっている。しっかりし過ぎて、母親のようなダメ男に優しすぎるのがこれから心配なぐらいだ。中途半端なダメ男と普通のダメ女だけが出てくる作品を、普通に見せて、人間ってやっぱりダメだよね、と思うのがこの映画なんだろうか。ダメだよね。と、ここまで書いて見事に、大島優子のことを娘としてしか見ていないのに気がつく。女優は、多かれ少なかれ恋人として見てきた私なのに。だから、どんなダメ映画でも、シャリーズ・セロンにしても、ナタリー・ポートマンにしても、チョン・ドヨンにしても、その顔を二時間見っぱなしだけで幸せだったという感想を持つのが、今までのファン作品の常だった。しかし、この作品は違う。大島優子の顔を二時間ずっと観るのが不安だった、否、心配だった。前田敦子と違って、いい作品に出会わないのが心配だ。大倉孝二が約束破って襲った時に、怒りさえ覚えた。大島優子の将来が心配だ。これって、やはり娘としてしか見ていないってことだよね。これって、やはり娘のいない私にはとても貴重な経験だよね。やはり大島優子はかけがえのない女優です(^_^;)。(解説)『闇金ウシジマくん』『紙の月』などの大島優子を主演に迎え、タナダユキ監督が『百万円と苦虫女』以来となるオリジナル脚本で挑むロードムービー。特急ロマンスカーのアテンダントとして働くヒロインが、ふとした偶然から箱根に向かう車内で思いも寄らない出来事に遭遇する姿を描く。『陽だまりの彼女』などの大倉孝二が不審な業界人を好演している。(ストーリー)鉢子(大島優子)は、特急ロマンスカーでアテンダントとして車内販売を担当している。その日も彼女は新宿駅を出発するロマンスカーに乗り込み、いつも通り真面目に仕事をこなしていた。するとどこから見ても怪しげな自称映画プロデューサー(大倉孝二)が乗っており……。inシネマクレール2015年11月5日★★★☆☆「バクマン」若い映画仲間で、評判だったので観た。というか、避けていた。漫画が大好きな自分に、最近のジャンプ讃歌を見せつけられても、なぁという気分だったからである。絵だけが上手くなって、内容についていけないというのが、最近の漫画についての私の感想なのだ。やはり私はトキワ荘派なのである。でも映画館で観て良かったと思う。少年ジャンプがアンケート至上主義で漫画家を使い捨てにしているという批判は、何と冒頭で出てくる。それでも、漫画家たちがその首切りを受け入れるのは、ひとえに読者の裁定だからだ。私は納得しないけど。漫画家たちのその内側を見せてくれたのは良かった。情報量の多さは、映画向きである。処で、大場つぐみと小畑健二って、ホントに同級生なの?(ストーリー)二人の高校生が抱いた、ジャンプ漫画への壮大な夢。高い絵の才能を持つ、真城最高(サイコー)。巧みな物語を書く、高木秋人(シュージン)。クラスメイトの亜豆美保(アズキ)への恋心をきっかけに二人はコンビを組み、週刊少年ジャンプの頂きを目指す。編集者・服部に見いだされた最高と秋人。次々と生み出されていく漫画。だがそこに立ちはだかるジャンプ編集部。新進気鋭のライバルたち。そして突如現れ、遥か先を走り始めた若き天才漫画家・新妻エイジ。果たして二人はジャンプの頂点に立つことができるのか!?全世界が注目する JUMP MANGA を引っさげて監督・脚本 大根仁出演 佐藤健、神木隆之介、小松菜奈、桐谷健太、新井浩文、皆川猿時、山田孝之、リリー・フランキー、宮藤官九郎、染谷将太in movix倉敷2015年11月7日★★★★☆「この国の空」上映中ずっと違和感を覚えていた。予告CMに出ていたので、最後には必ず茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」が朗読されるに違いない。けれども、里子は19歳だし、今も二階堂ふみは綺麗じゃないか、戦争が終わってもまだまだ綺麗になれるはずだ。茨木のり子がこれを書いたのは、戦後が終わってやっと落ち着いたときの20代後半のことを思い返しホントに光り輝いていたときを逃した、と思ったからだ。この詩をこの映画のテーマに選んだのは、間違いではないのか、と私は感じていた。あまり予算がない中で、丁寧に戦中を再現していた。心配したような荒井らしい荒々しい脚本の破綻もなく、狙いとはいえ、むしろ大人しすぎるほどの抑制された登場人物たちの(戦中に相応しい)行動、しかしながら、戦中映画によくあるように里子の家は窮乏もしていなく(井之頭地域であり、渋谷に借地があり家賃収入がある)、空襲の恐怖に毎日晒されてはいるものの、遂にはホンモノの空襲には遭わずに死人も映像の中に現れない、報国を叫ぶ人々はあまり登場せずに、近所の人たちは恐ろしいほどに国の動向も把握していて、その中で一億玉砕の中で死んでしまう(「死ぬときは1人よりも2人、2人よりも3人」)と諦観しているように見える。いわば「現代人」の延長としての戦中の人々を描いているのである。その狙いは良かった。里子は自分の欲望を自覚できないで持て余しているのもよくわかった。だからこそ、もし茨木さんの詩に集約させるのだったら失敗なのではないかと思っていた。しかし、ラストカット。ストップされた里子の顔の大写しをしばらくズームさせて、里子に呟かせた一言は効いていたと思う。「私の戦争は、これから始まるのだと、そのとき思った」その一言によって、里子の20代は「きれいさ」からかけ離れたものになるだろう。なぜなら、知性的で誠実に見える市毛は紛れもなく「俗物」であり、その男性を巡って戦争をするのは、犬死にをしに行くようなものだからである。その遠因が戦争だとしたら、それはやはり「普通の庶民」が振り回される、馬鹿らしい「力」なんだと思う。お母さんが工藤夕貴だとは、最後まで気がつかなかった。なんか、今さらだけど大人の女性になったな。(解説)『ヴァイブレータ』などで知られる脚本家の荒井晴彦が『身も心も』以来17年ぶりにメガホンを取り、芥川賞作家・高井有一の谷崎潤一郎賞受賞作を映画化。終戦が間近に迫る東京を舞台に、19歳のヒロインが妻子を疎開させ一人で暮らす隣人男性の身の回りの世話を焼くうちに、女性として目覚めていくさまを描く。『ヒミズ』などの二階堂ふみ、『セカンドバージン』などの長谷川博己、海外でも活躍する工藤夕貴ら実力派が共演。(ストーリー)終戦が近い東京で、母(工藤夕貴)、叔母と共に暮らす19歳の里子(二階堂ふみ)は、何度も降り掛かる空襲に恐怖し、結婚適齢期なのに戦況が悪化し結婚など望めそうもない状況に不安を抱いていた。そんな中、丙種により徴兵を免除され、妻子を疎開させ一人で生活している隣人・市毛(長谷川博己)の身の回りの世話をすることに楽しみを見いだした里子に、いつしか自らのうちに潜む女性としての本能が芽生え……。監督・脚本 荒井晴彦原作 高井有一出演 二階堂ふみ、長谷川博己、富田靖子、工藤夕貴inシネマクレール2015年11月8日★★★★☆「アデライン、100年目の恋」正真正銘のラブ・ファンタジー。脚本にほとんど破綻がないのは、見事としか言いようがない。美人はあくまでも美人であり、二代に渡って惹かれるのも無理なき事なり。もし、私も初恋の女性(^_^;)が同時のままで現れたら、直ぐに当時と全く同じ気持ちになるに違いない。そういう意味では、想いはやすやすと時を超えるのである。ハリソン・フォードの反応は当たり前。ブレイク・ライヴリーはこれからブレイクするかもしれない。(解説 )29歳の見た目のまま100歳を超え、誰とも人生をともにできずに生きてきた女性の不思議な運命を描いたラブ・ファンタジー。秘密を抱え娘以外心を開けずにいた女性が真実の愛にめぐりあいある決断をする姿を、「セレステ・ジェシー」のリー・トランド・クリーガー監督が掬い取る。主演はTVドラマシリーズ『ゴシップガール』のブレイク・ライヴリー。主人公に恋する青年を「フィレーネのきらいなこと」のミキール・ハースマンが、彼の父親を「インディ・ジョーンズ」シリーズのハリソン・フォードが、主人公の娘を「アリスの恋」のエレン・バースティンが演じる。(あらすじ )アデライン・ボウマン(ブレイク・ライヴリー)はジェニー・ラーソンという偽名でサンフランシスコの中央資料館で働いていた。実は彼女は1908年1月1日生まれ。21歳のときにゴールデンゲート・ブリッジの建設技師と結婚し娘フレミングが生まれるが、夫は建築現場で事故死。29歳のときに車が真冬の川に転落、低体温症により心臓が止まったその瞬間に車に雷が落ちて蘇生。この雷の電磁圧縮作用で老化が止まり、それ以来アデラインは29歳の外見のままであった。そのため警官に怪しまれたりFBIに拉致されかけたりすることもあり、娘のためにも離れて暮らすことに。そして10年ごとに名前を変え各地を転々としていた。アデラインは年越しパーティーで出会ったエリス・ジョーンズ(ミキール・ハースマン)に言い寄られその日はすげなくタクシーで彼から離れたものの、後日彼女が勤める資料館に現れ貴重な本の寄付を申し出る彼に押され、デートをすることになる。積極的に社会貢献の支援をするエリスの人間性に感銘を受けるアデライン。デートを重ね次第に二人の距離は縮まっていく。フレミングも、秘密を抱え孤独に生きる母の幸せを願っていた。ある日、エリスに誘われ彼の両親の結婚40周年パーティーに向かったところ、彼の父親ウィリアム(ハリソン・フォード)の顔色が変わる。ウィリアムはアデラインが本名を打ち明けるほど惹かれたかつての恋人だった……。監督 リー・トランド・クリーガー 出演 ブレイク・ライヴリー(Adaline Bowman)ミキール・ハースマン (Ellis Jones)ハリソン・フォード (William Jones)エレン・バースティン (Flemming)キャシー・ベイカー (Kathy Jones)in movix倉敷2015年11月10日★★★★☆
2015年12月09日
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どっこい、やっている。ちょっと前になりますが、12月4日、アベ政治を許さない、安保法制廃止、憲法守らん首相は要らない、野党は共闘を目指す、という名称かどうかは知りませんが(^_^;)集会&パレードは倉敷駅前で金曜日6時半から行いました。今回で、18回目です。9月からほぼ毎週になって、会議で一回休んだ以外は、私も毎週参加しています。最高は確か250名だったと思いますが、それから参加者は10月になって150、100、80名と落ちて行きましたが、ここ1ヶ月は50名ほどで安定しています。倉敷の町の取り組みとしては、規模としてはこんなモノ。継続していることを褒めてやって欲しい。この日は実数の発表。53名でした。子どもやお母さん、学習塾の講師、時々高校生や外国人、相変わらず普通の政治デモに参加してこなかった様々な人が参加しています。フリートークの時間では、私も3-4回ほど発言しました。私が続いているのは、「このままではいけない!」「アベ政治を許さない」という想いがあるのはもちろんですが、週一回倉敷駅前の有料駐車場に止めるのはもったいないので、少し離れた無料のイオンの駐車場に停めて歩いて来て、それが往復約4キロ弱ぐらいになってなかなかの運動になるからです。出来るだけ速足で歩くようにしています。というか、速足で歩かないと間に合わない。でも、走るほどの元気はない。ちょうど良い運動なんです(^-^)/ずっとこの集会&パレード続いて欲しい。毎月3日の1時に思い思いに「アベ政治は許さない」を掲げようという運動も、その時間帯は無理なので玄関前に掲げて出たり、12月は車の後ろに取り付けました。いろいろやっていきたい。
2015年12月09日
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11月15日、岡山県平和委員会は、大西会長以下3人で辺野古新基地建設のため埋めたて用の土砂採掘候補地になっている小豆島に視察に行きました。フェリーで出発。島の東北側にある採石場を見て回りました。小豆島は大阪城築城の頃からの採石場がありました。これは大阪城残石記念公園にある資料館です。こんな風に、大きな石は海の道が1番効率が良いために、採石場は全て瀬戸内の島です。小豆島の南側は二十四の瞳の分校など、観光施設がたくさんあるけど、北側にはこのような採石場が至る所にあります。この数十年の間にも、日本の高度成長期に掘り出した土砂が多く、此処などは昔とは景観が全く変わっているほど土を採った所だそうです。県の許可を取った業者が既に何カ所も営業していました。計画によると、辺野古基地のためには東京ドーム17個分の土砂が必要とされる。そのうちの八割は「岩ずり」と言われる砕石が使われ、小豆島からは30万立法mの土砂が採取される計画です(手前の小山が岩ずりです)。それ以外に、奄美大島、徳之島、五島などの島を始め、門司、天草、鹿児島佐多岬など12カ所が候補地になっています。県外土砂の搬入は、大きな環境破壊です。サンゴの海、ジュゴンの海に、瀬戸内海の未知の生物・植物が入り込んだ場合の影響は想像出来ません。案内人によると、小豆島にはオリーブゾウムシという害虫が居るそうです。オリーブ以外の木も荒らすそうですから、沖縄に何か影響があるかもしれません。沖縄県は既に県条例を作り、辺野古の海の環境を破壊する県外土砂は搬入させない構えです。翁長知事は頑張っている。しかし、国は代執行を構えてそれを強行させようとしています(太田県知事の時に強行されたアレです)。視察した採取場は、既に業者として県の許可を取っている所が多く、あとは国からの要請が来るのを待ち構えているかのようでした。この自体は、環境破壊に加えて、地方自治権に対する国の蹂躙です。また、何よりも沖縄に今後200年間以上米軍基地を固定化させる暴挙でもあります。これを止める唯一の手立ては、沖縄基地建設を国民の大反対闘争でストップさせることです。沖縄辺野古新基地建設を止めるためにも、沖縄の闘いに学び、西日本も連帯して、運動をしていく必要があると、感じました。さて、地元の案内人お勧めの食堂につきました。入るのに20分ぐらい待ちましたが、その後も次から次へと人がやってくる、知る人ぞ知る地魚を食べさせてくれる所だそうです。私はハモの卵とじ丼を頼んでみました。しっかりホネも処理しているホンモノの新鮮なハモでした。まあ、珍しい味でした。ひしお丼(海鮮丼)の方が良かったかもしれない。地元の醤油造り店(ヤマクロ醤油)も案内してもらいました。何百年もかけて培ってきた麹を殺さないために、しっかりホコリをとって中に入ります。この木の樽を代々守るために、樽をつくり職人さんにもなったらしい。寒霞渓。小豆島から岡山港に帰る直前に島があって、海に向かって神社があることに気がつく。「あれはなんですか?」「高島だよ」「あ!こんな所にあったのか」古事記によると、神武天皇が「東征」した時に、途中高島で三年を過ごして、大和の地に入ったとされている。それは吉備の国であろうことがほぼ定説ではあるが、高島の候補の場所が実は三つもある。一つは、東岡山にある高島地区、一つは笠岡市の高島。もう一つは、児島の高島、つまり此処だ。私は此処ではない、と思う。神武天皇伝説自体が空想の物語ではあるが、何らかの戦記伝説の一つだとしたら、平野の東岡山の方がよっぽど吉備の国と連携がとれる。そうでないと、3年もいた意味がないだろう。此処はおそらく、よくある潮待ちの島、祭祀の島だったのだろう。なんやかんやで、小豆島調査面白かった。
2015年12月04日
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11月の映画評をやっとアップします。「NO」これはチリ独裁政権の信任国民投票を一人の若手広告マンがひっくり返す話です。「選挙」をどう闘うか、という話です。「出来レースじゃないか」というあきらめムードや、主婦層や青年に対する訴求力の不足など、まるで今現在のことを言われているようで、去年観た時もぜひみんなに観て欲しいと思ったけれども、今はもっとそう思います。闘うための様々なヒントがあります。1988年というから、まだたった27年前の出来事です。南米チリの長期軍事独裁ピノチェト政権は、国際的な批判をかわすために、自分たちの政権にイエスか、ノーかを問う国民投票を行うことにしました。今まで力で抑えられていた国民は、不満があっても怖いために、みんな棄権に回ると思われていました。投票日までの27日間、反対派「NO」陣営に許されたのは、毎日深夜15分枠の「TVコマーシャル」だけ。その時に呼ばれたのが、アメリカでCM制作を学んだことのあるプロの広告マン・レネ(ガエル・ガルシア・ベルナル)でした。ガルシアはかつて「モーターサイクル・ダイアリーズ(2003)」で若き日のチェ・ゲバラを演じたことで有名です。闘士の風貌はないけれども、芯のある青年を存在感持って演じました。はじめ、彼の作る資本主義の象徴のようなCMは独裁政権下で弾圧をうけ迫害されてきた党員たちから非難されます。「俺たちの仲間は殺されたか、行方不明だ。その事を伝えないで、なんの意味があるんだ」と。しかしレネはひたすら「明るい未来、喜び、そして希望」を謳いあげることを主張します。そして、斬新でウイットに富んだ言葉や映像は国民の心をつかんでいくのです。ピノチェト陣営は焦り始めます。尾行や脅し、ネガティブCMを始めるのです。それに対して、レネはあくまで明るく、ユーモアや批判精神で応えてゆく。果たして、国際社会から見守られた投票は54%のNOで、敵味方も驚いた「無血革命」が実現しました。80 年代を追体験するような演出効果を狙って、当時の映像とドラマが巧みに融合していく作り方をしています。だから、最初は映像が荒いと感じますが、慣れてください。最終日のCMには、スーパーマン俳優のクリストファー・リーヴ、そしてジェーン・フォンダ、リチャード・ドレイファスなども出演していました。(2014チリ映画、パブロ・ラライン監督、レンタル可能)
2015年12月04日
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