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日本平和大会二日目です。朝の富士山。空気が澄んでいて、よく見えます。国際交流分科会「戦後70年、アジアの中の日本 いま東アジアの平和に何が問われているか?」に参加しました。日中韓首脳会議が行われたこの日、平和運動の現場で、中国からは劉傑(早稲田大学教授)、韓国からはイ・ミヒョン(韓国・参与連帯平和軍縮センター所長)、日本からは川田忠明(日本平和委員会常任理事)が登場して、東アジアの平和について、貴重な話を聴くことが出来ました。劉傑氏は 「歴史和解には、まず知的レベルの和解がなければ、政府レベルも国民レベルもいったん成立してもすぐに揺らいでしまう。「知の共同体」を成立させる必要がある。具体的には、平和憲法が実現して来た成功と失敗をアジア全体が共有する財産に昇華させることが必要だろう。」と積極的な意見を述べました。「学者レベルでも歴史認識はバラバラである」と言い切ったのが、少しショックでした。でもそれでも前に進む方法はあるということです。イ・ミリョン氏は「アベ政権の戦争法制定を危険視していること、一方市民社会の反対運動をとても評価していること、市民運動として、平和のために連帯しよう」と述べました。1番参考になったのは、川田忠明氏の報告です。私の文責で少し詳しく紹介します。(もちろんかなり端折っっています)戦争法の強行は、海外でも大きな懸念を呼んでいる。しかし、それに対する反対運動は繰り返し大きく中国でも韓国でも報道された。それを通じて、日本と日本人に対する印象が変わった、という人が多い。日本人といえばアベの顔を思い浮かべていた人が、反対運動する新しい日本人を発見した。アベ政治を終わらせ、新しい政権を打ち立てるならば、東アジアの緊張緩和を進める力となることは疑いない。このたたかいで勝利することこそ、アジアと世界の平和にとっての私たちの貢献だ。「戦争が起きたら、自国のために戦うか?」の問いに、中国74.2%、韓国63.0%、アメリカ57.7%に対し、日本15.2%。これ程戦争への拒否感が強い国民はない。日本人には、世界に例がない「平和への強い道徳的な意識」がある。もっと自信を持つべきだ。偽りの脅威論南シナ海の軍事解決は不可能である。南シナ海は、歴史的にフィリピン、ベトナム、マレーシアなどが実効支配していて、元米太平洋司令官も「現実には、軍事対立のない地域」と言っている。「(中国が軍事行動すれば)成功せず、大きな政治的リスクを負うことになる」と分析している。つまり最近のアメリカの行動は失策である。そうは言っても、この行動は双方がコントロール出来ない危機へと発展する可能性を張らんでいる。これに追随する日本政府は、日本を偶発的な軍事的な危機に巻き込みかねない。その時自衛隊派遣は過分な負担になるだろう。なぜなら、さらに軍拡は必要だし、共同訓練はさらに必要。さらにいえば、日本が空になるのをどうするのか。関係のない領域まで出るのは、当然中国にとって脅威。アメリカにとっては自国のリスクが減るので、当然歓迎する。つまり、日本にとっては百害あって一利なし。尖閣諸島問題も「侵略される」のでなく、日本が「先制攻撃」してしまう危険がある。海上保安庁も、中国船の動向については「領海侵犯」ではなく「領海侵入」と言っているように、外国船に一般的に認められている「無害通航」の範囲に留まっている。もし、自衛隊がこれを武力で対応するようになれば、先制攻撃になる。反撃を招き、武力紛争にエスカレートする。そうなれば、事態は尖閣諸島にとどまらず日本全体を揺るがすことになるだろう。米はこれに関わり、米中関係を壊すリスクは取らないだろう。「日米同盟が強まり、抑止力が高まる」と説明したアベ政権の誤りはハッキリしている。日本の安全にとって、いま必要なのは「抑止力」ではなく、「外交力」だ。その柱となるのは、以下の点だと考える。(1)対立する問題を外交で処理するためのルール=条約を東アジアでも締結する。(2)領土問題は国際法と歴史的経過に基づく冷静な外交交渉に徹する。(3)北朝鮮核問題を六カ国協議など外交交渉で解決する。(4)日本が侵略戦争と植民地支配への反省と謝罪を明確にし、外交政策の基本にすえる。さて、質問時間に移りました。劉傑氏への質問。二つ印象に残る。「中国は覇権主義か」中国は30年で大国になった。国際社会もビックリしている。大国としての心構えが、指導者層は知らず、国民レベルとしてのコンセンサスが出来ていない。今まで国民は国防を進めるのは、四つの近代化の一つで大きく支持している。なぜか。過去の歴史の教訓として、弱い国は虐められるから、強くなるべきだ、と考えていた。いま「大国としての責任」、つまり世界平和への意識が出来ていない。「歴史認識の違いをどうするか」それがあっても平和的な共存は可能だと考える。戦争被害に対する認識、中国・朝鮮半島にどういう被害があったかを、まず共通認識を持つ。これは歴史認識の問題ではなくて、(歴史科学の問題)、十分可能である。それが達成出来たら、共存は可能だ。川田忠明氏に対しては、実は休憩時間に私は「質問書」を出していた。ホントは、分科会として意見をいうつもりで書いていた発言通告用紙だったのだが、意見するほどの活動内容はなかったので、最後だけを付け加えて質問書にしたのだ。しかしこれはこの前ブログにも書いたが、私の最近の大きな問題意識である。大概以下のような内容である。・戦争法反対運動には、多様な人たちが運動に参加。・しかし四割の内閣支持率。・「戦争に巻き込まれる」「憲法違反」「民主主義危機」という正攻法運動だけで良いのか・四割がなぜ支持をするのか。1番は「受け皿がない」その次の次くらいに「中国・北朝鮮が攻めて来たらだうするのか。カギはかけて置く必要があるのではないか」細かい反論はいくらでもできる。しかし1番効果的なのは、川田さんの云う外交力四カ条という対抗戦略があることを国民に広く知らせること。(1)その具体的な方法はないか?(2)参院選までに、連合政府でそれを打ち出せる展望はあるか?司会は千坂さんだったので、正直に2番目の質問は「ゴメン、無茶振りです」とことわった。千坂さんはとりあえず、二つの質問部分だけを言ってくれた。川田さんの回答は、大まかに云えば以下の通りだった。「外交ビジョンをどう打ち出すか、という問いだと思いました。現在の課題は立憲主義を実現する政府を作り出す事。その上で、どういう政府が出来るかはこれからであり、今の時点で打ち出すのは、むつかしい。ただ言えるのは、四カ条の柱は、保守革新問わず一致出来る内容だということです。いま、これで一致出来る「土壌」は広がっているのではないか。皆さんには、是非運動の中で、この外交ビジョンを語って欲しい。アベ政権のやり方では日本はまもれない。どうやったら平和を作ることが出来るか、を語って欲しい」「保守革新問わず一致出来る内容」という視点は、私に今までありませんでした。目からウロコが落ちたようでした。これなら語れる、そう思いました。その他の質問で興味深かった点二つ。イ・ミリョン氏への質問。「10月11日、韓国は再度教科書を国定にすると、決めた。韓国内で反対運動は起きなかったのか」多くの国民は反対している。歴史学者は、多く反対である。これは国連のガイドラインにも反していて、私たちは緊急アピールを出した。海外韓国人も反対し、150人の歴史学者が反対声明を出した。果たして教科書を誰が書くのかわからない。多くの歴史学者は協力しない。劉傑さんへ「台湾問題をどう解決するのか」中国は「国家の統一」が価値観。台湾を別の国と認めることはあり得ない。「ひとつの中国、違う政治体制」つまり現状維持をして平和協定を結ぶ、それがいいと思う。台湾の平和的安定は、アジアの平和に大きく資する。非常にためになった分科会でした。そのあと、閉会集会のために野外公園に移動した。早く着くと、映画のロケをしていた。近くにいた女学生に聞くと、千葉雄大と小松菜奈が来ているという。男のほうはよくは知らないが、女の子のほうは「渇き。」で鮮烈デビューした彼女だ。色がお人形のように白くて、やっぱりほかの若い女の子とは違ってきれいだ。いいものを見させてもらった。もちろん写真撮影は「やめてください」と言われてしまった。でも映画の場面じゃないから、ひとつだけ。映画は来春公開「黒崎くんの言いなりなんてならない」だということは検索してみてすぐに分かった。強引でドSな黒王子と優しい白王子の間で揺れ動く女子を描く少女漫画の原作らしい。監督・月川翔。脚本・松田裕子。スタッフの様子だと、この公園で1000人規模の集会がこれからひらかれるなんて想像もしていなかったようだ。30分ほどキスシーンを撮って、そそくさと帰って行った。かわいそうだった。集会が始まる前に、若者が登壇してデモのラップ調シュプレヒコールの練習をしてくれた。9月に純粋に若者主催のデモに参加した。その掛け声の「あまりにも速いこと」にカルチャーショックを受けた。今回彼らはお年寄りのために少しスピードを緩める[調整]をしてくれたらしい。閉会集会で、来年はF14戦闘機の小松基地がある青森が平和大会の会場になると発表があった。遠い。でも、もし行けたならば三内丸山に行きたい。以下は、帰って岡山県平和委員会と水島平和委員会のために作ったニュースです。
2015年11月27日
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10月31日、11月1日静岡県御殿場で日本平和大会がありました。私は水島平和委員会の代表として(なんと、カンパで行かせてもらえました)、参加してきました。これはバスの中から見た富士山です。平和大会一日目の目玉は、実は「動く分科会」の前日に陸上自衛隊富士演習場の視察があることでした。富士山は世界遺産に登録されましたが、実は文化登録遺産です。この前NHK「ブラタモリ」でもしていましたが、富士山があの形になったのは奇跡的な経過があったからです。独立峰で、こんなにも高くて、しかも美しい山は世界にはありません。なぜ自然遺産になれなかったのか。ごみ問題などは些細なことです。一番大きな理由は、ここに広大な米軍と自衛隊の演習場があるからです。この写真を見てください。オレンジ色がすべて演習場です。真ん中のピンクの左側が米軍キャンプ富士。右側が滝が原自衛隊駐屯地です。左右のピンク色も自衛隊駐屯地です。米軍は自衛隊から借地して恒常的な演習場にしています。ミサイルの実弾を富士山に向けて撃っています。そんなところが、果たして世界自然遺産として認められるでしょうか三島駅でバスに搭乗した私たちは、福井、徳島、高知、香川、山口、岐阜の人たちと自己紹介をしながら盛り上がっていました。演習場に着く途中、この視察のために作られたパンフを元に、広大な土地がどうして演習場になったのか、しかも米軍も使えるようになったのか、住民たちの抵抗の歴史などを学んで行ったのです。今度はオスプレイの危険な飛行訓練も始まるようです。これは米軍キャンプの金網にあった看板。富士山が米軍に占領されている。金網の向こうに管制塔が見えます。それをさらに向こうに行ったところに演習場があるようです。今までは演習がないところでは我々が行って基地調査ができたそうですが、今回の大量のバス視察ということで、自衛隊の許可が下りなかったようです。実際の演習場は見れませんでした。しかし、このように日米一体の訓練の背景には、日米軍事同盟の強化があり、その一環として戦争法の成立もあることを我々は知らなければなりません。富士山を犠牲にしてまでも。日本平和大会全体集会ては、来賓の共産党井上哲士参議院議員は「野党間の話し合いは乗り越えられるし、乗り越えなければならない。カギは国民全体の運動の盛り上がりにある。また、戦争法を発動させない、特に南スーダンのPKOは非常に危険。また、日米共同訓練の反対運動も重要」とあいさつをしました。また、清水雅彦(「戦争をさせない1000人委員会」事務局代行)も来て挨拶をしました。共産党の挨拶とともに、彼の言葉は、この間の[共同]の広がりをとても実感できるものでした。「戦争法をなくすための総がかり行動実行委員会には、今までは一緒に行動することのなかった連合、全労連も運動に取り組むことになった。これは1960年の国民会議に匹敵する。これが野党を突き動かした。実は5月に民主党に参加要請をした。長妻議員も名前の言えないある代議士も、ウンと言わなかった。しかし、9月には、その2人も一緒に行動していた。中央の統一行動は出来たが、地方はまだのところがある。是非、皆さんのところで取り組んでいただきたい。」千坂純平和委員会事務局長は主催者報告をした。「・「総がかり実行委員会」が呼びかけた戦争法廃止を求める署名を、来年の5月3日憲法記念日までに2000万筆以上集めましょう。学習・宣伝・集会・デモなど多彩な行動を全国津々浦々で繰り広げましょう。・戦争法発動、準備の動き(ACSA改定、自衛隊の武器使用基準改定、南スーダンPKO派遣部隊への駆けつけ警護任務付与)を告発し、これを許さない運動に取り組みましょう。・沖縄のたたかいへの支援を強めましょう。・「オール沖縄」のたたかいを「オールジャパン」の大きな反対運動へと発展させていきましょう・全国で基地強化の運動を広げましょう。」全国各地から報告があった。沖縄県統一連代表幹事からは「新基地は耐用年数200年の巨大基地だ。新基地建設強行にあたって、環境監視委員の数人が1300万円もの寄付を受けていたことが明らかになった。少女暴行事件から今年で20年。基地の整理縮小も、地位協定の改定も何も実現していない。」東京からは「横田基地にオスプレイを2017年に配備するという。既にその準備を着々としている」横須賀「原子力空母レーガンが母港化された。米軍は「もし、放射能事故が起きても、放射能は軍の外に出ない」などと言った(何という欺瞞)。爆音抗議は年間一万件ある。」命の雫裁判原告、元自衛官の島袋恵祐さんが登壇した。「双子の兄弟で、2人とも入隊した。兄は訓練中に亡くなった、と言われた。身体はしかし、腫れ、アザだらけだった。集団暴行ではなかったか。防衛省の調査報告書を請求すると、黒塗りだらけだった。抗議すると「国家の安全に関わること」だと言われた。1人の命も守れない者がよくそんなことが言える!2010年国家相手に訴訟を起こし、2013年に勝訴した。自衛官は他国に行って戦争をするために入隊するわけではない。私たちのように生活のために入隊する者もいる。戦争法は自衛官の命を駒のように扱うでしょう。戦争法を廃止して、アベ政権から民主主義を取り戻そう」青年も登場した。静岡では9月13日SNSで連絡取り合い200人デモを成功させた。Facebookで普段は知り得ない学生なんかとも知り合いになれた。山梨では、去年の解釈改憲のときからはじめた。今年は8月18日に150人、9月2日に220人のデモを成功させた。「自分たちの声をあげることが大事だ」青年たちの報告は、青々しいけど、愛しい。
2015年11月27日
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「時代の正体 権力はかくも暴走する」神奈川新聞「時代の正体」取材班編 現代思潮新社2014年7月、集団的自衛権の閣議決定が行われた直後に連載を始めて、2015年8月憲法違反の安保法制が衆議院で強行採決された直後までの記事を主に載せる。時系列の「記事の記録」だと予想していたら違っていて、テーマ別に再編成していた。若者たちよ、独りではないんだよ。私はそう一言添えてこの本を多くの若者に勧めたい。ここに出てくる若者たちは動き始めた者たちである。しかし、動き始めは共に迷いがあった。新聞記事らしく、その一時期の気持ちの揺れを切り取っている例えば、SEALDsに対して「こいつら共産党の別組織」「民青がバックで間違いない」という中傷がある。そこに当の民青の西穂波さん(18歳)を登場させる。自分が民青の一員であることに誇りを持ちつつも、自分が参加することで要らぬ批判をされるのではないかと心配する。そして「やっぱり、おかしいと思うことをおかしいと言うのは、とても大事」と一歩を踏み出す。例えば、沖縄に「助けたい」という思いで行った長棟はなみさん(21歳)は、直ぐにそれは「おごり」だったと気がつく。米軍キャンプ・シュワブのゲート前で知り合ったおばあは「海上で抗議活動をするために、78歳で船の免許をとった」という。「この人たちはずっとこうやって生きてきたんだ」こうべを垂れるほかなかった。今年の5月3日の記事である。現在彼女の名前を検索すると、SEALDsで活動していた。記者の迷いもそのまま書かれる。ヘイトスピーチに対して「ヘイト豚、死ね!」と書く横断幕を見て、「それを言っては、どっちもどっちじゃないか」とカウンター(ヘイトに路上で批判する人たち)に言ってみる。反論される。記者(石橋学)に、結論は出てこない。私は「どう理屈つけようと、それを言っちゃあ、おしめえよ」と思うのだが。新聞らしく、いろんな識者のインタビューを載せる。秘密保護法が通った直後の高畑勲さんの正月インタビューは、その後の2年間の動きを見据えたかのようなものだった。想田和弘さんの指摘は重い。「無関心や「そこまでひどいことにはならない」という根拠のない信頼。そうして、低温やけどのようにいつのまにか傷を負っている。「少し熱いな」と放っておいて、気づいた時にはもう手遅れになっている。自民党はこの手法を明らかに意図的に、そして一貫的に採っている。」(230p)今朝の新聞のTPP政策大綱もその手法の一つだろう。高橋源一郎さんのいう「安倍さんのおかげで、いっぱい勉強出来ている」という指摘も、とっても重要だと思う。安倍さんのおかげで、我々は声をあげなくちゃずるずると変わっていってしまうことを教えられた。安倍さんのおかげで、我々は憲法のことを勉強出来た。そうやって、議論が高まればいい、高まらなくちゃいけない。この本には載っていないけど、この秋に神奈川新聞は「あんた所は偏向している」という批判に対して、「偏ってますが、なにか」という主張を出して論議を呼んだ。私見であるが、新聞や報道機関が公正中立であるとか、でなければならないとかいうのは幻想である。事実に厳密であるというのは当然だが、事実を選んだ結果を見て、他の何者でもない、私たちは他の新聞よりもこの新聞を選ぶのだ。私たちはその新聞の「見識」を買うのである。神奈川新聞が地域新聞であることが、惜しくてたまらない。2015年11月26日読了
2015年11月27日
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明治大学博物館は、東京にある考古学博物館としては、一級の価値を持っていると思う。後半、しばらくお付き合いください。どうしても一つだけ気がついたことをメモする。縄文時代の大家、小林達男教授が言っていたのだが、縄文土器の最大の魅力は世界最古だということではない。火焔土器の芸術性ではない。土器の縁に必ず突起があることだ。それには必ず「物語」があったはずだ。というのだ。そしてびっくりしたのは、この東北の弥生土器には、西日本にはない「突起」があったのである。それは明確、強烈な縄文時代から弥生時代への「連続性」を示唆しているだろう。私は、関東・東北の考古学には疎いのだが、西日本とは大きく違う世界がこちらには広がっていた可能性がある。江戸時代の刑罰の「遺物」の展示も特別展としてやっていた。首を晒すという行為は、刑罰以外にも魂が戻ってきても蘇らないという呪術的な面もあっただろう。とは、宮本常一の指摘である。明治大学博物館を辞して、御茶ノ水駅から霞が関駅に着く。会場の日比谷野外音楽堂はB2の出口からすぐだった。集会のことは既に書いた。デモ行進は、40分ほどアピールして、日本銀行前の公園で終わった。この建物もすっかり歴史遺産だ。せっかくここまで来たのだから、帰りまでの時間を利用して東京江戸博物館に行こう!と突然思う。日本橋駅から錦糸町駅で乗り換え、両国駅へ。着いたのが4時30分。急げばまだ展示を見ることが出来るけど、予定通り諦める。一度観たことがあるので、こだわりがない。ショップで最近の図録を買うのがホントの目的だった。あとでわかったのだけど、この春大幅にリニューアルしたらしい。惜しいことをしたかもしれない。常設展図録が約300円と異常に安くなっていた。それと、二冊最近の特別展の図録を買って満足して博物館を出る。(←図録は基本、博物館の中でしか買えない)両国駅前で夕食。両国らしくない中華だけど、案外美味しかった。なんやかんやで、いったいなんのために東京に行ったのかと疑われるような旅レポートでした(^_^;)。
2015年11月20日
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10月21日仕事が終わって、バスに乗り、電車に乗り、新幹線に乗り、新横浜で降り、さらに電車に乗り継ぎしながら見知らぬ土地の町田に降りたのが10時40分。既に記事化している「憲法をいかし、いのちをまもる10.22国民集会」に参加するために東京に行く交通費は出たので、せっかくいくなら前泊して午前中は博物館巡りをしようという目論見です。町田ヴィラというホテルに泊まった。あまり意味はなくて、楽天で検索して1番安いホテルにしたのである。あとでわかったのだが、東京ではなくて神奈川県だったらしい。あとでわかったのだが、映画「まろほ駅前」のロケ地町田だった。次の日の朝早く、まほろ駅前の映画のロケ地は私鉄駅前通りと訊いて行ってみたら、あまり他の駅前とかわりなかった。この普通っぽさが、やはりこの映画の特徴だったのがわかった。私の街と違うのは、駅前の一等地に「質店」が堂々と営業していること。さすが東京、真っ黒い外国人が闊歩していたことぐらいか。ホテルで豪華なバイキング朝食を摂る。さて、これから今日のメイン、大田区郷土博物館に行く。しかし、あとでわかったのだが、なんとこんな複雑な乗り換えをしないといけないと知った。7:56発 町田 横浜線(東神奈川行) 乗車:6分 運賃:160円8:02着 長津田 ▼乗換5分8:07発 長津田 5・6番線発 東急田園都市線準急(押上行) 乗車:19分 運賃:270円8:26着 溝の口 ▼乗換3分8:29発 溝の口 3番線発 東急大井町線急行(大井町行) 乗車:15分8:44着 旗の台 ▼乗換2分8:46発 旗の台 5・6番線発 東急大井町線(大井町行) 乗車:2分8:48着 中延 ▼乗換6分8:54発 中延 1番線発 都営浅草線(西馬込行) 乗車:3分 運賃:180円8:57着 西馬込 1・2番線着しかも、町田駅で電車の方向を間違える。約12分のロス。私の悪い癖なのだが、9時開館にあわせてギリギリの予定を組んでしまった。着いたのは、9時15分。時間がもったいない。それにしても、西馬込は「にしうまごみ」と読まずに「にしまごめ」と読む。ここに来るまで知らなかった。ホント日本の地名は読みにくい。しかし、こういう読みにくい地名に限って、歴史的ないわれがありそう。また、地域の特色もある。馬込は、関東大震災のあと、尾崎士郎を頼ってかなりの文士がやって来たらしい。文士村として売り出していた。それはいいのだが、やっとたどり着いた郷土博物館が閉館になっていた。展示変えのためらしい。定休日は調べていたのだが、そこまでは知らなかった。「冗談じゃない!、わざわざ岡山から来たのに!」かなりガックリ来た。仕方ない。博物館巡りの第二候補、明治大学博物館に行こう。そこからは、今日のホントの予定の集会会場へすぐだから、ちょうどいい。それにしても、時間がない。よく考えたら、東京はどこを回っても「発見」はありそうだ。暇が出来た時は、一度腰を据えて一ヶ月ぐらい居たいものだ。発 西馬込 都営浅草線通勤特急(京成佐倉行) 乗車:15分 運賃:270円着 三田 ▼乗換5分発 三田 4番線発 都営三田線(西高島平行) 乗車:11分着 神保町 4番線着景色はすっかり東京。明治大学って、こんな高層ビル化していたんですね。そして、その地下一階二階に何ともすごい博物館がありました。ストロボ撮影しなければ写真OKということなので、以下説明文も全部写真で代替します。それにしても、日本の大学博物館に来たのは、岡山大学のそれ以来二回目です。大学に博物館を設けていること自体、日本では珍しいことなのではないかと思うのですが、明治大学博物館は、その中でも空前絶後でした。大学博物館のことは、まだよく知りませんが、おそらくここが規模・質共に日本一なのではないか?写真が多くなったので、後半にバトンタッチ。
2015年11月20日
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「氷河時代のヒト・環境・文化 2012年度明治大学博物館特別展」図録旧石器時代は、私の長い間の「関心外」考古学だったのですが、明治大学博物館に行ってせっかく買ってきた図録なので、しっかり読んでみました。2000年の「前期・中期旧石器時代遺跡捏造事件」の余波は、この図録にも影を落としていて、4万年前の遺跡(中期以前)候補はいくらかあるみたいですが、確定したとは書いていません。また、この図録にはおびただしい数の石器の写真があるのですが、そのほとんどが「原寸大」なのです。これほどまでに、現物を大切にする図録は初めてです。以下学んだことをメモ代わりに以下に記す。私も充分咀嚼し切れていない専門用語がありますが、すみません。○20ー15万年前にアフリカで進化したホモ・サピエンスが、アフリカから拡散し始めたのは約6万年前。4.5万年-4万年前までに、西はヨーロッパ西部に、東はオーストラリアまで到達。○ネアンデルタール人は3.5万年前に現代人と交代。その時に若干の交雑はあった。○日本列島の現代人はほとんどつながりかけていた対馬海峡か、琉球列島から来た可能性が高い。後期旧石器時代前半期に日本列島にいた動物は、北海道のマンモス、本州・四国・九州のナウマン象、大角鹿(ヤベオオツノジカ)、本州以南ではそれに加えオーロックス、ステップバイソン、ニホンムカシジカ、オオカミ、ヘラジカ、ニホンジカ、ヒグマ、ツキノワグマがあるが、多くは最終氷期最寒冷期で絶滅。○後期旧石器時代前半期の石器群は、「環状のムラ」として登場する。直径80mから10mにかけて環状に点々と石器が出土している。○その場合、小さいムラは、単位集団の遊動と離合集散があった。それが、集団的協働に移り大きくなる。やがて、資源獲得の効率化・活性化による人口増加、気候の寒冷化傾向、資源・社会環境への人口圧の増大により、同盟関係、相互扶助の強化としてのムラが出来たのではないか。という仮説を立てている。○東京都神津島にヒトが到達したのは、3.8万年前であることが明らかになった。ここに行くためには、舟が絶対必要。そして、ここで生産された黒曜石が、箱根、関東西部、関東東部に運ばれている。2015年10月読了
2015年11月20日
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「ビッグイシュー274号」ゲット。スペシャル・インタビューはマーク・リーイというモデル兼写真家兼俳優。「セックス・アンド・ザ・シティ」では裕福なプレイボーイ、「メン・イン・ブラック3」ではエージェントを演じたそうだが、私は全く憶えていない。脇役の人なので、日本版には表紙にも選ばれなかった。しかしなぜ彼が巻頭インタビューに?それにはもちろん理由がある。彼はなんとホームレスなのだ。仕事はあまりない。しかしニューヨークに住まなければならない。そういうわけで、彼は野宿を選んだというわけだ。ニューヨークに安いアパートはほとんどないのだろう。思えば、華やかな仕事をしている人でこういう人は案外いるかもしれない。東京も、こういう人は案外いるかもしれない。さて、特集は省略するとしてもう一つ読ませた記事はジャーナリストのダン・ラザーのインタビュー。彼のCBSを退職した経緯を映画にした「Truth」公開を控えての、特集だった。ロバート・レッドフォードが主演するという。2004年ラザーたちはイラクのアブグレイブ刑務所で、米軍関係者が抑留者へ人権侵害が行われていると報道する。それは、ラザーたちに家に自宅侵入があったり有形無形の脅しがありながらも何とか報道した(私も憶えている)。その後、ブッシュ大統領のベトナム戦争当時の徴兵で国内に残れるように画策した軍歴詐称の報道を準備していたときに、ラザーはたったひとつの事実誤認のために、謝罪させられ、退職を余儀なくさせられたというのだ。「私はあの時ひとつ間違いを犯したし、これからも間違いをおかすことがあるだろう。だが、あのブッシュの報道は真実だ」恐ろしいのは、この私でさえ、そういう報道があったことを今の今まで知らなかったことだ。これは朝日新聞の従軍慰安婦誤報問題によく似ている。ひとつの間違いを大きく取り上げ、それまで積み上げて来た大きな真実を「覆い隠す」ことが、時々起きているということだ。そういえば、安倍晋三の学歴詐称はどうなったんだろ。「一流の報道には重要な価値と影響力がある。しかし、常に変わらず一流の報道を行うには、ジャーナリズムとは公共のサービスであって、大企業や政府に奉仕するものではないという共通の認識が社会になければならない」ラザーは云う。同感である。他にも「官製ワーキングプア」という言葉をつくった竹信三恵子さん(ジャーナリスト、和光大学教授)の指摘に唖然とした。「自治労が2008年に行った全国調査によれば、地方自治体の非常勤職員は28%にのぼり、時給も900円未満が5割を超えているという」このまま行くと、ほとんどの窓口職員は非常勤になる。1番自治体の声を届けるべき窓口から、声が届くルートが細く細くなってゆくだろう。最もきめ細かい自治体サービスをしなければならないところが、その質は確実に落ちるだろう。公務員パッシングの成れの果てがこういうことなのだ。パッシングをして来た人たちだけでなく、それを止めきれない、その悪用を許して来た我々にも責任はある。2015年11月15日読了
2015年11月20日
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「ゆかりちゃん」原作・綱本将也 画・結布 集英社テレビで流行ご飯マンガのひとつとして紹介されてから、ずっと読みたくて、ネットカフェや貸本屋で捜し回ったんだけど、見つからなくて、結局大きな本屋で買ってしまいました。買うほどのものではない、というのが正直なところですが、この見事な表紙に免じて大切にしまっておこうと思います。ふりかけ「ゆかり」を作っている会社とのコラボ本です。あっと驚くような「ゆかりレシピ」が無かったというのが最大の不満点ですが、唯一やってみようかなと思ったレシピを下にメモしておきます。●キャベツのゆかり浅漬け(材料)キャベツ200g塩小さじ1/2人参20gゆかり小さじ1キュウリ1/2本(1)キャベツを一口大に手でちぎり、人参は千切り、キュウリは薄輪切りにします。野菜をビニール袋に入れ、塩を加えてよく揉みます。(2)余分な水分を切ってからボールにあけ、ゆかりと和えます。(3)ゆかりがなじむまで、そのまま冷蔵庫で一時間ほど置いて出来上がり!●ゆかりもやし(材料)もやし一袋、ゆかり大さじ1(1)もやしを鍋でさっと茹で、ザルにあけてしっかりと水気を切ります。(2)ボールにあけ、温かいうちにゆかりと和えます。(3)常温になるまでそのまま置いておき、冷めたら冷蔵庫で一時間ほど置いて出来上がり!2015年11月14日読了
2015年11月20日
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「晴追町には、ひまりさんがいる。」野村美月 講談社タイガ文庫ブクログの献本で頂きました。ありがとうございます。大学生の春近くんは、1人暮らしを始めて慣れないころに、人妻で夫は学術調査で犬とふたり暮らしのひまりさんと出会って、少し逞しくなる、というお話です。志村貴子さんの装画が、これ以外にないというくらいのピッタリの絵柄で、この作品の雰囲気を見事に表しています。日常の謎ときと聞いていたので、もっと厳密、鮮やかなモノを想像していたら、ちょっとした賢く優しいお姉さんならば、簡単に解けるようなゆるゆるのものでした。タイガ文庫の想定読者は、多分相当若い人たちを充てていると思うんだけど、この水準でいいのかな?と思ってしまいました。2015年11月14日読了
2015年11月20日
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「SEALDs民主主義ってこれだ!」SEALDs編著 大月書店 本をめくる。タイトルの次に、「目次」の代わりに「introduction」と銘打たれて、まるでアイドル写真集のように、2人の男女が廃墟のプール(?)で向き合っているカラー写真が載っている。隅にハンググライダーが飛んでいる。目次内容も右から左じゃない、左上から右下、英語半分だ。つまり、こういう「本の編集の仕方」(編集スタッフもおそらくSEALDs)からSEALDsなのだ、とこの本は隅々まで訴えている。つまり、ここには古臭い言い方で云えば「新しさ」がある。 一方で、彼らのスピーチやオピニオン(綱領?)は、古臭い私でも至極真っ当なモノなものと思えるのだ。だから、若者だけでなくいわゆる老人たちも「支持」「支援」したのだろう。12万人国会前集会が実現したのも、そういう訳なのだろう。 三章「Where we are from」の中心メンバー3人による対談で、やっと私はこの3年間の彼らの活動概略を知る。始まりは2012年原発再稼働反対で官邸前に集まっていた若者が結成したサークルみたいなものTAZ(一時的自律空間)だったらしい。2013年12月に特定秘密保護法が可決。そのあと本格的な運動体SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)が結成される。それら最初の時から、彼らは「カッコいい」ことを求めている。「VOTE(投票に行こう)」Tシャツ着て写真を撮ってSNS上で拡散しまくる。やがて「カッコいい」デモのやり方も工夫する。フライヤー(チラシ)やスピーチのクオリティも上がってゆく。そして、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が今年の5月に立ち上がる。なるほど、ホントに充実した大学生活だったのだ。しかし、彼らは流行として運動をしていたわけでも、カッコ良さだけを求めてこういう行動を起こしていたわけではないことは、この本に収められているメンバーのスピーチを読んだり、対談の中の「展望」を語っているところからも伺われる。SEALDsメンバーには「知性」と「覚悟」がある。それらは、次の人たちとは極めて対照的である。ネットで使い古された言葉しか発さず、匿名でしか街頭に立つことが出来ない戦争法を支持する人たち。SEALDsはすべて「自分の言葉」で、必ず名前を明らかにしてスピーチしている。この本には、この間のほぼ全員分のスピーチが収められている。モノローグも含めて、ほぼ全てのメンバーたちの想いを知ることが出来る。その意味で、SEALDsの全貌を知るためには、これは決定本である。しかし、SEALDsを紹介するためだけにこの本が作られたわけではないだろう。秘密保護法から安保関連法に至る、この国の向かっている未来の危険性に対して、未来を引き受ける若者たちの正面からの彼らなりの「答え」なのだ。スピーチを聴いて欲しい。出来ることならばYouTubeで検索すると見ることの出来るのでそれで聴いて欲しい。文書で読むとただ感心するだけだったスピーチを、生で聴くと泣いてしまったことのある私なのである。2015年11月7日読了
2015年11月13日
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「日本人はなぜ戦争へと向かったのか メディアと民衆・指導者編」NHKスペシャル取材班編著このシリーズの白眉と言っていい内容。私は1931年の朝日新聞の「方針転換」に、現代と同じ病変があると思う。当時、新聞各社がいっせいに満州事変拡大を支持する中で、大手新聞社では朝日だけが慎重論を唱えていたという。その中、リベラルで知られる編集局長緒方竹虎が、陸軍参謀作戦課長と料亭で話し合う。その後「コロっと変わった」という。2人を知る元朝日記者のむのたけじは「いや、あったと思うね。(略)国益が天空に輝いていているわけで、これが戦争遂行なんです」と感想を述べる(29p)。当時全てのメディアは満州事変の謀略を知りながら、それを国益を言い訳にして報道しなかった。それを知らないとされた日本社会は「熱狂」した。それに煽られて、日本は国際連盟を脱退する。私は、1995年ごろ、リベラルで知られた朝日新聞が消費税の増税支持に回った頃のことを覚えている。編集部のお偉いさんが、いろんな人と対談を始めた。やはり、その時に「日本経済」という名前の「国益」が優先された。その後、日本社会を襲ったのは、雇用崩壊であり、自殺大国であり、そして欧米諸国がなんとか景気を回復する中でひとり日本だけが景気を回復出来ないままになるということだった。そういうときに現れたのがアベノミクスであり、戦争法なのだ。新聞は、それへの対案を出す政治家を報道することもなかった。高い給料を貰っている記者たちには関係のないことだったのかもしれない。最近の「従軍慰安婦誤報パッシング」はその仕上げにほかならない。軍、メディア、国民というトライアングルによって生み出された当時の世論は、しばしば熱狂を伴った。(35p)一部の残っていた良心的なメディアも、桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」(1933信濃毎日新聞)の全面謝罪広告記事で「牙を抜かれる」(38p)。これを現代に当てはめれば、東京・神奈川・沖縄各紙・等々の一部地方新聞、及び民放テレビの「一部」番組に現在行われている圧力、並びにこれから起こる何らかの「事件」で現実になるということだろう。ラジオはその「熱狂」のスピードを速めたと言われる。テレビやネットがある現代、そのスピードはさらに速まると考える方がいいだろう。1941年の世論調査で、なおも「日米開戦は避けられる」と六割が答えていたのは、ビックリ、しかし頷ける。そういう多数の声を、一部の「熱狂」がかき消すというのも、現代でも起こりそうだ。実際に多数の声を無視して、一部の熱狂が作った政府が、違憲の法律を、憲法が支配するはずの国会で通してしまったのだから。指導者たちはどうだったのか。海軍が日米開戦に反対していたのは有名な話だ。しかし、森山優教授は「(あの時に戦争すると思っていた国の首脳は)皆無に等しい」という(156p)。衝撃的な実態である。それでも開戦したのは、なぜか。「解決の先送り」であり、「いざというとき、という曖昧な表現」であり、「船頭多くして船山に登る」であり、「内向きのコンセンサスが最悪の結果をもたらす」である。最後のこれは現代の政府にも言えると言っているが、それは正しい。2015年11月4日読了
2015年11月13日
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「DAYS JAPAN 11月号」初めて買った。この前亡くなった福島菊次郎さんの特集を見るためである。広げる。こんな大きな雑誌を広げることは、この十数年なかった。さながら、今までの雑誌がテレビならば、この雑誌はスクリーンだ。目の前一杯に、終戦直後の原爆ドームに、ホームレスが焚火をする。一瞬良く出来た映画のワンシーンかと思う。しかし、よく見ればゴミゴミとした道、枯れた木の枝等々隅々のディテールや空気の質感がそれを許さない。菊次郎さんは、此処からカメラマンになってゆく。「戦争なんて始まらないって、みんな頭のどこかで思ってるだろ。だけど、もう始まるよ」。安保関連法が成立する5日前に、菊次郎さんは言ったという。9月24日、94歳で永眠。フォトジャーナリストの仕事とは何なのか。しばらく追って行きたくなった。2015年11月5日読了
2015年11月13日
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「倭国乱とは何か「クニ」への始動 石野博信討論集」新泉社私の関心分野は弥生時代後期である。その時代をテーマに、25年間に渡って、代表的な考古学者が次々とやってきて討論をしている、とってもぜいたくな討論集でした。特に巻頭討論は1980年「激動の弥生社会」と表して、佐原真、春成秀爾が登場。とても興味深かった。この25年間に、どんなことが明らかになって、どんなことがまだ課題なままなのか、この討論から浮かび上がる。・佐原「銅鐸を埋めた理由を銅鐸祭祀が終わったので、本来の取り出し祭をして埋め戻しがなくなりそのままにした」春成「銅鐸は役割を終えて初めて埋められる。穀霊を鎮める。」石部「水稲農耕祭祀に重要な器物であることは間違いない」・この頃は銅鐸近畿説が崩れかけている。銅鐸祭祀の終末時期は、弥生後期末、庄内式の直前段階に銅鐸破壊資料がある。・縄文水稲農耕がまだ定まっていない。このあと、菜畑遺跡から水田跡が見つかり、縄文水稲農耕が定まる。・古墳時代の始まりはいつなのか。まだ定まっていないし、この後も定まっていないと思う。・佐原「動物殺傷用の石鏃は、幾千年二g未満。弥生前期までそうだった。早く遠くに飛ばす必要があったから。人を殺傷するためには、それを犠牲にしてでも深く突き刺さる、三角形でない武器が大量に必要になる。弥生中期に始まり、大和・河内に発達して岡山・香川に及ぶ。」この考え方は基本的にまだ有効だろう。「高地性集落と倭国の大乱」(1985)都出比呂志、石野博信の2人の対談。単に高地性集落とは何かということではなく、倭国の大乱と絡めて話をしていて、私の趣味の範囲なのだが、高地性集落を一つの性格に簡単にまとめていて、観音寺山遺跡のような戦乱のネットワークの中に入り込まない集落の可能性についてあまり言及していないので、ちょっと眉唾しながら読んだ。もっと詳しい分析が必要だし、正直いうと、矛盾しているが、もっとわかりやすい分析をして欲しかった。また、私は「洪水を避けて恒常的に山に逃げ込んだ山村の民」という説には与しないけれども、中期の高地性集落は近い意味があった気がしている。なぜいっとき2200年前くらいに高地性集落が流行って100年あとぐらいにまた廃れたのか、洪水ではなくて津波ではなかったのか。2200年ごろに大震災と大津波が日本近海を襲い、その教訓が広く日本列島に広がった可能性はないか?誰も言っていないけど、ここにメモしておく。「倭国の大乱から邪馬台国へ」は一挙に2014年になって、石野博信が藤田三郎と橋本輝彦に具体的な唐古・鍵遺跡と纒向遺跡の遺物出土状況やデータを聞きながら、纒向遺跡邪馬台国論を検証するという内容になっていた。銅鐸祭祀が終わるのが2C末~3C始めで、古墳築造直前という結果は興味深い。上東式土器が淀川流域まで来ていて、奈良盆地に入っていないのは初めて聞いた(吉備の中心は上東と思っていた)。石野はしかし、だからこそ邪馬台国が大和にあったならば吉備と仲良くしなければならないという。それも新しい認識。全体的に、邪馬台国検証はかなりなおざりで、遺物検証に終始する対談だった。最後の対談「弥生人の四季」(1987)は、佐原、金関、寺沢までいるオールスターの対談ですが、弥生時代の風景点描というもので、トレビアな知識がいっぱい詰まったものになっていました。それにしても、佐原の語りはホントに楽しい。佐原討論集という本はないのかしら。2015年11月11日読了
2015年11月13日
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~「進撃の巨人」1ー17巻 諌山創(いさやまはじめ)講談社コミックス(ネタバレ注意)ものすごく「巨大な壁」ではある。その中に数十万人が住めるほどの壁ではあるが。しかし、実はその中に約100年前に自ら入り込み、過去の多くの科学的な知識を強制的に忘れ去り、自由をなくし、封建社会の元に厳しい生活を強いられて、ただ巨人の影に怯えてきた人々は、自分たちのことを「世界に最後に残った人類」であると呼んでいた。ある日、壁は壊され、伝説の巨人たちがやってきて、最後の人類たちを食い始める。巨人の目的は食糧ではない。そもそも巨人はなぜか不死である。それに対して、人類たちは自らの種を守るために、知恵と力の全てを使って、対抗する。それが、まるで人類としての務めであるかのように。壁の中の世界が全てだ。自称人類たちはそう思っていたに違いない。しかし、17巻をかけて、壁の中の世界は「人為的に作られたもの」であることが次第にわかってきた。何の目的で。どのようにして。誰が。どの時代の人類が。まだ何もわからない。起動装置で、巨人を倒していたのが冒頭部(起)だとしたら、アレンという「巨人に変身出来る人類」が登場したのが、その次(承)だろう。そして、17巻辺りで(転)が終わろうとしている。人は知らず、私には直ぐに了解出来たのだが、この世界は生まれた時から「就職超氷河時代」の現在社会の若者の「心像風景」そのものだ。そういう視点が持てるのも、私がそのバブル崩壊から20年ほど離れた時間軸にいるからかもしれない。生まれた時から、「世界は残酷」。世界はゲーム。実力と運で生き残るしかない。大きな災厄は、いつも地震や原発事故のように突然やって来るだろう。チームは大切。愛もあるし、友情もあるだろう。けれども、仲間はホントの仲間とは限らない。そもそも、世界とは何なのか。何重にも張り巡らされた、大きな「黒幕」がそれを見えなくさせている。壁とは、ホントにあったのだろうか。そもそも壁とは何なのか。巨人とは何なのか。漫画はおそらくこれから一つの答えを導き出すだろう。しかし、おそらくその直後に、大きな新たな壁が読者の目の前に立ちはだかるに違いない。しかし、絶望する必要はない。人間に目に見えるモノは、全て越えることの出来る壁である。2015年11月1日読了
2015年11月13日
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「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(3)」竜田一人 講談社コミックス2014年7月から11月、実働一ヶ月と一週間ほどの作業で11msvの被曝。その労働の全容を描く第三巻である。(2015年10月23日発行)竜田一人氏のスタンスは、原子炉建屋の作業は順調に進んでいるから、変な心配はしないで欲しい。それは東北の「復興」の邪魔にもなる。というものだ。彼の想いは純粋なモノだとはもちろん思っているが、それでも彼の視点から見た労働現場であることは変わりない。その危険性や労働環境は、別の視点から見ればまた違った景色が見えると思う。例えば、仕事も短期が多く、彼もチラリと描いているが実際仕事に就いても待機期間が異様に長く、待機日当が彼のようなベテランでも2.2万円から5千円に落ちること。現場作業員以外ならばゼロ収入になって、実費が引かれて借金が増える実態。命を削っているのに、例えば竜田一人氏の場合でも四ヶ月間で多分100万円いったかいかないかぐらいだろう。それでまた、来るか来ないかわからない作業員の仕事を待つような事では、人生設計など立てられるはずがない。というようなことすら、彼の漫画を読むだけでも透けて見えるのである。福島原発廃炉の仕事は、これから何年も続くであろうのに、である。それは多重下請け構造という労働実態が改善されない限りは変わらないだろう。また、「蛇足」として子供の甲状腺ガンのことを「原発事故がなくても出ているモノが顕在化しただけ」と描いているが、それは環境省の見解を元に描いていることに問題があるのではないか。報道ステーションなどはまた違った見解を出しているし、もっと悲観的な見解を出している人は多数いる。お国の言い分が信用出来ないのは、この間の教訓だったのではないか。イチエフの労働現場作業は、この漫画から初めて知ることは多く、それはそれでとても面白い作品ではある。この三巻目で「中締め」になって、現場作業員ルポ漫画はしばらく描けなくなった。これから何を描くかで、竜田一人の真価が問われるだろう。2015年10月読了2015年11月1日記入
2015年11月13日
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10月に観た映画の続きです。書き忘れましたが、前回書いたように現在いつも使っていた楽天アプリが使えません。よって、楽天への投稿はほかのPCを使える機会でないとできなくなりました。今回は映画関係を三本投稿しますが、まだ旅のレポートや読書記録が山のように残っています。機会があるときにまとめて投稿すると思います。よろしくお願いします。「岸辺の旅」まるで現代版「雨月物語」。いったいこれはすべて瑞希の妄想なのか、それとも優介関係だけが妄想なのか、それともすべて現実なのか、最後までわからないままに、「喪失」の人々の物語が紡がれる。監督はかつて私のマイベストホラー映画(「回路」2001)を撮った黒沢清。上手い。何度でも観たいような、美しく哀しい世界が描かれる。愛しい人ならば、たとえ幽霊でも妄想でも現れて欲しいというのは、万国並びに万人に共通しているだろう。その普遍性が底にあるから、こういう映画が成り立つ。小松政夫も蒼井優も非常に印象に残る登場の仕方をした。山奥の農園で優介が講義した内容に、「光の粒には質量がない。無によって世の中は出来ている」という説があった。それが、つい最近ノーベル賞を取った「ニュートリノには質量がある」という説で揺らいでいる。ならば、かえって優介の存在を証明することに繋がってしまう。(あらすじ)夫の優介(浅野忠信)が失踪してから3年。妻の瑞希(深津絵里)は喪失感を経て、ようやく、ピアノを人に教える仕事を再開し、日々を暮らしていた。そんなある日、突然、夫が帰ってきた。そして、帰宅した優介は瑞希に「俺、死んだよ。」と告げる。そして「一緒に来ないか、きれいな場所があるんだ。」という優介に誘われるまま、2人で旅に出る瑞希。それは夫が失踪してから、自宅に戻ってくるまでの3年間でお世話になった人々を訪ねていく旅だった。ひとつめの町では新聞配達を生業とする孤独な初老の男性を、ふたつめの町では小さな食堂を営む夫婦を、みっつめの町では山奥の農園で暮らす家族を訪ねる2人。監督 黒沢清出演 深津絵里、浅野忠信、小松政夫、村岡希美、奥貫薫、蒼井優、柄本明in TOHOシネマズ岡南2015年10月8日★★★★★「雪の轍」かつてない饒舌な作品。登場人物は八人ほどか。貧困賃貸家の前、ホテルの一室、書斎、台所、寝室、雪に埋れた家、その中で見事に心はすれ違う。あるときは、相手を打ち負かした論理が、その直後には他の人間から同じ論理で打ち負かされるという体験を、映画観客である我々だけに知らさせれるという映画体験。「無抵抗で赦すべきだ」「倫理と良心を語るものは、臆病者である。」人々は心の内をさらけ出すが、それだけで心は分かり合えない。人間というものは厄介な生き物である。余裕があれば、もう一度この「会話のすれ違い」を整理したくなる。そこに私の罪も隠されているかもしれない(←そういう上から目線があなたの悪い所なのよ、と言われそうだ)。(解説)パルム・ドール大賞受賞!カンヌで世界を魅了した3時間16分2014年、第67回カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドール大賞を受賞した『雪の轍』。『さらば、愛の言葉よ』(ジャン=リュック・ゴダール)、『フォックスキャッチャー』(ベネット・ミラー)、『Mommy マミー』(グザヴィエ・ドラン)といった作品に注目が集まる中、映画祭期間の3日目という早い段階に上映されるや否や、メディアからの絶賛が相次ぎ、最高賞の有力候補となった。監督はトルコ映画界の巨匠、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン。カンヌ国際映画祭で、すでに2回のグランプリと監督賞を受賞し、満を持しての最高賞受賞となった。世界を魅了した濃厚な世界観と圧倒的な映像美を3時間16分に凝縮した本作について、「登場人物を通して、人間の魂の暗部を探索したかった」と語っている。なお、同監督の作品が日本国内の劇場で上映されるのは、本作品が初めてであるチェーホフ×シェイクスピア×シューベルトがもたらす極上の映画体験文豪チェーホフの著作に着想を得て、カッパドキアの地名の由来になった馬、シェイクスピアの一節、そしてあたり一面を白く染める雪などのモチーフをちりばめ、さらにシューベルトのピアノソナタ第20番の旋律とともに、裕福なものとそうでないもの、西洋的な世界とイスラム的な世界、男と女、老いと若さ、エゴイズムとプライド、そして愛と憎しみといった様々な普遍的要素が対峙されていく。壮大なカッパドキアの風景とはうらはらに、閉塞感に満ちた部屋の中でむきだしの感情をさらけ出し、お互いにぶつけ合う登場人物たちに、観客はそこはかとない滑稽さを覚えるだろう。人を赦すこと、愛すること、分かり合うことは、こんなにも苦しく困難なものなのだろうか。しかし、人間の心の秘められた部分をえぐり出しながら濃密さを増していく会話劇に、観客はやがて自らの心の底を映しだされるような体験をしていることに気づく。そして、今まで体感したことのない極上の見応えに、観客は完膚なきまでに圧倒されるのだ。監督ヌリ・ビルゲ・ジェイランNuri Bilge Ceylan1959年1月26日、イスタンブール生まれ。「スリー・モンキーズ(英題:Three Monkeys)」(08)では第61回カンヌ国際映画祭監督賞を、2011年の「昔々、アナトリアで(英題:Once Upon A Time In Anatolia)」では2度目のカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した。パルム・ドール大賞と国際批評家連盟賞を受賞した「雪の轍(わだち)」は、7本目の長編である。映画監督の他に、写真家としても国際的に活動している。inシネマクレール2015年10月11日★★★★☆13日には「図書館戦争 ザ・ラスト・ミッション」を観た。しかし、この作品の感想は一度全面的に展開した。リンク先を観て欲しい。「図書館戦争」或いは、辺野古の行方「ナイトクローラー」「被害者は白人、加害者は黒人、場所は高級住宅地、刺激的な映像ほどいいわよ」と、素人同然のナイトクローラーに要求する契約社員のテレビプロデューサー、「俺は理解が早いんだ」と嘯(うそぶ)き、テレビの求める(刺激性を操作してまでの)映像を提供する玄人っぽい素人ナイトクローラー。視聴率至上主義への批判があることはもちろんではあるが、ルーにしろ、テレビプロデューサーにしろ、ルーにこき使われる助手にしろ、職を失えばすぐにブラックアウトしてしまうアメリカの現実が背景にあることも描いている。だからルーは、雇ったあとも常に「人事評価」でこき使い、人間性を否定する評価を繰り返し、常にクビの脅しをかけることで低賃金で雇い、最後は駒として切り捨てる。「ブラック企業」の誕生に、我々は映画で出会うことになるだろう。また、それはそのまま日本の現実でもある。そういう狙いは大変面白かったのだが、犯罪映画としてはアラが見えすぎて、全然乗れなかった。交通事故の被害者を移動させたら、それだけで逮捕されるはずだし、証拠として映像を押収したならば、編集済みはすぐにバレるから、当然家宅捜索されて、PCの削除記録から当然彼の証拠隠滅犯罪は暴かれるだろう。だから、あのラスト場面の直後に彼は逮捕されているはずだ。そういう現実を隠して、あたかもルーが勝ち組になっているかのようなラストを作っていて、白けてしまった。(解説)すばやく事件・事故現場に駆け付け被害者にカメラを向ける『ナイトクローラー』と呼ばれる報道スクープ専門の映像パパラッチを通し、視聴率至上主義のテレビ業界の裏側や過激さを求める現代社会の闇をあぶり出すドラマ。監督・脚本は「ボーン・レガシー」の脚本を手がけたダン・ギルロイ。初めてメガホンを取った本作で第87回アカデミー賞脚本賞にノミネートされた。「複製された男」「ブロークバック・マウンテン」のジェイク・ギレンホールが、狂気をも伺わせるほど現場に食らいつきスクープを狙う映像パパラッチを演じる。ほか、「マイティ・ソー」シリーズのレネ・ルッソ、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のビル・パクストンらが出演。(あらすじ)仕事にあぶれたルー(ジェイク・ギレンホール)は、通りかかった事故現場で、凄惨な映像を撮ってはテレビ局に売る報道スクープ専門の映像パパラッチ、通称『ナイトクローラー』という稼業を知る。ルーは早速ビデオカメラを入手。警察無線を傍受し、事件や事故が起こるや素早く現場に駆け付け、現場の様子や被害者をカメラに収めていった。彼が撮った映像が高く売れる一方、テレビ局側の要求もエスカレート。ルーはより過激なものを求め、一線を超えていく。inシネマクレール2015年10月18日★★★☆☆「涙するまで、生きる」アルジェリア生まれのフランス人の男の半生は、フランス人知識人ならば幾つかの台詞で類推出来るのに違いない。私にはむつかしいものであった。また、1954年段階のアルジェリアの情勢もよくわからない。男はささやかな理想を持っている。第二次世界大戦の歴戦の勇士で今は予備将校。しかし、独立運動に賛成でありながら、ゲリラには参加しない。教育でやってゆく。しかし、フランス軍が投降した兵士を殺したことに、「戦争法違反だ」と二回も主張した。それは、アルジェリアの戦いにフランスがどんどん腐敗しているということの証拠でもあったし、男の最後の倫理的砦でもあったのだろう。当然、彼には情勢を変える力はない。力はないが、倫理的な力はある。彼の言動のひとつひとつにフランス愛国的反戦主義者の矜恃が伺える。最初家族のために裁判を受けて殺されるのを望んでいたアラブ人は、男の提案をいれて別の人生を歩む。フランスもアルジェリア戦争が終わって60年も経ってやっとここまでの映画を作るようになった。日本はいったいいつ迄かかるのだろうか。(解説)「異邦人」「ペスト」などで知られる文豪アルベール・カミュの短編小説「客」を基にしたヒューマンドラマ。フランスからの独立運動真っただ中にある1950年代のアルジェリアを舞台に、殺人の容疑者の男と彼を移送する男が友情を育んでいく。メガホンを取るのは、ショートフィルムを中心に活躍してきた新鋭ダヴィド・オロファン。主演は『危険なメソッド』などのヴィゴ・モーテンセン。『ゼロ・ダーク・サーティ』などのレダ・カテブが共演を果たす 。(ストーリー)フランスからの独立運動が熱を帯びる、1954年のアルジェリア。軍人だった過去を持つ教師ダリュ(ヴィゴ・モーテンセン)は、殺人容疑で裁判にかけられることになったアラブ人モハメド(レダ・カテブ)を山の向こうにある町へ送るよう憲兵から命を受ける。山道を進んでいく途中、モハメドに復讐(ふくしゅう)を果たそうとする一団からの襲撃、反乱軍の戦闘などと対峙(たいじ)するダリュとモハメド。二人はさまざまな危険を切り抜けていく。inシネマクレール2015年10月18日★★★★☆
2015年11月06日
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10月に観た映画は、9作品。後半はものすごく忙しくて19日以降は一切観ることが出来ませんでした。身体が忙しいのは何とかなるのですが、「締め切り」という奴が迫ってくると、映画を観る余裕がなくなります。これでよく若い頃は新聞記者を目指したんだと、自分ながら呆れてしまいます。二回に分けて紹介します。「心が叫びたがってるんだ。」高校生って、いいなあ。ひとつひとつの言葉に傷ついてしまうのは困り者だけど、ひとつひとつの言葉で、あんなに輝いて、人生さえも変わってしまうかもしれないなんて。成瀬は10年間不用意に発した言葉がいろんな人を傷つけるのを、反省したし、見て来たし、そして考えて来た。だから、言葉は発しなくなったけど、1番言葉を発していたのは成瀬だったのかもしれない。だから、あんなに速くメールも打てるし、物語も作れる。でも、それは決して特別なことじゃない。私も毎日書いていた日記をこの前発見して、いったいいつこんな細かい字でこんなに大量に書いていたのかと、唖然とした。時々アップで携帯の白色バックに、成瀬の心の言葉が出てくる。台詞ではなく、言葉で何回も泣きそうになった。みんな、心が叫びたがってるんだ。 (あらすじ)幼い頃、何気なく発した言葉によって、家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順。そして突然現れた“玉子の妖精”に、二度と人を傷つけないようお喋りを封印され、言葉を発するとお腹が痛くなるという呪いをかけられる。それ以来トラウマを抱え、心も閉ざし、唯一のコミュニケーション手段は、携帯メールのみとなってしまった。高校2年生になった順はある日、担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。一緒に任命されたのは、全く接点のない3人のクラスメイト。担任の思惑によって、交流会の出し物はミュージカルに決定するが、クラスの誰も乗り気ではない様子。監督 長井龍雪声の出演:水瀬いのり、内山昂輝、雨宮天、細谷佳正in movix倉敷2015年10月1日★★★★★「しあわせへのまわり道」周りに注意を払いながらも、目の前に集中する、ひと車前の動きに注意する。確かに、ドライブには人生に必要なことはあるのかもしれないが、運転歴32年の私には、それを人生に役立てれるとは見たあとも全く思わない。ニューヨーク知識人の毒にも薬にもならないエッセイにしばらく付き合っただけの「何だかな~」感が漂った。期待したインド人の生態は面白かったが、全くのハリウッド色で作られていて、面白さ半減。ラストカットの田舎への道が、あまり見ることのないアメリカの(日本と変わらない)普通の道だった。あれだけが新鮮だった。(解説)実体験を綴ったエッセイの映画化である本作は、陽光きらめく夏のニューヨークを舞台に、突如結婚生活が破綻した主人公ウェンディの哀歓を飾りたてることなく描き出す。偶然出逢った"教官"ダルワーンとの会話には機知とユーモアが満載。落ち込んで凝り固まったウェンディの心がいつしかほぐれてゆく。一旦は道標を見失ってしまったひとりの女性が、幾多のまわり道を経て、再び自分らしさを取り戻す姿に誰もが感情をくすぐられ、共感せずにはいられない。ひとはいつだって新しいことに挑戦できる。自分を信じてアクセルを踏めば、その道がしあわせへと導いてくれるから。そんな作り手のメッセージが、すがすがしくも愛おしく胸に響く感動作がここに誕生した。(あらすじ)マンハッタンのアッパー・ウエストサイドで暮らす売れっ子書評家ウェンディ(パトリシア・クラークソン)の順風満帆の人生は突然あっけなく崩壊した。長年連れ添った夫がすきま風の吹いた夫婦関係を見切り、浮気相手のもとへ去ってしまったのだ。愛する本に囲まれるあまり、愛するひとに寄り添っていなかったと反省しても時は既に遅かった。絶望のなか、車を運転できない現実に直面したウェンディは、インド人タクシー運転手ダルワーン(ベン・キングズレー)のレッスンを受けることに。伝統を重んじる堅物の男性だが、宗教も文化も階級も対照的なダルワーンとの出逢いは、過去の想い出にしがみつくウェンディの心の針路を変え、未来に踏み出す勇気を与えてくれるのだった……。inシネマクレール2015年10月4日★★★☆☆「マイ・インターン」アン・ハサウェイはやり手の新ビジネスの社長である。家庭には主夫の夫と可愛い娘、投資家の要望で外部CEOを面談中。そんなときに高齢者インターン(見習い社員)として、デ・ニーロがやってくる。電話帳会社の部長をしていたらしく、気配りの出来る「大人」として。てっきりデ・ニーロが実は元CEOだったという落ちかと思いきや、そんな王子様系の話ではなく、想像以上にリアルな会社運営と家族の話だった。アン・ハサウェイは面白い立場だとは思ったが、雲の上過ぎて私にはピンとこない。働く女子には共感度高いかもね。でもとりあえず、デ・ニーロを見習ってスーツ姿は無理だけど、綺麗なハンカチは持ち歩くようにしとうこうか。映画みたいに使う機会は何度もありはしないけれども。(あらすじ)ジュールス(アン・ハサウェイ)は、家庭を持ちながら何百人もの社員を束ね、ファッションサイトを運営する会社のCEO。女性なら誰しもが憧れる華やかな世界に身を置く彼女。仕事と家庭を両立させ、まさに女性の理想像を絵に描いたような人生を送っているかに見えたが…彼女には人生最大の試練が待っていた。そんな悩める彼女のアシスタントにやってきたのは、会社の福祉事業として雇用することになった40歳年上の“シニア”インターンのベン。人生経験豊富なベンは、彼女に“最高の助言”をアドバイスする。次第に心を通わせていく2人だが、彼の言葉に救われたジュールスには予期せぬ人生の変化が訪れるのだった。監督 ナンシー・マイヤーズ出演 ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイin movix倉敷2015年10月7日★★★★☆「キングスマン」良くも悪くもイギリス映画。紳士の国でありながら、実はグロくて、エロいのが大好き。スタイリッシュ且つビューティフルだけど、泥臭くて過激。そして、常識破り。この作品自体がアンチ007なのは明らかではあるが、どうやったらこれの続編が作れるんだろ。話がラストに向かって破綻したのが、いい所なのに。また、何もなかったのように秩序が戻り、死人が生き返るんだろうか。英国伝統音楽の「威風堂々」を、「あの場面」に使った処に、この作品の真骨頂があるだろう。(あらすじ)ロンドンのサヴィル・ロウにある高級スーツ店「キングスマン」。しかしその実体は、どこの国にも属さない世界最強のスパイ機関だった!ブリティッシュ・スーツをスタイリッシュに着こなすハリー(コリン・ファース)は、「キングスマン」のエリートスパイ。組織の指揮者アーサー(マイケル・ケイン)の元で日々秘密裏の活動を行っている。ある日チームの一員が何者かに惨殺され、新人をスカウトすることに。ハリーは街のチンピラ、エグジー(タロン・エガートン)に可能性を見出し、「キングスマン」の候補生に抜擢する。エグジーの父親もまた機密活動中に命を落とした「キングスマン」のスパイだったのだ。※R15+監督 マシュー・ヴォーン出演 コリン・ファース、マイケル・ケイン、サミュエル・L・ジャクソン、タロン・エガートン、マーク・ストロングin TOHOシネマズ岡南2015年10月8日★★★★☆
2015年11月06日
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「キネマ旬報10月下旬号」アンケートに答えた特典で当たった。約30年ぶりぐらいに読んだ。私は公私ともに認める映画ファンなのだが、「キネマ旬報」を自分の映画生活の武器にすることは避けてきた。なぜか。一時期「キネ旬は商業主義作品を中心に特集を組むようになって堕落した」という評判が経ったからである。その頃は、映画興行で稼ぎ高を取る作品よりも、単館上映の作品によりすごい作品があることを発見して、集中的にそんな作品ばかりを観ていた時であった。その後、単館、全国上映含めてバランスよく万遍なく観る方向にシフトチェンジしたのだが、その頃は基本的に参考にするのはネット情報のみになっていたので、映画専門雑誌は必要とはしなくなっていたのである。そういう訳で、一周回ってやっと見た映画専門雑誌の感想である。見てみて、私のイメージとは大きく違っていた。もっとマニアックであり、ネット情報とは比べ物にならないぐらい情報量が多かった。商業映画はどうやら増刊号で補完するようになったらしい。よって、本家号は基本的に「映画ファンのための雑誌」を目指しているように感じた。ただ、不満なのは、小さな映画評論はたくさんあって見応えもあったのだが、本格的な映画評論が無いか、少なかった。今回は無料でもらったけど、これなら買うことを検討してもいいかな、と思った。ただその場合注意しなければならないのは、雑誌の情報に自分の感想が引きずられないようにしないといけない、こと。そうならないような「修行」は、この20年間でつけてきた自負はあるのだけど。2015年10月読了
2015年11月06日
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